『時間屋と飴 (Time Travel シリーズ)』 ... ジャンル:リアル・現代 ファンタジー
作者:木の葉のぶ                

     あらすじ・作品紹介
もし、過去に戻れるとしたら、あなたは何をしますか?

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「今日はお客様がいらっしゃると思います」
 早口に、黒い鳥はくちばしから言葉をつむいだ。
「え、ほんと?」
 昼寝から覚めた店主は眠そうに聞いた。
「私の勘が外れたことがありますか」
「それもそうだ。…この汚い部屋見たらびっくりするね、お客」
 そう言って店主は部屋の中を見渡す。埃で窒息してしまいそうな薄暗い部屋は、散らかり放題だった。山積みの本は雪崩を起こしそうだし、床はよくわからない書類で足の踏み場もない。棚の中の一見ガラクタに見えるたくさんの器械も、整理されないままになっている。
「よし、掃除しよう。手伝ってよ、ハル」
「九官鳥に部屋の掃除をさせるおつもりですか」
 流暢な日本語で九官鳥は言い返す。
 この10分後に客、つまり私が来ることになる。
       ***
「今日は何をお探しですか?」
 なんでもない営業文句が、今はとても不自然に感じられた。
 私は、自分の家の近所の、空き家だったはずの建物の中にいる。そこは都会に取り残されたかような木造の一軒家で、シャッター商店街の隅っこにこじんまりと建っている。私が生まれた頃からだれも住んでおらず、ツタが絡まり放題の廃墟のような家だった。通学路沿いに建つこのおんぼろ家に入った理由は、なんでもないただの好奇心と、家に帰りたくなかったから。それだけだ。
 今考えると、ずっとあった古い家にいまさら何故立ち寄ったのか。それは私がこの店を必要としていたからに他ならない。そう考えると「運命」とか「因果」とかいうのが本当に思えてきて不思議だ。
 緑のこけが生えた扉は、軋みながら開いた。中は薄暗くて古臭い匂いがする。足を踏み入れると同時に、私の眼は大きく見開かれた。
 思わずぐるりと見渡す。そこにあったのは、私の現実からはあまりに離れた風景だった。一目で見渡せるくらいの狭い部屋。電気はついておらず、窓からの光で埃が沢山舞っているのが見える。両側の壁は天井まである棚で覆われていた。大小さまざまな砂時計、地球儀、何かが入っているガラスの瓶、その他もろもろ棚一面に並べてあった。床は歩くと危なげにギシギシ鳴って、棚に入りきらなかった本が積んであった。
 そして、部屋の一番奥には社長が使うような木製の大きな机がどんと置いてあり、赤い布地を張った座り心地の良さそうな椅子があった。そこに座っていた者の姿が、私を一番驚かせた。
「いらっしゃいませ」
私をまっすぐに見て、その家の主は告げる。
「時間屋へようこそ。今日は何をお探しですか?」
       ***        
 綾には、幼馴染がいた。
 奈津という名前の、大人しい女の子だった。幼稚園、小学校は奇跡のようにずっと同じクラスで、周りも驚いていた。休み時間はいつも二人でいて、大人たちからも「仲がいいね」とにっこりされる。ぶらんこの二人乗りをよくしていた。4年生くらいになって、なんとなくほかの友達と遊ぶようになり、互いの家に遊びに行くことも少なくなった。ある日を境には同じ『グループ』で行動しなくなり、中学に入ってクラスが分かれると、会って話をすることもほとんどなくなった。
 中学生になった今、奈津は眼鏡で三つ編みという一見すると昭和の学生のような格好で、昔と雰囲気は変わらない。綾は、駅を歩く女子高生の群れに混じって、休みの日には友達と原宿へ遊びに行くようになった。
       ***
「あの、ここでは何を売っている、の?」
 目の前の『店主』に私は、敬語を使うべきだろうか、と一瞬迷った。何せそこに座っていたのは他でもない、
子供だったのだ。
 男の子で、背丈は小学校低学年くらい。銀というより白に近い髪に透き通った青い目を持つ。その口から日本語が出るのはちょっと不自然だ。服は、パリとかにいそうな雰囲気の大人が着るような洒落たもので、一見不釣り合いだが、外国製の人形のような姿だった。
