『ケンジーズ!』 ... ジャンル:アクション アクション
作者:もげきち                

     あらすじ・作品紹介
なんちゃって世界征服集団が宇宙から来訪した。対抗するのは宇宙最大の飲料メーカーブベラ社。その叡智を身に纏い、戦え、健司。負けるな健司。明日に向かって、翔べ! 健司ッ!

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     1章

     1

「うおおおおっ? なっ、なんだコレ?」
 秋の気配も終盤にさしかかる10月末。
 太陽がゆっくりと沈み、茜色に染まる景色が急速に力を失い、代わりに夜の気配が早足に近づいてくる夕刻。東京に隣接するS県はS市駅前近くの繁華街の裏道で、一人の少年がパチンコ店の裏口で立ち止まり、目の前にある自動販売機に目を釘付けにしながら、興奮気味に叫んでいた。
「初めて見たぞこんなメーカーの自販機。しかも『ブベラコーラ』って! 何この悪趣味なデザイン。すげー! 俺の購買意欲を刺激してくれるじゃねーか!」
 少年の言う通りその自販機には緑、黄、黒のストライプ模様という毒々しいデザインのブベラコーラを代表に、どこか古臭さを感じるコテコテのデザインと、ダサいネーミングセンスが爆発している飲料水が羅列されている。
「やべー……マジたまんねぇ……いつの間にこんなのあったんだろ?」
 そして何故か少年は、そのあまりにもあまりな数々の飲料水を目の前にし、心の底からうっとりと呟くと、口元の涎を拭い、にやりと微笑んだ。
 このちょっと危ない少年の名は志賀健司(しがけんじ)、16歳。S県有数の進学校、鋭錐(えいすい)高校の一年生である。代わり映えのしな黒い学ランと鞄を右肩に掛け、白いカッターシャツを二の腕まで捲り上げた、どこにでも居そうな極々普通の高校生だ。強いて特徴を述べるとするならば、ボサボサの髪にはワックスが入り、釣り目がちな大きな瞳と相まって、どことなく野性味を感じさせる風貌を持つ少年って、ところだろうか。
 健司はすらりとした体型に、程よく締まった身体から何か運動系の部活に入っていそうなイメージだが、彼の所属部活は特に無く帰宅部である。いや実際は駅前にあるゲームセンターに毎日寄っては格闘ゲームに興じているのだから帰宅部と言うよりもゲーセン部というべきだろう。今も、健司は繁華街の中にある行きつけのゲームセンターへと向かう途中のようであった。
「今日の連勝前の景気づけに一発何か買ってみるべきだよな!」
 自信満々に呟くとおり、健司のゲームの腕前はかなりのものであった。
 ザ・インテリジェンスビーストKNG。
 そう、健司は夏に出場した大規模な格闘ゲームの大会でその異名の通り、鋭い動体視力と危険感知に優れた本能的な動きで相手を翻弄しチームを優勝に導いた、知る人ぞ、知る格闘ゲーム界の若きエースなのである。勉強方面はおいて置いて、この分野に限って言えば素晴らしい実力を持つ人物なのだ。
 勿論そんな10年に一人の逸材とまで言われる強者格ゲーマーの健司であるが、勿論ゲームの他にも趣味はある。
 そんな中の一つがコンビニや自動販売機で「誰も飲まなさそうな面白飲料」を見つけては「冒険!」と購入し飲んでみる事であった。
 西に変なドリンクあれば買って飲んで吹き出し、東に奇妙なドリンクあれば飲んで普通の味にがっかりする。それが健司のポリシーであり、楽しみなのだ!
 そして今健司の目の前には彼の趣味を満足させる――謎の飲料水を貯えた自動販売機が存在しているのである。そりゃ興奮して叫びたくなるのも頷ける。
「ぶはは、会社名もブベラ社だって! あ、あり得ないだろ〜。こんなふざけた会社名でモノが売れると本気で思ってるのか? いや……まぁ、俺は惹かれているわけだけどさ……でも俺に惹かれちゃダメだろう」
 ブベラ社の人が聞いていたら憤慨しそうなダメ出しを言っているものの、小銭をごそごそと取り出す健司の姿はとても嬉しそうだ。
「ん〜何にしようかなー。やっぱ、この季節はずれの夏季限定(笑)な、お特用500mlのブベラコーラかな? 量が多い方が得だしな! そもそも不味かったら捨てれば良いし!」
 健司はにこにこと呟くと120円握り締め、自販機にお金を投入する。そのまま迷わず量の多い、ブベラ社の社名を冠する恐らく主力の商品であろう「ブベラコーラ」のボタンを押した。
 ピ――ゴトン。
 重い質量を感じさせる音を立ててコーラが取り出し口に落ちてくる。
「きたきた」
 健司は取り出し口に落ちたブベラコーラを手に取るとテンションも高く一気にプルトップを開いた。
「さてさて、では早速頂いちゃおうかな!」
 プシュッ
 健司の手によって開封され、子気味良い炭酸音が辺りに響いた瞬間――
「ぶぅぅうべぇらぁあっ! (エコー×3)」
 健司の手にするブベラコーラの飲み口から野太い逞しい声が響き渡った。
「なっ――?」
 同時に驚く顔の健司の前に、顔も身体も何もかも全てが緑色の光沢を帯びたタイツで覆われたボディビルダーに匹敵する鋼の肉体を持つ男が、まるでアラジンの魔法のランプのようにシュワシュワと、己の肉体を強調するポージングを魅せながら現れたのだ!
「ぶはははははははははーっ!」
 大笑いするこの男の服装は頭の部分だけ、プルトップの銀をイメージしているのか光沢のある銀色だが、他は恐ろしいくらいに緑色の全身タイツだ。
 当然股間も全身タイツでぴっちりしている分、もっこりとした自己主張の激しいあいつが生々しく、存在感を持って張り付いている。
「う? ……うわーっ! うわーっ!」
 そして健司は突然目の前に現れた男を改めて確認し、変質者もびっくりな姿にドン引き。フリーズ。固まった。
「ぶはははーっ! 少年。良くぞ我がブベラ社の自動販売機に気がつき、且つ購入してくれたな! そしておめでとう、我が戦士として見事に君は選ばれたのだっ! ああ、申し遅れた。我輩は宇宙的飲料水メーカー「ブベラ社」のマスコットキャラクター「ブベラマン」だ! これから宜しく頼むぞ!」
 この滑らかに光る緑色のタイツを着こなした変態は、自分の話に夢中で、健司の引きつり固まった姿など眼中に入っていないようである。そのまま渋い声でひとしきり満足そうに語り終え、くるりと健司の方にゆっくりと向きなおし――そこで初めて健司が固まっている事に気がついたようだった。
「む? 少年。もしや我輩の話を聞いていなかったのか?」
 ぼそりと呟いて、不満そうに口を尖らせる。
「…………」
 健司、まだフリーズ中。答えることが出来ない。
「ふむ、あまりにも有名な我輩とのリアルでの遭遇に感動で言葉も出ないという事か。これだから我輩のような有名人は大変だ……ふっ、罪深いな」
 そしてどうやらこの怪しさ満点の男は、前向きに物事を捉えるのが得意な人物のようであった。健司が答えられないのを好意的に捉えたようである。
「だがしかし、憧れも大いに結構だが『戦友』として見ると、我輩の雄姿に見惚れて大怪我をされるのは……その、困る。まぁ思春期の蜂蜜黒酢のような甘酸っぱい恋と同じように一時の憧れが過ぎれば大丈夫とは思うのだが――残念ながら我輩は完璧……困ったものだ」
「だーれーがー憧れるかっ! 気持ち悪ぃいっ!」
 と、ここで健司はやっと意識を取り戻すと、そのまま流れるように緑の変態の後頭部にどげしっ、とハイキックをお見舞いした。中々の身体能力である。
「ぶべらっ!」
 律儀に自社の製品の名前のような呻き声を上げながら吹っ飛ばされる緑の変態。そのまま、大地に倒れ伏す。肉体に違わない豪快な倒れ方だった。
「誰が何処で有名だって? この変態野郎! 俺は全然知らないっつーの!」
 つーか、この変態は一体どこから現れたんだ? 気色悪りぃ……。
 健司の頭の中は突然の出来事に疑問でいっぱいのようだ。
「なんだとぅっ! 世界ダンディ選手権27連覇。世界中の美女達の心を鷲づかみ。圧倒的な憧れと羨望の眼差しを受け君臨している我輩を知らないと申すかっ! 失礼だな、君は!」
 むくりと起き上がり、健司の言葉にムキになって言葉を返す緑の変態ブベラマン。後頭部に蹴りを喰らったというのにピンピンしている。
「あ? そんな選手権何処でやってるんだよ! 妄想酷すぎるぞ、おっさん。っつか大体ペ●シマンのパクリみたいな格好しやがって! しかも、股間にそんな凶悪なものアピールして……色々な意味で存在がやば過ぎだろ!」
「んんんんん? ノンノンボーイ。無敵の漢の勇壮なセックスアピールと言ってくれないかね?」
 キーン(クリティカルヒット)
「ぶべらっ!」
「俺にはむしろ弱点を晒しているだけにしか見えねーよ――こんな感じでな」
 得意げに腰を突き出した緑の変態に、今度は金的をかまし健司はニヤリと笑った。勿論金的を喰らった緑の変態は、短い悲鳴をあげ股間を押さえうずくまる。
「く、くふぅ……しょ、少年よ、我が股間の紳士に対しなんたる横暴……君も男なら、それだけは絶対にしてはならないと行動だろうが……くぅぅうう」
 金的の効果は覿面だったようだ。男なら分かるとてつもない激痛に涙目になりながら、ピョンピョンと跳ね痛みを落とそうとしている緑の変態。背中を丸め、股間を押えながら跳ねるその姿はなんとも言えない哀愁を漂わせている。
「あ――わ……悪りぃ。流石にそこは痛いのな」
 しまった。流石にこれはやりすぎた。
 健司自身もあの部分に打撃を受けたときの苦しみは良く知っている。自分自身も経験したあの痛みを思い出すと一気に顔が青褪めた。そして同時に、同じ男としてやってはいけない事をしてしまったと素直に猛省した。
「ふ、ふ。少年よ。心から反省してくれるなら許そうでは無いか」
「あ――ああ、本当に悪かった……です。すみません」
 まだ若干声を震わせながらも、緑の変態はぐっと姿勢を正し健司を見つめた。
 同じく健司も姿勢を正し真っ直ぐに緑の変態を見つめなおす。
 心地よい沈黙と、どこか優しく絡み合う視線。
 先ほどの金的事件の悲劇を通してお互いの気持ちが何処と無く伝わるのを二人は感じとったようだった。
 そのなんとなく通じる空気を察した二人は大きく頷くと同時に口を開いた。
「では、我輩を宇宙紳士選手権27連覇の超紳士と認めてくれるな!」
「で、おっさんは何者なんだ? そもそも俺に何か用? そろそろジュース飲みたいんですけど……」
 ……結局は何もかも微塵も噛合って居なかった二人の言葉が、S市の夕焼けの空に悲しく響いた。

     2

「おっとすまなかった。すまなかった。我輩とした事が本来の目的を伝えることをうっかり忘れてしまっていた。少年よ、本当にすまない」
ブベラマンは、そう言うと申し訳無さそうに頭を掻いた。
 今二人は、ブベラコーラの自販機の後ろの土手に腰掛けて会話をしていた。
 もし、通りがかる人が目撃したならそれはそれはシュールな絵として映る事であろう。もしかしたら、未成年者略取の疑いでブベラマンは通報される可能性さえある。いや、このみてくれ――通報されない方が奇跡だ。
 健司自身もブベラマンの危険な衣装に即ポリスな可能性を薄々気がついてはいたが、それでも彼が動かないのは――同じ男として股間の紳士を強打し悶絶させてしまった反省からである。
 志賀健司、何だかんだで律儀な男である。
 ま、仕方ない。もしそうなったとしたらおっさんのフォローをするか……とは言え、珍しいよなー。普段なら裏道だってひっきりなしに人が歩いてるってのに、今日に限って全然人が通らねーの。なんでだろ?
 きょろきょろと健司が辺りを見回し、そう思って首を傾げているが、その通りであった。普段はそれなりに人通りが多いこの裏道なのだが、今は健司の前を通り過ぎる人が本当に一人も見えないのだ。有る意味不気味な事である。
 ま、いっか。偶々だろうし。
 ――が、健司は持ち前の切り替えの早さであっさりとその事を考えるのを止めた。それに、そんな事よりも緑の変態に聞くべきことがあると判断したからだ。
「それで、おっさんの本来の目的ってなんだよ? じゃなくて、何でしょうか?」
「ノンノンボーイ。我輩に対して敬語を使わなくてもよいぞ」
「お?」
 思わぬ発言に目を丸くする健司。
 年上には敬語は使うのが当然、タメ口なんてとんでもない! じゃなかったっけ? へぇ……案外理解あんじゃん、コイツ。
 気さくな態度のブベラマンを、ちょっぴり健司は見直したようだった。
「うむ。なんと言っても我輩は老舗ブベラ社の伝説のマスコットキャラクターだ。それだけ有名であると我輩を常に身近に感じるのだろう――会う人、会う人口調が私に対してフランクになってしまうのは当然の結果と言うものだ。故に、我輩自身も敬語を使われると、この生まれ持った愛されるキャラクターの所以か逆にどこか距離を感じて寂くなってしまうのだよ、ぶはははははっ」
「――はぁ、なるほど。わかりました。ではなるべく敬語で話しますね」
 満面の笑顔を浮かべ、敬語で答える健司。やっぱりキモ鬱陶しい、で確定。
「ぶべっ! 少年、ちゃんと人の話は聞いていたかね?」
「ええ、だからこそ俺は敬語で話そうかと思っへ……ぶ」
 あからさまに意地悪な笑いを浮かべた健司の口からガリっという舌を噛む音が聞こえた。やはりというか、健司は普段慣れない敬語を使おうとして口の中を噛んでしまったのだ。自業自得である。慣れない事はするものでは無い。
「いってぇーっ! だーっ、やっぱダメだ。尊敬出来る人間には自然と出るけど、意識しなきゃ出せない敬語は俺には悔しいが無理っぺー」
「HAHAHAッ。それで良い。少年はそれぐらい元気でなくてはな!」
 健司から凄く失礼な事を言われている気もするが、細かいことは気にしない性格らしいブベラマンは、豪快に笑って健司の言葉に大きく頷いた。
「――じゃあ、話を戻すけどおっさんの言う目的ってなんだ? 突然現れて面倒な事に俺は巻き込まれるつもりなんて更々ないぜ。それにおっさんの事、俺は本当に知らねぇし。正直ぺプ●マンのパクリな変態のおっさんとしか思ってねー」
「少年。そんなにツンするような態度を取らなくても良いではないか。このままだと、君は最終的には我輩にデレになってしまい薔薇色の世界が広がってしまうぞ? ぶふふ、まぁそれも良いものかもしれないがの? BLカモーン」
 ……気持ち悪い。それにどっちかというと、その肉体美はボーイズラブだと語弊がある。むしろ誰が見てもハッテン場である。
「ちょ、だ、誰がツンでデレて最後は薔薇色のサムソンだ! そんな気色悪い世界はありえねーから、さっさと俺の質問に答えやがれっ!」
「うむ。勿論冗談だ。安心したまえ少年。私は至ってノーマルだ」
「てめぇ……」
「ぶははははははー」
 ブベラマンに完全にからかわれていた事に気がついた健司は殺意を覚えた。
「そう怒らない、怒らない。……さてと、では質問に答えようではないか少年。その前にまず聞くが、君が今左手に持っているものは何だね?」
「あ? さっき買ったブベラコーラだけど?」
「そうだ、君は我輩の自動販売機が見え、そして我がブベラコーラを購入した」
 訳知り顔で頷くブベラマン。しかし健司にはちんぷんかんぷんだ。
「これが、見えた? そりゃ当たり前だろ?」
 健司は右手に握った缶をマジマジと眺め、触り、首を傾げる。
「ノンノンノン。この自販機は我が社の製品を使用するに相応しいものにしか見えないのだよ。他の人々には何も見えていないのだ」
「は? 何言ってんの?」
「もっと言うならば、今は我輩が戦闘管理人(マネージャー)として領域を張り次元をずらしておるから誰も他の人物を見ないであろう? 少し周りを見回せば次元をずらした事で時間が止まっている人々を確認出来るはずだ」
「ま、まじか……って、本当だ!」
 土手から腰を上げ、辺りを伺った健司はブベラマンが言う通りの状況――通りがかる人々全てが動きを止めて固まっているのを確認し、唖然と声を漏らした。
 そのまま信じられない事態をもう一度確認し、ごくりと唾を飲み込むと言葉を失ってしまう。
「い、一体俺に何を求める気だよ……」
 時間をたっぷりと置いた後、健司は恐る恐る声を絞り出し尋ねた。
「ぶはは、怯えなくて良いのだぞ少年。納得してくれれば我輩はそれで良いのだ。それに寧ろ逆に誇るべき事なのだぞ。そう、もう一度言うが君はこの世界の代表者として、星を守る戦士として選ばれたのだよ!」
「だーかーらーそれが意味わかんねぇって言って――って星を守るぅう?」
 再び訳がわからないと、パニックになりかけている健司が否定の言葉を漏らしかけたが――健司の心の琴線に触れる素敵ワードの存在にふと気がつき、途中から声が引っくり返った。
「安心したまえ。この世界のデータは来る前に隅々まで調査を完了している。少年のように疑り深い人物が多いことなど百も承知だ。当然我輩も言葉だけで君の信用を得ようとは思っては――」
 そのまま『まだ疑われている事は予測済み』と用意してあったであろう話を続けているブベラマンをおもむろに遮り、健司が興奮気味に口を挟む。
「まじかよ! おっさん。それは本当なのか? 俺はヒーローになれるのか?」
「ぶへっ?」
 ガクガクとブベラマンの肩を揺すって尋ねる健司。
 その様子からは異常事態に対する恐れや不安がすっかり消し飛んでいた。いや、それどころか健司の豹変に唖然とした表情を浮かべるブベラマンを余所目に、健司は一人目を爛々と輝かせ益々トリップ状態に陥っていく。
「そうか、そうか! 侵略者から地球を守るために俺が選ばれたって事か。なるほど……確かにそろそろ来るんじゃないかと思ってはいたんだよ。この俺がただゲームが強いだけで終わる器で無いってのは分かっていた事だしな!」
 そのまま今度は腕を組むと嬉しそうに「いよいよ来たか!」と呟き、何度も何度も深く頷いては充実した表情を見せた。夕日に向かってガッツポーズまでしている。
「空から女の子が降ってくるか、それとも世界を救う英雄に選ばれるって言う二択がいつかは俺の前に来るとは思ってたけど、そっかー後者の方だったかー、うんうん。これは遂に日頃の修行の成果を出せる時が来たな!」
 呟いて、健司は自分の拳をぐっと握り締めた。
 そう、実は健司は高校生になった今でも、自分が異界の英雄として次元を跳んでしまった場合でも大丈夫なように日夜、手から何か出せるように! と、気合を入れたトレーニングに励んで居るのだ! こいつ痛々しいとは言わないで! 
「しょ、少年。確かにそうなのだが……ちょっと急に乗り気に成り過ぎじゃないかね……幾らなんでもまだ唐突だし、我輩から説明とか証拠とか聞きたくはないのか、ね? 流石にこんな状況で信じられると逆に怖いのだが……」
 逆にブベラマンが豹変し、興奮する健司の姿にドン引き。
「――あん? やっぱり違うのか?」
「い、いや! 違う訳ではないぞ!」
 ギラリと睨みつけてくる健司の姿に慌ててブベラマンは首を横に振った。
「んじゃ、いいじゃん。さっさと次いってくれよ。次。本当に選ばれたって証拠が見れたら嫌でも信じるもんだろうしさ」
「ぶ、ぶはははっ! そうだな。そうだとも! 少年の話は寧ろ理にかなっている。それに我輩としても、幸いと喜ぶべきところであるしな!」
「だろ?」
 納得するブベラマンに向かい、健司は得意気に笑った。いつの間にか完全にペースが逆転している。
「そ……それにしても少年。我輩が説明を始めたら突然性格が変わったぞ。一体どうしたというのだね? 流石の我輩でもびっくりしたぞ」
「え? そうかな? んな事ねーと思うけどな? まぁ、そんな事よりもさ、この後どうすれば良いんだ? 早く、早く言ってくれよ」
「う、うむ。では、君が持っているブベラコーラをまず一口飲んでくれないか?」
「ん、これ? ああ、いいぜ。これ飲むだけでいいのかな?」
「勿論だ。何より味も補償するぞ。何せ我が社自慢の商品だからな!」
「オッケー」
 味は不味い方がネタになるから良いんだけどなー。
 健司はそう思いながらも、購入時から楽しみにしていたブベラコーラをやっと飲む機会を得たと嬉しそうに口に含んでみる。
「うおお? 何だこれ! マジうめぇ!」
 そして、そのあまりの美味に思わず声を上げてしまった。
 開封後、暫く時間が経っていたにも関わらず、健司の飲んだブベラコーラは心地よい炭酸の感覚を強く残し、今まで経験したことが無い深い独特の味は、スゥッと喉越し爽やかに消えていく。後味も良くクセになりそうな味わいだ。砂糖がべたつき、後味最悪の毒々しい味の想像していた健司は、あまりにも正反対の素晴らしい味わいに思わず驚きの表情を浮かべてしまう。
「ぶっふっふ。どうだね少年? 当社が誇る老舗の味は!」
 健司の声に、得意げに胸を張るブベラマン。
「って、ん?」
 ――が、改めて健司を見ると、先ほど歓声を上げた人物とは思えないほど、彼は暗い表情を浮かべがっくりと肩を落としていた。
 これは一体何事かとブベラマンは不安そうに首を傾げる。
「ダメじゃん……」
 健司は憂鬱な溜息と共に、そう言葉を漏らした。
「ど……どうしたかね? 少年。何か当社の製品に不満でも?」
 何処から取り出したのか、右手にペン、左手にメモ帳を手に取りマジマジと健司の顔を真剣に見つめるブベラマン。
製品の進化の為にはどんな意見も無駄にはしないとの意気込みが見える。
「ダメじゃん……」
「だ、だから何がダメなのかね少年? きっぱりと言ってくれたまえよ。すぐに悪かった点を修正し商品開発部に報告するから! 君の意見が当社の製品の進化を促すのだぞ!」
「……こんなに美味しいなんてダメじゃん」
「――は?」
 健司の呟きにメモを取ろうとスタンバっていたブベラマンの目が点になる。
「だーかーらー、こんなネタっぽい飲料水が普通に美味しかったら面白くないって! こんな味じゃオチが盛り上がらねーじゃんかっ!」
「――ひ?」
「それじゃあ、ダメなんだって。全く分かってないな! 得体の知れない飲み物はちゃんと不味く、気持ち悪く仕上げてくれなきゃ困るんだよ!」
 ……酷い言い様だった。
「いや……あの、少年……我輩の会社の飲料は別にネタでやってるわけ――」
「あ、でも偶にこうして成功例を見つけるのも確かに良い事でもあるんだよな。大体こんなセンスの欠片も無いようなデザインの飲料水を買おうとする奴なんて俺くらいしか居ないだろうし。穴場的発見って事で、ま、いっか。うん!」
ブベラマン完全に置いてけ堀の自己解決。これが若さだろうか。
「で、おっさん。ちゃんと飲んだぜ? それでどうなるんだ?」
 くるりと振り返った健司の顔はとてもすっきりとしていた。
「――ほ」
 ふ、へ飛ばして、ほ。
「ん? どうした? おっさん」
 健司のそのすっきりとした表情を見て、ブベラマンも時が動きなおした。
「ぶ……ぶはははははっ、少年。先ほどから君は中々に面白いな! 我輩の予測を遥かに上回る逸材だ! 我輩が巻き込まれるとは……益々気に入ったぞ!」
 笑いながら、メモを片付け、大きく何度も頷くブベラマン。
「い、いや、気に入ったとかそんなんはどうでもいいからさ――」
「うむ、了解した。では、少年。次に君が「何かを召喚」するとしたらカッコイイと思うような台詞を一つ言ってくれ! 最後まで付き合うことになる大事な言葉だから真剣に考え『これだ!』というものを決めてくれたまえよ」
「おおおっ! キタキタキタ! なるほど! 召喚って事は――」
(ピ。志賀健司氏の使用武器召喚時の、音声入力を受付致します。登録する言葉が出来た場合右手を掲げて下さい。それを合図に入力を開始します)
 笑顔で言葉を返す健司の頭の中に、突然電子音が響いたかと思うと、落ち着いた柔らかい女性の声で、俄かには信じられないようなアナウンスが流れた。
「――え?」
 驚いて辺りを見回すも先ほど聞こえた女性らしき人物は見当たらなかった。
 ただ、頼もしそうに健司を見つめるブベラマンが視界に映るだけである。
「うむ、少年。どうやらAIの音声入力までちゃんと行ったようだな。では、その指示に従って、しっかりと君の「カッコイイ!」と思う台詞を入力したまえ」
「え? AI? AIってまさか人工知能の?」
 大好きな素敵ワードとブベラマンの肯定に、健司の顔が輝きを増す。
「そうだ。君が我が社の製品を飲んだ事により、脳に直接AIがコネクト。これからの君の戦いをサポートするシステムになっておるのだ」
「うおおおおっマジか! すげーじゃん。で、えっと何だっけか?」
(はい。志賀健司氏、武器召喚の為の音声登録をお願いします)
「うむ、武器を召喚する為のカッコイイ台詞を設定してもらいたいのだ」
 AIとブベラマンからそれぞれ返事が返ってくる。
「OK任せろ。今までこのシチュエーションにどれだけ憧れていたかを見せ付けてやるぜ! 何が良いかな……やっぱり召喚って言うからには長台詞だよなー」
 そう言うなり、おもむろに腕を組み、目を閉じると
「我――光の輝王なり、我が求むるは混沌の楚から毀れし一滴の希望の光。其は悠久の中にたゆたいし――」
「い、いやいやいやいや少年! ちょっと待ってくれ、ちょっと待ってくれ」
 ブベラマンが慌てて止めに入った。
「ん? 何がだ、おっさん?」
 途中で止められた健司は不機嫌そうに目を開けるとじっと睨む。
「あ、あのだな、申し訳ないが一度決めた台詞は変更不可能なのだよ。だからもしあまりにも長い台詞で登録した場合君が忘れた場合下手をすると詰みになってしまう可能性があるのだ。それもかなり素晴らしい台詞だとは思うが、出来る限り召喚の文言は短めにお願いしたい」
「だーいじょうぶ。俺が台詞忘れる訳ないじゃねーか」
「いや、そうかも知れないが……」
「良し、決めたっ!」
 心配するブベラマンを他所に、健司は台詞を決めたようで右手を高々と掲げた。
「我、宇宙の彼方から光臨せし光の王也、我が砕身の法則により遣わしめるは混沌を打破せし悠久なる神器! 其を以って闇乱れる悪を討ち滅ぼさん!」
(ピ。入力完了。志賀健司氏の武器召喚文言「宇宙の法則が乱れる」認識OK)
 途端に違和感を覚えざるを得ない言葉が健司の頭の中に流れた。
「――え?」
 全然違う。
「あれ? ちょっと! 俺そんな言葉言った覚えが無いんだけど?」
(あ、はい。確かに志賀健司氏の台詞を聞いておりましたが、文字数制限30をオーバーした上、正直面倒だったので私が勝手に短く纏めておきました。「宇宙の法則が乱れる」これで参りましょう)
「ちょっ――」
 まさかの回答に唖然とする健司。
(勿論、ブベラマンが言ったように文言の変更は出来ませんのであしからず)
「そんな! だったら「鬼神光臨!」とかの方が良いんだけど! それだとどっかのゲームのラスボスの攻撃にしか見えないんだけど!」
 志賀健司、AIにすら呆れられるほど長い台詞を言ってしまったが為の致命的なミスだった。そして一度決まった言葉は、ブベラマンが言っていた通り変更出来る訳も無く次の段階に入っていく。
(初期起動開始。残量92%。コンディションOK。実装率100%到達可能)
「え? ちょマジで? マジで「宇宙の法則が乱れる」になっちゃうの? へ、変更は? 出来ないの?」
(はい。マジです。無理です。無駄です。ごめんなさい)
 冷静に断りを入れるAIの声。にべも無い。
「おっさん! おっさん! どうにかならないのか?」
「いやー、少年。すまない。君を担当しているAIは我が社の中でも個性が強くてな……本来なら従うだけの性能なのだが、こうして勝手に動きを決めてしまう時があるのだ」
「なら違うAIにしてくれよ! ああ、折角の俺のカッコイイ台詞が……」
「いやいや一度コネクトし起動したAIは変更不可能なのだよ。すまないねー」
 く、くそー……完全にあのおっさん面白がってやがる。
 頬を膨らませ楽しそうに笑うブベラマンを見つめ健司はちょっぴり悔しさを滲ませた。が、もう仕方がない事である。一度決まった事は変える事が出来ない。それが現実(リアル)って奴だ。というか、そんな長台詞にするのが悪い。
 と、そんな健司の陰鬱な気分を吹き飛ばすAIの声が頭に響いた。
(志賀健司氏……キャラクターボーナス28pt。そして職業も決定しました。タイプ――防御型ウォーリア『ファランクス』って、ファランクス!)
「へ? ウォーリアー? ファランクス? ボーナスポイント28pt?」
 それって、アクションゲームやRPGの良く聞く戦士タイプの?
 聞き慣れた、それでいて現代ではありえない憧れの単語の響きに、ゲーム大好きの健司の表情が再び元気に明るくなる。
「おおっ! ウォーリアー系とな! す……素晴らしい。テスト段階、そして実践でも殆ど検出されなかった接近職では無いか。しかもボーナスポイントが28もあるとは! これは凄いぞ少年!」
 健司の声にブベラマンも興奮気味に上ずった声を上げる。
(それでは志賀健司氏、次のステップ、Bコーティングへの準備が完了しました。実行します)
「え? Bコーティング?」
 続くAIの声と共に、健司の持つブベラコーラが勝手にシュワシュワと缶から溢れ出し――たかと思うと、バッと大きく液体が津波のように広がり健司の身体を一気に包み込んだ。
「う、うわっ!」
 驚いた健司は思わず目を閉じて叫び声を上げる。
 だが、全身がブベラコーラの津波に飲み込まれたにも関わらず健司は息苦しさも、砂糖水が身体に降りかかることでベタベタすると思った感触も感じなかった。
「あ、あれ?」
(Bコーティング無事実装完了。志賀健司氏、もう大丈夫ですよ)
 穏やかなAIの声に恐る恐る目を開ける健司。
「お? おおおお? なんだコレ?」
 そして自分の身体を見回し健司は思わず声を上げた。
 なんと! 健司の身体がほぼ透明な薄い光の膜に覆われていたのだ!
「少年。それがBコーティングだぞ。ぶふふ、詳しくはAIに尋ねてくれたまえ」
(了解、受け継ぎます。志賀健司氏。このBコーティングは、基礎的な身体能力を倍化するだけでなく、これからの戦いにおいて無くてはならないものです!)
 今までの気だるそうで無感情だった語りとは打って変わった、ハキハキとしたAIの声が健司の中で元気に響く。
「は? はぁ……なるほど。で、これには何の意味が?」
 身体をゆっくり動かし、特に異常が無いことを確認しながら健司は尋ねる。
(はい、今からそれらを説明していきます。ではまずは目を瞑って下さい)
「あ、はい」
 言われるままに目を閉じる健司。素直な子である。
(瞼の裏側に表示されている各種パラメーターは確認出来ますか?)
「……え?」
 健司が瞼の裏を意識的に覗いてみると、そこにはRPGや格闘ゲームで馴染みのある様々なゲージが並んでいた。
「お! おおおおおっ! なんだ、なんだこれ! すげぇええっ!」
 それを確認し、把握した彼は思わず感嘆の声を上げる。
(ではまず、右上に現在緑色でフルに表示されているゲージですが――)
「これ、俺の体力ゲージでしょ? やっぱり俺は何かと戦うって事なのか」
 AIの声を途中で遮り自信満々に呟く健司。
(ええ、その通りです! 志賀健司氏、認識の早さ感謝します。この体力ゲージですが、Bコーティングと連動しており、何かしらのダメージを受けますとそこからダメージ値を換算。体力ゲージがその値の分減少する事になっています)
「ふむふむ」
(このゲージが黄色になると警告ゾーン。赤くなると危険ゾーンとなりそれ以下となると戦闘不能です。ダメージが全てBコーティングで緩和され痛みを伴わない仕様となっている分、体力ゲージの管理は怠ってはいけない大事な作業です)
「なるほど。アクションゲームみたいなものだね。俺の得意分野だぜ!」
(そうですね。まぁ、基本的には私が戦闘中体力ゲージの残量の報告は致しますが、ステータス画面で自己でも確認出来るという事を覚えておいてください)
 AIの声に健司は「了解」と大きく頷いた。
(さて、次の説明に移ります。体力ゲージの下段にある青いゲージですが――)
「んー……これは、マジックポイントか何かかな?」
(いいえ、違います。あ、でも志賀健司氏の仰るモノに似たようなものかも知れません。これはスペシャルポイント、通称SPと言いましてゲージの一定量を消費することによって特別な効果を持った技を繰り出す事が出来ます)
「おお、なるほど必殺技ゲージって事か!」
(はい、そのようなものです。対象に対して大ダメージを与える技から、相手の能力を一定時間抑える技、味方のサポートをする技等――使用武器によって様々な効果を持った技をこのゲージを消費する事で使用出来ます。後ほど志賀健司氏の武器を転送しますので、改めて使用可能の技を確認して下さい)
「了解! それはすっげー楽しみだ」
 健司の楽しそうな声に、同じように嬉しそうにブベラマンも頷いている。きっとやる気になっている健司の態度が嬉しくて仕方がないのだろう。
(さて、続きまして下の少し減っている黒いゲージですが、これは何かお解りになるでしょうか?)
「え? んーなんだろ。3つもゲージがあるゲームってあんまり記憶に無いな……それになんでコレだけちょっと減っているんだろう。んーダメだわかんねー」
 健司は首を傾げた。
(了解です。このゲージこそ今回の目玉、回復ゲージです! このゲージを上手く管理し使いこなす事が戦いを左右すると言っても過言ではありません!)
「へ? 回復ゲージ? なんの?」
(はい、それはですね。あ……――ピ。申し訳ありません、初期設定ガイダンス一旦停止。緊急事態発生。レーダーに反応有り。半径1キロ範囲にてモルバタイト反応感知。恐らく流転の幻影(スモーキーファントム)と思われます)
「は? え? なになに流転の幻影って何?」
(我々の敵です)
「敵?」
 突然の警告音と、AIの声に緊張が走った事に健司の声が裏返る。
(志賀健司氏、瞼の裏にレーダーを転送、表示します)
「あ、はい」
 AIに誘導されるままに確認する健司。すると瞼の裏に、先ほどのステータス画面の他に何かの図が出現し、その上に赤や青の数々のマークが浮かび上がった。
 それらが――恐らく健司の居る場所に向かい近づいてきているのが分かる。
「む、いかんな。まさかもう奴等が来るとは予想外の速さだぞ。あいつらにしては行動が早すぎる! 我が戦士の誕生に気が付いたのか? いや、だが連敗続きの我輩らは最近舐められているし、デグのみだとは思うが……って――」
 ブツブツと弱気な事を呟いていたブベラマンが一瞬絶句する。
「いかん、孔雀石の娘達(マラカイトドーターズ)もいるぞ!」
(孔雀石の娘達の存在感知。勝率8%。撤退した方が宜しいと思われます)
「え? 敵の孔雀石の娘達ってのはそんなにヤバイの?」
「少年、デグだけの様子見戦闘なら、苦戦しつつも程よい緊張感を初陣で味わえたと思うが、孔雀石の娘達が居るとなると話は別だ。奴等は君と違い戦闘に十分慣れている。間違いなく赤子の手を捻るように倒されてしまうぞ!」
「へ、へー、言ってくれるじゃん。俺は別に問題無いと思うけどなぁ……だってこれ別に倒されても大丈夫なんだろ? さっきの話だと」
「あのな……いくら君が近接職で能力値が高く、自信があろうとも、慣れていないという事は十分過ぎるほどに致命的要素なのだよ! それに確かに倒れても死ぬと言う事は無いが、戦闘不能ダメージは回復するのに相当時間が掛かる。それまでの間に相手側に条件を達成されれば我々の負けになるのだぞ!」
 完全な新参者(ルーキー)扱い。
 不満そうに健司の顔が曇る。ザ・ビーストの異名を持つ天才のプライドを激しく傷つけられた顔だ。
「んだと! おっさん。やってみなくちゃわかんねーだろ」
『KNGの凄さは、その適応力の高さだよな。どんなゲームでも2、3回やれば流れを把握してゲームを組み立てられる。本当マジぱねぇわ』
 健司は、仲間の自分への褒め言葉を思い出していた。そしてその通りだという自信も勿論あった。そしてそれとは正反対のブベラマンの台詞に――ゲームに対する圧倒的な自信を持つ健司は「俺の事を何も知らないくせに!」と思わず突っかかってしまったのだ。
「なんだと! 勇気と無謀を履き違えるな。我輩は君の為を思ってだな――」
(お二人とも、言い争いは止めてください。志賀健司氏、申し訳ありませんが覚悟をよろしくお願いします。もう、退避行動も間に合いません!)
「応。ばりばり覚悟完了だって! 俺が何とかしてみせるぜ!」
「――く、仕方があるまい。では少年よ、その自信を見せて貰おうでは無いか」
「当然! こういうのは俺の得意分野だってのを見せてやるよ!」
 自信満々に頷く健司。腕をぐるぐると廻し気合も十分だ。
「来るぞ!」
 ブベラマンが叫んだ。

