『蒼い髪 28話 惑星キュリロス中編』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:土塔 美和                

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 キュリロス星を完全に制圧したルカは、宇宙海賊ネオス・ゲーベルが夏の離宮としていた元貴族の館を執務室として使うことにした。幸いこの館は隕石の軌道から外れていたため無傷で残っていた。その窓から眺めた外の景色は、おそらく素晴らしい庭園が広がっているのだろうが、今は隕石の衝突によって舞い上げられた塵でできた濃霧に覆われ、数メートル先も見ることができない。ルカは窓際に立ち、暫し物思いに耽るように見えない庭を眺めている。そんなルカの後姿をリンネルや親衛隊、ボイ人たちが心配そうに見つめる。そんな雰囲気の中、秘書が扉をノックした。
「殿下、リメル少佐が到着されました」
 今回の戦争の功労者の一人だ。
 ルカはゆっくり振り向くと、
「通してください」と秘書に言う。
 ルカはここでリメルからの報告を受けることにした。
 ルカの前に通されたリメルは、そこで初めてルカが杖を突いて歩く姿を見た。そう言えばルカ王子は足が悪かったのだ。だがそれさえも優雅に見せてしまうのだから不思議だ。
 紳士的に振る舞うリメルにルカはその労をねぎらい報告を受ける。
「少しお顔の色が」と気遣うリメルに対し、
「大丈夫です。それより首都オネスの様子は」
「壊滅です」
 リメルの報告によれば、首都オネスは大きなクレーターの中に沈み、特にオネスの宮殿があった直径50キロ圏内は、隕石の砕けた破片と構築物の瓦礫とで元の都市の姿が想像できないほどに変わり果てていた。とりあえずシェルターらしきものを当たってはみたものの、都市自体が隕石の衝突で陥没しており、それらしきものも見当たらなかった。まして死体など、首都より少し離れればそれなりに黒こげになったものや圧死しているものを見かけたが、中心部ではそれすらまともな形をしているものを見つけることはできなかった。その上、一時的に舞い上がっていた塵が降りてきて視界も悪くなり引き上げてきたとのことだった。あれから数日が経とうとしているのに埃くさい濃霧は消える気配がない。このまま永遠に太陽が隠れてしまうのではないかと思えるほどに。
「そうですか」
 ルカは顔を曇らせた。
 このような血生臭い話を、美しい王子、否、王女の前ではしたくなかったのだが、報告とあらば致し方ない。リメルは言葉を選びあまり生々しくならないように話した。
 リメルの報告のさなか、部屋の外がにわかに騒がしくなる。