「ここは時間屋。お客の時間を巻き戻し、過去へいざなうのが僕の仕事だ。ここの商品はあなたの『時間』……言い換えれば過去、思い出だ」
 映画のセリフのように男の子はぺらぺら喋った。
 よくわからない私は、とりあえず現実的な質問をしてみる。
「えっと、ここずっと空き家だったみたいだけど、いつからここに住んでたの? 外国から来たみたいだけど」
「確かに僕の生まれは日本じゃないよ。今は存在しない国」
 妖精のような雰囲気を持つ子だ。都会の真ん中にこんな不思議が落ちていようとは。
「存在しない?」
「僕、こう見えても500歳くらいなんだ。色々あってずっと子供の姿のまま生きなくちゃいけないんだよね」
 笑っていいのか相槌を打っていいのか分からない。小さな男の子真面目な顔で私に語りかける。「何言ってるの」ともいえずに私は立ち尽くした。
「……それで、なんのお店なの、ここ」
「だから、時間を売っているの」
 男の子は私の反応に不機嫌そうだった。まるでこれくらいのことは常識だという風に。
「その……どうやって?」
「僕は、あなたから見た『過去』へ、あなたをタイムスリップさせる力を持っているんだ」
「はあ」
「例えば……あなたはテストで10点を取ったとする」
「低っ」
「そこで、そのテストの勉強をちゃんとしてからこの店に来て、テストが始まる前の過去へと行けるようにする。それから、テスト前のあなたと入れ替わるんだ。そうすればすらすら解けて点数が良くなる。現在に戻ってきた時、あなたの前には10点じゃなくて100点のテストが置いてあるわけ」
 そんなに現実味のある説明されても困る。
「つまり、『ああ、あのときこうしていればなあ』とか『もう一度あの日に戻ってやり直したい』とかいう願いを叶えてあげられるんだよ! すごいでしょ」
「それ、本当なの?」
「僕が嘘つきだとでも思ってるの!?」
 目を大きくする男の子に、私は困り果てた。「サンタクロースはいる」と熱弁されるのと同じである。
 過去にタイムスリップ。そりゃあ本当にできればいいけどね。
 私の悩みだって解決するのに、と心の中で呟く。
「今、過去のことで悩んだり、考えてることってある?」
 唐突に聞かれた。何故。
「どうしてそんなこと訊くの」
「だってそういう人にしかこの店は見えないから」
 そうなのだろうか。本当に、この子は本当のことを言っているのだろうか。
 店の天井から声がした。
「説明していないでお客様のご要望をお聞きになってはいかがですか」
 見上げると、どこからか黒い鳥が飛んできて男の子の肩に止まった。そして、
「はじめまして、お客様」
 と喋った。
「! 話せるんだ……凄い」
 オウムやインコでもこんなにはうまくないだろう。九官鳥の声は高いとも低いともつかない機械のようなものだった。
「こいつは僕の相棒だよ。ハルって言うんだ。世界中の言葉を喋れる」
 変な気分だった。外国人の男の子の店に、言葉のできる鳥。面白くて、意味不明で、でも温かい。
「じゃあ、早速だけど手続きしてもらうね」
 店主は床の山積みの書類から何冊かの本を引っ張り出してパラパラめくる。
「名前は?」
「篠田綾」
「アヤね。えーっと、中学生……だよね」
「最近は若いお客様も多くなりましたね」
 九官鳥に言われて男の子はうんうんと頷く。
「ここ数カ月は日本に居るんだけど、20代くらい人とか多いよね。世の中忙しすぎるよ。ぐちゃぐちゃだし」
「あ、ずっとここにいるわけじゃないんだね」
「気分で世界中に店を構えてるよ。この前は2000年くらい前の中国に行った」
 男の子は私に幾つかの質問をした後、今度は棚から綺麗な紙を持ち出して、急に真面目な顔をした。
「それで、アヤは自分のどんな過去に行って、何をしたいの」
 脳内のあまり考えたくない記憶を探りながら、緊張しつつ私は口を開いた。
       ***
「この時計が、アヤを過去に連れて行ってくれる。」
 店主は棚の一番奥から懐中時計を取り出した。文字盤には針と数字のほかに様々な模様や小さな絵が一面に描かれてある。
 時計の小さなねじを店主の細い指がくるくるとまわしているのを私はじっと見つめた。
「準備は整いましたね」
