『ネコさんとクマさん(修正版)』 ... ジャンル:童話 未分類
作者:江保場狂壱                

     あらすじ・作品紹介
 ある日ネコさんが寝込んでいるところを、クマさんが見つけました。クマさんには他言できない秘密があったのです。

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 あるところにネコさんが木の根っこの近くで寝込んでいました。ネコさんは芸者で三味線を弾いておりましたが、年寄りなのでからだがいうことをききませんでした。
 その日も若い者たちに三味線を教え、その帰りに頭がくらくらとなって今の状態になったのです。あたりはすっかり暗くなっており、遠くでは家の明かりがぽつらぽつらと灯っていました。
 そこに隈取をしたクマさんがやってきました。クマさんは猫車を押していました。クマさんの家は物陰になっている暗がりの森にありました。クマさんは自分のことを話したがらないのですが、隈取をしているので歌舞伎をしていたのではないかともっぱらの噂でした。
「ネコさん、ネコさん。あんた、こんなところで寝込んでいるが、そんなところで寝ていたら風邪をひいてしまうぜ」
「ああ、クマさんかい。あたしだって好きで寝込んでいるわけじゃないよ。頭がくらくらしてしょうがないのさ」
「そうなのかい。それならあっしがあんたを運んでやろう。ちょうど猫車もあることだし、家に早く帰ったってやることはないからねぇ」
 そういってクマさんはネコさんを猫車に乗せました。そしてネコさんの家に着きました。

 クマさんはネコさんを家の中に運び、布団を敷きました。そして猫火鉢を持ってきて布団の中に入れました。クマさんは家の中を見回しましたがろくな家具はありませんでした。
 唯一目立つのは猫掻きの陶磁器くらいでした。庭のほうも猫の額のような広さでした。
「ネコさんや。あんたは身寄りがいないのかね?」
「いないよ。あたしゃ猫の子をもらうようにもらわれたのさ。それで義理の親から三味線を習ったよ。気に入られるために猫を被ったものさ」
 それっきりネコさんは口を閉じた。おそらくネコさんは義理の親から厳しく三味線を仕込まれたのだろうと、クマさんはそう判断した。間が開いたのでクマさんは自分の話を始めた。
「あっしも親はおりやせん。捨てられました。ただあっしは体がこんなもんでね、ネコを被っても周りからは嫌われ、むやみやたらと喧嘩を売られたもんでさぁ。そこを歌舞伎の座長に拾われたんだよ。それで芸を叩き込まれてね、たくさん舞台に上がったものさ。もっとも謡曲も得意ですよ。熊野(ゆや)松風(まつかぜ)は米の飯ってね」
「その隈取がその名残かね?」
「まあね。喧嘩……が、もとで追い出されちまった。いまじゃあこんなへんぴな村に流れて一人暮らしさ。歌舞伎時代が忘れられなくてね。隈取がかかせなくなっちまった」
 それっきりクマさんは口を利かなかった。ネコさんもそれっきり聞かなかった。そしてクマさんは台所を見たが寝粉しかなく、仕方なく自分の供米(くまい)で粥を作って帰って行った。ネコさんは猫舌なので冷ましてから食べた。

 クマさんは自分の家に帰った。隈笹に囲まれた小さな家でした。熊樫(くまかし)に熊啄木鳥(くまげら)が突いていました。クマさんは猫車を納屋にしまうと家に入りました。部屋は真っ暗でクマさんはろうそくに火をつけました。
「やあ」
 明るくなった家の中には獅子がちゃぶ台の上に座っていました。獅子は牡丹の柄の着物を着ていました。クマさんは獅子を見て慌てふためきました。よく見ると家の中は荒らされていました。おそらく獅子が家中隈なく荒らしたのでしょう。
「クマさん、久しぶりだねぇ。お前さんがうちの一座を逃げ出して以来、客足はぱったりだ。おかげでうちはつぶれてしまった。この落とし前はどうつけてくれるのかね?」
 穏やかな口調だが、獅子吼だ。クマさんは冷や汗をかいている。
「盗人でいつも一座を立ち見していたお前さんを先代のトラの座長が手塩をかけて育ててきた。それをお前さんは座長の娘を連れて逃げ出した。座長の恩をあだで返したということだ。結局熊坂心は捨てられなかったというわけだな」
 クマさんは何も言えなかった。クマさんが後ろに下がると家の周りには獅子の部下であろうキツネたちが匕首をちらちらと見せていた。もうクマさんには隠れる場所がない。隈なしというわけだ。
「それにお前は座長、虎の威を借りていたな。そのおかげで私はお前をどうにもできなかった。しかしお前さんがお嬢さんを連れ去って以来、花形を失ったうちはみるみる人気を失い、座長も病に倒れ死んでしまった。お前さんは座を潰し、座長を殺したのだ。この落とし前はどうつけるのかね」
 クマさんは汗をだらだらとかいている。
「おうおう、お嬢さんをどこにやったんだ!! さっさとげろしちまいな!!」
 キツネたちが叫ぶ。彼らは虎の威ではなく、獅子の威を借るキツネである。獅子の分け前を得るものたちであった。
「……お嬢様は死んだよ」
 クマさんはぽつりとつぶやいた。それを聞いた獅子は絶句した。
「流行病だ。ぽっくりと呆気なく逝ってしまったよ」
 そういってクマさんは指を上に刺した。そこには虎の皮が飾られていた。お嬢様の皮である。虎は死して皮を留めたのだ。
 獅子は吼えた。長年探し求めた仇に出会えたが、お嬢様はすでにこの世のものではないと知り、絶望に落とされた。文字通り虎の尾を踏んだのである。獅子はキツネたちに命じた。

