『失われた時を求めて(微修正版)』 ... ジャンル:恋愛小説 ファンタジー
作者:しのん                

     あらすじ・作品紹介
ハルと杏奈は雪の降り積もった、冬の街に二人で繰り出した。そこに迫り来る車。突然、恋人と悲しみの別れを味わうことになってしまい、悲しみに暮れる杏奈。杏奈の失われた記憶を呼び戻す指輪切ない純愛ラブストーリー

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
「……寒い」
 そう言って不機嫌な顔を隠そうとすらしない彼
「ごめん、……私が我儘言ったから、だよね?」
 今の季節は冬
 そして街には雪が降っていて、カップルが溢れかえってる
 ならば私たちも、と便乗しようとしたのがそもそもの間違いだったのだ
 恋人の機嫌を損ねてしまった
「もう、帰ろうか?」
 なんて言ってみるけど内心かなりしょんぼりしてる私
 よかれと思っての行動がこんな裏目に出るなんて――

 私は、溜め息を吐いた
「なんで?」
 彼は、つまらなそうに言う
「だって……ハルがつまらなそう、だから」
 私は、縮こまりつつ言葉を紡ぐ
「杏奈が」
 ハルが言いにくそうにもじもじと身をよじらせる
「え、え?」
 戸惑う私をキッと睨んでから恥ずかしそうに言った
「杏奈が、……楽しんでるんだったらそれでいい」
 ハルは言い切ってから笑った
 それは、晴れた冬の夜空みたいに澄んだ笑顔だった
「ハ、ル……! もうっ、大好き!!」
「あー!! うるさい! ほらどっか行きたいとこあんだろ!?」
 ハルはさっさと先を歩いていってしまう
 でも、私の心はそれで傷つくことはない
 だって、ハルの黒髪から覗く耳は、
「ふふ、ハル真っ赤ー!」
「うるせー!」
 とても、真っ赤だったから
 ハルは顔をごしごしと擦ってから数歩先で立ち止まり、振り向いた
「で、何処にいくん――」
「ハル……! だめ、走って!」
「……は、」
 キィーーーーーッ!という音が都会のざわめきを切り裂く
 そして、その後にドンッ!……ぐちゃり、と耳慣れない、柔らかいモノが潰れる音がした
「ハ、ル……?」
 目の前には、信じられない信じたくない光景
 雪に散らばる紅が無垢を一瞬にして染め上げる
「嘘だ、嘘でしょう……?」
「お嬢さん! 怪我はないか!?」
「これは……ひどい……」
「災難だったわねぇ……」
 事故の音を聞いた野次馬たちが一斉にこちらへ駆けつけてくる
 ハルを轢いた人間らしきサラリーマンも車から降りて顔を青ざめさせている
 その顔は青ざめているが、何処か紅潮している
 きっと、飲酒運転でもしていたのだろう
 でも私はそんな奴等には構わず、四つん這いでハルだった"モノ"に近寄った
「ハル、ハルぅ……」
 ハルは、眠っているだけだ
 そうだ、そうに違いない
 だって、さっきまでハルは私と笑い合ってた
 ハルの温かい手が私の手と繋がってた
「起きて、起きてよ……! ハルっ!」
 熱い涙が頬を伝った
「なんで、なんでっ……!?」
 ハルは、起きないの……?
 私がハルの手を握ると、それはとても冷たかった
 氷みたいな冷たい感触に、私は驚き、手を引っ込める
 手のひらを見つめると、べっとりと血が付着していた
 私が呆然と座り込んでいると、やがてパトカーのサイレンが聞こえた
 きっと野次馬の誰かが呼んだのだろう
 私の心の冷静な部分がそう囁いた
 やがてパトカーから警官が降りてくる
「お怪我はありませんか?」
 警官が、気遣わしげに私の肩に手を置く
「ハル、ハルが……」
 他の警官はハルを轢いたサラリーマンを取り調べしている
「……とりあえず、立てますか? そんな所に座り込んでいたら風邪を引いてしまいますよ」
 私は頷き、のろのろと立ち上がった
 そのまま私も事情聴取をされたが、何を聞かれたのか何と答えたのか記憶がなかった
 ただ、刑事の名前が真中だということは覚えていた
 いつの間にか自宅にいるということは真中が送ってくれたのだろう
 先程まで二人でいた部屋に、今では一人きり
 そして、ハルは二度とは帰らぬ人になってしまった
「うっ、ぁ……! うぁああああああああ!」
 私は、叫んだ
 涙は、もうすでに涸れて出てこなくて
 だから余計に辛かった
 ハルが、いなくなってしまった
「う、あぁ…!」
 ちゃり、
「……」
 戸棚から、何かが転がり落ちた
「指輪……?」



