『花ちゃんとダンボール』 ... ジャンル:ショート*2 お笑い
作者:夏夜                

     あらすじ・作品紹介
 私立南の酉学園高等部1年3組。 この春、入学した彼らに待っていたのは、見た目不良の男子生徒と古風な段ボール女子高生の自己紹介だった。 学園コメディ『33R劇場』、短編シリーズ1本目。

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 快晴の空の下、雪が降っている。
 灰色の、ごつごつと骨ばった柱の上部に薄桃色の雲が浮かび、そこから冷たさを感じさせない、春のそれがちらついていた。
 4階の端にある教室の窓から、遠目には白いものがちらついている様にしか見えない、桜の木を花村はじっと見つめていた。三白眼の気のある、鋭い目だ。しかし、どこか遠くを見るような乾いた目つきをしている。
 彼のいる教室からは、こんな声が響いていた。
「出席番号19番。箱田いなみだ。趣味は写経。部活は書道部に入るつもりだ」
 入学後やクラス替えでは決まって行われる、クラスメイトの自己紹介。彼女は丁度、花村の前の席の女子生徒だ。
 凛とした声で、少し古風だが物言いははっきりしている。すらりと伸びた手足は長く、肌の色は白くきめ細やか。背中に垂れた黒髪は艶やかで、毛先も綺麗にそろえてあった。
 趣味は写経。部活は書道部に入る予定だと彼女はのたまう。
 しかし、なんと言えばいいのだろうか。彼女の四肢を動かす肉塊があるはずのそこは、薄茶色の紙で出来た固い壁が四角く囲んでいるのだ。
「もちろん。前は見えない」
 つまるところ、彼女は段ボールをかぶっていた。
(でしょうね)
 きっぱりと胸を張って言う、箱田の方を見ないようにしながら、花村は半目になりながら心の中でつぶやく。
「だが、書道の腕には自身がある」
(なんでだよ)
「私の趣味は写経だ」
(なんで2回言ったし)
「大事な事だからな」
「!」
 気が付くと、声は頭上から降ってきていた。
 おそるおそる視線を向けると、段ボールが腕組みして胸をそりながら、花村の事を見下ろしていた。
「ドヤァ……」
「口で言った!」
 思わず声をあげてしまい、慌てて口元を押さえてうつむく。箱田さんは花村の方を振り向いたまま、ぐっと親指を突出し、
「ナイスツッコミ」
 と晴れやかな雰囲気を醸し出して言う。呆然と口を半開きにしたまま彼女を見上げる花村に、箱田はあるのかないのかわからない眼鏡を中指で押し上げるような動作を、段ボール越しにして、くぐもった声は続ける。
「少年。貴殿は今、『何故自分の思っていることが分かった』のだと疑問に思ったな?」
「なっ」
 ぎょっとして花村が目を見開くと、箱田はうっくっく、と怪しく笑った。
「わかるとも。私は偉大な神、ドンドコズンドコ神の信託を賜っているからな! ……ずばり、少年の名前は橋美炉子だね?」
「花村蘭丸だよ! 出席番号後ろの奴の名前くらいわかるだろうに、どうしてそんな突拍子もない間違え方するかなあ。誰だよハシビロコて! 鳥だよ!」
 あまりにも唐突な内容の箱田の言葉に、花村は思わず立ち上がって言葉を返す。箱田は少し声を小さくして告げる。
「正直、適当に言った」
「本気で言ってたら入学早々病院に行くことをお勧めする。頭の」
「何を馬鹿な……。ヘルヘブホムイヌチャック神の信託を受けている私の頭が悪いなどと」
「悪くはないかもしれないけど、おかしいかもな」
 冷たく花村は言うが、箱田はそんな事は気にもせずに「む」と声をあげる。
「今、ルトウィアロフマネス神が私に告げている……!」
「さっきから思ってたけど、お前の神はいったい何人いるんだ」
「この少年の趣味は料理だと!」
「聞けよ」
 (おそらく)目を見開いて声高々に宣言した箱田に、花村は休むことなく言葉を返す。
「だいたいなんで知って……」
「これを、家の前で拾ったのだが」
 箱田は花村の眼前に一冊の本を差し出す。それは薄桃色の雑誌のような冊子で、タイトルの所にオレンジ色の文字で『若奥様のための料理本』と書かれている。ページの間からは数枚の付箋がのぞいていた。
「ウサギの付箋可愛いな。可愛いものが好きなのか」
「うるせえ」
 さっと手渡された料理本を机の中に隠す。
 箱田はふと顎のあたりに手を当て、尋ねる。
「今日の晩御飯は?」
「俺の好物、春野菜のクリームソースパスタだな」
 間髪入れずに花村は答える。
「そうか。楽しみにしている」
「おう」
 そうお互いに頷くと、小学校からの幼馴染である2人は席についた。
 しん、と静まり返った教室に、先生の声だけが響く。
「花村の自己紹介は終わりか? じゃあ次、陽ノ下」
 先生は人の良さそうな笑顔を崩さずに次の生徒を促す。
 南の酉学園高等部1年3組の生徒は何事もなかったかのように自己紹介を続けた。


2013/09/24(Tue)18:48:18 公開 / 夏夜
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■作者からのメッセージ
 初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。
 夏夜と申します。

 今回のお話は単発ギャグものということで、ショートストーリーのジャンルで投稿させていただきました。
 舞台やキャラクター、時間軸が同じでも、まったく次には繋がらないような単発小説ですので、シリーズものではありますが、それぞれ個別の形で投稿させていただくこととします。

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