 ネコさんは朝方元気になったのでクマさんにお礼を言いに家に向かいました。すると家の周りが荒らされており、はてな、何事かと家の中に入りました。
 するとクマさんの身体には匕首が何本も突き刺さっており、クマさん自身も血の海に沈んでおりました。
 ネコさんはあわててクマさんに駆け寄りました。クマさんはまだ生きておりました。
「……ネコさん、あたしゃ、座長のお嬢さんを連れて逃げました。実はお嬢さんは虎じゃなく、彪(ひょう)でした。座長はお嬢さんが他の子供を食い殺すのを恐れ、あっしに虎の子渡しで預けたんです。
 あっしを刺したのは兄貴分の獅子です。兄貴はお嬢さんにほの字でした。獅子神楽を得意でした。ですが自信過剰で同じ一座で狐火、焼酎火を扱うキツネたちを引き連れて酒を飲み歩いており、乱暴狼藉を働き、いつも座長を悩ませていました。兄貴はお嬢さんがあっしに連れ去られて荒れました。みるみる一座はすたれてしまい、座長はそれに悩まされて病で死んだと座の小間使いからの手紙で知りました。
 お嬢さんはあっしが殺しました。お嬢さんは自分の兄弟を食い殺さずにはいられなかったのです。あっしは匕首でお嬢さんの腹を突き刺しました。そして皮はあの通り残しておきました」
 クマさんは口から血を噴きだしました。もうしゃべるのが限界なのでしょう。
「お願いでございます。ネコさん、あっしの皮を残していただけませんか。この手でお嬢さんに手をかけたあっしですが、やっぱりお嬢さんに惚れておりやした。この世で一緒になれないなら、せめて皮だけでも一緒になりたいのです。お願いいたしやす……」
 そういってクマさんは息絶えた。
 その後クマさんの遺言通り皮をはぎ、残してやった。そしてクマさんの葬式をやった。
 ネコさんがクマさんの家の庭から壺を見つけた。中には数枚の小判が隠されていた。ネコさんはあわてて壺を砂にかけて隠した。ネコさんはこの金を猫婆した。もっともネコさんは小判など興味がない。あくまでクマさんの墓を建て、お経を読んでもらうためである。

 ネコさんは獅子を探した。ネコさんはクマさんの恩を返すためである。自分が殺されたわけではないが、クマも殺せば七代祟るのである。
 クマさんが歌舞伎に関わっていたから、獅子も舞台にあがっていると踏み、聞き込みをしながら獅子を探した。獅子たちは小料理屋で酒盛りをしていた。キツネたちに狐蕎麦と狐飯を振舞っていた。そして狐拳で遊んでいる。
やっと探し当てたネコさんは猫八になった。ネコさんは三味線も得意だが犬や鶏の鳴き声もうまかった。そして獅子たちの油断を誘った。文字通り猫を被ったのである。
 そして酒を飲んでべろべろに酔った獅子の寝込みを襲った。そして朝になって手下のキツネたちが様子を見に来ると息絶えた獅子が寝転がっていた。キツネたちは狐につままれる思いだったが、兎死すれば狐これ悲しむであり、獅子の死を嘆いた。そして獅子の遺体を担いでいった。あとに残るはネコさんだけであった。
ネコさんは昔泥棒猫であった。滅多に鳴かないのでネズミをよく取り、盗みもした。そこに山猫ストをした義理の親に引き取られた。ネコさんは義理の親から三味線だけでなく、殺しの手解きを教えられたのである。
 上手の猫が爪を隠すというわけだ。

 ネコさんは若い娘たちに三味線を教えている。その天井には彪の皮とクマさんの皮は一緒に飾られていた。

 終わり

2013/01/21(Mon)16:06:57 公開 / 江保場狂壱
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■作者からのメッセージ
新年あけましておめでとうございます。
新年最初の作品は言葉遊び的童話を書いてみました。
童話を書いたことはないので初挑戦です。

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