『時の流れに見る人影 後編』 ... ジャンル:時代・歴史 恋愛小説
作者:十五人                

     あらすじ・作品紹介
なんやかんやで宴が開かれ、そこで雅幸様の心中と「時雨」について、小太郎は知ることになる。朱鷺姫様から、さらにある事実も伝えられる。実は時雨は死んでいた!?朱鷺姫様と時雨は……!?紅緒と如月、そして神無。3人の物語は幕を閉じる。前編に比べて、地味にシリアス展開でいきます!目標はハッピーエンドで!「ま、まんほうる?」

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「皆の衆、今宵は無礼講だ。飲めや歌え!」
 あれよあれよという間に(俺は全く話が分からないまま)話は(雅幸様方の間のみで)まとまり、気がつけば、俺は大広間の上座に一番近いところ…雅幸様の隣に座って酒の酌をしていた。
 最初に俺が気がついた、つまり俺が寝ていた部屋とは違う部屋だがこれまた広い。それに、天井画や掛け軸、華など先ほどの部屋よりもっと豪華で華やかな感じがする。たくさんの行灯などが辺りを照らし、どこからか香の臭いと微かな酒の臭いが周囲に充満している。あまり、悪い臭いではない。 
 そして、その広い大広間には数十人の男達が並んでいる。皆一様にちょんまげを結い、カチッとしたたかそうな着物を着ていて……。その景色を見るのも大分慣れてきたと同時に、江戸時代に来たという絶望が俺の心に覆い被さる。その場の全員の前に膳が並べられ、どこかの宮廷料理のような豪華和食ととっくりとおちょこがその上に乗っていた。女中が度々、替えのとっくりを運んでいく。皆、周りの者達と楽しそうに話したり、笑ったりしている。中にはまだ宴は始まったばかりだというのに酔いが回って眠っている者、踊り出す者も居る。明るく楽しい雰囲気が満ちていた。その景色を見ながら俺は思った。きっと現代社会では、おそらく見られない光景だ。
「……良いところだなぁ。みんな楽しそうだ」
 思わず思った事が口をついて出てきた。はっ、と気がつけば、雅幸様が俺の顔を見てにんまりと笑っていた。
「そうか?ならば良い。私の自慢の部下達ばかりだ」
 その顔は本当に満足そうだった。そう言いながら、ぐい、と酒を飲んだ。
「だ、大丈夫ですか?未成年、とかこの時代には関係ないのかも知れませんけど……、酒はあんまり良くないっぽいですよ」
 素直にそう言うと、雅幸様はきょとんとした。そして、懐かしむように眼を細めた。
「本当にお前は時雨のようだ」
 内心、言っちゃまずかったかとヒヤヒヤしていた俺は、ほっと息を漏らした。良かった、お節介じゃ無さそうだ。雅幸様は、また部下達の方へ目を向けた。その目は美しく真っ直ぐで、でもその中にえもいわれぬような哀愁を帯びているように感じた。俺は何も言えなくて、いや言える言葉が思いつかなかった。俺はこの人について何も知らない。仕方なく、俺も男達の声の方に焦点を合わせた。わいわいとした、男達の祭りのような騒がしさにかき消されることなく小さな、本当に小さな声が聞こえた。
「時雨は、死んだんだ」
 は、とその声のほうに、雅幸様のほうを見れば、彼はまだ男達の方を見ていた。そのまま、ただ、ポツリポツリと言葉を紡いでいく。
「戦で、俺を守って死んだ」
 そうか、そう言うことか。皆が俺を見て驚くのが分かった。時雨さんと瓜二つだったからじゃない、死んだはずの時雨さんが生き返ったから驚いたんだ。そして、この人が『俺』と自分の事を呼ぶのを初めて聞いた。いつも『私』だった。