「殿下は只今来客中です。面会には順番がありますので並んでお待ちください」
 勝手に部屋に入ろうとする人物を必死で止める秘書。その秘書の声が部屋の中まで響く。
「何処の星に、急患を診るのに順番待ちする医者がいる」
「急患?」と、首をひねる秘書。
 中で誰か倒れたのだろうか。しかしそれならまず、私のところに連絡があって当然。と暫し考え込んでいる秘書を後にして、オリガーはさっさと中へ入って行った。
「しょ、少々お待ちを」と、慌てて追う秘書。だが既に遅い。
 飛び込んで来た者への親衛隊たちの反応は早かった。特に今回は敵地で視界も悪い。あらゆる探査システムを導入しても、やはり自分の五感で監視できないと、安心できないようだ。しっかり監視しているつもりでも見逃す恐れもある。こんな時システムに詳しいケリンが居てくれればと思うのだが、あの野郎、どこに行った? そんなこんなでルカの身辺にぴったりと数名の親衛隊を常備付けることにした。無論、ルカは反対したが、これではトイレもままならないと。
 プラスターを抜いて照準を合わせる。
 オリガーは慌てて両手を高々と上げ、敵意のないことを表す。
 既にオリガーの眉間と胸には赤外線の赤いポイントが付いていた。
「何だ、オリガーじゃねぇーか、今少しでぶっ放すところだった」
 プラスターの構えを解くトリス。
 あわてて飛び込んで来たオリガーに、
「オリガー軍医、何かあったのですか」とルカ。
「何かあったのですかではない。このくそ忙しいのに急患がいると言うから、はるばるここまで診に来てやったのに、なんだあの門番は」と、オリガーは秘書役の女兵士を指し示す。
 オリガーの顔を知らない女兵士は、アポイントも取っていない軍医を、軍医に変装した敵かもしれないと思い断固として通そうとはしなかった。
「申し訳ありません。来客中ですので暫く待っていただくように頼んだのですが。急患だと仰いますので、どなたかお加減でも?」と問う秘書。
 ルカたちは顔を見合わせた。互いの健康状態をチェックするかのように。そしてこの部屋に患者はいないと確認する。
「急患とは?」と問うルカに、
「お前だ」とルカを指し示すとオリガーは、ルカの前にずかずかと歩み寄る。
「わっ、私?」と、驚くルカ。
 オリガーはルカの顔をまじまじと見ると、
「随分、白い顔をしているな」
「白い顔は生まれつきです」
 そのために随分ボイ人に心配された。ボイ人にとって白は死を意味する。
「私はどこも悪くありません」
「そうか、では、ちょっと脈を取らせてくれないか?」
「私は至って健康です」
「体というものはな、治療するようでは手遅れなのだ。予防をしっかりしておけば治療する必要はない」
「ですから、私は大丈夫です。それよりあなたを必要としている人たちがいっぱいいるではありませんか、その人たちをまず診てやってください」
 オリガーは大きなため息を吐くと、
「お前はわかっていないな。いいか」と、噛み砕いて説き伏せるかのようにオリガーは話し出す。
「いいか、生きるか死ぬかわからない一人の人間を治療するより、十個宇宙艦隊を死地に追いやりかねない奴の健康を予防する方が、どれだけ理にかなっているか、それだから俺は忙しい身を割いてここへ来たのだ。わかっているのか、ここでお前に倒れられると、ここにいる奴ら全員を死地に追い込むことになるということを」
「そのぐらい、あなたに言われなくともわかっております」
 だからこうして無理をしても。
 オリガーはまじまじとルカの顔を見ると、
「ほんとうに、わかっているのか」
「わかっております」と、ルカは口調を強めた。
「そうか、では強いて言おう。わかっているのか!」
 ルカはむっとしてオリガーを睨みつけた。
 オリガーは微かに笑うと、
「少し疲労の気がある、睡眠を多めにとれ」
「それもわかっております、いちいち言われなくとも」
「そうか、煩かったか」
 ルカはむっとした。
 オリガーは笑うと、
「まぁ、俺が煩いのを承知でわざわざ頭を下げてまで同行を願い出た奴がいる。文句ならそいつに言え」
 ルカはますますむっとした。
 オリガーの気持ちもわかる。猫の手も借りたいほど忙しい中、ここまで駆けつけてきてくれたのだから、本来なら感謝の一言も述べるべきなのだろうが、何故か素直になれない。代わりに出た言葉が、
「人手は間に合っているのですか、何か足らないものは?」
「こっちの心配はいらない。来る前に十分すぎるほどの準備をさせてもらえたからな」
 ルカは医療費に関しては予算の上限を求めなかった。医療費の予算を削ったのは船の大きさだった。船に詰め込めるだけの医療器具と薬品を。これがルカの要求だった。
 オリガーは言うだけ言うと本当に時間が欲しいのだろう、さっさと引き上げて行った。
 部屋は磁気嵐が去ったように一瞬静まった。
「誰だよ、あんな奴に頭下げてまで同行を願った奴は?」と、トリス。
「私です」とルカ。
 トリスは反応に困った。
 だがそれからのルカは戦闘前のようなてきぱきとした指示を出すようになった。
「たいした特効薬だな」と、リメルは感心する。
「あの方は殿下のことをよくご存知ですから」と、ホルヘ。
 よく御存じか、では男か女かも。医者はいいな、任務だと言って相手を裸にすることもできる。
 顔がにやけたのか、ヒューギルの咳払いをする音。
 リメルの報告があらまし済んだところに、
「まったく目も口もあいてらんねぇーぜ、耳の奥まで砂が入りそうだ」などと、不平を並べながらやって来たのは第14宇宙艦隊司令官バルガス。体格もよくドスのきいた顔ではさすがに秘書も一瞬たじろいだが、責任感の強い彼女のことだ、すかさずバルガスの前に立ちはだかった。だが彼もやはり秘書の忠告を無視して、否、秘書などはなから眼中になかったようだ、無駄に置いてある観葉植物でも避けるかのようにして部屋へ押し入って来た。
「やぁ、殿下。ここに居るんだろ?」
 あわてて追いかけて来る秘書にルカは目で合図する。
 秘書はバルガスへの忠告を諦め自分の机に戻った。
 しかし、バルガスの姿を見るや親衛隊たちに緊張が走った。要は彼の背後にいる人物たちだ。新参の者たちをバルガスの配下の者が取り囲んでいるとはいえ、
「殿下、聞いてくださいよ」と、バルガスは情けない声を出す。
「こいつら、なんぼ言っても俺の言葉を信じないんだ。だから殿下から一言、言ってやってくれ」と、バルガスは自分の背後に居るものたちを前に出した。
 丸腰とはいえ、キュリロスの住人、否、海賊。
 親衛隊たちはいつでもプラスターが抜けるような状態に構える。
「おい、お前ら。こいつが殿下だ。聞きたいことがあるなら直に聞け」
 こっ、こいつ。海賊たちは唖然としてしまった。そんなに俺の言うことが信じられないのなら殿下に合わせてやる。と言われたが、バルガスの口調からこの少年が本物のルカ王子なのかと、誰もが疑った。だが脳裏とは別に体は緊張していく、本当に対面できるとは思ってもいなかっただけに。王族と言えは雲上人だ、スクリーンでしかお目にかかれない、まさか本当に会えるとは。足が震えて立っているのもやっとな状態だ。まして話などできようはずがない。
「どうしたんだよ、言いだした本人が目の前にいるんだ、嘘か真か直接聞いたらどうだ」と、促すとも脅迫するとも取れそうなバルガスの態度。
「何でしょうか?」と優しくルカに問われ、一人の海賊が、何でこんなひ弱そうな子供に俺たちは負けたんだと思いつつも、ありったけの勇気を振り絞り体の震えを止めると訊いた。
「その、バルガス中佐が言われたことは信じてよいものかどうか」
 ルカはバルガスの方を向く。バルガスが彼らに何を言ったのかルカは知らない。
「だからよ、お前が言った通りに言ったんだよ。脱走の罪は免除するって、その上で軍人を止めたい奴は軍籍を排除してやるって、そのまま軍人に残りたい奴はその時の階級で俺の艦隊に迎え入れてやるって。そしたらこいつ等、信じねぇーんだ」
 リメルは初耳だった。そんな指示、ルカ王子が出していたとは。
 ルカは海賊たちを見回すと、
「彼の言うことは間違いありません。それが条件で隕石粉砕砲を引き渡していただいたのですから、私は約束は守ります。ただ彼を司令官として仰ぐのが嫌でしたら、第10宇宙艦隊のロブレス大佐のところでもかまいません」
「ちょっ、ちょっとまった」とバルガスは慌ててルカの言葉を遮る。
「それじゃ、俺がロブレスより落ちると言うことか?」
「落ちる?」
 ルカは意味が解らず怪訝な顔をする。
「だってそうじゅねぇーか。それじゃ、俺よりロブレスの方がいいって言っているようなものじゃないか」
「それは誤解です。人には相性と言うものがあります。どうもあなたという人間は苦手だという人のために、ロブレス大佐がいると言ったまでのことです」
「それが、俺よりロブレスの方がいいと聞こえるんだよ」
 ルカはほほ笑むと、
「それはあなたがロブレス大佐に対し、劣等感を抱いているからです」
 ずばり言われてバルガスはむっとする。意識はしていなかったが言われれば否定ができない。
 ルカはにっこりすると、
「あなたにはあなたのよそがあります、ロブレス大佐にはない。私は好きですよ、その性格」
 ルカにそう言われてバルガスは照れる。何となく誤魔化されたような気はするが、悪い気はしない。
「わかったか」と海賊たちに言うと、
「仲間にも伝えろ。軍人を止めるのか止めないのか、手続きを取らなければならないからな」
 そこへ噂をすれば影、ロブレスがやって来た。こちらはきちんと秘書を通しての入室。ルカの前に行くときちんと敬礼をし、チップの納まったケースを差し出す。
「逃走した軍人たちのリストです。八割が軍人への復帰を願い出ております。残りの二割は結婚をし、中には既に子供もいる者もおりこの星での生活を望んでおります」
「わかりました。そうできるように手配いたしましょう」
「ありがとうございます」と、ロブレスは彼らに代わって礼を言う。そして、遅れましたが。と言って自分の背後に控えている軍人を紹介する。
「元、私の右腕だったルースと言うものです。お見知りおきください」
「ルースと申します」と、ルースは最敬礼をした。
「それは頼もしいですね。またロブレス大佐を助けてやってください」
 はっはぁー。とばかりに一段と頭を下げるルース。
「一つお聞きしてもよろしいでしょうか」と言いだしたのはリメルだった。
「何でしょうか、リメル少佐」
「何故、そのようなことがお出来になられるのですか?」
 王子だから、軍規を曲げることができるのか?
「と、申されますと?」
「逃走兵ですよ、見つけ次第処刑というのが決まりです。以後の逃走を防止するための見せしめに」
「そうですね。でも今回は、戦後処理は全て私に一任されているのです。それが条件で今回のキュリロス星の遠征を引き受けました。その中には逃走兵の処罰も含まれています」
 ルカの一存ですべてが出来ることになっていた。こうなるようにルカは出陣前に丹念に上層部と交渉したのだ。
「上層部の第一の目的はキュリロス星からの資源の安定供給。そのためにはどんな手段を使ってもいいそうです」
 そう言うと残酷なことを想像しがちだが、ルカは違った。
「目的を達成するためには軍規を曲げてもよいということでしょう。そして私の目的もキュリロス星からの資源の安定供給であって、逃走兵の処罰ではありませんから。私のやり方に文句は言わせません、例え上層部でも」
 ルカは凛と言い放った。
 室内の者たちは唖然としてしまった。一見ひ弱そうに見えるこの少年が。親衛隊たちはルカのこの静かなる強さはよく知っていたので何の反応も示さなかったが、ロブレスやバルガスでさえ黙り込んでしまった。
 かわいい顔をしてこの人は、軍部にも楯突くのか。とリメル。
 ルカはロブレスからチップを受け取ると、
「引き続き町の治安に当たってください。逃走兵には身の安全を保障しますから、もう逃げ隠れする必要はないと伝えてやってください」
 彼らが治安を壊す元凶だから、彼らの生活さえ保障してやれば。
「畏まりました」
 ロブレスは重々しく敬礼する。
 それを見ていたバルガスは、ロブレスに後れを取るまいと、
「ダニール、急いでリストを作れ。それが済んだら俺たちも治安維持に繰り出す」と言うが早いか、さっと踵を返すと大股で歩きだした。
「ダニール、早くしろ!」
 ダニールはルカに対し敬礼をするとあわてて我が主バルガスの後を追う。
 その後ろ姿にルカが、
「大変ですね」と声をかけると、ダニールは軽く振り向き、
「何時ものことですから」
 慣れていますという感じに答えた。だがその顔は嬉しそう。
「ダッ、ダニール!」
「はっ、はいー」
 バルガスたちが去った後トリスは、
「ダニールの野郎、何であんな奴に付いているのかな、あんなに威張られちゃ、俺なんか後ろから頭ぶち抜きたくなるぜ」
「あの二人は相性がいいのですよ。お互いに補うものがある」
「補うってよ、バルガスの野郎はダニールにかなり補ってもらっているだろうが、ダニールの方はどうかな」と、首を傾げるトリス。
 トリスにはあるまじき考えるという行為だ。だがやはり長くは続かなかったようだ。
「しかしバルガスの野郎、おめぇーのこと王子だなどと思っていないんだぜあの態度」
「おめぇーですか」
 ルカにそう言われて、はぁっ?と首を傾げるトリス。
 何か間違ったことを言ったかと言う感じだ。自分の言っている言葉には気が付いてない。
 そんなトリスの顔面めがけて、いきなり何処からか靴が飛んできた。
 ハルガン曹長、ととっさに思ったものの、奴がこんなところにいるはずがない。奴は今頃辺境の星で寂しく、否もとい、辺境の星でその星の女と楽しく、奴に左遷という言葉は通用しない。独房ですら奴には天国だった。じゃなくて、曹長でないとしたらこの靴は?
 トリスは周囲を見回した。靴を片方しか履いていない奴は。
「ロン、てってめぇー、何すんだよ」
「おめぇーは黙っていろ。知らねぇー奴が聞いたら、目の前におられる殿下は影武者ではないかと疑う」
 確かに。と誰も納得した。現にルースなど影武者だと確信するところだった。
 しかし、どうしてルカ王子はこのようなならず者を?
 ルースと同じ疑問をいだいたものがもう一人いた。
「どうしてこのような方々が王子の親衛隊なのでしょうか」と秘書。
 彼女はメンデス少将から暫くルカ王子の下で外向きの秘書をやるように言いつかってきた。ボイ人では無理でしょうから。と言うことでここにいるのだが、王子を知れば知るほど疑問が湧く。何もこんな蛮族を親衛隊にしなくとも、王子なのだからもっと一流の貴族たちが進んでその配下になるだろうに。
「このような方々とはどういう意味だよ、このような方々とは」とトリス。
 まるで酔っ払いが絡んでいるような。
「仕方ありません、クリンベルク将軍に押し付けられてしまったのですから、あげくにカロルさんまで。ご自身で面倒見るのが億劫になられたのでしょう。あの頃はまだ私は無知でしたから、知っていればお断りしておりました」
 部屋の中に居た誰しもが、一瞬どう反応してよいのか迷った。下手に相槌を打てばクリンベルク将軍の顔に泥を塗りかねない。その中でも真っ先に我に返ったトリスは、
「じゃ、なんかい、殿下は俺たちを」
「住めば都、どんな不細工な猫でも飼えば可愛くなるものです」
「俺たちは、猫か?」と、トリスは自分を指し示して。
 いきなり秘書の笑い声、もう我慢に絶えないという感じの。ここで笑っては不謹慎だと自覚しているのだろう、必死で笑いを止めようとしているのだが、堰を切ったように出た笑いはいっこうに止まる気配がない。ひとしきり笑った秘書は、笑い過ぎて目に涙を浮かべながら謝るのだが、一向に謝罪の気持ちは伝わっていないようだ、特にトリスには。
 秘書の笑いが落ち着いたところで、
「硬い方かと思っておりましたが」とルカ。
 凛とした彼女の態度は他人を寄せ付けないところがあった。
「硬いつもりでした。ですがここがあまりにもやわらかすぎるのです」
 ネルガル王子の御前とは思えない。王子の世話役をしたことのある友人に、御前では笑うことすら許されないと聞かされていた。緊張して引き受けた任務だっただけに。
「笑った方がきれいですよ」と言われ、秘書は返事に困った。代わりに顔が見る見る赤くなるのを感じた。相手は子供だと言うのに。
 ルカは室内に居る人たちの方に視線を移すと、
「と言うのは冗談です」
「冗談?」
 ルカは今度は真面目な顔をして、
「私の至らないところを補ってもらっていますから、傍に居てもらっております」
 王子の至らない点? 秘書にはルカ王子は完璧な人間に見えた。容姿端麗、気品があり頭もいい。非の打ちどころがない。強いて言えばボイの戦場で怪我したという左足。だが微かに足を引きずるその姿は、かえって女性の母性本能をくすぐる。
「そっ、そうだよな。そうじゃなくっちゃ。ただのブサかわ猫じゃ、ショックだぜ」
「おめーがそんな馬鹿なことばっかり言っているから、ただのペットに思われちまうんだよ」
「何だと!」
 目糞、鼻糞を攻撃する。武器で言えば石と斧。下等な言葉の応酬、否、既に言葉ですらなくなっている。聞かねたリンネルが咳払いをしてこの下等な会話は幕を閉じた。
 それからルカは控室で待っているこの星の代表者全員を部屋に通すように指示した。個々に話しをするのは次回からでよい。今回はただ今後のキュリロス星のありようを考えてほしいと告げるだけだ。キュリロスの代表者たちは相手がネルガルの王子だと聞き、かなり緊張した面持ちで謁見に臨んだものの、王子の見た目と周りを取り囲む親衛隊のギャップに、以後の対応の仕方に頭を悩ませる羽目になった。あまり友人的な口のきき方をして後で不敬罪だなどと罰せられても。しかし、言うべき事は言っておかなければならない。相手が子供で理解できなくとも。最初が肝要。
 市民の代表者は貴族より先に、
「ルカ王子様におかれましては」と、挨拶の言葉を述べた後、
「ここキュリロスに帝政をお敷きになられるおつもりですか」 第二のネルガル帝国を。
 それに対しルカは首を横に振った。
 それに素早く反応したのは貴族の代表者たちだった。
「ではまさか、民主政を?」
 国民すべて平等だなどと言われた時には、今まで持っていた自分たちの特権がなくなる。そもそもネルガルは一人の王から始まり革命により民主政になり、自由の行き過ぎが貨幣による帝政を生み出したのだ。貨幣こそが全て、貨幣さえあれば法も曲げられる。これが今のネルガル。
「ここで選挙をしたところでどのような意味があるのでしょうか」とルカ。
 星の住人に選挙をやらせるのは簡単だ。だがその結果を重んじなければ何の意味もない。そしてその結果を重んじさせるにはそれなりの治安と、今まで敵だった者たちを許し理解するという精神的な余裕がなければ無理。
「では、どうなさるおつもりなのですか」と問う代表者たちにルカは、
「それをこれから皆さんで考えてもらいたいのです」
 代表者たちは黙り込んだ。そこへ白衣を着た医者がやって来た。オリガー軍医の使いだと聞き秘書は謁見中でも通すことにした。
 ルカは入ってきた若い医者の顔をじっと見つめる。何処かで会ったことがあるような、過去の記憶をまさぐる。
「あっ!」
 思わず声が出てしまった。
「覚えていて下さいましたか」
 若い医者は嬉しそう。
「確か、ドルトンさんですよね」
「はい」
 ドルトンは名前まで憶えていてもらったことに恐縮した。
「あの節はお世話になりました」と頭を下げるルカ。
「いいえ、こちらこそ、いろいろと勉強させていただきました」
 あの時、この方にお会いしていなければ自分はどうなっていただろう。医者になどなろうとは思わなかっただろう。それどころか、あのスラム街の片隅で腐っていたかもしれない。どうしてももう一度会いたかった。会ってお礼が、否、この方は礼など望まない。それよりもは、もうあの時の自分ではない。今は少くなからずもお手伝いが出来る。否その前に、この方の命を助けてくれたボイ人の寛容さにドルトンは深々と頭を下げた。
「キネラオさんかホルヘさんかサミランさんかわかりませんが」
 オリガー軍医の話しから、この三人の何方かが必ずルカの背後に控えていると聞かされていた。
「ルカ王子の命を助けていただき、有難うございました」
 ドルトンは他の星では嫁いだ王子や王女は殺されたという話しも聞いていた。ボイ星との戦争が始まった時、それを知っていたが故に居てもたってもいられなかった。
「殿下にはいろいろと教えていただいたのです。お命を守るのは当然でした」とホルヘ。
「それより殿下から再三の忠告を受けながら、不平を募らす若者たちの暴動を止められなかったのは全て我々の責任です。殿下には何の落ち度もありませんでした。全ては自業自得。我々にもう少し忍耐があればあのようなことにはならなかった」
 ルカは大きく首を振った。
「どんなに我慢しても結果は同じだったでしょう、ネルガルからの嫌がらせは日増しに酷くなりました。忍耐にも限度があります。ネルガルとの戦争が五年後、十年後になるかの違いだけで、そして同盟星になるか、植民星になるかです。ネルガルは自分と同等な異星人の存在を認めません。植民星にしないと安心出来ないのですよ。同盟星では何時裏切られるかわかりませんから。それほどネルガル人は臆病なのです、私を含めて。おそらく自分たちの祖先がそうしてきたからなのでしょうね、相手を信じることができない」
「殿下」と、リンネルが静かにルカの話を止める。
 キュリロス星の住人たちが聞いているのだ。彼らもネルガル人、ネルガルを悪く言われるのは好まないだろう。だがルカは続けた。
「見てごらんなさい、マルドック人は自分たちが食べるだけ稼げる船が一艘あれば満足しているし、ボイ人は技術の鍛錬で競い合っている、エヌルタ人は自分たちが耕せるだけの土地があれば満足している。必要以上に相手のものまで奪おうとはしない。ネルガル人ぐらいですよ、ここは誰が支配するのあそこは誰が支配するのとやっているのは」
 誰もが自分の手の中のものだけで満足している。それなのに。ルカは異星人と出会うたびに何時も思い知らされた。どうしてネルガル人だけ、自分の掌のものだけで満足できないのかと。
 気分がふさぎ込むルカにリンネルはもう一度声をかけた。
 ルカは気を取り直すように顔をあげるとドルトンを見る。
「まさか、軍医に?」
 医者になるとは聞いていた、スラムの人たちの役に立ちたいからと。だが軍医になるとは。あれほど軍人だけにはなるなと言い残したのに。軍医も軍人だ、いざとなれば銃を持って人を殺す。
「違います。たまたま実習で声をかけられたのです。かなりの医者が必要だ、今回は危険性の少ない戦場だから来てみないかと。症例をいくつも経験した方が腕も上がるし自信もつくと」
「誰が、そのようなことを」
「オリガー軍医です」
「オリガー軍医!」と驚くルカ、だが彼ならさもあらんと思った。
「たまたま学会で知り合いまして、殿下のことで」
 親しくなったようだ。そして教科書にはない実践的な治療法をいろいろと教えてくれた。
「スラムは医療器具も薬品も乏しいですから、戦場と似たり寄ったりです。あるもので賄わなければなりません。無いものが多すぎて教科書通りにはなかなかいきません。そんな時オリガーさんの方法は役に立ちました」
「そうですか、でも戦場は怪我人が主で」
 ドルトンは首を横に振る。
「そうでもないのですよ。インフラが破壊されると、不衛生になりますから伝染病が蔓延し始めるのです。それでなくともこの星は行政が行き届いてなかったと見え、戦前からかなりの病気が蔓延していたようです。
「行政が行き届いていない?」と問うルカに、
「宇宙海賊が支配していましたから」と貴族。
「ほとんど恐怖政治ですよ、逆らえば殺される。皆、家畜のように黙って働かなければならなかった」
「それを言うなら、あんたらが政をしている時も同じだった。俺たちは」
「結局、貴族から宇宙海賊に首が挿げ替わっただけだ」
「私たちが奴らと同じだとでも言いたいのか、君は」と、息巻く貴族。
「そうだ!」と平民の代表。
「我々をあんな蛮族と一緒にされては、馬鹿らしくて話にもならない」
 それから貴族はおもむろにルカの方を向くと、仰々しく、
「お聞きになられましたか王子。やはり平民、教養がないにも程がある」と、怒り出す有様。
 ルカはその貴族をじっと見詰めると、
「自分のしていることには、なかなか自分では気づかないものです」
「どういう意味でしょうか」
「他意はありません。よく考えてみてください」
「つまり我々が、あの蛮族たちと同じだと」
 ルカは否定しなかった。
 その貴族はいきなり笑い出した。
「やはりあの噂は本当だったのですね。あなたには半分平民の血が流れている。だから平民の味方をしたがると。あなたは貴族が何たるかをご存じない」
 半分平民の血をひいていると聞き、平民たちはざわめく。
 無礼者。と言いたげにリンネルが一歩前に出るのをルカは片手で制した。だがその隙を狙ってトリスが銃口を貴族に向けた。
「痛っー」
「なっ、何すんだよ」
 棒のようなものがトリスの手の甲にぶつかり、プラスターがはじける。
「丸腰の者に銃口を向けることは許しません」
「こいつらはな、おめぇーを侮辱したんだぞ」
「侮辱したのではありません、真実を言っただけです。確かに私の母は平民です」
「あのな」と言いかけたものの、ルカに口でかなうはずがない。トリスは諦めたように投げつけられた棒(笛)とプラスターを拾いながら、
「これ、神様からもらったものなのだろう、こんなことしたら罰が当たるぞ」と、ルカの方に笛を差し出す。
 ルカはそれを受け取りながら、
「罪のない人たちを助けたのです、罰など当たるはずがありません。もしこれで罰が当たるようでしたら、そのような神、こちらから願い下げです」
 そこまで言うか、ご神体を投げておいて。こう見えてもトリスはわりと信心深い。軍人は時としてその命をその時の運命の女神に捧げなければならない時がある。そのせいだろう。
 まあ、いい。こいつは絶対神の存在を認めない科学万能主義者なのだから。その時の運ですら方程式で割り出すぐらいだから。
「しかし」とトリスは、自分が尊敬している主の顔をまじまじと見ながら、
「俺は、前々から思っていることが一つあるのだが」と前置きして、
「一度おめぇーの頭をかち割って、その脳みそを見てみてぇーと思っているんだ、どんな神経の配線をすればそんな反応ができるのかと。あれは誰が聞いても侮辱しているとしか聞き取れない、なっ」と、トリスは近くの仲間に助けを求める。
 当然、他の親衛隊たちも頷いたがルカは認めようとはしない。
「あなたが言われているのではないのですから」 そんなに向きにならなくともと言いたげなルカに、トリスは、
「まあ、いい」と言い残すと、つかつかと無礼な口をきいた貴族の前に行く。そして思いっきりその顔面を殴りつけた。一瞬のことだった。誰も何が起こったのか判断できなかったぐらいに。
 何をするのだ。と言いたげな貴族の視線に。
「素手なら文句ねぇーだろー、素手なら。受け身の取れないお前が悪いんだ。それともかかってくるか、相手になるぜ」
「トリス、よしなさい」と止めるルカ。
「言っておくが、俺は、自分が尊敬して仕えている主の」
「主の悪口を言われるのが、この世の中で一番嫌いなんだ」と、入口の方からの声とトリスのこえが重なる。
 トリスが常日頃口にしている台詞だ。
 だっ、誰だ? と思いつつトリスたちは扉の方へ振り向と、そこに数人のマルドック人。見慣れない顔ぶれだ。
「やっ、相変わらず威勢がいいですね、トリスの旦那。恐怖政治でもお敷きになられるおつもりですか」
「だっ、誰だお前?」
「お忘れですか、ゲリュック群星では、かなりお役にたったと思っておりましたが。まああれから私の商売もうなぎ登りで、それでこうやってあの時のお礼に伺った次第です」
 市民の代表者はマルドック人の顔を見て驚く。どうして彼がここに?
 首都オネスから逃げるように忠告したのはこのマルドック人たちだった。
「あっ、思い出した。確かヌスット号のチェネ」
「違います。それではまるで泥棒のようではありませんか」
「えっ、じゃー」と、トリスは視線を宙に漂わせ考える。
「ピンハネ号のチェネです」
「ピンハネ号? ヌスットとどこが違うんだ?」
「おおいに違います。ピンハネとは斡旋した労働の対価の一部を貰い受けるのであって取るのとは違います。ヌスットは泥棒のことです」
 ここで言葉の説明をされても、トリスにはどっちもどっちのように聞こえる。
 ルカはマルドック人のその説明を笑いながら聞き、どうしてマルドック人たちは自分の愛船に高級な名前を付けないのかと疑問に思いつつも、話を元に戻すため、
「貴族とは、何なのでしょう?」と、率直にその貴族に尋ねた。
「貴族とは選ばれた人種です。平民とは格が違うのです」
 選ばれた? 誰に? とルカは訊きたかったが、
「あなたの祖先も元は平民だったのでしょう。たまたまお金があったから貴族になった。皆、そんなものですよ」
 これに憤慨したのは貴族たち。
「殿下、お言葉を返すようですが」といきり立つ。
「違げぇーねぇー」と言ったのはトリス。
「俺の先祖なんかまっとうな生活しかできなかったからな、金がなくて子孫は平民だよ」
 トリスが言ったのではせっかく徳を積んだ祖先の生活も、キュリロスの隕石のように地に落ちて砕けてしまったようだ。だがトリスのその言葉に平民たちが賛同する。
「失礼ですがそうおっしゃるギルバ王朝も、元をただせば一介の実業家ではありませんでしたか」と負けずに食い下がる貴族代表の一人。
「そうですよ、それが何か」
 ルカはそれをあっさりと認めた。否、それこそがルカが言いたかったこと。半分平民の血を引くと言うが、ギルバ王朝ですら元はただの平民、何時から貴族になったのだ? この銀河の歴史に比べれば如何ほどの価値があると言うのだろう。
 貴族たちは黙ってしまった。ここで王子の反論でもあれば幾らでも言い返しようはあったのだが。
「選ばれた人種か。では本当にこの星住人から選ばれてみたらどうだ、選挙をして」と言いだしたのは平民の代表たち。
 選挙選挙と選挙こそがと主張する平民の代表者たちにマルドク人の商人チェネは、
「私は仕事柄いろいろな星を見てきましたが、帝政が長く続き既に民主政が何たるかを忘れている平民に選挙権を与えたところで何の意味があるのでしょうか」
「それは自由と平等」と言う平民を制して、
「自由や平等をいきなり与えても、猫に小判、豚に真珠、馬の耳に念仏、トリスの旦那に説教みたいなものですよ」
「なっ、何なんだ、その最後の俺に説教とは」
「この四つに共通するものは、やるだけ無駄と言う言葉です」
「あっ!」と、憤慨したのはトリスだけではない。平民代表者たちも同じだった。
 チェネの助言のおかげで首都オネスから避難し命拾いをしたのだが、今の言葉は許しがたい。
 平民の代表者たちを全員敵に回してもチェネは怯まなかった。
「私が思うに、これほど文盲率が高くては法治的な社会を建設することはできない。まずは選挙より平民に読み書き算術を教えるべきだ。私の見聞から、はっきり言って申し訳ないが、この星の住民は貴族による支配が長すぎた。この星の貴族は自分たちの利益しか考えられない。よって平民たちはただの労働力でしかない。文盲でも朝起きて採石所に行って仕事をすれば一日の食事にはありつける。なんらそこに思考の挿む余地はない。否、かえって考えれば雇い主とトラブルになる。何も考えずに言われただけのことをやる。それがこの星での生活だった。頭も体と同様、動かさなければ動くのが面倒になるように、使わなければ使うのが面倒になる。大半の住民が考えることが面倒になってしまっているのではありませんか。そういう生活が長すぎた。違いますか、ハロルドさん」
 チェネにハロルドと呼ばれた平民代表は頷く。
「我々マルドック人はそうはいかない。なにしろ自分が資本。自分を磨くことを怠れば食事にありつけなくなる。何も努力していないように見える者ですら、言葉の勉強は欠かせない。相手がネルガル人ならネルガル語を、エヌルタ人ならエヌルタ語を。マルドック語がどのような響きをしていたのか忘れるほどに。そうですよね、ボイの方々」とホルヘたちにボイ語で同意を求められたのにはホルヘたちも驚く。
「まあ、まずはお互い無事だったことを喜び合ったらいかがですか、そう睨み合わずに」
 これでは話し合いにもなるまい。
 これもマルドック商人の先祖からの教え。敵に物は売れない。仲間に入れてもらって信用されて初めて物が売買できる。
 ここに生き残った貴族も平民も、どちらもマルドック人の言葉を信じて首都オネスから逃げ出した仲間なのだから。
 首都オネスから早く逃げろ。今回は隕石粉砕砲もバリアも役に立たない。今回のネルガル正規軍を指揮するのはルカ王子といい、クリンベルク将軍に次ぐ百戦錬磨の化け物だ。色は浅黒く体は俺よりでかい。マルドック人は全体的にネルガル人より体格がいい。まして肌の色が黒いため一見おどろおどろしくも見える。そんなマルドック人の中でもチェネは特に大きい方である。そのチェネが俺よりでかいと言うのだから、背丈は優に二メートルは越しているのだろうと想像それた。顔はまるでドラゴンのようで、その雄叫びひとつであの第10宇宙艦隊のならず共を黙らせると聞かされていた平民の代表者たちは、まず目の前にいる子供がルカ王子だなどとは信じられなかった。
 何かの間違えでは? とまで思った。
 そうだ、まずチェネに会ったら言いたいことがあった。と今更ながらに思い出した平民代表。
「チェネ船長、私はあなたを親友だと思っていた。その私を騙すとは」
「何のことかな? 私はあなたを親友だと思っているが、ハロルド」
「ルカ王子のことですよ、化け物のような大男だと」
「それは」と、チェネは笑い、
「真実を言っても誰も信用しないと思ったからですよ。マルドック人とは、目的を達成するためには少しぐらいの嘘は平気でつくものです。今回の目的はあなたを首都オネスから脱出させることだった、出来るだけ多くの仲間とともに。それには攻撃してくる相手が子供だと言うより化け物のような大男だと言った方が、より効果があると思ったからです。親友の命を助けたいがために戦争が始まるのを承知でこの星へ来たというのに」と、チェネはおおげさに情けないと肩を落としてみせる。
 チェネにそう言われるとハロルドは言い返せなくなった。
「それと同じことが今のこの星の政治にも言える。目的は何なのだ、帝政なのか民主政なのか。そんなものではないだろう、それは目的をかなえる手段に過ぎない。手段はあくまで手段。もっとよい方法があればそちらを使えばよい。それよりも目的をはっきりさせる方が先決。目的をはっきりさせないからやることがぶれてしまうのです。で、この星の目的は?」と、チェネにまじまじと問われてハロルドはたじろいだ。
 当然貴族と平民ではその目的が違う。どこかでお互い妥協しなければ先には進めない。ハロルドを中心とする平民たちは黙り込んでしまった。無論、貴族も。それに答えたのはルカだった。
「誰もが人間らしい暮らしが送れることです」
「そうですか。その人間らしい暮らしのレベルをどの位置に置くかが問題ですね」
「いきなり貴族のようなとはまいりませんから、とりあえず衛生的な生活が送れ、子供には教育を受けさせ、大人には仕事の合間に一家団欒で趣味の一つも楽しめるような、そして怪我や病気をした時には治療もうけられるような」
「随分と具体的ですね」
「ことを始めるには象徴的な考えでは何も出来ませんから」
 マルドック人は爽快に笑った。
「なるほど、アモス船長からお噂はかねがね。一度お会いしたいと思っておりました。お会いしたついでと言っては何ですが、一つお尋ねしたいことがあったのですが」
「私に答えられることでしたら」
「今回の作戦、どうして事前に情報を流されたのですか。下手をするとこれが敵に知られることになるかもしれないとは、お考えにはなられなかったのですか」
「そうだよ、俺に一言の相談もなく」とトリス。
「あなたに相談などしたら、反対されるのは目に見えておりましたから」
「当然だ。敵にばれたらどうする気だったんだ。せっかくの作戦が台無しになるだろーが」
「そしたら、引き揚げます」
「はっ? これだけ準備してか?」
「そこまでして、平民たちを助けたかったのですか」
 ルカはケリンの情報から確信を得ていた。彼らの隕石粉砕砲に向ける過信。おそらく情報を流したところで彼らが首都オネスから離れないことを。本当なら離れてくれればと願わなくもなかったが。
「あなたがたマルドック人は駆け引きに長けておりますから、その手腕を信じただけです」
 マルドック人ならこの情報をうまく生かし星の住民を助けてくれるだろうと。
 チェネは先程以上に爽快に笑った。
「なるほど、あの一匹狼(アモス)があなたに惚れ込むわけだ」と、またひとしきり笑うと、すると今度は一変して真面目な顔になり、
「ゲリュック群星での恩返しだと意気込んで乗り込んできたのですが、ご期待にそえなくて申し訳ありませんでした」
「いいえ、充分にやってくださいました」
「ネットを使って忠告なされたとか」
「それもあなた方の口コミがあったからこそ、功を奏しました。今回の司令官はドラゴンのような悪魔だと」
「ご存じだったのですか」と恐縮するチェネ。
「私のことは何と言われようともかまいません。それで多くの人々が首都オネスから避難するのでしたら」
 俺も惚れ込みそうだとチェネは思った。
「あなたのような方がこのキュリロスに君臨なさればよろしいのに、そうすれば」
「チェネ船長!」と、彼の言葉を途中で断ったのはハロルド。
「キュリロスを第二のネルガルにする気はない」
「そう言うがハロルド、この星に民主政は無理だ。さっきも言ったが選挙をしても意味がない。この星は植民惑星のようなものだったからな。俺の見聞によると民主政が成功した星は、過去に二百年も三百年も安定した政が行われていたことのある星に限られる。既に国民に基礎的な道徳や倫理の教育が行き届き、学識中間層が育成されているからな。まずは選挙よりそのような中間層を育成する方が先だと思う。それにはカリスマ的な人物が必要だ、ここにおられる王子のような。だがここで一つ問題が出ます」と、チェネは今度はルカの方を向いて話す。
「人は権力を持つと変わる。その権力に固守するようになりますから」
 その言葉にいち早く反応したのはトリスだった。アルコールがまわっているわりには反応が早い。否、アルコールがまわっているからこそ反応が早いのかもしれない。
「じゃっ、何かい。俺の親ぴんもそこら辺の金と権力の亡者と同じになるとでも言いたいのか」と、トリスは貴族たちを顎で指し示しながらチェネに絡みだした。
「トリス、私にもそうならないと言う自信はない」
「おっ、親分」
 トリスは唖然としてしまった。我が心の乙女のような親分の、俗世間に穢れた姿は見たくない。
「お金や権力は確かに人を変える。どんなに注意していても知らず知らずに傲慢になっていく」
 マルドック人は頷く。これは何もネルガル人にだけ言えることではない。マルドック人も同じ。だからこそマルドック人は船の名前で自分たちに忠告を与えているのだ。あらゆる星人が大なり小なり持っている性なのだろう。生物は環境に適応するようになっている。お金や権力が集中し周りの人々の態度が変われば自分も自ずと変わる、その環境に適応するかのように。
「要は、そのカリスマがせっかく育った学識中間層をどう扱うかだ。彼らが平民を引っ張っていくのは確かだ。ただそれが国全体の益になるか害になるかです。薬がよい例だ。よく効く薬は副作用も強い。副作用が強いからとその薬を排除してしまえば、せっかく治る病気も治らなくなってしまう。学識中間層を排除すればその国のレベルが下がり下品になる。彼らはなかなか難しい存在でこちらの意のままには動いてくれません。しかし彼らがいなければ平民を人間として動かすことはできない、家畜や奴隷のように動かすことはできても。それこそが今までのキュリロスだった。違いますか」
 貴族たちは平民に教育を与えようとはしなかった。チェネの言うとおり使いづらくなるからだ。平民は文盲にしておくのが一番。だがこれでは何時になってもその星は栄えない。
「チェネ船長、三日後の会議にも出ていただけないでしょうか。あなたのような見聞の広い方がいてくだされば」
 ルカの申し出に、チェネは首を横に振った。
「私は一介の商人です。私の仕事はこの星で買い付けた鉱石をゲリュック群星で高く売りさばくことです。その星の政には口を出さないのがマルドック商法のルールです」
 兵器を専門に売る死の商人でない限り政には口を出さない。もっとも彼らは和平交渉を乱して悪化させるのが目的だが。一般の商人が政にかかわるとろくなことがない。これも先祖からの教え。
「そうですか」と、がっかりするルカに。
「あっ、もう少しで忘れるところでした。実は今日謁見を願い出たのは、こんな知ったかぶりの話をするためではなかったのです。ゲリュック群星では挨拶にも伺わず大変失礼いたしたもので」
 ゲリュック群星にネルガルから海賊退治の正規軍が派遣されたと聞いて、ゲリュック群星の人々はまたかと大きなため息を吐いた。なにしろ海賊退治は建前で、ろくな戦いもせず飲んだり食ったりたかったりで、挙句の果てには手土産まで用意させる有様。宇宙海賊が非合法的に荒らし回るのに対し、ネルガル宇宙軍は合法的に荒らし回ったと言っても過言ではない。彼らが来ると宇宙海賊に荒らされたのと同様にゲリュック群星の商人たちは疲弊した。こんなことなら来てくれない方がいいと思うほどに。そこへ今度は王子が指揮をしてやってくると言うのだから、貢物もちょっとやそっとの額では済まないという話しになっていた。とにかくさっさと帰ってもらわなければ何時までも居座られては、こちらの体力がもたない。無論こんな調子だから挨拶にも行く気になれなかった。だが今度の王子は違った。あっという間に宇宙海賊を対峙すると、お礼に伺う前に帰られてしまった。あの時の非礼を謝りお礼がしたかった。
「これを、殿下に」と箱を差し出すと、ルカは怪訝な顔をし、
「受け取るわけにはまいりません」と断る。
 ルカ王子はお礼の品を受け取るような方ではないとアモスから聞いていた。だがある付加価値を付ければ受け取るかもしれない。その付加価値とは。
「これはイシュタル人の職人に頼んで作ってもらったものです。殿下にと言うよりもは奥方様に。殿下は大変な愛妻家だとお聞きしております」
「イシュタル人に!」と驚くルカ。
 イシュタル人と聞いてルカ以外のネルガル人はざわめいた。イシュタル人こそ悪魔の元凶。
 マルドック人はその箱のふたをゆっくり開けるとルカに見せた。だがルカより早く反応したのはホルヘだった。
「これは、すばらしい」
「この青い石が奥方様の朱の肌にぴったりかと存じます」
 ホルヘが感嘆するだけあってそれは美しいネックレスだった。あまり装飾品に興味のないルカですら美しいと思った。細工物ならホルヘに敵う者はいないと思っていたが。
「手に取って見せていただいてもよろしいでしょうか」と問うホルヘ。
「殿下のものですから、殿下にお聞きしてください」
「私は」 もらうと言った覚えはないが、イシュタル人の作、それもホルヘがここまで感嘆する。
「イシュタル人がこんなに器用だとは知りませんでした」と言うルカに、
「イシュタル人の性格はその村の守護神(竜)によって決まるそうです。なぜなら竜は自分の持ちうるものを全部村人に教えてくれるからだそうです。細工物の好きな竜ならこのような細工物の作り方を、歌の好きな竜なら歌を」
「では不器用で何もできない乱暴な竜でしたら村人もさぞ困るでしょうね」とルカは苦笑する。
 自分は乱暴ではないが不器用なのは事実だ。
「その笛の竜のことを言っておらけるのですか」
 ルカは神の証であるという笛の竜を見詰めた。
「最初は断られたのです、ネルガル人に作ってやるような物はないと。ところがその笛の話をしましたら、先方から是非とも作らせて欲しいと。竜に献上するつもりで作ると」
 ルカはこの手の話しは嫌いだ。訝しげな顔をすると、
「私は人間です。しかもネルガル人です」
「ええ、知っております。ネルガルの王子であらせられる。しかもその笛は偽物、竜木で出来ているそうですね。本物の笛は竜の肋骨で出来ているそうです」
「竜のあばら骨?」
 かなり具体的だ。
「肋骨なら何本もあるから一本ぐらい無くとも不自由しないそうです」
「そんなものか、肋骨って」と疑問を抱くトリス。
「竜はこの世に存在しない」とルカははっきり否定した。
「ですがイシュタル人は信じております。しかもその竜こそ、この乱世に一番必要とされている救世主だと」
「これを作ったイシュタル人は、これを竜に届けてほしいと?」
「いいえ、これはあくまでもあなたの奥方様にとのことです。もっともそう願って作ってもらったのですが」
「会いたいですね、その人物に」
「それは、無理かと存じます」
「無理? まさかネルガル人に」
「この細工物を見たネルガル人が欲しがりましてね、同じものを作らせようとしたのですが、彼が拒みまして」
「まさか、殺された」と、物騒なことを言うトリス。
「それが、テレポートをしまして。彼らは目の前にワームホールを作ることが出来るようです。どうやって作るのかはわかりませんが」
「作れる者と作れない者がいるそうだ。ネルガル人に捉えられている者たちは作れない者たちのようです」
 これはルカが以前ハルメンス公爵の館で会ったイシュタル人に聞いた話だった。
「そのようですね、それで作れる者たちはある場所に集合している」
「宇宙海賊アヅマ」
「ご存知でしたか」
 ルカは爪を噛み考え込む。
 このことは大半のネルガル人は知らない、イシュタル人に興味がない限り。ネルガル帝国に対抗する勢力になりつつある二大宇宙海賊、一般のネルガル人はどちらも兵隊崩れの集団だと思っていた。シャーはその通り脱走兵の寄せ集めでオネスが率いていた。今回の戦闘で崩壊したも同然だがアヅマは完全に違う。彼らはイシュタル人だ、しかも特殊能力を使う。こちらの方が存在するかしないかわからない竜よりはるかに脅威だ。今までの戦術が一切役にたたないだろうから。ルカもテレポートを見せつけられた時、恐怖を隠しきれなかった。彼らにこちらを殺す気があれば何時でも殺せる。こちらは彼らが何処に現れるのかまったく予測がつかないのだから。ただレスターだけは彼らの現れる位置を正確に予測できた。今後アヅマを相手にするにあたりボイ星での戦闘で彼を失ったことは大きな痛手だ。
 この細工物を目にしてからホルヘはすっかり蚊帳の外にいた。それほどこの細工物はホルヘを引き付けた。
「一部分解してもよろしいでしょうか、どのような方法で石がはめ込まれているのか見て見たいのですが」と、好奇心旺盛に聞いてくるホルヘ。
 話題が場違いだ。それでもルカは悪い顔一つせず、
「それはシナカのものです。シナカに断ってからにしてください。おそらくシナカのことだからいいと言うでしょうが、そしたらシナカがそれを身に着けた姿を私が見てからにしてください」
「無論、それまでは待ちます」
 待てそうもない雰囲気を漂わせホルヘは言う。
「仕方ありません、こんなにホルヘが気に入ってしまっては、これはいただくことにします」
「有難うございます、これで少しゲリュック群星のお礼が出来たというものです」
「いいえ、もう充分していただきました。あまり気にしないでください。あれは私の仕事なのですから」
「さようですか。ところでそのネックレスなのですが、まだ代金を支払っていないのです。支払いたくともそういう訳でそのイシュタル人の居場所がわからないのです。おまけにイシュタル人には名前がないときている。現にそのイシュタル人の名は細工師というのです。細工師と名乗る者はイシュタル人以外でも何処にでも居ます」
「私にアヅマを探し出せと」
「いいえ、ただあの後、一度だけ連絡が取れまして、本物の笛を持っている者に心当たりがないか訊いてくれと言われまして、それで代金と引き換えでかまわないと。どうやらアヅマはその本物の笛を持っている人物を探しているようです」
「本物の笛」と呟きながら、ルカはじっと自分の握りしめている笛を見詰める。
「おそらくエルシアなら、本物の笛のありかをしっているのでは?」
「エルシア? その方は今、何処に?」
「それが」と、ルカはどう答えてよいか迷った。
 自分の体の中。と言ったところで信じてはもらえないだろう。それどころか頭がおかしいと思われかねない。
「池の底です」
「池の底? その方は生きているのですか?」
「おそらく生きてはいないでしょう。母の村では彼が転生を繰り返していると言う言い伝えがありますが、おそらく私があの村で生まれていれば彼は私の体を支配したでしょうが、幸い私は村の外で生まれました。よって彼に体を奪われなくて済んだと言うことです。彼はあそこから動けないようです。おそらくあの池の底にでも封印されているのでしょう。私があの池に近づかない限り彼は私に手を出すことは出来ないと思います」
 それが何を意味しているのか言っているルカ本人もよくわからないようだ。だがリンネルは少し違うと思っていた。ルカ自身がエルシア様なのだ。
「つまりそのエルシアとか言う人物は既に死んでいて、池の底に埋葬されているということですか?」
「本物の笛と一緒に。これでいいですか。私が彼について知っているのはこんなところです。詳しいことは母の居る村に行って訊いた方が」
「わかりました、今度連絡が取れましたらそう伝えましょう」
「連絡がとれたら私にも教えていただけますか?」
 チェネは難しい顔をした。
「それが、どこから連絡してきているのかわからないのですよ。それも一方的に連絡して来て一方的に切ってしまう。まるであの世からの通信のようで」
「居場所を知られたくないのでしょうか」
「おそらく」
 ルカは黙り込む。暫くして、
「わかりました。この星には何時まで?」
「取引が再開できれば鉱物を搭載して直ちに発つつもりです。キュリロス星からの鉱物が手に入らず困っている星がありますから。あまり長い間不自由させると客の信用を無くす原因にもなります」
「そうですね。発つ時はまた顔を見せてください。あなたのような方とお近付きになれて光栄です」
「いいえ、それはこちらの言葉です。アモス船長同様、私共もひいきにしてくだされば有難く存じます」とチェネは深々と頭を下げると辞去した。
 ここら辺が話しの切り上げ時だろうと思ったルカは、
「医師たちの話しでは戦前からこの星にはインフラが整っていなかったようですので、まずはそこから始めますか。私の軍隊の機動力を使えばかなり早くかたづくでしょう。次は政治体制ですが、これはあなた方が話し合って決めてください、先ほどのマルドック人の意見も参考にして。争いにならない限り私は口を出しませんので、ただし調停はさせていただきます」
 内乱など起こされてはたまったものではない。
「会議は三日後に開きますので、それまでにおのおの具体的な案を提出できるようにしておいてください」
 そう言うとルカは、ドルトンを残し彼らを全員部屋から去らせた。モニターのスイッチを入れると、
「聞いていましたか」と、画面に問いかける。
 画面にはルカがネルガルから連れてきた若者たちが映っている。
「こちらの案も三日後までに実情に合うように修正しておいてください」
『しかし、先ほどの殿下のお言葉では、彼らの案を採用するような仰りようでしたが』
「反論するにはこちらにもそれ相応の案が出来ていなければ反論できません。それに私は、それぞれの案の良いところだけを融合させて一つの政治体制を作りたいと思っております」
『それは、難しい注文ですね』
『それで、うまくいくとお考えですか? 野球のチームでも映画でも大物スターだけ揃えるとろくなことにはなりませんよ』
「それは、やってみないとわかりません」
『こちらの案はもう一度確認しなおしてみます。この星の実情に合っているかどうか』
「お願いいたします」
 ルカはモニターのスイッチを切ると、窓辺の方に歩み寄る。外は昼だか夜だかわからない。一日中どんよりした雲の中に居るようで。隕石の衝突で舞い上げられた塵は少なくとも三か月の間は太陽を覆い隠すだろうと言われていた。
「雨が早くこの空気を洗浄してくれるといいですね」
 空気中の塵をいっぱい含んで降る雨は黒かった。
 ルカは独り心に誓う。
 住みやすい星にしてやらなければ。何の罪もなく死んでいった人たちに報いるためにも。その日その日を慎ましく生きてきた人々の生活を破壊して、このままでは帰れない。
「殿下、少し休まれては」と、声をかけたのはドルトンだった。
 ルカはドルトンの方に振り向くと、
「少し、時間が取れますか?」
「明日の朝まで休憩をいただきました」
「それではあなたこそ休まないと」と言うルカに、
「ところが私は医療施設から追い出されてしまったのです。近くに患者がいたのでは休んだ気もしないだろうと」
 それは確かに。とトリスたちは頷く。
「それでは休むにも横になるところもないと言いましたら、殿下の部屋が空いているだろうと」
「オリガー軍医が?」
 ドルトンは頷く。
「つまり体裁よくあなたのところに追い払われたということです」
 二人で夜通し話をしていたのでは休憩にもならないが精神的な浄化にはなる。とオリガーは踏んだようだ。
「少し休みましょうか」
 ドルトンは頷く。


