『アパースノスチ・ダローガ 全六話』 ... ジャンル:リアル・現代 アクション
作者:江保場狂壱                

     あらすじ・作品紹介
 内閣隠密防衛室の諜報員、スペクターの丸尾虹七は、室長花戸利雄の命令で北海道へ旅立つこととなった。任務は日本で唯一フリーのアキバボーグ手術ができる少女を東京へ護衛することである。果たして虹七は無事東京へ戻れるのだろうか。シークレット・ノーマッドの続編です。 この作品はフィクションであり、登場する実在する地名、商品名は全く関係ありません。

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『第一話:ナチャーロ(始まり)』

 北海道の小樽市は観光地として有名である。近代の建物に混じり、明治時代の建物が保存され、レストランや土産物屋として活躍していた。日本海に位置するので身の締まった魚な豊富なので刺身や寿司が最高にうまい。もちろん寿司屋は日本各地の魚を取り扱っている。
 昼間は小樽運河や煉瓦倉庫街を観光客たちが大勢闊歩しており、人力車や自転車タクシーが走っている。堺町通やメルヘン通りでは寿司屋の他にガラス細工やオルゴール館など独特の店が並んでおり、見どころが多い。
 夜は天狗山に登れば、美しい夜景を楽しむことができる。冬はスキーを楽しむことも可能だ。朝里川温泉などもあり、食や見ることを同時に楽しめるのである。
 さて深夜の小樽築港はがらんとしている。昼間は港には大型船が止まり、大型トレーラーなどが止まっていた。近くにはウイングベイ小樽や小樽アリーナ、小樽築港駅が近いので大勢の人で賑わっているが、夜中は深夜で働く者しか姿を現さない。そして人のいない場所で怪しくうごめく影が三つほどいた。
 それは異様な姿だった。全身白と赤と黒に包まれている。札幌あたりならコスプレといってごまかせるだろうが、労働者しかいない築港では異質であろう。その姿を遠くから一人のヨットパーカーを着た少年が眺めていた。携帯電話で懸命に写真を撮っている。
 近くに小樽水産高等学校があるが、その生徒だろうか。いやいや学生がうろつくには遅すぎる時刻だ。ただの学生ではあるまい。
 少年は写真を撮り終えると、携帯電話を操作した。おそらく送信しているのだろう。
「オイ! ダレダ!!」
 突如大声がかかった。怪しい影が少年を発見したようである。少年は慌てず前に出た。下手に隠れると怪しまれるからだ。目の前に立ち、異様な三人を間近で見ると、やはり異様であった。
 白い男は髪をとがらせており、サングラスをかけていた。白いコートに縞模様の柄で、まるで虎に似ている。
 赤い男は赤いコートを着ているが一番背が低い。何となく雀を連想する。こちらもサングラスをかけているが、人を小馬鹿にする感じがした。
 最後に黒い男は亀に似ていた。全身黒いスーツに包まれており、頭部に黒いヘルメットようなものを被っている。こちらはサングラスをかけていないが、青い目が印象的であった。
「エヘヘ……。私はこのあたりに住む学生です。あんまり珍しい姿なので写真を撮っちゃいましてね……」
 少年は言い訳をした。隠し事をするより、正直に言えば相手の気を削ぐからである。
「メイワクダ。スグ、ケセ」
 白い虎の男が命じる。日本語で通じているが、どうも発音が変だ。外国人なのだろう。小樽にはロシア人が多く訪れるので、彼らがロシア人である可能性は高い。三人とも十代後半だと思った。日本人の同年代と比べると体格は別物である。
 少年は唯々諾々と携帯電話を見せて写した写真を消した。肝心の写真はすでに送信している。白い男はそれに満足すると、少年を追い払った。少年はぺこぺこ頭を下げるとその場を立ち去る。
 少年は走り出した。その時空気がつんざく音が聞こえた気がする。その瞬間、少年の背中に熱いものを感じた。少年の背中が魚の尾びれのように血が噴き出している。少年は悲鳴を上げずに、海へ落ちた。三人の男たちはその様子を見ても平然としている。少年を襲ったのは彼らの仕業であろう。少年の身体は海面に浮いてこなかった。彼らは首を傾げたがやがて興味を失い、その場を立ち去った。
 少年は殺されてしまったのだろうか。いや、十数分後小樽運河に少年が浮き上がったのである。少年の口には万年筆のようなものを加えていた。おそらく、それが酸素ボンベの代わりだったようだ。そこにワゴン車が寄ってきた。少年は車から降りてきた男たちに担ぎ込まれる。どうやら仲間だったようだ。
 築港の三人はいったい何者であろうか。それを知るのはワゴン車に乗せられた少年だけであった。

 *

 東京都千代田区にある秋葉原。季節は夏で、土曜の昼間は大勢の人で賑わっていた。メイド服を着たメイド喫茶の店員たちが汗をかきながらも、チラシを配っていたり、その様子をアニメのプリントTシャツを着た外国人が写真に撮っている。オタクたちはリュックを背負い、両手は紙袋でふさがれていた。
 そこに一人の地味な少年が歩いていた。髪を七三に分けており、眼鏡をかけて、猫背で歩いている。ひとりぼっちのようだ。少年は一直線にある店に向かっていた。それは秋葉原で有名な同人ショップ『ユニバーサル』である。その彼は秋葉原駅の近くにある同人誌ショップ『ユニバーサル』に足を運んだ。五階建てで、ビル丸ごとが持ちビルで最新の同人誌だけでなく、ビンテージ物の同人誌がそろえられていた。支店はなく秋葉原だけにある珍しい会社であった。
 少年は店の中に入ると、一番店の奥に進むと、エレベーターホールに来た。警備員が二人立っている。少年は身分証を出すと警備員はエレベーターを操作し、少年を中に促す。少年はエレベーターの中に入ると、最上階に上がった。エレベーターから出ると、そこはこの店の社長室であった。
 社長室はほどよい広さであった。目の前にある机は高級そうなものだが、棚には美少女フィギュアが所狭しと並べられており、机の前に座っている男は、年齢は四十代後半くらいで見た目は恰幅のよい、ニヒルな笑みを浮かべているが手には十代くらい幼女でブルマを着た美少女フィギュアを握り締めていた。ちなみに耳の部分はとんがっている。両腕と両足はいぶし銀のメカであった。机の上にはスクール水着を着た幼女の同人誌が並べてある。机の上には『社長:花戸利雄(はなと・としお)』と書かれていた。フィギュアを愛でている中年男性こそ、この会社の社長である。
 ドアの近くには小さな机が置いてあり、そこには一人の女性がノートパソコンを使ってキーボードを打っていた。年齢は二十代後半で成熟した体つきで赤いスーツを着ているが、色気がスーツからにじみ出ている。顔は飛び切りの美人で金髪に染めており、後ろにまとめていた。そして金縁眼鏡をかけており、いかにもキャリアウーマンといった感じである。女性は来客である少年を気にも留めず、ただ自分の仕事に熱中していた。彼女は秘書の松金紅子である。
 机の前に座る男は来客に気づいたようで、フィギュアを大事そうに机に置き、立ち上がった。そして少年は彼の目の前で敬礼をした。
「丸尾虹七(まるお・こうしち)、ただいま参りました」
「うむ。よく来たな。まあ座れ」
社長の花戸も敬礼し、席に着かせた。丸尾虹七は椅子に座ると、秘書の松金が冷たい麦茶を持ってきた。
 同人誌ショップ『ユニバーサル』それは表向きの看板であった。裏の看板は内閣隠密防衛室、内防の秘密基地である。実際の本拠地は別にあるが花戸の秘密裏に行動するための支店だ。ここの秘密を知るものは内防の長官しかいない。
そして丸尾虹七、彼は花戸の命令で動く特殊工作員である。通称はスペクターと呼ばれており、その意味は亡霊であり、社会のどこにも溶け込むのである。
 彼は日本でも数少ない殺人許可証を持っており、日本国内ならば彼の独断で殺人を犯しても罪にはならず、マスコミにも一切情報を漏洩することがないのだ。
 もっとも彼が人を殺したことは一度もない。彼はあくまで花戸の命令で動く。花戸からは決して人を殺してはならないとくぎを刺されているので、殺人許可証はあくまでおまけである。一応掲示しておけば警察などの拘束を早く解放できるからだ。
「虹七、これを見ろ。こいつはエルフのクラシーヴィといってな。千歳の魔法使いなのだよ。現役の魔法教師でもあるが、教え子と一緒に体操着を着ておるのだ。ちなみに両手両足は義手義足でね、魔法戦争で手足を失ったのだ」
 花戸はロリコンである。もっとも年下だからいいわけではない。見た目が重要なのだ。彼の好みは、見た目は養女、歳は何百歳のロリババアが好きだ。幼女じゃないからロリコンではないと誤魔化すためである。
「ほぅら、美しいだろう? この造形美は最高だ。自然が生み出す美も捨てがたいが、さらに美しい美を作るのは人間の役割だよ。そう、人間だけが自然の摂理を抜け出せるのだ」
 虹七は渡されたフィギュアを眺めている。虹七は幼女に興味はないが、このフィギュアの出来は素直に賞賛できる気がした。
「それが今回の任務と関係があるのですね」
 すると花戸はにやりと笑った。どうやら正解らしい。すると松金は部屋の明かりを遮断し、暗くした。そして花戸の後ろからスクリーンが下りてくる。そしてスクリーンいっぱいに映像が流された。
「今回の君の任務は北海道の札幌市に出向き、一人の少女をここまで連れてくることにある」
 花戸は顎をしゃくり、スクリーンを見るように指示する。スクリーンには一人の少女が正面を向けていた。モデルのような美貌であるが、どことなく表情に曇りがあった。黒髪で肩まで伸びている。日本人離れした顔立ちで、おそらくはハーフであろう。黄色い半そでの服を着ていた。
「彼女の名前は立花輝美(たちばな・てるみ)。ロシア人の父親と日本人の母親の間で生まれたハーフだ。彼女の父親はセルゲイ・ペトロヴィッチ・アシモフといい、ソ連崩壊後に日本に来た科学者だ。ソ連は一九九一年一二月二五日に崩壊している。その後独立国家共同体に組み込まれた。ロシアの歴史を見てもソビエト連邦共産党による一党独裁政治国家だったソビエト連邦が崩壊し、大統領制になったのだ。冷戦時に東側諸侯の総本山だったソビエトの崩壊により、アメリカ合衆国が名実ともに超国家となったが、これは話の筋から離れる。当時ソビエトは核兵器を保有しており、軍事的に衰弱しないまま崩壊した。アシモフ氏は核開発者だったが、ソ連崩壊後は職にあぶれ、日本へたどり着いたのだよ」
「その核開発者と娘はどう関係あるのでしょうか。もしかしてこれですか?」
 そう言って虹七はクラシーヴィを花戸の前に差し出した。
「核開発にはロボットが必要です。人間では不可能な場所もロボットなら可能ですからね。だけどこのエルフは両手両足が作り物。となれば、サイボーグ関係と見て間違いはないでしょう」
 虹七の言葉に花戸は満面の笑みを浮かべた。
「その通りだ。彼女はサイボーグ手術、アキバボーグを製造できる天才なのだよ。小学生の頃父親の真似をしたらあっさり作ってしまったそうだ」
「アキバボーグ……。なるほど、そういうわけですか」
 虹七は納得している。アキバボーグとは何か。それは秋葉原で作られたサイボーグのことである。
 秋葉原でそんなものが作れるわけがないと思うだろう。なにせ秋葉原にはメイド喫茶やアニメショップが乱立している。だが秋葉原には今もなお闇の中にジャンクパーツを売る店が残っているのだ。
 そこに先ほどのロシアの科学者が登場する。彼らは低予算で効率のよい義手などの開発を強いられていた。共産主義の時代ではいかに低予算にするかが課題となっている。かつてAK−四七を開発したカラシニコフもドイツが作った突撃銃を基準に作ったのだ。
 日本に流れ着いた彼らは秋葉原の資源の豊富さに驚愕する。核さえあればロケットは作れるし、義手も作れるのだ。当時の彼らは秋葉原でサイボーグを作り、世界一になったアメリカへの復讐をもくろんでいた。アキバボーグの特徴はメンテナンスにあり、自動車修理工場の設備でもメンテナンスが可能なのである。もちろん専門家の知識がなければ無理だ。
「もっともアキバボーグの開発者は根こそぎ内防へ組み込まれたがね。日本の部品でアメリカに喧嘩を売られたら、日本が危ういからな」
 それ故に花戸は秋葉原をオタクの聖地に変えたのである。アニメショップやメイド喫茶が乱立したのも彼の力が影響していた。オタクのアイドル、影形美四八(えいけいび・しや)がいる。シルエットだけでも美しさを表現する現役女子高生だ。歌は抜群にうまい。彼女をプロデュースした芸村雄一(げいむら・ゆういち)もスペクターの一人だ。
「君の仕事は立花輝美の護衛だ。彼女は三人のアキバボーグに目を付けられている。そいつらは二年ほど前にアキバボーグの手術を受けており、ロシアになぜか恨みを抱いている。そして仲間を増やすために日本で唯一フリーの彼女を誘拐しようとするわけだ」
 ロシアに恨みを持つ。ソ連崩壊後は混乱したが、二〇〇〇年後半で豊富な天然資源により、景気は好転しており、超大国としての地位を取り戻しつつある。しかしロシアにもいろいろな事件が起きた。一九八六年のチェルノブィリ原発事故などがある。そこでは多くの被爆者を生み、故郷を追われた者たちがいる。そして共産主義のほうが貧しくとも生活が安定していたと懐かしむ人間も少なからずいるのだ。再び共産主義を復活させようとする者もいるだろう。
「彼女の父親は現在東京工業大学で研究を続けている。彼女は現在札幌市に住んでおり高校三年生で、将来は室蘭工業大学を受けるつもりだそうだ。だがアキバボーグに狙われている以上、東京に移るしかない」
「母親はいないのですか?」
「彼女が物心つく前に亡くなったそうだ。祖父は健在だが、長くは持たないのでね」
「祖父はどういう人なのですか?」
「うむ。大東亜戦争のときは満州には二〇歳ときに召集されたそうだ。その後ソビエト連邦軍の襲撃を受け、シベリアに抑留されたが、一九四九年に帰国している。戦後の経済成長の波に乗ろうとして医学に目を付けた。そして一代で立花総合病院を立ち上げている。のちに北海道でグループが活躍しているよ」
 そういってスクリーンの画像が変わる。禿げ頭の頑固そうな老人だ。次に写ったのはベッドに寝たきりになった姿だが、眼光がやけに鋭く見える。
「すると彼女は立花久礼武(くれぶ)の孫娘ですか。それなら立花グループが彼女を保護するべきです」
 虹七は有力者の名前をある程度覚えている。普段は口にしないが、名前を言われれば記憶の中の引き出しですぐに思い出す。花戸は首を横に振った。
「ところが久礼武氏は生前から彼女を孫とは認めておらんのだ。晩年で生まれた久礼武氏の娘が彼女を生んで死んだ。彼女が殺したと思い込んでいるようでね。立花の性も中学時代に名乗ることを許されたくらいなのだよ。それでも久礼武氏は彼女と会うことはなかったそうだ」
 シベリア抑留は大勢の日本人が過酷な労働で死亡した。ソビエト、ロシアに対していい感情はないだろう。その上一人娘をロシア人に奪われ、子供を産んで死んだのだ。孫娘を憎むのも当然な気がする。もっとも輝美はロシアを知らず、日本しか知らないはずだ。虹七は輝美に憐憫の情が湧いてきた。
 花戸は指を鳴らすと、部屋が明るくなる。そして社長室に別の人間が入ってきた。
 メイド服を着た女性である。名前はクイーン。彼女は二十代後半で栗毛の長い髪を後ろにまとめ、化粧は控えめで、めがねをかけていた。立ち振る舞いがきびきびしており、本物のメイドはこうではないかと錯覚するほどである。聖母と呼んでもおかしくない美貌の持ち主であった。
 秋葉原を中心に支店を持つメイド喫茶デズモンドの店長である。それと同時に内閣隠密防衛室の秘密道具を製作する一面を持っていた。クイーンはメイドの絵が描かれた紙袋を手にしている。
「虹七様こんにちは。今日は虹七様が北海道に行くので、装備品を持ってきました」
 クイーンは社長の机の上に洋服を置いた。そして洗面道具なども用意されている。
「この服は防弾繊維でできております。そして歯ブラシは硬質セラミックで作られており、ナイフに対応できます。もっとも気休め程度ですが。歯磨き粉のチューブは雷管を取り付ければ爆弾になります。タオルも防弾効果があり、お風呂場で無防備になるとき、敵の銃弾を防ぐことができますが、こちらも気休めです。そしてこの全身タイツはスイムスーツです。海に落ちても体温を吸い取られる心配はありません」
 一見普通の旅行道具に見えるが、クイーンが最新技術を屈して製造された品だ。虹七はそれらを松金が用意した旅行カバンに詰め込んだ。
「虹七。お前を北海道に送るのには理由がある。実は先日小樽のスペクターが調査中に襲撃されたのだ。幸い命に別状はないようだがね、本人は襲われる前に写真を送信していたのだよ。それがこれだ」
 花戸が差し出したのは写真だ。そこには暗闇の中だが、三人の男が写っている。白と赤と黒の男だ。一見コスプレに見えるが、スペクターの一員が撮ったからには重要なのだろう。
「そのスペクター、暗号名は北海道六(きたうみ・どうろく)なのだが、北海道支部長の命令で動いていた。小樽近辺でアキバボーグが発見されたという情報を得たのだよ。それが当たったようで、道六くんはアキバボーグに襲撃されたらしい」
「北海道のスペクターではだめなのですか?」
 虹七が質問した。北海道に行きたくないわけではない。東京にいる自分が北海道支部の手伝いをしていいのか聞いたのだ。
「これは北海道支部の要請なのだ。現在北海道のスペクターも動いているが、道六くんを含め、すでに六名がやられている。全員死んではいないが、重傷で動ける状況ではない。それも立花輝美関係だ」
 おそらく小樽で道六を襲った者と、立花輝美を狙う同一だ。北海道支部は恥を忍んで、東京にいる花戸利雄に頼んだ。スペクターは特殊な訓練を受けている。格闘技はもちろんのこと銃火器やナイフの腕は特殊部隊並みだ。それが六名もやられている。確実な人間を選びたいのだ。その白羽の矢が丸尾虹七なのだろう。
「なお雷丸学園には一週間ほど休学届を出している。友達に会えないのはつらいだろうが、このまま北海道へ向かってもらう。彼女の護衛は北海道支部長に詳しく聞いてくれ」
 丸尾虹七は新宿区にある雷丸学園に通っている。彼は高校生に見えるが、実は六歳だ。遺伝子操作で常人の四倍で成長している。短期間であらゆる情報を吸収したが、経験だけが足りない。マニュアル通りには動けるのだが、規定内のことには混乱する欠点がある。アサルトライフルを装備したゲリラを十人相手にしても平然としていられるが、学校内でのことでは予期せぬ出来事が多いので、予測できないことが多い。
「でも最近はいろいろ経験しているようですし、ずいぶんたくましくなりましたよ。松金さん」
「ええ、私もそう思いますわ。クイーンさんもわかりますか」
 二人は虹七を褒めた。まるで保護者同士が子供を褒めているようである。
虹七は雷丸学園に転校する前はセッル共和国という中近東にある小国で、アメリカ人の生理学者イワン・イワノヴィッチ・イワノフ博士を救出した。
 セッル共和国の国政に不満を持つ王政派のゲリラ、セッル解放戦線に拉致されたのだ。セッル共和国とイワノフ博士は日本と密接の関係にある。ただちにスペクターである丸尾虹七が潜入し、見事イワノフ博士を救出したのである。
 その前に丸尾虹七はアメリカの日本人大使館占領事件、そして中国の日本人技師救出事件を解決している。
 基本的にスペクターは一般人に紛れ込む。弱弱しい白兎の皮を被り、狼たちを欺くのだ。暴力団や宗教団体、その他もろもろの重要な集団に潜入することが多い。花戸が指名した雷丸学園にはスペクターの関係者が大勢通っていた。虹七はそんな人たちと交流し、多くの仲間を得ている。
 そして今回は要人の護衛だ。今までやったことがないので緊張するが、今回は詳しい指令を受けている。たぶん大丈夫だと思う。
「よし。がんばるぞ」
 虹七は気合を入れた。本来友人の白雪小百合が襲われた事件の首謀者は知れず、それが新宿区内にある象林高校が関わっていうことはわかっているが、現在は調査中だ。花戸自身も虹七を東京から遠ざけるのは好ましくないが、事態は国際問題にも発展しかねない。
 果たして北海道で何が待ち受けるのか。それはわからない。
「そうだ。北海道の土産にコアナップ・ガラナと焼きそば弁当、そしてソフトカツゲンを買ってきてくれ。どちらも北海道では当たり前にある商品だが、東京では売っていないのだよ」
 花戸が懐から万札を数枚取り出した。
「いいですけど。でも北海道の土産物はいろいろあると思いますが」
「その手の物はネット通販で簡単に手に入るのだよ。私はブランド物より、その地でしか得られない物が好きなのだ」
 ちなみに花戸はイタリア製のブランドを好んでいる。イタリア製の服にイタリア製の車を愛用していた。その車にはロリキャラをプリントした痛車なのだ。
「まあいいか。ボクも興味がありますし。では、行ってきます」
 こうして丸尾虹七はその足で羽田空港に向かい、北海道へ旅立ったのであった。

