『舞い降りた魔法 非科学医学』 ... ジャンル:リアル・現代 アクション
作者:レボリューション Y 田中                

     あらすじ・作品紹介
超能力開発が教育の一つとして導入され始めた時代、その大きな革命を支えるに必要不可欠な医者、専属医が現れる。専属医としてこれといった目立った才能がない一橋信理が創造科学に関する超能力者のトップ、陽街唯花の専属医になる。自らの境遇にも気にせず平穏な生活を送っていた信理に降りかかったのは古代細菌といわれる超能力者に対して恩恵をもたらす細菌の悲劇であった。いまだ解明されずじまいな古代細菌は超能力者の唯花に副作用をもたらす。信理は恩師や先輩の助けをもとに古代細菌を巡る事件に身を投じていく。

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       舞い降りた魔法 非科学医学
 
 
 
 プロローグ


暑さの和らいできた過ごしやすい秋、下には大河が流れるレンガ造りの新設の橋の上に彼女はいた。肩より少し長く、しなやかな金髪。体は滑らかなラインをえがき、ツンッとした感じの顔。
 彼女はある超能力者の高校の体操服を着て橋の上で欄干に背を預けて澄み渡る大空を眺めていた。
 そこに、ジャリッとアスファルトを踏みしめる足音がした。
 「君! こんなところで何をしているんだ。今は医者との共同実習の授業中のはずだぞ!」
 足音のした方に立っていたのは白衣で髪がほとんど白い男。しかし、顔立ちからして、おそらくまだ四〇代だろう。髪はオールバックで、小柄な体躯をしている。
今、超能力者の学校では先生として白衣の研究者が授業を行う。だから彼は金髪の少女の通う学校とは違うかもしれないが、教官の一人ではある。その教官の手にはこの川沿いにある高校の近くのコンビニで買ったお握りやペットボトルなどが入ったビニール袋である。昼食を買いに行っていたのだろう。
 「(まずっ、学校を抜け出した理由がトイレなんて口が裂けても言えないよ)」
 彼女はあからさまにまずいといった表情で何か理由をはじきだそうと考えている。すると、教官はじっくり金髪の彼女の容姿を見るや自らのオールバックや白衣の下のワイシャツから覗くネクタイをただす。
 「君の教育機関の専門はなんだ」
 「そ、創造空間の干渉です」
 「創造空間の干渉に関する超能力者ということは空間について創造した世界を体現する能力者のことだな。……それに君、どこかで見たような」
白衣の男はひとりごとを言う。
金髪の少女はくすっと笑う。彼女は白衣の男の視線を覗いながらも、白衣の男が自分を見て服装をただそうとしているのに少し安心した。
「(よかった。私のこと知ってくれているのかな。まっ、いたずらって感じの金髪少女っていえば私ぐらいよね)」
と彼女は内心自分の頭をコッとたたく。
「よーし、じゃあ、君の学校には連絡を入れておくから君は、私の説教を聞いてもらおう」
そう言って一、二分説教じみたことを言われた。彼女はしょうがなく相槌だけ打って最後に舌を出して金髪美女の悩殺ウィンクでイチコロという予定であったのだが、その前に白衣の男が、言う。
 「ところで、君、かわいいねぇ」
 突如の口説き口調に私は一歩引いた。白衣の男はまじめを装っているが口元はこらえきれず震えている。
「(何、この本当に教官。ナンパ? とにかく気持ち悪い!)」
彼女のあからさまな不快げな顔に気付いて白衣の男は咳払いする。
「えー可愛いからであって、男に声を掛けられやすいというわけだ」
教頭に似たまじめな口調で白衣の男は場を取りなそうとしている。
「声かけているのはあなたでしょ」
「そう、学校の監視から外れたところではナンパは危険であって、!」
金髪の少女は体操服に隠れたネックレスを引っ張りだした。そこにあるのは一つの黒いスイッチであった。
超能力を発現するためには、能力発現媒体補助演算装置、通称ラインデバイスと言うスイッチを押し、政府中央からエネルギーの供給を受けなければならないのである。
金髪の彼女が押したスイッチはまさしくラインデバイスそのものであった。
白衣の男は気づけばビルが林立する街中にいた。新しい科学技術で作り上げられた、都会でよく見る高層ビル群である。白衣の男の記憶では確か周囲は自然公園と研究所が数カ所、住宅地ぐらいでほとんど高い建物はなかったはずである。
そして周囲には人影はひとりも見え無ず、車も道路に投げ出されてだれも乗っていない。見上げた青空がこの上なくむなしい。ただ、自分が立っている橋だけは元の世界ままであった。
そこで白衣の男は気づいた。
「(ビルの影が伸びている?)」
つまり、ビルが傾いているのかと。
「私は自らの幻想の世界を具現化することでその世界の中であらゆるものを“傾ける”ことができるの」
白衣の男の数メートル先に同じ橋に立ってしゃべっているのは紛れもなく金髪の少女であった。体をSの字にくねらせ、ニコリと笑う。
「しかし、自らの世界を作り出すなんて普通は時間がかなりかかるはずだ!」
その声に彼女は白衣の男に背中を向ける。そこで肩にかかっていた金髪はふわりと浮かぶ。
周囲のビルはゴゴゴゴゴという地響きとともに白衣の男に影を落とし始めた。
「私、“橋”には特別な思い入れがあるんだ」
ビルの“傾き”が今もなお進行する中、彼女は語る。
「人は恐怖を覚える出来事について再度触れると無意識の拒絶反応が現れる。その拒絶反応と似たようなものだって専属医からは言われたわ。そんな感じで橋の上に立っていると意識するとすぐに表れる世界があるの」
高層ビルは地面となす角度はすでに六十度以下に傾いている。
「創造空間に関する研究機関の首席を知らないわけないねよ」
金髪の少女のとどめと言わんばかりの口調に白衣の男は微動だにせずその白衣に身を落ち着けていた。先ほどのナンパの雰囲気とは明らかに違っていた。白衣の男の目は研究に向かう無垢な、一つの目的に向かう真剣な目そのものだった。
「専属医はどこにいるんだ、と言いたいが、専属医は授業を抜けずにまじめにやってるってことか」
「真面目じゃなくても授業は受けるわよ」
「それもそうだな。ところで、教官への挑戦か? 小娘」
そういうと白衣から一本の試験管を取り出した。もちろん試験管の先端の口にはゴム栓がされている。
「トリニトロトルエンだ。小惑星や流星が地球に落下した時の破壊力によく引き合いに出される爆薬、TNTだ!」
「(捨て身でこんなこと、自殺行為だわ!)」
爆発すると金髪の彼女もろともに吹っ飛んでしまう威力はある、そう暗に言っているのだ。
彼女は一瞬動揺はするも、白衣の男から視線をそらさない。
「(もっとましな(対処法)があるでしょうが)」
金髪の彼女は悔しさに歯ぎしりするかと思えば、一瞬目を閉じ、カッと目を見開く。それと同時に白衣の男の体が地面と垂直状態に“傾いた”。だが、TNTは地面と垂直に“傾いた”状態で握られている。
「くそっ、うごけねー。なんだこりゃー。ちくしょう」
金髪の少女は“傾いてる”のよー、と愉快にしゃべりながら白衣の男に近づく。
白衣の男は金髪の彼女を下から睨みつけようとすると、ガシッという音とともに白衣の男の顔は地面と平行に“傾く”。
「下着覗こうとしたでしょ。この変態おやじ。でも残念。この体操服、私にはぴっちぴちなんだ」
わしは覗くつもりはないぞ、と地面に向かって首を振る白衣の中年。
彼は素早く白衣に隠れた腰の部分に手をまわそうとする。
「てっとり早く、Xライトで沈めてやる! って、あれっ?」
間の抜けた声を出す白衣の男。その疑問に金髪の少女は答えた。
「あなたの手も地面と水平に“傾けた”わ。地面から“傾けた”角度には手は動くけど、地面との角度を変えることなんて到底できないのよ」
“傾ける”のがフェチか! と言いながら白衣の男は負けじと抵抗し始めた。
ビルの傾きは既に二〇度をきった状態で白衣の男と金髪の彼女にはさらに黒いビルの影が差して込んでいた。
「変態にお仕置き♡」
金髪の彼女は太陽にも似たほほえみで白衣の男を見下ろし、とどめと言わんばかりにビルの傾斜を限りなく水平に近づける。
白衣の男はだらだらと不健康な汗を流し、眼だけは抗おうと必死の形相である。
「そこまでだ」
突如、紫色の激しい光が金髪の彼女の目を襲った。
「きゃっ」
彼女の視界は突然真っ暗になって何も見えなくなる。
「超能力使用中に限ってだけ能力者のラインデバイスの演算を妨害し、かつその視力さえも一時的に奪うXライト。視力については特に害はないから本当にただ一時的に視力を奪うだけのものだ。従来の政府にいちいち電話しなくても速攻で能力者を無力化できる」
白衣の男はあたりを見回し、余裕綽々な説明をする声の方へ白衣の男は顔を上げる。そこには新たに、白衣をまとった顔を二枚のハンカチで顔を覆った少年がいた。
周囲はすでに元の背の低い建物ばかりの橋の上であった。その手には銀製の懐中電灯が握られていた。もう片方の手には黒革の鞄が握られている。
白衣の男は意識がもうろうとする中、最後の力を振り絞って尋ねた。
「彼女の専属医か」
「はい」
覆面の少年が返事すると白衣の中年また黙り込んだ。覆面の少年は逝っちゃったんじゃないだろうな、と近づく。
「夢のようだ……」
白衣の男はガクッと首が地面に落ちた。
視力を失った金髪の彼女は怒って、言う。
「最後の宣言なんなのよ。この中年、最後までかっこ悪いわね」
「患者さんだそんなこと言うな。とどめを刺たら、ダメだぞ」
視力を失った金髪の少女は白衣の少年の言葉にしょうがないわ、と言ってやれやれと肩を落とす。
少年はすぐさま白衣の男に振り返る。
「呼吸をしていないぞ」
「でも大丈夫。その人はすごい人らしいから」
「一応俺の教授なんだ、この人。でも、変人とナンパ癖以外の噂はない」
あらっそれは残念と金髪の少女は言う。
「ちっ、心肺蘇生を開始する」
覆面の少年は意気込む。
その時、ようやく金髪の少女の視界はだんだん澄み渡ってきた。
「やった、視力が回復してきたわ!」
金髪の少女は徐々に戻る視力に嬉々とする。
覆面の少年は人工呼吸の時、直接患者の口に触れないようにするためのファイスシールドというシートを白衣の男の口に張り人工呼吸をする。金髪の少女は近くでウエッと舌を出す。
続いて胸の真ん中に手の付け根を合わせる。心臓マッサージである。
覆面の少年は五センチ以上沈むようにというマニュアル通りに毎分一〇〇回以上のペースで心臓マッサージを行う。
ツンツン。
「なんだよ」
白衣の少年は一大事なのに後ろからつつかれる。振り返ると金髪の彼女が上目づかいでおねだりしている。
「(それ、私もやってみたい)」
気にせず覆面の少年は黒革の鞄をすぐに開けて中を探る。
「何してんの」
視力がまだそんなに回復していない彼女が尋ねた。
「AEDだ。自動体外式除細動器」
「なんで常備してんの。重いでしょ」
「俺はこのかばんの中に詰め込めるだけの医療セットを詰め込んでいる」
「まるで歩くお道具箱ね」
覆面の少年はAEDを展開する。中から救急ばさみという患者の体を傷つけないように服を切断するための鋏を取り出す。白衣の下の服を切断すると、真っ黒な胴体が現れた。これほど胸毛がすごい人は見たことがない。
「!」
「どうしたの?」
「いや、見ない方がいい」
覆面の少年は顔に冷や汗を流しながらも仕方ないと決心してAEDに付属されている剃刀を取る。武士の情けにも似た感覚で右胸の体毛を刈る
次に右わきを開く。右わきの爆発的な体毛も刈る。意識を失っている白衣の男はいたって普通の寝顔。
覆面の少年はAEDのパッドを右胸と左わきに心臓を挟むように取り付ける。
AEDは音声案内で電気ショックの必要性を訴えた。AEDの充電は既に完了している。
「いくわよ」
金髪の少女が最後の最後にスイッチを押すのを手伝ってくれた。これもやりたかったんだろう。
電気ショックが心臓を刺激し、ビクッと白衣の男の体は跳ね上がる。すぐさま白衣の男は驚いた様子で目を覚ました。が、意外にもすぐに落ち着いた様子だ。
「そうだったのか」
まるで娘が結婚していることを告げられた父親のようにため息を漏らす。
「きょ、教授、大丈夫ですか」
「これから、お前のことをお道具箱と呼ぶ!」
「はい? そ、そんなことより教授、体を、」
「おどうぐばこ!」