 さっきの一言で少し、雅幸様の瞳が揺らいだのが見て取れた。……俺にはほとんどその気持ちは分からないけど、きっと目の前で人が死なれたら……。それが自分を守るためであったなら……。小さな声は更に、弱々しくなった。
「時雨は、俺の唯一無二の親友で、兄のように慕っていた」
 俺と、同じ顔の時雨さん。親友で兄のようで、そんな人が目の前で死んで、そんな事になったら俺は、俺はどうするんだろう。ただ、彼の横顔を見つめる。
「元々、俺には実の兄が居たのだ。家は当然、兄上が継ぐものと思っていた。兄上は何でもできる優秀な人だった。次男の俺には乳母すら目を向けず、食事は最低与えてくれるくらいだった。いつか、良家の、朱鷺姫の婿になるだけだった俺に、時雨だけは兄のように、友のように慕ってくれた」
 雅幸様は、騒がしい男達の方をただ真顔で眺めていた。口だけが動いているようだった。彼のその唇から微かに漏れる言葉には、悲しみのようなものがにじみ出ていた。俺は切なくなって、でも耳をふさぐこともできなかった。
「共に城下にも内緒で行ったし、共によく遊んだ。二人で居ない時間など、寝るときくらいだった。朱鷺姫とも、幼い頃からよく遊んだ。昔は朱鷺姫と時雨も、とても、仲が良かった。でも、いつからか、朱鷺姫がきつく時雨に当たるようになって……、そうだ、兄上様が事故で亡くなられて……、俺に目が向けられるようになって」
 目の前で長い睫が伏せられた。瞬きすることも忘れて、その様子を見ていた。その姿はどうしてか、とても小さく見えた。そうか、部下達には分からないように、ずっと傷ついていないように尊大にいつも通り振る舞ってきたんだ。本当は、心を深く深くえぐられた……孤独だ。ゆっくりと俺の方を向いた彼は泣いていた。しゃくり上げるでもなく、ただ静かに。涙に濡れた瞳が俺に突き刺さる。
「お前は……時雨、じゃ、ないん、だよなぁ?」
 少しだけ、頬に赤みが差している。おそらく酒が回ったのだろう。でなければ、きっと彼はこんな事は言わないだろうと、何となく、何となく分かった。
「さっき……お前は俺に酒について、少し咎めたな。誰も、俺を、叱りはしないのだ。お前と時雨だけだった。俺が何をしようが、誰も何も叱りはしない。俺は、当主だ。誰も叱れはしない。時雨……だけ、だった」
 その瞳から涙の雫が次々とこぼれた。わいわい、がやがや、男達の騒ぎ声がやけに遠く感じた。きっと誰もこの静かな涙に気付ていないだろう。俺だけが、見た涙。
「お前と時雨は似ている、んじゃない、同じ、だ。そっくり、全部、同じだ。髪も目も言葉も仕草も……。し、ぐれ……名を呼んでも、来ない。なぜ、死んだ。俺を、殺すな……っ。あの時刺されたのが、俺、ならば……どんなに、幸せ、だったろう」
 すいません、俺、俺はそんな時雨なんて名前じゃないんです。貴方のことも全く分からないんです。そう言えたらどんなに楽だろう。彼も誰も皆、俺をその死んだはずの時雨さんと間違えるほど、その人にそっくりだと言う。一瞬だけ、記憶が戻ったようなふりでもして、どうにかして目の前の人の悲しみを癒せないかな。……ごめんなさい、やっぱり俺は俺で、時雨さんじゃないんです。言えることは一つ。
「貴方は、生きなきゃいけないと思います。時雨さんが生かした命です」
 綺麗事だ。俺は目の前で兄のような親友を失ったことはない。彼の悲しみは俺のこんな一言でなくなるようなものじゃないとも分かっている。でも、今、この人に言わねばならないと思った。
「本当に、お前は、時雨に似ている」
 雅幸様は、眼を細めながらそう言って、俺の髪を撫でた。


