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『夢の担い手』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:浅田明守
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あらすじ・作品紹介
夢を作る神様だって大変なんです
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大晦日の夜。
神々が住まう地で、一人の男がパソコンに向かいながら頭を抱え込んでいた。
「おう、モルさん。今年ももうすぐ終わりだねぇ」
「あぁ、終わりだよ。だからこうして頭を抱えてるんじゃないか」
気安く声をかけてきた男に、モルと呼ばれた男はイライラしながら応える。
モルは夢を作り、人に届けることを生業としている男だった。即ち、この大晦日の夜が彼にとって一番の踏ん張りどころなのである。
「なんだい、まだ終わってなかったのかい」
「ポベーとパンタのやつに邪魔されたんだよ。やれこいつは悪いやつだから悪夢にしてしまえだの、こいつは生真面目だから非現実的な夢を見せたら面白そうだの。この年の瀬にせっせこと仕事をしているのなんてきっと僕一人だろうさ」
ははは、と乾いた笑いを洩らしながらモルは再びパソコンに向き合う。今日中(と言ってもあと数時間ほどしかないが)に最低でも1億は夢を作って、初夢を楽しみにしている人々に届けなければならない。大変なのは当たり前のことだし、年末に慌ただしくなるのも毎年恒例ではあるが、今年は例年に輪をかけて悲惨な状況下にあった。
なにせ、まだ半分程度しか夢を作れていないのだから。
「まぁあれだな。お前もご苦労なことだ」
「同情するならネタをくれ。ネタがないなら話しかけるな」
心配して同情する男を、モルはにべもなく追い返す。そしてパソコンに向き合い無心で夢を生産していく。
モルは非常に焦っていた。
ただでさえ毎年初夢が見られなかったという苦情が何件も寄せられて傷心気味だったところに、上司から「規定数以上の夢を配れなければクビにした上で排泄物担当にしてやる」と脅されていたのだ。
いくら時代が代わり、パソコンで簡単に夢を生産・管理できるようになったとはいえ、億単位の夢を作るのは決して容易なことではない。それでも頑張ってこれまでやってきた。
にもかかわらず、誰も自分の大変さを理解してくれない。それどころか、毎年のように仲間からは「仕事が遅い」だの「容量が悪い」だのと嘲笑われて、上司からはねちねちと嫌味を言われ、人間からは「夢が見られなかった」と苦情が寄せられる。
唯一自分の苦しみを理解できるはずの兄弟たちは、方やイタズラ盛りで悪夢ばかりを好んで量産しようとするし、方や掴みどころがなくて何を考えているのかわからないし、正直二人とも苦しみを分かち合うどころか二人とも邪魔にしかならない。
モルの心はもはや限界ギリギリの状態にあった。そこにきて上司のあの一言である。もはや彼の心は耐えきれなくなっていた。
そしてついに、彼はスランプに陥ってしまった。年末の、一年のうちで最も忙しいこの時期にである。
書こうと思えば思うほど書けなくなる。「お前なら出来る」「頑張れ」なんて言葉の一つ一つが重圧になってのしかかる。
あぁ、もう無理だ。俺には出来ないんだ。
モルはそんな弱気なセリフを何度も漏らしていた。しかし、そんな彼に対して周りの者は「頑張」「お前なら出来る」「弱音を吐くな」なんて、毒にも薬にもならない言葉をかけるばかりで、誰も彼の苦悩を理解しようとはしなかった。
だから、彼もつい魔が差してしまったのだ。
それはモルがネタ探しがてらに少し息抜きをしようとネットサーフィンをしていた時のことだ。
「……登竜門?」
モルが偶然見つけたサイト。それは所謂投稿掲示板というものだった。全国各地の物書き見習い、あるいは趣味で小説を書いてはいるものの見せる相手がいないなー、的な人間たちが集まり、お互いの作品を公表し、批評し合う場だ。
モルもそういった場が存在することは知っていた。しかしこれまであえてそれを見てみようとは思わなかった。仕事で“物語”を作っている彼としては、息抜きをしている時まで“物語”を見たくはない。それに所詮は人間が書いたお遊びの“物語”だ。見たとしても参考にもならない。そんな風に考えていたのである。
だが、実際にそこに投稿されていた“物語”を読んだモルは驚いた。そこに投稿されていた“物語”はモルが作ったものに勝るとも劣らないものばかりだったのだ。
スランプにハマり、ノルマの半分も達成できていない現状。そして目の前にある自分が書いたものと比べても遜色がない“物語”の数々。
「ばれない、よな……」
彼がまっとうな精神状態であったならば、己のプライドにかけてそのような事は絶対にしなかったはずだ。周りにいる誰か一人でも彼の苦労を理解してやれば彼だってこんなことをやろうとは思わなかったはずだ。
だが、上司に脅され、同僚に馬鹿にされ、人間にすら苦情を言われ、彼の精神はもはやズタボロだった。
「これをそのまま、夢に使ってしまえばいい……」
モルは近くに同僚の神がいないかを素早く確認。そしてその投稿板にあった作品をろくに内容を見ることなくすべて取り込み、細部を少しずつ変えたものを量産し、あっという間におよそ3億人分の初夢を作りあげたのだ。
「おっ、兄弟。なんだもう仕事を片付けちまったかい? せっかく人が手伝ってやろうと思ったのに」
「いつも一人でやらせてしまってすまないな。呼んでくれれば手伝ったものを」
モルがすべての夢を送り終えた直後、彼の弟達がやってくる。
「ちょうど今しがたヒュプノス母さんとオネイロス父さんに夢を送ったところだよ。お前たちはどうしていつも仕事が終わってからくるんだ。いつも一人でやる羽目になる僕の気持ちを少しは考えてくれ」
「はっはっはっ、悪夢ばっかでいいならいくらでも手伝うぜ―」
「私の“物語”は常人には理解できないからな」
モルはさっきの作業をこの二人に見られてはいないかとひやひやしながら他愛のない話を続ける。
大丈夫だ、誰にも見られていないはずだ。そう何度も心に言い聞かせて自分を沈めていた。
何にせよ、これで今年もなんとか切り抜けられたんだ。どうせ上の人間は僕がどんな“物語”を作ったのかなんて見ようともしないはずだし、仮に見られたとしてもあれならきっとばれやしない。
そう考えてモルは気持ちを切り替えることにした。
仕事も終えたことだし、たまには弟達と一緒に一杯飲みに行くのも悪くない。
そんなことを考えながらモルは兄弟二人を引き連れて、飲めや歌えやの大騒ぎをしている神々の一団へと混ざっていった。
しかし、彼は知らなかった。彼が見た投稿板の中に“ろくでもないオチ”を好むろくでもない物書きが紛れこんでいることを。
その晩、およそ1千万もの人間が“ろくでもないオチ”の初夢にうなされる事実を彼はまだ、知らない……
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2013/01/01(Tue)21:40:12 公開 / 浅田明守
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■作者からのメッセージ
登竜門の皆様方、明けましておめでとうございます。
テンプレ物書きこと浅田です。生きてます!
就活やらゼミの研究やらで今年は死にかけていたせいでこちらにもなかなか顔を出すことが出来ずにいました。
とりあえず生存報告と新年のあいさつがてらに一作投稿してみましたがいかがでしょうか? まあ正直思い付きで書いた駄作なんですがww
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。