「そうか、御嬢さんは知ってたのか。生まれつきわしの体はあらゆる医学的問題を自然と治療する能力を持つ。いや魔法と言っていいかもな。なんせラインデバイスを必要としない。とは言っても、死までは対処できると思わんがな」
そう言ってがははははと笑う教授。
「ところで、御嬢さん、もっとお手柔らかにしてほしかったなぁ。心臓止まってしまったぞ」
教授は酔ったおっさんのように金髪の少女に近寄る。
「教授、もしかして俺たち補導されるんですよね」
「おいおい、もう補導されているじゃないか、さてはわしを甘く見ておるな」
ならっ、と言って教授は白衣の中から携帯を取り出す。
「補導した教官は補導された愚か者の写真を撮るとかいう決まりだったな。行くぞ、貴様ら。冥土土産の記念写真じゃー!」
大袈裟なことを言い大袈裟に振りかぶる教授。それに呼応するかのように金髪の少女は覆面の少年の横に並んだ。
パシャッと言う教授の声とともに無音の携帯カメラは光る。
「ノリノリだな! 補導写真だぞ」
覆面の少年は隣でポーズを決める金髪の少女に驚く。
「だって、記念写真だって言ってたもん。」
最高だ! そのポウズいいよ! と教授もすかさずシャッターを切りまくる。

第一章 古代細菌と一般超能力者

今は、超能力の学校という教育機関が新たに加わった。小学校を卒業すると超能力の才能のあるものは試験を受けることで超能力の専門の教育機関の{学校}に進学できる。超能力ごとに専門機関を分けるのは政府ではこの方が効率がいいらしい。専門的な分野に分かれるからこそ独特な能力者が多くいるのだ。実際の中学校、高校の期間と入れ替わり、六年間の教育課程である。ゆえに六学年まである。
現在の時勢、全国に点々と超能力を専門とする教育機関ができつつある。そして全国の超能力者は総勢一万人いる。
教師はもちろんその超能力専門の研究者となるのである。
英語、数学、国語、物理、化学、生物、地理、日本史、世界史、公民、倫理、政経は副教科のようなもので、授業の半分は専門の超能力の勉強となる。
超能力を発現するには中央政府からのエネルギー供給とそれを媒介するラインデバイスが必要となる。それとラインデバイスを使った日々の鍛錬の成果によって超能力を使うことができるようになり、超能力者として強くなる。
また、そのラインデバイスの大まかな調整と超能力者の健康管理に付き添うのが超能力者専属医である。
人間は繊細で脆い。故に同じ人間が付き添って感覚で能力者の健康を見守る必要があるのだ。
ただ、一般医療を身につけているが、超能力に関する健康チェックしかしないため、超能力者のプライベートな健康にはほとんど関わらない。やはり普段は別々でいることの方が多いのもある。
超能力者は他にも政府から保険金や将来の安定などが約束されていて、かなり重宝されている。
俺、一橋信理は創造空間に関する超能力の首席、四学年(一六歳)の陽街唯花の専属医をしている。一応、俺も四学年(一六歳)。俺は特に突出した才能というものはないが、どういうわけか首席の専属医になっている。といっても専属医になるだけの知識ぐらいは備わっている。
まあ首席の専属医なわけだが、俺は神経を使うとか特別な処置が必要とかそんなややこしいことはなく、普通の超能力者と変わらない処置をし、普通の生活を送っている。
「えー、今日の生物では一時間を費やしてXライトの解剖を行う」
教壇で声を張り上げているのは白衣を着た中年の教授。髪はすでに白髪である。その名は高名な、或地マスター教授である。彼の肩には一匹の機械ネズミ、モットーが乗っている。
彼の自己紹介では年齢は七の二乗。要は四九歳。元感染病研究者で今は俺の学校の非常勤の講師となっている。
教室は大学のように長い机が段々状に並び、中央の窪みとなるところで教授たちは授業する。
「今日、超能力者の専属医である君たちが各々の超能力者のもとに行って実習を行っていた。」
あっ、午前の補導されたことを言っているのか、と俺は頭がすくむ思いである。
「がしかーし、ある超能力者が学校を脱走して橋の上で物思いにふけっていた。私はそいつを見つけて注意した。するとそいつはすぐ私に襲いかかってきた。私はその超能力者に打ち伏せられた。」
「(まるで教授が完全な被害者みたいだ。相当、根に持ってるなぁ)」
俺は陽街唯花の専属医としてではなく、普通に考えて教授にも非がある。そして、教授の講義に熱が帯びる。
「だが、私たちにはXライトがある。学校教官のみならず専属医の皆に最近配られた、高セキュリティーかつ高性能な対能力者用の道具だ。」
教授は自らの白衣に隠れたXライトを腰から取り出した。
「それでも、このXライトは役に立たなかった。そんなもん解剖する!」
白衣の中年は断言した。それとともに機械ネズミ、モットーはビビッて下に落ちた。
「このXライトは政府で極秘に作られており防犯のため、誰にもその構造を解析されていない。私達、教官側でさえだ。というか解析できないみたいだ。それを我らで解析しようではないかぁぁー」
或地教授の宣言に呼応するようにクラスの皆がオオーとこぶしを掲げた。
「(教授ってこの前ラインデバイスを解剖するとか言って政府から警告が下ってなかったっけ)」
俺は心配しながらもXライトをカバンの中から取り出した。
一応、暴走した能力者を止める方法はもう一つあって、中央政府に連絡してエネルギー供給をカットするのである。だが、中央政府に連絡するには正規の教官に連絡する必要があるのだ。そして最悪の場合その教官からいろいろ説教される場合もある。
確かに面倒だが、唯花みたいな能力者以外には普通に大丈夫だと思う。
すでに教授はXライトの分解に取り掛かっており、生徒はご勝手に、といった状態になっていて各々作業に取り掛かる。

一時間はあっという間に経過した。
或地教授は解析を途中で投げ出してXライトを一つの部品として自らの機械ネズミ、モットーと合体させて満足そうに笑っている。
俺は分解すれども最終的にはICチップがたくさん入っていてどうしようも手の付けようがなかった。
途中で、或地教授が中に入っている不必要な機材やら液体やらを生徒に指示して取り外させていく。その間、機材を傷つけないようにするために大量の化学薬品を調合した。うまくいくやつといかない奴がいろいろいた。ちなみに俺はうまくいった方で中身のものを壊さずうまく取り出せた。
そして、俺も或地教授を見習ってXライトの改造にチャレンジしたのである。
「みんなー、いい汗かいてるかー。今日の授業はこれにて終了だー」
或地教授は汗に顔をテカらせながら、教室を出て行った。その後にXライトが装着してあるモットーも出ていく。
俺もクラスのみんなとXライトをどう改造したかしゃべりながら教室の外に出ると、
「一橋!」
しわがれた怒声は或地マスターのものだった。
みんなとはそのまま別れて或地教授のところに行った。まるで見せしめのように廊下で教授はしゃべりだした。
「昨日、あの美女は誰だ!」
俺は危うく何もないところで転びかけた。
「彼女は陽街唯花と言って、創造空間に関する超能力の首席です」
ほう、と言って或地教授は舌なめずりをする。純粋無垢なお嬢様である唯花を想像する教授が汚らしい。
「あのー、怒ってないんですか、昨日こと」
「怒るも何もまるで女王に踏んでもらった気分だ」
そうですか、と言って俺はその時ふと、何故、唯花が或地教授について知っていたのかが気になった。
「唯花と面識があるんですか?」
「いや、初めてだ。私のナンパ癖に留まった女の一人にすぎない」
よくもまあ、こんなことが言えるものだ、と俺は内心さげすんで教授を見る。
「唯花は教授のことを知っていました」
「そりゃあ、私の古い研究仲間か誰かが言ったんだろ。しかし研究者の中では私は意外と顔が広いからな。特定することもできんと思う」
「では、教授は医学的問題を自然と治療するというのは?」
「トップシークレットだ。可愛い教え子であっても口が裂けても言えないことだ」
「でも、実際に一般人の唯花が知っていましたよ」
「いや、彼女は肝心なことを聞いておらんようだからよい」
或地教授は腕を組んでうんうんと頷く。俺も納得ができないが、他人のプライベートに顔を突っ込むのはさすがに気が引けた。
「わかりました。ありがとうございました」
「待て、一橋。初めに私が質問していたのに、何故いつの間にかお前が質問しているんだ」
言われてみればその通りだが、教授の質問って……、
「彼女の健康に気を使うのが僕の仕事なので彼女については何もお答えできません」
「なにっ!」
なんでキれるんだよ、と俺は内心叫んだ。彼の髪は逆立ち目は剝いている。たとえるなら金剛力士像みたいだ。
俺は端的に尋ねる。
「教授は彼女が好きなんですか」
「はっはっはっはっは、どうでござろうな」
この後に及んで時代錯誤した返事で一蹴された。

 この町はかなり自然の状態で残った田舎に隣接し、大都市化を目指して科学技術の粋を集めて多くの研究所が設置されている。その研究内容は様々で勝つ非常に専門的なものである。
この町の超能力の教育機関は合計三つある。創造空間と科学空間の超能力者育成機関、専属医育成機関の三つである。といっても学校が三つあるだけと言い換えることもできる。
 この三校で共同実習という授業をする。専属医育成機関の近くにある広場を使って集合し、そこで専属医と超能力者が一緒になって準備体操や健康チェックなどを行い、能力によって実演するそれぞれの指定の場所に移動する。
その広場はざっと千人が入りそうなほどである。広場の端から見ると反対側の端ははるか地平線上に見える。合同でのあいさつや表彰ではよくここを使う。
この共同実習は大人数の教官に見守られながら、自分の学校を見せ合うと言っていいもので、高め合いを目的にした実習である。
 「ラインデバイスのチョーシは大丈夫か?」
 「オールグリーン」
 俺は唯花と一緒に広場の片隅で健康チェックを行っていた。
じつはここで、俺は唯花にあるものを渡そうとしていた。だから、おれはこの場でそんな風回しのできそうな雰囲気に持っていきたかった。
今の彼女の顔は夏空のひまわりのように明るい。チャンスは近い。
 「えっと次はランニングか、じゃあ、唯花、俺のペースに合わせて」
 「競争しましょ」
 俺はえっ、と言いかける。もちろん超能力者としてそれなりの体力づくりをこなしている唯花の方がタフに決まっている。
 「ちょ、ちょっと待て」
 「何? 五秒以内に理由言わないと追いていっちゃうよ」
 俺は素早く思考を切り替え理由を詮索する。男としてやはり、へたれと思われるのは癪だ。俺の頭の中は医学的理由しか思いつかない。こういう運動の時はもってこいだ。
 「いきなり走ると筋肉がびびっっちゃうんだ」
「信理みたいに?」
彼女は罪のない顔で俺を見下ろす。彼女のバックの太陽が彼女を寺師まるで女神のようだ。
「違う。俺はびびらない。でも、体が勝手にビビるんだ。しょうがねぇ」
「結局信理が待ってほしいんでしょ。信理のくせに説得力ないよぉー。どぉしたの?」
はっ、まさか彼女に俺の行動が看破されてるじゃないか、と俺は背筋が冷たくなる。
「俺に気遣いは無用だ。そんなことより、ストレッチしないなら俺がするまで待っていろ」
こういうところは不自然なところを見せずにきっぱりと言うのが、爽やかな感じがしていい。ははは俺の耳はもう真っ赤だ。
俺はストレッチのために長座対体前屈を行う。そこで、唯花が空を見上げて残念そうな顔をする。
「あーあ、信理がもう少し紳士みたいな専属医だったら私うれしいなぁ」
何っ、俺って紳士じゃなかったのか!
「唯花、一大事だ」
俺は真剣な面持ちで唯花を見る。唯花はそんな俺を見るなり慌てて、
「えっ、えっ、ど、どうしたの?」
「俺が紳士じゃないのか!」
「え、……」
答えをくれー、神様。沈黙かよー、と頭を抱えて、体を後方にそらす。イナヴァウアー。
唯花のひまわりのように明るく、振り乱す金髪が俺の頭の中に広がり、気持ちよっかた。そして彼女の言葉数が多く、きゃはきゃは感が何とも青春リアルにしてくたのに-―。
「ご、ごめん、私、信理が何言ったかわからなかったの」
「いや、いいんだ。さっき俺、外国語使ってたから」
唯花の天然ブリには頭が下がる。俺はさっさとストレッチを終わらす。
「じゃあ、信理、競争ね」
「ま、待て、走った後のマッサージやらミネラルの補給について語らなければならないと思う!」
 彼女はなにいってんの、と笑う。
 天然の彼女の通り、俺は何を言ってるんだろう。彼女が俺の先を走る。そこで、俺は本来の目的を思い出した。
 「おーい、ゆいか。パス」
 彼女にパスしたのは一枚の写真である。それは今日学校を抜け出した時の補導写真。彼女はそれを見るとクスリと笑った。
 「信理って変態ね」
 「!」
 俺は専属医なってから一度も女の体に触れたことはない。それは唯花とて例外ではない。
 それとも、彼女に補導写真を渡すことが変態なのか。
 