 ルカがドルトンと昔の思いに耽っている頃ケリンは、隕石が不自然に軌道を変えた空間のデーターを集めていた。何かの力が働いたとしか思えない。まるで狙ったかのようにあの隕石群はキュリロス星最大の都市オネスに体当たりしたのだ。
「ケリン伍長、もうその辺で」と、ケリンの探索を止めようとオペレーターが声をかけた。
「あまり根を詰めますと、いざ殿下があなたを必要とした時、倒れてでもしたら」と、ケリンの体を心配する。
「何らかのエネルギーが働いたには違いないのだ。そのエネルギーが我々艦隊の走行の邪魔にならないとも限らない、そしたら危険だ」
 宇宙は広い、存在はするがまだ我々の科学力では見ることも測定することもできないようなものが多々ある。現にボイの星系に存在していたダーク惑星。その大きさは未だに確定されていない。そのようなものがキュリロス星近辺にも存在しているとすると。
「ケリン伍長、ここか」
 入ってきたのはリンネル。今は各艦隊がルカの指示に従い町の治安と復興にあたっている。リンネルは定期的に上がるその報告を聞けばよいぐらいだった。濃霧のような砂塵の中、あとかたづけが着々と進んで行く。ルカは戦闘前から戦後の怪我人の救出と瓦礫の撤去方法を考えていた。各兵士たちはそのマニュアルに従って動けばよいよいになっている。兵士たちに言わせれば、これではキュリロスへ何しに来たかわからない。戦争は何時始まったのか知らないうちに勝利で終わった。残るはそのあとかたづけ。一体俺たちは兵士なのか、それとも土木作業員なのか?
「マニュアルの方は、これと言った問題はないようですね」
「ああ、たいしたものだ、これだけのことを戦闘前に考えていたとは。それより今度は何をそんなに根を詰めて作成しているのですか」
「作成ではありません、調べているのです。どうして隕石が急に軌道を変えたのかと」
 ああ、そのことか。という感じにリンネルは頷くと、
「あれは、ヨウカ殿の仕業です」
「ヨウカ、どの?」
「信じてはもらえないでしょうが」
 以前からいくら言っても誰も信じてはくれない。
「白蛇が動いたのです。隕石に憑依し」
 ケリンは錆び付いた人形のようにゆっくりと自動回転椅子を回転させるとリンネルの方に体ごと向き直った。
 リンネルは苦笑する。
「脳波を検査した方がいいですか」
 いつも白蛇の話をすると部下たちから言われる。それどころか殿下などマジに心配し、疲れているようだから少し休むようにと心を使われ、ある時など数日間の里帰りのプランまで立ててくれた。
「いや」と、ケリンは真剣な面持ちで頭を横に振ると、
「詳しく話してくれませんか、そのヨウカとか言う化け物について」
 リンネルは苦笑すると、
「ヨウカ殿は自分が化け物と言われることを一番嫌っております」
「化け物でなければ一体何なのですか」
 リンネルは答えに苦慮した。自分の科学力では到底説明できない。
「四次元生物とでも言うのでしょうか、この世とあの世の狭間、もしくは時間と空間を超越している」
 彼女と会話をしている時、時間の流れはほとんどない。
「三次元生物でないことは事実です。三次元のものならどんなものでも我々と同じ成分で作られているはずだ。と殿下は仰せになりました。この空間自体が一つの器であって、その中にある材料で我々は組み立てられているのだから。確かに殿下の仰せのとおり、ボイ人もマルドック人もエヌルタ人もあるいは他の星人も多少の差はあるものの我々と同じ成分で出来ております。必ずその惑星にある物質は他の惑星でも見つけることができます。ですがヨウカ殿は純粋なエネルギーではないかと思います」
「エネルギーも物質の一形態だろう。エネルギーが凝縮したのが物質だ」
 リンネルは黙ってしまった。
「すまない、別に大佐を攻めるつもりはない」
「私は武術にばかり夢中で、もう少し勉学もやっておけばよかったと今になって後悔しています。まさか王子付の侍従武官になるとは思いもよりませんでしたから」
 自分の身分では成れる地位ではなかった。
「その必要はないだろう」と背後から声。
 リンネルとケリンが慌てて振り向くとそこにフェリスが居た。
「いつからそこに?」とケリンは訝しがりながら問う。
 フェリスの存在をまったく気づかなかった。ある意味レスターのような奴だ。彼も気配を感じさせずに近づいて来る。
「いま来たところです。少しお耳に入れたいことがありましたもので」
「では、俺たちの話を?」
「申し訳ありませんが聞いておりました。私が思うに大佐は勤勉で忠実な人だ。だから殿下が一番信頼している。足らない部分は俺たちが補えばいい。そのための部下です」
「そうだな、そのヨウカと言う生物について調べると言いたいがデーターがない」
 お手上げ状態だと言う感じにケリンは両手を挙げてみせる。
 以前にも調べたことがある。いろいろな怪しげな本も読んではみたがますますわからなくなった。かえって科学的な立場から追いつめて行った方が。
「お前はどう思う、こんな話を聞いて?」
「生物である以上はどこからエネルギーを得ているのでしょうか? そう考えるのは三次元的な発想でしょうか」
 フェリスにそう言われ、ケリンは首を傾げた。何しろ四次元と言う世界を知らない。
「四次元にいる時は、エネルギーのことはことさら考えなくともよいようです」
「つまり食事をしなくとも生きられるということか」
 リンネルは頷く。
「ただし、三次元に存在するにはかなりのエネルギーが必要で、そのエネルギーは」と、そこまで言ってリンネルは口ごもる。その先を言ってよいものかどうか。
「そのエネルギーは?」とケリンに問われ、黙るにはしゃべりすぎたことを悟った。
「殿下から。殿下の生命力です」
 ケリンとフェリスは驚く。
「それ、殿下の寿命を縮めていることになるのでは?」とフェリス。
「余力の分をもらっているようで、今はまだ殿下も子供ですから、ですが殿下が成人された頃にはヨウカ殿もかなりの力を付けることができるそうです」
「つまり殿下の成長と共に」
「寄生虫のようなものですから、宿主を殺すようなことは。それどころか殿下は幾度となくヨウカ殿に命を助けられております」
「殿下が致命的な怪我をしても死なないのはそのせいか」
 リンネルは頷いた。
「ネルガル人の中には、彼女のような存在を寄生させている者は何人もいるそうです。ただ本人が気づいていないだけで。とヨウカ殿は言っておられました」
「つまり殿下以外でも」
 リンネルは頷く。
「どんな生物か一度会ってみたいものだな」
「何度か会っていると思いますよ、殿下の生命エネルギーが危機に瀕した時、我々から抜き取り殿下に与えていた時もありましたから」
「そっ、そういうこともできるのですか」とフェリスは驚く。
「お互いに利益にならなければ寄生はさせないでしょう」
「確かに」と、ケリンは頷く。
 どうやらこちらの化け物の心配は今のところしなくともよさそうだ。そうなると次は、
「耳に入れたいこととは?」と、ケリンはフェリスに尋ねた。
 フェリスはあたりを伺い自分たちしか居ないことを確認すると声を落とした。
「宮内部が放った暗殺集団が」と、フェリスは言ったが、おそらく某王子。フェリスも知っているのだろう、ただその名前を口にするのが憚られた。
「全員、把握できるまではと思っていたのだが」
「やはり、ご存じだったのですか」
 今まではレスターが独りで全て闇から闇へ葬ってくれていたのだが、もう彼はいない。
「それで全員だろうか?」
「おそらく」と、フェリスは彼らのリストを見せた。
「取り逃がせば危険だ」と、慎重論を唱えるリンネル。
「だが、一人では何も出来まい」
「明日、集会があるようです。三日後の議会に平民にまじって殿下に近づくつもりのようです」
 自爆テロか。だが持ち物は厳重にチェックするつもりだが。
「あじとは?」
 フェリスは一枚の地図を出す。
「そこを襲撃するしかないな」
 こんな時、レスターが居てくれれば。だがそれは永遠に望めない。
「私に任せてくれませんか、数名の部下を貸してくだされば」
 リンネルは承諾した。




