『紅い手』 ... ジャンル:ショート*2 ホラー
作者:羽付                

     あらすじ・作品紹介
もし大切なものを奪おうとする声が聞こえたら

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「ねぇねぇ、知ってる? 紅い手の話」
「赤い手……話は知らないかも」
「ウソ、ウソ、ウソ〜」
 どこか嬉しそうに「ウソ」を繰り返すヒカルちゃんは、本当にバカっぽいけどとても可愛い。私の大事なただ一人の友達。
「どういうお話なの?」
「聞きたい?」
「うん、聞きたいよ」
 ヒカルちゃんの言って欲しいだろう返事をするように心がけている。だって大切な友達だから。
「だよね! ほらほら、この間さ、子供が寝ているママの手首を包丁だっけ? なんかで切り落とそうとした事件あったでしょ?」
「うん、あったね」
「その子供の友達っていう子が、ネットで流してるらしい噂なんだけどね」
 ここで言葉を切って、ためをつくる噂が大好きなヒカルちゃん。他にもネットに限らず、クラスの中や学校で流行っているものも教えてくれる。いつも興味なんて少しもなかったけど、友達の話だからちゃんと聞いてあげていた。
「事件の前、その手首を切ろうとした子がね、ママの手が凄く真っ赤でゴツゴツしてて、まるで鬼のような手になってるのに、ママ自身は全く気付いてないし信じてくれないって、ネットのカキコミした子に相談したんだって」
「……真っ赤な鬼の手……だから赤い手」
「そうそう、それでね。その手から更に声が聞こえてくるみたいなの!」
 言葉尻を大きめの声で強調したヒカルちゃんは、「なんて言ったか知りたいよね?」と大きくて愛らしい瞳で語りかけてくる。
 だから私は、もちろん期待に応えてあげる。友達だもの。
「なんて聞こえてきたの?」
「くれない……くれない……お前の母親をくれないか!!!」
「きゃっ」
 私はやっぱりと思いながら、小さく悲鳴をあげてあげる。ヒカルちゃんは無理に低い大声を出して、脅かそうとしてもいたから。
 それに私の反応に満足そうな顔をしている、友達を見るのは嬉しい。
「ふふふ、それでね。カキコミしてる子に、ママを助けるためには手を切るしかないって、事件の前の日に言ってたんだってー」
「そっか……そうだね」
「それでね、実は…………私も見えてるの!」
 突然に声のトーンを変えて、いつもの笑顔じゃない真面目な顔をするヒカルちゃん。なんだか面白くて笑いそうになったけど、それをどうにか堪える。
 それにやっぱり「見えてる」って、私の手が赤く見えていると言いたいのかな。ヒカルちゃんは徐に鞄から何かを取り出していて、あれはナイフだろうか? ……だとしたらヒカルちゃんも、私の手を。
 きっと見えているのだろう。真剣な顔はやっぱり少し面白いけど、とにかく友達の言う事は信じなければいけない。
「あなたの手を切らなくちゃいけないの! 助けるために必要なの、だからお願い。この辺は今誰もいないから、その紅い手を切らせてーーー!!!」
「いいよ」
「!!?」
 腕を振り上げて近づいてくるヒカルちゃんに、自分から腕を前に出す。逮捕される時みたいだなって思う。だけど、そこでヒカルちゃんは動きを止めてしまった。
 何か間違ったことをしたのかなと不安になる。お願いを叶えさせてあげようとしただけだけど、もしかして友達を怒らせてしまったのではないかと。
「ぷっ、ぷぷぷ、もう、いやだ、いやだ。冗談だよー。ほら、これも授業中にノートで作った紙のナイフでしたー。もう『いいよ』だなんて、怖がらせようとしたのに、こっちがビックリしちゃうよ」
「そっか、ごめんね」
「いいの、いいの。そうだ、駅前のケーキ屋さんへ寄ってこう。今日は甘いものが食べたい日なんだ」
 噂話のことなど、もうどでもいいように話を切り替える。ヒカルちゃんは思ったことはすぐ口にするし、実行しようとする素敵な子だ。
 こんな子が私の友達だなんて、みんなに自慢したくなる。

 ……くれない……くれない…………くれないか……

 なのに、なのに、そんなこと絶対に許さない。
 初めに気付いたのは、一週間前の下校の時だった。ヒカルちゃんの手が、全体的にほんのりと少し赤いなって。それから日に日に赤さが増していき、爪も黄色く伸びて節くれたった大きな手へと変化していた。でもヒカルちゃんは全く気にしていなかったし、周りもそうだったからお洒落でしているのかなと納得しようとしたけど……それと同時に聞こえていた声が、空耳程度からハッキリと聞こえるようになって無視できなくなった。
 だから私は鞄から、ダイヤモンド刃の糸鋸を取り出す。ヒカルちゃんは痛がるかもしれないし、嫌がるかもしれないけど仕方がない。
 でもきっと大丈夫、友達だから我慢してくるはずだ。

「……やっと切れたよ」
「…………」
「もう、これで安心だね。ほら、もうあの声も聞こえない」
 『くれない……お前の友をくれないか……』あげるわけがないのに、なんて図々しい手なのだろう。私の大事な、たった一人の友達を。
 けれど草の上には何故だか鬼のような手じゃなくて、いつもの見慣れた小さくて綺麗で本当に愛らしいヒカルちゃんの手が落ちている。
 その手は鮮血で赤く赤く染まっている……友達の紅い手だった。


―― 終 ――

2013/08/26(Mon)21:35:38 公開 / 羽付
■この作品の著作権は羽付さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 調子に乗って二作目を投稿してしまいました。
 まだまだ沢山の色があるというのに、早くも色かぶり申し訳ないです。紅白ではないですが、「あかいて」を考えていたので漢字も違うしいいかなと……(汗)
 でも紅白と書きつつ、縁起の良い話ではないのですが、もし読んで頂けたらとても嬉しいです♪
 八月も、そろそろ終わりですね。暑さも、落ち着いてくるといいだけどなぁ。

 ではまた♪

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