放課後、私は信理と一緒に市立の図書館にいた。
「なぁ、唯花、もう調べものとか十分したんじゃねぇか。ざっと二時間は難しい専門書に顔を埋めてるだろ。専属医としてお前の体調を気にしてやるよ」
隣で私に愚痴を言っているのは白衣を着てハンカチで顔を覆面した一橋信理である。そのハンカチの下には火傷跡があるとかで覆面して日々を過ごしている。
「信理は黙ってて」
しかし、私の言葉も無視して彼は続ける。
「教授が昨日のことで唯花のことなじってたぞ、子供みたいに」
信理は或地教授のことだしまあいっか、という風な感じで言ってみる。
「あの人こそ、自爆しようとしてたわよ。ポケモ○みたいに。どうかしてるわ。張り合わなくてもXライトを使えばいいのに」
ここ、市立の巨大な図書館はいつであっても静かで、清潔。さらに暇つぶしに読む本や勉強に使う資料の品ぞろえは最高である。
新設だけあって中はとてもきれいで天井ははるか上方にあり声が一番上に届きそうにもない。
信理はさっきから茶々を入れてばっかのように思えるが、私が今、手にしている本を読み終わった後にも信理に付き合ってもらう、と無理にお願いをしていたのである。ただ、信理は早く家に帰りたいらしい。
私は今、想像学とその応用Uの書物を速読している。
「私は信理たち医者と違って、競争なの。私は今二番の子と競り合いなのよ」
「とか言っちゃって普通に遊んだりするじゃねぇか」
「今日の健康はばっちりだから、もう信理は帰っていいわ」
ヘイヘイと言って信理は顔につけたハンカチをぎゅっと締め直して図書館を去ろうとしたところ、
「そうだ、唯花。お前なんでうちの或地教授の治癒の能力を知ってたんだ」
信理は含みがあって言っているわけでもなさそうである。私は戸惑って口ごもる。
「言いたくないなら別にいいけど」
そういって、ふらりと白衣を翻して図書館の入り口に消えて行った。
私はほっとした。ちょっと秘密があるんだ。ごめん、信理。
それにしても、とツンとした表情のまま唇を尖らせる。
「(たまによく噂されるけど本当に火傷なのかしら)」
信理の覆面は彼の学校近くでは結構有名である。大半は火傷と信じているが、人前では素顔を一切さらさないためいろいろな説が生じるのである。一般人の中で私は彼といちばん近い位置にいる(と思う)が、未だにその覆面の下の謎を知ることはない。
「彼の覆面が気になるのか?」
突然私の正面の本棚の向こうからしわがれた声がした。
「解さん!」
「しー、ここは図書館だ」
そういって本棚を回って現れたのは長身痩躯の白衣の研究者、解正純であった。一八〇センチを超える身長で、見た目は髪が抜け落ちてやつれきったおじいさんに見えるが、研究熱心が体に影響しただけらしい。実際にはまだ六〇歳らしい。
彼は感染病の研究者で専門が或地マスター教授と一緒であり、昔は友人であったらしい。
あの変態中年の友人なら相当変人なのかと最初は構えたが、意外と老紳士であった。
私が午前の共同実習を抜け出して補導された時、或地教授であることを見破ったのは、解さんから小柄のくせに悪い癖が出ると獰猛となる研究者がいると聞いていたからである。そして、その或地が私の知りたいある事柄に関連している、と解さんから聞いていた。
「ところで、解さんは何を専門としていらっしゃるのですか?」
「私は……古代細菌を研究している。かなり極秘の内容だからあまりしゃべることはできない。副作用がまだわかっていないからな」
「副作用?」
「細菌といっても様々だ。普通は病原性があるものを想像するだろう。だが、実際には生物と共存したりする細菌がたくさんいて、生物に貢献してくれる力を与えてくれる。古代細菌もその一種だが、利点は発見されているが、副作用は見つかっていない」
解さんはそこまでしゃべり切ると手でこっちに来なさいと合図して医学書の本棚のところに私を連れて行った。
そこで、解さんは医学書の一冊を取り出してまた中から鍵を取り出す。床の収納スペースをそのカギを使って開ける。
収納スペースの扉が開かれると中から冷たい空気が漏れだしてきた。
「研究者用の図書室だ」
私にそれだけ言って解さんは中に続く階段を下りた。私もそれに続く。
「(図書室っていうプライベートなところにさらにプライベートな個室を設けているって相当研究者が優遇されてるわね)」
研究者用の図書室の中は普通の図書館と一緒で背の高い本棚がずらりと並んでいた。が、電球がポツリ、ポツリとあって薄暗く、じめじめと湿気て肌寒かった。
「悪いな。いつもは暖房をつけるんだが、今は故障している」
解さんが指さす先には故障中と書かれた紙が貼りつけられた大型のエアコンがあった。
「君に、私の研究している細菌についての本を見せてやろうと思っている」
「あのー、私は初めあった時通りに信理の覆面についてお聞きできるだけで十分なのですが」
私は数日前、信理の覆面について知っていると言った解さんから一から百まで聞かせてください、とお願いしたのだ。だから、彼は時間がある時を見つけてゆるりと話してくれる。
私は結構無防備であると専属医として心配している、と信理は言うが、こういうことを言われているのかもしれない。でも、ちょっと冒険気分になりたい。それに危ないことがあっても単純な強さだけなら自信はある。
「覆面の下の顔が細菌に関するものの場合もある。だからだよ」
はい、と疑心暗鬼にうなずく私をおいて解さんはどんどん前に進む。歩くにつれて私は解さんの背中が非常に遠く感じられてきて、あわてて走って追った。
「いたっ」
私は突然の頭痛がした。頭の全体に鋭い痛みがする。私は足を止めその場にかがんだ。解さんは私の方を振り向く。が、おかしなことに私に何も言わずに横目で私をずっと見ている。まるで私の様子をうかがっているように。
私はしばらくして自然と意識が薄れていくのを感じた。
「私に何を……」
ぼんやりとした思考の片隅に白衣の研究者のしわがれた声が聞こえてきた。
「君のような能力者は物理的には強いが、病原性の細菌に感染させることはたやすいことだ。ここの湿気と温度はしばらく病原菌を生かしておくため。時間がたつと死んで証拠がなくなる」
「私を殺す気なの?」
「いや、弱らせるだけだ。さすがに弱った君でも私が近づけば能力を使用すれば私の計画のすべてが“傾く”だろうしな。たとえ通報しても私は普段は偽名を使っている。また今は研究者などごみのようにいる。その中から私の顔を特定することはできないだろう」
そう言い残して解正純は白衣を翻して出口に向かって歩き出す。どんどん薄らぐ世界と白衣の姿。
私の中に悔しさの灯がともったのはそのすぐ後であった。
「待ちなさい!」
私の嘆きに似た叫びとともに周囲の本棚に火がともる。幻想の世界が展開し始めた。
だが、白衣の姿はそれを承知していたかのように一気に出口に向かって駆け出す。
私は幻想の世界が広がる範囲で本棚を押し倒していく。まるでドミノを崩すように。
それと同時に本棚に燃える炎が白衣の男に向かって燃え広がる。
だが、元から駆け出す予定であった解の方が先に出口までたどり着いた。
「陽街唯花、君のかかった細菌は古代細菌。その病原性は脳に影響を及ぼす。よく覚えておけ」
解は余裕綽々にヒントのような捨て台詞をはいた。
「そこ!」
私はその隙を逃さなかった。出口の扉に間近な本棚の“傾き”を操作する。ガタンという音とともに出口が本棚によって詰まる。
が、少しも臆さずに解は白衣の下から二本の試験管を取り出す。
私の幻想の世界にもう少しで解を連れ込もうとしようとしたところ、解は二本の試験管のゴム栓を取り外して、片方を一方の液体物質に混ぜて再び、液体が混ざったほうの試験管の口をゴム栓で閉じる。“傾いた”本棚の一つにそれを入れた瞬間、試験管が爆破し破片が飛びちった。
「(捨て身! )」
解は自分の近くで爆破させたにもかかわらず出口から頭から突っ込んで逃れた。
私の周囲の幻想の世界はすでに炎が図書館中に燃え広がっている。
出口までもあと一歩だったのに。やりきれなさに私は涙が落ちるとともに頭痛がひどくなる。意識がしだいと薄れいった。
そのとき、炎が燃え盛っていた幻想の世界は消滅し、元の薄暗い図書室が現れた。

俺は帰りにミネラルウォーターを買うためにコンビニに寄った。或地は今日は寮の兼任寮監という、普通の教官が寮生の面倒を見るために寮に泊まるという仕事を受け持っていたため、或地とだべりながら帰る途中だった。
学校の付属の寮にいるから食事は寮で出る。だが、水道水はいちいちお湯で殺菌する必要があるためにミネラルウォーターを前もって買っておくのだ。
コンビニに入ると新人店員さんは俺の方を見てぎょっとして上司に連絡に行く。新人店員にはいつもこの反応だ。
はあーあ、とため息を一つついてミネラルウォーターを買いに雑誌売り場の横を通り過ぎると、雑誌売り場には俺と同じ学校の制服を着た少女がいた。
その少女が俺に気付く。
「一橋先輩ですか?」
「えっ、ああ、そうだけど」
俺は知らない少女に声を掛けられ戸惑う。ちなみに或地はトイレに即飛び込んだため今はいない。
「あ、あの私、当羽夜歌の妹の詩歌と言います。先輩と同じ学校の第三学年です。」
おっ、いつもの覆面の噂で知っていますといった感じかと思ったら、この子は俺に違う方面のうわさを聞いての受け答えの仕方だ。もちろん違う方面の噂というのは俺の単なる妄想かもしれないが。俺は高鳴る鼓動とは裏腹に落ち着きを払ってしゃべった。
「当羽夜歌先輩って確か創造空間の超能力と“空間”つながりの科学空間に関する超能力の第5学年の先輩だっけ」
「はい。唯花先輩からお話はいろいろ聞いていらっしゃる通りです」
「(いろいろだとぉ?)」
俺は唯花から当羽夜歌先輩のことはロン毛で色黒で変わった人と聞いた。
が、それ以外は何も聞いていない。いろいろとはなんなんだよ! 内心ではやはり唯花が男を連れまわすような女だったのか、と俺は天を仰ぐ。
気を取り直して俺はコンビニの中で告白というのもどうかと思ってミネラルウォーターも買わずにすぐにコンビニの外で待ち合わせた。
「で、要件はなんだい」
俺はコンビニのすぐ外で少し格好をつけて詩歌に聞く。
「あのー、昨日、家で飼っていた猫が逃げ出したんです。その猫はポチーナと言います。でもよくあることでいつも近くのショッピングセンターに入り込むんです。特に従業員が裏つく搬入口とか時々開きっぱなしの休憩室とか。それで兄が探しに行ったんですが、それきりで帰ってこないんです。携帯も圏外だし……」
話を聞くうちに、特に猫の名前がポチーナと聞いたところから俺は妄想から目を覚まして、真剣に考えなければならないことに気付く。
「警察には連絡を入れたのか」
「いえ、その……もし兄が無事だったら兄はよく補導されるんで学校を退学にさせられるかと思いまして」
「そんなの先輩が危険だった時の方がもっとやばいだろ。だから、うっ」
俺は現実的な解決法を言おうとしたところ、詩歌はうつむいて瞳には涙が浮かんでいた。
「(くっ、だめだ。詩歌ちゃんの期待を棒に振ることは俺にはできそうにない。)」
「しょうがない。俺が探しに行くよ」
「本当ですか!」
「ああっ、だから、もう泣くな」
俺は決め台詞を言ってから、人差し指を立てる。
「一日。一日で俺が帰ってこなかったら警察に電話しろ」
すると詩歌は急に、
「あっ、先輩ごめんなさい。やっぱり私が馬鹿でした。今から警察に電話します」
急に不安になったんだろう。詩歌はひどく取り乱して俺の服にしがみついてきた。
だが、俺はもう決心していた。それになんだかおもしろそうにも思えた。
「詩歌ちゃんが頼んできたんだから詩歌ちゃんに拒否権はないよ。まあ、セキュリティーだらけのこの世の中で管理者側の目がちゃんとどこかにあるし、不審者もその辺歩き回れないし、もし、とある教官とかの管理者たちが悪いことしたら上司に罰せられる。そんな気にしなくても案外、大丈夫だよ」
或地教授がそのいい例だとおもいながら俺はそう言うと、ふと気づいた。
「あれっ教授まだトイレかな」
「そうするといつの間にか背後に或地がいた」
「わしの名を呼んだか」
「うわっ、びっくりしましたよー、どこにいたんですか、教授」
「ずっと近くで聞いておった。話は分かったぞ。詩歌ちゃんかわしが命にかけてお兄さんを救ってやる」
或地は詩歌に迫りよる。詩歌は微動だにせずありがとうございますとはきはきとした口調でしゃべる。
「(素直な子だなぁ、唯花だって或地教授には引いたのに)」
詩歌の家の近くのショッピングセンターの場所を聞いてから詩歌と別れた。
「(ちょっとやばいけど、わくわくするなぁ。まっ、早めに終わらせるか)」
俺はいつになく気持ちよく風を切って走った。或地は後ろの方で待て待つんだシンリーと懐かしいようなセリフを吐いている。明日のショーだっけ。少し暗くなり始めたあたりが不気味だとは思わない。むしろ、アドベンチャーを感じさせる。

