『サヴァルタの軌跡』 ... ジャンル:SF ファンタジー
作者:左衛門乃助                

     あらすじ・作品紹介
人工創造種…通称"モンスター"はいわゆる人造生物の一環である。古来から人々は生物を飼う事に親しみがある…。やがて親しみは人間達へ生物を創造し使役できるという慣習を与えるにまで至る。これまで人々と密接関係にあった生物は"一部の人々"いわゆる研究者達による秘密裏な実験の末、次々と新たな生物へと姿を変えてしまう。 2028年…。国家の間では覇権を巡り戦争が絶える事はない。ここサヴァルタ国では人工創造種という武器を造る為様々な研究者達が名誉を求め奔走する。研究所にて生まれ出る人工創造種を飼育する新米飼育員ウェイド。研究所にて人工創造種"ノスフェラトゥ"の開発にあたり非合法な実験台にされてしまうリドレイ。人工創造種が引き出す戦乱の渦に巻き込まれていくサヴァルタ庸兵団の一人ガルバス。人工創造種の新たな出現はやがて3人の運命を大きく変えていく事となる。

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2028年2月25日…。


男の名はアルカニア。
"不死学"という定義を成立させた言わば生みの親である。
不死学とは簡単に言うと不老不死体を人工的に創造する事だ。
不死学による不死体創造の方法論は2つ。
科学により生み出すか非科学により生み出すかだ。
彼は元々、細胞学専門の研究者であったため、科学による不死身の倫理を造り出したのである。

アルカニアは不気味にほくそ笑んだ。

「ついに完成したぞ…この"ノスフェラトゥ"を完成させるために幾度の年月を費やした事か!」アルカニアが手にしているのは"ノスフェラトゥ"なる液体。光が透き通り妖しい赤色を放っていた。


2028年5月17日…。


秘密裏に行われてきた不死学の研究は今日の人体実験にまで発展されていた…。

一画の実験室の中…。

ストレッチャーの上に横たわっている彼の名はリドレイ。
鉄製のベルトが彼をきつく縛り付けている。

「なんで俺が」

リドレイは言った。

「血液検査の結果、君は"ノスフェラトゥ"に一番適した身体を持っている!もっと素直に喜んでほしいものだな」幾度の経験を積み重ねてきたアルカニアには絶対的な自信があった。
「不死体になった暁には君は最強の戦士になっている。実に微笑ましい」

「ふざけるな!お前らのしている事は非合法にも程があるっ!」

リドレイが身体を動かす度に鉄製のベルトが軋んだ音を立てる。

「安心しなさい。実験はすぐに終わる…まあ君が目を覚ます頃には軍事施設の一画に移送されているはずだが」

リドレイは眉間にしわを寄せた。

「人をなんだと思ってやがる…お前らの玩具じゃないんだぞ!!」
アルカニアはリドレイの胸ぐらを掴み言った。

「何を言ってる。人を殺しておいて醜い発言をするな」

「俺は人など殺していない!」

リドレイには人殺しの前科がある。
とは言うものの彼は自分が人殺しをしていない事を何度も主張してきた。
しかし何一つ聞き入れられてはこなかった。
この研究所に移送されてからは彼を理解してくれる人間はそうそういないものである。

「まあ悪く思うな」

囚人が人体実験に使われるのはそう珍しいケースではない。
万が一失敗を冒しても便宜上、処刑という形で葬れるからである。

実験室の中にはアルカニアの他に数人の学者達がいた。
彼と同じくいずれも不死学研究の一任者である。
アルカニアの指示の下に従い今日の人体実験にまで至る。

一人の学者が言う。

「今日という日をどれほど待ちわびたことか」

もう一人がしびれを切らすように言った。

「もう待てん!」

そう大声を上げるとアルカニアは液体を手にした。

「さあ行け"ノスフェラトゥ"よ」

その赤色で満ちた液体は徐々にリドレイの身体へ注入されていく…。

「ぐあっ!」

半分ほど液体が注入された時、彼の身体からは無数の血管が浮かび上がる。

「おお!」

すでにリドレイは白目である。
誰もが彼の豹変から瞬時目を離そうとはしなかった!

