『セヴン』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:ayahi                

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「今日は大注目の高校球児、亀城劉生君を独占インタビューしたいと思います。私がやってきましたのは亀城選手が通っている大聖学園のグラウンドです。早速本人に突撃しちゃいましょう!」
 大聖学園の野球グラウンドの入口付近でテレビ局の人たちが群がっていた。テレビが来ているのだから生徒が騒ぎそうな気がするが、特にみんなは騒がずに普通に過ごしていた。グラウンドのベンチでくつろいでいる赤いジャージ姿の二年生の女生徒、日比野みやなも騒ぐどころかまた来ているのか、とうんざりしながら見ていた。
「いやー、亀城効果はやっぱりすごいね」
 日比野の隣に同じように赤ジャージを着た女生徒、栗村七海が汗をタオルで拭いながらベンチに座り込んだ。
 もうすぐ夏の甲子園の地区予選が始まる時期なので太陽の陽射しは容赦なく彼女たちを痛めつけてくる。日比野も栗村も暑くてたまらないと言うのが表情からもわかってしまう。  
それ以上に暑くて辛い思いをしているのはグラウンドでウォーミングアップをしている野球部員達だろう。先ほど言ったとおりもうすぐ地区予選が始まるので彼らたちの気合は十分である。暑さになんか負けていられない御身分なのである。
「まぁ春はテレビが来てるよすごーい、とか言ってたけれどさ。こんな回数も来られるとイヤでも慣れちゃうよ」
 春の選抜で亀城が活躍してから一気にテレビや雑誌の取材がここに流れ込んできたのだ。今までそこまで野球強豪校ではなかった大聖学園にとっては異常事態のようだった。
「テレビに慣れちゃってるくらい私達は幸せって事なんだよ。だから今日もマネージャーのお仕事がんばろー」
 栗村は暑さの影響かいつもよりのんびりした口調で呟いて、オアシスである陽向のベンチを抜け出してマネージャーの仕事の準備へと向かった。日比野も仕方ないか、と言わんばかりの表情でオアシスから渋々去っていった。
 大聖学園は私立高校で偏差値は県内では下から数えた方が早く、どちらかと言うとスポーツ校である。どの運動部もここ一帯の地区ではトップを維持しているが、県内の話になると上位にはいるがトップではない高校である。
野球部も甲子園の常連というわけではなく十年に一度行くか行かないかのレベルだった。しかしそこに天才児、亀城劉生が二年前に現れた。
「いつ見ても亀城先輩の球は速いよねー。いつの間にバッターボックスに届いちゃってるもーん」
 栗村が大量のボールが入ったカゴを運びながら日比野に向かってつぶやく。
亀城が彼女達の目の前でキャッチャーを座らせて軽い投げ込みをしていた。まだ軽く投げてるのに彼女たちにとってはとても速く感じてしまう。
「しかも狙ったところに投げれるなんてすごいよね、もう最強だよ」
 さらに日比野が解説してくれたとおり、亀城はコントロールもずば抜けている。記録によると地区大会で三試合連続無四球完封、つまり九イニングをフォアボールを出さずに点も取られないで投げ抜いたのである。
「じゃあ、そろそろ本気で投げるぞ」
 亀城の落ち着いた声を合図にキャッチャーがミットを構え直した。さっきとはまるで違う覇気を出しながら投球動作に入った。
 腕がゆっくりと高く上がり、左足がゆっくりと上がり、右腕が後ろに行ったと思ったらいきなりスピードが上がって気づいたら球が腕が前にいて、球はキャッチャーミットの中にあった。
「うわぁ、すごっ」
 日比野が呆然と立ちながら亀城を見ていた。そしてすぐに我に返り仕事に戻ろうとするが、隣でカゴを床に置いて同じく呆然としている栗村に異変を感じていた。驚いた顔で硬直していた。確かに一般人から見れば驚くような球速だが、今日に始まったことではない。
「……」
「奈々?」
「……あ。え、なにかなー?」
 栗村が日比野の問いかけにやっと気付き、我に返った。そして慌ててボールの入ったカゴを持ち直した。
「奈々、もしかして亀城先輩に惚れたのー?」
「ち、ちがうよー。ウチの野球部は異性不純交遊は禁止でしょー。同性不純交遊は知らないけどもー」
「なにそれー」
 二人は笑いながら再びダラダラと歩き始めた。
 栗村が亀城に見とれていることを笑っていた日比野だが、実はマネージャーを始めてからずっと彼に好意を持っている。しかし彼のことも考えて、部内のルールも考えて行動しているのだ。
「おい、マネージャー! 早くボール持ってこい!」
 グラウンドのホームベース付近で監督が叫んでいた。彼女達はその叫び声を聞いてすぐさま監督の元へとダッシュで向かう。
 強豪野球部の忙しい練習が今日も始まる。

「ここで練習終わりの亀城選手を突撃したいと思います。亀城選手、お疲れ様でした」
 有名なテレビ局のあまり知られていない女子アナウンサーが練習を終えて後片付けに入っているグラウンドで亀城にインタビューしていた。練習前にインタビューしようとしたが都合が合わなかったらしい。
「今日の投球の調子はいかがですか?」
「今日はあまり制球が定まりませんでしたね。でも球の感覚はしっくり来ています」
 亀城は練習後で疲れているが笑顔でインタビューに答えていく。亀城はイケメンな上に笑顔が爽やかな好青年なので女性ファンは溢れるほどいるらしい。度々他校から女性ファンが練習を見に来る事だってあるそうだ。
「春の地区予選で三試合連続無四球完封を達成しましたが、コントロールはどのように鍛えられたのですか? 監督の話によると以前はコントロールが悪くて悩んでいたと聞いていますが」
「まぁ下半身を中心に鍛えてフォームを安定させたことですかね。地道な努力がやっと結果に出た感じです……」
 言葉の語尾が少し小さくなっていた。いつもはもっとハキハキと喋る方なのでこういうものは意外と目立ってしまう。
「しかし急に乱れていた球がキャッチャーが構えたところに行くようになったとの事で監督やチームメイトは驚いているようですね。何か大きなキッカケはあったんですか?」