 アルコールが回り過ぎたトリスは、目糞鼻糞のようなくだらない喧嘩に興じていた。
 武器はまさに鼻糞。
「喰らえ、黒仁丹攻撃!」
 トリスは自分の鼻めどから取り出した、まさに自家製の直径一ミリにも満たない黒い球をロンめがけて弾く。
「うわぁー」
 ロンは悲鳴と共にとっさによけたが、よけきれたか? 自信がない。
 ある意味、放射能のようなものだ。見えない分、バズーカーより怖い。そして当たると確実に汚い。トリスのでは悪性のウイルスを孕んでいる可能性もある。否、これはここまでくると一種の細菌兵器だ。なぜか話をここまで飛躍させながらこの二人、周囲を巻き込んでの目糞鼻糞戦。さて、勝者は?
「汚ねぇーじゃねぇーか、こっちへ飛ばすなよ」と、報復で飛ばした自家製の黒仁丹は別の誰かに命中する。
「てめぇー、俺に恨みでもあるのか」
 リメル少佐はこれを呆れ返って見ているしかなかった。
 本当に彼らは、ルカ王子の親衛隊なのか。これでルカ王子の身辺は大丈夫なのかと。
 親衛隊たちの飲み会に招待されたのは名誉なことだったが、この中に溶け込めなかった。
「そうのち馴染みますよ」と、ぼーと突っ立っているリメルの肩を叩いたのは、第6宇宙艦隊のメンデス少将だった。
 彼も遠巻きにこの戦いの行方を見物しているようだ。
 その時、親衛隊たちの行動があわただしくなった。
「どうか、しましたか?」
 近くに居た親衛隊を捉えてメンデスは訊く。
「いや、何でもない。交代だ」
 交代の時間だと言うが、こんな中途な時間に? と訝しがるメンデス。
 親衛隊の数人が姿を消した。
「いよいよやるのか?」
 トリスは酔ってふらつきながらも、ふと正気な顔になり連絡に来た親衛隊に訊く。
 その親衛隊は軽く頷くと、
「殿下には内緒だそうです」
「だろうな、奴は人殺しは嫌いだから」
 こんな時、レスターの兄貴が居てくれればとトリスは思った。兄貴なら俺たちも気付かないうちに始末を付けちまうのに。



 市街地はロブレス大佐やバルガス中佐の活躍で治安は保たれていた。その一角でサイレンサーのくぐもった狙撃音が数発。
「どうします、一人残して黒幕を吐かせますか」
「否、その必要はない。知ったところで我々が手を下せる相手ではないからな」
「やはり、そうでしたか」
 某王子か某夫人のさしがねだということは計り知れる。しかしそれを口にするには憚られた。何しろはっきりした物的証拠がない。実際あったところで何の役にも立つまい。
「皆殺しでいいのか」と、別の仲間が訊く。
 フェリスは軽く頷く。
 彼らが去った後には、死体どころか一滴の血も残らずきれいに片づけられていた。
 恐怖政治は敷きたくない。これが殿下の言葉だ。下手な抗争跡は市民に恐怖を抱かせるもとになる。例えこの星とは関係ないことでも。
 月明かりのない夜は何事もなく明けたのだが、あいにく太陽の光も隕石の衝突で舞い上がった塵で地上まで届く量はわずかだ。





 三日後、約束通り議会は開かれた。出席者は貴族の代表が数人と平民の代表が数人。そして宇宙海賊の代表たちだった。
 会議室に入るや否や、平民と貴族が騒ぎ立てる。
「なんで、お前らが!」
「ルカ王子に呼ばれた」
「王子に?」
 誰もが怪訝な顔をする。
「なら、ここではなかろう。場所違いだ。ここは会議室、お前らが行くところは取調室だろう」
「なっ、なんだと」
 喧嘩寸前。
「静かにしろ! 殿下がお見えになられる」
 三つのグループは親衛隊に強要され各々の席に着いた。やっと部屋の中が静まった頃、ルカが秘書である三人のボイ人と学者肌の数人の青年貴族中に平民もまじっているようだ、それに護衛を連れて現れた。護衛は連れてと言うよりも付いて来たと言うべきか、これからここが荒れるのを警戒して。
 ルカが入口に立つなり全員、直立不動で出迎えた。貴族と平民たちは先日の王子とマルドック商人との会話を聞き、今目の前にいるひ弱な少年は、ただの青二才と馬鹿にするにはあまりにもその存在が大き過ぎる。かといってまだ尊敬とまでには至らない。よって形式だけでも整えようとしたのだ。
「どうぞ、お座りください」
 ルカが言葉をかけるより早く、
「ルカ王子、どういうおつもりですか、犯罪者を呼ぶなど。ここは神聖な会議をするところですよ、今後のキュリロス星の在り様の」
「ええ、わかっております。ですから呼んだのです」
「どうして犯罪者などを」
「俺たちはこの方によって、罪を許されたのだ。犯罪者ではない」
 そうだ。と騒ぎ立てる宇宙海賊をルカは片手で制した。だが、静まらなかったのは貴族や平民たち。
「それは、本当なのですか? 罪を許したとは」
 ルカは頷く。
 どうして!と、迫る貴族や平民。
「戦いが長引けばそれだけ星は疲弊します。自力で立ち上がる力を無くしてしまっては戦いに勝ったところで意味がありません」
 それこそ漁夫の利。遠くで眺めていた者たちに何時でも支配してくださいと言っているようなものだ。キュリロス星はキュリロスの住人によって運営されるべきだ。そのためにも戦争は短期間で勝敗をはっきり決めなければならない。相手が降参すればそれでよいのだから何も武力だけが能ではない。戦いは万策尽きた時の最低の手段だ。
「彼らは今後のキュリロス星の発展に貢献するというのですから、罪を許してやってもよいのではありませんか」
「そんなの方便に過ぎない。そういえば罪を免れるから」
 そうだ、そうだと言い張る貴族や平民。
「俺たちはこいつらにどれだけ苦しめられたか。それを思えば許すなど」
「考えられませんか?」
 当然だ。と言う感じに貴族と平民は頷きあう。
「考えてみてください。どうしてキュリロス星がこのようになってしまったかを。貴族の搾取に耐えかねた平民たちは反乱を起こした。だが平民たちだけでは貴族に勝てなかった。そのためあなた方は宇宙海賊をこの星に呼び込んだ。宇宙海賊はあなた方の思い通り貴族に勝った。それで宇宙に戻ってもらおうとしたが、彼らはここでの生活に味を占め、この星に貴族にかわって君臨し始めた。誰がわるいのですか? 平民を搾取した貴族? 反乱を起こした平民? それても宇宙海賊を引き入れた平民? 貴族に勝った宇宙海賊? それともキュリロス星に居残った宇宙海賊?」
 貴族と平民は黙り込む。そして数分後、開会の宣言もなく白熱した議論が始まった。これこそルカの望み。自分たちの深層心理が何を求めているのか、ここではっきりさせた方がいい。そうすれば今後の行動のあやまちに気付きやすくなる。
「それでは我々に何時までも貴族の奴隷でいろと言うのですか」
 平民の一人がたまりかねて怒鳴る。
「いいえ、そうは申しておりません。理不尽な振る舞いに対しては抵抗するのは当然ですし、言葉でわからなければ力を使うのも致し方ないと思っております。まして勝てないともなれば応援を呼ぶことも。そして応援に来た者が勝利を収め前の支配者に取って代わるのもある意味、自然ではありませんか」
「なるほどあなたは、独裁者の存在を認めるわけですか」
「そうだろうな」と、別の平民がその後をつなぐ。
「あなたは王子だ、しかもこの銀河を支配するネルガル帝国の。生まれながらに独裁者になれる位置に居る」
「そう見えますか」と、ルカは苦笑する。
「私はそういう意味で申したのではありません。ただ、自然な流れだと。人に支配欲がある限り仕方ないことだと。そういう意味で宇宙海賊だけを悪者にするのはおかしいのではないかと。あなた方は誰かに罪を着せ、その者の処刑をもってすべてを終わりにしようとしますが、それでは未来はその繰り返しに過ぎなくなってしまいます。やれ正義の鉄槌だの神の怒りだのと言って人殺しを正当化しますが、神は本当に人殺しを望んでおられるのでしょうか」
「聖典にも記されている」と貴族の一人が言う。
「聖戦は美徳だ」
 確かにネルガル人なら誰でも一度は読む本だ。一度ならずも親や学校で。だが同じものはイシュタルにもあった。おそらくまだイシュタル人とネルガル人が一緒に生活していた時からこの聖典は存在していたのだろう。しかしその解釈がイシュタル人とネルガル人とでは違っていた。そしてイュタル人はそう解釈することによって特殊能力を身に着けて行ったようだ。では二人種のその解釈の違いとは、聖戦という言葉にはっきりと出ている。
 ネルガル人にとって聖戦とは正義のための戦いだった。だがイシュタル人にとって聖戦とは。神は人を殺せなどとは一言も言っていない。これがルカがイシュタル人の書物から得た知識だった。そしてこの解釈の仕方は母の村と同じ。やはり母の村はイシュタル人と何か関係があるのでは? 
「私がある方(ルカはわざと母の名前を隠した)から聞いた話なのですが」と、前置きをして、
「神は人を殺せなどとは決して言わないそうです。人を殺せと命じるのは悪魔だけです。あなた方の心の中の悪魔が何の罪もない目の前の相手に対し、お前を殺そうとしているからやられる前に殺せと囁くそうです、言葉巧みに不安を掻き立てるようにして。それに踊らされているのが今のあなた方です。その方は教えてくださいました。悪魔は頭の中に居るから悪魔の声は直ぐに聞こえるそうです」と、ルカは自分の頭を指さしながら言う。
「しかし神は心の中に居ますから頭まで声を響かせるには時間がかかるそうです」と、今度は胸を指し示しながら話を続けた。
「神の声は響いても弱くて聞き取れない。だからついつい私たちは悪魔の声を神の声だと信じてしまうのだと。それでも神は私たちの体内で悪魔と戦い私たちをいい方へ導こうとしているそうです。それこそが聖戦。だからそのか細い神の声を聴きとるように努力しなければいけないと。自分の内なる聖戦に負け、他人のせいにするのは容易いと。やられたらやりかえせ。などと言う悪魔の言葉に踊らされるのは動物ぐらいなものです」
「では、仲間意識はどうなんだ。友人や親や兄弟が」
「そのぐらいの仲間意識なら動物にもあります。人間でしたらそれをもう少し広く持てませんか。せめてこの惑星、否、銀河ぐらいまで広げられないものでしょうか」
 そうすれば搾取だの差別だのということはなくなる。だが人間も集団を作って生活する動物の一種、そこには必然的にリーダーが出る。このこともルカは重々承知だった。要はそのリーダーの質と彼らをどうやって選ぶかだ。選挙? 選挙で選んだところでそのリーダーが国民に信頼されていなければ何もできない。動物の場合は、このものに付いて行けば危険からも身を守れ餌にもありつけると、群れの中から自然とリーダーが生まれて来るのに。
 議論が始まった。しかしルカがあれだけ一生懸命に訴えたにもかかわらず、まさにトリスに説教。結局ルカの言ったことは彼らには何の役にもたたなかったようだ。平民たちは貴族が政権を握ることを嫌い、貴族は海賊たちが仲間に入ることを嫌った。海賊は既に二世、三世の代になっている。いまさらこの星を出るわけにはいかない。三者三様の我で会議室は鶏小屋を突っついたような騒ぎになった。
「お前たちのせいで俺たちは」
「海賊さえ呼ばなければ」
「奴らが来なければ俺たちは何時までもお前らの奴隷だった」
「この星を立て直すにはかなりの資金がいる」
「この上、また税金をあげるつもりか」
 罵声が飛び交い、最後には殴りあいそうな勢いだ。かろうじてそうしないのは親衛隊たちの目が光っているから。彼らがいなければとっくにこの部屋は戦場と化していただろう。
 最初の頃このくだらない討議を黙って聞いていたルカも、とうとう我慢に耐えきれずテーブルに突っ伏して寝てしまった。疲れているのだ。戦闘から、否、その準備段階からほとんど睡眠らしい睡眠を取っていない。その体を押してのこの会議なのに、討論されていることと言えば相手の中傷と非難ばかり。
「静かに!」
 ドスの利いた低い声が室内に響く。
 それでも騒いでいる者の眉間には親衛隊たちが持ち歩いているプラスターのレザーポイントの赤い光が輝く。それが意味するところは言わずとも誰もが解っていた。
 会議室が急に静かになった。先ほどの犬猫の喧嘩が嘘のように。
「俺たちには武器の携帯を禁止しておきながら、お前らは」と、いきり立つ海賊。
 トリスは冷ややかに告げる。
「当然だろう。武器は高等動物にしか扱えない品だ」
 自分たちをも動物と表現するところにトリスの人柄がある。殺し合いをするのは言葉の使えない動物だと言うのがルカの考え。人間以外の動物でも高等な動物は仲間同士の殺し合いを避けるためにそれなりの言葉に代わる作法を確立している。
「殿下はお疲れのようだ」
「お前ら、少しは考えたらどうなんだ」と言ったのはトリスだった。
「殿下はこんな小さな体でキュリロス星の行く末を案じているんだ。それなのに大の大人が不毛な議論を続けて、少しは恥ずかしいと思わないのか」
 トリスに言われては形無しだ。
 その時だった、ルカの寝言。
「シナカ、早く帰りたい」
「殿下」と、リンネルが抱え上げようとした時、
「わたしが」と、ホルヘはルカを抱え上げ会議室を後にした。
「会議の方はどうなさいますか」と、新法案作成のためルカがネルガル星から連れてきた青年たち。
「このままこの様な議論を続けたところで意味があるとも思えません」とレイ。
 これではボイの反抗分子の方がよっぽど格が上である。少なくとも彼らは自分のことよりボイ星のことを優先していた。
「殿下がお目覚めになるまで休憩にする。その間、各々少し頭を冷やされるとよい」
 リンネルはそえ言うと、それぞれを控室に案内させた。



