『悪魔の願い』 ... ジャンル:ショート*2 ファンタジー
作者:江保場狂壱                

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 山田太郎は貧乏人であった。金がなく、仕事もなく、女はいるわけない。住む場所も追い出され、ホームレスとしてさまよう境遇におちいったのである。
 太郎はこの世を呪った。なんで自分だけがこんな目に遭うのかと。どうして自分以外の人間が衣食住に不自由なく幸せに暮らしているのかと。
 実際は太郎のほうに問題があった。彼に金がないのは貯蓄に興味がなく、ギャンブルが趣味だった。
 さらに仕事は上司には噛みつき、弱い者を徹底的にいじめる性質があった。そんな性格だから女にもてるわけがなかった。一時期お水系の女に入れあげたが金の切れ目が縁の切れ目であった。
 もっとも太郎は自分の責任と思っていない。すべて世の中の責任であり、自分は一切間違っていないと信じ切っていた。会社の社長は本来面倒見のいい人間だが、太郎のあまりにも傍若無人な行為にあきれ返り、クビを言い渡したくらいだから、太郎の異常さはわかるだろう。

 *

 太郎は現実を受け入れていなかった。今の自分は夢であり、目が覚めれば暖かいベッドの上で、美しい女性が侍っていると思い込んでいるのだ。ホームレス仲間でも気の弱い人間には容赦なくいじめるので、ホームレスたちは太郎を忌み嫌っており、他のホームレス仲間に通達し、太郎を相手にしないようにしていた。
 これは自業自得だが、太郎は自分の非を一切認めなかった。太郎は孤独だったが、いつも他人を見下していた。
 ある日太郎はツボを拾った。ゴミ箱に捨てられた薄汚いツボであった。百円ショップに売っていそうな安っぽい印象を受ける。ツボは栓がしてあった。太郎は自分の段ボールハウスの中でツボの栓を外した。
 するとツボの中から煙が立ち込めた。そして数秒後、そこには黒い衣装を着た角の生えた男が立っていたのである。
「私は悪魔です。ツボから解放してくれたお礼に願い事を三つ叶えてあげましょう」
 それを聞いた太郎は喜んだ。
「じゃあ、今まで俺をバカにしたやつを殺してくれ」
「わかりました」
 後日、自分をクビにした会社の社長や、自分を袖にした水商売の女、そして自分を阻害したホームレスたちが死んだ。なんでも眠るように死んでいたという。それを拾った新聞で読み、太郎は禍々しい笑みを浮かべた。
「ひっひっひ、俺をバカにするからこんな目に遭うんだ」
 太郎は他人の死が面白くてたまらなかった。もっとも相手が苦しまずに安らかに死んだことは気に喰わなかった。
「さて悪魔よ。今度は金だ。俺に一生使いきれない金をくれ」
「かしこ参りました」
 悪魔は預金通帳を渡した。その通帳には目玉が飛び出るような金額が記入されていた。太郎はさっそく貯金をおろし、マンションを買い、女を大勢買い、高級酒をがぶ飲みし、面白おかしく暮らしていた。
「さて最後の願いだが、どうしようか」
 太郎は最後の願いは何にするか悩んだ。
「最後の願いはじっくり考えたほうがいいですよ。もっとも最後の願いは決まってますがね」
 悪魔は意味深な言葉を言った。太郎は何のことかわからなかった。
 さて太郎は毎日遊んで暮らしていたが、そのうち一人の女と結婚した。その女は高級キャバレーでは人気が高い女性で、名前はナミといった。言いよってきたのはナミのほうであった。太郎はナミが望むものはすべて与えた。宝石だろうと高級車だろうとほしいものは何でも与えた。
 太郎を注意する人間はいなかった。太郎にとって自分の欲望をかなえるのとが最優先事項であった。ちなみにナミには家族がいなかった。両親はすでに死んでいるとのことである。
 だがナミは不審な動きを取り出した。太郎よりも若い男であった。時々男の住むマンションに泊まったりした。太郎は興信所にナミの行動を探らせ、証拠をつかんだ。太郎はナミを問い詰めた。すると彼女は開き直ってこういった。
「あんたなんか金さえなければただのでくの坊よ。死んで悲しむ人間などいやしないわ」
 それを聞いた太郎は怒り狂った。この女を殺してやりたい。最後の願いを使おうとしたが、悪魔は拒否した。
「残念ですが同じ願いは受け付けません」
「同じ願いだって?」
「はい、あなたは以前自分をバカにする人間を殺せと願いをいいました。基本的に同じような願いは受け付けない方針なのです」
「ばかな。お前ら悪魔はなんでも願いを叶えてくれるのだろう。それにお前らは俺の魂がほしいのだろう。魂が手に入るのになんで余計なことを言うのだ」
「ああ、あなたは勘違いしてますね。悪魔は確かに三つの願い事を叶えますが、別にこの世に悪徳をもたらしたいわけではないのです。あくまで現世で苦しむ人間を解放したいだけなのです。あなたが最初に殺した人たちも、本当は死んで楽になりたかったのですよ。あなたを解雇した社長さんは経営難に苦しんでおり、あなたの願いで殺されたことで保険金が下りたのです。あなたを振った女性も死んだことで、病気の父親が女性の臓器を移植したので長生きできたのです。今ではすっかり元気になりましたよ。ホームレスたちだって社会から脱線しても自殺する勇気がない。あっさり死ねて幸運だったでしょう」
「なっ、なんだって? じゃあ、俺が金を要求したのはどんな意味があるんだ?」
「あれはろくに使いもせず、ただ貯めるだけが趣味の人間たちからもらいました。お金を盗まれて不幸になった人はいません。本人すら盗まれたことに気づいていないのです。金は使ってこそ生きるのです。あなたみたい散財してくれて助かりましたよ」
「わからない。お前ら悪魔は何をしたいんだ。俺の魂がほしくないのか」
「そもそもあなたたち人間は悪魔に対して誤解をしています。私たちにとって魂は酸素なのです。酸素は人間にとって必要なものです。悪魔にとっての酸素は人間の負の感情なのです。ですが濃い負の感情は我々にとっても毒なのです。そのため酸素の濃度を薄めるためにあなたのような人間に悪魔の願いを叶えてあげるのです。ちなみに天国や地獄はありませんよ。人間は死んだら魂という名の煙をあげるだけです。前世とか生まれ変わりなどありません。悪魔にとっての酸素でしかないのです」
 それを聞いた太郎は真っ青になった。別に地獄を信じていたわけではないが、実際に地獄がないと知ると恐ろしくなった。自分が死ねばそれで終わりという恐怖が太郎を襲ったのである。それに人を殺しても相手が苦しまずに死んでしまうのが癪であった。
「いやだ。俺という存在を消したくない。どうすればいいんだ」
 他人が死んでもどうでもいいが、自分が悩むのはいやである。太郎は悪魔に泣きついた。
「簡単です。私と出会う前の記憶を消せばいいのです。あなたは私から聞いた話を消すことによって生まれ変わるのです。もちろん、死んだ人間は生き返らないし、金が消えることはありません」
「そうか、なら三つ目の願いはそれにしよう」