 『第二話:ビェールィ(白)』

 七月の北海道、札幌市はほどよい暑さだった。聞けば気温は二六度ほどだという。丸尾虹七は東京で三〇度以上の暑さを体験していたので、涼しいと思った。
 虹七は千歳空港から札幌市に来た。そしてすすきのにいる。すすきのは様々な飲食店の他に風俗店も並んでいた。観光客が賑わうのは夜の方である。夜は悪質な客引きが多く、慣れない観光客がカモにされる場合が多い。
 虹七がいるのは狸小路一丁目の近くにあるコンビニエンスストア、セイドーマートという店である。狸小路一丁目の近くにはアニメショップが集まるビルがあった。全国にチェーン店がある有名店が集まっている。別の場所にもメイド喫茶があり、このあたりは札幌の秋葉原と呼ばれたりしたとか、しないとか。
 札幌市は質屋が多い。一昔前は狸小路で盗品を扱う店があったという。時代の流れで暗くじめじめした店は一掃され、明るくなっていった。それでも光りあるところに影がある。    虹七がいるセイドーマートはそういう店の一部であった。
 セイドーマートは北海道で有名な店である。地方では二十四時間でない店が多い。二十四時間営業の店はなくても、セイドーマートがある場合が多い。セイドーマートは自社製の商品が多く、缶コーヒーや惣菜などが他のコンビニより安く買える。もっともすべての道民がそこしか買わないわけではない。
「むほほ。これが焼きそば弁当ですよ」
 虹七は店の奥にいた。住居と兼用しており、虹七のいる部屋は店長が利用する台所だ。割ときれいになっている。四人ほど入れば窮屈になる大きさであった。虹七の目の前にいるのは四〇代前半の巨漢であった。髪の毛は坊ちゃん狩りで、黒縁メガネをかけている。鼻は大きく、たらこ唇でニキビ面だ。一目でオタクとわかる容姿だが、彼はこの店の店長である。名前は北海道太郎(きたうみ・みちたろう)といい、裏の顔は内閣隠密防衛室北海道支部の支部長という肩書があった。
「これが焼きそば弁当……?」
 それは白い四角い容器だ。すでにお湯を注がれており、三分経っている。北海はお湯を切ろうとしてマグカップに注いだ。そこには粉末スープが入っている。そして流し台でお湯をすべて捨てきると、液体スープを入れて完成した。
「これのどこが弁当ですか?」
 見た目はただのカップ焼きそばだ。そこにスープの入ったマグカップが置かれている。中身は中華スープだ。
「ほら中華スープがあるでしょう。これで焼きそば弁当の完成ですよ」
 北海は丁寧な口調で説明した。虹七はそれを食べる。普通の焼きそばだ。そして中華スープを飲む。なかなかおいしいと思った。
「なんというか、それほど感動する物ではないですね」
「まあね。名物にうまいものなしというところです」
 北海が言った。虹七が食べている最中に、北海は店内に戻る。店内には二人組のブレザーを着た高校生がいた。二人とも男性である。彼らは肩に部活のためか、大きなスポーツバックを抱えている。そして揃って何も買わず店を出ようとした。
「お待ちくださいお客様。会計がまだですよ」
 北海が高校生二人に声をかけた。二人とも顔を青ざめている。
「さあカバンの中の物を出してください。会計させていただきます」
 北海は笑顔を浮かべているが、その全身からは相手を威圧する何かを感じさせる。高校生はカバンの中からお菓子やペットボトルなどをレジカウンターに置いた。それらを北海は手早く会計し、商品をビニール袋に入れる。二人は金を払い、店を出た。
 明らかに万引きなのだが、北海は捕まえるつもりはなかったようだ。
「買い物かごに入れなければ、万引きになるわけではありませんからね。会計していただければそれでいいのですよ。それにしてもうちの店で万引きを狙うなど。おそらく遠くの学生でしょうな」
 北海は冷蔵庫から缶ジュースを取り出した。コアナップガラナと書かれている。それを一気に飲み干した。
 さすがに北海道の諜報を任されている実力者だと、虹七は思った。だが、肝心の仕事はまだだ。虹七は本題に入る。それを察したのか北海が切りだした。
「あなたが護衛する要人はこの店の二階にいます。会ってください」
 そう言われて虹七は二階へ上がった。人が一人ぎりぎりで上がれる狭さだ。その上は埃っぽく、じめじめしている。二階に上がると部屋があり、入り口は襖だ。虹七は空けますよと声をかけ、中から女性の声がして、いいよと返事があったので開けた。
 中は居間のようで、休憩に使われるのだろう、畳がひかれており、食器棚やテレビが置かれていた。その窓際に一人の少女が座っており、漫画を読んでいる。
 鴉の羽のようにつやつやした黒髪で肩まで伸びている。額が丸見えであった。顔立ちはロシア系なのか、日本人離れした美貌である。モデルと言っても納得できるだろう。
 彼女が立花輝美なのだろう。美人なのだが写真で見るより、どことなく仏頂面であった。黄色い夏服の制服を着ている。
「初めまして。ボクは丸尾虹七と申します」
「……立花輝美」
 立花はちらっと虹七を見たが、すぐ漫画に視線を戻した。どうも微妙な空気が漂っている。
「あの、立花さんは何を読んでいるのかな」
「超人学園ジュヴナイラー」
 それっきりだった。よく見ればコンビニで売られている物である。店内から持ち出したのかもしれない。題名では四神(しがみ)高校編と書かれていた。
「四神高校編というと、主人公たちが捕らわれたヒロインを助けに行くんだよね。四神に例えた四天王を相手にする」
 虹七はある程度ジュヴナイラーの内容を知っていた。四神高校は生徒会長黄龍寺威治郎(こうりゅうじ・いちろう)が支配する学校で、配下の四天王を使っている。彼らは青龍、朱雀、白虎、玄武を元にしていた。一番弱いのは玄武である。それは玄武が亀だからだろう。
 すると立花は虹七をにらんだ。一瞬虹七はたじろぐ。
「今読んでいる最中。横からネタバレはやめて」
 立花はむっすりとした表情である。まだ四天王が出ていないのだろう。余計なことを言ったと虹七は謝った。すると立花はさらに膨れて、そっぽを向く。
 気まずい空気が流れた。虹七は何も言わず、床に座る。立花は漫画を読むのに夢中なのか、虹七に話しかけないし、見向きもしなかった。
 虹七は立花を見た。華奢な体つきだが、胸や尻など出るとことは出ている。脚が針金のように細い。モデルと言われても信じるだろう。ただ仏頂面なのがすべてを台無しにしている。
 それに彼女は現時点でアキバボーグ手術ができる唯一の人間だ。彼女はいかにその技術を学んだのか気になるところである。もっとも虹七は聞かれない限り尋ねることはない。
 「……アンタ。あたしが何者なのか訊かないの?」
 初めて立花から質問された。
「訊いたら答えてくれるの?」
「何よそれ。子供みたい。アンタがあたしを守る騎士って聞いたのに、頼りなさそうね」
 立花はそれっきり黙ってしまった。確かに虹七は強そうには見えない。見た目は平凡な高校生だ。不良が四人に囲まれたら一瞬で廃棄物になりかねない。
 だが虹七は内閣隠密防衛室の諜報員スペクターだ。ありとあらゆる銃火器を扱い、薬品なども使いこなせる。格闘も強く、一般人なら十人に囲まれても、逆に相手を壊すことも可能だ。
 難点は外見では強そうに見えないのである。もっともそれがスペクターの特色だ。一目でただものとわかるような雰囲気では諜報活動などできない。それは護衛で活躍する。スペクターの場合、相手を油断させることが大切なのだ。立花はそれがわかっていない。もちろん一般人の彼女は一生知ることはなかったと思われる。
「ボクの任務はあなたを守ることです。あなたが特別な才能を持っていることも知っています。ですが、なぜあなたがその才能に目覚めたのか、教えていただけませんか?」
 立花は漫画を閉じると、床に置いた。
「……、パパの研究室であたしは育ったわ。あたしができるのはアキバボーグの義手や義足の制作よ。神経を繋げる接合部分は手術台があればどこでもできるわ。さすがにあたしでも無理。パパは内科医と一緒でやっていたから」
「そうなんだ。でも接合部分の手術ができなければ、君がいても無意味だと思うけど」
「無意味と思ってないのよ。接合部分は三流医大を卒業しても、マニュアルさえあれば手術は可能なの。接合部分は一度つければ一年以上は、メンテナンスの必要ないわ。逆に義手自体は小まめな手入れが必要なの。これは自動車設備工場でもできるわ」
「そうか。既存の義手より手軽にできるんだ。テロやゲリラがほしがりそうだね」
「だからアンタの組織がパパたちを軟禁したのでしょう。おかげであたしは北海道に引っ越す羽目になったわ。一度も会ったことのないおじいさんに頭を下げてね」
 立花の声色が固くなった。どうやらあまりいい印象は持っていないようだ。
「おじいさんは、どう思っているの」
「嫌いよ。あんな誇大妄想の塊なんて」
 それっきり立花は口を閉ざした。そこに北海が部屋に入ってきた。
「やあ。お話して緊張はほぐれましたか。ではさっそく作戦開始ですよ」
 するとにやけ面の北海の顔が引き締まった。コンビニの店長の顔が、スペクターの顔に変貌したのである。
 北海はちゃぶ台を引っ張り出した。その上で紙を広げる。なにやら精細な計画が書かれていた。
「丸尾虹七はまず公共の交通機関を一切利用せず、札幌から小樽へ向かってもらいます。バスを利用すると、敵が襲撃する可能性が高いからです。事実、他県ですが、スペクターを狙って爆破事件を起こしかけたことがありました。
 もちろん徒歩で行かせるわけではありません。自転車を使ってください。そしてなるべく国道沿いで行動したほうがいいでしょう。敵もまさか大衆の面前で攻撃はしないでしょうから。
 小樽は小樽築港に行ってください。そこから我々北海道支部が用意した船があります。虹七はこう見えて各種の運転は得意なのですよ。海から一路、東京へ行ってもらいます。細かい注意事項はすでに虹七の頭の中にあるので、立花さんは彼に従うように」
 こうして二人は動きやすい恰好に着替えた。店の裏にはスポーツ用の自転車が置かれてある。荷物はすでに積んであった。二人は一路、小樽へと向かうことになったのであった。

