『市民伝言板 【登竜101怪奇譚 その2】』 ... ジャンル:ホラー ショート*2
作者:浅田明守                

     あらすじ・作品紹介
私の、たった一つの、後悔。戻れるのなら、戻りたい。そして……

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 本当に、私が知っていることを話せば教えてくれるんですね?
 ……わかりました。それじゃあ全部お話しします。何からお話しすれば……名前? 名前は伊代、水島伊代です。
 最初からお話しすればいいんですね。わかりました。少し長くなりますが……
 今からちょうど一週間前のことです。今でもニュースで毎日のように流れている女子高生虐殺事件。ある高校に通う女子高生が何者かに鈍器で殴られ、生きたまま手足をバラバラにされ、学校の焼却炉で燃やされた事件。
 あの事件の被害者って言われている女子高生、天宮紗枝はクラスこそ違いますが、同じ学校、同じ学年の、私の友人だったんです。ちっちゃくてドジで、少し地味で引っ込み思案だけど、はにかんだような笑顔が凄く可愛くて、右目の下にある泣きぼくろがさりげなくセクシーで、いつも優しくて親切な、私の親友だったんです。
 私は彼女のことが大好きでした。引っ込み思案だから人前ではずっとびくびくしてるんですけど、私と一緒にいる時だけは自然体になってくれて、本当にいろいろな顔を見せてくれるんです。あの笑顔はちょっと反則ですよ。ついギュッとしたくなっちゃって、というかいつもやっていたんですけど、そしたら彼女が「子供じゃないんだから!」ってほっぺを膨らませて怒るんです。その顔がまた可愛くて可愛くて。
 ごめんなさい、少し話がそれちゃいましたね。私ったら紗枝のことになるといっつもこうで……。
 えぇ、学校ではいつも私は紗枝と一緒でした。くだらないことで笑って、勉強を教え合って、校則違反だけど少しだけお化粧して、そんなどこにでもいる普通の高校生でした。
 とても家で虐待されているようには見えなかったんです。
 私だって信じられませんでした。家が近いのもあって紗枝の家にはよく遊びに行っていて、彼女のお父さんは作家さんで家にいることが多かったから小さい頃はよく遊んでもらっていたんです。冴えない感じですけど凄く優しくて、いい人だったんです。いい人だと思っていたんです。
 でも、学校では私以外の人とは話さないし、普段は地味で目立たないから女子グループや男子どもに目をつけられることもない。まじめで寄り道なんてしない子だったから外で変な男に絡まれることもまずない。だから、誰かに暴力を振るわれているとしたらもう家の中以外でしかあり得ないんです。
 私、見ちゃったんです。一度だけ、プールの着替え中に紗枝のお腹をちらりと。あわよくば突いてからかってやろうかな、なんて思って。
 紗枝のお腹は酷い色をしていました。殴られて出来た痣で赤や青や紫がまだらに混じって、肌色の部分なんてほとんどなかった。
 私は酷くびっくりして、「どうしたのそれっ!?」って、聞いたんです。でも紗枝は「心配無い。ちょっと階段から落ちて、打ち所が悪かったんだ」って。そう言ってまともに答えてくれなかったんです。紗枝はあれで結構頑固だから、一度言ったら絶対に聞いてくれなくて。だからその時もそれ以上聞かずに、その内にきっと話してくれるだろうなんて、そう思っていたんです。
 今にして思えば、あの時に無理やりにでも話を聞いていれば……あんなことにはならなかったかもしれない。そう思うと悔しくて、今でもたまに夜にうなされたりもするんです。
 でも、私がそれ以上に悔んでいることがあります。本当に、悔やんでも悔やみきれないことが。
 私の家と紗枝の家、結構近くにあるんです。だから部活とかの時間が合うときはいつも一緒に帰っていました。あの日も、ちょうど事件から三日前の日もそうだったんです。部活が終わって帰ろうとしたらちょうど校門のところで紗枝とばったり会って、そのまま一緒に。
 紗枝と帰る時はいつも瀬々等川公園で別れていたんです。あの公園がちょうど私と紗枝の家の真ん中だったから。その日もそこで別れようとして、ふと公園にある市民伝言板に目が留まったんです。あの、地下鉄とかにある連絡板、あの黒板みたいなやつの公園バージョンみたいなやつです。そこには酷く汚い殴り文字で、

