『楽園のサジタリウス〜前編』 ... ジャンル:SF ファンタジー
作者:紫静馬                

     あらすじ・作品紹介
人は、誰でも“楽園”を欲する。思想や宗教という衣を纏って。あるいは個人の空想として。そしてその多くが、幻想であると知らずに――現実に疲れ果て、楽園を求めた少年は、ある日突然違う世界、メガラ大陸へと召喚された。そこは異形の怪物と、鋼鉄の巨人が闊歩するいびつな世界だった。何故自分はこの世界へ訪れたのか? それに何か意味はあるのか?答えを求める少年は、まだ知らない。神の力を宿した魔神との出会いと、それによって揺らぐ数奇な運命たちを――

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   OPデモ 狙撃手(スナイパー)は兎を狙う

 子供の頃聞かされたお話で一番興味を持ったのは、兎を追いかけた少女が奇妙な世界に迷い込む話だった。
 好きではいたものの、少女がどうしてどんどんその世界の奥深く行くのかわからなかった。自分なら、そんなわけのわからない世界に行かず、すぐ戻ると思ったからだ。当時自分がいる世界に不満も何もなかったから当然ではあるが。
 その後少しして、別に兎を追いかけたわけでもないのに自分の世界をなくしてしまうとは想像もしていなかった頃の、懐かしい思い出である。
 あれからしばらく経ち、自分もずいぶん成長した。しかし……
 まだ俺は、兎を見つけられていなかった。

(右方向、砲弾一発来ていますよ)
「……おっと」
 男が物思いに耽っていると、自分の真横に八十センチ砲が降ってきた。
 通信されずとも男にはわかっていたが、回避するまでもない代物と判断し無視した。砲弾は見当違いの方向へ飛んで着弾、遠すぎて爆風も問題なし。軌道計算怠ったようだ。
(ドーラ型カノン砲なんてずいぶん懐かしいもの持ってきますね。あれ、威力は最強ですから、アウトレンジから貴方を仕留める気だったんでしょ)
「その代わり、チャージタイムが壊滅的に長くて、搭載したら大型機でもまともに歩行できない欠陥兵器だけどな……さて、こっちの番だな」
 男の両足の裏に生やしたキャタピラを駆動させ《サジタリウス》を再起動させる。すでにカノン砲搭載機は照準に入れてある。崖上からのセオリー通り単調な狙撃、発射位置など男にはすぐ読める。
「砲撃ってのはこうやるんだよ……喰らえ!」
 男が叫ぶとともに、右肩部の四十六センチ砲が轟音を上げた。一、二……着弾。ドーラ型カノン砲搭載機は爆発し、大きく浮かび上がった。
(ぱちぱちぱち〜。おみごと〜……とはいかないみたいですよ?)
「ん、え!?」
 からかったような言葉が表示された刹那、センサーに敵機の表示が浮かんできた。七、八……十か。どんどん増えていく。
「さっきのは囮かちくしょう!」
(でしょうね〜。大砲で勝負すれば、貴方が接近して撃ち込んでくると予期してたんですよ。ずいぶん易々と引っかかったもんですねトリガーハッピーさん?)
「誰がトリガーハッピーだ! てか、お前ならもっと早く気付いたろうが、言えよ……っと!」
 などと喚いている場合ではない。《サジタリウス》は遠距離戦なら無敵だが接近されたらほとんど無防備。けん制して距離を開くしかない、と男は即決する。
「ミサイル! 狙いはいらん!」
 脚部キャタピラを旋回させながら、右肩部の多弾頭ミサイルを乱射する。包囲網に切れ目ができた。両腕部のガトリングを吹かせながら突撃する。――抜けた。
「やれやれ、間一髪」
(にはなりませんねえ。今ので一機も撃破されてないし、まだ追っかけてきてますよ)
「……知ってるよ。言ってみただけ」
 わざわざそんなこと書きこまれるまでもなく男は理解していた。べつにそんなもの期待してなかったから結構だが、十機以上の敵がこちらに迫ってるのはまあ、見ていて面白い光景ではないと男はため息をつく。
「てか、んなこといいからさっさと敵の分析と対処法教えろよ。それが仕事だろ」
(仕事とは違う気もしますけど……まあいいでしょ。とりあえず今言えることは、こいつら一つのチームじゃなくて、フリーか小規模なチームが徒党組んだものなのは一目瞭然ですね。だって十三機とも連携というものがありません。俺が俺がと無闇に突進してきて、機体同士衝突しちゃってます。ずいぶんモテモテですこと)
「こんなのにモテたって嬉しくねえよ。それを狙えばどうにかなるか……フィールド」
(右斜めぐらいにドルトネル峡谷がありますよ。谷間には小さい道も)
 フィールド、だけで男の意図せんことを読んだのか、よどみない返答がきた。忌々しくも『彼女』と男はとも長い付き合い。へっと悪態をつきつつ、《サジタリウス》の機体を崖の合間に飛び込ませた。
 谷間というからには本当に細い道だ。大型機に入る《サジタリウス》でやっとの隙間。無論十機が突入するスペースなどあるわけもなく……
「――渋滞、と」
 入り口でガシガシぶつかり合ってる様がセンサーに丸写し。アホかと男は鼻で笑う。
(おお、まるでバーゲンセールに群がるおばちゃんのよう)
「銃器や鈍器持ってるなんて、ずいぶん血生臭いバーゲンセールだこと。おらよ」
 ボケにつまらないジョークで返しつつ一時停止、固まっている奴らを四十六センチ砲を乱射した。砲弾など選びもしない。
 至近距離だからすぐに命中した。爆発、一機撃破。続いて二機目、三機目と連鎖爆発を起こしていく。よほど重装備だったか高ジェネレーター積んでいたかかなり誘爆した。
(三機撃破、四機中破二機が小破しました。でも向かって来てますよ)
「今度は整然と並んでやがる。さすがに学習したか」
(で、どうしますシリアさん? 残り十機、一応追い詰められているのは貴方です。崖から抜けるのももう間もなくでしょ? この狭い隙間から抜け出して、散開でもされたら面倒だし、重装甲重武装の《サジタリウス》じゃ逃げ切れないでしょう)
「……こんなとこばかりシリアかよ。てかこの場にいるんだろ? ちったあ助け舟出せよティンカーベル」
 そう男――シリアと呼ばれた者はセンサーに表示されている十一機目に毒づくが、それはこちらの上を飛んでるだけで援護どころか何もしない。テンプレのようなこの会話にシリアは既に飽きていた。
「しゃーない。出てっちゃやられるんなら、今のうちに仕留めるか」
 ドォンという轟音と、モニターが大きく揺さぶられるのに合わせて砲弾は発射された。弾は即座に命中し……否。
「弾いた!?」
 あり得ないとシリアは思ったが、モニターからの表示ではそれしか考えられなかった。直撃したはずの敵機は健在、どんどんこちらと距離を詰めていく。
「な、なんだ、どうなってやがる!?」
(《イージスの盾》ですね)
 動揺するシリアに対して『彼女』から落ち着いて分析した文字がすぐさま出てくる。
「《イージスの盾》? あの防御力は最強だけどそれだけで搭載スペースほとんど費やしちまうアレか?」
(だったら四十六センチ砲くらいじゃどうにもなりません。チームワークないと思ってたのは間違いでしたか。あるいは、この方だけ小さいチームを組んでいるのかもしれません。まあどっちにしろ、あれじゃ攻撃一切意味ないです。ドーラ型カノンか、レバ剣くらいないとダメージも与えられません)
「そんなもん持ってるか。戦法を改めるか……」
 ツバを飲み込んだ。危機的状況だというのに、シリアの全身にはピリピリした寒気が生じてた。シリアはいつも、この瞬間を待ちわびている。自分が最高に昂る、この瞬間を。
(浸ってないでさっさとぶっ倒しちゃってくださいよ)
「いちいち突っ込むな! 今ノッてるんだから!」
 水を差されつつモニターに注視すると、周囲を覆う岩壁に目が止まった。それを確認すると、シリアはすぐ戦術を決めた。
 右肩部多弾頭ミサイル、及び両腕部ガトリングを構える。
「全弾持ってけ……!」
 ミサイルとガトリングが発射されたと同時に旋回、全速力で後退した。
火線が襲いかかったのは敵機、より上の岩壁。着弾したミサイルとガトリングは、容赦なく岩を砕き岩壁を削り取っていく。
剥がされた岩は重力に従って下へ、敵機の元へ降り注いだ。
(おっと、《イージスの盾》搭載機あっさり撃破)
「いちいち説明されんでもわかってる」
《イージスの盾》の欠点はここにあった。たしかに防御力は抜群だが、それが有効なのは盾の正面だけ。つまり横や後方、ついでに上へは全く無防備な代物なのだ。故にさっきのドーラ型カノン砲と同じく欠陥武器としてもはや相手にされていない。何事も過剰なのはいかんいい例だな、と抜け出したシリアは崩れる音を聞きながら笑っていた。
イージス搭載機は撃破、残りも次々やられていく。念のため何発か砲撃するが、これで終わりとシリアは判断した。センサーの表示が、たった一つになる。
ホッと一息つくと、シリアはマウスとキーボードから手を離してパソコンの横に置いてあった麦茶を飲み干す。
(全機撃破確認、コンプリートですよ。これでまた鉄伝ランキング上がりましたねフレークさん)
「……フレーク言うな、ティンカーベル」
 ドッと疲れを感じてシリアは椅子にもたれかかる。なんとなく嫌気が刺して背を逸らした先には、PCゲームパックが無造作に置かれていた。
『アイアンレジェンド』。今までプレイしていたオンラインゲームの名である。様々な役職になってロボット――じゃなくて何か固有の名称あったはずだが、忘れた――をカスタマイズし、ネット上で多数の人々とミッションをこなすか戦うという、まあよくあるTPSゲームだが、カスタマイズの豊富さとストーリーの重厚さで人気を取り、世界中で十年近く愛され日本では鉄伝(アイアン=鉄、レジェンド=伝説で鉄伝)と呼ばれている。
(まあ大したことない相手でよかったですね。せっかくサーバから貰った《サジタリウス》に傷つけちゃいけませんし)
「……ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと出てこいティンカーベル」
チャットに書き込まれた文字にシリアがため息混じりに呟くと、モニターに今までいなかった機体が現出される。――否、いなかったのではなく、見えなかっただけだ。
 黒い三角帽、黒マントというロボットなのに典型的な魔女スタイルだが、背中には妖精っぽい金色の羽根が生えていておまけに足、というか脚部はあろうことかハロウィンで出てくるあのカボチャ。浮いてるのだからフライトユニットであるが、誰だこんな馬鹿デザインしたのと言わんばかり造形である。
 しかし、こんなものでもシリアのれっきとした相棒、ティンカーベルの愛機《クリティエ》である。戦闘に参加などはしないが、役目は主に索敵や偵察などこちらのサポート――あの三角帽と杖は高性能センサーの役目をもつ。形状は完全にギャグだが――で、《サジタリウス》の支援のためいつもマント型の光学迷彩で姿を隠して浮いている。そっちらの面では優秀だが、この人を小馬鹿にした態度にシリアはどうもうんざりしていた。
(これでライノス領の半分は制圧しましたね。グリードからの報奨金たんまりですよ。まあシルヴィアから依頼されればすぐに奪還するんでしょ?)
「当たり前だろ。傭兵ってのはそういうもんなんだから」
 鉄伝でプレイヤーは様々な職種を選べるが、シリアとティンカーベルはその中で『傭兵』を選んでいた。『アイアンレジェンド』のストーリーで敵対している『シルヴィア王国』と『グリード皇国』の間を金で雇われ行ったり来たり、オンラインマネーの額かその場の雰囲気でどちらかかあるいはどちらでもない盗賊とかに付く。自慢じゃないが腕はいいので引っ張りだこだが、それ故恨みも買っており先ほどのようにわざわざ狙ってくる輩も絶えない。疲れたと肩を回した。
(あ、そうそうフレークさん)
「だからフレークはやめろって。……で、なんだよ」
(ちょっと小腹がすいたので、そこにあるチョコスティック取ってください)
「……そ」
 チャットの書きこみにシリア、もしくはフレークと呼ばれた少年はこめかみをピクピクさせ、傍にあったチョコスティックの袋をむんずとつかんで立ち上がり叫んだ。
「それぐらい口で言えよ麻紀!」
 言い終わるや否や、やけ気味に袋を向かいのパソコンの前に座っている少女に投げつけた。少女は驚くこともなくキャッチすると何事もなかったかのようにチョコスティックを口にくわえた。
「まったく乱暴ですね一機さん、中のチョコ少し砕けちゃったじゃないですか」
「お前がしょーもないことチャット越しに言うからだろ! そんなのキーボード打つまでもねーじゃん麻紀!」
 そうシリア、本名的場一機が柳眉を逆立てても、麻紀と呼ばれた少女は素知らぬ顔でパソコンへ視線を戻した。
三つ編みをツインテールで両端に生やすという触角のような髪型が、大きくて少し垂れた目を隠していた。二つの髪を束ねる向日葵のアクセがついたヘアゴムと、少しのぞいた小さな八重歯などのチャームポイントが可愛くはあるものの、見るものに猫のような印象を持たせる不思議な雰囲気をかもし出している。
その瞳に映る画面には、一機と同じく《サジタリウス》と《クリティエ》が……そう、彼女が一機の相棒であり《クリティエ》の操縦者、ティンカーベルこと間陀羅麻紀である。
この二人、二台のパソコンを向かい合わせて一つ屋根の下でプレイしていたのだ。日付も変わったというのに二人とも同じ高校指定のブレザーなのは、学校から帰って夕飯を一緒に食してからぶっ通しでプレイしているからである。この家は古いが広く部屋は多いので、泊まろうと思えばいくらでも泊まれる。
「にしても、このパソコンスペック悪いですね。最近処理落ちが目立ちますよ」
「文句言うなよ、ただで使わせてやってんだから」
 なんてめんどくさそうに一機が言うと、にやりと嘲ったような薄笑いを見せてきた。
「ただ? 掃除洗濯炊事その他諸々全部やってるのは誰でしたっけ」
「いや俺だってできるわい。お前が勝手にやるんだろうが」
「ほう? 最近は洗濯物どころか食器もなおざりな人がそれ言いますかね」
「……だって、うち食器山ほどあるし」
 何も反論できなくなり、一機は隣に置いてあったボトル麦茶を注いでがぶ飲みする。
 こんな半同棲(一機は断じて認めないが)が始まったのはいつ頃であったか。一機の記憶では高校始まってすぐだから、もう二年近くになる。
 鉄伝自体一機は中学から始めていたが、ある日家のパソコンが壊れて修理に出している間仕方なくネットカフェで遊んでいると、クラスメイトの麻紀にばったり会ってしまった。しかも鉄伝のプレイ画面まで見られ、自分も始めたとか何とか言いだす。

――うちに家は厳しくてやらせてくれないんですよ。でも、ネカフェは金かかるんですよねえ……
――ああそう? 俺んとこじいちゃん住んでた家だけど、今一人だから誰もいないし、パソコンも二台あるけど壊れちゃってさあ、はっはっは……

なんて一機が笑っていたら、気がつけばコンビを組んでこの家でプレイすることに……どうしてこんなことになったのか、未だに理解できない。
 まあ、平日はさすがに高校があるのでせいぜい休日か休日前にプレイしていたのだが、そのためかいつの間にか鉄伝内で一機と麻紀の二つ名は『週末の悪魔』……どこのどいつだこんな名前つけたのと最初聞いた時一機は頭を抱えた。
「あ、そうだ、またメール来てましたよAAから」
「……AA? サーバの?」
 AA……『アイアンレジェンド』の製作者でありサーバの運営企業バルフコーポレーションの最高経営責任者(CEO)A・アールグレイの通称である。十年近くでバルフコーポレーションを大企業にした人物なのに、その顔は知られていない。ネットの噂だと、すごく不細工だとか大怪我で生命維持装置にくくりつけられてるとかいやホントはとっくに死んでいて隠されているだとか、しまいには実在の人物ではなくバルフの役員が作ったキャラクターなどという始末。……ということは、これは空想上の人間からのメールになる。
「またなんかくれんのかな? この前《サジタリウス》くれたみたく」
 一機は少し機嫌よくメールを開いた。AAからメールを貰うのはこれが初めてではない。
 数ヶ月前、連続撃破記録更新とやらをした時、AAから添付ファイルで《サジタリウス》の骨組(フレーム)データが送られてきた。鉄伝のロボットは自由にカスタマイズできるが、こういった懸賞という形で通常では入手できない基本となるフレームが届くことがある。言わば強者の証であり、スペックも他のより上回っている。当時は麻紀が「うちらチームなのになんで一機さんだけ」なんてぼやいて一機は内心いい気分になっていた。
 なので、一機はまた何かくれるのかと期待していたのだが、今回は違った。
「……なんだこりゃ」
 思わず眉をひそめてしまう。
「はい? どうかしました?」
「……なんか変なメール来た」
 歯切れの悪い様子を、変と思った麻紀が画面を横からのぞいてみると、やはりこちらも首をかしげた。
 メールには、こう記されていた。

『現実に飽きてはいませんか?
 くだらないと思っていませんか?
 どこかもっと楽しい、自分の才能が生かせる場所に行きたいと思いませんか?
 貴方を、楽園にご招待しましょうか?
 YES or NO』

「……変な宗教のお誘い?」
「いや、これサーバから来たのだから」
「でも、こんな内容はそうとしか思えませんよ。ただでさえオンラインゲームは最近風当たり悪いんだから、おかしなことされちゃ一プレイヤーとして迷惑ですね」
「風当たり悪いって、あれか? 鉄伝のプレイヤーが突然姿を消したとか? よせよせ、そんな与太話信じる方が馬鹿なんだ。いいから、今日はもう帰るんだろ?」
「ええ。ちょっと明日葬儀か入ってましてね、人出足りないって呼び出されちゃいました」
 麻紀の家は葬儀屋だ。一機と麻紀が在住する群雲市、特にこの周辺には葬儀屋が何故か『間陀羅葬祭会館』一件しかなく、実質的に独占市場らしい。
「商売繁盛結構だな」
「でもないですよ。ボッタクリ同然の商売してたから最近仕事なくて暇だったんです。おかけで弓道部の練習ができるできる」
「……おまえんとこ、定員割れして大会とか行けないんだろ? だいいち時期外れだし」
 あら? なんてわざととぼけながら早々と身支度をして帰っていく麻紀の後ろ髪が向日葵のアクセをポンポンはねさせてるのを一瞥すると、一機は画面を見直した。
「……楽園へご招待、ねえ」
 ふと、一機は視界の端に映った学生カバンを、何の気なしに手にとり中から一枚の紙切れを取りだした。
『進路希望調査票』と印刷された原稿には、手書きの文字は何一つない。
「あー……」
 呻きながら、やたら高い天井をしばらく見上げていると、椅子の上であぐらをかいてキーボードを叩いた。
 奇怪なメールの返信、それに対して一機――鉄伝の中でシリア・L・レッドナウと称する少年は一言、
「……私を飲んで、か」
そう呟くと、本文に『YES』とだけ記した。



   1TURN GAME START?

