『嘘つきの悪魔は誰が為に呪う【読み切り】』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:鋏屋                

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 あるところに嘘つきの悪魔が居た。嘘つきの悪魔は、『嘘』という呪いを行使し、その呪いを成就することによって存在原理を得る。
 そう、嘘つきの悪魔がささやく言葉は全て嘘となる。それが全てが嘘である嘘つきの悪魔のたった一つの法。
 だが一つだけ、嘘つきの悪魔には大きな問題があった。
 それは嘘つきの悪魔自身、その呪いに気づいていなかったことだった……

 嘘つきの悪魔は時折人間界におもむき、人々に呪いを掛ける。
 スワリ、スワリと人に近づき、耳元で囁く。
 厳かに、そして格調高く、この世の物とは思えない恐ろしい声で。
 人の世に赴いた嘘つきの悪魔は、一人の少女を見つける。その少女は家族で旅行中、交通事故に遭い、両親を亡くしていた。対向車線をはみ出したトラックを交わそうとした少女の父親が運転する車は、ガードレールを突き破り深い谷底に落下してしまった。そして少女だけが奇跡的に生き残ってしまったのだった。
 病院で目覚めた少女は、自分が一人ぼっちになってしまった事を告げられ、絶望に打ちひしがれていた。そんな少女に嘘つきの悪魔はのどを鳴らして近づいた。

 スワリ、スワリ……
 耳元で悪魔は囁く。
 厳かに、そして格調高く、この世の物とは思えない恐ろしい声で。

『これは始まりだ。お前の不幸はこれだけではない。お前は死ぬまで不幸に見舞われ、煉獄の縁で彷徨うことになるだろう。クククっ、絶望に打ち震えながら生きるが良い……』
 嘘つきの悪魔に囁かれた言葉に少女は恐怖し、いずれ降りかかるであろう己の不幸を思い震え上がった。
 しかしそれから1年もたたない内に、少女は裕福な夫婦の養女となる。子供の居ない夫婦はその少女をとても可愛がり、その少女もまた、その夫婦の愛情を一身に浴びてとても幸せな一生を送ることになった。
 嘘つきの悪魔の呪いは成就された。


 嘘つきの悪魔は、人の世に赴き、人々に嘘の呪いを掛ける。その呪いは例外なく確実に成就される。嘘つきの悪魔はスワリ、スワリと人に近づき、耳元で囁く。
 厳かに、そして格調高く、この世の物とは思えない恐ろしい声で。
 嘘つきの悪魔は人の世である男を見つけた。
 男は、高いビルの屋上に座り込んでいた。傍らには彼の脱いだ靴がきちんとそろえて置いてあり、その靴の中には1通の封筒が差し込まれていた。
 男は目をつむり、これまでの自分の人生を省みていた。
 幼少から貧乏だった自分の人生をどうにか変えたくて、男は休むことなく働いた。20代で独立し、さらに血を吐くような努力を続けて会社を大きくしていった。その甲斐あってか今では従業員を100人ほど抱える企業にまで成長していた。しかし、去年ある取引で契約先の倒産の煽りを食らい、男の会社は一気に業績が落ち込んで倒産寸前まで追いつめられていた。
 自己資金も全て建て直し資金につぎ込んだが、もはや焼け石に水だった。せめて家族だけはと嫁の実家に頼み込んでどうにか家族だけは離れさせることが出来た。
 しかし、男にはもう道は残されてはいなかった。
 しばらくして男は立ち上がり、深いため息とともに屋上の縁に回されたフェンスの網をつかんだ。指に食い込むフェンスの網を見つめながら、男は小学校5年生の息子の顔を思い出した。この世に残す未練があるかと問われれば、それは残していく家族の未来だ。
 男は静かに「すまない」と呟いた。
 そんな男の姿を見つめながら、嘘つきの悪魔はクククっと喉を鳴らして近づいた。

 スワリ、スワリ……
 耳元で悪魔は囁く。
 厳かに、そして格調高く、この世の物とは思えない恐ろしい声で。

『貴様はここから飛び降りる。その骸は無惨にも潰れ無様な姿を人々に晒すことになるだろう。そしてお前の魂は地獄に堕ち、未来永劫苦しみと恐怖を味わい続けるのだ。貴様だけでは無いぞ? 貴様の家族も決して逃れられぬ不幸に足を取られ、坂道を転がるように災いの坩堝に身を落とすだろう……』
 その姿無き声に男は恐怖し、自分が死んだ後のことを想像して震え上がった。男は床に綺麗に揃えられた自分の革靴をつかむと、靴下のまま非常階段を転がるように下りていった。
 数日後、死に切れなかったその男の元に1通の電話が入る。それは男が最後にダメ元で見積もりを出した大型契約の受注を知らせる連絡だった。男は最後ぐらい本当にいい仕事をしたいと言う願いを込め、最大限に誠意を込めた見積もりを出したのだったが、それが先方の心を打ち受注となったわけだ。男の会社はこの契約をきっかけに次々と大型の契約を受注し、全盛期以上の売り上げを記録、その業界では5本の指に入る大手会社に躍進していった。
 嘘つきの悪魔の呪いは成就された。 


