『初恋ふるふる』 ... ジャンル:恋愛小説 ファンタジー
作者:羽付                

     あらすじ・作品紹介
クリスマスの初恋は、なにに恋していたのだろう。

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 十二月二十二日、僕は彼女と出会った。



 コンビニでバニラアイスを買って急いで家へ帰ろうと、小走りでいつも通る橋を渡ろうとした時に、橋の真ん中に立っていた人に目が留まる。
 普通なら気にすることもなく通り過ぎるのだけど、そこに立っていた人に僕は目を奪われてしまう。白いコートに白のニット帽、それに白のロングブーツと白だらけで、普通の人では着こなせそうにない格好だったけど、そこに立つ人にはとても似合っていた。
 その人はシルバーブロンドがとても綺麗で、きっと外国の女性だと思う。透き通るような肌に翠の瞳と紅い唇が本当に愛らしくて、急いでいることを忘れて見惚れている自分に気付く。
 彼女は橋の真ん中で、ただ曇りがちな空を眺めていた。
 僕は急いで帰らなければと思いつつ、どうしてか声を掛けずにはいられなかった。
「えっと、何を見てるんですか?」
 自分から知らない女性それも外国の女性に声を掛けるなんて、殆んどと言うか全く経験がなかったから声が上ずってしまわないか、とても緊張したけど上手く言えたように思う。
 彼女は僕の声に気付いて振り返ると、真っ直ぐに僕を見つめながら少しキョトンとした顔をしている。あっ! もしかしたら日本語が通じないのかも、なぜ声を掛ける前に考えなかったのだろう。
「ホワイトクリスマスは好き?」
「えっ!?」
 彼女の突然の声に驚きながらも、心臓が爆発しそうなくらいにドキドキしてしまう。だってすごく可愛らしい声で、一瞬で虜になったようにもっとその声が聞きたくなったから。
「ホワイトクリスマスは好き?」
 今度は可愛らしく微笑んで聞かれて、もっとドギマギして顔が赤くなってないか気になりつつも、彼女が日本語で質問しているのだと理解できた。だから日本語が分かるのだと安心して、彼女と意思疎通ができるのだと何だか嬉しくなる。
「えっと、そのホワイトクリスマスですか?」
「そう、ホワイトクリスマス」
「僕は、そのずっとこの街に住んでいるので、クリスマスに雪が降ったことがなくて、その好きか嫌いか分からないというか」
「そうなんだ」
 しどろもどろな僕の答えに彼女が、少しだけ寂しそうな顔をした気がして焦ってしまう。きっと彼女はホワイトクリスマスが好きなのだと思った。
「あの、好きです! すごい好きです! ホワイト、あのホワイトクリスマス」
 そんな慌てて言う僕の姿が面白かったのか、彼女は小さく笑うと少し首をかしげるようして僕の目をじっと見てくる。耳の奥がジーンと熱くなるのを感じた。
「よかった。明日の同じ時間に、また会って貰えないかな?」
 えっ? それって、どういう意味なのだろう? もしかして……、
「ダメかな?」
「大丈夫です!」
 思わず大きな声で言ってしまった僕を、彼女は優しくまた笑ってくれる。
「じゃあ、また明日ね」
「はい!」
 彼女は僕が来た方向へと歩いて行く。一瞬だけ追いかけたい気持ちにかられたけど、ぐっと我慢して彼女の姿が見えなくなってから急いで家に帰った。


「ただいま」
「お帰り、お兄ちゃん」
 パジャマ姿の妹が玄関で、体育座りをして待っていた。
「おい! こんな寒い所にいちゃダメだろ。ベッドで寝てなきゃ」
 そう言いながら靴を脱いで妹に近寄り、枯れ枝のように細い身体をそっと支えながら立たせる。
「大丈夫、今日は調子がいいの。それより何か、良いことでもあった?」
 妹の問い胸の奥が、ズキッと痛んだような気がした。
「そんなことないよ」
「そっか、さっき帰ってきたときの声が、すごく弾んでたような気がしたから」
 全てを見透かされているような気がして、自分でも分からない罪悪感が押し寄せてくる。
「でもきっと、お兄ちゃんには、これから良いことが沢山あるよ。だって、ずっと私の面倒みてくれてたんだもん。私が居なく」
「何言ってんだよ!」
 思わず声を荒げてしまう。
「あっ、ごめん、お兄ちゃんは今までだってさ、ずっと良いことずくめだったし、これ以上に良いことなんてあったら欲張りすぎだろ? それより、ほら早く部屋に戻れよ。買ってきたアイス持って行ってやるから」
「わかった。ありがとう、お兄ちゃん」
 ゆっくりと自室へ戻る妹の背中を見ながら、橋の上での自分を思い出して後悔する。妹のことを忘れていた、いや忘れようとしていた自分自身が許せない。
 小さいころから入退院を繰り返していた妹の治療は、もう全て終わっている。今は痛み止めと、家で過ごしたいという願いを叶えているだけ。
 治療費のために共働きの両親に代わって、出来るだけのことはしてきたつもりだ。だけど一番辛くて苦しいのは妹なのだから、そんな事をするのは当たり前だと分かっているのに最近思ってしまうことがある。
 あと少しで妹から解放されると……何て酷いことを考えているのだと自己嫌悪しても、寝る時や一人でいるとふと思い浮かべてしまう。だから妹の「私が居なく」、その先を聞きたくなかった、聞くのが怖かった。醜い自分自身を思い知らされているようで。
 さっき橋の上の彼女に声を掛けてしまったのは、もしかしたら現実じゃないような美しい人だったから、汚い自分を忘れさせてくれる気がしたからかも。事実あの時の僕は、今まで感じたことのない気持ちで満たされていて……幸せだと感じてしまった。