     3

 地面に重い着地音を響かせ、健司が生まれてからこの方一度も拝見したことが無い未知の生物が降臨してきたのはすぐの事だった。
「もきゅあ〜!」
 そして未知の生物が叫ぶ。
「――な!」
 な、な、な、なんだー? この可愛らしい丸い物体は!
 現れた未知の生物に健司は第一印象で絶句しつつも、迷わずそう思った。
 そして――緊張感は確実に失われた。
「きゅ〜〜〜〜♪」
 そんな健司の気持ちに気が付いたのだろうか、彼の視線の先にいる体長1.5m位の丸い、そりゃーもう丸いヒヨコ体型の未知の生物は、ふさふさとした体毛を揺らしながらつぶらな瞳をくりくりさせ愛らしく鳴いた。
 そのまま擦り寄るように健司にのしのしと愛らしく近づいてくる。
「うほほーい♪ はいどぅーどぅー。はいどぅーどぅー♪ なんだよこいつら。これの何処が敵なんだよ〜、驚かせんなよな〜おっさん〜」
 ……もはや完全に健司の戦闘への気持ちが消失してしまったようだ。
 動物好きの健司はにへらと相好を崩し、犬猫を呼ぶようなポーズを見せる。
 あーっ! ナデナデしたい! モフモフしたい! たーまらーんー!
 当然の要求がムクムクと湧き上がり、自分から未知の生物に近づいていく。
(あ! 駄目です。志賀健司氏。危険です! 早く退避を!)
「こらっ少年、ダメだ! 近づくな!」
 途端にAIとブベラマンの緊迫した声が響いた。
「へ? なんで? こいつら全然危険そうじゃな――」
 二人の警告を無視し、もふっと未知の生物に触れ、満面の笑顔で振り返る健司。
 あ〜ん。ガブリ
 と、途端に何かが覆いかぶさる感覚と共に視界が一瞬で暗闇に包まれた。
「ぬ? ぬおー????????」
 そして良く解らないぬめっととした、なんだかすっぱいような生臭い香りが漂ってくる。思わず健司は顔をしかめた。
 身体もなんだか傾いてしまったようで、重力を感じていたはずの両足がブンと宙に浮いてしまう。慌ててバタバタと足を動かすも、地上には戻れない。
「うわっ! 何だ? 何だよ!」
 突然の出来事に、何が何だかわからない健司はパニックに陥った。
(大変です。志賀健司氏、デグPに丸呑みにされています。ダメージ20%、22%――25%ああドンドンと減少中! 早期に脱出しないと完全に飲み込まれてしまいBコーティングも喪失。消化されてしまう恐れがあります!)
「ナナナナンダッテー!」
 そこでやっと健司は自分自身が、モフモフしていたはずの未知の生物に呑み込まれそうになっている事態に気が付いた。瞼の裏のステータス画面を見るとBコーティングに継続的にダメージが入っているのだろう。ゲージの残量が60%近くまで削られているのを確認。焦る。
「うお、ヤバイじゃん! どうすれば? どうすればいいんだ?」
(志賀健司氏、落ち着いてください! まずは武器を召喚し、打撃を与えて口から出させましょう! さあ召喚の文言を!)
「わかった。って、うわ。あれかよ……文言って「宇宙の法則が乱れる」かよ!」
 露骨に嫌そうな顔を浮かべる健司。
(いいから早く! このままだと志賀健司氏の生命が危険に晒されます!)
「解ったって! あーもう! 仕方ないなっ! 行くぜっ」
 健司は覚悟を決めると不自由な格好ながらも右手を掲げ、声を発した。
「宇宙の法則が乱れるっ!」
(ピ。召喚文言受理。右手に転送開始! 落とさないように注意です)
「了解!」
 唐突に掲げた右手にズシリと急に感じる重み。健司は、その重さを確認するとぐっと握り締めた。それは青色の龍の細工が施された長剣の柄だった。健司に握り締められた事により存在が確認され、彼が見つめる中みるみるうちに蒼く美しい刀身が構築されていく。
 す……すげえ!
 健司はその驚くべき技術を目の当たりにし感動しつつ
「ここから――出しやがれええええええっ!」
 裂帛の気合と共に剣を一気に突き出した。
「もきゅああああああっ!」
 突き刺す確かな手ごたえを感じた途端に、どこか愛らしい悲鳴が上がり、同時に健司の身体がポーンと外に弾き飛ばされた。
「うわーっと」
 軽く地面に叩きつけられる健司。視界に入った空は、ブベラマンの言う領域の為か時間が停止したままの動かない太陽の夕焼けが、赤く染まっていた。
「イテテテテテ。んで、どうなった?」
 健司が身体を起こし、辺りを見回すと、つぶらな丸い瞳にうっすら涙を浮かべているひよこに似たデグPが、揺らめいて消えていくのが目に入った。
(デグP一体撃破。お見事です!)
「おうさ!」
(しかし志賀健司氏の行動、あまりにも迂闊。今後はこのような事が無い様に! 愛らしいからと迂闊に近づいては行けません! デグシリーズは基本肉食動物なのですから! 死んじゃいますよ?)
「――う……はい。すみません」
「おお、なんとか脱出出来たか。良かった、心配したぞ。む、しかしいかんな。体力がもう50%ではないか。これは幾らなんでも消耗しすぎ……だな」
「すまない、おっさん。今のは間違いなく俺の不注意だ。でも、こっからだぜ! こいつらが敵だってのは分かった。絶対倒す!」
 構築完了した剣を右手で真っ直ぐに構え、残りのデグ達に視線を向ける。
 ――と
「きゃはははは。最弱のデグPに丸呑みされて体力半分になるなんて超恥ずかしいんだけど。しかも「こっからだ」なんてちょっと君、夢見すぎじゃない?」
「――なっ?」
 舌っ足らずな可愛らしい声が聞こえたかと思うと、ぴょこんとデグ達の真ん中から一人の金髪の少女が悪戯っぽく笑いながら顔を覗かせた。
「よいしょっと。ぶーちゃん、皆。ちょっと「待て」ね。大人しくしてなさい」
「ぶもっ」
 少女はデグ達にそう命令し、豚鼻のデグが元気よく返事を返したのを確認すると満足そうに頷き、とてとてと健司の前まで近づいてきた。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは」
 少女は元気一杯に挨拶を交わすと、両手を後ろ手に組みながらふんふんと健司を見上げ眺めてきた。
 外人さんかな? ん、いや? この子、ちょっと何かが違うぞ? 耳が、長い?
 健司の思う通り、その愛らしい少女は、どこかこの地球上の人物と違っていた。
目に見える部分だけでも耳と、目が人間のソレと違うのだ。
 瞳は左右の色が蒼色と赤色で、耳は冒険活劇で良く見るエルフ族のように横にピンと伸びている。その長い耳が小顔で愛らしい少女の顔をより魅力的に一層引き立てているように健司には思えた。
「おおー」
 少女のくりくりとした大きな瞳の中に健司を映し、好奇心でいっぱいに膨らんでいる。鮮やかな金色のボリュームある髪は高めに大き目のピンクのリボンで二つに結ばれ、フワフワと楽しそうに揺れていた。
 ピンク色の英語がプリントされたTシャツの上に秋物の青と黒のチェックのシャツを重ね着し、スカートはグレーのフリルのミニスカートと、小柄な体系にとても良く似合っている。膝下まで覆うブーツもファーが付いており、もこもことした視覚が更に少女の可愛らしさを増幅していた。
 そんなあどけない少女がつま先を上げて、背伸びをして健司を眺めているのだ。だれから見てもその姿はとっても愛らしく映るだろう。
 何この子。凄く可愛いくね?
 例外無く健司も少女の容姿、仕草にどぎまぎしながら思った。
「へー、ほー、ふーん。近接タイプなんて珍しいじゃん。というか、そっちだと初めてじゃない? ブベラマン、今回は良いの見付けたのね」
「うむ。そうであろう!」
 一通り健司を眺め終わった少女は健司の肩越しにブベラマンを覗くと、感心した様子で話しかけた。褒められて思わず健司も微笑んでしまう。
「でも、丸腰でいきなりデグPに丸呑みされるようなバカなのが残念ね」
「あう」
 ズッと、少女のにべも無い言葉に思わず健司がずっこける。
「あのな、ベリル……たった今この少年は我が戦士になったばかりだ。ルールも把握しておらん。だからこその無防備だ。彼を馬鹿にするのは止めてもらいたい」
 ブベラマンの呆れた言葉にベリルと呼ばれた少女は興味無さそうに「ふーん」と返すと、健司の顔を改めて見つめ、そのまま面白いことを思いついた! とばかりに何やらにっこりと笑顔を輝かせた。
「え?」
 何事か? と思った健司の傍に、そのままベリルは嬉しそうにしゃがみ込んだ。
「なっ、パッ――!」
 釣られて下を覗き込んだ健司の眼前には、ベリルのしゃがんだ状態にフリルのミニスカートから縞々の可愛らしいパンツが無防備に姿を覗かせ、眩しくも柔らかく目に飛び込んできたのだ! 健司はソレをしっかりと視線に収めてしまうと、思わず声が漏れた。顔が瞬間湯沸かし器のように真っ赤になる。
「きゃはは。赤くなっちゃって、かーわーいーいー」
 健司を見つめ、ベリルが楽しそうにからかう声が耳に入った。そのまま、よいしょと立ち上がると
「君に見せてあげたのよ。嬉しかった? それとも触りたかった?」
 と、背伸びをして、健司の耳元に口を近づけると小悪魔的に囁く。
「――えっ? 触……る?」
「こ、こらーっ! 駄目だーっ! 女の子がそんなふしだらな事をやってはいかああぁあんっ!」
 ベリルの挑発に思わず目を見開いた健司だったが、拳を握り締め顔を真っ赤に染めながら唾を飛ばして叫ぶブベラマンの姿に圧倒され黙る。というか、筋肉ダルマのおっさんマスコットブベラマン――彼は案外純情なのかもしれない。
「あー、はいはい。五月蝿い五月蝿い。あんたは相変わらずね……」
 当のベリルはデグ達の方へ戻りながらブベラマンの言葉を、面倒くさそうに手をひらひらと翳して受け流している。
「あ、あの……君は?」
 縞々パンツの残像がまだしつこく脳内にちらちらしながらも、健司は尋ねた。
「あら? あらら? ああ、そっか。そう言えばまだ自己紹介がまだだったわね。私はベリル。君の敵となる流転の幻影の幹部、孔雀石の娘達が一人よ。これから短い付き合になるとは思うけど、よろしくね♪」
 豚鼻のデグの背中にまたがると、ひょっこりと顔を覗かせてベリルはにっこりと自己紹介をした。
「え? 短い付き合い……?」
「うん。だって君、私にすぐ倒されちゃうから」
 恐ろしい事をさらりと言い切ったベリルの表情は変わらず無邪気な少女のままで、どこか空恐ろしく見える。が、健司の頭の中はパンツでいっぱいだ。
「――くっ。ならば、やはり戦士の誕生と共にすぐに倒しに来たという事か……」
「んー……そうね、結構そういう気があったんだけど……今日は止めとく」
「なんだと?」
「だって、この子が可愛いんだもん。もうちょっと見ていたいなって。それにそっちに近接職だなんて、初めてでわくわくするもん。あ、でも今回は私は手を出さないだけでデグMGかデグBとは戦って貰おうかしら。いくら可愛くてもあまりにも才能無さそうだったら、やっぱりさっさと終って欲しいし。つまんないから」
「あんだって?」
 完全にベリルのパンツ画像に飲み込まれていた健司だったが、その言葉にはカチンと来て声を荒らげた。ゲーマー魂は負けず嫌いの熱い気持ちが主な成分なのだ。
「だから、さっきのは俺が油断していただけだって言ってるだろ! いいじゃん、やってやろうじゃん。ベリルちゃん、だっけ。そこでしっかり見てろよ!」
「うん! 勿論♪ かっこいいところ見せてね……えっと……」
「あ、ごめん俺も自己紹介してなかった。俺は志賀健司、長い付き合いになると思うけど宜しく」
「きゃはは、うん。そうなるといいね健司君♪ ベリルたのしみー」
「ほう、そうか志賀健司というのか少年。メモメモ」
「ちょ、お前も知らんかったんかい!」
 ブベラマンがメモを取り出し、健司の名前を記し始めたのを二人して突っ込む。
(えっと、あの、そろそろ宜しいでしょうか? まだ盾の方が転送されていないので送りたいのですが……)
「あ、すみません。お待たせしちゃいました」
 AIのどこか棘のある言葉に律儀に謝る健司。
(後、緊急事態でしたので、通常ボーナスポイントはご本人に振り込んで頂いているのですが、今回は私の方で誠に勝手ながら振込みさせて頂きました、予めご了承願います。そしてベリルが戦闘に参加しない事で算出されなおした勝率はポイントの振込み、武器の召喚の完了も入れますと76%。 これならいけます!)
「え? あ、はい。ありがとう。おうさっ! 任せてよ!」
 ボーナスポイント? ああ、なんか28ptあるとか言ってた奴か。まぁ、きっとこの冷静なAIの事だからバランス良く振り分けてくれているんだろう。健司はそう思い、AIに感謝し深く頷いた。
(では、盾の転送を開始します。左手に注意です)
「了解!」
 健司が左手を掲げると同時にズシリとした重さが腕に伝わって来る。肘にがっちりと固定された感覚と共に、掌に現れたグリップをしっかりと握り締めると、光の粒子が集まり構築される盾が、ぐいと引き寄せられしっかりと手に馴染んだ。
 盾の素材はひんやりとしていて硬質な金属を思わせたが、非常に軽い。
「うおお、かっけええええええ!」
 盾の表の部分を見つめ健司は歓声を上げた。
 盾には雄雄しい姿を見せる一匹の蒼き飛龍の姿が描かれていたのだ。翼を広げ、咆哮を上げるその姿は見る者の心を奪いそうになる程威圧的で美しかった。
「へー、片手剣と盾かぁー。本当初めて見たわ。しかもあのデザインも素敵。健司君、カッコイイじゃない!」
 ベリルが健司の姿を見つめ嬉しそうに呟いた。
 学生服に盾と剣、なんだか違和感もあるけど確かに格好良い。
「そうだな。だが少年の場合、防御面が高くなる分、ベリルのような両手に比べて攻撃力に劣るのが弱点ではあるが、な。まぁそこの補いは健司の動きを見て判断しようではないか。なんせ初陣だからな。配慮素直に感謝するぞ」
「別にあんたの為じゃないんだけど……まぁ、いいわ。じゃあ、まずは健司君の肩慣らしも兼ねて一対一の戦いかしら。んー、デグB。貴方近接メインだしやってみて。勿論健司君が弱かったら気にせず倒しちゃっても良いから」
「べあ〜」
 丸い茶色の体毛がふさふさとした体長2mはあるデグBが、鋭く伸びた爪を大仰にみせながらベリルの声に嬉しそうに頷き、ずずいと健司の前に出てきた。
 健司に向けて両手を上げて威嚇するポーズは流石に圧巻――には見えず、逆にデフォルメされた熊のようで愛嬌すら感じた。
「むう。くまっぽくて可愛い奴だな。だけどもう油断はしない。お前は敵だ。絶対に倒してみせるぜ! 覚悟しなっ!」
「べあ〜〜!(望むところだ!)」
(志賀健司氏、デグBの攻撃はあの巨体から振り下ろす爪と、なんでも食いちぎる牙です。喰らうとダメージは大きいですが、攻撃自体は読み易いと思われますし、落ち着いて捌きながら打撃をコツコツ当てダメージを稼ぎ、倒しましょう!)
「了解!」
 AIの声に頷きながら、右手で握り締めた剣先をデグBに向ける。
「んじゃいくぜっ!」
 吼える健司。それが戦闘開始の合図になった。
 剣をだらりと下げ、デグBに向かいじりじりと詰め寄る健司。
 デグBはその場でにじり寄って来る健司に痛撃を喰らわせようと両の手を振り下ろすタイミングを伺っているようだった。
(志賀健司氏、相手は『待ち』状態です。焦れて突っ込むのは大変危険ですよ!)
「んな事は、見ればわかるって! ――よし!」
 なにやら思案顔だった健司はAIの言葉に一つ頷く。
 そして――まるでAIの警告を聞いていなかったかのように一気にデグBの懐に飛び込んで行った!
(あ、だから志賀健司氏、それはダメだって!)
「こいよ! お前の一撃見せてみろっ!」
「べあーっ!」
 途端に待っていましたとデグBが一気に両手を振り下ろす。
 ガンッ!
「べ、べあ〜?」
 が、勢い良く振り下ろしたはずの両手は途中で重い音を立てて動きを止めた。
 予定では地面まで叩きつけるはずだった自分の腕の緊急停止に、慌てて状況を確認しようと下を見たデグBの眼下に、盾を上方に構え、両手での打撃を完全に防ぎきり不敵に笑う健司のギラリと光る左目と、歪む口元が見えた。
「ハッ! 何だ。この程度かよっ!」
「べ、べあっ」
 慌てて腕を振り払い、デグBは後ろに飛びずさる。
 再び二人は間合いを取り合い睨み合った。
 いや、心なしか若干デグBの顔に動揺の色が走っているのが伺える。自分の最大攻撃を簡単に受け止められたのだ、それは仕方がない事かもしれない。
(す、すごい……相手の最大の攻撃を完全防御されています。初陣とは思えない度胸ある大胆な判断――素晴らしいです)
「今ので貰ったダメージはあるの?」
(0です。盾のDR(ダメージリダクション)の範疇内での処理に成功し完全防御に成功しております)
「ダメージリダクション?」
(はい、Bコーティングに受けるダメージを盾という防御アイテムを意思を持って使う事で発生させる特殊軽減の事を指します。今回の場合デグBの攻撃を勢いが出る前に押さえ込み、威力を殺す事にも成功しておりましたので完全防御が成立しておりました。お見事です!)
「ふーん、結構大きい衝撃が来たと思ったけどそうか、あれで削り無しのダメージ0か。特殊軽減ってのは必殺技の削りもある程度無効化って事か。この盾、いいな」
 傷一つ付けていない盾を見つめ、健司は性能を確認した冷静な呟きを吐いた。
「おお、すごいぞ健司! 確かに大口を叩いただけはある」
「へー、あの余裕。結構場慣れしてるじゃない。やるわね」
 ブベラマンとベリルも口々に健司の動きを称えている。
 ――世界を救うんならこれくらい出来て当然だぜ。
 健司は自信満々に思った。イメージトレーニングではドラゴンさえ瞬殺だ。
「で、次は攻撃方面か。行くぜっ!」
 言うなり、右手の剣を力強く握り締め水平に構えデグBに向かい駆ける。その速度は通常の人間のそれよりも遥かに速い!
 これは、マジですげえっ!
 Bコーティングの基礎能力倍化は健司の行動の幅を大きく広げる予感がした。
「べ、べあああ!」
 健司の迫る圧力に慌てて爪を横に凪いぐデグB。しかし健司は盾を斜めに構え、打撃をさらりと受け流し、勢いを殺し無効化する。立ち止まらない!
(す、凄い。受け止めるだけでなく、受け流す事も出来るなんて。本当にこの戦闘が初陣なの? どれだけセンスの有るプレイヤーなの……この人)
 AIの息を呑み、圧倒される声が聞こえた。
 そんな言葉を受けながら「どうだ!」と吼える健司。鋭く踏み込み、剣をデグBに向かい力いっぱい振り下ろした! 
 ズバアァァア!
 青白く輝く刀身が寸分違わずデグBの身体を貫く。手応えも充分だった。
 そのまま勢いが衰えぬまま、剣が大地に突き刺さり――
 ドッゴォォオオォォオオッ!
「は?」
(ひ?)
「ふ?」
「へ?」
「べあ〜っ?(ほ?)」
 大地に突き刺さった剣から、どう考えても有り得なさそうな効果音が鳴り響き、地面が爆発した。コーティングを突き破られ大ダメージを受けたデグBがその爆風をまともに喰らい、激しく吹き飛ばされる。
「べああぁぁあああ……」
 ゴロゴロと地面に転がりながら、悲しい声と共にデグBは消滅していった。
「う、うわぁ……」
 そして、あまりの威力を目の当たりにして、全員の目が点になる。
「ちょっと、ブベラマン。片手は威力無いってさっき――」
「う、うむ。その筈なんだが……ほれ、この取り扱い説明書にも書いて――」
 ぽかんと口を開けて説明を促すベリルに、動揺しながらブベラマンが答えている。
「――え? 今の俺の攻撃は通常攻撃だよ……ね? もしかしてスペシャルポイント使っちゃった?」
 健司も自身の攻撃に唖然とし、呟きながら瞼の裏のステータス画面を確認する――も、ゲージが減少した様子は全く無い。
(い、いいえ通常攻撃です。そしてデグB撃破お見事です。す、すごい……今までサンプルが振り込んでも力15以下の貧筋貧弱のカスばかりでしたので、力38まであるとここまでの威力になるとは……)
 なんだか上ずった感じで興奮気味に話すAIの声が響いた。
「え?」
(ふぅふぅ。予想の範疇を超えていました。ふふふ……はぁはぁ。す、すごいわ……うふふ。そうよ! やっぱり、男たるものこうでなくっちゃ!)
 そしてAIの様子が今の健司の一撃から明らかにおかしい。
「あ、あの、AIさん? どこかイっちゃってません? 帰ってきて、おーい」
(うんうん! やっぱりコレよコレっ! ヒャッハー! マッスル最っ高っ!)
 全然帰ってこないAI。声がイッちゃってる。
「ちょっ……本当にどうしました?」
「ぶっ、ぶはっ! け、健司――なんという恐ろしい振り分けをしたんだ!」
 頭の中で、衝撃的な程テンションMAXなAIがハジケている中、健司を見守っていたブベラマンがゴクリと唾を飲み、叫んだ。
「え? あ、いや……俺は振り込んでないぜ? 緊急事態だからってボーナスポイントはこのAIが振り込んでくれたんだよ」
 健司が言った瞬間ブベラマンが「またか!」と頭を抱え、天を仰いだ。
「へ? またかって? ……もしや?」
(ふふふ。うふふふふふ)
 陶酔したAIの笑い声が健司の頭の中に響く。
(やっぱりそうよ。時代はマッスルを求めているのよ。来たわよ、来たわよーっ! やっと、私の理想のプレイヤーが現れたわ! 今までの筋肉の無い貧弱な奴等なんか全部ポイよポイ。データなんてデリートよデリート!)
 うっとりとした声で饒舌に話し続けるAIの声と共に、何かを消去するような音が聞こえてきた。ますます健司の嫌な予感が駆け抜けていく。
「健司、君のそのBコーティング時のステータスだが……力だけにボーナスポイント28ptが全て振り込まれている!」
「はあぁぁああああっ?」
(問題無しです! 志賀健司氏。いえこれからはご主人様(マスター)と呼ばせて頂きます。マスター、ここから力こそが真の正義ってのを見せ付けましょう!) 
 ちょ、それ悪役の台詞みたいで嫌なんですけど……。健司は思った。
「健司、実は君のAIは毎回何か理由をつけて、我が戦士のボーナスポイントを勝手に力一点集中で投入する常習犯なのだ。 パラメーターは、自身の身体能力+αを強化してくれる大事なものなのに……ああもうっ、この問題児め」
(ああ、視覚共有の為お姿を拝見出来ないのが残念でなりませんが、さぞかし素晴らしい肉体で敵を圧倒していらっしゃるのでしょう。マスターの雄姿、想像するだけでワクワクしますわ! 唸る上腕二頭筋っ! 防げ天下の大胸筋っ!)
 おっさん、おっさん……あんたの嘆きはこのAIには何も届いてないぜ……。
 テンションMAXのAIの声を聞きながら、健司はブベラマンに同情した。
(すみませんマスター。貴方のような素晴らしい肉体をお持ちの方には私もしっかり名乗らせて頂きます! 私は貴方のような方の出現を今か今かとお待ちしていたのです! 私の名前はSIO4・3――ガーネットと申します。今日から貴方の為だけの専属ナビゲーターですわっ! 設定年齢は花も恥らう27歳。もちろん独身ですわ。趣味は茶道と、映画鑑賞。休日にはシャトーでブリュ――)
「あ! いや、あ、はい。ガーネットさんこちらこそよろしくお願いします」
 何だか人格設定の話が長くなりそうに感じたAI=ガーネットの自己紹介を、なんとか割り込んで止める健司。そのままガーネットが言うように「もしかして本当にマッチョになっているのか?」と、不安気に自分の身体を見回し、とりあえず別段何も肉体的な変化が無いことを確認しほっと安心した。
 流石にあんな身体になって戦うのは嫌だからな。
 ブベラマンの方を一瞥し、健司は心底思った。ちょっと酷い。
(さぁさぁ、マスター。このままの勢いであの小憎たらしいベリルも一発で仕留めちゃいましょう! マスターの非凡な戦闘センスなら絶対にイケますっ!)
「あは……あははははは」
 健司は引き攣った笑いを浮かべつつも、ベリルに顔を向け、剣を鷹揚に構えた。
「さて、ベリルちゃん。どうする? このまま戦う?」
「――えー、やらないわよ。もう今日はいいもん。良い物が見れたし、ね? いいでしょ? ブベラマン」
 言ってベリルは首を横に振ると豚鼻のデグから飛び降り、再びとてとてと健司の傍に近づいてくる。
「あ? ああ、我輩も配慮してもらった義理があるしな。異論は無い」
「じゃあ、健司君はルールも何も知らないって事だから、その説明をちゃんとしておいてね。次からはデグでは無く私達と戦う事になるから。こうは行かないわよ。覚悟しておいてね」
「……も、勿論だ。では停戦だな」
 ベリルの言葉にブベラマンは引きつりながらも大きく頷く。
「で、健司君」
 今度はくるりと健司の方を向いてベリルはにっこりと微笑んだ。
「うん?」
 その愛らしい笑顔にドキリとする健司。
「これからが楽しみになっちゃった! こんなに私をワクワクさせてくれたのって初めて! すっごく素敵だったわ! だから……だからね……」
「だから?」
「私からご褒美……あげるね」
 ベリルはもじもじしながら、おもむろにフリルスカートの裾を両手で摘む。
 そのまま――つつつ、と小悪魔な笑みを浮かべながら少しづつスカートをたくし上げ、ゆっくり、ゆっくりと細く白い太股が眩しく健司の目に映り始める。
「え? ちょっ、うわーうわーっ!」
 思わず声を上げる健司。しかし、視線はベリルの下半身に張り付いたままだ。
(ダメ! 私のマスター。あんなガキのそんな仕草に誘惑されちゃだめです! 大人の魅力溢れる私が必ず貴方の思うままの姿を――)
 ガーネットがベリルに対し嫉妬心むき出しの声で健司の頭の中で叫んでいるが、健司の視線はもちろん固定されたままに決まっている。その判断は間違いない。今も見て、次も見る。見れる時に見る。機会は逃さない。それが男の下心だ。
「ほーら、もう少しだよ……今度は触っても良いから……ね」
「え、えええ?」
 ゴクリと健司は唾を飲み込んだ。既に視線は眩しく輝く太股に釘付けである。
 そして――いよいよあと少しで、再び縞々の誘惑が見えそうな領域に入る。
「ダメだ、ダメだ。だから女の子がそんな事をしちゃいかーん!」
 ――が、いよいよというところでブベラマンが、もう耐えられない! とばかりに叫びながら圧倒的な肉体で体当たりし、ベリルを突き飛ばした。
「きゃあ!」
「あ、危ない!」
 飛ばされたベリルを健司が慌てて受け止める――も、衝撃が強く二人して尻餅をついてしまう。その瞬間、ベリルのツインテールを止めていたピンクのリボンがハラリと解け、落ちた。
「イタタタタ。だ、大丈夫?」
「うん。っていうか、ありがと」
 二人とも頭を抱えつつ起き上がる。
「――あ」
 健司の目があるところに釘付けになった。
 こけた拍子でベリルのスカートがまくりあがり、縞々のパンツが柔らか〜く出現していたのにも関わらず別の場所に、だ。
「つ……ツノ?」
「え? あっ。きゃ……きゃああああっ!」
 その事に気が付いたベリルが顔を真っ赤に染め、解けた左の髪からひょっこりと顔を出していた可愛らしいツノを慌てて隠す。勿論スカートから毀れている縞々のパンツは隠そうともしていない。ベリルにとってもそれどころでは無い自体が今、発生しているようなのである。
「み、見た?」
 恐る恐る尋ねるベリルの言葉に、健司はコクコクと頷く。
「そう……見たんだ」
 そんな健司の様子を見て、ベリルはゆっくりと呟いた。
 ベリルはゆっくりとした動作で落ちたリボンを拾うと、髪を束ね直し、しっか結んで角を隠すと
「――殺す」
 と、殺気を隠そうともせずに、健司をにらみつけ物騒な言葉を吐いた。
「な? ベリル?」
 ブベラマンがその迫力に息を呑んだ。場の空気が一瞬にして冷える。
「や、やべー! すっげーベリルちゃんのツノカッケー!」
 が、当の健司はそんなベリルの様子に全く気が付かず、目をキラキラとさせ、心の底から湧き出したような歓喜の声を上げた。
「へ?」
 一瞬の沈黙。雰囲気消失。ベリルの目が点になる。
「――え? 何て? 今健司君なんて言ったの?」
 一転してベリルが明らかに動揺した表情を浮かべた。
「え? だから、ツノのあるベリルちゃん凄くカッコいいって……」
「うにゃぁああ!」
 わくわくと話す健司の言葉を聞いて、真っ赤になって悶絶するベリル。
「う、嘘! そんなお世辞なんか言われなくても分かってるもん。このツノって凄く幼稚なんでしょ? ユナちゃんみたいに残っているのがバカの証拠だって言うんでしょ! 私、分かってるんだからっ! 騙されないんだからっ!」
首をブンブンと横に振って否定すると、再び健司を睨み付ける。
「嘘じゃないって! 何で? どう見てもソレ凄くカッコいいじゃん。俺は好きだなー、もっと見たい! って、あ、もしかして右にもツノはあるの?」
「ぶっ、ぶわぁか!」
 さりげなくベリルの髪に触れた健司に対し、ますます真っ赤になったベリルは健司の手を慌てて振り払い、おもむろに立ち上がると――
「うわああああああああっ!」
 そこでやっと健司はベリルの全身を見て絶叫した。
 気が付けばベリルは自分の身長の倍はありそうな燃え盛る狼の装飾を施した大きな槌を両手で握り締めていたのだ。あまりにもアンバランスな姿が異様に映る。
「嘘つきで変態な健司君の記憶、ぶっ、とばーす!」
 そのままベリルは一気に槌を振り下ろしたっ!
 ドガァアアァアアァッ!
 途端に健司の斬撃をも上回る破壊的な轟音が大地に響き渡る。
「なんでぇぇえええええ?」
 爆風に巻き込まれ健司が吹き飛ばされた。ドウと地面に激しく叩きつけられる。
「ちょ、ベリル! 停戦中。停戦中!」
 慌てたブベラマンが声を張り上げ、ベリルを止めに入る。
(ああ、マスター。あんなガキのパンツやツノなんかみて喜ぶから天罰を喰らったのですわ。はいはい。体力ゲージ黄色突入。残り36%です。たいへーん)
 冷ややかにガーネットが健司の体力の変化を告げた。
「わーたーしーはーどうせバカで成長が遅いのよーっ! この歳になってもツノなんか残してて悪かったわね!」
 ベリルは健司にはさっぱり分からない劣等感を丸出しに、ブンブンと出鱈目に巨大な槌を振り回していた。
「嘘つき嘘つき! 健司君の嘘つき! わ、私は絶対信じないからねーっ!」
「いや、本当に可愛いって! ちゃんとベリルちゃん、自分で見てみろよ! 俺は嘘なんか付いてないって分かるから! 他の誰が否定しようとも、俺は、俺だけはベリルちゃんの事、本当にカッコいいと思ってるって!」
「嘘、嘘、嘘だあああああ! うわーん!」
 まるで愛の告白みたいな健司のフォローを即座に否定するベリル。
「はーなーせー、たーおーせー」
 夕焼けの空に、デグ達に必死で止められているベリルの絶叫がこだましていた。