 嘘つきの悪魔は、人の世に赴き、人々に嘘の呪いを掛ける。その呪いは例外なく確実に成就される。嘘つきの悪魔はスワリ、スワリと人に近づき、耳元で囁く。
 厳かに、そして格調高く、この世の物とは思えない恐ろしい声で。
 そんな嘘つきの悪魔は、ある時一人の人間の女性に興味を持った。その女性はとても美しく、そして何よりとても優しかった。
 嘘つきの悪魔は来る日も来る日もその女性の事を考えるようになった。彼女のことを考えると体が熱くなり、羽が震え、尻尾がクルクルと回った。
 そう…… 嘘つきの悪魔は人間の女性に恋をしたのだった。
 ある時、嘘つきの悪魔は魔法で人間の姿になり、その女性に近づいた。嘘つきの悪魔は偶然を装い、人間として彼女と知り合いになった。人間の姿をした嘘つきの悪魔は彼女と会うときはいつも身振り手振りをし、なるべく言葉を使わないようにした。何せ嘘つきの悪魔が言った言葉は全てが嘘になるのである。人間の姿をした嘘つきの悪魔は上手く言葉がしゃべれない人間として彼女に会うようになった。
 そんな人間の姿をした嘘つきの悪魔をその女性は何ら差別することなく、周りの人と同じように接した。彼女はとても優しかったのだ。彼女の優しさは彼女の育った環境で育まれた。彼女は幼い頃両親を亡くして独りぼっちになったが、その後ある夫婦に引き取られとても幸せだったと、人間の姿をした嘘つきの悪魔に話した。そんな彼女の姿を見ながら、人間の姿をした嘘つきの悪魔は、ますます彼女のことを好きになっていった。
 そして彼女もまた、いつしかこのどこか不思議な男の事を好きになっていた。何度か会う内に、彼もまた自分のことが好きなのだとわかるようになった。彼女は彼からの告白を待ち続けた。
 一方、人間の姿をした嘘つきの悪魔も、彼女が自分が気持ちを伝えることを待っていると言うことをわかっていた。人ではない彼は、それを知ることは容易だったのだ。
 だが、それと同じ理由で、自分の気持ちを彼女に伝えることが出来なかった。人間の姿をした嘘つきの悪魔は、人間の姿をしているだけの嘘つきの悪魔にすぎないからだ。それに嘘つきの悪魔には時間もなかった。
 嘘つきの悪魔は、嘘をつく事が自身の存在原理である。嘘をつかいない嘘つきの悪魔など、いてはならない。嘘をつかない嘘つきの悪魔の体は徐々に消えかかっていたのだ。
 人間の姿をした嘘つきの悪魔は、ある夜意を決して彼女を公園に呼びだした。そしてやってきた彼女にスワリ、スワリと近づき、彼女の体をぎゅっと抱きしめた。
 彼女はとうとう想い人から愛の告白を受けるのだと、夢のように幸せな気持ちでいっぱいになり、彼の背中に手を回した。
 しかし……
 人間の姿をした嘘つきの悪魔は、ゆっくりと彼女の耳元に顔を近づけ、初めて彼女に言葉を発した。

 耳元で悪魔は囁く。
 厳かに、そして格調高く、この世の物とは思えない恐ろしい声で

『お前はこれからかつて無いほどの不幸に見舞われる。決して晴れることのない暗闇の中で、もがき、苦しみ、恐怖におびえながら過ごすだろう。絶望の中で息絶えるがよい……』
 それから人間の姿をした嘘つきの悪魔は、考えられる全ての不幸な言葉を彼女に投げかけた。
 彼女はその言葉に驚き顔を上げて彼を見た。
 そこには三日月のように口を醜く歪め、喉を鳴らして笑う男の顔があった。彼女はあふれる涙を拭うことなく体を離した後、その男の顔を思いっきり平手で打ち、クルリと背を向けて歩き出した。あふれ出す涙は止まることなく流れ続けた。
 彼女が去った後、人間の姿をした嘘つきの悪魔は、一人公園に佇み、無言で星を見上げていた。
 これでいいはずだ……
 人間の姿をした嘘つきの悪魔はそう心の中で呟いた。
 嘘つきの悪魔は、最近気づいていたのだ。『嘘』という自分の呪いの効果を。自分が発した言葉とは真逆のことが起こるこの力のことを。
 ふと目を落とすと、足下がぼんやりと光り、チリチリと小さな光の粒が煙のように立ち上っていた。嘘つきの悪魔は自分の体が消えていく様をぼんやりと見つめていた。
 悪魔は人間の不幸を望んで呪いの言葉を吐く。その結果がどうであれ、その言葉に悪意が籠められなくてはならない。
 だが、嘘つきの悪魔は、彼女の幸せを望んで呪いを行使した。それは悪魔として許されざる事。それは自分の存在原理を否定してしまう事。それをわかっていて、嘘つきの悪魔は呪いを使った。それは彼を構成する全てを無いことにしてしまう。
 嘘つきの悪魔は、不意に星空を見上げた。