「――さんっ! 一機さん!」
「……ん?」
 真っ暗な闇の中、激しく揺さぶられて一機はまぶたを開いた。どうやら眠っていたらしい。後頭部がなんかズキズキしていたが、また麻紀が固いもので殴りでもしたのかと。
「っさいな……今起きるから」
「なに寝ぼけてるんですか! 早く逃げますよ!」
「ん、え……?」
 切羽つまった麻紀が、腕を引っ張り上げてきた。まだ視界が回復していない一機はわけもわからず戸惑う。
「おい、なにがどうしたって……」
「どうしたって……上ですよ上!」
 上? どうやらあわてているらしい麻紀の様子がわからず、言われるまま空を見上げてみると、
「――え」
 そこに空はなかった。
 あったのは、毛むくじゃらの十メートル近い巨獣の肉体。白無垢でゴツゴツした肉付きはまるでゴリラだが、こんな巨大なゴリラが存在するわけがない。相貌は紅蓮に染まり、犬歯を剥き出しにしたその様はまさに化け物。
「う、うわぁ!」
 その異形に、一機は思わず腰を抜かしそうになるが、ぐいと引っ張られた腕に促されて走り出す。
「な、なんだ、どうなって……!」
「そんなの、こっちが知りたいですよ! とにかく逃げるんです!」
 困惑する一機に対して、麻紀自身も状況を理解していないらしい。いったいなにがどうなっているのか。走りながらふと、一機は自分と麻紀が高校指定のブレザーを着ていることに気付いた。
 奇妙なことだ。あの日、麻紀は帰ったはずだし、一機も制服を脱いでそのまま寝た。だというのにこれはいったいなんなのか。
 そこまできてやっと一機は、自分たちが走っているのがコンクリートではなく、草が生い茂る土であるのを知覚した。周りは木に囲まれた森、こんなところ群雲市にはない。ますます一機は困惑してしまう。
 ――どうなってる。ここはどこだ? 昨日は鉄伝を終えて麻紀が帰ったらさっさと寝たはず。それで、それ、で……?
「……つっ!?」
 そこで、一機の頭に激しい痛みが襲った。頭部全体を叩き潰そうとするその痛みに意識が遠くなる。同時に、見に覚えのない光景が頭をよぎった気がした。
 ――暗くなった部屋、段ボール箱、『チケット』、それで何かが光って、なに、が……?
 何か、忘れていることがある。一機が悟ったその時、地面が大きく揺れた。
「うわっ!」
「きゃあ!」
 一瞬体が浮かんだ二人はバランスを崩して転んでしまう。その眼前にさっきの巨大な化け物の足が、周りの木々をいとも簡単に踏み砕いて迫ってくる。
「ひっ……!」
 一機は息を呑む。逃げなくてはと思うのに、体が思うように動かない。動揺と混乱が頭を満たしてしまっている。なんで、どうして、なぜ、わからない、わから……
「一機さん、逃げて!」
 麻紀の悲痛な叫びが、化け物の咆哮にかき消された。化け物は、その大きな足で、アリでも踏み潰すかのように一機を――
(うおおおおおおおおぉ!)
 踏み潰す直前の足が、化け物の肉体ごと吹き飛ばされた。化け物と同等の巨体が体当たりをしたのだ。
「な、なんだ……?」
 今起こったこと、いやそれならば先ほどからのこと全てだが、にわけもわからず呆然とする一機。とにかく、巨体が過ぎ去った先に視線を向けると、
「――え」
 そこには、巨大な野獣と組み合っている、同じく巨大な人間がいた。――否、これは人間ではない。
 全身鎧、フルプレートアーマーとかいう名の鎧に包まれた体躯には生き物の気配は感じられない。尖った印象を持たせる銀色の鎧は西洋の甲冑そのもの。兜には王冠に刺さった剣の紋章が刻まれている。羽織られた真紅のマントが押し合うたびに揺れ、腰にはロングソードが吊るされていた。
 これはなんだ? 一機がいくら考えても、混乱しきった頭で浮かぶものではない。と、そこでその鋼鉄の巨人から声がした。
(何をしている! お前らさっさとここから逃げろ!)
 一機は目を見開いた。明らかにその声は、眼前の鋼鉄に包まれた巨人からしたのだ。高く澄んだ、女性の声。とてもこの鉄の塊から出たとは一機は信じられなかった。
 いや、そもそもこの甲冑型の巨人は何だ? 一機の見立てでは生命体の気配は感じられず、少なくともこいつは生きていないとわかる。だがこれからたしかに声が……こいつ、は?
「だから、ボケーっとしてないで逃げますよって!」
「うおっと!」
 何か気付きかけていたが、麻紀がまた一機の手を取って駆け出した。そこで、視界が開けた。
「……!?」
 森から出た二人が目にしたのは、巨人たちの戦場だった。
 無色の毛を逆立てた化け物が、先ほどと同じ甲冑に包まれた巨人と戦っている。その鎧の巨人は白銀の巨人と違い全体的に丸みを帯びており、装甲は深い海のように碧く輝いていた。
しかしその美しい巨人は剣を持ち、その刃で野獣を斬り裂いて絶命させた。またあるものは十メートルはある自身に勝るとも劣らない長さの槍を野獣へ刺し貫いた。
「な、なんですかこれ……」
 さすがの麻紀も目を見開いている。無理もない、一機だって自分の目が狂ったんじゃないかと疑っている。
しかし、一刀により断ち切られた巨獣が泣き叫ぶ声は耳に響き、肉片と己そのものが地面に崩れ落ち生じた揺れは足元から伝わってくる。そして、辺りに散らばった赤い鮮血からは強烈な鉄の匂いが湧きあがってきている。
この光景は、まさしく現実。さながら二人は、巨人の国に迷い込んだガリバーだ。
「――とにかく、逃げますよ。こんなとこにいたんじゃ、いつ踏み殺されてもおかしくありません」
「あ、ああ」
 冷静さを取り戻した麻紀の判断は簡潔だった。互いに暴れる巨獣と巨人を無視して二人は戦場から離れようとする。
 すると、一機の胸ポケットから何かかポトリと落ちた。
「ん?」
 思わず視線を下ろすと、そこにあったのは手のひら大ほどのキラキラ輝く石。拾い上げてみると、それはゴツゴツ固く透明で、向こうが透けて見える。ガラス玉、いや、ダイヤモンド? こんなもの、一機は持っていない。持っていな……
「……っ!」
そこでまたフラッシュバックが起こった。違う。一機はこれを知っている。この石が光ってそれで、
「だから、ボケっとしてるんじゃありませんて!」
「わ、悪いっ」
 とろい一機に癇癪を起した麻紀の声で現実に戻り、再び駆けだす。石はつい胸ポケットにまた収めてしまった。
 だが巨人たちの戦場において二人はあまりに矮小な存在だった。ケダモノが雄叫びを上げるだけで耳をつんざくように響き、足の動き一つで地面は大きく揺れて足元がおぼつかない。
「……なあ、どうなってると思う、これ」
「知りませんよ。説明だったらこっちが欲しいくらいなんですから」
 にべもなく言い切った麻紀に完全に同意した。どうやら状況は麻紀にもわかっていないらしい。
 それと、気がつけば周囲には飯ごうとかテレビで見た昔のテントのような布が踏みつけられ散らばっている。どうもここでキャンプしていた輩がいたらしい。それらは人間サイズだが……
 その時、一機たちの傍に蒼の巨人が倒れてきた。
「うわああぁ!」
「きゃあ!」
 なにぶん目の前だったので二人は胆を潰されたが、その巨人は倒れたきりピクリとも動こうとしない。気絶した――? いや、生気のかけらすら感じられない。と、そこで、一機が気付いた。
 その巨人の腰あたり、そこの装甲にポッカリ穴が開いていた。いや、元々ここの部分は開くようになっているらしい。西洋鎧に詳しいわけじゃない一機だが、そんな構造の鎧は聞いたことがない。なんとなく気にかかり、巨人に近寄る。
「ちょ、危ないですよ!」
 そう麻紀が引き止めるのも聞かず、巨人の腹によじ登る。「ああ、もう」と舌打ちしつつ麻紀もついていく。そして二人は、ガパッと開いた穴をのぞき込んだ。
 その中には、グロテスクな臓物――などは一切入っていない。
「な、なんだこりゃ……」
 唖然とする一機の瞳には、何もない空洞が映っていた。
 いや、正確には空洞ではない。マジックミラーの一種なのか、空洞の内側から外の様子が伺え、その中心には妙なくぼみがいくつもついたシートが一つ固定されている。
「これって……きゃっ!」
「わあっ!」
 ひと際大きい振動が走り、そのショックで二人が空洞に落ちる。ちょうど一機が麻紀の下敷きになる形で。
「ぐぇっ! 重っ!」
「な!? ちょっと、女性に対してそれは失礼じゃありませんか!」
「実際重いんだからしゃーないだろ! いいから降り……降りなくていいです」
「は? 重いとか言っておいてなに……っ!」
 そこで二の句が告げなくなった麻紀はやっと状況を把握した。
 あお向けに倒れている一機の顔に、麻紀のヒップがちょうどうまく乗っていることに。呼吸によってスカートが乱れる様に顔を真っ赤にする。
「こ、このど変態!」
「だから落ちてきたのはお前、って待て、腰上げるな」
「なんですかそれ! 立たないわけないでしょこれで! まさかこのまま私のお尻を楽しみたいと……!」
「違うって! だって、今視界塞がれてるからいいけど、立ったら完全に見え……」
「! ……い、一生目開けんなぁ!!」
 ゆでダコのようになった麻紀がツインテールを振り乱し無防備な一機の腹に見事なかかと落としをかますと、瞬間的に意識が暗転した一機はスカートの中身を見ずにすんだ。
「げほっ、げほっ……俺悪いことしたのか」
「いい思いをした代償と思ってください。さて……なんですかここ」
 ブレザーを整えると、その奇妙な空間に視線を這わせた。もっとも、全面ガラス張りみたいなものなので狭い感覚はまるでないのだが。
「巨人の中――ですよね。とてもそうは思えませんが」
「同感。生物じゃないのは確かみたいだな。まるで……」
 そこで一機は言葉を切る。確信してはいるものの、あまりに滑稽なので口に出せるものではなかったからだ。
 鋼鉄の体、その姿からは生気というものは感じられず、中からは場違いな女性の声がする。そしてその体内にある空洞とシート。
 まったく理解不能なほど奇々怪々。その様は、まるで、まるで――
「まるでロボットみたい、ですか?」
「――っ」
「それくらいわかりますよ。何年私が貴方に付き合わされて鉄伝やってるとお思いに?」
「……いや、あり得ないだろそんなの」
「ここまで来て、その台詞はないでしょ」
 んとアゴで示された先には、相変わらず化け物と巨人が戦っている。なるほど、今この場で常識なんて言葉に意味はない。
「まあ、これが何かは後で考えるとして――どうします、これから」
「……どうするって言われても……うわっ!」
 狭い空洞――もう操縦席ということにしてしまおう――が激しく揺さぶられた。戦闘は続いている。ここも安全とは言えないらしい、と一機は舌打ちした。とにかく危険なので、開いていたハッチを閉じる。
「なんとか逃げ出したいところだけど、これじゃそれもままなら……って、何してるお前」
 気がつけば、麻紀がシートに座って周囲をキョロキョロ見回している。
「何って、わかるでしょ。これ動かすんですよ」
「はい!? 動かすって、これを!?」
「他に何があるってんですか。仮にこれがロボットなら、動かせて当然でしょ。……にしては操縦桿とかないですね。どうやって動かすのでしょう」
「いや無理だろ! こんな初めて見たようなもん、動かせるわけが……!」
「動かせなきゃ、死ぬだけですよ」
 ゾクリと、一機の背に冷たいものが走った。こちらに目を向けず、ひたすら動かそうとする今まで見たことのない必死な姿の麻紀に思わずたじろぐ。
「――ああ、ダメですね。操縦方法がわかりません。こんなカラッポの箱の中でどうやって動かすんでしょう」
「……何もないんだったら、何も使う必要がないとか?」
「は? なんですかそれ、動けと思えば動くとでも? そんなわけ……」
 突き刺さるような視線をかけようとしたその矢先、二人がグラリと揺れた。否、巨人そのものがぐらついたのだ。
 わけがわからず動転する二人だったが、ふと周囲を見回すと、マジックミラー越しの景色が変化している。今までと視点が高くなっていた。
 より正確には、倒れていた巨人の上半身が起き上がったのだ。
「な……え、動いた!?」
 ビックリした一機が振り向くと、麻紀自身も驚愕した様子である。
「ど、どうやったんだお前?」
「いや……『起き上がりなさい』と思っただけですけど」
「思っただけ……? ――要するにこれは、頭で考えただけで動くってことか?」
 アニメや漫画などの知識から想像するに、そんな結論しか出せない。一機も信じられなかったが、それを否定することは現に動かした麻紀にはできなかった。
「と、とりあえず立たせてみせますね……うっ」
 目をつぶり、シートに深く座った麻紀が念じてみると、尻もちをつけていた巨人がその両足をゆっくりと動かし、見事立ち上がった。
「お、おお……すげえなおい! ってん? ど、どうした麻紀」
 気がつくと、麻紀が顔をうつむけて青い顔をしている。ツインテールが垂れて向日葵が揺れていた。
「――気持ち悪いです」
「は、はあ?」
「なんか、急に体重が増えたような、体型が変わったような、そんな気分です」
 ――なんだろう。理屈はわからんが、これが精神操作だということが関係してるのか? 『考えただけで動く』というより、『パイロットが巨人になる』のだろうか。だとすると、このまま
「っ! どこかにつかまって!」
「なに? ……うっわ!」
 麻紀の警告に間髪入れず、巨人に衝撃が走りコクピットが振動した。壁にしたたか頭をぶつけ一機は昏倒しそうになる。
 今度はなんだと揺れる視界に最初入ったのは、眼前にまで迫った野獣の相貌だった。
 そのあまりの恐ろしい光景に言葉を失う。棒立ちのこちらを察知し狙ってきたのだ。
「ちいっ!」
 苦悶の表情を浮かべつつ、麻紀は必死に巨人を動かそうとする。ぎこちない動作ながら巨人の右腕が野獣の顔面に拳をかます。グギャアと悲鳴を上げて野獣が横転した。
「す、すげえなおい……」
「はあ、はあ……気楽なことを。結構疲れるんですよ何故か」
 息を切らせ苦言を呈す麻紀はたしかにさっきより具合が悪く見える。かなりきついらしい。
「だ、大丈夫か?」
「……平気ですよこれくらい。それよりどうします?」
「――逃げるか。これ以上は限界みたいだし」
「だからあたしは疲れてなんて」という麻紀を無視して、一機はマジックミラー越しに戦況を観察した。野獣の数が減っている気がする。やはり肉と得物を持った鋼鉄の巨人とは分が悪いか。勝敗は決まったなと鉄伝で鍛えた情報分析能力が告げていた。
 だけど、この戦の勝敗が二人の安全とは何の関係もない。この鋼鉄の巨人、ロボットらしきもののパイロットと意思疎通できるらしいことが判明したとして、それが友好的なものかどうかわからないのだ。
 つーか、こんなSF物みたいなロボット(もん)乗って戦ってるやつらがまともかね、と一機は呟いてみる。となれば、
「ここは逃げるが勝ちで決定だな。道が開けたところから走って逃げ」
「んなうまくいけばいいんですけど!」
 ヤケ気味に叫んだ麻紀が巨人を大きく横っ跳びさせる。野獣が霊長類というより犬か猫の類に近い長く伸びた爪を振り下ろしてきたのだ。なんとかギリギリ回避したものの、跳んだ際に壁に顔をしたたか打ちつけた一機には関係ないことだった。
「……あの、もうちょっとゆっくり丁寧に操縦できないものでしょうか」
「やかましい! こっだってシートベルトとかないから必死に掴まってんです、自分で何とかしてください!」
 二人とも半死半生で、コクピットはまさに鋼鉄の棺になろうとしていた。その矢先、突然全く別の声がした。
(おいお前! 誰が操っているんだ、その素人さながらの動きはどうした!)
 一機も麻紀もギョッと顔を見合わせる。声は外からではなく、確実にこの狭いコクピットの中からした。しかし、ここに二人しかいないのは自分たちが一番知っている。だが、幻聴でない証にまた怒声が響いた。
(聞いているのか!? だんまりを決め込んでいないで、名を名乗れ!)
 声は一機の耳が確かならば、コクピットの正面に位置する備え付けの小さな箱のようなものから発されている。通信機か何か入ってるのだろうか? とにかく返事をすることにした。
「あのー、どちらさまで……」
(は!? だ、誰だお前!? どうしてMN(メタルナイト)に乗っている!?)
 メタルナイト、とはこのロボットの名称か。『乗っている』というフレーズを使った以上多分当たってるだろう。待てよ、その言葉どこかで……なんて考えていると、麻紀が通信機に応えていた。
「いや、こちらは成り行きというか、好き好んで乗りこんだわけではないんですけど」
(なんだと?……あっ! お前ら、さっきの二人組か!?)
「さっきのって……ああ、貴方ひょっとして先ほどのおばさん?」
(誰がおばさんだ! 私はこれでも二十四だぞ!)
「……なあ、麻紀」
 巨人の中から顔も見えない輩と会話に、一機が思わず割り込んできた。
「先ほどの人って、何のこと?」
「……へ?」
 麻紀の顔が、今まで一機が見たこともないくらい呆気にとられたものになった。相当予想外の台詞だったらしい。
「何のことって……さっき湖で会った人ですよ。何ボケてるんですか?」
「さっきって、昨日は俺あの後すぐ寝て……づっ!」
 そこで、再び頭に激痛が走った。フラッシュバックの兆候、そして見えた物は、先ほどとは全然別のものだった。
 キラキラ輝く水面、そこに浮かび上がる、まばゆい煌めきを宿した黄金の髪。その幻想的な光景に佇むのは、佇むのは……
「やっぱ俺、なんか忘れ……ぐわっ!」
 視界が横に吹っ飛んだ。否、野獣に体当たりされて巨人――MNとするか――が弾かれた。ゴロンゴロンとコクピットの中で転がる一機の脳内に乾燥機にかけた服が浮かんでは消えた。
「つぅ……たた、やっぱこのままじゃ無理があるよ、な……」
 起き上がり、痛む頭部をさすって麻紀に顔を向けたところで、一機は絶句した。
「う、くう……っ」
 倒れた麻紀は頭から血を流し苦しそうに呻いていた。左腕はあらぬ方向に曲がっている。
「ま、麻紀!」
 あわてて駆け寄るが、麻紀は激痛で返事もしない。次第にコクピット内に鉄臭さが充満するにつれ、一機に寒気が走った。
 やばい、どうにかしないと。そんな言葉が頭に浮かぶが、またしても何もできなかった。体がガタガタ言っている。怖い。動きたくない。
「ぅ……一、機さん……」
「……っ」
 息も絶え絶えの中、自分を呼ぶ声がした。烏の濡れ羽色をした髪の両端には、可愛らしい、しかし古くくすんだ向日葵が。
「――だあっ! ど畜生!」
 悪態をついてなんとか己を奮い立たせ、どうするべきか思案する。
「……そうだ、こいつを動かせれば!」
 麻紀だってできたんだから、自分にもできないはずがない。そう判断し、コクピットに着席した。転がされてちょうど腰を下ろした体勢になったのが幸運だった。
「ええと、精神を集中して、動けって……」
 とにかく、麻紀がやったように念じてみる。息を止めて、動けと……
「……あれ?」
 指先一つ動かない。それ以前に、麻紀が感じたという気持ち悪い感覚がこれっぽっちもない。
 やばい、全然ダメだ。疑問と恥ずかしさと情けなさで頭がいっぱいになる。
 だから、野獣が牙をむき出しにして飛びかかってきたことに気付くのに遅れてしまった。
「……!? しまっ……!」
 たの文字が口から出る前に、視界から野獣は姿を消した。いや、横から何かがタックルしてきたのだ。
(何を戦場でボケっとしてるんだ! さっさとどこかへ逃げろ!)
 再び声がした。これはさっき通信してきた……違う。森から抜ける直前、襲われた一機たち二人を助けた白銀の巨人から聞こえた声だと一機は思い出した。そしてその巨人が、叩きだされた野獣に代わり一機の正面にいる。
(誰だか知らんが、動かせるんだったらさっさとここから離れろ! 後でMNは回収させてもらうがな!)
「いや、そうしたいのは山々なんだけど、これが動かなくて……」
(なにぃ!? お前、さっきは一応動かしていたではないか!)
「それは俺じゃな……ちょっ、後ろ!」
(!)
 白銀の巨人がこちらへ気を取られているすきに、白毛の野獣が咆哮と共に爪を振り下ろさんとした。
(ふんっ!)
 しかし白銀の巨人はそれを左腕に装着された小型の盾で難なく受け止める。
(でえぇやあああああああああっ!!)
声の主が女なのか一機が疑いたくなるほど力強い叫びと共に野獣を押し返す。勢いに飲まれ後ずさった隙を、白銀の巨人は逃しはしなかった。
(せえいっ!)
 マントを揺らめかせてロングソードを構え直し、いわゆるけさがけの形で野獣の肉体を一閃した。
 間欠泉のように真っ赤な血が噴き出し、巨人を染めていく。通常おぞましい光景であるはずなのに、一機はその様に魅せられていた。
「――綺麗だ」
 自分でも自覚せぬうちに、そんな言葉を発していた。理由は一機自身皆目見当つかなかったが。
(ん!? 何か言ったか!?)
「い、いえ別に……」
(ええいわかった! そこでじっとしてろ! すぐに終わらせる!)
 そうやけ気味に怒鳴るとまた威勢よく敵へ向かっていった。
 たしかにマジックミラーを通して見る戦いは、終結しつつある。それは鉄伝で鍛えたトッププレイヤーの眼――ではない。素人でもわかる。戦場で立っているのはほとんど鋼鉄の巨人ばかりになり、あの禍々しい巨大な野獣は数えるほどしかいない。片付くのも時間の問題だろう。
 なんとかなりそうだ、と思うと、ドッと脱力した。ずいぶん長い時間だったような気もするし、ほんの数分だった気もする。とにかく疲れた……と、麻紀が怪我をしているのを失念していることを思い出した。
「おい麻紀、大丈夫か――」
(!! 馬鹿、危ない!)
 またあの巨人が叫んだ。今度はなんだと振り向くと、
「――え」
 上半身だけになった野獣の肉片が、こちらへ落下してきた。
「う、うわぁ!」
 避けなきゃ、と思うが動かなければどうしようもない。ぶつかると思った体は、意図してないがとっさに倒れている麻紀の前に出て壁になった。両腕で頭を覆った刹那、今までで一番ひどい激震が襲いかかった。
 ガシャアンと割れる音が響く。鎧の装甲がどこか砕けたらしい。強烈な揺さぶりになんとか耐え、収まったところで目を開いた一機の前には、マジックミラーがバラバラになって正面に本物の青い空が広がっていた。
 視界をそらすと、さっき見た野獣の肉片もある。どうやら誰かが真っ二つにした肉体がこちらへ落ちてきたらしい。誰だか知らんが粗忽だことと一機は呆れた。血の匂いがこちらまで浸食してきている。
「う、ううぅ……」
 すると、背中越しにうめき声がした。麻紀が目覚めたようだ。
「ようティンカーベル、無事かよ」
「いたた……腕折れてる人が無事に見えますか。まったくフレークのくせに貴方がポキポキ割れればいいの、に……」
 いつもの軽口が、血まみれの顔を上げた途端途切れた。血で塞がれていない左目を見開いて硬直している。
「……? どうした、俺になにかついて……」
 麻紀の視線をたどって自分の胸元へ目を落とした一機は、
 そこで初めて、自分の胸に装甲の破片が突き刺さっていることに気付いた。
「あ、あれ? なん、で……」
 二の句を告げる前に、一機の全身から力が抜けて崩れ落ちる。狭いコクピットの中、あお向けに倒れる形になった。その間にも、制服の中から血がどんどんあふれていく。
「一機さん!」
 一機のもとへ、これまで見たこともないような悲痛な表情で麻紀が駆け寄る。ずいぶん面白い顔だな、と一機は笑いたかったが、口も顔も思い通り動かず、痙攣したようにピクピクするだけだった。
「一機さん、一機さん! しっかりしてください!」
 麻紀自身怪我をしているはずなのに、目に涙をためて抱き起こしているのが一機にもわかった。しかし、もう一機の意識は薄れ、視界もはっきりしていなかった。
「お願い、死なないでください! 貴方がいなかったら、私、私は……!」
 何か叫んでいるのはわかったが、その内容まで一機は把握できなかった。耳も目も機能を果たしていない。暗い。寒い。
 でも、不思議と恐怖はなかった。
 あの日、自分の世界を失った時と同じ。驚きと絶望はあっても、まあ仕方がない。そんな思いを抱いていた。
 ――結局、兎には会えなかったな。
 沈む意識の中、失笑と共にまぶたを閉じようとしたその瞬間、
「おい、中にいる奴、無事か?」
 外から、ハッチの向こうから誰かが呼びかけてきた。ひび割れで姿が見えないが、どうやら先ほどの女性らしい。
「どうした、返事をしろ!」
「さ、さっきの人ですか? 助けてください、胸に破片が突き刺さって……一機さんが……!」
「なに!? わかった、すぐ看護兵を呼ぶ。……くそっ、搭乗口が歪んでいるな。離れていろ!」
 そう言うと、外にいた女性の気配が少しの間消え、すぐさまバキッと何かが砕ける音がした。
 その音は断続的に続き、霞んでいく視界に破片が飛び散るのが映る。どうやら、外部からハッチを叩き壊しているようだ。
 そしてハッチが破壊され、本物の光が入ってきた。
「――うっわ」
 視界が狭まり、物が見えなくなってきた一機にもはっきり映った、黄金の輝き。
 デジャヴに現れた神秘的なまでに美しい金髪が、幻覚ではなくたしかにそこにあった。
 ――あ、そうか。そうだったっけ……
 意識を失う直前、一機の脳内で欠けていた記憶全てが再生された。