     ヨ   フ ケ 二
   コ コ     二

 って、そう書いてあったんです。
 たぶん不良の人たちが書いたんだろうなって、そう思いました。あの公園、夜になると結構そういう人たちが集まってるから。
 紗枝もそう思ったのか、少しだけばつの悪そうな顔をして伝言板から目を背けていました。昔、まだちっちゃかった時に紗枝はそういう人たちに怖い目にあわされたことがあって、その時のことを思い出しているのかもな、って。だから私は少しだけ申し訳なく思って、何でもない、伝言板なんて見なかった風に「じゃあまた明日、学校でね」って言って紗枝と別れました。
 次の日。その日は紗枝が図書委員の仕事で遅くなっていて、帰り道は私一人でした。
 ちょうど昨日紗枝と別れた公園のところで、また掲示板に目がいったんです。何となく、昨日のあれが気になって。そしたら、

     ヨ   ス ケ 二
   コ ロ     二

 って、誰かのイタズラなのか、昨日のメッセージに何本が線が足されていたんです。酷いことをする人がいつんだなぁ、って。少しだけ気分が悪くなりました。人が書いたメッセージにイタズラ書きをするなんて、絶対にやっちゃいけないことなのに。一瞬、消しておこうかとも思いました。だって、こんなの最初にメッセージを書いた人が見たら絶対に気分を悪くするに決まってるんですから。まぁ、結局黒板消しが見つからなくてそのままにしておいたんですけどね。
 その次の日。その日も私は一人で帰っていました。そしてやっぱり伝言板を見てみたんです。そしたら、

     ヨ   ス ケ 二
   コ ロ     チ   ウ

 って、また落書きが増えていたんです。
 それを見て、不快感を通りこして寒気を感じました。何度もこんなイタズラを繰り返す人の執念もそうですけど、それ以上にどこかでこんな話を聞いたことがある気がして。何となく見ていられなくなって、その日はすぐにそこから離れて家に帰りました。凄く胸のあたりがもやもやして、何かに気が付かなきゃいけないって、どこかでそう感じているのに何に気付けばいいのかがわからなくて。思えば、あの時もう少し考えていれば。
 また次の日、事件があった日の夕方。その日は紗枝が学校に来ていなくて、休みの連絡もなかったみたいで心配していたんです。それで学校から帰りがてらで少し様子を見に行こうかと思って、足早で帰り道を進んでいたらまたあの伝言板が目に入ってきたんです。

   イ ヨ   ス ケ テ
   コ ロ サ   チ   ウ

 また落書きが増えているメッセージ。なんだかそれが酷く不気味に感じて、前の日にホラー番組で似たような話を聞いたのもあってなんとなく不安になって、私は足を少し速めて紗枝の家に急ぎました。
 予感みたいなものです。紗枝になにかとても良くないことが起きている。そんな感じがして。
 普通だったら気のせいだって流しちゃうんですけど、紗枝に関しては虐待の疑惑もあったし、それで余計に不安になって。いつの間にか私は駆けだしていました。
 公園から紗枝の家まではそう遠くなくて、歩いても5分程度。途中走っていたので2分足らずで家には着きました。それで息を整えるのも待たずにチャイムを押して、紗枝はどこですか! って、怒鳴るように聞いたんです。そしたら家の中から紗枝のおじさんが出てきて、「いや、今日はまだ学校から帰ってきてないけど……伊代ちゃんと一緒じゃなかったんだ」って。
 嫌な予感ってどうしてこうも当たっちゃうんでしょうか。
 私はすぐに踵を返して走り始めました。もちろん、紗枝を探すためです。何か叫んでいるおじさんの声を無視して街中を探しまわりました。
 でも、紗枝は見つかりませんでした。携帯を鳴らしても出ない。メールを出しても返信がない。電波が届かないところにいるのか、こっそり彼女の制服その他もろもろに付けたGPSや盗聴器もまったく反応を示さない。半狂乱になって夜遅くまで探して、それでも見つからなくて、イライラしながら一度家に帰ろうとしました。別に探すのを諦めた訳じゃありません。夜になって、大通りはともかく裏路地何かに入るとライトがないと前が見えなくなっちゃったから道具を取りに仕方がなくです。
 その帰りの途中、またあの公園の前を通ったんです。あの伝言板、ちょうど街灯の真下にあるんです。たぶん夜でもよく見えるようにって配慮でしょうね。ぶっちゃけると夜の公園でライトアップされた伝言板って不気味以外の何物でもないんですけどね。
 そんなわけで、そこを通ると嫌でも不気味な伝言板が目についちゃうんです。

