『ゆうこちゃんと星ねこさん 第四巻 (継続中)』 ... ジャンル:お笑い SF
作者:バニラダヌキ                

     あらすじ・作品紹介
【前回までのあらすじ――いろいろ、あった。】と、ゆーわけで、2年にわたり凍結されていたあの大長編無問題作が、ついに解凍。怒濤の新展開でもなんでもない続きの話に、刮目せよ良い子のみなさん!

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 ゆうこちゃんと星ねこさん 【総合目次】


   プロローグ 〜はじめましてのお庭で〜 (約70枚)


   第一部 〜太陽がくれた季節〜

     第一章 レモンのエイジ (約50枚)
     第二章 トワイライト・メッセージ (約70枚)
     第三章 お見舞いはお静かに (約60枚)
     第四章 青春しゅわっち (約60枚)
     第五章 星空のにゃーおちゃん (約60枚)
     第六章 明日に向かって走れ (約70枚)  ●ここまで第一巻(incomp_02)に収録


   第二部 〜眠れる星の柩〜

     第一章 宇宙からのひろいもの (約80枚)
     第二章 狸の惑星 (約70枚)
     第三章 いい旅 ☆気分 (約70枚)
     第四章 お嬢様お手やわらかに (約80枚)
     第五章 今宵われら星を奪う (約70枚)
     第六章 人生いろいろ(約70枚)  ●ここまで第二巻(incomp_02)に収録
     第七章 おはようございますのお花屋さん (約70枚)


   第三部 〜超銀河なかよし伝説〜

     第一章 大宇宙番外地 嵐呼ぶデコトラ仁義 (約80枚) 
     第二章 Fates 運命の三女神 (約90枚)  ●ここまで第三巻(20100301)に収録
     第三章 仏恥義理だよ全員集合 (約90枚)  ●ここから第四巻(当ページ)に収録
     第四章 大宇宙番外地・完結編 〜なぐりあい宇宙《そら》〜 (約110枚)

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   第三章 仏恥義理だよ全員集合


     1

 おまぬけ顔でとっちらかっているクーニや、ああやっぱり、と瞳を輝かせる優子ちゃんや、話には聞いていたものの現物に遭遇するのはお初なのでさすがに呆然とする星猫さんや白百合少女隊のお嬢様方や、うわ、こいつがいわゆる太古の大魔神かと驚愕するヒッポスたち外野一同の反応などは、ちょっとこっちに置いといて、
「おう! らんぷの、じーにー!」
 タカは微塵の躊躇もなく、万能のジーニーにアタックを開始します。
「うんしょ、うんしょ」
 筋肉隆々の脚から肩へと、がしがしよじ登り、
「ねえねえ、お城! うーんとおっきいの! てっぺん、くものうえ!」
 誰がジーニーを呼び出したか、といった事実関係もちょっとこっちに置いといて、
「んでもって、王子さま! つやつやの、いけめん! すりむなの!」
 不動様は、ふう、と脱力した吐息を漏らし、ぶっとい指でタカの襟首をつまみ上げます。
 タカはぷらぷらと揺れながら、果敢に願望を吐露し続けます。
「んでもってタカちゃん、おひめさま! ぴかぴかで、ふりふり! かがみよかがみ、せかいでいちばんきれいなのはだあれ? それはタカちゃん、みたいなの!」
「……しかし何十億年たっても変わらんなあ、こいつは」
 すべてを諦めたようなジーニーの微笑と、それに続く長い沈黙を目のあたりにして、タカは、ちょっぴり反省します。
 ――これはもしか、お願いごとが、あまりに素晴らしすぎたのかもしんない。
 ならば、臨機応変に目標を下方修正するのも、やぶさかではありません。
「……お城、2えるでーけー、おふろつき。王子さま、んと、んと、じょーぶでながもち。んでもってタカちゃん、おひめさま。そこそこ、きれいの。でも、ふりふり」
 いかに現実が厳しくとも、フリフリだけは譲れません。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 各人各様の沈黙が続く中、ようやく我に返ったクーニが、毅然として不動様を見上げます。
 こいつのご主人様は、あくまで俺――だよな。
「俺は、けして高望みはしない。年末ジャンボ、三億とは言わん。二等、百万で手を打とう」
 神の沈黙、いえ、仏の沈黙が続きます。
「……組違い賞……年忘れラッキー賞?」
 なお食い下がるクーニの頭を、不動様は、うりうりと膝でこねくりまわし、
「おまえも育ったのはガタイだけかよ、おい」
「お、なんだなんだ、やんのかコラ!」
 逆上したクーニは、がし、と魔神の脚に組み付きます。
「でかけりゃ怖いってもんじゃねーぞ!」
 しかしクーニの怪力をもってしても、魔神は微動だにしません。まあ名前からして『不動』様というくらいですものね。
「ぐぬぬぬぬぬぬう!」
「うりうり、うり」
 無敵の鉄の乙女《アイアン・メイデン》が、蟻のようにあしらわれている――外野の野郎どもが畏怖する中、不動様は、タカやクーニをぶら下げたまんま、のしっ、と優子ちゃんに歩み寄ります。
 横で背中の毛を逆立てる星猫さんや、殺気立つ天女隊の方々はとりあえずシカトして、
「……久しぶりだな、優子よ」
 獰猛な顔面に似合わぬ慈愛を湛え、優子ちゃんを見下ろします。
 優子ちゃんも、うるうるお目々に万感の思いをこめて、
「お不動様……」
 不動様は、己の指先で「ぷらぷらぷら」などと脳天気に口ずさんでいるタカを、優子ちゃんに返却します。
「ほい」
「……はい」
「確か、そいつの七つの誕生日だったな。おまえと最後に会ったのは」
「はい」
 タカは、なんだかちっともよくわかんないものの、いちおう異議を唱えます。
「ふるふる。タカちゃん、まだ、むっつ」
 優子ちゃんは、いいのよ、と言うように頬笑んで、タカのおつむを、優しくぽんぽんします。
 幼子を抱く慈母観音のようなその風情を、不動様はしみじみとながめ、
「……あの頃も、実に鄙には稀な娘だったが、ここまで銘品級に育たれると、なんか気後れしちまうな」
 優子ちゃんの頬が、ぽ、と紅潮します。
 纏綿と交わされる旧知の情を察し、周囲の緊張は、潮が引くように沈静します。
 クーニも、潔く不動様の脚を離れ、
「なんだ。やっぱしユウが、ご主人様なのか。じゃあ、しょうがねえ」
 優子ちゃんの肩を、ぽんぽん励ましながら、
「こーゆーデカブツは、ナメられたらしまいだぞ。死なない程度にコキ使うのがコツだな」
 不動様は、やや気落ちした声で、
「ダチに忘れられちまうってのは、つくづく寂しいもんだ。なあ、優子よ」
「……はい」
 優子ちゃんは、こくりとうなずきながらも、
「でも、いてくれるだけで……。それに、ちっとも忘れられた気がしないんです。なぜだか、不思議なくらい」
「それはそうだろう。おまえら三人組は、そもそも忘れるとか別れるとか、そんな生やさしい関係ではない。むしろ俺ら、神だの仏だのと共同幻想で規定されちまった偶像のほうが、崇拝者を失えばあっさり消えちまう、その程度の存在なのさ」
 不動様は自嘲的につぶやき、そのうっすらと透けた掌を、優子ちゃんの前で揺らします。
「孔雀も愛染も、とうの昔に消えた。っつーか、こっちの世界と思念的因果が切れて、己を投影できなくなっちまった。あいつらも、絵姿だけはこの遊星のあっちこっちに残ってるようだが、それだけじゃ足らん。俺がこうして顕現できたのは、ズバリ、優子、おまえが目覚めたからだ。いわゆる日本仏教、それに邦子の真言や結印と不可分の実存として、しっかり俺を覚えてくれていたからだ」
「邦子ちゃんの――クーニさんの力ではないのですか?」
「うーん。まあ、そこんとこは、ちょいと微妙な話でな」
 不動様は、傍らのクーニの頭を、またぐりぐりと膝でこねくりまわします。
「もともとこいつは、俺という別次元の実存と、この三次元世界においてはイコールの実存なんだよ。由来する次元こそ違え、お互いがそれぞれお互いの写像であり同時に実像……わかんねえか。ま、ぶっちゃけ、全次元全座標規模の、腐れ縁みたいなもんだ」
 クーニは、ジト目で不動様を睨み上げ、
「何をぱあぱあくっちゃべってんだかわからんが、ぐりぐりはやめろ、ぐりぐりは」
 優子ちゃんも不動様の話について行けず、ハテナ顔で、不動様とクーニを見比べます。
「でも、こう影が薄くちゃしょうがねえ」
 不動様は、己の透けた膝頭越しに、三白眼のクーニを見据え、
「このぶんじゃ、俺もいつまでこっちに顕現できるかわからん。詳しい話は後だ。とりあえず、おい、クーニよ」
「呼び捨てはやめろ、呼び捨ては」
「クニタン、クニピー、クニドンドン♪」
「……死にてえのかオラ」
 不動様は相手にせず、さきほど自分が抜け出たMF号の壁面を、くいくいと顎で示します。
「ガンつけはいいから、こん中のナビゲーターを、さっさとチェックしろ。今朝から留守電が溜まってるぞ」
 クーニはジト目のまんま、「だからなんで俺がこいつに顎で使われにゃならんのよなめんじゃねーよぶつぶつぶつ」などとぼやきながら、例の『御意見無用』の『用』のハネあたりに埋めこまれた静脈認証センサーにタッチし、ハッチを開きます。
 渋々乗りこんで、インパネをいじくること、しばし――。
『♪ お暇な〜ら〜来てよネ〜〜 私淋しいのォ〜〜〜 ♪』
 例の雲助御用達の緊急援助要請が、コクピットに響き渡ります。
「げ!?」
 泡を食ってタキオン通信の暗号回線を立ち上げ、送信主の岩石男さんとなんじゃやらとっちらかった会話を交わすうち、みるみる顔面筋肉を引きつらせて――。
 数瞬後、不動様に輪をかけた凶顔のクーニがハッチから身を乗り出し、あたふたと片手を振り回しながら絶叫します。
「おまいら離れろ!! フルスロットルで発進する!! ぼやぼやしてっと吹っ飛ぶぞ! それからそこのデブ猫、外へのゲートを全開させろ!」
「デブ猫?」
 うにい、と顔をしかめる星猫さんに、
「いいから外にへばりついてる奴らも、ゲート周りから逃がせ! 出たら即、アナログ・ワープする! 煽りで人工重力場が、ぶっちゃけるかもしれん!」
 不動様は、にんまし、と笑い、
「俺も、ちょいとゴロまいてくるか。こっち側ではウン十億年ぶりだ。腕が鳴るぜい」
 べん、と、もとのペイント部分に背中から張りついて、
「おいクーニ、さっきの真言――呪文と手際は覚えてるな」
「お、おう」
「着いたら呼べ。加勢する」
「かっちけねえ!」
 最前までの行き違いはどこへやら、すっかり武闘派同士の阿吽の呼吸になっております。
 マジに時空を越えた腐れ縁なのですね。

     ★          ★

 さて、ここから先の二三分間は、あっちやこっちやそっちの状況などが、ほとんど同時に進行いたします。
 こーゆー場合、たとえば映画作品なら、かの個性派監督ブライアン・デ・パルマあたりの得意技、大胆なマルチ画面と緩急自在のカットバックを併用してめいっぱいサスペンスを盛り上げる、などとゆー力業が可能なわけですが、残念ながらこの『よいこのお話ルーム』は、現在あくまでわたくし初代おんなせんせいの、読み聞かせでございます。いかに代●木アニ●ーショ●学園声優科首席卒業、虹色の声を駆使してエロゲの女王と名声を恣《ほしいまま》にするわたくしの力業をもってしても、一文ごとにあっちとこっちとそっちの話を混ぜ合わせてしまうと、お話全体が、どっちに行ってしまうかわかりません。
 とゆーよーなわけで、今後もいつものように気の向くまま、あっち、そっち、こっち、おおむねそんな順番くらいで、いーかげんに語らせていただきます。
 しかし、良い子のみなさん、けしてあなたがたまでが、ただウスラボケっと聞き流してはいけませんよ。
 あなたがた――このやくたいもない物語、しかもだらだらといつまで続くんだかわかんねーくそなげー物語に、なお聴き耳を立ててくださる公称二千人、でも実は二三人の良い子のみなさん――あなたがたは、すでに芸神《ミューズ》の祝福を受けた選良《エリート》なのです。
 ですから、くれぐれも選良としての自覚を忘れず、その水っぽいお豆腐のような脳細胞をせいぜい崩れない程度に攪拌なすって、力いっぱいスリリングに、脳内補填してくださいね。

     ★          ★

 なんだか知らんが、このトラクタに目の前で急発進されたら、お陀仏必至――。
 ヒッポスを筆頭に外野の野郎どもは、あっちの館方向へ、わらわらと退散します。
 館のポーチには、時あたかも、母船イルマタルからの定期便が到着しており、
「あら、あなた」
 ヒッポス同様の白衣――プロポーションや気品の関係で、古代ローマ円形劇場と吉本の舞台ほどの差はありますが――白衣に身を包んだケイが、小型車両から降り立ちます。
「おう、おまえ!」
 喜々として駆け寄るヒッポスを、ケイは、ちょとまて、と制します。
 うちの旦那は多汗性超メタボのくせに本当にコロコロと良く走ること、などという感慨を抱いたがどうかはちょっとこっちに置いといて、
「汗ふいてから」
 なんぼ久々の夫婦再会でも、そのまんま抱きつかれてはたまりません。
「皆さんも、あわててどうなさったの?」
「話せば長いことながら」
「話さなければわかりません」
「実は俺にもよくわからんのだが」
 とにかくあっち方向がワヤワヤなのだと、ヒッポスは前庭のMF号を指し示します。
 ケイは、そっち方向に目をすぼめ――瞬時にして、あるものに心を奪われます。
 異形の直立メタボ猫や見知らぬお嬢様方、その横でMF号から身を乗り出し何やら叫んでいるクーニ――まあそれらは状況把握しきれないなりに、普通(?)の事物なのですが――タカを抱いている、あの華奢な少女は――。
「……優子ちゃん」
 ケイが、憑かれたようにつぶやきます。
「そう、あれが伝説のプリンセス・ユウ、正しくはユウコ・ミウラ――って、おまえ、どうして古代名まで知ってるんだ?」
 聞こえているやらいないやら、ケイは憑かれた目差しのまま、小走りに駆けだします。
「だめだ! そっちは危ない!」
 引き戻そうとするヒッポスの手を、逆にぐいぐいと引っぱったまんま、小柄な体のどこにそんな力があるのか不思議なほどのイキオイで、ケイはどんどん足を速めます。
「あだだだだだだ!」
 河馬のような体躯をがっつんがっつんと地面に打ちつけながら、女房の細腕に為すすべもなく引かれてゆく旦那の姿を、他の荒くれ男たちは、気の毒そうに見送ります。
「……まあ、逃げられるよりはマシかもなあ」

     ★          ★

 あっちの喜劇的展開と時を同じくし、ケイの目指すそっちの先では、
「とにかく綾、途中のゲートを――」
 言いかける星猫さんの横で、
「了解」
 宮小路さんの姿が、びゅん、と消滅します。
 ゲートの遠隔操作や警報発令のため、加速状態で館に向かったのですね。必ずしもクーニの言葉を尊重したわけではなく、あの単純馬鹿がやると言ったからにはどんな無謀でも確定事項、そう達観しているのでしょう。
 ものの数十秒、どんなコースで往復したものやら、ずん、と地べたをへこませて、宮小路さんが着地します。
「完了しました」
「ご苦労。――しかし、綾」
 星猫さんが、言いにくそうに、たしなめます。
「なんというか――もうちょっと、優子に裾さばきを教わったほうがいいぞ」
 姫ワンピの裾が、あられもなくまくれまくりだったのですね。
「……こほん」
 宮小路さんは、太縁眼鏡をキラリと冷たく光らせます。でもなぜか、ちょっぴり口の端を上げたりもします。お気に入りの勝負下着《ドロワーズ》なのかもしれません。

     ★          ★

 そして、こっちの眼前、MF号のハッチ前。
「あ、あの……」
 優子ちゃんが、タカを抱いたまま小走りに駆け寄りますと、クーニは凶眼の中に希望を光らせて、
「そいつの二親《ふたおや》が見つかった。例の追っ手がらみで、ちょいとヤバイことになってるらしいが、心配すんな。俺が必ず連れて帰る」
「私も……」
「気持ちはありがたいが、おまいはここでタカをあやしててくれ」
「でも……」
 クーニは一転、語気を荒げます。
「兵隊相手だ! 女子供の出るとこじゃねえ!」
 そう無下に言い放つのが、あくまで邦子ちゃん――クーニなりの愛であることを、もちろん優子ちゃんは悟っております。眠りに就く以前の優子ちゃんだったら、おとなしく従ったかもしれません。
「でも――」
 別れ、というものの真の重さもまた、今の優子ちゃんは、否応なく悟らされてしまっているのです。
 それは、必ずしも自分にとっての別れだけでなく、たとえば、タカ。
 クーニの言う『必ず』は、あくまで意思です。しかしタカにとって現実とは限りません。座して待つ代償が、ただ自分の命だけだとしたら――。
 優子ちゃんの胸に、今朝、無人の青梅を逍遥したおりの寂寥――底無しの愛情と思いやりの遺跡のみを残して、もう二度と会えないところへ旅立ってしまったパパやママやお兄さんへの想いが、ありありと蘇ります。
 クーニは、埒があかないと見て、
「さっさと行け。吹っ飛ぶぞ」
 否応なくステップを収納し、ハッチを閉ざします。
「あ――」
 困惑する優子ちゃんに、
「あそこ!」
 タカは身をよじりながら、わたわたと『用』のハネあたりを示します。
「あそこぺんぺん、ひらけごま!」
 そうか、と気づいた優子ちゃんに支えられ、タカはうんしょうんしょと手を伸ばし、
「ぺん!!」
 ロック直前だったハッチが、しゅぱ、と開きます。
 優子ちゃんは、ステップの出現ももどかしく、
「とうっ!」
 ハッチの奥に向かって、軽々と宙を舞います。
 見つかったのなら――どこであろうと行くべきなのだ。今なら、みんな生きているのだから。
 もとよりタカは優子ちゃんの胸に、エイリアンの幼生のごとくひっついております。
「ぴっとし!」
 この子は私が守ればいい――。
「優子様!」
「ご一緒に!」
 白百合天女隊一同も、躊躇なく後を追って跳躍します。
 取り残されてしまった星猫さんは、
「置いてくなよ!」
 あわててぽてぽてと駆けだしますが、ちょうど背後から駆けてきたケイに踏んづけられ、
「ふぎゅう」
 継いで、転がるヒッポスに擦りつぶされ、
「むぎゅう」
 必死にお顔を上げれば、目の前でハッチが閉じてしまい、
「あらら」
 あまつさえMF号の船底から、ぼぼぼぼぼと景気よく噴射が始まり、
「あーれー」
 どんなにメタボでも猫は猫、それはもうくるくるくるくると、館方向に吹き飛ばされてしまいます。
「ぐえ」
 館のポーチに、ぼて、と落下したズタボロの星猫さんに、
「大丈夫ですか!?」
 騒動を聞きつけたカージが、館から駆け寄ります。
「……毛が焦げた」
 カージは、感服します。猫もこれくらい皮下脂肪があると、丈夫なものだ――。
 館の中で研究活動を続けていたトモやコウも、何事ならんと、ポーチに姿を現します。
 星猫さんは、見る見る青梅の空を遠ざかってゆくMF号を、苦々しげに見送りながら、
「なんとゆーことだ」
 それからカージやトモやコウを見返って、天地茂さんばりに眉根を歪め、
「よりによって、知性派だけが取り残されてしまった」
 自分も『知性派』に含んでいるのは明らかですが、お顔までヨレヨレの白黒ブチに煤けてしまっているので、今一歩、説得力がありません。


     2

 その頃、前々章の暴走騒動からテキスト量にして無慮四万字を隔てた遙か彼方、でも現地時間ではほんの一刻しか過ぎていない、エウローペ銀河番外地では――。
 ロックヘッドさんとタカの両親を乗せた大金剛号を守るように、百数十機のスペース・トラックやトラクタが細長い隊列《コンボイ》を形成し、さらにその周囲を、いつしか五百近くまで増えたゾク連中のスペース・バイクが、雲霞のごとく飛び回っております。
「やっこさん、すぐ来るってよ」
 大金剛号のロックヘッドさんが、全僚機に報告します。
『すぐって、オイ、奴はナーラ銀河だろう』
 ちょっと前に到着した、数機の『(有)くまさん急便』の一機から、熊五郎さんがツッコみます。
『どこをどう飛ばしたって、四五日はかかるぞ』
 例のふわふわ桃色雲三兄弟も、すでに船団中央、大金剛号の直近に陣取っており、
『あいつが来るってんなら、来るだろうさ』
『イベント・ホライズンに突っこまなきゃな』
『泳いできたりして。噂の真空平泳ぎ』
 冗談めかしておりますが、『すぐ来る』=『他よりとんでもなく早く来る』ことは確信しているのですね。
 また、ゾクの狼青少年たちにとって、大宇宙の飛ばし屋クーニはほとんど神格化しておりますから、
『「鉄の乙女《アイアン・メイデン》」?』
『「千年不動《ミレニアム・フドー》」かよ!』
『なまんだぶなまんだぶなまんだぶ』
 いよいよあの伝説の無頼漢、いや大姐御に会えるのだと、殊勝に緊張したりします。
「なら、これからの算段はキマリだ」
 ロックヘッドさんが、提案します。
「あいつなら、ギリギリのホールを新規に掘れる。敵方の船は重すぎて通れねえ奴だ」
 ここに来る途中、マラコット・デプスで使った手ですね。
「ビビッたふりしてコンボイごと後ずさろう。もうちっと間合いをとらんと、クーニが宇宙《そら》をブチ抜けねえ」
『OK』
『はいな』
『了解』
『うーす』
 こうして無法者の隊列《コンボイ》は、遠巻きに警戒するヴァルガルム大艦隊の中、じりじりと後退を始めながら、MF号の音信を待ちます。

