『優しい光』 ... ジャンル:ファンタジー 未分類
作者:藤咲美和                

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 ガラッ。
(うわ、来たよ)
(気持ちわるいから近寄らないでほしい)
教室のドアを開けた瞬間から、クラスメイト達からの軽蔑の視線が刺さる。……またか。私はこの学校に友達なんかいない。それどころか、みんな私を避けて、近寄ろうとしない。なんで避けられてるかって? 私は普通の人間は持っていない力を持っているから。
 「人の心を読める力」
一見便利そうだけど、すごく不便な力。この能力さえなければ、私は普通の人間として生きられるのに……。

 「おはようございます。みなさん、席についてください」
相変わらず面倒な担任。教室ではにこにこ笑っていい先生を演じているくせに、心の中では子供なんてくだらないってバカにしている。
 「みなさんに報告があります。私は今週いっぱいで出産休暇に入ります。来週からは私の代わりに新しい先生が来てくれます」
新しい先生ね。面倒くさそう。どうせまた表面上だけの先生なんでしょ。どの先生もみんなそう。自分を守るだけの教師。生徒なんか一つも見ていない教師。平気で生徒を切り捨てる教師――。私は教師に心を許したりはしない。絶対に。

 1週間後、今までの担任は出産休暇に入り、このクラスには新しい先生が来た。
 伊藤先生。三十代前半の熱そうな男の先生。このクラスを最高に雰囲気のいいクラスにしたいなんて意気込んでる。でも、この先生も長くは続かないだろうな。どの先生も大体私を持て余していたから。そして私はクラスから切り捨てられる……。いつもお決まりのパターン。
 さあ、この先生がどこまで頑張れるか見物だ。
 
 その日の昼休みには、伊藤先生がずっと教室にいた。
(早く全員の顔と名前を覚えて親しくなろう)
あー、頑張ってるがんばってる。ご苦労様です。私が心の中で二,三回拍手を送ったとき、伊藤先生と目が合ってしまった。そして、あろうことか私に近づいてきた。
「えっと、君は柚木沙希ちゃんだよね」
「……そうですけど」
「これからよろしくな」
(この子が問題児って言われている子なのか?)
あー、この先生知らないんだ。みんな当たり前に知ってるんだと思ってた。
「そうですよ。私が問題児と言われている柚木沙希です」
「え……」
今、何こいつって思ったな。間抜けな顔してるし。
「私のこと、ほかの先生から聞いてないんですか? 私は、他人の心がすべて読めますよ」
あーあ、教室中静まりかえっちゃった。伊藤先生も固まったままだし。
(……それで、人と関わるのを避けているのか?)
「さあ、それはどうでしょう」
「柚木……。放課後相談室に来るように」
うわっ、面倒くさい。私が反論する前に教室出て行っちゃうし。早く帰りたかったのに……。