   イ ヨ タ ス ケ テ
   コ ロ サ レ チ ャ ウ

 伝言板のメッセージにはさらに落書きが増えていて。イヨタスケテ コロサレチャウって。まるで最初からそういうメッセージだったかのようで。
 そのメッセージを見て、私は思わず駆けだしてしまいました。いなくなった紗枝を探しにではなく、早く家に帰るためにです。怖くて、怖くて。もうどうしようもなく怖くて。家に帰って門限破りをとがめる両親の言葉を無視して、私は自分のベッドの潜り込んで布団を被って一晩中震えていました。
 笑ってもいいですよ。こんな意気地のない……本当に無様で惨めで。もし私があの時、紗枝を探すのを諦めていなかったらこんなことにはならなかったのに。もっと言えば、あのメッセージが完成する前に気が付いていればそもそも紗枝がいなくなることなんてなかったかもしれないのに。
 夜が明けて、日が昇りきるよりも早く私は家を出ました。もちろん、紗枝を探すためです。
 まず最初に向かったのは公園。昨日は逃げてしまったけれど、もしあのメッセージが偶然できたものじゃなくて、私に向けられたものだったとしたら、何か紗枝の居場所がわかるような手掛かりがあるかもしれない。そう思ったんです。
 でも、ありませんでした。手掛かりどころか、メッセージそのものが跡形もなく消されていました。
 唯一の手掛かりを失くして、どうすればいいのかもわからずに途方に暮れて、それでも何かしていないと気が狂いそうで。それで、とりあえず紗枝の家に行ってみることにしたんです。もしかしたら今までのが全部夢で、紗枝の家に行けば当たり前のように紗枝がいるんじゃないかって。
 ふらふらと道を歩いて、紗枝の家に着くころにはもうすっかり日は昇っていました。といっても人の家を訪ねるような時間じゃないことに変わりないんですけど。
 私は躊躇うことなくチャイムを鳴らしました。何も考えずに、の方が正しいかもしれません。色々なことが一度にあり過ぎて、頭の中がもう真っ白だったんです。
 しばらくして、玄関が開けられ「こんな朝早くからどうしたの〜?」という声が聞こえてきました。
 その声を聞いて、私がどれほど嬉しかったか。今までのはやっぱり全部夢だった、紗枝はちゃんと家にいるんだ! って。
 でも、違った。目の前にいた“それ”は紗枝じゃなかった。確かに、眠そうに左手で目の下、ちょうど泣きぼくろがある辺りを擦っている“それ”の見た目は紗枝そっくりでした。紗枝そっくりで、決定的に違う。どこがと聞かれると困るんですが、例えるなら……まるで鏡の向こうにいる紗枝を見ているような違和感を覚えたんです。
 それが何なのかわからなくて、「ごめん、なんでもない」と言って駆け足でその場を離れました。家に帰って、少し落ち着いて、そして学校に行く頃になってようやく違和感のもとが何だったかに気が付いたんです。
 “あれ”は偽物だ。なら本物の紗枝はいったいどこにいったんだ? 監禁されているか、あるいは……。どっちにしても偽物を始末しないと紗枝は帰ってこない。
 私は偽物を処分するために、家からこっそりと包丁を持ち出しました。学校で偽物を処分して、本物の紗枝を探す。そう思ったんです。
 でも、正直に言うと少しだけ自信がなかったんです。全部私の気のせいで、偽物だと思ったら本物の紗枝だったらって。どうしてもその思いが振り切れなくて、なかなか行動に移せない。だから、私は“あれ”が偽物だと証明するものを探すことにしたんです。
 日記です。私と紗枝が一日交替で付けている交換日記。一昨日、昨日と合っていなかったから、まだ紗枝の下にあるはず。もしかしてそれになら“あれ”が偽物だと証明するヒントが書いてあるんじゃないか。そう考えたんです。その日はちょうど紗枝のクラスで体育の授業がある日で、私はチャンスとばかりに授業中仮病を使って教室を抜け出し、こっそりと紗枝の教室に忍び込んで日記を探すために鞄を漁ったんです。
 そしたら、あったんです。鞄の奥底。隠すように私たちの交換日記が入っていました。最後のページを開いてみると、そこには