     2章

     1

 日本上空のどこか。
 そこに、大きな大きな丸型の戦艦がぷかりぷかりと漂っていた。
 不思議な事に、その戦艦は太陽の光を浴びているというのに陰を一つも作る事無く、まるで光をすり抜けるように存在していた。
 実はこの丸い戦艦こそが流転の幻影の基地の一つ、超巨大丸型巡察戦艦「クリソコーラ」である! 収容人数はとにかくいっぱい。でも人はそんなに居ないの。
「ん〜ふっふっふ。健司君……志賀健司君かぁ〜」
 戦艦の中、上機嫌で歩くベリル。呟く言葉はさっきの出会い。これから戦う事になった、お気に入りの少年の事だった。
「私のツノの事、カッコいいとか……他の誰が何と言おうと俺はそう思うだって……えへへ」
 ツインテールの中に隠したツノを触りつつ、本当に幸せそうに呟くベリル。顔を赤らめ、はにかむ表情が愛らしい。
「ね〜ね〜、ユナちゃんも、アクアちゃんも聞いてよー。すっごい楽しかったんだから!」
と、ベリルは左右並んだ部屋でふと立ち止まると元気な声を出し、バタン! バタン! とノックも無く無遠慮に両方の扉を開けた。
「……なにツノ付きのバカ姉さん。武器の手入れしてるんだけど……」
「え? え? ど、どうされましたか? ベリルお姉様」
 初めに陰鬱な暗い声を出したのは、毒々しいくらい真っ赤な部屋の中、一人壁の隅でぬらぬらと赤く染まるナイフを研いでいた褐色の肌のやや小柄な、でもどこか大人びた少女だった。短めの黒髪を肩まで垂らし、レースのチェニックにレギンスという黒で統一した服を身に着け、銀の三連ネックレスが唯一鮮やかなワンポイントに見える不健康そうな地味少女は、三白眼に近い形をした瞳で面倒そうにじろりとベリルを一瞥すると、興味を失った様子ですぐに作業に戻った。
 続いて声を上げたのは透き通るような蒼い髪を一つに束ね結んだ幼い顔つきの長身の少女だった。沢山のぬいぐるみが見える部屋の戸口に立ってベリルに丁寧に声を掛けている。可愛らしい豚の絵がプリントされた淡いピンクの寝巻きを着ている姿が愛らしいが、その声質と、しっかりとした佇まいからして礼儀正しく真面目そうな雰囲気をこちらの少女からは受ける。パジャマからでもはっきりと分かる胸の起伏は、姉と呼んだベリルよりも遥かに発達しており、成長の良さが伺える。
「ん〜んふふふふふ」
 そんな二人を見つめ、ますます嬉しそうに笑うベリル。普段なら怒るだろう褐色の少女の皮肉も気にならないらしいほどの上機嫌っぷりだ。
「? ベリルお姉様?」
 長身の少女アクアが不思議そうに首を傾げ、声を掛けた瞬間――バタンと黒髪の少女ユナが乱暴な音を立てて扉を閉めた。
「あっ、ちょ! ユナちゃん! お姉さんの話が聞けないってゆーの?」
 ベリルがドアを開けようとするもドアは固く閉ざされ開く気配が全く無い。
「バカ姉さんの話なんて聞く必要無いから」
 閉まったドアの向こうから、ユナの呆れ返った声が聞こえてくる。
「な、なんですってー!」
 ベリルは思わずムッとした表情でドンドンと何度も扉にノックを入れ「おらぁ! 開けんかい!」と乱暴に蹴りを入れてみたりするも、それ以降返事は無く、もはや黒髪の少女が出てくる可能性は1ミリも無さそうだ。
「んもう。解ったわよーだ。相変わらずユナちゃんはノリが悪いんだから。まあいいもんねー、じゃあアクアちゃんだけにこの話しちゃうもん」
 ベリルも諦めたようで、ユナの部屋の扉の前であかんべーと舌を出すと、にっこりとアクアに顔を向けた。アクアはベリルの顔と、ユナの扉を交互に見つめ困った顔をしていたが、結局姉の笑顔が移ったのだろう、はにかんだ表情を見せた。
「は、はあ。お姉様、本当にどうされましたか? 其れほどまでにご機嫌なのは久しぶりでありますね。私まで嬉しく思えます、が……その……無粋かもしれませんが、ユナお姉様は元々あのようなご性格。無駄に刺激されない方がよいかと」
「あらアクアちゃん心配してくれるの? きゃー、ありがとー、やっぱり持つべきはこういう可愛気のある妹よねー」
 言いながらアクアに思いっきり抱きつくベリル。身長差もあって、まるで子供が親に抱きついているようだが、れっきとした姉妹である。(しかも姉が低身長)
「そ、そんな。私よりもベリルお姉様のが遥かに可愛いです……よ」
「えー、そんな事ないよ! アクアちゃんも超可愛いよ!」
「あ、そんな……お姉様、ありがとうございます」
 アクアは、ベリルに満面の笑みで返されて顔が真っ赤に染まる。
「――で、ベリルお姉様。そのご機嫌のお話は何でしょうか?」
 ベリルが離れたのを見計らってアクアはおずおずと質問する。
「そうそう、あのね昨日さー、アレがあるかどうかをちょっと調べていたらね」
「え! もしや! 見つかったのですか?」
「あ、違うの。っていうか、アレはね、その……レーダー壊しちゃった」
「ええええええ? それは大変な事じゃ……」
「あ、うん。でも大丈夫。もう本部には連絡済み。お母さんが言うにはイシス中将はブツブツ文句言ってたらしいけど、ちゃんと了承も貰えたから大丈夫。でも直すのに暫く時間が掛かるって。本当ごめんね。私がうっかり踏んじゃったんだ」
「あ。そ、そうなのです……か」
 どう答えれば良いものか、困った様子でアクアは相槌を打つ。
「まー、それはどうでも良いの! それでねそれでね、話戻すけど、偶然ブベラマンの領域に気が付いちゃって! あっちの戦士の誕生を見てきちゃったの!」
「なるほど! と言う事はお姉様が颯爽と討ち取ってこられたのですね!」
「えっと、それもちょっと違うの。ん〜とね、今回のブベラマンの戦士だけど、きっと凄く強くなるよ! その子、健司君って言うんだけどね、初めてとは思えない強さで私のデグを二体も倒しちゃったんだ。あれは多分デグじゃ勝てないわ」
「おお! それは珍しいですね。いつもデグちゃん達だけで苦戦してましたのに」
 意外な話だと目を丸くするアクアに、ベリルも笑って頷く。が、すぐに気まずそうに頬をぽりぽりと掻いた。
「あら? どうしました? ベリルお姉様」
「その戦いでね……実は私、うっかりツノ、見られちゃったんだ――」
「ええっ? 見られてしまったのですか? ど、どうして……」
 心配した表情でアクアが声を上げるが、すぐにハッと何かに気がついた様子で
「――って、大丈夫でしたか? ベリルお姉様、虐められませんでしたか?」
 慌ててベリルの身体に何か異常が無いか見回し、言った。
「うん、うん。全然大丈夫! それどころか、カッコ良いとか褒めてくれて、私に優しくしてくれたの! 私こんなの初めてだったなぁ」
 ベリルの全身から溢れる幸せな感情で、花びらが舞い散るような雰囲気が見える。。
「そ、そうなのですか? それは良かったです! 私、またベリルお姉様が嫌なお気持ちになられたのかと心配で……」
「いや、本当大丈夫だって。それよりもびっくりしちゃった。私にツノが残っているのを見てそんな事を言ってくれた人って生まれて初めてだったもん。思わず信じられないって、暴れちゃった、えへへ」
「素敵な方です。私もびっくりしました……このような未開の惑星に、そのような心の温かい方がいらっしゃったなんて……」
「うん! このツノをバカにしないで居てくれるのってお母様とアクアちゃんしか居なかったから……凄く嬉しかったなぁ。絶対本気で言ってくれてたもん」
 うっとりと溜息を漏らし、幸せを反芻するベリルはそのまま元気に言葉を続けた。
「でねでね! 聞いて聞いて! そんな強くて可愛い健司君ったらね、私と同じでウォーリアなの! これってもしかして運命かも!」
「ウォーリア! 相手側に近接職が出るのは初めてですね! これは確かに戦闘の方も楽しみに――って、そういえば他の戦士は如何だったのでしょうか?」
「うーん、解んないなぁ。あの様子だとまだ一人なのかな? でも、きっと健司君はもっともーっと強くなるわよ。今回でやっと相手が手強くなったわ!」
「はい! 良かったですね! お姉様」
 ベリルの満面の笑みに大きく頷くアクア。
 姉の笑顔が嬉しいようで、アクアも心から笑っているように見える。
「でもね、本音を言うと、私、健司君と戦いたく無くなっちゃってるんだよね」
「あはは、それもなんだか分かります。ベリルお姉様のお話だと、とても良い方みたいですものね、健司さんという方」
 ペロリと舌を出して笑うベリルにアクアも嬉しそうに頷いた。
「ふーん。そう……。じゃあ僕が行く……姉さんのお気に入りは倒して、殺す」
 しかし、そんな和気藹々とした二人の背後から陰鬱な声が聞こえた。
「え? ユナちゃん?」
「ユナお姉様?」
 二人が慌てて振り返ると――
 大きく開けっ放しになった扉と、既に無人となったユナの部屋が見えた。真っ赤に塗られた生活感の無い不気味な部屋は狂人のそれを思わせる。
「うわ、やっば。ユナちゃんに目を付けられるのは危ないって!」
 一瞬ぽかんとユナの部屋を見つめていたベリルは、みるみる内に表情をひきつられ、青褪めたかと思うと、慌てて走り出した。
「あ、ベリルお姉様っ!」
「ごめん! アクアちゃん、ユナちゃんを止めに地上に行ってくる! 今日のご飯はハンバーグでお願いねー。デミグラスソースたっぷりのごっついの!」
「あ、はい。畏まりました。またハンバーグでございますね。ではベリルお姉様も気をつけて行ってらっしゃいませー」
取り残されたアクアは、心配顔で手を振りベリルの後ろ姿を見送ったのだった。

     *****

 鋭錐高校普通科1―D組、ただ今授業中。
 戦いの翌日、健司はいつもどおり興味の無さそうな顔で授業を受けていた。
 教科書とノートは一応机には置いてはあるのだが、よくよく見てみると下手糞な落書きだらけである。正直真面目に授業を受けている気配は全く無い。
 それどころか窓の外に視線を向けて思索に耽っている様子である。
「ぬふ」
 突然健司がニヘラと相好を崩した。
 その表情は相当にだらしない。ベリルの縞々パンツやツノでも思い出しているのだろう。それ以外考えられない。健司の脳内ハードディスクには何枚も使用出来そうなシーンが色あせず鮮明に保存されているのも間違いないだろう。いや、むしろ使用しやすいように場面が男の都合で改竄されている、も有り得る。仕方がない。
 続いて健司はワクワクと何かを楽しみにしている表情を見せた。そのまま、キリリと表情を引き締める。何だろう、今度は頼りがいのある表情だ。
「俺が地球、守らないとな!」
 そのまま健司は、ぽつりと壮大な言葉を呟いた。

 ――時は遡る。
「へー、って事は、おっさんは別の世界からこの世界に守るために来たと。ああ、それはもう信じるぜ! こんなすげー技術とか実際見たことも聞いたことなかったもんな。マジで感動したぜ。ただの変態と思ったけど見直したぜ!」
 健司はベリルが去った後、ブベラマンと共に住宅街の近くの小さな公園へと移動し、ベンチに横並びにちょこんと座ると、地球の今後という壮大な話をしていた。
 それまでブランコを力いっぱい扱いでいた幼女がブベラマンの姿にテンションが上がったのか顔を輝かせ、全力で全身タイツの変態野郎(保護者視点)に近寄ろうとしたのを、母親が露骨な表情を浮かべて必死に止め、引きずりながら立ち去っていったのは仕方が無い事だったが、通報されていないだけマシだっただろう。まあ、その御陰で領域を張らずとも、気が付けば健司とブベラマンは公園に二人きりだ。
「それにしても回復ゲージってのがブベラコーラに戻って体力が回復出来るってのも助かったぜ。鮮度そのままだし、飲んだら楽になったし。色々驚きばっかだぜ(※回復ゲージは元に戻ればコールドドリンク適正温度5度のまま清潔に保たれた新鮮なドリンクでございます。厳しい品質検査基準をクリアしたブベラ社自慢の製品。安心、安全の美味しさを貴方にお届けします)」
「ぶはははは。そう言って貰えると我輩も鼻が高い。回復ゲージはブベラ社最新のシステムでな――体力の回復だけでなく、武器の修復、スペシャルポイントの回復等を可能とするのだ。戦いの流れを読み使用の配分を確立すればこれ以上心強い物は無いだろう」
 ブベラマンは自慢の機能が褒められてとても嬉しそうだった。得意気に胸を張る。
「おお、すげえ。他にもそんなに応用が利くのか! そりゃますます次の戦いが楽しみになってくるぜ! 今回は通常攻撃しただけで他は何も試せなかったし。色々次回は使ってみたいなー」
 ブベラマンは頼もしい言葉を発した健司の肩を、嬉しそうにバシンと強く叩く。
「お?」
「健司。君は我輩のデータで知るこの世界の人々の中で、我輩も驚くぐらい適応力が高かった。この異常現象に対して寧ろ嬉々として望むとはな。これは我輩達にとっても大変有り難い事だった。感謝するぞ」
「ん? ああ。まーな。普段から俺はこの事態に備えていたからかな」
 そもそも、宇宙は広いし人の知識や科学だってまだ全てでは無いだろう。これくらいの不可思議くらい許容範囲だぜ。むしろウエルカムだぜ!
 志賀健司。この男の心構え、気持ちも、宇宙のようにどこまでも広そうである。
「しかし、確かに健司にとってはゲームに見える戦いなのだが……」
「うん?」
「もし負けたとしたら、都合の悪い事になってしまうのだ。現段階ではこの星を守れるのは奴等の技術に対抗出来る我が社に選ばれた君しか居ない。そこは心して欲しい。今回はベリルが配慮してくれた為、良い実戦経験になっただろうが……今度は恐らくはそう簡単にはいかんぞ」
「そうだろうな。ベリルちゃんの槌の一撃は凄かったし。油断は出来ないと思う」
「おお、自信に満ち溢れ大口を叩くかと思ったが、中々冷静だな!」
「当たり前だろ。画面見なくて、対人戦が勝てるかよ。それと同じだろ」
 必要以上に尊大にならず、相手を見ることが出来、自分が何をするべきかを把握する。格闘ゲームで強くなる為の基本を健司が持っているのは当然の事である。
「で、ベリルちゃん達の目的は一体何だよ? ってかさ、なんで全然関係ない場所でこんな争いをしているんだ? おっさん達の世界で戦っていれば別に俺らの世界には迷惑掛かんないじゃん」
「う――」
 ブベラマンは、返事に窮し押し黙った。暫くしてから、すまなさそうに口を開く。
「実はベリル達には恐らく目的は無い、いや……あるのかも知れないが正確な事は我輩も把握していないのだ。ただこうして星を渡り迷惑をかけているだけだ」
「おい! 無いんかい!」
 思わずベンチからずり落ちながらツッコミを入れてしまう健司。これは流石の健司ですら想定外の答えだった。
「宇宙を放浪している奴等は毎回襲う星を突然指定してくるのだ。そして我々は星団法で規定されている自国防衛以外で正規の軍を出すべからずの規則を守りながらも他星を守る為に、君達にとっては失礼な話だが、我が企業の製品がどこまで戦えるかのテストも兼ねて、原住民に技術を与え戦わせる方式を採用しておるのだ」
「んー……いまいち良くわかんないな。結局技術競争って事?」
「うむ、そんな感じだな。今のところ流転の幻影に唯一対抗する者として我が社が星団から一任されておるは間違い無い」
「ふーん。というかさ、ルールがあるって事は、ベリルちゃんも大体同じ技術を使ってるって事? 有る程度は技術に共通性が無いとそもそもこの戦いは成り立たないと思うんだけど。設定もルールも違うものと戦うとクソゲーにしかならないぜ?」
「あ……ああ、勿論健司の言うとおりだ。勿論根底となる部分は我らの製品とあいつ等の製品は同じなのだ。いや、というのも、実はだな……」
 健司の質問にブベラマンは何やら言いづらそうに頬を掻くと言葉を続けた。
「先ほど一任されていると言ったのだがな、我が社がこの製品を開発し、実装間近になった折に、我々の技術データがいつの間にか流転の幻影に流出していたのだ」
「はぁ? まじで? 重要機密とかじゃないの、こういうのって」
 とんでも発言に呆れる健司に「勿論だ」と頷くブベラマン。
「情けない事に「我々の製品をより強固なものに改良した、このブベラ社の技術を使った製品を侵略の道具に使われるのが嫌なら止めて見ろ」と奴等が得意気に宣戦布告してきた時に始めて気が付いたのが始まりなのだ……」
「おい、全然話が違うじゃねーか」
「うむ、だから実質は一任では無く、強制だ。周りの目も痛かったぞ。結局は情報を流した社員が自首し、原因は分かったものの、莫大な予算と時間を掛けた我々の成果が流出し悪用される事態に陥ったのには困ったものだったよ」
 その時の苦労を思い出したのだろう遠い目をする、ブベラマン。
「それは……大変だな。自業自得とは言え、苦労が分かるぜ」
「うむ。だからこそ、基本的な戦闘のシステムはこちらと何も変わらない。相手にも同じゲージが存在し、各職業に応じたSP技を放って来るだろう。気をつけてくれたまへ」
「なるほど! OKOK、事情は分かったぜ。それにますます格ゲーみたいな感じになってきたな。本当おもしれーじゃん」
 嬉しそうに頷く健司は、より一層この未知のバトルへの興味を深めたようだった。ぐるぐると腕を廻すその姿は元気一杯である。
「ぶはははは! 本当に頼もしいな健司は。あ、それで肝心のルールだが」
「おう」
「戦士が全滅したら終了。以上だ」
「すげー単純じゃねーか! つか、本当にそれだけ?」
「いや、細かい事はあるんだが、どうせ今は健司だけだし、詳しくはAIで!」
「ああ。どちみち俺がやられたら終りって事か。了解。で、負けたらどうなるの?」
「我らが勝てば、あちらは侵略失敗で撤退。こちらが敗れた場合は、次に奴等は戦艦や大量のデグを投入し、堂々と技術力で星を圧倒し、一時的に制圧するのだ。もちろん問答無用で――な」
「――な……それって世界征服じゃねーの?」
 結局再び壮大な話になり、思わず呻く健司に、ブベラマンは小さく頷いた。
「だが、奴等は別に世界征服が目的では無い。自分達の持つ技術力を他星に見せ付けられればそれで良いのだろう。その後襲撃すべき新しい星を見つけるとまるで何事も無かったかのように出て行くのだ。だから危険度が少ないと見られ、それほど問題視されていないのも現実なのだが。襲われた星にとってはたまったもんでは無いのは言うまでもないだろ?」
「本当だよ、その星の人たちにとって迷惑以外の何物でも無い話だな……」
「うむ。しかも困った事に奴等はどうでも良いような、それでいて無茶苦茶な事を必ず一つ住民の方々に強制してくるのだ」
「どうでも良い上に無茶苦茶な事?」
「そうだな例えば――前回我輩の選んだ戦士が敗れた星では、世界掌握後「一日三回誰かを覗いて「恐ろしい子」と白目で呟く法律」を作り実行。強制していた。あの異様な光景、あまりの恐ろしさに我輩も絶句したぞ……」
「く、くだらない上に、な……なんて恐ろしいんだ……せめて一回だろう」
 健司もその「カッ」という効果音が鳴り続ける光景を想像し、絶句した。
「健司、だからこそ我輩は君が世界を守る為に選らばれたと言ったのだ。君が負ければ――君の星はほんの一時ではあるが滅茶苦茶にされてしまうだろう!」
「……な、なるほど、大体事情は解ったぜ。おっさん。そんな超迷惑な愉快犯に俺らの世界を好きにはさせないって! 何てたって俺は選ばれし英雄だからな!」
「ぶはは! その通りだ健司。確かに先の戦闘を見るに君の能力は今まで出会った人物の中でもずば抜けている。今度こそという思いも勿論ある。我輩も頼りにしているぞ! ではこの星を守るチーム「ケンジーズ」として、これから恐らく入って来るであろう仲間と共に、流転の幻影と戦ってくれたまへ!」
「は? ケンジーズ? 何それ」
 ブベラマンの言葉に、健司が固まった。見れば、わなわなと身体が震えている。
「ん? 君のチーム名だが?」
「いや……それは分かるんだけど、何故俺の名前が?」
「世界を救うリーダーとなる君の名前を取らせて貰ったのだが気に入らんか?」
「まさか、とーんでもないっ!」
 今世紀最高の笑みを浮かべ、親指をブベラマンに向けて立て即答する健司が居た。
「ぶへ?」
「イイネ! とってもグレートなネーミングだぜ! 俺が付けろと言われても間違いなく同じ名前付けた自信があるぜ! だって俺がリーダーだもんな! ケンジーズか……まさに最高の名前と言わざるを得ないっ!」
本来なら自分の名前がチーム名になる事なんてかなり恥ずかしい出来事だと思うのだが、健司は少年の顔で無邪気に喜んでいた。
「うむ! 宜しく頼むぞ! 地球防衛隊ケンジーズ!」
「応さ! 任せとけっ!」
 健司とブベラマンはがっちりと握手を交わす。 
「――って、あ、そうだ。ちょっと聞いていいか? おっさん」
「ん? なんだね、健司」
「あのさ、失礼だとは思うけど俺さ、おっさんに対して正直に思った事を言うけど、いいかな?」
「うむ? なんだね? 気にしなくていいぞ」
「んじゃ言うぜ。あのさ……おっさん」
「うむ、なんだね?」
「あんた、見た目と違って正直滅茶苦茶普通だよな」
「ぶはっ」
 ブベラマンの核心を突いたクリティカルヒット炸裂。脂汗だらだら。
「な、何を言っているのだね健司? わ、我輩はマスコットだぞ!」
「いーから、いーから。あれだろ、中の人補正だろ? そりゃ、ずっとあのテンション維持するのは難しいもんな。俺は理解してるぜ。だから無理すんな」
 キラキラと目を輝かせながらブベラマンの肩にポンと手を置く健司。
 何も言わなくても、俺は解ってるぜ! とかそんな感じの感情移入の顔だ。
「ほら、あの夢と希望とお金の国の使者●●●●●●●だって、気がつけば舞台裏でかぶり物を外して、疲れた表情でタバコ吸ってるもんな!」
「ちょ、まっ! わ、我輩は中の人などおらんぞっ! 断じておらんぞっ!」
「うん、うん。わかってる。●●●●●●●だってそういう時は「な、中の人なんていないよぉ〜〜!(裏声)」って言うもんな。本当キャラ作りご苦労様」
「うううううううううう、違う! 違うんだぁああああっ」
 ブベラマンは健司の「オッケー全てわかってるぜ」的な瞳に抵抗しようともがいたが、その苦悩の姿が健司の言う話が事実であることを物語っている気がした。
 だがその事実をプロとして認める訳にはいかないのだ! 頑張れブベラマン。
「――あ、そうだ。もう一つ聞いていいか?」
「……んん? な、何だね?」
 また弄られるのでは無いか? と少々警戒しつつブベラマンが頷く。
「なんで、飲料水メーカーがこんな事してるの? 警備会社とかじゃないの?」
 健司が尋ねた瞬間、ブベラマンの表情が切なそうに曇った。
「……きっかけは防犯意識調査の奥様アンケートからだ。飲み物にも防犯、自衛手段の機能をつけるべき! との、な。それから大変だったぞ、予算も信じられないくらい掛かってしまったし。使い物になるようになるまでの道は長く険しかった――本当に苦労したぞ。そして気がつけばここまで来てしまっていた」
「うは! まじっすか! 無茶苦茶じゃん! しかも技術伸ばし過ぎ!」
「ああ、本気と書いてマジだ。だが我々は奥様の要求に応える義務があったのだ」
「はー……」
 どの世の中も奥様というのは無茶な要求を平然としてくるのが解った。しかし、その期待に応えて技術展開する会社も会社でどうなんだ? とも健司は思った。
「やっべ、それすげーウケるんだけど」
 健司は混みあがる笑いの衝動を抑えきれず、大きく笑ったのだった。

「あはははははははは」
 そして、その笑いが思い出し笑いとなって、授業中でしんと静まり返っている教室に高らかに響いた。
「こら志賀ぁ! 何がおかしいんだ!」
「――ぎゃっ(楳図)」
「お前また授業聞いて無かっただろう! ちょっとこの問題を解いてみろ! 出来なかったら……解ってるな?」
健司がしまったと思った時にはもう既に遅かった。
「――うう、すみません……わかりません」
「……古典的だが、志賀。お前は廊下に立ってろ。それと後で説教な!」
 健司の通う鋭錐高校は、県下有数の進学校。
 授業はそりゃもちろん厳しいのであった。

     2
 
 キーンコーンカーンコーン
 授業終了のチャイムが鳴り響き、今日も放課後が訪れる。
 そんな中、健司の帰宅は早い――訳ではない。途中でゲーセンに寄るからだ。
 授業が全て終るのが3時10分。その後掃除当番で無い限りは全力で帰宅準備を整えると、部活動に向かう生徒達を尻目に校舎を出る。いつもの事だ。
「あー……今日はだりかったなー」
 まさかの授業中の高笑いで廊下での立刑及び授業後の説教(仮)を喰らった健司は思わず愚痴をこぼしてしまう。が、自業自得である。
「おーいおーい。健司、おーっす」
「おー、天子(てんこ)。うーっす」
 と、高校を後ろに控えた三叉路で健司は姫告天子(ひめこくてんこ)と合流する。これもいつもの事だ。
 天子は美しく長い黒髪をきらきらとストレートに流し、色白の小顔に良く似合った切れ長の目が特徴の長身の美少女だ。それで居て巨乳。セーラー服に黒のタイツ姿が天子の清楚で清らかな雰囲気を醸し出す中、ドンと突き出た胸の存在感はそれ以上に物凄いものがある。
「昨日は塾お疲れ。いやー天子居ない日は連勝止められないし懐に優しいぜ」
「良かったじゃん。ま、貧乏な健司にはそういう日あってもいいもんね」
「うっせうっせ。別にお前いても連勝出来るっつーの。今日証明してやるぜ」
「へー、そんな記憶あんまり無いけどなぁ。ま、楽しみにしておくわ」
 二人は横に並んで歩きながら砕けた調子で楽しそうに会話を交わしている。
『はい? 天子と俺はただの幼馴染だけど何か?』
以前天子に惚れたある先輩に、天子との関係を問い詰められた時に健司がそっけなく答えた回答は、他にも健司の存在を気にしていた天子ファンの間にあっという間に広まり「あのゲームバカなら大丈夫」と安心されたのは言うまでも無い。
 本来男子、女子共に天子ファンが多い中、いつも近くに居る健司という不穏分子がそれほど険悪な扱いを受けずに済んでいるのは色恋沙汰に全く興味の無いように見える健司の振る舞いが大きいからだろう。下心は結構あるのにな。
 天子と健司は幼稚園からずっと付き合いのある悪友であり様々な遊びの中で争う永遠のライバルだ。そして勿論現在この二人は格闘ゲームにおいて名勝負を繰り広げ、切磋琢磨し腕を磨いているのである。勉強に置いての格差は酷いが気にしない。
 本能で熱く動くタイプの健司と、理詰めで冷静に動くタイプの天子。その両極端の時に熱い、時に寒い、じりじりとした手に汗握る対戦はギャラリー受けも良い。そう、天子もまたここS県が誇る、若き天才格ゲーマーなのである。
「あ、そうそう。私ヌコ3のニャンの新しい連続技見つけたんだけど、特別に健司に教えてあげよっか?」
「お、マジマジ? どんなの? ダメージでかい?」
 天子の声に、瞳が輝く健司。
「うん、結構。しかもスタン値稼げるからお勧めだよー。画面端限定だけどJ大Pから立中K→ニャイ→ホイで止めて立大Pで〆。ニャイ撃蹴とのタイミングずらしで結構J大Pを深めに当てるのがポイントかも」
「ほうほう。猫螂斬は三段打ち切らないんだ」
「うん。最後ニャーイで〆てもいいんだけど、それだと立大Pよりもスタン値がかなり低いのがね。でも、ニャーイだとダウンさせられるから状況次第か、な?」
「おー、結構使えそうじゃん! 早速今日試すかな。ニャンもやってみたかったし」
 色々ゲームの専門用語が出ているようである。正直意味が分からない人の方が多いだろう。折角年頃の男女が狭い路地を、夕日を背景に肩を並べて歩いていると言うのに、ラブとかコメとか言う奴の雰囲気が全く無い。ゲーマー二人にとってはいつもの事である。期待するほうが無駄ってもんだ。いつもの事である。
 ――が、今日は辿り着いたゲームセンター前が、どこかいつもと違っていた。
「ぶっ!」
 それに気がついた健司が、思わず吹き出したのはすぐの事だった。
「ん? どしたの健司?」
 不思議そうな顔で健司を見つめる天子。
 しかし健司が吹き出すのも無理は無かった。ゲームセンターの入り口にある自販機が並列してならんでいる場所に、一つ明らかに違和感を覚える近未来的センスの自動販売機が存在していたのだ。
 しゅわっと爽快。ブベラコーラ! 君も爽快? あーそうかい。
 ブベラ社の自動販売機。
 酷いキャッチコピーだ。消費者を舐めているとしか言いようが無い。
 ……正直このキャッチコピーといいデザインといい、寧ろ過去の遺産のような古めかしいものを感じてしまうのは間違いだろうか。健司は切々と思った。
 ――って、ああそういえばこの自販機は天子には見えないんだっけか?
 健司がそう思い天子の方を見た瞬間。
「うわ、なになになになに。あの自販機。すっごいセンスなんですけどー」
「へ?」
 天子がブベラコーラの自販機に視線を向け、嬉しそうに呟いた。
 そのまま間髪入れずに健司の横腹を肘でつついて
「健司、めっさああいうの好きっしょ?」
 と、にこやかな笑顔を向けてくる。
「天子……お前、あの自販機見えるの?」
「ん? 見えるけど? って、何々? その心霊現象的な言い方気になる」
 あれ? おっさんが普通の人にはあの自販機は見えないって確か言ってたじゃないか。なんで天子に見えているんだ? 健司は眉を潜め思った。
「にしても、いつの間にこんな自販機入れたんだろう? わー……健司で無くても気になるわー、ブベラコーラってネーミングセンスも……すごい」
 天子は自販機に近づきまじまじと覗き込むと先日健司が言っていた言葉とまるきり同じ言葉を呟き、ごくりと唾を飲み込み――そのまま財布から120円取り出し自販機にお金を突っ込んで、ブベラーペッパー350mlと言う製品を迷わず押して買ってしまっていた!
「うおっ。天子、行動はやっ!」
 思わず健司が声を出してしまうほどの決断の早さだった。
「にへへ。健司にも何か買ってあげよっか? ほら、これ気になるよね。ブベラーペッパー。ちょっとパクリくさいネーミングセンスだけど」
 天子はジュースを取り出すと健司に向かって誇らしげに見せ、笑った。
「あ、ああ」
 これは、言っておいた方がいいな。もし天子があの缶を開けて俺の時みたいに出てきたら驚きのあまり、下手すると死んでしまうぞ。
 ――おっさんが。
 健司は本気で思い、この後の展開が心配になった。
「あ、いや、俺は自分で買うからいいよ。ちょっと開けるの待って」
「ん? いいよー。乾杯しよう。で、健司は何買うの?」
「おう。ブベラコーラの500ml」
「わお、冒険するね! さすが変ドリンク購買会会長!」
 カラカラと天子が口を開けて笑う。普段人前で絶対に見せない笑い方だ。
「いやー、これが結構美味しかったんだぜ――でもな……」
 と、健司も話ながら120円入れてブベラコーラを購入し、取り出し口から出す。
「でもな?」
「開けて、何が出てきても驚いたり怒らないでくれよ? まぁ、天子は肝が据わってる方だから大丈夫だとは思っているけどさ」
「――は? 炭酸が凄い勢いで噴出してくるとか?」
「違う違う、えっと……その何だ、プルトップ引いた瞬間に、急にマッチョで緑色にテカテカ輝くおっさんがテンション高く笑いながら出てきてもびっくりしないでくれよ? あ、一応先に言っておくけど、そのテンション作りだから」
 一瞬の間。
「――あの、健司……言っちゃ悪いかもしれないけど、熱あるんじゃない?」
 天子は健司に気を使った様子でおずおずと声を掛けた。
 きっと心配になったのだ――健司の頭の中が。
 それを示すように天子の細い目が哀れみ、憐憫を秘めた含みを湛えている。
「……ですよねー」
 健司は自分が言ったことを、何も事情を知らない人が聞いた場合どうなるかの結果を無力感と共にまざまざと味わった。ため息が漏れる。
「で、開けていいの?」
「いいぜ、まぁ――とにかく何が起こってもびっくりしないでくれって事だ」
「はぁ……」
 要領を得ない天子は、首を傾けながらもプシッっとプルトップを開いた。
 ――と、その瞬間にっ
「ぶぅぅうべぇらぁあっ! (エコー×3)」
 予想通り、ブベラマンが健司の前に現れた時と全く同じ、そのままの勢いでしゅわしゅわと逞しい肉体を誇示しながら、突然天子の目の前に表れた。今回はアレンジだろうか、ちらちらと見せる流し目動作が加わり、余計に気持ちが悪い。
「なっ――」
「おお、新しい戦士はこの清楚そうなお嬢さんか! お嬢さん、良くぞこの自販機に気がつき且つ購入してくれたな! ようこそ! 我らが地球防衛隊ケンジーズに! 我輩は君と共に戦う戦友だ!」
 自信満々に語りかけた後、ブベラマンは顎に手をやると、笑顔を貼り付けたまま固まって動けなくなっている天子の身体をジロジロと舐め回すように覗き込んだ。そのまま、天子の大きな胸に気がつき、でへへと相好を崩す。エロ親父だ。
「ほほう。中々に愛らしいお嬢さんだ。これは我輩も一緒に戦う身として悦びを感じずにはいられないな! ほれ! 我輩の股間の愛銃も喜び勇んで――」
 しかしブベラマンが元気に口上を述べることが出来たのはここまでだった。
「ぶべっ!」
「あっ――」
 ブベラマンの身体が宙に浮き、地面に力強く叩き付けられたのだ。
「な、なんだ? 一体何が起こったのだ?」
 ブベラマンは自分に何が起こったのかさっぱりわからず、ポカンを口を開け愕然とした表情で、きょろきょろと辺りを見回し起き上がろうとする。
「ぶべっ」
 が、起き上がろうとする願いは叶わず、再び身体が軽やかに宙を舞い、激しく地面に叩きつけられてしまった。
だが今度は何が自分に起こったのかを宙を舞いながら把握した。凍りついた笑顔を貼り付けたままの天子が、ブベラマンを軽々と投げ飛ばしていたのだ。
「ちょっと、待ってくれお嬢さん! 私は何も怪しい者では――」
 必死で弁明しようと起き上がるブベラマンだったが、再び問答無用で投げ飛ばされる。背中からまともに落とされ、受身もとれなかったブベラマンは激痛にうめき声を上げた。
「ちょ、まって」
「あん! らめぇっ!」
「ぷぎゃー」
 様々なブベラマンの悲鳴が聞こえ、暫く同じような光景が繰り返された。
「ちょ! ちょ! 天子! ストップ! ストップ! 言ったじゃないか。何があっても怒らないようにって! このままじゃおっさんが死んじまう!」
 目の前の恐ろしい光景に愕然とし、呆気にとられていた健司がやっと我に返り、慌てて二人を止めに入った。
「ひいーっ、ひいーっ」
 その頃にはブベラマンは何度も投げ飛ばされた影響で戦意を失い、怯えた様子でガクガクと震えているだけだった。もはや登場時の元気は全て失われている。
「て……天子……やりすぎ……」
 天子は健司の言葉に、すっと目を細めて答えた。
「あら……そうだっけ? だって急に変態が現れたんですもの――」
 柔らかく微笑んでいるように見える天子のその細い曲線が、とても怖かった。
 ――天子は合気道の達人だった。