「えーっと?角を、右に曲がって……えーっと、何番目だっけ、えー?五番目か三番目だったかなぁ……あれ?」
 あの後、雅幸様に朱鷺姫にも会って欲しい、と頼まれたからその朱鷺姫様の居る部屋を訪ねようとしている訳だが……。道に迷って、正直この道で合ってるのか分かりません。くっそ、ここどこ!?どんだけ広いんだよぉ!?下手したら学校級だぞ、この広さ!手に持った蝋燭がそろそろ燃え尽きようとしている。これは、早く急がねば。
 ふ、と立ち止まる。一瞬、良い香りがした。甘い香りだった。自分の右脇にある扉から漂ってくるその香りはまるで俺を誘っているように思えた。足が自然とそちらへ向く。
 一瞬、俺は動きを止めた。あの俺を忌み嫌うような朱鷺姫様の視線が思い出されたからだ。まぁ、でも、本当にここが朱鷺姫様の部屋とも限らないし……。み、道を聞くだけ、聞いてみよう。コツン、と小さくノックした。引き戸がス、と開いた。
「すいません、ここどこか教え……」
「時雨さま……っ!」
 俺の言葉を遮るようにして、小さな、澄んだ声が聞こえた。蝋燭の火が燃え尽きた。辺りは闇に隠されて何も見えない。分かるのは、甘い香りと、部屋の窓は開け放たれ、夜風が涼しいこと、そして誰かが、俺に抱きついているということだけだった。
 カシャン、かんざしが落ちた音がした。結い上げられた長い髪が肩に散った。細い腕が、俺の肩を抱きしめている。俺は、誰がそこにいるのか、全く見えなくて分からなかったが、少しそんな気がした。
「……もしかして、朱鷺姫、様……です、か?」
 雲に隠れていたのであろう、大きな満月が顔を出した。青白い月光が部屋の窓から差し込む。俺と彼女の二人をそこに映し出した。赤い着物に、艶やかな黒髪、白い肌に大きな黒い瞳。そこにいて、俺に抱きついていたのは、紛れもない、朱鷺姫様だった。その瞳に、俺は釘付けになった。彼女は優しく微笑み、ぎゅっ、と一度強く抱きしめる手に力を込めた。まるでそれは、最後の別れを惜しむように。
「どうぞ、お部屋に」
 ひらり、舞うかのような素振りで、朱鷺姫様は俺を部屋の中に連れ込んだ。その顔は、初めてあったときのように嫌悪感に包まれてはいなかった。部屋の中を奥へ奥へと進むにつれて、甘い香りは増していく。その部屋は畳10畳ほどの部屋で、随分と質素なものだった。木の壁、古い畳に水墨画が1枚壁に掛かっているのみ。家具も何もない。ただ、大きな窓から見える月だけはとても綺麗だった。辺りに明かりはなく、二人を照らすのは月光の青白い銀色の光だけだった。それで充分だった。
「部屋に入る仕草も全て、本当に時雨様みたいですわ」
 朱鷺姫様が笑った。それは花のように美しく、儚い。俺はその笑顔に照れてしまい、少し頬が熱くなるのを感じながら、そうですかはははと乾いた笑いを漏らした。
「ふふ、そうですわ。もし、雅幸様が飼えもしない子犬を連れてきたら貴方はどうします?」
 突然の問いに目を丸くしていたら、また目の前で彼女は笑った。少し考えて、こう答えた。
「自分が飼うと言って、雅幸様に見つからないよう里親を捜します」
「ほら、それも時雨様と同じ答えだわ」
 なんだこれ、二人っきりの部屋で……なんか照れるな。赤い着物に流れる黒髪が、いやに色っぽく見えて、思わず目を背けた。
「じゃあ、もし私が、貴方を好きだと言ったら?」
「俺には、そんなっ! 貴方はもったいないですよ! 雅幸様って、もっと良い人が、貴方には既にいるじゃないですか」
 素直に思ったことを言ったつもりだったのだが、その言葉を聞いて朱鷺姫様は少し悲しげにうつむいてしまった。あれ、時雨さんと答えが違ったかな……。気まずくなって、話題を変えようと試みた。
「……ここは?」
「私の……元は時雨様のお部屋でした」
 俺の問いに、顔を上げてとても優しく彼女は答えた。そう言えば、なぜ急にこんなに彼女が優しくなったのだろうか。このことに疑問を持っていることを悟られたのか、その唇から凛とした音が漏れた。
「疑問を、お持ちですね」
 俺は一度だけ頷いた。あの、と言おうとした俺の唇に、朱鷺姫様の白く長い指が添えられた。しぃ、とまるで子供を、静かにとたしなめる母親のようだ。朱鷺姫様は雅幸様と同じ目、哀愁を帯びた目で俺を見た。
「……やはり、貴方は、どんなに似ていても時雨様ではないのですね」
 また、だ。俺はなぜかその言葉を聞かされるたびに、胸が苦しくなる。俺は、時雨さんじゃない。思わずうつむいた俺の顔を、まるで飴細工を扱うかのようにそっと優しく掬い上げた。目はまだ、悲しみに満ちている。
「知りたい、ですか」
「何をです?俺は……」
「時雨様について」
 突然、朱鷺姫様が俺に言った。俺とそっくりな人、雅幸様の親友、戦でなくなった人……どんな人だろう。気がつけば俺は、はいと答えていた。朱鷺姫様が頷く。それから、大きな満月を仰ぎ見て、ひとつだけ息を吐いた。