     ★          ★

 で、またまたナーラ銀河、取り残された星猫さんたちが呆然と見送る、出発直後のMF号――。
 なんじゃやら余分な荷物が、コクピット背後の居住スペースにいくつも飛びこんできたと知りつつ、クーニは予定どおり、見えない障害物だらけの青梅の空をブッちぎりのイキオイで通過、遊星表面に飛びだした直後にはイッキに最高速度まで加速し、そのまんまアナログ・ワープを敢行します。
 案の定、遊星表面付近の人工重力はワヤワヤになり、人工大気も無茶苦茶に渦巻いたりしましたが、幸いゲート付近の土木機械を数台すっころがしたり、逃げ遅れた作業員数十名に三途の川を遠望させた程度で、致命的被害は避けられたもようです。
 そして、強引に飛びこんだ面々は、洗濯機の洗い物のように攪拌されたり脱水されたりした後、いきなり静謐に戻った台所や寝室――まあどっちもいっしょくたに近い、三畳一間の昭和安アパート的空間なのですが――の中で、ようやく居住まいを正します。
「優子様!」
「ご無事ですか!」
 天女隊の方々が、万年床《ベッド》の上から、気遣わしげに囀ります。攪拌脱水によってヒトカタマリの姫ワンピ類と化しつつ、もとより一同機械の体、なんらダメージは受けておりません。
「……はい」
 わずかな床に半身を起こした優子ちゃんは、多少の眩暈を残しながら、ふと、自分がなにかとても温かい、柔らかいものに包まれていることに気づきます。
 しっかりと胸元に抱きかかえたタカを、さらに優子ちゃんごと守るように、背後から回されているたおやかな白衣の袖は――。
 振り返った優子ちゃんの頬に、微風《そよかぜ》のような息がかかります。
「――よかった。どこも痛くない?」
 その微風は、春の草原の香りです。
「はい……ありがとうございます」
 ヒッポスやコウ同様、どことなく草食獣の面影を宿したケイの瞳に、優子ちゃんは、なぜかしらとても懐かしい、幼い頃に聴いた昔話のような慰撫と、また一種の、けして不快ではない哀感を覚えたりします。
「……きゅう」
 くるくるお目々でスライム化していたタカが、息を吹き返し、
「……おう、ケイだ」
 つきたてのお餅のようにのびあがり、
「こりはこりは、ごぶさたしましま」
 きちんとご挨拶しても、ケイと優子ちゃんは、タカをシカトするように、黙って見つめ合うばかりです。
「むー」
 タカは、しばしフグになったのち、いきなり襟を正して、
「――えと、こちらのかた、ケイ。ケイ・オキノさん。きれいくてやさしい、ヒッポスのおくさん。しつじつごーけん、りょーさいけんぼ」
 出産経験のないケイに『賢母』は誤っておりますが、紹介者自身なーんも語意を解っていないので無問題です。
「んでもって、こっち、ユウ。ミウラさんちのユウコさん。いっとーしょーのおひめさま。ひんこーほーせー、せーせきゆーしゅー、せーじゅんかれんでかいりきむそう」
 これこのように、きっちり仲人役を務めれば、近頃すっかり食玩の底のアメ玉と化しつつある自分だって、ちょっとはキャラが立つかもしんない――。
 そんな幼児なりのテコ入れ策に、ケイも優子ちゃんも我に返って、お互い頬を赤らめ、えとよろしく、いえいえこちらこそよろしくおねがいいたします、などとしゃっちょこばってご挨拶してから、タカのおつむをぽんぽんしてくれます。
「えへへへへー」
 ちなみに、なんじゃやらワケアリげなケイと優子ちゃんの交情を見守っている天女隊のお嬢様方のうち、たとえば真性百合で、あまつさえタチの清丘さんなどは、初めてクーニを見たときのように激しく嫉妬に燃えてもよさそうなものですが、なぜかえもいわれぬ親和性――清らかな母子像にも似た風雅を感じたりしてしまっているのは、やっぱり清丘さんも『正しい乙女』なのですね。
 そのとき、横に転がっていたヨレヨレのどでかい頭陀袋が、呻き声を発します。
「……あだだだだ」
「あなた――」
 自分でがっつんがっつんと引きずってきたものが、頭陀袋ではなくイキモノ、あまつさえ夫であると悟ったケイは、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 けして悪気はなかったのよと、あわてて抱きしめます。
「いやいや……かえってありがたい」
 ヒッポスは、あっちこっち流血した顔面を、あんがい柔和にほころばせます。
「考えてみりゃ、古代の魔神がらみの騒動を見逃す手はない」
 見かけに似合わず、大人の度量を備えているのですね。単に皮下脂肪が厚いので打たれ強い、あるいはふだんから妻による無造作な扱いに慣れている、そんなとこかもしれません。
「しかし、ユウ様までご一緒とは。いったい何が始まるのですか?」
「はい、あ、あの――」
 詳しい状況までは聞いておらず、口ごもる優子ちゃんに代わって、タカがにこにことお答えします。
「ふたおやに、どらいぶ!」
 にこにこのまんま、周りの大人たちを見渡し、
「ねえねえ、フタオヤって、たのしい?」
 なにひとつ理解していなかったのですね。
「……あのね、二親《ふたおや》っていうのは、パパやママのことなのよ」
「おう。そりは、びっくり」
 とゆーよーなケイとタカの会話は、ちょっとこっちに置いといて、
「タカちゃんのご両親が、見つかったみたいなんです。それが、あの、前からタカちゃんたちを追いかけていた、ヴァリ、ヴァルガリ……」
 優子ちゃんの説明に、ヒッポスのしまりのない顔が、ちょっと硬くなります。
「ヴァルガルム?」
「はい。そのせいで、なにか危ないことになってるみたいで」
 タカも神妙なお顔になって、
「すっごく、わるもの!」
 ヒッポスは、俄然緊張するかと思いきや、
「それは……すごい!」
 なんじゃやら顔を輝かせ、
「――太古から連綿と続くウルティメットとヴァルガルムの因縁の歯車が、今また轟音とともに回り始める! 戦火の中で生き別れとなった哀れな親子は、果たして無事に再会を果たせるのか! そこに勇躍登場する義侠の人、大宇宙の蛮勇『鉄の乙女《アイアン・メイデン》』! 折りしも数十億年の眠りから覚めた超古代ガイアの麗しきプリンセスが、またそれを守護する機械化美少女戦隊が、さらには異形の古代魔神が、ウルティメットの末裔たちを救うべく、幾千幾万の銀河を越えて集結するのであった!」
 根っからの芸人根性丸出しで蕩々と語りつつ、ケイの肩をばんばん叩いたりします。
「――これは語れる! 畢生の大ネタになるぞ!!」
 あかん。うちの亭主、正味野次馬やがな――なぜか関西弁でケイが呆れたかどうか、それもちょっとこっちに置いといて、
「静かなうちに、詳しい状況を聞いとこう」
 ヒッポスは、前部に続く開け放しの扉に向かいます。
「勝手に乗りこんじまったからには、いちおう挨拶もせんとな」
 いそいそとコクピットを覗きこみ、
「わ」
 思わず硬直するのも道理、静かなのはMF号の中だけだったのですね。
 キャノピーから窺える外界は、幻想的な渦状星雲がヤケクソにひん曲がりながらにゅるにゅると飛び去ったり、赤やら青やら金銀瑠璃色やらの巨大なサイケデリック模様が思うさまトリップしまくったり、もはや全宇宙がアッパー系のナニでラリっている、そんなありさまです。
 そしてクーニは、
「ぐぬぬぬぬぬぬう」
 などと鬼のように操縦桿やら操作盤やらを操りまくり、こめかみに青筋立てて、脂汗を垂れ流しております。
 一瞬、窓外がサイケ世界を抜けて、まともな宇宙空間に出たとたん、
「わたたたたたた!」
 船首に波動砲を備えた古くせー大戦艦が眼前に迫り、かろうじて衝突をまぬがれ何処かへよじれ去ったりするかと思えば、直後、細面の美女の巨大な顔面が恐怖に引きつりながら長い髪をなびかせて遙かな銀河の路肩に跳び退ったりもします。
「どけどけどけーい!」
 蜘蛛の子を散らすように泡食って散開する小型機たち、あれはXウイングの編隊でしょうか。
 無限に広がる大宇宙も、けっこう人通りがあるのですね。
 そしてまた、クーニの電光石火の操船動作によって、眼界に煌めく燐光群が漏斗状の違法ワームホールを形成し、MF号はその深奥へと驀進します。
 前途に続く光の裏路地が、ちょいとこんがらがりそうになり、
「とと」
 あわててホールの横っちょに、分岐ホールをぶち抜いたりもします。
「ひひ」
 多少引きつってはおりますが、運転手は笑っているのですから、おそらく順調なのでしょう。
「…………」
 エラいものを見てしまった――ヒッポスは全身蒼白となって、三畳一間に引っこみます。
「……あとにしよう、挨拶」
 今はクーニの野獣の本能に、すべてを委ねるしかありません。


     3

 そして同じ頃――。
 ナーラ銀河ともエウローペ番外地とも、あのノアが仕切るヤハウェ星雲とも無慮数億光年を隔てた、テュール銀河群M78星雲。過去にその宙域を平和統治していたウルティメット恒星系を滅ぼし、現在後釜となってその政治的中核を成す、ヴァルガルム恒星系。その第三惑星にしてテュール銀河群全域を支配し、さらには汎宇宙的影響力を誇る、主星ヴァルガリア――。

 ――うわ、そんなくどくど長ったらしい口上覚えきれねーよ、とお嘆きの、あんまし頭の良くない良い子のみなさん、ちっとも心配はございませんよ。
 なんとなれば、このお話は、しつこいようですがあくまで『よいこのお話ルーム』、脳天気なたかちゃんトリオのお話の続きです。ですからヴァルガルムのイメージも、せいぜい昭和・平成の青梅時代、世界のあっちこっちでなんかいろいろアレしていた某ア●リ●のような軍産複合体制、それと冷戦中の某旧ソ●のような徹底した人民管理体制を奇跡的に一元管理できてしまい、なしくずしに『俺らが三次元宇宙の一等賞』と自負してしまった、そんなドエラい超大国を想像していただければ、とりあえず充分ですからね。
 といって、ここからしばらくお話の舞台となるヴァルガリアの首都を、ハイテク高層ビルの林立する大都会とか、いかめしい石造りの古都とか思われてしまうと、それはでっけー勘違いになってしまいます。

 元来、惑星ヴァルガリアは、文明発祥の時点から地表の四分の三を極寒の岩山に占められ、鉱物資源や化石燃料こそ無駄に潤沢だったものの、わずかな山林や平野部や海洋から産する可食資源は、実に微々たるものでした。そんな苛酷な環境だからこそ、体長二メートルに満たない好戦的肉食四足獣が、確固たる上位下達の群れを成すことによって食物連鎖の最上位に達し、『ヴァルガルム人』と呼ばれるまでに進化を遂げたわけです。よって彼らの貪欲な『進出』志向も、生物学的に見れば、必ずしも責められるべき属性ではございません。
 たとえば古代ガイアにおける『ヴァイキング』。あの周辺国から見ればとんでもねー野蛮な海洋略奪民族だって、なんの因果か極寒の地に生を受け、本来の農耕・漁労生活のままでは全員死に絶えてしまうほど食うに困ったからこそ、腕に覚えのある男衆が死を賭して氷雪の海を渡り、故郷で「ひもじいようさむいよう。ねえねえ、おかーたん。おとーたん、いつ帰ってくるの?」「よしよし、泣かないで、坊や。きっともうすぐ、あの強い強いお父さんが、食べ物や着る物をいーっぱい持ってきてくれますからね」などとけなげに待ちわびている妻子のもとへ、ギリギリの生きる糧を持ち帰ろうと、がんばってゴロまいたり盗んだりしていたのですね。
 ですからヴァイキングさんたちの場合、歳月を経て、国際経済の主流が『直接ぶんなぐって盗る』から『なんかいろいろ表面を繕って合法的にオゼゼを稼ぐ』に変わってからは、きれいさっぱり矛を収めて、きわめて穏和な福祉国家を築いたりしております。同様にヴァルガルム人も、知的進化を遂げて星間交流の一員となった当初は、より洗練されたウルティメット文明に吸収されることによって略奪なしに安定した生活を得られ、しばし捕食の牙を収めておりました。
 しかし、ヴァイキングさんたちは、あくまで根が勤勉なお百姓や漁師さんや職人さんだったからこそ更生を遂げられたわけで、ヴァルガルムの場合、あくまで本能的には獰猛な肉食獣です。ウルティメットが実現した科学的社会主義、つまり理想的共産体制の枠内に、いつまでも安住できる民族性ではございません。いつしか反旗を翻してウルティメット文明を崩壊に導き、またイケイケのノリで、銀河群の外まで『進出』したりもしてしまいます。
 いわゆる『超大国』が、いったんその路線に入ってしまうと、かしこい良い子のみなさんならご存知のように、事実上退路が断たれます。ここいらでそろそろ打ち止めにしようと思っても、元ヴァイキングさんたちのように人口の少ない北欧の小国とは違って、『なんかいろいろ表面を繕って合法的にオゼゼを稼ぐ』だけでは、肥大化した国家体制をとうてい維持できません。結果、全市民が自ら落魄する覚悟を決めない限り、『なんかいろいろ表面を繕いながら実はぶんなぐって盗る』、そんな路線を拡大するしか、残された道はないわけですね。
 あるいは――総ての相手が、ぶん殴らなくとも自発的に頭を下げてくれる『何か』――黄門様の印籠にも匹敵するような何かを独占する、とか。

 で、そんな出自の文明が、そんな国土に築いた首都の光景は、昼なお暗く風雪吹きすさぶ中、峨々たる岩山の連なりを無数の窓々が蛍火のように彩っている――ひと口にいえば、そんな案配です。その灯火は、けして独立した家々の窓ではありません。荒涼の大自然に穿たれた、巨大ハイテク穴居群――ある意味、前章で紹介したノア教の本拠・惑星マンディリオン、あの地と対極の光景といってもいいでしょう。
 そのひときわ高く聳える岩山、いえ、超高層穴居、国防総省の最高会議室で――。
「殺していただいて結構」
 一見ただの岩盤にも見える壁面、そして巨大な岩石を削りだした無骨な会議卓ですが、天井に埋め込まれたスタイリッシュな照明機器や、各席前に埋めこまれた最新3Dホログラム・モニターなどを見る限り、たとえば古代ガイアにおける天然大理石、あれと同様の、むしろノーブルなインテリア素材なのでしょう。
 その重厚な空間に響いた、極力苦渋を隠した重々しい声の主は、ヴァルガルム国防総省長官その人です。正確に言えば獣人でしょうか。しかつめらしい官僚制服から覗く体毛は、加齢のためほぼ銀毛と化しており、猛々しさよりは、キャリア組のベテラン文官らしいインテリジェンスを多く漂わせております。
「身内の恥を晒すようで恐縮だが、あれはもう私の子ではない。血縁がどうであれ、社会的にはただの無頼」
 それに対し、いかにも叩き上げらしい黒毛の壮年獣人、軍服組の外宙軍軍令部総長は、
「それは無論、愛国者の鑑であられる長官を範として、彼らに縁のある軍部および政府関係者すべてが、すでに覚悟を決めております。また軍需産業内の縁者とも、密かに意思確認は済んでおるのですが――参謀局長には、また別の危惧があるとのこと」
「はい」
 あらかじめ軍部内で会議がもたれていたのでしょう、話を振られたやや若い獣人が、話を継ぎます。
「今回の事態の、真の意味を知る者が、現場には一人もおりません。我々のみが把握している極秘事項であり、あの厄介な元老院にさえ漏れていない。つまり、あくまで一逃亡政治犯を逮捕するために、なぜそこまでの犠牲を払う必要があったのか――事後それを疑う者が、政府内に多数現れる恐れがあります」
 国防総省長官も自明であったらしく、深々とうなずきます。
 また、一見リベラル派風の、スーツ姿の副大統領は、
「政府内の問題だけなら、封じ込める策はあるでしょう。私としては、むしろ軍部内での情操に、将来的な不和を招きそうな気がいたしますね。皆さんもご存知のとおり、私は元来、国際経済畑の男です。無論、徴兵忌避などはいたしておりませんので国防軍の従軍経験がありますが、なんと申しますか、極めて一兵卒に近い、大変に情けない軍歴しか持っていない。それは皆さん、よくご存知ですね?」
 他の軍人畑のメンバーは苦笑を漏らしますが、けして嘲笑的ではなく、あくまで仲間内の笑いです。
「しかし財務省であれ国防軍であれ、『上』に対する感情は、大同小異なのですよ。一兵卒に限らず将官クラスでも、自負や愛国心とは別の次元で、やはり身過ぎ世過ぎには個人的感情が不可分です。たとえば、上官から射殺命令の出た犯罪者がその上官の息子であった――上官の命令は絶対ですから、当然射殺せざるをえない。その場では、なんら質すべき疑義はない。しかし、その後も続く長い軍隊生活の中の、あらゆる局面で、感情的な痼りが蓄積していくことは、火を見るよりも明らかですね。たとえば、その後、同程度に武勲を重ねる同僚の中で、なぜあいつが俺より先に星が増えるのか――。つまらない兵卒根性とお思いでしょうが、もし組織内の最高権力者が同じような命令を発した場合、その実行に関わった下部組織すべての段階に、同じ痼りが拡散するでしょう」
 外宙軍軍令部総長が、顔を顰めます。
「我が栄光有るヴァルガルム軍内部に、そのような軟弱な気風があるとは思えんが」
「それは閣下のような武人同士の倫理。現にそうした軟弱な一兵卒が、いつのまにやら大統領代理として、のうのうとこの席に顔を出しているわけで」
 列席している他の各軍軍令部総長が、再び苦笑を漏らします。
 その一人が、
「父祖や我々が最前線で戦っていた頃とは、残念ながら時代が変わったのも確か。国策のために自らの子弟を犠牲にする――昔なら美談。しかし今の多くの民草には、ただの非情と映りましょうな」
 話している途中で、その座像が微妙に乱れたりするのは、おそらく遠隔地からの投影出席なのでしょう。
 別の一人は、
「いっそ、ウルティメットにまつわる伝説を、伝説ではなく事実として、現場に通達してしまえば?」
 外宙軍軍令部総長が、目を剥きます。
「スペシウムの実在を、公にすると?」
 参謀局長が、顔色を変えて遮ります。
「無謀です。万一それが外部に漏れれば、あのエウローペ辺境は、瞬時にテロリストどもの集会場と化してしまう」
 副大統領も、
「無頼漢やテロリストなら、まだ始末がいい。もし、あのマンディリオンに伝わりでもしたら――」
 独自の神話派生宗教を国教とするヴァルガルム内部にも、ノア教という汎宇宙的宗教は、草の根レベルで浸透しているのですね。
 参謀局長が、なかば自分に言い聞かせるようにつぶやきます。
「そうなるくらいなら……全てを闇に葬ったほうが……」
「結句、大統領閣下の御英断を待つしかない、ということだな」
 国防総省長官の言葉に、一同、うなずかざるをえません。
「もう少々、お待ちを」
 副大統領は、上座の空席に目をやって、
「ご存知のように、閣下は現在、Ω《オメガ》宙域第98基地を極秘視察中です。なにせ最終空洞《ラスト・ボイド》の直近ですから、軍事タキオン通信も、なかなか同調しにくい」
『最終空洞《ラスト・ボイド》』――第二部第三章、宇宙の大規模構造のくだりで説明した、この時代において確認される限りの宇宙の最果て、俗称『大暗黒』。
 ヴァルガルム軍は最終空洞《ラスト・ボイド》付近にも、四方八方、百近い基地を設けております。中でも第98基地は最僻遠、文字どおり『なんにもない』空間に浮かぶ、軍事研究施設です。
 そんなド田舎中のド田舎に、なぜ超大国の研究施設が存在しているのか。そして、よりによって国家最高権力者である大統領本人が出向いているのはなぜか――。
 それには、この場の出席者全員が納得している、そして現在の事態にもけして無縁ではない、ある重大な懸案が絡んでいるのですが――良い子のみなさんには、うふふふふ、とりあえずナイショです。
 おいおい、内緒にするくらいなら初めから匂わすなよ――今さらそんなヤボなツッコミを入れる意地の悪い良い子の方は、一人もいらっしゃいませんね。ここ数年、わたくしシリアス担当の二代目硬派おんなせんせい、および、オチャラケ担当の初代おんなせんせいふたりがかりで、ひとり残らず●末しつくしたはずですものね。
 閑話休題《あだしごとはさておき》。
 重苦しい顔の面々が、沈黙の中で、待つことしばし――。
 空席だった上座に、人型の映像ノイズが明滅し、ようやく大統領が着席、もとい投影されます。
「ご多忙の皆様を長々とお待たせして、まことに申し訳ありません」
 実るほど、頭を垂れる稲穂かな――丁重な会釈ながら、その物腰には微塵の隙もありません。
 年の頃なら壮年の入口、国防総省長官や軍令部総長たちよりもはるかに若い獣人ですが、その獅子色の顔貌には、深い知性のみならずただならぬ獰猛さを秘め、小うるさい元老院さえ近頃一目置くという、希代の器を感じさせます。
 腹心の副大統領が、
「ご苦労様です。――最終実験の成果は、いかがでしたか?」
 大統領は、瞑目して頭を振ります。
「――最高出力、八〇〇ヨタと少々」
 その出力値が、いかなる状況の数値でどれほどの意味を持つのか、なにせ遙か未来の話なので、せんせいにも説明しにくいのですが――たとえば良い子のみなさんもご存知の一〇〇〇倍系列単位用語だと、キロ < メガ < ギガ < テラ < ペタ < エクサ < ゼタ < ヨタ となりますから、ほとんど与太《よた》話レベルの高数値です。
 それでも副大統領は、
「……核融合施設でも、充分出力可能な数字ですね」
 などと失望するのですから、現在のヴァルガルムがどんだけ技術先進国で、またとんでもねー広範な宙域を傘下に収めているか、さらにその全域がいかに省エネとはほど遠い高燃費な生活を送っているか、想像していただけますね。
 国防総省長官が、拳を震わせながらうなだれます。
「捻出できる限りの防衛機密費と、宇宙開発予算の過半を、ここ十年注ぎ込んだ結果がそれか……」
 大統領が、静かに断言します。
「風子《ふうし》――シルフォン粒子を、現段階でこれ以上研究しても無意味。現存する干渉物質も、また然り」
 その場の全員を、ぐるりと見渡し、
「なんとしても、スペシウム鉱そのものを手にしなければ。――いかなる犠牲を払っても、あのウルティメットの末裔たちを生きたまま捕らえることが、この国の未来を決するということです」
 その場の全員が、厳かに首肯します。
「事後処理は、文字通りの事後といたしましょう。栄えあるヴァルガルム民族に、永劫の繁栄をもたらすために」
 リベラル派の副大統領や参謀局長も、すでに異議は発しません。
 大統領は、けして非情ではない目差しで、国防総省長官と目礼を交わします。
 そして、
「それでは外宙軍軍令部総長。エウローペ銀河外周部の小規模紛争は、あくまで重大政治犯捕獲を最優先する――そのように采配をお願いします」
「了解いたしました」
 それでこそ武勇の民族ヴァルガルム――そんな面持ちで、軍令部総長が卓上の個別タキオン通信端末を操作しかけた、そのとき――。
「お待ちください!」
 参謀局長が、自身の端末を凝視しながら、
「サイバー情報局から、新しい情報が入りました。――投影します」
 会議卓中央に、全方位正像3Dモニターが起動します。
 突如として、この場の重厚なムードにはまったくもってそぐわない、なんじゃやらヘヴィメタ調の早弾きベースが、ギンギンに響き渡ります。
 同時に浮かび上がった映像は、一般タキオン・ネット上の、いわゆるブログ画面でしょうか。
『キー坊の爆走日記 + 仏恥義理WEBカム』
 そんなタイトル・ロゴが、金銀瑠璃色のメタル・カラーで、モニター上を踊りまくります。
「……なんじゃこりゃ」
 どこの軍令部の方からか、思わず気の抜けた声が漏れたりもします。
 一方ブログ音声は、フェード・アウトするベースに重なって、
『ハ〜イ! 全宇宙の走り屋諸君、んでもって追っかけのベイベーたち、みんな元気してるか〜い? いっつもオイラの孤独なツブヤキを年中無休でフォローしてくれて、ホントにラブ! ラブ&ラブ! ――いやいやオイラこないだヨメもらっちゃったから、ちょっと一部ラブはまずいのね。特にそこのベイベ、あとそっちのベイベ、そんなに熱い眼差しでオイラを見つめちゃいけねーぜ! でも妻子持ちでいいなら見つめて見つめてもっと見つめちゃっていいぜ! てなわけでラブ&ピースの一匹狼、大宇宙をまたにかける御意見無用のトラック野郎キー坊、お久しぶりのリアルタイム爆走中継どぇ〜す!』
 続いてブログのど真ん中あたりに、コミックの絶叫フキダシ型といいますか、周囲ギザギザの動画スペースがどーんと展開し、宇宙空間に球面状の隊幕を成す、ものものしい大艦隊が浮かび上がります。
「……あれは……空母フェンリル……」
 外宙軍軍令部総長が、放心したようにつぶやきます。
 モニターからは、まるでシャブをキメたかのような、ハイ・テンションな声が響き続けます。
『――いやどーも、こんどはマジで死ぬかもしんない。爆死するかもしんない。だって、見てみて、ほら、いつものマッポじゃないもん。兵隊だもん。軍隊うじゃうじゃだもん。おまけにオイラ、さっき、あの、なんつーの? 小型戦闘機《スター・ファイター》? あれ五六十個ブッとばしちゃったりしちゃったりして。あはははははは。こりゃ死ぬでしょ。爆死でしょ。――でもしかしいやいやいや、死ねない死ねないオイラは死ねない。はたしてオイラはラブヨメの待つ巣穴に帰れるの? 来年のお正月、お雑煮食いながら赤ん坊抱けるの? とまあなんとまあはらんばんじょーどとーの展開、燃え! ギンギン燃え! っつーわけで、んじゃ今日も熱い眼差しトンガリお耳で、最後まで夜・露・死・苦ぅ〜〜!』
 会議室のほとんど全員がとっちらかってる中、副大統領はさすがに冷静さを保ち、
「削除――できるものならとうにしておりますね、参謀局長」
 参謀局長は、機械のようにうなずき、機械音声のように事務的な声で、
「はい。当節最も厄介な、最深度のアンダー・グラウンド・サイトです」
 これは冷静というより、事務的態度に逃避しているのですね。
 いやいや、まだ何か対処のしようがあるはずだ――黙考する副大統領に、参謀局長がとどめをさします。
「それと……極秘情報ながら、今し方判明した事実が」
「なんだ」
「この自称『キー坊』は、元老院の某左派長老が、某村の村娘に産ませた実子です」
「……認知」
「しておりません。息子自身も知らないでしょう」
「ならば……」
「しかし、どうやら母親には、今も密かに月々の仕送りを」
 ――いかん。あそこの死に損ないどもは、何より血筋にこだわる。それもよりによって左派が絡んできたら、揉み消しどころじゃない。
 副大統領は匙を投げ、すがるように大統領を見つめます。
 大統領は、
「大丈夫。真の背景は、あの方々も知らない」
 さすがは獰猛苛酷な獣人政界をトップまで登りつめた男、獅子の如く動ぜず、
「私が直接、指揮を執りましょう。投影回線をフェンリルに繋いでください」