「……自分でも、よくわからない、ですかね?」
 急に話がグダグダになってきた。女子アナウンサーもどうしたのかな、と少し違和感を感じながらもインタビューをしっかり続ける。
「そろそろ時間も時間なんでまた今度来てもらえますか? 今日はあまり身体の調子が良くなくて……」
「あ、わかりました! 忙しい中、ありがとうございました!」
 女子アナウンサーの後ろにいるディレクター達がどよめいているが、調子を落とした原因だなんて言われたらひとたまりもないので予定外だがインタビューを取りやめる。
 こうして亀城の独占インタビューは歯切れの悪い形で終了した。

「あ、亀城先輩。お疲れ様です。もうインタビュー終わったんですか?」
 路地の電灯が点き始めたころ、校門前でマネージャー恒例のお仕事の玉磨きを終えて今から帰るところの日比野と栗村が先ほどインタビューを途中でやめた亀城が偶然会った。
「まぁな。今日はちょっとそういう気分じゃなくてな」
 そう言っている亀城だが見る限りでは気分が悪そうには見えない。いつものようにシャキっとしていて勇ましい。
「やっぱり有名人になると毎日が忙しくて嫌になっちゃうものですかね?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。これだけ注目を浴びていられるのは幸せだよ」
「本当に亀城先輩はいい人ですねー」
 どういう理由でいい人なのかは不明だが栗村はとりあえず褒めていた。暑さが少し収まったおかげか、少しのんびり加減が抜けていた。
「とにかく何か困ったことがあったら何か言ってください。選手の管理もマネージャーの仕事ですからね!」
「お、おぉ。そうか、ありがとうな。じゃあまた明日」
「お疲れ様でーす」
 亀城を見送る日比野と栗村だが、なぜか彼の背中は昼より小さく見えた。
 そして二人は電車通学してるのでいつものように駅に向かって一緒に歩いていく。通学路は人通りが少なく今も二人の周りには人が見当たらない。
「今日はどこか寄っていく?」
 駅前は比較的栄えているのでいろんな店が並んでいる。甘いもの大好きな彼女達はアイスやらケーキやらをよく帰り道に食べに行く。
「またあそこのケーキ食べたいけどー、ダイエット二日目だからねー」
 栗村はその寄り道が原因で少々体型を気にしているらしい。しかしダイエットは最高記録で五日しか続いていないのが現状らしい。
「じゃあケーキの香りだけでも嗅いで帰ろう!」
 逆効果である可能性を考えないまま彼女たちは駅へと歩みを早めた。
「あー、食べたーい」
 駅前についた彼女達、栗村が駅前のケーキ屋の前にあるサンプルケースの前にへばりついていた。一言でその姿を言い表すとみっともなかった。通行人にも若干注目されている現状である。
「はい、閲覧タイム終了! これ以上ここにいると爆食しそうだから帰るよ!」
「いやだー、終電までここで見てるー」
 口で説得しても仕方ないと判断した日比野は栗村の手を引っ張って強引に店前から退場させた。
 駅の改札口に向かおうとしていた日比野だが、栗村がまた違う方向に行こうとしている。
「ちょっと、どこに行く気?」
「あっちー。実は駅の裏側の路地にある最近できた喫茶店のパフェが美味しいらしいのー。見るだけだから行かせてー」
「……ちょっと気になるわね」
 日比野も初めて聞いた情報なので少し惹かれていた。そしていつの間に栗村が日比野を引っ張る形になって歩いていた。
 二人は人だかりのある駅前を少し離れてさっきの通学路より狭い路地に入ろうとしていた。電灯はあるが、点滅していて今にも切れそうな状態なものがずっと並んでいた。
「え、ここ通るの?」
「ここ、近道なのー。美味しい物には試練が付き物だよー、進めー」
 か弱い女の子二人が進むにはかなり危険な路地なのだが、栗村は臆せずにどんどん暗闇の中へと入っていった。
 のんびりしていてマイペースな栗村の後ろを日比野がオドオドしながら進んでいく。
 少し進んだ先に何か人影が見えた。成人男性の影で、一人ではなかった。栗村はそれを見ても何も反応せずに徐々に近付いていった。
「ちょ、なんかマズくない? あそこに誰かいるよ」
 日比野が小声で突き進む栗村を止めようとする。
「きっとあの人たちもパフェ食べに来たんだよー」
 しかしその声はストッパーにはならなかった。人影がこちらに気づいたようで、あっちからも近づいてくる。
 ある程度近づくと容姿がわかってきた。人影はいかにもヤンキーな三人組の成人男性へと変わっていった。彼らは明らかに獲物を狩る目をしていた。
「お嬢ちゃんたち」
 野太い声が彼女達を止めた。元より恐怖を感じていた日比野はもちろん、のんびりしていた栗村もその声に反応して自分達がマズイ状況にいる、という事を認識した。
 ヤンキーな三人組は彼女達を逃さないように囲むようにポジションについた。狭い路地で人通りも少ないここでは助けを呼ぶのも難しいだろう。
「ちょっと付き合ってくれない? 楽しいところ連れてくからさ」
 三人組の一人が栗村の肩に手を回しながら笑顔で誘ってくるが、栗村はびっくりして手を振り払う。
「そんな冷たく拒否しないでよ、ちょっとだけだからさ」
「あの……私達、用事あるんで」
 栗村からのんびり口調が抜けていて恐怖のあまり泣きそうになっていた。
「お嬢ちゃん達、いい体してるじゃん。ちょっと触らせてよー」
 男の魔の手が栗村に襲いかかる。日比野は助けなきゃいけない、と思いながらも足が震えて思うように動けない。
「俺はこっちの子が好みだなー」
 そしてとうとう日比野の体にも魔の手が襲ってきた。ここで大きい声を出して叫んでも助けは来ないだろう。逆にヤンキー達を刺激して何をされるかわからない。
「みやなちゃんに何かするのは……やめて、ください!」
「えぇ? よく聞こえな――」
 栗村に触れていた男の声が途中で途切れた。何事かとその場にいた全員が思った頃には既に栗村の側にはいなかった。数m先の地面に仰向けで倒れていた。起き上がる気配もないので気を失っているのかもしれない。
「……え?」