 *

 虹七と立花はヘルメットとゴーグルを付け、走っている。現在北へ向かっていた。すすきのから大通公園に出ている。大通公園のテレビ塔が遠目でもよく見えた。公園には観光客などで賑わい、とうきびワゴン、とうきびとは北海道でのとうもろこしの呼び名であり、それを求める客がいた。
 札幌の中心部なので車の数は段違いである。大通公園を出たら、今度は西へ向かう。国道一二四号線を伝っていき、札樽自動車道がある札幌西インターチェンジを目指すのだ。もちろん自転車で高速道路に入れるわけではない。あくまで目安である。その近くにホテルがあるので一泊するためだ。次の日には国道五号線をひたすら走るのである。
 現在虹七たちは道立近代美術館前を走っていた。車は二車線とも埋まっており、大型トラックや大型バス、軽自動車などが引き締められている。平日はこんな感じだが、日曜日だと割と空くそうである。
 近代美術館は敷地内に森があり、コンクリートで囲まれた都会とは思えないほど、広々としていた。その横を二人は自転車で通り過ぎていく。
 虹七は立花を置いて行かないよう、後ろを走っている。彼女の体力が持つかどうか心配したが、見た目以上に頑丈のようであった。息切れせずに自転車をこいでいる。
 立花の心情はどうだろうか。今まで普通の生活をしていたのに、突然騒動に巻き込まれたのだ。周りに振り回されていい迷惑のはずである。そのためふてくされた顔になったのかもしれない。
 虹七がそう考えていると、左側のビルから何か光るものが見えた。
 それは白い弾丸だった。実際は人間並みの大きさだが、あまりの速さに弾丸と錯覚したのだ。
 それは虹七と立花に向かってきた。そいつは人間だった。真っ白い全身タイツに、髪の毛は黒と白の縞々。さらにサングラスをかけていた。体格から男と判断する。そいつは虹七と立花を両脇に抱えたのである。
そしていつの間にか近代美術館の森へ移動していた。
 敷地外では突然の神隠しを驚く人はいなかった。みな、忙しそうに車を走らせている。夏の幻だと思ったのかもしれない。だがそれは幻ではない。今消えた本人たちは自分の身に起きた出来事を整理していたからだ。
「立花さん、大丈夫?」
「あたしは大丈夫よ。でも、何なの一体?」
「それはおれがこたえるだぎゃー」
 虹七が立花を気遣っていると、頭上の木から声がした。名古屋弁ぽい発音である。虹七が上を向くと、そこには先ほどの白い男が立っていた。
「ぎゃーっはっはっは!! おれはビェールィ!! そこの女をもらいにきたんだぎゃ。さっさとよこすぎゃ」
 ビェールィと名乗る男を改めて見ると、白い虎のような男である。両腕は常人より太く、縞々のしっぽがゆれていた。
「……彼女は接合手術ができない。彼女をさらっても無意味だよ」
「だだくさ(むだ)かどうかは、おみゃーが決めることではないぎゃ。邪魔するならおみゃーを先に片づけてやるぎゃ!!」
 ビェールィは両腕を交差させると、そこから三本の爪が伸びた。おそらく両腕は義手であろう。ビェールィは膝を曲げ、枝をきしませると、弓で放たれた矢の如く、虹七に向かって飛んできた。
 両腕の爪を前に突き出すと、体全体を回転させる。それはまさに白い弾丸であった。虹七は立花を避難させると、懐からタオルを取り出し、ペットボトルのミネラル水を含ませる。
 虹七は飛んでくるビェールィをぎりぎりで躱す。そして高速回転する爪に向かって濡れタオルを叩き付けた。
 濡れタオルは爪に絡みつく。しかし、ビェールィは次の瞬間足を逆回転させた。虹七の濡れタオルを軸に、ビェールィ体全体を回転させ、足を天高く上げると、虹七の首に虎のアゴにように両足をからませる。
 そしてビェールィのしっぽが動いた。まるでさそりのようにしっぽの先端から鋭い針が飛び出す。それは虹七の目を狙ってきた。
 虹七は左手を突き出した。しっぽの針は虹七の左手を突き刺す。目を潰されるくらいなら左手を犠牲にしたのである。しっぽの針が抜けると、ビェールィは離れた。
 虹七の左手からぽたぽた血が流れている。すぐに応急手当のバンドを貼った。
「ぎゃーははは。おれのしっぽを避けるとはやるぎゃ」
 ビェールィはげらげらと笑う。虹七は彼のしっぽを見た。おそらくそれは電気紐という技術を応用したものだろう。虹七が通う雷丸学園生徒会役員には、円谷皐月という書記がおり、電気紐という長い紐を自在に操るのだ。アキバボーグの技術を利用して作られたのである。
 ビェールィは新体操選手のように前転飛びをしながら迫ってきた。隙だらけに見えて、まったく隙を感じないのである。まるでアムールトラだ。獲物を食い殺す迫力があった。両腕の義手だけに頼らない力強さがある。
 虹七は自転車に駆け寄り、荷物を探る。そこから工具セットを取り出した。ビェールィはその間にも前転飛びをしている。そして三メートル付近で一気に跳躍し、両腕の爪を高く上げた。そしてか弱いウサギを狙うように虹七に向かって飛んでくる。
 虹七は右によけた。ビェールィは地面に着地したが、しっぽが虹七の右太ももを貫いだ。虹七は悲鳴を上げず、逆にしっぽをつかみ、そのままチョールヌィに抱きつく。手にした工具セットを使い、ビェールィの両腕を外したのだ。それは操り人形のようにもげたように見えた。アキバボーグの解体方法なら虹七でも知っていたのである。
 もっとも動き回るビェールィを相手に外すのは困難な仕事である。現に虹七は汗をかき、息を切らしていた。
「おみゃー、おそがい(おそろしい)ことを!!」
 ビェールィは叫ぶが、虹七の手刀が決まり、気絶した。あとは北海道支部に連絡を入れ、ビェールィを引き取ってもらうだけだ。虹七は戦いに勝ち、負傷した左手と右太ももの治療に取り掛かる。それを立花が横で見ていた。
 最初は虹七を恐れて遠巻きで見ていたが、顔を赤くしつつ、ちらちらと覗いていた。そして我慢できなくなったのか、虹七の元へ近寄る。
「……アンタ、手際が悪いわね。あたしに貸しなさいよ」
 そういって応急セットを取り上げると、立花は手際よく、応急処置をした。
「上手だね」
「……お母さんがいないから。自分でやるしかないの」
 立花の表情が曇った。あまり口にしたくない話題なのだろう。連絡して十分ほど経った。清掃会社のワゴン車が入ってきて、清掃員がビェールィを抱えて車に乗り込んだ。彼らはスペクターの一員で、こういった仕事をするのである。一応近代美術館の敷地内だが、話はついているのだろう。清掃員は虹七に頭を下げると、ワゴン車に乗り込み、走り去っていった。
「さて、ボクらも戻ろうか」
 そう言って虹七は再び自転車を走らせた。
 とりあえず立花輝美を狙う三人組のアキバボーグのうち、一人は倒した。しかし虹七はビェールィを相手に苦戦を強いられたのだ。残る二人も手ごわいとみてまちがいない。痛む左手と右太ももをさすりながら、虹七は先の不安を覚えた。

 『第三話:クラースヌィ(赤)』

 丸尾虹七と立花輝美は札幌市内の北五条手稲通りを自転車で走行している。先ほど近代美術館で白い虎に扮したアキバボーグ、ビェールィと戦ったばかりだった。
 虹七は十分ほど休むとすぐに自転車に乗った。手と足を怪我したのに平気なそぶりである。立花はそんな彼を見て声を出さずに驚いた。虹七の尋常ではない回復力を見て、人外の存在と感じたのだろう。立花が虹七を見る目が痩せこけて汚くなった野良犬から、獰猛な牙と雰囲気を持つ狂犬に代わっていた。虹七も立花の態度を感じていたが、無視する。今は任務を遂行するのが大事だからだ。
 途中虹七と立花は発寒橋を渡り、セイドーマートに立ち寄った。ここの店長もスペクターの関係者である。セイドーマートは全道で千店舗以上あるのだ。連絡網としては申し分ない。
 虹七は店に入ったが、立花は店に入らず、自転車に乗ったまま、待っていた。
「あれぁ? 輝美じゃんか」
 立花の後ろから声がかけられた。立花が振り向くとそこには金髪でガングロの女子高生がふたり立っている。すらりと背が高く肩幅が広く、髪の毛をまとめていた。もうひとりは小太りで樽のような体形で、肩まで髪が伸びている。二人とも立花と同じ制服を着ていた。二人とも派手な服装をしている。いわゆるギャルファッションだ。
「……ルリに、玉緒(たまお)」
 立花と顔見知りらしいが、あまり嬉しそうではない。ルリと玉緒はにやにや笑っているだけだ。そこへ虹七がジュースと大きな紙袋を持って帰ってきた。
「おまたせ立花さん。あれ? そこのふたりは友達なの?」
「あははははっ、もうこいつは友達じゃねぇよ」
 ルリは笑いながら否定する。
「だってこいつと付き合うと不幸な目に遭うんだもんね。いっひっひ」
 玉緒はケラケラ笑っている。どことなく悪意を感じた。
「あんたさぁ、立花のなんなの? 立花の男なわけ? 悪いことは言わない、さっさと別れた方が得策というもんだぜ」
 ルリが虹七の右手を握った。虹七は突如手を握られて狼狽する。
「こいつがあたしらと同じ学校にいた時サァ、入学から付き合っていた田内サクラ(たうち)が事故に遭ったのさ。立花は学校じゃ田内だけしか付き合ってないからね。それにクラス委員長の羽衣菊子(はごろも・きくこ)も事故に遭ったよ。委員長は立花を嫌っていたからねぇ。学校じゃ立花に付き合ったら不幸に遭うって言われるようになったのさ」
 ルリが楽しそうに話している。立花はずっと下を向いたままであった。おそらくルリの言う通りなのだろう。しかし虹七は質問した。
「そういうあなたたちはどうなのですか? 先ほどもうこいつとは友達じゃないと言いました。つまり前は友達だということですよね」
「へぇ、するどいのぉ。あんたの言う通りだよ。以前は付き合っていたけど、あたしらの男友達が不幸になったのさ。それに禿げ頭の担任教師も同じく不幸になったのよ。こりゃあ、やばいと思ったわけだ。それで付き合いをやめちまったのさね」
 玉緒が代わりに答える。まるでガマガエルのようにげふげふと笑っていた。
「じゃあな。もう二度と面を見せるなよ。ぎっひっひ」
 ルリと玉緒はその場を離れた。立花は二人を見ないで下を向いている。
「あの二人は誰?」
「唐草(からくさ)ルリと越中(えっちゅう)玉緒。前と同じ学校の同級生だよ」
「友達だったそうだね」
「……前はそうだった。あの二人とは影形美四八のライブに行ったこともあるよ」
「影形美四八か。今有名な歌手だよね」
「本当は歌手なんか興味なかったんだ。それをあの二人に無理やり引っ張られたわけ。それでライブが終わった後、勝手に控室まで連れていかれたわけよ。そこで本人と出会ったのよね」
「勝手に会いにいったの? よく会えたね」
「そりゃあ勝手に会いに行ったからね。関係者の目を盗んだからさ。まあ四八さんと少し話をした後、スタッフに追い出されたけど」
 立花はため息をついた。それでも口元に笑みが浮かんでいたので、まんざらでもないと思っているようだ。そして愁いの帯びた表情である。
「さぁ、行こうか」
 虹七は自転車にまたがった。
「前の学校のことを訊かないのか?」
「君が言いたいなら、訊くよ」
 立花はきょとんとした。意外と思ったのだろう。
「……いい。話したくない」
「そう」
 虹七は一言つぶやいただけだった。二人は自転車に乗り、一路札樽自動車道を目指した。

 *

 午後八時になった。すでに日は落ちており、薄暗くなっている。札幌西インターチェンジは国道五号線を走る車であふれており、ヘッドライドがまるで地上の天の川に見えた。
 二人は近くのホテルに泊まった。ベッドがあり、バストイレ付きのツインルームである。
 セイドーマートで買った物で夕食を食べると、人心地付いた。立花は黙ったままである。
 虹七は何も言わなかった。
「……、あたしは前の学校では無視されていた。いじめられていたわけではないけど、恐れられていたわ。あたしの容姿が問題じゃない、みんな祖父の権力を恐れていた。立花総合病院の力は強大なのよ。あたしと祖父は仲が悪いけど、世間ではそう思っていない。誰もあたしの友達にはならなかった。担任教師も腫物扱いしていたわ。その中でルリたちが言っていた田内サクラと仲良くなったの。サクラは丸くてふっくらした体型で、おっとりした性格よ。あたしとは性格は正反対だけど、逆に気が合ったわ」
「それがなぞの事故で怪我をしたの?」
立花は無言で首を縦に振った。
「一学期が終わる前の日の下校時に住宅街の暗がりで通り魔に襲われたらしい。背中には獣の爪みたいに切り裂かれた跡があった。一命は取り留めたけど、自主退学したからどこにいるかわからない」
「そうなんだ。それで羽衣菊子という人はどう絡むの?」
「羽衣というのは黒縁メガネにおでこが広い三つ編み女よ。あたしの存在が猥褻だと抜かしたのよ。まあ、服装が乱れていたのは事実だけど、そこまで乱れてなかったわ。胸が苦しいから胸元を開いて見せブラを出しただけなのに」
「見せブラはだめだよ。猥褻になる」
 虹七のツッコミに立花はぶすっとした表情になった。
「それから羽衣さんはどうしたの?」
「そいつも襲われた。顔の半分が焼けただれていたから、薬品をかけられたと警察は言っていた」
「それが立花さんのせいで事故に遭ったというの? 友達のサクラさんはともかく、仲が悪い羽衣さんが襲われたのは関係ない気がするけど」
「そのうわさを広めたのがうちの担任教師、根室健二(ねむろ・けんじ)だ。四十代で落ち武者みたいな禿げ頭で丸メガネをかけてひげを生やした冴えないおっさんだよ。事なかれ主義の典型で責任を取るのを異常なまでに恐れているんだ。自分の担任の生徒が事故に遭ったから無理やりあたしが不幸を呼んだとホームルームの時に言いやがった。それ以来ますます孤立したのさ」
「ひどい先生だね。誹謗中傷で名誉棄損だよ。よく訴えられなかったね」
「学校側はそれを問題視したけど、次の日には事故で入院さ。通り魔に背中を切りつけられたらしい。傷口は水で濡れていたそうだよ」
 立花はそれっきり黙った。田内サクラは友達だ。羽衣菊子は立花を目の敵にする学級委員長である。そして自分を不幸の元凶と言った担任教師が事故に遭ったのだ。誰もが立花を恐れたに違いない。唐草ルリと越中玉緒は面白半分で彼女に近づいたのだろう。そして自分たちの男友達が同じような事故に遭ったので敬遠するようになったのだ。虹七はそう推測した。
 ノックの音がした。虹七がゆっくりとドアノブを開く。
そこには虹七たちと同じ年代の男女二人組が立っていた。二人は部屋に入ると虹七たちの服装に着替えたのである。立花は目を丸くしているが、虹七は彼女を外へ連れ出した。そして虹七と立花はインターチェンジの近くに隠れた。
虹七はセイドーマートから渡された紙袋から全身タイツと肘や膝を守るサポーターを付けている。それは立花も同じだった。二人はフルフェイスのヘルメットを被っている。足には小さなスキー板を穿いていた。
「なんなのこれ?」
「これは迷彩スーツなんだ。周りの色と同化して、周囲に見えにくくなる代物だよ。そしてこのスキー板はグラウンドスキーといってアスファルトなど舗装された道を滑るスキーなんだ」
「そうなんだ。でもこれを着て何をするつもりなのさ」
 立花に訊かれて虹七はもうひとつ紙袋から取り出す。それは拳銃に見えたが、バレルの先端は花のつぼみのように尖がったものがついていた。シリンダー部分は新品のガムテームのような大きさであり、フレームの右側にガスボンベのようなものが取り付けてあった。
「こいつはワイヤーガンだよ。ガスの力でワイヤーを発射する。それを札樽自動車道に入る自動車に取り付けて、入るんだ」
それを聞いた立花は「は?」と耳を疑った。高速道路を自動車に取り付いて入る? 何を言っているんだこいつは、という表情を浮かべた。
「グラウンドスキーの性能なら問題ないよ。限りなく摩擦力がゼロだし、音はしない。さらに後ろから来る車のヘッドライトを当てられても大丈夫。スーツが光と同化してくれるからね」
 立花は虹七の説明を聞いても理解できなかった。なぜわざわざ面倒なことをして高速道路に入る必要があるのだろうか。
「アキバボーグの裏をかくためだよ。僕らがホテルに泊まれば、そこを襲撃される可能性が高い。だからホテルに泊まると見せかけて僕らは高速道路を使うわけさ。あの二人はスペクターで僕らの身代わりだよ」
 あまりにくだらない計画に立花は呆れた。だがビェールィのように街中で襲撃してくるかもしれない。立花は覚悟を決めた。
虹七は大型の箱型トラックに向けてワイヤーガンを発射した。ワイヤーはトラックの後ろに取り付く。そして虹七は立花に抱きつく、そしてベルトを巻きつけると、水上スキーのように動き出した。ちなみに札幌西インターチェンジには発券ゲートはなく、そのまま入る。
 その様子を一人の影が見つめているのに、二人は気づかなかった。