「時雨様は、雅幸様の親友であり参謀であり将軍補佐でした。私も幼い頃はよく、このお屋敷に遊びに来ていましたが……あの方々が二人一緒でないときなど、殆どありませんでしたわ」
「……雅幸様に、聞きました。兄のようであったとも。それで……その、朱鷺姫様、が……」
「えぇ、時雨様と会うときは少し、厳しく嫌ったようなフリをしました」
 ただ淡々と語る彼女の顔は、微動だにしなかった。俺は、あまりその瞳を真っ直ぐに見ることができなかった。見てしまえば、まるで俺まで悲しみに包まれてしまいそうだと思った。
「フリ、とは?」
「……私は、し、時雨様を……大変恋いお慕いして、おりました」
 その時初めて、彼女の顔が淡々としたものから苦しげなものに変わった。違う、苦しげ、じゃない。あふれる涙を堪えているんだ。
「わ、わた、くしは……っ、雅ゆ、き様と、結ばれる、身ですっから……っ」
 そうだ、この人は雅幸様との婚約を義務づけられていた。彼女の目から涙がこぼれた。その雫は止むことを知らずに、次から次へとあふれ出してくる。俺はその雫を、拭う術を知らない。
「丁度、お兄、様が、亡、くなられて……うっ、う、時雨様、は、私、に……、この、ことが、露見、しては、雅幸さまっ、が、せっかく、っ、当主、にぃ、なっ、なれ、るのに……あ、ぶなく、なる、と……お、おっしゃって……っ、じぶ、んには……、冷たく、接し、ろと」
 彼女は肩をふるわせた。時雨さんに急に、朱鷺姫様が冷たく接するようになった訳がここにあった。そして、俺にだけ、嫌悪感をあらわにしてきた理由も。時雨さんは……主の許嫁を自分が盗る訳にはいかない、どれだけ愛していようとも。
「い、一度だけ、愛していると、私に伝えて……っ、下さいました」
 彼女の顔が少しだけ、綻んだ。きっと、二人は相思相愛、ただ、少し結ばれるのには障害があった。時雨さんにとっても雅幸様は、弟のような大親友で大切な人だったに違いない。時雨さんは自分の愛よりも、大切な人を選んだ。雅幸様の当主になれる機会、美しい嫁、平穏な生活……彼は義を尽くした。
 朱鷺姫様の声は、震えている。最愛の人は、自分と朱鷺姫様の幸せよりも雅幸様を選んだ。彼女の目から出た水が、畳に小さな丸い雫を落とした。月光を浴びて輝く。
「その後、し、時雨様は……雅幸様のために命を落としました。雅幸様を、憎んで、などいません。雅幸様、は、嫌いではありませんでした。しかし、私には、私には……っ!」
 後悔と自責の念、悲しみは止まることを知らず、それが洪水となって俺の心に溢れてくる。俺は息をのんだ。
 好きな人ができた、その人とは結ばれてはいけない、その人は死んで……そこへ俺が来た。そっくりの、全く同じの男が。今の雅之様と、朱鷺姫様の心情は正直言ってあまりわからない。想像することしかできない。俺は……本来なら、ここにはいないはずの存在だ。なんの運命の、神様の悪戯だろうか。
「俺は……」
 朱鷺姫様の涙を目にめいいっぱい溜めた瞳が俺をとらえる。
「時雨さんじゃないです。酷とは思いますが、貴方の話を聞いてどうすることもできません。でも、俺の話を聞いてもらえますか?」
 朱鷺姫様は何を言っているのかわからないと言ったような顔をしていたが、やがてゆっくりと小さく、はいと言った。ここにいるのは、雅幸様と一緒だ。一人の小さな孤独。
「俺と、時雨さんが似ているのなら……俺が話したいことも時雨さんが言いたかったことと似ているかもしれません」
 違ってたら、申し訳ないんですけど……なんて軽い調子で笑ったら、大丈夫ですと強いまっすぐな目で彼女は言った。その目にもう、涙は無かった。ぽつり、俺は言葉を紡いだ。
「俺には、時雨さんはただみんな幸せでいてほしかっただけだと、思います。二人とも、時雨さんには、大切な人だったんです。それは貴方もお分かりでしょう?でなければ、誰かのために死ぬことも愛していると囁きも、きっとしないでしょう。
 この時代は残酷で、身分とか許嫁とか?に縛られながら、時雨さんは確実な幸せを貴方と雅幸様に託して亡くなったんです。皆さんを泣かせるために、時雨さんは亡くなったはずじゃなかったと思いますよ。少なくとも俺は、泣き顔より笑顔が見たいです」
 自分だけ何も知らないのに語っちゃってすいません、と少し頬を赤くしながら付け足した。俺は満面の、できるだけ最高の笑顔を見せた。それを見て、朱鷺姫様も笑った。そして、泣いた。声を上げて、泣いた。
「これが、これが最後だか、ら……っ!し、時雨、さまぁ……っ!!」
 雅幸様がしたように、俺も朱鷺姫様の髪を撫でた。
「未来の日本では、身分も戦も何もかもなくなってて自由なんです。ここも素敵な世界だと思いますけど、未来もいい所だと、思います」
 許嫁とか、そんなくだらないしがらみが無かったら。悲しい戦が無かったら。みんな笑っていられたかな。