    ***

「――さんっ。一機さん」
「……ん?」
 真っ暗な闇の中、揺さぶられて一機はまぶたを開いた。どうやら眠っていたらしい。後頭部がなんかズキズキしていたが、また麻紀が固いもので殴りでもしたのかと。
「っさいな……今起きるから」
「なにこんな半端な時間に寝てんですか。届け物来てますよ」
「ん、え……?」
 視界の回復していない一機が顔を上げると、眼前に段ボール箱が突き出されていた。
「なんだこりゃ……こんなん郵送された覚えないぞ」
「玄関口に置いてありましたよ。貴方いつから寝てたんですか?」
「…………敵十機くらい撃破した気がする」
「今結構な時間なんですがね。またずいぶん寝ましたね逆さまになって」
 制服姿で嘲笑する麻紀に言われてみると、一機は天地逆転、ベッドに足を乗せてひっくり返っていた。ベッドから落ちたらしい。頭痛いわけだ。
「お前、今日葬儀じゃなかったの?」
「んなもんとっくに終わりましたよ。週末だから例によってこうして泊まりに来たのに、そんな恰好で迎えるとはなんたる罰当たりな」
「……週末だから、ね」
 なんだか呆れを感じつつ、後頭部をさすりながら一機は起き上がった。パジャマもない上に昨日はめんどくさがったので制服のままだ。
「つか、お前も制服な」
「何を今更。いつものことでしょうが」
 まったくその通り、と一機を目をこすりながら同意する。
 実は、麻紀とはなんだかんだ長い付き合いになるが私服というものをほとんど見たことがない。ネカフェで会った時以来、こちらへ来る時もわざわざ制服を着て来るのだ。特に何の意味も理由もないのだが、いつの間にかそうなってしまっていた。
 ちなみに、麻紀がこうして一機の許可なしに家に入っているのは、無論合鍵を所有しているからである。たまにこうしてガッツリ寝る一機なので、祖父が亡くなって浮いた鍵を預けていた。
「冷蔵庫カラッポでしたから、兵糧買っておきましたよって何してるんですか」
「うん……なんだこの小包」
 渡された覚えのない小包を不思議そうに見回していると、裏に『AA』と記されていることに気付いた。
「AA……A・アールグレイか?」
「サーバからの小包ですか? そういや景品応募の時に住所書いて送ってましたね」
「いつの話だよそれ。でも別になんか頼んだ覚えは……あ」
 そこで昨日、というより寝る直前に届いたメールを思い出した。皆目意味不明な不思議メールに、何の気なしに送った三文字。他に考えられることはない。
 しかし、それは昨日の真夜中のこと。速達でも届くのが早すぎる。第一これはAA以外表に何も記されておらず切手も貼られていない。通常の郵便や宅配便などを介したものでないことは明白だ。
 だとすると、これはサーバ側が直接届けに来たというのか? なんだってそんなことを……理解できない一機は、とりあえず小包を振ってみた。ガコガコいっている。なんか重いものが入っているらしい。
「――開けてみるか」
 怪しすぎる代物だが、だからといって放置してもしょうがないから開けてみることにした。意外と雑な包装の小包を開けてみたその中には、
「――石?」
「ダイヤモンドですかね?」
「いや手の平大くらいあるじゃねーか。こんなでっかいダイヤ値段つけられないだろ。ガラスだガラス」
 入っていたものは、何かの結晶かわからないとにかく透明な石だった。いや石じゃないかもしれないが、あいにく一機も麻紀も鉱物には疎いのでよくわからない。とにかくゴツゴツしていてわりと硬く、にしてはやけに軽い変な代物だ。
「わかりませんよ。一機さんとこ金持ちなんですから、これくらいのダイヤ買えるかも」
「……たとえ買ったとしても、俺にわざわざ届けるわけないだろ。何年会ってないと思ってんだ」
 顔をしかめた一機は、小包の中をもう一度探ってみる。すると、折り畳まれた紙切れがあった。やっと正体がわかると開けてみた。が、
「……あん?」
 なんて素っ頓狂な声を上げてしまう。眉をひそめた麻紀が顔を寄せてのぞき見てくる。
「――『楽園へのチケットを送り届けいたします。
貴方が真に楽園を求むのなら、扉は開かれるでしょう――』
……なんですかこれ?」
 そんなことを言われても、一機も渋い顔をするしかない。しかしこの文面からすると、やはりあのメールに返信したから届けられたらしい。だけど、この石コロがなんだというのか? さっぱり理解できなかった。
 一応そのことを話してみると、あんなわけのわからんものに返信したんですかあからさまに馬鹿にされてしまった。
「で、この石がなんだって……あ」
「ん? なんか知ってんのか?」
「そういえば、鉄伝関連サイトの掲示板に変な石の噂があったような……御存じありません?」
「知らんよ。ここんとこ依頼以外は今月末のドラゴン退治イベントの情報収集してたんだから。ドルトネル峡谷が場所だってことしか分かってないから、他の記事なんか閲覧してる暇ないし。で、その石がなんだって?」
「最近鉄伝でも特に優秀なプレイヤーに変なメールが来て、それに応えると石が送られてくるって話です」
 まさに今の状況そのものである。サーバから送られた来たものだとこれで間違いなくなったが、じゃあこれは何らかのイベント用のものなんだろうか? だが、続けられた麻紀の発言はまたしても一機を困惑させた。
「それが、サーバ側は無関係だと発言してましてね。一部では憶測が飛び交ってる有様です」
「……さっぱりわからん」
 まあこれがどこから送られてくるかはともかく、この宝石みたいな石はなんなのか一機は気になった。
「で、この石については?」
「それもよくわかりませんねえ。でもこれを漬物石にすると漬かりがよくなるとか、体に入れると肩こりがとれて疲労回復なんて書き込みがありましたけど」
「パワーストーンか何かなのかね。じゃあ後でうちのぬか床にでもぶち込んでおくか」
 皆目意味不明のままだったが、とりあえず疲労回復というならと胸ポケットに入れておく。冷蔵庫に食料品を詰め出した麻紀を横目に、ボリボリ頭をかいていたら、視界に大きめのバッグが入ってきた。
 これといって特徴のない暗色系で構成されたバッグには、着替えとかその他諸々。麻紀のお泊りグッズだ。昔はシャンプーとかも入っていたが、なんかめんどくさくなったらしく家に置きっぱなしにしている。
「……何が週末の悪魔だよ、馬鹿らしい」
 吐き捨てるように呟くと、バッグを気付かれないよう軽く小突いた。すると、後ろでドサッと音がした。
 振り返ると、本が一冊落ちていた。かなり古いもので、外国製の絵本だ。
「ああ、これか――」
 裏表紙だけで一機はなんなのか把握したようで、軽くため息をつきながら拾い上げると、ついページをめくってしまった。
 ページをめくっていくと、外套に身を包んだ兎を追いかける少女の姿が描かれていた。
「あら、またそれ読んでるんですか?」
「――そんなに読んでるか?」
「そりゃもう度々。おじいさんからのプレゼントでしたっけ」
「そ。ガキの頃この話が好きだって言ったら、妙に張り切っちまってオークションで高いの買ってきたんだよ。まあ、全然読めなかったんだけどな」
 故に祖父に読んでもらう他なく、ずいぶん聞かせてもらったので今ではそらで読めてしまうまでになった。何の自慢にもなりはしないが、と一機は苦笑する。
「あ、ところで醤油入れってどこにありましたっけ」
「……シンクの中」
まったく、空になったら自分で注いでくださいよ。などとこぼしながら台所に戻る麻紀を尻目に、一機は本を戻しつつため息をついた。
昔のことは、特に小学校半ばのことは思い出したくない。今ある世界に満足し、兎を追いかけた少女の気持ちが理解できなかった過去の一機は、現在の己を考えれたであろうか。
かくして、何もかも持っている恵まれた少年はいなくなり、失意と怠惰しか抱いていないシリアが誕生したわけだ。悲しいを通り越して笑うしかない。
「ったく……兎はどこにいるのかね」
 苦笑混じりの言葉を囁くと、一応手伝う仕種でもするかと台所へ向かおうとしたが、
 ドクンと、心臓が高鳴った。
「……え?」
 理解する間もなく足が力を無くし膝をつく。そうしてる間にも鼓動はどんどん高くなっていく。視界がかすみ、土間に崩れ落ち靴の上へ倒れこんだ。
 ――な、なんだこれ……?
 激し過ぎる脈動に呼吸が荒くなる。胸が締め付けられたように痛く、苦悶の表情で大量の汗を流す。
「一機さん、また汚れた皿そのまま……一機さん!?」
 そこへ戻ってきた麻紀が、苦しげに倒れている一機に驚き、抱き起こしてくる。
「ちょっ、どうしたんですか、一機さん!」
「く、苦し、わかんな……!」
 その時、一機はどうしてだか胸ポケットにしまったあの石を思い出した。
「ま、き……む、胸の……」
「胸? 胸が苦しいんですか? ――違う? 胸ポケットを探れと?」
 言われるまま胸ポケットに手を入れると、麻紀の手にゴツゴツ固い感触が伝わって、それをゆっくりと取り出した。
「あれ、こんなもんどうして……っ!」
 途切れつつある意識の中、麻紀が絶句するのを感じとりそちらへ目を向ける。視線の先、例の石を見た一機もまた言葉を失った。
 透明であるはずの石の中から、光が溢れていた。
 否、光などではない。
 その光の色は、黒。
 闇を照らす偽りの光を、呑みこまんばかりに肥大化し、喰らい尽くす漆黒の闇が現出していた。
「あ、ああっ!」
 叫び声を上げる間もなく、二人は黒き光に吸収された。