 『もう嫌だ。助けて』

 酷く乱雑な殴り書きでそう書かれていたんです。
 そしてそれと同時に一枚のプリクラも見つけました。紗枝と見知らぬ男がツーショットで写っているプリクラです。
 それを見て、私は確信しました。“あれ”は紗枝じゃない。紗枝が男と付き合うなんてあり得ない。
 そうとわかれば行動に迷いはありませんでした。放課後に紗枝を校舎裏、ちょうど監視カメラや人の目から死角になっている場所に呼び出して、花壇から失敬したレンガで一撃。そのあと燃えやすいように家から持ち出した包丁でバラバラに解体して学校の焼却炉に放り込みました。
 あっけないものでしたよ。偽物が似ているのは所詮見た目だけで、中身はすっかすか。レンガで軽く叩いただけで頭がひしゃげて、包丁だってまるで豆腐を切っているみたいにすんなりと入るんです。
 一番おもしろかったのは焼却炉に放り込んで火を付けた時。もうびっくりするくらいよく燃えるんです。紙かよってくらいの勢いで。
 偽物を処分した後、私は紗枝の家に向かいました。
 紗枝を隠しているとしたら、彼女の父親に違いありませんから。正直、昔からお世話になっていた人を疑うのは心苦しくもあったんですが、消去法で考えれば彼女を隠したのはおじさん以外ありえなかったので。ほら、言うじゃないですか、。疑わしきは罰せよ、って。
 私は紗枝の家に行っておじさんを問い詰めました。紗枝をどこに隠した、紗枝を出せって。
 正直に話して、紗枝を出してくれればそれでよかったんです。でも、おじさんは「なんのことだかわからない」って、白を切り通しで。正直に話すどころか私を正気じゃないなんて言って救急車を呼ぼうとするから。
 抵抗はありませんでした。なんで? って顔はしてましたけど。
 なんで、はこっちのセリフですよね。ほんと、紗枝をどこに隠したんだか……。素直に言ってくれれば死ぬことなんてなかったのに。ほんと、なんでって感じですよ。
 さて、これで私が知ってることは全部話しましたよ? いい加減教えてくれませんか?
 紗枝はどこです? どこに隠したんです? 私の可愛い紗枝。可哀想に、悪い大人に捕まって今でも私に助けを求めてくる!
 あなたじゃないんですか? 紗枝を隠したの。ねぇ、あなたでしょ!? 紗枝はどこなの? 私は知ってることは全部話したわ。約束は守るべきじゃなくて?
 ねぇ、紗枝はどこ? どこに隠したんですか? ねえ、ねえ、ねえ!!!

2012/01/30(Mon)00:13:23 公開 / 浅田明守
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■作者からのメッセージ
 初めましてかこんばんは。テンプレ物書きこと浅田です。
 最近どうにもまとまった小説が書けなくて……今回もショートです。そして例によって試作です。
 元ネタは小説内に書いてあった通りのテレビ番組で放送していたネタなのですが、今回はそれを囮に意外なオチにしてみました。意外と感じてくれればいいのですが……所詮は子供だましです(汗
 前作と同様にまだまだ個人的に試作段階の技法なので、ご意見などがあればどしどし頂ければ幸いです。

 頂いた意見を参考に、少しばかり作品を弄ってみました。個人的には大分雰囲気が変わったんじゃないかなと。
 というか、…………あれ? なんか余計酷くなってないか?? 更新前のがまだ作品としてまとまっていたような……
 うん、まぁ気にしなーい気にしなーい。あはははははは(壊れ中

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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