 栗村が一番最初に疑問の声を漏らした。しかし明らかに位置的に考えて栗村がヤンキー男を吹っ飛ばした。何かしらの行動をして。
「なんだ、この女……化けもんじゃねぇか!」
 動揺していた。当たり前だ、触れることなく大の大人を少女が吹き飛ばしたのだから冷静なんてものは消えていた。
 日比野に触れていた男が今の光景を見て、まるで狼を前にした羊のようになっていた。すでに日比野から離れて腰をぬかしていて足はガクガク震えて息は荒くなっている。
「てめぇ……何しやがった!」
 やられている二人を見て、もう一人の男が慌てて栗村に向かって全力で拳を振る。栗村は何もよける事も出来ず、ただ向かってくる拳に恐怖して目を閉じることしかできていなかった。
 そのはずだった。
「……あ?」
 拳は栗村の顔面に当たっていなかった。言うならば寸止めの形になっていた。もちろん、男が怖気づいて寸止めしたわけではない。しかし拳は触れていなかった。
「……え?」
 さっきのように栗村は疑問の声を漏らした。そこで栗村は理解した。
 自分には何か制御できないような力が働いている、と。
 拳を振りかざした男は呆気にとられてその場で崩れた。そしてここしかチャンスがないとばかりに日比野が栗村を連れてその場から逃げ出した。
 未だに自分が何をしたかを理解していない。理解していたのは、何か力が作用してヤンキーを追っ払ったという事実だけ。
「ふぅ、ここまでくれば大丈夫、でしょ……」
 二人は駅の南口まで逃げてきた。必死に、必死に逃げてきた。まさか人の行き交う場所で襲うわけがないと踏んだのだ。それにあの状態ではもう襲ってこれないだろう。
「み、みやなちゃん……、わたし……」
 栗村が自分の両手の平を見つめて震えた声でつぶやく。そしてその震えを止めるように日比野がギュッと手を握った。
「大丈夫だから。とりあえず落ち着こう。ほら、電車もうすぐ来るからさ」
 日比野の言ってたとおり、改札口を抜けてホームに行くとすぐに電車がやってきた。彼女たちはそれに乗り自宅を目指す。
「じゃあ、また明日ね。帰り道、気をつけてね」
 先に日比野が電車から降りる。ここより二駅次の駅で栗村は降りる予定である。帰り道の出来事もあるのでちゃんと栗村が家に帰れるか日比野は心配だった。
「うん……、あの」
「なに?」
 ブザーがなって電車のドアが閉まりかける。駅員の声も響き渡る。階段を駆け下りてくる足音も聞こえてくる。そんな雑音が二人の会話を少しずつ遮っていく。
「今晩……電話して、いいかな?」
 そこでドアが閉まってしまった。彼女達の返答を待たずに電車は目的地へと動き出す。日比野はさっきまで目の前にいた栗村の行先をしばらく見つめていた。きっと大事な電話が今晩に来るだろう、と悟って日比野に緊張感が走っていた。
 
 帰宅した日比野は御飯を素早く済ませてお風呂も済ませて自分の部屋のベッドで寝っ転がって電話を待っていた。こちらから栗村に電話しようかと思ったが、あちらのタイミングを尊重しようと気遣って待っていた。
 部屋の電気も消して無意味に天井を眺めながらボーっとしていた。さっきのことを冷静に整理しているのだが、やはりまとまらないらしくベッドの上で悶々としていた。
 ピロロ、ピロロ
 携帯電話のデフォルトのような着信音が部屋の中に鳴り響く。日比野はゆっくりと立ち上がって机の前の椅子にしっかり腰をかけて、優しく通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「みやなちゃん、こんな夜遅くにごめんね」
 夜遅くと言ってもまだ十二時すら回っていない。だがそんなツッコミを入れるような気持ちにはなれなかったので何も言わずに栗村の話を聞くことにした。
「さっき襲われたときのことなんだけどね」
「……うん」
 栗村が言っているのは彼女がヤンキーを退治したときに使った不思議な力のこと。さすがにあれだけの事があってスルーすることは出来なかった。
「実は、三日前くらいからさっきみたいな力が出るようになったの」
「……そう」
 え!? と叫びたかったが何とか心の中に収めた。自分が動揺してしまっては栗村を助けてあげられないと大きな責任感を持ちながら相談を聞き続ける。
「急に。急におかしくなっちゃったんだ。急に……、何もしてないのに……」
 泣いていた。栗村が電話の向こうで涙を流していたのがわかった。泣かないで、というのもどうかと思ったので日比野は栗村が落ち着くまで待っていた。
「話切っちゃってごめんね……。それで、普段は大丈夫なんだけど、さっきは出ちゃったみたいなの」
「それって、どんな力なの?」
 力を近くで見ていた日比野だが何が起こってるか全くわからなかった。
「自分でもよくわからないんだ。私、バカだから……」
 今の話はバカか天才なのかは全く関係ないような気がする、とは言わずに「そうか」とだけ言って日比野は少し考え込んだ。
 大の大人が吹っ飛んだっていうことは何か波動のようなものが栗村の周りから出たんじゃないだろうか。だから防御にも働いたことに理屈が通るような気もする。
「自分では力は制御できない?」
「うん、でも人前で出したことはないよ。さっきのは除いて……」
「何か条件がありそうだね……」
「あの」
 不思議な力に関して真剣に考えている日比野を一旦栗村が話を止めた。
「みやなちゃんは……どう思ってるの?」
「……え」
 急に抽象的な質問が来て、とうとう動揺してしまった。
「だって、こんな気持ち悪い力持ってるんだよ。それでも今まで通り接してくれるの?」
 確かにこんな非科学な力を見せられたらその場で逃げ出すのが普通なのかもしれない。たとえずっと一緒にいる親友でも、その信頼は崩れることもある。逃げないと自分の身にも危険が降りかかるかもしれないのだ、簡単な感情で動いてしまうわけにはいかない。
 日比野は少し溜め込んでから答えを言う。
「……うん」
「……なんで?」
「……確かに怖いよ、そんな力が友達にあるって知って。でも、そんな気持ちより奈々を守りたいって気持ちが上回ってるだけの事だと思う」
「……みやなちゃん」
「大丈夫、どんな事があっても逃げないから」
