『HOLLYWOOD JOB』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:TAKE                

     あらすじ・作品紹介
連載しようかと思います。

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 ハリウッド。

 言わずと知れた映画の都であり、その場所に携わる業界を指す名詞だ。どこまでも華々しく、現実味の薄い世界。誰もがリアルとフィクションの中間に存在している。
 世の中には、知っている事よりも知らない事の方が多いものだ。知る必要が無いものもあれば、知ってはいけないものもある。

 この話をどちらに捉えるかは読者次第だ。


 ある俳優がいた。
 ポール・スチュアート、現在二八歳。初出演映画「Be happy」で若手弁護士役を演じ、いきなりアカデミー賞助演男優賞を獲得。その後「サディスティック」で主役の狂気に満ちたダークヒーローを好演。三本目は再び助演だが、「ゲイリー・トンプソンの繰り返される休日」で主人公の息子であるクールな青年、テディを演じ女性ファンが急増。今では1800万ドルの年俸をせしめるという、華々しい経歴を持つ。

 カート・クレイグは有名ゴシップ誌に記事を売って生計を立てるパパラッチだ。彼の手からは一年を通して、主にハリウッド俳優のスキャンダルが多数世に晒される。結婚、離婚、浮気、盗難被害、性癖、麻薬、ギャラの吊り上げetc……言うなればセレブの敵だ。
 二月某日、カートの目の前にはキャップを目深に被ったポールが居た。とあるレストランでの夜の事だ。
 ハリウッド俳優とパパラッチがサシで向かい合い、食事をしている。両者の素性を知ればかなり奇異に映る光景だ。
「さて」カートが切り出した。「確か次の撮影は五月からだったな」
「ああ」ポールは言った。「仕事は?」
「これだ」ポールに一冊のファイルを差し出した。
 彼は中身を確認した。二人の女性の写真と、彼女達の現在の行動記録が記された書類だ。一人はポールと同じ舞台で活躍する女優のエヴァ・マッケンジー、もう一人はベテラン歌手ジョージ・ニコルの美しい愛娘、カレン・ニコル。
 カートは食後のコーヒーに口を付けた。「二人共既にアポを取って、台本を渡してある。君のこれからの行動はこうだ。まず前作で共演したエヴァと恋仲に。二ヶ月の交際の後、パーティの席で知り合ったカレンと怪しい関係になる。単純だろ?」
「撮影ポイントは?」ポールはファイルの続きをパラパラと捲りながら言う。
「いつも通り、君の行動に沿ってその都度伝える」
「OK」ポールはファイルを閉じた。

 近頃顔の売れた一部のセレブがひそかに関心を寄せる副業がある。ゴシップ誌を持つ大手企業と契約を交わし、自身の演技によるプライベートを提供するというものだ。それに伴い、情報を提供する事で実力が認められた常連パパラッチは、著作権を企業へ譲渡する代わりに契約しているセレブにアポを取り、スクープを演じさせた様子を撮影する事で、専門エージェントを介さず記事を提供出来る。つまり折半する必要が無く、やろうと思えばいくらでもデカい事件を撮れるって事だ。俳優は演技を磨けるし、場合によっては3日間拘置所に入ったと情報を流し、その実自宅でくつろいでいるだけで、主演映画一作分の報酬が受け取れる。パパラッチも企業に身を守られながら、多額の取材料を受け取れる。互いの利点を活かしたオイシイ仕事だ。
 パパラッチ側はエージェントと契約を切り、こちらの仕事に専念する場合が多いが、カートはあくまでこれを副業としていた。倍額貰える楽な取材を一件行う間に、普段の取材を四件行って堅実に折半。それが彼なりの賢いやり方だ。

「いつからだ?」とポール。
「明後日の、午後九時からだ」
「ロバートソン通り?」
「他のパパラッチが多過ぎるから駄目だと、前も言ったじゃないか」
「冗談だよ」
「ジョークが下手だな」カートはコーヒーを飲み終えた。「詳しくは台本を」
「了解」