 *

 こうして太郎は三つ目の願いを叶えた。しかし悪魔の存在を忘れたことで太郎はナミの悪意も忘れてしまった。後日太郎は死んだ。アルコール中毒であった。遺産はすべてナミのものになった。
「願いがかなったようですね」
 悪魔は太郎の女にいった。
「ええ、あいつが死んで胸がスカッとしたわ。あいつは私のお父さんを殺した仇だもの」
 ナミは水商売だが、太郎をクビにした会社の社長でもあった。もともとナミは父親に楽になってもらいたいためにてっとり早く金を稼げる道を進んだが、父親は太郎によって殺されたのである。悪魔が味方なのだ。法の網などザルである。
 そうナミは太郎を殺したのだ。それは父親と同じように眠るように死んだのである。一度警察が保険金目当てで殺害したのかと疑ったが、解剖の結果シロだと判明し、罪を逃れたのである。
「お父さんが死んだおかげで保険金が下りて会社は救われたけど、その元凶は許せないわ。だから私はあいつに近づいた」
「そして彼と結婚した。後日弟さんを利用して自分を殺させようとした。これは私が前もって教えたことですがね」
 そうナミの浮気相手は彼女の弟であった。もっとも認知しておらず、興信所もナミの弟とは気づかなかった。弟は最初自分たちを捨てた男に復讐するつもりだったが、ナミは事実を知ると謝罪した。父親は好きだったが、同時に弟に対する所業は許せなかった。弟は悪魔の存在を知らない。父親の敵討ちなどどうでもいいが、姉の頼みは別であった。実際に彼のしたことは恋人のようにふるまうだけである。マンションに泊まった際も男と女の関係などなかった。現在弟はナミの馴染みの客の紹介で働いている。
「でも悪魔さんは不思議ね。あなたは何をしたいのかしら」
「私たちにとって人間の魂は酸素にしかすぎません。ですが、この世は負の感情が濃すぎる。濃すぎる酸素は人体に悪影響を与えるのです。それは悪魔も一緒で濃すぎる負の感情は我々にとって毒なのです。確かに私は人間を殺しましたが、世の中には死にたがっている人間は大勢います。そんな彼らを眠るように死なせてあげれば、本人にとっても遺族にとっても幸せなのですよ。それに金を得て散財するにしても本人ばかりだけでなく、他の人にも影響があります。金は天下の回り物。使えば使うほど他の人にも回ってくるのです。ですが太郎という男のように禍々しい魂の持ち主には気を使います。下手に死ねば異様なまでに濃い魂で息苦しくなるのですよ」
 悪魔にとって人間の願いをかなえることは自分たちのためでもあるのだ。世の中をすべて憎み切っている人間に富を与える。そして自分の気に入らない人間を殺してもらい、その記憶を消してもらう。
 結局女は太郎と同じように悪魔の記憶を消してもらった。いかに無神論者を気取ろうが根本にはやはり魂の存在を否定できないのだ。あの世には天国と地獄がある。そして前世の記憶が存在すると信じているのだ。いや、信じざるを得ないのだ。
 悪魔はこれからも邪悪な魂の持ち主に願い事を持ちかけるだろう。それが不幸だけとは限らない。死ぬことが必ずしも不幸とは言えないのだ。もっともすべてを知って死を受け入れる人間も少ないだろう。
 
 終わり

2012/08/12(Sun)08:03:51 公開 / 江保場狂壱
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■作者からのメッセージ
ショート2ではお約束である悪魔の願いです。どうしてもテンプレになるが、そうならないよう工夫するのも醍醐味ですね。

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