 ルカは夢を見ていた。
 見覚えのある池。
「あっ! ここは」
 自分の館の庭先だ。何時の間に私は帰還したのだろう。
 池の前に佇む女人。シナカと思ったが、どうやら彼女は池の中ほどにある祠に手を合わせているようだ。
「母上」
 母の癖だった。何時もあそこを通るとき祠に向かって手を合わせるのが。
 どうして母が、村に戻られたはずなのに。
 女人がこちらへ振り向く。母だと思った面影はシナカへと変わる。
「やっぱり、シナカではありませんか」
 シナカはルカの方に手を伸ばしてほほ笑む。だが夢はそこで切れてしまった。
 ガバッという感じにベッドの上に起き上がるルカ。
「どうなされました」と、そこにはシナカにどことなく似ているホルヘが心配そうに顔を覗き込んできた。
「何だ、ホルヘか」と、ルカはさもがっかりしたように言う。
 ホルヘはお茶をそそぎながら、
「楽しそうでしたね」
 ルカは、うん。と言う感じに頷くと、
「シナカの夢を見ました。もう少しで手を繋げたところを」
「それは残念でした」
 本当に、とルカはさも残念そうに頷く。これがヨウカが見せた夢だとは知らずに。



 一方、頭を冷やすようにと各々控室を当てがえられた貴族と平民と宇宙海賊たちは、そこで自分たちの案を吟味し始めた。貴族は帝政を平民は民政をそして海賊は軍事政をと各々勝手なことばかり言い連ねている。これではルカ王子が認めないのは明らか。選挙をしたところであのマルドック商人チェネが言った通りだろう。金と軍事力を持っているものが勝つ。と言うことは、どちらも持っていない平民は不利だ。ではどうする、他に何かよい方法でもあるのか? ルカ王子ならどのような立案を。



「彼らに任せるのは無理なのだろうか」
 ルカは天蓋付きのベッドから起き上がり窓辺に腰掛ける。ここは以前オネス・ゲーベルが客室用に用意した部屋だった。オネスの自室はあまりにも華美すぎてルカは使う気にはなれなかった。現在トリスたちがいいように使っている。この部屋ですらかなりの調度品を運び出させた。ごちゃごちゃと必要以上に装飾された家具よりもはシンプルで使いやすい方を好むルカである。
「私はボイでは、どんなに反抗されても彼らを信じられたのですが」
 彼らは彼らなりにボイの行く末を考慮した結果、私の考えに反対しているのだと。この暴動はその行動が行き過ぎた結果だと、何故か確信が持てていた。だが先ほどの議論は何だ。誰もキュリロス星のことなど考えていない。あれでは選挙をして誰が大統領になったところで一か月と持つまい。
「やはり、上から強制した方がよいのだろうか」
「殿下、我々ボイ人を信じてくれたようにネルガル人も信じて差し上げたらいかがですか。そんなに卑下する必要はないのではありませんか。ネルガル人も素晴らしい星人ですよ、少なくとも殿下を通じてお会いした方々は。それは中には少し困った方だと思うような方もおりますが、全体を見れば」
「あなたは人がいいのです。あなたのような人が、どんなに腐りかけたリンゴでも大事に取っておくのでしょうね、いつか芽を出すのではないかと期待して」
「私は殿下こそ、気の長い方だと思っておりましたが」
「私が?」と、ルカは首を傾げた。
 どこをどう見ればそう思えるのか、疑問だ。
「殿下はネルガル人に対しては採点が少し厳しいてのではありませんか。彼らを信じて少し待たれたらいかがでしょう」
 ルカは爪を噛みながらどんよりとした外を眺める。
「私は、ボイの社会構造が理想なのです。何ていうのかな、こうフラクタルな感じで」
 集団単位の基礎になる家族がそのまま国家になっているような。これが一番自然なのではないかと。どんなに複雑そうに見える植物でも地形でも、単純なものの繰り返し、生物の体ですら四つの塩基配列の繰り返しに過ぎない。否、原子そのものが水素原子の融合に過ぎない。ならばその原子からできた生物が作る社会も単純な単位の繰り返しの方がうまくいくのではないだろうか。家族の代表が集まって一つの部落の集会を作り、その集会の代表が一つの町の集会を作り、そのまた集会の代表がと、より大きなコミュニティーに参加し、最終的には国の政を動かす。ボイ星がそんな感じだった。そこに選挙はない。リーダーは自ずとそのコミュニティーの中から決まって行く。
「いきなりは無理ですよね、徐々にその方向にもっていかなければ」
 しかし、もっていけるのだろうか。金、金、金と、アパラ神より金の方を崇拝している星人に。
「この霧が晴れるころまでには、どうにかこの星の形が出来ればよいのですが」
 隕石の衝突によって舞い上げられた塵、これが地上に降りキュリロス星が元の太陽の光を取り戻すには三か月から半年はかかるだろうと推定されている。




 その頃トリスは独り、裏門でアルコールをラッパ飲みしていた。ゲリュック群星でのお礼だとチェネがトリスにくれたものだ。何百年発酵物の高級酒のようだがトリスにかかっては台無し。口で受けきれなかった酒がだらだらと胸元へと流れ込む。トリスにとっては高級酒も何もない。アルコールと付けばエチルアルコールでもメチルアルコールでもかまわない。これではまさに豚に真珠、酒がかわいそうなぐらいだ。だがさすがに高級酒と言うだけあって香りはいい。その高級酒を香水のように体にあびさせ、トリスは裏門で大の字になって寝ていた。
 そこに数人の男たち。
「うっ」と、くぐもった声で、
「今、何か踏んだ。犬の死骸か?」
「しっ」と、騒ぎ出そうとする男を隣の男が制する。
 皆して振り返るとそこに、
「痛っー。誰だよ、人がいい気持ちで寝ていれば」と、脇腹を押さえながら起き出す。
「トッ、トリスじゃねぇーか、何やってんだ、こんなところで」
「だから、昼寝だ昼寝」
「こんな時間にか?」
 昼寝でないのはあきらかだった。トリスは彼らの帰りを待っていたのだ。
「遅かったじゃねぇーか」
「成仏するように、荼毘に付してから来たからな」
「それは随分と信心深いことで」と、トリスは大袈裟におどける。
 ルカの親衛隊である。親分が信じないものは子分も信じないのが道理。
「この際死体の四つや五つ、増えたところで誰も疑問には思わないからな」
 瓦礫を掘り返せばまだまだ遺体は出てくる。このまま放置しておいて腐乱でもしたら病気の元。よって見つけ次第焼却することになっているのだが、その煙もこの霧を深くしている原因の一つなのかもしれない。
「ところで守備は、まあ荼毘に付すぐらいだからな、訊くだけ野暮か」
「上々だ。あそこで人殺しがあったとは思えないほどにきれいに片づけて来た」
「殿下はこういうことは嫌うからな」
「一人ぐらい残しておけばよかったんじゃないのか」と、問うトリスに対し、
「はかせたところで意味がない」とフェリス。
 フェリスも元情報部員、ケリンのように情報を直接操るのではなく工作が専門だが、奴らの口の堅いことは知り尽くしている。それだけの動力を使って得た情報は。
「黒幕はやっぱりあの鷲宮に巣くう魔女か」
「意外にそのガキと言うこともある。どっちにしろ俺たちの手の届く相手ではない。それどころか下手に動けば殿下に迷惑がかかる。ここは奴らが放つ刺客をその度つぶすしか手はない」
 トリスは悔し紛れに唇を噛む。
「レスターの兄貴がいてくれたらな」
 兄貴ならあの魔女を闇から闇へと葬ることも可能だっただろう。
「しかしお前がレスターの知り合いだったとは知らなかったぜ」
 そこへやって来たのがケリンだった。
「何、こんなところでさぼっているのだ」
「てめぇーこそ、何処に行っていたんだよ、今まで」
「少し調べ物があって」と、それが殿下の護衛より重要なことだとでも言うようにいけしゃあしゃあと言う。
 トリスもそれに負けじと、
「俺は、非番なんだ」と自分でかってに決めつける。
 実は先ほどからまた会議が始まったという知らせを受けたのだが、トリスは行かなかった。どうせ俺のようなものが行ったところで何の役にもたたない。会議をぶち壊すだけだ。奴らの話を聞いていると頭に来るから、あまりにも身勝手な意見に。どうせ大佐が居ることだし、法律に詳しいレイ少佐もいる。今回は学者肌の親衛隊がこぞって護衛すればいい。もっとも議論に夢中になり過ぎて護衛がおろそかになっては困るが、




 ルカたちが部屋の一室に閉じこもり、この星の政治体制について議論を交わしている間も、破壊されたキュリロス星のインフラはルカの戦前の計画に従い復興されていた。こちらを仕切っているのはガスビン。体が大きく温厚な性格故に動きが鈍いガスビンは、トリスに図体ばかりでかい木偶の坊とからかわれていたが、幼少のころから生計を維持するため父と土建関係で働いていたかいがあり、ろくな教育も受けなかったが土木建設には実践で覚えた知識が豊富だった。そこに技術と知識のしっかりしているボイ人キネラオが参謀に付いているのだからその指揮ぶりは他の追随を許さなかった。一見、ぼーとした感じのガスビン。奴にあんな指導力があるとは知らなかった。と誰もが口にしたぐらいだ。さすが殿下、俺たちのことはよく見ているんだな。最初ルカがこの件はガスビンに一任すると言った時には、親衛隊全員で反対したものだ、あんなおとなしい奴にと。ガスビンはのろまで鈍いから皆から嫌われあの吹き溜まりにやって来た。ルカは見逃さなかった。のろくとも何事をも確実に詰めていくガスビンの根気を。急ぐことはない。一年かけて土台を作ればいいのだから。よいものを作るには時間とお金が必要ですから。ルカはそう言ってガスビンにこの仕事を一任した。
 そして資金の方は、ルカはまずオネスの持っていたキュリロス星の鉱物採掘権を一時取り上げ自分のものとした。勝者の特権、これに関しては誰も文句は言わなかった。否、言わない内にさっさと手続きを済ませたと言うのが本当のところかもしれない。何が起こったのか解らずにいた貴族や平民は、わかった頃にはその書類に判を押していた。騒いでも後の祭り。ルカはそこから出る利益でインフラの整備を始めたのだ。宇宙艦隊の機動力を導入すると同時にキュリロスの住人を雇い入れ、鉱山から出る利益を賃金として公平に分け与えた。無論その利益の分配の担当は、まじめで融通の利かないクリスに白羽の矢が立った。いいのか奴で、それは確かに奴なら一ドット(貨幣の単位)の狂いもなく帳簿をつけるだろうが、いざ金が必要になった時いちいち手続きを踏まないと金をまわしてくれないんじゃないか。などとトリスを知る者は陰でささやき合っている。
 そして現場では、
「俺たちは軍人なのか、それとも土木作業員なのか」
 幾度となく繰り返される軍人たちの疑問と不平。
「しょうねぇーだろう、上からの命令なんだから」
「野戦訓練の代わりだとよ」
「野戦訓練の方が楽だ」
「しかしこの粉塵マスク、このためだったのか」
 やたら多く用意されていた救命具の一つだった。艦に積み込む時、何に使うのかと疑問に思いつつ運んだが、キュリロスの住人にまで貴族平民を問わず外で働くもの全員に配られた。
「これってよ、戦う前から用意されていたんだよな。それにあのブルも」
 工作機械一式は装甲車とは別に用意されていた。
「既に勝つのは当たり前で、どういう形で勝つかもわかっていて、その後の準備までしていたってわけか?」
「そっ、そういうことになるよな」
「あのルカ王子って、どういう奴なんだ? スクリーンで見た感じじゃ、女みてぇーだが」
「おい、そこ。何さぼっている、さっさとやれ。この区間が一番遅いとは言われたくないからな。だが手は抜くなよ、後でチェックされてやり直しでは余計に時間がかかるからな。早く終わればその分、町に行って遊べると言う仕掛けだ」
「それって、本当のことなのですか少尉」
 噂では聞いているが、誰も本気にはしていない。
「今度の総司令官は話がわかる方らしい。予定より早く終われば余った時間は、酒でも女でもギャンブルでも好きなことをやっていいらしい。ただし治安を乱さない範囲でだ」
「そっ、それって、誰の命令だ?」
「もちろん、ルカ王子のご命令に決まっているだろう」
「まっ、まじかよ、あんなガキが」
「しぃ、声がでかい。不敬罪だなどと言われて独房にでもいれられたら、酒や女どころの騒ぎではなくなるからな」
 上官はそう忠告しながらはっぱをかけて行った、頑張れば頑張っただけ損はないと。区間を区切り各々を競争させるような形で仕上げていくやり方は思った以上に功を奏した。無論、丁寧に早く仕上げたところにはそれなりの褒美が出る。何しろ軍人の給料以外にここの仕事は別に賃金がもらえた。遊ぶ金は豊富だ。後は時間だけ、それは自分で努力して作れと言うことか。
 都市は元の街並みを参考に復元をしているのだが、
「しかし本当にこの星には教育施設がない」と、勉強嫌いのルカの親衛隊たちが感心するほどキュリロスの住人たちはただ働いて寝るだけの生活を送っていたようだ。
 貴族たちの居住区と平民たちの居住区は高電圧の鉄条網で仕切られ自由に出入りができないようになっていた。そして貴族たちの居住区には教育施設や娯楽施設があるのに対し、平民たちの居住区にはいっさいそのようなものはなかった。ただバラックが立ち並んでいるだけ。
「これじゃ、俺たちのスラムよりひどい」
「完全に復元するわけじゃないんだろ」
「ああ、鉄条網は取り壊すらしい、それとバラックも。そしてそこに共同生活のできるアパートを建てるらしい」
「まさか、ボイみたいのか。あれ、ネルガル人にはどうかと思うが」
「そうだよな、同じ屋根の下に独身のそれも超べっぴんが一緒に居たら、俺、もう人間じゃいられねぇー」と吠える。
 馬鹿、アホ。と周りの者に小突かれる。だが小突いた奴らも同感だ。
「殿下のことだ、そこはネルガル人向けにアレンジするんだろー」
「ボイ人はよく平気だよな、こう、むらむらってこねぇーのかな」
 馬鹿、アホと小突きつつ納得する仲間たち。
「俺たちがそこまで考える必要はないさ。道路まで作ればいいんだから、後は建築家がやるだろう、釘も打ったことのない素人には無理だからな」と言うのは考えが甘かった。後々彼らは建物まで建てさせられることになる。
「俺は軍人だ。壊すのが本職だ」と叫びながら。



 ルカたちの議論がまとまったころには町の基礎もおおまかに整い、早いところでは建物までたち始めていた。この都市には貴族の居住区も平民の居住区もなかった。あるのは皆が集う広場。広場には必ず小さな診療所と誰もが学べる教育施設が置かれた。その広場を中心に建物を建てていく。空はまだどんよりとしている。だが最初の頃よりかなり光がさすようになって来ていた。
 既に一か月近くが経とうとしている。もう一ヶ月か、まだ一ヶ月か、思いはそれぞれだ。インフラの整備はこの調子でいけば予定していたより早く終わりそうだ。それに引き替え政治の方はやっと形になり始めたところである。とにかく指揮を執る中枢は出来上がった。まず彼らがこの戦争で損傷を受けていない町に行って、これからのキュリロスのあり方を説いて回らなければならない。オネスの支配が解け旧貴族が再び台頭しない内に鉄条網を壊し、平民と貴族を融合していかなければならない。
「できますか」と、ルカは彼らに問う。
 財閥解体を行うにあたっては貴族の間からかなりの不平が出たが、そもそもは平民たちから搾り取って蓄えた財産である。
「全部とは言っておりません。その一部を平民に返し彼らの生活が成り立つように協力してほしいと言っているのです」
 その資金をもとにスラムに共同施設を作る。いきなり自由だと言って何も持たない平民たちをバラックから追い出したところで、路頭に迷うだけだ。それよりもはいったん共同施設で受け入れ教育などを施してから自由にしてやった方が。もっとも既に自力で生活できる能力のある者は別だ。彼らは彼らで自由に土地を買い、家を建てればよい。労働には正当な価値を付ける。だがルカは本来、労働に値段を付けるようなことはしたくなかった。ボイ星のように働くのが当然で食べるのが当然、そして遊ぶのも当然、そんな社会にしたかった。皆で仕事をして皆で食べる、そして皆で休みを楽しむ。全てを皆でやるからそこに差別はない。おそらく水という資源が、皆で分かち合わなければその個体数を存続できないほど希少だったため、独り占めするという習慣がなくなったのだろう。それに比べてネルガルはある意味何でも豊かにある。そのため分ける、助け合うと言う言葉を忘れた。豊かな国ほど心は貧しい。