「来るぞ…来るぞ!」

すると次の瞬間。
リドレイの意識が消え屍のように静かになった。

「ん?」

今まで正常に動いていた心電図も急に止まった。
異変に気付いた一人の学者は急いで彼の意識を確かめた。

「おいっ!目を覚ませっ!」

するとその声に呼応するかのように心電図が動き出した。

「おっ!心電図が動き出したぞ!」

リドレイは突然目を開けた。


2019年5月18日…。


私の名はクラウケン。
サヴァルタ研究所第2区画の警備員である。
昨今の話になる。
第2区画を見回っていた所、第1区画付近で轟音がなり響いた。何事かと驚いた私は即座に第1区画へと走った。
その途中"何か"が横切っていったが目視できず…人かどうかは定かではない。
第1区画に着いた私は愕然とした。
厳重かつ強固に整備されたドアが原形なく破壊されているのだ。
息を飲み五感を働かせた私は第1区画へと踏み込んだ。

「何が起きたんだ…」

その時、私はおぞましい光景を目にした。


2019年5月19日…。


ここサヴァルタ研究所の近くにはモンスターパークがある。
研究所で造られ成功した生き物のいる、言わば動物園である。

俺の名はウェイド。
モンスターパークで働いている飼育員だ。
生まれも育ちもサヴァルタ。
不思議とサヴァルタから離れようとは思った事はない。
珍し好きな俺にとっては居心地が良い街だからだ。
飼育員としてはまだ日は浅いけどモンスターの世話は意外に楽しい。

巨大な鉄格子に入れられたモンスターの名は"キメラ"
自分はこいつの飼育担当なのだがこれがまた危険である。
体長は3mを越し肉食獣な上、獰猛な性格で一度暴れたら手に負えないのが現状だ。
なんで新米がこんな危ない奴の飼育担当を任されているのか。それは飼育担当を拒んでいる飼育員があまりにも数多いからだ。
"こいつの飼育担当をする位だったらやめてやる"だとかそんな理由が圧倒的に多い。
確かにキメラの飼育は困難を極めている。
月担当の入れ替わりも数多くその為キメラ自体を深く知る飼育員は少ないのだ。故にこのモンスターの行動は未知の領域である。

キメラは魔力を持つ危険なモンスターである。
その魔力が動力源となり暴れ出したりする事もある。
よってキメラの魔力を放逐しなくてはならない。
眠っている隙に鉄格子の中へ入り特殊な機器を使用し魔力放逐をする。
多くの魔力を持つキメラは実に長い作業となる。
しかし一度眠ってしまえば起きる事はほとんどなく、ある意味では魔力放逐が一番安全な飼育と言っても過言ではない。

それにしても魔力放逐をしている時間は実に暇である。
いくら安全とはいえ気は抜けない。
だが普段こいつの餌やり、掃除の困難さを思えば気も抜きたくなる。

隣に別の鉄格子があるが今は空である。
その中で掃除している二人の飼育員の会話が聞こえてくる。

「なあ先日の研究所内の事故知ってるか?」
「ああ。なんでも実験してた生き物が逃げ出したって噂だぜ」

その話か。

「実験室の中に血溜まりの変死体が数体、いずれも噛み千切られて手足がもがれている跡があったらしいな」

「中では国家機密級の相当やばい実験しているらしいからそんな事が起きてもそう珍しくはないよな」

なんとも酷い話だ…。
自分達で造った生き物に殺される…。
一見もの悲しい事件だが自業自得な面がある。
サヴァルタ民は自分達の名誉の為ならば危険を振り返らず行動をする人間が多い。
全ての人がそうとは言えないが…。

このサヴァルタ研究所ではそんな人間達が多いからこのような事故が起こる。
仕方のない事なんだ。

俺はキメラを撫でて言った。

「お前も人の手で造られたんだよ」

国家間の間では戦争が絶えない中こうした生物は軍事目的で創造され使役されている。
反対する者はこの行為を"神への冒涜"として言いせしめられているようだ。

そうこうしている内に俺は気が完全に抜けてしまい居眠りしてしまった。

目が覚めた時、目の前には以前眠っていたキメラが目を覚ましこっちをジーッと眺めている。

「!!」

俺は恐怖で完全に身体が硬直し冷や汗が止まらない。

異変に気付いた飼育員達は慌てふためいた。

「おい嘘だろ!中に人がいるぞ!」

魔力放逐が終わったせいかキメラは妙な程に落ち着いている。
次第に俺を見つめていたキメラは周りの騒々しく動いていた飼育員達に目を付けた。

「おい!どうするんだ!?あのままじゃあいつ食われちまうぞ!!」

「グオオオォォ!!」

キメラが大きな唸り声を上げた。
俺は足がすくみその場から一歩も動けずにいた。

「まずは鉄格子の天井を開けてからやつを逃がすのが先決だ!!」
そう言うと一人の飼育員はバルブを回しだし鉄格子の天井側を開けだした。

キメラは天井の音が気になったのか上を見上げた。

「開いたぞ!!」

巨大な翼をはためかせたキメラが唸り声を上げながら空へと羽ばたいていった。

ウェイドの無事を確かめた数人の飼育員は鉄格子の中へ急いで入ってくる。

「おいあんた!!怪我はないか!?おいっ!」

ウェイドはただ呆然と立ち尽くしキメラが飛んでいった空をただ見上げているのであった…。



ここはサヴァルタ研究所から遠くかけ離れた郊外。
その郊外をリドレイはただ無我夢中に走り続けていた。

(ここは何処だ…)