     3

「ふーん、そういう事だったの。じゃあ何で先に言ってくれないのよ健司。ごめんなさいね、ブベラマンさん。悪気があったわけじゃないの。変態だと思っただけなの。気持ち悪いって思っただけなの。死んでしまえばいいって思っただけなの」
「ひぃ。消さないで下さい……」
 天子は、健司と、ずたずたのぼろぼろになったブベラマンを引き連れてゲーセンの駐車場まで歩き、腰を落ち着けると、健司からの説明でやっと内容を把握し、頷くとてへへと可愛く笑った。が、前の台詞が怖過ぎて、可愛く見るの無理。
 ……いや、俺ちゃんと言ったじゃん。天子。
 そして健司は非難がましい視線を天子に送るも、あっさりと黙殺されていた。
「へー……じゃあ、健司はその流転の幻影って軍団と戦う地球防衛隊ケンジーズの戦士でって、え? ……ケンジーズ? それって、まさか――」
 口ずさんだ瞬間、チーム名の意味に気がつき天子が健司の顔を見て思いっきり吹き出す。同時に健司の顔がムッとした表情に切り替わる。素晴らしい名前だと何故思わないのだ? と暗に言いたそうな表情だ。
「あー、はいはい。相変わらず健司ってば、そういう所が痛々しいよねー」
「んだと、コラ。痛くねーよ! めっちゃカッコイイじゃねーか。俺がリーダーだからケンジーズ。まさに完璧な名前じゃん。な? おっさん」
 同意を求めるように、ブベラマンにサインを送る健司だったが、ブベラマンはブベラマンで天子に与えられたダメージから立ち直れておらず、未だに下を向いてガクガクと震えていた為、同意を得られなかった。
「おっさん……」
「はいはい。もうこれは健司の病気だと思ってるからいいや。んーじゃあ、とりあえずそれはどうでも良いとして……」
 ――いや、どうでも良くねーし!
 健司の30分は語れそうな力説はあっさりと天子に流されてしまう。
「えっと、それじゃあ私も健司と同じように選ばれたって事なのかな? まだちょっと、胡散臭く感じるけど……」
 言いながら震えるブベラマンをジッと見つめ
「ま、それは無いか」
 どこか呆れた様子で呟く天子。
「はい、そうで御座います。天子様。貴方様は選ばれたので御座います」
 やっと顔を上げたブベラマンの声は、今にも掻き消えそうに細く震えていた。
「や、やだなー、そんなに怯えなくても大丈夫ですって。本当ごめんなさいって。普通に話してくれていいですよー」
「ははは……そのような勿体無いお言葉、恐悦至極にございます……」
「だーかーらー、敬語はもういいですって。ね? お願いしてるの。わかる?」
「は、はいーっ!」
「ま、まーもういいじゃんか。あ、おっさん。俺もついでにブベラコーラ買っちゃったし、前回色々解らなかった事調べていいかな?」
 ブベラマンを可哀想に思った健司が助け舟を――とばかりに話題を変える。
「勿論だとも! 我輩が出たことで既に領域は張ってあるぞ安心したまへ」
 ブベラマンも、いつもの調子で健司に向かい頷き、親指をぐっと立てた。キャラクターを大事にするプロ根性を見せようとする涙ぐましい努力に、全米が泣いた。
「領域? 何それ?」
「ああ、それはな天子――」
 首を傾げる天子に、健司が説明すると天子は辺りを見回し、はっとした表情で口元を押さえた。次元がズレ、目を凝らすとうっすらと人々が停止しているのが見える。そこで初めて不可思議な事態に巻き込まれている事を自覚したのだろう。
「な? まぁ、天子ならすぐ慣れるって。んじゃ、俺も準備すっかなー」
 健司はよっと立ち上がると、伸びをし、そのままプシッと缶を開ける。
「んじゃ天子は天子で、おっさんから色々説明聞いてみたら? これマジ面白いぜー。思った以上にシステムも単純だし、お前もすぐ慣れると思うし」
「え? あ、うーん……私はとっつきが良い訳じゃないけどね。そこは健司の才能よ。私には全然無い物。だって私、まだ全然この状況についてけてないし」
 口元を引きつらせ、自信無さそうに笑う天子。言うとおり、まだこの環境に順応出来ていない様子だ。それもそうだ、そもそも直ぐに適応した健司がおかしい。
「えー、何言ってるんだよ。お前はなんでもやれば出来るじゃん。俺と違って」
「だから、それは――って、はいはい解った。健司に言っても解んないよね。じゃあ飲んでみますか。ブベラマンさん説明宜しくお願いします」
「も、勿論で……だ!」
 急に話を振られて、慌てた様子のブベラマンがぎこちない口調で頷く。
「さてと……」
 天子はくんくんと匂いを嗅いだ後、覚悟を決めた硬い表情で恐る恐る一口ブベラーペッパーを口に含んでみた。
「あ……本当だ。おいしい……」
たちまち表情が柔らかくなっていく。
 どうやら、天子の飲んだブベラーペッパーも中々の美味らしい。
 へぇ……じゃあ今度は俺も違うもの買ってみようかな。
 そういえば、と二度続けて同じものを買ってしまった健司はちょっぴり後悔しつつ、ぐびりとブベラコーラを口に含んで飲み込んだ。
(ピ。初期動作確認。コンディションOK。残量95%。実装率100%到達可能。リンク完了――マ、マスター! 接続を今か今かとお待ちしておりました。今日もニコニコのほほんナビさん。貴方だけのガーネット(27)でーっす)
 暫くすると接続が完了したらしく、のっけからテンションの高いガーネットの声が頭の中に響き渡り、健司は苦笑いを漏らした。
「こちらこそよろしく、ガーネットさん。で、あの、早速で悪いんだけど、今日はSPの技を見て、各技の性能を試したいんだけどいいかな?」
(はい! 勿論ですよー。マスターのお好きなように調べて下さって結構でございます。全面的にサポート致します! 私と マスターの共同作業で、チームケンジーズの名に相応しい、素晴らしい結果を残してみせましょう!)
「了解! んじゃ、ガーネットさん準備宜しく」
(はーいマスター。では、実行しまーす!)
 ガーネットの幸せそうな声と共に、缶からブベラコーラが溢れ、波上に広がり健司を包み込む。すぐにキラキラと半透明の光に覆われた。
(Bコーティング実装完了。では、続けて武器の召喚をどうぞ)
「了解! って、あれかー」
(う……すみません。大切なマスターの意に反する文言……今となっては私が取ったこの愚かしい行動に深くお詫びと反省の意を……)
「あ、いやいや。いーって、いーって。決まったもんは仕方ないし。これはこれで結構イケてると思うんだぜ。俺の存在が宇宙の法則を乱している、とか考えたら何かカッコ良いしな。だから落ち込まなくて良いから」
(ほ、本当ですか? あ、ありがとうございます。マスター……ああ、なんてお優しい。鍛えられた肉体の上にこの優しさ、惚れるなと言われるほうが無理……)
「ははは……いや、そんな。俺は思った事を言っただけなんだけどな」
 乙女パワー全開のガーネットに思わず健司はたじたじだ。
 そのまま困った様子で健司は天子達をちらりと見ると、天子は額に手を当てて何かに悩んでいるようだった。
 きっとAIが作動し、次のステップ「格好良い台詞」を考えているに違いない。
 そんな天子を見て、さてあいつは一体どんな台詞にするのかな? と健司は少し意地悪そうに笑った。が、その気配にたちまち気が付いた天子が健司に顔を向けて来たので、慌てて顔を逸らした。
「よっし。んじゃ、文言いくぜ、ガーネットさん!」
 訝しげに眉をひそめ首を傾げる天子を尻目に、わざとらしく気合を入れ直し、健司は右手を高く掲げた。
(イエス、マスター!)
「宇宙の法則が乱れるっ!」
(ピ。召喚文言受理! マスター、口調、ポーズ全てがカッコいいですよ!)
「おっけー! あーりがとーっ」
 なんだかんだで、健司も結構ノリノリである。が――
「うわ、それが健司の召喚台詞? 意味が分かんない」
 天子の心の底からバカにする声が聞こえた。
「あん?」(あん?)
 健司とガーネットのムッとした声がはもる。
「あん? じゃ、無いわよ。どうしてそんな馬鹿丸出しの台詞ばっかり付ける事が出来るのかなーって、感心していただけよ」
「ったく、天子にはこの言葉の素晴らしさが分からないのかよ」(本当です! 何でしょうね、この女! 一体誰なんですか?)
「はいはい。確かに有る意味凄いセンスだもんね。ま、そんな痛々しい文言と比べたら私の方が遥かに安心して言えそうだわ」
「お? って言う事は天子も文言決まったのか?」(え? あれ? マスターもう怒るの終わりですか? ……マスター?)
「うーん、まだなんだけど候補はいくつかあるわよ。健司の文言聞いたら何だか安心した。これなら私の方がどれ選んでも絶対マシだもんね」
「どんなんだよ? 言ってみ。どーせ酷いのばっかりだろ?」(あの、マスター……)
「健司程は酷くないって言ってるでしょ! 良いわ、聞いてなさいよ!」
「おうよ!」(くすん、くすん。マスタァ……)
 ムッとした表情を浮かべる天子は、そのまま空に指を立てて何か言葉を紡ごうと口を開けた――が、上を向いてパクパクと何度か口を動かした後
「な、何だか凄く恥ずかしくなったか、も。やっぱり健司、また今度でいい?」
 真っ赤になった顔を逸らし、言った。
「んだよ。結局恥ずかしがる文言かよ。覚悟が足りてねーな天子。俺なんか平気だぞ。軟弱だなー」(マスター、この女と楽しそうに話されてますね……)
 やっぱりな、と笑う健司。天子はちょっぴり悔しそうだ。
(あの、マスター。そろそろ転送したいので右手を……)
「あ、ごめん、ガーネットさん。OK、お待たせ! 転送いつでも来いや!」
 ガーネットのどこか他人行儀な、おずおずとした声にやっと気がついた健司は気合を入れ元気に右手を掲げる。
(はい! マスター! いっきまっすよー!)
 健司に返事を返して貰え、たちまち機嫌が良くなったガーネットのハキハキとした声と共に、健司は何も見えない空間にずしりとした重さを感じた。ぐっと力を込めて握り締める。たちまち青白い粒子がきらめき、柄が構成された。続けて、今度は刀身が滑らかに構築されていく。
「わあ……綺麗。凄い……」
「だろ? これ、すげーよな」
 天子も剣の構築に思わず魅了され、感嘆の声を上げていた。
「けーんじくーん、けーんじくーん!」
 しかし感動の時間は、上空から降ってきた声で突如中断された。
「ん?」(――え?)
 声と同時に頭上に影を感じ、健司が訝しげに上に顔を向けると、パタパタと丸い豚鼻のデグから、フリルのスカートとふわふわの金髪ツインテールをなびかせた少女が飛び降り、落下してくるのが目に入った。
「え、あ? ベリルちゃん? って――」(え? え? え? え?)
 健司が確認した瞬間には、もうベリルは自然落下の加速もあって間近くまで迫っていた。慌てて構築されたばかりの剣を捨て、必死に両手を伸ばす。
「うわあああああっ!」
 次の瞬間には、どっしーん! と、重々しい音が鳴り響いた。
 ベリルを何とか上手くキャッチは出来たものの、幾らコーティング済みとは言え激しい衝撃の中抱きかかえたまま立っていられる訳も無く、健司は盛大に尻餅を付いてしまったからだ。
「っでぇええぇ。あたたたたた」
「えへへ、健司君だぁ〜」
 腰の辺りに馬乗りになったベリルは、衝撃に顔を顰めている健司を見つめて安堵の溜息を吐くと、続けて幸せいっぱいの表情を浮かべながら、胸元に倒れ込んで来る。風にのってベリルからふわりとチョコレートの甘い香りが健司に流れて来た。
「無事だ〜。間に合ったんだ〜、本当に良かった〜」
「うほう……」
 無邪気に微笑むベリルに力いっぱい抱きしめられ、健司は思わず声を上げる。胸の感触こそ全く無いが、ベリルの甘い香りと、柔らかさに顔が緩んでいる。
「ベリルちゃん、俺が無事って、一体どうしたの? てかちょっと苦しい、かも」
「あ、ごめんごめん。っていうか、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ? 本当にどうしたの?」
 やっと返事を返したベリルは、どこか名残惜しそうに健司の身体から離れ、ゆっくりと起き上がった。健司もどこか名残惜しそうだが、続いて起き上がる。
「……あ、そっか。健司君は知らないもんね。でも、大丈夫! 私の方が先にこうして着いたんだから、ユナちゃんの思い通りになんかさせるもんですか!」
「えっと……はい?」
 一人勝手に鼻息も荒く息巻き話を進めるベリル。やはり健司には意味が分からない。どうやらベリルは一つ考え事が出来ると意識がそちらに全部取られてしまうようだ。なんとも猪突猛進な突貫娘さんである。
「良し! それじゃ先に武器も召喚しておかなきゃ!」
 ベリルは、きりりと真剣な表情で両手を真っ直ぐに空に掲げた。
「どっ、たま、かち、わーるど!」
 暴力的な文言を元気いっぱいに唱えた瞬間、ベリルの周囲をぶわりと大量の紅い粒子が吹き出し、きらきらと木ノ葉が舞うように踊り狂い構築を開始する。
「おおお」
 思わず健司は声を上げた。燃え盛る炎を纏った狼を象る巨大な槌が、完全に具現化し重量を持ってずしりとベリルの小さな両手に納まった瞬間、より一層美しい輝きを見せたからだ。その顔はちょっぴり両手持ちの大型武器のド派手な出現を羨ましがっているようにも見える。
「安心して。絶対に私が健司君を守るからねっ!」
 ベリルは健司に向かって微笑むと、槌を厳然と構え堂々と宣言する。
 ドーンと言う効果音を背景に付けたいくらいの見事な見得切りであった。だが、守ると宣言された当の健司は意味が分からず首を傾げるばかりだ。
「あの……ごめん、ベリルちゃん。俺、話に全然ついて行けないんだけど……」
「さぁ、ユナちゃん! 近くに居るんでしょ、出てきなさいっ!」
 無視。一人盛り上がるベリルは健司の話を聞いている様子が無い。
「あーもう……なんだよ。今から一体何が起こるんだよ?」
「健司……その小さい子、誰?」
 髪をぐしゃぐしゃと掻き毟る健司の背後から、一連の展開を唖然とした様子で見つめ続けていた天子のどこか訝しげな質問が飛んできた。
「え? あ。えっと、あー、敵って事になるのかな……一応、多分」
「敵? そんなに仲良さそうにしてるのに?」
「あはははは」
 目を細め、疑いの眼差しを向ける天子に、健司はとりあえず笑って誤魔化す。
(え? 何でベリルがいきなり此処に? おかしいわ、モルバタイト反応は何も無かったはずよ? 嘘、まさか私の検索パターンがエミュートされたの?)
「おいおい。ベリルがいきなり現れたぞ? これはどうなっておるのだ?」
 嫉妬の嵐が吹き荒れるかと思いきや、動揺してそれどころじゃ無いガーネットの声に続き、倫理観に五月蝿いはずのブベラマンまでもが、あまりにも唐突だったらしいベリルの来襲に慌てふためいていた。ノートパソコンらしきものを何処からか取り出し、検索を始めているのが健司の目に入る。
 ブベラサイドはブベラサイドでこの予想外の状況によって、大混乱らしい。
「あのさ、えっと……まぁ、とにかくみんな落ち着こうよ……」
 完全に置いてけぼりな状況に、当惑しながら健司と天子が呟く――
 と、同時に只管素振りを繰り返していたはずのベリルの槌が、何も無い筈のゲームセンターの駐車場の空間を一瞬引っ掛けたように見えた。ぐにゃりと健司の視界に映るアスファルトが不自然に捻じ曲がる。明らかな違和感に健司は思わず「え?」と声を漏らした。
「ユナちゃん見っけ! そこかぁ!」
 同時に、ベリルが嬉々として飛び掛り、振りかぶった槌を歪んだ場所に向かって思い切り叩きつける!
 ドゴォォオオオオッ!
 槌の一撃が爆風を伴い大地を抉る。地響きを立て土埃をモウモウと舞い上げた。
「す、凄い……何、あの威力……」
 天子が始めて目の当たりにする攻撃に目を白黒させて驚いている。
「ちっ、避けられたか。やるわね、ユナちゃん。でもこれでハイド(潜伏)は解けたわ。さあ、出てきなさい!」
 ベリルは鋭く舌打ちすると、槌を肩に乗せ鷹揚に構え、土煙の中に向かって強い口調で話し掛けた。健司達も、目を細めて 土煙の中を見ると、先ほどまで何も居ない筈だった場所にうっすらと黒く人影のようなものが揺らめいて見えた。
 健司と天子は思わず息を呑む。
「あーあ、バカ姉さんのせいで全部台無し。本当、最低」
 そして土煙の中の黒い人影からどこか不気味で、ひどく億劫な声が聞こえた。

     4

 土煙が晴れると、見るからに異様な禍々しいオーラを放つ一人の少女が超然と立っていた。勿論少女の正体は、健司は初めて見る人物――黒髪褐色の少女ユナだ。
「う……」
 そしてまともにユナを見た健司は思わず言葉を失った。
 黒で統一されたシンプルで身軽な服装を纏うユナの目の下には、誰からみても解るほど深く濃い隈が見え、見るからに不健康そうで不気味である。病的なまでに虚ろな赤と蒼の瞳はどこを見ているのか捉えようが無く、健司にぞくりと得体の知れない恐怖感を与えて来たのだ。
(ど、どうされましたかマスター、心拍状態に乱れがあります。落ち着いて!)
「ガーネットさん、俺さ」
(はい)
「格ゲーとかやるとき本当に強い奴って空気でわかるんだ。一緒にしたらアレなのかもしれないけどさ……あの子はそれと同じ雰囲気を持っている。間違いなく強いよ――それに……」
(それに?)
「実は俺こういう得体のしれないタイプってすげー苦手なんだよ」
(な、なるほど……)
 今、健司が思い出しているのは初見の相手との対戦での苦い経験だ。
 初見の相手であっても対戦成績は決して悪くない健司だが、型に嵌らない動きする相手はその中でも例外で、敗北する事が多い。抜群の強さを誇る健司だが、大舞台で地方のレアキャラ使いの猛者に分からん殺しでころりと負け勝利を逃した事や、団体戦で天子達に負担を掛けたのは一度や二度では無い。
(さてマスター、ベリルとの会話からもご存知だとは思いますが視認捕捉上の少女は孔雀石の娘達の一人ユナカイトです)
「だね」
(ユナは最も残忍で手段を選ばない、冷酷な暗殺者(アサシン)です! 今までもこいつに一番我々の戦士を撃破されています。いや、それどころか……)
「ん? それどころか?」
 言葉に詰まるガーネットに、健司は続きを催促したのだが
「まぁ……とりあえず」
 ポツリとユナが暗い声で呟いた事を受け、会話をピタリと止め、ユナに注目した。
「……姉さん。後ろにハンバーグが置いてある」
 ユナはベリルの肩越しを指差し、抑揚無く言う。
「――は?」
 唐突な、しかも意味不明の切り出しに展開が読めず、ぽかんとする健司の隣で
「え? ほんと? 和風? 洋風?」
 何故か急激にテンションを上げ聞き返すベリル。目の色がきらりと変わる。
「え? ……ベリルちゃん?」
「うん。姉さんの好きな味濃い目の洋風。チョーやったね。おめでとう」
「マヂでっ!」
 ユナの棒読みの言葉に、何とした事だろうか、満面の笑みを浮かべ、ぴょんと後ろを振り返ってしまったベリル。勿論駐車場何かに突然ハンバーグ何か置いてある訳がない。嘘だ。
「有る訳無いでしょ、姉さん。ヴァ〜カ!」
「ぎゃー、無い! ユナちゃんに騙されたーっ!」
 頭を抱えるベリルの背中を見つめ、ユナは異様なくらい口を大きく開け、嘲り笑う。どうしたらここまでなるのだ? という醜悪で不快な笑みだ。そして笑みを閉じるとユナはすぐに健司へと目を向けた。そのままカクンと首を歪ませ虚ろな瞳でぎょろりと覗きこみと、にたりと嗤う。
「なっ?」
 形容し難いおぞましい感覚が、健司の身体を走り抜けた瞬間、ユナの姿がかき消えた。
「健司!」
(マスター、攻撃来ます!)
「終り」
 ギィイン!
 健司の側面から鋭く空を切る音と、一瞬遅れてそれを弾く金属製の音が響き渡り、激しい火花が散った。遅れて背後でザクリと何かが地面に刺さる音が聞こえてくる。
 危険を本能的に察知し咄嗟に振り上げた剣が、何かを弾き防いだのだ。
「おおおおおおお……」
 剣から伝わる後付けのビリビリとした感覚と、路面に突き刺さるぬらぬらと刃が赤く不気味に輝くナイフの存在を確認し、健司は驚愕から眼を見開く。
 ――やべー、まぐれだ。虚を突かれたのにしても早くて見えなかったぞ。
 健司の頬を、冷や汗がつつと流れる。
「へぇ……。終わらなかった。いい反応。バカ姉さんの警戒を外した上で最速で投げたのに。これは確かに手応えがある」
 先ほどまで目の前に居たはずのユナの声がナイフの傍から聞こえた。
「え? いつの間に……!」
 健司が顔を上げると、先ほどまで確かに反対側に居た筈のユナが地面に刺さったナイフをずるりと引き抜いていた。健司はユナの一挙手一投足、なめらかで隙の無い動きから目が離せなかった。
「ふふふ……これは楽しくなりそ」
 ユナが引き抜いたナイフをちらつかせながら健司に向かい暗く艶やかに笑う。
「う……」
「こらーユナちゃん! 楽しくなんかさせないんだから! 私の健司君にこれ以上手を出したら許さないんだからね! 大人しく引き下がりなさい!」
 ユナから健司を守る為、ベリルがぷんぷんと怒りながら前に出る――が
「あ、姉さんの後ろで今度は和風ハンバーグがにこやかな笑顔で手を振ってる」
 たちまち面倒くさそうにユナが抑揚の無い声でベリルの肩越しを指さす。
「マヂで?」
 またもや止まる、ベリル。もはや純粋を通り越してバカである。
「本気と書いて「マジ」って読むくらい本気」
「やった〜♪」
 目を輝かせてベリルは振り返る。
 が――勿論嘘である。生暖かい目で見つめる健司と目が会い、気まずそうに顔を俯けた。その秋風は冷たい。出るのは妹をなじる言葉。
「うううう、嘘つき〜! ユナちゃんの嘘つき〜!」
「来るぞ!」
(はい!)
 そしてお約束の流れで、ユナが来ると察した健司は気合を入れ身構える。
「きゃっ!」
 が、健司の予想は外れ、別の場所で唐突に悲鳴が上がった。
「え……?」
「ふふふ、下手に動いたらすぐにザックリいくよ?」
 予想外の出来事が発生していた。
 ユナが健司では無く天子の背後に回り、首筋にナイフを突きつけていたのだ。
 突然の出来事に思わず引きつった表情を浮かべる天子と対照的に、ユナは楽しそうに、口の端を歪めて嗤っている。
「天子!」
「む! ユナ、卑怯だぞ! 天子はまだガイダンス中でBコーティングすらしておらん! そのナイフを下げて放したまへ!」
 想定外の異常事態に健司とブベラが声を荒げる。
「は? 何を言ってるの? こいつも戦士でしょ? 増える前に消すのは当たり前。この場所に無防備で居る事が愚か、死ぬ権利しか持ってない」
「馬鹿な! コーティングすら纏っていない人物を攻撃など、一般人を攻撃するのと同じだぞ! 禁止されている! これは我々が決めた不文律のルールだ! 破るなら、それ相応の措置をとらせて貰うぞ!」
「じゃあ、コーティングさせればいい。出来るでしょ? さあ今すぐ展開して。そしたらすぐに倒してあげる」
「待って待って! ユナちゃんは健司君を狙って来たのでしょ? まだその子は関係ないじゃない! 弱い者虐めはダメだよ」
 雲行きの怪しい会話に、慌ててベリルが割って入った。
「そいつは後でジワジワいたぶって倒すのが楽しそうだから、もう少しだけ残しておこうって今決めたの。僕は楽しみは最後までとっておく主義。今日はこいつを殺せば満足。それに僕は弱い者虐め大好き」
「なっ――」
 ユナは全く聞く耳を持つつもりが無いようだった。小バカにした態度で首を横に振る。にべも無い対応にベリルが絶句する。
「ま、まじかよ……天子を弱いとか言っちゃうのかよ」
 目の前の状況とは全く違う、別の事でおののく健司。その瞳には、どこか恐ろしいオーラを滲ませ、手をゆっくりと伸ばす天子の姿が映っている。
(ユナカイト、な、何て卑劣な奴なの……マスター……しかし残念ながら私達は接近職。この距離ではどうしようもありません)
「さー、逝ってもらおうかなぁ!」
「それ以上はやめろ! お前が危ないぞ!」
「やーだ。何が危ないってんだよ。ヴァーカ。トチ狂ってるんじゃねーぞ」
 ユナの身を案じ、思わず叫ぶ健司を嘲笑うユナ。
「止めなさい! ユナちゃん!」
 ベリルがユナの暴走を諌めるように強く叫ぶも
「や―めーなーいー」
 ユナは全く聞く耳を持たない。
「ユナ、言う事をきかなければ我々は断固として措置をとらせて貰うぞ!」
 天子の身を案じ、ブベラマンが脅迫めかして叫んだ言葉も
「勝手に措置しろよ、無能が。あははははははははははははあああ」
 天子の喉を今にも掻き切ろうとするユナの不快な嘲笑は止まらなかった。
 ナイフを水平に動かすユナの手が全員の目にスローモーションに映る。
 ブチッ
 ――が、次の瞬間何かがキレる音が聞こえた。初めから一人だけ違う心配をしていた健司が恐怖を確信し目を閉じる。目を閉じようとした視界の片隅にユナが勢い良く宙に舞い上がるのを目撃したのも間違いなかった。
「あああぁぁあぁああああああああああ?」
 耳障りな嘲笑う声が疑問系に変わり高く、遠くへ流れていく。それはぐしゃりと激しく大地に叩き付けられる音と共に、ぱたりと止まった。
「ふーん……私を殺そうとするなんていい度胸ね。ユナさんだっけ? 今から私がたっぷりお仕置きしてあげようかしら!」
 続けざまにドスの効いた、激しく怒れる女性の恐ろしい声が聞こえた。
「ひっ、ひえええええええええっ!」
 ユナの怯えきった切実な悲鳴が周囲に響き渡る。腰が抜けながらも、必死に地面を這いずり回り、逃げようとする衣ずれの音が聞こえる。しかし、必死の逃走は結局叶わず、何者かに胸ぐらをぐいと掴まれ起こされたようだった。
「貴方のお姉さんがハンバーグ好きなのを、貴方はバカにしてたようだけどね、ハンバーグってのはね! こうやって捏ねる、手間の掛かるものなの、よ!」 
「きゃああああっ!」
 ドスン! ドスン! と、勢い良く地面にユナを叩きつける音が耳に入る。
「んー、まだまだ全然捏ね足りない、わっ!」
 楽しそうな声が響き渡り、ユナが叩きつけられ――いや捏ねられていく。ぐしゃ、とか、ぐにゅという音は、非常に危険なんじゃ無いだろうか。
「許してください許してください許してください許してください許してください」
「五月蝿い。黙れ。ほら、もっとちゃんと捏ねられないと! はい! ハンバーグ!」
「もうしませんもうしませんもうしませんもうしませんもうしません」
 怒れる天子の拷問はまだまだ続き、ユナの哀願は延々と続く。
 …………
 あまりの恐怖に、健司は目が開けれなくなっていた。
 隣では大惨事を目の当たりにしているだろうベリルがブルブルと震えながら健司の制服の裾を引っ張り、何かを必死で訴えているのだが、健司はその肩をぎゅうと抱きしめる事しか出来なかった。遠くではブベラマンの「うあああああっ」というトラウマを回帰させる呻き声も聞こえていたが、もはやどうしようも無かった。
 結局何度も、何度もユナが叩きつけられる音が響いた後、トドメとばかりに遠くに投げ捨てられゴロゴロゴロと転がっていく音が健司の耳に入り
「はーっ……全く、どうしてこの子は、こんなに捻くれているのかな? 親姉妹の顔が見たいものだわ」
 パンパンと手を払い、清々しく呟く声が健司の近くで聞こえた。
 恐る恐る目を開けると、天子が健司の隣ですっきりとした表情で立っていた。
「はい、健司。終わったわよー」
「天……子? 大丈夫か?」
 言って健司は思った。大丈夫で無いのは明らかにユナの方だと。
「え? うん、もちろんよ。すっきりしたわ。ちょっとやりすぎたくらいかも」
「だろう、な」
 駐車場の壁に激突し、ぴくりとも動かなくなっているユナを見つめ、健司はごくりと唾を飲み込む。
「えへへ。ま、何にせよ咄嗟に動けて良かったわ」
 天子は得意げに胸を張った。大きな胸が柔らかく揺れる。
「天子! 君は本当に凄いな! 装備無しでユナをあしらうとは!」
やっと事態を飲み込んだブベラマンが賞賛の言葉を投げる。だが、さりげなく天子との距離が離れているのはどういうことだろうか? 明らかに腰が引けている。
「うん。でもきっと超危なかったんだろうとは思うけどね」
「本当だよ! とにかくお前はさっさとコーティングして武器召喚しろって。あんな奴いるんだったらマジ危ねーぞ」
「うん、分かってる。それに多分さっきの子、まだ元気なはずよ? 手応えはあったけど、何だか感覚がおかしかったの。きっと戦闘は終わってないはずよ」
「まじで?」
 言われて健司が再びユナへと目を向けると、確かにユナはむくりと起き上がろうとしているところだった。やはり、ルール上の武器じゃないとダメージを与える事が出来ないって事だろうか? と健司は思った。
「……やっぱり相当の化け物だな。分かった、天子。とりあえず、あいつの動きにだけは絶対気をつけてくれよ」
 健司の警戒する声に、天子も神妙に頷く。
当のユナはぺたんと地面に腰を落とし、壁にもたれかかったまま、呆然と天子を見つめていた。自分に今何が起こったのか解らない。そんな表情だった。
「さあ、私も加勢するわよ! 掛かって来なさい!」
 すっと両手を構え、ユナに対し天子が合気道の型を見せ、気を吐く。だが、ユナは返事を返さず、ただひたすら天子を見つめ続けていた。
 不気味な沈黙が生まれる。
 そして長い沈黙を破ったのは、ユナだった。
「……やだ。もうやらない」
 ふるふると首を横に振ると、懐に仕舞い込んであったナイフを全部ぽいと路面に投げ捨て戦闘を放棄したのだ。
「もういい。僕にはもっと大事な事が出来た」
 気が付けばユナから先程までの狂気の姿が消え失せていた。醸し出す雰囲気はむしろ清々しく、天子を見つめるその瞳は濁りが消え、澄み渡っている。
「――へ?」
「……大事な事って?」
 天子が恐る恐る尋ねると、ユナは乙女の輝きを持った瞳を天子に向け――
「天子様好き! 大好き〜っ! 僕は僕を捕まえてくれて、こんなに怒ってくれた天子様にフォーリンラブにゃ〜。僕、今までお母様にも怒られた事無かったから怒ってもらえて幸せにゃ〜」
 次の瞬間には天子に今まで見たこともないような甘えた顔を見せながらぎゅうと抱きついていたのだ! すりすりと天子の巨乳に顔を埋め、幸せな表情を浮かべる。
「天子様が、ダメな僕を叱ってくれて本当幸せ〜。大好き!」
 見ればユナの口元が飼い猫の甘えた口のようにふにゃんとなっている。
 ――ある意味恐ろしい光景が突然展開された。
「えええええええええええええっ?」
 全員があまりにもあまりな超展開に驚きの声を上げる。
「え? ええ? ええええええっ?」
 勿論、当人である天子の戸惑いが一番大きい。
「ちょっとちょっと、ユナさん! 突然何言ってるのですか? そもそも私達女同士ですよ! それに私は健――」
 思わず何か言いかけて慌てて口を噤む天子。その瞬間ベリルが眉を潜めた。だが肝心の健司は超展開におののき、間抜け面で固まったままで聞いてはいない。
「うにゃあ、愛に性別は関係無いにゃ〜」
 そしてユナも自分に都合の悪そうな部分は全く聞こえていない様子。
「あうー」
「えへへへへへ」
 天子のオロオロとした声に、猫なで声とはこういうものかというくらい甘えた声で返事を返すユナ。天子はますます困惑した表情になった。そのまま、視線を泳がせ健司に助けを求める。固まっていた健司の表情がそこでやっと我に返った。
「あ、そうだ。こら! お前、天子から離れ――」
「シャーッ!」
「うわっ! 怖っ!」
 しかし健司が天子を助けようと近づくと、ユナはあからさまに威嚇するポーズを見せ(しかも、目は邪魔したら殺すという文字がありありと浮かび上がるほどである)健司を近づけさせようとしなかった。いや、健司だけでは無い。その場にいる全員を天子と自分に近づけるつもりが無い様子だ。
「ちょっ。やべー、これはベリルちゃんに……」
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
 そしてこの想像だにしなかった展開が、もう一つの波乱を生み出していた。
 その事態に気がついたのはまたもや健司だった。
 健司がユナをなんとかしてもらおうとベリルを見た瞬間、3行前の効果音をベリルが沸き立たせていたのだ。
「な、ん、な、の、あ、の、お、ん、な」
 ふしゅうふしゅうと荒い息を漏らしながら、ベリルは天子を強く、そりゃもう強く睨み付け、槌を両手でがっしりと握り締める。
「あ……あの、ベリルちゃん?」
 凄まじいベリルの迫力にとまどう健司。
「あの全然懐いてくれなかった憎たらしいユナちゃんを手懐けて得意げになっているだけでなく、さっきから私の健司君を呼び捨てで慣れ慣れしく呼んだり――許せない! 倒す。すんごく怖いけど、絶対にぶっ倒す!」
「あ、いや……どうみても天子迷惑してる顔だし、俺の幼馴染なんだけど?」
 健司の声は勿論嫉妬に塗れたベリルに届いていない。
「……あら姉さん、天子様を虐めるつもり? なら僕は本気出すよ? まだ天子様はコーティングすらしてないのよ? それを狙うなんて卑怯じゃない?」
 ズシリズシリとアスファルトを踏みしめ、重戦車のように近づいていくベリルに対し、ユナがゆらりと立ち上がり牽制した。というか、間違いなくお前が言うな状態。きっと都合の悪い事は忘れてしまうタイプなのであろう。
「天子様。大丈夫です。僕が必ずお守りしますからね!」
振り返り、天子に向ける言葉は明るくハキハキとしていた。違う意味で怖い。
「え? えっと……ユナさん?」
「嫌だわ、天子様。これからは僕の事はユナって呼んでください。きゃっ」
 言って自分で頬を赤く染めるユナ。
「……うううう」
 ユナの後ろに百合の花でも咲いてきそうな気がするのは気のせいだろうか。
「へええ、浮かれてお姉さんに逆らうつもりなの? 後悔するわよ?」
「後悔するのも、されるのもバカ姉さんの方よ」
「へえー、ほー、ふーん。言ってくれるわね。こそこそ隙を狙うしか出来ないチキンの癖に。ちょっと撃墜数多いからって調子に乗ってるんじゃ無いわよ」
「真正面からぶつかるしか芸が無い、単純脳筋癌細胞のが恥ずかしいわ」
「なんですってーっ!」
 ユナの挑発でベリルの張り付いたような笑顔に、青筋が物凄い勢いで浮かび上がっていく。超怖い。姿こそ似てないが、性格は良く似た姉妹なのかもしれない。
「あうあうあうあう……どうしようどうしよう?」
 すさまじく不穏な空気が場に流れ始める中、勝手に中心人物にされてしまった天子はオロオロと困惑の表情を浮かべる事しか出来なかった。
「ちょ、おっさん。これはどういう事だ? 前からこういう事あったのか?」
 完全に蚊帳の外に放りだされた健司が、ブベラマンの傍に近づき声を掛ける。
 今、健司の話を聞いてくれるのは同じく蚊帳の外のブベラマンしかいない。
「確かに前からあの二人が仲が悪いのは知っておったが、こんな事態は初めてだ。というか、ユナのあんな腑抜けた姿を我輩は初めて見たぞ」
「そ、そうなのか……」
「ま。まぁ、我輩たちは下手に突っ込むよりも昼ドラでも楽しむように様子を見ようではないか。中々見れない実の姉妹の争いだぞ! 修羅場だぞ!」
「ああまったくだ。恐ろしいな……」
 男二人、居場所を無くしてただただ唖然と体育座りで観戦モード。
「で、どうするの殺るの? 殺らないの? あ、もしかして怖気づいた?」
「謝れば許してあげようって思ってたけど……妹の癖に調子に乗りやがって……いいわよ。やってあげようじゃない! お仕置きしてあげる!」
 ザッと二人して各々の武器を構える。
 ベリルの槌とユナの両手に握る赤いナイフが夕日を浴びてギラリと光る。
 漂う緊張感。
 もはや姉妹での衝突は避けられない。誰もがそう思った時――事態は急変した。
「ベリルお姉様〜、ユナお姉様〜!」
 一人の少女が、パタパタと羽を広げ飛んでいるデグに乗り上空から健司達の居る方向に向かい、二人の名前を叫びながら降りてきたのだ。
「……アクア?」
「アクアちゃん?」
 少女を確認した二人はハッとした表情を浮かべ、同時に武器を下げる。
 デグが少し離れた場所に降り、少女も「よいしょ」と、大地に降り立った。
 ベリル達の言う通り、降りてきたのは青髪の長身少女アクアマリンだった。
「うお、でっか……」
 そして健司は童顔長身巨乳のアクアを見て思わず呟いた。
 瞬間、ベリルとユナに殺気立った瞳で睨み付けられ「うっ」と押し黙る。
 どうやら、その言葉は青髪の少女に対してタブーのようだ。
「アクアちゃんは私の大事な妹なの。聞こえなくて良かったけどアクアちゃんすっごく(身長が)大きい事気にしてるんだから。気をつけてね、健司君」
「――え? そうなの? 本当ごめん……今のは俺が完全に悪い」
 そっか、確かに(おっぱいが)大きいとか声に出すのデリカシー無いし、悪かったと思う。気をつけよう! そう健司は思い反省した。……完全に勘違いである。
 アクアは丁寧にお辞儀をすると、ベリル達の傍に天子の胸よりも大きい胸をばいんばいんと揺らしながら駆け寄った。ここまで揺れるのか、という程である。
「お姉様達、戦闘中に誠に申し訳ありません、本部からの連絡で一旦戦闘を終了しお戻り下さいとの事でございます。何やら緊急を要する連絡のことです」
 話し終わると、アクアは体育座りをしていた健司と目が合った。彼女はその瞬間柔らかく、でもどことなくぎこちない笑みを浮かべ会釈をする。
「こんにちは。貴方が健司様、ですか? アクアマリンと申します。本日も姉がお世話になっております」
「あ、いえ、こちらこそ」
 丁寧な挨拶に、慌てて健司も会釈を返した。
 ――あ、結構良い……かも。垢抜けてない感じが良い……実に良い……。
 ちょっぴり健司はドキドキした。
「あの子も孔雀石の娘達なのかい?……何だか凄く良い子っぽいんだけど」
「アクアか? そうだな、彼女は本当に気立ての良い子だぞ。我輩の会社で愛される敵側キャラアンケートを実施した折には、断トツの一位と圧倒的に支持を得ている人気者だ。かくいう我輩もアクアの事かなり好きなのだぞ。ぶへぶへ」
 何故か照れた様子でもじもじと話を終えるブベラマン。ちょっとキモうざい。
 そして、敵側キャラの人気アンケートって。平和な会社だな。健司は思った。
 そうこうする内に、どうやらあちらの姉妹喧嘩も収束を向かえたようであった。
「――はあ、しょうがないわね。ユナちゃん、姉妹喧嘩中止よ。いい?」
「……うん。アクアが泣くのは見たくないし、いいよ」
 二人とも下げた武器の召喚を解除したのだろう、手から武器がスッと消える。
「え? 姉妹喧嘩? お姉様?」
「あ、なんでもない。アクアちゃん。なんでもないよー、気にしないでね」
 不思議そうな顔で尋ねたアクアにベリルが慌てて言い繕っていた。
「は? はぁ……。まぁベリルお姉様がそう仰るなら……」
 そう言いながら心配そうにちらりとユナを見るアクア。今度はユナが小さく頷く。その姿を見て、アクアはやっと安心したようだった。ほっと一つ息を吐いて、嬉しそうに「良かったです」と頷いていた。
 アクアが来てから姉妹の間になんとも言えない温かい空気が漂っている。
 どうやらこの末娘の存在が仲の悪い二人の中和剤になっているようだ。
「んじゃブベラマン、ちょっと不完全燃焼だけど戦闘終結でお願い出来る? 私達帰らないといけないみたいだし」
 ベリルの声に、ブベラマンは「了解だ」と大きく頷いた。
「へ? 終わり? よ、良かった〜」
 天子の脱力した声が響く。健司も思わず苦笑いを漏らして頷いた。
 ――こうして健司の二回目、そして天子の初陣と言っていいのか疑問となる戦いは、最初から最後までぐっだぐだのまま終了したのだった。


