『名の無い街』 ... ジャンル:リアル・現代 ファンタジー
作者:零                

     あらすじ・作品紹介
 この町には名前が無い。 日本国内に位置するのは確かなのだが、名前が無い。 国は名前を付けようというが、町の人たち反対する。 町に住んでいる者たちも知らない。だが、この町にはなぜか不思議な人間たちが集まっている。 町の人々はいつも町の名前を探している。 昨日も今日も明日もおそらく、何年後も……。

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                        序章


 町は今日も活気であふれている。
 
 この町には名前が無い。
 どうしてないのかも分からない。
 町に住んでいる人にも分からない。

 町は広い。

 東京の倍ほどにまで広いこの町には、何でもある。
コンビニもあれば、ゲームセンターもあり、大きいデパートまである。
『町』というより『都市』といったほうが似合うかもしれない。
 しかし、町の人たちは『町』と呼ぶ。

 
 町は今日も人を巻き込む。
 町は変わり者がすき。
 だから、この町には変わり者が多い。
 今日も町で変わり者たちが動いている――。 

 
 今は午後7時。場所は町の中央部。
 ゲームセンターやカラオケボックスなど、ポツポツと娯楽施設があるが
中でも一番多い建物はビルだった。
 たくさんのビルが建っている。
 複数の職場の集合体で出来たビルなど、大小さまざまなビルが並んでいる。
 ビルからは、サラリーマン、OL、様々な種類の人たちが出入りしている。 
 そんなビル街の隅の方、割と小さめのビルの裏の袋小路でそれは
起こっていた。

「だからァ、俺たちにお小遣い頂戴って言ってるでしょう。聞こえないの?」

 2,3人ぐらいのチーマーで、一人の少年から喝上げしている。
 少年は、気だるそうに、

「あー、アレか、アンタら? 最近、ここら辺で悪さしてる不良?」

 暗くて、少年の顔は見えないがその声にはまったく怯えがない。

「だったらどうするんだよ?」

 チーマーの一人が聞いた。
 暗くて見えないが、そのとき少年は一瞬笑った気がする。
 そして、少年は言葉を発した。

「こうしたら、楽しいよなぁ」

 言った瞬間、一人のチーマーがみぞおちを殴られ、腹部を抱えるようにその場にうずくまった。
 殴った張本人である少年は、うずくまったチーマーの顔面をサッカーボールを蹴るかのようにして蹴り飛ばし、完全に気絶させた。

「テメェ…、なにしやがる!」
「なにって……、掃除」
「テメェ……」

 少年に殴りかかった。
 しかし少年はチーマーのソレを横にかわし、カウンターの拳を顔面に叩き込んだ。
 今度は、一発で気絶した。
 後ろのほうで見ていた、残りのチーマーはただ呆然としていた。

「なに? ポカーンですかぁ? びっくりしたんですか? 面白くないんですけど?」
「…ッ!!」

 いつの間にか殴られていた。
 
 反応すらできなかった。

 鼻からは血があふれ出ていた。
 鼻を両手で押さえながら、チーマーは言った。

「テメェ、誰だよ」
「おおっと、アバウトな質問だな。そうだなぁ、こう言ったら分かるか?」

 少年は一息置いて言葉を発した。

「『罪滅(ざいめつ)』」

 チーマーは聞いたとたんに、地面に倒れた。
 またもや、いつの間にか殴られていた。

(罪滅……、だと……?)

 倒れる瞬間、ある都市伝説を思い出した。

 罪滅…、とある都市伝説を、最近になって有名になり始めた都市伝説を――。






                         都市伝説

この町には名前は無いが、都市伝説ぐらいならある。

 例えば、表稼業から裏稼業、どんな以来でも引き受ける、何でも屋集団『バーズ』。
 例えば、どんな情報でも持っている、情報屋集団『サイレント』。
 例えば、町の治安を維持するために結成された、治安部隊『罪滅』――。
 
 他にも、まだまだこの町には都市伝説が存在する。
 その中でも一番有名なのは、先ほどでも紹介した治安部隊『罪滅』。
 『罪滅』は、数年前ほど前から存在していた都市伝説だ。
 しかし、最近その都市伝説は現実味を帯びて町の人々に語り継がれている。
 

 ここで、罪滅について少し説明をしておこう。

 罪滅は、基本的に隠密集団である。目立つような事件などは警察に任せて、見えないところで活躍するという、ヒーローのような存在である。
 罪滅は、14歳からじゃないと入れない集団だ。これは、小さい子どもが危険な目に遭わないための決まりである。
 罪滅は、2つに分かれている。頭脳労働組と肉体労働組に分かれている。
 

 罪滅の噂は今日も語り継がれている。
 たとえ、偽りの噂でも――。


  
 季節は夏。曜日は日曜日。時間は午後の1時。
 猛暑で学生たちが汗をかきながら自転車をこいで塾へ向かったり、朝練帰りの学生。
 様々な種類の人々が町を行き来している。


 ここは町外れにある4階建ての学校。そこが罪滅の拠点だ。
 元は中学校だったらしい。
 見る人から見れば、有名な心霊スポットか何かだと見間違えられてもおかしくないほど
の不気味さだ。
 業者も取り壊そうとしたが、予算が無いということで中止になった、言わば廃校舎である。 
 そんな、心霊スポットになる条件が満載な場所だからなのか、周りには人っ子一人いな
い。

 中は意外ときれいになっており、最近掃除したあとも見られている。
 罪滅のメンバーたちが溜まっている場所は2階にある『級長会室』だ。
 ここはもともとクラスの級長たちが集まって会を開く教室なのだが、広いという理由で
使用している。
 もっとも、文句を言う者は誰1人としていないのだが。
 中には数十人の人影があり、それぞれのグループを作ってワイワイガヤガヤとお喋りに夢中になっている。