     4

 さて、「あとにしよう」の「あと」がなかなか訪れない、MF号のバック・スペース。
 クーニのドライブ・テクニックは、長年のつきあいを通して信用しているヒッポスですが、同時に数多の前科も知っているわけで、
「……また三年後に着くんじゃなかろうな」
 などと、つい、つぶやいてしまい、
「め」
 隣のケイに、おいおいこの状況で不穏なこと言うんじゃない、と、たしなめられたりします。
 聞きつけたお嬢様方が、思わず顔色を変えておりますと、
「よ」
 張本人のクーニが、なんの屈託なく、コクピットから顔を出します。
「峠は越えたぞ。あとはオート任せで、エウローペの端っこに抜ける」
 その表情は、いつものようにスッキリ爽やか系ながら、まるで双子のリリーズが好きよ好きよと可憐に歌い憧れたテニス部のキャプテンみたいに汗まみれです。
「もっぺん風呂に入りてえなあ」
 優子ちゃんが、すかさず手近のタオルを差し出します。
「おう、かっちけねえ」
 クーニはがしがしと顔を拭いながら、
「お、ヒッポスどころか、ケイまで増えてるじゃねえか」
 ヒッポスは、当然、と言うように返します。
「夫唱婦随って奴だ」
 本当は『夫』と『婦』が逆なんですけどね。
 どうやら無事に着けそうだと安堵している夫婦の内、ヒッポスだけがヨレヨレの流血顔なので、
「すまん、ハンパなく揺れたろ。ガタイがでかいと大変だよなあ」
 いえ、これは私が事前にがっつんがっつんと、などと口には出さず、ケイがお上品に会釈します。
 クーニは、三畳間にぎっしり詰まった一同を見渡し、
「しっかし、またずいぶんオマケが増えちまったもんだ」
 オマケ代表で、優子ちゃんが頭を下げます。
「……すみません」
「いや、いい。考えてみりゃ、いざとなったら、おまいもけっこう使えそうだもんな。あんがい後ろのお嬢様がたと、いい勝負なんじゃねえか?」
 優子ちゃんが、ぽ、と頬を染めます。確かに今の優子ちゃんは、加速装置こそ装備していないものの、いざとなったら超人ハルクなみに、どすこい可能なのですね。
 クーニは天女隊一同にも笑いかけ、
「なんつって、ま、どのみち船同士の追っかけになるはずだ。おまいらも出番はなかろうが、ユウたちをしっかり固定しててくれよ」
 まかせなさい、とお嬢様方がうなずきます。
 クーニは皆に、向かっているエウローペ番外地の状況を、かいつまんで説明します。
 そして、タカの頭をくしゃくしゃと撫でまわし、
「もうすぐ、おふくろさんたちに会えるぞ」
 タカは、にっこし、のち、うにい、みたいなお顔になって、
「でも……わるもの、いっぱい?」
「そっちは俺らがなんとかする。大船に乗った気で、じゃねーな、小舟だからまたちょいと揺れるかもしれんが、そこでしっかりつかまってろ」
「こっくし!」
 するうちコクピットから、ぴーぴーと催促がましい音が響きます。
「お、抜けた抜けた」
 操縦席に戻るクーニを、一同も後ろから覗きこみます。
 まだ窓から目視できるほどではありませんが、計器によれば、例の宙域は確実に迫っており、
「やったぜ、ドンピシャ! なまんだぶ俺!」
 仲間のコンボイや、それを取り巻く艦船群の全容が、フロント・パネルの旧式2Dモニターに表示され、同時にロックヘッドさんたちと、裏回線が繋がります。
「よ、お待たせ」
『へ!?』
 ロックヘッドさんの声は、あきらかにとっちらかっております。
『これからワープするのか?』
「何トロくせえこと言ってんだ。あと二三分で、そっちに合流できるぞ」
『……マジかよ』
「でもほらレーダーに、もう、どでかいのいっぱい出てるし。うわ。空母までいやがる。すげえな、こりゃ」
『ありえねえ。さっき交信切れてから、小一時間しかたってねえぞ』
「へ?」
 こんどは、クーニがとっちらかります。
 確かに前代未聞のイキオイでめいっぱいカッ飛ばしましたが、少なくとも二三時間は経過しているはずです。
 仮にここまで一本道、つまり違法ワームホールをひとつだけ掘って抜けられたとしても、こちらの主観的時間より短時間であちらに出るのは、理論的に不可能なのですね。こっちの一時間があっちの十年になることはあっても、その逆はありえません。それが可能なら、過去へのタイムワープさえ可能になってしまいます。
「でも……来たもん」
 交信を傍受していたコンボイやゾク連中すべてが、どひゃあ、ととっちらかります。『鉄の乙女《アイアン・メイデン》』――大宇宙の物理法則さえ無視する女。もはや神、っつーか、大宇宙の魔女。
「とにかく合流する。タカが、おふくろさんのおっぱい恋しがってるんでな」
「むー。おっぱい、もういらない」
 ほんとは、まだ未練たらたらなんですけどね。
『連れて来ちまったのか!? こんなとこへ』
「こんなところだからこそ、っつーこともあんだろーよ」
 まるで優子ちゃんの心を読んだように、クーニが返します。
『――待て。今、弾よけを送る』
「おう。なるべく効きそうな奴な」
 例の南房総暴走連合現役ヘッド・国防総省長官の次男が、配下から数名を選び、ヴァルガルム軍の間隙を縫ってMF号を目ざします。敵は大軍ながら四方八方三六〇度に散開しておりますので、撃たれない限り、さほど単コロの邪魔にはなりません。
 ギンギンのスペース・バイクにまたがった、全身ディップでツンツンの狼青少年たちは、MF号のキャノピー前で減速し、ヘコヘコと頭を下げまくります。
『お、お初です! お目汚し失礼します、大姐御!』
「んむ。苦しゅうない。近うよれ」
『あ、あとで、サインもらえるっすか?』
「おう。そのイカした単コロに、足形もつけてやろう」
『こ、光栄っす!』
 そんな会話を後ろで聴いていた天女隊のお嬢様方は、思わず、心の中でつぶやきます。
 ――ルイはトムを呼ぶ。

     ★          ★

 ともあれMF号は、なんじゃやら不気味な沈黙を保つヴァルガルム艦隊の間を無事に通過し、コンボイ中央の大金剛号に、ずん、と横着けします。同型の非常用ハッチを組ませると、お互い移乗できるのですね。
 ちなみに大金剛号は、MF号とほぼ同サイズ、つまり機高機幅それぞれ約六メートル、機長約二十メートル程度ですが、前端の操縦席部分と底面の動力部以外は、まるまる貨物スペースになっております。
 段ボール屑などでちょっと汚れた、その空っぽのカーゴ室に、
「やっほー!」
 タカが真っ先に転がりこみ、待ちわびていたヨシアの胸に、力いっぱいダイブします。
「タカ……」
「うりうりうり〜!」
 幼女なりに積もる苦労話もあるのでしょうが、そこはそれ先天性脳天気のタカ、とりあえずママのおっぱいにすりすりできれば、オールOKです。
 でも、
「……いい子に、してた?」
 などと、言葉少なに熱い涙のほっぺたすりすりをカマされ、ぎゅうぎゅうと抱きしめられて「ぎぶ、ぎぶ」ともがきながら、あらためてママのお顔をとっくしと見つめますと、それがまあ見たこともないような歓喜に満ちたうるうる笑顔だったりするので、
「……ぐしゅ」
 さすがの脳天気娘も、やっぱしいたいけな六歳児、
「……びえ…………びえええええええ!!」
 なんでだかよくわかんない奔流のような涙に、流されまくってしまうのでした。
 見守る優子ちゃんも、天女隊の皆様もケイも、自然、滂沱と喜びの涙にくれます。
 自称吟遊詩人、実質憑依型浪曲師のヒッポスなどは、もはや天を仰いで号泣をこらえております。
 豪傑のクーニさえ、よかったよかったと笑いながら、その目尻を、かなり湿らせたりします。
 当然、ママの横のパパ、あのセイザさんも、身も世も有らぬ感涙に咽んでいるのですが――残念ながら愛娘のすりすりの順番は、とうぶん回ってきそうにありません。
 まあ、あのたかちゃんのパパ・誠三郎さんにそっくしなくらいですから、どーしても、そーゆー宿命なのでしょうね。

     ★          ★

 カーゴ室を満たす熱い情動の渦はちょっとこっちに置いといて、クーニはすぐに気を引き締め、大金剛号のコクピットに向かいます。
 ぐしょぐしょ顔のヒッポスも、河馬っぽく、じゃねーや、プロの芸人らしくぷるぷると涙を振り払い、クーニの後に続きます。
 操縦席では、ロックヘッドさんが、あわてて顔を拭ったりしております。
 それどころか、実は外を飛び交うゾク連中も、視界がぼやけてしまって、かなり走行に支障をきたしております。
 カーゴ室の状況は、仲間内に筒抜けだったのですね。短絡的に情動過多であればこそ、人も狼も岩石も、カタギの道を踏み外したりしがちです。
「――報われたな」
 助手席に座りこみながら、クーニがぶっきらぼうに声をかけます。
 ロックヘッドさんは、すん、と鼻をすすりながら、やはりぶっきらぼうにつぶやきます。
「おう。もう命はいらねえ」
「そりゃ後生を急ぎすぎだ。往生するのは、ここを抜けてからにしろ」
「おうよ」
 バックシートでふたりぶんのハバをとりながら、ヒッポスも、できる限り乾いた声を発します。
「よ、おふたりさん、邪魔するぜ」
「なんだ、あんたまで来やがったのか」
「大ネタ語るにゃ現地取材、俺のモットーだ。泣くのが人情、泣かせるのが仕事」
 妻に無理矢理引っ張りこまれた経緯などは、些末事なので語るに及びません。
「で、その後の様子はどうだ」
「それが、ちっとばかし妙なことになっててな」
 ロックヘッドさんは、MF号の原始的レーダーよりずっと上等な、例のフロント・ウインドーに組み込まれた透過型3D汎用モニターを起動させます。
「おんや?」
 クーニが首を傾げます。
「なんか、外野が増えてねえか?」
 コンボイやヴァルガルム艦隊をさらに遠巻きにして、微少な蚊柱のような機影群が、いくつも散見されるようです。
「これよ、これ」
 ロックヘッドさんは苦笑いしながら、レーダー像の横っちょに、別のちっこいマルチ画面を浮かします。
 例のキー坊さんのブログから、いつものヘヴィメタ・サウンドの代わりに、なんじゃやら、ぐずぐず、とか、ずずっ、とか、聞き苦しい音が響きます。
『……やったぜ……ついにみなしごハッチは、やさしいママにめぐりあえたんだぜ……涙と感動の最終回だぜ……うるうるうるうる……』
 ちーん、と鼻をかむ音に続いて、
『いけねえいけねえ。狼は泣いちゃいけねえ』
 そんな独り言と、しばしの沈黙ののち、
『――ハ〜イ!! 全宇宙の走り屋諸君、年中無休のアツいまなざしどもども〜〜!』
 いきなしまたまた、ド派手なロックが響きわたります。
『さて、キー坊の正真正銘リアルタイム仏恥義理WEBカム、ご覧のとおり、外はあいかわらず軍艦うようよ敵機うじゃうじゃ、てなわけで最終回はまだまだとうぶん先だあ!』
 MF号の一同は、絶句します。
『で、ご近所エウローペ銀河から続々ご来場の野次馬さんたち、あのコワモテの薔薇十字珍走団に続いては、遙か中央銀河ロマンチック街道名物、無敵の蜂娘シャコタン軍団ハニー・ビーズ・スペシャルのお嬢ちゃんがたが、ラブリーな毒針おっ立ててご到着だあ! んでもって女王蜂のおブンちゃん、耳寄りな話があるぜ! なんとなんと、あの伝説のミレニアム・フドーが、たった今コンボイに合流したんだぜ! そうそう、ちょいと百合っ気のおブンちゃんが夜ごと募る想いに枕を濡らしているとゆー、あの最強の女丈夫、クーニ・ナーガの大姐御だ! 今ならロハ! 見るのもロハなら、ハグもキッスもタダのロハ!』
 クーニは思わず爆笑します。
「どわはははははははは!」
 仲間内回線のマイクに向かって、
「キー坊、おまい何やってんだ」
 回線とブログから、やや時間差のある同じ声が、ダブって響きます。
『おひさっす、クーニの姐御! いやもう、趣味と実益っすよ』
 確かにブログ画面のあっちこっちに、禁断症状のキツそうな精力剤やらアヤしげな痩せ薬やら、非正規バイク・ショップのとんでもねー違法改造広告などが、めいっぱい潜んでおります。
『っつーわけで、姐御もブログ見てる諸君も、横っちょのなんかいろいろ、ついうっかりポチポチっとお願いだぜい! なんせヨメさん八ヶ月なもんで!』
 キー坊さんくらい裏街道で悪名を馳せていると、アフィリエイト収入も馬鹿にならないのですね。ちなみに、ふつうの狼さんの妊娠期間はおおむね二ヶ月ですが、進化したヴァルガルム族の場合、ヒューマノイド同様十月十日前後です。
「……なんだかなあ」
 クーニの脱力声が、ブログからも谺します。
 ロックヘッドさんは苦笑いしながら、
「おいおいキー坊、外野はなんぼ増えてもしょうがねえが、くれぐれも中に紛れこまんようにな。おまえらみたくガタイができてねえと、なんかあったら即お陀仏だぞ」
『了解、ロックの兄貴! ――てなわけでおブンちゃん、やっぱし今ちょっとばかし中のほうヤバいんで、ごめん、外から見るだけね〜。踊り子さんには手を触れないでね〜〜!』
 ロックヘッドさんは、ブログをモニターに浮かしたまま、いったん雲助回線を切ります。
「――てなわけだ」
 バックシートのヒッポスは、衣装のどこかから引っぱり出した自前のタキオン・ネット端末で、さっそく検索の網をたぐっております。
「すごい。いつもながらタキオンWEBは反応が早いな。ユアツボから2億チャンまで、もう祭だらけじゃないか」
「お祭り?」
 根っから行動派のクーニは、ネット用語などほとんど知りません。
「この騒動は、もう全宇宙に知れわたってるってことだ。公式報道はともかく、草の根レベルでな。この拡散度だと、遠からず各銀河放送にも乗るぞ」
「そーゆーことだ」
 ロックヘッドさんは、空母フェンリル方向を見やり、
「俺らとしちゃ、できるだけ距離とって、クーニに小穴掘ってもらってズラかる腹づもりだったんだが――周りの野次馬連中に押されてだかなんだか、奴ら、さっきからちまちま間合いを詰めてきやがる。何考えてんだか、さっぱりわかんねえ」
「そう悪い状況でもないと思うぞ」
 ヒッポスは、ぶっとい指に似合わず器用に端末をいじりながら、
「見ろ。ふだんの奴らの行状が祟って、一般ネットユーザーの声は、ほとんど逃亡政治犯寄りだ。いつもなら鼻つまみの雲助やゾク連中にまで、八割方エール送ってる。これじゃ奴らも下手に動けん。どのみち一触即発は小休止だろう。おそらく、なんらかのネゴシエートを画策してるな」
「なんでえ、せっかくゴツい魔神様まで、引っ張ってきたのに」
 クーニは拍子抜けして、シートに背中をあずけます。
「言葉尻の取り合いなら、ヒッポス、おまいの仕事だ。ガチンコになったら俺が出る。とにかくタカと親御さんたちが、仲良く余生を送れなきゃ意味がねえ」