    ***

「――さん、一機さんっ」
「……ん?」
 真っ暗な闇の中、揺さぶられて一機はまぶたを開いた。どうやら眠っていたらしい。後頭部がなんかズキズキしていたが、また麻紀が固いもので殴りでもしたのかと……はて、似たような経験を三回、いや二回くらいしたような。
「っさいな……今起きるから」
「なんか似たようなこと三、二回くらい言われたような気がしますが起きて下さい、寝てる場合じゃありません」
「ん……え?」
 無理やり体を起こされ、未練気に開かれたまぶたの奥が映したのは、岩だった。
 あたり一面全部岩、というより地面。昨日の鉄伝に出てきた崖の中、というよりは洞窟のような様相だ。ちょっとしたビル並みの巨大さの穴に、一機と麻紀はいた。
「ど、どこここ?」
「わかりませんよ。私も気がついたらこんなとこにいたんです。一機さん覚えは?」
「ないよこんなとこ。前に富士に行った時入った鍾乳洞みたいだけど、あれよりずっとでかいな。とにかく、ここがどこかなんてさっぱりわからん」
 周囲を見回すが、ゴツゴツした黄土色の岩肌が並ぶだけであった。――そういえば、この洞窟照明もないのに明るいな。岩肌から弱い光が出ているようだ。ヒカリゴケ……いや、あれは自発的には光らないから、発光バクテリアを寄生させた苔でもあるのかと一機は考察した。
「んー……わからんな。とにかく、ここがどこか調べないと。携帯持ってるか?」
「圏外です」
 間髪入れず、携帯を手に掲げられてそう答えてきた。一機もポケットに入っていた自分の携帯で確認すると、なら最初から言えよと舌打ちした。
「ま、こんな洞窟じゃしょうがねえか……となると、ここから出なきゃな。しかし、どこへ行ったものか」
「とりあえず、どっちか行けば人里へは出れるんじゃないですか?」
「あん? いやそんないい加減な」
「確証はないですけど、可能性はありますよ。だってこの洞窟、明らかに人工物ですから」
「――それもそうか」
 たしかに麻紀の言うとおり、岩肌はゴツゴツしているものの比較的滑らかで、今足をつけている地面も自然のものではあり得ないほど平坦だ。誰かが掘ったものであることは一機自身わかっていた。
「しゃーない。手掛かりあるでなし、闇雲に行ってみるか」
 そんなわけで、二人はその光る洞窟をあてもなく歩くことになった。ちなみに食料は傍に麻紀が買っておいたお菓子類入りバッグが落ちていたので問題なし。
 道を進む間、何もない殺風景なところなので暇なので、二人は色々と考えを整理するためにも話すことにした。
「で、一機さんはこの状況をどう考えますか?」
「どうって言われても……ここに来る前のこと曖昧なんだよな。胸が苦しくなって、石から変な輝きが――」
 そこで、ドクンと心臓が再び高鳴った。あまり詳細は思い出せないが、それでもあの戦慄と恐怖は覚えている。
 黒き光――そう表現するしかないものに包まれて、そこで意識を失った。麻紀も同じことを証言しているので間違いはないのだが、だからこそ信じられない話である。なんだ黒い光って。
「とにかく、気絶してる間に誰かがここへ運んだと思うべきだろうよ。誘拐かな。しかし、俺や麻紀を誘拐してどうなるって……」
「一機さんなら身代金たんまり取れるじゃないですか」
「――払わないと思うよ? 俺はいないもの扱いだし、じいちゃんもういないし」
 そうかそうだったなと一機は失笑する。わざわざ麻紀に言われないと自分が金持ちだということを忘れてしまうのはさすがにアホ過ぎる。
「だとしても、お前までさらうのはおかしいだろ。第一、誘拐したんならこんな洞窟に放っぽっていくか? 縄で縛るくらいしてるって」
「おや、一機さんは縛られるのがいいんですか」
「誰が性癖の話しとるか。この状況でよくそんなこと言ってられんなお前」
 はあとため息をつくと、一機は洞窟の壁に手をついた。
 刹那、ゾクリとする寒気が襲いかかる。
「……!?」
 驚いて飛び退くと、「一機さん?」と麻紀が眉をひそめてくる。それに答えず壁に目をやると、
「――なんだこりゃ」
 岩肌に、白い何かが埋められていることに気付いた。
「これは……骨ですかね」
 麻紀の言葉どおり、埋まっている白無垢の物体は骨、というより化石に見える。ここが地下なら、埋まっててもおかしくはない。
 しかし、問題はそのサイズだ。肋骨のような部分が露出しているが、その長さは数メートルはある。太さも相当のものだ。明らかに巨大生物、恐竜かあるいはクジラなどの化石に違いない。
「いや、これ恐竜じゃないんじゃないですか? ほら、あの腕」
 指差された先にある腕の骨、すっと伸びた先に五本の指がある。第一肋骨を束ねる太い背骨、それと広い骨盤は、四足歩行ではなく二足歩行の生命特有のものだったはず。恐竜とは思えない、この特徴を持った生物は――
「……頭部の骨ないのか?」
「ないですね。埋まってるのか紛失してるのか。まあ全身骨のほうが珍しいでしょ」
「そう、だな……」
「まあこれが何なのかは後回しにして、先へ進みましょ。ジュースありますけど水分は貴重だからやめときましょう。ポテチ食べます?」
「水分貴重言ってるのにポテチ勧める奴いるか。――そうだな。行くか」
 あっさりと切り上げて、麻紀が先導して二人は前進を再開する。その心には、なんとも言えないもやもやがあった。
 ――まさか、な。
 一機の胸中には、今自分たちが置かれている状況に対してある仮説があった。しかし、荒唐無稽すぎてとても口に出せる代物ではない。それ以前に、あり得ない。そのはずなのに、胸の鼓動は強まるばかり。
 ぎゅっと胸を握りしめる。胸ポケットに入れ直した、あの奇妙な石と共に。
「……楽園へご招待、か」
「ん、なんか言いました?」
「いや、別に――あ」
 一機の視線の先に、変な苔の弱々しいものではなく、強烈な光が差し込んでいた。出口のようだ。いい加減な理由で進んでいたが、間違いでなかったことにホッとしていると、「はて?」と麻紀が首をかしげた。
「あん、どうかしたか?」
「あれ……日光、ですかね」
「ん……まあそうじゃないか。それがどうかしたか?」
 一機の質問には答えず、ずいと眼前に携帯の画面を開いた。
 空飛ぶ少年と妖精のファンシーな絵の隅に、『PM9:00』と記されていた。びっくりした一機がズボンに入れていた己の携帯を開いてみると、やはり九時と記されてあった。
「――俺んとこの電化製品ってよく時間狂うんだよね」
「調整くらいちゃんとしなさいよ。てか貴方のとこはともかく、私の携帯まで狂ってるのはおかしいでしょ」
 ごもっとも。返す言葉は一機になく、もやもやがさらに増していく。麻紀もなんとなく感じているのか、目を合わせようとしない。
とりあうず二人はゆっくりと足を動かす。ぽっかり開いた出口に入り込む光は、やはり太陽だった。
「……最近の電化製品て華奢でいけねえな」
「電化製品より、目を疑うべきと思いますが」
 半眼で睨む麻紀の視線には、一面の木、いや森があった。十メートルはありそうな高木が見渡す限りズラリ生い茂っている。
「俺さ、十年近く群雲市住んでるんだけとこんなとこ知らないんだ。どうなの麻紀?」
「奇遇ですね、私も知りません。小学校の頃遠足とかで山登りましたが、四方見渡せば必ず建造物が視界に入って景観なんかありゃしない」
「身近なところで環境破壊は進んでるんだね、自然は大事にしなきゃ。はっはっはっはっは」
 無理やり作った笑いはすぐさま消え吐息に変わる。もうわけがわからんと脱力した。
「とりあえずここが群雲じゃないのは確実か。となると、誘拐されて俺らの知らんとこに運ばれたと考えるのが自然だよな」
「まあ、普通はそう考えますよね」
 じゃあ普通じゃない考え方って? なんてことを口に出せる勇気はない。チンタラしてると余計なことを考えてしまいそうなので、とにかく休める場所を探そうと歩いていく。すると、急に森が開けた。
「あれ……?」
 木がなくなり、目の前にあったのはうっすら生えた雑草と、さっきの玉より数倍キラキラ輝く水面――水面?
「水っ!?」
 目の前にあったのは小さな湖だった。いや、池と言ってもいいかもしれない。元々どちらも大して違いは無いし……て、そんなことはどうでもいいと、一機は水面に飛びついた。乾いていた喉を一気に潤す。
「ふう……生き返ったぁ」
「そんな歩いてないでしょうが。体力無さすぎですよ一機さん」
「うるせ、半ニートなめるなよ」
 自分でも意味不明な応答だと思うそれに麻紀は返事をしなかった。両手で上品に水をすくって飲んでいたからである。
 閉ざされた瞳に長いまつげ、おさげの端に巻かれたアクセが二つ揺れる頭をクイと持ち上げると、ほっそりした指から零れ落ちた水が首筋へ流れていって……
「……ん? どうかしました?」
「い、いや! なんでもない!」
 見入っていたことに気付かれないようあわてて顔を逸らした。キョトンしている姿からすると素でやったらしい。というよりこちらがドギマギしてるだけか、と一機は嘆息した。
「さて、水も飲んだ事ですから、とにかく湖のまわり回ってみます? 水辺には人が住んでいるものですから、って聞いてますかちょっと」
「聞こえてる聞こえてる。じゃ、行くか」
 顔を見られるのが嫌なので早足でずんずん先行することにした。というか、今更どうして麻紀の面見ただけで赤くなってるんだろうと一機は混乱した。何気に二年近い付き合いだというのに。
「たまにわざと下着見せたり露出高い服着たりしてからかってきたから慣れてるはずなんだけどなあ」
「はい? なにか用ですか?」
「何でもない。気にするな」
 こうして呟いてしまうほど精神が安定していない。どうしたことなのか。
 ――日差しのせいだ。高校以外引きこもりの半ニートが日に当たるからだ。緑の香りも原因だ。珍しい環境で体がうまく機能してないんだ、うん。
 ということで結論付けることにした一機。
「しかし暑いなー。今十一月ぐらいじゃなかったっけ?」
「来年三年生なんだから月ぐらい覚えてくださいよ。一年は十二月までって中学校で習いませんでした?」
「いやそんなん小学校で習っとるわい! つーかそれ以前だよ! そうじゃなくて、暑いなってだけだ」
「それは同意します。でも私としては、そこらに生えている見たこともない植物の方が気になってるんですが」
 麻紀の視線には、青々と茂っている――なんか熱帯系の植物たち。木も一機たちの身長から約十倍以上もあり、ここは日本なんですかと言いたくなってくる有り様だ。またしても一機の脳内にある予測が立てられたが、全力で考えないことにした。
「――いや、現実から逃れる手段として思考停止とは良くないな、うん。ではこうしよう思考しよう。日本という国は狭いながらも南北に広がっていて季節も多彩にある。しかも十一月という晩秋であれ中途半端な時期は急に暑くなることも日常茶飯事。それでなくとも世界は異常気象だしなー。守ろう自然、守ろう地球。百歩譲ってどこかへ誘拐されたとすればもっと簡単。東北生まれ東北育ちの俺たちには、ちょっと南へ下るだけでも温度が上昇したと早合点しても何の不思議もない。うん、変じゃない」
 早口で目を泳がせながら誰にでもなくまくしたてながら歩く一機は、「あ、ちょっと靴ひもほどけちゃったんで待、って無視ですか? 素でやってるんですか? おーい」なんて麻紀が声をかけていることに気付かず先へ進んでいってしまう。
「植物なんか俺たち植物博士じゃないし、十メートル以上の大木なんて場所によるけどどこにだってあるだろー。少し乱暴だけど、外国に連れてかれた可能性だって。ないかー。あはははは。うん、まあ、不可思議な状況だって認めないこともないけど、説明なんかいくらだってつくさ。はは、そうだよ。そんなことあるわけな……ぶっ」
 ひきつった顔で脂汗をかきながら笑っていると、前方不注意が祟って顔からどこかへアタックした。マヌケの極みである。
「〜〜〜〜〜……ええぃ! なんだこりゃ!」
 ヤケ気味に一歩下がる。なんか生ぬるい壁みたいなぐにゃって感触がした。木にでもぶつかったかのかと思って、一機が顔を上げると、
「……ん?」
 緑色の体は鱗で埋め尽くされ、デカい口からは赤い舌が突き出している。
 一機の目の前に、自分の身体よりもはるかに大きいトカゲがいた。
「…………」
 硬直。
 人間、緊急時には考えられないという話を聞いたことがあったが、このとき一機はそれが本当であることを知った。
 化け物トカゲはバランスボールほどある両目で一機を興味深そうに見回している。
 やがて、とりあえず危険はないと判断したのか、化け物トカゲは口を大きく開けてその巨大な舌で一機を、
 ベロリと、嘗めた。
「う……わああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
 絶叫。
 これまで一度も出したようなほどの声量で、よだれまみれの一機は叫んだ。驚いた化け物トカゲは目を白黒させるが、そんなことは関係ない。ただただ叫んでいた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
涙目になりその場を駆ける。もう自分がどこを走っているかもわからず必死に逃げた。そうしているうちに葉っぱで覆われた自然のカーテンが進行方向に現れたが、気にする余裕は一機になくそのままにとび蹴りの要領で突っ込んだ。薄いカーテンは二つに裂け、一機を通す。開けた視界からは、キラキラ光るものが。
「はぁ、はぁ、はぁ……え?」
 その時、目に映ったものを知覚した一機は、自分が夢を見ているのだと思った。
 キラキラ輝く湖の水面。
 そこから少し目を上げた先にある、水より一際美しく輝く黄金の髪。髪から流れ落ちる雫は、白くてきめ細かな肌に伝わっていく。
 まるでヴィーナスの絵画のような美しすぎるその姿が、現実のものであるとはとても思えなかった。夢だと感じた。
 化石といい化け物トカゲといい、おかしなことばかり続いていた一機が幻想的な光景を見せられれば、夢と思っても仕方ない。だから、自分でも気付かず、
「……綺麗だ」
 と呟いてしまった。
「む?」
「え?」
 呟きが聞こえたのか、水浴びをしていたヴィーナスがこちらへ振り返った。と同時に、背中の反対側にある二つの大きなスイカが揺れた。
「…………」
「…………」
 沈黙。
 呆然としているその顔は、どう見ても女神でも妖精でもない、人間のそれだった。歳は二十代前半だろう、背は高く、スレンダーと呼ぶべきか。少々釣りあがった碧眼、大人の魅力を持つ端正の取れた美貌は白くすきとおっている。何より目を引くのは、どう見てもFくらいあるのではないかと思われる二つの……ってそれどころではないと一機は思い直す。
 時間につれ金髪美女の顔が赤くなっていき――
「な、な、な……!」
「あ、いや、あのその」
 状況を理解し始めた必死になだめようとするが、一機も目は未だにその裸体に釘付けである。それに金髪碧眼美女もやっと気付いて両手でなんとか隠すが隠しきれていない。だがもうその姿は一機の完全に脳髄に焼き付けられており、忘れることは絶対にないだろう。
「な、な、何者だお前!」
 金髪碧眼Fカップ巨乳美女(さっきから表現が変わっているが同一人物)は声を上ずらせて叫ぶ。ああ声もいい、人気声優みたいとちょっと恍惚になるがだからそれどころじゃないと頭を振った。しかし一機を責めることはできない。これほどの美女の全裸見て正気でいられる男子は、よっぽど可哀想な奴か男子にとって近寄りたくない奴である。
「何をまじまじと見ている! 貴様、のぞいておったのか!?」
「え、いや、のぞいてなんては……」
 状況からして当然だが、一機はのぞき魔と間違われていた。まあ実際きっちり眼福したのだから間違いではないが、それでもこれは偶然であり事故。これは情状酌量の余地があるはず、実刑は勘弁してくれ、と金髪碧眼Fカップ巨乳美声美女に懇願しようとしたら、
「どうしたんですか一機さん、何騒いで……え?」
 後を追ってきた麻紀の体が硬直した。
「…………」
「…………」
「…………」
 再び沈黙。そして硬直。
 金髪碧眼Fカップ巨乳美声スレンダーボディ美女は突然知らぬ人物が二人も現れたことに対する困惑、一機はこの状況をどうしようか皆目わからないがつかないための絶句、麻紀は自分の見ているものが説明つかないため――というより、女の身でも魅せられる裸体に釘付けになっているとするのが正しい。
 動けない。もう全然動けない。
 そんなお三方を憐れんだのか、慈悲深い神が思し召しを授けて下さった。

『――グオオオオオオオオオオォォッ!!』

 思し召しとするには、やたら野太い叫びだったが。
「んっ!?」
「えっ!?」
「……っ!」
 鼓膜を強烈に刺激した咆哮に一機と麻紀はただ驚いただけだが、女性は顔を強張らせ、岸に置いてあったタオルで身体を覆ってこちらへ声を張り上げた。
「お前ら、何者かは知らんが今すぐ逃げろ! 魔獣が来るぞ!」
「は? ま、まじゅう……?」
 なんのことかわからず首をかしげた。麻紀の方に視線を向けると、そちらも一機同様意味が理解できていないようだ。そんな両者にバスタオル一枚、手に鞘から抜いたばかりの剣を構えた女性は怒りを露わにする――剣?
「何をしている! 魔獣だと言ってるだろ、早く逃げないか!」
「え、いや、あの……まじゅうって、なに?」
「なにぃ!? 魔獣を知らんとは、お前ら……!」
 その時、水に濡れた金髪越しにのぞかれる女性の両目がカッと見開かれた。瞳には、今までとは違う形の驚愕と動揺が描かれていた。
「まさか、お前らが……?」
 言葉の続きは、木々がへし折れ倒れる轟音にかき消された。
「うわぁ!」
「きゃあ!」
「くっ!」
 一機たちと女性との間に木製の壁が形成され、互いの姿を隠す。
 森から抜け出たはずの二名に、その時影が差した。空を見上げてみると、
「――え」
 そこに空はなかった。
 あったのは、白無垢の巨人。否、どちらかというとゴリラや類人猿の類に近い。
 推測でも十メートルは下らない怪物が、こちらを見下ろしていた。
「え、え……ええっ!?」
 驚愕する暇すら与えられず、その巨躯に漏れず多大な質量を持った足が振り下ろされ、地面が激震し一機は浮き上がり、そのまま叩きつけられる。
「がっ!」
 気を失う刹那、ふと覗いた青い空。そこには昼の月がうっすらと輝いていた。
 ただし、通常の数十倍の大きさで、紅蓮に染まって。
 ――ああ、来ちゃったんだな。
 理解したと同時に、一機の視界は闇に閉ざされた。