 九官鳥が言う。
「うん。楽しみ」
 店主は純粋な笑みを浮かべた。絵本の主人公のように。
「じゃあ、僕の言ったことをちゃんと守ってね」
「あなたはついてこないの?」
 心配になって私は聞いた。
「もちろん一緒に行くよ。規則上、18歳未満には同伴者が必要だからね」
 あなたも子供じゃない、と言いかけて、店主が自分よりずっと年上(話によれば)なのを思い出してやめた。
「行こう」
 私と店主は時計の上に手を重ねる。時計から薄い青の光がこぼれ出し、眼を細める。
 店主が口の中でぶつぶつ呟いているのが見えた。光で周りが良く見えないな、と考えた途端、
 世界がゆっくりになった。
 足元に何もなくなったような、  風景がかき混ぜられるような、
  不思議と目が回らない。  すべてを通り越して、
 落ちる、落ちる、落ちる――――――――――――――――――――――――――
       ***
 気がつくと、肌寒い風が全身に吹き付けた。
「さむ」
 思わず身震いして、はっとしてあたりを見渡す。
 ここは、小学校の校舎の裏だった。門からのわき道をすぐ行ったところの、暗がりになっている場所。
 自分の記憶の中に、立っている。ぼんやり覚えていた景色や音が眼鏡をかけたようにはっきりとしてくる。
 とりあえず、昔の私を探そうと足を踏み出すと、聞き覚えのある声がすぐ近くでした。
 校舎の突き当たりに、五年生の私と、奈津がいた。
 五年生の「綾」は奈津に強い口調であたっている。奈津は俯き加減に綾の話を聞いていた。
「文化祭まであと1週間しかないんだよ? なんでもっと大きい声が出ないの?」
 文化祭、五年生はクラス単位で劇をやる。奈津はナレーター役を引き受けていたのだが、声が小さいと先生から何度も言われ、周囲の目も冷たくなりがちだった。そこで、同じグループの中でも昔から奈津を知っている私から何とか言えと頼まれたのだ。クラスの雰囲気にのまれた私は、奈津とはあまり関わりたくなかった。
「私だって頑張ってるよ……」
「そう? 普段から声おっきくするとかさ、なんにもしてないじゃん。奈津がどんだけクラスに迷惑かけてると思ってるの?」
 綾の非難は私の目の前で続く。奈津の表情がどんどん暗くなっている。
「早く入れ替わりなよ」
 振り返ると、九官鳥を肩に乗せた店主がいた。
「ここできついこと言っちゃったからアヤはあのこと仲悪くなったんでしょ。過去の自分に触れれば中身が今のアヤと入れ替わるんだ。時間がない。早く」
 私は綾のすぐ後ろまで近寄った。昔の自分に自分の姿は見えないと分かっていても気になる。昔の自分は、思っていることをすぐ口に出す。昔の自分が赤の他人、いや、悪魔みたいに見えた。
「だいたいさあ、私昔から思ってたんだけど、奈津最近暗いし、喋ってもつまんないし」
 注意がどんどん悪口に変わる。
「今はこっちのグル―プにいるけどさ、奈津はクラスで浮いてると思うんだよね」
 奈津の眼鏡越しの表情は見えない。俯いた彼女への非難は続く。
 早く、今の私と入れ替わらなくては。アヤの肩に伸ばした手が止まる。
 もし、今の私が奈津に話したとして、私を許してくれるのだろうか。昔と違って、皆に流されてひどいことを言う私と友達でいてくれるのだろうか。
『本当に? 綾と奈津は本当に友達?』
 振り返った昔の私が私に言う。頭の中でそんな妄想が流れた。
 あと10センチで綾に触れられる。店主の話が本当ならば、入れ替わって今すぐに謝ればいい。頭でわかっているのに体が動かない。綾の肩まで伸ばした手が動かない。また、昔の私が言い放つ。
「自分を変えようとかしてみれば?」
 違う。もうやめてと綾に言いたかった。こんな自分を壊してしまいたかった。綾に触れようとした瞬間、奈津がぱっと踵を返して走り去った。
「「あ」」
 二人の私の声が重なる。
 店主が叫んだ。
「もう5分がたったよ。契約した時間はもう過ぎた。現実に戻らないと!」
「えっ、でも」
 追いかけようとすると、視界がぐにゃりと歪んだ。
 まだ、奈津に謝ってない。ひどいこと言ってごめんねって、言ってない。
 何にもできてないよ。
 そのまま私は暗闇へ、時計の光とともに落ちていく。走って行った奈津が泣いていたことに気付いたのは、あとになってからだった。