 *
 
 札樽自動車道では自動車がぽつらぽつらと走っていた。ほとんどは国道五号線を走るのがほとんどである。もっとも高速だろうが国道だろうが、北海道では一般道でも平気で八〇キロ以上飛ばす傾向が強い。北海道という広大な土地は直線道路が多く、スポーツカーだけではなく、箱型トラックなども飛ばす場合がある。追い越し禁止でも平気で追い越してくる。七〇キロで走っていても、すぐに詰まってしまうくらいだ。
 不況の影響で高速道路を利用するものが少なくなった。それでも長期休暇だと重体になる場合があるが、虹七たちが利用した時間帯だと問題はない。
 立花は道路を走るスキー体験に緊張はしたが、慣れると平気になった。グラウンドスキーの乗り心地は最高であり、足に負担がなかった。もっとも舵取りをするのは虹七であり、カーブを曲がるたびに体勢を整えている。
 手稲を超え、金山パーキングエリアを超えた。そして銭函ICを超えていく。それまで後ろから車が来たが、運転手は全く気付いていない。立花はスペクターの装備品に改めて感心した。
 だが異変が起きた。立花が何気なく振り向くと、後方から赤い影が迫ってきたのだ。
 それは赤い鳥のように見える。だが空を飛ばずに道路を走る鳥などいない。それは人間であった。
 そいつの全身は赤だった。着ているコートはまるで猛禽類の翼を連想する。赤い髪を逆立て、顔は戦闘機のパイロットがつけるマスクを被っていた。両腕を大きく広げ十字架のように見える。足はぴったりと揃えており、走っているようには見えなかった。
走るわけがないのだ!! それは立ったまま走っていた!! 常人より太い脚からエンジン音が鳴り響く。足首には小型のゴムタイヤが自動車のように取り付けてあった。そいつの脚は小型の自動車だった。だから立ったままでの走行が可能だったのである。
 それは虹七の左側へぴったりと走行していた。
「おうおうおう!! おいらはクラースヌィ!! よくもビェールィをぶちのめしやがったな、てやんでぃ、バロチクショウ!!」
 クラースヌィと名乗る男は幼稚な感じで江戸弁をしゃべっている。どことなく江戸市中の事情を通じていて、それをしゃべって回る江戸雀のような少年であった。なんとなく顔の下は雀卵斑がありそうな気がする。
「おうおうおう!! おいらはそこの女に用があるんだよ。さっさとよこしやがれ。てやんでぃ、バロチクショウ!!」
 クラースヌィは体当たりをかましてきた。二人の身体が揺れる。虹七は左足でクラースヌィを蹴った。クラースヌィは蹴り飛ばされたが、すぐ体勢を整えた。
 クラースヌィはにやりと笑うと、少し速度を上げると、クラースヌィは右手で車に繋がるワイヤーの接合部分を叩いたのである。
 ワイヤーはピンと音を立てて外れた。二人の身体は糸が切れた凧のように飛んでいく。立花は一瞬何が起きたかわからなかったので、身体は硬直したままである。
 だが虹七は冷静だった。大型トラックはすでに視界から消えている。しかし後ろからは別の車が走ってきた。同じく大形の箱型トラックである。ただし速度は規定速度を守っており、時速八十キロで走っていた。
 虹七は瞬時でブリッジをした。立花は柔道の投げ技のように宙を舞う。そして彼女の両足は道路に付いた。虹七がブリッジをして、立花がその逆といった形だ。虹七の顔は立花の後頭部に息を吹き付ける位置にある。
 二人の頭は道路ぎりぎりまで下げた。そして大型トラックが前方に迫ってくる。運転手は二人の姿は見えていない。二人の身体はライトの光で周りと同化しているのだ。さらに夜間のため視界が良く見えていない。
 二人の身体はそのまま車体の下を通り過ぎた。そしてトラックの下を通り過ぎると、虹七はワイヤーガンを発射し、そのトラックに取り付いた。そして力をうんしょといれると、立花をひょいと縦に回転させ、元の体勢に戻したのだ。立花の心臓はばくばくと祭りの太鼓のように激しく動いている。
「おうおうおう!! やりやがるねぇ、こんちきしょう!! ロシアっこは宵越しのぜにをもたねぇ!!」
 クラースヌィはわけのわからないことを吐き捨てる。
 クラースヌィは速度を落とした。そして虹七たちが取り付いているトラックまで下がる。一見虹七たちより派手に見えるが、クラースヌィはバイク用のタイヤを前後につけていた。素人目ではバイクを運転しているように見える。だがそれは間違いだ。
 クラースヌィは両腕でタイヤを支えていた。両足にタイヤを付けている。おそらくタイヤは背中に背負っていたのだろう。まさに人間バイクである。
 クラースヌィは片足を上げると、爆音がとどろいた。そして炎が巻き上がる。虹七はワイヤーを伸ばして回避した。
 トラックの運転手は何事かと後ろを見たが、後方には誰もいない。実際は後ろに張り付いていたのだ。クラースヌィは虹七から立花を奪おうとしている。
「べらんめぇ!!」
 虹七と立花を縛るベルトを切り裂き、虹七の持つワイヤーガンを強引に奪い取った。虹七は突き飛ばされ、あっという間に見えなくなる。立花はクラースヌィに捕えられ、遠ざかる虹七に向かって右手を突き出すも、それは届くことがなかった。

 *

 赤色の四WD車が走っていた。車内は三人の親子連れである。運転は父親で、三十代後半の、眼鏡をかけ、髪をかりあげているさわやかな笑みが特徴的であった。助手席には母親が座っており、茶色のロングウェーブで細めだが笑顔が暖かそうな女神のような女性である。後部席には小学校に上がったばかりの子供が退屈そうに足をぶらぶらしていた。ツインテールで赤い釣りのスカートを穿いていた。彼らは朱野(あけの)一家である。
 三人は小樽に住んでおり、今日は札幌に住んでいる祖父母に会いに行った。その帰りである。両親は他愛のない話で盛り上がっていたが、娘のほうは退屈である。携帯ゲーム機を忘れたので、やることがない。父親はカーナビを頼らないのでテレビは見られないのだ。
 娘は何気なく外を見た。すると父親が母親の方に向いた瞬間、娘は見た。それは黒い影だった。よく目を凝らさないと見えなかっただろう。その影と娘は目が合った。その影は虹七である。虹七は娘と目が合ったので、人差し指を口に当てる。内緒だよという合図だ。娘も首を縦にしてうなずいた。虹七は右手で親指と人差し指で丸を作る。ばっちりという意味だ。
 虹七はそのまま車体の下へもぐる。娘が急にウキウキし始めたので母親は「何か楽しいことがあったの?」と自称一七歳の声優に近い声を出した。すると娘はにっこりと歯をむき出しにして「ナイショ!!」と叫んだ。
 虹七は考えた。クラースヌィのことを。クラースヌィの脚はアキバボーグだ。おそらく簡易的なエンジンを搭載しているのだろう。だが大きさは小型の耕耘機並みだ、燃料はそう持たないはずだ。さらに彼は片足を上げて炎を出した。さらに燃料を消費しているはずであり、あまり長い距離は走れないだろう。
クラースヌィは自分たちと違い、別のところから来たのかもしれない。もしかしたら銭函ICから来たのだろう。もちろん大型車に取り付くことはできない。だから車内に隠れていた可能性がある。協力者がいて、クラースヌィを載せたのかもしれない。
 問題はクラースヌィが立花を拉致した後どうするか。別の車が来て回収するのは無理だ。目立ちすぎる。虹七は頭の中にしまっておいた記憶の地図を引っ張り出す。確かこの先は陸橋だ。張碓町があり、オロロンラインをまたぐ形になる。そこから飛び降りる可能性が高い。
「あのコート、特殊素材で出来ていた……。グライダーの代わりになるかもしれない。その際にあの脚を取り外して身軽にするだろう。一連の作業をする瞬間が勝機になる」
 虹七はすぐに考えをまとめた。これらは対処マニュアルに載っていたものである。クラースヌィの脚はアキバボーグが機動力を高めるために使う物なので知っていたのだ。
 さて虹七が考えをまとめていると、クラースヌィたちに追いついた。クラースヌィはエンジンを切り、トラックにしがみついていた。燃料を節約するためだろう。立花は片腕で抱きかかえていた。見た目によらず腕力があるようである。
 四WD車の乗っている朱野父はクラースヌィを見ても、「会社のマークだね。ずいぶん派手だな」とのんきそうに言った。
 クラースヌィは虹七が後ろにしがみついていると思ったが、いなかった。そしてそのまま追い越していく。
それに安心したのかクラースヌィはトラックから手を放す。そしてすぐに懐に手を入れると、コートはなんとバサバサと音を立てたと思ったら、まさに猛禽類の翼のように広がったのである。
 それはグライダーであった。立花は幼少時に行った遊園地の乗り物を思い出す。身体が宙に浮く感覚であった。そしてクラースヌィは立花をベルトで身体ごと縛ると、両足を取り外す。少しでも体を軽くするためだろう。道路には足が二本、火花を上げながら放り出される。
 クラースヌィは道路を飛び出した。下はオロロンラインが広がっている。自動車がびっしりと隙間なく走っていた。普通の人間ならその高さに目がくらむだろう。落ちたら確実に死ぬが、二人はグライダーに乗っているのだ。ゆったりと地上へと降りていく。
「が〜っはっはっは!! これでおいらの仕事は終わりだ!! 帰ったら雀鮨(すずめすし)をいただくぜぃ!!」
 ちなみに雀鮨は小鯛を背開きにして、腹に鮨飯を詰めた鮨だ。もとは江鮒(えぶな)を用いたそうで、大阪・和歌山の名物である。形が雀のようにふくれているのでそう呼ばれているのだ。
「残念だけど、それはお預けだ」
 クラースヌィと立花は驚いた。それはあり得ないところから声が聞こえたのだ。自分たちの頭上からである。
「やあ」
 それは虹七であった。彼は逆さになっている。まるで蜘蛛が尻から糸を出してぶらさがっているようだ。それもそのはず、虹七の手にはワイヤーガンが握られていた。
 クラースヌィに奪われたものではなく、予備のワイヤーガンであった。虹七は振り子のように動いている。ワイヤーガンは虹七の体重を支えても平気なのだ。
 その曲芸をオロロンラインを走る車たちは見ていない。誰も陸橋の下で激しい攻防をするなど予想がつかないからだ。
「おのれぇ、蜘蛛男が!! しかも下がり蜘蛛だ、夜の下がり蜘蛛は凶なんだぞ!!」
「ボクにとっては吉だけどね」
 虹七はサーカスの空中ブランコのように揺れている。クラースヌィは高度を下げていくが、虹七はその度にワイヤーを伸ばす。いつワイヤーガンを手放し、自分たちに飛んでくるかわからない。クラースヌィは虹七に体当たりをして、彼を地上へ叩き付けようとした。しかし虹七は巧みにかわす。そしてクラースヌィの首に自分の足をからめる。首を絞められたクラースヌィはおちた。虹七はワイヤーを縮める。そして虹七はつぶやいた。
「目を覆うて雀を捕えるといったところか」
 クラースヌィがつまらない小手先の策を用いた皮肉であった。
 札樽道には黄色い四WD車が路肩に止まっていた。車体には道路パトロール車と書かれている。建設会社が道路維持のために使う車だ。ヘルメットを被って、作業服を着た男が二人外に出ている。彼らが立っているところは虹七がワイヤーガンを撃ったところだ。すると虹七がクラースヌィと立花を引っ張ってきた。
 男たちはかぎ爪付きのロープを取り出すと、虹七たちを引っ張り上げた。彼らは虹七の協力者、スペクターだったのである。彼らの他にクラースヌィが外した脚を回収していた者もいた。
 クラースヌィは拘束された。虹七と立花は別の車が迎えに来る。その車に乗り、小樽へ向かうのだ。
「立花さん大丈夫?」
 虹七は訊いた。立花は髪が乱れ、顔は真っ青になっている。
「これを見て大丈夫って訊くほうが理不尽だわ」
 立花は毒を吐いた。

 *

 朱野一家は小樽ICを抜け、国道沿いにあるコンビニで一息をついていた。そこへ車が駐車場に入ってくる。そこから若い男女が降りた。二人は私服を着ている。旅行用のカバンを下げていた。車は二人を下ろすとそのまま走り去る。
 朱野の娘は男の方を見た。男はもちろん虹七である。娘は虹七に向かって手を振った。虹七もにっこり笑って小さく手を振る。その様子を見た母親は知り合いなのと訊ねた。
「うん。さっき車にしがみついていた人だよ」
 娘はしゃべってしまったが、両親は本気にしなかった。しかし娘の頭の中には刻まれており、一生忘れられない思い出である。

 『第四話:黒(チョールヌィ)』

「こんなことをしていいわけ?」
 正午の小樽市の小樽運河を丸尾虹七と立花輝美が歩いていた。昨日は札樽自動車道を抜け、市内のホテルに泊まったのだ。今夜虹七たちは小樽築港からクルーザーに乗り、東京へ向かうのである。その間二人は小樽市内を歩いていた。二人は私腹を着ている。虹七はTシャツにジーンズで、輝美は黄色のワンピースを着ていた。輝美は途中で買ったソフトクリームをなめている。その彼女が声をかけたのだ。
「こんなことって?」
 同じくソフトクリームをなめている虹七が言った。虹七は初めて見る小樽市に感動しており、珍しそうにキョロキョロと小学生のように好奇心をむき出しにして、楽しそうだった。
 小樽運河には観光客があふれている。小樽運河は、大正十二年に完成した港湾施設である。海岸を埋め立てて造られており、船荷の積降しを行う際、船と倉庫をつないで作業を円滑にするという、大きな役割を果たしてきたのだ。
運河の中でも「北運河」と呼ばれる北部は、運河の幅が昔ながらの四十メートルであり、作業船などの小型船が今も係留されているのだ。
小樽倉庫を利用した運河プラザから始まり、かもめを呼ぶ少女の像が建つ北浜橋を渡り、ライブハウスや喫茶店が入っている旧渋澤倉庫などを散策した。
 歴史は内地に比べると浅いが、東洋と西洋が混じり合った不思議な町である。大正時代の建物が保存され、土産物店や喫茶店に使われていたりするのだ。
 観光客が大勢おり、土産物屋やレストランでは祭りのような熱気に満ちていた。国内はもちろん、外国からの観光客も多い。観光客目当ての人力車も走っていた。
「だって敵がいつ襲ってくるかわからないんだよ。札幌市でビェールィが街中で、クラースヌィは札樽自動車道で襲ってきた。小樽でも同じことがあると考えないわけ?」
 輝美の言い分はもっともである。今までアキバボーグに二人は人がいる場所で堂々と襲ってきたのだ。小樽で起きない理由はない。だが虹七は首を振った。
「いや、大丈夫だと言われたよ。道太郎さんに連絡したらそう言われたから」
 虹七が笑顔を浮かべたが、輝美はそれを聞いて不安になる。人に大丈夫と言われたから、それを信じるのはどうかと思う。
「まず二人のアキバボーグは街中で襲ってきたけど、人目を避けていた。クラースヌィの場合は存在自体が冗談に見えるから、目撃者がいても夢だと思うし、人に喋っても信じないからね」
「そりゃそうだけど。もう一人が襲ってくる可能性はあるでしょう?」
「いや、街中ではありえない。最後の一人は玄武と思われるからだ」
 げんぶ? この男は何を言っているのだろうか。輝美は首を傾げた。
「アキバボーグにはある法則があった。彼らは四神が手本になっているんだ。ビェールィは白で白虎。クラースヌィは赤で朱雀。最後の黒は玄武、チョールヌィだろうね。こいつは水を利用した装備をしているって、道太郎さんが言っていた。それに君が言っていた担任教師はそいつに襲われたんだ。傷口に水が付着していたから水圧カッターを利用したと思われるね。羽衣菊子さんを襲ったのはクラースヌィだよ。彼女は薬品で顔を焼かれたのではなく、クラースヌィの熱噴射で焼かれたんだ」
「何よそれ。四神はロシア人でも知っているんだ。でもそれだとガルボーィがいないと不自然じゃないの」
 輝美が言った。ガルボーィとはロシア語で青だ。
 四神は東西南北を守護する霊獣と言われている。
 北は玄武。南は朱雀。東は青龍で、西は白虎だ。
 そしてこれらは陰陽五行でわけられている。
 玄武は水。朱雀は火。青龍は木。白虎は金。その中心が黄龍で土なのである。
「道太郎さんもガルボーィはいると思っている。実はスペクターがビェールィたちを撮影してその場を離れた後、背中を切られたんだ。その後の調べで傷痕には空圧で切られた裂傷があった。おそらくガルボーィは風に関係する能力を有しているんだ。青龍は木だけど、風も意味するからね。近くにガルボーィがいたのは間違いない」
「はぁ? それならガルボーィが襲撃してくる可能性があるじゃない。そんなのんきなことをしていいの?」
 虹七は首を横に振った。
「おそらく特殊機能は短時間しか使えないはずだよ。なにしろアキバボーグは積載量が少ないからね。昨日のクラースヌィもそうだった。それにビェールィもそうだけど人目を避けたいはずだから、昼間に襲うことはしないはずだよ」
「そうなんだ」
 それで話は終わった。二人は散策している。港町の裏側まで歩いた。小樽運河ターミナルを曲がるとその通りは小樽大正硝子館本店やオルゴール館などが並んでいる。二人は大勢の観光客に混ざり、その通りを歩いていた。
 そこで輝美はある店に立ち寄った。それはTシャツを売る店だが、四〇代くらいの男の店長と芸能人が写ったポラロイド写真がずらっと並べてあった。そのうちに輝美は一人の女性の写真に目をとめた。
 それは十代後半の女性だ。黒い総髪で腰まで伸びている。顔立ちはロシア系のようにくっきりしており、まるでギリシャ彫刻のように体型が美しかった。服装も身体の線をくっきり浮かび上がらせるものだが、似合っている。影形美四八だ。影の形が美しいので人気の高いアイドルである。
「……あたし、ルリや玉緒に無理やり連れてこられたのよね」
「どこに?」
「影形美四八の楽屋に。そもそも興味がないライブハウスに無理やり連れてこられてね」
 輝美は思い出す。田内サクラがなぞの事故で入院し、委員長の羽衣菊子も事故に遭った。クラスメイトは自分のことを、災厄を呼ぶ魔女と言って近寄らなかった。そんな中唐草ルリと越中玉緒は無理やり引っ張ったのである。
 彼女らの目的は災厄を呼ぶ魔女という肩書を持つ自分を自慢したかっただけだ。同じ人種の仲間に自分を紹介して、げらげら笑っていた。
 本来関係者以外立ち入り禁止なのに、ルリたちは無理やり引っ張りだした。そして楽屋にいた影形美四八にサインをもらい、マネージャーに追い出された。
 それでも輝美にとっては楽しい日々であった。ひとりぼっちでいるより、大勢に囲まれた方が楽しかった。しかしそれはすぐに終わってしまう。担任教師が不慮の事故に遭い、入院したのだ。ルリと玉緒は手のひらを返し、近寄らなくなった。それどころか他のクラスメイトに近づくなと陰口を言うようになったのである。
 輝美は何も言わなかった。虹七もそれ以上訊くのをやめる。二人はただ無言で小樽の街を歩くだけだった。