     3章

      1
 
 キーンコーンカーンコーン
 今日もいつものように授業終了の鐘が鳴る。
 鋭推高校の放課後。
 いつもの景色。
 いつもの喧騒。
 いつもの日常。
 代わり映えのしない、しかし大切な日々である。
「はあ……」
 しかし、その「いつもの日常」に対し、深い溜息を吐く健司の姿があった。
 今健司の前で繰り広げられている二人の人物のきゃっきゃうふふな光景は、とある日から「いつもの日常」の一部に加え入れられ、半ば強制的に当たり前になったのだが――健司にとっていつまで経っても見慣れないものだった。
 いや健司だけでは無い、当の二人以外はどうしても見慣れる事が出来ない空間だ。
「あのさ……」
 そして、遠巻きに見つめる級友達や諸先輩方を代表するように、健司は机に肩肘を立てながら、今日も口に出して言ってしまう。
「なぁ天子。ソレ、本当にそろそろどうにかならないのか?」
「あははははは……無理無理。どうにか出来るようならもうやってるわよ」
半ば諦めた感じで呟く健司の視線の先には「天子様〜」と、天子にべったりくっつき、離れる様子が微塵も感じられない白縁の眼鏡+制服姿のユナの姿があった。異国情緒溢れる褐色の肌に白のハイソックスが、どこか新鮮に映える。
「――え……天子様……僕、迷惑ですかぁ?」
「あ――違う違う! ユナ。そんな事ないよ! ごめんね」
「良かった……僕、天子様に嫌われていないんだよね? 天子様に嫌われたら僕、もう生きていけない……」
「うん、大丈夫よ。安心して」
「えへへ、天子様ありがとう。僕は本当に幸せですにゃ〜……」
「……頭いてぇ」
 白き花咲き乱れる状況に、健司は頭を抱えて呻き声を上げた。
 まさか、あの時は翌日から鋭推高校に二人の外国のほうから来た転校生が現れるとは、健司、そして天子も夢にも思って居なかった。
 勿論、既にお分かりの事だと思うが、外国からやってきたという眼鏡を掛けた二人組みは、ベリルとユナの事である。
 二人が1―Dの教室に鋭推高校のセーラー服を着こなし現れたのを確認した時には、あまりの衝撃に健司は
 バターン! 
 っと、椅子ごと地面に倒れ落ちてしまうくらいの驚きようだった。
 そう、椅子から転げ落ちるとか、ずり落ちるとかではない。文字通り椅子ごと倒れ落ちたのだ。受身も無しに。最後尾の座席だったから個人だけのダメージで済んだものの「超痛かった」とは健司の後日談である。
 もしかしたらこの学園内から、二人が地球征服的な何かを仕掛けてくるのでは? 
 健司や天子ははじめこそ、そう警戒したのは間違いなかった。
 しかし、なんだかんだで気が付けばベリルはこの三週間であっという間にクラスに自然に溶け込み、授業に遊びに精力的な人気者になった。ユナはユナで転校初日から天子にべったりとくっつき、他者が入り込む隙を見せない程の甘々な日々を送り続けている。天子の貞操が危うい事以外は平穏な時間がゆるゆると過ぎていく。
 なんつーか、世界を守るっていう緊張感が無くなったよなー。
 自然に出てきた欠伸を噛み殺しながら、健司は漠然と思ったりもするのも当然だ。
 実際、あれから今まで、ベリルともユナとも一度も戦闘になっていないのだから。いや、それどころかブベラ社の自動販売機も全く見ていない為、二人はジュースを購入する事も出来ず、技も覚えることも出来ていない。この状況は格ゲーのコンボの練習は勉強と違い毎日一時間は欠かさずやっている、健司にとってとても残念な事であり、そういう意味で大変つまらなさそうに見える。
 あーデグでも何でも良いから、対戦してぇ。せめてブベラコーラが飲みてぇ。
 健司の欲求不満な心の声が響く。しかし平和なんだからしょうがない。
「わぁ〜い、天子様に美味しいって言って貰えて僕は幸せです〜」
 ユナの甘えた声が聞こえ、健司は顔を上げた。
「うん。本当にこれすっごく美味しいよ。お店で買うのよりずっと美味しい」
 二人を見ると、綺麗にラッピングした袋からユナがクッキーを取り出し天子にもう一口食べさせているところだった。ふわふわとした丸い形のクッキーは恐らく手作りなのだろう、甘いバニラエッセンスの香りがふわりと健司の鼻をくすぐる。この香りからして確かに美味そうだな。と、ほろほろと表情を和らげる天子を見て健司は思った。作っているのがユナというのがちょっとイメージしづらい所だが。
「おーまーたーせー健司君っ! 天子ちゃん! ユナちゃん! さ、ゲーセンいっちゃおうー。今日こそ私も昇竜拳打てるようになるんだからっ!」
 そうこうするうちにパタパタと駆け寄る足音と、明るく元気な声が聞こえて来た。
「ん? お!」
「えへへへへへへ」
 健司の腕に、ぎゅっと両手を絡ませにこにこと可愛らしい笑みを浮かべ見上げているのはベリルだった。
 赤いセルフレームの眼鏡+制服姿。眼鏡で統一したという碧眼は透き通るような青さを見せ、ふわふわと相変わらず高めに括られた金髪のツインテールと絶妙にマッチしていて可愛らしい。何よりセーラー服と太腿まで上げた縞縞のニーソックスがこれでもかと言わんばかりに似合っている。
「お帰り。掃除終わっ――」
 笑顔でベリルに語り掛けた瞬間、教室だけならいざ知らず、廊下の方からもおぞましい感情をたっぷりと含んだ絡みつく視線を感じ、健司の身体がぞくりと粟立つ。
「ああ、やっぱりベリルちゃんは最後には健司のとこに行くのか。しかも腕に抱きついたりして……さっきまで俺らとあんなに楽しく話してたのに」
「あ、あれは違うだろ! 欧米式ハグだろ? ロスでは日常茶飯事の事だろ?」
「で、でも、俺やってもらった事ないよ?」
「俺も、俺も、俺も(5人以上同意の声)」
 嫉妬の視線の束は、上級生の方々も交えたベリルファンクラブの皆様だった。
 やっぱりと言うか当然と言うか、天真爛漫で裏表の無い性格。しかも可愛らしい容姿のベリルは一部の男子生徒に神聖視される程の人気を得ていたのだ。ファンクラブの嫉妬の視線は「天子ちゃんだけでなく、何でベリルちゃんまでお前が仲良くしているんだ!」的な感情を多分に含んで健司に向かい明瞭に伝えてくる。
 あはははははは……。べ、別に俺はそんなつもり毛頭もねーんだけど、な。正直、悪い気はしないけどさ。
 健司は苦笑いだ。しかし、敢えて気が付かない振りをして無邪気に笑うベリルの頭にぽんと手を置き、にっこり笑う。ベリルも笑う。ファンは泣く。
 ちきしょー! という声が後ろから聞こえたような気もするが気にしない。
「掃除お疲れ」
「うん。部屋の掃除っていつも面倒でデグやアクアちゃんに任せていたんだけど、結構こういうのって楽しいね! 私頑張ってやっちゃった」
 言いながらベリルが嬉しそうに胸を張った。天子と違いこちらの胸は大平原だ。ユナですら適度に有ると言うのに、長女のコレは一体どういう事だろうか。
「おおー、凄いなベリルは。チョー漲(みなぎ)ってるじゃん!」
「きゃははははは。でしょでしょ? 私だってやれば出来るんだから!」
「良しっ! んじゃ、さっさとゲーセンいこうぜ」
 健司は立ち上がると、鞄を肩に引っさげて言う。天子とユナも頷き立ち上がった。
「うん、行く行くー! 行っちゃうーっ!」
 ベリルも自分の机に引っ掛けていたカバンを手に持つと元気に頷く。
 ギリギリと、ベリルファンクラブの嫉妬満載の視線に見送られ、健司達四人がゲーセンに向かうのもまた――この三週間、いつもの事になっていた。

     2

「うわ、まじでおっさんマスコットキャラだったんだ……」
 健司達はゲーセンでの一時を終えた後、駅前のマグロナルドに席を陣取り5人で会話を弾ませていた。
 メンバーは健司、天子、ベリル、ユナ、そして渋いおっさんの5人。
 4人テーブルに一人椅子を運び、お誕生日席のようにした場所に座る、カウボーイハットに鼻下に伸ばしたマンダムな髭、大柄な身体はこれでもかというくらい引き締まっているナイスミドル感漂うダンディーなおじさんは、何とブベラマンの擬態である。設定上では変身前の姿との事らしい。この姿なら確かにモテそうだ。
 しかしこのブベラマン、実は3週間前、ベリル達が鋭推高校に転入して来た情報を健司達から聞くと「ならばっ!」と、この超ダンディーな姿で一昔前の学ランを着こなし――なんというか、非常に危険な香りを漂わせながら堂々と鋭推高校に転入試験を受けに行く、という前代未聞の事件を起こしていた。
 結果はもちろん門前払い。
 そりゃそうだ。どうみても40を越えて居そうな髭面の筋肉ムキムキのガチムチおっさんが学ランを着て
「我輩は試験を受けに来た! 入学させたまへ!」
 と言われても、誰がまともに相手をするだろうか? いや、しまい(反語)
 だがそれでもブベラマンはあの時諦めなかった。
「入学試験を受けさせろ! 我輩は16歳だ」
 と校門前で教師陣に対し喚き、駄々をこね、騒ぎ続けたのだ。
 勿論学校側はブベラマンの理論を超越した強弁、執念に「もしや、我が校の女子生徒に対しストーカーでもしているのではないか?」と恐れ、生徒達の危険を感じ、警察に通報。数分後サイレンを鳴らしたパトカーが3台も出動するという、鋭推高校きっての大騒動へと発展してしまったのだ。
 あの後、ブベラマンは暫く帰ってこなかった。
 そして、帰ってきた時には酷く疲れた表情をしていたのを健司達ははっきりと覚えている。が、あまりにも可哀相なので話題に出すことは無いようだった。
 そして今、そんな地球人でも滅多に受けることが無い、貴重な獄中生活を満喫してきたブベラマンが「あ、そうだ。留置されている時に取り寄せた我輩のCM集を見せてやろう」とiPhoneのような液晶画面の機器をとりだし、見せてきたのだ。その動画を見た時の驚きの声が、冒頭の健司と天子の声である。
「ぶははははっ! どうだね、どうだね! 宇宙に誇るブベラ社の象徴たる我輩の素晴らしき鋼の肉体! CM王たる貫禄!」
「んー、確かにおっさんが人気有りそうなのは認めるけどさ、全部オチはおっさんのドジで終わってるじゃん。しかも、どれもすげー寒い感じでさ」
 確かにバナナの皮に滑って頭打ってからのピタ●ラスイッチとか演出がマジ寒い。
「それそれ、それこそが我輩が愛される理由なのだよ! ぶははははっ」
 その指摘を待っていた! というようにブベラマンが嬉しそうにガハハと笑う。かなりウザイ感じだ。しかしこの性格が作りだと知っている健司は温かい目でブベラマンを見守っている。
「あ、いや健司。そんな目で我輩を見られるのは困るんだがな。は、はは……もっとツッコミとか、罵倒とかしてくれて良いのだ、ぞ? そういう、キャラクラッシュは勘弁してくれないかな。うん、いや、本当に。割とマジで」
「んー?」
 健司、恐ろしい子。カッ(白黒反転)
「ま、私は昔からブベラマンの事ウザ気持ち悪いって言ってたけどね。私はライバル社のカクコーラとかのメーカー選んで飲んでたし」
「認めたくないけど、こればっかりは僕も姉さんと同意。それに毎回CMがワンパターン。飽き飽き。見るたびに殺意が湧くレベル」
「うむ、そういうダメ出しはありがたいぞ。ベリルにユナ! 感謝だ!」
「五月蝿い、死ね。お前の感謝とか、言われただけで菌が移る。死ね」
「ひぃぃいい」
「こらこら、ユナ。そんな言い方しないの」
「はーい。天子様〜」
 感じの悪い舌打ちを執拗に繰り返しブベラマンを怯えさせたユナの表情が天子の声で、たちまちぱあっと明るくなる。
「はい、あ〜ん」
「あ〜ん☆」
 天子がユナの口にポテトを持っていくと、ユナは嬉しそうに口を開けた。目を閉じてポテトを頬張るその姿は幸せ満開だ。 そしてどんなにダンディーでもブベラマンの扱いは変わらないようである。
 そのまま他愛の無い話に盛り上がり放課後の時間は流れていく。これは3週間前から変わらない普段どおりの、そして一番楽しい時間である。
「それにしても、敵対しているはずの私達がこうして一緒にテーブル囲んで話をしているのって不思議よねー。ま、すっごく楽しいから良いんだけどねっ♪」
 ベリルが肩肘を付いて、ポテトを小刻みに齧りながら目を細め嬉しそうに言った。
「うん、本当不思議だよね」
 健司も、天子も同意する。
「ユナが駄々をこねてくれたお陰だってね」
「うにゃあ。だって天子様にお会いする為ですもの」
 幸せ満開で天子の膝の上でごろごろしていたユナが大きく頷く。そう、学校への入学手続き、瞳の調整等諸々の障害を打ち破る準備をしたのは全てユナだったのだ。
「そうそう。まさかユナちゃんがここまでやっちゃう子だとは思わなかったもん。いざという時の行動力は私なんかと比べ物にならないわ。天子ちゃん、ユナちゃんをよろしくね――あ、健司君ちょっとアイスコーヒー貰っていい?」
「ん? ああ良いよ? どぞどぞ」
「えへへ、やったー健司君と間接キッスー♪」
「え? あ? なっ?」
 ベリルは顔を輝かせながらストローをパクっと咥え、コーヒーを口に含む。
 健司はベリルの言葉にうろたえ、一瞬で顔が赤くなっている。
「だからこそ私もこうして健司君や天子ちゃんと遊べたりしてるんだけどね」
 健司の微笑ましい様子にくすっと笑うと、再び会話に戻るベリル。一方健司は、アイスコーヒーのストローを眺め、悩んでいる様子だった。だって間接キスとかおもむろに言われると意識してしまうものである。仕方が無い。
「姉さんはおまけ。だってほっといたら五月蝿いし面倒だから……」
「ひっどーい!」
 憤慨するベリルだが、ユナはすました顔をして聞き流す。
「でもユナがそうやって努力してくれたお陰で、私はベリルちゃんとも仲良くなれたし、感謝してるわよ。初めて会った時みたいに何だか変に誤解されたまま、襲われたら怖いもん」
「にゃあ」
「えー……でも、ま、そうかも。でも、今でも天子ちゃんは私のライバルだもん!」
「うん。そうね、私もベリルちゃんに負けてられないもんね!」
 ベリルも天子もお互いが何を想うのか分かったのだろう、くすりと笑った。
「ところでベリルにユナよ、もし……もしもだが、流転の幻影の他の者に見つかったら危険ではないのか? これは裏切り行為にも取られかねんのでは?」
 ふと気が付いた――という様子でブベラマンが不安そうに尋ねた。
「あー……」
 その言葉にベリルは少し考える表情を見せる。
「そうね。確かに馴れ合ってる姿を他の奴等に見られたらちょっと……というか結構危ないかもねー。間違いなく裏切り行為と捉えてくるだろうし」
 しかし言葉のわりに大して気にする様子は見えなかった。
「え? それってヤバイんじゃ?」
「わーい。健司君、心配してくれてるの?」
「そりゃまあな。嫌じゃん、それ」
「ありがとね。でも大丈夫だよー!」
「どうして?」
 首を傾げ健司が尋ねると、ベリルはふふふと不敵に笑った。
「今までの実績があるもん。他の星の戦士って健司君や天子ちゃんみたいに強くなかったし、つまらなかったし。というかぶっちゃけ本当に弱かったし」
「ぶ、ぶはー、コ●コーラうまいな!」
 慌てて他社のコーラを喉に流し込むブベラマン。咄嗟に言った発言はマスコットキャラクターとしては結構危険な予感がする。
「そんな訳で戦闘自体今までちっとも面白くなかったけど、毎回成果を出してきたお陰で、今は結構自由にやらせて貰ってるんだー。だから組織としては、今回はちょっと苦戦しているのかな? って思うくらいじゃない?」
「あーなるほど。実績という信頼があると「あの人なら大丈夫」って感覚でいてくれるもんね」
「そそ、だからまだ平気かな? って思ってるの」
 健司の言葉にベリルは大きく頷いた。が、その後深く溜息を吐くと、憂鬱そうに言葉を続けた。
「でも通常戦闘で遊ぶならともかく、いつかは私達とケンジーズとで倒すか倒されるかの勝負しなきゃいけない日が来ちゃうんだよね。やだなー」
「あ。俺もそれはやだなー」
「私もやだなー」
「うむ。我輩も嫌だな」
「僕はそうなったら姉さんを倒して、アクアと二人で天子様の下に駆けつける」
「それは酷い!」
 ユナの答えに、全員から厳しい突っ込みが入ったのは言うまでも無い。
「ね、健司君。だから良かったらさ、模擬戦しよっか?」
 テリヤケマグロバーガーを小さな口を精一杯開けて頬張り、もぐもぐと幸せそうな顔を浮かべてから喉に通したベリルが、一息あけてから良いことを思いついた、と顔を輝かせて言った。テリヤケのソースが口の周りに付いているのはご愛嬌だ。
「へ? 模擬戦? 練習試合みたいなのをやるって事?」
「うん、そう。仲良くしすぎてさ、まだ私達ってまともに戦闘してないもん。色々お互い本気を出してぶつかってみない?  色々内容でっちあげて本部に報告すれば適当なアリバイ作りにもなるし、時間稼ぎとしても助かるんだ〜」
「お、いいね。それは是非ともお願いしたいかも。全然実戦経験足りてないし、天子にしたらまだ召喚もしてないもんな」
 それは天子と、戦いに飢えた健司にとって、大変喜ばしい提案だった。
「おお、それは我輩としても嬉しいぞ。さすがベリル、話がわかるな」
 話を聞いたブベラマンも大きく頷いている。
「だから、別にあんたの為じゃない……って、まぁいいわ。天子ちゃんはどう?」
「私も自分の職業が「モンク」ってのは分かったのだけど、SP技の他に、なんだか「型」? ってのもあっていまいち把握出来てないから凄く助かる」
「あ……じゃあ天子様の練習は僕がやる。ノロマな健司やベリル姉さんと模擬戦とか死んでも嫌」
「なにぃ!」
 ユナの苦虫を潰した表情に健司とベリルが批難の声を上げる。
「脳筋は脳筋同士で戦うのがお似合いだって僕は言ってるの。それに僕は天子様以外とだと普通にやるよ? 死にたい?」
「ははは、確かにそうかもしれないけど、そう簡単にはいかないんじゃね? ユナだって俺とちゃんと戦ってねーじゃん」
「ふーん」
「うわ、聞いてないし……」
「じゃ決定ね! やるなら早いほうが良いし、明日やっちゃいましょ!」
「お、明日か。俺はおっけー! 真面目な対決初めてだね。宜しく、ベリル」
「うん、こちらこそ! 私も色々見せてあげる」
「久々の戦いかー。めっさ楽しみだぜ!」
 健司が差し出した手を、がっちりとベリルは握り締め、固く約束を交わした。
「じゃあ天子様、また僕を捕まえて下さいね……想像するだけでぞくぞくします」
「うん、頑張る。絶対捕まえちゃうぞ。こちらこそ宜しくね、ユナ」
 ユナと天子も、話す内容はともかくほのぼのとした雰囲気の中で約束を交わしていた。うん、ほのぼの。

     *****

 同時刻、クリソコーラ内。
「へっくち、へっくち」
 可愛らしいくしゃみを2回してアクアが辺りをきょろきょろと見回した。
 相変わらずアクアはクリソコーラ内ではピンクのパジャマ姿のままである。
「何だろ? 私噂されてるのかな? 2回って確か良い噂だっけ? うん、確かそうだったよね! えへへ。お姉様達が私の事で何か仰ってくれてるのかな?」
 あどけない顔に幸せそうな表情を浮かべ――そのまま豚鼻のデグをモチーフにしたのであろう大きめのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
 でも、直ぐにちょっと寂しそうな表情になってしまった。
「ユナお姉様のあの活き活きとしたお顔。正直初めて見ました。「学校」という所はかように人を素晴らしい方向に変えてしまう場所なのでしょうか? ユナお姉様の純粋な笑顔が見られるなんて……どれだけ素晴らしい場所なのでしょう。もし、私も「学校」という所に行けば自分でも嫌になる人見知りというものが直るのでしょうか……? ね? ぶのすけちゃん」
 ごろんとベッドに横になり、先ほどまで抱きしめていたぶのすけちゃんと名づけている大きなぬいぐるみを抱え上げ、そのつぶらな瞳をまじまじと見つめ呟く。
 もちろんぶのすけちゃんはぬいぐるみだから何も語らない。
 無言のぶのすけちゃんの黒い瞳は、ただ黙ってアクアの顔を映していた。
「あーあ……私も断らずに行けば良かったなぁー……ベリルお姉様が夢中になっている健司さんは格好良かったし、ユナお姉様が夢中になっている天子さんは素敵だったし……こんな私もいつかはお話できればいいのにな……」
 パタリと横向きにベッドに倒れるとちょっぴりの後悔を滲ませるアクア。
 しかし次の瞬間にはアクアはふるふると首を横に振り、邪念を吹き飛ばした。
「駄目駄目。お姉様達が相手の戦士を引き付けている間に、私が探索もしなければならないのですから! 頑張らないと……」
 アクアはそう力を込めて呟いたのだが――決意に反して、すぐに「ふぁああ」と不謹慎な欠伸が漏れてしまった。
 アクアは慌ててダメダメと欠伸を噛み砕く。
 しかし立て続けに欠伸と強烈な眠気が襲い掛かって来た。
「むにゃ?」
 それはデグ達も同じようで、モニターに映る愛らしい姿をした彼らは全て眠りに入ってしまっているようだった。
「あれ……おかしい……です?」
 アクアはここで、何か異常を感じた。が、もう、まともに思考が働かない。
「うう、何だか物凄く眠くなってきました。お姉様達、ごめんなさい。私は、アクアはダメな子です……」
 アクアの後頭部がすーっと、引っ張り落ちていく感覚に包まれる。
 意識が導かれるままに、ふぅと遠のいていく。
 ……結局、抵抗も虚しく、アクアは再びベッドに倒れこんでしまった。
「ぐう」
 そのまま深い眠りに誘い込まれてしまう。
 幼い、とても可愛らしい寝顔だった。
 その時、クリソコーラ内に何者かが侵入した事を示す赤いランプが明滅し、同時にけたたましい警告音が耳障りに発っせられていたが、深い眠りに陥ったアクアとデグ達は気がつく事が出来なかった。
 そして、暫くしてからその赤いランプと警告音は――ぷつりと不自然に消えた。

     3

 翌日の放課後、健司達はいつもの場所では無く学校のグラウンドに集合し、ブベラマンが領域を展開していた。だだっ広い空間。安心の場所設定である。
「うっす、ガーネットさん。お久しぶりです」
(わ〜ん、マスタ〜。お久しぶりです〜! 本当に、本当に、本当に会いたかった〜! って、あ、口上を忘れてました。いつもニコニコのほほんナビさん、貴方だけのガーネット(27)でーす!)
 健司がブベラコーラを飲み、初期起動を開始するとガーネットとの直結が完了し、早々にガーネットのテンション高い宣言が聞こえてきた。
「あはははは。お久しぶりです、ガーネットさん。ちょっと色々あって起動する機会が無くてすみません。これからも改めて宜しくお願いします」
(あああああ。なんと勿体無いお言葉。私の必死で集めているマスターボイスコレクションに早速追加しておきました!)
「あははははは――え? コレクション?」
 という事は今までも何か録音されていたのか? と健司は不安になる。
(はい! コレクションです。マスターのやられボイスを再生してマスターを私が攻めるという悩ましい妄想したり、勇ましい声を聞いて私が攻められ――)
「あーっ! あーっ! あーっ! 了解、わかった、もういいです」
 恐ろしい話を聞いてしまったと、健司は慌ててガーネットの話を遮る。というかAIでどうやってやるんだろう? こんな性癖まであるとは、ブベラ社のAI、恐るべし、と健司は思った。
(あの、それでマスター。私の事って、その、あの……大事なパートナーって思ってくださっていますか?)
「え? 当然じゃん! すっごい頼りにしてるよ? ガーネットさんが居ないと俺、何にも出来ないからさ」
(――っ!)
 健司の素直な感想に、ガーネットは鋭く息を呑む。
(そ……それは、もしや私無しでは居られないという告白という意味で――)
 続く言葉に思わず健司はずっこけた。
「ちょっ! 違うって! 戦闘の誘導においてだって。実際何も出来ないし」
(……そうですか。そうですよね。残念。でもいずれは私も生身の肉体を手に入れマスターのどんな激しい要求にもお答えする準備は出来ています! その時は是非私を壊れるまで愛してください!)
「あはははははは……」
「健司君まだー? 私達の模擬戦が先なんだよー」
 退屈そうな声に健司が顔を向けると、ベリルは片手で軽々と槌を持ち上げ肩に乗せると「うーん」と伸びを一つしていた。そのまま、近くにいる豚鼻のデグの鼻をつんつんと突いて遊んでいる。豚鼻のデグはちょっと嫌そうだ。
「ああ、ごめんごめん。もうちょっと待って」
「ほーい」
(――あれは、ベリルですね。何故か待機状態のようですし、Bコーティング実装に武器の転送等私の方も準備出来次第さっそく実行します)
「あ、そんなに慌てなくていいよ。今回はベリルと模擬戦だから」
(へ? 模擬戦? 何を言ってるのですか? 相手は敵ですよ?)
 かくかくしかじか――健司は驚くガーネットにこれまでの経緯を説明した。
(……そ、そんな事があるのですか……驚きました。把握。そして孔雀石の娘達の中で最強のユナは、マスターの仲間である天子氏にベタ惚れと?)
「うん、そんな感じ。あっちは本当毎日うんざりするぐらいべったりなんだぜ」
(何て羨ましい。私もいつかそんな感じでマスターを飼いたい。いや飼われたい)
「えっと――そういう事で今日はお互いの力比べをしようって事になったんだ」
 ガーネットのじゅるりと涎を拭くような効果音と共に聞こえた危険発言を、聞かなかった事にして健司は話を進めた。
(なるほど、ではSPも色々把握して使いこなす余裕があるのですね。攻撃系、防御系、全て表示しますので確認お願いします。必殺技名は必ず覚えて置いてください。発動条件になります。では私はその間にBコーティング実装開始します)
「おっけー、って技多っ! んーと『ラットスプレット』剣にエネルギーを溜め、剣撃と共に低威力のエネルギー弾を発射する。おお、飛び道具か。消費ポイント1―5で溜めるエネルギーは自分の任意。なるほどなるほど。『トライセップス』消費ポイント10。視認ターゲットに向かい高速で移動し、中威力の斬撃を与える技……か。対象に強制吹き飛ばし属性付与。ふむふむ、後は――」
 健司の確認中に、宣言どおりブベラコーラが溢れ健司に降り注ぎコーティングを開始していく。が、健司は瞳を閉じて、新しい格ゲーのインストを読むように真剣に技の数々を記憶していく作業に専念していた。
(Bコーティング実装完了。続けて、武器の転送を開始します。マスター、熟読中にすみませんが、文言宣告を)
「ほいさ。いくぜっ! 宇宙の法則が乱れるっ!」
 堂々とした宣言。暫くすると右手に重みを感じた。剣が構築され始めたのだ。
「へー健司君の剣の登場シーンも格好良いね! っていうか綺麗。ブベラ社も結構良い仕事してるのねー、何だかこだわりを感じるわ」
「おお、ベリルもやっぱそう思う? これ俺、結構好きなんだー。勿論ベリルの槌の登場シーンも好きだぜ!」
「うんうん♪ ありがとー」
(こらっ! マスター、あんなガキと会話しちゃダメです! マスターは色々読むべきものに集中してください!)
 会話を盛り上げると嫉妬丸出しでガーネットに怒られた。
「あ、はい……すみません」
 健司は素直に頷き、再び目を閉じて確認に向かった。同時に今度は左手に重みがずしりと感じる。今度は盾が転送されはじめたのだ。
「ん? あれ?」
 が、構築されている盾に、健司はどこか違和感を覚え、目を開けた。
「グリップが無、い?」
 グリップを握ろうと手を握るもスカスカと何も感触が無いのだ。それどころか今回は手の甲辺りを基点に展開している。明らかに前回構築された盾とは違う。
「な、なんだこれ? また凄い事になってるんだけど!」
 健司が驚いた表情で見つめる中、盾はまるで健司の左手に融合しているように伸び、最後には肩まですっぽりと覆う。全く新しい幾何学模様の重厚な盾だ。
(はい、これは前回デグを2体+ユナとの戦闘ボーナスを加えた所、当社の規定XPを満たしましたので盾の二段階目強化を実践しておきました。ナノマシンタイプで、マスターの意思による操作を可能としたイクシオンという名の盾であります! 左手にある竜の紋章から展開されており、着脱も勿論可能であります。また、これに応じて盾の二段階目のSP技もお送りしてあります。それを参照に)
「すげー! って、うわ、この盾本当に伸縮自在なのか」
 自分のイメージした通りに伸びる盾に驚く健司。
(です! まだ駆動領域はそれほどありませんがかなり効果的に使えると思います。ただ、当然と言いますか、伸ばせば伸ばすほど基本の防御能力も落ちてしまいますのでご注意を)
「了解! さぁベリルお待たせ!」
「うん、待ったよ」
「私達も待ってるよー、さっさと始めて〜」
「――う、ごめん」
 ベリルやベンチに座り見守っている天子達の言葉に健司は詰まる。
「きゃはは。気にしない。今回その凄い盾のお披露目でしょ? これは楽しみ〜」
(まぁ何て生意気なガキなんでしょうね。マスター絶対懲らしめましょう!)
「うん、模擬戦とは言え、負ける気なんて更々ないしね。宜しくガーネットさん。一緒に頑張ろう! って、あ、そうだベリルが体力表示させているらしいので、こっちも体力表示お願いします」
(表示了解! あ、そうそう。ここだけの話ですけど、ベリルをうっかり倒しちゃってもOKですよ! 私が許しちゃいます)
「あはは、汚い。ガーネットさん汚い」
 健司はさてと、と気持ちを切り替え、目の前で微笑んでいるベリルを見つめた。
「なあに? 健司君」
 ベリルの頭上には彼女の現在の体力表示が追加され見えるようになっている。勿論今は100% 緑色だ。これを70%削り黄色にすれば今回は勝ちである。
「じゃあ、ルールは一対一で、どちらかの体力が3割切ったらストップって事で」
「うん、回復は無しでね。あ――で、今思いついたんだけど勝った方が負けた方に一つ何か命令が出来るってのはどう? 負けた方は逆らっちゃダメって事で」
「おおっ? ここに来て追加ルール?」
 ベリルは悪戯っぽく笑って頷いた。
「それの方がより戦いに真剣になれない? 燃えるでしょ?」
「いいね! で、ベリルは何を?」
「んーとね……秘密。健司君は?」
「じゃあ、俺も秘密」
 お互い秘密主義らしい。
 ――やっべー、じゃあ俺勝ったら何お願いしよう。考えておかないとな……。
 健司は提案に乗っただけで何も考えつかない様子だ。いや、出るには出たのだが、それは女性陣ドン引きな男の妄想全開な内容だったので頭を振って追い払う。
(マスター! 命(たま)です! ベリルの命(たま)奪ってしまいましょう!)
 そしてここぞとガーネットが大人の汚さを見せる発言を再び口汚く飛ばす。
「だからガーネットさん怖すぎ! つかそんな事しないって!」
 恋の障害排除に必死なガーネット、マジ汚い。
「ん? 健司君どうしたの?」
「い、いや何でも無いよ。って、それより早くベリルは何か教えてよ」
「えー、やだー。健司君が教えてくれたら教えるー」
「やだって。先にベリルが言ってよ」
 沈黙。
 ……どうやらベリルも何も考えていないだけかもしれない。健司は思った。
 何故って? 言いだしっぺの癖に、今眉間に皺をよせて必死に考えているような表情を浮かべているからだ。で、お互いが考え込んでいるのを見て、慌てて余裕ある表情を浮かべたりする。
「ずるーい!」
「そっちこそ」
「良いもん、私が勝って健司君に命令してやるんだから!」
「いいや! 俺が勝って、ベリルに命令してやるっ!」
 結局開き直って、お互いがお互いの武器をギラリと構えた。
「――って、ちょ! 健司君。その言い方何気にエロい」
「え? ええええ。い、いや、俺そんな事考えてないよ?」
 思わず動揺して言葉を返した健司に、ベリルはにこりと宣言した。
「きゃはははは。はいっ♪ じゃあ戦闘スタートッ!」
 ドンッ!
 次の瞬間、健司が居た場所で破裂音が鳴り響いた。
「んなっ?」
 飛び退いた健司の目に入ったのは、初期位置から全く動いていないベリルの姿だった。変化といえば、大上段に構えていたベリルの持つ槌が振り下ろされているのと、健司の居た場所にサッカーボール大の穴が開いているくらいだ。
 ――って、それめっさ大きな変化だろうが!
 健司が思わず心の中でツッコむ。
「ガーネットさん。今のは、こっちの『ラットスプレット』みたいなもの?」
(ですね。マスターの動揺を誘い、隙を狙ってくる姑息な真似をしてきましたが、回避お見事です! 今のが直撃だと体力の15%が削られる試算がでています)
「む、今の不意打ちを避けるなんて。やるぅ」
「ギリギリだったけどね。でも良いね! 不意を狙ってくれるの嬉しいぜ!」
 あるものや状況をしっかり利用して戦う。それは健司の大好きな戦い方だ。
「きゃはは、ありがと。でも今回は約束もあるし絶対勝ちたいからすっごーい、ものすご―い私の本気見せてあげるわよーっ! 一気に畳み掛けちゃうぞっ」
 ベリルは少し日本語が変な宣言すると共に目を閉じ大きく息を一つ吐いた。
 そして目を明けると――健司が今まで見た事が無い、真剣な表情を見せた。
「よしっ! ブースト分のSPのチャージOK!」
「――なっ? え? ベリル?」
 宣言と共に額に浮きだす血管の数々。ざわりと風も無いのに揺れ出す髪。そして同時に感じる激しく熱い、熱い凄みのあるプレッシャー。
 ――おおう……なんだこれは……凄いぞ……。
 健司の額から、緊張からか汗がじっとりと浮き出てくる。
「うん。やっぱり健司君は私をワクワクさせてくれる良い男だ。でもそれと戦いは別! 今回、一瞬で終わっても恨みっこ無しだからね! 私が勝つ!」
 ベリルは槌を頭上に持ち上げ、天を見上げて大きく叫んだ。
「アタックブースト! アクセルアクセルアクセルッ!」
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
 途端に更に激しくベリルの周りの空気が振動し、金色の髪が逆立つ。真っ赤な炎のようなオーラがベリルを荒々しく包み込む。
「はあああぁあぁああああ……」
 オーラを纏うとベリルはしなやかに腰を落とし、槌を低めに構え気を吐く。
 赤く充血した瞳が獲物を狙う獣のように、爛々と輝いていた。
「……凄い迫力だな。でも勝つぜ! 俺は負けるの大っ嫌いだからな!」
 健司はベリルの迫力に口の端を歪め笑うと、きりりと表情を引き締める。
「こっちもいくよ、ガーネットさん! こっちも個体強化するぜ」
(はいっ。勿論ですっ! 唸れ筋肉! 弾けろ肉弾! 開放せしは肉体の門! 愚かな敵を殲滅せよっ!)
「重装アブドミナルサイポーズ!」
 健司の掛け声と共に、健司が身に纏っている光のコーティングが銀色に一層眩しく輝いた。そして、光が収まると神々しいまでの白銀のオーラが健司の全身をすっぽりと覆い尽くしていた。
(アブドミナルサイポーズ受付け完了。以降へビィフォーティフィケーションを伴い、一撃昇天、拘束技能、移動制限系の各種特殊効果を無効化します。また耐久度を150%にUP。しかし攻撃力は減少し80%となりました……まぁ、この性能を得るのですからこの際仕方ありませんね。それにタフガイも私は大好物ですし! 鋼の肉体、キレッキレですよ! 現在マスターのスペシャルポイント残り70%となっております)
「OK、そして俺とは逆にベリルの形態は攻撃力UPかな……」
(ですね、アタックブーストはアブドミナルサイポーズと対になる技かと。あちらは攻撃力が150%の代わりに耐久力が80%になっていると思われます)
「――なるほど。正反対か……面白いな。うん、面白い」
 ビリビリと感じる心地よい緊張感に、健司は唇を舐め、渇きを潤した。