 案の定地方では、宇宙海賊の力が弱まったのを見て貴族たちが威張りだしていた。だが鉱物の採掘権の大半は今現在ルカのものである。貴族たちの勝手な採掘はできない。
「そもそもあれは私たちのものだったのだ。それを海賊どもが来て」
 採掘権を取り上げて行った。
「しかし今はルカ王子のものです。勝手に採掘することは泥棒と同じです」
「なっ、なんだとー!」
 地方の貴族たちは怒った。我々はそのような契約書に署名した覚えはないと。
「戦争とは全て勝った方の権利になるのですよ、負けた方は本来なら奴隷として処分されてもおかしくない」
「ばっ、馬鹿な。我々はあなた方と戦った覚えはない」
「戦った覚えはなくとも、海賊たちが隕石粉砕砲を我々に向かって放つのを黙って見ていた。もうそれだけであなた方は海賊に協力したも同然、言わば共犯者です。否、ネルガルの王子を暗殺しようとした国賊」
「ばっ、馬鹿な」
 身に覚えもない罪を着せられた貴族たちは唖然とした。
「殿下におかれましては、私に銃口を向けるような者たちは全て処刑しろとの仰せでありましたが、そこを我々がどうにかお諫めいたしまして、私財の一部を拠出させることでお許しいただくように取り計らったのです」
「それはもう大変な剣幕で」
 貴族たちの顔は次第に青くなり、否、中には青を通り越して白くなり貧血寸前になっている者もいた。
「そっ、それで、ルカ王子のご機嫌は?」
 先ほどの威勢はどこへやら、声が震えているどころか足まで震わせ失禁しかねない哀れな声で尋ねてくる。
「それはあなた方の金額しだいでしょうな」と、説得に回る貴族や平民たちの護衛で付いて来たはずのルカの親衛隊は、説得の現状が進まないのを見かねて平然とした顔で芝居をうつ。
 王子に頼まれて説得に当たっている貴族や平民たちは唖然とした顔で親衛隊たちを見た。ルカ王子はそのようなこと一言も言っていない。
「数日後にもう一度伺う。その時に拠出金のリストを作る。それまでに幾ら出すかよく考えておくことだ。命が欲しければ奮発することをアドバイスしておくよ」
 ここまで来るとほとんど脅迫。
「あまり少ないと口添えできないからな」
 そこにはさりげない袖の下まで含まれていた。
 真っ青になった地方貴族を残し一行は会場を後にした。次の場所へ移動するため。近くは直接行って説得することにしたのだが、遠くは今のをケリンがもっとリアルにアレンジして衛星中継にすることにしたようだ。どうせ何処でも同じようなやりとりになるだろうからと。
「しかし、もしあのようなものを流して、ルカ王子がご覧になられたら」
 それこそ怒ると思った貴族や平民。だが親衛隊たちはけろりとしていた。
「目的が達成できるのなら手段は選ばれない方だから。まして誰も怪我をしないのならなおさら」
「しかしルカ王子の名誉が」
「心配いらない、あのぐらいで落ちるような名誉の持ち主ではないから我々の殿下は」
「確かに」と、誰もが頷いた。
 一度お会いして話をすれば、あの方のひととなりが解る。
「俺たち雑魚がどんなに騒いだところで、あの方に泥水一滴かけることはできない」
 全てその手前で弾かれてしまう。そのような気高さを生まれながらに持っている。
「本来俺たちが口をきくのすら畏れ多いのかもしれない」
 親衛隊のその言葉に誰もが黙り込んでしまった。
「まあ今まで、聖人君子という奴らには何人かあったことがあるが、殿下は別格だ。桁が違う」
「でもよ、たまあに子供ぽいところ見せられるとほっとするよ」
「へっ、どんな」と、興味津々に訊く平民。
「ほら、奥方様といる時など、シナカ、シナカって、少しでも奥方様の姿が見えないと大騒ぎして。あれじゃまるで、小さなガキがママ、ママって言っているみたいだぜ」
「あっ、お前も思ったか、俺も」などと親衛隊たちだけで盛り上がる。
「その奥方様は、よほどお美しい方なのですね」と、青年貴族が問う。
「そりゃ、ボイ人だからな、美しい美しくないと言うよりも、すごい人だよな」
「ああ」と、仲間に言葉を振られた親衛隊は頷く。
「すごいって?」
「何て言うのかな、殿下の上を行くって言うのか、あの奥方様の前では殿下も子供に見えるからな」
 貴族も平民も黙り込んでしまった。ルカ王子は我々より遥かに高いところを見据えていると思われるのに、それより高いところにおられる方とはどの様なお方なのだろうと想像しているようだ。その結果が、
「一度お会いしてみたいですね。大それた申し入れでしょうか」
「いや、ネルガル星へ来るようなことがあったら俺たちに一言声をかけてくれ、何時でも館内を案内するよ。奥方様は気さくなお方だから、殿下の友達だと言えば会ってくださるはずだ」
「本当か、約束ですよ」
「約束するよ。まあその前に、このリストを作らないとな。それにこの星の復興だ」
 それが済まない限りは俺たちはネルガルへは戻れない。


 インフラの整備が進み廃墟と化した都市オネスには、ルカの望む共同施設が何か所か建てられた。そこはまず労働者の食事の場となり、ねぐらとなった。一万人を収容できる食堂は一日中食事ができるようになっていた。最初は一定の時間帯に殺到して来ていた労働者も、近頃は要領を得たとみえ時間帯をずらしてくるようになった。食事はバイキング、最初にお金を払いトレーをもらえば後は食べ放題。戦艦の食堂と同じ方式をルカはとった。
「これでは女性は損よね、男性より食べないもの」と言う婦人に対し、
「馬鹿だな、高そうなものを少しずつ取るのがコツなのさ、ああ言うのが一番損」と、となりでがっついている男を肩越しに指さす親衛隊。
 指さされた仲間は、
「何、気取ってんだ。こいつはご婦人方の前ではやたらと粗食なふりをする」などと、さっそく顔見知りになったご婦人方と楽しく食事をしていると、
「あれ、司令だぜ」と、仲間の一人が目敏く見つけた。
「あっ、ほんとだ。一人なのか? 護衛は?」と、辺りを見回すとしっかり私服の格好でルカを遠巻きにしている者たちがいる。
「司令って、まさかルカ王子?」
 婦人たちは驚いたように問う。まさかこんな所にネルガルの王子様が。
「やれやれ、また指令の悪い癖がはじまったな」と、肩をつぼめるようにして言う親衛隊。
 少し状況が落ち着いてくると様子を直に感じたいと、一人で出歩くのがルカの癖。ハル公の奴がスラム街など連れ歩くから。あの頃はまだよかった、レスターが居たから。だが今はいない。その分こちらに重圧がかかって来る。
「あれさえなければ、俺たちの仕事も楽なんだが」
「まあ、仕方ないな。一つぐらい問題がないと、俺たちの出番がなくなるからな」と、愚痴を言う仲間の肩を叩きながら。
「俺たちの司令は気さくな方だから、艦の中でもいつも食事は俺たちと一緒なんだ。ここでも艦の中にいるつもりなのだろう」
 見れば色白で私服を着た青年が少し足を引きずるようにトレーを運んでいる。
「足が、お悪いのかしら」
「戦いで負傷した」
「負傷って、まだ子供よね、うちの子よりも小さいみたい」
「十四だ、もう直誕生日がくるから、そしたら十五か」
「まだ、十五なんだよな」と、一人の親衛隊が考え深げに言う。
「あなた方の言葉でなければ冗談かと思うわ」
 そこらへんはさすがに親衛隊の軍服がものを言った。ルカ王子のお側近くに仕えている者たちだ。彼らが言うのだからあのお方がルカ王子に間違いないと。
「ほんと、私などもっとおどろおどろしい人物を想像していたわ」
「私も」と同意をする婦人たち。
「そうよ、最初の衛星通信の話しでは、それはそれはすごい大男で」
 どうやらこの婦人たちもあの警告通信を受け取っていたらしい。
「本当にあいつが、こんな大それたことをやった張本人なのか」と、隣のテーブルで食事をしていた労働者たちが話の輪に入り込んできた。
 頷く親衛隊に向かって、
「まじかよ、こりゃ、おどろいた」
「驚いたのなんのって、煩く飛び回る蚊をバズーカーで撃ったら、その弾が跳ね返って俺に命中したような驚きだぜ」
 その例えに聞いていた者たちはイメージの限界にたっし、一瞬、何の反応もできなかった。だが我に返った一人が、
「それって、驚く前に死んでねぇーか」と、突っ込みを入れた。
「否、その前にそんな頑丈な蚊がいるか。と突っ込むべきだろう」
「だからよ、死ぬかと思うほどの驚きだと、俺は言いたかったのさ」
「だったらそう言え。その方がわかりやすい」
 などと、くだらないことを言いあっていると、
「このぐらいで死ぬようじゃ、俺たちの仕事は勤まらないぜ。あの方の側にいちゃ、常識が通用しないことばかりだからな」と、親衛隊の一人がマジな顔で言う。

 などと、噂されていることも知らないルカだった。
 トレーを持ったルカの足が止まる。どうやら空いている席を見つけたようだ。
「ここ、空いておりますか」
 トレーを持ってやって来たのは少女と見間違うほどの美しい少年。華麗な刺繍入りの服を着こなしている。貴族? でも初めて見る顔ね。
「だっ、誰? この人?」と、労働にたずさわっていた女性たちは顔を見合わせた。
 誰だかはわからない。だが貴族であることには間違いない、身なりを見ればすぐにわかる。誰もが気安く休憩を取ったり食事をしたり出来るようにと建てたこの施設も、奥のくつろげるような所は貴族が占拠し、平民たちは出入り口の方に固まっていた。海賊は海賊で部屋の片隅に、これではまだまだ融合しそうもないな。と思いつつルカは辺りを見回す。この三つのグループが融合するにはかなり長い歳月が必要だと知りつつも、なんとなく寂しさを感じる。
「貴族の方はあちらですよ」と、一人の女性が奥の方を指し示しながら言う。
「誰が決めたのですか?」
「誰がということはないのよ、ただ自然に」
「ここではまずいですか、足が悪いもので」
 見れば確かに足を引きずっている。
「そっ、そうね、それ持ってあそこまで行くのでは」
「あなたさえ私たちと一緒に食事をするのが嫌でなければ、別に私たちはかまわないわよ」と、別の女性が言う。
「一緒に食事を取ると、まずいことでもあるのですか?」
 女性たちは顔を見合わせた。
「どいてやりなさいよ」と、ルカが座れるだけのスペースを親分肌の女性が指示して開けさせると、そこに座るように勧めた。
「あなた、この星の子ではないわね。この星の貴族なら皆、平民と一緒に食事をするのを嫌がるもの」
「そう、食事だけではなく、全てのことをね」
「どうして?」と、ルカは勧められた所にトレーを置いて腰掛けながら問う。
「私たちが汚いそうよ」と、女性は忌々しげに言う。
「今でも?」
「当然でしょ、この星に移住が始まった時からの習わしよ。今更どうこうしたってどうにもならないわ、見なさいよ、だからああやって貴族は貴族で集まっているのよ」と、女性たちはさりげなく奥の方を視線で示しながら。
「あなた方が一緒に食事をしようとしないからではないのですか?」
「そんなことしてご覧なさい、嫌がらせを受けるのが関の山」
 ルカは寂しそうにトレーの料理をつっつく。偏見がこんなに酷かったのかと。ネルガルには落ちぶれた貴族もいた。彼らは平民と一緒に生活していたが、ここでは貴族と平民ははっきり分かれていた。そこに宇宙海賊。彼らはそもそも平民によってこの星に呼び込まれた者たちなのだが、やはり金の力には勝てなかったようだ。オネスの部下以外は貴族の用心棒を買って出ていたようだ。その点なんぼか貴族との接点はあるようだが。時間が解決してくれるものだろうか、それとも何か手を打った方が。
「へぇー、お前ら貴族も俺たちと同じものを食うのか」と、斜め後ろに座っていた青年が嫌がらせまじりに言う。
「俺はてっきりお前ら貴族は霞でも食って生きているのかと思っていたぜ」
 その青年の仲間たちが笑う。
 馬鹿にしているのは見え見えだ。
「私も貴族である前に人間ですから、あなた方と食べる物も同じなら出る物も同じです。もし違ったらそれは病気ですから早めに医務室へ行くことをお勧めしておきます」
 女性たちが下品な。と顔をしかめた。否、普通の人が言ったのならそのまま聞き流したものを、これだけ美しい少年に言われ幻滅してしまった。この子はトイレになど行かないのかと思えた。だがそれに対し青年たちは、
「おもしろいことを言うな。お前、軍人か、歳は幾つなんだ」と訊いてきた。
 落ちぶれ貴族の子孫が若くして軍役に付いているケースは多々ある。親に教養があればそれは子供に自ずと伝えられるため、学校に行かずともかなり高レベルの知識を持っている子もいる。そんな子は平民の子より昇格が早い。今目の前にいる少年も、そんな子供の一人なのだろうと青年は見た。だがかなり元はよい家柄だったのだろう、立ち振る舞いが今までこの惑星で見かけたどの貴族より格がうえだ。
「俺は今までいろいろな貴族を見てきたが、お前さんみたいな奴は初めてだよ」
 威張るでもなく、かと言ってこちらが馬鹿にしたことに対しさりげなく反論してくる。
「そうですか、私はあなた方のような方々を多々見ております」
 自分の部下はこの青年たちのような気質の者ばかりだ。へたに下手に出れば馬鹿にされる。かと言って高飛車に出れば抵抗される。彼らに対しては通すところは通し折れるところは折れるとはっきりした方がいい。もともとこれはルカの性格でもあるが。
「へぇー、それはそれは。軍隊と言うところは俺たちみたいなのが多いのかな」
「あなた方は、まだおとなしい方ですよ」
 そこへ親衛隊の中でも一番羽目を外したトリスがやって来た。
「こんな所に居たのかよ、探したぜ」
 ぜいぜい息を切らせながら言う。
「まったく、館を離れる時は離れるって一言俺に言ってから出てくれよな」と、いつからルカの保護者になったのか。
「私の居場所なら皆さん知っていますよ」と、ルカは私服で護衛にあたっている数名を視線で指し示しながら言う。
 確かにルカの視線の先には親衛隊が、さりげなく他人を装っているようだがバレバレである。
「だったら何で、俺に知らせなかったんだ?」
「非番だったからではありませんか?」
 見ればトリスは親衛隊の軍服を着ていない。番の時ですらアルコールが入っていて絡まれると厄介、非番の時ぐらいそっとしておこうという心境が働いても致し方ない。さわらぬ神に祟りなし方式だ。
「まあっ、いい。それより何だ、その食事は。肉類がほとんど入っていないじゃないか」と、今度は食事にケチをつけてきた。
「そんなことだから、身長が伸びないんだ」と、ルカが一番気にしていることをずけずけと言う。
「あなたに言われたくありませんね」と、ルカはむっとした感じに答える。
 トリスも背が高い方ではない。
「俺は、アルコール漬けになっているから伸びたかっただけだ」
 トリスが酒を覚えたのは十代の頃から。
「まあ、これだけ消毒しておけば殺されて埋められてもそうは腐るまい」
 本人が言っているのでは世話がない。
「それより、私に何か用があったのではありませんか」
「あっ、そうだ」と、トリスはやっとルカを探していた目的を思い出した。
 ルカを探しているときは見つからないことにいらだちと不安を覚え、ルカの顔を見たとたん安心したら探している目的をすっかり忘れてしまった。そのかわり今までのいらだちが不平に変わったのだ。トリスが要件を言いだそうとした時、
「あっ、いたいた」と、平民代表のハロルド。
 今までルカと親しく話していた青年たち、ルカは知らなくともハロルドのことは知っているようだ、急に態度が変わった。ハロルドに対しては一種の尊敬の念が込められている。
 ハロルドはハロルドで今ではすっかりトリスの影響を受けたと見え、ルカがネルガルの王子であるという認識を無くしていた。
 こっちだ。とチェネを手招きしながら、
「チェネが出航するそうだ」と、ルカに伝える。
「ご挨拶に伺ったところ、お姿がお見受けになりませんでしたもので」と、トリスやハロルドとはうって変わる敬語。
 それで非番で暇を持て余していたトリスに居場所を訊いたようだ。
「これはチェネ船長。もう発たれるのですか」
「お恥ずかしいことに、随分ゆっくりしてしまいました」
 商売人、一か所に留まっているようでは儲けにならない。
「つきましてはネルガル星にも立ち寄りますので、何か御用はないかと存じまして」
「ネルガルへ?」
 ルカの心は懐かしさに動いた。
 はい。とばかりにチェネは頷いた。
「このご様子ではまだ御帰還は先のようですので、私が先にお伺いいたしまして殿下の近況なりキュリロス星の現況なりをお伝えいたそうかと存じまして」
「いっその事、お前がこの星を支配したらどうだ」と、ハロルドは唐突に言いだした。
 今まで独裁者の存在を真っ向から反対していたのに。
 周囲が驚きのあまり静まり返った。口にしてはならない言葉だ。誰が聞いているかわからない。
「お前ならいい星を作ってくれそうだからな」
「謀叛ですか」と、ルカは皆が口にするのをためらった言葉をはっきりと言った。
「それは出来ません。私は上層部には逆らえませんから」
「どうして? お前ほどの実力があれば」
 ルカはこの話はこれで終わりとばかりにすーと立ち出すと、
「私にその気がないのです」
 それからチェネに、
「妻に手紙を届けていただきいのですが、今直ぐに書いてきますので」
 慌てて立ち去ろうとするルカに、
「殿下、私の今度の取引先はアヅマなのです」
 アヅマと聞いた途端、ルカの足が止まった。ゆっくりと振り返る。
「内情を見てこようと存じまして」
「連絡があったのですか、件のイシュタル人から」
「はい」と、頷くチェネ。
 ルカは険しげな顔をする。
「スパイのようなことはやめた方がよろしいです。危険ですから」
 素人が面白半分で首を突っ込めるようなものではない。
「アヅマはネルガル人が思っているほど暴力的ではありません。むしろネルガル人の方が暴力的です。現にシャーなどは略奪に見境がなかった」
 オネス率いる兵隊崩れのシャーは先々でその宇宙港の者たちを皆殺しにしていた。今回の戦いでシャーは消滅したも同様だが。それに対してアヅマは、襲うのはイシュタル人を輸送している宇宙船もしくはその収容所。
「そうかもしれませんが」とそれでも心配するルカに、
「アヅマが敵と見なしているのはネルガル人だけで、他の星人に対しては一切暴力を振るうことはないようです」
「確かに彼らは自星の解放のために立ち上がったのですから、彼らの敵はネルガル人でしょうが、あなたがネルガル人の味方だと知れば」
 捕えられて何をされるかわからない。少なくともネルガル人なら、敵のスパイと思わしき人物をみすみす逃がすようなことはしないだろう。
「心配には及びません。身の危険を感じましたら、さっさと引き上げて参りますので」
「そうしてください。無理は禁物です。せっかく新しい友を得たのですから失いたくはありません」
「友と呼んでいただき、感慨無量です」
「何時までも友でいてください」
 チェネは深々と頭を下げる。
「では急いで手紙を書いてきますので」
 ルカが去った後、
「殿下って、もしかして先ほどの方がルカ王子?」
「そうですよ、知らなかったのですか?」
 女性も青年も黙ってしまった。完全に明日の今頃は、不敬罪で首と胴は別れを告げていることだろう。
 静まり返った訳を察してチェネは言う。
「心配いりませんよ。不敬罪の先駆者みたいな方がここにおりますから」と、トリスを指し示して。
 だがトリスは別なことを考えていた。
 謀叛だなんて、今の会話を鷲宮の連中が聞いていたら。いい口実を与えてしまうと思ったら、既に手が出ていた。
「てっ、てめぇー、どういうつもりだ」と、ハロルドの胸倉を鷲掴みにする。
 鷲掴みにされた方も黙ってはいない。
「なっ、何するんだ」
「何が民政だ。さっきお前が言ったことは独裁政じゃないか」
「愚かな代表者数名より、英知のある独裁者の方が、もしかすると国民は幸せになれるのかもしれないと思っただけだ」
「思ったことを軽々しく口にするな、この馬鹿」
 トリスにだけは言われたくない台詞だ。
「なっ、なに!」
「やめなさい」と、割って入ったのはチェネ。
「あのお方が皇帝に逆らうことはありえないでしょう」
「どうして? あれだけの実力を持ちながら、俺だったら」
「あの方はご自身の心臓を皇帝の手元に置いてきているのです。もし謀叛でも起こすようなら皇帝は何時でもその心臓を握りつぶせる」
「どっ、どういう意味だ?」
 トリスですら意味が解らずぽかんとしてしまった。
「ですから決して、あの方は皇帝に逆らうことはありません、どんなことがあっても」
「心臓ってな、あいつの心臓が二つあったなんて話、今まで仕えていたが聞いたことがない」
 いろいろ奴には謎めいたところが多いが、心臓が二つあったとは初耳だ。
「馬鹿か、お前は」と、いきなり話の輪に加わったのはロン。
「奥方のことに決まっているだろうが、自分の命より大切なのだから」
「あっ、そうか」と思わず手を打つトリス。
「しかしたいした方だ。敵に自分の一番大切な方を守らせるのですから、これほど安全な場所はない」
 敵が殺しに来るから怖いのであって、その敵に守らせればもう怖いものはない。
「そのためにも戦いには勝たなければならない。勝てば勝つほど敵はルカ王子の実力を認め、奥方を今以上に大切に扱う。なぜなら、もし奥方の身に何かあれば今まで海賊に向けられていた剣先が反転するのは目に見えていますから」
「なっ、なるほど」
「しかし哀れですね、ネルガル人は。そこまでしなければ親子ですら信じられないとすれば」
「ネルガル人全てがそういう訳じゃない。一部の資産家だけさ、俺たちには縁のないことだもの」