「だから、『と○る魔術の禁書目録』で一番可愛いのは御坂○シリアルナンバー10032だろ
うが!」
「いいや違うね、五○だ!」
「ふっ、それこそ違う、一番可愛いのは木○秀吉だッ!」
「それはカテゴリーから違うだろーがっ!」

 バキッ

「ヘボバッ!」

 と、何ともほのぼのとした会話が響き渡る。
 他にも会話を楽しんでるグループはいくつかあった。
 グループを作っていない者たちも、各々好きなことをしている。

 例えば、学校の宿題一生懸命やっている。
 あるいは、机に突っ伏して居眠りをしている。
 あるいは、まどから空をボーッと見ている者などがいる。
 
 ふいに、「バンッ!」と、音が聞こえた。
 一部の者たちを除いてのほとんどが音のなった方へ向いた。
 向いた方向には、髪の長く、巨乳な女が教卓に両手を着けて俯いている。

「貴様らはここがどこだか分かっているのか?」

 答える者いなかった。
 
「貴様らは遊びに来たのか?」
 
 また、答える者はいなかった。

「答えられないなら、腕立て300」
 
 だが、答える者はいなかった。

「今から、腕立て400だ」
「いや増えてるしッ!」

 一人が突っ込んだ。無視されたが。

「ドベだったものは、さらにペナルティーだ。用意、始めッ!」

 いきなり言われ、戸惑う者、即座に対応し床に両手を着き腕立てを始めたもの、多種多様な動きが見られる中、4人だけ明らかに場の空気にあってないものたちがいた。
 
 一生懸命宿題をしている者。
 ボーッと窓から空を眺めている者。
 なぜか来週号の週刊誌を読んでる者。
 机に突っ伏して、居眠りをしている者――。

「とりあえず、貴様らはペナルティーだな」

 4人に向かって、放った言葉のはずだが4人からの返答が無い。

「おい」

 一瞬で、居眠りをしている者の前に立ち、かかと落としを叩き込んだ。
 
 べギィ!

 と机が破損する音が聞こえた。いや、音しか聞こえなかった。

「危ないなー。死ぬところだった」

 
 いつの間にか、女の真横に少年がにいた。
 その表現がぴったりだろう。
 気配すら感じさせなかったのだから。

 その少年は基本的には黒髪だが、ところどころ赤色が混ざっているという奇抜な髪型をしていた。
 服装も、真夏日なのに上下黒のジャージという暑そうな格好だ。

 ヘンテコ髪の少年は、殴りたくなるほどのムカつくドヤ顔で、

「まあ、俺だからよけれたものを――ッて、いってーーーッ! いきなり殴るとは常識が無いのかあんたはッ!」

 殴られた。

「ほう、寝たふりをして腕立てをやり過ごそうとした奴に言われたくないがな。なあ、神無月裕斗(かんなづき ゆうと)。」
「グッ!」

 図星だったのだろう。言葉が詰まっている。

「貴様ら、私について来い」

 4人に向かって言った。今度は4人全員が席を立って(1人はすでに立っているが)女の後についていく

「あと、まだ腕立てをしている者もだ」

 腕立てを終わらせていない者はまだ10数人人いた。
 その者たちも、顔を不満気にさせながらも付いていった。

「ペナルティーってなにするの?」
「なぁに、簡単なことだ」

 女は一息置いて言った。


「悪行退治をしてもらう」 


                        



                        都市伝説は今日も騒ぐ

「貴様らは昨日なにをしていた」

 ものすごい威圧感で巨乳女――、如月時雨(きさらぎ しぐれ)は言った。

「俺は昨日コンビニで漫画を買い、不景気という名の悪行を退治しようと売り上げに貢献しました」
「不景気は悪行とは言わん。貴様はまず日本語の勉強をしろ。」

 嫌味を吐き捨てた後、如月は隣にいた茶髪少女に目を向けた。

「私は昨日ゲームセンターで溜まっていた不良らしきものたちを退治していました」
「ほう、格ゲーを2時間もしていてたまたま来た不良を格ゲーでボッコボコにして自信をズタズタに切り裂いたことを悪行退治というのか?」
「ウッ! 何故それを……」
「水咲綾音(みずさき あやね)よ、貴様のことなんぞお見通しだ」

 次に少女の隣にいた前髪で目を被っている少年に眼を向け、

「エッ、僕はぁ、そのぉ、えとぉ……」
「空気読んで珍回答をしなくていいのだぞ」
「ビデオレンタル屋でビデオをレンタルしてました」
「時雨サマ! こいつR18ゾーンに入るの俺見ました!」
「アッ! 神無月先輩なんてことをッ!」
「ほー、なるほどR18か……」
「いや、僕はただ悪行という名のボスを倒すために一時的にテンションゲージを上げようと……」
「テンションがあがるのはお前の下半身だけじゃーー!」
「ヘボバっ! いきなり殴らないでください神無月先輩!」
「静かにしろ神無月裕斗。あと梅長真太郎(うめなが しんたろう)、貴様は確か14歳だろう。R18ゾーンに入る勇気は認めてやるが貴様にはまだ早いだろう。最低でもそういうのはゲームの中だけにしておけ」
「はい……」

「ゲームならいいんだ……」と周りの者たちは突っ込みそうになっていた。
 
 どことなく力の無い声で梅長は答えた。

「まったく……、貴様らだけだぞ。後の者たちは真面目に任務を取り組んでいたのだぞ。
もっとも――」

 如月は一息置いて、

「成功者は1人だけだがな」

 そういうと、如月は一人の少年に目を向けた。
 壁にもたれかかり、目を瞑って寝ているのか、何かを考えているのかも分からない少年に。 

「貴様だけは次のペナルティーは免除だな、霧裂鞍哉(きりさき くらや)」
「えッ!? ペナルティーってまだあるの!?」
「当たり前だ。成功するまで永遠と貴様らはペナルティーという名の首輪に繋がれ続けるのだ!」