     5

「お待たせいたしました。――出撃兵の人選は、先程お伝えした条件を徹底していただけましたか?」
 旗艦空母フェンリルの、艦船というより、広大なコンピュータールームを思わせる司令室に投影乗艦した大統領は、しゃっちょこばって敬礼する艦長以下数名に軽い答礼を見せたのち、即座に指揮を開始します。
 大統領に続いて、あの参謀局長と、スーツ姿の若者が数名、姿を現します。
「以降の活動はサイバー空間の情報操作が肝要になりますので、彼らにも同行をお願いしました」
 あくまで腰の低い大統領ですが、なにせ眼力といいますか、存在感そのものが違いますので、フェンリルの艦長以下は、もはや硬直状態です。たとえヴァルガリアからの投影像だと解っていても、相互仮想知覚まで備えた投影システムですので、直接謁見しているのと同じことなのですね。
 なお、一般に艦隊の旗艦は、戦闘・防御力よりも、指揮・通信能力に秀でた小型艦が務めるものなのですが、今回の艦隊はあくまで臨時の寄せ集めなので、艦長の階級が最も高く、また戦闘経験も豊富な空母フェンリルが、旗艦になっております。
「それでは、出撃兵各人のプロフィールを」
 艦長は、は、と再び敬礼し、部下のオペレーターたちに命令を復唱したのち、
「現在確認されている包囲内の暴走族四八九名、それに合わせて正確に四八九名、ご指示のとおりに出生地・年齢・民間での履歴を確認の上、選抜いたしました」
 司令室中央の空間、巨大な全包囲正像3Dモニターに、大量のテキスト情報と兵士の映像が流れます。
 それらの情報は、居並ぶ端末卓の数台にも流れており、参謀局長の指揮のもと、サイバー情報局選り抜きの若者たちが、情報操作にあたります。
 暴走族それぞれのプロフィールも国防総省から転送されており、大統領はざっと目を走らせながら、
「体力的にフェアであることが第一義。次いで、対戦時の情動的葛藤があくまで陽動的に上昇すること、それが第二義。その他の条件は、参謀局長、そしてお若い皆さんによるコンピューター分析に委ねます。ここまでが、この作戦の序盤戦となります」
 お任せください――軍式に敬礼するのは参謀局長だけで、あくまで国家公務員の若い衆たちは、事務的な会釈のみです。
「そして中盤戦。――対戦者双方に何らかの世俗的注目要因が存在する場合、くれぐれも『自然』な形で、サイバー空間の底辺にリークしてください。彼らの友人、かつての同窓生、あるいは血縁者のブログ――あくまで自分が偶然にそれに気づき自発的にネットの海に発信する――もちろん、あなた方独自の情報操作手法による発信でもかまいません。ただし、その時点では、絶対に誤謬が混入しないように」
 大統領は、冷ややかに微笑します。
「誤謬《デマ》は、大衆自らが発信拡散増幅してくれます。その方向性を誘導するのが、作戦終盤の、あなた方の仕事です」
 若い衆の中からも、怜悧な微笑が返ります。思わず敬礼する者もいるようです。ここが知的公務員の花道と、気迫においては軍人に負けません。
「それでは艦長、陽動は彼らにお任せして、武人は武人らしい仕事に移りましょうか」
「はっ!」
 艦長以下の軍服組が、張りきって敬礼します。ここまでの経緯で、このまま鼻持ちならない若造たち――机上の脳味噌組に花道を独占されるのではないか、そんな危惧を抱いていたものですから、ひときわ士気が高まります。
 そうした人心掌握の機微も、最高権力者の資質なのでしょう。

     ★          ★

「――おや?」
 レーダーを凝視していたロックヘッドさんが、俄然、緊張します。
「動いた!」
 コンボイを取り巻く艦隊そのものに変化はありませんが、個々の艦船のあちこちから、なんじゃやら艦載機よりも微細な光、つまり外野のシャコタンや援軍の単コロにも似た超小型の機影が、いくつも発進しているようです。巡宙艦クラスからは一機ないし二機程度、空母クラスの大型艦船からは数機から数十機が群れをなし、いずれにせよじわじわと悠揚迫らざるペースで、コンボイのやや前方の一箇所へと、これ見よがしに集結しつつあります。
 ロックヘッドさんは、現在コンボイの先頭に位置している、キー坊さんに連絡を入れます。
 しかし、応答がありません。
「しょうがねえなあ。ブログなんぞに入れあげやがって」
 舌打ちしながら、二番手あたりの『(有)くまさん急便』を呼び出し、
「おい熊五郎。ありゃなんだ。軍用バイクかなんかか?」
『わからん。あんな妙てけれんなシロモン、見たこともねえ。――今、アップ画像を送る』
 モニターに、集結しつつある群れの、最前列付近が浮かびます。
「……円盤?」
 ロックヘッドさんが、首をひねります。
「一人乗りの空飛ぶ円盤《フライング・ソーサー》?」
 実際、そうとしか言いようのない代物なのですね。
 直径はせいぜい5メートルほどでしょうか。一見天然の大理石にも見紛う、古典的縁模様の施された重厚な円盤で、平坦な上面の中央に、ボクサーパンツ姿のヴァルガルム兵らしい狼男がひとりずつ、仁王立ちになっております。少なくとも円盤上の一定範囲は空気や重力場が存在し、その生成機器は、やや脹らんだ円盤下部の、いかめしいゴツゴツ部分に備わっているのでしょう。
「いんや。――ありゃ、もしか『闘盤』だぞ」
 クーニは、俄然昂揚します。
「すげえぜ。ガキの頃、古代闘士《グラディエーター》図鑑で、なんべんも読み返したもんだ。すっげーワクワクしながらな」
 大宇宙最強のグラディエーター、それが幼いクーニの夢だったのですね。
 ヒッポスも記憶の書庫から、古代ヴァルガルム伝説に由来する『闘盤』という項目を引きずり出します。
「なるほど――確かに、あれの上部構造らしい。今様の、宇宙空間用の闘盤かもしれんな」
 ロックヘッドさんが、ブーイングを入れます。
「ふたりで仲良く解りあっとらんで、俺もまぜろ」
 ヒッポスは、古代ネタならまかっとけ、とうなずき、
「古代ヴァルガルム帝国の、伝統的決闘様式のひとつだ。俺もあんな形で残ってるとは思わなかったが、宇宙進出以前、いや、そもそも重力制御技術を確立する前は、あれに馬鹿長い一本脚があった」
「脚?」
 ピンとこないロックヘッドさんに、ヒッポスが続けます。
「そうだな。まず、エウローペあたりの古代闘技場を想像してくれ」
「えーと、あのコロシアムって奴か?」
「そう。あそこでは、当然地べたで殴りあったり斬り合ったりしてたわけだが、ヴァルガルムの場合、もう一工夫あったんだ。ザコの対決は普通に地べたで済ませるとして、とびきりのメイン・イベントになると、闘技場中央のリングが、そっくり宙に浮いちまう。地下に埋めこまれた数十メートルの支柱を、巨大な螺旋機構でせりあげるんだ。蒸気機関も内燃機関もない時代、それだけのために数千の奴隷を投入したそうだ」
「数十メートル……」
「そう。絶対に棄権不可能な、空中の格闘リング。落ちたら当然死ぬ。最後に残ったほうが勝者」
 クーニも、こくこくとうなずきます。
「俺の読んだ図鑑じゃ、裸一貫のドツキ合いだった。エモノはいっさい持たねえ。なんかオーメ相撲に、ちょっと似てるだろう」
「……でも、そんくらい高いと、ずいぶん風とか吹くんじゃねえか?」
「だから、そこんとこのフンバリ、つまり腰だな、それも勝負の内なんだよ。暴風くらいで飛ばされる腰じゃ、始めっから勝負になんねえだろ」
 ノリノリのクーニの講釈に、ヒッポスが補足します。
「両方とも落っこちまった場合は、さすがに両方『勇者』扱いで、手厚く葬られたそうだ」
 ロックヘッドさんは、呆れかえります。ふつう土俵割っても転落死しねえぞ、相撲取り。
「どうだ。こりゃ男なら、血が騒ぐだろう」
 騒ぎません。だいたいあんたはうら若き娘さんでござんしょう――そんな内心はおくびにも出さず、すなおにうなずいてみせる、賢いロックヘッドさんです。
「なんにしろ、今さらそんなもん繰り出して、奴ら、どうしようってんだ?」
 その疑問に答えたのは、クーニでもヒッポスでもなく、キー坊さんからの通信でした。
『あ、待たせちゃってごめん、兄貴。なんかオイラたち、ちょっくらタイマン張ってこなきゃ、みたいな』
 クーニが身を乗り出して、
「やっぱし、あのでっけー皿は、闘盤なのか?」
『さすが姐御、よくご存知で』
「しかし、あんな代物をあれだけ大量に、どこから引っぱり出したんだ?」
 ヒッポスが訊ねますと、キー坊さんは事も無げに、
『うちの軍艦なら、どこの倉庫にもゴロゴロ転がってるよ。ふだんの船外格闘訓練とか、仲間内のイザコザに決着つけたりとか、新兵シゴいたりとか、あと憎たらしい古残兵煽って逆にシメたりとか、なにかと重宝だし』
 ロックヘッドさんが、なーる、とうなずきます。
「そうか。おまえらも毛色は変わっちゃいるが、れっきとした狼男だったなあ」
 キー坊さんは声を弾ませて、
『うん。オイラなんか、小隊長まで行った』
 ハテナ顔のクーニに、ヒッポスが教えます。
「五体満足なヴァルガルム男は、ひとり残らず苛酷な徴兵経験があるんだ。ゾクでも雲助でもな」
「へえ……」
 クーニは、窓の外をへこへこと頭を下げながら過ぎってゆく、ギンギンツンツンの若い狼男をながめ、
「あんなのもか?」
「どんなのもだ」
 ロックヘッドさんが、唸ります。
「なるほど、敵も考えやがった。これで弾よけを排除しようって魂胆か」
 ヒッポスもうなずいて、
「生体武甲の狼同士、一対一《サシ》の勝負なら、世間様のブーイングも最小限に抑えられる」
「――おいキー坊、みんなで棄権するってのはナシか?」
『ここまでフェアに出られてタイマン逃げたら、オイラたちの男が立たねえ。故郷《くに》に帰ったら、それこそ村八分にされちまう』
「難儀なお国柄だなあ」
「助っ人もアリか?」
 クーニが闘志満々で参加表明します。
「あんときから、ずっと生体武甲兵のブチのめし方を算段してたんだ。今なら十匹は片づけられるぞ」
 以前、狸の星でタカを奪われそうになったとき、逃げ回るばかりだったのが、よほど悔しかったのですね。
 ヒッポスは呆れて、
「やめとけ。そもそもあすこに乗るまで、息が続かない」
 生身のヒューマノイドが宇宙空間に出た場合、ふつう十五秒ほどで失神し、そのまま窒息死します。
「なめんなよ。俺は素潜りなら十分は保つ」
「そりゃすごい。でも、肺に空気溜めこんでると破裂するぞ」
「非常用のエアマスクがあるじゃねえか」
「だから呼吸活動そのものがヤバいんだって」
「んなもん根性だ、根性」
「仮に無呼吸で一時間保つとしても、このあたりは太陽風がけっこうキツい」
「ナーラの百均で買った、日焼け止めオイルがある」
 ヒッポスはうなだれ、クーニの肩を、どうどうと静めます。
「お願いだから、やめてくれ。俺はお前の姿焼きなんぞ拾いたくない」
「ぐぬぬぬぬう……」
 久方ぶりのマジ勝負からはぶんちょされてしまったクーニが、ぎりぎりと拳を震わせておりますと――いきなし前方視界いっぱいに、黒い機影が迫ります。
「どわ!」
「奇襲か!?」
 気色ばむヒッポスやロックヘッドさんとは別状、
「おうし! 来なさい!」
 クーニは瞳孔の奥に猛火を宿しつつ、座ったまんま、無意味に派手な威嚇ポーズをキメます。
 しかし、激突スレスレで急停止したのは小型航宙トラック、それもデコトラではなく、地道な実用仕様機のようです。
『やっほーい、クーニ姐!』
 トモの古トラックだったのですね。
「げ」
 クーニは驚愕します。
「どっから涌いた?」
『追っかけてきたに決まってるじゃねえか』
 コクピットのトモは、顔のあっちこっちから血の汗、もとい血と汗を滴らせながら豪快に笑い、
『いやあ、飛ばした飛ばした。でもまさか、マジ千年不動に追っつけるとは思わなかったぜ。なまんだぶ俺!』
 コクピットには、星猫さんやコウ、そしてなぜか百足さん芋虫さんの技師コンビまでぎっしり詰まっており、青くなったり赤くなったり黄変したり、各種の攪拌脱水流血打撲反応を呈しております。
 トラックのバンパーらしい部品や、マフラーっぽい何かなどが、急停止のはずみで明後日方向にちぎれかけているところを見ると、MF号を遙かに凌ぐ艱難辛苦を経てきたのでしょう。
 星猫さんが、ジト目でクーニを睨みつけ、
『看板役者を、忘れてくんじゃない』
 ズタボロに拍車をかけ、陰に籠もって物凄く呻く有様は、もはや天地茂さんの芸歴の中でも、新東宝映画『東海道四谷怪談』で演じた田宮伊右衛門さながらだったりします。
『……しまいにゃ化けるぞ』
 五十数億年前から、とっくに化けてるんですけどね。





   第四章 大宇宙番外地・完結編 〜なぐりあい宇宙《そら》〜


     1

「おいトモ、そっちの塩煎餅くれ、塩煎餅」
 そんなクーニの弾んだ声を聞きつけて、カーゴ室に顔を出したヒッポスは、思わず脱力します。
 ヒッポスは、あれからもロックヘッドさんとふたりでキャノピーに張りつき、事態の進展を微視的かつ巨視的に見守り続けていたのですが、いつのまにやら席を外してしまったクーニや、他の面々の様子が気になって奥を覗いたところ、なぜかカーゴ室の真ん中あたりに、畳二・三畳ぶんはあろうかと思われるでっかい櫓炬燵《やぐらごたつ》が出現しており、
「煎餅より、姐御はこっちなんじゃねえか?」
 トモが、どこから引っぱり出したものやら、オーメの地酒『みなごろし』の一升瓶を、どん、と卓上に据えます。
「お、こりゃ気が利くなあ」
「徳利と盃もあるぞ」
「いや、冷やでいい冷やでいい。この湯飲みで、くいっとな」
 とにかく量を飲みたいクーニとは別状、
「俺は人肌がいいなあ」
「右に同じ」
 晩酌親爺タイプの芋虫・百足技師コンビは、お燗を所望します。
「しかしおまいら、こんなとこで飲んでて、あっちの仕事はいいのか?」
 クーニが訊ねますと、芋虫技師さんは、ぶっきらぼうに、
「おまえが、あらかた機材を吹っ飛ばした。とうぶん俺たちの仕事は、ねえ」
「わはははは」
 クーニは笑ってごまかします。
「いっそカージの大将も、引っぱってくりゃよかったのに」
 百足技師さんは、ぶっきらぼうに、
「おまえがブルモグラたちを、宇宙まで吹っ飛ばした。死人は出てねえが、そのぶん医務室は大繁盛だ」
「わははははははは。ま、とりあえず一杯。ささ、きゅーっとな」
 などと一部で酒盛りが始まろうとしているかと思えば、そのお向かいでは、ママの膝にちょこんと収まったタカが、おみかんのスジを取り損ねてくちゅくちゅにしてしまい、
「むー」
 お隣のパパに、救援を要請したりしております。
 卓上に並ぶ魔法瓶や茶筒や急須や湯飲み茶碗、お煎餅やお饅頭の菓子皿、お漬物のお鉢、そして当然のごとく山盛り蜜柑の笊。そしてちょっと離れた壁際では、なんじゃやら兎の耳のようなアンテナを生やした四つ脚の白黒ブラウン管テレビ、もとい旧式の十四インチモニターから、甘ったるそうなカレーのCMが流れ――。
 ――お、おこたみかん状態。
「なんだかなあ……」
 ヒッポスが吐息しますと、クーニは豪快に湯飲みを干して、
「おう、おまいも入れ入れ。あったかくて気持ちいいぞ」
 ちなみに、おこたみかん関係一式は、トモの備蓄だったのですね。今回の調査仕事に雇われる前は、宇宙を気ままに放浪しながら独自のシルフォン研究に勤しんでおりましたので、小型トラックの荷台には、他にもなんかいろいろ、くつろぎ物件が詰まっているようです。
「ロックの旦那も呼んでやれよ。あんまし根つめてると、終いまで身がもたねえぞ」
「おいおい、この期に及んで――」
 思わず皮肉のひとつも言いかけ、ヒッポスは、ふと口ごもります。
 和気藹々と菜漬をつまんでいる愛妻やコウに、呆れたからではありません。
 ケイのお隣、プリンセス・ユウと目が合ってしまったのですね。
 高貴に小さな唇でちまちまと、しかしその御尊顔にめいっぱい口福を湛えながらお饅頭を啄《ついば》んでいた優子ちゃんは、
「……す、すみません」
 ぽ。
「あ。い、いえ……」
 さすがのヒッポスも、優子ちゃんの『ぽ力《ポース》』に対抗する根性は、まだ持ち合わせておりません。
 優子ちゃんの膝で、炬燵布団から首だけ出した星猫さんが、鷹揚につぶやきます。
「まあ、いいではないか」
 いかにも、でろんとした声です。たぶん首から下も、炬燵の中で、しまりなくでろんと広がっているのでしょう。
「非戦闘員が額に青筋たてて、無駄な竹槍かまえてても仕方がない」
 心ゆくまで毛づくろいも済んだらしく、いつもの真っ白けっけのお顔で、
「好機――相手の隙を待つだけだ。小回りの利く脚が、揃っておるしな」
 確かにカーゴ室の横っちょでは、非常用ハッチが開いたまんまMF号に続いておりますし、後尾の荷役扉は、まんまトモのトラックとお尻合わせで繋がっております。
「少なくともここにいる連中は、なんとか脱出できよう」
 おいおい、ここまでふんばってくれた雲助や、ゾク連中は置き去りかよ――ヒッポスが憮然としますと、
「まあ、そうトンがるな。出所《でどころ》を待つ、そう言っておるだけだ。いざとなったら、超合金の竹槍もある」
 星猫さんは、にんましと笑い、天女隊の面々を見やります。
「うちのお嬢様方は、全員、宇宙戦対応仕様なのだぞ」
 ――そ、そうなの?
 ヒッポスが視線で問いますと、宮小路さん以下全員、食べかけのお饅頭を手に、もぐもぐと力強くうなずきます。
 ヒッポスは、懐疑します。機械の体もアンコを吸収するのだろうか――。
 するうち四つ脚テレビが、紅白歌合戦の入場曲、じゃねーや、プロレス中継もどきの、なんじゃやら勇壮なテーマを奏で始めます。
「そろそろ始まっぞ、銀河テレビ土曜スペシャル」
 クーニは酒茶碗を手に相好を崩し、
「お、始まった始まった」
 さて、ブラウン管に浮かんだメイン・タイトルは――『緊急生中継! 血闘エウローペ銀河番外地!』。そしてサブ・タイトルは『狼軍団VS狼暴走族 因縁の大激突!!』。
「……うわ」
 ヒッポスは、呆れます。
「ここまでやるか」
 ヒッポスとしては、せいぜい地域ニュース止まりの局地戦と思っていたのですが、もはや汎銀河放送番組、お茶の間向けのイロモノ扱いになっているようです。
 コクピットから、ロックヘッドさんも姿を現し、
「俺にも一杯くれ」
 ヒッポスの横に潜りこみ、なんじゃやら小型プロジェクターのような機械を、卓上に据えつけます。
 で、リモコンを、ぴ・ぽ・ぱ――。
 四つ脚テレビの横っちょに、キャノピーの透過映像よりはちょっと小さい、汎用モニターの3D画像が浮かび上がります。
 クーニが、ぽん、と手を打ちます。
「おお、こりゃいいなあ。すっげー解りやすいぞ」
 つまりテレビでは、放送局の飛ばした無数の遠隔操作カメラユニットが個々の闘盤まわりを中継し、それに合わせて、古舘伊知郎さんのフランス版あるいは五代目鈴々舎馬風さんのイギリス版といったリング・アナウンサーっぽい方々が、アシのおねいちゃんの無意味な相槌や、元格闘家のコメントを交えながら滔々と解説を述べ、いっぽう横っちょの3Dモニターでは、広範囲のレーダー映像やタキオンWEB画面が、同時確認できるのですね。
「物見遊山に持ってきたわけじゃねえ」
 ロックヘッドさんは、ややくたびれた口調で、
「でもなんか、もう飲まなきゃやってられん。こうあっちこっち土俵が散開してちゃ、とうぶん動きようがねえ。おまけに外野まで、あの有様だ」
 レーダーの包囲網外周には、先程よりさらに野次馬が増殖しており、
「テキヤ連中まで集まってきやがった」
 間合い良く、テレビ画面に、その外周風景が映し出されます。
 宇宙屋台のリンゴ飴をかじりながら、カメラにピース・サインを出しまくったりしているのは、ハニー・ビーズ・スペシャルの毒蜂娘さんたちでしょうか。また彼女らのような走り屋のみならず、物見高い市民の一般車両まで、多数紛れこんでいる有様です。
「お、ヤキイカの屋台も出てるな」
 クーニは身を乗り出して、
「あれ、酒に合うのよなあ。うんと七味効かしてな」
 天女隊の中でもノリのいい八千草さんが、
「買ってまいりましょうか?」
 彼女自身、甘辛両刀使いなのかもしれません。
「じゃあ俺はタコヤキね」
 トモが追加を入れます。
 タカが、お手々を上げまくります。
「はいはいはいはい! タカちゃん、ちょこばなな!」
 パパさんとママさんは、あんまし現金の持ち合わせがないらしく、これこれと娘をたしなめますが、このところ懐の暖かいクーニは、いいからいいからと笑顔であしらい、
「おっさんたちも、なんかツマミとるか?」
「いや、俺は塩だけありゃいい」
「左に同じ」
 多脚技師コンビは、根っから左党なのですね。
 他にリクエストもないようなので、クーニは八千草さんに、がまぐちを渡します。
「気いつけてな。途中でなんかにぶっつくなよ」
 ロックヘッドさんは不安げに、
「おいおい、そんな嬢ちゃん、マジ使いに出す気か?」
 お嬢様方の底力を、まだご存じないのですね。
 殿方には人見知りがちな八千草さんに代わって、小姑鬼千匹の宮小路さんが、きっぱりとお答えします。
「ご心配なく。わたくしども、小型ミサイルの三尾や四尾、素手でさらいますから」
 ロックヘッドさんは、ビビります。
 ――そ、そうなの?
「優子様も、なにか御所望がおありでしたら」
「……それでは、えと……綿菓子を」
 ぽ。
 とことん深窓育ちの優子ちゃんにとって、露店の綿飴というものは、貴ちゃんや邦子ちゃんと知り合ってから初めて口にできた、いわば憧れの、思い出の駄菓子なのですね。
 綾小路さんは慈姉のごとき微笑を浮かべ、
「承知いたしました。――それでは八千草様、それと河内様に久我様も、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
 八千草さんは、きょとんとして、
「あの、わたくしだけでも」
 宮小路さんは、きらりと眼鏡を光らせ、
「ヤキイカとタコヤキとチョコバナナと綿菓子を七人前、あなた、ひとりで持てますこと?」
 八千草さんは、驚くと思いきや、
「あらやだ。そうですわね」
 ついうっかり、と、お茶目に舌を出します、
 他のお嬢様方も、当然、とうなずきます。
 ヒッポスは、畏怖します。
 ――機械の体で、全部食うのか?
 まあ、万が一の奇襲に備えて強げな白洲さんや清丘さんを残すくらいですから、宮小路さんとしては、あくまで合理的な判断なのでしょうね。