「……ありがとう」
 今度は涙を流す声は聞こえなかった。
「それで、私はどうしたらいいのかな」
 この力を人前で出すわけにはいかない。しかし力の正体が全く分かってない現実でどうやって対策をとれ、と言うのだろうか。
「そうだな……とりあえず私がいつも側にいたほうがいいよね。よし、これからはなるべく離れないでいよう」
 日比野が提案した方法が一番良いかもしれない。トラブルが起こりそうになったら秘密を知っている日比野がなんとか対処出来るからだ。
「ちなみに私以外にこの事を知ってる人はいる?」
「みやなちゃんだけにしか言ってないよ……」
 栗村は家族にも相談できずにいたらしい。つまり二人だけが共有している秘密ということになる。助けられるのは私だけなんだ、と日比野は改めて責任感を感じた。
「……わかった。今日はこれくらいにして、ぐっすり眠った方がいいよ。明日学校で元気に会おう」
「あ、もう一つ」
「?」
 日比野が通話を切ろうとしていた矢先に、栗村が思い出したかのように話を続けようとした。まだ話していないと不安なのかな、と気遣って話を聞き続ける。
「もう一つ話しておきたいことがあるの……」
「え、何? 言ってみて」
「実は私の他にも似た力を持ってる人が身近にいるかもしれないの……」
「!?」
 さらなる衝撃が日比野に走った。彼女は誰が不思議な力を持っているのか判断まで出来るレベルに達していることに一つ驚いて、単純にまだこんな力を持っている人が身近にいることに驚いていた。
 問題はただ一つ。
 誰が不思議な力を持っている疑惑があるのか。それ次第では物事が吉に転がるか凶に転がるかが決まってくる。
「だ、誰なの?」
 日比野は息を呑みながら答えを待つ。日比野だけがいるこの部屋の空間に異様な雰囲気が漂っている。
「……先輩」
 小さく呟いた。栗村は答えを言ったのだが、前半部分が小さすぎて聞こえなかった。
「え?」
 当然、日比野は聞こえなかったのでそんな反応をとる。先輩ってことは学校の生徒、しかも三年生ということになる。
 日比野のそんな分析が完了する前に栗村がはっきりと、今度ははっきりとその名を告げた。
「亀城先輩……」
 亀城先輩、身近にいる亀城という名の先輩は一人しかいない。今話題沸騰中の亀城劉生の事だ。そんな「今の人」の彼とこの不思議な力、何が関係しているのだろうか。日比野には即座に理解できなかった。
「ち、力使ってるところでも見たの!?」
 さっきまで冷静でいた日比野もさすがに声を荒げてしまった。今まで溜まっていた分が破裂したかのように動揺し始めた。
「う、うん……。今日の練習で見ちゃったの」
「練習で? なんで練習なんかで力を使ってるのよ」
「みやなちゃんが隣にいたときだよ。亀城先輩が本気で投げ出した時に、何かを感じ取ったの。いつもと違う空気の波を感じたっていうか……」
「……」
 日比野は一旦考え込む。同時期に二人も不思議な能力を使える人間が現れるなんて異常だ。そんな人間が存在するだけでも異常なのに。
 しかもその二人が親友と好きな男の人なんて偶然に戸惑ってしまっている。
「と、とにかく! 落ち着いて!」
「落ち着いた方がいいのはみやなちゃんの方だよ……」
「あ、……ごめん」
 逆に栗村になだめられてしまった。日比野の中には完全に冷静はなくなっていて、もはや相談を受けている立場を忘れてしまっていた。
「とにかく、今日はゆっくり休んで、明日考えよう」
「わかった、お話聞いてくれてありがとうね。おやすみ」
 ピーピーピー
 電話が切れた。切れたあと、日比野は体力が尽きたようにベッドに倒れ込んだ。今日はいろいろとあって彼女も疲れている。
 もう寝よう。寝れば明日には何とかなってる。きっと。
 日比野は心の中で呟いて、目を閉じた。
 
 また日が昇って一日が始まった。
 日比野はいつものように起床した。そして昨日の事をふと振り返った。複数の男性に絡まれた事、その男性を栗村が退治した事、電話で暴露された事。
「……夢だったのかな」
 ベッドの上でボーッとしている日比野は「早く起きなさい」という母の怒号により動き始める。
 どんな気持ちで栗村と顔を合わせればいいのか。
 日比野は登校途中、ずっとその事を考えていた。足取りが自然と重くなってしまう。そのまま気持ちの整理がつかないまま、学校に着いてしまった。
 一旦教室の前で立ち止まる。日比野と栗村は同じクラスなので、朝から顔を合わせることになるので考えて行動しなければならない。
「……よし、自然に行こう」
 ガラガラ
 ドアをごく自然に開けた。いつもの朝の光景が目の前に広がる。日比野はすぐに栗村が来ているかどうかを確認する。
「……奈々、まだ来てないか」
「ここにいるよー」
「うわっ!」
 日比野は思わず大声を出して倒れ込んでしまった。その原因は後ろに立っている栗村だ。玄関先かどこかで日比野を見つけて教室までずっとストーキングしていたのだろう。
「びっくりさせないでよ!」
「ごめーん。なんか本能でー」
 日比野は冷静さを取り戻して、立ち上がる。そして我に返る。栗村を見る。笑顔でケラケラと笑っている。
 日比野は思った。
 昨日あんな事があったのに、よくこんな振る舞いが出来るな、と。
 そしてさらに思った。
 昨日の事は全部幻だったのかもしれない、昨日は何事もなく終わったのだ、と。
「もう、転んじゃったじゃない! 賠償として昨日言ってたパフェおごってもらうよ!」
「えー、やだよー。でもあそこの喫茶店のパフェ食べたいな。昨日行けなかったし……」
「……」
 会話が止まった。栗村の顔の表情が明らかに変わった。
「ごめんね……昨日は」
 栗村が日比野だけに聞こえるように小さく呟いた。
 昨日の事は幻なんかじゃなかった。全部現実だった。つまり、目の前にいる栗村奈々は不思議な力を持つ異常な人間である。
「とりあえず……自然に過ごそう」
 キーンコーンカーンコーン
 朝のチャイムが二人の会話を引き裂いた。二人はそれぞれの席へと急いで向かった。

 授業中、日比野のケータイにこんなメールが届いた。
(今日の野球部の練習後、亀城先輩を少し尾行しない?)