 ペナルティー組に指をさして言った。
 神無月は霧裂に『テメェ、よくも裏切ったな』的な目で睨んでいるが、霧裂は完全に無視している。

「今回のペナルティーはまた悪行退治だ。今回は前回の様に指定した悪行ではなくて良い。自由に悪行を退治しろ。どうだ、簡単だろう」
「いや、そっちの方が逆に難しい気が……」

 ボソリといったが、如月は脅威の地獄耳でその言葉を聞き逃さなかった。

「貴様、もう一度言ってみろ」
「えっ、いや、あのォ……、そっちの方が逆に難しいかと……」
「何の権限があって貴様は私に意見している」

 あまりの迫力に梅長は答えられなかった。

「私の名を言ってみろ」
「え…?」
「私の名を言ってみろ」
「俺の名を言ってみろォ」

 途中から神無月が乱入。
 周りでは、『ジャ○様降臨! ○ャギ様降臨!』とか言いながら騒いでいる。
 
「貴様らの頭には、そう言うものしか入ってないのか……」

 ビクゥッ! と、騒いでいるものも、今まで静かにしていた人たちさえも、カタカタカタカタと、震えだした。

「テメェらの頭の中をかっぽじって脳みそグチャグチャにしてやろうかーッ!」
「「「ギャーーーッ! リーダーがキレたーーッ!」

 一部と如月を除いてのほとんどの者たちが一目散に教室から逃げて行った。
 
「待ってください如月さん! 僕はビデオをレンタルしした後にちゃんと悪行退治をしようと――」
「黙れこの腐れ変態陰湿ヤロウがーッ!」

 言い終わる前に如月が梅長の顔面を蹴り飛ばした。
 メッキョォ! と、嫌な音を立てて、黒板の方向に吹っ飛んだ。
 ドガァ! とものすごい音を立て梅長は黒板に激突し、頭から床に着地した。

 そのまま意識を失った。死んだかもしれない……。
 梅長が気を失うまでの一部始終を見ていた神無月の顔が青ざめた。

「ま、まて如月。俺は――」
「テメェは目上の人を呼び捨てにすんのかーーッ!」

 またまた言い終わる前に神無月の襟元を両手で掴み、投げ飛ばした。
 あまりの力に襟元はビリィ! と破れ、投げ飛ばされた神無月は窓の方へ飛んだ。
 パリーンと、窓がわれ、そこから神無月が頭から落ちてきた。

一部始終を目撃していた他のメンバーたちは、「後片付けメンドクセー」と神奈月のことなど気にしていなかった。

(のアーーーーーーーーッ!! やばいやばいやばいやばいやばいやばいヤバイヤバイやばいヤバイやばいやばいやばい)

 ここは2階だ。このまま落ちたら最低でも重症。下手したら『死』だ。
 神無月は何とか空中で体勢を整え足から着地した。
 多少足が痺れたが、今はそんな事をいちいち考えている暇は無いと判断し一目散に逃げて行った。

 後ろから、「逃げんじゃねぇよ、クソジャージ野郎がッ!」と叫び声が聞こえた。
 それでも神無月は走る。
 
(ちくしょう! こうなりゃ罰(ペナ)ゲーム(ルティー)をクリアして如月をギャフンと言わせてやる!)
 
 半分涙目で全力疾走した。

 町の中央部へと。 





人物紹介1

神無月裕斗(かんなづき ゆうと)
 年齢:16(高校1)
 性別:男
 目標:普段は無気力だけどやるときはやる、という感じの主人公
 髪型:男にしては若干長い方。基本的に黒髪だが中途半端に赤色の部分がある。
 
 白浪(しらなみ)高校に通っている基本ヘタレの万年ジャージ男。
 学生寮に一人暮らしをしている。両親は遊び人の放任主義で今は外国のどこかにいるらしい。
 3年前に町に引っ越してきた3日後に両親が外国旅行に行き、ずっと一人暮らしをしているせいか料理が結構上手。
 生活費は両親からの仕送りで何とか生活している。
 罪滅には14歳(中学3)から参加している。
 昔はよく町の不良と路上裏の喧嘩をしていた、ある時を境にあまり喧嘩をするのをやたらしい。
罪滅に入る以前、霧裂鞍哉(きりさきくらや)とは色々とあったらしい。。  
 罪滅の肉体労働派に属している。


 水(みず)咲(さき) 綾音(あやね)
年齢15(中学3)
 性別:女 
 スキル:神無月限定にちょいツンデレがでる
 髪型:少し茶髪気味。肩に少しのっかる位の長さ。

 私立氷凛学園の特待生として通っている。
 女子寮で毎日を過ごしている。
 中学2年生になってすぐに罪滅からのスカウトが来て罪滅の一員となる。
 正義感が人一倍強い。
 罪滅の肉体労働はに属している。
 部類のゲーセン(格ゲーが主)好き。

 梅長真太郎(うめなが しんたろう)
 年齢:14歳
 性別:男
 スキル:ムッツリ(本人は否定している)
 髪型:前髪が異様にながく、常に両目が前髪で隠されている。他は想像にお任せ。  

 学校は特に通っていない。
 電化製品屋に居候(いそうろう)している。
 もの作りが得意なので自作の盗聴器などを作っていつも裏で格安で売っているが、結構設けているらしい。
 あるとき、その才能を買われて罪滅にスカウトされた。
 罪滅の頭脳派に属している。
 
 霧裂(きりさき) 鞍(くら)哉(や)
 年齢:15歳
 性別:男
 スキル:スルースキル・喧嘩にをするとき気持ちがハイになる
 髪型:耳が隠れるぐらいの長さ。闇を連想させる真っ黒な色の髪をしている。
 
 学校には特に通っていない。
 神無月とほぼ同時にに罪滅に加わる。
 チンピラ一人ボコすごとに5000円の報酬が町からもらえるらしい。
 割と高級なマンションで一人暮らしをしている。
 神奈月とは因縁があるとかないとか。
 罪滅の肉体労働派に属している。