身体は宙に浮くほどの軽やかさであり依然よりも身体が進化している事を物語っていた。
リドレイは自分の手を猜疑心な目で見た。

(俺は何者なんだ?何が起きたんだ!?)

ノスフェラトゥの副作用なのか…リドレイは自分自身を喪失しているようだ。

「くそっ!何が起きてる!!」

立ち止まって必死に思い出そうとするが"奴"の微笑んだ顔しか思い出せない…。





実験室でノスフェラトゥを注入されたリドレイ。
一度は意識を失うもののしっかりと目を覚ました。
しかしその目は依然のリドレイ本人の目ではない。
さながら肉食獣の目である。

その瞬間、学者達はまるで解放するかの様に大きな歓声を上げた。
そしてお互いがお互いの顔を見て成果を分かち合った。

「すごいぞ!大成功だ!!」

「まさか成功するとはな!!」

「やりましたね!アルカニアさん!!」

「あれ?…アルカニアさんの姿が?」

学者一人がアルカニアの姿を探し、ふとストレッチャーを見た。
すると先程まで鉄製ベルトで縛り付けられたリドレイの姿が見当たらない。

「今夜は宴といこうじゃないか!!」

喜びに満ち溢れた学者の両肩に誰かが後ろから手を添えた。

「ん?どうした?」

すると次の瞬間。
何者かがその学者の両肩を掴み左右に身体を引き裂いた。

「なんだ!?」

学者一人が振り向いた先には引き裂かれた学者とその間から鮮血にまみれたリドレイの姿が立っていた。

その姿を目視した学者達は騒然とする。

「嘘だろ…」

そして歓喜は瞬時に恐怖へと変貌した。
「誰か助けてくれぇ!」
「死にたくない!!!誰かーっ!!」

慌てふためく学者らは覚醒したリドレイになんの抵抗もできず無惨に殺されていく。

学者一人が実験室の入口扉に着いた。
パスワード認識でロックされた扉を開けようとした。

「パスワードが認識されない!?」

「いったいどうなってやがんだ!?」

「早くしないと奴がくるぞ!!」

認識されるはずの彼らの共通パスワードは何故か認識できず、実験室の扉は固く閉ざされたままである。

そして逃げ場を失った学者達は容赦ないリドレイに身体を引き裂かれた。

この間実験室にいた十数人の学者達は突如として"ノスフェラトゥ"の生け贄となった…。



この時リドレイの脳内には疑いたくなるような情景に覆われた。
そして彼は頭を抱えながら膝から地面へと崩れだした。

「俺は…なんて事…してしまったんだ」

呼吸は乱れ心臓の鼓動が高鳴った。
自我喪失しているとはいえ今の彼には全てを疑う事すら許されない。

「すうーっ、はぁぁ…」

一度、深呼吸をしたリドレイは初めてノスフェラトゥから解放された時を思い出す。





気付くと研究所内の第1区画と第2区画を繋ぐ扉の外に立っていた。

「ここは何処だ…」

辺りを見渡しても自分が元いた場所が思い出せない。
身体は返り血にまみれ自分が何をしていたのか分からない…。
それは記憶喪失そのものを示し、得も知れぬ恐怖感がリドレイを確実に蝕んだ。

「ぐっ!」

すると突然に激しい頭痛が彼を襲った。

(なんなんだ!?この頭痛は)

今にも地に平伏しそうだったがなんとか足で堪えた。

するとリドレイは突如走り出した。
恐怖に駆られた故の人間の本能であろうか。

第2、第3、第4区画と一本道で繋がっている通路を常人とは思えない程の速さで走り抜ける。

この時、異変を察知し第1区画へと向かっていたクラウケン警備員の横を通り過ぎていったのはリドレイ本人の姿であった。

通路には血の足跡だけが点々と残されていたがリドレイの姿を見た人間は一人もいなかった。




2012/05/01(Tue)09:02:57 公開 / 左衛門乃助
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■作者からのメッセージ
以前当サイトにて戦記モノを書いていましたが途中でやめてしまいました。
今回はしっかりと書いていけそうな気がします。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
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