 正直、気が引けた。まず尾行はやってはいけないことの部類に入る。ましてやかの有名な亀城の後をつけるなんて、バレたらどうなるかもわからない。
 しかし尾行で何かがわかるかもしれない。栗村が言ったとおり、亀城にも不思議な力が使えるのか。
 そしてもう一つ、その事について追及できる時間がある。
 野球部の練習中。
 彼女たちは練習中、ずっと亀城から目線を離さなかった。ウォーミングアップのジョギングの時からずっと見張っていた。しかしそんな時には力を使っているなんて事は普通ないだろう。
 力を使っている可能性が一番高いピッチング練習の時。
 その時はバレないように見張る、なんてことをせずに彼女達はずっと見続けていた。
「とりあえず、軽く三〇球くらいな」
 亀城はキャッチャーに指示して、投げ始めた。
 軽くとはいえ、素人から見たら十分な速球が投げ込まれていく。
「どう? 今は力使ってるの?」
 日比野は他人に聞かれないように小声で栗村とやり取りする。
「いや、まだ使ってる様子はないみたい」
 それでもまだ二人は観察を続ける。
「よし、そろそろエンジンかけていくぞー」
 亀城がそう言うと、さっきよりもゆっくりとしたフォームで球を投げた。きっと本気の投球なのだろう。しかし球はワンバウンドしてキャッチャーは後ろに逸らしてしまった。
「どう? 使ってる?」
「いや、まだ」
「それにしても先輩、たまには変な場所にボール投げちゃうのね」
「先輩の昔からの癖だね。ストレートがワンバウンドしてキャッチャーがとれないっていうのがよくあったよ」
 二人ともマネージャーであるがしっかりとデータを把握してるのは栗村だけである。しっくり来るように二人の立場を言うと、栗村がスコアラーで日比野が雑用マネージャーである。
 そんな話をしている間に次々と球は投げられていた。キャッチャーの指示にいく時もあれば行かない時もある。
「……奈々、本当に昨日使ってたの見たんだね?」
 ただただ時間が経つだけの状況に耐え切れず、とうとう日比野が栗村を疑いだした。
「見たんだよ! 信じてよ!」
「……わかった。ごめん」
「別に先輩は毎日使ってないかもしれ―――――あ」
 栗村の会話が途切れた。その時、ピッチング練習している方からパァン! という快速球が放たれた音が聞こえた。
「どうしたの? まさか」
「使った」
 使った。主語はないが、今の状況では必要ない。
 栗村は言ってるのだ。亀城が力を使ったと。日比野はその時だけ、亀城から目を離していた。彼はすでに次の投球準備に入っている。
「……あ、また使った」
「え!?」
 今度は見逃さなかった。
 亀城から放たれた球はさっきの軽い投げ込みとは格違いの速さでキャッチャーに届いていた。そしてキャッチャーミットは全く動いていない。つまり狙ったところに投げたのだ。
「……先輩が絶好調の時に投げる球だ」
 さらに投球を続ける。
 栗村はまた言った。やっぱりまた使った、と。
 二人は察した。
 亀城は昔から球速は申し分がない。高校球児では上位の方だ。しかし昔はコントロールがとても悪かった。なのに今はコントロール抜群だ。
 つまり。
 不思議な力と、コントロールに関係があるのだ。
「だから、急にコントロールが良くなったんだね……」
 二人はサボっている姿を監督に見つかるまで、亀城の偽りの全力投球を眺めていた。

「お疲れ様でしたー」
 二人はいつものように練習後の後片付けをしていた。野球部員もグラウンドの整備は行うが、最終的な仕上げはマネージャーの仕事なのだ。
 次々と帰っていく野球部員の中に亀城はいなかった。その代わりに特設ブルペンの方でタァンとネットにボールが当たる心地よい音が聞こえる。
 亀城は練習後にいつも一人で居残りして投げ込んでいるのだ。
「……奈々、ちなみに亀城先輩が今使ってるのかはわかる?」
「うーん……近づいてみないと微妙にしかわからないかも」
「じゃあ、これ終わったらちょっと覗いてみようか」
 二人は恒例の玉磨きもちょうど終わって部室のカギを閉めて、さっさと亀城の元へと向かった。
 特設ブルペンは亀城のためにつくられた。亀城が欲しいと言ったわけではないが、学校が全面協力して作ったのだ。
 タァン! タァン!
 どんどんネットにボールが当たる音は近づいてくる。
 そして近づいていくと亀城の背中が見えた。背中からでも全力投球が伝わってくる。この距離は練習中にピッチング練習していた亀城と日比野たちとの距離とさほど変わらないので力の是非がわかる。
「どう?」
 栗村は目を閉じて神経を集中する。彼女曰く、集中力がないと力の波を感じ取れないらしい。
「……感じ取れない」
「え」
 亀城は全力投球してるのに力を使っていなかった。
「先輩、使ってない……」
 タァン!
 それでも投球は続く。ネットにはストライクゾーンがわかるように枠がつけられている。そして放たれた球はその枠の中には入っていなかった。
 スピードは昼間の練習中と変わらなかった、変わっていたのはコントロールの精度だけ。
 タァン!
 次の投球も入っていなかった。
 タァン!
 次の投球もわずかながら逸れていた。
「くっ」
 亀城からそんな声が漏れた。彼女達には亀城の顔の表情は見えないが、姿から悔しさが溢れ出てくる。
「……これが、亀城先輩の本当の投球なんだ」
 栗村がボソっと呟いた。日比野もそう察していた。察していたけれどもその言葉だけはなぜか聞きたくなかった。聞きたくなかったから。
「違う! 先輩はもっと……!」
 日比野は思わず叫んでしまった。
「誰だ?」
 亀城が日比野の大声に反応してしまった。仕方ないので二人は姿を現す。
「なんだ、お前らか」
「すいません、練習の邪魔にならないように静かに見つめていたんです」
「さっさと帰れば良かったのに。片付けなら俺一人で十分だぞ」
 亀城は自分で勝手にやってる自主練習なので、準備から片付けまで毎回一人でこなしている。
「たまには手伝わせてくださいよ」
「ったく、わかったよ。あと一球で終わるから待っておけ」
 亀城は笑いながら手伝いを許可した。そして一気に表情を変えて投球フォームに入る。
 ダイナミックなフォーム、近くで見るとさらに迫力満点だ。
「おぉぉりゃあああああ!」
 雄叫びを上げて投げ込んだ。
 タァン!