 放課後、私は相談室に向かった。そのまま帰ってしまおうかとも考えたが、なぜか今日はそんな気分になれなかった。トントン。相談室のドアをノックする。
「失礼します」
がらんとした教室には、伊藤先生が一人待っていた。
「そこに座って」
渋々、先生が指定した席に座った。
 私たちの間に、少しの沈黙が流れた。その沈黙を、先生が破った。
「柚木、君のことはほかの先生方から聞いたよ」
「……そうですか」
「その力のせいで、人との関わりを嫌うようになったのか?」
なに、この先生。あーもう、面倒くさいな。
「さあ、どうでしょうって、さっきも言いましたよね」
「それが理由なら、力になりたいと思ってね。たまには人を頼ったらどうだ」
「はあ。人を頼ろうとする前に、頼る気が失せますよ。何を考えてるのか、全部わかっちゃいますから。人間なんて、しょせん自分の利益しか考えてませんよ。表面上は親切ようにしているくせに、本当は面倒なことには極力関わりたくないって思ってますよ」
 本当に、みんな表面だけ……。物心ついたときにはもう人を信じる、人に頼るなんてことは忘れてしまっていた。
「そんな冷めたこと言うなよ」
先生の顔が引きつっている。
「治す方法とかはないのか?」
は? そんなの、あるわけないじゃん。
「そんなのがあったら、とっくに治してるし……」
「そっか、じゃあ……」
また、くだらないことを言い出しそうな雰囲気。もう、いい加減にしてほしい。
「なんで先生がこんなことするんですか。正直言って、すごく迷惑なんですけど。早く帰らせてもらえませんか」
「そうはいかないだろう。俺はこのクラスの担任なんだから」
は? だったら何なの。
「私には関係ありません」
「そんなことないだろう。俺はこのクラスを最高に雰囲気のいいクラスにしたいんだ」
 それなら私を切り捨てればいい。そうしたら何の問題もなく収まる。今までの先生がそうだったから。私をまるでここにいないかのように扱う。
「もちろん柚木も含めてだからな」
あー、もうやってられない。
 私は席を立ち、教室のドアを開けた。
「おい柚木、どこ行くんだ」
「もうここにいる必要がないから、帰るんです」
「そんなこと――」
先生は何か言いかけたけど、私は力一杯ドアを閉めた。
 ほら、口ではあんなこと言ってるけど、追いかけてくることもしない。結局……そんなものだよ。その先生も、今までの先生たちと何も変わらない。ああ、時間を無駄にした。
 運動部の声や、吹奏楽部や合唱部などの音楽を聞き流しながら、私は家に帰った。

 それからというもの、先生は私に何かと声をかけてくる。
「沙希、おはよう」
ほんとやめてほしい。いつの間にか呼び捨てになってるし。先生は学校中で結構人気だから、私は話しかけられるたびに、周りからにらまれて、余計孤立するんだけど。
「沙希、今日の放課後相談室に残って」
「えっ」
またか……。あーあ、クラス中からの視線が痛い。
(なんで先生、あの気持ち悪い子なんかを相手にするんだろう)
(孤立してるくせに、伊藤先生に近づくな)
 いやいや、私から近づいているわけじゃないし。あっちから話しかけてくるんだからしょうがないじゃん。でも私、先生が来てから教室で声を出すことが多くなったかも……。だからどうってわけじゃないんだけど。
 私にとって、学校は息苦しいだけだし。

