『『タイトル未定』 ―世界は、廻る―』 ... ジャンル:異世界 ファンタジー
作者:神夜                

     あらすじ・作品紹介
プロローグ的なモノ。

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 それは、
 遠い、遠い、昔の、話。

 それは、
 何時か、何処かでの、遠い、昔の、話。

 それは、
 この世界に『絶望』を齎す少女と、この世界を統べる龍の、話。

     *

 物心突いた時にはもう、少女は既に『魔女』だった。
 誰がどうしてそう言ったのかは判らない。判らないが、それでも少女は『魔女』だった。
 少女に自覚は無く。村人に訊いたところで確たる理由を知る者もおらず。それでも少女は『魔女』だった。
 ヒトの悲鳴を好み、ヒトの生血を啜り、ヒトのココロを破壊し、ヒトの四肢を弄ぶ。少女はそのような『魔女』であった。だけど少女にその自覚は無く、少女を『魔女』と呼ぶ村人もまた、その理由を知らない。誰か少女がヒトの悲鳴を聞いて笑っているところを見たことがあるのか? 否。誰か少女がヒトの生血を啜っているところを見たことがあるのか? 否。誰か少女がヒトのココロを破壊したところを見たことがあるのか? 否。誰か少女がヒトの四肢を弄んでいるところを見たことがあるのか? 否。否。否。否。否。――否。
 それでも少女は『魔女』であり、それでも村人は少女を『魔女』だと言った。
 少女に対して、人の手が触れることは無かった。人が手を触れることを、禁忌としていた。だから、少女に触れるモノは決まって、無機質なモノであった。石が多かった。悪意の篭った石を、村人が、特に子供たちが進んで少女に投げた。悪意の篭った言葉を吐き、悪意を石に乗せ、子供たちは少女に向かって石を投げた。
 少女は傷を負う。少女は血を流す。少女は『魔女』なのに、傷を負い、血を流す。
 攻撃される意味が判らず。どうして『魔女』と呼ばれるのかも知らず。少女はただ、逃げ惑う。
 村には掟があった。決して、『魔女』を死なせてはならないという、掟があった。
 『魔女』を死なせば災いが降り掛かると言われていた。誰が言ったのかも判らない。判らないが、それでも『魔女』を死なせば災いが降り掛かると言われていた。だから誰も『魔女』を殺さない。殺さないが、忌み嫌う。だから石を投げる。近づくな、と。消えてしまえ、と。出て行け、と。『魔女』のくせに、と。
 それでも村人は、少女に対して食事は与えていた。死なないように、食事を与えていた。泥のついたモノを地面に投げ捨て、腐ったモノを家畜同然に与えるように。少女はそのようなものしか食べたことがない。それでも少女は生きていた。言葉を教える者が居ないが故に言葉を話すことが出来ず。会話する者が居ないが故に自分が何者かも知らず。しかし、愛を知らないのに悪意は判る。だから少女は、『魔女』だった。
 少女に家は無く。たけど少女には、家族が居た。
 薄汚れた犬だった。何処かから村に迷い込んだ、薄汚れた一匹の大きな犬。
 犬は少女によく懐いていた。投げ捨てられた食事を一緒に食べ、森の麓の大きな樹の下で身を寄せ合って眠る。少女に「家族」という概念は無く。それでもその犬は、少女の家族だった。薄汚れた少女と、薄汚れた犬。『魔女』と、その『使い魔』。少女にとって、それは触れられる唯一の、温もりであった。
 時は過ぎる。世界は廻る。
 村には掟があった。魔女を死なせてはならないという、掟があった。
 村人は掟を守っていた。少女を死なせてはおらず、殺してもいなかった。
 だけど。世界は廻る。廻る。廻る。廻る。
 少女の家族が死んだ。正確には、少女の家族は殺された。
 意図は不明。どうしてそうしたのかは、誰にもきっと判らない。自らの空腹を満たすためだったのかもしれない。お腹を空かした少女のためだったのかもしれない。犬は村人の食料に手をつけたことによって、殺された。犬は殺された。少女と一緒に居たこともまた、殺されることになった大きな理由だったのかもしれない。
 少女は泣いた。「死」という概念は少女に無く。それでも少女は泣いた。
 冷たくなったその亡骸を抱き。流れ出る血を身体で止め。少女は灰色の空に向かって、ただ、泣いた。
 世界は廻る。廻る。廻る。廻る。廻る。世界は、廻る。
 村に疫病が流行った。罹った者は皆、死んだ。
 『魔女』の呪いだと、誰もが言った。『魔女』を殺せと、誰かが言った。
 しかし『魔女』を殺せば、更なる災いが降り注ぐことになる。
 それでも村人は治まらず。それでも原因は『魔女』でしか無く。
 選択。『魔女』は殺せない。しかし『魔女』を生かしておいてはならない。
 故に、人柱。
 古くから、その世界には神話の龍が居た。厄災を司る、神話の龍が居た。
 世界を統べる、龍が居た。
 その龍に、生贄を捧げることで、世界は廻っていた。
 少女は生贄となった。村の疫病を止めるための、生贄と、少女はなった。
 家族が死して以来、少女はもう、ただの抜け殻だった。その抜け殻のような少女を監禁し、布袋に押し込め、村人は遠く離れた地の、龍の祭壇へと向かった。山を三つ越え。龍の祭壇へと向かった。龍の祭壇に少女を捧げ、村人は逃げ帰る。そこにはもう、横たわって動かない少女しか居ない。手足を縛られ、投げ出された少女しか、そこには居ない。
 やがて夜が来る。世界の終焉とも呼べる夜が来る。
 そして、生贄を喰らいに、神話の中の龍が来る。
 世界を統べる、龍が、来る。