 ネットにボールが当たる音。
「……ちくしょー、入らねぇな。よし、今日はおしまいだ! お前ら仕事してくれ!」
「「……はーい」」
 二人には最後の彼の最後の投球で見せた悔しさがより一層伝わってきていた。

「わざわざありがとうな。今度何か奢ってやるよ」
「いえ、いいですよ。これもマネージャーの仕事の一環です」
 亀城の練習を終えて、三人は校門付近の道路にいた。三人共電車通学なので駅に向かって歩いていく。ちなみに亀城が電車通学なのは彼女達は事前に知っていて、電車を降りて別れてから尾行する作戦である。
歩いている間に三人はいろんな話をした。今度行われてしまう期末テストや、野球部のバカ話、日常にあるたわいない話をしていた。今から不思議な能力の正体を暴くような空気ではなかった。
「じゃあ、俺は寄るところあるから。気をつけて帰れよ」
「あ、はい。お疲れ様でしたー」
 亀城が寄り道のため、駅には向かずにここで彼女達と別れてしまった。彼女達が困って立ち止まっている間にどんどん向こうへと歩いていく。
「ど、どうしようか」
「さ、作戦実行だよ!」
予定外の事態だが、すぐさま彼女達は尾行を実行した。
亀城は駅に向かう大きい道から外れて路地裏に入っていった。そこはまるでこの前彼女達が男三人組に襲われたときと同じような場所だった。
「先輩、どこに寄るんだろう」
 日比野達は壁から顔だけニョキっと出して観察してる。
「もしかして、人の見えない場所で何かと取引をしてるとか!?」
「……それが冗談に聞こえないのが今の状況ね」
 亀城はさらに人込みから外れていく。今歩いている一帯は貝梨という場所で、駅前が栄えたせいでどんどん衰えていった店などが並んでいた。まだ夜の八時もまわっていないが人通りは少なくてシャッターを閉めてる店が目立つ。商店街とまではいかないが、それに似たニュアンスの一帯がここにあった。
「こんな場所あったんだ。全然知らなかった」
「まぁ大体の物は駅前にあるから知らなくても仕方ないかもね」
 駅前が光だとすれば、ここ貝梨は闇の部分。そんな場所に立つ廃墟ビルの前に亀城は立っていた。四回建てのビルで、周りと比べたら高さもあって目立つ感じがある。今はどこのテナントも入っておらず、いつでも取り壊せる状態にある。
 亀城はそんなところで立ち止まっていた。何か、覚悟を決めているようにも見える。
「なんか……すごい現場を見てる気がする」
 日比野達もその姿を遠くからしっかりと見つめていた。そして亀城が決意したのか、廃墟ビルの中に入っていった。
「ど、どうするの?」
 日比野がここに来て、かなりビビっていた。確かに真実は知りたいが、とても危ない空間に足を踏み入れてるような気がして勇気が出ない。
 しかし、不思議な力の持ち主の栗村は違った。
「そんなもの、行くに決まってるじゃん」

 中は非常口の電気だけしか通っていなかった。建物の中にある他の蛍光灯などはほとんど切れていた。
 微かな灯りを頼りに、亀城はビルの二階部分に向かう階段を登っていた。足音を出さずにひっそりと一段ずつ登っていく。
 時間をかけて二階に着くと、そこには三人の黒服の人間がいた。三人は服もそうだが、全体的に黒すぎて建物を支配している闇に紛れている。
「ちょうど八時……時間通り来たわね。偉いじゃない」
 黒服の中の一人、ショートカットの二十代後半の大人な感じを出してる女性から亀城に話しかけた。その女性はキリっとしていて表情一つ崩さないため、何か冷酷なオーラを感じ取れる。
「それより、どういうことだ?」
 亀城が胸ポケットから一枚の紙切れを取り出した。
「書いてあるとおりよ。『あなたの秘密を知っています。バラされたくなかったら午後八時に貝梨にある廃墟ビルに来てください』」
 女性が言ったとおり、紙切れにはそういう風に書いてあった。
「それで、秘密ってなんのことだよ」
 亀城が挑発する。秘密が何を意味しているのかは十分承知していたが、自分からは認めたくなかった。この秘密が世間にバレたら自分の野球人生が終わってしまう。
「あなたは高校球児として世間に名が知られているそうですね」
「……」
「映像で見させてもらいました。私は野球に詳しくはないですが、素人から見ても素晴らしい投球ですね」
「……」
 亀城は黙ったままだ。黙ったままというよりは特に言うべき言葉がない。ただただ、女性が口にすることに集中するしかなかった。
「球速も素晴らしいですが、一番はコントロールの良さですね。コントロール」
 わざわざコントロールと二回も言った。これは秘密について知っているという遠まわしな表現だろうか。
「しかし昔は球速は出るのにコントロールが悪く球が定まらなかった」
「……」
「そのことで君は悩んでいた。今年の三月まで」
 今年の三月。その時期は亀城が春季大会で見事な投球をして世間に注目されだした頃である。
「そして君は力を手に入れた。自分が触れた物を思い通りの軌道で動かせる力を」
「!?」
 亀城が動揺した。ズバリ秘密を言い当てられていっそう焦る。
「君の剛腕と超能力、素晴らしい出会いでしたね」
「……バラすのか」
 亀城が久しぶりに声を発した。発したがその声はとても小さくて闇の空間にすぐに飲み込まれてしまった。
「まぁバラしたらとんでもない事になるでしょうね。でも私達はそんなことはしないわ。だって私達にメリットがないもの」
「じゃあ、どうするんだよ」
「取引、しましょ」
「……」
 亀城は何かを要求される事はわかっていた。でも自分に払える対価があるのだろうか、それが不安だった。
「そういえば私達の自己紹介がまだだったわね。私達は簡単に説明するとあなたみたいな超能力者を安全に保護する機関よ」
 雰囲気が既に安全ではない、と亀城は心の中で呟いた。
「それであなたの力をバラさない代わりに、私達の組織に保護されてもらって欲しいのよ」
「……保護って具体的には?」
 保護という名の監禁かもしれない、と亀城は言葉のマジックに油断せずに疑い出す。
「そんなに難しく考えなくていいわ。私達がいつでもあなたを監視出来れば問題ないわ」
「か、監視って! そんなもんさせられるかよ!」
 監視されるという事は、家の中に監視カメラを仕掛けられて、外に出るときも見張られるのだろう。プライバシーの侵害以外の何物でもない。
 そんな亀城の文句を表情一つ変えずに女性は答える。
「あなたは自分の状況がわかっていないみたいね」
「……は?」