 如月時雨(きさらぎ しぐれ)
 年齢:17(高2)
 性別:女
 スキル:キレると地が出る。
 髪型:腰まである髪を黒色のゴムで1つに束ねている。黒に少し青を混ぜたような髪の色をしている。

 超名門私立高校、雷銀(らいぎん)女学園の特待生として通っている。
 14歳のときに罪滅からのスカウトが来て罪滅に加わる。
 16歳のときに罪滅のリーダーとなる。
 町でも5指に入るほどの実力者。
 寮で一人暮らしをしている。
  神奈月からは「ゴリラ女」と恐れられている。
  



悪行退治
「どこに隠れたクソ野郎!」
(嗚呼、面倒くさい事になった……)

 神無月は素直にそう思った。 

 
 今は、深夜0時。
 ここは町の中心部にある、とある廃ビルの4階にあるオフィスがある。
 神無月はそこにある事務用のイスに腰を掛けている。
 不良の集団はいま3階にいる。人数は残り4人。

 なぜ、神無月がこのような状況に置かれている理由はを話すには、話を数時間前に戻さなければならない。
 
                             *


 現在午後11時。場所は町の中央部の少し東に外れた場所。町の人はここを6丁目と呼ぶ。
 歓楽街であるこの辺りは不良などが屯(たむろ)する場所でもある。

 神奈月(かんなづき)裕斗(ゆうと)はソコの裏通りを敢えて歩いている。
 意外ときれいにされているが薄気味悪いということには変わりない。

 こんなところを歩いている理由は簡単で、不良が悪さするところを現行犯で捕まえるためだ。
 だが、現実はそう甘くない。
 不良どころか、人さえ見つからない。あるのはゴミ箱として使われるポリバケツぐらいだ。

「だからァ、俺たちとイイ事しない?」
「でも、そういう事はいけない事だってお母さんに言われて……」
「いいじゃん、いいからこっちに来いよ」

 ふいに、そんな会話が聞こえた。

(おっ。これはチャンスなのでは?)
 
 声のする方角へ足を向けた。

 そこにいたのは、半円を描く様な形で何かを取り囲んでいる10人程度の不良とその半円の中でたっている少女だった。
 少女の方には明らかに見覚えがある。
 あたりまえだ、いつも顔を合せているのだから。
 
 そこにいたのは水(みず)咲(さき)綾音(あやね)だったのだから。

(……、アイツあの人数で勝てる自身あんのか? ……あるか)

 そう思い少し考え、神無月は不良たちが形成している半円の中――水咲がいる位置まで行き、言葉を発した。

「よう、待たしたな水咲」

 数秒間沈黙が続いた。その沈黙を最初に打ち破ったのは水咲だった。

「ちょ、アンタ! なに邪魔してるのよッ!」

 叫ぶ水咲に神無月は、「クックック」、となにやらものすごい邪悪な笑い方をし、

「だまらっしゃい! テメェ1人に手柄なんて渡せるかバッカもんがーッ!」
「なんですってー! 一辺地獄行ってこいや皺(しわ)無し脳みそがッ!」

 と、ぎゃあぎゃあ騒いでいると不良の1人が、

「さっきからうっせえんだよテメェら! やっちまおうぜ!」

 そう言い、その不良は神無月に殴りかかった。
 しかし、神無月はソレを屈んでやり過ごしカウンターのアッパーを不良の顎(あご)にクリーンヒットさせた。
 それをみていた周りの不良が唖然としている。
 神無月はその隙を見逃さなかった。
 水咲の手を掴み、不良たちが形成していた半円から飛び出した。

「ちょッ! なにすんのよ!」

 少々顔を赤らめ行っている水咲に気づかず、

「オレに良い考えがある。アイツらを分断させて、別の場所でそれぞれをやっちまう。効率良いだろ? これもすべてお前のことを思ってだな……」
「……本音は?」
「オレだけペナルティークリアできないからこの状況を利用しよう」
「(アタシを助けようとしたんじゃないのか……)」
「あ? 何か言った?」
「……何でもない」

「テメェら待てやコラァ!」

 不良たちが神無月らを追いかけてきている。

「ああ、もう! 面倒くさい事になった!」

 こうして、神無月と水咲の鬼ごっこが開幕した。

もうすぐ大通りに出られる。
 後ろには多数の不良が追いかけてきている。
 
 大通りに出た。
 
神無月たちを見て多くの通行人は立ち止まりこちらを見たが、すぐに各々の進むほうへと歩いていく。
 大通りは右方向と左方向の二つの道に分かれていた。
 神無月と水咲は右の道に曲がった。
 
 そして、曲がったところで神無月は掴んでいた水咲の手を離し、反対方向――すなわち裏路地から見て左方向の道に向かって走った。

「ちょっ、アンタ何やってんの!?」

 立ち止まって叫ぶ水咲を無視して神無月は走った。
 と、ちょうどそこへ少し遅れて裏路地から一番速い不良が1人出てきた。
 ナイスタイミングと言わんばかりに神無月がピョーンと、跳んで――、

 その不良にドロップキックをかました。

 見事に神無月の両足は不良の顔面にめり込んだ。
 不良は吹っ飛び神無月はそのままきれいに着地した。

周りの通行人たちは、「おぉ〜」と歓声を上げた。
 
「オレのことは気にせず速く行け! 大丈夫、オレはあとで必ず追いつく!」
「アンタそれどう聞いたって死亡フラグだよ!」


 水咲は神無月とは逆方向に走っていった。
 それを見た神無月も水咲とは逆方向に走っていった。 

「ア、アイツを追え! 女の方は3人でいい!」

 リーダー格の男が吼えた。
 不良たちは指示に従い水咲を3人で追いかけ始めた。
 
「まてやコラーッ!」

 リーダー格の男が神無月を追いかけながら吼える。

「へーんだ! 誰が待つかノロマが! テメェらの足の遅さは運動不足の老人以下だ! 帰ってゲートボールしとけ!」

 ぶちギレた不良たちはスピードを上げ、神無月を追いかける。
 しかし、神無月のほうが足が速いのか、追いつく気配がまったくない。
 
 神無月はもう一度裏路地へ入った

*
 
 走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る――。

 神無月は裏路地を走る。右に曲がったり、左へ曲がったりで、複雑な経路を走る。
 後ろでは大勢の不良たちが追いかけている。

(チッ! 複雑に走りゃァ撒けと思ったんだがなぁ!)