 二日後の夜九時、サンセット・ブルーバード。
 日本料理店“舞―MAI―”にて、隅のテーブルにカートが独りで座っている。2つテーブルを挟んだ先に、ポール・スチュアートとエヴァ・マッケンジー。
 彼らが最後に顔を合わせたのは二週間前にあった、共演した映画の公開記念パーティ。そこで連絡先を交換し、この日食事する約束を取り付けていたという設定だ。
 平日で夕食の時間も過ぎているとあって、店内は空いている。カートはジャケットの内ポケットからボールペンを取り出した。USBメモリーが内蔵されており、シャッター音も出ないデジタルカメラになっている。今の時代007のドーク博士に頼まなくとも、この手の代物は通販で手に入る。二人は彼が居る事が分かっているが、店の人間と他の客に気付かれたら台無しだ。テーブルにペンを立てた状態で、二人にレンズを向ける。
〈ポール、エヴァの髪を触ってくれ〉耳に付けたイヤ―ピース型のヘッドセットを使って三人で複数通話しており、カートは指示を呟く。ポールは右手に持った箸を皿に置き、指示通りの行動を取った。ペンの側面に付いているボタンを押してシャッターを切る。
「いつもの事なんだけど、これ付けて食事をすると変な感じ」自分の耳に触れてエヴァが言う。「相手が食べてる音が耳元で聞こえるんだもの。倍の量を食べた気分になるわ」
「ダイエットに応用出来そうだな」とポール。
「私太ってる?」エヴァは脇腹に手を当てた。
「いや、全然。素敵だ」カートは言った。
〈勿論、僕だってそう思ってる〉ポールは笑った。
 二人にはその後しばらく自由に談笑してもらい、カートはペンのシャッターを切り続ける。
「――あの撮影ではプリマコードって爆薬が敷き詰められたシートの上を走ったんだ。生きた心地がしなかったね」
 ポールが前作での特撮をエヴァに語っているところで、カートが指示を出した。
〈そろそろ店を出ようか。ポールの自宅へ行こう〉
「あー、その事なんだけど」とポール。
〈どうした?〉
「パーティの後、僕らが会うのはこれが初めてだろ? 早速家に連れ込むってのは、どうかと思うんだ」
 副業といえど、この仕事をしているのはあくまで芝居を愛する者達だ。言いなりに演技をするのではなく、監督と意見を交わす事もある。
〈二人とも世間に縛られるような身分ではないんだし、エヴァにはそれ程の魅力がある。自然だと思うがな〉
「私もちょっと違和感があるわ」とエヴァ。「今の時点では、彼は紳士的なキャラである方がいい」
「さすが、よく分かってる。本当は台本通りにしたいところだけど、二股をかけるって盛り上がり所のインパクトが薄れる」
〈あー……まあ、確かにそうだな〉
「だから、今日は僕が彼女を自宅に送り届けるって流れに留めたらどうかな」
〈OK。それじゃ、玄関の前でキスする写真を〉
「それぐらいなら」ポールはエヴァの方を見た。彼女は頷いた。

 ポールが先に席を立ち、一旦トイレへ入る。その間にエヴァは店を出て、脇にある路地へ身を潜めた。後から出てきたポールと再び合流し、周囲をうかがった後、彼の愛車に2人で乗り込んだ。発車したレクサスの後ろを、カートがアウディで追走する。ヘッドセットは繋いだままだ。
「家はどこだった?」とポール。
「ソーホーの近く」エヴァは答えた。
「いいね。買い物に便利だ」
「あなたは?」
「ハンプトンだ」
 二台の車はマンハッタンを目指した。交差点に差し掛かり、変わりかけた信号を横断した。