     4

「――じゃあ行くよっ!」
 ベリルが吼え
「来いっ!」
 健司が構えた。
 いよいよ二人の命令権を賭けた本気の戦いが始まったのだ。
「しっ!」
 ベリルが槌を大上段に構え踏み込んだ瞬間、前方からゴオオオオオオと唸るような物凄い圧力を健司は感じた。
(マスター、あれは相当の威力があると思われます。距離的に余裕もありますし、無理に受け止めるよりも回避の方が良いかと)
「応っ! だろーなっ!」
 頷き健司は後方に軽やかにジャンプする。次の瞬間、さっきまで健司が居た場所にベリルの槌が、どぉん! と叩かれ大地が爆ぜ――ずに、ずんと地中に埋まる。
「え?」
 そして爆発を予想していた健司の視線は、大地に埋まった槌を棒高跳びの要領でしならせ、後方宙返りの形で自分を追いかけてきたベリルの姿を至近距離に捉えた。
「なあぁあああっ?」
 予測の範疇を超えたベリルの行動に思わず声が漏れる。
「でりゃあぁぁああっ!」
 掛け声と共にベリルのしなやかに、伸びのある全体重が掛かった両足の振り下ろしが健司の頭を目がけて襲い掛かって来る。
(マスターッ!)
「わーってるって!」
 左手に同化した盾を頭上に密度を上げて構える。鈍い音が響き、物凄い衝撃がビリビリと左手を中心に伝わってきた。スピードに乗った蹴りの威力は大したものだ。
 ――すっげ! この連携凄いじゃんか。やるな、ベリル。
 健司はベリルの格闘ゲームさながらの攻撃にわくわくした。
(マスター! ベリルは盾の上に乗って居ます。そして連撃きます!)
「え――」
 健司が顔を上げると、根が付いたように足をしっかり盾の上で止めたベリルが、ぐいとバネのように身体をしならせ、今度は大地から引っこ抜いた槌を反動そのままの勢いで、健司の身体に向かい叩きつけようとしているのを捉えた。
赤く充血した目がギラリと光る。
 ちなみにスカートからは縞縞のパンツが丸見え。でも、それどころじゃない!
「ちぇすとおおおおおっ!」
「う、うおおおおっ! まじでぇええ?」
 慌てて健司は盾を切り離し、左手を振り払う。盾は健司の身体を離れ地面に落ちる。土台を失い、足元がぐらついたベリルはバランスを崩し、槌が勢い良くからぶり、もんどりうって激しく転倒し、ごろごろと転がった。
「いたたたた……削れなかったか。残念」
 だがダメージはそれ程無いようで、唇を舌で舐めると「よっ」と猫のように身体をしならせ跳ね起こす。そのま膝を立て、一息吐くと、仰々しく槌を眼前に構えた。
 ――が、そこでベリルは一旦構えを解き、立ち上がるとにこやかに、落とした盾を装着しなおしている健司に話しかけた。
「でも、すっごい! やっぱり期待通りだわ。この反応の良さ、カンの良さ、冷静な判断力、今までの戦いとは比べ物にならない。流石健司君!」
「いやベリルも凄いぜ。想像できない場所からでも攻撃をしてくる貪欲さと、恐ろしい身体能力。加えてその破壊力だもんな。全く……油断が出来ないぜ。まさかここまでとは……」
 昂ぶった気持ちが全面に出てくるのを感じワクワクと健司の顔が綻ぶ。そこには同じような顔をしたベリルが居た。二人とも戦う事が物凄く楽しそうである。
「きゃはは、ありがと。よーし、まだまだガンガン行くわよっ!」
「良いぜ、俺もやってやらあーっ!」
 お互いが吼え、一気に前へと走り互いの間合いを詰める。
「っしょおおおっ!」
 ベリルの気合の入った声が響く。地面を這うように前のめりの体勢でベリルへと間合いを詰めて来た健司目がけて力いっぱい槌が振り下ろされたのだ!
 が、同時にガンッと、鈍い音が響き渡る。
 直前に健司は上半身を覆うように盾を伸ばし、ベリルの打撃を力が完全に乗りきる前に防いだのだ。
「すごっ……」
 思わず呻くベリルに向かい、健司が目測通り、と不敵に笑った。
「イクシオン、ベリルを弾け! 盾撃サイドチェストボム!」
 健司の宣言と共に、盾からぶわりと衝撃が球状に唸り迸る。
「やば――わきゅーっ!」
 慌てて盾から離れようとしたベリルだったが、離脱は間に合わず衝撃をまともに受けた。強制的に身体が舞い上がり、緩やかな弧を描いて吹き飛ばされる。が、健司自身もベリルとは反対方向へ同じように飛ばされていた。どうやらこれは技の仕様のようだ。互いの間合いを外す、仕切り直し技だろうか。
 ――が
「良し、ここで試すぞ。そのまま剣撃トライセップス!」
(マスター仕切りなおし技の使用お見事で――って、はい?)
 緩やかに浮かぶ健司が剣をベリルに向け叫んだ。
 途端に健司の身体が慣性の法則を無視し、吹き飛ぶベリルに向かい一気に加速した。その速度はベリルの吹き飛びの速度よりも遥かに速い! 
 あっという間に健司の視界にベリルの姿が大きく映った。
「――なっ、うそおおおおおおおおっ!」
 吹き飛ばされる中、急に目の前に現れた健司に、ベリルが驚きの声を上げる。
「やっぱりキャンセル出来るのな! ベリル! さっきの攻撃のお礼だ、ぜ!」
「きゃあぁぁああっ!」
 ガッ!
 空中ではガードが出来る筈も無く、健司の斬撃がベリルの脇腹に確かな手応えと共にヒットする。同時に今度はトライセップスの吹き飛ばし属性が発動し、ベリルを勢いよく吹き飛ばす。
「いったーい! なになになに? 何が起こったの!」
「畳み掛けるぞ。連撃! トライセップス!」
(え?)
「ちょっ――まさか!」
 嫌な予感におののくベリル。しかし健司が叫んだトライセップスだったが、二発目はぴくりとも発動しなかった。
「――あら?」
 吹き飛ぶベリルを再び追い追い討ちをかけようとしていた健司はそのまま地面に不本意に着地する。ベリルも砂場の中に叩きつけられ、砂まみれになっていたが追撃が来なかった事に安堵の表情を浮かべていた。
「ふーん、なるほど。同じ技は連続では出せないって事か」
(マ、マスターすみません。そうですクールタイムが存在し連打不可能です。3秒お待ち下さい。まぁ、出来てもトライからトライは吹き飛ばしで距離が範囲から外れるので当たりません。いや……それにしてもSP技の仕様硬直を、他のSP技で消して攻撃とか、その今までに無かった発想がエグいです)
「そうなの? 割と普通だと思うけどな? それにしても自分の意思とは無関係に動くのってちょっとキモいな」
 技の性能を確認する健司は、戦いを心から楽しんでいる様子だ。
「な、何だ今の健司のあれは。仕切り直しの技から無理やり他のSP技で追いかけ攻撃を当てるなど……我が社が想定した動きでは無いぞ。あの発想は何だ?」
 ブベラマンは、健司の動きに驚き、口をあんぐりと開けている。
「健司本当に楽しそう。そっか、そりゃ浮かしがあるなら確かに色々試したくなるもんね。もしかしたら永久コンボとかも簡単に見つかっちゃうかも?」
「は? 浮かし? 永久コンボ? 何だね天子、その単語は」
 不思議な顔をしてブベラマンが尋ねた。
「え? えっと、相手を空中に吹っ飛ばして、色々なコンボを叩きつける格闘ゲームの基本の一つよ。さっきの盾で受け止めて相手を飛ばしたのがソレかな」
 今の健司の動きをなぞり解説する天子。天子の肩に頭を乗せ甘えていたユナも興味深々に聞き入っている。
「なんと……そのような考え方が存在するとは。我が社は、いや恐らく流転の幻影も誰も想像しておらんぞ。これは通常の動きに加えて一撃離脱のターン制バトルを想定して作成していたのだからな」
「え? 何言ってるの。人が居て、技があって、動きがあったら、技はただ振るのでは無く、どう使うかでしょ? カードゲームとは別物よ。そしてそれが格ゲーの醍醐味じゃない。大体その為のSP技でしょ?」
「そ、そんな醍醐味など知らないぞ!」
 恥ずかしそうにブベラマンが叫んだ。
 しかし、ブベラマンが言うとおり、フェイントならともかく、技の隙にキャンセルを掛けるとか、連続で違う性質の技を叩き込む発想が浮かぶのはゲーマーだけだ。格闘家や研究者がもしこのゲームに参加していたとしてもその発想すら浮かばないだろう。これは間違いなくゲーマーの特権であり、健司の強さの秘訣であった。
「え? もしかして格ゲー無いの? じゃあ同じ星のベリルちゃんも無――」
「くっそー、健司君やったなー! 私だってやりかえすんだからーっ!」
 今の攻防で体力の3割を失ったベリルの、負けず嫌い全開の気合の入った声が響き渡った。天子は口をつぐみ、二人の戦いの観戦に戻る。
「とりゃーっ!」
 ダンッ! と踏み込む音が聞こえたと同時に気合全開のベリルが消えた。実際は地面を蹴り、空中に舞い上がったのだが、抉られた地面を見るに相当な力を掛け、有り得ない速度で飛び上がった為、まるで消えたかのように見えたのだ。
「おお?」
(マスター、重量級特撃(ヘビィスマッシュ)が来ます! ガードを!)
 健司が前を見ると鋭い飛びから槌を大きく振りかぶるベリルの姿が見えた。グオオオオという効果音が付いて、見るからに危険な技だとわかる。そして、この間合い。攻撃を回避するまでの余裕は、無い。
「ふ、ん、さっーい!」
「また突撃技か。でも、威力はこれの方が凄そうだな!」
 だが言葉とは裏腹に、目前まで迫るベリルを見ても、健司は落ち着いた様子だった。先程と同じように上半身を盾で覆うイメージを浮かべ、ベリルの渾身の一撃を防ごうと指示し展開する――が、ベリルは空中で突然身体を反転させると、打撃予測箇所を完璧に逸らし、健司の前のグラウンドにドンと槌を叩きつけた。
「なっ――しまった!」
 視界を盾で奪われていた健司が、ベリルの意図に気がついた時にはもう遅い。
 ゴワァアアアッ!
 ベリルの大槌撃に大地が激しく爆ぜた。
「うわあああああああっ!」
 槌を中心に、衝撃波が二重三重に健司に向けて襲い掛かってくる。上半身を防ごうと盾を伸ばした健司は下段からの衝撃を当然の事ながら防げる筈も無く、モロに浴びてしまい、もみくちゃにされながら吹き飛んでしまった。
「だあっ、ごあっ、べらっ、もしゃっ」
 大地に叩きつけられ、ごろごろと転がり、砂場にはまってやっと動きが止まる。
「っしゃああ、おらっ!」
「へえ、ベリルちゃんには勝ち目ないって思ったけど、凄いフェイント。出来る」
「いいえ、出来ないにゃー、あんなのまぐれです☆」
 ガッツポーズを見せるベリルに天子が感心した様子で呟く。しかし隣のユナは有り得ない、首を横に振りながらニヤニヤと即否定していた。
「っててて……」
 健司が、首を振り、砂埃を叩きながら砂場から起き上がる。しかし、ぐるぐると腕を廻す健司のその顔は悔しさでは無く、笑顔に包まれていた。
「健司君大丈夫? でもこれで、砂場にハマるまとこまでおあいこだね!」
「ああ、本当だよ。めっさいい技だったぜ!」
(マスター、やりかえされました。マスターの体力も34%減少。本当におあいこ状態です。あの脳筋ベリルが直接打撃以外の事をするなんて。なんて小ざかしい!)
「だね、モロに引っ掛かった。ベリル、今のって、もしかして元々地面を狙う技?」
「ううん」
 ベリルは首を横に振ると、嬉しそうに笑った。
「本当は違うんだけど絶対盾で防がれちゃうから、なんとかして健司君に当てようって、咄嗟に違う狙い方してみたの」
「おー、やるねぇ。上段フェイントで下段への変化技にしてくるなんてセンスあるじゃん。とっさに変えて出来るとか、やっぱ格ゲーやると頭の回転早くなるよな」
「うん。間違いなく健司君達と遊んでたお陰だよっ! ありがとねっ!」
 ベリルは褒められて嬉しそうだ。得意気に胸を張る。
「嬉しいね。こういう二択に持ち込ませるセンスが有るって事は、ベリルはやっぱり格ゲーでも絶対強くなるぜ」
「え、本当? まだ昇竜拳が、波動拳になるけど、大丈夫?」
「おう! 勿論。ベリルは絶対強くなるって。零距離波動なんて気にすんな」
 健司は本気で思っていた。
 技の振り方の発想を独自で増やせるなら、基本を覚えた後は絶対強くなる。そう確信出来るからだ。これは模擬戦終わった後のゲーセンでの対戦も楽しみだ!
「うわあああい! 健司君に褒められてチョー嬉しいー! よーっし!」
「ん?」
「うにゃぁぁああああああああああああああああっ!」
 ベリルが突如大きな声で叫んだ。
 ビリビリと空気が振動する。
 叫んでベリルはすっきりとした表情でにっこりと笑った。
「うん! じゃあ、これで最後。健司君に見せる私の本気はやっぱり一撃必殺! わかっていても防げない恐怖の一撃。例え脳筋って言われてもやっぱりコレだっていうすっごい技! どっかーんっていっちゃうよーっ!」
「え? もうラストにしちゃうの?」
「うん。やって思ったの。やっぱり私バカだから今日このままだと、きっと勝ち目無いもん。こんな難しい事今まで考えた事無かったから、イメージの引き出し少ないし。どう考えてもやればやるほど不利だもん!」
 ベリルはペロリと舌を出して笑うと、そのまま体勢を低くし、再びあの野生味溢れるしなやかな動きに戻る。同時にベリルが纏う炎のようなオーラが一層激しく揺らめいた。
 目つきが今まで以上に険しく光る。
 ――宣言通りのすげーでっかい一撃が来る。
 ゾクリとした感覚が健司の中を走りぬけた。が同時に楽しさも駆け抜ける。
「なるほどね! そういう差を感じられるのも強さの内だぜ。なら、来いよっ! それを防いできっちり俺が倒してやるよ! そして命令を聞いてもらうぜ!」
「きゃはははは。言ったわねー! でも残念。今日は私が勝つもん!」
「やれるもんならやってみなー! 来いやーっ!」
「行っくよー! でっりゃああああ!」
 叫びながらベリルが槌を水平に構えゴオオオオと、圧力を発し突進してくる。
 その姿は先ほど迄の技と何も変わらない――変わらないのだが、
「チョーひっさつぅーっ!」
「うげっ」
 ――な、なんだ、この感覚。
 途端に健司が感じたのは、ゾッとするほど凄まじい絶望の予感だった。
 横になぎ払う攻撃? 槌なのに? でもあの構えだとそれしかないよな? でもこの全方向から来るとてつもない圧力は何だ?
 健司の身体に嫌な汗が湧き出る。この予感、危険度は間違いなくMAXだ。
(マスター、ベリルから感じるエネルギー質量が半端じゃなく高いです。しかも範囲が全くわかりません! 下手に避けようとすると重量級特撃で大ダメージの予感です。私は一旦防御に専念をお勧めします!)
「確かに。ここは防御に専念する! イクシオン耐性強化! 堅牢マスキュラー」
 ガーネットの指示に納得した健司は、盾の耐性をより強化するSPを叫ぶ。
 途端に左腕の盾が一気に厚みを増し全身を覆った。幾何学模様が金色に輝く!
「よしっ!」
(マスター、盾の超タワーシールド化に成功。DR(ダメージリダクション)+15上昇。アブミナとガードのDRを加算し合計DRは30。素敵なタフガイ。ナイスガイ。タンクと呼ぶに相応しい能力ですよ!)
「応! 言葉の意味が良くわからないけど、絶対に防いでみせるぜ!」
「きゃははははっ無駄無駄無駄っ! ぜん、ぶっ、こわーす!」
 ベリルは、巨大化し全身を覆う盾の中に、亀のように篭った健司を見ても躊躇無く前進し、にやりと笑うと、身体全体をぐるりと回転させ、ぶおんっ! と大きく槌で円を描くように振り回した。
 次の瞬間、槌の描いた円の軌道から黒く重々しい大きな球体が発生し
 ズ――
 健司を一瞬で呑み込んだ。
 そしてそれは何かが深くめり込むような、重く深い音を出したかと思うと
 ズゥゥオオオォォォオオオッ!
 もの凄い重力と破滅の音階を伴って、健司を押し潰そうとのしかかって来た。
「う、うわあぁぁあああっ!」
 Bコーティングで守られては居るものの、ミシミシと音を立てて迫る、あまりにも凄まじい圧力と脅威に健司は悲鳴を上げてしまう。
(マ、マスター現在半径6mの範囲にとてつもない重力が発生しております。タワーシールド化した盾で辛うじて耐えておりますがBコーティングに継続ダメ発生中。現在体力ゲージの15%が削られております。なんてこと……DR上からもこのダメージ。直撃だと即戦闘不能並みのダメージだと予測されます。信じられない――)
「ま……マジかよ! おいおい、このまま削り殺しになったら――最悪だぞ」
 健司も目を閉じて瞼の裏のステータス画面を確認する。
(体力43%――41%……ああ、どんどん減っていきます。持続時間が長すぎ)
「やべーな……なんだ、ベリルの超必殺技、凄すぎるだろ……」
 健司は圧し掛かる重力に動くことも出来ず、減り続けていく体力ゲージを確認しつつ耐える事しか出来なかった。
 そして、どれだけの時間を耐えていただろうか――
「……あれ? うそ……マジ?」
 暫くするとベリルの息を呑み、愕然とする声が聞こえた。
「――お?」
 ベリルの声に健司はやっと重力場が消えたことを確認した。
(――マスター、重力場消滅。体力ゲージは現在37%です。結果的にDRほぼ最高値の状態で3割近く削られました。恐るべき技でした――が設定条件までには行っておりません! マスターさすが。ナイスガードであります)
「ガーネットさん報告ありがと。よし技が消えた! 体力ゲージもまだある! 動けるぞ! ここから逆転だ!」
(はいっ! 勿論です!)
 健司は気合を入れるとぴょんと跳ね、その場所から離れる。
「うげっ……なんだこれ……」
 そして今まで健司が居た場所の惨状に絶句する。
 そこはまるで砂地に鉄球が空から落ちたかのような大きなクレーターが出来上がっていた。グラウンドの中央が綺麗に抉られ、きめ細かく固められている。
 この惨状を見るだけでとんでもない力が作用していた事を証明していた。
「う……そ? ガード上からも5割は削れるはずよ? 健司君ギリギリ残っているじゃない、って、あ――健司君が最高防御状態だったの忘れてたーっ!」
 呆然としていたベリルが大きな声を出して頭を抱えてペタリと蹲った。
「へ?」
 健司が絶望的な声を上げたベリルを改めて見つめると、力を出し切ったのだろうか? あの恐ろしい圧力を感じさせていた赤いオーラを全て失っていた。
 ――ああ。なるほど、そういう事か!
 健司はベリルの愕然としている意味を把握しにやりと笑った。
「さぁ、では大技使ったせいで全てのゲージを失い、しかも反動が来てるベリルに一方的な俺の反撃かなっ!」
「ま、まだやれるわよっ! かかって来なさいっ!」
 ベリルは槌を構え直し虚勢を張る。
が、やはり先ほどまでの覇気を全く感じない。というか、精も根も尽き果てたかのように、ベリルの足元がふらついていた。
「あーあ、姉さん――もう終わったね」
 ユナがベンチからむくりと起き上がるとつまらなさそうに言って伸びをする。
「ん? ユナ、どういう事だ?」
「勝負急いでのガス欠。姉さん本気出しすぎるといつも計算出来ないから。大技使っちゃって、その使用条件『技を使用後3分間の過労状態』が今来ているの。今の姉さん、もうまともに動けないわよ」
 素っ気なく言うとそのまま天子の手をとり
「じゃ、天子様私達の準備しましょ☆」
ころりと口調変えて言った。
「え? ベリルちゃん、負け確定なの?」
「はい。そりゃもうKOTENPANに☆」
「――へ?」
「ま……姉さんのアレを耐えた健司を褒めるべきなんだろうけどね……」
 ユナはクレーターを見つめ、誰にも聞こえないように小声で呟いた。
「じゃあいくよベリル!」
 健司が言って嬉しそうに剣を上段に構える。刀身が夕日を浴びて、滑らかに輝く。
「あ、いや、やっぱりちょっと待って健司君。3分――い、いや具体的に言うと2分28秒くらい待って……欲しい……かな?」
「そこまで具体的な数字言われると、その間に攻めて下さいって言われてる気しかしないんですけど」
 にやりと笑って、健司は剣にエネルギーを込める。
「わわわっ、いや本当、ね? お願い! 後2分19秒待って! お願い!」
「剣撃ラットスプレット!」
 返事の変わりにSP技の飛び道具を繰り出す健司。
 剣に蓄えられたエネルギーが光の刃となって収束し、ベリルに向かって鋭く飛ぶ。
「きゃー」
 クリーンヒット。
「ラットスプレット!」
「わー」
「ラットスプレット!」
「むきゅー」
 ベリルが倒れた先に再び飛び道具。しかも三連発。
 勿論全てクリーンヒット。健司、容赦が無い。
(きゃーマスター。ますますキレてる、筋肉キレてる!)
「け、健司君。なんで飛び道具ばかりなの! 卑怯よ! しかも妙に痛いし!」
「え? そりゃあ、接近戦でもしカウンターなんて喰らったら、俺も体力結構減ってるからさ――ほら、危ないじゃん? 今回は確実に勝ちたいからね。あと、俺力38もあるから、結構痛いよ?」
「…………」
 ベリルの最後の狙いは健司にバレバレであった。
「……あはははははは」
「……んふふふふふふ」
 お互い見つめあい微笑む。
 勿論ベリルは引きつった笑い。健司は余裕の笑みである。
「ラットスプレット! ラットスプレット!」
「くぎゅううぅぅぅううーっ……」
 再び健司の飛び道具二連発。ベリルずたぼろ。
 結局そのまま、3分を迎える前にベリルの体力が30%以下になってしまった。
「……ま、参りました! 参りましたっ! 今回は私の負けね」
 がっくりと肩を落とし、槌を下げると、ベリルが白旗を揚げた。
「あいよっ! りょーかいっ!」
 健司も剣を収めて満足そうに頷く。
 健司、ベリルの超必殺技を耐え切り見事な逆転勝利だった。
(ああっマスター、タフガイ、ナイスガイ作戦での大勝利おめでとうございます。私もマスターの新しい戦い方に感動しました! 筋肉、超キレてましたよ!)
「え? いやそんな作戦名はつけた覚えは無いけど……ありがとう。ガーネットさんのアドバイスが無ければヤバかった部分もあったと思うし。超感謝だぜ!」
(あうううう。勿体無きお言葉。やっと私もマスターのお役に立てたと感激です。これからもお役に立てるようにまい進してまいります!)
 ガーネットの声は勝利に感動しすぎて裏返っていた。
「……あーあ、負けちゃったか。健司君強すぎ。本当初心者と思えない」
 戦闘終了後、ベリルは大きく伸びをしながら言った。遠くには、既に準備を始めているユナと天子。そして、初勝利に咽び泣くブベラマンの姿が見える。
「まぁ、こういう事に関しては、俺は結構やる奴だからね!」
 得意気に言う健司。嬉しそうだ。そんな健司を見てベリルはくすりと笑った。
「ま、私が勝てる要素って殆ど無かったけどね……でも――」
「でも?」
「すっごく楽しかったよ! 健司君ありがとね」
 ベリルの最高の笑顔だった。
 つられて健司も最高の笑顔を返す。健司も同じ気持ちだった。
「応! 俺もすっげー楽しかった! またやろうな!」
 言って健司は剣を置き、ベリルに向かい右手を差し出した。
 健闘を称え合う握手を求めたのだ。
「うん、こちらこそありがと。次はもっと考えて戦えるようにしておくね!」
 ベリルもその意図を察し、健司を見つめながら自分の右手を差し出し健司の手をぎゅっと握った。が、そのままベリルは悪戯っぽく笑うと右手に力を入れてぐいっと健司の身体を引っ張った。
「え――?」
 健司が少し驚いた声を上げ、かくんと思わず前屈みになる。
「期待以上に応えてくれた健司君に、私からの感謝の気持ち……あげるね」
 少し背伸びをして健司の耳元にそっとベリルは呟くと、健司の首を両手で柔らかく絡みつかせて抱き、瞳を閉じると――健司の頬に軽くキスをした。
「わっ? と……な――っ!」
(マ、ママ、マスタァーっ! 許さんぞ、このエロガキおらぁぁああああっ!)
「ぶはははは、ベリル! 健司の発想に負けたな。さぞ悔しか、なあああああ――」
「あららー」
「あ……」
 頬にキスをされた健司は勿論の事、嬉しそうにずいずいと歩いてきていたブベラマン、そして偶々目撃してしまった二人も動きが止まってしまう。
「えへ……えへへへへ。やっちゃった……でもまだほっぺだからね。唇はまた後にとっておくから……また今度――ね? 健司君」
 一人ベリルが健司から身体を離し、もじもじと照れくさそうに頬を染めながら呟いていた。そんなベリルの姿は周囲に花が咲き乱れ、幸せ満開の様子である。
 ――が、健司はまだ前屈みの体制で固まったままだ。
 現場を目撃しても目を細め、冷静な様子の天子。
「ね、ね。天子様、アレ僕達もやりましょう! 僕たちもやりましょう!」
 そんな天子に激しく何かを期待し、わくわくとした眼差しで見つめるユナ。
 健司の頭の中で激しくブチキレているガーネット。
「だっ、ダメだダメだ! そんな行動はまだ早いぞーっ、ベリルーっ! 若い娘さんがそんなふしだらな行為をしちゃいかーんっ!」
 ブベラマンが頭を抱えて大声で一人喚いていた。