『……杏奈』
『ハル! ……どうしたの?』
 ハルは、神妙な顔つきをしている
 そんなハルの顔を覗き込む私
 これは……、高三の夏の……
『ん』
 ハルはぶっきらぼうに握りこぶしを突き出してきた
 私は訳が分からなくて、首を傾げてハルを見つめなおした
『え、と……なに? 殴り合おう、てこと?』
 なんて、的外れなことを言ってしまう私
 ……今思い出しても恥ずかしいなぁ
『は!? なにが悲しくてお前と殴りあわなきゃいけねぇんだよ!』
『あはは! だよねー』
『はぁ……。 まぁいいから受け取れ』
 そう言って無理やり私の手に渡されたのは
『指輪……?』
 白い花の飾りがついた銀色の指輪だった
『……玩具だけどな』
 ぶっきらぼうに言うハル
『でも嬉しいよ! ありがと、ハル!!』
 私は満面の笑みを浮かべてハルにお礼を言った
 すると、ハルは私を抱き寄せて呟いた
『今度は、本物をプレゼントするから。 ……待ってろよな』
 そう言ってからハルは私を離した
 その時にみたハルの顔は、夏の太陽に負けないくらいに真っ赤だった
『うん! 待ってる! 期待、してるから』
『……おう』
 ハルの眩しい笑顔
 もう戻らない時間



「ハル、……約束したのに」
 私は指輪を胸に抱きしめた
 涸れていたはずの涙が、再び溢れ出した
「ハル。 一度だけでもいいから、戻ってきて……」
 私は小さく呟くと、そのまま深い眠りに就いた

「……ん」
 小鳥の囀りと、窓から差し込む朝日の眩しさに目を細めながら起床する
「杏奈? 起きたか」
「……!? は、ハル?」
 私の横にいるのは紛れもない、本物のハル
「お前は相変わらず朝が弱いんだな」
 なんて呆れ笑うハル
 でも、なんで死んだはずのハルがここに……?
「なにぼけっとしてんだよ? まだ寝ぼけてんのか?」
 そうかもしれない
 そうだ、今までの出来事は長い悪夢だったんだ
 ハルが死ぬなんて、そんなの有り得ないことなんだから
「ハル……!」
 私は愛しい気持ちと安堵の気持ちがごちゃごちゃに入り混じったままハルに抱きついた
「な!? 杏奈なにやってんだよ!」
 狼狽するハルを無視して、私はひたすらハルの胸に顔を埋めた
「ハル! ……ハルぅ!」
「杏奈、顔をあげて?」
 ハルのいつになく優しい声に思わず顔をあげる
「ごめん、杏奈……。 俺はお前に……」
「やだ!」
 私はハルの言葉を遮って叫んだ
 分かってた、ハルの言わんとしていることを
 でも、私は現実から目を背けたかったんだ
 やっぱり、私はハルがいなきゃ、だめなんだ
「杏奈!!」
 ハルの強い声
 私は体をビクつかせて、でもハルのことを直視出来ずにいた
 ハルは、私の顔を掴んで無理やりハルの方を向かせた
 ……ハルの顔は、思いがけずとても優しいものだった
「杏奈、ごめん。 ……こうやって置いていくようなカタチになって」
「……」
 私は、返事をしない
 返事をしたら、そのままハルが輝きを失った星屑みたいに何処かへ去っていってしまいそうだったから
 それでもハルは言葉の続きを紡いだ
「その指輪、……まだ持っていてくれたんだな」
 私は、ハッとして手元を見た
 そこに握られているのはハルがくれた指輪
「だって、ハルがくれたものだから」
 掠れる声で、ようやく返事をする
 ハルは、私の返事を聞いて満足げに笑った
「その指輪は、俺たちをこうして繋いでくれる指輪なんだ」
「……知ってたの?」
 私が聞くと、ハルは照れくさそうに笑った
「普段はこういう売り文句? っつーの? ……信じないタチなんだけどな」
「ふふ、そうだったね」
「ああ。 でも、杏奈の前じゃ俺は普通でいられなかった。 むしろ、こういう迷信すら信じてみたい、とすら思っちまってた。 お前とずっといられるならって、さ」
 ハルは切なげに笑った
 その笑顔は、自分の散り際を心得ている花のように気高く、儚いものだった
「杏奈。 お前に伝えたいことがあるんだ」
 でも、その笑みは瞬時に消えて、真剣な表情になる
「……うん」
 私は、もう抗うことはしなかった
 ハルと私はこうして別れてしまっても、心だけは繋がってるって分かったから
「俺以外の男と、幸せになれよ。 お前を泣かせるような奴と一緒になるなよ! いいか?」
 ハルは、そう言ってから光の粒子となって消えてしまった
 温もりだけを残して
 私がぼんやりと感傷に浸っていると、
 プル、プルルル……
 突然、電話の無機質な着信音が鳴り響く
 私は、涙を拭い、震える声を抑えて電話にでた
「はい、もしもし……」
「あ、三宅さんですか? 昨日の刑事の真中ですけれど」
「あ、……なにか、あったんですか?」
「はい。 遺体のコートのポケットに指輪が入っていまして」
 私は、刑事の言葉に耳を疑った
「指輪、ですか?」
「はい。 心当たりはありますか?」
「い、今からそちらに伺います!」
 私は電話を切って、警察署に向かった