      ***
「あの一件以来、アヤとナツは互いに気まずいまま、だんだん距離ができたんだね」
 他人事のように店主は言った。私は現実に戻ってから長いことぼんやりしていた。
「私、ただのバカだ」
 本当に過去へ言ってしまったのだという衝撃と、記憶が蘇ったかのような生生しさは、頭から離れない。
 何で何もできなかったのか。それは綾自身が分かっていた。怖かったのだ。奈津と話すことが。嫌われてしまうことが。
「まあ、過去に行ってもさ、」
 店主は私の方を向いた。
「人間は昔も今も同じなんだから、できることも同じ。言っちゃえば何もできなくてとーぜんだよね」
 店主の言葉は私にぐさっと刺さる。反論できない。
「まあ、学校同じならそのうち仲直りすればいいじゃ……」
「奈津は明日引っ越すの。転校するの」
 声がかすれた。
「だから、あの時言っておかなきゃ、もうずっともと通りにはならないの!お母さんは最後にあいさつに行って来いっていうけど、こんなんじゃ行けないし、それで、それでっ」
 自分で何が言いたいか分からなくなって、目の奥が熱くなる。
「うん、アヤは馬鹿だよ」
「!」
 開いた窓から外を眺めながら時間屋の店主は言った。涼しい風が入ってきて、彼は目を細めた。
「すみません、旦那が出すぎたことを申しまして」
 九官鳥が私にちょっと頭を下げた。店主は続ける。
「というよりも、人間は馬鹿だ。過去だって今だって、同じ時の流れ。今は過去となり、また新しい今が生まれる。もちろん未来だって同じだよ。だからさ、もしも過去に後悔したことがあれば、今後悔していることがあるならば、」
 店主は笑った。その笑顔はからかっているようにも、とても大人びているようにも見えた。
 私は彼の言いたいことが分かった。さっきまでの出来事が馬鹿みたいだった。
「なんでそれを今この瞬間、片付けようとしないかな」
 お礼を言って、店のドアを開けた。行く場所はもう決まっている。
 もう後悔したくないから。
        ***
「綾さんは奈津さんの元へ行ったようですね」
 窓の外を見ながら九官鳥は言った。
「ねえ、ハル」
「はい」
「この店に来る人ってさ、結局過去で何にもしないで帰る人多いよね。なんか色々気付いて」
 ビニール袋から飴を取り出して、口に放り込みながら店主は言った。
「そうですね」
 飴は舌の上で溶けていく。これは、過去へ行く代償として綾が近くのコンビニで買ってきてくれたものだ。普段は多額の金や大切にしているものを客からもらう時間屋だが、中学生だからとハルが考案したものだった。
「大昔の人間からこの時代の人間まで、僕はこの力と時計を使ってみてきたけど、考えてることってあんまり変わらない」
「そうですね」
「くだらないことで悩んで、変な方向に頑張ってさ。何が楽しいのやら」
 窓枠に肘をついて、ぼそぼそ言う。
 その青い目は眠そうに遠くの方を見ていた。
「でも、だからこそ面白いんだよねえ、人間ってやつは」
 ふああ、と欠伸をして店主は突っ伏し、昼寝の続きを始めた。狭い部屋にはまた、静けさが戻る。
 仕事の役目を終えた懐中時計の、秒針だけが聞こえていた。

2012/01/15(Sun)10:35:52 公開 / 木の葉のぶ
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■作者からのメッセージ
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ほとんどの人ははじめまして。もしかしたらお久しぶりです。
この小説は一年ほど前に書いた処女作(といってもまだこれしか完成したものはないのですが……)で、ずっと封印していたものです。
これを読んだ人はどんな感想を抱くのかな、と思ったのでこちらに投稿させていただきました。感想・批評などいただければ幸いです。
ありがとうございました。

2012/1/15 タイトル変更しました。行頭の一マス開けのばらつきを直しました。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。