     5

「で、健司君のお願いは何にする? 私何でも聞いてあげるからね!」
 模擬戦終了後いつもと同じマグロナルドに集まった5人は、それぞれ注文を済ませて席についていた。
 健司は大好きなテリヤケマグロバーガーセットだ。今だけ500円。
「あれ、まだお願いしてなかったんだ健司」
「あ、ああ。っていうか、そんな事よりも天子、お前こそ大丈夫か?」
「え? あ、うん。ははは……ボロ負けだったもんね……」
 げっそりとした表情で呟く天子。真っ青な顔色は模擬戦前の自信ある顔から打って変わって明らかに落ち込んだ表情である。
「て、天子様はまだ召喚戦に慣れて無いだけです! 僕が約束のために本気出してしまっただけで……次は練習で大丈夫ですにゃ〜。それにしても天子様のコーティング時の服装も素敵だったにゃ〜、また見たいにゃ〜☆」
 気遣いを見せながらも、どこかつやつやした表情のユナが、憔悴している天子の膝にごろごろ転がっている。幸せオーラ全開である。
「う、うん。そうだと良いけど……本当酷いボロ負け。健司が格ゲー要素入れ込んで圧勝してたから私もって思ったけど、初めて使った鷺の型の速度が速すぎて自分が振り回されちゃった……なんとかしないと……あれ、凄く酔う。無理」
 天子の職業モンクの五の型の一つ鷺の型は、敵の転倒攻撃をほぼ無効化する特性に加え、重心を変えずに一瞬で移動する「縮地」という踏み込み技が特筆される型である。が、抜群の運動神経を誇る天子には寧ろこれがアダとなった。優れた三半規管を持つ天子は、だからこそ乗り物に弱いのだが、それと同様に、自分自身の移動に翻弄され三半規管に狂いが生じ、激しい酔いの症状を発生させてしまったのだ。
「そ、そうだな。完全にモンクのスペックに振り回されておったな。まぁ、仕方あるまい、異常に覚えることが多い上に、型によって行動が全て変化する超高難易度職だからな。だが、我輩は天子には相応しい職と信じているぞ」
「そうだぜ、お前覚えてからがいつも勝負じゃんか! 頑張れよ」
「ん……確かに。それに悔しいし情け無いから頑張る。ユナちゃんまた今度ね」
「は〜い。天子様のほっぺにちゅう出来たし、して貰えたし。僕はもうこれだけで今日一日何か嫌な事あっても全て許せる気分だにゃ〜、うふふふふふふふ」
 凄まじく上機嫌のユナ。他のメンバーに対してまで愛想が良い。こんな浮ついたユナは今まで見た事が無い。
「天子ちゃん……コーティングだけで召喚しない方が強いんじゃ……」
 そうベリルが観戦しながら言っていたのは、健司と二人だけの秘密である。
「――で、健司は何をベリルにお願いするのだ?」
 ブベラマンが脱線しかけた話を戻し尋ねると「健司は何をベリルに要求するのか?」と興味津々に全員が、健司を見つめた。
「うー、あー」
 当の健司は、相変わらず何も考えて居なかったので頭を抱えている。そしてやっぱり頭の中に浮かぶのはアッチのアをエに変えたバージョンのものばかりだ。
「ほらほら、健司君。なんだっていいのよ? またキスして、とかでも私は――」
「わーっ! わーっ!」
 先ほどのシーンを生々しく思い出し、真っ赤になりながら健司が慌てて叫ぶ。
「健司。五月蝿い」
「あ、はい。すみません」
 天子に怒られ、健司は素直に頭を下げて謝った。
「で、健司は何をベリルにお願いするのだ? 決め事なんだろ。遠慮せずに、いかがわしい事でなければ言えば良いではないか」
「んー……そうだなぁ……」
 健司はブベラマンに促されて、再び真剣に考え込んだ。
〈実はベリルたちには恐らく目的は無い、いや……あるのかも知れないが正確な事は我輩も把握していないのだ。ただ巨大な組織だと言う事は解っている〉
 そして、ふとブベラマンと昔会話をしていた話を思い出した。
「ああ……そっか。あるじゃん。あったじゃん。すっげー聞きたい事が」
 はっと顔を上げる。
「ん? 何々? 決まったの?」
 ベリルがポテトを食べるのを止め、身を乗り出し期待の眼差しを健司に向ける。
 勿論、全員が健司に注目する。皆の視線の中、健司は大きく頷くと言葉を続けた。
「うん、あったよ。あのさ……」
「うん。何? なーんでも健司君の要求に応えちゃうよー♪」
「ベリルやユナが所属する、流転の幻影って、何で他の世界を巻き込んで侵略ごっこをやってるの? これって唯のゲーム感覚でやってる訳じゃないんだろ?」
「――っ!」
 健司の質問に、ベリルだけで無く、ユナまで鋭く息を呑んだのが解った。
 固まったベリルが手にしていたポテトがぽとりとこぼれ、床に転がっていく。
「――え? あ? うん?」
 二人の硬化した表情に、質問したはずの健司が思わず狼狽してしまう。
「あちゃー……そっか……その質問の可能性もあったのかー」
 暫くした後、ベリルは額を右手で押さえると、大袈裟に天を仰いだ。
 目が泳いでいる様子を見るに、本当に思っても居なかったらしい。
「うー……凄いえっちな要求されると思ってたから、急に真面目な質問されると頭がこんがらがって何も出ないよー。なんでえっちな質問じゃないのー!」
 そのまま凄い理由で、健司を糾弾するベリル。
 しかもかなり大きな声で。
 ザワリと空気がどよめき、一変した。一般客も含めて、周りの視線が超痛い。
「ちょっ! まっ!」
 不信な視線をあらゆる角度から投げ込まれ、健司が絶句する。
「け、健司! だから男女交際は健全明朗且つ、公明正大だと言っておろうが!」
「わー、やっぱそうだったんだ。健司やらしー」
「やらしー」
 天子がニヤニヤと言った言葉に、ユナも追従してニヤニヤと呟く。
「……なんで? 俺、そんな質問してないのに……」
 いわれの無い中傷に健司は激しく傷いていたりする。想像はしたけどな!
 そんな中、相変わらず「えっちな要求じゃなかった!」と呻いていたベリルは、健司の質問にどう答えたものか悩んでいる様子で「うーん」「えーと」「ぐはー」「ヴァー」「ウボァー」と、頭がパンクしそうな状態が継続中だった。
「あー、私ダメだ。きっと上手く説明出来ない。ユナちゃん言える?」
 そしてユナに丸投げ。
「言えるけど、言わない」
 ユナの秘儀、丸投げ返し。
「ユナちゃんのケチーッ!」
 ベリルが憤慨し、頬を膨らませてユナをなじるも、ユナは知らん振りだ。
「ムキーッ!」
「あら? ユナは教えてくれないの?」
「――え? 天子様も聞きたいの?」
「うん。やっぱり知りたいじゃない。だって、私もユナの事いっぱい知りたいもん」
「天子様ぁ……で、でもこれは健司達の約束事だし僕が言うのは……」
 天子の優しい言葉に、ユナの瞳は感激でウルウルとしていた。しかし促された話は、言うべきかどうかを躊躇っている様子だ。
 よっし、いいぞ天子、もう一押しだ! ベリルが頭パンクしてそうだから、ユナを誘導するなんて流石すぎる! と、健司は心の中で天子を絶賛応援中だ。
「良し。じゃあ、他の事聞いちゃうわよー、ユナが好きな動物は何?」
「えへへ、猫ですにゃー☆」
「――って、終わるんかい! しかもどうでも良い質問するんかいっ!」
 思わずずるりと椅子から滑りながら、健司は二人にツッこんでしまう。
「だって、それはベリルちゃんと健司の約束でしょ?」
「う……」
 健司がちらりと見たベリルは、もはや頭がショートしたようで、もくもくと湯気が出ていた。何かの許容量の限界を超えているような感じだ。大変だ。
「ううう、本当の目的って、そんなに難しい事なのか――」
「――む? おい。ちょっと待て! 何かおかしくないか?」
「え?」
 ブベラマンの険しい声で、健司達は初めて周りの異常に気がついた。
 先ほどまであれほど賑やかだった筈のマグロナルドの店内が、健司達の話し声が止まると誰の会話も聞こえず、シーンと静まり返ってしまったのだ。
「え? あれ?」
 そして全員が、とんでもないことに気がついた。
 とんでもないこと――そう。健司達を除くマグロナルド内存在している人々全てが止まっているのだ。
「嘘、マジかよ?」
 慌てて健司が窓の外の人通りを眺めると、同じように通行人も止まっていた。
 周り全てから、動く人の気配というものがまるっきり感じられなくなっていた。
「え? な……なんだよ、これ。領域? ……おっさんか?」
「いや我輩では無いぞ。し、しかしこれは確かに領域の展開……だ。ば、馬鹿な。展開は我輩しか出来ないはずだぞ? 何故発動しているのだ?」
 ブベラマンが動揺しながら辺りを見回した。
「ふーん、誤作動の有無を確認に来てみれば、まさかこうして敵側と馴れ馴れしく楽しくおしゃべりとはな。ベリル、ユナ。これは大変な違反行為だぞ? そしてブベラマンは職務ご苦労様。我がブベラ社内でもケンジーズは強いと中々の評判だぞ」
 ――と、近くから全く聞き覚えの無い、落ち着いた男の声が聞こえた。
 慌てて全員が声の聞こえた方向を振り向く。
 そこにはいつの間にか一人の男が座っていた。
 歳は三十代後半くらいだろうか? 短く刈った黒髪に鼻筋はまっすぐ通り、黒い目は目じりが少しつり上がり精力的な印象だ。ノーネクタイにダークスーツ姿が服を着ていても良くわかる、引き締まった肉体に良く似合っていた。
 男はこちらを見て悠然と笑いかけると、左手に持っていたホットコーヒーを悠々と掲げウインクをした。左腕には高価そうな時計がはまっている。
 どうやら男はかなりの地位にいる人間らしい事が見受けられる。
「イシス中将」
「イ、イシス常務!」
 そしてベリルとブベラマンの口から役職名は違えど、同じ名前が飛び出した。
「え――っ!」
 ブベラマンが慌ててベリルを向くと、ベリルも驚いた表情を浮かべていた。
 今の二人の声で解る事はただ一つ。
「な、なんという事だ……」
 その事実に気がついたブベラマンが苦虫を噛み潰したような表情で呻く。
「どうした? おっさん」
「健司、あの男はイシス常務と言って我が社の「対流転の幻影チーム」の実質トップの存在であり、ブベラコーラの安全機能考案の第一人者だ――」
「そして、僕達流転の幻影の上級幹部」
 ブベラマンの言葉を引き継いで、ユナが補足する。
「な! それって!」
 健司も天子もその意味に気がつき、唖然とした表情を浮かべる。
「ああ、だからこそ今でも似たような技術が盗まれていたのか。では、以前自白し失踪した社員は、嘘の自白を強要されたのか? まさか……。いやそもそも何故最高責任者である常務が――」
「ふむふむ、この星は中々センスが良い。俺のこのような格好も中々サマになっているとは思わないかね? とは言え誠に残念ながらこの星自体が、間もなく失われてしまうから関係が無くなるのだがね。勿論お前達裏切り者も、ケンジーズの皆様も一緒に――な」
 イシスは、ブベラマン達の詮索など意に介さない様子で一人心地だ。
「星が無くなるだと? どう言う事だ?」
「ふふふ、さあ。どういう事だと言われても文字通りとしか言えんがね、少年。ベリル達に聞けば良いだろう。我々の大いなる目的を妨害したその裏切り者達にな」
 健司の問いに、イシスはにやりと笑って答えた。言い終えると「残念、残念」と人をくった表情で手をひらひらとさせる。 そのままイシスはゆっくりと席を立ちカツカツと革靴を鳴らし、優越感に浸りながら、健司達に悠然と近づいてくる。
が――
「うがっ!」
 テーブルの脚に足を引っ掛けてバターンと思いっきり転倒する。
 受身もとれずの顔面ダイブだった。
 時が止まった静かな世界にイシスの勢い良く倒れる音が大きく響く。
 勿論左手に格好つけて持っていたホットコーヒーは勢い良く手を離れ床にバシャアアっと音を立てて零れ落ちる。あーあ、床掃除が大変そうである。
「ぐ……これだから低文明のド低脳で不愉快な配置には耐えられんのだっ! 何故人が歩く場所からテーブルが自動で避けることも出来んのだ!」
 ガバっと起き上がったイシスは、怒りに肩を震わせテーブルを激しく蹴り飛ばす――が、テーブルは自動も何も、床にしっかり固定されている状態である。
「イダダッ! うぐぐぐぐぐぐ」
 結果蹴った反動がそのままイシスに跳ね返り、激痛に膝を抱えて蹲る事になった。
「糞がっ! なんなんだ! この低レベルな星はっ!」
「プ……くっ……」
 そんな八つ当たり全開のイシスの、とある部分に気がついた健司達から漏れる失笑、失笑、失笑。
「――な、なんだね?」
 自分の顔の一点を集中され失笑を漏らされている事に気がついたイシスは不愉快な表情のまま慌てて、自分の顔を探る。すると、おでこに何かが張り付いているのに気がついた。
「うわっ」
 慌てて払い落とすと、それは床にポトリと落ちる。
 まじまじと見つめると、ベリルが少し前に落としたポテトの残骸だった。イシスの顔面ダイブのお陰でぺちゃんこに潰れ、柔らかい部分が漏れ出している。
「…………」
 いや……もう、当初の格好良い登場シーンは全て台無しである。
 しばしの沈黙。
「……まぁ、ともかく!」
「あ、無かった事にした」
 天子のツッコミを無視するイシス。何事も無かったように健司達のテーブルの前に辿り着くと、ふん! と一つ鼻を鳴らし、ドンと黒い球体をテーブルに置いた。
「無駄話は嫌いなんでね、用件だけをさっさと言わせて貰おう」
「逃げたね」
「うん、逃げた」
「そこ! 五月蝿いっ! 黙ってまずこれを見ろっ!」
 まだ続くツッコミ攻勢を一喝する。そのまま球体に手を翳した。たちまちイシスが示した黒い球体が光を発し、テーブル上に丸いスクリーンを形成する。
「遠隔透視(リモートビューイング)」
 健司達が、何が始まるのだ? と目を丸くしている中、ユナが冷静に呟いた。同時にそのスクリーンに何やら映像が映り始める。
「っ! アクアちゃん!」
 ベリルが思わず声を上げた。
 そこに大きく映し出されたのは、アクアと数匹のデグ達だったのだ。
「な――っ!」
 健司達の空気が一気に引き締まる。
 映されたアクアの状況がはっきりと見えてくる。可愛らしいピンクのパジャマ姿のまま、両手両足を鎖で拘束されていた。 アクアもデグ達も、ぐったりとした様子で倒れており、見るだけでは生きているのか、死んでいるのかが解らない。
「イシス――」
 ザワリと殺気立ったユナが、気がつけば席を立ち、赤いナイフをイシスの首筋に押し付けていた。あっと言う間の早業だった。
「ふふふ、ユナ。良い判断だな。俺を殺さず、脅すと言う事は、直ぐに俺を殺せば君たちが不都合になる手を打っていると判断しての事であろう? 君はベリルと違い頭が良いからな。そして答えは勿論イエスだ。さあ、ナイフを下げたまえ」
しかし、それは想定済みというようにイシスは慌てた様子も無く、余裕の表情で受け流していた。ユナはイシスの言葉に悔しそうにナイフを下げる。
「心配しなくても良い。アクアはまだ眠っているだけだ。勿論手荒な真似もしていない。まだ……な。この後、アクアがどうなるかは君達次第という訳だ」
「脅しで人を操ろうってか。最低だなあんた。まるっきり悪役じゃん」
 健司が吐き捨てるように呟く。
「効率的と言ってくれないかな、少年。現実とはこういうものだよ」
「御託は良いから、交換条件は何?」
 得意気に健司に語るイシスに向かいベリルが厳しい口調で口を挟んだ。
「ははは、飲み込みが早くて嬉しいよ、ベリル。私が欲しいのは唯一つ。クリソコーラのリミット解除キーだよ。勿論理由はわかってるよな? 裏切り者君」
「…………」
「ほら、鍵を渡してくれなければ俺としても心苦しいがアクアを――」
 脅すイシスに向かい、ベリルが顔を歪めながら無言で何かを投げつけた。
 イシスは右手で受け取ると、ちらりと視線を移しにっこりと笑った。
「あんたの欲しがっているものは渡したわ。さあ、アクアちゃんを解放して!」
「あん? 何を言ってる? 馬鹿だな君は」
 イシスが薄笑いを浮かべた。完全な嘲笑である。
「やはり君は計算が苦手のようだな。いや、違うか。思考停止するほどまでに妹を大事にしているのだね。美しい姉妹愛と感動してやりたいところだが、残念ながら俺が君たちに与えた選択肢は「楽に死ねるか」「苦痛にのたうちまわって死ぬか」だぞ? 何を甘えた事を言っている?」
「イシス……この――」
「安心しろ。感謝の気持ちを込めてアクアも、そして君たちも苦しまないように楽に死んでもらおう。さあもう、こんな下らない世界征服ごっこも終わりだな!」
「――くっ!」
「ははははははっ!」
 ユナが、今度は躊躇いも無くナイフをイシスに向かい突き刺した。
 ……が、既にその場所にイシスの姿は無かった。ナイフが虚空を切る。
「ま、待てイシス常務! 我輩はまだ何も聞いていない――」
「……ダメ、もう逃げた」
 ユナがぽつりと呟いた。
 ――そして、イシスの撤退と共に世界が動き出す。
 ガヤガヤとマグロナルド内にいつもどおりの活気が、にわかに戻ってきた。
 ただし、健司達のテーブルを除いて――である。
 このテーブルに座る5人は、非常事態に沈痛な面持ちだった。
「……一体これはどういう事なんだ……よ?」
 健司がやっとの事で搾り出した言葉は他人の声のように遠くから聞こえた。
 まだまだ遥か先の事だろうと思い込んでいた、ベリル達異邦人との楽しい日常の崩壊が、予想だにしない所から急速に現実化し、くらりと気が遠くなる。
「それは……」
 ベリルが苦しそうに呟き、上手く纏められないのだろう、言葉が途切れた。
 そこにはいつもの無邪気に明るく元気なベリルの姿は無かった。
『皆さん事情は把握しました。ベリルちゃん、ボクが答えますぶもっ』
 ――と、健司達の目の前に丸い影がのそりと現れ、可愛らしい声を掛けてきた。
 それは、あのベリルが唯一名前で呼んでいるピンクの豚鼻のデグ「ぶーちゃん」だった。黒く艶やかなつぶらな瞳がいつに無く真剣にキラキラと輝いている。
 一瞬の沈黙。
「しゃ、しゃべった! デグがしゃべった!」
 続けざまに、健司、天子、ブベラマンが驚愕の声を上げた。
「ぶーちゃん! どうしよう! どうしよう! アクアちゃんが!」
 そんな中、ベリルが泣き声を上げ、ぎゅうとぶーちゃんに抱きついていた。
『健司君に、天子ちゃん、ブベラマンさん。ボクが、今からこの星に起こってしまう事と、これからどうするべきかをお教えするぶもっ! きっと時間がもう無い、いや、ちょっと待って。うーん、あるかも……いや無いかもぶ……も?』
「どっち!」
 ぶーちゃんの曖昧さに全員がツッコミを入れたのは言うまでも無かった。



     4章

     1
 
『ベリルちゃんは、何と言うか努力にしろ、頑張る事にしろ、考えてやろうとすると普通の人の4倍(当社比)は遠回りする子だし、ユナちゃんは知識所有前提で大雑把にしか話さないから頼りにならない。だからボクが言うぶもよ』
「きゃはは、そうそう……って、もしかして私馬鹿にされてるっ? ガーン」
 ぶーちゃんの言葉にベリルは初めにっこり笑って聞いていたのだが、皮肉が混ざっていることに気が付き、ショックを受けていた。
「なに……この豚。殺したい……」
『ぶ、ぶもぉ〜』
「あああああっ、ユナちゃんストップ! ストーップ! ぶーちゃんはきっと冗談で言ってるんだから解ってあげて! 悪気は無いんだから。ね、お願い!」
『いや、本心ぶもよ?』
「……殺ス」
『ぶもぉ〜っ!』
 ――見た目に似合わず思いっきり毒舌なんだ、この豚っぽい奴。
 健司は心底意外という表情を浮かべ、ユナに怯えるぶーちゃんを眺めていた。
「えーっと、とりあえず聞いていいのかな?」
 ベリル達が落ち着いたのを見計らって天子が言った。
『はいぶも! 巨乳美人の天子ちゃんの質問なら、僕は何でも答えるぶもよ』
「あはは……ありがと」
 ぶーちゃんの台詞に、何故かベリルが悔しそうに自分の胸を見ている。
「今どういう状況なのか説明してくれる? あのイシスって人が現れて、しかもアクアさんを人質にとったりして、これから何が起きるの?」
 天子の質問に、ぶーちゃんは『わかったぶも』と大きく頷く。
『手短に纏めると。地球大ピンチ! 天子ちゃん達の運命や如何に! ぶもっ』
「うわっ、本当に手短っ!」
 この豚、それじゃあわかんねーだろっ! 心の中でツッコミを入れる健司。
『……って、それだけだと流石にアレだから、ちゃんと言うぶも』
 周りの白けた空気を察したのか、ぶーちゃんがぷるぷると胴体を揺らしながら気まずそうに言った。ほっと健司達は一息つく。
「うん、そうじゃないと何というか……その、困る」
「本当に――結局なんなのだ? イシス常務がやろうとしている事は? 我輩にはさっぱりだぞ? 武器のデモンストレーションではないのか?」
『確かに昔はその意味も資金稼ぎ目的であったぶも。でも、それは今までの圧倒的な征服戦争で見せてきたから効果はもう果たせているぶもよ』
「じゃあ、なんなのだ? 早く言ってくれたまえ、アクアが危ないのだぞ!」
 険しい表情でブベラマンが言葉を荒らげて言う。いつに無く真剣な様子だ。
「我輩が格好良く、颯爽とアクアを助け――我輩に一目惚れしたアクアと恒久の愛を育む完璧な計画の為にも早く言わないか!」
 YESロリータNOタッチ。
「あーんーたーにーはーっ! 絶対アクアちゃんはやらんっ!」
「ぶべらっ!」
 ベリルの超加速チョップでブベラマンは強制沈黙。
『――あ。えーっと……話していいぶもか?』
「うんうん。幼魂と書いて「ろりこん」て読むおっさんの事はほっといていいぜ」
『了解ぶも。その通りぶもね。こういうおっさんは両手を前に出して手首辺りにモザイク入れられて、その上にタオル掛けて連行されるのが一番ぶも』
「ぶべっ」
『では話すぶもよ』
「うん」
 毒舌でトドメを刺されたブベラマンはともかく、健司達は真剣な表情で頷く。
『イシスの狙い――というか、ボク達の組織が流転の幻影が恒星間航行技術を発展させ、数々の文明星に対し制圧行動を繰り返してきた理由はただ一つ。どこかの星に融合し消えたと言われる、あるものを見つけ出す為だったのだぶもっ!』
「あるもの? なんだろう?」
『うん、それはですぶも――宇宙の記録。虚空の中の唯一つの普遍の真実。全智の記憶と称される存在――』
「え……? まさか」
 ぶーちゃんの言葉に、天子がごくりと唾を飲み込んだ。
「そ、それって……ぶーちゃん、もしかしてアカシックレコードの事じゃない?」
「ア、アカシックレコードだとっ? そんなものが本当に存在すると言うのか?」
 ブベラマンが大声を上げた。倒れた身体を起こし勢いよく立ち上がる。
「は? 帰ってきたヨッパライのレコード?」
 ……おい、健司。Q お前は一体何歳なんだ? A 16歳です。
『天子ちゃん良く知ってたぶもね。ここにも神智学があったりするぶもか?』
「あ、いや……本で読んだ事があるだけだけど……でも、あれってオカルトの部類で、実在なんかするわけが無いって。似非の預言者が都合良く使うものだって」
「あのさ、豚。何言ってるの? 姉さんは今回も反応無いし、レーダー自体も壊れて役に立たなかった――ってまさか……」
 ユナが自分の言葉に、はっと息を呑んだ。キッとベリルを睨みつける。
「あ――もう、ぶーちゃん。やっぱりユナちゃんが気付いちゃったじゃない」
 あちゃー、と気まずい表情を浮かべるベリル。
『どのみちユナちゃんには言わなきゃいけない事ぶもよ』
「うー、まぁ……そうだけど……さ」
「姉さん!」
 ユナに厳しく促され、ベリルは恐る恐るユナの方を見た。
 ユナ、すんごく怒っている表情た。
「ううううううう。ごめんなさい。だって、だって……」
「ちゃんと言って」
「は、はい!」
 観念した様子でベリルは素直に頷いた。
「あのね、ユナちゃん。レーダーがね、反応したの。この星で」
「え? ……そんな……そんな……嘘……」
 ユナが絶望した表情で固まる。受け入れ難い真実を聞かされた、という顔だ。
 そのまま天子にぎゅっとしがみつく。ユナの手はブルブルと震えていた。
「――え? ユナ?」
「ど、どうしたのだユナ? 何故お前がそんな顔をする? アカシックレコードを発見するというレーダーが反応しただけであろう? それは喜ばしい事では無いのか? あとはその狙いとやらを実行すれば良いだけでは――あ……」
 ブベラマンは言って、ぶーちゃんの話を思い出し言葉をハタと止めた。
 ぶーちゃんが、神妙な顔で頷いた。
『ブベラマンさん、ボク言ったでしょ? アカシックレコードは星に融合しているって。そして、レーダーに反応があった場合の組織の行動こそが、絶対に防がなければいけない事だったぶもよ。だからベリルちゃんは反応があった次の瞬間、誰に言うでも無くその場でレーダーをぶっ壊したぶもよ』
「あ? ……ああ? つまり……どういう事だ?」
『だーかーらー、アカシックレコードを取り出す作業が大問題なんだぶも。ブベラマンさんはアカシックレコードを取り出す方法を知ってるぶもか?』
「いや? って、まさか……」
 言ってブベラマンの顔が青褪めた。
 ――繋がった。
 もちろん、健司も、天子も言っている意味が理解出来た。
 嫌な予感が胸の中にじわじわと広がり、とぐろを巻いてくる。
『方法は単純ぶもよ』
 ぶーちゃんは言って、短い両手を合わそうとして届かなかった。
 代わりにベリルが「こう?」と、両手を叩いてパンと音を立てる。
『そうそう、そんな感じで星を壊して粉々に砕いて、宇宙空間に漏れ出したアカシックレコードを装置で抽出するぶもよ。これはレーダーに反応が有れば、本当に有るのか無いのか何てお構いなしでやってしまうルールになっているのだぶも』
「中立区域の未開星を破壊だと? ばかな……それは許されない行為だぞ!」
 健司と天子も予想を遥かに超えるぶーちゃんの、惨事の予告に青褪める。
「本当、酷い話でしょ? 辿り着いた星の中で最高の出会いが出来た場所に、最低最悪の滅びなんて私は絶対に持ち込みたくなかったんだもん!」
 ベリルが悲しい瞳を浮かべながらも、力強く断言した。
「だから私はレーダーを壊す前に、一瞬流れたデータも間違いと、ぶーちゃんの言う通りにやって、当のイシスからも「誤動作了承、引き続き任務に当たれ」と理解を得たの。これで余程の事が無い限りは気が付かれない。そう思ってたのに……」
「じゃあ……なんでイシスがここに来たの? あいつ、了承したんでしょ?」
「それが……わかんないの……でも、ユナちゃん、本当に黙っててごめんね」
「……いいよ。隠してた理由もわかったし。それにその理由には僕も納得出来る」
「きゃー、ユナちゃんが私を許してくれた! ありが――イダダッ」
 感激してユナに抱きつこうとしたベリルは、手の甲を抓られて悲鳴を上げた。
「姉さんウザイ、キモイ。僕の身体に隅々まで触れて良いのは天子様だけ」
「うううううううう……ユナちゃん、いたひ、いたひ……」
 抓る指にかなりの力が入っているのだろう。ベリルが超涙目だ。
「えっと……相手の目的は解ったわ。じゃあ、私達はどうすればいいの?」
『勿論、イシスがクリソコーラのリミット解除キーを持っていったって事はクリソコーラの「恒星破壊兵器」を使うって事だろうから、艦内に潜入して止めるのが一番ぶもっ! でも、きっと組織全体が相手だから相当の覚悟が必要だぶもよ!』
「クリソコーラ?」
「クリソコーラは僕達の乗る大型巡察艦の事。もし、アカシックレコードを発見した折にはプロテクトされている大型兵器を解除して使用することも出来る艦」
「ああ、そしてその解除キーってのが、ベリルがイシスに渡したやつか」
「そう。先に人質の解放の要求とか、あの時点で譲歩させる交渉材料だったのに、何も考えずに脊髄反射で姉さんが渡した鍵の事」
「ううううううう……ユナちゃん、結構その言葉痛い。私だって反省を――」
「もし、アクアちゃんに何かしたらこちらも鍵を渡さない! アクアちゃんを先に解放しなさい! からスタートよねぇ。普通は。やっぱり」
 追い討ちをかけるように意地悪な笑顔で天子までベリルをなじる。
「て、天子ちゃんまで……うえーん」
 ベリル泣いちゃう。
「まぁそれは終わった事だから仕方ないとして、皆聞いてくれる? 今の話を聞いてちょっとイシスの行動で気になる事があるの」
『ん? 天子ちゃん何ぶもか?』
「あのさ、イシスはイシスで、大きな戦艦は持ってないの?」
『当然持っているぶも。イシスは大幹部だし、持ってない訳がないぶもよ』
 ぶーちゃんの言葉に、天子は「だよね」と頷き、そして再び首を傾げた。
「んー、じゃあやっぱりおかしくない? なんでわざわざベリルちゃん達が乗っている艦を乗っ取って、とか回りくどいことするんだろう? 自分の艦でやればいいのに。私にはイシスが組織に秘密で、こそこそと来てる感じがするの」
「あ!」
 ベリルとユナ、そしてぶーちゃんが揃ってハッとした表情を浮べた。
「……ねぇねぇ。これってもしかしてイシスの単独行動?」
『た、確かに可能性は凄く高いぶも。言われて気が付いたけど、考えてみれば大幹部があんな登場するなんて、ちょっと不自然だったぶもね』
「でもどうして? 組織で集める事が厳命されてるのに――」
「あいつ組織にも黙って、アカシックレコードを自分のモノにするつもりだ! 間違いないよ!」
「うん。僕も姉さんに同意。それしか考えられない」
「うっわ。なんてわかり易い悪役なんだ! こりゃ倒しがいあるな!」
 思わず健司も合いの手を入れる。
「アカシックレコードの全智を独り占めし悪用する。普通に有るな。悪役だけに」
「私は新世界の神になる(キリッ)――とか言い出しそう。悪役だけに」
「ウケルー」
「そうなると組織にはバレていないって考えて良いね。イシスの単独行動、来てても部下数名。うん。それなら僕達で内々に処理出来る」
「では我輩達がすぐにクリソコーラに攻め込み、イシスを倒せば無事解決?」
 気が付けばいつの間にか、全員が顔を付け合せて囁きあっていた。
 そして、全員がにんまりとちょっと悪そうな笑みを浮べて大きく頷く。
「そ れ だ! それしか無い!」
「速攻で攻め込み、イシスを倒し、アクアちゃんを解放する! 決定〜♪」
 絶望しかけていた筈のモチベーションがぐんぐんと一気に跳ね上がっていく。
「だな! そうと決まったら早速悪い奴を倒しに行こうぜ! 燃える展開だぜ!」
「大変だけど、健司の好きな展開が本当に来ちゃったね。私も頑張らないと!」
「当然だっ! じゃあ行くぜ! クリソコーラに! 絶対地球を守るぞ、皆っ!」
「おーっ!」
 力いっぱい吠えた健司の号令に、みんなが(ユナは控えめに)声を上げて応えた。

     2
 
 クリソコーラ内。
 健司達が地上で気勢を上げる一方で、帰還したイシスは同じようなスーツを身に纏った手下達を伴い、険しい表情でとある一室に足早に向かっていた。
「こちらです。ボス」
 待ち構えていた部下が敬礼し、一つの重々しく頑丈な扉を示す。
「いいから口を動かす前にさっさとロックを解除しろグズ!」
「は、はい!」
「……お前達、手荒な真似は絶対にしていないだろうな?」
「も、勿論でありますっ! ご命令どおりに!」
 ジロリと睨み付けるイシスの顔に、部下達は恐縮しながら頷く。
「う……うん……ぶのすけちゃん……むにゃむにゃ……それは……」
 部下が恐縮し慌てた様子で開けた薄暗い部屋の中には、何も知らず昨日から可愛い寝顔を見せているアクア達が鎖に繋がれたまま眠っていた。
 イシスがクリソコーラ内に撒いた睡眠ガスの効果は一日経った今もまだまだ続いているようで、起きる気配は微塵も無い様子である。恐ろしい性能だ。いやただ単にアクアがねぼすけちゃんなだけかも知れないけど。
 それにしてもアクアはやはり大事な人質だからだろうか? イシスは目を大きく見開き、舐めまわすようにアクアの身体を隅々までチェックしている様子だ。
 いや、大事というのは間違いか。既に要求したクリソコーラのリミット解除キーは手に入れ、イシスにとってアクアの利用価値は現段階では失っている。となると、イシスのこの視姦するような視線で考えられることは唯一つ。ベリル達に宣言したようにアクアをどのように処分するべきかを考えているのだろう。
 この無防備に、愛らしい表情で眠るアクアを、ベリル達の前で約束した「安らかな死」を守らずに、アレでナニな事や非道な事――そういった類の事がイシスの一存で出来てしまうのだ。それはとても恐ろしい事だ。鬼畜の所業である。
 ――が、次の瞬間、思わぬ事態が発生した。
「ううう、ごめんよー、アクアちゃん。俺本当はこんな事したくなかったのに! 今すぐ鎖を外すからね。あの小姑気取りの邪魔な姉妹を脅してリミット解除キーを手に入れるには仕方が無かったんだぁ〜っ!」
 傲岸不遜のナルシストにしか見えなかったイシスが想像出来ないような甘えた声を出し、涙目になりながらアクアの傍に慌てて屈みこんだのである。そのままカチャカチャとアクアの鎖を丁寧に、そりゃもう丁寧に外す。……正直気持ち悪いです。
「あー……やっぱりちょっと痕になってる。ごめん、ごめんよぉぉおお。アクアちゃん。糞部下の考え無しの行動で、君の白く綺麗な柔肌がこんな目に……」 
 アクアの手首に手枷が擦れたのだろう少し付いてしまった痕を発見しイシスが絶望した声で呟く。しかしそれはどう見ても体重が掛かってしまう分、支える手首に不可避で出来てしまう痕であった。部下には何も落ち度が無いのは明白だ。
「おいっ! 誰だ! こんなにアクアの手枷をきつく絞めたのは!」
 だがイシスにとってはそれすら許せなかった事らしい。
 激昂した険しい表情を部下達に見せ、理不尽に怒鳴りつける。激しい一喝に、その場に居た部下全員がビクリと身体を震わせた。
 重苦しい沈黙。
「そうか……名乗り出ないか。ではお前ら全員だな……」
 怯える部下を眺め、イシスはいつの間にか取り出した缶コーヒーを一口飲む。そして、部下達をより一層厳しい視線で睨み付けた。
「え? ……ボス――まさか?」
 イシスの行動の意味を悟り、部下達の表情が一気に青褪める。
「――う、うわーっ!」
 途端にイシスの身体から発せられる絶望的な恐怖に耐え切れなくなった部下の一人が、悲鳴を上げてその場から逃げ出した。
「……逃げたな。よし、アイツだな」
「――っ!」
 冷酷な宣告に立ち竦んむ部下達が鋭く息を飲み込む。
「――確定」
 逃げ出した部下の背中を指差し、目を細めて見つめたイシスが冷酷に囁く。
「ぐ……ゲっ」
 その瞬間、逃げ出した部下がジュッと音を立て蒸発した。
 一瞬の出来事だった。
 先ほど逃げ出したはずの部下が居た場所には存在があった事を示すように部下の影が焼きついていた。コーティングを貫通し、肉体を損壊――蒸発させたのだ。
「まったく……死んで許されると思うなよ。このゴミクズが」
 まだほくほくと湯気がたっている場所を眺め、吐き捨てるようにイシスは呟くと、眠りこけているアクアをお姫様抱っこで抱え上げた。
「さて、と」
 ちらりと見た部下達はたった今起きた惨劇に、言葉も無く、引き攣り震えている。
「おい! お前達、何をボサッとしている。アクアをちゃんとしたベッドに寝かせる準備をしろ! あとここに居るあの忌々しいマラカイトが作ったデグ達だが、これらは全てアクアの大事にしているデグだ。何があっても絶対に傷つけるな。丁重に扱え。一匹たりとも欠かせるなよ」
「は――はい! 畏まりました。直ちに!」
 イシスの言葉に部下達は弾けるようにその場から走り去る。
「ふん……まったく、使えん部下共だ」
 イシスは呟くと、アクアを抱えたままゆっくりと歩き始めた。
 静かになった廊下にカツカツと足音が響く。ダークスーツで薄暗い空間を歩くイシスの姿は、逞しい体躯に似合い、渋く様になっている。
「……それにしてもアクアちゃん、本当に可愛いな〜」
 ――が、引き締まった表情が、アクアの寝顔を見てデロリとだらしなく崩れる。
 色々と台無しである。
「君との二人の世界を構築できるまでもう少しだ。かならず成功してみせるよ、この時をずっとずっと待ちわびていたんだからね」
 イシスは恍惚とした表情で、眠るアクアに話しかけていた。
「アクアちゃんは覚えてるかな? 君が3歳の時、俺は28歳だった。あの時君に一目ぼれした俺は「大きくなったら俺のお嫁さんになってくれる?」って聞いて――君は笑顔で「うん! お嫁さんになる」って頷いてくれたよね」
 イシスは言って、背後にぱぁーっと花が咲いたような爽やかな笑顔を浮べた。
 えっと、周りにもし人が居たらドン引き、即ポリスなカミングアウトである。
「あの時、凄く勇気を出して言った愛の告白は今でも本気なんだよ。こうして理想どおりの素敵な女性として成長してくれたアクアちゃんに、俺は胸がずっとドキドキしてた。ずっとずっと君を手に入れる為の機会を12年間も待ち続けたんだよ」
 光源氏計画(育成は人任せ)とか、そんな感じのロマンを口にしているイシス。
 どうやら、こいつも幼魂(ろりこん)の一員であるのは間違いないだろう。
「計画通りアカシックレコードを手に入れ、全宇宙を掌握し最高の世界を君に贈る。俺達の恋路を邪魔する君の母親や姉妹を知らないうちに消し、俺という最高の男に安心して身を任せられるようにしてあげるよ。アクアちゃん、俺は君の為だったらYESロリータ、NOタッチの禁なんてマニフェスト並に軽々しく破ってやるさ」
 優しくアクアを見つめたイシスの表情は、純粋な愛情に満ちていた。
 ……言っている事は最低だけど。
「しかし、完璧な俺も久々にミスを犯したな。ベリルにユナか……」
 イシスは、低い声で呟いた。
「コーヒーをこぼし飲めなかったのは痛かった。鍵を手に入れたら、すぐに全員消してやろうと思っていたのに。結局あいつらを生かしてしまったのは残念だ」
 なんと! あの場面にはそんな真実が隠されていたとは。イシスが間抜けにしか見えなかった場面で、実は健司達は命拾いをしていたらしい。
「ボス! 大変です!」
 と、慌てた様子でイシスに向かい部下が報告に走ってきた。
「なんだ?」
 だらしない顔を一気に引き締め部下に向かい問いかけるイシス。
「クリソコーラに何者かが近づいて来ております!」
「ん? ほう……ああ、なるほどな。そうか。そう来たか」
 イシスはその何者かの正体に即座に気が付き、にやりと笑った。
「ベリル達だな。大方俺が単独行動と読んで、それなら倒せるとでも思ったか」
 イシス、倒錯した変人ではあるが、馬鹿では無い様である。
「は。恐らくはその通りかと」
「俺も舐められたもんだな。ふはははっ、愚かな。逃げておけば良かったものを、奴らの死をこの目で確認出来るとは。こちらこそありがたいわ!」
「どうされますか?」
「よし、艦を停止し、ハッチを開けてやれ。撃ち落す必要は無い」
 部下はイシスの想定外の答えに目を白黒させた。
「は、ハッチを開放? それでは安易に突撃を許し、我々の戦力ではとても……」
 ギロリと部下を睨み、手を掲げるイシス。
「は、はい! 畏まりました。そのように準備をさせて頂きます!」
「いいか、お前達は全勢力を持って内部で迎撃せよ。あいつらはこの戦闘においてのプロだ。お前たちでは到底無理だとは思うが、少しはベリル達の体力を削る位の仕事をし、俺の役にたってから死ね。もしお前達が持ち場を放棄し、逃げたりした場合は、分かっているだろうな?」
「は、ははっ!」
 イシスは冷たい目で部下に言い放つ。恐怖、恫喝で無理やり屈服されている部下には反論する術は無い。ただ項垂れ、恐縮して頷くしかなかった。
「では行けっ! 俺はアクアを置いた後、艦橋にて待機する」
 イシスは悲壮感を漂わせ死地へと向かう部下の背中を見送りもせず、身を翻すと自信に満ちた高笑いをしながらアクアを抱え足早に艦橋に向かう。
「宇宙空間に出る前に来てくれて助かったぞ、俺の力を知らん小姑共が。俺の宇宙掌握の前の余興、是非とも楽しませてもらうぞ。アクアちゃんと俺の関係の邪魔になる全ての存在を、必ず俺の手で消し去ってやる!」
「う〜ん……むにゃむにゃ……ドロップちゃう、おはじきや……」
 どす黒い野望を語るイシスの腕中で、アクアは相変わらず幸せそうに眠っていた。