     ★          ★

「どっせーい!」
「うおうりゃあっ!」
「ほあたたたたあっ!」
 もはやあっちこっち五百近い土俵、じゃねーや、闘盤で、いつ果てるとも知れぬ狼たちのドツキ合いが始まっている宇宙空間、
「あうあう」
「おっとっと」
「こらしょっと」
 三人の白ワンピ娘が、おびただしいパックや串物の詰まったお買い物袋を抱えて、すいすいと飛行中です。
 えーと、念のため。
 お嬢様方のシックで軽やかな姫ワンピも、実は宇宙空間対応の特殊繊維ですし、パッチワークのかわゆいお買い物袋なども爾りですので、どうか良い子のみなさん、小利口ぶった野暮なツッコミは、お控えくださいね。
 お買い物の途中、ヴァルガルムの艦隊間も通り抜けたりしたわけですが、攻撃してくる様子はなく、
「拍子抜けいたしますわねえ」
 ちょっとお転婆の八千草さんが、軽くぼやいたりします。たまには冒険心をくすぐるミサイル捕獲などもやってみたい、そんなお年頃なのですね。
「あんがい礼儀正しい方々なのでしょうか」
 おっとり型の河内さんがつぶやきますと、
「気を抜いてはいけません」
 しっかり者の久我さんは、空母フェンリルを振り返りながら、ふたりをたしなめます。
「気がつきませんでした? あのお船の甲板に、なにやら見慣れない大型機械と、奇妙な気の乱れが」
 数億年に渡り、営々と『ユウの柩』を護り続けきたお嬢様方は、ミリタリー方向でも、ひととおりの知識経験を積んでおります。また今回のお使いも、宮小路さんによる無言の斥候指令、そんな意味合いがあることを、きちんと心得ております。
「あのM78星雲での叛乱を、忘れてはいけません。男はみんな狼なのです」
 正確には、狼はみんな狼、でしょうか。
 もっとも現在聖処女を標榜しているとはいえ、機械化前は三人とも立派な孫持ち婆あ、男とゆーイキモノが必ずしも餓狼ではなく、そのうち太った豚になったり、しまいにゃシワシワの猿に退化したりすることも身に染みて経験しているわけですが、まあ数十億年前の話ですから、多少ボケが入って少女《おとめ》帰りしていても、しかたがありません。
「とと、と」
 八千草さんが、風に煽られたように、よろめきます。
「ずいぶん力場が乱れておりますわ」
 河内さんも、吹き流されそうになるお買い物袋を抱え直しながら、
「はい。あのお皿さんたちから、てんでにゆらゆらゆらゆらと」
 久我さんは、警戒の色を強めます。
 餓狼は、えてして賢《さか》しいもの。けして赤頭巾の轍を踏んではいけない――。
 やっぱり、根は海千山千の婆あなんですね。


     2

 ともあれお買い物は無事に済み、久我さんが宮小路さんにちょっとなんか耳打ちしたりして、でも全体的にはヤキイカやタコヤキや甘味類がホカホカと座を温め、いつのまにやら宴もたけなわ――。
「お、キー坊が映ったぞ、キー坊!」
 クーニが、テレビに向かって叫びます。
 すでに対戦も佳境に入っているらしく、キー坊さんのメッシュの毛並みは、ディップが溶けて全身寝起きの癖っ毛状態、また同年輩の兵士の刈りこんだ毛皮にも、あちこち血が滲み、かなり傷みがきております。
 運ちゃんモードでは一見剽軽者のキー坊さんですが、元をただせば荒ぶる非行青少年の頭にして悪名高きヴァルガルム軍の中隊長、現役兵相手に一歩も譲りません。
 どずごぼ! などと腹部に剛拳を受け、めっこし! などと反対側の背中に脊椎が盛り上がっても、
『笑かすんじゃねえ、この犬コロがよう!』
 さすがは生体武甲者、悪態をつきながら身を翻し、ぐぎぐぎぐぎ! などと相手の首を捻りにかかります。
 しかし対戦相手もまた生体武甲兵、首がぐにゅりと一回転した顔でニタリと笑いかけ、
『すなおに投降しときゃいいもんを――地獄で丸まってろこの三毛猫野郎!』
 ごげ! などと両者顔面の凹むような頭突きをかましてきます。
 えーと、ここでまたまた、念のため。
 これを実況中継中のカメラは、あくまで闘盤の外、つまり無音の真空中に浮いているわけですが、撮影対象の形態変化を分析して音声を合成再現できるスグレモノですので、どうか良い子のみなさん、くれぐれも「宇宙空間で音声伝達がどーのこーの」などというかわいくねーツッコミは、お控えくださいね。
 さて、キー坊さんは、ごげ、で一瞬膝を崩しますが、文字どおりぼっこしと凹んだ鼻面を、たちまちべっこしとトンがらせて、
『……ふ。男同士でくすぐりっこはナシだぜ、このオカマ野郎』
 すると対戦相手も、捻れた首を、ずるぽん、などと逆一回転してたちまち元どおり、互いに次の組み討ちを策し、じりじりと間合いをとります。
 とまあ、傍から見れば、トムとジェリーのトムだけが二匹に増えて自分同士ツブし合っているような、しこたまキショク悪いビジュアルを大盤振舞しながら、ともあれ両者血まみれ汗まみれとなって、熾烈な男の闘いを展開しております。
 それをテレビで見ているクーニは、
「あ、馬鹿! そうじゃねえそうじゃねえ! そのまんま三回ばっかし続けてヒネるんだよ、首!」
 格闘描写の苦手なヒッポスは、うにい、と顔をしかめ、
「そ、そうなの?」
「おう。そこまでやれば、奴らでも首の骨が外れるんだ」
「よく知ってるなあ」
「おう。狸の爺さんとこで、確かめたんだから間違いねえ。あのヒラキでな」
 こっそりそこまでやってたのか――ヒッポスは、これで一見単純バカな闘士キャラの内面に姑息な人間性を付加できる、などと、怯えつつも学習します。
 さてテレビ画面では、両者じりじりと間合いを計るうち、ふと、キー坊さんの凶眼に、なんじゃやら怪訝の色が浮かんだりします。
『……てめえ、もしか……』
 すると兵士は、先程のニタリとはまた異質な、なにかしら一種の郷愁を含んだ幼げな微笑を浮かべたりして、
『……久しぶりだな、キーちゃん』
 テレビを見ている一同は、
「お?」
「え?」
「ん?」
「おう」
「あらま」
 そんなお茶の間の刮目に応じるかのように、俄然、アナウンサーの口上が昂揚します。
『――ただ今中継中の一番に関しまして、ヴァルガリア在住の視聴者の方から、新しい情報が寄せられました! こちらの一見アーパーな三色メッシュの民間狼、しかしてその実態はヴァルガリア南房総暴走連合先代総長にして現在悪名高き無法トラッカー、キリル・ハルケット、通称「キー坊」――そして彼と対戦中の見事に逞しい胸板逆三角形巨漢、ヴァルガルム軍一等海士アルブレヒト・クヴァーレン――このふたりは、なんと同じ村出身の幼なじみ、いわゆる竹馬の友であることが判明いたしました!』
 アシスタントを務める人気巨乳アイドルのおねいちゃんが、ざーとらしく叫びます。
『え〜〜? ウッソ〜〜!』
 賢いアナウンサーは、このアシに乳以上の存在意義を期待しておりませんので、片隣の元格闘家に、あっさり話を振ります。
『これはいよいよ目の離せない一番となってまいりましたねえ、バノキさん!』
『はい。ここまでの経過を見る限り、両者、いっさい手抜きがありません。男の闘魂のすべてを賭けている。今後も下手に情を絡めないで、文字どおり死ぬ気で戦ってほしいものです』
 ヒッポスは、すかさず手元のタキオン端末を使ってWEB検索し、テレビ横のモニターに反映します。
「――ここが情報源だな。昔の同窓生とやらが、夢中でツィートしてる」
 モニターに流れる多分に感情的な回想の断片群を、そこはそれベテラン舌耕者、すばやく脳内再構成して、誰にともなく勝手に講釈します。
「――村では有数の富農に生まれながら、私生児であるがために旧弊な地域社会の中で孤立したキリル少年は、その多感な性格が災いし、いつしか無頼の群れへと身を墜としてゆく――。一方、幼なじみのアルブレヒト少年は、極貧の小作農家に生まれながら、恵まれた体躯と知力を頼りに立身出世を志し、徴兵を待たず職業軍人を志願、やがて無頼を取り締まる側の警邏軍へ――。そしてこのツイート主は、相反するふたりの友人の人生を、陰ながら見守り続けてきた一農協職員――まるで絵に描いたような浪花節だな」
 根が単純なクーニは、大いに盛り上がります。
「おーおーおー、こりゃ燃えるなあ!」
「でも、ありがちすぎだろう。もうちょっとヒネリが欲しい」
「んなこたねーぞ。だいたいおまいの講釈は、いっつもあーじゃこーじゃヒネリすぎなんだよ」
 さて、対戦中の当事者同士も、あえて王道展開を逸れる気はないらしく、
『……まだ兵隊やってたのか、アル坊』
『貧乏農家の小せがれが世間に身を立てるにゃ、お国に忠義を尽くすしかねえだろうよ。スカした単コロ乗り回せるお坊ちゃま連中と違って、俺ん家《ち》は、耕耘機ひとつ買えなかったんだからな』
『忠義は買うが……その尽くすお国が気にくわねえ』
『そうかい? そのお国のおかげで、去年、家《さと》に立派な養鶏場が建ったぜ』
『そうか……親父さん、喜んだろうな』
『おう、俺は自慢の孝行息子よ』
『オイラにゃ孝行したい親父もいねえが――』
 身構えるキー坊さんの全身に、殺気がみなぎります。
 次の瞬間、キー坊さんは初速一〇〇キロを越えるかと思われる剛拳とともに突進、
『こんど親父になるんでなあ!!』
 アル坊さんも間髪入れず突進、必殺のクロス・カウンターを繰り出し、
『次は放牧場だぁ!!』
 ――ごげしゃ!
 両者の顔面付近に、なんじゃやらとってもいやあな感じの、赤黒い霧が発生します。
 その霧の中から、ぽん、と仲良く二組計四個、あっちこっちに飛びだして、またあわてて、すっぽん、などと引っこんだりするちっこい玉々は、視神経に繋がったままの眼球でしょうか。
 お茶の間のケイや優子ちゃんは「ひ」と顔を伏せ、タカはママにお目々を塞がれて「むー」とうなり、男でも気の弱いパパさんやコウあたりは、思わず顔をそむけております。
 しかし、やがて血霧が晴れると、両者の顔面造作は壮絶ななりに原型を保っており、あっちゃこっちゃを向いていた眼球も、くるりん、と前方復帰して、
『……なんかチクっとしたな。お前の蚤《ノミ》か?』
『てめえの虱《シラミ》だろ。猫虱野郎』
 立場こそ違え叩き上げの両者、頭上から五〇トンの分銅でも降ってこない限り、いっこうにツブれそうにありません。
 お茶の間の技師コンビとか、それなりにクールな面々は、そろそろ呆れ始めます。
「……これって、いつまで続くんだろうな」
 そんな視聴者の意気停滞を読んだかのように、
『はい、ここでまたまた新しい情報が寄せられました! はい、カメラ切り替わりまして、こちら外周付近の闘盤です! こちらで現在対戦中のスリムな若者たち、ご覧のとおり両者大変なイケメン君ですが、これがどうやらふたりとも、今回の中継アシスタント、ハーミー・ハーちゃんの元カレ同士のようです!』
『え〜〜、ウッソ〜〜』
『で、ホントのところどうなのハーぽん?』
『ウソウソヤっだァ〜〜』
 アシのおねいちゃんは、バックレているのか、それとも脳味噌に行くべき栄養がすべて乳に行ってしまっているのか、
『ヤだヤだヤっだァ〜〜〜』
『…………それでは解説のバノキさん、先程の壮絶な死闘に比べてずいぶんスタイリッシュなこの取組、専門家としてはいかがでしょうか』
『いけませんねえ。両者、一見魂をこめて戦っているように見せておりますが、ほら、今、ちょっと映りましたでしょう。明らかに、お互い顔をそむけている。体が顔を守ってしまっているのです。これでは、せっかくの生体武甲が活かせない。もしかしたらカメラを意識しているのかもしれません。いけませんねえ、イケメンなどとゆーものは』
 クーニがテレビに向かって絶叫します。
「おいこら! カメラ戻せ! そんなチンケなもん映してんじゃねえ!」
 でもお茶の間の女性陣は、凛々しい狼美青年ふたりの苦痛に歪む表情に、思わず身を乗り出したりもしております。
「あらま……」
「……ほう」
「これは、なかなか……」
 ケイも例外ではなく、夫のヒッポスとしては、
「……なんだかなあ」
 ロックヘッドさんが、しみじみと、
「しかし、こんだけ素朴な宇宙戦って、史上初なんじゃねえか?」

     ★          ★

 とまあ、宇宙戦というよりインターハイで武道の個人戦が開催されている地方体育館、そんな案配加減の、エウローペ銀河番外地。
 天井知らずの持久力を誇る生体武甲者ばかりでも、やがて、ぼちぼち決着がつく闘盤が現れ、
「予想はしてたが、分が悪いな」
 ロックヘッドさんが、うなります。
「五分五分どころか、せいぜい三七――いや、二八か」
 ヒッポスは達観したように、
「そりゃ武闘派でも民間の走り屋、バリバリの現役兵にはかなわんだろうよ」
 一座に重い空気が流れる中、
「うああああああ!」
 突如、クーニが奇声を発します。
「だから三回ひねるんだってばよう首!」
 タカもママの膝で、ぶんぶんお手々を振り回したりしております。
 このふたりに限っては、一座の問答などどこふく風、ひたすら夢中で観戦を続けていたのですね。
 カメラはお目当ての闘盤に戻っており、もはや全身が毛皮ではなく血糊やリンパ液でぬとぬとの襤褸、そんな有様のキー坊さんが、
『う……』
 がくり、と膝を折り、どう、と盤面に伏します。
 クーニは、握りしめた一升瓶を震わせながら、
「立て! 立つんだキー坊!」
 ロックヘッドさんは痛々しげに、
「やっぱり負けたか……百姓の底力は強え」
 しかし直後、敵のアルブレヒト青年も、
『う……』
 くぐもったうめき声をもらし、ゆっくりとくずおれます。
 すでにキー坊さんを引っ立てる余力もないらしく、なかばキー坊さんと重なるようにぐったり横たわったまま、ひん曲がった狼顔の口元を弛め、
『……思い出すなあ、キーちゃん』
『……なんでえ、アル坊』
『故郷《くに》で最後の村相撲……』
『…………』
『あんときも……引き分けだったよなあ』
『……思い出せねえ』
『そうかい……忘れちまったかい』
 ちょっぴり寂しげなアルブレヒト青年に、キー坊さんは、かすかな頬笑みを浮かべ、
『……あれから十年、いっときも忘れたこたあねえ……忘れねえもんは思い出せねえよ、アル坊』
『ふ…………』
 そうして両者、口を閉ざし、半身を重ねたまま、安らかな昏睡に陥ります。
 ふたりの乗った闘盤は、男たちの健闘を讃えるように揺らぎながら――あるいは単に試合続行の可能性を計っているのかもしれませんが――しばし優雅な円弧を描いたのち、勝負あった、ということなのでしょうか、しずしずと母船方向に引き返しはじめます。
 ありがちな設定、などとうそぶいていたヒッポスも、ここに至って思わず感極まり、そこはそれ芸人の性《さが》、即興で終幕の口上を弁じます。
「――やがてふたりの横たわる闘盤は、あたかも勇者らの御魂を遙か冥界《アヴァロン》へと誘《いざな》う湖舟のごと、星々燦めく永久《とこしえ》の宇宙《うつ》を縫ってただ粛々と遠ざかるのであった――――」
 あまつさえ、悲愴な鎮魂歌《レクイエム》をうなったりもします。
「……♪ Requiem aeteam dona eis〜〜〜〜〜 ♪」
 隣のクーニは、さっきまでの三回首ひねり発言など忘れたげに、こくこくとうなずきまくります。
「うんうん、うんうん……いい勝負だった……いい勝負だったぞ、ふたりとも……」
 あふれる涙を見せまいと、一升瓶を、ぐびぐびぐび。
「……漢《おとこ》の鑑《かがみ》だ、おまいらは」
 タカも、お目々をうるうるさせながら、ちっちゃいお手々で、惜しみない拍手を送ります。
「ぱちぱち! ぱちぱち!」
 種々の思いが、他の面々に去来します。
 ――頭のあったかい奴らは幸せだよなあ。
 ――でも結局、回収されちまったのよなあ。