 *

 夜中の小樽築港に一隻のクルーザーが止まっていた。それは虹七が乗る船である。内防が用意した特別製だ。虹七は船の操縦はできる。非常食と飲み水を積み、二人は深夜の小樽築港を出発した。
 夜中の海は真っ黒いカーテンの上を走っている無気味さがある。辺りには波の音しか聞こえない。空と海との境目がなくなり、自分たちがどこにいるのかわからない。
 輝美は子供の頃に読んだ本に海坊主という妖怪が載っていたのを思い出した。妖怪など信じていないが、何もない暗黒の世界では妖怪がいてもおかしくないと思った。夏だが夜は冷える。肌寒く鳥肌が立った。
 虹七はひたすら無口だ。レーダーを頼りに船を進める。輝美は少し眠っていた。
 やがて西から太陽が昇ると、心を押しつぶすような暗闇は払しょくされ、生き生きとした光の世界が広がった。
 虹七たちは積丹半島を通り過ぎている。海岸線は突起した岩が並んでいた。古平町などの漁船には一切出くわしていない。出くわさないよう調整したからだ。
 季節は夏なのでレジャー目当ての観光客が多い。海岸には観光客が建てたテントがずらりと並んでおり、パラソルがキノコのようににょきにょきとたてられている。
 輝美はそれを見て、あのパラソルの下には平凡な家庭が暖かい光を発していると思った。
 船はどんどん進む。積丹半島を回ると、神威岬が見えた。積丹はウニが名産で、朝から採ったウニをぶっかける朝ウニぶっかけ丼が有名だ。もっとも有名でも虹七はあまり興味がない。輝美も同じようである。
 船を進めていると突如霧が発生した。はてな、こんな時期に霧が出るとは初耳だがと虹七が首を傾げていると、突如海中からざばんと何かが飛び出た音がした。それは船の先端に落下した。
 それは全身黒づくめであった。まるでボディビルダーのように全身がふっくらと丸みを帯びている。頭部は顔面をレンズで覆われていた。
 そいつは胡坐をかいていた。顎に握った右手を付けており、左手は腰に当てている。尻の部分には尻尾が生えており、蛇のようにうごめいていた。
「こんにちは。オラの名前はチョールヌィだべ。そこの女をもらうだよ」
 チョールヌィは北海道弁をしゃべった。そして立ち上がり、再び海中へもぐった。
「あいつはチョールヌィ、ロシア語で黒って意味よ。つまりあいつは玄武、四神では一番弱い存在だね。ちらっと見えたけど背中に甲羅を背負っていたもの」
 漫画などでは玄武は亀に似ているので、最初に戦うボスであることが多い。だが虹七はそれを否定する。
 チョールヌィは海中に潜ったままだ。レーダーで調べたが動きが人間離れしている。おそらく脚部に水中用のモーターが組み込まれているのだろう。そして背中の甲羅には酸素ボンベが積まれているのだ。尻尾が何を意味するかは不明なので、その点が不安である。
 海面からチョールヌィのしっぽが潜水艦の望遠鏡のように飛び出た。そして尻尾の先端から何やら霧吹きスプレーのように霧を吐き出している。おそらく尻尾が海水を吸い込み、それを先端から霧状に噴き出す仕組みなのだろう。先ほどの霧の原因はこれなのだ。
 そしてドブンと何かが海面から飛び出る音がした。チョールヌィが直立で海面から飛び出たのだ。虹七はヨーヨーを取り出すと、チョールヌィ目がけてヨーヨーを飛ばした。
 チョールヌィは右手で弾く。その際に高い金属音がした。ヨーヨーは特別な金属で作られているのだろう。チョールヌィは右手を見る。右手の甲が少しへこんでいた。
「お〜お〜、オラの手がへこんだべ。なんてはんかくさいやつだな。これならどうだ」
 チョールヌィは再び海面に潜った。そして霧が発生すると、また海面に飛び出た。
 虹七はヨーヨーでチョールヌィを攻撃するが、チョールヌィは霞のように消えてしまった。
 よく見ると周りにはチョールヌィが大勢いた。どういうことか。おそらく蜃気楼を利用したのだろう。
蜃気楼とは下層大気の温度差などのために空気の密度に急激な差が生じて光が異常屈折をし,遠くのオアシスが砂漠の上に見えたり,船などが海上に浮き上がって見える現象である。日本では富山湾の魚津海岸のものが有名だ。
 チョールヌィは人工的に蜃気楼を生みだし、分身を作り出したのだ。
「さ〜て、オラを見つけられるかな〜?」
 チョールヌィの嘲笑う声が聞こえた。虹七はヨーヨーを投げつけるが、当たっても消えてしまうだけだった。
 虹七は焦っていた。まさか漫画みたいな展開で攻撃するとは思わなかったからだ。
 そのうち虹七の背中から血が噴き出した。
 海面に出ていたチョールヌィの尻尾が水圧カッターを出したのである。船は無事だが、虹七は背中に傷を負ってしまったのだ。
「ぐはぁ!!」
 虹七はよろめいた。そして再びチョールヌィは船の先端に飛び降りる。
「もうおまえの負けだ。さっさとそこのめんこい娘ばよこしんさい。そしたら許してやるだよ」
 虹七は肩で息をしながら答えた。
「いやだ」
 それを聞いたチョールヌィはため息をついた。
「なまらかっこうだけはいっちょまえだ。もうトドメを差してやるべ。したっけ(じゃあな)」
 チョールヌィは尻尾を海面につけた。そして両腕を突き出すと、手首の下に穴が開く。そこから水の音が聞こえてきた。おそらく水圧カッターを出すのかもしれない。
 輝美は怯えていた。虹七は血まみれだ。チョールヌィは生みの中なら無敵である。こんな敵と戦って勝てるわけがない。輝美の目から涙がこぼれた。
「大丈夫だよ」
 虹七が答えた。吐く息も苦しげだ。
「僕は君を守って見せる。絶対にね。だって……」
 チョールヌィは流れ者の小唄と思って、虹七にとどめを刺そうとした。
「もう僕の勝利だから」
 虹七がにやりと笑った。するとチョールヌィが突き出した腕を上にしたのである。何事かと思ったら、チョールヌィの全身に見えない糸が巻きつけられていたのだ。一体いつ糸を巻きつけたのだろうか。
 それは先ほどのチョールヌィの攻撃に対してだ。虹七はヨーヨーを投げつけると同時にスペクター特製の糸を張り巡らせていたのである。それは蜘蛛の巣の如く、相手をからみ取るように配置されていたのだ。
 虹七はチョールヌィの性格を理解した。彼は自意識過剰な性質と判断したのだ。なぜなら最初の時にわざわざ海面から出て自己紹介をしたからである。彼の実力なら不意打ちで虹七を始末することができたはずだ。それなのに自己紹介をしたために自分の能力を知られてしまったのである。
 チョールヌィが再び立つとすれば広い船の先だ。そこなら自己主張するのに最適である。糸は船のモーターに巻きつけてあった。チョールヌィは糸で全身を縛り上げられる。完全に身動きが取れなくなると虹七は船のエンジンを切った。
「蜘蛛の巣で亀が取れるとは思わなかったね。どれ、顔を見せてもらおうかな」
 虹七がチョールヌィの仮面を外そうとした。
「あまいべ!!」
 チョールヌィは身体をエビのように跳ね飛んだ。虹七は高く飛ぶチョールヌィを見上げる。チョールヌィの身体は太陽に重なり、一瞬見えなくなった。目が眩んだ瞬間、チョールヌィは飛び込みの選手のように海に潜る。虹七は手にした糸に引っ張られ、釣られて海中に引っ張られた。
 虹七は海の中にいる。咄嗟に小型酸素ボンベを口にしたが精々三分しか持たない。チョールヌィは亀なのにエビのように体をくねらせて泳ぐ。そして海底にたどり着くと、直立で右ひざを少しあげた。左足で海底に固定すると足首が回転し始めたのだ。
 虹七はまるでメリーゴーランドか、ジェットコースターに乗ったような錯覚を得た。チョールヌィの姿はまるで白鳥の湖を踊るバレリーナである。
 チョールヌィの中心に渦が巻く。まるで洗濯機のようであった。チョールヌィの中心はすっぽり空間が生まれる。虹七は身体が千切れる思いがした。目がくるくる回っていく。糸を握る手に血が滲んでいた。
 ちなみに船も渦に巻き込まれている。輝美は船体にしがみつき、絶叫を上げていた。
「ヤーレン、ソーラン、ソーラン、ソーラン、ソーラン、ハイハイ♪」
 チョールヌィはソーラン節を歌いながら回転していた。余裕である。
 虹七は身体を立て直すと、渦の壁をサーフィンのように乗った。
「うぉおおおおおおおおお!!」
 虹七は大声を上げる。気合を入れているのだ。
 虹七は渦の壁を蹴りあげた。そして虹七は天高く飛びあがる。虹七はチョールヌィの頭上を見上げた。虹七は鴉のように獲物に狙いを定めると、チョールヌィの頭上へ蹴りを入れた。
「ぐげぇ!!」
 チョールヌィは回転していたので頭上は無防備だったのだ。頭を蹴られてチョールヌィのマスクが壊れて外れた。その顔はお多福、お亀であった。
「玄武なだけにお亀顔だったね」
 回転が止まったので海は轟音を上げながら元に戻った。虹七はチョールヌィを抱きかかえて船に戻る。

 *

 チョールヌィを拘束した虹七は船の運転を再開した。携帯電話で海上保安庁に連絡を入れ、チョールヌィを引き取ってもらうためだ。輝美はへろへろだった。
「大丈夫?」
「これが大丈夫に見えたなら、あたしはあんたに眼科で診察することをお勧めするわ」
 虹七が心配すると、輝美は皮肉を言った。
「これでアキバボーグは三人倒した。残るはガルボーィだね」
 虹七が船を運転していると空から高音が聞こえてきた。それは空気を切り裂くような轟音であった。虹七が音の聞こえる方へ首を向けると、山の方から何かが飛んでくる。
 それはミサイルのように見えた。よく見ればそれは人であった。全身青色で染めた人間である。両腕は下げ、顔を上げていた。背筋を伸ばして飛んでいたのだ。
 虹七たちの頭上を通り過ぎる瞬間、そいつは両腕を前に突き出した。そして腕から空気が噴き出す。身体を右回転させ、両足を大きく開き、踵から空気を噴き出し、左回転させる。こうしてブレーキをかけたのだろう。空中で止まるとそいつはバレリーナのように体を回転させ、船の先端へ降り立ったのである。船は大きく揺れ、輝美は慌てた。
 そいつは全身が青かった。ボディビルダーの如く筋肉のように盛り上がった体である。顔は全体を覆う形だ。両腕は丸太のように太く、両足も同じく太かった。それは両腕を腰に当てて立っている。
「ズドらーストヴィチェ。らずりシーチェ、プりスターヴィッツア。ミニャ、ザヴート、ガルボーィ」
 どこかずれた声で挨拶した。そいつはガルボーィで、ロシア語で挨拶し自己紹介したのである。
 「ズドラーストヴィチェ。ミニャ、ザヴート、コウシチ・マルオ」
 虹七もロシア語で挨拶する。ガルボーィの顔は見えないがにやりと笑った気がした。
「ホホウ、きみガ、てるみノるぃつぁーり(騎士)ナノカ」
 ガルボーィはどこか調子はずれな声を出した。虹七は警戒心を強める。ガルボーィは足元に視線を下げる。そこはチョールヌィが縛られて転がっていた。
「ハハハ、ちょーるぬぃハ、クレテヤロウ。ダガてるみハ、わたしガ、モラウ」
「もらうと言われて渡すほど僕はお人よしではないよ。君を倒せばもう立花さんを狙う敵はいなくなるからね」
 するとガルボーィは含み笑いをした。
「フッフッフ。きみハ、びぇーるぃヲはじめトシテ、さんにんノどうしヲたおしタ。ダガ、ソレハ、ミルカラニ、つよそうダカラダ。モシ、ふつうノひとダッタラ、たたかウコトハ、デキルカネ?」
 虹七はガルボーィが何を言っているのかわからなかった。その瞬間背中に熱いものを感じた。虹七が驚いて振り向くと、そこには輝美がいた。彼女は手にナイフを手にしており、虹七を刺したのである。輝美は睨み付けた。それは般若のような表情であった。
「どうして?」
「……あたしはジョールトゥィよ。ジュヴナイラーを読んでいれば、この意味は分かるわね?」
 ジョールトゥィとはロシア語で黄色である。すると虹七の顔がはっとなった。
「君はまさか黄龍……」
 黄龍とは四神の中心的存在だ。超人学園ジュヴナイラーの四神編に出てきた黄龍寺威治郎も生徒会長であった。アキバボーグたちが四神を手本にしていたのだから交流がいてもおかしくなかったのだ。だがそいつもアキバボーグと思っていたのに、まさか輝美が黄龍だとは予想の範囲外だったのである。
「そうよ、そしてあたしがこいつらに手術を施したわけ」
 輝美は息を絞り出すように声を出すと、ナイフを握る手に力を入れた。虹七はうめき声をあげ糸の切れた操り人形のようにくたっとなって船から落ちた。そしてそのまま沈んでいく。海面には血の花を咲かせていた。輝美は初めて人を殺した興奮で、息を乱している。
「フッフッフ、サスガ、おんなニだまされタカ。すぺくたートイエド、ひとノこト、イウワケダ」
 ガルボーィはからからと笑った。輝美は血塗られたナイフを握りしめて、呆然としていた。
「ちょーるぬぃ、オマエハ、コノママ、たいほサレロ。しけいニナル、しんぱいハナイ。すぺくたー、ないかくおんみつぼうえいしつハ、せいぜい、しほうとりひきヲ、もちかけラレルハズダロウ。デハ、パカー(じゃあな)」
 ガルボーィは輝美を抱きかかえると、両足からジェット噴射で空を飛んで行った。取り残されたチョールヌィはそれを見上げている。
「ダ、スヴィダーニャ(さよならだ)」
 チョールヌィはにやりと笑いながら、ロシア語で別れの挨拶をした。十数分後、海上保安隊の船がやってきた。保安隊員は拘束されたチョールヌィを逮捕したが、虹七の遺体は見つからなかった。
 
