『創作道とは   と見つけたり』 ... ジャンル:ショート*2 リアル・現代
作者:波多野月曜                

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 お酒が飲みたいすごく飲みたい浴びるように溺れるように飲みたいそして遭難してしまいたい。
 飲んだことないけど。
 嫉妬が絡み付いて消えない。真冬なのに暑い。若いのに肌がかさかさする。どろどろどろどろどろどろ。
 創作者にとって創作をやめろっていうのは死ねおまえなんか死んじまえっていうのとおんなじこと、否それよりもっとひどいことだってわかっていてていうかむしろそれを踏まえてわたしは先輩にやめたほうがいいですよっていった。先輩もう年だから潮時だから手遅れになる前にはやく貞操を捨ててギャザーとフリルがほどこされたベージュとブラウンの服を着て落ち着きなさいって、メールの最後の意味ありげな空欄とかわかれぎわのマフラーに隠された口元に好き好き大好きってにおわしてくる同僚と付き合って結婚しちゃいなさいって。先輩は真冬の雪原のどまんなかで突然火縄銃で打たれた白鳥みたいに、無理やり若作りしたようなだっさい化粧をほどこした目をバァンと見開いて、くすんだ色のルージュをこってり塗りたくったなんのセクシャルアピールもしてこないしわしわの唇をふるわせて、わなわな、わなわな、ふるえておった。
 先輩はわたしのことをよーくかわいがってくれる人だった。だからわたしは先輩が好きだった。
 だけどうとましくもあった。嫉妬のせいです。バッハの旋律を夜に聞いたせいじゃなくて、嫉妬のせいです。
「どうして」
 先輩は声だけは若さをたもっていた。高くて澄んだきれいな響きのある声で、いっしょにカラオケにいったりすると流行りのアイドルソングをわたしよりじょうずに歌った。それにあわせてわたしがへったくそな運動神経のなさを剥き出しにするようなキレのないダンスを披露すると、先輩はカワイイカワイイと言って手を叩いて喜んだ。わたしは先輩が好きだった。先輩はいつだってわたしを引き立ててくれたから。先輩はいつだってわたしのことを褒めてくれたから。あるときから、父も母も兄も先生も誰もわたしのことを褒めてくれなくなったから、わたしは純粋にそれが……うれしくて……。
「先輩もういい年だから……もうだめだよ、先輩はおとなにならなくちゃいけないんだよ。完全に社会に溶け込んでどこにでもいるようなありきたりな主婦にならなくちゃいけないんだよ。もう自分だけのちっぽけな世界をつくりあげて仲間内に晒してよろこびをえるような生活は捨てなくちゃ」
「泣きそうよ」
「年増のおんなの涙なんか!」
「ちがうわ。あなたが」
 わたし? わたしが泣きそうですって? ふん。
「いったいどうしちゃったの。一生、どんなに年をとったって創作はやめないでいましょうねって、約束したじゃない、ふたりで」
 そーんーなーの口約束っていうですよオーライ? 
「泣かないで。なにかあったんでしょう? 聞かせて」
 そうそう。先輩はいつもそう。聞いてあげるっていわないの。聞かせなさいともいわないの。聞かせてっていうの。
 好きだったのよ。だけど憎かった。わたしははやくおとなにならなくちゃいけなかった。若さを誇っている場合じゃなかった。生きていなくちゃならなかった。自分の世界に閉じこもって生きてきた日陰女子は、おとなになっても恋人のひとりもできなくて、自分に自信がなくて、びくびく、びくびく働いて、おかねのために出勤して、家に帰ったらさっさと化粧を落としてだっさい部屋着に着替えてひたすら創作に打ち込んで死んだように眠り、週末も食うか眠るか創作するかで、そしてまたおもたいため息をつきながら月曜の朝の東京へ立ち向かっていく。そんなおんなにわたしはなりたくない。先輩みたいなおんなになんかなりたくない。なりたくないのよ!!
 だけど先輩は……わたしより、若くてかわいくておしゃれもしてるわたしより、ずっとすごいものを見ている。ずっとすごいものを生み出している。それにふれるとき、わたしは感動の余り息もできなくて、涙目になりながら、うちふるえているときもあった……。
 なのに、なぜだろう? いつから許せなくなったのだろう?
 わたしは、わたしはなにが許せないのか……。
 ああ、つけまつげ取れた。
「あなたはあなたでしかいられないのに、受け入れることができないのね」
「思春期とっくにすぎたのに」
 カワイイは作れる? じゃあ、作ってよ。わたしのために作って。
 それで先輩は、年齢におうじた人生をあゆみなさいよ。そうしたらわたしはきっと、安心して創作をやめられるから。それは死ぬこととおんなじだ。


2011/12/24(Sat)01:04:05 公開 / 波多野月曜
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