     3

「しかし奴ら、思ったより紳士的だな」
 予想どおり二分八あたりで惨敗に向かう宇宙戦を眺めつつ、ロックヘッドさんは、
「マジに馬鹿息子どもの捕縛が目的だったか」
 ゾク連中を闘盤に這わせた兵士たちは、けして真空中に放り出したりはせず、単コロごと回収し、自艦に戻ってゆくようです。わずかに勝利を収めたゾクも、そんな軍部の出方を見習い、へばった兵士を闘盤に残したまま、自らの単コロにまたがって帰還します。
「それもあるんだろうが……そんだけにしちゃあ、手がこみすぎてねえか?」
 戦闘開始後、黙って経過を見守っていたトモが、初めて口を開きます。
「俺も旅をして長い。あいつらの手口は、あちこちでずいぶん見てきた。まずは強大な軍備を誇示しての威圧。それで退《ひ》かない相手なら、近頃は、たいがい奇襲だ。無人ハイテク兵器やら少数精鋭の工作部隊を駆使して、敵方の首そのものを取る」
 宮小路さんは、久我さんと目を合わせ、
「やはり陽動……」
 すると、やはり黙って手酌を重ねていた芋虫技師さんが、
「プラス情報操作だろうな」
 百足技師さんもうなずいて、自前のタキオンWEB端末をいじりながら、
「さっき俺たちが聞いた話じゃ、この騒動の主役は、あくまでタカのご両親だろう。つまりウルティメットの子孫を拉致するのが、そもそもの目的のはずだ」
 テレビ横の3Dモニターに、巷の狂騒具合がダブります。
「見ろ。もう世間は見てくれの騒動を追っかけてるだけで、事の発端なんぞ、ほとんどだあれも気にしちゃいねえ。警邏軍とゾクや雲助連中の積もる因縁話、そんなんばっかし盛り上がってる。逃亡政治犯云々やってる連中も、ちょっとはいるようだがな」
「でもWEBって奴は、少数派の声も馬鹿にならんぞ」
 ヒッポスが口を挟みますと、
「いつの話をしてんだよ。タキオン通信初期じゃあるまいし」
 芋虫技師が、軽くいなします。
「そりゃ十人の中の一人が他と変わった発言すりゃ、すぐ目立つ。百人千人の中でも、話によっちゃ目立つだろう。でも万人に一人ならどうだ。分母の桁、それがすなわち世間って奴なんだよ」
 無口な考古学者のコウも、自前のネット端末をいじりながら、珍しく口を開きます。
「例の2億チャンで、古代ウルティメットとヴァルガルムの軋轢を持ち出したユーザーがいたんですが、すぐに引っこんじゃってますね。『そりゃなんぼなんでも古すぎだろ』とか、さんざん返されて。当然そこに言及しそうな古代史研究家のツイートは、ちっとも更新されないし」
「そりゃおかしいな」
 ヒッポスが、首を傾げます。
「なんぼ古くたって、古代史オタにはまだまだウケるネタだぞ」
「どっかで話を薄めてんだよ」
 トモが結論し、レーダー画面の、旗艦フェンリル方向を示します。
「どっかってのは、当然あっちな」
 続いてポケットから、例の旧式黒携帯っぽい、手製のシルフォン反応検知器を取り出し、
「――で、俺としちゃ、もしか、これが理由なんじゃねえかと思う」
 ぴぴぽぱ、とバイブレーション・モードを解除しながら、
「話は変わるが、そもそも、俺の運転でクーニ姐を追っかけるなんてのは、本来不可能なはずなんだ」
「おう。あんだけ無茶苦茶小穴掘ったのに、よく追っついてきたもんだ。さすがは俺の舎弟分だよ」
 あくまで『妹分』なんですけどね。
「ほんとは、追いついたってより、引っぱられて来たんだよ」
「あん?」
「俺はただ、そっちの航跡っつーか、波動コントレイルに残ってた派手なシルフォン反応を、夢中でなぞってきただけなんだ。初めはてっきり、このお嬢様方の体臭かなんかだと思ってたんだが――」
 白百合隊の皆様は、うにい、とお顔をしかめます。ま、体臭などと失礼な。わたくしども、毎日きちんとシリコン・オイルで隅々まで洗浄しておりますことよ――そんな感じですね。
 トモは男らしくちっとも悪びれず、お嬢様方にシルフォン検知器を近づけます。
「ちょいと見てくれ」
 ぴーこんぴーこん、と音をたてながら、小型モニターのグラフ表示が、軽い波形を描きます。
「これがお嬢様方のシルフォン反応だ。機械体の材質にスペシウムが含まれていりゃ、あって当然なんだな。加速モードだと、もっと吹っ切れるんだが、ふだんはまあこんなもんだ」
 首をひねっているロックヘッドさんに、ヒッポスが、委細は後で説明する、と目配せします。
「で、次は――これを見てくれ」
 トモは検知器をずらし、ママのお膝で揺りかごゆらゆらしているタカの、おなかぽんぽんあたりに近づけます。
 ぴぴぴぴぴぴぴぴ、などと、せわしない音を発しながら、グラフ表示が激しく波打ちます。
「え?」
 ヒッポスが、絶句します。
「おう……」
 タカは、なんだかよくわかんないものの、うれしそうに、後ろのママを見上げます。
「タカちゃんのほうが、音おっきい!」
 トモは、だろ? だろ? と言うような顔で、パパさんとママさんも検知器を向け、
「タカほどじゃねえが、ママさんからもしこたま出てるぞ。パパさんも……出てるな。ほんのちょびっと」
 可哀想に、とことん影の薄いパパさんなのですね。
「と、ゆーわけだ。あっちにいる間は、たいがいお嬢様方がそばにいるし、遊星自体も時々派手に反応するしで、俺も気がつかなかったんだが」
 当惑する他の一同、そして無言のまま微妙な視線を交わしている、ヨシア・ママとセイザ・パパ――。
 そんな一座の内、優子ちゃんだけは、何か思うところがあるように深々とうなずきます。
 シルフォンという素粒子のことは、遊星で多少聞きかじっただけですが、スペシウムとなれば、眠りに就く以前から心当たりがありまくりですものね。たとえば貴ちゃんや芳恵ママの体内に、なんかちょっとなさそでありそうだった『ウルトラ・スペシウム袋』とか――。
 ヒッポスは驚愕を重ねながら、タカのおなかぽんぽんを見つめ、
「じゃあ、スペシウム鉱ってのは――もしや鉱脈資源じゃなくて、ウルティメット自身が体内で生成する鉱物なのか?」
 天女隊のお嬢様方も驚きの色を隠さず、星猫さんさえむっつり腕組みしているのを見ると、それは太古からウルティメットのみの知る極秘事項だったのでしょう。
「へーえ」
 クーニは、さほど驚いていないようで、
「考えてみりゃ、こいつ自分で言ってたもんな。すぺしゅーむこーせん、とかなんとか」
 初めてタカを拾った夜、酒場で顔面をナニされた一件ですね。
「なんだかよくわからんがタカ、おまい、やっぱしなんか、すげー奴だったんだな」
 タカのぽんぽんを、ぽんぽんぽん。
「えっへん!」
 優子ちゃんも、ますますタカが愛しくて、やさあしく、おなかぽんぽん。
「えへへー」
 そんなふうに、新タカちゃんトリオだけは、おこたの中の暖気のように和み合っている、そのとき――。
 おこたの上部の空間、炬燵板と天井の間あたりに、なんじゃやら目には見えない、不穏な気配が生じます。
 なんとも形容しようのない不快な気の乱れが、おこたの上からカーゴ室中に渦巻き、皆、顔をそむけたりかばい合ったり――そして一瞬後、
 ずん、ずん!
 腹に響くような音をたてながら、いくつもの宇宙軍靴が、炬燵板の上の菓子皿や酒瓶を蹴散らします。
 とっさにタカを庇って覆いかぶさる優子ちゃんとママさんを、
「せいっ!」
 クーニは三人まとめて抱きかかえ、MF号のハッチ方向に跳び退ります。
「とうっ!」
 トモは、弱げなケイを横抱きにして、後尾荷役扉方向へ逃れます。
「はっ!」
 白百合隊の方々は、瞬時に後退散開したのち、また一瞬後にはてんでに壁を蹴ったり天井を弾んだりして、優子ちゃんが逃れたハッチ前を護るために集結します。
 それら女傑たちの、反射的に発した裂帛の気合いにほぼ重なって、
「フリーズ!!」
 正体不明の威圧声が、カーゴ室に響き渡ります。
 おこた直近に取り残されてしまった男どもが、呆然と顔を上げますと――長銃型のブラスターを構え、四方八方を威嚇している数名の人影は、どうやらヴァルガルム兵のようです。
 まあ現状それ以外に考えられないわけですが、それでも一瞬迷ってしまったのは、彼らが見慣れた軍服姿ではなく、なんじゃやら剥き出しの素子類に彩られた、奇妙なスペース・ウェア姿だったからですね。
 上長らしい精悍な狼男が、再度声を張ります。
「フリーズ! お静かに! 我々は撃ちたくない!」
 なかば怒声ながら、必ずしも暴力的ではなく、むしろ説得力に満ちた声です。
 もとよりこちんこちんに固まっている男どもの中、
「――無礼者」
 星猫さんは、お顔にへばりついたお饅頭のアンコやお蜜柑の汁を、猫らしくぷるぷると振り払い、
「他家の団欒を土足で蹴散らしておいて、お静かに、とは笑止千万」
 これまでの影の薄さを払拭してしまうような、完璧な天地茂顔と天地茂声で、真っ向から兵士たちを睨みつけ、
「猫を殺すと七生祟るぞ。もっとも、吾輩を殺せればの話だがな」
 さすがは不死身の猫又さん、たいがいのことでは動じません。
 MF号へのハッチ前から、お嬢様方が、星猫さんに目で問います。
 ――シメますか?
 加速モードを使えば、生体武甲兵も敵ではありません。
 ――まあ待て。まだ手の内を晒す時ではない。
 星猫さんはお嬢様方を抑え、兵士たちに続けます。
「ともあれ、楽に制圧可能なこの状況で発砲しないところを見ると、口を使いに来たのだろう。まずは姓名階級を名乗れ」
 敵のリーダーも、この一見メタボで愛嬌勝負っぽい猫型生物が、見かけによらず船内最長老と察し、
「ヴァルガルム警邏軍六五三〇八五六七七方面隊所属、ヘンリック・オルセン中尉と申します」
 さすがにブラスターは片手で保持したまま、しかし丁重に敬礼します。
「うむ。吾輩は――」
 星猫さんは、言葉に詰まります。今のところ自分を特定する固有名称は、優子ちゃんが幼稚園のときに命名してくれた、アレしかありません。
 でもまあ、相手に日本語のニュアンスが判るはずもないので、
「――『にゃーお』。いや、正しくは『にゃーおちゃん』」
 案の定、オルセン中尉は、相手の貫禄に見合った異国風の姓名と解釈したようで、
「ニャーオ・チャン――それでは、ニャーオ・チャン殿」
「うむ」
「大統領閣下ご自身と、お話しください」
「――大統領本人?」
 オルセン中尉は部下に命じて、背嚢からひとつの小型機器を取り出させ、床に設置します。
 機器の作動に応じて、死角のないテレビ前あたりに、人型の映像ノイズが明滅し、
「――初めまして」
 兵士たちとは違った意味でしこたま場違いな、正装の大統領が実体化します。
「現ヴァルガリア共和国大統領、テュール銀河群星間連合事務総長、レンオアム・フォン・リントヴルムと申します。以後、お見知りおきを」
 これが噂に聞くヴァルガルムの頭目か――一座のほとんどは、その威風に圧倒されますが、
「なんだ、影ではないか」
 星猫さんは、鼻白みます。
「自分だけ安全圏から3D演説とは情けない」
「どうか御容赦を。なにぶん、自分ひとりの覚悟では死ねない身ゆえ」
 大統領が、さりげなくめいっぱい自讃しますと、
「なるほど。それは、まんざら嘘でもないのだろうな。聞くところによれば、もはやヴァルガルム文明は肥大化の極み、いつ内部分裂を始めてもおかしくないらしい。現在のカリスマが腹芸に長けていればいるほど、消えたとたんに大崩壊が始まるだろうよ」
「お褒めの言葉、痛み入ります。しかし保身だけが理由ではありません。この軍事投影回線は、いかなる手段をもっても傍受不可能ですので、トップ・レベルの極秘会談――ホット・ラインには最適なのですよ、ニャーオ・チャン閣下」
 大統領は、『閣下』という便利至極な敬称で、正体不明の長老を持ち上げます。
 星猫さんは、見透かしたように、
「さすがに一国の主、そつがないな。確かに吾輩とて、貴様らヴァルガルムと無縁ではない。しかし、どうで遠い昔の話。貴様らの存在など、正直、忘れてしまいたいのだが――ウルティメット一族のほうには、海山の恩義があるのでな」
 星猫さんの声に、化け猫らしい凄味が加わります。
「嫌と言っても関わらせてもらおうよ」
「……どうか、お手やわらかに」


     4

「しかし、ヴァルガルムも器用になったものだ」
 星猫さんは、油断なく控えている兵士たちを見やり、
「瞬間移動《テレポーテーション》――すなわち生身で通過可能なマイクロ・ワームホールを生成できるのは、吾輩くらいだと思っとった」
 実際は『ユウの柩』内限定の技なのですが、そこいらへんはハッタリです。
 大統領は、それがこの猫又のハッタリにせよ、原理的に正鵠を射ていることに驚き、
「――実戦に投入するのは、今回が初めてでした。距離的にも最長記録でしょう」
「これ以上の長距離移動は、やめとけ。どこをどうやっても生身が保たん。尾頭付きで送った兵隊が、ツミレになって届くぞ」
「ご忠告、ありがたく」
「すると外の闘盤とやらも、隠しきれない重力場の乱れを、カモフラージュするためだな」
 星猫さんの言葉に、宮小路さんと久我さんは、悔しげな視線を交わします。
 あの空母上の見慣れぬ機械と、宇宙空間の気の乱れ――やはりあれが予兆だったのか。
「それもありますが、たとえ相手が無頼の徒であっても、民間人の犠牲者は極力出したくありませんから」
 大統領は、あらためてカーゴ室をくまなく見渡し、
「しかし、このような錚々たる方々が、こちらにお揃いとは思いもよりませんでした。できればわたくしも、生身でお伺いしたかった」
 一座の面々は、首を傾げます。タカ一家――ウルティメット王朝の末裔一家はともかく、他にそんな重要人物が、この場にいるだろうか。
 大統領は、後尾の荷役扉からガンつけしているトモに、なぜか親しげな笑顔を向け、
「宇宙物理のトモ・ナーガさんですね」
「……お前みたいなエラ物、縁もゆかりもねーぞ」
「直接お会いしたことはありませんが、何度か直筆の書状を送らせていただいたのですよ。シルフォン研究の第一人者として、ぜひとも我が国にお迎えしたいと」
「あ、そっちの話ね」
 トモは、いきなり納得し、
「そう言や昔、そっちの大使館から、お歳暮だのお中元だの、ずいぶんもらったっけなあ。悪《わり》い悪《わり》い。みーんなタダ食いして逃げちまった。いや、送り返そうとは思ったんだよ。でもほら、俺、ナマモノばっかし好きだろう。カラスミとかアンキモとか、送り返してるうちに腐ってもなんだし」
 そうか、こいつは出るとこに出りゃ大学者なんだよなあ――他の一同も、納得します。
 大統領は鷹揚に笑い、次に、なぜかクーニに会釈して、
「お会いできて光栄です、クーニ・ナーガさん」
「え?」
 天女隊の後ろで、のほほんと成り行きをながめていたクーニは、とっちらかります。
「お、俺?」
「大宇宙の『鉄の乙女《アイアン・メイデン》』――風聞に違わぬ美丈夫、いや失礼、麗しいお嬢さんでいらっしゃる』
「え? それも俺? いや、通り名は合ってんだが……おまい、目ぇ大丈夫か?」
「三年前、シェラザードでのご活躍は、我が軍でも伝説化しておりますよ」
 他の狼兵士たちも、こくこくとうなずきます。
 ちなみに、今回の作戦に導入された瞬間移動技術は、元をただせばクーニの得意技、超こまぎれ迷路状ワープ走行を参考に開発されたものだったりします。
「あ、そっちのほうね。走りっぷりの話ね。いや、びっくりした。やめろよ美人とかなんとか、ミエミエの世辞は」
 クーニは袖をまくり上げ、
「ほら見ろ、サブイボ立っちまった」
 マジに二の腕まで鳥肌ブツブツになっております。
「お追従で世渡りできるほど気楽な稼業ではありませんよ、ヴァルガルムの政治家は。口にしない本音も多いにしろ、口にすることは全て本音です」
 大統領が真顔で返すので、困ったクーニは、技師さんたちに視線で問います。
 ――マジかいな?
 技師さんたちは、ぷるぷると頭を振ります。
 ――世辞だ世辞。
 まあ、異種生物による美的評価や当人の自覚とは別状、二足歩行の哺乳類から見れば、クーニだってなかなかの麗人なんですけどね。
 とりあえずそれはちょっとこっちに置いといて、
「そして――セイザ・カータ殿下」
 大統領は、炬燵のセイザ・パパに、かつてない最敬礼を見せ、
「お会いできる日を、心待ちにしておりました。御家族ともども、ご健勝で何よりです」
 カータ夫妻は無言のまま、あっちとこっちで、ただうつむいております。
 タカはきょとんとして、なんだかとっても困ってるっぽいパパとママや、悪者にしてはちっとも怖くないっぽい立派な狼男さんを、きょろきょろと見比べます。
 大統領は、あくまで真摯に、
「まず初めに、ぜひとも解いておかねばならない、重大な誤解があるようです。数億年前のテュール銀河軍事クーデター以来、代々のヴァルガルム政府が、逃れたウルティメットの子孫を粛清し続けている――そんな風聞が、一部の考古家の間で、まことしやかに語り継がれております。そして、現在密かに漂泊中のウルティメットの方々も、どうやらそう信じておられる。しかし、それはまったくの虚偽」
 セイザ・パパは無言のまま、曖昧にうなずきます。信じていることを肯定したのか、虚偽であることを納得したのか、それはヨシア・ママ以外の誰にも悟れません。
「――おおそれながら、大統領閣下」
 過去の伝説に明るいヒッポスは、つい口を挟みます。
「少なくとも『まったくの虚偽』ではございますまい。わたくし、名も無き一介の吟遊詩人ながら、若い時分、長くテュール銀河群外周の星々をさすらい、民間伝承を採集いたしました。その際、歴史的事実と確信できる太古の粛清の名残を、少なからず見聞いたしましたが」
 考古学者のコウも、強く首肯します。
 大統領は少しも動ぜず、
「確かに革命後ほどない時期、不幸な感情的軋轢による不祥事があったのは、残念ながら事実でしょう。しかし、それはあくまで動乱時代、今となっては古代史上での話。少なくとも汎宇宙標準歴制定以来、つまりこの三千年に限っては、絶対に虐殺行為などなかったと、天地神明にかけて断言できます」
 するとクーニが、めいっぱい皮肉っぽく、
「おいおい、フカシこいてんじゃねえぞ。俺なんか、こないだタカを抱えてたら、いきなしそっちの兵隊にブラスターぶっ放されたぞ」
 大統領は、やはり動ぜず、
「その部隊から詳しい状況を報告されておらないので、即断はいたしかねますが――おそらくその際、ブラスターはあくまであなたに向けられたものであって、けしてタカお嬢さんにではなかった――違いますか?」
「…………」
 クーニは、狸の星での騒動を逐一思い起こし、
「……そう言や、そうか。うん、確かにそうだった。悪《わり》い悪《わり》い。早合点しちまった。どうか先を続けてくれたまい」
 おいおい、自分が的だったんなら、もっと怒れよ――一座の面々のみならず大統領自身も、クーニの脳天気さに、ちょっと呆れたりします。
「ともあれ現在の我々の目的は、あくまで過去の贖罪であり、先住民族の保護に他なりません。現にヴァルガリアでは、過去に保護されたウルティメットの子孫の方々が、立派な独立区を築いておられるのですよ。ですから私としては、ぜひカータ殿下御自身に、その事実を確認していただきたい。つまり、益のない逃亡生活よりも投降そして和解――その上で民族の再生を期するのが、ウルティメット王朝の正統な後継者であらせられるカータ御一族にとっても、最善の道と信じます」
 大統領の誠実そうな容貌にもよるのでしょう、一座の多くのメンバーは心を動かしかけておりますが、
「肝腎の本音が抜けておるぞ」
 星猫さんは、渋面を弛めず、
「どうやら貴様らの真意がつかめた」
 トモも、例の探知機を取り出し、
「やっぱ、これだろ?」
 スイッチを入れ、タカたち方向に突き出しますと――ぴーこんぴーこん、ぴぴぴぴぴぴぴぴ。
 大統領は、動揺します。
「それは……」
「俺様印の超小型シルフォン反応測定器だ。まだまだ改良の余地はあるが、あんたらの使う検知器より、ケタむっつは感度がいい。仮にも全宇宙制覇を狙う大統領閣下様なら、言ってる意味はわかるな。つまり事実上、現在最上等のスペシウム鉱検知器でもある」
 星猫さんが、後を継ぎます。
「リントヴルムとやら、貴様の口にしたことが全て本音なら、口にしていない本音も明らかだ。貴様らは確かに殺すためではなく、生かすためのウルティメットを探し求めていたのだろう。しかし、これまで探し当てたウルティメットは、どうやら貴様らのお眼鏡にかなっていないらしい。長い逃亡生活のうちに種族的体質が変化したのか、あるいは初めから、王統という血筋の問題であったのか――」
「――そこまでご推察であれば、これ以上の説明は無用でしょう」
 大統領は腹をくくったように、カータ夫妻、そして一座を見据え、
「御一家が無抵抗で投降してくださるなら、他の船も含め、関係者全員の安全を保証いたします」
 横のテレビでは、いつの間にやら試合中継も終了し、やくたいもない宇宙通販番組が、一週間で三トン痩せられるダイエット食品などを、もっともらしく勧めております。最外周の野次馬連中も、おそらく官憲によって、慇懃無礼に排除されつつあるのでしょう。
「三十分、いえ、一時間お待ちしましょう。皆様で、じっくりご相談ください」
 丁重な会釈とともに、大統領の姿が薄らぎます。
 予想以上に賢しい連中が揃っているらしいこの場、ここで含みを持たせたまま、いったん消えるのが得策――そう判断して、大統領が速やかに消えようとした、そのとき――。
「えと、あ、あの……」
 なんだかとっても恥ずかしそうな、つつましい、しかし誰にも看過できない性質の響きが、大統領を呼び止めます。
「お待ちください、リントヴルム様」
 大統領も、なにがなしその声を聞き流せず、再び姿を明瞭にします。
 カータ母子の後ろから、じっと自分を見つめている、ひとりの少女。
 この船に複数の少女型古代機械体(推定お買い物係)が同乗していることは事前に判っており、現に炬燵の向こう、クーニやカータ母子の前にずらりと並んでいるわけですが――それらとは明らかに、なにか違う。存在感そのものが違う。
 大統領は、少女の気品に、なかば圧倒されながら、
「……お名前を伺ってもよろしいですか?」
 白百合隊の皆様が、ぴくり、と緊張を高めます。
「三浦優子――ユウコ・ミウラと申します」
 大統領の目に、怪訝の色が浮かびます。
 以前にもご説明したように、この時代の汎宇宙言語において『ユーコ』は、古代ガイアにおける『クレオパトラ』や『楊貴妃』あるいは『小野小町』といったニュアンスの代名詞ですし、さらに『ミウラ』という姓までくっついてしまうと、『クレオパトラ七世フィロパトル』ほど高名ではないにしろ、古代史にまつわる特定の人名に他なりません。
 名乗ってしまったのなら、どうせのこと徹底しておこう――星猫さんが口を添えます。
「貴様は、あの頃の古代史にも明るいようだ。ならば、記憶のどこかに残っておるのではないか? ウルティメットの大エクソダスに際し、行動を共にした客分があっただろう。伝説上では『眠れる星の柩』と呼ばれておる」
「……『ユウの柩』?」
「そう。超古代ガイアに端を発する、眠り姫伝説だな」
「しかし……あれこそ単なる伝説、神話にありがちな美的挿話であって、実際に数十億年の眠りを保つ高等生物など……」
「ところがどっこい、事実は小説よりなんとやら、なのだよ。のみならずこの世界には、眠り姫どころか、ずーっと起きたまんまでその伝説につきあい続けたバケモノが、きっちり実在したりする」
「……『星猫』?」
「はいな」
 星猫さんは、にんまし、と笑い、
「ぶっちゃけ吾輩、当年とって五十六億二千万とんでとんで……確かな生年は忘れちまった」
 いくらなんでも有り得ないだろう普通――懐疑を深める大統領に、
「ま、一介の部外者に、信じろというほうが無理か」
 星猫さんはあっさりと、
「ともあれ、お目ざめ間もない我が百万石のお姫《ひい》様が、畏れ多くも、貴様ごとき公僕に直答を求めておられる。よくよく心してお答えしろ」
 などとめいっぱい持ち上げられてしまった優子ちゃんは、それこそ桁外れの風情で、頬を染めます。
 ――ぽ。
 大統領は、絶句します。
「…………」
 もしも『ぽ』というオノマトペが『ぽ』ではなく『どーん!』とか『ずーん!』だったりしたら、『!』が最低十個は並んでくっつきそうな破壊力に、大統領はたじたじと後ずさり――まあさすがに百戦錬磨の政治家のこと、そこまでは自失しませんが――たとえば、まだ汚れなき狼少年時代、初恋の狼少女に出会った際のサドン・インパクトよりも推定ひゃくまん倍は強烈な『きゅううううううん』などという胸の疼きを、心ならずも自覚してしまったりします。
「…………」
 そんな大統領の原初的希求、いわゆる『男の性《さが》』を、婆あ心で敏感に察知した白百合隊の皆様は、してやったり、とうなずき合います。
 ――落ちましたわね。
 ――はい。それはもう、ずっぷしと。
 ――優子様の御前では、いかなる餓狼もチワワのくーちゃん。
 ――さあ、このお方の、底知れぬ力を思い知るがよい。
 とまあ、外野の大仰な反応を知るや知らずや、育ちが良すぎてやや天然ぎみの優子ちゃんは、いつものかわゆい鈴虫声で、
「あの、リントヴルム様、さきほど『無抵抗で投降してくださるなら』とおっしゃいましたが……もし、わたくしどもがそれを望まないときには、どうなさるおつもりなのでしょうか」
 などと、言わずもがなのことを、ちまちまとお訊ねします。
「あの、あの……それがわからないと、皆で相談しろとおっしゃっても、わたくし、どう相談していいものやら……」
 大統領は、ちょっと信じられないものを見るように、ぽかんと目を見開いております。困ってしまってわんわんわわん――いえ、困ってしまってがうがうがう、そんな感じでしょうか。ふつう、言わなくとも解ってもらえるはずなのですね。わざわざゴツい武装兵士の群れを送りこんだのですから。
 また、困ってしまったのは大統領ばかりではありません。昔から優子ちゃんという深窓ズブズブ乙女の言動パターンを熟知している星猫さんや白百合隊の皆様を除けば、その場のほぼ全員が、こりゃちょっと困っちゃったなあ、そんな顔をしております。
 星猫さんは大統領に、にやにやと意地悪く笑いかけ、
「――だ、そうだ。直答を許す。さあ、キリキリお答えしろ」
 しかし、よほど無教養なゲス野郎や加虐性のキ●ガイでもない限り、加害者が被害者に、これからの迫害予定など、面と向かって言えるものではありません。そうした生臭い駆け引きに際しては『空気嫁』、つまり『腹芸』に頼るのが、良識ある脅迫者の心得ですものね。
「…………」
 大統領は、言葉に詰まります。
 見かねたヒッポスが、口を挟みます。
「……えー、ユウ様」
 別に大統領に同情したわけではなく、あくまで交渉の停滞を回避するためなのでしょう。
「えー、こうした状況で、圧倒的武力を誇示しても相手の降伏が望めないならば、やはり実力行使に移るしかないのではないか、とまあ、そう思われるのですね。つまりその、彼らとしては、カータ一家さえ無事に拉致できれば、あとの我々は蜂の巣でも丸焼きでもいいわけで」
 大統領も兵士たちも、沈黙をもって肯定します。――はいはい。でもそれなしで済めば、お互いラッキーですね。
「あ、でも俺なんか、ちょっとやそっとじゃ蜂の巣にも丸焼きにもなんないぞ」
 ロックヘッドさんが、ざーとらしく主張します。
「俺、石だもん」
 白百合隊の皆様も、はいはいと手を上げ、
「わたくしども、超合金でーす」
「おお、それは困ったことだ」
 星猫さんが、大袈裟に顔をしかめ、
「となると、問答無用で木っ端微塵に吹き飛ばすしかないのではないか?」
「うわ、やだなあ」
 ロックヘッドさんは、ざーとらしく嘆きます。
「この歳でジャリに戻りたくねえなあ」
 もはや皆さん半分面白がって、とゆーかヤケクソで、しゃっちょこばったヴァルガルム勢をおちょくっているわけですが、
「……そうなのですか?」
 優子ちゃんはあくまで真摯に、大統領を見つめます。
 大統領は、窮します。
「…………」
 ああ、愚民相手の低級映画の悪役のように、「おとなしくウルティメットどもを差し出さねば、貴様ら皆殺しだぞ」とか「この身勝手なウルティメットどもめ、自分らの自由のために他人まで巻き添えにする気か」とか、無自覚無教養無神経な科白を、思うさま吐けたら――。
 しかし、選良としての自負と、輝くばかりの聖処女を前にした男の純情が、それを許しません。
「…………」
 無言の肯定を続ける大統領に、
「――いけないと思います」
 優子ちゃんは、哀しげな瞳で、きっぱりと言いきります。
「それは、とっても、いけないことです」
 いやまあ確かに貴女の立場として充分いけないのは私も重々理解しておるのです――大統領は、思わずこくりとうなずきそうになるのを、かろうじて自制します。
 天女隊の皆様が、力強くうなずきます。
 ――思い知ったか下郎。このお方の『正論』に、抗える敵はいないのだ。このお方は、微風にも揺らぐ蒲柳の質でありながら、ただ清く美しい『正論』だけを武器に、青梅市立××中学を実質支配していたのだ。まあ『正論』である以上に、貴子様とは違った意味での『スッコ抜け』、あるいは邦子様とはタイプ違いの『問答無用』かもしんないけど。