    ***

「――ん、うん……?」
 ちらちらと、不規則に輝く光がまぶた越しに目に入り、一機は目を覚ました。寝袋のようなものの上に横になっていたらしく、起き上がろうとした。が、
「……づっ!」
 胸に激痛が走る。はっきりしない両目で見ると、制服が脱がされていて包帯が巻かれていた。
「な、なんだこりゃ……」
「あら、一機さん起きました?」
 顔をしかめていると、ひょいと眼前に向日葵が二輪突きだされた。麻紀が顔をのぞかせてきたのだ。近い近いと一機の顔が赤くなる。
「いたた……って、なんだお前そのカッコ」
「貴方にだけは言われたくないですが、まあお気持ちはお察しします」
 そう歪んだ笑みを浮かべた麻紀の顔は、右目の部分が包帯で覆われていて、左腕も包帯と三角巾で巻かれている。骨折しているらしい。
「――やっぱ、夢じゃないってことか」
「認めたくないのは同意ですが、その通りです」
 二人がいるのは、布製の小さいテントか何かだった。少し開けられた入口から焚火の不規則な明かりが漏れてきている。
 そしてその先には――例の巨人、じゃなかった巨大ロボットが鎮座してあった。それも一つや二つではない、ざっと見ただけで二十機はあるだろうか。よく耳を澄ませばドシンドシンと足音もする。あの化け物の死体を片付けでもしているのかもしれない、と一機は推測した。なんたってホラ生臭い匂いが漂っている。
「なあ、どれぐらい寝てた俺?」
「そうですね、四分の一日以下ってとこですか」
「つまり約六時間程度ってことね。わざわざ分かりづらい単位使うなよ。……つーか、よく生きてるな俺。胸になんか刺さった気がするが」
「まあ私も死ぬだろうなとは思ったんですが、意外と丈夫でしたね半ニートのくせに」
「ひっでえ言い草だなおい」
「そう言うな、彼女は今までお前に付きっきりだったんだぞ」
 ふと、全く別の声が割り込んできた。テントに入ってきたのは、豪奢な金髪。
 先ほど――なのかどうかははっきりせんが――のあまりにも美し過ぎる肢体が、紺のシャツとズボンに包まれていた。そんな薄手では隠しきれない胸と体のラインが、間違いなく湖で会った彼女だと一機に確信させた。
「ちょっ……! ヘレナさん、余計なこと言わないでください!」
 何か知らないが、麻紀が声を上ずらせる。心なしか顔が赤くなっているように一機には見えた。しかし、一機にはもっと気にしなければならないことがあった。
「へれ、な……?」
 そう呼ばれた彼女は、「ん?」と首をかしげた。
「なんだ、まだ話してないのか?」
「ああ、今しがた目覚めたばかりですから。私から説明したかったんですが……」
「構わんさ。やはり私の口から話すべきだろう」
 そう言うと、彼女は一機の前に腰をおろし、その彫刻のように完成された顔を近づけ、エメラルドグリーンの瞳で一機を正面から見つめてきた。なにぶん女性に慣れていない一機は赤くなってしまう。
「な、なんですか?」
「――ふむ。怪我の具合は問題ないようだな」
「なんかボケたような発言してましたけど、いきさつ覚えてます?」
「あー……うん、だいたい思い出したわ」
 昨日のこと、なのかどうか判然としないが、とにかく鉄伝を終えて寝て以降のことは思い出していた。変な石が届けられ、不思議な光に包まれたと思えばいつの間にかおかしなところにいた。森を歩き、湖でこの女性と出会った。そして――巨人の骨、獰猛な巨獣。しまいには巨大ロボットときたもんだ。頭を打ったショックとはいえ、よくこんな刺激的な記憶を忘れていたものだ。
「ならば話は早い。一機というのだったな。いいか、落ち着いて聞いてくれ」
 そこで彼女は言葉を切ると、一旦呼吸を整えてから続きを言った。

「信じられんかもしれんが、この世界は」
「俺たちの世界じゃない、ってんでしょ?」

 遮るように放った台詞に、彼女は不意をつかれたように目が点になった。なんか面白い顔。
「気付いていたのか?」
「まあ、ね。さすがにあんなもの見せられりゃあねえ……兎っていたんだな」
「? 兎?」
 つい口に出てしまったらしく、あわてて「なんでもない」と一機は答えておく。視線を逸らすと、ちょうどよく麻紀の片方しかない目と合わさった。
「……?」
 ふと、麻紀の半分隠された顔に疑問を感じた。
 ――なんだ、何笑ってやがる?
 麻紀が含んだような思わせぶりな笑顔をするのはいつものことだが、今回は今までと違う気がした。
 どうしてだか「一機さん、驚くのはこれからですよ」なんて語ってるような感じがする。これ以上何を驚けというのか、皆目見当もつかなかった。
「――ああ、そういえば自己紹介がまだだったな」
「え? あ、そうですね。私は……」
「聞いてるさ、一機というのだろう? 私はヘレナ・マリュース」
 やはりというか、日本系の名前ではなかった。もっとも、違う世界ならそんなもの関係ないだろうが……
「シルヴィア王国騎士団親衛隊の隊長をしている」
「――はい?」
 思わず素っ頓狂な声が出た。大声を出し過ぎて胸の傷が痛んだが、そんなこと気にしている余裕はない。
 ――シルヴィア? こいつ今、シルヴィア王国って言ったか? 馬鹿な、だって、シルヴィア王国って……
 その時、ドシンと結構激しい衝撃が起こった。
「な、なんだ?」
「やれやれ、またやったか……おい、どうした?」
 ヘレナがテントから顔を出すと、蒼いセミロングの髪を携えた黒縁眼鏡の女性が現れた。
「グレタか、何があった」
「なんでもありません、また整備不良のようです。親衛隊には整備士が欠けていますからね」
「仕方があるまい、騎士団自体も整備士不足で悩まされているんだ。いくらMNの構造が単純だろうが、限界はある」
 忌々しげに呟くグレタと呼ばれた女性に、ヘレナはため息混じりで応じた。
「おや、目覚めましたか」
 こちらに気付いたグレタに、少しばかり会釈する。なんだが、顔は綺麗なんだがツリ目できつそうだなと一機は震えた。
「私はグレタ・エラルド。親衛隊副長をしております。貴方がたには色々聞きたいこともあるんですがね」
「グレタ、二人ともけが人だ。しかも一機は今しがた起きたばかりだぞ」
「元々それほど深い傷でもないでしょう? 看護兵は問題なしと言っていましたし、アマダスで回復しているから心配はないと判断しますが」
「……アマ、ダス?」
 妙に耳に引っかかる単語が入ってきた。
アマダス。どこか――祖父が取引先から貰ったと聞かされた二十カラットのダイヤ片手に聞かされたウンチクにたしかあった。『征服されざるもの』の意味を持つダイヤモンドの別名――そんなことを一機が思い出していると、ゴトッとわき腹に硬い感触がした。
「ん……?」
 どうも、自分の体の上に置かれていたのがずり落ちたらしい。なんとなく拾い上げてみると、
「――!」
 ゴツゴツ硬い、透明な石。
 やっと思い出した、この世界へ来る直前に送られてきた謎の石。
 そして――恐らく、一機たち二人をこちらへ運んだ犯人。
「こいつは……」
「それが『アマダス』。霊石と呼ばれる特殊な力を持った石の中で、もっとも貴重なものだ。――だが、それだけ巨大な結晶を見るのは初めてだな」
「霊石……?」
 よくわからなかったが、この世界の貴重なものであるらしいこと一機にも理解できた。しかしこの石は、あちらの世界から持ってきたもの。どうして別世界のこちらで名が知られているのだろう。何度目かわからない困惑をしていると、「それにしても」とグレタが口を挟んできた。
「よりによって『アマデミアン』を二人も拾ってしまうとは。これは問題ですよヘレナ様」
「わかってるさ。だが止むを得ぬことだ。今更言ったところでどうなる」
「あま、でみあん?」
 また意味不明の単語が出てきた。首をかしげている様子にヘレナがおっととこちらへ顔を戻す。
「すまん、途中だったな。さて、何から聞きたい一機?」
「ええと……聞きたいことは山ほどあるんだが、じゃあそアマデミアンってのを」
「アマデミアンとは、先ほど説明した『アマダス』によって導かれし民、という意味の言葉だ。漂流民とも呼ぶがな」
「導……かれた?」
 ヘレナの言が語るところを察した一機に対し、「ああ」とヘレナが応じる。
「実はこの世界では、お前たちのような別世界から来るものは珍しくないんだ。俗に『文明の漂流』と呼ばれる――まあ、自然現象だな」
「自然現象!? パラレルワールド行くのが!?」
 驚きをそのまま口にしても、形にはならなかった。信憑性があまりになさすぎると一機には感じられたからだ。
「いや、そんなよくあるわけでは無論ないが、例はいくつも確認されている。最近は特に……」
「ヘレナ様」
 グレタが口をはさむと、ヘレナはしまったとばかりに苦い顔をする。
「――とにかく、お前たちが別世界の人間なのは確かなんだな?」
「ああ、はいそうです」
 確かなんだなと言われても、イマイチ実感が持てないというのが正直な気持ちであったが、別世界であることは理解しているのでそう思うしかない。
「で、このアマダスだが、この石にはいくつか不思議な力を持っている。その一つに、世界を繋ぐ力が宿っているとされている。あくまで、伝説の領域だがな」
「世界を……繋ぐ?」
 思わず聞き返してしまったが、ヘレナは深く頷いて続ける。
「そうだ。――こういうのは、グレタの方が詳しいと思ったが、どうだ?」
 ヘレナが困ったようにバトンを渡すと、それまで黙っていたグレタが「……仕方がないですね」とやけにわざとらしいため息をつきつつ話し始めた。
「『文明の漂流』がいつ始まったかは不明です。が、少なくともシルヴィア王朝成立以前からなのは間違いないでしょう。シルヴィア王朝成立期を記した文献には……ってそこ、聞いてますか!」
 一機、聞く気まったくゼロ。長くなりそうだったので、視線を逸らしてあくびをしていた。
「グレタ、シルヴィア成立から語ると長くなるから、割愛してくれると助かるんだが」
「う……」
 どうも語る気満々だったようで、少々赤くなりながら話を戻した。
「ごほん……ですから、『文明の漂流』と呼ばれる現象があるところ――転移現象が発生する場所や、アマデミアンに関しての伝説がある場所には必ず『アマダス』が発掘される。そのため、『アマダス』には世界を繋ぐ力、『文明の漂流』を引き起こす力があると言われているのです」
「おわかり?」と力強く言い切ったグレタの顔はやっぱり楽しそうで、なんとなく反抗心を覚えた一機は一言、
「……それって全部憶測じゃん」
 と返してしまった。
あんぐり口を開けたグレタの表情が、みるみる歪んでいき……
「な、なんですってぇ!」
「ひいぃっ!?」
 鬼の形相と形容すべし姿になっていた。
「貴様よそ者のくせにどの口が抜かす! 転移とアマダスの因果を確実とするあかしはないにしても、MNの例を出すまでもなく『アマダス』が持つ魔力自体は本物! そのものの魂の力、霊力に反応して力を生み出すのも事実! これだけでも疑いようもない証拠に――!」
「落ち着けグレタ、よくわかったから! こら、ダガーを構えるな!」
いつの間にか短剣を握り締めて襲いかかろうとしていたグレタをヘレナが羽交い絞めにする。さすがの一機も怯えて後ずさる。むっちゃ怖いこの人。
 なんとかグレタを落ち着かせたヘレナは、疲れた様子で口を開いた。
「はあ……とりあえず、あらかたは理解してくれたろう。正直なところ我々にも理由はわからない。『アマダス』は人の感情、主に強い思いに反応し力を生むが、転移に関してはちょっとな――」
「――強い、思い?」
 そこで、今まで口を閉ざしていた麻紀と目を合わせた。
 包帯に覆われた無表情な顔は何も返ってよこさず、代わりに黒い瞳が一機自身の姿を映していた。

 ――現実に飽きてはいませんか?
 ――くだらないと思っていませんか?
 ――どこかもっと楽しい、自分の才能が生かせる場所に行きたいと思いませんか?
 ――貴方を、楽園にご招待……