 目を開けると見覚えのない天井が目に入った。気がつけば俺は、布団に寝かされていた。あれ?デジャヴ?いや、この天井は見覚えがあるぞ?最初に俺が寝ていた、雅幸様達と会った部屋だ。そうか……よく覚えてないけど、あのまま俺、眠っちゃったんだ。多分、誰かが俺をこの部屋まで運んで、布団に寝かせてくれたんだろう。……昨日はいろんなことがあったな。俺、すっかり忘れてたけど……ここ、江戸時代だろ?どうやって帰ったらいいんだろうなぁ……?このまま帰れなかったらどうしよう……?母さんや父さんも心配してるかなぁ……?
「川下殿ぉ!」
「うわぁっ!!!!……ってあれ?ま、さゆき様?」
 いきなり耳元で大声を出されて、つい、飛び跳ねてしまった。振り返れば、そこにいたのは好青年が相変わらず大声で笑っていた。その後ろに、くすくすと小さく忍び笑う朱鷺姫様も。
「酷いなぁ、俺、朝は弱いのに……」
「ここまで運んできた私に対する礼も無しか」
「あら、侍女達が運ぼうとしたのを、無理矢理自分が運ぶと言い張ったのはどなただったかしら?」
「と、朱鷺姫っ!」
 そのまま、三人で笑った。雅幸様が、あの頃に戻ったみたいだと言った。その顔は晴れやかで、なにか吹っ切れたようだった。俺は、嬉しかった。
「あの頃と言えば、昔偽名を作って城下に三人で遊びに出たこともありましたわね」
 思い出したように、懐かしむように、その声に雅幸様も頷いた。朱鷺姫様が続ける。俺はその話に聞き入った。朱鷺姫様はほぅ、と少し頬を染めて、大切な宝物でも自慢するようにあたたかく……。
「雅幸様が如月、時雨様は神無。それぞれ生まれ月から取ったのよ。なのに、私も雅幸様と同じ月だったから、私の好きな紅色から取って、紅緒と時雨様が名付けてくださいました。紅葉の盛りで、みんなで城下に出て甘味を食べて……」
「時雨だけぐったりしていたな。若、帰りましょうよぉ、とごねていた」
「貴方が楽の稽古を抜け出して、無理矢理時雨様を引っ張ってきたからでしょう?」
 その話を聞いて俺は、ハハハと乾いた笑いしか出てこなかった。あぁ、時雨さん……気の毒に。なんだか頭の中に当時の風景が映し出されるようだ。幼い三人が、紅葉の散る中駆けていく。それはとてもキラキラしていて……。
「紅緒に、如月」
 二人が、俺の方を向いた。口が、なぜだか勝手に動く。止めようとしても止まらない。まるで何かに操られているようだ。あれ、どうした……?意識が遠のいていく……。周りの景色が、二人の顔が、ぼやけて見えない。あぁ、真っ白に溶かされていく。