     5

「…………」
 ここは何か気の利いた一言を残して消えねば今後のシメシがつかない、と、無言のまま暗中模索する大統領に、
「はーい」
 今度はトモが手を上げ、
「ちょっと話は変わるけど、俺も訊いていいか?」
 あ、話を変えるの大歓迎――大統領は、もっともらしく襟を正し、
「こほん――お伺いしましょう」
「ユウの話とは、なんかちょっと逆なんだけどな、俺ら、マジ無抵抗で全員投降したら、俺らはともかく、タカたちはどうなる?」
「ですから我が国の独立区で、ウルティメット文化の再生を――」
「あのなあ、そりゃ、そこの猫様や俺が、ネタバレする前のタテマエだろ」
 トモは、遠慮なくツッコみます。
「ぶっちゃけ、ここまでのあんたらの法外な掛かりと、タカたち三人ぶん程度のスペシウムで、天秤が釣り合うのか?」
「なるほど。言われてみれば、そのとおり」
 星猫さんも加勢します。
「たとえスペシウムがどれほどのエネルギーを秘めていようと、とうてい懐勘定が合うとは思えんな」
 藪蛇の波状攻撃に、大統領は焦りの色を濃くします。
「…………」
 トモが、とどめを刺します。
「ズバリ、あんたら、ウルティメットを養殖する気なんじゃねえか?」
 大統領の顔に、さしもの『腹芸』でも抑えきれない、内心の歯噛みが浮かびます。
 このシルフォン研究の権威を、絶対に野に放つべきではなかった。いかなる手段を講じても、早期に我が陣営に引きこんでおくべきだった――。
「養殖?」
 ロックヘッドさんが首をひねりますと、
「……なーる」
 トモではなく、ヒッポスがつぶやきます。
「アレだよ、ロックの旦那。お前さんがたが宇宙中運び回ってる、四角豚とか宇宙鯨とか」
 根っから人情派のロックヘッドさんはピンとこないようですが、百足技師さんや芋虫技師さんは理系らしく冷静に理解し、こくこくと頷きあいます。
「なあるほど。ヴァルガルムの汎宇宙覇権は、なにも軍備だけが能じゃねえ」
「むしろ汎宇宙需要の大半を占める食糧輸出がキモだ」
 ロックヘッドさんは、まだ話が飲みこめず、
「って、まさかウルティメットを食うわけじゃあるめえし」
「生産技術の話だよ」
 トモが説明します。
「四角豚も宇宙鯨も、今どきは九割九分九厘、養殖モノだろう。養殖っちゃ聞こえはいいが、ぶっちゃけ大規模バイオ・プラント生産、つまり優良食用種のクローンを工場生産してるわけだ。生物学的な雌雄生殖に頼ってたんじゃ、とても需要に追っつかねえ」
「え? それってつまり……」
 ロックヘッドさんは、絶句します。
 ふだん運搬している大量の食用四角豚が、元をただせば人為的に四肢を退化させたクローン豚であることは、ロックヘッドさんも承知しております。また、牧星と呼ばれる多くの星が、牧場とは名ばかりの巨大な工業施設に覆われており、その中では何億何兆もの四角豚が、一メートル四方ほどの四角いカプセルにぎっしりと詰めこまれ、顔だけ出してぶいぶい啼いていることも。
「まさか……アレ式でタカたちを増やそうってのか」
 見るからに『厭あな』顔をする一同に、トモが補足します。
「まあ箱詰めで養殖するってこたあなかろうが、要はヴァルガルムの技術なら、やろうと思や、どんな高等生物でもクローニングできるってことだ。そしてそれ以外、現時点でスペシウムを大量生産する手段があるとは、俺にゃ思えねえ」
 マジ、そこまでやるか人狼帝国――。
 畏怖だか嫌悪だか判然としない一同の視線を一身に浴びた大統領は、もはやこれまで、と居直ったのか、
「――けして非人道的な扱いはいたしません。むしろ恵まれた一生をお約束しましょう」
「世迷いごとぬかすんじゃねえ」
 クーニが、吐き捨てるように遮ります。
「ゾウリムシじゃあるまいし、人の子は母親が生んで育てるもんだ」
 トモも畳みかけます。
「だいたいどんな生産現場だって、歩留まり十割はありえねえだろう。ちなみに四角豚だと、コンマ2パーは出荷不適合でナニされてるな。たまには一工場ぶんまるまる生育不良なんてポカもあるぞ」
 ヒッポスが首を傾げます。
「でもクローンなんてのは、髪の毛一本、血の一滴でもあれば、なんぼでも増やせるんじゃなかったか?」
 技師さんたちは呆れたように、
「これだから文系さんは」
「考えてもみろ。まったくおんなし子牛が二頭生まれたって、まったくおんなしサシ模様の霜降りがとれると思うか?」
 浪漫頭のヒッポスも、さすがに即答します。
「絶対無理」
「そう。イキモノ全ては理屈で生まれ理屈で育つ。でも育った結果は、何千何万の理屈のタペストリーなんだよ」
 トモが、やや悩ましげに、
「……とっくに試してると思うぜ、それ」
 一同が怪訝な顔をしますと、
「ここまでしつっこく追っかけてる間に、髪の毛一本くらい、なんぼでも拾えただろう」
 と、ゆーことは――。
 一座に、ひゅるるるると、精神的な寒風が吹き抜けます。
 星猫さんが、うめきます。
「……なるほど。吾輩も、まだまだ甘チャンだ。そのタペストリーを織るためにこそ、是が非でもオリジナルが必要なのだな」
 一瞬、大統領が目を逸らしたように見えたのは、けしてクーニの凶眼がこたえたわけではなく、むしろ優子ちゃんの視線に耐えかねたのでしょう。
「……そうなのですか?」
 それは反撥や敵意ではなく、思いつめた、悲愴な、もはや憐憫に近い目差しです。
「あなたたちは……そこまで……」
 大統領も、あくまで強者を自負するヴァルガルム民族として、弱者の憎悪や敵意などは歯牙にもかけません。ですが、その弱者に憐れまれてしまったら――必ずしも強者が上位であるとは限りません。
 大統領は、いっさいの外野を無視し、沈黙を保っているセイザ・パパひとりに目を合わせます。
「――カータ殿下。さきほど申し上げたとおり、一時間お待ちします。どうかウルティメット王朝の正統な後継者として、くれぐれも賢明なご判断をお願いします」
 仮面のような顔で一礼し、姿を消す大統領を、こんどは誰も呼び止めません。
 ただオルセン中尉ら特命隊の面々だけが、頑なに故国の正義を信じ、敬礼で送っただけです。

     ★          ★

「……ちょいと追いこみすぎたかなあ。いきなり出張って来たもんで、ズケズケ本音を言っちまった」
 トモは自分の頭を小突きながら、クーニに訊ねます。
「適当に油断させといたほうがよかったか? 姐御」
「いいさ。どのみち、ここはもうツッパるしかねえ」
 クーニの言葉に、ヴァルガルム特命隊の面々が色を作し、すちゃ、などと銃器を構え直します。
「――つっても、これじゃ動きようがねえか」
 クーニは苦笑し、オルセン中尉に向かって、
「親方が相談しろって言ってんだから、みんなで寄り合うのはかまわんな」
 中尉はうなずき、
「くれぐれも胡乱な動きは慎んでください」
 おーこわ、とか、剣呑剣呑、などと一部脳天気につぶやきながら、民間人一同、元どおり、おこたの周囲に集合します。
 ヴァルガルム兵の面々は分散して、大金剛号のコクピットや、合体中の二機への通行を封じ、
「それから――失礼ながら、ユウ様」
 部下一名とともにMF号側のハッチ前に立ったオルセン中尉が、優子ちゃんを指名します。
「恐縮ですが、あなたはこちらへ。わたくしの直前にお立ちください」
 うわ卑怯、とか、いい度胸をしておるな、とか、だから狼男って嫌いなんだ俺、とか、男どものブーイングが重なります。
 健気にうなずいて歩み出す優子ちゃんに、天女隊のお嬢様方も続こうとしますが、
「いえ。ここは、お一人で」
 オルセン中尉は、長銃をもって制します。
 彼も馬鹿ではありませんから、一見か弱げな少女たちでも、明らかに宇宙空間対応の機械体を人質にするような愚は犯しません。もとより腕力ゴリラなみのクーニやトモもパスです。ならばヤワそうなメタボ猫やニブそうな河馬でもいいのではないか、と言われてしまうと、ちょっと困ってしまうんですけどね。
 天女隊の皆様は、内心で舌打ちします。さすがに優子ちゃんを楯にされては、加速モードでの急襲もままなりません。
 おこたを囲んだ一同に、クーニは手振りで指示します。
 ――もっと固まれ固まれ。
 一同が身を寄せ合うように密着しますと――もっと、くっつけくっつけ。
「……まだくっつくのか?」
 ヒッポスが、星猫さんの隣でぼやきます。
「にゃーお様のご立派な髭が、腕にチクチクしてたまらんのだが」
 星猫さんの反対側の隣では、ママに抱かれたタカが悶絶しております。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
 似たような座高なので、お髭の先がほっぺを直撃してしまうのですね。
 星猫さんは極めて不本意げに、お髭をだらりと垂らします。
「なんだか知らんが、ちゃっちゃと話せ」
 髭を垂らすと年寄りくさく見えるのを、気にしているのでしょう。
 クーニは一座を見渡して、三方の兵たちと充分に間合いがとれたのを確認し、
「……リンピョウトウジャカイジンレツザイゼン!」
 いきなりちゃっちゃと九字を切ったのち、
「――ウンタラターカンマン、不動明王〜〜とくらぁ!」
 習い覚えたばかりの真言をイッキに唱えますと――
 ぬぼ!
 果然出現する異形の巨人――と思いきや、カーゴ室の屋根を突き抜けて登場したのは、半透明の、ぶっとい二本の腕だけです。
「はいな」
 大金剛号のコクピット側で警戒していた兵士たちを、まとめて右手でわしづかみ、
「ちょちょいとな」
 左手では、後尾荷役扉前、つまりトモのトラック側にいた兵士たちを掬い上げ、
「せーのぉ――」
 などと力を貯めたのち、両腕を、あっちゃこっちゃの外方向に思いっきり引っこめます。
 生身の兵士たちは、なにかと非常識な仏様と違って物理法則をシカトできませんから、
 べん!!
「ぐえ」
「わひ」
「きゅう」
 壁を抜けられずに直撃激突、ばらばらと床に散らばります。
 一座の非力な男どもも、失神した兵士なら怖くないので、わらわらと取りつき武器を奪います。
 間髪を入れず、再び壁から不動様の腕が突き出され、
「あらよっと」
 MF号ハッチ側の残り兵士を捕獲しようとしますが、
「ぬう!」
 オルセン中尉だけは、そのぶっとい指の檻を機敏に逃れ、優子ちゃんを横抱きにして跳び退ります。
「おのれ妖物!」
 さすがは厳選された特命隊長、驚愕しつつもビビりません。
 クーニやトモや天女隊の皆様は、すでにオルセン中尉の目前まで迫っておりますが、
「フリーズ!」
「……くそ」
 肝腎の人質を温存されては、それ以上近寄れません。
 しかし――。
 オルセン中尉の選択には、大いなる誤算があったのですね。
 横抱きにされ、頬に長銃を当てられた優子ちゃんの円らなお目々に、なんじゃやらお嬢様離れした、スルドい光が宿ります。
 ――襟元に隙が!
 見かけこそ青梅時代と変わらぬ小柄で華奢な体躯ながら、優子ちゃんは当時の邦子ちゃんをも凌ぐほどの瞬発力で、ひらりと身を翻します。
「せいっ!」
 愕然とするオルセン中尉の背後に回り、その肩口から鋼の発条のごとく片腕を入れ回し、一方の腕は脇の下から突き入れて、それぞれ反対奥方向の襟をむんずとばかりに掴み取り――ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりっ。
「おお!」
 星猫さんが感嘆します。
「【送り襟絞め】ではないか!」
 激しく抵抗するオルセン中尉の襟元を、優子ちゃんはさらにギリギリと捻り上げつつ背後に引き倒し、
「どぅおすこいっっ!!」
 渾身の力をもってがばりと反転、覆い被さる形で寝技に持ちこみます。
 がっしりこ!
 天女隊の皆様が、恍惚と叫びます。
「これも綺麗に決まった!」
「【片羽絞め】!」
 そう、解凍過程で施された種々の最先端医療、そして体内に残された無数の賦活用ナノマシンによって、優子ちゃんは心身ともに、いつでも『どすこいモード』にチェンジ可能だったのですね。
 まあ一般的な表現をすれば、花も恥じらう女子中学生が働き盛りの男を押し倒し、大股開きのガニ股状態でむしゃぶりつき、かつ鬼のようにシメ上げているわけですが――この期に及んでも純粋培養深窓淑女、例によって純白の姫ワンピの裾はやや乱れたなりにあくまでエレガンスな弧を描き、けして太腿を衆目に晒したりはいたしません。
 ああ、これこそが清く正しい大和撫子のシメ姿――。
 清丘さんなどは、もはやはらはらと感涙に咽んでおります。
 他のお嬢様方も、ぷるぷると拳を震わせます。
 そーゆー軍国の犬は容赦なく奈落の底に落としてくださいませ優子様――。
 ちなみにオルセン中尉さんご本人は、ひっくりかえった蟹のようにアブクを吹いてオチながら、なぜか、微妙に満ち足りた微笑を浮かべたりもしております。
 ――ああ、これはこれで、なんかちょっとシヤワセかもしんない。
 生涯ド硬派をもって鳴るヴァルガルム職業軍人のこと、可憐なU15娘のホットな息づかいや胸の鼓動を肌で感じる機会など、ふつう、死んでもありえませんものね。

     ★          ★

 無我夢中でシメ続けること、しばし――
 優子ちゃんが、はっ、と我に返ります。
 眼前では、白目をむいたオルセン中尉が、泡を吹きながらひくひくと痙攣しております。
 あまつさえ――のしかかってその首をシメているのは、どうやら自分っぽいではありませんか。
「…………?」
 まんま固まってしまう優子ちゃんを、
「んむ。みごとな技だ」
 腕組みをしたクーニが見下ろし、
「俺がおまいに教えてやれることは、もう、なにもない」
 ……うひゃあ!
 優子ちゃんはオルセン中尉の襟を取ったまま、がばりと跳ね起きます。
 一座の熱い視線が、己一身に注がれているのに気づき、
「…………ぽ」
 さすがにこの状況だと、優子ちゃんの『ぽ力《ポース》』も『萌え』を振り切ってしまい、男たちの背中に摂氏零度の冷水を浴びせたりもするわけですが、
「ぱちぱち! ぱちぱち!」
 タカは、ちっちゃなお手々で、惜しみない拍手を送ります。
「ユウ、つおいつおい!」
 クーニも満足げにうなずきながら、念のため優子ちゃんに訊ねます。
「で、トドメは刺さんのか? 三回ひねると首がもげるぞ」
 優子ちゃんの顔面が、蒼白になります。
 間の良いことに、優子ちゃんの手元では、オルセン中尉の首が、かっくん、などとあっち方向に折れ曲がったりします。
「ひ……」
 軽く失神してしまい、のけぞるように倒れる優子ちゃんのおつむを、
「おっと」
 床から突きだした不動様の指が、つん、と支えます。
「どっこいしょ」
 おもむろに全身を現した不動様は、わらわらと駆け寄る天女隊の方々に優子ちゃんを委ねながら、
「俺の出番、まだ早かったんじゃねえか? 優子だけでも十人は凌げたぞ」
 クーニはニヤリと笑いを返し、
「本チャンはこれからなんだよ」
 それからカータ夫妻に向かって、
「で、いちおう訊いとくが、あんたら投降する気はないだろ? いや、俺らやゴロツキ連中は関係ねえ。生きるも死ぬも、こっちで勝手に決める。あんたらは、ただタカのことだけ考えりゃいい」
 タカ当人は、なにがなんだかよくわかんないので、ありゃまあとりあえずどーしましょ、みたいなお目々でパパとママを見比べます。
 ややあって、カータ夫妻が、こくりとうなずきます。
 クーニも、んむ、とうなずきます。
 ヴァルガルムの真意がどうであれ、この親子、いえ、ひとつの民族がここまで永く逃れ続けてきたからには、余人の知り得ぬ大義、あるいは宿命が存在するに違いありません。
「――ロックの旦那、残った走り屋連中や雲助仲間に、こっそり連絡とれるか?」
「通信行為そのものを敵に気取られないって意味なら、軍隊相手じゃ無理だ。でも専用回線の通信内容は、ハナっから解っとらんはずだ。それなりに掻き回してあるからな」
「じゃあ俺がMF号を分離したら、即行連絡してくれ。いの一番、とにかく俺の後ろにくっつけケツに固まれ、でもぶっつくなよ、みたいな」
「まかっとけ」
 ロックヘッドさんは請け負いますが、横で聞いていたトモは首を傾げ、
「でも、囲んでる敵が近すぎやしねえか? なんぼクーニ姐でも、この距離じゃワープするほど加速できねえぞ」
 クーニは、ちっちっち、と指を振ります。
 根っから根性頼みの脳天気娘に見えても、たとえば三年前のシェラザードの戦場を、イキオイだけで突破できるはずはありません。この戦況でツッパったら敵が何を仕掛けてくるか、そうした状況判断は、誰よりも遙経験豊かです。
 クーニは、きわめて重々しい声で、
「不動のおっさんよ」
「おう」
「――かくかくしかじか」
 一座の面々は、軽くコケます。おいおい、そんなんじゃわかんねーよ。
 しかし不動様は、全てを理解しているかのごとく、
「確かに向こうはそう出るだろうが、それだとワキがスカスカだ。背中もヤバい」
「むう」
「これこれこうこう――これでどうだ?」
「んむ」
 満足げにうなずき合うふたり。
 見守る一座の面々は、今後の展開を様々に案じたり面白がったりしながら、しかしほぼ全員が、ある共通の疑問を抱いてもおります。
 この二人、いや、一人と一仏は、いったいどーゆー仕組みで意思疎通しているのだろう。『かくかくしかじか』と『これこれこうこう』、それだけの会話ですべてが解り合えるとは――いったい、どれほど深い仲なのだろう。
 でも、すでに失神から覚めた優子ちゃんだけは、幼い日々の経験に根ざすこよなき信頼感に、思わず胸を熱くしていたんですけどね。

