『白い手』 ... ジャンル:ショート*2 ファンタジー
作者:羽付                

     あらすじ・作品紹介
触れられるものと、触れられないもの、その違いは何だろう。

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 僕には物心ついたころから、それが見えていた。だからきっと生まれた時から、それはそこにあったのだと思う。
 白い手……腕を伸ばせば届きそうなところ、頭の少し左斜め上にあった? いや居たというべきなのだろうか? でも、その手が動くところを一度も見たことがないから、やっぱり『あった』という表現でいいのかな。
 それはとても綺麗な人の手首から先で、毛なども全く生えてなくて指の一つ一つ、爪の形や色も本当に美しかった。白魚のような手――白魚という魚を知らないから実際は分からないけど――という表現が、きっとピッタリだと思う。
 子供の頃は、それに触れたくて椅子や棚に乗って手を伸ばしたけど、自分の居場所が高くなると同じように高くなるから触れることができなかった。
 だけど中学生になった頃からかふと気づくと、それは手を伸ばせば簡単に触れられそうな位置にずっとあった。でもその時には触れたいという気持ちよりも、触れてはいけないという気持ちが漠然とあって高校生になった今でも触れずにいた。
 きっと子供の頃には白くて綺麗なそれに触れたいというより、取って隠して自分だけのものにしたかったのだと思う。だけど成長するにつれて太陽や星が手に入らないのが分かるように、それもあるのは当たり前でも手の届かないものだと、触れることのできないものだと理解していた。
 だから触れられる位置に今はあったとしても、簡単に触れたりできないでいた。でも小さい頃からずっとあったものだから、怖いと思ったことはないのだけど……。
 小さい時、母親に一度だけ言ったことがある。
「ねぇ、ねぇ、あのおててはなに?」
 母親はキョトンとした顔をして「どれ?」と訊かれたので、今度はしっかりと天井の方を指さして言った。
「あのおてて! あのしろいおててだよ」
 その瞬間の母親の表情は恐怖と困惑の混じったような言葉にするのが難しいもので、幽霊などの話がすごく苦手な母親がそんな顔をしてしまうのも今なら分かる気がする。
 だけど子供だった僕には分からなくて、いけないことをしたのだという気持ちだけで胸が一杯になって、もうその話をしちゃいけないのだと強く想ったのを覚えている。だから母親以外にそれの話をしたことはない。まぁ、その選択は正解だったのだと思う。

 でも今、何故か僕は触れたい気持ちが抑えられなくなっていた。
 どうして急に? と自分でも思うが、何か理由がある訳じゃない。ただ触れたくてたまらないのだ。
 家や両親、兄弟と何かがあった訳でもないし、学校で何かがあった訳でもない。いたって普通だと思う。むしろ客観的に見れば、幸せな環境にいるのだと自覚している。
 ここが自分の住む世界じゃなくて、触れることで元の世界に戻れるのだとか思ってもいない。僕は今の居場所に満足しているし、どこか遠くへ消えてしまいたい訳でもないけど。
 ただ、ただ触れたい。それだけなのだ。
 だから僕は、ゆっくりと手を伸ばして躊躇うことなく握手するように、それに触れてみる。

 僕は思わず少しだけ笑ってしまう。だって思っていた通り、その手は冷たかったから。


―― 完 ――


2013/08/16(Fri)13:30:14 公開 / 羽付
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■作者からのメッセージ
 お久しぶりです! もしくは、初めまして♪

 今年はお盆に休みができましたので、本当に久しぶりに小説を書かせて頂きました。
 一年と、ちょっとぶりでしょうか?
 やっぱりジャンル選びは、いつも悩んでしまいますね。ホラーとも違うかなとか色々と考えて、ファンタジーにしましたが……どうなんだろう。
 とにもかくにも読んで頂けたら、とても嬉しいです!

 また大分あくと思いますが、ではまた♪
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