 チラリと背後を振り返る。
 7人。
 先ほどドロップキックをかました奴もいつの間にか復活して追いかけている。

 かれこれ何キロ走り続けているのだろうか、神無月は息切れしてきた。

(そろそろ大通りに……)

 出た。


 ビルはたくさん建っており、娯楽施設もぽつぽつとある。
 通行人は多少少なくなったが、それでもまだ多い。

 神無月はそこから右へ曲がった。
 裏路地から出た不良たちも、神無月を追う。
 少し走ったところでビルに入った。このビルは、元々とある会社が使っていたが倒産して使わなくなり、そのまま放置していた、というビルだ。

 中には誰もいない。とりあえず入り口付近にある 階段を駆け上がる。
 2階に上りすぐそこの廊下にゴミ箱に使うポリバケツがいくつか固まって置いてある。
 不良たちは、いまビルに入ってきて何か大声で叫んでいる。
 神無月はニヤリと邪悪な笑みを浮かべポリバケツを1つ、置いた。そして、

「ハッアーイ、こっちだよーん、クソゴミカスゴミくんたち〜」

 明らかに挑発している声色(こわいろ)で言った。

 神無月の声で気がついたのか、不良たちの足音が徐々に近づいてきている。 
 そして、先頭の不良が顔を出した。

 その瞬間、神無月は置いておいたポリバケツを、思いっきり蹴り飛ばした。
 ポリバケツは不良の顔面に直撃し、不良は転び階段から滑り落ち、ポリバケツは宙を舞う。
 
「て、テメェ…」

 後から来た不良たちの一人が神無月を睨んで言う。

「なーんなんですかぁ、その目は? 仏の裕斗様と言われているオレもそんな目で見られちゃったら、ちょォっとムカついちゃうなァ。この大魔神と言われているオレでも」

 人を虫けらのように見下す目で神無月は言い、後ろに置いてあったポリバケツを1つ、抱えるように持ち、そして、

「そんな目で見る奴は、とりあえず仏の裁きをしないとな。……くらえっ、『エクスカリパー☆ポリバケツ』!」」

 思いっきり、ぶん投げた。
 一番先頭にいた一人が顔面に直撃――
 しなかった。
 スレスレで身を屈(かが)め避けたのだ。

「はんッ、そんなハエも止まる超遅球よりもおっせえのくらうかよ。あと『エクスカリパー』は全くのなまくr―グエッ」

 言い終わる前に、ポリバケツが顔面に直撃し、階段からころ下落ちた。

「ハズい。これはハズい。言い終わる前にやられるのが第一にハズい。説明までしてくれたのに、言い終わる前にやられるのが第二にハズい。……ッて……」

 不良たちは、声のする方に顔を向けた。

 そのときの神無月の顔は、この世のものとは思えないほどの悪意に満ちた顔だった。

「やーい、バーカバーカ! 言ったそばからこれだよ! 本当に、最近の不良(おまえら)は脳みそまで不良じゃないですか! 馬鹿じゃん! 莫迦じゃん! バカじゃん!」

 不良の一人がブチ切れた。

「こんのガキャァ! マジでブチ殺す!」

 一人が、階段を駆け上がる。懐から取り出したナイフを握り。
 切っ先は神無月の喉。
 あと数メートルで切っ先が神無月に突き刺さる。
 あと数十センチ。
 あと…、数センチ。

 ――殺(や)った。そう思った。
 
 キンッ
 
 乾いた金属音が鳴り響いた。
 
 手の中のナイフがなかった。
 
「あぶないなぁ。実にアブナイ」

 神無月は手の中に在るナイフを見て言った。
 その場にいた神無月以外の者たちは硬直していた。

数秒前。
 
 あと数センチ、切っ先が進めば神無月の喉仏は抉り取られることだろう。
 だが―― 

 神無月は、脚の動きだけでナイフを蹴り上げた。

 キンッ

 乾いた金属音が広い空間に鳴り響いた。

 神無月の頭上より少し前に位置で回転を続けながら中を舞う。
 次第に重力に従い地面に向かって下降していく。
 それを、神無月は見事に柄の部分をキャッチした。
 どこか邪悪な笑みを浮かべ、

「あぶないぁ、実にアブナイ」

 手の中にあるナイフを見ながら言う。
 不良たちは硬直した。

「ン、これぐらいのを見て驚くのか? こんなこと、俺の周りの連中じゃあ当たり前だぞ。
例えば、如月やら、霧裂やら、水咲もできるか? あとオレを引きずり堕(お)とした、いつぞやの赤髪も……ッて、アイツはオレの周りの連中じゃないな」

 苦笑をうかべ、後半は妙な独り言を語る神無月。
 そして――

「見たろ? 見た? 見たよな? 拍手しろ。喝采(かっさい)しろ。敬え。崇めろ。崇拝しる。今のオレの超☆絶技をな。見てなかったらお前らの目は節穴だ。てか、オレが節穴にするぞこのヤロォ」

 わけの分からない語り。
 異常な語り。
 異常者の語り。
 
 目の前の少年はなんなんだ?
 