「――ああ」
 急に脱力して、一機はバタンと倒れた。ああもう馬鹿馬鹿しい。何もかも馬鹿馬鹿しい。
「な、なんだどうかしたか? 傷口が開いたか?」
「いや、別になんでも……あー、ちょっと痛いかもしれん。まあ大丈夫です」
「ならいいんだが……そうだ。何か食べるか? 持って来てやる」
 そう言うと、ヘレナはテントから出ていった。グレタも「そういうことは部下に指示するものでしょう」なんてことをグチグチ呟いてついていく。残された麻紀と一機は、同様に顔を見合わせた。
「――本当に来ちゃったな」
「兎を見た覚えは?」
「全然ないけど、多分原因はこいつだろ」
 手にしたアマダスとやらを上に投げながら、一機はそう結論付けた。
 最近語られていた鉄伝における様々な噂。あのメールの文句といい、ここへ飛ばされる直前の光景といい、ヘレナから聞いたアマダスに関する伝説といい、他に考えられることはない。……信じられんのは変わりないが。
「ということはつまり、私は巻き込まれたってことですか。人の人生どうしてくれるんですか貴方」
「いや、俺だって好き好んで巻き込んだわけじゃないから。こんなことになるってわかってたら誰があんなメール……」
 押すかよ、と言おうとしたが、一機はそこで黙り込んでしまった。思い出したのだ。
 あの晩見た、まっ白い進路希望調査票を。
「――まあ、なっちゃったもんはしょうがありませんね」
 絶句している一機を相手にせず、麻紀は会話を進めた。
「それよりも今は建設的な話をするべきでしょう。これからどうします?」
「どうします、たってねえ。お前サイフ持ってるのか?」
「それ、ジョークで言ってるんですか」
 無論ジョークだ。違う世界ならあっちの金なんて意味を為さないだろう。あちらの世界では金を疎ましく思っていたぐらいの一機だったが、こうしてみると金銭のありがたみがわかってくる。
「さっきこんなのもらいました。こっちじゃ銀が一番高級なんだそうで」
 そんなことを言いながら、右手に持った銀貨を一機に投げつける。
「おっとっと。ふうん、銀が高級ねえ。――うっわ、本当に銀貨だよ。祖父ちゃんに古代ローマの金貨見せてもらったことあるけど、本当にこんな感じだったっけ。……ん、女性の顔だ。イギリス通貨みてえ」
「そりゃそうですよ。だってこの国は……」
 その時、テントの入口がふわりと揺れ、炎の灯りが通さなくなった。誰かいるらしい。
「なんだ、ヘレナか? 何持ってきてくれ……」
 なにせ腹が減っていた一機は、あちらから入る前に自分からばっさとテントを開けた。
 しかし残念ながら、そこにあったのはヘレナ(ごはん)たちではなく、巨大なトカゲだった。
「……ぎ、ぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 デジャブ。先ほどの再現。また叫び、混乱した一機はテントの入口とトカゲの間にできたわずかな隙間から脱出した。
 胸の痛みも忘れて、周りを見る余裕もなくしばらく走っていると、
「っづだ!?」
 どこかに正面衝突した。顔面に激しい痛みが走り、たまらずその場でのたうち回る。
「あだだだだ……死ぬ、死ぬ」
「それだけ走り回れるくらい元気なのに死ぬわけないだろ。ほら、立て」
 その場にいたヘレナにぐいと起こされた。顔をさすりながら目を開くと、
「ってわあ!」
 ここへ来て何度目かわからない驚き。今回眼前にあったのは、あの巨大なロボット――メタルナイトだったか――デンと地にひざを付けていた。何人ものペンチらしき道具を持った方々が何か作業をしている。何故か全員女だった。
「あれ、何してんだ?」
「MNを整備しているのだ。さきほどの戦闘は大したことはなかったが、いかんせん魔獣の血が大量にかかってしまったからな。きちんと洗わないと錆びる」
「魔獣って?」
「お前も見たろ。あの巨大なケダモノの名だ。まあ、総称だがな」
 そう言って、ヘレナは手に持った串を一機に寄こしてきた。いい匂いをして丁度よい加減で焼かれた肉である。
「食え、腹が減ってるんだろ」
「あ、どうも」
 言われるまでもなく一機は大ぶりの肉にかぶりついた。食べると適度な塩と油の味が口中に流れ込んでくる。なかなかの美味だが、牛や豚とは違うらしい。
「あのさ」
「なんだ、口に合わんか?」
「いやそうじゃなくて、これ何の肉?」
「ウサギだ」
「え? 兎肉ってこんなんだったっけ……まあ、ガキの頃じいさんが狩ってきたのしか知らんからよく思い出せんが。ところで、整備ってどんなことするの? 中のチップとか回路とか調べるの?」
「カイロ? チップ? なんだそれは。MNにそんなものないぞ」
「……はい?」
 予想だにしないことを言われ、口の肉を落としかけた一機が聞き返そうとすると、MNの胸部が観音開きされた。その中身は、
「――な」
 今度は肉を落としてしまう。全身が凍りついた。
 あったのは、人間でいえば筋肉の代わりとなる鋼鉄の塊と、骨格の代わりになる――やっぱり骨。巨大なまっ白い骨が、鉄の間に埋まっていた。
 よく見るとまっ白ではなく、語学に乏しい一機でも異質さを感じる謎の文字がびっしりと書かれていた。胸の中心には、透明な石が大量に埋め込まれている。あれは――アマダスか?
「って、この骨はまさか」
「『ディダル』だ」
「でぃ、だる?」
「古代に絶滅した巨人の化石……MNはその全身骨を使って出来ている。――そう言えば、近くに採掘場があったな」
 そう、あの時洞窟で一機と麻紀二人が見たのはやはりほ乳類、人型の巨大生物の骨だった。あの場所は骨を発掘するためにあったのか。
「やれやれ……これじゃロボットというよりゴーレムだな。もう驚くのもバカバカしくなってきた、ん?」
 ため息をつく一機に、後ろからトンと押された。
 何かと思い振り返ると、またしてもあの巨大トカゲがいた。
「う、うわぁ!」
 こちらはなかなか慣れないらしく、たまらず腰を抜かすと、ヘレナがそのトカゲを制した。
「こらこら、一機が怯えているぞ。お前ももう少し抑えろ」
「へ、ヘレナさん!? なに化け物トカゲさすってんですか! 喰われますよ!」
「ああ、お前さっきからこいつに騒いでたのか……安心しろ。《マンタ》は草しか食わないおとなしい奴だ。MNや物資を運ぶ牽引車に使うため飼ってるんだが、あと何十匹もいるぞ」
「嘘だー! こんなどう見ても恐竜ライクなトカゲな草食なわけないだろ! つかこんなの大量に居るん!? どこのサファリパークだここは!」
「――お前な、さっきの魔獣なんかどれくらいあったと思ってる? これくらいで怖がっていたらやってけんぞ」
「――それもそうだな」
 凄まじく説得力のある言葉にうなずくしかなかった。
 そんな姿に、ヘレナは「やれやれ」とため息をついた。
「情けない。まあいきなりこんなところに来て戸惑っているのもわかるが、ちょっとは落ち着いてもらわんと困る。これから仲間になるんだからな」
「いやあ、申し訳ない……仲間?」
 よくわからない単語に聞き返そうと思ったが、唐突に「ヘレナ様!?」と驚きの声が先に上がった。戻ってきたグレタだ。
「仲間ということはどういうことですか。まさか、よりによってこの男を……」
「お前にはさっき言ったろうが。この二人を拾った責任者として、親衛隊にいれることにしようと」
「それは麻紀だけの話と思っていたのです! よりによってシルヴィア王国親衛隊に男を入れるなんて冗談じゃありません! 身を案じるなら、王都に引き取らせればいいでしょう! 何を考えてらっしゃるんですか!」
「そんな捨てるような真似ができるか。二人を拾ったのは私だ、私に責任がある。それに――」
 ちらと、意味ありげな視線をグレタに向ける。なにか思い当たったのか、あと顔を歪ませた。
「で、ですがヘレナ様――!」
「あのさ、一つ聞いていい?」
 どうも気になることがあったので、一機は二人の会話に割り入った。
「なんですか、今貴方に構ってる暇は――」
「親衛隊って、騎士団だろ? 剣を振ったり、矢射ったり」
「当たり前だ」
「騎士団に男が入るのに、なんでそんな騒いでるの」
「「……え?」」
 二人から目を点にされてしまった。否、二人だけではない。
「……というか」
 辺りを見回すと、すっかり静寂に包まれて親衛隊員たちの瞳は全員こちらに向けられている。そう、全員が。
「ここ、女しかいなくない?」
 周囲で整備や何かしら肉を焼いているような人々は、一機の視界に入る限りは皆女性。しかもかなり若く、一機と同年代くらいにも見える。どうもイメージした騎士団とやらとはギャップがあり過ぎた。
「そりゃそうですよ」
 と、麻紀が突然にょきっと顔を出してきた。いつの間に来ていたのか。
「うわっ! 心臓に悪い登場の仕方すんなお前。って、なんだ「そりゃそう」とは」
「いくらこんな姿だからってヒドイ言い草ですね。まあいいでしょう、簡単に言いますとね」
 そこで一旦言葉を切り、いつもの八重歯をのぞかせた小悪魔的笑みで一言。
「この親衛隊、男子禁制なんですよ」
「……は?」
 数刻、一機の時間が停止して――絶叫が響く。
「はいいいぃ!? なんだそれは!? 何で騎士団が男子禁制なんだよ!」
「ていうより、女性限定の親衛隊と言った方が正しいかと。普通の騎士団には男騎士ちゃんといるそうですし」
「じゃ、なんで親衛隊だけ女限定なんだよ!」
「決まってるだろう」
 ヘレナが割って入り、その自己主張が激し過ぎる胸をさらに強調させ言った。
「我々シルヴィア親衛隊は、本来女王陛下をお守りするためにあるのだからな」
「……女王、陛下? 王妃じゃなくて?」
「ああ、シルヴィアは女系国家だからな。シルヴィア・マリュース陛下も当然女王だ」
「ええー……」
 驚きというか呆れというか、とにかくそのような声しか出せなくなっていた。女王が統べる国や女系社会というのは別段驚くには値しないが、一機が気にすべき点はそこではなかった。
「ってことは、やっぱ親衛隊には女しか……」
「いないぞ。まあ、お前を除けばの話だがな」
「いや、俺まだ入ると決めてないんですけど」
「だから私は反対だと言ってるでしょう! 勝手に話を進めないでください!」
 グレタがさらに激昂して割って入る。なんかカオスになってきた様にヘレナもさすがに面倒になってきたのか「ああ、わかった」と返した。
「じゃあこうしよう、今だけ仮入隊だ。どうせ正式な入隊は王都で認めてもらわなければならないんだからな」
「ですから、私はそういう話をしているのでは……!」
「ていうかどうしてそんなに入隊させたいんだよ俺を!?」
「いいではないか。入隊させるさせないは別にして、この二人をこのまま放っておくわけにはいくまい? とりあえず任務を終えて戻るまではな」
 さすがにこれにはグレタも「ぐ……!」と口ごもらざるを得なかった。こちらとしても別世界ということで頼れるものはない。必然ヘレナたちに身を委ねるしか方策なし。麻紀に視線を送ると、また口元だけの微笑みを返された。
「し、しかし、いくらなんでも男、しかもアマデミアンを入れるなんて……」
「じゃあいっそ、アマデミアンじゃないってことにしましょうか?」
「へ?」
 間にひょいと顔を突っ込んだ麻紀が、意味不明な言葉を発した。一同の視線が麻紀に合わさると、いつもの嘲ったようないやらしい笑みを浮かべて麻紀は一機の肩をポンと叩き、
「というわけで、貴方は今日からフレーク(本名)ということで。わかりましたかフレークさん?」
「せめでシリアさんと呼ばんか!」
 泣きそうな顔で手をはねのける。
「つまり、偽名でどっかの田舎者で押し通すってことか……じゃ、お前はティンカー・ベルだな」
「いやん、そんなファンタジックな名前で呼ばれるなんて恥ずかしい。せめて気軽にフェアリーちゃんと呼んで下さいな」
「悪魔同然のお前のどこがフェアリー……いや、そうでもないか。妖精ってのは古今東西悪辣でいたずら好きと決まっていたたたた、ニコニコ笑いながら耳引っ張り上げるんじゃねえ麻紀!」
 ほっそりとしながら弓道部出身で意外と力がある手に、千切れるかと思うくらいの痛みを与えられた耳をさする。涙でにじんだ目でヘレナに向き直る。
「――という案が出ているんですが、どうでしょう」
「まあ、お前らがそれでいいというならそれでいいがな。で、麻紀がティンカー・ベルとやらでお前がフ」
「シリアです! シリアとお呼びください!」
 これでも三日くらい悩んで決めたハンドルをネタにされてはたまらない。頭を抱えると、そこで一機は初めて自分の持っている串が焦げと肉汁の残滓しか残ってないことに気付いた。
「あ、やべ落とした」
「おいおい、食べ物を粗末に扱うなよ。どれ、新しいのを持ってきてやる」
「お待ちください。そんなことを親衛隊隊長がやってどうするんですか。……それぐらい部下に命令なさい」
 なんてことを言いつつ、グレタは肉を焼いているらしき焚火の中心に向かっていった。まあ、悪い人ではないらしいと一機は理解する。
「って、別にいいですよ。落としたのは自分のせいだし、そんなに食べませんから」
「嘘つきなさい、やせのモヤシというどうしようもない人種なのに隙あらば何か食ってる人が。ダイエットならもう手遅れと思いますよ隠れ肥満さん」
「ややこしくなるから口はさむな! 言ってること七割理解できなくて困ってるだろ、たたたたた……」
「ああ、いやだいたいは理解したぞ。そう遠慮するな、どうせ余ってるからな」
 え? と一機は眉をひそめた。さっきの串に刺さっていた肉はかなり大ぶりであった。兎なんというものは身なりが小さいから肉も少ないはず。かなり大量に獲ったのか?
「ずいぶん大猟だったんだな」
「まあな。最近じゃ珍しいほど出没したよ。一匹一匹解体するだけで一苦労だ」
「そりゃ、毛むくじゃらであのサイズだからな。刃物入れるのも一苦労だろ」
「なんだ、よくわかってるじゃないか。なにせ骨が太くて筋張っているからな。MN用のロングソードでも大変なんだ」
「……兎相手にロングソード? 鶏に牛刀ってレベルじゃなかろうに。普通に包丁使いなさいよ」
「何を言ってる。ウサギを包丁で切れるわけがなかろう。たしかに調理には使うが、解体はMNを使わねば話にならん」
 微妙に話がかみ合ってないことを、一機はとうに悟っていた。なにより隣にいる顔を見れない相棒が、にっしっしとわざとらしい含み笑いを漏らしているのが不安にさせる。そんな空気を断つように、グレタが香ばしい匂いを手に戻ってきた。
「MNという呼び方はやめていただいて欲しいんですがね。所詮はグリードがつけた名称ですし、魔人と呼ぶべきでしょう魔人と。――はい、どうぞ」
 幾度目かわからぬ苦虫カミカミな顔をしつつ串を手渡してくる。
「いいではないか、今では元老院の連中もMNと呼んでいるぞ。名前などこだわる必要はないと思うがな。MNだろうが魔人だろうが……はぐ」
 肉にかぶりつくヘレナの脇で、一機は串を手に持ったまま硬直していた。ただしそれはさっきまでの思案ではなく、今しがたグレタが発した言葉に対してだった。
「……グリード、って、まさか……」
「ところで、どれくらい捌いたんだ?」
「半分もいってませんね。二十匹以上斬ったのだから始末が大変です。全部持ち帰るわけにもいきませんし、だからと言って放置したら病気の元になるでしょうし、まったく困りましたよ」
「しょうがあるまい。何せ相手は凶暴なウサギだ、倒さねばライノス周辺に被害が広がる」
「――凶暴? 兎が?」
 もうなんとなく見当はついたが、万が一ということもあるので聞いてみることにした。
「あのさ、この肉って何の肉だっけ?」
「うん? さっき言ったではないか、ウサギだ」
「兎って、さあ……どんな生物」
「どんなって、お前も見たろう」
「ああ、あのどう見ても恐竜系なのに草食なんてほざいたあのトカゲ」
「そっちじゃない! お前が大怪我させられた魔獣だ!」
 ――間
「ええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
 絶叫。いやだろうなとわかってはいたものの、絶叫せざるを得なかった。
「嘘つくんじゃねえよ! あんなどう見ても類人猿にオオカミタイプの歯をプラスした怪獣が寂しくて死んじゃうラビットなわけねーだろ! よくてビッグフットだ!」
「一機さん、ビックフットは実在しませんよ」
「知ってるよそれは! 俺が言いたいのは、兎は白くて出っ歯で目が赤くてピョンピョン飛び跳ねる抱けるサイズの生物ということでだね」
「一機さん、今時目が赤い白兎は珍しい」
「だから余計な茶々を入れるな!」
(日本人がイメージする白兎はジャパニーズホワイトという品種のアルビノで、正常な兎で目が赤いのはいない)
「お前らが何を言ってるのか全然わからんが、あの魔獣の名がウサギなのは間違いない」
 よくわからない言い争いを始めた二人にうんざりしたのか、ヘレナが口を挟んだ。
「まったく、こんなライノス領の片隅にまであんな大量に出るとはな。下手すれば近くの街を襲っていただろう、結果的に来たのは僥倖だったと思わんか?」
「だとしても、やはり本来女王陛下を守るための親衛隊がこんなドルトネル峡谷辺りまで遠征しなければならないなんて情けないにも程があります」
「お前のその台詞、何度目だったかな……む、どうした一機」
「い、いや、なんでも……」
 なんだか頭がくらくらしたような気がした一機は、「あー」と呻きながらまた質問することにした。
「悪いんだけどさ、もう一度自己紹介してくれないかな、ヘレナ?」
「うん? なんだ、もう忘れたのか?」
「そうじゃなくて、確認したいことがあるだけ」
 変な顔をされたが、とりあえず応じてくれた。
「シルヴィア王国親衛隊隊長、ヘレナ・マリュース。――これがどうかしたか?」
「……シルヴィア王国、親衛隊で間違いない?」
「だから、何度も言ってるだろうが」
「……ここらへんは、ライドロン領にドルドルドル峡谷だっけ?」
「はあ? 全然違うぞ、ライノス領にドルトネル峡谷だ。お前何がわからんというのだ?」
「……さあ?」
 と、それだけ言ったら、俺はまた意識が遠くなるのを感じた。

