『分身と呼ぶには下品な【登竜101怪奇譚 その4】』 ... ジャンル:ショート*2 ホラー
作者:水山 虎                

     あらすじ・作品紹介
あの夜はたしかに楽しかった けどその子は僕の子じゃない

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 あの夜は楽しかったな。あの日もこういう天気だった。
 そういう静かな雰囲気だったのが一転し、誰かが私のネクタイをぐいと横から強く引っ張った。私の顔は誰かの顔と向き合う。
 知らない女だったが、映画のワンシーンからそのまま出てきたような美人だった。私が何か言おうとする前に、女はネクタイからパッと手を放して、一枚の写真を私の顔の前につきつけた。
 赤ん坊の写真だった。
「これはあなたの子よ」と女は言った。私は身に覚えが無い。
 だが赤ん坊の目は私のそれによく似ている(気がした)。
「これはあなたの子」
 女は泣きじゃくりながらもう一度言った。泣きたいのはこっちの方だ。なんでこんなことになっているんだ。
 少し目線を落とすと、ネクタイがだらしなく垂れ下がっているのが視界に入った。それを直す元気は沸かない。
 僕の子じゃない。そうだとも、僕の子じゃない。
「僕の子じゃない!」
 強く言ってみたはいいが、女は写真を私に見せつけたまま、顔のしわを鼻のあたりに寄せて泣いている。なんて、この女、そしてこのやり口、なんて卑怯で、醜くて、思い切り殴りたくなる演技だ。
 怒りに震える私を見つめる赤ん坊の目は冷静で、私の頭にのぼった血は行き場を失ってしまう。
 それからというもの、法廷は常に彼女の味方だった。
 30日間だ。これ以上誰がこの状況に耐えられるというのだろう。検査結果がなんだ目が似てるからなんだその子は私の子じゃない絶対にそうだ。
 とうとう31日目、私は頭を抱えた。法廷に、いや写真から、あの子供が出てきてしまった。
 これはドッペルゲンガーの仕業に違いない。



















「明日の夜が楽しみだな」
 パーティーがある。
 それまでそのことについて話していたので、私のその一言で会話が途切れた。私と、私の友人は携帯電話で通話していた。
「なあ、ドッペルゲンガーって知ってるか」
 友人はそんなことを言った。
「それはほら、あれでしょう?」
「そうだ、あれだ。関根のやつがさ、この間それを見たっていうんだよ」
「ははは」
「いや、これがマジらしいんだよ。店のショーウィンドウにうつる自分がさ、いないんだってさ! で、後ろから自分が走ってきて、ショーウィンドウに映るんだってさあ!」
「ははは、何を言っているのか、よくわからない」
「で俺も聞いた訳よ、『錯覚とか見間違いじゃねーの』ってさ。そしたら関根のやつ『そう言ってしまえば簡単だけど、そう言い切れないから困ってるんだ』だってさ」
「へえー……」
 這々の体で友人との通話を終えた後、私はドッペルゲンガーというものが少し気になったので、明日の夜が楽しみでなかなか寝付けないこともあって調べてみた。
 分身。科学的に言うと、自己像幻視。脳の肉体感覚を司る部分に腫瘍ができた患者が、自己の肉体の感覚を失い、あたかも肉体とは別のもう一人の自分が存在するかのような錯覚なのだそうだ。オカルトな現象だとばかり思っていたがそうでもなかったようで、私は満足して眠りについた。
 パーティーの夜。
 少し疲れたので、ぼんやりしていると、声をかけられた。振り向く前に香水のいい匂いがした―――振り向くと、美しい女性がこれもまた美しいドレスを纏って立っていた。
 彼女は私を誘惑した。私は浮かれていて、いい気になってしまった。
 踊り明かした記憶がある。そこからはもう、よく覚えていない。
 次の日の、天気のいい朝に、昨日の夜は楽しかったな。と思った、ただぼんやりした記憶がある。
 その時からどれくらい経ったのか。
 関根が死んだと友人から知らせが入り、葬式に出た。友人の話じゃ、自殺だったらしい。 
 今でもたまに、あの夜は楽しかったな、とふいに思い出すことがある。現に今、思い出している。
 あの夜は楽しかったな。あの日もこういう天気だった。
 そういう静かな雰囲気だったのが一転し、誰かが私のネクタイをぐいと横から強く引っ張った。私の顔は誰かの顔と向き合う。
 知らない女だったが、美人だった。私が何か言おうとする前に、女はネクタイからパッと手を放して、一枚の写真を私の顔の前につきつけた。
 赤ん坊の写真だった。
「これはあなたの子よ」と女は言った。私は身に覚えが無い。
 だが赤ん坊の目は私のそれによく似ている(気がした)。
「これはあなたの子」
 女は泣きじゃくりながらもう一度言った。泣きたいのはこっちの方だ。なんでこんなことになっているんだ。
 少し目線を落とすと、ネクタイがだらしなく垂れ下がっているのが視界に入った。それを直す元気は沸かない。
 僕の子じゃない。そうだとも、僕の子じゃない。
「僕の子じゃない!」
 強く言ってみたはいいが、女は写真を私に見せつけたまま、顔のしわを鼻のあたりに寄せて泣いている。なんて、この女、そしてこのやり口、なんて卑怯で、醜くて、思い切り殴りたくなる演技だ。
 怒りに震える私を見つめる赤ん坊の目は冷静で、私の頭にのぼった血は行き場を失ってしまう。
 それから30日間、法廷は常に彼女の味方だった。
 30日間だ。検査結果がなんだ目が似てるからなんだその子は私の子じゃない絶対にそうだ。
 とうとう31日目、私は頭を抱えた。法廷に、いや写真から、あの子供が出てきてしまった。
 そして社会から追放された。当たり前だ。追放される前の私が今の私を見たら、追放する。
 ドッペルゲンガーを目撃した者は死期が近いのだという。
 ほどなく、私は自殺の道を選ぶ訳だが、私は別にドッペルゲンガーなるものを見ていない。自分の分身など、一度も目撃していない……
 しかしあの赤ん坊の目は、本当に私のそれによく似ていた。







 完

2012/02/17(Fri)16:43:44 公開 / 水山 虎
■この作品の著作権は水山 虎さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ホラーなんて書けないようわああん   でも企画に参加するって言っちゃったし
   知り合いにここのサイト教えちゃったしちくしょーこうなったらやけっぱちだ  うおおお(`ω;)
                分身の術!

というノリと勢いで書いた小説です。しかしながら、本気で書いてますもちろん。


ええそうですよ! 浅田さんとrathiさんのレベルが高すぎて!!  後に続くにも続けない! 
 あとがきって言い訳タイムでいいんですよね? うん。
 この水山にあの強者二人の後に続けって正気ですか。僕に4ねと? でも4番目がいないんじゃあれですし、大体水山はホラー苦手なんですよ本当に! 本当に!
ありがちなできちゃったストーリーにドッペルゲンガーを入れて、約一時間半でホラーものっぽく仕上げました。(とか言いつつ構想は一日かけました)
 テーマとしては、子供ができてしまったという重たいものですが、MJのBillie Jeanのように、それでも何か一種の美しさを感じられるような作品にしようと心がけました。そのせいで、二次創作扱いされて削除対象にされそうで少し怖い…怖いよ、まさにホラーだよ。あ、今うまいこと言ったな自分。
 こどもができた、という言い方は本当は良くないんですよね。「授かった」というのが好ましいです。
 
 感想などもらえたら幸いです
 読んでくださってありがとうございました!

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