……と思ったその時、右側から飛び出してきた男をポールの車が撥ねた。隣のエヴァが悲鳴を上げる。
「おい……おいおい、待て待て待て。嘘だろ?」ポールは急ブレーキを踏んで車を止めた。
 カートは手前の歩道に車を寄せ、駐車した。
 二人は外に出て、道路に横たわる男を見た。頭から出血しており、意識は無いようだ。
「カート、今日の仕事は中止だ」ポールは言った。
〈いや〉カートは顎に手を当て、少しの間考えた。〈計画変更といこう〉
「まさか、嘘でしょ?」カートの考える展開をうっすらと察したエヴァは言った。
「轢き逃げで捕まれってのか?」ポールも同じ事を察した。「主役の撮影が控えてるんだ。そんな事があれば契約を打ち切られる」
 事件を目撃した人々が集まってきた。
〈そうじゃない〉カートは案を出した。〈この男の応急処置を。完全な事故だし、非があるのは彼の方だ〉
「彼が助かれば僕達は善人か」
〈そう。協力することで二人の精神的関係も深まる〉
 二人は男の傍に屈んだ。
〈他のパパラッチが来る前に、手早く済ませるんだ。病院へ電話を〉
 ポールが携帯を取り出し、エヴァは男の手首を触った。脈はあるようだ。
「もしもし」ポールは病院へ事情を話し、場所を伝え、携帯を仕舞った。「3分で来るそうだ」
「タオルか何かない?」とエヴァ。
「トランクにある。取って来よう」
 ポールが持ってきた白いタオルをエヴァが男の頭に巻いた時、救急車と警察が来た。
 救急隊員が男を担架に乗せた。

「後は頼む」とポール。
 二人が救急車を見送る姿を、カートはカメラに収めた。彼らは20分ほど警察の事情聴取を受けた。署までの同行を要求されかけたが、耳の早いパパラッチが既に周囲を取り巻いていた為、パトカーの中で書類を記入するのみに留まった。破損した車はレッカーされた。
「送って帰ろう」
 2ブロックほど歩いたところで待ち合わせていたカートが、2人を車へ呼び込んだ。
「……バレてるぞ」
 しばらく走った後、ポールがヘッドセットを外して言った。
「そうか」
「あのスタントマン、『サディスティック』の時に会った。変な工作はやめてくれ」
「しかしあの怪我は本物だ。予定外の事態だった」
「それで計画変更というわけ?」とエヴァ。
「それもある」
 ポールは額に手を当てた。「大損だぞ。車は取られるし、修理費もかかる」
「ケチくさい事を言うな。すぐに元は取れる」カートはあくまで後々の利益を見据えていた。「送っていこう。ソーホーとビバリーヒルズだったな?」
「ハンプトンだよ。今のあそこはイラン人ばかりだ」
「冗談だよ」
「あんたもジョークが下手だ」
 車は夜のマンハッタンを走り、二人の住まいへ向かった。

 翌朝カートはブルックリンの自宅で、携帯からFacebookのニュース欄を見た。すでに昨日の出来事が記事になっている。勿論彼がリークした情報であり、銀行口座には8000ドルが振り込まれることになる。二人には12000だ。
 エージェントから電話がかかってきた。
〈やぁ。調子はどうだ?〉
「いつも通りだ。今日は確か……」
〈“Dr.Seuss’The Rolax”のプレミアだ。ザックを会場入りから張り込んでくれ〉ザック・エフロンの事だ。ファッションアイコンでもある彼の私服を押さえれば、ソッチ系統の雑誌にもそこそこの値で売れる。
「分かった」
 電話を切り、ニュースを見直す。“ポール&エヴァ、息の合った救出劇”とあり、スタントマンを撥ねたのは直前に走行していた車だという事にされている。やはり最も優先すべきは世間へのイメージだ。事件データの改ざんなどは日常茶飯事である。
 ありふれたトヨタのバンに乗って、カートはLAへ向かった。

 会場の入り口にはレッドカーペットが敷かれ、数百人に及ぶマスコミが集まっていた。そこに車が到着し、無地のTシャツに黒のレザーとデニムを合わせ、サングラスをかけたザック・エフロンが降り立った。彼はサングラスを外すと、マスコミに向かって右手と笑顔を振り撒いた。カートは最前列に陣取り、それを様々な角度から連写した。
 彼が会場に入ると、ほとんどのパパラッチはそこで仕事が終わるが、カートはバッグの中からタブロイド誌の取材許可証を取り出し、首からぶら下げた。エージェントが作ったコピー品だ。バレれば逮捕されるが、許可証に関してのチェックは甘い。確認は目視で長くとも5秒、航空券のようにバーコードが付いているわけでもない。それよりも身体検査の方が重点的に行われる。そもそも記者とパパラッチの違いは、組織に属しているかどうかだけで、どちらもジャーナリズム精神の下に行動しているのだ。意識していなくとも記者としての自分を構築する事は出来る。
 会場に入ったカートは、上に羽織っていたカーディガンをスーツのジャケットに着替えると、花壇の隅に荷物を隠し、許可証をスタッフのものに付け替えた。
 リサーチしていた通用口へ向かい、スタッフとして紛れ込む。会見前のザックの表情を押さえる計画だ。
 やはりこっちのが損だ、とカートは内心呟く。報酬は安いうえにリスクが大きい。
 だがスパイ気分が味わえるのも悪くない、と自分に言い聞かせ、仕事を進めた。