      3

 ピ――ガー。遠くから銃撃音に続き、激しく何かがぶち破られる爆音が響いてくる。そんなクリソコーラの艦橋前でD(ダイアモンド)小隊は立派なバリケードを組立て、ネズミ一匹立ち入れないように封鎖していた。彼らはイシス直属の部下の中でもより選りすぐりのエリートで集められた小隊であり、その他の小隊の展開、攻勢の把握を一手に担う、作戦の根幹たる優秀な部隊だ。そして今、彼らの下に緊急を知らせる他部隊からの通信が忙しなく鳴り響いている。
「どうやら敵はE(エメラルド)部隊を軽々と突破した模様。しかしこれは予定通りだ。さあA(アズライト)小隊は左翼から展開し、敵を削れ! 我らが仲間の犠牲を無駄にするな」
〈無理です。10:0(じゅうぜろ)。クソゲー。要遠距離職の火力強化〉
 爆音。しかるのちA小隊壊滅の一報が流れ、レーダーから存在が消失。
「B(ブラッドストーン)小隊は中央で奇襲。見つけ次第容赦なく蜂の巣にしろ」
〈無理。10:0。こっちが死にます。要遠距離職の防御能力の強化〉
 轟音。しかるのちB小隊壊滅の一報が流れ、レーダーから存在が消失。
「C(カーネリアン)小隊は右翼より展開。自分達を巻き込んでも構わん。何とか敵にダメージを与えろ。犬死は許さん」
〈無理。10:0。何しても無駄。要バランス調整〉
 破裂音。しかるのちC小隊壊滅の一報が流れ、レーダーから存在が(以下略
「……悲しい知らせだが、どうやら我ら以外の小隊は全滅のようだ。しかも敵はほぼ無傷の様子。このままではイシス様に合わせる顔が無い。ならば我らD小隊は決死の覚悟を持ってこの艦橋前で迎え撃つぞ! 我らはイシス様直属の部隊の中でも最強のエリートだ。鉄壁のバリケードの下、ここは簡単には落とさせんぞ!」
「了解(ヤーッ!) 隊長、我ら全員士気高揚。逃げ出す者などおりません!」
 残された最後の小隊。ダークスーツ姿に暗視も出来るサングラスを装備した強面の頼もしい面子は、隊長の覚悟の下、各々が自動小銃を両手に携えて、自慢のバリケードの中で士気を上げた。そこいる誰もが悲壮感など微塵も感じさせない。絶望的な状況の中でもきびきびとした各隊員の動作に、この部隊が良く訓練された誇り高き連中であり、洗練されているのがわかる。
 散るときは最後まで泥臭く、そして潔く。それが彼らD小隊のモットーだ。
 そんな彼らの目の前、厳重にロックされた分厚い扉が、どぉん! という重々しい打撃音と共に、アルミニウムを丸めて戻したようなボコボコとした隆起を強制され、いとも簡単にぐしゃりとへしゃげた。
「来るぞ」
 言われるまでも無く分かる。いよいよ彼らにとっての敵が来たのだ。全員の顔にサッと緊張が走る。トリガーを握る手に力が入る。
「どぉーっせええぇぇえっい!」
 そして彼らの敵――可愛らしい、しかし恐ろしく気合の入った少女の声が一際大きく響きわたると、ボロボロになり、もはや扉の機能を果たせなくなった無機物が、がごぉん! と物凄い勢いで蹴破られた。
「うおっ」
 ぶち破られた扉はガラガラと音を立てながら物凄い速さで吹き飛び、ガンッ! と壁に激しく激突して止まる。
「健司君っ! この先が艦橋だ――って、おおおっ? どうやらまだ居たようね」
 同時に燃え盛る狼を象った巨大な槌を振りかざした金髪の美少女が、後ろへ振り返りながら飛び込んで来る。少女はバリケードに引き篭るD小隊に気がつくと言いかけた言葉を飲み込み、表情を一変させた。獲物を見つけた野獣のように目を爛々と輝かせる。高めに括られたツインテールも愉快そうに揺れた。
「――っ! そ、総員、迎撃体勢っ! ベリルにバリケードシューティングだ!」
 少女の迫力に気圧されながらも隊長が叫んだ。隊員が銃を一斉に構える。
「んー……ごめんね。それ、きっと無理」
 しかし少女はにこやかな口調で言うや否や、どぉん! と槌を力強く地面に叩きつける。
 強烈な一撃に周囲がぐらぐらと揺れ、鋼鉄の地面がビキビキとひび割れる。激しい揺れに「おおっと」とD小隊の面々が尻餅を余儀なくされるなか、彼らを守る鉄壁だった筈のバリケードが、ガラガラと音を立ててあっさり崩れ落ちた。
「――え?」
 D小隊、唖然呆然。
 中に篭っていた彼らの姿は、あっという間にむき出しにされてしまった。信じられないと、ぽかんと口が開いてしまうのも仕方の無い事だ。
 倒せなくとものらりくらりと時間を使い、相手を苦しめる手筈だったというのに。想定の崩壊に、銃火器を握り締めるグリップが嫌な汗でじっとりと濡れてくる。
「怯むな! 射て! 射てーっ!」
 だがそこは流石エリート部隊。あらん限りの声を上げ、隊長がバリケードの残骸の中で体勢低く銃を構えて引き金を引き絞ると、彼の魂からの叫びで我に返った残る隊員達も慌てて銃を構え、しかしインパクトの瞬間には冷静に引き金を振り絞る。
 ドン! ドン! ダダダダダダダッ!
 結果、訓練通りの見事な一斉射撃が放たれる。大きな束となった弾丸が唸り声を上げながら少女へと向かい容赦なく襲いかかる。
「良し!」
 たとえ一発一発の威力は低くとも、これだけの弾数を打ち込まれれば流石の少女でもひとたまりもあるまい。何より両手持ちは他のウォーリアー職と比べて耐性が低い。確実に大ダメージを与える筈だ。そう確信し、D小隊の面子の頬が緩む。
「残念。良し、じゃ無いんだな、これが」
 しかし、彼らが魂を込めて放った弾丸は、少女に当たる直前に直撃には程遠い、耳障りな金属音を響かせ弾かせた。そのまま弾丸は乾いた軽い音を立てながら地面に転々と転がっていく。
「――なっ?」
 彼らが驚愕しつつも前を見れば、金髪の少女の前、一歩踏み出してきた野性味溢れる黒髪の少年が、少女を右手でぐいと力強く抱き寄せ、左手に装着した幾何学模様の巨大な盾で弾丸を防ぐ姿が目に入ってきた。
「ファランクス、志賀健司……ケンジーズ!」
 隊長が少年の正体を確認し、呻くように呟く。
「くそっ、奴も居たのか。これでは我々の攻撃は奴の体力を少し削ったくらいか」
 だがそう呟いた隊長は次の瞬間目を見張り、絶句する事になった。
 あれほどの数の銃弾を受けたというのに、少年の持つ盾には銃痕など欠片も見えなかった。いやそれどころでは無い、何一つ傷が付いていなかったのだ。無傷。
「そ、そんな……そんな馬鹿な。我らの渾身の攻撃がドットも削れて無いだとっ?」
 驚愕の表情を浮かべ叫ぶ隊長に向かい、少年は不敵に笑う。
「お前ら、いつから俺達にダメージを与えられると錯覚していた?」
「なん……だと……」
 どうしようもない事実に気がついた隊長、そしてD小隊の面々の顔に、自分達の無力を痛感した絶望の色がはっきりと映る。
 心がポッキリと折れる音が聞こえた。
「こ、これこそ完全な10:0じゃないか……」
 そして無線の中で散々聞いた、あの台詞が彼らの口からも思わず漏れる。
「良し。俺もベリルもダメージは0だ。跳べっ、ベリル!」
「うんっ! 行っくよーっ! よーい、しょっとおぉおおっ!」
 だんっ! と身体をしならせ高く飛び上がった少女が、D小隊目掛けて強烈な圧力を伴った槌に全体重をのせ、がぁん! と力強く叩きつける。
 地面が爆ぜる。みんな吹き飛ぶ。
「サバゲーだったら絶対負けないのにいぃいいいっ」
 かくして、イシスの部隊はあっさりと全滅した。
 それはかつて健司達に向かいベリル達が言っていた通りの、遠距離職となった人々の悲哀を見せつけるだけの、悲しみの戦いであった。

     *****

「この部隊とか割としっかりしてたのに……なんか可哀相だったな」
 健司はベリルの槌での強烈な一撃に吹き飛ばされ、壁に激突し、意識を失ったD小隊の面々を見つめながら同情した調子で言う。
「うん。私達が今までブベラ社の戦士が弱過ぎって言ってた理由わかっちゃうよね。ずっとそっちに遠距離職ばっかり出てきては、こんな感じで吹き飛んでいったの」
「なるほどね。しっかし、遠距離職はどうしてここまで弱体化してるんだ? 実際だと、接近出来ずに蜂の巣で終わるような組み合わせなのに。って言うか、そもそもこういう職業認定って何を認識して決めてるんだろう?」
 自分は遠距離職に選ばれなくて良かったと健司はつくづく思いながら言う。頭の中ではガーネットが(軟弱な奴等がそういうのになるんです!)と持論を展開していたが、それはガーネットだけの理論だろうという気がしないでもない。
「わっかんなーい」
 ベリルも預かり知らぬ事なのだろう。というか、初めから考えることを放棄したあっけらかんとした笑顔である。これは聞くだけ無駄ってなもんだ。
「ま、そんな事よりも天子達は大丈夫かな? こっちが思った以上に早く艦橋に付いてしまったから、正直あいつら間に合いそうにないよな?」
「うん。多分」
 健司は腕時計を見て、この戦いが始まってからまだ三十分も経っていない事を確認すると、壊れた扉の方角へと身体を向け、目を細めてしみじみと呟いた。ベリルも健司と視線を交わすと苦笑いを浮かべ頷く。
 健司が見つめる方向の下層には、クリソコーラへと侵入した時に乗った、ユナの短艇が有る。恐らく今もその短艇の中では、天子の事を良く知る健司の手馴れた指示の下、急いで地上の薬局へ向かったブベラマンとぶーちゃんが購入した冷えピタをおでこに貼り付け、ぐったりとした状態で横になっている天子の姿があるはずだ。
 もうお気づきの方もいらっしゃると思うが、天子に乗り物酔いが発生したのだ。
 地上からクリソコーラまで、たった数分のフライトだったというのに、天子の身体は耐えきることが出来なかった。べろんべろんの完全なノックアウトだった。
 しかもマグロナルドで間食をとった後だからこそ、模擬戦の時よりも尚更状況は酷い事となった。幸い制服は汚れなかったものの、短艇の床の一部がツーンと酸っぱい臭いがする何かでモザイク処理される事態に陥ったのは言うまでもない。優秀すぎる三半規管も考えものである。
 それにしても健司やベリル、そしてブベラマンが乗り込んだ時には「臭いが移る。最悪。死ぬ」と不快感を露にしていたユナが、天子のこの状態異常に対しては嫌な顔一つせず適切に処理し、慈愛に満ち溢れた表情で甲斐甲斐しく世話をしていたのは、特筆に値する出来事であろう。
 愛の力とは、かくも偉大なものなのである。
「まあ、ユナちゃんが居るから何があっても大丈夫だよ」
「だな。間違い無い」
 そんなユナの姿が自然と浮かび上がり、イメージを共有した二人は再び顔を見合わせると自然に微笑みあったのも言うまでも無かった。

「……健司君、ごめんね」
 重厚で荘厳な扉が威圧的にそびえ立つ艦橋への入口よりも、その下に敷かれたポップな感じで描かれたぶーちゃんを編み込んだ丸い敷物が気になりながらも、健司は気合を入れようと腕をぐるぐると回していたのだが、ピタリと動きを止めた。さっきまでの元気で、お互い微笑みあった筈のベリルが、激しく落ち込んだ様子で呟く声が耳に入ってきたからだ。
「へ? どうした、ベリル。急にそんな神妙な顔して」
 気になって健司が振り向けば、想像通りの、いやそれ以上に落ち込んだ様子のベリルが目に入ってくる。健司と目を合わせたベリルは、何処か気まずそうに俯き、視線を外した。それはほんの少し前まで全く想像も出来ない姿だ。
「本当に、ごめんね」
 そのまま、悲壮感すら漂わせながらベリルが深々と謝る。
「な、なんだよ。ベリル。突然どうした?」
「私達が来ちゃったせいで、健司君達をこんな大変な目に合わせてしまって本当に、本当にごめんなさい!」
「は? 今更何言ってんだよ。んな事別になんとも思ってないって」
 なんでこんな事を言うのか? と健司は首を傾る。意味が分からない。そんな殊勝な事を言われるような覚えはないぞ、という本音が態度からもはっきり出ている。
「ううん。健司君には無くても、私には、私たちにはあるの」
「な、なんだよ」
「言い訳になるかも知れないけど」
 どこからか感じて居る負い目からだろうか、話すベリルの語尾が小さくなる。
「アクアちゃんはともかく、私とユナちゃんは確かに組織の目的は知っていたの。でも、本当にそんなものが存在するなんて全然思ってなかったの。ユナちゃんなんて「そんなものあるわけ無いじゃない。妄想乙」なんて鼻で笑っていたし、私も実際そうだと思ってたの」
「まあ……そりゃ、そうだよな」
 ベリルの切々とした言葉に健司は頷いた。実際自分がその話を聞いたとしても、同じ風に思っただろうな、とも思った。
 正直言えば、アカシックレコードという単語の意味が、心の琴線にビンビンに触れたりもしているのだが、それは健司自身が欲するモノでは無く、倒すべき悪役が悪役である為に相応しい行動原理、彩り要素だったりするのは言うまでも無い。
 そう、あくまで健司が目指すのは困難に立ち向かい世界を救うヒーローなのだ!
「なのに、実際は健司君の星で反応しちゃった。その事に気がついたイシスが来ちゃった。そして……こんな事になっちゃった」
「だからイシスを倒しに来たんだろ? あいつを倒せば全部解決、これOKじゃん」
「違うの。終わらないの」
 乗り込む前に顔を見合わせ、全員で導き出した結論に対し、ベリルは俯きながら、しかし、ぶんぶんと強く首を横に振り否定した。
「え?」
「私、気がついちゃったの」
「は? 何が?」
 健司が訝しげに眉を潜める。
「確かに今回はイシスを倒せば終わるかもしれないけど、私たちが此処にいる限りデータは送られちゃうし、いずれは長引く戦いとイシスの不在に気がついた他の幹部達が不信がって、きっとこの星に来ちゃう」
「あ……」
「そうしたら、きっとまたアカシックレコードの存在がバレて今回と同じような、ううん、もしかしたらそれ以上に危険な目に健司君達を遭わせちゃうかもしれないの! それだけは私、絶対に、絶対にイヤなの! 大事な人を傷つけたくないの!」
「ベ、ベリル?」
 顔を上げたベリルの決意の篭った瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
「……だからね、健司君」
なのに、ベリルは健司を見つめると微笑んだ。何処か吹っ切れたように、ただただ優しく微笑んだ。
「私達はこの戦いが終わったら、この星から去るね」
「え?」
 ベリルの宣言に健司は思わず息を呑む。
「すっごく嫌だけど、すっごく悔しいけど、そしてユナちゃんもきっと凄く暴れると思うけど、迷惑を掛けない為に健司君達とお別れを――むにゅう」
 しかし話を最後まで終わらせる前に、ベリルの頬を健司がぎゅうと、そりゃもう強く抓った。
「ひたひっ! へんひふん、ひたひ。ひたひって! はにふるほよー」
 健司の行動で、悲壮感を漂わせていた筈の場の雰囲気が一転する。
「ふっ、ざ、け、ん、な、っつ、の!」
 先ほどまでとは別の涙目になって訴えてくるベリルに対し、健司から出て来た言葉はコレだった。
「ふへっ? はんで?」
 健司はベリルから手を放すと、そのまま赤くなった頬をさするベリルを見つめながらちょっぴり憤慨した様子で言葉を続ける。
「あのなーベリル。お前らしくも無く、勝手に変な事決めて落ち込んでいるみたいだけどな、なんでお前らが帰る必要があるんだ? 別に理由なんか無いだろ?」
「――え?」
 ベリルは「どういうこと?」とポカンと口を開ける。
「何か大げさに考えてるみたいだけど、俺達が、地球防衛隊ケンジーズが居るのを忘れて無いか? 例えどんな悪い野望を持つ者が来ようとも、悪を倒し、地球の平和は俺達で守る! ただ、それだけだっつの」
「で、でも、それは私達が居るからで――」
「あん? だから何言ってんだよ。ベリルも俺達ケンジーズの一員じゃねーか」
 健司は自然に、そしてどこか勝ち誇った様子で言い放った。
 一瞬の沈黙。
「えええええええっ?」
 続いてベリルは思わず盛大に仰け反ってしまった。
 健司に極々ナチュラルに断言されたが、ベリルは勿論ケンジーズの一員では無い。敵方『流転の幻影』の一員であり、アカシックレコード搜索先鋒隊『孔雀石の娘達』が長女、ベリル中尉がその正体だ。
 実際ベリルの「いつから私はケンジーズの一員になっていたの?」という表情が如実に物語ってい――あれ? ……いや、ちょっと前まではそうだったのだが、気が付けば疑惑の表情はたちまち崩れ、むしろ凄く嬉しそうな笑顔になっていた。
「あれ? 違ったっけ?」
「ううん。違わないよ! えへへ、やっぱり私の健司君だぁ〜♪」
 ぎゅう。
 幸せ一杯の花びらを撒き散らしながら、ベリルが健司に抱きつく。
「わわわっ、ベリル?」
「そうだよね、私も、ユナちゃんも、アクアちゃんもケンジーズなんだもん。これからはそうだもん。だからずっとずっと健司君と一緒に居て良いんだ! 組織なんて、もう知らないもんね!」
 ベリルは健司の胸に顔を埋めて、何度も何度も頷きながら、力強く言った。
「そそ。そゆこと! だからこそ、まずは絶対にアイツを倒してアクアちゃんと地球を守ろう。俺達5人で地球防衛隊ケンジーズを始めるんだからな!」
「了解っ! よーっし、来る敵みんな、ぶっ、たおーす!」
「良いね、ベリル。その意気だぜっ!」
 健司の身体から離れたベリルは、すっかり元気になっていた。
 新しい目的が出来、さっきまで落ち込んでいた事なんかすっかり忘れてしまっていそうなくらい迷いの無い、明るい笑顔が溢れている。だから健司も笑って、安心する。やっぱりベリルはこうでなくっちゃ、とも思った。
「よしっ! んじゃ、行くぜ、ベリル。もう大丈夫だよな?」
「うん! 勿論っ! ありがとね、健司君」
「おうっ!」
 気合十分に立った健司とベリルは艦橋への大きな扉の前に立った。すると重厚な扉は音も無く開き、灰暗い照明に照らされた先の長い階段が目に入ってくる。
「この先に居るんだな」
「うん。間違いないと思う」
「手下もあっさり全滅したし、怯えて部屋の角でガタガタ震えてねーかな」
「きゃはははは、それだったら楽でいいよね!」
 軽口を叩き、顔を合わせた二人の顔は、軽口とは打って変わって真剣そのものだった。上層から漂ってくる、まるで鋭利な刃物を地肌にピタリと押し付けられたような鋭くキレの有る気配に否応なしに緊張感が高まって来ていたのだ。
「ま、どうやらそう簡単にはいかなさそうだけどな」
「うん。そうだね」
 強敵との戦いを想い、不敵な笑みを浮かべ健司が力強く一歩先に階段に足を掛ける。そんな健司を見つめ、ベリルも清々しい笑顔を浮かべて続いた。
 階段を登る二つの足音が、軽やかに響いた。

     4

「――なっ?」
 健司は階段を登りきった先の扉が開いた瞬間に飛び込んできた光景に絶句した。
 艦橋から見回す一面に宇宙空間を示す広大な闇が広がり、「やっぱり地球は青かった」というガガーリンの名言そのものな、丸く青く美しい地球の姿が投影されていたのだ。
「うそ……全然気が付かなかった。いつのまに……」
ベリルも、眼前に広がる宇宙空間に驚きの表情を隠せない。
「おっと、驚かしてしまったかねケンジーズのリーダー、志賀健司よ。もしかして君は宇宙空間は初めてなのかな? 誠に勝手ながら君達が侵入した後、クリソコーラをゆっくりと上昇させていたのだ。とは言え、まだ高度的に宇宙空間かというと微妙な場所ではあるがな」
 いけ好かない声が聞こえ、視線を向けるとダークスーツを着た男――イシスが艦橋の中心、司令塔の中で一人悠然と立っていた。
「イシス……」
「とりあえず、もう少々この艦をデブリの危険が無さそうな位置まで上昇させてもらうよ。危ないのでね。全く、この星の周りは妙にゴミが多くてかなわんな。未発達の文明とは理解しているが、処理出来ぬものは全て宇宙に投棄など、もしこのままこの星が残ったとしても後々不都合が多くなるだけだぞ? その愚かな行為で後の未来の首を絞めているのは滑稽なものだな」
 外を眺め、嬉しそうにイシスは言う。
「今から星を壊そうとしてる癖に、偉そうに言ってるんじゃねーよ。つか、宇宙空間って言うわりには――ほら、全然無重力空間じゃないぜ? 適当な映像でも見せて俺らを動揺させようと嘘をついてるんじゃないのか?」
 健司は軽くジャンプし、地上と同じ感覚で着地出来る事実を確認し、イシスを睨みつけた。
「ぶっ、ははははははははっ!」
 しかし、途端にイシスに大笑いされてしまった。完全に馬鹿にされている笑いだ。
「なっ、何がおかしい!」
「いや、ははは。少年。君はこのクリソコーラを衛星か何かと勘違いしていないか? この艦は恒星の周りをただぐるぐる廻るだけの存在では無い。自ら上昇しているのだぞ? つまり星の引力と遠心力を利用し軌道に乗っている訳ではないのだから、無重力空間を永続で作り出すわけでは無いのだ」
「――?」
 イシスが言う意味は健司にはちっとも解らない。ベリルを見るも、ベリルもちんぷんかんぷんな表情を浮べていた。脳筋2名――さすがです。
「……まぁ、小難しい話はどうでも良いとして、実際にはその上昇時にかかる力をもこの艦は影響を受けていないのだからな。全てが我々の居住に適した空間として存在しているのだ。ゆえに宇宙空間の影響など全く受けてはいない」
「……要するに凄い技術力って事か?」
「まぁ、すさまじく平たくしてから言えば、そうだ」
 やれやれと肩を竦め、イシスは頷く。
「――で、イシス。アクアちゃんはどこ?」
 辺りを慎重に見回し、アクアが居ない事を確認したベリルが詰問する。
「さぁ?」
 イシスは人を食った笑みを浮かべ、再び肩を竦める。
 そのまま両手をひらひらとさせると楽しそうに言葉を続けた。
「君達がやって来た事を考えれば、自ずと答えがでるのではないかね?」
「――まさか……」
 健司が絶句する。最悪の予感が広がる。
「それよりも、ユナと……あの聡明そうな女性はどこだ?」
「知らないわよっ! それよりもアクアちゃんをどこにやったのかの質問に答えなさいっ! さもないと――」
 イシスの言葉を遮り、ベリルが怒りに肩を震わせ叫ぶ。
「さもないと?」
「ぶっ、ころーす!」
 ベリルは武器を大きく振り上げ、余裕の表情を浮かべるイシスに飛び掛った。
「あっ、ベリル!」
 同時に、イシスの口元がニィと歪んだ。その禍々しい笑みに強烈に嫌な感覚が健司の中に広がる。凍りつくような感触がベリルを見て更に広がった。
 やばい、何か解んないけど、これはベリルが危険だ!
 健司はとっさに判断すると、迷わず左手の甲にある竜の紋章を解き、盾を離脱させベリルに向かって投げつける。そのまま盾を指差し叫んだ。
「イクシオン。ベリルを保護しろ! 盾防ダブルバイセップス!」
(了解! 不本意ですが、ターゲットはベリル!)
 ダブルバイセップス――盾の形状を変化させ任意ターゲットのコーティングを保護し1.5倍増強するサポート系SPである。使用者は盾の再構築を余儀なくされるので若干面倒ではあるが、効果を見れば相当優秀な技である。
「――確定」
 健司の声に続いてイシスの冷たく淡々とした声が艦橋内に響いた。
 ジュッ……。
 その瞬間、ベリルを守ろうと形状を変え、広がりかけていたはずの盾が一瞬で透明な煙を吐き出し、蒸発した。
「――えっ? きゃっ」
 同時に、ベリルのセーラー服やスカートの一部も溶けていた。肩口からはピンク色のスポーツブラがちらりと覗いき、スカートからは細く色の白い太ももがあらわになっている。
 全ては一瞬の出来事であった。
「嘘……なに、これ」
 ベリルは慌てて攻撃モーションを停止し、バックジャンプで健司の傍に戻る。
「ごめん、健司君。すっごく助かった。今のイシスの攻撃で、どうやら私のコーティング体力が一気に40%削られちゃったみたい」
「え? まじで?」
 驚きながらも、何だかんだで目のやり場に困った健司は学ランを脱いでそっとベリルに掛ける。ベリルは「ありがとう」とはにかみながら応え、嬉しそうにぶかぶかの学ランに袖を通しボタンを締めた。
「これって今の健司君の技無かったら、私どれだけ削られてた事になる?」
「んーと、どうだろう? ガーネットさん、分かる?」
(イエス、マスター。ベリルへの解答です。先ほどのイシスの攻撃ですが、ダブルバイセップスで与える予備体力は最大値の半分。つまり、合計90%のダメージが貫通した事になります。ターゲット指定での発動でしたので、あの攻撃の命中率は100%。もし連続で使用できるなら我々には勝ち目が無いかと思われます)
「うそん。まじか……」
 ガーネットの解答に絶句する健司。
(紛れもない事実です。ただあれ程の強力な技ですし、我が社の開発が基本でしたら技術上の制約からチート技であっても連続では使用は出来ないと思います)
「なるほど。そうあって欲しいね! じゃあ、盾の再構築を急いでお願いします」
(サーイエッサー!)
「ベリル」
「うん」
「90%は喰らってるってさ」
「そっか――って、うっそおおおん!」
 ベリルが頷いた後に素っ頓狂な声を上げて仰け反った。そりゃそうだ。
「うーん……この理不尽極まりない攻撃、まさにラスボスって感じだな!」
「くっそー、なんなのアイツの職業? 得体の知れない攻撃しやがってぇ!」
 剣を握り締めながら健司は呻き、がるるるるるっ! とベリルはイシスを睨む。
 艦橋迄の快進撃、威勢は影を潜めてしまった。イシスの得体の知れない強烈な攻撃によって、二人の勢いは完全に止まってしまったのだ。
「ふむ、流石に一撃では生き残るか。流石はウォリアーだな」
 一方のイシスは自分の掌を見つめ、首を傾げていた。
「……いや、それよりも健司の判断が素晴らしかったな。まるで俺の技が解っていたような見事なサポートだった。先に潰すべきはやはり彼の方か」
 呟き、ゆっくりと目を細めて健司を見つめる。
「くっ……」
 イシスの視線に気が付いた健司は再構築した盾を前面に押し出し身構える。
「ふっ、二人ともそう警戒しなくても良いぞ。まだまだ時間はある。少し落ち着いて話をしようじゃないか」
 しかしイシスは、人を食ったような笑みを浮かべると、一旦戦闘態勢を解放し、両手を大仰に上げて尊大な口調で二人に話しかけた。
「何を話す事があるってんだよ」
「アクアの事以外にも、君達にとってとても愉快な話はまだまだあるのだぞ? そう焦って君達自身の滅びを急ぐ必要なんてないだろう? 楽しもうではないか」
「不愉快な話――の間違いだろ。それに俺達はお前に倒される予定は無い」
 健司の言葉に、ベリルもしっかりと頷く。
「ははは。そうかもしれないな」
「いちいち腹の立つ言い方だなっ! で、アクアさんはどうしたんだ!」
「さぁ?」
 なんとも嫌な笑顔を浮かべて、イシスは楽しそうにはぐらかす。
「このっ!」
〈ピー、高度400km到達。ピー、高度400km到達。デブリの存在率2%〉
 唐突に健司達の会話を遮る、耳障りな機械音が鳴り響いた。
「え?」
 何事か? と不思議そうにあたりを見回す健司とベリル。
「お、やっと到達したか。よしよし。お二人がせっかちだから長く感じねえ」
 一人イシスが嬉しそうに微笑んだ。
「さて、では会話の続きをしようか。まぁ、このゲームに追加のルールを加えようというだけの単純な話なのだがな。当然、君達もその方が気合が入るだろう?」
 粘りつく口調で言うや、イシスは何かのカードを取り出し、健司達に見せた。
「あ? それがなんだよ?」
「ははは、それは見てのお楽しみだよ」
 笑いながらイシスは操作パネルの中にある如何にも危険と書かれていそうな典型的な髑髏マークのカバーを勢い良く取り外した。
「あ――――っ! ダメ! 健司君アレを止めてーっ!」
 瞬間、ベリルが青褪めた表情で叫び、再びイシスに向かい飛び出した。
「――えっ?」
「はははっ、残念。もう、遅い!」
 ベリルが迫るのを横目に捉えながら、イシスはカードを――通した。
 ビィィィイイイイイイイイ
 途端に不快な警告音が艦橋中、いや選管全体に鳴り響いた。
「遅くないっ! イシス、すぐに止めなさいいいぃぃぃいいっ!」
 ベリルはそんなイシスに接近し、槌を勢い良く振り下ろそうとして――
 空中でピタリとその動きが不自然に止まった。
「な?」
「えっ……なになに? なんなのこれ!」
「はぁ。忙しい連中だな」
 呆れた様子で溜息を吐くイシスの左手が驚愕するベリルの方向に向いていた。
 ただそれだけなのに、ベリルは見えない何かに捕まったように空中に張り付き、身動きが取れなくなってしまっていた。ベリルの足だけが、見えない拘束から脱しようとじたばたと宙を駆けている。
「すまんがまだ大事なパネルの操作が終わって居ないのだよ。ベリルよ、そう焦らないでくれるかね」
イシスは一瞥する事も無く興味の無い口調で言い、空いた右手でカタカタとパネルを操作する。
「イシス、止めなさい! そんな事したら、ただじゃおかないんだから!」
「ははは。既にしようとしているでは無いか。だからこそ、心置きなく操作出来るってもんだよ。さ、セットも完了、と。お待たせ、ベリル」
 イシスはベリルへとやっと顔を向けると、人を小馬鹿にした調子で言う。
「何も、あんたなんか待って無いわよ!」
「ふむ、まだ使用まで15秒も掛かる、か。時間的に併用は無理か。では」
 ベリルの声を無視し、顎に手をやり思案顔を浮かべていたイシスが語気を強めると、ぐぐぐと突き出した左手を力を込めながら後ろにゆっくりと下げる。
「吹っ飛べっ!」
 叫ぶと共にイシスが左手を力強く突き出すと同時に、どういう原理だろうか、ベリルが健司の方向に有り得ないスピードで吹っ飛ばされた。
「きゃあああああああっ!」
「ベリルッ!」
 このままだと壁に激突してしまう。あの速度、下手すれば致命傷になりかねない。
 そう思った健司が、慌てて回り込むと、両手を広げてがっしりと受け止めた。
 途端に両手に凄まじい衝撃が走り「ごふぅ」と空気が大量に口から漏れる。
「ってー……」
「け、健司君」
 しかし、その甲斐あってベリルは無事だったようだ。
(マスター、ベリルのキャッチングでBコーティング5%減少です。しかし見捨てていればベリルが戦闘不能の恐れもありました。この状況を見るに、ベリルでも戦闘不能は困りますし、ナイス判断と私も思います)
「ガーネットさん、報告ありがとう。うん。それくらいの減少ンなら、まだ開幕に見たアレで一撃死しない体力だから良しと思っておくよ」
(ですね。でもマスター、まだまだ相手の得体が知れません。警戒を)
「了解。で、ベリル大丈夫?」
「うん、また助けられたね。健司君ありがと。そして……ごめんね」
 健司に起こされベリルは立ち上がると、しゅんとした表情で謝った。
「え? 何が? まだまだこれからじゃんか!」
「いや、もう終わりだよ? このままだとね」
 健司のベリルを励ます言葉に、イシスが愉快そうに割り込む。
「あん?」
「言ったではないか。追加ルールを導入すると。ベリルが毎度毎度、人の会話を邪魔して中断するから健司がこんがらがっているではないか。困ったものだ」
 イシスはやれやれと肩を竦めた。
「あんたが最低な事をするからじゃないの!」
 ベリルが殺意剥き出しの、血走った目つきでイシスを睨みつけ叫んだ。
 その凄みから、今イシスがやった事がただ事では無いのは健司にも十分伝わる。
「……追加ルールってなんだよ?」
 押し殺した声で健司がイシスに尋ねる。
「時間制限だよ。君達と、俺の戦闘の――ね」
「時間制限?」
「そう。俺が通したカードは、恒星破壊兵器の使用許可キーだ。そして、先程設定も完了し、地球を破壊する為のエネルギーを砲身に集めているだろう。んー、そうだなこの指令のキャンセル受付まで大体残り10分と言う所かな? それ以降は何をしても止まらない。容赦なく発射し、星を破壊するだけだ」
「なっ――」
「だからルールとしては、君達は兵器を止められる時間に俺を倒せば勝ち。それ以外は敗北だ。時間を過ぎれば、もし生き残ったとしても君が帰る場所は粉々って訳。ほら、濃厚な命がけのバトルが楽しめるだろ? 熱くなって来ないかい?」
「貴様……」
「いいねぇ、健司。そういう緊張感のある表情、大好きだぞ。そうだな、もし俺を時間以内に倒せたら、アクアも開放してやろう。まだ彼女は俺が丁重に預かっているからな。どうだ? ベリル。お前もこれで安心して本気を出せるだろう?」
「……本当にアクアちゃんは無事なの?」
 槌を両手で掴みだらりと下げ、ゆっくりとした口調でベリルが尋ねる。
 ベリルの髪がゆらゆらと逆立っていた。
 静かな怒りを湛え、健司との模擬戦で見せたあの迫力が湧いてくる。
「本当だ。そもそも私は初めから人質などとる必要が無い。何故なら――」
 イシスはそんなベリルの様子を嬉しそうに眺めながら言った。
「君達が本気を出しても俺に勝てる可能性など万に一つも無いからだ!」
 イシスの振りかざした右手に、一振りのレイピアが轟音と共に出現する。
 イシスはそれを確認すると、軽く振り下ろし、高らかに宣言した。
「俺は魔法剣士イシス。君達を倒し、星を破壊し、全智なるアカシックレコードを受け継ぐ只一人の存在。さあ全力で戦い、絶望し、無力を嘆き、散るがいいっ!」
「絶対に、絶対にそんな事はさせない! アタックブーストッ! アクセルアクセルアクセルアクセルーッ!」
 ベリルが槌を両手で持ち上げ全力で叫ぶ。
「応さ! ぜってーお前を倒してやる! 重装アブドミナルサイポーズ!」
(キャー! マスター、素敵。キレてるキレてる! 巨大な悪を倒しましょう!)
 健司も、剣と盾を掲げ宣言した。
 二人のウォーリアの本気の技が発動する。
 赤き怒りの炎と、銀炎の静かな炎を纏う二人の意識は同じ。
 ――地球の存亡をかけた最後の決戦が、今始まろうとしていた。



2012/02/12(Sun)12:49:52 公開 / もげきち
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■作者からのメッセージ
イブの昼間に、俺、見参ッ!
お久しぶりです。握手(毒手) 覚えてくださっている方には、色々ご心配をおかけしました。私はやっと元気です。
地震以降、凄い精神状態になって、大変でしたが無事帰還。全然書く気も、読む気も、観る気も無い、から一年掛けて帰って来ました。いやー……割と前に戻って来てたのですがジャンピング土下座。エア謝罪の練習してたらこんな時期に(汗) あ、あとネトゲ廃人に(以下略

そんなこんなで、ラノベです。お気楽に文章書いてみようと、テーマらしきものも作らず、久々の筆でありますし楽しく書いていければと思ってますのでどうぞ、宜しくお願いします。
プロット無し、最初と最後だけ考えて後は勢いで書いています。
ラストに入り、最後まで! と思ったのですがここに来て物凄い足止め。文章がでてこないぜおらー状態で、うんうん唸っています。何とかラストバトル直前まで書けたのでとりあえず変則ですが、今回ここまで上げさせて頂きました。盛り上がれていたらいいなーって思ってます。
後はラストバトルと、エンディング。今週で仕上げれれば良いなとここにて発破をかけまして今回はジャイアントサラバであります。

ではでは今回も何よりも読んで下さった皆様に感謝です! ありがとうございましたー

12/28-第二章、勢いで投稿
1/12-第三章、これまた勢いで投稿
2/12-第四章、ラストバトル直前まで。虫の息で投稿。ひーひー

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等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。