 終戦から二か月が経とうとしていた。隕石によって穿かれた首都オネスの中心街は、幾度と降り注ぐ雨によって今は湖と化していた。その周りにガスビンの指揮の元、新しい町が建設されつつある。惑星上の塵も次第に落ち着き空気も澄んでくるようになってきた。
「意外に早かったな」とガスビン。
 最初の予定では三か月は夜のような状態だろうと言われていた。
「雨が多い星ですから」とサミラン。
 一種の憧れ。この半分でよいからボイ星にも雨が降ってくれれば。
「住人の話しでは、隕石が落ちると雨が多くなるそうだ」
 これはキュリロス星の住人の過去の経験から。
「おそらく水滴の核になる塵が空気中に多くなるからだろう」と、キュリロスの地質を調べている学者が言う。
 ルカは今回は多方面の学者も連れて来ていた。戦術で使う隕石の住人に対する影響もさることながら、キュリロス星を鉱山だけではなく自給自足の出来る星にするためである。町は広場を中心に格子状に道路を走らせ、郊外は田園風景が広がるようにした。
「気候も温暖だし、植物もこれだけ茂っているのです。よく調べて我々に益になる植物を利用しない手はありません」
 これがルカの考え方だ。出来るだけその星のことはその星で賄う。自然はそうできるように形成されているものだ。
 元バラックが立ち並んでいたところには大きな集合住宅が幾つも立ち並び、今やそこが首都建設の中心になっていた。ガスビンはその一画に事務所を設け、そこから精力的に指示を出している。キュリロス星は嫌でも活気づく。
「復興は、ある意味、その星を活気づけさせますね」と言いながら、町の雰囲気に酔いしれそぞろ歩いているのは貿易を生業としているマルドック人。
 活気のあるところに商いあり。復興には資金が必要なため、その資金を捻出するために鉱山も活気づいていた。
「だからある意味、戦争は必要なんだよ、沈滞した経済を活気づけるためにな」
「破壊こそ、経済活性化の最高のカンフル剤ですか」
「ネルガル人の指導層は知っているんだろ、だから戦争がやめられない。どこかしら火種がありそうなところを突っついては、火を起こすのさ。だがそれもほどほどにしないとな、今度は自分が火傷することになる」
 自分は傷つくことなく反乱を起こした星に大量の破壊兵器を売り込む。銀河は何時までもネルガル人のそのやり方を許してはおかない。
「そういう意味ではあのルカ王子、おもしろい時代に出て来たな」
 ネルガルの新しい指導者と目される人物。だが彼が頂点に上り詰めるには。
「途中で殺されなければよいですがね」
 数日前の暗殺未遂事件、フェリスたちがうまくかたづけたようでもマルドック人の情報網にはかかっていた。
「まあ、親衛隊が粒ぞろいだからな。それにネルガル人嫌いの我が船長も一目でぞっこんだし、結構おもしろい味方が守ってくれるんじゃないか」
 チェネはピンハネ号の船橋でくしゃみをしていた。
「風邪ですか、船長」



 そしてメイン広場は、今や飾りつけで賑やかだった。
「何かのお祭りか?」
「あれ、知らないのですか。五日後、ルカ王子の満十五歳の誕生日なのですよ、それで星を挙げて誕生パーティーを開こうということになったのです」
「ルカ王子のねー」とマルドック人は答えながらも、彼が誕生日を祝わないということは知っていた。
 取引先の相手の情報は出来るだけ細かい方がよい。まして相手が嫌うことはしないどころかその話題に触れるのすら避けるのが商売を長続きさせるコツ。
「だから、さっきから言ってんだろう、俺たちの親ビンは、誕生日は祝わないんだと」
「だから、どうして?」
 あくまでも納得する説明がない限りこの飾りつけを中止しないようだ。
 どうして?、と言われても、と口ごもるトリス。
「そんなの俺が知るか。個人の自由だ」と、自由主義にもっていこうとしたが、
「では誕生日を祝うのも個人のじゆうです」と逆手に取られた。
「誰だ、キュリロスの住人は教養がないと言っていたのは、屁理屈だけはりっぱじゃねぇーか」
「お前がなさすぎんだ、アホ」と、ロンに言われながらもトリスたちはガスビンの事務所に向かった。
「通信機が使えないような用とは何だ?」
 トリスはノックより早く用件で中に入った。
 そこにはついこの間まで会議室で散々言い争っていた貴族と平民と海賊たちが居た。
「なっ、何だお前ら、今度はこんな所へ来て喧嘩しているのか?」
「違いますよ、五日後のイベントについて打ち合わせしていたのです」
「イベント?」
「ルカ王子の誕生会」
 トリスはガスビンを仰ぎ見ると、
「言わなかったのか?」
「言いましたよ」
「聞きました、ルカ王子はご自身の誕生日をお祝にならないと」と、答えたのは貴族の代表。
「聞いて、どうして」と、トリスは煌びやかな飾り物を指し示して言う。
「どうしてやらないのかと尋ねても、誰も答えてくれませんので」
 ルカは私的な事情を公的な場に持ち込むのを嫌うことを知っている親衛隊たちは、その理由を答えられなかった。
「どうしてって言われてもな」とトリスも口ごもる。
 それを無視して代表者たちは当日ルカ王子をこの会場に連れて来てくれるようにトリスに頼む。
「なっ、何で俺が?」
「一番ルカ王子と親しそうなので」
「大佐に頼め、大佐に」
「あの方は気難しそうなので。それにルカ王子は誕生パーティーは喜ばないとはっきり言われましたから」
「はっきり言われたんだろ、それなのに何だって用意してんだよ、嫌がらせとしか取れないぜ」
「嫌がらせなんて、酷いわ」と言ったのは、この企画を企てた婦人たち。
「あの、殿下が」と、見かねてガスビンが真実を語ろうとした時、
「やりましょう」と言ったのはホルヘだった。
「私が説得して殿下にも出席いただけるようにいたします」
「ほんとうですか」
 キュリロスの住人たちは喜ぶ。ルカが連れてきたボイ人たちは、その技術の高度さにキュリロス住人の憧れの的になっていた。
 ネルガル人全員が傲慢なわけではない。一部のネルガル人が傲慢なだけだ。圧倒多数のネルガル人はこのキュリロスの住人のように、自分より優れたものを持っている相手には尊敬の念を抱く。
「いいのか、ホルヘ」とトリス。
 ボイ人こそ、王女シナカの誕生日の。
「何時までも過去に縛られていてもらいたくないのです。そろそろ前を向くときです。それにこれこそが殿下が望まれたこと」
 貴族と平民と海賊が互いに助け合い融合していくこと。
「せっかく皆さんが協力して殿下の誕生日を祝ってくださるのですから、受け入れないのは失礼です」
「そう言うがな」と、まだ納得できないトリス。
 シナカの誕生日を祝わないのだから自分の誕生日も祝わない。と頑なに拒んできたあいつが、いまさらパーティーなど。説得するだけ時間の無駄だ。
「後は料理ですね」
 こちらは貴族たちがかなりの資金を出してくれたおかげで、よい材料がそろった。ただ軍人の分となると。
「全員呼ばなくとも、それなりの階級の方々は招待しないとまずいでしょうね」
「予算が?」
 軍人の数が把握できなければ予算の立てようもないが、立てたところで今の予算で間に合うかどうか。
「それでしたら既にいただいております」と会計担当の平民。
「誰から?」
「クリスさんからです」
「クリスが!」と、驚くトリス。
「どうしてあいつが?」
「軍人さんの食事も作っていただけるのですかと問われたもので、そうするつもりですと答えたら。今ここで働いている軍人の人数分と、こちらが呼びたい将校の階級を言ったら、全員は無理でしょう任務がありますからと言って、おおまかな人数とその食費代を」
「あいつ、何考えているんだ」と訝しがるトリス。
 そこへクリス、噂をすれば影がさす。
 トリスは怒鳴らんばかりの勢いで、
「お前、何考えてんだ。殿下が誕生日を祝わないことぐらい知ってんだろーが」
 何時もならこの勢いに怖気づくクリスだが、今回ばかりは違っていた。
「これとそれとは話が別です。私は殿下の誕生会のことは知りません。ただ労働している軍人たちの食事のことが気になっただけです」
「なっ???」と、あろうことかクリスから予期せぬ反撃をくらい、口をパクパクさせているトリス。
「私の任務は兵站です。都市建設という戦場、それに従事している兵士たちに、いかに材料と食事を届けるかが今回私が殿下から与えられた任務です」
 クリスはそれをこなすのに精一杯だった。
「殿下の凄さがつくづく身に染みました。私はたかだかこれだけのことを準備するだけでドタバタしているのに、殿下は既に戦後処理まで眼中にいれて戦争の準備をしていたのですからね」
 防塵マスクなどよい例である。
 傍で見ていても大変そうだったが、実際に自分でやって初めてその大変さが身に染みた。
「あなたも殿下に負けないぐらいよくやってくれています」と言ったのはガスビンだった。
「お蔭で私は資金面を何一つ心配せずに都市建設だけに集中できましたから」
「そう言ってもらえると」と、クリスはほっとしたように喜ぶ。
 お互いに親衛隊の中ではいまいち頼りない方に分類されていたが、ここへきてその実力を発揮し始めた。ガスビンもクリスも、個性が一段と強いものだけが集まったルカの親衛隊の中では、その個性が故に目立たない存在だった。図体がでかく馬鹿力だけはあるが人一倍のろいガスビン。度が着くほどの几帳面で融通の利かないクリス。新都市はクリスの一ドットの狂いもない帳簿の中で、ガスビンの手でゆっくり亀が這うどころかカタツムリが歩む速度で、だが着実に進められた。そしてその技術を支えたのはボイ星きっての建築家サミラン。彼らはよいものを作るには時間を欲しまない。その速度が二人の気を合わせたのか何時しかガスビンとサミランはよいコンビになっていた。そしてクリスの労働に対する徹底した賃金の平等が、今まで貴族と平民で格差を付けられていた平民たちの信頼を買う。
 最初はあの二人が責任者じゃ、ネルガルに帰れるのは何時の事か。と嘆いていた親衛隊たちも、
「結局、確実な方が遠回りに見えても早く出来るものなのだな」と納得した。
「殿下は俺たちのことをよく見ていてくださる」
 欠点も長所も。
 わりと細かいことを言うルカも、都市建設をこの三人に任せた以上、口出しはしなかった。



 ここはルカの執務室。
「どうして私の誕生日を。誰かが故意に情報を流さなければキュリロスの住民たちが知るはずがありません」
「そうでもないでしょう。ネルガル王子の誕生日ですから、知ろうと思えばいくらでも入手できますよ」と言ったのはケリン。
「しかし私などは王子と言ったところで」
「それは以前の話しです。今や少年たちの憧れの的になってきておりますからね」
 ある意味、年齢が近いこともあり、少年たちの間ではクリンベルク将軍より有名になってきていた。そして婦人の間でもその容姿ゆえ常勝の貴公子として。
 ルカはむっとしてケリンを見上げる。これを企てたのは彼に間違いない。しかし、如何せん証拠がない。
「今やあなたのプロフィールは王子の中で一番閲覧が多いそうですよ」
 ネットでいくらでも見ることが出来る、宮内部の許す範囲で。
「ご覧になりますか」と言って、ケリンはルカのプロフィールを開いた。
 それを見てルカは首を傾げる。不思議なことがそこには記載されていた。
 ルカの名前が、ルカ・ギルバ・シュレディンガーとなっているのだ。
 シュレディンガーとは、誰?
 ネルガルの貴族の名前は、名前、家名、門名の順に記載されることになっている。よって王子の名は、名前、ギルバ王朝、次に母親の家門名が記載されている。ところがルカの母は平民、家門名がなかったため今までルカの名前はルカ・ギルバと二つで記載されていた。これが親族からは笑いの種。まるで平民のようだと。
「私の母は平民ですから家門名はなかったはずですが」
「知らなかったのですか、ナオミ夫人は実はシュレディンガー侯爵の隠し子で、ついこの間シュレディンガー侯爵に認知されたことを」と、ケリンは極当然なように言う。
 自分ですらまったく知らないプロフィールが流されている。
「そっ、そんなはずありません」
「だが、この通り」
 ディスプレイに映し出されたプロフィールは完全にルカのものだった。
「王子が名前と家名だけでは恰好が付きませんからね。宮内部の方で工作したのでしょう」
「そんな、私に一言の断りもなく」
「断る必要があるのでしょうか」とケリンに言われ、ルカは反論できなかった。
 ネルガルは自由の星と言うが、それは金のある者の言葉。無いものには人権すらない。
 ルカは黙り込んでしまった。これでは誰が見ても私は立派な貴族だ。平民の血など一滴も流れていない。
「何時から?」
「さぁー」と、肩をつぼめてみせるケリン。
「私がアクセスした時には既にこうなっておりましたから。何しろ今まで、この戦争に関する情報収集と情報操作で多忙を極めておりましたからね」と、ルカの人使いの荒さにさりげなく苦情を述べ、とぼける。だが既にかなり前から知っていたようだ。
「何で教えてくれなかったのですか」
「知ってどうします。宮内部に殴り込みにでも行きますか」
 ルカは黙らざるを得なかった。
「それより仲間を結びつけるには、悲劇からの復興もさることながら、祭りが一番ですからね」
 ルカ王子の誕生日を祝福したいと言うケリンの提案は、貴族、平民、海賊と三者三様で受け入れられた。
「今回はそれぞれの階級の者がそれぞれ得意な範囲で協力しているようですよ」
 ケリンはあくまでも第三者的な立場で言う。自分はこの件に関しては何の関与もないと。
「どういたします、出欠席の有無を問われたら」
 これだけ盛り上がっているのに今更水を差すわけにもいかない。
 ルカは苦々しい顔をした。
 シナカの前で誓ったのだ、二度と誕生日は祝わないと。少なくともあの世のシナカのご両親に顔向けできるようになるまでは。それにはまずボイ星をシナカの手に返さなければ。そろそろ上層部と交渉してもよいかもしれない。
 ルカが勝ち続けているのは、何もシナカの身の保全だけではなかった。勝てばそれなりの褒賞が与えられる。いつの日かボイ星を褒賞の対象にするため。同じネルガル人が支配するなら我が手で。そうすれば自分の思うようにできる。少なくとも今より楽な暮らしをボイの人々に与えてやれる。それにはこのキュリロスはよい実践対象だ。瓦解したライフサイクルの復興。
 ケリンはルカのプロフィールの代わりにローカルニュースを映し出した。町はルカ王子の誕生会一色になっている。既に気の早い者たちは前々前夜祭が始まっていた。破壊からの一か月余り復興だけの労働を強いられてきた。今まで我慢できたのは自分たちのことだから。ここへ来て先も見えてきた。そろそろ皆が一息入れたがっていたところだ。そこに指導者の誕生日。ちょうどよいタイミングだ。
 ルカはローカルニュースに聞き入る。
「あなたの評判は良好ですね。独裁者がこうも好かれるのも珍しい。ここら辺で休憩を与えればもっと評価が高くなりますよ」
「キュリロスの住人に好かれても。それよりロブレス大佐とバルガス中佐の労をねぎらわないと」
 ルカはどうやらそちらのニュースを重視していたようだ。
 この戦後の混乱期、あの二人のお蔭でこれと言った大事件も起こらず住民が平穏に過ごせた。
 戦後、一番治安を乱すのは職を無くした敗残兵たちだ。彼らに如何に職を与えるかによって戦後の治安は決まる。ルカはその兵士たちをどんどん都市復興の労働に吸収していった。
「この星は鉱物が豊かでしたから治安を維持することも容易でしたが、鉱物がなかったらこうはいかなかったでしょう」
「そうですね」と、ルカもそれは認めざるを得なかった。
 もし鉱山がなかったら、あれだけの資金を何処から捻出できるだろうか、今後の課題だ。
 リンネルはこの二人の会話を部屋の片隅でじっと聞いていた。二人の邪魔にならないようにと息まで殺して。武芸一筋のリンネルにとっては今の二人の会話に付いて行けない。餅屋は餅屋だ。私の任務は殿下の護衛。

「インフラはこのまま行けば時間の問題です。後はライフサイクルですね」
「だがこの星には、ライフサイクルなどなかったも同然」
「動物ですら、持っているのですよ」
 先祖代々の言い伝え。こういう時、何処に行けば餌にありつけるか、何処に行けば水にありつけるか、何処に避難すれば安全か。親は子へと教えていく、餌の取り方から始まって、その子が生きていく知恵を。
 戦争が一番怖いのはそれによって伝承が途絶えることだ。その地に長年住んでいる者がその地を一番理解している。言わばその地の神(大自然)の恵みを。新しい支配者が新しいインフラを作ることによって本来その地の持っている力を無くしてしまうことがある。某地域のように本来年に三回収穫が出来、この世の天国と言われていた地域を、一度も収穫できないような土地にしてしまったり、災害の発生しやすい土地にしてしまったり、ネルガルの歴史は物語っている。だからルカは、その地のことはその地の住人に任せるようにした。特に農業は些細な水の流れの変化がその土地を不毛にすることすらある。
「もしそれらまでこちらで指示するとなると、膨大な情報を集めなければならない。少なくとも彼らが何百年とこの地で生きて習得してきた情報を」
「そう言えば彼らは、隕石が落ちるのが解るそうですよ。小動物に至っては人間より早く安全な場所に避難するとか」