当羽夜歌は詩歌に頼まれて飼い猫のポチーナを私服のままで一日中探していた。
「ちっ、学校は休めたみたいだけど、ポチーナもいないし携帯も落としたし、こりゃやばいなぁ。」
夜歌は現在ショッピングセンターの地下にある空間にいた。そこにはいくつもの部屋が用意されていた。
当羽夜歌は超能力に関する勉強もせず、バイトやら部活やらに明け暮れていたため体力だけは取り柄。そして着やせする。部活は一応サッカー部。肌はもちろん真夏の名残か、真っ黒に焼けていた。しかし、ミスマッチな感じに髪が長かった。
夜歌は科学空間に関する超能力学校で、範囲空間の気圧操作を専門とした超能力が使える。自らの能力が及ぶ範囲内であるが、気圧、つまりある空間内での空気による圧力を操作するというものである。だが、夜歌は優等生というべきものから遠い存在であった。よく学校側で補導される、無視ら劣等生であった。そのためかなり能力が限定されており、自分の体から半径一メートル以内の気圧をおよそ二〇ヘクトパスカルまで操作可能といった程度である。五〇ヘクトパスカルといえば標高二〇〇メートルの山に登ったときの気圧と同じようなものである。ただ、能力が気圧操作とだけあって能力使用時には周囲の気圧の高低を読み取るのには熟練している。
夜歌はいつものようにショッピングセンターを一通り見てまわってから搬入口や従業員が使う休憩室にこっそりと忍び込んでポチーナを探した。ただ、最後にあたった休憩室を捜したが、そこをむなしくもポチーナを見つけることはできなかった。
そしてたまりたまった疲れにその部屋のソファーに腰かけて一段落した。
休憩室には観賞用の陶器の花瓶が一つ置かれ、大きなソファーが一つ隅に寄せられている。空いた空間にはカーペットが敷いてあるという寒々しい部屋だった。
夜歌はなんとなく手持無沙汰になりラインデバイスを取り出す。彼のラインデバイスはあろうことか右腕にネックレスの紐が巻きつけられている。制服の袖をまくりあげて黒いラインデバイスのスイッチを押す。
「空洞?」
夜歌は自分の背後の先に高い気圧を観測した。夜歌はソファーをどけて裏を見ると冷たい風が頬に触れた。そこには冬に使うであろう空っぽの暖炉があった。
「まさかこの中じゃないどろうな……」
夜歌はその暖炉の中にもぐりこむ。調べてみると地下に続く階段があった。
だが、地下に通じる階段を下りてみると何十という部屋があり一つずつ探していく羽目になったのである。時折、鋼鉄で閉ざされた扉がいくつもありそこで行き止まりだった。一応、能力を使って中の気圧を観測してみる。暖炉を入り口にしたぐらいだからそれなりの隠したいものがあるのだろう。わかったことはどの鋼鉄で閉ざされた扉の向こうは気圧が一定であり、扉の外の地下より気圧が高い。
それからもずっと探してはいるものの何一つ出てこず、学校をさぼるために前もって買ってあった非常食も少なくなってきていた。
「(くそっ、ポチーナも携帯も見当たらないし最悪だな)」
夜歌は自暴自棄になって地団駄を踏んだ。
そこで、チャリーンと言う音がした。
音の高さからよく知っている。自分の携帯のストラップの音だ。夜歌が踏みつけた土が携帯にかかったのだろう。
夜歌は部屋の中の椅子の下に、立っている位置からは死角になるところに携帯が落ちているのに気付いた。
「ラッキーだぜ。これで何とか振り出しに戻った」
だが、用意した非常食も少なくなってきて帰ろうかと思った。
その矢先に、何かが夜歌の顔にしがみつくように触れた。夜歌は悲鳴を上げる。だが、何やらふかふかしていて、たやすく払いのけることができた。払いのけたものは地面に転がり、ニャー、と一泣きした。
「ポチーナ!」
自分の顔にしがみついていたのは家で飼っている猫、ポチーナだった。
「こりゃちょうどいい。一石二鳥だな。もうこのまま帰れるじゃん」
嬉々としている夜歌はふと変に思う。長い間地下にいたせいかポチーナは何かあらぬ方向に歯をむき出しにして威嚇している。
まさか店の従業員か、と夜歌はすぐ周囲を確認した。しかし、他にだれもいない。やはりポチーナも地下にいたため気分がすぐれないんだろう、と納得する。
「こんな変なとこ、早く出るのに限るな」
夜歌はさっと立ち上がって元きた部屋に戻る。
その時、夜歌の背後でダークスーツに身を包んだ男が夜歌の姿を捉えていたことは夜歌は知る由もなかった。
 
夜歌は暖炉から休憩室に出て一息ついたところで、
「当羽夜歌、能力は気圧操作か、なかなか独特な能力を持つな」
突如休憩室の扉の外から聞こえたしわがれた声に驚く夜歌。
「誰ですか? 従業員さん?」
「いや、私は魔法使いだ」
「(はっ、何言ってんだ?)」
夜歌はおかしいやつが紛れ込んできたのかと休憩室を出ようとした時、
「魔法使いであることを証明しよう。君のすぐそばにある花瓶を破壊する」
突然、俺の近くの花瓶が銃声にも似た音とともに吹き飛び砕け散った。
「なっ」
当羽は驚きに花瓶に釘付けとなり目を疑う。
「確定だ。私は魔法使いだ。今ここで君を殺してやることも不可能ではない。さて」
そう言って休憩室の扉を開けて入ってきた。夜歌を威圧するかのように背が高く顔はやつれきっていて髪はほとんど抜け落ちている白衣を着た老人であった。
「君の能力は気圧操作だったかな」
夜歌は無言で驚く。
「わかりやすい顔をしている。何故知っているかと思っているだろう。私の狙っているターゲットが君とたびたび出会うものでな。何を隠そうターゲットとは陽街唯花だ」
「!」
「私は君にある病原菌を注射する。大丈夫死にはしない。もっとも殺したいなら今すぐ魔法で殺せるんだがな」
白衣の老人は夜歌の袖をまくりあげて左腕の静脈に注射した。夜歌にはぷつんという注射針を刺す音がひどく生々しく聞こえた。
「能力を使用してみろ。そうだなためしにこの部屋の気圧を五〇〇ヘクトパスカルにしろ」
「五〇〇ヘクトパスカルなんて、無理に決まっている。そんなことできたらもうとっくに俺は上位能力者になっている」
夜歌は暗にこの白衣の老人が自分に死ねと言っているのかと思い突っかかる。だが、白衣の老人は答えない。夜歌はしぶしぶ右腕の袖をまくりラインデバイスのスイッチを入れる。
その瞬間、周囲の一〇〇メートル以上の気圧を把握していることに気付いた。
「なんだこれは、あたりの気圧が手に取るようにわかる。」
「能力を底上げする病原体を打ち込んだ。ちなみにそれは一時的なものだ。君はね」
夜歌は既に目の前の白衣の老人の言葉には従おうなどと思っていなかった。夜歌は周囲の気圧を極力下げる。一気に四〇〇ヘクトパスカルまで下がる。だが、それ以上はさすがに下げれなかった。だが、これならいけると踏んでいた。周囲の物体が一度ふわりと浮いたような気がした。普通の人間なら耳に鼓膜が突然つんざくような痛みを感じるはずだ。
「っつ、君は私を殺そうとしているのかな? 言っただろう。私は魔法使いだと!」
鼓膜に痛みを感じたのか老人は耳を押さえながらも高飛車に夜歌に言う。その時夜歌の右腕のラインデバイスが弾け飛んだ。それも銃声のような音とともに。夜歌の周囲の気圧操作がなくなり気圧で休憩室の扉の隙間から猛烈な風が出ていく。
「次やると殺すぞ」
その白衣の老人はポケットをあさりラインデバイスを夜歌に投げ渡した。
夜歌はなぜまた渡すのかと疑問に思いながら老人を見る。白衣の老人は腰をかがめて床にバラバラになったラインデバイスを拾い集めながら言う。無防備極まりない姿だ。まるで、魔法で身を守られているかのような落ち着いた様子だった。