 帰りのHRが終わった後、伊藤先生に呼び止められた。
「沙希、相談室な。忘れんなよ」
こっちの都合も聞かないで勝手に決めないでよ。まあ、部活はやってないし、塾とかにも通てないから暇なんだけどさ。
 で、結局来ちゃったし。何やってるんだろう、私。
 「失礼します」
「おー、ちゃんと来たな」
「来いって言ったの先生じゃん」
なにうれしそうな顔してるのさ。この先生といると、本当に調子狂う。
 「今日は何の用ですか。また長い話なら、お断りしますよ」
「わかったわかった。短くするから、とりあえず座って」
あーあ、この先生の短くって、絶対に短くない気がする。まあ家にいてもひまだし、良い暇つぶしか。私はしぶしぶ先生の近くの椅子に座った。私が座ったのを確認した先生は、ゆっくりと、言葉を選びながら話し始めた。
 「何日か沙希のこと見てたけど、なんか、昔の自分と重ね合わせちゃってな」
先生がそう言った瞬間、私の中にある映像が流れ込んできた。
 大勢の男子に囲まれた中でうずくまって小さくなっている一人の男の子。そして、周りの男子が次々とその男の子を蹴ったり殴ったりしている。
 なに、これ……。あの男の子は……先生?
「見えたか」
「……うん。あれは先生なの?」
「ああ。俺の小学校時代」
ひどすぎる。クラス中からひどいいじめを受けて、先生も親も助けてくれなくて……。
「俺さ、小さい頃めちゃくちゃ霊感強かったんだよ。古い小学校だったから強い霊が多かったんだ。それで学校に行くのが嫌で、先生に訴えたんだけど、ガキも言うことなんてあいてにされなくてさ。でもさ、ついにその霊に襲われそうになってさ。俺一人取り乱して泣いちゃってよ。それ以降、クラスで変人扱い。いじめも学年が上がるごとにひどくなっていった」
先生が、寂しそうなだけどなんとなくさっぱりしたような笑顔でそう言った。
「今も……見えるの?」
「いや、高校生になってすぐくらいにあんまり見えなくなった。強い奴なら見えるけど」
この人、私と似ているのかもしれない。
「だから、私に関わっていたの?」
「まあ、そんなところだな。どうも俺と重ね合わせちゃってな。自分を見てるみたいで、ほっとけなかった」
いろいろ考えてくれてたんだ。
 この先生は、今までの先生達とは違う。そんな気がした。先生の心には、闇に負けない温かい光が見えるから。
 「時間を取らせて悪かったな。もう帰っていいぞ」
「わかりました」
「沙希、負けんなよ」
負けないって。私はそこまで弱くない。
「先生、沙希って呼ばないでもらえますか」
「んー、それは無理だな」
「は? なんで」
「沙希も時々ため口になるんだから、お互い様だろ」
そういえば、敬語じゃなかった気だする。
「すみませんでした」
「いや、べつにいいよ。それだけ心を許してくれたってことだろ」
「それは……」
「なんかあったら、俺に言えよ。いつでも暇だから、相談相手になってやる」
いつでも暇って……。
「私は先生も暇つぶしかい」
やっぱりこの先生変なの。
 「やっと笑ったな」
えっ? 
「俺が来てから初めて笑ったな。沙希は笑ってた方がいいと思うぞ。クラスでもそうやって笑ってみたらどうだ」
クラスでもって……。
「そんなの、無理に決まってる」
みんなに気持ち悪がられて誰も近づいてこないし、話もしない。なのに笑えなんて、どう考えても無理でしょ。
「沙希、今の現状を変えるには、周りのイメージや考えを変えないといけない。たくさんのクラスメイトが一気に変わるのは無理だと思う。でも、他人を変えるにはまず自分が変わらないといけないんじゃないか?」
 自分が変わらないといけない……。先生のその言葉には力がこもっていて、説得力があった。多分先生自身がそうしてきたんだろうな。
「それでも駄目だったときには、逃げろ。逃げて助けを求めることも大切だから。……こんな時間になっちゃってごめんな。気を付けて帰れよ」
「はい……。さようなら」
 私は暗くなりかけた道を歩く。
「自分が変わらないといけない……か」
考えたことなかったな。日々の出来事に向かっていくわけでもなく、ただ現状に不満を並べていた。それじゃあ、なにも変わらないんだね。よく考えたらあたりまえのことなのに、そんなこともわからなかったなんて……。
 「変われるかな……」
今から変わることなんてできるのかな。自分を変えることは正直怖いけど、でも……。
 
 「おはよう……」
教室に入って、ドアの近くにいた女子のグループに挨拶をしてみた。クラスメイトに声をかけたのなんて、どれくらいぶりだろう。あー、やっぱりぎょっとされてる。先生に言われっぱなしなのは性に合わないからやってみたけど。そう簡単にはいかないね。やらなきゃよかった。
 「おはよう柚木さん」
えっ?一人の女子が声をかけてくれた。名前は確か……森優香。優しそうな笑顔で、私の目をしっかりと見つめてくる。
 ああ、こういう人もいるんだ。不意に、視界がぼやけてきた。涙が出たのなんて、何年振りだろう。
 自分を変えたり、周りを変えたりすることは難しい。
 でも、せっかくならもうちょっと頑張ってみようかな。
 私の心に芽生えた温かいものが消えないように――。

2013/08/13(Tue)23:15:18 公開 / 藤咲美和
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■作者からのメッセージ
私は、小説を書くにはまだまだ未熟です。
それでも、私の言葉で精いっぱい表現したつもりです。
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