「かたじけない」

 遠のく意識の中、そう言ったことだけはやけにリアルに、鮮明に覚えていた。時代劇くらいでしか耳にすることの無いこの言葉、正直言ってあまり意味も知らないこの言葉。えーっと、申し訳ないとか、そんな意味だっけ。なんてぼんやり考えていた。どうして俺の口はこの言葉を紡いだのか、分からない。ねぇ、もしかしたらさ、時雨さん……?



「いったぁーーーーーーーーーーーっっ!!!」
 珍しく、ファンタジックでメルヘンな感じのことを考えていた俺の顔面に、突如ものすごい衝撃……いや、痛みが走った。いたたたたた、こりゃモロにいったぞオイ。気がつけば、俺はマンホールに顔をぶつけたのだと分かった。ま、まんほうる?
「え、あれ……俺、戻って、きた、のか……?」
 制服に学生鞄、周りは巨大なビル群で無論道行く人々もちょんまげでもなんでもない。元の……世界!え、でも、さっきまでの世界は!?朱鷺姫様と雅幸様は!?あの波乱に満ちた一泊二日の旅(?)は何だったんだぁ!?ちゃんと全部覚えてる、俺の頭がおかしい訳では、いや、おかしいのか!?時計を見れば、俺が転んだ時の時間から一秒も進んでいなかった。
「一体……何だったんだよぉ……」
 へにゃり、とコンクリートの地面にへこたれた。と同時に、周りの人たちからの視線に気がついた。
「うわっ!?」
 いきなり転んでマンホールで顔面強打、立ち上がったかと思えば戻ってきたの何だのと、そしてまたへたり込む。これじゃ、ただの変な人じゃないか!なんだか猛烈に恥ずかしくなって、そそくさと俺は駅へと走っていった。



「は、初めまして。この学校に転校してきました、川下小太郎です。よっ、よろしくお願いしますっ!」
 学校になんとか辿り着いて、先生に促されるまま自己紹介をした。噛み噛みで、緊張して今にも震えそうだ。担任になるらしい男ののほほんとした先生は、のほほんとした調子で一人の男子生徒を呼んだ。
「黒瀬、こっちへ出てきなさい。川下君、この子が学級の委員長だ」
 後ろの方の席から立ち上がった、好青年。その顔立ちは見たことがあった。俺は目を丸くした。凛とした、たくましい好青年。彼もこちらを見て、同じように目を丸くした。なんだ、知り合いか?と、これまたのほほんと先生が笑う。
「お、俺の名前は黒瀬、黒瀬如月です」
 お願いしますと頭を下げた青年は、もう一度俺をちらりと見て快活に笑った。如月、雅幸様……ってことは……!黒瀬君があごで右の方を見るよう促した。そちらに目を向けると、一人の女子生徒が。
「私が副学級委員長の、新城紅緒です。よろしく、川下……君」
 可笑しそうに笑う、黒い髪を一つにまとめた女子生徒が自己紹介した。その顔にも見覚えがあるよ、朱鷺姫様。



 後日、学級にあった古文辞典でとある語を調べてみた。そこには
「かたじけない。意味は、もったいない、はずかしい、感謝の気持ちでいっぱいである……」
 神様も粋なことをしてくれるもんだ。紅葉の季節には、だれかへ線香をあげよう。

2011/07/19(Tue)16:48:16 公開 / 十五人
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■作者からのメッセージ
ここまでお読みくださりありがとう御座いました!
……なんか、恥ずかしくて……読み返せないです……!
誤字、脱字なんでも申し付けください!アドバイスとコメントもくださると大変嬉しいです。
相変わらず、ぐだぐだな文章だったと思いますが、少しでも楽しんでくだされば幸いです。
では!

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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