俺と或地はショッピングセンターの食料品売り場の隣にあるタイ焼き屋さんのベンチに座っていた。ベンチはいくつもあり母親と買い物に来ている少年、少女がたくさん座っていた。その中で俺と或地がたい焼きをほおばっていて浮いているような浮いていないような……。特に或地は抹茶たい焼きの皮が嫌いだとかで中の抹茶とあずきを指で掬って食べている。
まるでアフリカの原住民が蜂の巣から蜂蜜を掬うように。
「或地教授、さっきから無垢な子供たちが教授に向かって指立てて噂されていますよ」
俺はたい焼きに頬張ることに夢中の或地に小さく耳打ちした。
「ガキ、相手にむきになるな」
「そーですね教授はそういうところは本当に子ども以下ですよ」
俺と或地がたい焼きをほおばっているのは、数十分前にショッピングセンターについた時一応当羽先輩に連絡してみようと俺が提案してかけてみたところあっさりと当羽先輩は出てくれた。先輩とは今いるこのたい焼き屋さんの前で合流しようということになったのだが、
「それにしても、おそいなぁ、当羽夜歌は何をしておるんじゃ。まさか急性心筋梗塞でとおれているんではあるまいな。あれは喫煙やストレス、肥満なやつにおこりやすいからのう」
或地は隣で医学的なつぶやきを漏らし続ける。そんな中、俺は或物を見ていた。
「或地教授、あれをみてください」
俺は或地教授を促す。観賞用植物の鉢が並ぶ先に食料品店の二〇〇ミリリットルの紙パックのジュースがずらりと並ぶ場所で腰をかがめる男がいた。その男は黒のニット帽を深くかぶり顔は見えない。そして、彼はあたりを見回してから紙パックの野菜ジュースを一つとって上着のポケットの中に入れた。彼の頭上には防犯カメラが傾いてちょうど死角になっている。
「あっ」
俺は思わず声を上げたが、店に流れるBGMもあるし気づいていないようだ。
「どうします或地教授」
俺は或地に判断を求めると、
「一橋、安心しろ。私服警官だ」
或地がそういうと俺たちの背後に体つきのいい茶色と白のオーバーコートを羽織った二人の男性が歩き出していた。位置からしてその二人も万引き犯から死角だったのだろう。
「ふー、目の前で犯罪とか一瞬俺も臨戦態勢に入った気分でしたよ。それにしても、野菜ジュース一本を万引きとかそんなに栄養を補給したいんですかね」
俺が軽い冗談を或地に飛ばしたが、或地から答えは返ってこなかった。気づけば或地は私服警官の後を尾行していた。
「何してるんですか!」
「うっさいぞ、わしは一度は私服警察が犯罪者を取り押さえるところが見たいんだ」
或地は小声で怒鳴る。言われてみれば俺も見たくなってきた。俺も黙っておる地に従い私服警察を尾行した。
「これこそ、二重尾行なり」
或地の言葉に俺はガキの遊びですと返事する。
二人の私服警官は歩くスピードを上げて万引き犯にどんどん迫っている。歩く先は品物が並びまくる棚が迷路のように続いている。そこで、万引き犯は野菜ジュースの口を強引に破って口の中に流し込んだ。万引き犯もはや歩きながらためジュースがあたりにこぼれる。空になった野菜ジュースの紙パックはそのまま床に投げ捨てられた。そこで、
「うっ」
俺はつい呻いてしまった。或地は俺の様子をいぶかり近寄る。
「大丈夫だ、なんか気分が悪いだけだ」
 俺は正直言ってそこで強い頭痛にも似た嫌悪感が頭のうちに流れ出てくるのを感じた。
俺と或地は再び尾行を開始すると、もうかなり私服警官と離れていた。今曲がった先には食用油売り場がある。そしてその横にはワイン売り場もあった。そこで、万引き犯は右袖をまくった。そこに現れたのは銀製のラインデバイスのネックレスが絡みついている。
「いかんっ、奴は能力者だ!」
或地は叫ぶ。それとともに俺と或地は前にいる私服警官のもとに疾駆する。
「待て、その万引き犯から離れろ」
或地は再度叫ぶと、私服警官は振り向くも、
“パリーン”という音とともに上にあったライトが火花ならず火の粉をまき散らして降ってきた。そして、しゅういの食用油やワインの容器や瓶が破裂した。
ゴウッという音とともにあたり一面に炎が駆け巡る。そして私服警官の服が一瞬膨れ上がったかと思うとまるで風に吹き飛ばされるように炎の中に吸い込まれる。
「ちっ、遅かったか。一橋お前は背後に回り込めぇっぐぇ」
或地の顔に近くの棚に置いてあった菓子の袋が飛んできた。気づくと大量の食料品が俺と或地の方にまるで風に飛ばされるように飛んできた。
「なんて力なんだ」
或地は品物棚に隠れながら言う。が、品物棚はゆれている。
「或地教授! 隣の品物棚に!」
 俺と或地は揺れる品物棚から隣の品物棚に突進し、駆け上る。そこにあった食べ物は足で踏みつぶしたり蹴飛ばしたりした。そこで、揺れていた品物棚がゆっくりと倒れてきた。間一髪のところで、下敷きにならずに済んだが、倒れた品物棚の後ろから烈風が吹いてきた。その奥には万引き犯が黒のニット帽をかぶってこっちを見ていた。
或地は烈風に体をそらしながらも腰からXライト付きモットーを取り出した。モットーは今スイッチオフの状態で動いていない。
「これでも食らえ!」
 と或地がXライトを向けたところ、紫色のライトは出なかった。
「しまった! モットーに合体するときに銀色の瞬間接着剤がライトの部分について光が出ない!」
或地の言葉に俺はつい力がぬけて棚の後ろに吹き飛ばされた。吹き飛ばされて宙に浮いている間に走馬灯のように或地教授がXライトと機械ネズミ、モットーを改造していたときのことを思い出す。
教授はあの時鼻歌を歌いながらモットーの頭のふたを閉じた。そこで彼は、
「色のバァーランス(Balance)がアンバァーランス(Unbalance)!」
と言った。モットーも色は白それに対してXライトは銀色である。そこで、彼は銀色のペンキでモットーの体を塗り始めたのである。銀の着色によりXライトの光は漏れることもなく反射してしまったのである。
走馬灯が終わり、運よく棚の菓子袋のところに吹き飛び、それがクッションとなり怪我せずに済んだ。それに続いて或地も吹き飛ばされて菓子袋のクッションに収まる。
「くっそう、いってーなー」
或地は頭を押さえながら愚痴っていると菓子袋が棚の向こうから跳んでまたもや顔にあたる。
「或地の顔は二度までだぁー!」
或地が切れていると、俺はあることに気付いた。
「教授、さっき飛んできた菓子袋パンパンじゃないですか」
そう言うと、或地は飛んできた菓子袋とクッションとなった菓子袋を比較してみる。
「明らかにそうだな」
「菓子袋がパンパンになってるってことは……気圧が極端に低い!」
「そうだ、気圧が低いのだ!」
気圧操作と言えば俺は今探している当羽先輩を思い出した。
「或地教授、当羽先輩は気圧操作の能力者です」
「だが、あの力は上位能力者でないとできないぞ」
或地はもっともなことを言って俺は困った。或地はとにかくまずやつを阻止しようと言って俺にXライトを使って万引き犯を止めるということになった。或地はそれを援護するらしい。
俺と或地は平行に並び続ける品物棚を二手に分かれて万引き犯を挟撃しに行く。
俺が万引き犯の姿を視界にとらえた時運よく万引き犯は向かいの或地の方を見ていた。或地は愉快に挑発している。
俺の目の前には体に火が付いたままの私服警官がうなっていたが、俺は万引き犯を優先した。
腰からXライトを取り出し、万引き犯にXライトを浴びせようとしたが、或地の挑発があからさま過ぎたようで背後の俺の存在を気づいて素早く平行に並ぶ品物棚を突き抜ける通路に入った。だが、その時、無理をしたようで頭が品物棚の角にぶつかりニット帽がそぎ取られた。そこからは日に焼けた色黒の顔と長髪であった。
俺は或地に警官たちの処置を頼んで交差する形で万引き犯に向かった。が、烈風で平行に並ぶ品物棚を貫く通路を突っ切るように吹き飛ばされた。
「やばい」
俺がつぶやいた時万引き犯の周囲に風が発生していた。俺に猛スピード向かう風。
だが、その風は途中でやんだ。
「効果が切れたのかよ! くそっ」
万引き犯は言葉を吐き捨てるように言って走り出した。
俺は待てと叫ぶと、万引き犯は意外な言葉を口にした。
「俺を追っちゃだめだ! 俺が殺される!」
「捕まっても法律では万引きで死刑になるわけないだろ」
「唯花や詩歌から君については聞いている。だから俺は君を殺したくない。お願いだから来ないでくれ」
俺は首をかしげる。俺を唯花や詩歌から聞いているだと。そこに或地が戻ってきた。応急処置は近くにいた客に任せているようだ。
「一橋、吹き飛ばされただろ大丈夫だったのか?」
「ああ、なんか効果が切れたとか言ってましたよ」
「効果が切れた? とにかくやつを追うぞ。」
「教授、彼は当羽夜歌の可能性があります」
「何っ、どうしてわかる?」
俺と或地は当羽先輩と思われる万引き犯を追う。
「俺のことを唯花の当羽先輩の妹から聞いていると言っていました。そして、唯花の話だと色黒で長髪の人と聞いていました。それと彼は俺たちが追跡することを拒んでいました」
「ちょっと待て、一橋。……能力が急激に上がる。そして効果が切れたとな。効果とはまさか……!」
或地はいきなり止まった。そして、周囲を見渡し始めた。
「何してるんですか、教授! 逃げられてしまいますよ」
「ここで、逃してはならぬ証拠がある」
或地はそう言ってあたりを散策する。俺も立ち止ると、
「あったぞ」
或地が掲げ持ったのは万引き犯が飲んだ野菜ジュースの紙パックの空袋だった。
「うっ」
その時俺はまたもや頭痛がした。だが、そんなことお構いなしに或地は紙パックの中身を調べる。手で仰いで中の液体のにおいをかいで小指で一なめした。
「やはり、これは古代細菌だ。野菜ジュースにしては色が濃いと思った」
俺が野菜ジュースのパックを覗き見ると暗い緑色の液体のはずが、更に暗く、黒い緑色の液体だった。
「その細菌は教授とか俺とかにはかかったりしませんか?」
「これはお前には感染しないとだけは言っておこう。わしはそれに体に或医学的問題は自然と解決されるから関係ない」
そういうと或地はまた走り出した。俺も遅ればせながら後を追った。あたりの客は目を丸くしながら俺たちに道を開けてくれた。

当羽夜歌は三階に続く上りのエスカレーターに回り込み駆け上がった。三階に続くエス化レターは上りと下りで交差するような形である。そこで、下りのエスカレーターを逆走してく影を見つけた。或地マスターである。そして、その下では目を丸くしながら上りエスカレーターに回り込む一橋信理の影があった。
或地は雄叫びを開けながら下りエスカレーターを二段飛ばしで走る。
三階は電気機器類がずらりと並ぶコーナーである。騒ぎがあってほとんどの人が慌てふためいている。店員の誘導に従っているようだが、流れがスムーズでない。
当羽は不意に呟いた。
「くそっ魔法だか何だかよくわからんが、このままでは捕まえられる。どうすればいい……」
そう夜歌がつぶやいた時、彼は既に三階のフロアを踏んでいた。彼はどことなく走る。そこで突然自分の目の前にA四サイズの紙が飛んできた。顔に張り付いたそれをはがしてみるとそこに書かれていたのは、
“命令では一橋信理の生きたままでの捕獲だが、変更する。私が魔法の薬で君の体を見えなくする。ただ、不可視にしただけだから君の足音は普通に響く。のみならず息だってそうだ。だから極力不可視になっている時は気配を殺してくれ。君の体は数十分すると効果は切れて元の姿に戻る。元の姿になればそれで君を開放する。それまで見つからないように店内で鬼ごっこをしていろ。以上だ。最後の命令として魔法の薬を飲んでもらうが、あれは君の後ろの棚においてある瓶の中にある”
夜歌はその文面を読み後ろをバッと振り返る。そこには電気機器が並ぶ棚に一本不自然な酒の茶色い空き瓶に透明な液体が入っている。いつの間にと思いつつ、夜歌はそれを掴み一気にあおる。そこで、何か背中に触れたような気がして後ろを振り返るとそこには誰もいなかった。それどころか周囲には自分さえもいなくなっていた。
「なっ、なんだこりゃぁぁ」
夜歌が思わず叫んでしまった。そこで、“パーン”という銃声とともに隣に置いてあった電気機器が吹き飛んだ。夜歌は電気機器があった場所を呆然と見つめながら、誰にも見つからないように気を引き締めた。その額には見えないながらも汗が伝うのを感じた。まず夜歌は人影を感じた。振り向いた先には店員が客が残っていないかチェックしていた。夜歌は自分の体が隠れているという感覚がつかめておらず、思わず後ろに後退した。
“ガシャンッ”という音とともに背後にあった電気機器にぶつかった。
店員は夜歌の方向に顔を向けて走ってきた。夜歌は口を手で覆いその場で固まる。店員は夜歌のすぐそこまで近づいて角を曲がった。だが、夜歌はそこで気づいた。これは音を鳴らしても自分の姿は見えないのだからそのまま硬直していると勝手にどこかに行ってしまうのだ。
夜歌は自らに自信を持ちゆっくりと歩き始める。
そこでやってきたのは或地と信理であった。夜歌はその場で口を手で押さえ硬直する。或地と信理はその場を通過する。
「くそっ、まったく、どこにいるんだ」
「教授、大丈夫ですか、相手は古代細菌で強化しているんでしょ」
「いや、もう効果は切れておる。だからもはや逃げることにしか能がない。それはまるで小鹿ように」
なんというたとえをするんだろうと夜歌は震えあがった。
「そうなんですか、じゃあ、先輩には悪いけど、食らいついていきましょう」
隣の信理も気合が入っている。
が、そこで店員にすぐつかまりあえなく誘導されていく。そこで、夜歌は一息つくとプツッという注射の音とともに自らの左肩の静脈に痛みを感じた。すぐさま左肩を振り払うとすでに自分の視界がゆがんでいた。その場に静かに崩れ落ちていった。それと同時に一枚の紙切れも秋の木の葉が落ちるようにはかなく舞い降りてきた。だが、夜歌はそれ以上に自らの生命の危機を感じて必死に言葉を紡ぎだす。
「このまま死ぬのか」
精一杯出した声も蚊の鳴くような微弱なものだった。これでは或地や信理が気付くことはないだろう。
信理と或地は従業員に引っ張られながらあることに気付いた。自分の視界の席にはカタカタと音がしていた。そしてそれは品物が小刻みに揺れる音だった。だが、勝手に揺れている。或地と信理は目を合わせ、いっせいのーでと吐息を合わせて店員を押し倒した。そして二人は不可視の夜歌のもとに駆け寄った。
「能力で不可視となっているのか、一橋、Xライトを」
そう言って信理がXライトを当てようとすると突然夜歌の体が可視になった。
二人驚きながらも、痙攣する夜歌の応急処置に急ぐ。

「一橋、応急処置の手を貸してくれて、ありがとう。おかげで当羽夜歌の命は救えた」
或地は普段にない落ち着いた面持ちで俺に感謝を示した。俺は照れくささに頭を何度も上下させて笑む。
「ところで、一橋」
急に口調が暗くなったような気がした。或地は俺の瞳を見つめたまま言った。
「陽街唯花が何者かに襲撃された」
俺は笑っていた顔が大きくひきつった。
「かかった細菌の名は古代細菌だ」