「あの!」
「ああ、三宅さん! どうぞ、こちらへ」
 私は、ハルの遺体が安置されているという部屋に案内された
「こちらが、その指輪です」
 透明なチャックつきの袋に入っている、青い指輪ケース
 それを袋から取り出し、指輪ケースを開けた
 すると、そこには
「ダイヤ……?」
 そこには、小さな、けれど何よりも強く輝くダイヤの指輪が収まっていた
 そして指輪の輪の部分に、丸められた紙が
「なに、これ」
 震える手で、その小さな紙を開いてみる
「……手紙。 しかも、ハルの字だ」


 ――杏奈へ
 杏奈、今まで生きていた中で俺が一番幸せだったことはなんだと思う?
 それは、お前に出会えたことだよ
 そして、お前を愛せたこと
 俺は、いつでも素直になれなくて、周囲の人間を突っぱねてしまう人間だった
 そのせいで、周りの人間は俺から離れていった
 でも、杏奈だけは違った
 いつも明るく眩しい笑顔で俺のそばにいてくれた
 最初は、なんだ? ヘンな奴。 って思ってた けど、次第にお前に惹かれたいったんだよ
 これからも、俺のそばにいてくれないか?
 絶対、絶対に泣かせないから
 幸せにする、約束するよ
 愛してる
 ――ハルより

「嘘吐き……! 泣かせないなんて言って、散々泣かせてるじゃない!」
 もう泣かないと心に決めたはずなのに、また泣いてる
「ハルはずるいよ……! 自分は言いたいことだけ言って! 置いてかれた私の気持ちはどうすればいいの?」
 ハルが、申し訳なさそうに、ごめん。 と言った気がした
「……許さない! 待ってなさい! すぐ追いついてやる! よぼよぼのお婆ちゃんになって、ハルの分まで生きてあげるんだから!! ……そうしたら、またハルに会えるよね?」
 ハルからもらったダイヤの指輪が、私の問いかけに答えるように強く輝いた


 (終わり)

2013/06/15(Sat)23:13:02 公開 / しのん
■この作品の著作権はしのんさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ありきたりです
申し訳ないです
でも、こういうありきたりな話を書きたいと思うことってあるでしょう?
私はいつもそんなかんじです
めちゃくちゃ短いラブストーリーです
でも、それを書くにもすぐにネタ切れを起こしてしまうのが私です
楽しんでいただければ、私はそれで幸いなのです

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。