「ん――ああ、夢オチか」
「一番手っ取り早い現実逃避しないでくれませんかね、気絶したのを幸いとばかりに」
 また寝袋から起き上がった一機の呟きを嘲笑うように麻紀が突っ込みを入れてきた。小さいランプが狭いテントの中唯一の光源となっている。
「ええと、今度はどれくらい気絶してた?」
「別にそんなには。単なる貧血ですって。傷口開いてたみたいです」
 そりゃあれだけ走り回って暴れればそうなるわな、とため息をつく。
「なんつーか……すさまじく色んな事がいっぺんに起きたんで頭の整理がまだつかねえ」
「まーなんて適応力の低い方」
「むしろこの状況にあっさり適応出来る奴の神経を疑うわ。だって兎があんなんだぞ?」
「世界一外套と懐中時計が似合わないバニーちゃんでしたね。あ、肉残しておきましたけど食べます? 冷えて固まったのですが」
「……食う」
 レオタードと網タイツを着た毛むくじゃらを想像してしまいげんなりしたが、とにかく腹が減っていたので一機は貪り食った。
「で、さっきの話のつづきしますか一機さん?」
「ん? ああ、これからのことか」
 最後の一きれを飲み込んだ一機は、「んー」と考える仕種をすると、
「どうするかってねえ……俺ら二人いたところで、この世界でやってけるかね」
「やん、そんな私は大丈夫ですが、一機さんはまだ十八歳になってないじゃないですか」
「誰が婚姻届出すなんて話してるか。だいたい俺たちこの世界に戸籍ないだろ」
 わざとらしく頬を手を当ていやいややってる女に、固まった脂がこびりついた串を投げたい衝動を必死で抑える。これくらいの自制は二年の間に一機の中で養われていた。
「まあんなことはどうでもいいとして、私たちには彼女達に付き合うしか方法がないのは事実ですね。こんなところで放り出されたらあの魔獣とやらに喰われるだけです」
「急に真顔に戻らないでくれるかな合わせ辛いから」
「今ギャップ萌えを会得しようと思ってまして」
「萌え要素てわざわざ習得する物なのかね。つーか話進まないからここで切るぞ。しかし、ついていくといったところで、あいつらこんなとこで何してんだ?」
 一機も西洋史や騎士団なんてものに詳しいわけではないが、女王陛下の親衛隊なんてものは名の通り女王の傍にいて護衛する物と思うが、ここは王都より遠いはずのライノス、遠征にしちゃ遠すぎる。
「さあ? そこら辺は詳しく話してくれなかったんで。でも、魔獣退治とかじゃなくて、なんか探し物してるらしいですね」
「探し物?」
「明日、ドルトネル峡谷へ総員で向かうそうで。だから私たちを王都へ送るのはその後でと言われました」
「――どんどん出る峡谷?」
「パチンコみたいに言わないでください。ドルトネル峡谷です。そこに何か用事があるらしく、そこで任務を終えるまで世話してくれるそうで」
「なんで?」
「なんででしょうねえ」
 二人揃って歯切れの悪い会話をしているのは、互いに『裏』を感じ取っていたからだ。
ヘレナが善人なのは間違いない。転移――『文明の漂流』とやら――してきて頼るもののない自分たちを助けようとしてるのも事実だろう。
だけど、他にも何かあるんじゃないかと思えるのだ。
『――まさか、お前らが……?』
 そう、あの時初めて会ったヘレナは言っていた。まるで俺たちが、否、俺たちではなくても、何かが現れると知っていたかのように――
 気のせいならばいいのだが、どうにも勘ぐってしまって仕方がない。そうしていると、麻紀が口元をニヤリと歪め、左目にいつものこちらの反応を楽しむ色を見せた。
「そんな気になるなら、確認しましょうか?」
「え?」
 それだけ言うと、「こっちこっち」とテントの外へ誘う。顔を出すとさすがに寝静まっている。遠くで見張りの兵が気だるそうにしているが、こちらに気付く様子はなく他のテントも動きがない。
「さ、こっちです一機さん」
「お、おいおい何処行く気だよ」
 質問に答えずずんずん行ってしまう麻紀を追い、一機も抜き足差し足でついていく。ちょっと進んだ先にひと際大きいテントがあり、小さな焚火の間に二人の女性が向かい合って座っていた。ヘレナとグレタだ。
「――まったく、横暴も大概にしてほしいですね」
「横暴? 失礼だなグレタ、私がいつ横暴をした。親衛隊隊長としての権限を少しばかり使っただけだぞ」
「それが横暴だと言っているのですよ」
 呆れ顔でカップに口を付けた。遠いので何を飲んでいるのかわからないが、多分紅茶かコーヒーの類だろうと一機は予想した。
「どうにも寝付けなかったのでぐっすり就寝中の一機さんの胸にでも正座して金縛りごっこしようと思い忍んでみたら、二人がお茶してるのを発見して起こしに来たわけです」
「お前けが人に何しようとしてんだ。そんな姿で金縛りされて起きたら心臓止まるわ今度こそ」
 ちなみに、麻紀のテントはけが人ということで看護兵付きの比較的広々としたもの。一機は一番小さいのもので思いっきり外れへと追いやられていた。悲しくないといえば嘘になる。
 ――まあ、隊長の裸ガン見した立場じゃ文句言えないけど。
「お、貴方今自分の処遇に嘆きつつのぞき魔であることを思い出し己を慰めなおのことボンキュッボンな裸体を回想し血流を一点に集めましたね」
「ため息一つでそこまで心読むんじゃねえ。てか、あいつら何話してるんだろうな」
 聞き耳を立ててみると、どうもグレタがヘレナに対して苦言を呈しているらしいが、しかし仮にも上官なのに歯に衣着せない態度に一機は妙な違和感を感じた。
「ですからね、貴方も自分の立場というものを考えて行動してくれませんか。貴方が下手な真似をすれば、女王様のみならず、王女様の名にも傷がつくのですよ」
 王女様、というと女王の娘のことだろう。女系国家なら次期女王のはずだし、直属の親衛隊が何か問題を起こせばたしかにまずい。
「グレタ……いつも言ってるだろうが。姉上は姉上、私は私。それに今の私は親衛隊隊長ヘレナ・マリュース。それ以上でも以下でもない」
「そう言っているのは貴方だけです! 騎士だろうがなんだろうが、貴方が先代シルヴィア・マリュース十七世女王陛下の第二子であり、現シルヴィア王国王女の妹であることはどんなことがあっても変わらない事実! それを自覚してください!」
「……へ?」
 と、推測していたところに予想外の単語が出てきて、思わず一機は素っ頓狂な声を出してしまう。「馬鹿……!」と麻紀が口を塞いで頭を引っ込めさせたのと、二人が会話を止めこちらへ視線を向けたのは同時だった。
「……何か聞こえたか?」
「……気のせいじゃないですか?」
 気付かれなかったらしい、ということで二人はホッと胸をなでおろす。が、すぐに麻紀が目を吊り上げてきた。
「何やってんですか貴方は。いきなり口からおならなんかしてそこまでへそ曲がりだとは思ってませんでしたよ。もう一回転してますね絶対」
「屁と言ったんじゃないっ。だ、だって、ヘレナが、あいつが王女様なんて……」
「阿呆なことほざいてるんじゃありません。わかってなかったんですか。散々言ってたでしょ、ヘレナ・マリュースって」
「……あ」
 言われてみればその通りである。ヘレナのフルネームがヘレナ・マリュースで、女王の名がシルヴィア・マリュースなら、血縁と考えるのが自然、というより当然だ。一機の方がボケていたとされて仕方ない。
「いや……なんつーか、色々ありすぎて頭の処理が追いつかなくなってたみたいだな」
「そんな低スペックのブレインじゃ後々困りますね。このままだと過負荷かかって頭パーンしても知りませんから。ま、それより今は続き続き」
 そう促され麻紀にならって一機も頭をゆっくり上げた。
「そんなことはいい。いずれにしろ、あのまま二人を放っておくわけにはいかなかったろう。どんな処遇にするであれ、今は連れて行くしか方法はない」
「よく言いますよ……」
 くいとカップの中身を飲み干したグレタは、ヘレナに対してすっと細めた目を向けた。
「本当は、監視が目当てなのでしょう? あの二人が予言に出た人間ではないかと疑ったからこそ、貴方はあいつらを手元に置くべきと考えた」
 監視。
 グレタの言葉を理解するのに、一機の脳は少なからず時間が必要だった。
 ――え、な、なんだそりゃ……
 ギョッとして麻紀へ声をかけようとしたら、開いた口に何か突っ込まれた。
「ふがっ!? ふが、ふがふが!」
「ちょっと黙っててください。ついでにビタミン摂取するといいですよ偏食さん」
 いや、いくらうるさくてバレるかもといって、人の口に雑草突っ込むのはどうかと思う。青臭さとじゃりじゃりした小石の歯ざわりに泣きそうになったが耳は二人に傾けていた。
「予言、か――まあたしかに、聖女が示した場所近くに二人はいたが、だからと言ってあの予言自体が当たっているとは限らんからな。最近はアマデミアンが増えていると聞くし。第一、元老院はあんな話を本当に信じているのか?」
「ヘレナ様、前々から言っていますが貴方はシルヴィアの聖女様を馬鹿にしすぎです。神託を受ける巫女殿に「あんな」とは、教団に冷たい目で見られても仕方ありませんよ」
「別に聖女を馬鹿にしているわけでも、カルディニス教団にケンカを売りたいわけでもない。予言の内容自体がおかしいと言ってるんだ。『怪物』だとか……何の事だかさっぱりわからん。『魔神』と関連しているなんて教団は言っていたがどうだか。そんな曖昧な任務に親衛隊を担ぎ出されてはかなわん」
「それは……」
 呆れ顔で新たに茶を注ぐヘレナに、グレタは相変わらずのしかめっ面。グレタ自身も納得いってないところが今回の『任務』にはあるらしい。
「う〜ん……ここまでの話を整理すると、なんかシルヴィアで信仰されてる神の巫女さんが私たちが来るのを教えたそうですけど……『魔神』とか『怪物』ってなんのことですかね。何かの比喩でしょうか――て一機さん? 人の考察聞き流してないで相槌だけでも打ったらどうですか。小粋なジョークとかは諦めましたから」
「そんなもん求めるな最初から。ぺっぺっ、あー苦い。お前のせいだろうがこれは」
 自分の口から吐き出される土臭さに嫌気が差しつつ、麻紀と同じく一機も推論してみることに。
「さっき、グレタがMNのことを『魔人』って呼んでたな。あれと『魔神』と関係あるんじゃないのか?」
「日本語だと読み一緒ですが、同一のものとは限らないじゃないですか」
「ああ自動翻訳ってややこしい……そういや、なんで別世界なのに俺たち会話が通用するんだ? それとも俺の秘められた英語力が開花してバイリンガルに?」
「あまりにも今更な疑問ですね。ですが慈悲深い聖女のような間陀羅麻紀さんが解答を授けてあげましょう……バウリンガルでもつけてるんじゃないですか?」
「俺は犬か! わかってるよ俺は英語赤点ギリだエブリディ! だからその人を心底哀れむ下半分だけの目をやめろ!」
「一機さんうるさい、バレたらどうすんですか」
 誰のせいだと……と一機が叫ぼうとしたが、また草ぶち込まれる苦みを思い出しぐっと口を閉じる。親衛隊トップ2の会話は続いていた。
「まあ、あの二人に関しては監視ということで預かること自体は反対しません。しかし、親衛隊に入隊なんて必要なかったでしょう。それも間陀羅とやらはともかく、男をだなんて……」
「しょうがなかろう。王都に行ったところで、アマデミアンを世話してくれる物好きなどそう見つからんぞ。しかも一人はけが人で一人が男、こちらで面倒見るしかない」
「……それだけですか?」
「……ああ、それだけだ」
 じっと、これまでとは違う心を覗くようなグレタの目に、ヘレナはあからさまに視線をそらして立ち上がった。
「今日はこれくらいにしよう。明日は準備が出来次第ドルトネル峡谷に出発するぞ。お前も備えて寝てお……」
「ヘレナ様」
 背を向けたヘレナに対し、遠目でもわかるほど吊り上がった瞳でグレタは睨みつける。
「貴方まだ忘れられないんですか? ハンスのこと」
 ハンス、という言葉に、あからさまにヘレナはびくりと体を揺らし、しばらく硬直した。
 やがて、ゆっくりとグレタの方へ振り向くと、強張った笑みで一言、
「――忘れるわけには、いかんだろう」
 とだけ言って、隊長用のテントに戻っていった。グレタも自分のテントへ去っていく。
 残された二人も、無言で体を低くしつつ一機が寝るテントへ向かうことにした。

「……で」
「で?」
 戻ってみて、しばらくうまくいってない見合い状態だった二人だったが、やっと口を開いた。
「ええと、どうしようか」
「どうしようかって、何がですか」
 そう言われたところで、こんな妙な空気が嫌だから口を開いただけで何がもへったくれもない――と答えられる度胸は一機にせず。なので適当にでっちあげることにした。
「じゃあとりあえず、今のところのデータでもまとめるか」
「そうですね、じゃあまず一機さんの犬疑惑から」
「それまだ続いてたのかよ! 誰が何と言おうと人間だ俺は! 違くてだね、連中の会話を整理しようってことだよ!」
「ああ、そっちですか。えーと、だいたい大まかに分けていくつぐらいになりましたっけ」
 二人顔を見合わせ、さっきのヘレナたちの会話を思い出してみて気になるフレーズはいくつかあった。
 親衛隊が一機たちが来ることを『聖女』の『予言』で知っていたこと(一機たちとは限らないが)。
 その『予言』には、『魔神』やら『怪物』など他にも続きがあること。
 それを見極めるために、一機たちを手元に置くことにしたこと。
「あとはまあ……『教団』とか『元老院』なんてのがあるってことくらいか」
「おや、もう一つ気になるとこがあったはずですが」
「――そうだっけ?」
 とぼけてみせるものの、一機の視線は麻紀から完全に外されていた。
「ともかく、その『予言』ってのが気になるな。『怪物』だの下りはともかく、俺たちのことを語っていたらしいしな。ひょっとしたら、これと関係あるかもしれん」
 そこで、一機が自分の胸ポケットから取り出したのは、またいつの間にか入っていたアマダスだった。
「あ、その石に取らないでくださいよ。それ付けてるとケガの治り早いそうですから」
「なに? このパワーストーンそんな効果もあんの?」
「ええ、他にも色々あるそうですが、詳しくは聞いてません。そこまでデカいの貴重だそうですから、大事にしてくださいよ」
「貴重ねえ……タダで送られてきた石がかい?」
 こちらへ来た原因がこのアマダスであるのなら、『予言』とこの石は何らかの因果関係があるのか、あるいは本当に予知したとでもいうのか。オカルトは信じないタイプの一機だが、今更そんなことをほざく気はない。
「ま、今日はもう遅いし寝ませんか? シルヴィア王国騎士団親衛隊の方と寝床を共にしてきますので、一機さんもどうかおやすみ。おっと、シリアさんでしたっけ?」
「お前はその呼び方すんな。――ええと、シルヴィア王国で間違いないか? シルヴァキャアとか」
「なんですかその可愛いどうぶつさんのホラーハウスみたいな名前。間違ってないですよ、メガラ大陸にあるグリード皇国と対立しているシルヴィア王国で正しいです」
「――ああそう」
 また気が遠くなりそうだったが、なんとか我慢して返事をした。
 メガラ、グリード、シルヴィア。おまけにライノス、ドルトネル。どれも一機と麻紀二人には聞きなれた単語だった。
 なにせ、昨日まで愛機とともに暴れ回っていたのだから。
「……鉄伝のロボットてさ、MKだったっけ?」
「MNですね。Metal(メタル) Night(ナイト)、鋼鉄の騎士だったらKnight(ナイト)ですから鋼鉄の夜と訳すべきだけど意味わかりませんよね」
 そうだった。MNとは鉄伝、『アイアンレジェンド』におけるロボットの総称だったのだ。すっかり忘れていた。
 そしてメガラ大陸は鉄伝の舞台、グリードとシルヴィアは敵対している大国。ライノス領とドルトネル峡谷なんか昨日いたところだし。
 つまり、この世界は『アイアンレジェンド』の世界ということになる。
「俺、鉄伝のストーリー設定とかあんま覚えてないんだけど、麻紀わかる?」
「興味なくて読まなかっただけでしょ。鉄伝にそんな詳細なストーリーなんてありませんよ。単にグリード皇国と『女系』国家シルヴィア王国が対立してるってだけで」
「女系の部分わざわざ強調しなくていいです」
 そう突っ込むしか一機にはできなかった。他にどうしろというのか。
 しかしながら、あのアマダスは一機にとっての兎だったのは間違いないが、不思議の国や鏡の国ならともかく、よりによってまさかゲームの国に迷い込まされるとは思わなかった。幼いころの自分が知ったら唖然とすること確実だ。
「しかし、今更なんですが荒唐無稽極まりない話ですよね。未だに夢見てるんじゃないかと疑いたくなります」
「よし、だったら目覚めさせてみよう。顔こっちに向け……いだだだだ、お前が俺の頬つねって何の意味がある!」
「いやだって、そういう返答をさせるために言ったんですもの」
 またいつもの嘲った笑みで馬鹿にされる一機。それにしても麻紀も結構な大けがのはずなのに元気なもの。このバイタリティには平伏せざるを得ない。
「さて、と。今日のところはこの辺でお開きとしませんか。これ以上議論のしようないし、さすがにおねむの時間ですねこの世界の時計持ってませんけど」
「体感時間としては俺達鉄伝で敵MNを撃破しまくってる時間だけどねー、こんな状況でもフリーダム健在だなお前。わかったよ、今日はもう寝るとしよう」
 では私は病人専用テントに戻りますので、ああ見送りは結構です。ヘタレフレークさんがウルフさんにクラスチェンジされたら困りますのでうふふふふ、なんて嘲笑(わら)う麻紀に突っ込む気力もなく、ドッと疲れが出て寝床に倒れ込む。
「はあ……」
 ため息一つ吐いて、今日一日――と呼んでいいかどうかわからないが――のことを思い返してみる。しかし出来事の密度があまりに濃過ぎて全部再生するのは困難を極めた。
 日常が一気に崩壊するのは、一機にとって初めての経験ではない。自らの不実が原因とはいえ、見据えていたはずの未来を喪失した感覚は忘れ得ぬ痛い記憶である。
 だが今回は、あの時とは崩壊の度合いが段違いだ。
 失ったものばかり見つめ、退屈な今の世界(にちじょう)に飽き飽きして、外套を着た兎を求め続けていた自分。生ける屍状態だったこの身に、今日突然衝撃が走った。――正確には、突き刺さっただが。
「あーでも結構治ってるな。この石本当すげえんだな……売れば大儲けできそうだけど」
「やめといた方いいですよ。こっちではその石色々使える便利グッズだから、盗賊とかが採掘場襲うなんて被害絶えないらしいので狙われますよ」
「わっ! まだ戻ってなかったのかお前」
 テント入口からにょきっと眼帯をした顔をのぞかせている麻紀。ふらふら向日葵ぶら下げて揺れる三つ編みがかえってホラーを演出している。
「何気に怪我したけど結構ピンピンな一機さんが、いきなりの環境変化にオロオロ戸惑いつつラッキースケベ的役得で見られた美女の全裸にムンムンして、寝ようにも眠れず寝袋の中でゴソゴソとある一定部分に血流を集中(ギンギン)させようとした一機さんとたまたま偶然そんな気はなかったのにはち合わせてしまい、きゃーんもうえっちーなラブコメ的ハプニング展開をしようとしたんですがちょっと早すぎましたか。始める気だったならそのままOKですよ」
「しねえよ何にも! なんだその計画性ありすぎるハプニングは! 今時そんな展開誰もやんねーよ馬鹿!」
 見た目からするとこっちの方が重症な気がするが、こんないつも通りの人を小馬鹿――大馬鹿でいいか――にする態度を取られると同情できなくなる。大したことないらしいし。
「でしたらさっさと夢の世界へダイブしたらいかがですか。良い子はおネムの時間ですぜグッナイ。あ、一機さんは悪い子でしたか」
「そのネタはさっきやったろーが! お前がいちいち絡むから寝らんないんだよ! わかったからもう出てってくれ麻紀!」
 ほとほと嫌気がさして麻紀をテントから追い出した。やっと寝られると一息つけたところ、再び麻紀が頭を入れてきた。
「あ、そうそう一機さん。明日のことなんですが」
「だからお前いい加減に……明日?」
「貴方の怪我は今のところ血がドバドバ出て調子悪いですが、アマダスの効用も相まって明日明朝くらいにはもう問題ないくらい回復するそうです」
「……はあ」
 明日という一機にとって不安と幾ばくかの期待を感じさせる言葉につい反応すると、麻紀はなんの脈絡もなく一機の体調について話し出す。相変わらずわけわからんと一機が生返事をしたら、
「……だから、明日は大変かもしれませんって」
 と、本日最高レベルの歪んだ笑顔をかまして悪魔は去っていった。
 何かものすごく得体のしれない不安と恐怖をあおられた一機だったが、さすがに疲れ果てた肉体は休息を求め寝袋に入る。が、今日一日起こった様々な出来事(と麻紀の嘲笑)が頭から離れず、数刻かかってようやく眠ることができた。