或地は当羽夜歌の病室に向かう途中、当羽夜歌の両親が駆けつけ、妹の詩歌と一緒に或地に詰めかけてきた。
「或地先生、うちの息子は大丈夫なんですか」
必死の形相で母親が或地に言う。父親はまだ、落ち着きを払って隣で或地に眼差しを向ける。妹の詩歌は或地の白衣にしがみついている。
それを見て或地はしばらく頬を掻く。そして決心したように当羽家族に振り返る。
「ご心配されるな。軽い毒薬ですからすぐ体調は直られるでしょう」
ほっとした様子に当羽家族はなる。それを見た或地は逃げるように小走りで当羽夜歌の寝ている病室の中に入った。そこで電気もつけずに真っ暗なまま、
「(当羽夜歌の妹はなかなかかわいらしいな。嘘をつくのも億劫になる)」
そう思いつつ夜歌の寝るベットを振り返る。
「ああーうあああうう、うああ」
そこには、悪夢にうなされているかのような声。ゾンビが慟哭しているようにも聞こえる。
「古代細菌は死んでいるにしろ。非常に有毒な劇薬を使われたようだ。私の処置でもこれが限界か。放っておけばあと三〇分ももたないだろう」
或地は夜歌の暴れる横に立ち自らの白衣のポケットから一本の注射針を取り出した。
「確か当羽夜歌はA型だったな。運のいいやつめ」
そういって或地は自らの腕から血液を注射針で抜く。そして、それを暴れる当羽夜歌の腕にさした。暴れているにもかかわらず一瞬で注射を行う或地。
彼は注射を終えて注射針を自らの白衣のポケットにしまう。
「(一橋にも嘘をついたなぁ。だが、これからは今まで以上に古代細菌について嘘をつき続けなければいけないようだ)」
そう思いながら或地は暗い病室に差し込む光がこぼれる扉に向かって歩む。
「一〇分でよくなる」
そう言い残して或地は病室を出て行った。

「頭痛?」
「そうだ。だが、普通の頭痛と違って頭痛薬も効かないし、精神的な痛みかと思って一人にしていても苦しそうにするし、これはおそらく脳に異常があるのだと思う」
「脳ですか!」
「まあ、落ち着きたまえ」
或地教授は俺に座るように促す。俺はいつもとあからさまに様子が違うことなど今考えている暇はなかった。
 俺は唯花の病室の前の十番待ちのための長椅子に腰かけていた。控室は観賞用の植物が置いてあり、壁には寝付けない人のための睡眠薬のポスターが貼ってある。
或地にそこで唯花の周囲の状況が説明された。唯花が俺と別れた市立図書館の地下の教官専用の図書館でその後すぐに襲撃されたこと。そして解正純という長身の老人が唯花に古代細菌を感染させたことなど。ただ、或地は唯花がなぜ教官専用の図書館までおびき寄せられたのかという部分は事実を曲げてしゃべった・
「教授の研究仲間から割り出せないんですか!」
「そりゃ、何千人といるし、背の高いやつなどいくらでもいる。それに身長など何か足に入れておればすぐだませる。また、年齢はうそをつくことができるしな。ゆえにだ、割り出すことなんて不可能に等しい。そう言えば、昔は偽名が流行っていたなぁ。ちなみに私も偽名だ」
教授は相変わらずの落ち着きぶりでもって俺に説明する。
「何千人もいるんですか!」
「そうだ。言わせてもらうと、わしはその細菌を専門に調べていた。古代細菌とは何百年も昔にできたと考えられる、ある洞窟の中で最近見つけられた細菌なんだ。その細菌は調べてみると何百年間と生きておったことがわかる。それ故に研究者は飛びついたのだ。そしてその細菌についてわかったわずかな研究成果が超能力者の能力を格段にあげるということだけだった。といってもその細菌は必死にその宿主に適応しようとするが、ふつうは1時間ほどが限界で絶命する。ただ、陽街唯花の場合、今はその細菌がぎりぎり適応しているようだ」
「ぎりぎりということはもうすぐで症状は治まるんですか」
「ああ、そのはずだ。」
俺は何やら大丈夫そうな雰囲気にいったん息をつく。
「二点、お聞きします。唯花は能力が上がっているんですか。あれ以上能力が上昇ってやばいですよ。それとその細菌に感染した人の症状に頭痛を忘れているんでは?」
俺の調子がいつも通りに戻ってきたことに或地は薄笑いする。
「ふふふ、そうだ、陽街唯花は能力は上がっておらんし、何よりも感染した一般人は起きなかった頭痛が起きておる。いわゆるイレギュラーだな。それと一応だが、彼女の能力を患者思いの専属医の君から詳らかに聞かせてくれ」
或地教授は俺に真正面から向かい合う。まるで、どこかの大会の一本勝負のような緊張したものだった。
「彼女の能力は創造科学に関する超能力で専門とする能力が創造空間です。想像した幻想の空間を現実の世界に体現するのです。創造空間内ではあらゆるものを“傾ける”ことができます」
“傾ける”ことに能力を集中させたのか、と或地は自ら頷く。
「あらゆるものとは空気も含まれるのか?」
「いえ、それは認識できないから無理だと思います。」
或地は空気を傾けるのであれば気圧に差を生じさせて烈風を起こすことができると言いたいのだろう。
「その創造空間とは彼女を起点として作り出す世界でして、彼女を中心に広がっていきます。もちろん限界はありますがその範囲内に何か現実世界のものを取り込むことができるんです。その大きさはかなり限定されてますからビルが入るかと言われればおそらく入らないと思われます」
「現実の世界で第三者にその創造空間はどう映る?」
「二パターンありまして、一つ目は創造空間が現実世界に開けている時。その時は現実の何か物体を取り込むためのもので、また現実世界のものからも干渉を受けます。例えば、現実世界の人を取り込もうとすると第三者が現実世界から能力者に石を投げたり、言葉を投げかけたりと取り込まれる人を守れます」
或地はうんうんと頷く。
「二つ目は創造空間が現実世界から閉ざされている時、現実世界では創造空間の範囲は陰ができます。普通に人は通ったりできますが、能力者が能力を解いた時に突然何かが降ってくるという危険もあります。まあ、おかしな場所だから入らないで、といった警告でしょう」
「ということは彼女の能力をXライトで止めるのはたやすいということだな」
「そういうことですね」
或地は少し考えてから、
「彼女は橋の上では高層ビル群の風景を瞬間的に想像しおった。あれはなんだ」
「あれは、僕も分かりかねます。トラウマみたいなものでしょうかねえ」
「橋の上で高層ビル群以外の世界も一瞬にして再構築できるのか?」
「今までは見たことありません。ただ、彼女は誰もいない高層ビル群の風景が怖い、と」
「ふむ、……よしわかった。あと、陽街唯花の面会は今日はできん。実はいうと、わしが陽街唯花の主治医だからな。しかし、容態を見るに明日にも退院させるつもりだ。もちろんしばらく病院通いとなるが、学校に行っても構わん」
「あ、ありがとうございます」
感謝されることではない、と或地教授は笑いながら言う。確かにと俺も笑う。
「それにしても、お前は彼女の最高の医者だ」
「そ、そんなー」
俺は今までの唯花のことについてのあわってっぷりを恥ずかしく思った。
「いいんだ、お前を彼女の専属医にして正解だった」
「教授が俺を推薦したんですか? なんの力もない俺に」
「おっと、これは教官たちの裏情報だった。今言ったことは記憶から消去しといてくれ」
 
翌朝の当羽夜歌の病室。
或地マスターは体を起こした当羽夜歌と向かい合っていろいろ診断していった。そして夜歌が倒れたショッピングセンターの現場に残されていた一枚の紙切れを夜歌に見せた。文面には、荒々しく書きなぐってあった。
“周囲に他言は無用。貴様の背後には常に魔法があると思え”
その紙切れを或地はしまうや否や、
「古代細菌か?」
「!」
当羽は顔を俯き加減から顔を突然あげる。だが、また俯いて言った。
「これ以上は話せない……」
「何故だ」
或地が落ち着いて言うと、当羽はガバッと椅子から立ち上がる。
「教授は魔法を解くことはできるのか!」
「な、何を言っておる」
或地は少し狼狽する。
「俺は魔法にかけられた。突然、ソファー近くの花瓶が割れたんだ」
「待て、待て、私はちょっと“実験道具”を持ってくる。それまで待っていろ」
殺されるかも知れないと背後で震えあがっている当羽をおいて或地はしばらく“実験道具”を取ってきて処置をする。
「当羽よ、わしは科学的なこと以外は信じない性質でな。見ての通りこの部屋の中で魔法は起きないはずだ。ゆるりと話されよ」
或地は自信満々に背もたれ月の椅子に体重を乗せて夜歌に向かう。
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
夜歌は恐る恐る尋ねる。
「実験の結果上、魔法はない。魔法というのはどうせ超能力の代名詞だろう。少し珍しい能力だからと言ってしゃしゃり出て言っているのであろう。それに認識から排除するという能力もないことはないが、それは認識を排除する能力者が自分を認識外にする相手を一人一人特定して手間をひどくかけるものだ。つまりある空間の中の全員に自分を認識外にするという能力は使えない。また、呪いのような能力はもちろんない。先の“実験道具”で完璧に穴埋めされた」
「Xライトで調べたら…」
「Xライトは部屋という立体空間に当てまくらなければならない。そんなこと気配を消せるものがいるなら普通に避けることなど可能だ」
疑心暗鬼ながら当羽は口を開き、休憩所でのことを話した。

「ほかにだれかの足音や呼吸とか気配みたいなものはしなかったか」
「いや、他には誰もいる気配はなかった。だから、やっぱり魔法とかでは」
「いや、気配を消せるやつぐらいどこにだっているさ。私たちが本を読んでいる時など周りが私たちの存在に気付かないのと似ている。……それはともかくそなたも長身のやつれきった白衣の老人に注射されたのか。そして指示を受けて私と一橋をわざと万引きしておびき寄せたのか」
或地は病室の床を見ながら黙考する。
「と、ところで俺はどんな病気にかかっているんだ?」
「お前はもう治った。もう退院していい」
或地は床を見たまま適当な調子で言う。
「じゃあ、もうこのまま帰っていいんだな」
夜歌は色黒の顔の強面を突き出して言う。本人は強面とは思っていないだろう。
そこで、やっと或地は反応を示した。
「ただ、お前が暴走したため被った被害をショッピングセンター側から賠償を迫られている」
「そんな金ないに決まっている。学校で補助してくれるのか?」
「それがそんな都合のいい場所じゃないんだ。むしろ、お前はひどい不良行為をした生徒として扱われるだろう。だが、わしがすべて弁護してやる」
太っ腹だなーと夜歌は思ったが、
「ただ、条件としてしばらくの間私の仕事の手伝いをしてもらう。これは強制だ」
だが、特に驚いた様子もなく当羽は頷く。そういう仕事には慣れているのだろうかと或地は考えた。そして或地は当羽に耳を貸せと言う。
「誰にも言うなよ。これを外部に話すと死人が出る可能性がある。特に一橋に喋るな」
当羽は頷く。今の当羽は先ほどの鬱のような死んだ瞳をしていなく、爛々とその眼には生きることに渇望しているかのように輝いていた。
「わしらがする仕事は古代細菌を使った、ある大きな陰謀を打ち砕くというものだ」
或地は古代細菌について事細かに夜歌に説明する。そこには信理にも話していないことも含まれていた。
「大事なのは超能力の力が底上げされるということだ。まあ、普通の日常生活でも稀に能力が飛躍的に上がる時がある。いわゆる“バグ”だ。“バグ”は本当に稀なものなのだが、ここ二年間の超能力者の“バグ”の全国の月間平均数だけが急激に高い割合を保持している。これはその長身痩躯の白衣の老人がそこらへんでこの病原体、古代細菌を打ちまくっているということになるのだ。何らかのイレギュラーを求めて、いや、何らかの反応を求めて、大規模な実験を行っているという意味でな」