 十五歳の誕生日、十五歳の誕生日は普通の誕生日とは違う。ネルガルでは十五歳で大人への仲間入りである。王子なら皇帝から軍旗と剣が与えられ軍隊を率いることができるようになる。その儀式が宮廷で盛大に催される、もっとも母親の身分によってかなりの差はあるが。だがルカは既に軍旗も剣も皇帝からいただいているし、宇宙艦隊も率いている。十五になったからといって特別変わったことはなかった。ましてここは入植惑星、それでもルカの誕生日は惑星を挙げて盛り上がった。
「ルカ王子、万歳!」
 何が万歳なのか?
「お誕生日、おめでとうございます!」
 こちらなら話がわかる。
 ルカが執務室として使用している館の外は、一目その美しい姿を拝見しようとキュリロス星の民衆で埋め尽くされていた。
「殿下、お着替えになられて一度バルコニーにお立ちになられたらいかがですか。それだけで彼らは満足なのですから」
 そう言ったのは侍従武官のリンネルだった。どうしても誕生会に出席したくないのならせめてそれだけでも民衆の感情は落ち着く。既に民衆のパワーを押さえ付けられない状態になりつつある。このままじらせばこの館になだれ込みかねない。
「そうですよ、あれほど会いたがっているのですから」とリンネルに同意したのはケイト。
 彼に身代わりをさせてもよいのだが、まだ遠目にはルカとケイトは見分けがつかない。
「そうですよ、殿下の望みどおりになったではありませんか。外に居る民衆は貴族も平民も海賊もありません。それこそ老若男女、ただ殿下のお顔を一目見たいがために集まってきているのです」とクリス。
「私の顔など見たところで」と、いまいち気乗りしないルカ。
「ぐずぐず言っていないで、さぁ」と、クリスは嫌がるルカをドレッサー室に連れて行き、さっさと着替えさせた。
「大佐も侍従武官として威厳ある服を」とケイトに言われ、リンネルも着替えることになった。
 こうなると親衛隊たちも。まるで皇帝への謁見でもするかのように。
 第一礼装、これなら皇帝の前に出ても恥ずかしくない。本来ならこの姿で皇帝から軍旗と剣を拝領するのだが、ルカは七歳の時にもらっている、少将という階級も。
 ルカは元来が品格のよい顔立ちをしている。そこにシナカが丹精込めて刺した刺繍入りの軍服は、一段とルカの気品を高めた。
 余りの美しさにトリスは思わず酒瓶を落とし損ねる。
 リメルはぼそぼそと独り言を呟く。
「やっぱり乙女だ。彼が男だなどと神への冒瀆だ。何故神は、この少年にこれほどまでの美しさを与えたのだろうか。これでは全銀河の男性よ、男を愛せと言っているようなものではないか。私はこれまでまともな性生活を送ってきたつもりだ。一人の女性を愛し(一人と言うのは怪しいが)家庭を持つことを夢見ていた。だが、だがこのような小鳥を目の前に放たれたのでは、追いかけざるを得ないだろう。私は平常心ではいられなくなりそうだ」
 ヒューギルが心配そうにリメルの軍服の裾を引っ張る。
「少佐、リメル少佐。何を一人でぶつぶつ仰せですか?」
「うむっ、また声に出してしまっていたか」
 そしてルカの視線がリメルを捉えた時、
「うあっ、私はもうだめだ、貧血を起こしそうだ」と言って、ヒューギルにもたれかかる。
 冗談抜きで目の前が揺らいだようだ。
「大丈夫ですか、リメル少佐」
 彼の心の中の格闘を何も知らないルカは、リメルが疲労で倒れたと思い声をかける。熱でもあるのかとリメルの額に手を伸ばそうとするルカの手を、キューギルはさり気なく避ける。殿下とのこれ以上の接触はリメル少佐にとってはかえってよくない。
「殿下、お心遣い痛み入ります。おそらくただの貧血かと思われますのでご心配にはおよびません」
「そうですか、あまり無理をさせ過ぎてしまいました。申し訳ありません」
「いえ、殿下は何も悪くありません」
 強いて言うならその容姿が美しすぎる。とは口が裂けても言えなかった。
「少し横になればすぐに回復しますので、願わくばその隅のソファを貸していただければ」と、いつもの事でもあるかのようにヒューギルは言う。
「そうですか、軍医を呼びましょうか」
「その必要もございません」と、ヒューギルは自分の主を抱え込みソファの方へ連れて行こうとすると、
「何でしたら、私の寝室をお使いください」
「そんな」と、驚くヒューギル。「滅相もございません」と辞退する。
「遠慮はいりません。ケイト、手を貸してやってください」
 リメルはルカの寝室へと運ばれる。
 そしてルカは、主だった者たちを従えバルコニーへと向かった。既にリンネルは着替える前に部下に指示をだしていた。殿下がバルコニーにお立ちになった時の用心に、警備を強化にするようにと。

 渦が巻き上がるような歓声が上がる。
「なっ、何ですか、この騒ぎを」
 やっと意識を取り戻したリメル。
 周りを見渡し自分の寝室でないことだけは確認した。行きつけの女の部屋でもない。するとここは?
「気が付かれましたか、少佐」
「ヒューギル、どうしてお前がここに?」
「ここはルカ王子の寝室ですよ。もっともオネス・ゲーベルが客間として用意していたところですが」
「ルカ王子の!」
 この枕もこの毛布もこのシーツも、あの方の。それを想像しただけでリメルは天にも昇る思いだった。
「この世の天国だ。はっ、鼻血が出そう」
「しっかりしてくださいよ、少佐」
 また意識を失いかけている少佐の耳に窓下の歓声。
「なっ、何だ、今の歓声は?」
 一気に警備担当としての責任感が目覚める。
「デモか、それともクデターか?」
「ルカ王子が挨拶に、バルコニーにお立ちになられたのです」
「それでか」
 リメルはゆっくりと立ち上がると、窓際に近寄り下を見る。
 群がる群衆、歓喜の声。
 リメルは納得するとまたずるずるとベッドへ戻った。
「しょっ、少佐」
 驚くヒューギル。
「せっかくのご厚意です。喜んでお受けいたしましょう」と、毛布を鼻の上までかけると、
「よい香りだ」と目を閉じる。


「この分だと、夜会にも出席せざるを得ないでしょうな」
 群衆がルカの些細な動きに敏感に反応する様子を見て、親衛隊たちは夜会の警備の計画を練った。


 リメルはルカが戻ってきても熟睡していた。どのような夢を見ているのか、その寝顔は幸せこの上ないという感じだが、そんなことを思ってもいられないヒューギルだった。
「しょっ、少佐」
 リメルの肩をゆすり慌てて起こそうとする。
「せっかく休まれておられるのですから」とルカ。
「しかし」
「まだベッドは使いませんので、夕方までごゆっくり」
 そう言うとルカは上着を椅子にかけ、隣の部屋へ行くと卓上のパソコンを立ち上げデーターに目を通し始めた。大概のものはその部署の責任者の決済で済むようにしてあるが、どう判断してよいかわからない物だけがルカの手元に挙げられてきていた。ルカはそれらをいちいちチェックし、それ相応の部署に振り分けるなり自分で判断を下したりしている。ルカはできるだけ住民が立案したことには反対しないように心掛けていた。なぜならこの星に住むのはキュリロスの住人であって我々ではない。我々は数か月もすればこの星を発つ。そんな者たちの住みよい星を作ったところでどうにもならない。それよりもはこの星に腰を据えて生活する者たちにこそ、住みよくなければならない。この星は彼らの星なのだからできるだけ彼らの手で。と言うのは口実なのかもしれない。要は自分でやるのが億劫なだけ。だから人にやらせる。だがそれが不思議と良い方向に向くのは、主軸をブラさないから。そしてこれこそがこの竜の特徴だということを、主軸さえ曲げなければ悪態をつこうがこけおろそうがこの竜は一向に怒らない。それをイシュタル人だけは知っている。
 目に見えない仕事が一杯、というところですか。と、丹念にデーターに目を通していくルカの後姿を見て、キューギルは思った。それに比べて我が少佐は、面倒なことは全て幕僚であるこの私に押し付ける、これこそが幕僚の仕事だろうと言って。

 隣に人の気配を感じたキューギルはルカの居る部屋を悪いとは思いつつそっと覗き込む。
 ボイ人が三名、それに数人の親衛隊。
「お呼びですか、殿下」
 ルカはくるりと椅子を回すと彼らと対面して、
「たいした用ではないのですが、一緒にお茶でもと思いまして」
 お茶と言われて皆が首を傾げた。殿下の誕生会で皆が休んでいる時が雑務を処理するには絶好の機会なのにと、今この部屋に来ている誰しもが思っている。それを知らないルカではない。
「だからこそ、呼んだのです」
 はぁっ? と誰もが首を傾げる。
「国民が休んでいるときに、皆さんも休むべきでしょう」
「そう言う殿下こそ、何をなされていたのですか」
 雑務の整理をしていたのは間違いない。
 ルカは慌ててコンピューターの電源を落とすと、
「ここ三日間は開けません。後はケリンに任せます。彼にとってこれらは仕事というより趣味の範疇ですからね」
 趣味は趣味、仕事ではないといいつつ自分も休むことを宣言した。
「おいおい、誰がデーター処理が趣味だって」と言いつつ入ってきたのはケリンだった。
 次第にいつものメンバーが揃ってくる。居ないのはトリスだけ。
「トリスの奴、ここのところクリスがからかえなくてつまらなそうですよ。今頃会場で徳路巻いていますよ」と言ったのはロン。
「ではトリスさんのことはほっておいて、ボイのお茶が手に入りましたので、皆でいただきましょう」
 ルカはケイトにお茶の用意をさせると、そこに隠れている人も呼んでくるようにと声をかけた。
 ヒューギルは慌てて飛び出す。
「失礼いたしました。別に悪気があったわけではありません」
「わかっております。出づらくなってしまったのでしょう」
「申し訳ありません」
 ケイトがお茶を運んでくると誰ともなく皆で用意して注ぎ始めた。これがボイでの習慣だった。手の空いている者が忙しい者を手伝う。そこに主従の関係はない。あるのは師弟、尊敬するものに仕えその技を教わる。師と仰がれたものはきちんと教えなければならない義務がある。
 一同は暫し懐かしのボイのお茶を堪能する。それからおもむろにルカは、
「どうですか、軍人たちの様子は?」とガスビンに問う。
「最初の頃は文句を言っている者が多かったですが、今では。諦めたのでしょうか、何を言っても無駄だと」
「それは違うな」と言ったのはロン。
「奴ら結構、楽しくなってきたんじゃないか、作ることが」
 次第に町が形づいてくる。壊すのは爆弾のボタンを押すだけでよいが、作るのは。一つ一つ緻密な計算をして組み立てて行かなければならない。だからこそ、それがうまくいった時の喜びはひとしおだ。
「軍人を止めてもこれで食べて行けるといいですね」
「それが狙いで彼らを?」
 ルカは苦笑すると、
「軍人などという職業は最低です」
「そう言いますが、あなたほど軍人に適している人材もおりません」
「そうなのですよね、ですから笑うしかないのです」
 矛盾。神はこの銀河で一番戦争を嫌っている者に、艦隊司令官としての最高の能力を与えた。
 ルカはサミランとキネラオに、あなた方の技を彼らに教えてやって欲しいと頭を下げた。一人でも多くの軍人が退役しても生活できるように。それが社会を安定させる手段。このままではネルガルは銀河一知的財産(人材)の貧しい星になってしまう。彼らの多くは生活に余裕がなく学校すらろくに出ていない。
「そろそろ申し込んでもいいのではありませんか」と唐突に言いだしたのはケリンだった。
「何を?」
「ボイ星ですよ」
 マルドック人はボイのお茶を運んで来るだけではなかった。それと同時にボイの現状も。
「元服を機に植民地が欲しいと。ジェラルド王子もネルロス王子も、何もしないのに軍旗と剣以外に植民地ももらっておりますから」
「しかし、奴らは」と言うロンたちに対し、
「考えてみましょう」とルカは答えた。
 ケリンはにたりとすると、
「既に根回しはしてあります」
 抜け目のないことだ。
「お前それで今まで」
 コンピューターの前でさぼっていたのかと言いたげなバムに。
「それだけではないのですが、根回しの方は以前からこつこつとやっていたのですよ。それにこの星と交換という手もある」
「でもそれではこの星の住民が」とキネラオ。
 ボイ星の二の舞になってしまうと心配する。
「その心配はいりません。この星は同じネルガル人、異星人と違いネルガルの法律が適応されますから、あまり酷い搾取であれば何ぼでもネルガルの議会に訴えることができます。まして資源のある星、議員を金で買収するぐらい簡単でしょう。だがそうなる前に、星民のためにきちんとした法律を作り議会に通しておくという手もあります」
「ケリンの言うとおりですね。レイさん、今からでも間に合うでしょうか」
「そう仰せになると思いまして、下地は用意しておきました」
 近頃レイの姿も見かけないと思ったら、どうやらケリンの差し金のようだ。ルカがキュリロス星の戦後処理に翻弄している間、彼らは次のルカの行動を予測して下準備を始めていたようだ。ルカの徹底した情報収集は命令されてからでは間に合わない。
「目を通させてもらってもよろしいですか」と訊くルカに、
「もちろん、そのつもりでおりました」とレイ。
 それでは。と立ち上がりコンピューターの方に向かおうとするルカに、
「殿下」と親衛隊たちが声をかけた。
「星民の休日の間はコンピューターを立てないと言ったのは、何方でしたか?」
「ガスビン、それとこれとは話が別です」
「ここへ来ては二日も三日もかわりないと思います。せっかく休もうと決めたのですから少しゆっくりするといいのでは、その方がよりよいアイディアも浮かぶというものです」
「そうですよ、人に休暇を進めておいて自分でせっせと働かれては、こちらも休んだような気になりません」とクリス。
 そうですよ。と皆に押し切られ自分の誕生日の三日間は休むことにした。戦後処理の仕事は休むことにしたが、ネルガル王子としての社交は休めなかった。
「これでは仕事をしていた方が楽だ」と言いつつ、ルカは夜会の衣装に手を通す。


 夜会は階級の坩堝だった。ルカ王子が見えられると聞いてキュリロスでは一流と噂されている貴族から、そもそもルカ王子が参加してくれなくとも主役なしでやろうと言う労働者まで、その数の多さに最初予定していた施設だけでは足りず広場までが会場となった。食堂も足りず急遽、臨時の屋台が組み立てられ夜会はルカの誕生会と言うより、キュリロスの復興祭と化していた。
 ネルガルの星歌に乗ってルカが姿を現した時には、十万を超す人々が割れんばかりの歓声をあげ、そしてその次の瞬間、水をうったように静まり返った。ルカの言葉を訊くためである。
 今か今かとルカの言葉を待つ群衆。
 ルカはおもむろに壇上に立つと、自分のためにこのような盛大な会を開いてくれたことに感謝し、皆さんのおかげで都市も思ったより早く復興したのでその労をねぎらった。そして後日、誕生会のお礼として星中の子供たちに菓子が配られた。
 銀河の支配者と言われるネルガルの皇帝を父に持ちながら、その威を借りるわけでもないルカの態度はキュリロス星の群衆から愛された。
「やはりあの作戦は、ルカ王子の侍従武官であるカスパロフ大佐の立案でしょう。どう見てもあのようなお優しい方が、戦争などできるはずがない」と言うのがもっぱらの民衆の噂だった。
 ルカはルカで一向にそれを否定しなかった。
「人は、自分の思いたいように思うことが一番幸せです。誰にも迷惑がかかるわけでもありませんから」
 かえってリンネルは偉大な戦術家だとキュリロス星では名をあげることになる。
「やれやれ、キュリロスの住人は見た目に騙されて」と呟くのはルカをよく知る親衛隊。
 足が悪いのを口実にしてネルガルでは夜会に参加しないルカだが、ここでは数名の貴族の娘や町娘と踊ると、頃合いを見て引き上げた。
「へぇ、殿下が、ダンスがあんなに上手だったとは知らなかったぜ」と言う親衛隊。
「馬鹿、いやしくもネルガルの王子だぞ、殿下は。それにあの女たらしで有名な曹長が師匠だからな」
「それもそうだな」
 ハルガンが居ないことをいいことに言いたい放題である。今頃ハルガン曹長は左遷先の惑星でくしゃみをしていることだろう。女性が毛布替わりでは少し寒かったかな、昨夜は。などと回想しながら。
「しかし俺、殿下が踊るのをはじめて見た」
「俺も」
「奥方様とでは身長差があり過ぎるからな」
「今ならいけるんじゃないか。かなり背も伸びたし」



「お疲れ様でした」と、向かい入れてくれたのはケイトだった。
 侍女を連れてこなかったルカは身の回りの世話をケイトとクリスにしてもらっていたが、今はケイト一人でやっている。リメル少佐が寝ていたベッドをきれいにメイキングし、部屋を掃除し、と結構多忙である。それでも他の貴族に仕えるよりまし。なぜならルカは自分のことは大概自分でしてしまう。
「あれ、ケイトさんはパーティーには?」
「私はああいう所は苦手ですから」
「それでは私の代役は勤まりませんよ」
「殿下も夜会にはあまりご出席なさらないではありませんか」と言うケイトの言葉を無視してルカは、
「それならせめて料理だけでもよばれて来ればよかったのに、かなり珍しいものがありましたよ」
 この惑星の特産物。コックの腕もよかった。
「それでしたらクリスさんが気をまわしてくれて、ここにも運んでくれました」
 クリスは自分が出来ない分、ケイトに気を使っているようだ。
「それではクリスさんの代わりに誰か頼みましょうか」
「その必要はありません。あなたのお世話でしたら私一人で十分です」
 二人いてもやることはなかった。食事は大衆食堂で済ませてしまうし、風呂も大衆浴場で済ませてしまう。ここは寝るぐらいだ。
 ネルガルの王子ともあろうお方が、と初めてルカの配下に入った提督たちは口をそろえて言うが、既にルカのこうした習性を知っているバルガスなどは、わざわざルカの来る時間に自分のスケジュールを合わせているようだ。
 本人曰く、
「俺は別に殿下と一緒に風呂に入りたい訳ではない。これはあくまでも護衛だ、偶然だ」
「お湯、張りましょうか」とケイト
「いや、シャワーで済ませますから、もう遅いですからあなたも休んでください。それに大佐もご苦労様でした。後は自分でやりますので」とそう言うと、ルカは浴室へ向かった。
「では、パジャマを」と、ケイトはルカのパジャマを用意すると部屋を辞去した。
 リンネルはさり気なく寝室を見る。そこに見たものは、思わず声を張り上げそうになった。
「ヨウカ殿」
 妖艶な女性が窓際に佇んでいる。ゆっくりとリンネルの方に振り向くと、
(エルシアとの約束じゃきに、十五まで待った)
「しかしまだ戦後処理が」
(もう、こやつが居なくとも事は済むじゃろう)
「しかし」と、煮え切らないリンネルに、
(お前もさっさとここを去れ。それとも人の濡場を見物する趣味でもあるのか)
 そう言われては何も言い返せない。エルシア様の魂に寄生する化け物、これがヨウカの正体。ヨウカが殿下を殺すことはない。だが一歩間違えば殿下の生体エネルギーを吸い過ぎで死に追いやりかねない。
(何を心配しておるのじゃ、エルシアとわらわはお前とルカの付き合いより数千倍も古いのじゃ。お互いによく知っちょる)
 そう言われてもエルシア様を自分の餌と宣言するヨウカ。
「しかし、殿下は」
(あ奴は自分を知ろうとしないのじゃ。だから教えてやるのじゃ、わらわの存在も)
 リンネルは黙り込む。
(早く去れ、もう直ぐ来る。もっとも見ていたいのなら見ていてもかまわんが)
「そんな趣味はない」と言うと、リンネルは踵を返し後ろ手で寝室のドアを閉め歩き去った。

2012/08/10(Fri)23:10:57 公開 / 土塔 美和
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 暑中お見舞い申し上げます。暑いですね、続き書いてみました。あらすじ、登場人物の紹介は前編の作品説明を参照にしてください。ここで私からかってなお願いが一つあります。これは某惑星の話であって地球の話ではありません。よってここに出てくる動物(猫や豚等)は、猫のような豚のようなと、ようなを付けて読んでくだされば幸いです。ちなみにネルガル人も地球人ではありませんので、人間よりもより美しい宇宙人を想像してくださっても、その逆でも、それは読者の想像力にお任せいたします。あしからず。コメント、お待ちしております。

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