『第五話:青(ガルボーィ)』

「信じられない」
 北海道の田舎町にある鉄工所で複数の白衣の男たちが動き回っていた。彼らは研究者のようでいろいろな実験を行っている。彼らは全員日本人ではなく、ロシア人であった。その他に接合や組み立てを行っているのは日本人であり、全員五〇代である。
 一人の中年科学者がテーブルの上に置かれたものを見ている。それは義手であった。まるでSF映画に出てきそうな固く冷たい、命を感じさせない鉄の骨である。その義手の付け根に複数のコードが繋いであった。それは大型冷蔵庫のようなものに繋がっている。それはスーパーコンピュータであり、そこから電気を流して義手の動きを確かめているのだ。
 助手がスイッチを押すと、義手が動いた。手を握ったり、手首を回すなどまるで人間の腕を切り落としたのにまだ生きているようである。さらに生卵を潰さずにつかんだりと力の加減もできることに中年科学者は非常に驚いていた。先ほどのセリフは彼が発した言葉だ。
「祖国にいた時より半分以下の予算で完成してしまった。日本の技術力はすごいな」
「素材も祖国では希少なものが、東京は秋葉原で手に入ったものばかりだ。そして物作りも中小企業の人間だけで完成した。日本とはどういう国なのでしょうか」
「さすが先進国。だが食料を期限切れと言って廃棄する国だ。技術者や部品など掃き捨てなのだろうな」
 科学者たちは日本を褒めたり皮肉ったりしていた。それでも日本の力を評価している。
「ほっほっほ。アキバは科学の遊園地。なんてったって宇宙一じゃからな」
 そこに一人の老人が入ってきた。禿げ頭に白ひげを蓄え、紋付き袴を着た老人である。杖をついている。
「おお、これは立花さん」
「ほっほっほ。さん付けはないじゃろう。お前はワシの息子ではないか。セルゲイよ」
「はい、お義父さん」
 セルゲイと呼ばれた中年科学者は頭を下げた。
 彼の名前はセルゲイ・ペドロヴィッチ・アシモフという。ソ連が崩壊した後彼は父親の知人を頼り、日本は北海道に住む立花久礼武に身を寄せたのである。
 アシモフは旧ソ連の核開発者であった。そしてロボット開発もしている。その応用で義手を作っていたようだ。別のグループは義足を作っている。ラジコンのように金属の脚がひょこひょこ歩いていた。日本ではまだ二足歩行のロボット技術は確立していないのにすさまじい技術力である。
 だが日本人であり北海道の医学グループの会長である立花久礼武は過去にシベリア抑留を経験していた。そのせいかこの老人はロシア人を嫌う傾向があるという噂があった。だが老人の様子から、差別の臭いはなかった。
「さて義手の完成具合はどうかね」
「はい。すでに完成しております。しかし我々の予測を大いに超えていますね。技術者にしろ、手に入る部品にしろ、祖国と比べると雲泥の差です」
「そうだろう、そうだろう。日本は戦後義務教育で文字の読み書きができる国民がほとんどだからな。だが日本は肩書と前例がなければ出世できない。これはどの国も一緒だがね」
 老人は皮肉を言った。
「この力を軍事目的で使えばこの国を征服することができる。わしはこの日本に復讐を果たすことができるのだ」
 立花久礼武けふっけふっと笑い声をあげる。その顔は悪魔のように禍々しい笑みを浮かべていた。その横でアシモフの表情は青くなっている。だがアシモフは逆らえない。彼はロケットを取り出すとふたを開ける。それにはアシモフと妙齢の女性が赤ん坊を抱く写真が入っていた。
「輝美……」
 アシモフはそうつぶやいた。

 *

「むほほ、虹七君。大丈夫かな?」
 虹七は目を覚ました。顔ぎりぎりで四〇代前半の髪の毛は坊ちゃん狩りで、黒縁メガネをかけている。鼻は大きく、たらこ唇でニキビ面の男が近付いていた。
どこかの海岸に打ち上げられたのだろう。虹七は腹部に激痛を感じた。立花輝美に刺された傷が痛んだのだ。だが傷口はすでに治療されており、潮の香りはしない。すでに洗浄されていた。自分を介抱したのは誰だろうか。もちろん目の前に立っている。
「北海さん……。ここは?」
 虹七は虚ろな目で自分を介抱したであろう、北海道支部h黷ナある北海道太郎に尋ねた。
「ここは港町のひとつだよ。スペクターの一員が巡回していたのさ。この辺りはセイドーマートがないからね。非常事態が起きても大丈夫なように君の船を見張っていたのさ」
 北海の心遣いのおかげで虹七は助かったのだ。虹七はほっとしたが、すぐに気持ちを切り替える。
「立花さんとガルボーィはどこにいったのでしょうか?」
「ある程度居場所は特定しているわ。これから輝美を奪還する手筈よ」
「ここから先は我々北海道支部の仕事だ。君は東京に帰って構わない」
 答えたのは道太郎ではなかった。デブとのっぽの黒ギャルだった。札幌市で会った唐草ルリと越中玉緒である。札幌市で出会った時と比べて表情は引き締まっていた。まるで別人である。
「……君たちも来ていたんだ」
「せっかくあたしたちが情報を提供したのにいかせないなんてね。噂の丸尾シリーズは大したことないじゃん」
 ルリは吐き捨てるように言った。実は札幌市のセイドーマートで出会ったとき、ルリは虹七の手を握っている。その時指で信号を送っていたのだ。自分がスペクターであること、そして輝美がガルボーィたちと手を組んでいることを伝えたのである。襲撃したアキバボーグたちはすべて自分たちの都合のいい場所であった。輝美が適当な場所を連絡したためだろう。
「君たち、失礼ではないかね。そもそも護衛ができなくなったのは我々の不備だ。虹七君は我々の尻拭いをしてくれたのだよ」
 道太郎がたしなめた。しかしルリは止まらない。一瞬ひるんだが、すぐに攻勢に転じた。
「まあサクラや菊子がやられたときはやばいと思ったよ。それに根室さんまでやっちまう連中だ。あたしらだけじゃ輝美は守れない。けどアンタはあたしらの犠牲で得た情報を持っていたはずだ。その情報を利用して輝美を説得できたはずだよね? なんでしなかったのさ」
 サクラと菊子は輝美のクラスメイトだ。サクラは友人で、菊子は輝美を嫌うクラス委員長だった。そして根室は輝美いじめを主導していた担任狂してある。彼らもスペクターだったのだ。
 虹七は口をもごもごしながら、絞り出すように声を出した。
「……そうしろって言われてないから」
 虹七の口からとんでもない答えが出た。それを聞いた玉緒は爆発する。
「言われてない!? なんだいそりゃあ。あんたはスペクターでは最高の丸尾シリーズの一人なんだろう? 人から指示されてないと何もできないのかい?」
「うん」
 虹七は肯定した。虹七は確かに輝美がアキバボーグたちの内通者であることを知らされている。しかしそれをどう利用するかがわからなかった。もちろんアキバボーグたちが彼女を人質にとれば自作自演と疑ったであろう。その前に輝美が虹七を刺したので何もできずに終わったのである。あらかじめ防護服を着ていたので致命傷は避けられたが、輝美たちを見失ったのは失策であった。
「呆れた。あんたは身体が大きいだけのガキだ。頭はいいかもしれないけど頭でっかちで経験が全くない。ガキみたいなあんたと仕事なんかできないね」
 ルリは言いた放題だった。虹七は二人に責められて涙目になっている。それを見たルリと玉緒はため息をつき、背を向けた。もう話などしてられないという意思表示であろう。
 うなだれる虹七を道太郎が慰めた。
「虹七君。君は任務に失敗したが、失敗ではない。本当の失敗は相手か自分が死ぬことだ。死なない限り名誉挽回はできる。スペクターは結果がすべてで、過程はどうでもいいのだ。立花輝美を取り戻し、東京へ連れて帰れば問題はないのだよ。さあ、行こう」
 道太郎は虹七に手を差し伸べた。虹七はその手を恐る恐る握る。
 虹七はワゴン車に乗せられた。ガルボーィと輝美はとある山奥にいるという。その途中でなぜ輝美が裏切ったか、説明を受けた。
 まず立花久礼武はロシア人を嫌っていなかった。むしろロシア人とは交流を続けていたそうだ。彼のロシア人嫌いは嘘だったのである。
 久礼武はシベリア抑留されていた頃一人のロシア人と親密になっていた。セルゲイ・ペドロヴィッチ・アシモフの父親である。彼は共産主義を憎んでいたのだ。実力はあるのに平等とか言って一定の見返りしかもらえないことが不満だったという。
 久礼武は日本を嫌っていた。自分はお国のために戦ったのに、ソ連の捕虜になった。シベリアでは仲間が飢えと寒さで死んでいく。久礼武が生き残ったのは日本に対する憎しみであった。
 久礼武が日本に帰国した後も二人の交流は続いていた。アシモフの父親は軍の高官の娘と結婚し、高い地位を得たが、それで満足はしなかった。久礼武も自分の病院を大きくするためにあらゆるコネを利用した。
 そして運命の日が来た。ソ連崩壊である。アシモフの父親はその前日に亡くなっている。アシモフの息子は核開発者であった。彼は息子に日本の立花久礼武を頼れと言い残していたのだ。そのための旅費や書類は一通り用意していた。
 久礼武はアシモフ博士に義足などの開発を命じた。それも国産でだ。海外の珍しい部品を輸入したら日本政府に感づかれるという理由だった。アシモフは頭を抱えたが、それはすぐに杞憂になった。東京の秋葉原で必要な部品が一通りそろったのである。それがアキバボーグの由来になったのだ。戦闘用の義手と義足が簡単に作れたのである。もちろん共産圏故に低予算で効率の良い武器を製作せざるを得ない習慣が身に染みた結果であろう。
 だが数年後科学者たちのほとんどは内閣隠密防衛室に保護という名の軟禁状態になった。その責任者が花戸利雄である。あらかじめ用意した設計図は拡散されたが肝心の部分はある個人のみに伝えられていた。それが娘の輝美である。それは彼女の記憶に刻まれているのだ。
「じゃあ立花さんとおじいさんが不仲なのは嘘だったの?」
 虹七はプリントアウトされた書類をぱらぱらめくりながら、道太郎に尋ねた。
「ええ、そうですよ。すべては欺瞞なのです。真の目的は日本で最強のサイボーグ軍団を作り、日本を征服するためですよ。そのためにロシアから身体障害者の診察と称して入国させたのです。日本では手足が損壊する機会が少ない。アキバボーグになった子供たちは紛争地域で手足を失ったのです。力を得られるならサイボーグになることなど問題ではないのですよ」
「立花さんを求めるのは彼女一人だけいればアキバボーグを量産できるからですか」
「その通り。アキバボーグの設計図は彼女の頭の中で完璧に描かれています。彼女が教育すれば製作できる人間を教育できるし、日本からアキバボーグが量産され、日本を征服することが可能なのです。総理大臣はおろか、自衛隊や警察もアキバボーグ一人いれば鎮圧されます。そしてロシアに売り渡せば日本は属国となってしまうのです。それだけは避けねばなりません」
 虹七は輝美が祖父を誇大妄想の塊と罵った。おそらく祖父の日本征服の話を聞かされたのだろう。だが彼女はなぜ祖父の命令を聞くのだろうか。それが最後の謎と言える。そうこうしているうちに車は目的地へたどり着いた。