第二章 古代細菌と上位能力者

午後の専属医と能力者の共同実習。
次の日、俺は運動場の創造空間系の能力者の集まりの中に彼女はいた。集合の合図がかかっているため移動している。
「オッ、唯花。おはようじゃなくて、まあ一応おはよう」
俺が昼登校のおかしな挨拶をすると、
「……」
「(えっ? まさか、無視されちゃったのか、俺)」
俺は構わず彼女の後を追った。俺は少し心配して尋ねる。
「どうしたんだ、唯花。元気ないぞ」
「……」
また無言。
俺は唯花が足早に歩くので歩くのをやめて今の事態を黙考した。
「(俺は特に悪いことはしていない。学校に来てるってことは症状が治まったってことだろ)」
そこで、唯花の周りを見ると周囲の様子も変だった。妙に唯花を避けているような気がした。俺は気になって近くにいた唯花と同じ学校の第四学年の女の子に尋ねた。
「学校から来た時から唯ちゃんの様子が変だったわ。話しかけてもずっと無言で、仲のいい子が唯ちゃんに抱きついたら触らないでって叫んだのよ。たぶん昨日の唯ちゃんが襲われたことがトラウマになってるのよ。美人でいつも溌溂な彼女があんなだからもう学校中で噂だらけよ」
俺はしばらく考え込んだ。唯花は昔、橋についてトラウマがあると言っていた。だが、最近までは普通に元気だった。やはり、トラウマになれるまで時間の経過が必要なのだろうか。
「ありがとう」
俺はそう言って、すぐさま唯花を追った。そこで、
「うっ」
昨日のショッピングセンター事件の時の古代細菌の混ざった液体を見た時と同じ頭痛がした。俺はなんとか気をそらして彼女に追いつくと一応無言ではあるが、彼女の横に並ぶ。彼女は俺のことなど全く気にしていない。
結局そのまま実習を無言で終わらせた。俺が見る限りで体調に関して何も異常なところはないと思う。ただ、会話によるマニュアル通りの健康チェックの時に、いつもは信理、足痛いーとか駄々をこねる様子は見受けられなかった。ただ、淡々とまるで機械のように言葉を吐き、受け答えした。
「一応健康には気をつけろよ」
実習も終わり俺はそれだけ言うと白衣を翻し彼女と別れた。
この実習が最後の授業であったため、今日はこのまま解散である。
そこで、
「あれっ、頭痛がなくなってる」
唯花と別れた矢先に頭痛が治った。
「(俺の内心でもうんざりしていたのか…周囲の目をむっちゃ冷たかったような……)」
俺はネガティブな自分の思考を切り捨てるかのような勢いですぐさま携帯を取り出し、ボタンをあわただしく押す。
「はい、ある」
「どういうことだ!」
キィーンという音が携帯からした。
「唯花の状態が明らかおかしいだろ!」
「ま、待て、私は名前を言う途中で怒鳴られた。もし他人がでてい」
「冗談もほどほどにしろ!」
電話の相手、或地はため息を一つついて改まったような口調で言った。
「あれが普通の状態だ」
「普通じゃないだろ」
「トラウマみたいなものにかかっているようなんだ。しかし、頭痛はなくなった。それに気分はちゃんと落ち着いている」
「(落ち着きすぎてるから不安なんだ)」
俺は怒りをかみ殺して或地の言葉を聞いた。
「それは古代細菌が死んだことを証明している」
「彼女を周囲の見る目がこのままじゃあ、変わってしまう」
「仕方がないことだ。一橋は我慢して一年間の専属医をこなすんだ」
俺は或地の言葉に何か言い返してやりたくなったが、肝心な言葉を出すのが億劫になる。或地教授に敵味方はない。当たり前だ。所詮は他人だ。そんなことに神経使ってられるわけない。
「一橋、五日後の今の時間帯から一時間後に陽街唯花の診察がある。彼女をわしが言う病院にまで彼女に付き添ってやってくれ。」
「わかりました」
俺は俯き加減のまま返事する。声の調子を聞いて或地は少し間を開けて、
「彼女は精神的な病にかかっている。れっきとした病気だ。彼女の専属医として、頼んだぞ」

俺は切れた携帯をしまい、自らの顔にした覆面に触れる。俺は覆面のハンカチの結び目に触れる。バサッと言う音ともに俺の顔を覆っていた二枚のハンカチは宙を舞って外れる。俺は自分の素顔を見に近くの体育館のガラスのところに行く。
「家の外ではハンカチは取らないって決めてたのに」
俺はひとりごとを言って、自分の素顔を見る。
短く乱暴に切られた黒髪に俺の顔。普通の顔だ。かっこいいともかっこよくないとも思っていない。普通の顔だ。ただ、覆面しているせいもあって髪がところどころあらぬ方向に延びていたり、立っていたりしている。それでも、みんなには火傷として通っている顔とはかけ離れたきれいな顔だった。ニキビもなく色白で傷一つない。
「魔法のようだ」
俺はつぶやいた。

その夜、とある高級ホテルの一室。地上二三階建ての一五階に解正純がいた。
彼はベランダに出てさわやかな夜風に浸っている。
「計画はついに成功への路線を走り始めた。やはり私の予測通り、古代細菌は適応能力を示す。それに一橋信理を陽街唯花の専属医に推薦して正解だった。お前は心配しなくていい。必ず私があの二人からお前の病気の治療法を見出す。特に期待できそうなのが、一橋信理だ」
解正純は誰もいないそのベランダで一人満天の星空に向かってつぶやく。その顔はまるで不安な顔をしている子供に声をかける父親のような優しい笑顔であった。いつも外で見せる無表情とは違う、人情味のある笑みであった。そして、笑みを消してしかし、愉快そうに言う。
「それにしても、日本では唯一の、世界でも数カ所しかない古代細菌の大量発生場所が抑えられたとはな」

その夜、或地は自分のアパートでひそかに科学技術つながりの軍人の友人と電話していた。
「それは事件めいた匂いがするな」
「しかし、証拠は陽街唯花が古代細菌に感染しているということぐらいしかない」
「古代細菌がその少女に適応したのか」
「ああ、いまじゃあ、彼女の体の一部だろう。たとえ異物であってもな。……とにかくだ。証拠が少ないからもあって、数日たつと教官たちからその2人の勘違いと扱われて、事件が完全に闇に消えてしまう」
「当羽夜歌の証拠はどうした? かなりひどい劇薬を盛られたんだろう」
「彼の生命の危機を感じた。だから、証拠ごと私が取り払ってしまった」
証拠ごと殺したか。そいつもA型だったのかと電話の相手が言う。
「それで、私に何をしてほしい」
「私が君に“実験道具”を渡す。それを機動隊の隊員につけてほしい。そして、世界でも数カ所しかない日本での唯一の古代細菌の大量発生場所の周囲を見張ってほしい」
「かなり自信があるようだな。婉曲して言っている節も理解できんことはない。だが、私もその二人が妄言を言っていることを考えるとリスクが大きすぎる。それにあそこには古代細菌を守るためではないが最近の事件もあって警備員の数が増えているではないか。機動隊を動かすことはできない。否、動かすまでもないだろう。もう切るぞ」
そういうと或地は待てと言う。何か或地が言うのかと電話の相手は耳を澄ますが或地は沈黙しているようだった。しばらくの不気味なほどの間の後に、
「私は一橋信理の命がかかっていると考える。防衛大臣」

唯花がおかしくなった日から数えて五日が経った。
周囲の目はより冷ややかなものとなってきていた。なんでも、唯花が話しかけてくるものには無視をし、なれなれしいときつい言葉で拒絶するというものだった。もちろん俺に対してもそんな感じだった。
共同実習の時はかなり浮いたし、二人になった時はそれはそれで気まずかった。
彼女のラインデバイスに何か問題がないかと普段以上に調整を何度も行ったが、特に問題な点はなかった。
五日後の今日、或地の言った広場から三キロほど離れた病院まで行った。そこで、或地は前とは何も変わった様子はないと診断した。時間の経過が必要だなと軽く笑った。
俺はそれを無言で流した。彼は俺のつれない様子にため息をつき、言うべきことをサッサと言って俺と唯花を帰した。
言うべきこととは昨日の唯花のショッピングセンターの事件については当羽夜歌の暴走によるもので或地が特別生徒指導となり、唯花が襲撃された件については市の責任となったが、唯花には事実上何の症状もないため特に何の判断も下りなかったらしい。鬱病を発症したと賠償もできるが、陽街にはそんなやる気さえないと或地は言う。彼女の家にはお手伝いさんが一人だけいて、両親は海外で働いている。両親も裁判を起こす気はないとか。

病院を出たときすでに六時だった。あたりは秋も中盤に差し掛かってきたこともあり薄暗く、肌寒くなってきていた。
俺は長袖のフリースを着て、その上から一応専属医として白衣を羽織っている。そして、一応黒革の鞄を手に持っている。唯花の方は全体的に茶色を基調とした秋を思わせる私服。色気がないと言っては勘違いされるが、彼女の私服はいつも丈の長いスカートで足を隠す。今日も例外ではない。
「ゆいかー、明日は超能力者の絶対参加の能力測定だぞ。お前、大丈夫かよ」
「……」
俺はため息が自然と出てしまう。いつもいつも話しかけても反応がない。かといって聞いていないわけではないみたいだ。俺が確認事項を小声で繰り返して暗記していたときに暗記することに集中しすぎて唯花に言うのを忘れていた。だが、唯花は俺の小声を聞いて行動していた。
笑い話にでもなっていいところなんだけど、唯花の表情はあいにくの無表情。でも、俺は彼女についてネガティブなことを考えないことに努めた。今年に入ってからずっと彼女のそばで専属医をしている身でもある。彼女がどれだけ明るく振舞いそして俺を彼女と一緒に笑ったことやらと考えるうちに気持ちが何とか晴れるような曇りなような。
「あれっ、唯花どこ行った?」
そう考えているうちに先を歩いていた唯花の姿を見失ってしまった。今は商店街のアーケードが下に見える小高い丘が連なっている場所にいる。もちろん足場はコンクリートで幾何学的で、ロマンチックなデザインのタイルが敷き詰められて整備してある。ここはすこし町が一望できて年中恋人連れにはもってこいの場所。といっても、今の俺はそんな状況に持っていけそうにもない。
俺はあたりを見回すと少し離れた丘から丘にわたって掛けられた橋の上に唯花がいた。そこで、彼女は少し前に沈んだ夕日の後のオレンジ色がかった雲を見ていた。
「しゃべらない代わりに袖を引っ張るとか何とかしてくれたらうれしいな」
俺はちょっとムッとなって言ってみた。だが、彼女は反応しない。
「(怒ってもしょうがないよな)」
俺は肩の力を抜いて唯花のいる方に歩み寄ると、
「うあっ」
俺は唯花といるときに感じた頭痛よりさらに強い頭痛が襲った。俺はゆっくりと唯花の方を見ると彼女はなんと目を見開いて俺を凝視している。まるで視線で俺は捕まったかのような感覚に陥る。ザワッと彼女の金髪の紙が風にあおられる。まるで俺に向かって襲ってくるかのように見えた。だが、ただの思い過ごしだったのか、俺の顔にも風が当たっていく。
「(考えすぎだ。いくらあいつの行動がおかしくても俺を襲うなんてありえない。彼女はただ鬱になっただけなのに。医者の俺が彼女にビビってどうするんだよ!)」
俺は自分に叱咤して立ち上がる。俺は雰囲気がつぶれた気がしならなかった。そこで、彼女を呼ぼうとした時彼女の方から橋から離れてくる。唯花も気分を崩しちゃったのか?
俺と唯花は商店街のアーケードを歩く。俺はおなかもすいてきたなぁと思い、唯花の方を見る。私服だし一緒に食事してもいいと思うけど、唯花は寮の俺と違い家に帰るからあったかい晩御飯が用意されていることだろうと思って食事に誘うのはやめた。だが、俺の腹は正直でぐうぐうなっている。いつもの唯花なら恥ずかしいこと限りなかったが、今の唯花反応がないのであまり恥ずかしいとも思わなかった。あとで俺はなんてこと考えているんだと頭を抱える。
その時、
「あれ、唯花?」
また彼女がどこかに消えたことを知った。俺はしばらくあたりを見回すと、一番目についた写真立て屋さんがあった。こじんまりとした古びたアンティークな感じの店がアーケードの隙間の通路から覗いていた。その前で唯花はたくさん並ぶ写真立てをじっと見つめていた。よくこの商店街のアーケードにも遊びに来るが、人通りが多く、なんせ唯花が明るく話しかけてくるため気づくことなんてまずなかった。
俺は唯花のもとに行く。彼女は写真立てを時折手に取って眺めては立ち上がって全体的に見まわしたりとしていた。
「中に入ったらどうだ」
店の中も様々な写真立てがあった。唯花は無言で店の中に入る。俺もそれに続く。
「(というか、何の写真入れるんだ?)」
俺は疑問に思いながらも彼女の品物選びに付き合った。
唯花はピアノのように黒の光沢のある材質の写真立てを買った。かなり高そうである。彼女は金を払おうとはしなかったため俺が万引きにならないように金を出した。財布が寒いにもかかわらず。そして唯花は既に外に出て行ってしまった。
「少しぐらいは俺のことも気にしてほしいもんだ」
俺はお釣りをしまいながら小言を言うと、レジの年老いた女性の店員が、
「まあ、彼女はあなたを気にしてくれないのかしら?」
「あっ、いえ、俺は別に気にしてほしいわけじゃなくて」
そこで、俺の後ろから中年の男性店員が、
「彼女のことを裏切らず、信じ続ければきっと君のことを思ってくれるよ」
お客さんに向かって悪いねーと軽い調子で話しかけてきた。
俺はなんだか自分がツンデレな気がしてたまらない。意味が分からないが俺は親しげな二人の写真立て屋さんの店員に礼を言ってその店を出た。
「裏切らないね……」
俺はまた小さく口ずさんだ。そこで唯花がまたいなくなっていることに気付いた。俺はアーケードに出るともうシャッターが閉まっている店のところで唯花が二人のチンピラに囲まれていた。俺は息をのんで唯花のもとに駆け寄った。
「すみません。連れがはぐれてしまったもので」
「なんだ、彼氏いんのかぁ?」
「しかも、このガキ白衣着てるってことは専属医か!」
「ちっ、超能力者なら別に何もしねーよ」
政府で超能力者は重宝されているため普通の人的な被害のみならず政治的な罪も付加されるのだ。
チンピラはあっさりと唯花を開放した。俺はほっとした。そこで俺は思い出した。
いつも唯花はチンピラに絡まれている子供がいたら、割って入って助けに行っていた。俺はいつも彼女にチンピラに極力関わるなとか、後々厄介になるとかいうも彼女は進んでチンピラに対峙する。俺はでも、そんな唯花が懐かしい以上にほほえましく感じられた。
「唯花。能力も使おうとしなかっただろ、危ないだろ」
ただ、唯花がさっきからまれた時に能力を使っていなかったことを説教しようとしていると、
「はーあ、まあいいや、あの女人形みたいになんての反応もしなかったし、気色悪いだけだったしな」
「しかも、あの女言葉しゃべれねーみたいだぞ」
大声で憂さ晴らしを二人のチンピラは言う。そして大声で続けて何か喚いている。
俺はその時我を忘れていた。
「おいおい、医者が健康な奴に暴力振るうのか?」
チンピラは少し驚いたそぶりを見せた。俺は二人のチンピラに歩み寄り、一人のチンピラを殴った。体重を思いっきりかけたためそのチンピラは体勢を崩し倒れた。
「てめぇ、何しやがる!」
逆上してもう一人のチンピラが俺の顔を思いっきり殴る。俺は自分の手に持つ黒革の鞄でそのチンピラ顔を殴り返した。だが、二人ともまたゆっくりと起き上ってくる。二人のチンピラが俺を殴ったりけったりし始めた。もともと医者として学校に通っている身でもあって体力にはチンピラほどなかった。
「たくっ、ふざけやがって、そこの女も能力使おうとしないからお前らまとめて」
俺は唯花のことを言われたとたん完全にスイッチが入ってしまった。俺は黒革の鞄から一本の注射針を取り出す。足で俺を蹴ってきたチンピラの足に注射した。
「ああああああああ」
注射したチンピラは卒倒してアスファルトの上で痙攣している。そして俺はもう一人走って逃げようとする。俺はそいつの胸ぐらをつかみ一本背負いする。ダンッという鈍い音とともにチンピラは固いアスファルトに叩き付けられる。俺はそこに鳩尾を食らわした。
地面で痙攣する二人をおいて俺は立ち上る。周囲には野次馬ができようとしていた。もちろん俺の顔も見られているだろう。
俺は唯花を人気のないところに誘導する。
「ごめん。走って」
 唯花に俺は顔を合わすことなく、無理なお願いをする。また無視されるのかと思ったが意外にも彼女は走ってくれた。俺は彼女の手を取る。秋の夜の乾燥した空気は冷たく俺の目をじんじん刺激する。俺は悔しくて歯を食いしばる。
 「俺は医者失格だ。でも、唯花はちゃんと反応して言葉だって話せる。普通の人間なんだ。昔も今も!」
俺はひりひりと痛い目を必死に耐える。彼女の手を引く俺の手に少し力がこもった。