「テメェ、本当に何モンだ?」
「オレか? オレは……、治安部隊『罪滅』のメンバー、神無月裕斗だ」

 堂々と、高らかに、そして、冷たく言い放った。 


「罪滅…だぁ?」
「あら、知らない? 『最近噂されやすい都市伝説』で1位を独走中の『罪滅』を知らないとは、死罪だな」

 天井を仰ぎながら、心底悲しそうに言う神無月、だが言葉とは裏腹に顔はニヤニヤしている。

「とりあえず死刑。何と言っても死刑。誰が何を言おうと死刑。貴様らなんてさっさと死刑執行してくれるわ。わーはっはっはー」

 最初と言っていることが違うが、神無月は気にしていない。

「ンじゃァ、執行に移る」

 言った瞬間、不良たちの背後でドス、という音が響いた。
 恐る恐る振り向くと、

「なーんてね。そんなバカみたいな真似するわけないじゃん」

 壁に深々と突き刺さっているナイフがそこにあった。
あと数センチ軌道を間違えれば不良の脳天に突き刺さっていただろうという所に。
 見えなかった、ナイフを投げるモーションすら見えなかった。

「それでは、今度こそ執行に移る」

不良たちが突き刺さったナイフから神無月のほうへ目を向けたが、そこにはすでに神無月はいなかった。
                                          
「こっちこっちー」

頭上から声と、回転の速い足音が聞こえた。どうやら逃げたようだ。

「あんのヤローーー! ぶち殺してやる!」

 そういって不良の1人が全速力で階段を駆け上がり、それにつられるように1人2人と階段を駆け上がっていった。


一方、今全速力で逃げている神無月は、

(あっぶねェ、もうすぐで突き刺さっちゃうところだった! もう少し遠に投げるつもりだったんだけどー!)

 内心メチャクチャビビッている。
 
 どっちが鬼か分からない鬼ごっこが始まった。


 4階のオフィスに入った。

 あれからいすをブン投げたり、画鋲を撒いたりで、色んな方法で不良たちをなんやかんやで4人までへらした。

 しかし、もう逃げ場がない。
 このビルは4階建てだからだ。

 神無月はとりあえず一番窓際の仕事用デスクに腰掛けた。

(嗚呼、面倒なことになった…)

 そうして、今に至るのであった。

 神無月は素直にそう思った。

 不良たちの大声が近くから聞こえる。

「どこに逃げやがったガキ!」「テメェらもっとよく探せ!」「見つけたらぶっ殺してやる!」                     
(はぁ〜、どうしよう…)

 泣きそうになってくる神無月。
 だが、泣かしてはくれなかった。

「いたぞー! こっちだッ!」

 1人の不良がいつの間にか入ってきて、叫んでいた。

 神無月は瞬時に危険を察知し、速攻で叫んでいる不良を殴り飛ばしてオフィスから出て行った。のこり3人。

 ちょうど、不良たちとかち合った。

「て、テメェ――「はいはいサヨナラー!」

 言い終わる前に、頭突きが不良の鼻面に直撃した。残り2人。
 そして、神無月はもうダッシュで逃げた。
 そして少し直進した所にある男子便所に入った。

「バカめ! ンなとこ入ったら袋のねずみだっつーの!」

 入った瞬間、顔面に大量の水が2人の不良の顔面を襲い掛かった。
 そして、有名なラ○オンのクリーナーが頭につけられた。

「はーいお掃除お掃除♪ 頭のお掃除を始めるよ〜♪ 頭綺麗にしたるよ。改心しなさい。」

 弁器用掃除ブラシで頭をこすられた。よく見ると、そのブラシには所々に排便物がこびりついていた。
 それを思いっきりこすりつけた。

「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
「そんなに気持ち良いか。うれしいな。ならば第二段――」

 一呼吸置き、

「――、殺虫スプレーを頭から掛けるお掃除!」

 あくまで『掃除』と言い張る神無月裕斗だった。


 そして、この日から町の不良たちにひとつの噂が立つようになった。
 そして、ここでもその噂は広がろうとする。

「おい、何か最近女に絡むと頭を掃除する奴が現れるらしいぞ。便所用ブラシで。何でも、死んでいった非リア充たちの魂の集合体らしいぞ。怖いな。今度からナンパはやめよう」

 その日から女に絡む不良のを見かけなくなったとか。
 

 そしてまた、町にまた平穏が訪れるのであった。

「疲れた……」

 ため息をつきながら、住宅街をトボトボと歩く神無月。
頼りない街灯の灯りが彼を照らしている。
時刻はすでに0時を回っており、周りには誰一人としていない。

「どうしてこうなった。……、アイツのせいか……」

一人の少女の顔を思い出しながら呟いた。
 自分から割り込んできたことを棚上げにし、理不尽な怒りが沸いてきた。
 
 ――どうやって文句を言ってやろう。

 一人でニヤニヤと気持ちの悪い顔をしながら歩いていたら、

「あ」
「お」

 曲がり角から本人が来た。

「アンタのせいd「テメエのせいでこんなことになったん。謝れ。土下座。正座をして両手と額を地面に押しつけろ。焼き土下座しろ。まったく、こんな謝り方も知らないでよく今まで生きてけれたな。ビックリだ。驚愕した。あんびりーばぼー。さあ、早く。『すいませんでした神無月様〜。これらは貴方(あなた)の忠節(ちゅうせつ)な部下として朝も夜も貴方のために尽くします』と言え。忠誠を誓え」