 *

 国道から少し外れた山道を登ると、そこには工場がぽつんと建っていた。壁はブリキで作られており、昭和年代に作られたものだろう。周りには錆びついたドラム缶が山のように置かれていた。トラックなども置かれているが、タイヤは外され塗装は雨にさらされ錆びだらけになっている。さらに井戸もあったが木の板でふたがしてあった。
人という血液が流れなくなると、建物は腐り始め、道端に落ちた獣や虫の死骸のように嫌悪感しか浮かばないものだ。
 ワゴン車は止まり、道太郎が先に降りて、次にルリと玉緒が降りた。最後は虹七も降りる。
 虹七はまわりの森を見回した。森の中にはわずかに人の気配がある。そこには武装した人間が複数潜伏していた。彼らは道太郎が呼んだ特殊部隊である。全員マシンピストルを装備していた。人質を救出するのが彼らの役目だ。
 工場のドアが開いた。全身を青く染めた、特撮番組に出てきそうな宇宙刑事である。
「いがいニはやカッタデスネ。もりノほうニモけはいガシマス。モウへいたいヲよういシタノデスカ。サスガないかくおんみつぼうえいしつトいッタトコロダナ」
 ガルボーィが調子はずれの声を上げた。そこへ道太郎が前に出る。
「君たちは包囲されている。今すぐ投降することだ。さもなければ武力行使をせざるを得なくなるのだよ」
 するとガルボーィは笑った。
「アッハッハ。おどシテモだめだめ……。オット、キミタチガ、こしぬケトいッテイルワケデハナイヨ。キミタチガ、コノくにノけいさつミタイニはっぽうヲちゅうちょシナイコトハ、しッテイル。キミタチノ、へいりょくデハ、わたしニハ、カナワナイト、いイタイノサ。イマ、ソノしょうこヲみセテアゲヨウ」
ガルボーィはそう言うと、力み始めた。すると空気がばしゅうと音を立て、ガルボーィは五メートルほど高く飛びあがったのである。そしてガルボーィは両腕を水平に広げた。腕から何やらプロペラのようなものが産毛のように飛び出した。それらが高速回転を始めたのである。
右腕からは温風が、左腕からは冷風が噴き出ていた。そしてガルボーィ自身も竹とんぼのように回転し始めたのである。
 するとガルボーィの周辺に竜巻が生まれたのである。そうガルボーィは温風と冷風、温度が異なる風を混合することにより、急激な温度差を生み出したのだ。その結果ガルボーィの周りには竜巻が生まれたのである。
「クラエ!! ドヴォエ・スメールチ(二つの竜巻)!!」
道太郎はすぐさま避難を命じ、身を隠せる場所まで逃げた。だが森の中にいる特殊部隊は逃げ切れずに、竜巻の餌食になったのである。
 特殊部隊の面々は竜巻によって吹き飛ばされたが、感心なことに誰も悲鳴を上げなかった。崖や地面に叩き付けられたとき、ぐえっと蛙のような声をあげたくらいである。それでも衝撃は答えたらしく、うめき声をあげたまま起き上がることができなかった。
 ガルボーィは地上へ降り立った。工場のブリキ板の一部は剥がれ、ドラム缶の山も崩れていた。森の木々もへし折れている。虹七たちが載ってきたワゴン車も横転しているなど被害は甚大だ。
「ドウデスカ、ワタシノちからハ? コワケレバ、にゲテモ、カマイマセンヨ」
 それを聞いたルリと玉緒は激昂した。
「ふざけんな!! 誰が怖いか!! てめぇなんかあたしと玉緒二人で十分だ!!」
「おうともよ。うちら二人の力を思い知らせてやる!!」
 そういってルリは三十センチ定規を、玉緒はベルトを外し、鞭のようにしならせる。二人は走り出した。ルリはともかく、玉緒の走りは肥満児とは思えない速度だ。
 ガルボーィは腕を振るうと、空気がつんざく音がした。その度に地面は抉れ、ルリと玉緒の肌と制服が切り裂かれた。ガルボーィの空気圧カッターだ。
 二人はガルボーィの攻撃をよけつつ、ガルボーィを挟むように攻撃してきた。しかしガルボーィは両腕を広げる。そして辺り一面どぉんと爆発音が響いた。
「ヴォーズドゥフ・コピヨー(空気の槍)!!」
 その瞬間ルリと玉緒は自動車にはねられたかのように弾き飛ばされた。ルリはパンツ丸出しで倒れ、玉緒は尻を突き出した形で倒れている。二人は口から血の泡を吹いているが、それでも目は死んでいない。そこに意外な人物が工場から出てきた。
「ちょっと!! 二人には手を出さない約束でしょ!!」
 それは立花輝美であった。彼女は裏切り者のはずだ。なのに輝美は吹き飛ばされたルリと玉緒を心配そうに見ている。
「オヤ? ドウシテ、ワタシヲおこッテイルノカナ? アア、ともだちニてヲだサナイやくそくガ、アッタッケ。デモ、コイツラガさきニ、シカケテキタカラ、シカタガナイネ」
 ガルボーィは後ろを振り向かずに答えた。輝美もそれ以上言わず、ぷいっと顔を背ける。
「ソレニワタシハ、てかげんシタヨ。ソノしょうこニ、フタリノたいおんハ、すこシシカ、さガッテイナイ。アクマデやくそくハ、ころサナイダケデ、キズツケナイトハ、いッテナイケドネ。ぷぷぷ」
 ガルボーィの言葉に虹七は違和感を覚えた。ガルボーィは輝美の質問に答えていないのだ。あくまで輝美と交わした約束を再確認したという感じである。
「……北海さん。ルリさんと玉緒さんをお願いします」
 虹七は道太郎に小声をかけた。
「それはいいが、彼に対して何か対策があるのかね?」
「まだ考え中です。でもガルボーィの様子からして奇妙なものを感じたのです。僕はそれを確かめたいと思います」
「そうか。ではこれを渡そう」
 そういって道太郎が渡したのはカバンだった。中には三〇センチ定規や三角定規、そして缶ペンケースに万年筆、ヘアブラシとなぜか学生ボタンが入っていた。虹七は缶ペンケースを手にすると万年筆をはめ込み、さらにヘアブラシをはめ込んだ。そして学生ボタンをはめると一丁の拳銃が完成した。これは文具銃であった。万年筆は銃身で、ヘアブラシはグリップ。学生ボタンは引き金なのだ。弾丸は一発しか装填できない。
 虹七は立ち上がった。ガルボーィはその姿を認めた。虹七は口を手で覆った。
「ガルボーィ!! 今すぐ立花さんを解放しろ!! さもないとお前の母ちゃん、でべそ!!」
 いきなり虹七がガルボーィを中傷したのである。だがガルボーィは首を傾げたままだ。
「ホウ、アナタハ、いま、ワタシノわるぐちヲいッタヨウデスネ。ソレニナニカきんちょうシタにおイガシマス。ワタシノひみつニきづイタヨウデスネ」
 ガルボーィの脚から空気の漏れる音がする。するとガルボーィの身体が少し浮かび上がった。そしていきなり突進する。まるでホバークラフトのように動いたのだ。
 虹七は突進するガルボーィに対し、三十センチ定規を降り回す。これは特殊セラミックで出来た、鉄パイプも切断できる代物である。ガルボーィに当ててもかすり傷しかついていない。
 ガルボーィは蛇行しながら虹七に迫ってくる。そして蹴りを放ってきた。踵から空気が噴射され、破壊力が増している。虹七はバック転をしながらそれらをかわしていった。
 一回。虹七の顎を右足で蹴ろうとした。
 二回。次は虹七の脚を左足で蹴ろうとした。
 三回。最後は諦めたのか両腕で空気圧カッターを繰り出した。
 虹七は三回目で横に飛んでかわした。
ガルボーィの身体は通常より重いはずだが、まるでヒーローショーのような華麗な動きを見せた。
 虹七のほうは治療したばかりなのですでに息が上がっている。汗まみれで体はかなり熱くなっていた。
「アッハッハ。モウいきガあガッタヨウデスネ。カナリあせくさクナッテマスヨ。モウこうさんシタホウガ、イイトオモイマスガ、ドウデショウ?」
 ガルボーィは降参を薦める。だが虹七は首を横に振った。
「僕の汗がひどいと自慢の嗅覚が使えなくなるからだよね?」
 虹七の言葉にガルボーィが反応した。次に虹七は口を塞いだ。
「だって君は耳が聞こえないからね」
 虹七の言葉に道太郎は驚いた。だがすぐに理解できた。
 ガルボーィは虹七が口を塞ぐと何をしゃべっているのか理解できなかった。それは彼が聴覚障害者ということだ。だがガルボーィは虹七のしゃべった言葉を理解しているのはどういうわけか。それは読唇術だ。ガルボーィは唇の動きを読んで言葉を理解していたのである。声の調子がずれているのも、音が聞こえないために調整ができないからである。もっとも普通にしゃべっているから後天性であろう。
 おそらくガルボーィは蛇と同じように熱と嗅覚で相手の感情を読み取ることができるのだ。虹七が口を覆いながら悪口を言ったのもそのためだ。言葉の内容はわからなくとも相手の体温と体臭で虹七の感情を推理したのだ。
よく蛇が笛の音に合わせながら踊っているが、実際は蛇を振動で脅して踊っているように見せかけながら演奏していたのである。
「キミガなにヲいッテイルカハワカラナイガ、わたしノひみつガ、バレタコトハりかいデキタ。ソウ、ワタシハみみガきこエナイノダ。聾者ナノダヨ。りゅうノみみトかイテ、ろうしゃ。せいりゅうデアル、ワタシニ、フサワシイデハナイカ」
ガルボーィは肩を揺らしながら笑った。自分の秘密が暴露されても関係ないと言わんばかりだ。
「ひみつガ、バレテモ、かんけいナイコトヲ、おしエテヤロウ!!」
 ガルボーィの脚部から空気が噴き出る。そしてホバーカーのように宙に浮いた。ガルボーィは虹七をにらむと一気に突進してきた。
 それは突風であった。風圧で視界が遮られる。虹七は両腕で守ったが、突風で生まれた砂煙で目が見えなくなった。
「ヴェーチェル・モーロト(風の槌)!!
 そこにガルボーィの正拳が決まった。虹七の顎に当り、虹七の身体はまるでワイヤーアクションではないかと錯覚するほど吹き飛んだのである。
 砂煙が収まるとそこには右腕を突き出したガルボーィだけが立っていた。虹七の姿はどこにも見えない。井戸の蓋が吹き飛ばされていた。
「あんた、あいつをどうしたのさ!?」
 輝美が叫んだ。彼女は尻餅をついたままで立ち上がれない。
「オイオイ、なにヲおこッテイルノカナ? アア、アノおとこガみエナイコトニ、はらヲたテテイルノカネ。ドウセ、しまつスルノダカラ、イイジャナイカ」
 ガルボーィは振り向かずに答える。輝美の怒りを温度と嗅覚で察知したのだろう。
「オヤオヤ、かれノコトニナルト、かんじょうガ、たかブルヨウダナ。ソンナニ、ホレタノカネ。てきニこころヲゆるスナンテ、すぱい、しっかくダヨ」
 ガルボーィはケラケラ笑っている。輝美は歯を食いしばっていた。彼女は怒っているのだ。虹七とは短い付き合いだ。本来彼女はアキバボーグ側の人間である。それなのに虹七がガルボーィに敗れたことに心が乱れた。それは恋愛感情ではなく、罪悪感なのかもしれない。友達を騙し、傷つけてしまったことの延長なのだろう。
「……あたしがあんたたちに協力したのは、パパに認められたかっただけよ。そしてパパを救うためにあんたたちと手を組んだ。あたしは子供のころからパパの研究室で育った。だから簡単な機械の設計もできるようになったわ。そしてあたし独自で義手を作ったけど、パパは認めてくれなかった。花嫁修業でもしてろと言われたわ。そうこうするうちにパパは内防とかに捕えられた。アキバボーグの技術を独占するために拘束されたのよ。あたしはパパを救うためにおじいちゃんの猿芝居に乗った。寄ってくるやつはみんな内防のスパイだと知っていたから、そいつらを餌に、あたしが内防に組み込まれるための演技をしたわ。すべてはパパと再会し、パパを助けるためにね」
 輝美が独白した。ルリと玉緒はうめき声をあげながらも聴いていた。輝美はファザコンだったのだ。だから父親を救うために、父親を拘束した内閣隠密防衛室に自分が保護されることを目的としていたのである。だが彼女の告白は血を吐くようなものだった。今まで溜めていた物を一気に吐き出したためか、肩で息をしている。
「だけど君は罪悪感に押しつぶされそうだ。だからこそ僕を刺したことに躊躇したし、友達二人が傷つけられたことに激高したのでしょう?」
 どこからともなく虹七の声が聞こえてきた。だが姿は見えない。どこから聞こえてきたのだろうか。
 ガルボーィは輝美の様子を察知したが、状況が分かっていない。虹七がどこにいるかわからないのだ。ガルボーィは熱と嗅覚で相手の状態を理解する。だが逆に熱と嗅覚を遮断されたら無力なのだ。
「僕は、ここだ!!」
 突如井戸から水が噴き出た。ガルボーィは空を見上げる。そこには虹七が水に隠れて飛んでいたのだ。
 ガルボーィはすかさず両腕を突き出した。再びドヴォエ・スメルーチを作動させるつもりなのだ。だが、虹七は両手で文具銃を構え、発射する。銃弾はガルボーィの右腕に当った。右腕は回転せず、ぎしぎしと軋んでいる。片方だけでは使えないようだ。
「ブリャーチ(ちくしょう)!!」
 ガルボーィは悪態をついた。おそらく虹七は井戸の中にいたのだ。そして井戸には冷たい水に満たされていたのだろう。そのため虹七の体温と臭いは水によって冷やされ、ガルボーィは探知できなかったのだ。
「北海道六くんが教えてくれたんだ!!」
 虹七はガルボーィに向かって落下した。そして両足でガルボーィの首に巻きつく。そしてそのまま落下してガルボーィを地面に叩き付けた。
 落下の衝撃でガルボーィは気絶していた。虹七の勝利である。
「道六くんは君に攻撃されたけど、とどめを刺さなかった。それは道六くんが海に落ちたからだ。海中で体温が低下したから探知できなかった」
 虹七は回想する。ガルボーィの秘密を理解したあとヴェーチェル・モーロトで吹き飛ばされた。そして視界が悪いことを幸いとし、井戸へ身を投げたのである。虹七は水の中に全身を浸していたが、素潜りなら五分以上は耐えられるのだ。
 そういう虹七はぼろぼろであった。輝美は虹七に駆け寄った。
「だっ、大丈夫なの、あんた」
 焦る輝美に虹七はこう返した。
「これが大丈夫に見えるなら、君は僕を看病するべきだね」
 そう言って虹七は倒れた。輝美は虹七を抱きかかえるのであった。

『最終回:カニェッツ(終わり)』

 東京は千代田区秋葉原に丸尾虹七と立花輝美の二人はいた。虹七は夏服の学生服で、輝美は黄色いワンピースを着ている。アキバボーグ四人の死闘が終わり、虹七の治療が終わったためだ。あれから一週間が過ぎている。虹七の身体はすでに調子を取り戻していた。輝美は虹七の再生力に驚いた。まるでプラナリアやヒドラのような単体生物のようだ。
 輝美を狙う敵はもういない。二人は同人ショップ“ユニバーサル”に向かっていた。そこで上司である花戸利雄に報告し、あとは輝美を任せるだけである。
 輝美は虹七の左手をつかんでいた。初めての東京に輝美は緊張しているようで、手のひらは汗で滲んでいる。何しろ彼女が住んでいた札幌の一桁違う人口なのだ。人とコンクリートが密集したジャングルと言える。
 虹七はユニバーサルに来た。そしていつも通り警備員に挨拶した後、社長室へ向かう。
「あっ、これ!!」
 輝美が目を輝かせた。それは恋に憧れる乙女の目ではなく、宝物を見つけて喜ぶ少年のような目である。
「これって有名サークルの同人誌じゃない!!」
 輝美が本棚から一冊の同人誌を取った。表紙は学生服を着た美少年が二人絡んでいるものだ。いわゆる腐女子向けである。
「それって有名なの?」
「有名も何も、某美少女ゲームでキャラデザをしている人のサークルだよ。ジャンルは超人学園ジュヴナイラーだね。最新刊がもう出ているなんて信じられない」
 輝美は嬉しそうだ。ふわふわと浮ついており、もう天界にいるような感覚のようである。
「やっぱりジュヴナイラーが好きだったんだね。ロシア人のアキバボーグたちが四神をモチーフにしていたからおかしいと思ってた。だから僕の前で四神高校編を読んでいたんだ」
 かつて輝美は超人学園ジュヴナイラー・四神高校編を読んでいた。あれは輝美の意思表示だったのである。
 輝美も図星を刺されたのか、地蔵のように固く口をつぐむ。
「まあ、いいか。早く花戸さんに会いに行こう」
 二人は社長室に向かった。社長室の前では海外映画に出演していそうな女性秘書がパソコンの前に座っている。まるで鉄仮面のように表情が硬い。肌を叩けばコンコンと音がしそうである。
「松金さん、こんにちは」
 すると松金と呼ばれた女性はにっこり笑った。アルカイックスマイルであろう。逆に輝美は薄気味悪さを覚えた。
「虹七君こんにちは。花戸社長は部屋にいるわよ」
 松金は手元にあるボタンを押した。
「社長。虹七君が見えました」
『よし、通せ』
 そしてドアが自動で開いた。部屋には四〇代の男性が座っている。彼がユニバーサルの社長である花戸利雄だ。手には全身が銀色で染められた幼女のフィギュアが握られていた。輝美は唖然となる。どこからどう見てもナイスミドルだが、手にフィギュアを握っているのがミスマッチであった。
「丸尾虹七、ただ今戻りました」
 虹七は花戸に頭を下げた。
「うむ。よく無事に帰って来たな」
「いえ、まるっきり無事とは言えませんでした」
 虹七は回想する。北海道ではアキバボーグとの戦いで傷ついた。特にガルボーィの件ではミスを犯したのだ。どんな罰をうける覚悟はある。だが花戸は怒ることはなかった。
「そこらへんは北海から話は聞いている。だが過程は関係ない。結果として立花輝美をここへ連れて来たのだ。それでいいのだよ」
 花戸は立ち上がり、虹七の左肩を優しく置いた。虹七はにっこりと笑う。
「ただ罰がほしいなら与えるよ。自分自身が納得できるならね。今度デズモンドでイベントがあるそうだ、だが人手が足りないので、女装して手伝ってほしい。いいかね」
「はい」
 虹七は迷いなく答えた。その横で輝美は軽く引いていた。女装することに抵抗はないかと。ただ輝美は虹七の横顔を見る。虹七は近くで見れば美男子の部類だ。磨けば光る性質だろう。そんな妄想を抱き、輝美は慌てて首を横に振った。それを花戸が見て、にっこり笑う。
「あなたが立花輝美さんだね。君の話は聞いている。我々に必要なのは君の腕であり、過去に興味はない。もちろん周りが納得できるような環境づくりに尽力するよ。君のお父さんも娘と一緒に仕事ができることを望んでいるからね」
「……ありがとうございます」
 輝美は頬を赤くしながら礼を言った。
「そういえばガルボーィたちってどこから集めたのかな?」
 虹七が質問してきた。それを輝美が答える。
「ガルボーィたちはロシアで反政府ゲリラをしていた少年兵よ。向こうではアサルトライフルを抱えて戦っていたわ。政府軍の爆撃で体の一部を失って捕虜になった。それを父方のおじい様が引き取り、日本へ移したの。あとは立花総合病院がアキバボーグ手術をしたわけ。もちろん秘密裏で作った手術室でね。久礼武おじい様は喜んでいたけど、アキバボーグ四人でロシアはおろか、日本だって支配できるわけがない。ガルボーィたちは久礼武おじい様が生きている間はおとなしくしていたけど、死んだら祖国に戻って政府軍と戦うことを望んでいたわ」
「じゃあガルボーィらが襲ってきたのはどうしてかな?」
「パフォーマンスよ。久礼武おじい様を喜ばせるためね。一応恩人だし」
「その立花久礼武氏だが、今朝亡くなったようだ。肺炎を患わせた後意識不明になり、そのまま臨終を迎えたらしい」
 花戸の言葉に輝美は沈痛な面持ちになった。輝美にとって立花久礼武は気難しい祖父だったが、やはり、亡くなると悲しいのだろう。虹七は声をかけなかった。そこへ松金が社長室へ入ってきた。
「立花さん。長旅で疲れたでしょう。ここにあなたの新しい住所が書いてあります。そこでしばらくは休んでください」
 松金は輝美に一枚のメモとカードを渡す。そのメモは秋葉原にあるマンションの名前が書いてあった。
「家具は一通りそろえてあります。日常品はそのカードで購入してください。月に卸せる金額は決まっておりますが、足りなければ私に連絡してくださいね」
 松金は柔らかい笑みを浮かべていた。
「ありがとうございます」
 輝美は頭を下げた。松金に対する印象が変わっていた。