俺と唯花はずっと走ってこの前事件があったショッピングセンターの玄関裏の大きな駐車場のライトアップされた木のところで休憩していた。
「唯花、俺は間違っていない。俺はお前の医者としてお前に傷つけるやつを許せなかっただけだ。」
俺はそうはいうものの彼女は反応しないことなど百も承知である。
「んで、唯花は何の写真入れるんだ」
唯花の手には今なお写真立てが握られている。彼女はそれをライトアップされた木のそばに置いた。
「って、これ、俺たちが或地に補導された時」
俺と唯花が或地に補導された時に或地が撮影しまくった余りを渡したものだった。
「はっはっはっはっは、こりゃあ参った。こんなもの思い出にされるとはなぁ」
俺は大きく笑ったところ、
「うっ」
また頭痛がした。唯花といるときはわずかながら感じられたが、走ったこともあり頭がガンガン行って気にならなかった。だが、今はさらに強い明らかな頭痛だった。俺はなぜか遅るそる唯花の方を振り向く。そこには俺に対峙するかのように泰然と俺を見つめる陽街唯花。
俺は自分がまたいらないことを考えていると、邪念を振り払おうと言葉を口にする。
「ど、どうしたんだよ? いきなり」
周囲の景色が唯花を中心に変貌していく。俺はその広がる世界から逃れるように後ろにジャンプする。そして無意識的にXライトを取り出し、構えた。が、Xライトはすでに地面と垂直に“傾いた”。
「ちっ、効果範囲内か」
そして次の瞬間、ダァーンッという音ともに俺の体は地面にたたきつけられる。
「がはあ」
俺は身体を強打し、内臓にまで鮮烈な衝撃が伝わる。さっき俺が一本背負いしたものとは比べ物にならないことは明らかだ。そのためかしばらくの間、体がしびれて動かなかったのだ。
唯花はそこで、幻想世界に取り込んだライトアップされた木を傾けようとする。
俺は瞬時に自らの二枚のハンカチの結び目を力いっぱい引っ張る。
バサッというハンカチが空気とこすれ風にあおられるような音が鳴る。
「!」
唯花の表情は明らかに驚きにゆがむ。
「(俺の素顔に驚かない奴なんていない!)」
俺は確信を持っていた。既に唯花に飛びかかっていた。
彼女を体ごとXライトの垂直に伸びる光線に押し倒す。
その瞬間、周囲の幻想世界は消滅していった。そして、唯花は視力を失って、そのままその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「ごめんなさい」
「な、に…?」
背後から投げかけられた意外な一言。俺はその言葉に硬直した。
「ごめんなさい、信理」
俺は唯花がおかしくなったのだろうと無視して、俺は背を向ける。
「待って、私の話を聞いて!」
唯花の必死な声が背後から俺の心を呼び止める。俺は自らの思考が無茶苦茶になるのを感じる。
「……ふざけるな。……この期に及んでそんなことで済むとでも思ってんのか」
「信理、お願い。私を信じて!」
「信じるかよ、きちがい!」
俺の言葉にビクリッとしてから彼女はなお、すりよるように俺の白衣を掴む。
「触れるなぁ!」
俺は怒声を放った。
俺はそのまま家に向かう道沿いに走り去った。そこで俺は警察権を連れた巡回警官とすれ違った。警察権は激しく吠えている。その後ろでは陽街唯花が、視力を失い、無力になった状態で地面に座り込んでいた。そして、その瞳から涙がこぼれていた。

「(どうして私はみんなを拒絶するの)」
私はなぜかみんなを拒絶していった。何故だかわからない。でも、感情が体に伝わらない。体は動く。でも、感情では動いていない。そして、そんな私に優しくしてくれた人に捨てられた。信理は私を必死にかばった。傷つけないように。宝物のように。医者の烙印を押され用途も構わず、私を庇った。その信理はもう私をおいて去った。
待ってほしかった。私の話を聞いてほしかった。私を信じてほしかった。
信理の後ろにだれかがいた。よくわからないけど。その誰かが来るたびに私は頭痛がした。その誰かは気の緩んだ信理を狙おうとしていた。でも、私の目が封じられ、守る手段を失った。その時、私の感情が私の体に浸透していくのを感じた。感情に体が動いてくれた。でも、すでに信理は誤解していた。
私は残されたが、犬の吠える声が聞こえた。そして、その飼い主の人が私に声をかけた。
話を聞くにその飼い主は警察らしい。犬の方は警察犬。そこで、その警察の無線の音が聞こえた。
「現れたターゲットだ」
ターゲット? 私はその言葉に不思議に思いながらも立ち上がり、大丈夫だとその警察の人に伝える。警察の方は急いでいるようで警察権を連れて走り去った。
私はしばらくして目の調子が持ってくると、警察が去って行った方を見る。
私はつらい気持ちもあった。でも、それ以上にターゲットという言葉に解正純が結びついてしまう。私は警察が去ったほうへ走り出す。
 
当羽夜歌は或地と誰もいない職員室で椅子に腰を沈めて話す。
そこで、教授の机の上に何か小さいものが現れた。
「おっ、教授の人造ネズミ」
教授の作った人造ネズミにはかわいそうなことに背中にランチャー砲(Xライト)がついている。
「おいっ、人造ネズミじゃない、モットーだ。人造ネズミとかまるで殺人兵器みたいじゃないか」
どうでもいいだろと突っ込む。
「モットーも実験用ネズミみたいだぞ」
「そんなん言わんといて!」
「……」
その時、夜歌の視界の隅に確かに映っていた。或地教授の機械ネズミ、モットーが机から落下するのを。
夜歌はあっ、と小さな悲鳴を漏らす。
ガシャンッという衝突音が響く。一気にその場は静まり返る。夜歌はすぐに教授の顔を確認。
「!」
口が裂けそうなほどゆがんだ口。
「(笑ってる)」
次の瞬間、
「ブルブルブル。」
モットーが小刻みに震え始めた。教授の効果音付き。
くっくっく、と或地教授の瞳の切れが一段と鋭いものとなる。
「極限にまで生物らしくしようと思っている。まずは失神からチャレンジしてみた!」
モットーを踏み潰したい。
「そして、生物は死ぬとともに筋肉が弛緩して体の体液が染み出す」
「マジか」
死んだのか、とも思ったが、体液が染み出すとかマジすごいぞ。
「体液は食塩水だ」
モットーの体から透明の液体が噴き出す。まるで噴水のように。染み出すとかのレベルじゃない。
夜歌はふと思いついた疑問を言う。
「だが、この調子で極限まで生物化しようとするとでかいネズミになってしまう。要は、ネズミサイズならモットーは食塩水を噴射するだけの機械になる。」
そう言うと教授は黙り込み、顔を俯かせる。
「がははははははは」
教授が勢いよく顔を上げ爆笑した。
「そうでござろうな!」
まるで見過ごしてますよーって感じの返事。しかも、現代人になり切れてない。
「当羽はIcチップを知らんのか」
「知っている!」
夜歌はゴリラのように強面で勢いよく席を立つ。自分を原始人と愚弄しているのだと推測したのだ。
「ほう、略称は?」
「い、……イン、こ?」
「なるほど、黒人の癖に機転がきかない天然かぁ。わしの大好物だ」
教授はおまけにゲイだ。俺は別に原始人でいい、それにしても俺のような堅物がなんでこんなハイテンションの研究者としゃべっているのだろうかと夜歌は考える。
「教授、帰っていいか」
「ま、待て。伝えるべきこがある」
“帰る”と言うと教授は突然調子を変えた。本題に入るのであろうと夜歌はロン毛で隠れた顔をかき分ける。
「会議ではお前は先日の工場侵入の件を補導行為として確定しようとしていた。そのイグアスの滝のように長い髪、黒人、バイト、不良すべてがその証拠らしい。そういう方向に教官たちは決めようとしている。そこで、私が弁護し、私が君の特別生徒指導となった。賠償の方もわしの仲間たちを使って不正ではあるが学校から出ることになった。これだけの恩を仇で返すつもりか?」
無茶苦茶言われる夜歌であるが、自分には拒否権がないことに気付いた。
「しょうがない」
夜歌は腰を椅子に落ちつけて或地の計画を聞いた。

2014/12/20(Sat)21:45:19 公開 / レボリューション Y 田中
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■作者からのメッセージ
僕は物書きの赤ん坊です。何かと頑固でわがままなところはありますが、できる限り努力するつもりです。僕自身の小説を書く理由は読者を魅せるためです。だからこそ、赤ん坊なりにも魅せる部分は強く魅せていきたいと思います。
普段は週一でしか書けません。

六〇ページほど書き直しました。

九〇ページほど書き直しました。

自らの非力を嘆き、全面改稿しました。(やりすぎと言ってください。どーんとこいです)

10ページほどですが、きりがいいので投稿!

雰囲気を良くするため細かいところに目を配りました。

今年から受験なので両親から小説を封印されましたので、これをもって一年間は消息を絶ちます。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。