『モエサクラ 【登竜101怪奇譚 その5】』 ... ジャンル:ホラー ショート*2
作者:羽付                

     あらすじ・作品紹介
美しい桜は人を愛し、愛されている。ただ愛し方が、正しいとは限らない。

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 …………燃えている。
 なんて美しい。人のもがき苦しむ姿が、ヒラヒラと舞うように美しいだなんて。
 ただ、こうまで美しいのは自分だけのものになるという高揚感が、そう見せているだけなのかも。
 長く絹のような黒髪は熱気でフワリと広がり、そして炎の中に消えていく。真っ白な肌は捲り上がり紅くなってから黒へと変わっていく、まるで花が咲き乱れ枯れていくように……ああ嬉しさが込み上げてくる、それがどうしようもなく分かる。
 もう誰にも渡しはしない。そう、ずっと他の誰のものにもならない。
 桜が教えてくれた通りにしたから……桜が。



 病室の前に二人の男が立っていた。一人は黒のスーツを着崩しており、どこか気だるさを感じさせるのだが目つきだけは鋭い。もう一人は藍色のスーツをしっかりと着ていて、いかにも真面目という雰囲気がある。
 黒スーツの男が病室のドアをノックすると、中からの返事を待たずに扉を開ける。
「……どなた?」
 室内の窓は空いているようだったが、カーテンは引かれていて昼間なのに室内は薄暗かった。そこは個室のようでベッドが一つだけあり、その上には青白いが綺麗な顔立ちの青年が生命維持装置だろうか? あちこちに器具をつけて、寝ているようだった。
 それと生気の無いような声で尋ねてきたのは、病室の添えつけの椅子に座っているベッドの上の青年に良く似たショートカットの女性だった。
「失礼。私は茂取(もとり)署の舞田(まいた)と申します。それと、こいつはオマケですので気にせずに」
「ちょっと先輩! 俺は、あっ、私も同じ署の戸守(ともり)です」
 二人の刑事は顔写真がハッキリと分かるように、女性に警察手帳を見せる。
「警察の方?」
 女性は一瞬だけ刑事へと顔を向けたが、すぐにベッドの上の青年へと顔を戻す。
「失礼ですが、あなたは倉又望(くらまた のぞむ)君とは、どういう関係ですか?」
 舞田はベッドで眠る青年に一瞬だけ目線を移してから、女性に質問する。
「……母親です」
「そうですか。では三戸さくらさんは、ご存知ですね?」
 母親は、ゆっくりと頷く。
「もちろん事件の事も?」
「ニュースで」
 その時に母親の表情が気のせいともとれる、ほんの少しだけ変化したようにも見えた。
「実は、その事件現場近くで望くんを見たという証言が出てきまして、ちょっと、お話を聞かせて頂けないかと」
 戸守は、ここぞとばかりに会話に入ってくる。
「息子を? そう、でも息子は、もう一年以上も寝たきりです」
 母親は息子の頭を優しく撫でながら、まるで小さな子供をあやしているようだった。
「でも」
 戸守が何か言おうとするのを制止して、舞田が話を続ける。
「こちらへ来る前に、主治医の先生から伺っています。ですが証言が出たので警察としても無視する訳にもいかなくて、念の為の確認だと思って頂ければ」
「……そうですか」
 息子以外には興味が無いのか、どうでもいいと言っているようだった。
「さくらさんは、よくこちらへ?」
「はい。お友達も殆ど来なくなりましたが、さくらさんだけは今でも週に二回は」
 表情は変わらないが、何か引っかかるような言い方だった。
「さくらさんは、息子さんの恋人だったんですか?」
「……違うと思います。でも、さくらさんは、もしかしたら」
 どこか皮肉めいた言葉に舞田は、母親が自分の息子に三戸さくらは相応しくないと思っていたのだろうと推測することが出来た。
「なるほど、あと息子さんの衣服などは、この病室にもあるんですか?」
「あそこに」
 母親の指さす先には、どこでも見かけるような鉄製の簡素な白いロッカーが一つ、病室の隅に置かれていた。
「失礼ですが、拝見させて頂いても?」
 頷くというより、ゆっくりと頭を縦に動かしただけのようにも見える。
「おい」
 舞田に声を掛けられて、戸守はロッカーの中を調べる。そして、すぐに舞田の元に戻ると何か耳打ちをした。
「すいませんが、衣服と靴を預からせて頂きます。すぐに令状も用意しますので」
「……どうぞ」
 落ち着いていると言うよりは、無関心と言った方があっているような態度だった。
「目撃情報と同じと思わる服と靴がありました。今後、息子さんには新たな検査など、して頂く事になるかもしれません」
 話を理解しているのかいないのか母親は、蒲団の上に出ている息子の手を撫で続けている。
 そんな母親の姿に舞田は看病の疲れから、少し精神がまいっているのかも知れないなと感じていた。
 舞田は薄暗い部屋の雰囲気を変えようと窓へと近づき、閉められていたカーテンを開く。
 そこには桜の木があった。病院の入り口の裏側に当たる場所だったので、舞田はそこに桜があるとは思っていなかったようだ。
 桜は花弁一枚一枚に存在感があり、枝は飴細工のような光沢で全てが自然な不規則の方向に生えている筈なのに、どこか完全さを感じさせる美しい桜だった。
「……綺麗な桜だ」
 舞田は桜に目を奪われていた。それは戸守も同じようで、どこか呆けたような顔で桜を眺めている。
「萌え桜です……その桜は病院が建つ前から、そこにあったそうです。昔は『悶え桜』と呼ばれていたそうですけど」
 母親は息子から目を逸らさずに淡々と、そう言葉を漏らした。
「……悶え桜ね」

『これで私だけのもの』

 どこからか女の声が聞こえた。それは二つの声が重なっているようだった。
「何か言いましたか?」
 舞田は後ろを振り向き尋ねたが、母親は息子の手を撫でるのに忙しいのか反応がなく、戸守に尋ねるように見たが首をかしげる。
 でも舞田は確かに女性の声を聞いた気がした。重なった声の一つは母親の声に似ていたような、けれどもう一つの声は。その時、舞田の瞳の前を窓から入った桜の花弁が横ぎる。
「まさかな」


―― 完 ――



2012/06/05(Tue)00:33:35 公開 / 羽付
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■作者からのメッセージ
お久しぶりの方、お久しぶりです♪ 初めましての方初めまして!
羽付と申します(*・ω・)

 雑談掲示板にて浅田明守さんが企画されたものに、参加させて頂きます♪
 やっぱり夏も近づいてくると怖かったり不思議な話を読みたくなるので、
 自分でも一つ書いてみようかなと!

 季節外れになってしまいましたが、怪奇譚に桜の話はありそうだなぁとw
 夏の間に、またホラーを書いたり読んだりしたいです(´>∀<`)

 読んで下さった方に心から感謝です(*^_^*)

であであ( ̄(エ) ̄)ノ

2012/06/05 投稿

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