 順調に控室へ辿り着くと、ザック・エフロンの後ろ姿が見えた。カートはウォータークーラーでコップに水を注ぎ、それを持って中に入る。
「水をお持ちしました、ミスター……」彼の前に回り込んでそう言い淀むと、雑誌を読んでいた目をこちらに向けた。彼は“ハスラー”を読んでいた。
「新入社員?」と彼はカートに訊いた。「そんな歳でもないか」
「ああ、転職です。この業界はまだ日が浅くて」
「なるほど」彼は雑誌を閉じた。「僕の事はザックと。あと、コーヒーを飲んでるから……」と目線でテーブルを指す。
「ああ、失礼しました」そう言ってコップを持ったまま戻ろうとすると、彼は呼び止めた。
「どっちにしろ飲むと思うから、やっぱり頂くよ。ここ乾燥してるしね」
「あ……はい。どうも」カートはコップを渡し、ポケットからメモとペンを取り出した。例のペンだ。
「熱心だね」メモを書き込むカートに、ザックは言った。
「厳しい時代ですから」ペンをメモから離し、ボタンを押してシャッターを切る。こちらへ目線を向けた表情を捉えた。「そういえば、例の彼女とはどうなんです?」
 女優のリリーとの交際の事だ。その質問に、ザックは短く笑い声をあげた。「彼女とは、世間が思うような関係ではないんだ。ゴム付きでカジュアルに、セックスを楽しむぐらいさ」
「なるほど」
「だからもう、そう長くは続かないかもね」そう言った後、ザックは口元に人差し指を当てた。
「分かってます」そう言い、彼はメモだけポケットに戻した。「では」
「ああ」短くそう答え、ザックは雑誌に目を戻した。その瞬間、カートはもう一度シャッターを切る。目線の写真は身元が特定される為、記念にとっておくだけに留める。企業に売るのはこっちだ。

 控室を出て、花壇の方へ戻る。許可証を再び付け替え、会場へ入った。さっきの写真がボツになった時の為、誰でも撮るショットも一応納めておくのだが、ここで思わぬ収穫があった。試写が終わった後にレッドカーペットで、ザックがファンの握手に応じようとポケットから右手を出した瞬間、ゴムの入った薄い包みを落とした。一旦外したサングラスをまた掛け直し、苦笑いする彼を爆笑しながらフィルムに収め、そのデジタル一眼の液晶を携帯で撮影し、すぐさまエージェントへメールで送った。誰でも撮るハプニングネタは、スピードが命だ。

 一通りの仕事を終え、カートはエージェントに電話をかけた。
〈終わったか〉
「ああ。メール見たか?」
〈腹を抱えて笑った。これで未だに残ってるハイスクール・ミュージカルのイメージも、ちょっとは薄れるだろうな〉
「他には、リスクの割に大したネタは掴めなかった。ポルノ雑誌を読んでた事と、恋人との関係。長くはないそうだ」
〈そうか。報告はまとめて、またファックスで送ってくれ。コンドーム事件の画像はもう会社に回したから、必要ないぞ〉
「了解」
〈次の予定は覚えてるな? 月末に――〉
「イギリスでジェイソン・ステイサムだろ?」
〈そうだ。それじゃ、今夜頼む〉
「オーライ」

 電話を切るとすぐ、別の番号からかかってきた。ポールからだ。
「もしもし?」
〈カート、聞いてくれ〉
「何だ?」
〈マズい事になった〉

2012/09/22(Sat)21:22:16 公開 / TAKE
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