 龍は、ヒトによく似たカタチをしていた。
 ヒトによく似たカタチで、しかしヒトには無い巨大な翼と尻尾を生やして、龍はそこに居た。厄災を司る存在。そこには善悪も、そして区別すらも無く。ただ気の向くまま。ただ思うがまま。統べてを司る。生も死も、世界の存在すらもたったの一存で決定する。それは揺るがない。揺るがせない。それは、龍神であるが故の、至極当たり前の、決定権。否。ただ単純な、世界に対する支配権。
 龍は嗤った。
 口を裂かして龍は嗤った。
「――捨てられたか、ニンゲン」
 少女は何も言わない。少女は何も喋れない。そして少女は、何も持っていない。
 家族を失った少女はもう、ただの抜け殻に成り果てていた。すべてを受け入れるかのように、少女はもう、ただの、抜け殻になってしまっていた。『魔女』と呼ばれた少女にはもう、何も、残っていなかった。失った。失ってしまった。少女に「死」という概念は無く。しかしそれでも、失ってしまったことだけはどうしてか判っていて。もう二度と動かないことも知っていて。もう二度と、逢えはしないということも、理解出来ていて。
 龍はまた嗤った。肩を揺らして龍は嗤った。
「ニンゲンにしては良い臭いだ。深く暗く曇りの無い、闇の臭い。我が喰らうには惜しい程」
 龍の手が少しだけ動く。指先が横たわる少女へ向けられた一瞬、何の前触れも無く、少女の手足を拘束していた縄が燃え上がった。それは綺麗に縄だけを燃やし、少女の身体には一切の痕を残さなかった。
「……失せよ。愚者共のために貴様を喰らう理由が我には無い。何処へでも消えるがいい。ここより西に進めば違う村も見えて来こよう。そこで愚者に囚われず、過去を捨て、愚かしくも醜く生き延びよ。その胸に巣食う闇が、やがて貴様を覆い尽くして熟す、その時まで」
 龍は翼を羽ばたかせる。地に着いていた足が僅かに浮き上がったその時、横たわっていた少女が微かに動く。
 ふらふらの身体を反転させ、抜け殻の虚ろな瞳が、真っ直ぐに龍を視る。
 その瞬間に、すべての事象が繋がり合う。
 虚ろな瞳の奥に確かに渦巻く、その、混沌。
 龍の足が再びに地に着く。龍は、真っ直ぐに少女を見据える。
「……そうか。貴様がそうか。貴様が、――『絶望』か」
 ニンゲンが宿す負の感情の権化。いつか現れると予見されていた存在。
 事象が結論を運ぶ。
 龍は嗤う。高らかに龍は嗤う。
「貴様はニンゲンにこう呼ばれたことだろう。――『魔女』、と。ひはッ。『魔女』? 『魔女』だとッ!? ひはッ、ひはははははッ! 愚かなるニンゲン共は、このモノが『魔女』如きであると信じて止まない。ひはははははッ。……貴様は、そのような生温いモノでは断じてない。貴様は、貴様の中にあるそれは、純粋なる、――『絶望』だ。この世界を包み、この世界を飲み込み、この世界を最後の一滴まで喰らい尽くす、ただの、『絶望』だ。そしてそれだけでは留まらん。貴様は――……
 ……――しかし、だからこそ。
 ――迫害されし異形のモノよ。貴様に選択を与えよう」
 龍の翼が左右に開かれる。
「ここで死に、世界を滅ぼすか。
 ここで生き、世界を救うか。
 ――貴様が決めろ。貴様には、その権利がある」
 世界の選択。ここにこのモノを連れて来たのは偶然か、必然か。だがそれがどうであれ。これはもはや、少女の問題。愚者がここへこの少女を連れて来たことによって開かれた、新たな可能性。世界を滅ぼすか、世界を救うか。たったの、二択。すべての結論はそう、『絶望』の少女へと託された。龍は反対しない。それが如何なる選択であろうとも、龍は反対しない。それは、少女に与えられた、唯一無二の権利であるのだから。
 世界は、廻る。
 少女は何も言わない。少女は何も喋れない。そして少女は、――『何も』、持っていない。
 ひはッ。ひはははははッ。ひははははははははははははははははははははははッ。
 龍は嗤う。
 口を裂かして龍は嗤う。
「愉快ッ、実に愉快だ『絶望』の申子よッ! よかろうッ! ここよりあるのは世界の選択だッ! 貴様が死んでこの世界が滅ぶか! 貴様が生きてこの世界が救われるか! 選択するのは貴様だッ! 答えを持ち合わせていないのなら良いだろう! 時間は無限に存在するッ! 悠久の時をくれてやるッ!! 答えを見つけろ『絶望』ッ!! その時までこの世界の貴様の命は我が預かるッ!! ひはッ!! ひはははははッ!! ひははははははははははははははははははははははッッッ!!」