 よく回る舌で一息で言った。
 
 言った瞬間、水咲のこめかみからブヂィ! という音がした。

「ぶち殺す」
「オーオー。物騒なこった。最近の女子中学生(JK)はそんなことを言うのか? こッわ。お兄さんチビッちゃう〜」

 挑発した言い方をし、さらに水咲のこめかみからブヂブヂィィ!! という音が聞こえた。

しかし、顔はなぜか冷静。だが、どこか陰のある笑い方をしながらスカートのポケットに手を突っ込みナにかを握りしめた。

「やっぱ殺す」

 顔と同じで冷静な口調で言った。
 しかし神無月は全く動じずに、

「やめとけ。近所迷惑。回りを良く考えなさい。お母さん泣いてるわよ」

 徐々に女口調になっている。
 だが一旦間を置いて、

「冗談はここまでにして、本当やめて。明日も学校なんだよ。今何時だと思ってる。今こうしてお前としゃべってる時間さえも惜しいってのにやることをこれ以上増やすな」

 そう言って水咲の肩をポン、と叩きながら水咲の横を通り過ぎた。

「お前も遅くなんなよ。夜更かしはお肌の大敵ってね。脳みその方はすでに手遅れだけど。……プッ」
「こんのクソ野郎!!」

 叫んだが、振り向いたところではもうすでに神無月は遠くを歩いていた。

「じゃあな」

 神無月は水咲の方を向かないまま右手を振った。

「……たくッ」

 少し顔を赤くしながら、水咲は呟いた。





                        知ってる1

 神無月(かんなづき)の通っている白浪(しらなみ)高校。

 6丁目の近くに位置する。
 
 学力は悪くもないし、良くもない。
 言ってしまえば、『普通の高校』なのだ。


 校内も至って普通で、北館、中館、南館の3つの校舎がある。
  
 体育館の近くには女子更衣室と男子更衣室が設置してあり、男子更衣室の隣りに自販機が二台並んでいる。
 
 中庭には購買部が設置してあり、平日には毎日昼休み頃の時間帯からおばちゃんたちがやってくる。

 パンやジュースなどの飲食物だけではなく、鉛筆、シャープペンシルなどの文房具も売っている。

 割安で売ってくれているため、生徒たちに大人気で、毎日昼休みなんかは購買部には大行列ができている。


 また、6丁目に近いこともり、本屋、ファーストフード店、ゲームセンター、カラオケボックスなどの娯楽施設が多々ある。



 部活動はある程度盛んで、特に陸上部と剣道部が有名である。

 
 神無月は『罪滅』のコトもあってか、部活動には何も入っていない、言わば帰宅部だ。
 
 おまけに髪は所々赤という奇抜な髪形をしていて、教師陣からは(一部を除いて)不良だと思われている。


 今日は7月6日。時間は午前8時5分。


「……暑い」

 夏真っ盛りな時期に、神無月はうっすらと汗ダーダーの顔をして呟いた。

 寮から出たら一気に汗が吹き出てきた。

「ちくしょう。地球温暖化おやらを身をもって体験したぞ……」

 神無月の通っている白浪の寮生は歩いて登校することを義務付けている。

 なので神無月も歩き登校。

 夏の日差しが神無月にダイレクトアタック。
 
 瀕死状態の神無月。

 
 自転車に乗ってきた同じ高校の生徒が颯爽(さっそう)と神無月を追い抜かして行く。

「なんだよ、同じ高校の生徒なのにチャリで登校してきやがって。……、事故れ」

 ポツリと危ないことを呟いた。


「長かった…」
 
やっとのことでたどり着いた。

今神無月のいる所は中館の玄関前。


 現時刻は8時20分。


 ついでに言うと、この高校の入室完了時刻は8時30分。


 たった10分しか歩いてないのにまるで永遠のように感じらた。

 ――早くエアコンのかかった教室に入りたい。

 その一心で自分のクラスである2年4組まで早足で向かった。

 
 校内も暑く、死にそうになる神無月。

 だがめげず頑張って自分の教室にたどり着いた。

「う、うぃーす」

 ガラガラ、とドアを開けながらの力弱いあいさつ。

「おお、カンナだ」
「カンナおはよー」
「カンナくんおはよー」

 いつも通りのあいさつが返ってきた。ちなみに、『カンナ』とは神無月のあだ名だ。

「やっぱここは天国じゃ」

 自分の机に突っ伏しながら呟いた。

 ちなみに『カンナ』とは神無月のあだ名だ。

「なあなあカンナ」
「なに?」
「幼女と同い年とちょっと年が上のお姉さん、どれが好き?」
「ちょっと年上のお姉さん(即答」
「とわふ!」
「いってえ! チョップすんな!」
「幼女に決まってるだろjk」

 いつも通り(?)の会話。
 いつも通りのあいさつ。
 いつも通りのいつも通り。

 神無月はこんな『日々』が好きでしょうがなかった。

(今日もいつも通りだ……)

 毎日がこれだったらと、神無月は学校に来たら毎日思う。

しかし、

「なあ、昨日のうわさ聞いたか?」「ああ、6丁目に屯(たむろ)ってた不良の何人かがやられたって奴だろ?」「ああ、俺も知ってる。『罪滅』がやったって噂だぜ」「やっぱかっこいいよなあ、『罪滅』って」「ああ、俺らとは別次元、ッて感じだよな」「いいなあ、俺も『ひにちじょー』ってやつに憧れるわ〜」

 神無月には日常はない。

 『罪滅』という非日常の沼の中にズッポリと入っているから。


 神無月は『日常』に憧れる。

 『非日常』に憧れているクラスメイトのように。

 しかし、それは無理だ。

 神無月も、それは分かっていた。

だから、諦めた。

神無月はすでに浸かっているから。
 
 非日常の沼に。

 それは足先だけでも入ってしまったらもう抜けだせない底なし沼。

 足先だけではなく、頭の先まで使ってしまった神無月は、もう身動きがとれない。

 足掻いても足掻いても、指一本動かせられない。

 だからもう、諦めている。

 抜けだそうとは考えなくなった。

 この非日常(ぬま)の中で生きていこう。

 そう決心した。


 あの、2年前から……。

 

「カンナ〜、今日みんなでカラオケ行こうぜ〜」

 STも終わり、みんなが帰りの支度をしている時にクラスメートの一人が話しかけてきた。


「わりぃ、今日用事があるんだよ」
「またかよ〜、……もしかして彼女?」
「いやいや、それはねえよ」
「ビックリした〜。もし女関係だったらお前をぶち殺してたよ(笑顔」
「あ、ああ……(汗」