 スワリ、スワリ……
 見上げる星空に悪魔は囁く。
 厳かに、そして格調高く、この世の物とは思えない恐ろしい声で。

『この俺が幸せなど望むものか。この先、彼女の人生に永遠に関わることなどない。悪魔が人間の女と幸せになれるはずがないではないか……』
 嘘つきの悪魔の言葉は、彼の体とともに星空に霧散していった。


 数年後、嘘つきの悪魔が愛したその女性は、一人の男と運命的な出会いを経て結婚した。大きな会社の社長の息子で、それはそれは幸せな結婚だった。二人はとても優しく、お互いがお互いを助け合い、とても幸せに暮らしていた。
 そんな二人に待望の赤ちゃんが生まれた。元気な男の子だった。
 眠る赤ん坊の顔を二人で覗き込見ながら幸せをかみしめていると、ふと男が思い出したようにある話はじめた。それは自分の父親が経験した不思議な声の話だった。
 彼の父は、昔会社が倒産寸前に追い込まれ、自殺使用と決心したのだそうだ。しかし、いざ死のうと思った瞬間、どこからともなくささやき声が聞こえてきて思いとどまったのだそうだ。
 厳かに、そして格調高く、この世の物とは思えない恐ろしい声……
 今思い出しても身の毛がよだつ恐ろしい声だったという。だがその声を聞いたときから、父の身には様々な幸運が舞い込み、会社はどんどん大きくなっていったのだ。
 するとそれを聞いていた妻はびっくりして目を丸くした。そして妻も子供の頃、交通事故で両親を亡くした折りに、病院で聞いた恐ろしい声の話をした。そして義理の父と同じように、彼女もまたその声を聞いたときから様々な幸せが舞い込むことになったのだと。
 二人は顔を向け合い笑った。そして二人は不思議な縁で結ばれていると思ったのだった。
 すると、今まですやすやと寝ていた赤ん坊がゆっくりと目を開けた。二人はその顔を覗き込み優しい声を掛けた。

 元嘘つきの悪魔は、閉じた目をゆっくり開けた。元嘘つきの悪魔は、以前自分が嘘つきの悪魔であったことを全て忘れていた。今の彼は自分が何者なのかもよくわからない状態だった。
 元嘘つきの悪魔だったモノは、よく見えない視力で目を凝らした。するとそこには自分を覗き込む、二人の人間の優しそうな笑顔があった。
 全てを忘れてしまった元嘘つきの悪魔だったが、何故かその二人の内女の顔に見覚えがあるような気がした。だがそれがどうしても思い出せなかった。何度も何度も思い出そうとしたが、それはどうしても思い出せず、そのうちイライラして思わず声を出した。
 自分でもびっくりするぐらいの大きな声で、それにまたびっくりしてさらに大声を出して叫んだ。
 するとその女はゆっくりと元嘘つきの悪魔の背中に手を滑り込ませ、優しく抱き上げた。とても優しいその手のぬくもりを、元嘘つきの悪魔は何故か知っていた。
 暖かく、優しい感触。
 その感触は、どこか夜の公園で抱きしめたある女の感触にとてもよく似ているのだが、元嘘つきの悪魔がそれを思い出すこともなかった。

 呪いは【祈り】は成就された……



おしまい

2011/10/08(Sat)15:18:38 公開 / 鋏屋
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■作者からのメッセージ
初めましての人は初めまして。いつもつきあってくださる方は毎度どうも。
 鋏屋でございます。
 これは以前書いてボツにした短編です。たまたま今書いてる企画モノのキャラ名をストックから探すため、ボツリストを漁っていたら妙に引っかかってちょっとだけ手を加えてみました。もうホントただ書き綴っただけって感じですけど、誰か一人でも面白いって思ってくれる…… かなぁ?
 例の企画の学園モノも書いています。でもアレはもうちっと煮詰めてます。しかしなかなか時間が無くて……(汗っ!)
 でも殿様生徒会は確実に終わらせますよ、ハイw  他のは…… ま、ぼちぼちです(マテコラ!)
 鋏屋でした。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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