 世界は廻る。廻る。廻る。廻る。廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る廻る。――世界は、廻る。

     *

 それは、
 遠い、遠い、昔の、話。

 それは、
 何時か、何処かでの、遠い、昔の、話。

 それは、
 この世界に『絶望』を齎す少女と、この世界を統べる龍の、話。
 
 
 
 
 

2012/12/27(Thu)14:55:36 公開 / 神夜
■この作品の著作権は神夜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶり、いつも読んでくれている方は毎度どうも、「また中途半端なもん持ってきたのかよお前」でお馴染みの神夜です。
最近いろんな懐かしの顔の方々が投稿しておりますね。だからこそ「乗るしかない、このビックウエーブに」と誘われた訳ですが、持ちネタが何にも無い。本当に何も無い。虫食いで書いた短編は五つほどあるのだけれども、すべて途中で力尽きた状況。知っての通り、途中で力尽きるともう二度と書くことが出来ない、別名として「カフェオレ病」であったり「ハサミムシ症候群」であったり呼び名は幾つかありますが、絶賛その状態でどうしようもない。
そこで何か無いか、と思っていたら、ずっと昔から密かに温め続けていたプロローグ的なモノを発見した。むしろプロローグだけものすっごい真剣に書いたはいいけど、その後の展開が遂にまとまらなかった物語である。
本当はこれ、掲示板の方に載せて「誰か続きの展開考えてくれ。それを軸に小説書く」っていう企画的なものを考えていたのですが、そんな主催能力は自分には無い訳で。だとすればとりあえず現状でそーっと投稿して、誰かが「こういうのは?」っていうのに「ピコーン」て感じで閃けばいいな、とかそんな他力本願な感じで――半分本気で半分嘘です。実際は三十枚くらいは続き書いてある。書いてあるけど違う小説のアイディアを無理矢理捻じ込んでるから多少の違和感がある。だからそれを投稿する前に本当に「ピコーン」したらそっち方面で全面的に書き直そう、と。
しかしそういうのはとりあえず置いておいて、誰か一人でも「おお、面白そうな出だしじゃん」とか思ってくれたらそれだけで満足と思いながら、神夜でした。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
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