「言っておきますが、私達はあなたの味方です」
「……信じられるかよ。こんな怪しい集団を」
「近くにいるんです。あなたの敵が」
 食い気味に女性が言った。その勢いに亀城は少し後ろめいた。
「あなたの力を悪用しようとしている機関があるんです」
「……悪用?」
 新たな第三者が出てきて、亀城の頭の中で若干混乱が発生している。こんな怪しい集団が二つも自分の周りをウロチョロしているのか、と。
「もし、あなたの身がその機関に渡ったら」
 そこで女性は言葉を止めた。
「……渡ったら?」
 亀城はテンプレのように繰り返す。
「それ以上はまだ言えませんね。あなたが私達に加わってくれない限りは」
「まぁ……当たり前か」
 そんな重要機密みたいな情報を一般人に簡単に教えるわけがない。そんなことは世間的には頭が悪い部類である亀城にだってわかる。
「それで、どうするの? 取引成立? 不成立?」
「いや……急にそんな事言われても、すぐに答えられるかよ! 第一、話が飛び過ぎなんだよ!」
「確かに、現実離れしてる話ですが」
「だったら簡単にこの場で決められるわけ無いだろ! 俺は世間に注目はされているが、ただの高校生だぞ!」
 ただの高校生。
女性はその言葉に反応したかのように動き出した。そして亀城に向かってゆっくり歩み寄った。
「あなたはわかってないようですね……」
「……え?」
 声の調子が変わった。
 そして。
 女性は亀城の胸ぐらを両手で掴んだ。非力そうな見た目とは裏腹に凄まじい力があった。女性は睨みつけながら言葉を放つ。
「あなたはもう! ただの人間ではないのです!」
 声を荒げた。感情の全てを出すように荒げた。
「あなたの中にある常識はもう通じません! それをわかっておいてください!」
 言葉が終わるのと同時に亀城は女性に突き飛ばされた。
 彼は適当な返事すら出来なかった。急に謎の組織と契約を迫られて、急に説教させられたのだ。反応が追いつかないのも当然だ。
 女性はいつの間にか元の定位置に戻っていた。
「さて、決心はついたかしら。もちろんあなたの大好きな野球は続けられるわよ。能力を使ってもいいかどうかはまだ検討中だけれども」
「……かよ」
「?」
 亀城が顔を下に向けながら呟いた。身体が震えてるのがわかった。
「こんなバカな話、信じるかよ……!」
 亀城は噛み締めながら絞り出すように言葉を放った。
「俺は、俺は! やっとここまで来たんだ! 俺の力じゃないけど! ここまで来たんだ! あとは勝つだけなんだ! 頼むから邪魔しないでくれよ!」
「……そう、それがあなたの回答ね」
 女性が再び亀城に歩み寄っていく。今度はもっと、危険な匂いを漂わせてる。亀城も何か感じ取ったのか逃げれるように身構える。
 ガタッ
「!? 誰かいるの!?」
 部屋の外から何か物音がした。女性の両脇にいた黒服男性がすかさず部屋の外を見に行く。
「ご、ごめんなさい! 迷子になってここに入ってみただけで! な、何も聞いてませんから!」
「本当です! 怪しい話なんて何も知りませーん!」
 二人組の女子高校生が黒服男性に捕まって連れてこられていた。二人はずっと慌てた様子で容疑を否定している。そして亀城が二人の顔を確認した瞬間、顔が青ざめていった。
「お、お前ら……なんで……」
 日比野と栗村がそこに居た。先ほどまで自主練習に付き合ってもらって途中で別れたはずだ。なのにこの廃墟ビルの中にいる。それだけで大問題である。彼女達は部屋の奥へと連れてこられて逃げられないようになってしまった。
「君たち知り合いか?」
「まぁ……一応」
 この場合、知り合いとバラして自分に不都合になることはないか、と考えていたが冷静になれるような心持ちではいなかった。
「カレンさん、ちょっと」
 黒服の一人が女性、カレンに慌てて何か耳打ちをする。
「え、この子も能力者!?」
「……は!?」
 すぐに叫んだのは亀城だった。日比野と栗村、どっちの事を言っているのかは彼にはわからないが、どっちにしても驚くべき事実である。
 カレンはすぐに彼女達に迫った。もちろん迫ったのは栗村の方。彼女は栗村の腕を掴んで様子を見る。
「……確信はないけど、そうらしいわね」
 栗村は腕を掴まれたままうつむく。前説のとおり、彼女達は自分の意志でこの廃墟ビルに入り込んだ。そしてずっと陰から亀城に関する話を全部聞いていた。それまではバレずに盗聴出来ていた。しかし亀城が思いの丈をぶちまけたとき、日比野が思わず反応してしまい、物音を立ててしまった。
「さて、こっちの子は……能力者じゃない、と」
 日比野はもちろん一般人と判定された。が、それはそれでマズイ判定である。
 なぜなら。
「はぁ、関係ない一般人に話を聞かれてしまったみたいだわ。こんなビルに入ってくる人間なんていないと思い込んでいた考えが迂闊だったわね」
 この時点で日比野は能力者ではなく、ただの部外者である。
 もし謎の組織に何の関係もない一般人が関わったらどうなるか。
「あまり気は進まないけど……あなたには消えてもらうしかないわね」

 カレンから告げられた一言、それはとても恐ろしいものだった。
「え……そんな、待ってください!」
 日比野が必死に止めようとするが、止める力など存在しない。彼女はただの一般人なのだから。
「待ってと言われてもねぇ。これは組織の規則だから」
「ウソ……やだよ……やだよ、そんなの!」
 日比野が暴れだすが、黒服の男たちに力で制される。それでも逃げようとする。
「待ってくれ!」
 そう叫んだのは亀城だった。
「協力、するから! そいつを、殺さないでくれ!」
 必死の懇願だった。体が震えて目が充血している。目の前で仲間が殺されそうになっている、今まで味わうわけのないおかしい事が起きている。
「でもあなたが協力してくれたところで彼女がこの話を忘れてくれることにはならないでしょう」
「そ、それは……!」
 亀城には言い返す言葉がなかった。論理がなかった。ただただ、自分の無力さを感じるだけの時間だった。
「……私も」
「ん?」
 栗村の声が空間に消えて行った。しかしもう一度言い放つ。
「私も……協力します……!」
「……ほう」
 栗村の力いっぱいの言葉にカレンが思わず反応した。そして考え込んでいるのかしばらく黙り込む。
「そうだわ。そうしましょう」
 カレンが勝手に何かを決定した。日比野たちはもちろん、仲間である黒服男たちもその言葉に息を呑む。