 用事とはもちろん『罪滅』のことだ。


 神無月は自分もクラスメートと一緒に遊びに行きたい、という思いを押しつぶして断った。


「すみませ〜ん、神無月先輩っていますか?」

 神奈月が教室から出ていこうドアに手をかけようとした瞬間、ガラガラー、とドアがあ開いた。

 思わず、神奈月は固まった。


 声を発したのは、おそろしく可愛い顔をした……『男』だった。
 
 肩につかない程度の長さの綺麗な黒髪に、その髪型に見合った少し幼さの残った端正な顔立ち。

 声も澄んだ中性的な声をしていた。 


 まさに『美少女』という表現がピッタリである。

 しかし、男だ。

 なぜ、そんなコトが分かるかというと、男子用の制服を着ていたからだ。

 そんな美少年が入ってきて固まるのは、神奈月だけではなかった。

 まだ教室に残っていた神奈月のクラスメートも固まり、数秒たったら今度はざわめいた。

「だれよあの子! めっちゃ可愛いじゃん!!」「あれが俗に言う『男の娘』というやつか……」「それで、なんでカンナを指名してんだよ」「知るか……恋人?」「またまた〜、あんな美味しそうな子が、カンナと付き合ってるわけない……と思う……」「それで、どっちが受けだよ」「……カンナ?」

 そんなざわめきの中、その美少年はキョロキョロと教室内を見渡し、もう一度「神無月先輩っていますか?」

「あ…、ああ。オレだ」

 一番間近で見ていたためか、まだ見とれていた神奈月がようやく我にかえった。

「僕は『卯月(うづき) 成(な)緒(お)』と言います。少しお話があるのですが、よろしいですか?」

 思わず、また見とれていしまいそうなほどの可憐な笑みで言った。

「わ、悪いな。今日はこれから用事があるから」

 あまり目を合わせずに言う神奈月に、卯月は神奈月の来ている制服をつまみながら、

「そんな〜、5分でいいですからぁ〜」

 と、上目遣いで頼んでくる。

 これには耐えられず、神奈月の顔が徐々に赤くなっていく。

「正真正銘の女子であるこの私より可愛い!?」「あの上目遣い、何という破壊力……恐ろしい」「完全に上目遣いを習得している……ヤツは人間か……!?」「てか、珍しくカンナが動揺してる。……オモロい」「てか、カンナのポジションが羨(うらや)まけしからん」「なんだ、この感情は……これは……殺意か」

「だ、ダメだ。大事な用事なんだよ」
「ええ〜」

 残念そうな顔をしたあと、卯月はにっこりと笑い、「じゃあ」と言い、かすかに、神奈月にしかよく見えないように口を動かした。声を出さずに、口だけを動かした。

――『罪滅(ざいめつ)のこと、言っちゃいますよ』

 と。

 とても、見とれてしまいそう程の、可憐な笑みで。


 唖然とする神奈月。可憐な笑みをしている卯月。相変わらず、ざわめいている周り。

 我に帰った神奈月が慌てて卯月の手を引いて教室を出た。

周りは相変わらずざわめいていた。




「こんなところまで来て、さては本当ですね? 『罪滅(ざいめつ)』のこと」
「そうだけど?」

あっさりと肯定した神奈月。


 ここは屋上で、周りには落下防止のための3メートル程の高さのフェンスで覆われている。

あのあと走ってここまで来たものだから神奈月は少々息切れを起こしている。しかし、神奈月とは裏腹に、卯月は全く息切れをしていない。ますます不気味に思えてくる。

「アッサリですね。シラを切ったりするかと思ってましたよ」
「あんな動揺したのにシラを切るわけないだろ。オレが認める時間んが遅れるだけだ」
「確かに。でも、少し驚きましたよ」
「全然驚いてなさそうだな……。で、何で罪滅(おれたち)のこと知ってんだよ」
「企業秘密です」

(どうせ『シワス』が売ったんだろうな)

 ため息をつき、「まあいい」とそのことはひとまず置き、本題に入った。

「罪滅(おれたち)に、何の用だよ」
「僕を罪滅に加入(いれ)させてください」
「ダメだ」
「ええ〜」

 残念そうに卯月。

「じゃあ、言いふらしちゃいますよ」
「ダメだ」
「いいんですか〜」

 少しムゥっとしながら言う卯月。

「今考えたら、知ってること自体が嘘かもしれない」
「嘘でも、いきなり『罪滅』の名前はだしませんよ」
「いや、信用できん」
「僕は全部知ってるんですよ。……神無月先輩のことも」
「ほう」

 まだ信用できないこの少年に神奈月は余裕な表情を見せた。

 しかし、その余裕は次の言葉で打ち砕かれた。

「――2年前」

 ピクッ、と神奈月が反応した。

「全て知ってるんですよ。総(すべ)てを」
「………………………」

 何も言えなくなった。

 それほど、今の言葉は強烈なものだった。

「話しましょうか? 全部」
「……………………………………………………」

(やめろ)

 神奈月の祈りは叶わず、沈黙を肯定と受け取った卯月は口を開いた。

「2年前、引っ越して1年目で神奈月先輩は――「やめろ」

 それは高校生が発したとは思えないほどの『何か』が含まれている言葉だった。

「――ある人と会った「やめろッ!」

 瞬間、神奈月は恐ろしいほどの速さで卯月の胸倉を掴みそのままフェンスに押しつけた。

 ガシャン! とけたたましい音が空気を揺らした。

 
 神無月の『何か』が変わった。


 
「そろそろ、離してくれますか?」
「………………」

 一向に帰ってこない返答に卯月はため息をついた。
 
「まあいいか……それで、『罪滅』にのメンバーに加えてくれますか?」

 わずかな沈黙の後、神無月はゆっくりと卯月の胸倉から手を離し、

「ついてこい」

 とだけいい校内への扉を開け屋上から出て行った。
 
「あれだけか……つまんないな」

 ポツリと、不満そうに呟いた卯月の声は神無月には届かなかった。

2012/03/07(Wed)23:21:12 公開 /
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■作者からのメッセージ
 初投稿です。稚拙な文だったり、不定期になると思いますが、頑張って書きます。

 
 主な登場人物が出てきたら、変なタイミングでも紹介していくつもりですのでご了承ください。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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