 *

「うえぇ……、すごく大きいですよ」
 数時間後、秋葉原にある高級マンションに輝美は来ていた。築十年で十階建て、全邸南向きだ。秋葉原駅から徒歩三分の場所にある。入り口は番号を入力する仕掛けで、警備員が二名ほど待機している厳重さだ。芸能人やアイティー企業の社長が住んでいるので防犯設備は充実している。
 輝美は自分が場違いではないかと冷や汗をかいていた。途中エレベーターの中にテレビでよく見るワイドショーの司会を務める中年の芸能人が一緒にいた時は気まずい思いになる。輝美はそっくりさんかと疑ったくらいだ。
 輝美の部屋は最上階であった。輝美は部屋に入る。間取りは二LDK・三LDKだ。正直一人暮らしだと広すぎるのだが、部屋には研究室が設備されていた。
「……これがわたしの価値か」
 輝美はつぶやいた。そして父親との別れを回想する。
 輝美は父親のアシモフが好きだった。幼稚園児の頃から友達と遊ぶよりも、父親の研究所で遊んでいた。話し相手はもっぱら助手である。輝美は当時から助手に質問し、知識を身につけていた。細かい作業が得意で、よく父親は目を丸くしていたのである。そして父親は笑顔を浮かべながら輝美の頭を撫でたのだ。
 輝美の幸せはその数年後崩れ去る。アシモフとその仲間は内閣隠密防衛室という連中に連行されたのだ。父親の研究は日本のために使えと命じられ、東京へ連れて行かれたのである。父親を乗せたマイクロバスに輝美は必死で追いかけた。だが追いつけず、途中でこける。額をぶつけ、うっすらと血が垂れた。それと一緒に涙が流れ、パパと大声で叫ぶ。だが誰も輝美の声に応えるものはいなかった。
 その後輝美は祖父の久礼武に引き取られた。表向きは外国人嫌いの祖父に嫌われており、敬遠していることになっていたが、裏では頻繁に会っていたのだ。久礼武は非公式に輝美に神経接合手術を行わせていた。近い将来アキバボーグに必要になるからだ。輝美は十三回以上手術を続け、すべて成功している。輝美は天才なのだ。
 そして自分が高校に上がった頃、久礼武は四名のロシア人の少年を引き取った。ゲリラ組織に所属し、爆撃で手足を失っていたのだ。そのくせ彼らの目はギラギラと光っている。彼らは自分たちに義手義足がもらえると知り、歓喜に震えていた。彼らは再び戦場に戻ることを望んでいたのだ。
「まあ、自分の趣味が色濃く出ちゃったな。でもあいつらも喜んでいたし」
 輝美は久礼武からもらった部品で戦闘用の義手義足を作った。ちょうど輝美は超人学園ジュヴナイラーという漫画に影響され、ちょうど四神高校編だったのを幸いに、四神を題材にしたのである。
 素材は特殊鋼材で作られており、見た目と違いはるかに軽い。さらに丈夫だ。特殊装備を付けても十分に動けるのである。それ以上に手術をした少年たち、ガルボーィたちの執念はすさまじかった。リハビリは数か月かかるというのに彼らはひと月で特殊装備付きの義体を使いこなしたのである。
 すべては自分たちを傷つけた者たちへの復讐心であった。ちなみに彼らは久礼武のことをバカにしていた。さすがにロシアの征服は無理だと理解している。それでも彼らは気持ちを表面に出さず、久礼武を取り持っていた。戦場では相手の顔色を窺うことが生死を分けるからである。
 ちなみに彼らの日本語はすべて漫画だった。ちょうど四神高校編の白虎は名古屋弁だったし、朱雀は江戸っ子口調。玄武は北海道弁だった。青龍だけが標準語だが、青龍にあたるガルボーィは爆発で耳が不自由になったので、ずれた口調になったが。
 輝美はソファーに座った。そしてため息を吐く。すべての欺瞞は白日にさらされた。もう自分は自由になった。そのはずである。
 突如ピロピロと音が鳴った。携帯電話の着信音である。相手は虹七だ。
『立花さん、いいかな?』
「何よ、改まって」
『松金さんが立花さんの買い物を手伝えと言われたんだ。荷物持ちをやれって』
 輝美は考えた。これは自分と虹七をくっつけさせる松金の差し金だ。買い物と言っても注文して配達する方法がある。わざわざ荷物持ちをする必要はない。だが不思議と悪い気はしなかった。松金の策略に乗るのも悪くない。
「いいよ。一時間後に私のマンションに来てよね。一休みしたいから」
『わかった。一時間後ね』
 そういって輝美は切った。唇で軽く笑っていると、ソファーの後ろから何か固いものを感じた。違和感を覚え、ソファーを離れようとすると、突如ソファーが膨らんだのである。
 いや、膨らんだのではない。ソファーの皮から何か鋭いものが六本も飛び出したのだ。それは爪であった。そして十字に切り裂くと、中から綿を飛びちらしながら、出てきたものがいる。それは白い虎のような人間だった。
「ビェールィ!!」
 輝美は叫んだ。ビェールィはすでに北海道警察に逮捕されたはずだ。なぜ東京の、今日初めて来たマンションのソファーに隠れていたのだろうか。
「ごぶれいします(失礼します)、よう輝美。やっとかめ(ひさしぶり)だぎゃ。会いたかったぜよ」
「なんで、あんたがここに……」
 輝美の声は震えている。彼女は反対側のソファーに隠れていた。
「実を言うと、俺もよーわからんのだぎゃ。道警の留置所に入れられたと思ったら、知らないうちにソファーの中に入れられたのよ。それに没収された腕もある。これは何事かと中を出ようとしたら、謎の男の声がしたんだぎゃ。なんでも俺を連れ出してソファーに入れたのは、輝美に復讐しろっていうのさ。それでお前が来るまでこの中で我慢してたんだぎゃ」
 ビェールィの告白に輝美はどっと脱力感に襲われた。この男は何日自分が来るまでソファーの中で待っていたのか。だが幼少時から戦場が学校だった男だ。待つことなど造作でもないのだろう。
「というわけで、お前には死んでもらうぎゃ。クラースヌィにチョールヌィ、そしてガルボーィの仇、このばっちりした鉄の爪でとらせてしてちょーせんか」
 ビェールィが爪を舐めながら近寄ってきた。輝美は足がすくんで動けない。まさに猫ににらまれたネズミだ。このまま猫の爪の餌食になるのは目に見えている。助けに来る勇者は一時間後でないと来ない。絶体絶命である。
「やれやれ。女の子の部屋にカギ爪をぶら下げてくるのは無粋だわ」
 それは女性の声であった。輝美とビェールィは突然の声の主に驚き、辺りを見回した。
 女性が一人、ビェールィがめちゃくちゃにしたソファーに座っている。先ほどまでは誰もいなかったはずなのに。そしてその女性は見覚えがあった。
 それは十代後半の女性だ。黒い総髪で腰まで伸びている。顔立ちはロシア系のようにくっきりしており、まるでギリシャ彫刻のように体型が美しかった。服装は白いロングジャケットにホワイトデニムクロップドパンツを穿いている。身体の線をくっきり浮かび上がらせるものだが、似合っていた。それは日本人なら誰でも知っている女性だ。
「影形美四八!!」
 輝美とビェールィは同時に叫んだ。
彼女は影の形が美しい人気の高いアイドルである。彼女はティーカップにソーサーを持っていた。紅茶の匂いがする。彼女は人の部屋に黙って入り込み、紅茶を飲んでいるのだ。
「女の子に会いに来るときはスイーツくらいお土産に持ってきなさい。おっと花束はだめよ。枯れちゃうからね」
 四八は部屋の惨状など気にならないばかりに、マイペースで話を進めた。だがビェールィにとって彼女は異質な来訪者であり、敵である。ビェールィは彼女に向かって声を発した。
「……あなた、なんだこいつ。おみゃーは何者だぎゃ!? と思ったでしょう」
「なんだこいつ。おみゃーは何者だぎゃ!? あれ?」
 ビェールィは戸惑った。四八が言った言葉はまさしく自分が言おうとしたものである。彼女は自分の言葉を先読みしたのだ。四八はビェールィのことを気にせずに紅茶を飲んでいる。
 ビェールィの表情に恐怖と怒りが湧きあがった。目の前の得体のしれない女。魔女のような気がしてきたのだ。だが自分はアキバボーグである。生身の人間を相手にするなら負けるわけがないのだ。ビェールィは自慢の爪で四八に襲い掛かる。
「死ね!! ヴェージマめ(魔女)!!」
 ビェールィは爪を十字に交差した。一歩も動かない四八は哀れ爪の餌食になるはずだった。だが彼女は爪を避けてしまう。普通なら頭を下げるが、四八は座ったままの状態で飛び跳ねたのである。紅茶を持つ手を動かさず、右足だけを高く上げ、床を蹴り上げたのだ。
 その結果ビェールィの爪を避け、反対側のソファーへ着地したのである。彼女は優雅に紅茶を飲んでいた。
「ふぅ、これでは落ち着いて紅茶が飲めないわね。さっさと片付けるとしましょうか」
 四八はテーブルの上に紅茶のカップを置いた。ビェールィは馬鹿にされたと思い、突進する。
「死ぬぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
 ビェールィは叫びながら四八に爪を突き立てようとした。だが爪が彼女の鼻先に当る寸前、四八は身体を右に回して回避する。そしてビェールィの右腕をつかむと、一本背負いで投げ飛ばしたのだ。
 床にぶつかり、跳ね上がるビェールィ。気づくと右腕が欠けていた。四八がいつの間にか持っている。彼女の右手にはドライバーが握られており、彼女が投げる瞬間に外したのは明白であった。
「なっ、なんなんだぎゃあ、おみゃーはよぉぉぉぉぉぉ!!」
 ビェールィは目の前が真っ黒になった。幼少時から少年兵として活躍してきた彼だが、マシンガンの嵐や、手りゅう弾の爆風でも恐怖は感じない。すでに恐怖心は麻痺していたのだ。だが目の前の女は違う。同じ人間の形をしていても、それはこの世のものではない感じなのだ。所謂亡霊、いや悪霊に近い。
「このズロイ・ドゥーフ(悪霊)が!!」
 ビェールィが左腕だけでとびかかるが、結果は同じである。紙一重で躱され、左腕も奪われた。ビェールィは完膚なきまでに倒されたのである。
「女性に向かって悪霊とか魔女とか失礼ね。もう少し女性に対しての接し方を学びなさい」
 四八は左腕を放り投げた。ビェールィに残された手段はひとつ。それは自分のしっぽを動かすことであった。
「おっと、自害は勘弁ね。この部屋に自殺者を出されるのは困るのよ」
 しっぽも四八に踏みつけられ、自害は叶わなかった。四八はしゃがみ、ビェールィに語りかける。
「あんたは輝美さんを殺した後何をするつもりだったのかしら。どうせ何も考えていないのでしょう。つまらない意趣返しより、私の話を聞いたほうがお得よ。あんたの力はこの国の未来を守るために使えるのだから」
 そして四八はビェールィに耳打ちする。すると彼の目から涙がこぼれた。口から「スパスィーバ」という言葉が出る。ロシア語でありがとうという意味だ。
 四八はテーブルに置いたカップを手にし、残りの紅茶を飲み干すのであった。
「お替りいただけないかしら?」
 そう言って輝美に空のカップとソーサーを渡した。

 *

「これはどういうことなの?」
 一時間後、虹七は輝美の部屋にやってきた。そこで見たものは道警に捕えられたはずのビェールィが伸びていたこと、そしてアイドルの影形美四八がのんきに紅茶を飲んでいた姿があった。部屋は清掃員たちが片づけている。
「あら我が弟よ。おひさしぶりね」
 四八は虹七に向かってそう言った。だが虹七には面識はなかった。彼女と出会ったことなどなかったはずだが。
「あの、僕とあなたはお会いしてましたっけ?」
「ああ、会ったのは一度きりだし、あれから四年は経っているから気づかないわよね。私は影形美四八、本名は丸尾虹四(まるお・にじよ)よ」
 丸尾虹四!! 虹七と同じ丸尾シリーズの人間である。だが丸尾シリーズは自分を除き、虹二(こうじ)から虹六(こうろく)と脱走したはずであった。
「あなたの考えはわかるわ。どうして脱走したはずの丸尾シリーズはここにいるかって知りたいのでしょう。答えは簡単よ。私は脱走なんかしていない。脱走の濡れ衣を着せられたのよ」
 四八こと虹四の言葉に虹七は驚いた。どういう意味なのか。
「虹二は虹五と虹六をたぶらかし、脱走を促したのよ。そして自分は手飼いの虹三を連れて行ったわけ。ちなみに私は無関係だったけど、虹二の嫌がらせで巻き込まれたわけね。おかげで私は濡れ衣を晴らすために芸村さんのもとでアイドルをしながら、スペクターの活動しているわけよ」
 虹七はなるほどと納得した。だが虹四が輝美のマンションにいた理由がわからない。虹四は虹七の表情を見て笑った。
「ちなみに私の家はすぐ隣よ。昨日、輝美さんの部屋に家具が届けられたのだけど、そのときソファーの中から心臓音が聴こえたの。だから、輝美さんが部屋に入る隙を突いて一緒に入ったわけね」
 虹四の言葉に輝美は驚いた。自分のすぐ後ろで彼女がいたことにまったく気づかなかった。それよりソファーの中から心臓音が聴こえたとはどういうことか。それを見て虹四は右手の人差し指で耳を差す。
「私の特技はこの耳よ。絶対音感というやつね。人の声はライブハウスでも一人ひとり聞き分けられるし、心臓音も聞き取れるわ。丸尾シリーズなら一人一人に特技があるのよ」
「あれ、僕はそんな特技があったかな?」
「あなたの場合は他の兄弟と違い、特殊能力はないわ。けど身体能力は平均以上よ」
「そうなんですか……、いや、問題はそれじゃない。どうしてあなたは都合よく輝美さんを助けることができたのですか。あなたは過去に輝美さんと出会ったと聞きました。それと関係があるのですか?」
「うふふ。さすがに我が弟はするどいわね。その通り、実のところ輝美さんは最初から内防のスパイだったのよ」
 虹四の言葉に虹七は驚いた。そういえば輝美の友達唐草ルリと越中玉緒はスペクターだ。同じスペクターである虹四と繋がっていたと考えるのが筋だろう。
「すべては私の立てた計画なの。輝美さんがガルボーィらに協力していることはわかっていた。私はルリと玉緒に頼んで、輝美さんをライブハウスに連れてくるように指示したの。そして楽屋を覗かせた。そこで私は自分の正体を明かし、輝美さんに協力を申し入れたのよ。つまり彼女は二重スパイだったわけね。これは花戸さんや北海さんも知っているわ」
 虹七は輝美を見た。輝美はばつが悪そうだった。彼女はすべて知っていたのだ。それでいて自分にもガルボーィらを欺いてきたのである。
「立花さんすごいね」
 虹七の口から出たのは感心の言葉だった。虹七にとって輝美に騙された気はしない。騙されたというより、作戦の一部だったのだ。それが使命ならそれでいいのである。
 輝美はもじもじしている。今まで虹七を騙していた罪悪感を抱いていたが、虹七は微塵も自分を恨んでいないのだ。毒を抜けた感じである。
 それを察したのか四八が虹七と輝美の肩を掴んだ。そして子供っぽく無邪気な笑みを浮かべる。
「二人とも買い物に行くのでしょう? 私もついていくわ。買い物が終わったらおいしいものを食べに行きましょう。いい店を知っているわ」
 四八の表情は小さい弟と妹を慈しむ姉のようであった。

 後日、ガルボーィたちはソマリアの海賊退治に回された。彼らは戦うことができればそれで満足だった。負傷したのは自己責任である。復讐は建前であった。ガルボーィたちは影から日本を守る戦士となったのだ。彼らの闘いの記録は公式には残らないが、海賊たちには死を運ぶ戦士として恐れられることとなる。
 
 終わり。

2014/03/06(Thu)16:44:51 公開 / 江保場狂壱
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■作者からのメッセージ
 二〇一三年七月七日。ヴァイスシュネーから速攻で続編を書きました。今回は丸尾虹七がスパイであることを押し出した作品になります。スパイと言えばロシア、ロシアと言えばサイボーグという発想で思いついたのです。で題名のアパースノスチ・ダローガは危険な道という意味です。ネーミング辞典からとりました。
 今回は登場人物を抑えるために虹七には北海道へ移したのですが、試みがうまくいくかは自分の腕次第です。

二〇一三年:八月一九日。今回は立花の出会いと、チョールヌィとのバトルがメインです。なんでチョールヌィが名古屋弁なのかは、彼が虎だからです。虎はネコ科ですからね。
 二〇一三年:九月一一日。実はチョールヌィは白ではなく、黒でした。白はビェールィでした。修正しましたので、お詫びいたします。それと少しだけ文章も修正しておきました。

 二〇一三年:九月二二日。今回は札樽自動車道でカーアクションです。実際は歩行者は高速道路に入れませんのであしからず。

 二〇一三年:一二月二一日。三か月ぶりの更新です。今回は海を舞台にバトルが繰り広げられます。一般に玄武は最弱な存在になってますが、自分の土俵なら強いはずだと執筆しました。
 
 二〇一四年:二月八日。今年初めての投稿です。ガルボーィの特質は後付けです。ガルボーィは青龍をイメージしていますが、彼の性質はふさわしいと思っています。次回で最終回になります。

 二〇一四年:三月六日。今回で最終回です。正直だらだらしすぎた気がしました。もともとこの話は〇〇七シリーズの『ロシアより愛をこめて』をイメージしていました。立花はヒロインのタチアナ・ロマノヴァがモデルです。アキバボーグの由来は秋葉原をイメージしてます。まあ独断と偏見に満ちているのはご愛嬌で。では。

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等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。