 暖かい妹の部屋にバニラアイスを器に替えて持っていくと、ちゃんとベッドで横になっていた。
「持ってきたけど、食べられそうか?」
「うーん、もう少ししたら食べるね。そうだ、さっき天気予報でクリスマスイヴに雪が降る可能性もあるんだって、私ホワイトクリスマスって初めてだから楽しみだなぁ」
 偶然だろうか? いやきっと偶然なのだろう。でも妹の口からもホワイトクリスマスという言葉を聞くとは思っていなくて、何て言えばいいのか分らなくて黙ってしまう。
「お兄ちゃんは、ホワイトクリスマス見たくないの?」
「えっ、いや見たいよ。お兄ちゃんも見たことないからな」
「だよね。神様からの最後のクリスマスプレゼントかな」
「何言ってるんだよ。これから何回だって、見れるチャンスあるだろう」
「……そうだね」
 虚しいと思ったとしても、それでも最期まで続けなければいけない。だけどそう思ってしまっている自分が許せない、どうして希望をもてないのかと。
「部屋にいるから、何かあったらすぐ呼べよ」
 ハートの形をした小さなテーブルの上に、アイスの器を置いて部屋を出る。
「…………」
 何か妹が言ったような気がしたが、よく聞こえなかった。



 次の日、迷いに迷ったけど僕は結局、橋の上に来ていた。
 これは妹を裏切ったことになるのだろうか? 一瞬だけも妹のことを忘れて、彼女にもう一度会いたいと思うことは……馬鹿だな、昨日の夜から同じことを何度も何度も考えて今こうしてここにもういるというのに、それでもまだ同じことを考えるなんて。
「来てくれたんだね」
 いつの間に来ていたのか、彼女は昨日と同じ格好で僕の後ろに立っていた。
「あなたに択んで欲しいの」
「えっと何をですか?」
 前置きもない質問に面喰いつつも、やっぱり素敵な声だと思った。それに彼女が目の前にいるだけで、どうしてこうも胸がバクバクしてしまうのだろう。
「私は雪の妖精なの」
「え?」
 突然に何を言っているのだろうと思ったけど、すぐに納得してしまった。それだけの雰囲気を彼女は醸していたし、僕がこうも会いたくなってしまうのは、そのせいなのだと思いたかったのかもしれない。
「今年は、この地域に決めたの。いつもは、もっと北の方に行くのだけど」
「そうなんですか」
「そうよ。だから決めて欲しいの。明日この街に雪を降らせるか降らせないか」
「僕が?」
「ええ毎年、私を見える人に二十三日に決めて貰っているの」
 僕が今ここで降らせてほしいと言えば、明日は雪が降るのだ。彼女が雪の妖精だと受け入れられたように、ここで僕が決めれば雪が降るのだと信じられた。
「もし、もし今、僕が降らせて欲しいといったら、あなたは、どうなるんですか?」
「そしたら空に戻って明日、雪を降らせるの」
 嬉しそうに話す彼女は、一段と輝いているように見える。
 だけど彼女がいなくなってしまうことが、とても寂しく感じた。初めて見た時から、ずっと一緒にいられるような相手じゃないと分かっていた気がする。もちろん! こ、恋人とか、そういう関係になれると思っていた訳でもないけど。
 もう少しだけでも、あと少しだけでも一緒にいたい。
「降らせて欲しくないっていったら、どうなるんですか?」
「クリスマスの間は地上にいて、クリスマスが終わってから空に戻るの」
 一転うつむき加減に話す彼女は、悲しそうだった。でも、そんな姿も可愛らしい。
 降らせて欲しくないと言ったら、もしかして一緒にクリスマスを過ごして貰えるかもと淡い期待を抱いてしまう……妹の顔が浮かぶ。ホワイトクリスマスを見たいと言った、昨日の言葉を思い出す。
「どうする?」
 期待を込めたキラキラとした瞳で見つめられて、抱きしめてしまいたくなる。そんなことは出来る訳ないのだけど。
「あの、もし降らせないで地上に…………」
「地上に?」
「いえ、明日……雪を降らせて下さい」
 これで良いんだ。これが、きっと正解だから。
「わかった。明日、楽しみしていてね」
 ほら、今まで一番の笑顔を見せてくれた。こんなに素敵な笑顔をみられたのだから、それだけで僕は満足な筈なのに涙が出そうになる。
「ありがとう」
 そう言うと彼女は、その場で消えてしまうのではないかと思ったけど、昨日と同じように歩いてその場を離れて行くので、僕も昨日と同じように背中が見えなくなるまで見送った。

 家に帰る途中、ずっと彼女のことばかり考えている。たった二回しか会っていない相手なのに、いやたった二回だからか、もっと一緒にいたかったと思ってしまう。
 もう一度だけ、あの笑顔が見たい。もう一度だけ、あの声を聞きたい。もう一度だけ、もう一度だけ……遠くからでもいいから。
 そう思った時には、家とは反対方向へと駆け出していた。

 そんな僕の横を、家のある方から救急車が走り去っていく。



 十二月二十四日、真っ白な綺麗な雪が降った。



―― 終 ――


2013/12/24(Tue)20:08:42 公開 / 羽付
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■作者からのメッセージ
 羽付です! 初めましての方、初めまして! お久しぶりの方、お久しぶりです!
 私もクリスマスに一つと思い、投稿させて頂きます。

 もし読んで頂けたら幸いです。

 ではまた♪

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