「あなたには超能力者の彼らたちの人質になってもらいましょう」
 
「……つまりどういうことだよ」
 亀城が代表してカレンに疑問をぶつけた。日比野たちもイマイチカレンの言葉を理解できなかった。
「だからあなたの命を奪わない代わりにそこの超能力者二人は私たちに協力してもらうって事です。さっきあなたたちが要求した事と一緒ですよ」
 確かに亀城と栗村が咄嗟に要求した事と同じことをカレンは話していた。しかし人質と言われると聞こえが悪くなってしまう。
「そこの超能力者の御嬢さん、お名前は?」
「えぇと、栗村奈々です」
 個人情報を簡単に漏らしていいのかどうか若干迷ったがそんなに迷っていられる状況下でもなかったので答えた。
「奈々さんね……ふっ」
 カレンがその場を空気を壊すように鼻で笑った。
「え、何で鼻で笑ったんですか?」
「いや、何でもないわ。奈々さんですね、いい名前だわ」
 なんだったんだろう、と栗村をはじめ、日比野と亀城も同じことを思って首を傾げたい気分であった。
「それで一般人のあなたは?」
「日比野みやなです」
「みやなさんですね。じゃあ話を戻します。奈々さんと亀城くんには私たちの指示通りに生活を送ってもらいます。もしそれに反する行為をしたならば」
 カレンはいきなり話を戻し始めて変な場所で言葉を止めた。
「したならば、みやなさんを直ちに殺します」
「……は!? そんな!」
 亀城が即座に声をあげた。しかしカレンはそれを待っていたかのごとく、反論をねじ伏せに来る。
「そんなにおかしいことを言っていますか? 私は『みやなさんを今ここで殺さない』という条件を呑んだのですから私たちの『裏切ったらみやなさんを殺す』という条件が入っていてもおかしくないと思いますよ。むしろ対等にするために入れるべきです」
「くっ……」
 やはり亀城はそのあと何も言えなかった。そして栗村もこの条件を呑むしかない、と心の中で思ってしまった。
日比野がこの場で殺されないためには選択肢は一つしかないのだからこうするしかない。でもこの選択肢を選ぶと世界を巻き込むようなとんでもない事になる気がしてならないのだ。
「さて、契約成立ですかね。想定外の契約ですから少々時間がかかると思います。なのであなた達を数日間監視するために何人か動きますのでご了承を」
 カレンはそう言い残して黒服男と共に部屋から去って行った。
 残ったのは暗闇と絶望だけ。
「……すまない」
 亀城がその場に崩れ落ちて泣き出した。全ては自分のせいだ、関係ない後輩まで巻き込んでしまったという罪悪感に襲われていた。
「……悪いのは好奇心で先輩を尾行した私たちです。安易な行動でした……」
 それぞれが自分への叱責で染まっていた。しかしそれだけでは前には進めない。
「全部、全部話そう。お互いに。いつから力が使えるようになったのか、どうやって力を使っているのか。全部、全部だ」
「……そうですね。隠してる必要もないですし」
「とりあえず、ここは気味が悪いから出よう」
 こうして三人は絶望を抱えたまま廃墟ビルから立ち去った。
 
 三人は近くにある小さな公園の中にいた。もう大分夜なので彼ら以外には公園にはいない。
 日比野と栗村はブランコに悲しそうに座っていて、亀城もそばに立ち尽くしていた。
「俺の事は、あの女が言ってたとおりだ。俺は力を使ってピッチングしていたクズ野郎だ」
 亀城が少し言葉を震わせていた。自分でも力を使ってしまったことを後悔しているのだろうか。
「じゃあ私の事も話します。私は四日前くらいから不思議な力が出るようになりました。そして昨日、みやなちゃんと男の人に絡まれた時に力を使ってしまいました。力は自分の意志ではまだ使えません」
「栗村も何の前触れもなく急に力が使えるようになったのか?」
「はい、そうです」
「俺もなんだ。何が原因なのか突き止められそうにないな」
「……」
「……」
 しばらく沈黙が続く。三人の間には夜特有の冷たい風だけだった。
「俺が……悪いんだ」
 亀城がまた自分を責めだした。違います、と言ってあげたかった二人だが、何も言葉に出来なかった。
「俺が、野球を捨ててあいつらに協力しなければ済む話だった。でも俺は馬鹿だから野球を選んでしまった……。最低だよ……」
「で、でも……野球は先輩にとって大事なものじゃないですか。大好きじゃないですか。大好きだから……力に頼ってまで続けたかったんじゃないですか……」
 日比野の声がだんだん小さくなっていった。今の彼らには何も確証がない。どんな言葉にも、力はなかった。
「これから、私たちはどうすればいいんですか……」
 栗村が誰も答えてくれない、自分たちでしか見つけ出せれない問いを投げかけた。
「どうするもこうするも、あいつらの言いなりになるしか道はないだろ。本当に日比野の事を殺しかねないからな」
 カレンたちにとって日比野はいなくなっても特に問題はない存在、契約どおりの事が起こったらカレンたちは契約どおりの事をするまでだろう。
「あの一つ聞きたいことが……」
 栗村がわざわざそう言って話を止めた。
「先輩は自由に力を使ってますが、どうやれば自由に使えるんですか?」
 二人の能力の違いは自由に力を使えるかどうか、という点である。この違いは今後の展開を大きく動かすかもしれない。
「別に、使いたいと思ったらいつでも使えるぞ。今、使って見せようか?」
「いや、人に見られたらマズイから止めておきましょう」
 使いたいときに使える。それでは答えになっていない気がする、と栗村が疑問に思った。しかしおそらくそうとしか答えられないのだろうと、悟った。
 答えというものは常に自分で見つけなくてはいけないのかもしれない。
「とりあえず帰ろう。もうこんな時間だから」
 公園にある白い柱時計によると、もう十時をまわっていた。
 三人は寂しい背中を時計に見せながらだんだん消えていった。

2014/01/20(Mon)23:03:51 公開 / ayahi
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■作者からのメッセージ
 久しぶりに舞い降りたayahiです。この頃は違うサイトで修行していました。これからは定期的にこの作品を連載していくと共に新作もあげていきますのでよろしくお願いします!

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