     ★          ★

 そしてヴァルガルム軍、旗艦空母フェンリルの司令室。
 大金剛号への投影を終えた後、奇妙に物思わしげな沈黙を保つ大統領を、腹心組も軍服組も、微妙な視線で見守っております。大金剛号でいかなる駆け引きがなされたのか知っているのは、あちらに残された特命隊員だけなのですね。
 やがて、大統領が口を開きます。
「参謀局長」
「はい」
「周辺の民間人は完全に排除できましたか」
「最後の放送クルーが、まもなく警戒宙域を離れます」
「よろしい。それでは艦長」
「はい」
「反陽子ミサイルの準備を」
 念のため、この場合の『反陽子ミサイル』とは、太古に夢想された『反物質爆弾』のごとき、この世界をまるごと粉砕するようなエゲツない最終兵器ではございません。『対宙小型反陽子ミサイル』――全長二メートルちょっと、あくまで局地戦用の小型ミサイルです。しかしこれがめいっぱい破壊効率重視といいますか、攻撃目標及び至近の構造物を分子レベルまで粉砕しつくす、そんな、なんかすっげーヤな感じの小物だったりします。トンガった機能相応に高コストであり、また微妙なメンテナンスを要するため、この場では空母フェンリルしか装備しておりません。
 艦長は解せない顔で、
「あれしきの民間車両、機関砲で充分かと」
 大統領は鋭い視線を流し、
「仮に投降を拒否された場合――回収可能な肉片の一片たりとも、この場に残してはなりません」
 ウルティメット族とスペシウム鉱の関係を知る者が他国にいない以上、そして現時点でのクローニング技術の限界上、大統領の不安は杞憂にすぎないのかもしれません。しかし、そこまですべてを徹底してきたからこそ、彼も現在の地位に至れたのでしょう。
 何故にそこまで――当惑する軍服組を無視し、大統領は参謀局長に、
「残留している無法者たちに、社会的な影響はありませんね」
 参謀局長は冷静に首肯します。
「はい。情報操作で対応可能な無頼のみ」
 大統領も無表情に――いえ、依然として物思わしげにうなずきます。
 無論、無頼たちの命を気遣っているわけではありません。あちらに残った特命隊員を惜しんでいるわけでもありません。兵卒はあくまで駒、死に駒になるか生き駒になるかは局面しだいで、それをどうこう逡巡する気風など、ヴァルガルムには存在しません。
 それでは、ウルティメット族を完全に消滅させること、つまりスペシウムの生産手段を永遠に失うことを惜しんでいるのか――それも違います。先述したとおり、他の陣営の手に渡るくらいなら、惜しむ以上に消さねばならぬ両刃の剣です。
 つまるところ、大統領自身触れられぬほど深い心の底には、あの神秘的な聖少女の面影が、未だ漂っているのですね。
 生存競争という絶対的命題――しかしその奥の奥にある、牡にとっての原初的希求――もしや原女性《アニマ》。
 長い長い沈黙ののち、
〈伝説は伝説のまま――それでいい。それだけのことだ〉
 大統領が密かに諦念したとき、
「動きました!」
 参謀局長の声が響きます。
 巨大3Dモニター上では、ヴァルガルム艦船群に包囲されるその中央で、MF号とトモの軽トラが、大金剛号から離脱します。同時に全ての雲助車両や単コロもMF号の後方に密集し、MF号が発した球形の牽引力場に包みこまれます。
「特命隊は!?」
「応答なし!」
 直後、MF号は、どむ、とフルスロットルで発進します
 愕然とする大統領の耳に、あの剛勇クーニの哄笑が、幻聴となって響きます。
 わはははははは――。
 いえ、幻聴ではありません。
 通信回線でもありません。
「わはははははは!」
 クーニの声よりさらにドスの利いた肉声の高笑いが、真空の宇宙空間も幾重もの壁もシカトして、一同の耳に響き渡ります。
「おらおらおらぁ! 死にたくない奴ぁどけどけどけ〜い!!」
 すかさずモニター上に拡大表示の別ウィンドウが開きますと――真正面から一直線に、旗艦フェンリルに向かって突進してくるMF号――それを先導するように、なんじゃやらビラビラの衣装を翻した、異形にして半透明の、とてつもなく非常識な巨人。
 思わずウロの来かける大統領ですが、そこはそれ非凡の大器、一瞬にして気を取り直し、
「先導者の組成!」
「不明!」
「解析!」
「不能!」
「却下! 解析続行!」
「――推定、未知の素粒子群に形成される生命体!」
 大統領は、潮が引くように沈静します。
 新種のヒューマノイド? なんであれ意思に制御される実体だ。自暴自棄の特攻か。
「到達まで!」
「約三〇秒!」
 まだ距離はある。脅威ではない。ならば無念ながら――全てを消すまで。
「反陽子ミサイル発射!」
「発射!」
 ファンリルの艦底中央あたりから、ぼ、と閃光が走り、飛びだした例のトンガリ物件が、獲物を求めて禍々しい弧を描きます。直後、不動様御一行めがけて方向を定め、真正面から一直線に――
「どっせ〜〜い!!」
 不動様はミサイルを横抱きにして、豪快に抱えこみます。
 なんぼ半分あっち側の仏様とはいえ半分はこっち側、完全には物理法則を無視できないらしく、
「とととととととと!」
 などと喚き散らしながら、反動でMF号の後方まで弾き戻されますが、
「――と!」
 なんとか体勢を立て直し、再びMF号を追い抜きざま、
「もーらいっ!」
 どでかいマグロを釣り上げた漁師さんのように、得意げにミサイルを見せびらかす不動様を、コクピットのクーニが、ぐ、と讃えます。
 ちなみにMF号のコクピットにはクーニひとり、足手まといの一同は大金剛号に移乗したままですが、なぜか天女隊の皆様だけは、MF号の非常用ハッチ前で、姫ワンピのかたまりとなっております。
 一方、フェンリルの司令室では、
「……ありえない」
 あの不感症っぽい参謀局長までが、あが、などと顎を垂らしっぱなしにしております。
 しかし大統領は、鋭い狼の目にあくまで知の色を保ち、
「対反陽子ミサイル発射!」
 クーニ側の作戦を、一瞬に見抜いたのですね。
 ガンマンに囲まれた丸腰の逃亡者だって、相手の鉄砲玉で相手を倒せれば、逃げ道は開けます。つまり巨大空母フェンリルをまるまる消滅させてしまえば、なんの心配もなく加速してワープに持ちこめるわけです。
「他の全艦、目標先頭トラクタ、F級対宙ミサイル発射!」
 ならばガンマン側としては、まず撃ってしまった鉄砲玉を無効化し、代わりに投げ返されてもあんまし痛くない石礫をよってたかってぶっつける、そんな感じでしょうか。
 ぼ、ぼ、ぼ、ぼ――。
 包囲している艦船群から、そこそこの小型ミサイルが次々と発射されます。
「行け!」
 クーニが叫び、非常用ハッチを開放します。
「とうっ!」
「はっ!」
「せいっ!」
「やっ!」
「はいっ!」
「おいしょ!」
 各人各様六人分の黄色い叫びが、後半は真空に紛れつつも響き渡り、可憐な姫ワンピが六方へと超加速飛散します。
 お嬢様方にとっては何千年ぶりの宇宙戦ですが、『ユウの柩』を守って大宇宙を漂うこと数億年、ツブした邪魔者は数知れず、またそのコツを忘れる体でもありません。
「よ!」
「は!
「と!」
「ぬ!」
「む!」
「きゃん」
 などと、周囲あっちこっちの空間でてんでにさえずりながら、雨霰と飛び来る小型ミサイルを捕獲しては、ひねったり丸めたり、八面六臂、いえ四十八面三十六臂の働きを展開します。これもいっそ敵に投げ返したいところですが、下手に相手を爆破して破片を拡散させるとマニュアル・ワープのための加速に支障をきたしますので、あくまでくしゃくしゃポイです。
 えと、ここで念のため。
 ここまでのドンパチもここからのドンパチも、現在わたくし二代目武闘派おんなせんせいによる『語り』という性質上、どーしても話し言葉の速度でしか良い子の皆さんにお伝えできませんが、実際はほとんどの事象がコンマ何秒単位でしかも同時進行しているわけで、そこんとこ、脳内補完よろしくです。
 さて不動様は、反陽子ミサイルを抱えたまんま、フェンリルに向かってぐいぐい加速、
「高田馬場はどこじゃぁ〜!!!」
 もはや歌舞伎座の花道状態です。
 その斜め前方からは、反陽子ミサイルを検知した対反陽子ミサイルが、ずびゅううう、と弧を描いて接近します。
「とと」
 不動様は、くい、と腰を捻って避けますが、
「ぐぬぬぬぬぬ……」
 対反陽子ミサイルというシロモノは予想以上にちょこまかと姑息で、なんぼ不動様が往年のジョン・トラボルタを彷彿とさせるディスコティックなヒネリを駆使しても、フェンリル到達前に捕捉撃墜されてしまいそうです。それはそうですね。反陽子物件が当たったら怖いのは撃ったほうが一番よく知っているわけで、当然、対反陽子物件は、より優れた索敵精度を備えております。
「えーい、このくそ、ちょこまかと……」
 あまつさえ追加の対反陽子ミサイルが、フェンリルから次々と弧を描きます。
「もはやこれまで、か」
 フェンリル粉砕前に、自分だけ離脱する余裕はありません。
 不動様は腹をくくり、敵弾どもを従えて、ただ闇雲に加速します。
 MF号のコクピットで、見る見る遠ざかる不動様を見守るクーニの耳に、
「悪いな。こりゃ、いっぱいいっぱいだわ」
 そんな声、もとい不動様の意識が響いてまいります。
「予定変更。あばよ、クーニ」
「おっさん……」
「消えてなくなるわけじゃねえ。言ったろ、『お前』イコール『俺』だって。あとはお前がなんとかしろや」
 不動様の意識は、MF号周囲で活動中のお嬢様方にも、また力場内の優子ちゃんたちにも届いており、
「不動様……」
 思わず顔を伏せ、合掌する優子ちゃんの閉じた瞼から、ひと筋の涙が頬を伝います。
 と、そのとき――
 その宙域一帯を覆いつくすように、なんじゃやらとんでもねー白光が一閃し――


     6

 これは――果たして敵であるのか味方であるのか。
 そもそも、この世のものなのか――。
 フェンリルの司令室では、あの冷静沈着なリントヴルム大統領が、目を瞬きながら、こんどこそ自失しております。
 直前、目を覆わんばかりの白閃と見えたもの――それは、けして網膜を直撃するような鋭い光ではありません。フェンリルの三倍はありそうな白亜の巨体が、忽然と前方に立ちはだかっていたのです。
 強いていえば、大理石様の巨大な天使。
 その巨大天使は、出現と同時に背中の両翼を――翼長無慮一キロを越えるかと思われる白い翼を広げ、無数の白い小羽根が宇宙空間に舞い散ります。
 いえ、小羽根ではありません。一般人サイズの白い天使たちが数百体、一斉に散開したのですね。
 唖然としている大統領の後方で、若い情報捜査員のひとりが、いきなり床にひざまずき、両手を組んだりしております。
「……ノア様」
 きっと隠れキリシタン、じゃねーや、ノア教の信者だったのでしょう。
 あまつさえ、バリバリの将官のひとりまでが、
「ケルビム……あれが、ケルビム……」
 などと、恍惚の表情を浮かべていたりします。
 艦長も、ケルビムという名称には覚えがあり、気色ばんで将官に問い質します。
「あのノアの乗鞍か!」
 将官は、はっと我に返り、周囲の微妙な視線から、自分が思わずカミング・アウトしてしまったことを悟ります。
「は……あ、あの……」
「貴様がヴァルガルム軍人として行動するかぎり、ここで信教を糾すつもりはない! あの巨体がケルビムならば、散開した小型飛翔体は!?」
「……セラフィムと呼ばれる、護衛用人造小天使体かと」
「つまり空母と艦上機か?」
「いえ」
 将官は襟を正し、
「マンディリオンに属する機器類は、いっさいの攻撃能力を持ちません。しかし同時に、いかなる攻撃も通じません。そう聞いております」
 艦長は、唾棄の表情で、
「いかなる攻撃も通じない――それこそが最大の攻撃能力ではないか、愚か者!」

     ★          ★

 さていっぽう、ケルビムの反対側では、
「うわたたたた〜〜〜い!!」
 カミカゼ・モードの不動様が、突如出現した白亜の巨体に一時停止を強いられ、めいっぱいとっちらかっております。
「なんか知らんが空気嫁えぇ!!」
 ききききき、と宇宙空間にブレーキ跡を残しながら、なんとかその巨体を避けたものの、慣性の法則と反陽子ミサイルの推力によって、あさって方向の大宇宙に投げ出されます。
「あーれー!」
 そしてMF号のクーニも、
「うわたたたた〜〜〜い! なんか知らんが空気嫁えぇ!!」
 背後の牽引力場をぶんまわすように方向転換、やっぱしあさっての敵艦方向に突進します。
「あーれー!」
 さすが一心同体の間柄、やるこたいっしょなのですね。
 小回りの利くお嬢様方は、遙かな星と消える不動様の運命をちょっとだけ気に病みつつも、やっぱし優子様が最優先ですので、ばびゅーん、とMF号の鼻っ面に瞬間全員集合、
「が!」
「ぎ!」
「ぐ!」
「げ!」
「ほ!」
「ご!」
 敵艦に激突しようとするMF号を、力場ごと、必死に押しとどめます。
 相前後して、それまで不動様を追っていた対反陽子ミサイル群、およびMF号を追っていた小型ミサイル群が、勢い余って次々にケルビムを目ざします。また、ケルビム着弾を回避したミサイルの何基かは、再び方向を変え、執念深くMF号を襲います。
「あ」
「わ」
「わ」
「わ」
「ひ」
「わ」
 お嬢様方は、とっちらかります。なんぼ超加速可能でも、分身の術は使えません。
 それでも阿吽の呼吸で、八千草さんと河内さんの可憐コンビがMF号から離脱、ミサイル捕獲に回りますが、いかんせん多勢に無勢――。
 両脇にミサイル抱えた可憐コンビは、もはや破片の散開もやむなしと判断し、
「ほいっ!」
「せいっ!」
 捕獲しきれないミサイルに向かって、手元のミサイルを次々と投げつけます。
 思わず「た〜まや〜」とか「か〜ぎや〜」とか囃したくなるような大花火が、周囲の宇宙空間で立て続けに明滅し、敵艦の一部からも次々と火の手が上がります。しかし幾つかのミサイルは反撃をのがれ、MF号に向かって、なおもしつっこい弾道を描き続けます。
 可憐コンビは、ああついにMF号大爆発、でも力場内の優子様は無事だからまあいいか――などと覚悟して、きつく目を閉じますが――
「……?」
「……?」
 なんでだか、爆発しません。
 ケルビム方向でも、ちっとも爆発しません。
 不審に思った八千草さんが、恐る恐る目を開きますと――すぐお隣の宇宙空間では、八千草さんとまったくおんなしようにミサイルを抱えた天使様が、ふわふわ漂いながら、こくり、とうなずいていたりします。
 天使様といっても写実派絵画調ではなく、むしろラフな彫刻デッサン、目鼻立ちだけが見てとれる白い人造体のようですが、もし八千草さんが現役ズブズブのミッション系お嬢様だったら、思わず礼拝しているところでしょう。
 あらまあ……。
 八千草さんは、かなりドキドキしながら、きちんとご挨拶いたします。
「……ご親切に、どうも」
 いえいえ、お互い様に、お気をつけて――そんな天使様の声が聞こえたような気がしたのは、お互い、根が工場生産品だからでしょうか。

     ★          ★

 静寂の戻った、エウローペ番外宙域。
 リントヴルム大統領は空母フェンリルの艦橋に立ち、あんがい水のような心境で、眼前の光景――異様なまでに神々しいケルビムの輝きと、その周囲に侍る無数のセラフィムたちを見渡します。
 彼方のMF号と牽引力場周辺にも、天女隊のお嬢様方と幾体かのセラフィムたちが、あたかも一幅の聖画のごとく、たおやかに揺らめいております。
 完敗か――。
 武力と資本の政治形態が、精神性において汎宇宙宗教に勝てないのなら、あえて我が民族も雄々しいヴァルガルム神話を退《ひ》き、ノア教を表に立てるべきか。形だけの融和なら、それもやぶさかではあるまい――。
 大統領の背後に立つ艦長たちも、この局地戦の敗北に失意は覚えているものの、けして失望してはおりません。畢竟、大なり小なり、戦争も外交の一形態にすぎない。この聡明な大統領なら、今後もそれなりの方向に大局を導いてくれる――そう信じております。
 するうち、まるで大統領の思案を呼んだかのように、
「――失礼いたします」
 室内直前の空間から、長身の白い姿が、ふ、と一同の前に歩み出ます。
 質素な白衣を纏った、長い銀髪の、男とも女ともつかぬ、壮年のようでまた青年のようでもある、深々とした声の主は――
「ノアと申します。事後承諾で恐縮ですが、乗船許可をお願いできますか」
 大統領が、気圧されたように、たじたじと後ずさります。
 リントヴルム大統領の、そこまでの気後れ状態を目にした者は、過去、ヴァルガルム中にひとりもおりません。
 まあ艦長以下の一同も、初めて目の当たりにするノア教主の姿にしこたまビビってはいたのですが、それでも大統領ほどの衝撃は覚えておりません。何もない空間から突然人間が出現するという事態に、さほど不思議はないからですね。現に、ここにいる大統領自身、仮想相互知覚を備えた投影像であり、実体は遙か大宇宙の彼方にいるわけで。
 しかし大統領は、なお、凍りついたような顔のまま、
「なぜ、ここに……」
 対する自称ノアは、ただ穏やかな微笑を浮かべます。
「逢うべきお方がいるならば、わたくしは、この世界のどこにでも参上いたしますよ。そして今、リントヴルム閣下、あなたが逢うべきお方であると、神の御声」
 握手を求め、差し出される自称ノアの手を、大統領は、確かめたくないものを確かめるように、ぎこちなく握り返します。
 そのとき、背後に控える艦長に、ひとりの端末モニター担当員が近寄り、何やら耳打ちします。
「……実体だと?」
 つまり、ここにいる自称ノアは虚像ではなく確かに生体反応がある、そう報告してきたのですね。
 艦長は一瞬とまどいますが、いや、やはり奇跡の類ではないと判断します。現に、さきほど自らの手で、特命隊の実体そのものを大金剛号に送りこんでいるのですから。マンディリオンのテクノロジーは予想以上に進んでいるらしい、そう歯噛みするだけです。
 しかし大統領は、激情を隠しきれず、やや震える声で、
「……このような宇宙の最果てまで、ようこそいらっしゃいました」
 ようやく『現実』を受け入れたのですね。
 一種の酩酊感さえ覚えながら、大統領は、不審顔の艦長たちに、こう告げます。
「あなた方に、どう見えているかは判りませんが――この方は、確かに私と手を握り合っているのです。今ここでも、そしてΩ《オメガ》宙域第98基地――最終空洞《ラスト・ボイド》の畔にいる私とも」
 あまつさえ、その場にいる全員の直前に、ふ、と同じ姿のノアが歩みより、そっと掌をさしのべます。
「……幻術《イリュージョン》だ」
 忌々しげに言い放つ艦長の後方で、さきほど耳打ちした部下が、担当機器を前に硬直しております。
 十数人の侵入者は、いずれもが実体、そして完全に同一組成の生命体――。
「どうか、畏れずに、お手を」
 すべてのノアは、春のせせらぎのように微笑し、
「わたくしは、在って在らざる、在らざるして在る、その程度の者なのですから」




                                      〈続く〉






◎文中において、枯野迅一郎氏・作詞『おひまなら来てね』の一部を、引用させていただきました。
 

2012/10/27(Sat)03:27:38 公開 / バニラダヌキ
■この作品の著作権はバニラダヌキさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
2012年1月1日、第三部第三章前編を投稿。
1月2日、早々と誤字修正。
2月25日、第三部第三章後編を投稿。
10月22日、第三部第四章を投稿。
10月23日、少々修正。
10月24日、ちょっと穴埋め。
10月27日、せっせと穴埋め。

……すみません。
お好きなように、狸をなぶって下さい。
梅雨どころか、秋口の更新になってしまいました。
真の大団円にたどりつくのは、もはや来年のクリスマスか、再来年のお正月か……。
でも、好きになぶりまくった後で、読んだら感想くださいね。
ちなみに、前回第三章のシッポにも、ちょっとだけシーンが増えておりますので、そこから読んでいただけると吉です。
……なんて、数少ない良い子の皆さん、ここまでの話、全部忘れてるかも。
その際は、全部読み直してから、狸を半殺しにしてください。でも狸汁にしてしまうと、続きが語れないので大凶です。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。