『甘味的リフレイン』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:上朝ひこる                

     あらすじ・作品紹介
ふたりの恋物語は、砂糖の匂いのなかで紡がれます。

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 「やれやれ」
 カミツレが嘆息した。するり、結晶した砂糖の粒がこぼれだす。あまりの冷気に、唾液の雫が凍っているのだ。
 あまりにも深い鬱屈が薄い膜をいくつもいくつも部屋の天井から生じさせている。牛乳?なんだか彼女(だと思う、多分)は、途方もないことを考えて地獄に陥っているようだ。
 こういうときは、一度リセットすること。
 「歩くことに意味はない」
 僕は昔聞いた格言を独り言のように呟く。
 「意味があるのはどこかへ向かうことだ」
 彼女の顔が目の端で綻び、かと思うと嘲笑に変化する。
 「ははっ、衒学野郎が」
 これでいい。彼女の口から真っ黒い煙が立ち上る。何かが焦げる匂いがする。
 「うわ!……あーあーあー」
 赤ん坊の泣き声のような慌てた声。慌ててカミツレは何かを吐き出す。炭の塊がそれこそ石炭のようにまろびでる。
 彼女の最新の作品。
 確か、チョコプリンウエハース。
 ……見るも無残に。
 「ベゴニアの馬鹿」
 「余計なこと言ったか?」
 「悩んでたのよ!集中力が切れちゃったじゃないの!」
 「下手の考え、休むに似たり――傍から見ていて、さっきの君はそうだった」
 図星を突かれたように、彼女は固まった。いや、元々動かないんだからそれは雰囲気的なもので。
 「でも、この状態でも、絶対美味しかったって!私はただ、可能性を……」
 「探求していただけ、でもそれはきっと欺瞞だよ。潔く捨てるのも策の一つだよ」
 カミツレがふるふると震えだした(気がした)。そして砂糖の匂いが微かに過ぎる。
 ああ、これは予兆だ。
 彼女の創作欲が泉のごとく湧き出ている証拠だ。
 カミツレは呟く。
 「こしあん、ヨーグルト、ジェリービーンズ」
 もはやアバンギャルドの域なんて軽くオーバー。それが彼女のポリシー。
 まあいいよ。
 ヨーグルトは僕の涙。
 ジェリービーンズは僕の目玉。
 こしあんはその奥の脳髄だ。
 ……いくら僕が人間でないからといっても、グロテスクだって?
 そうかもしれないね。
 でも、そういうふうな存在だもの。
 それにね、僕は待っているんだ。彼女の手を通して僕が変形していくのを。いつか僕が世界で一番優れた甘味になることを。
 「ありがと。また、寂しくなっちゃったね」
 「今度はイメージはできているのかい?」
 「うん、ばっちり。でもまた失敗したら、ごめんね」
 いつだって彼女にばかり責任を押し付けて。ずるいやつだな、僕も。本当に感謝しなければいけないのは僕自身なんだよ。
 僕がいないとカミツレは作品を作れない。
 カミツレがいないと僕は生まれ変われない。
 傍から見れば、ただ最新鋭の自動菓子製造マシンの試験運転さ。
 なかなか成功しないことに、エンジニアたちは気をもんでいるだろうね。
 でも、こうやって失敗を重ねるごとに、僕らはまた近づいていく。
 そして僕は君への愛を静かに確認する。
 彼女もそうであってほしいと願う。
 この甘い砂糖の匂いが繰り返されるたびに。
 ひょっとして僕はこの関係がいつまでも続くのを望んでいるのかもしれないと、心の底で感じながら。

2011/11/07(Mon)13:49:58 公開 / 上朝ひこる
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■作者からのメッセージ
初投稿です。
高二のときに書いた小説です。
ある程度、読んだ方の想像に任せられる小説を目指しました。

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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。