 正確には、ほとんど寝られなかったのだが。




   3TURN 漂流する者たち

「はあ、はあ、はあ……あの、昨日、俺は死にかけたはずなんですが……」
「看護兵がもう大丈夫と言っていたから問題ない。ほら、休憩は終わりだ」
「あのー、休憩って二十秒ほど膝ついていただけですが……」
「もう一分経った。充分すぎるな」
「ヘレナさーん! スポーツ医学ってご存知ー!?」
 知るわけが無い。キョトンとした顔をしたヘレナは、いいからと無理矢理一機をまた走らせた。日はやっと昇ったというところだった。
一機がやっとうとうとした矢先にヘレナが「いつまで寝てるんだ!」と叩き起こしいきなりの走りこみ。もう何キロ走ったのか一機は思い出せない。
「まったく、これぐらいでへばっていては親衛隊など勤まらんぞ。これから毎日鍛え上げねばならんな」
 鼻を膨らませて笑いながらヘレナが宣告した。一機にとっては上に『死刑』の二文字がつく。この人スポ根タイプだったのか。
 当たり前と言えば当たり前だが、親衛隊とは騎士の集団で、騎士とは戦いをする人で、つまりは筋力と体力が必要な仕事。だからと言って突然のスパルタ特訓にネトゲ中毒の半ひきこもりがついていけるわけがない。開始して早々にゾンビ化していた。うーうー言っている。
「麻紀の奴、昨日の思わせぶりな態度はこれか――だったら素直に説明せいってんだ。するわけねーかあのプチデビルが」
 気がつけば、もう太陽が昇っていた。いや別物だろうが。一機が初日の出を見るのは何年ぶりになるか。こんな美しいものだったなんて、と感動したためかちょっとしょっぱい液体が目だけでなく全身から流れ出す。
「ってそれは単なる汗だ!」
「何をブツブツ呟いてるんだ。特訓は終わってないぞ」
「ヘレナさん、悪いんですけど水持ってきてくれません?」
「ダメだ。水を飲むとかえって疲れる」
「それ迷信だから水! なんで知ってるんだよ!」
 十数年前の野球部じゃあるまいし、そんなエセ医学語られるとは本当にやばい。そうグッタリした様子の一機にヘレナは呆れるだけで、
「まったく、素人だからある程度しょうがないとは思っていたが、これでは話にならん。ハンスはもっと……あ」
「ん?」
 顔を上げると、しまったと口をふさぐヘレナがいた。何かバツの悪い顔をして、こちらに目を合わせようとしたない。
「……仕方がないな、ちょっと待ってろ」
 何処か誤魔化すように水辺へ汲みに向かう。あれだけ走ったのに、ヘレナは疲れどころか息の乱れすらない。漫画みたいな体力である。
 なんて馬鹿なことを考えながら一機は地面に仰向けに寝っ転がる。汗でぬれたシャツとズボンは、血まみれになった制服の代わりに借りた親衛隊員のものである。隊長の命令だから隊員も貸さないわけにはいかないだろうが、しかし、これは――?
 そんなことはどうでもいいと思い直した。死ぬ、確実に死ぬ。一機は生まれてから十数年学校の体育以外運動などロクにしたことがない。じいさんが生きていた頃は山登りとか寒中水泳とかやらされたものだがそんなの今は昔の物語。このままだとやばいと一機は生命の危険を覚えた。
 なんとかさぼるかやらずに済む方法を考案せねば、とない知恵振り絞ろうとして、頭を抱えて地面に寝っ転がると、ヘレナの後ろ姿が視界に入った。桶で湖の水を汲もうとしている。
「…………」
 さすがのヘレナもそれなりに水分を消費したらしく、シャツは汗で濡れていた。
 体にピッタリ張り付き、ボディラインを強調する。
 さらには水汲みで動くたびにヒップが揺れて……
 ――ああ、やっぱヘレナって、良い体してるよね……古い言葉でボン、キュッ、ボンだ。着ているのは皆と同じシャツとズボンなのに、こうところどころはち切れんばかりに押し上げて、ああ……
 的場一機。体力は突き果てたはずが、性力は全然だったようだ。
 と、その時。
「!”#$%&’@+*<>¥|○×△□!?」
 何語かわからない絶叫がその場に轟いた。
 ぐわし、と一機の下半身(生命維持には必要ないが子孫繁栄には不可欠な部分)を踏まれたのだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「なにヘレナ様をいやらしい目で見ているのですかあなたは!?」
 高飛車な声が非難する。確認するまでもなくグレタだ。
「な、なにをしているグレタ! 一機、いったいなにが……!」
「やっぱり成敗しましょうこんな不埒者! ヘレナ様に対しいやらしい目を向けて欲情するなど言語道断! 即刻断罪されるべきです!!」
「なっ……」
 赤くなったヘレナに対し全速力で首を横に振る。実際は見ていたのだがそれを言ったら一機の首は確実に胴体から解放されるであろう。
「往生際が悪い! ええいこうなれば、今私自身の手で断罪してくれる! 首を上げろ!」
「……それより、おたくのこの行為こそ断罪されるべきかと思うが……」
「男は黙りなさいっ!!」
 苦悶の中からやっとひねり出したことばをいとも簡単にはじかれてしまった。もう本当に涙が出てきた。ていうかあまりの激痛にとっくに泣いてはいたが。
「だから剣を振り下ろそうとするな! 落ちつけこの馬鹿!」
今にも斬り殺そうとするグレタをヘレナが必死で羽交い締めにする。デジャヴを感じ、股間を抑えたままほふく前進で逃げようとする。が、その場にガッシリ押さえつけられる。四方から伸びてきた無数の手に。
「……え?」
ものすごく嫌な予感がして振り返ると、そこにいたのは(一応)一機と同じく親衛隊の方々。一人残らず目が鋭く怒りに燃えている。
「グレタ副長、どうぞ!」
「ええーーっ!?」
「こんな大馬鹿者、処刑されて当然! カルディナ神の名の元に裁かれなければなりません!!」
「ちょっ、ちょっと待てぇーー!!」
 今まで感じたことのない殺意の集中砲火を浴びた一機だが、この隊員たちの怒りが単に隊長の尻を見ていたからだけではない気がいた。
「お前らもよせ! 新入りとはいえ、同じ仲間になんてことを――!」
「誰が仲間ですか! 私たちは認めた覚えはありません!」
「そうだ! 男が親衛隊員など我は絶対認めん」
 一機を親衛隊に入れるという話は既に昨日したはずだが、やはりヘレナの独断によるもので受け入れてはいなかった。その理不尽が爆発したのだろう。それには一機も同意するが……
「よりにもよってヘレナ隊長の裸を見るなんて……ゆ、許せない!」
「そうだ! あたしだってのぞくスキをうかがってたのにいつも周りに抜け駆けするなって邪魔されて……あ」
 ――前言撤回。同情する必要などない。真性だこいつら。
「あーもう、お前ら全員走ってこい!」
「「「「「「「は、はいいぃ!!」」」」」」」
 総勢百人近くという親衛隊員、そのほとんどが脱兎のごとく一喝され走りだしていった。まああいつらの気持ちはとてもとても理解できる、あれはのぞく価値のある体だぐへへ――などと一機が昨日の眼福を再生して嫌らしい笑みをしていると、
「『巨乳生徒会長伊座南海、堕落議事録』」
「……!?」
 全身の血液が一瞬にして凍結されたような錯覚を覚えた。耳元で一機にとってつうこんのいちげきを囁いた死神に、ぎぎぎ……と凍りついた首で振り向いた。
「――何故それを」
「相変わらずのおっぱいフェチですね。あ、いやそうでもないか。巨乳派というより一機さんは美乳派でしたよね。ああ、それも違いますね。私には純愛派気取ってますが、本当はソフトS」
「俺の性癖の話なんかしてねーよ! なんでそのソフト知ってるんだ!」
 一機の心臓を一旦止めた死の一言、直訳するとデスワードは、最近一機が購入したもので、まあ、ある特定の年齢に達した人間でなければ買えないパソコンのゲームである。本来一機は対象外だが、年齢を訴訟してネットで手に入れていた。
「いくらパソコンの履歴を消したとしても、実物を目にしてしまえば意味なんてありませんということで」
「特注の二十個の番号入れなきゃ開かない戦車に踏まれても平気な耐火金庫に入れといたんだぞ!?」
「付き合い長いですから、貴方が入れるであろう番号くらい余裕でわかります」
「五本の複製不可新開発の電子キーは!?」
「それはまあ、乙女のヒ・ミ・ツってやつで」
「そんなんで開いたらルパンも五右衛門も涙目だよ!」
「おい狙撃手気取り、ガンマン忘れてる」
「三世じゃないよ! 誰が狙撃手気取りだ!」
 そんな二人にとってはいつも通りの漫才をしていると、股間の激痛がいつの間にか収まっていた。麻紀は一機を慮ってわざと怒らせるようなことを言った――わけがない。決してない。
「お前ら、何をガヤガヤ騒いでるんだ?」
 そこに、ヘレナが呆れたようで口を挟んできた。
「見てわかりませんか? 愛しい一機さんとのスキンシップできゃあ、私ったら口が滑っちゃった恥ずかしい♪」
「おちょくってるだけだろうが」
「おかしな奴らだ――とりあえず、無事か一機?」
「……一応、生命維持には問題ありません」
「そうなのか? 私にはよくわからんが……おい、誰か看護兵を呼んでこい」
ヘレナの命令に対し、今起き出して先ほどの強制ジョギングを免れた隊員が渋々とした様子でやけにゆっくりどこかへ行った。汚いものを見る目を向けつつ、ツバを吐きながら。
「あらー、本当に嫌われてますね。女だけの部隊に男一人なんて、ラブコメハーレムのテンプレ的展開のはずなのに」
「漫画じゃあるまいしあり得るかそんなこと。野兎の群れの中に一匹白兎いたらいじめられるだけだろ」
「その例えには同意しますが貴方が白兎発言は却下したいのですが」
「例えなんだからんなことどーだっていいだろうが!」
「お前らいい加減うるさいっ!」
 ゴッと二人仲良くゲンコツで殴られた。言うまでもなく水を持ってきたヘレナである。
「その様子なら問題ないようだな一機。今飯を作ってるから、お前も何か手伝え」
「一機さんが作ったらどうです? 見直すかも知れませんよ」
「包丁握らせてくれるわけないだろ……で、何作るの」
「昨日のウサギの残った肉でシチューだそうだ」
「うええぇ……」
 思わずカエルが潰れたような声を出してしまう。別にまずいわけではないが、あの凶暴な姿を思い出すと食欲が減退するのだ。
「しっかりしなさいよ、ここで食べとかないとその後の特訓身が持ちませんよ?」
「なおのこと食欲がなくなるわ……うう」
「ああ、悪いが特訓は中断だ。食事を終えたら出発せねばならんからな」
「「出発?」」
 二人が声を合わせると、ヘレナは「ああ」と応じた。
「我々の本来の任務でな、行かねばならないところがあるのだ」

 たとえMNがあってもなくても、百人近い親衛隊が行軍するにはそれなりの荷物が必要になる。
 故に食料、武器、医薬品その他必要物資を含めて相当量になる運搬と、隊員たち自身を運ぶのに《マンタ》は貴重なもので、その力とおとなしい性格で牽引車にはもっぱら使用されているとのこと。だが……
「――荷馬車ならぬ荷トカゲ車って俺はどうも納得いかん」
「郷に入てはなんとやらでしょう。つべこべ言わずそっち手伝ったらいかがですか」
「……俺昨日死にかけて、今乳酸溜まってバテバテなんすけど」
 口が利けるだけ元気ですね、とにべもなくはねつけられ、泣きたくなりながらも一機は作業に参加した。参加と言っても、運搬車に座った形で並べられたMNたち――シルヴィア王国の量産機《エンジェル》というそうだ――の整備に担ぎ出されているだけであるが。
なにせMNというものは当然ながら巨大なので、寝かせて運ぶとなると運搬車が長大なものになる。といって立たせるとバランスが悪い。だからこうして半分寝かせたような形で運搬するのが普通だという。
それで、一機が手伝うと先ほど記述したが、当たり前の話だが昨日今日入った素人に整備なんて仕事ができるはずもなく、必然やることは各種部品を運ぶ雑事程度であった。
「おら変態、何してんださっさとそっちのバール持ってこい!」
「は、はいはい!」
「ちょっとのぞき魔、こっちのペンチじゃなくてあっちのペンチですわよ!」
「え、どっちですか!?」
「おい露出狂、ぼさっとしてないで装甲板さっさと我に寄こさぬか!」
「いやこれ相当重いんですけど! あとさっきから呼び方がひど過ぎる! 露出狂は違うからな!」
 移動する運搬車の間を、部品や道具を持って走り回る完全なパシリだったが、他に使いどころがないのだから仕方ない。
 ちなみに一機は隊長であるヘレナ以外誰も隊員と認めていないので、通常使われるはずの『新入り』とか『新米』という単語で呼ばれることはない。名前で呼ぶなんて反吐が出る所業。というわけで隊員たちはそれぞれ好きな名称で罵倒して(よんで)いた。
「いくらなんでもあんまりだ……うぅ」
「仕方ありませんよ、なにしろ一機さんは親衛隊雑用見習い補佐もどきなんですから」
「それ一番やめてくれないかなあ!!」
 もうほとんど泣いてる一機が叫ぶ。
『親衛隊雑用見習い補佐』というありがたい名称はグレタ発案である。要するにお前が仲間なんて死んでも認めねーぞということだ。一機は嫌われるのはしょうがないとわかってはいるものの、この理不尽な扱いに自殺すら考えたく――なんて余裕すら許されないほど、一機はパシられていた。
「おい人間擬態!」
「もはや人間ですらないとされた!? でもそのネーミング分かりづら過ぎる!」
「やかましい! MNの動作実験するから手伝え!」
「はいっ! で、何すれば?」
「右腕の確認するから、そこに立ってこぶし振り下ろすから死ね!」
「死ねって言った! 途中でめんどくさくなって死ねって言った!」
 こんな殺されかけることもしばしば。自殺する必要はゼロである。
 いじめられまくりの一機に対し、パートナーであるはずの麻紀はニヤニヤ笑いで見ているだけ。まあけが人の麻紀ができることなどあるはずないが――あの、俺昨日死にかけたんだよね? と誰に言うでもないクエスチョンを繰り返す。
「しっかし……」
 ふと、目の前にある鋼鉄の巨人を見上げる。昨日自分たちが乗り込み、命を救ってくれたロボット――ではない。この巨人には電子機器やバッテリーなどロボットとカテゴライスするのに必要なものが全然使われていない。
 中にあるのは、先刻と同じく呪文が書かれた人骨と、例の霊石とやら。
「これがMN……いや、魔人だったか?」
 そう呟くと、一機はついさっき説明されたMNについてのことを思い返すことにした。

    ***

「――え、MNって最近作られたものじゃないの?」
「いいや、それ自体は古代からある物だ。もっとも当時はMNという名ではなく、『魔人』と呼ばれていたがな」
 朝方、早朝トレーニングを終えた朝食時(一機はまだ痛い股間に耐えつつ)ヘレナとグレタ、麻紀と共に輪を作っていた。
 食事は黒パンと肉入りスープ、あと昨夜飲んでいたものと同じものらしい紅茶。黒パンは素朴な味は悪くないが硬くてボソボソして精白パンのみ食べてきた一機には少々辛いものがあった。紅茶は種類なんか知らないし多分あっちの世界の物と一緒とは限らんからなーとくだらないことを思いつつ、二人の話に聞き入っていた。
「お前だって、『ディダル』の骨やウサギ、《マンタ》を見たろう? あれはこのメガラ大陸に古代から存在する獣たちだ」
 例えるなら、この世界は一機たちの世界でいう恐竜時代レベルの生物が平均クラスの大きさで、人間なんかそれに比べるとあまりにも卑小な存在だという。それを考えると、一機は昨日のウサギ(一機は認めたくないが)に見下ろされた時の圧倒的な恐怖感と威圧感を思い出し身震いした。
「なるほど、普通に考えて人間には太刀打ちできませんね」
「石器時代とか無理だろうな。石槍とか矢で倒せるわけない。いや無理すれば出来るかもしれんが」
「そこで生み出されたのが『魔人』です。『ディダル』の全身骨に古来の術式と『アマダス』を組み込み、鎧を被せ中に入り操る――かつては木製だったなんて話も聞きますが、文献が残ってないのでよくわかりませんね」
 とにかく、人々は人工的に作られた巨人の力を持って、同じ巨躯を有する生物たちとの生存競争を勝利してきた。
 が、ある程度人間が増え、生活圏が拡大していくと、一機たちの世界と同じく巨人の力は人間同士の争いに使用されるようになっていった。
「……ふう、人間て生き物はどんな世界でもやること一緒なんですね」
「……同感」
 麻紀の呟きに一機もうなずいた。
「で、『魔人』の力が濫用されて荒れ果ててたメガラ大陸を統一したのが、シルヴィア一世てわけか」
「そのとおり!」
 いきなりグレタががばっと立ち上がったので、危うく一機はパンをむせそうになった。
「争いと破壊しか知らない馬鹿な男ではなく、女性こそが世界を統治すべきという唯一神カルディナの神託を受けたシルヴィア・マリュース一世女王陛下は、その圧倒的な武の才と御加護により、ついに世界統一を実現したのです!」
 すごい気迫で熱く語るグレタ。その異様さに二人は「はあ……」生返事を返すしかなかった。
「とにかく、メガラ大陸を統一したシルヴィア一世は、当時地方単位、集落単位で存在した『魔人』をシルヴィア王国軍のみの直属とし、他のいかなる者の所有を禁じた。それと同時に『魔人』の建造技術も固く封印したことで、かつてのような巨人を駆使した血みどろの争いを避けようとした」
「――要するに、魔獣に対抗できるたった一つの力を独占することで、軍事的な隷属を強いたってわけか」
 んなっ……とあまりに歯に衣着せない発言にグレタは言葉を失う。言ってから少々まずかったかと二人を見回す。
「……?」
 グレタは見るまでもないというか予想通りに顔を真っ赤にしていたが、ヘレナは拍子抜けなくらい無表情だった。仮にも自分の祖国、しかも王家の直系で女王直属の親衛隊の人間が国をけなす発言をされて眉ひとつ動かさないというのはおかしい。
 ――いや、無表情というか……むしろ、笑ってる?
「で、その『魔人』とやらを、今はどうしてMNと呼んでいるのですか?」
 三人の間に出来た妙な雰囲気を払うように、麻紀の質問が割って入ってきた。
「あ、ああ。シルヴィア王国が建国され今年で五百年、禁じられた『魔人』の建造技術は、長い年月の中で失われて今はもう新しく『魔人』を作ることが出来なくなってしまっていた。多少の修理くらいは可能だったが――そのこともあり、小規模な動乱が起こる程度でシルヴィアの国威はほぼ盤石だった。が……それも、五十年前までの話だ」
 そこで少し話を止め、紅茶に口を付けた。名の通り紅い紅茶の水面に波紋が広がる。
「五十年前、メガラの最南端、海峡を一つ挟んだ一地方が突然独立を宣言、大規模な反乱を起こしたのです。それが俗に言う『グリード侵攻』です」

    ***

「グリード皇国……シルヴィア王国もそうだけど、なんか関係あるのかねえ」
「まだそう断言はできませんが、これだけ類似点が多いと偶然と片付けるのは無理があるかと」
 インターバル(要するにサボリ)でMNの影に隠れて一機と麻紀は話しこんでいた。ていうかもうダメじゃと普段全然体を動かしてない一機はグッタリした情けない様を見せている。
「とにかく、その反乱は当初、単なる地方蛮族の反乱程度にしか思われていなかった。だけど、その目論見はいとも簡単に崩れ去った――グリード側が、自分で量産した『魔人』を使用していたから」
「MNってグリード皇国が名付けた名前なんですね。だから副長とか国のお偉いさんは認めたがらず『魔人』と呼び続けていると」
 それは後の話になるが、とかく戦争において最大のイニシアティブたる巨人を奪われてしまったシルヴィア王国は、グリード皇国(シルヴィア側は国と認めておらず、ただの蛮族とされている)と五年近くにわたる泥沼の戦争を続けた。一時期は大陸の三分の一まで迫られる激闘の果てに当時の女王シルヴィア十六世(つまりヘレナの祖母)も戦死する死闘は、結局グリード皇国軍のメガラ本土撤退によって幕を閉じた。しかしながら、両国間に和平が結ばれたわけでもなく、四十五年間シルヴィア王国とグリード皇国は互いに睨みあう休戦状態となっている。
 それで今は一応の平穏は維持されてはいるものの――グリード皇国は侵攻の際、良くも悪くも様々な置き土産を残していった。その一つがMN(メタルナイト)である。
 失われた鋼鉄の巨人を作り上げる技術。基本的には『魔人』とさして変わりはないが、より高性能に、より量産に適した構造のそのMNを、一時期劣勢に追い込まれたシルヴィア王国が取り入れようとしないわけがない。元々シルヴィア王国が所有する兵器、生産はさして難しくなく、戦争中ほとんどなし崩し的に増産されていった。
 それで撃退できたのだからいいのだが、問題はあまりに量産し過ぎだことにある。膨大な量存在するMNを休戦後の混乱したシルヴィア王国が全て管理できるはずもなく、各地の反シルヴィア勢力や盗賊の類に持ち逃げされてしまう。
 だがもっと問題なのは、建造を急いだために地方領主などにもMN建造の権限を与えてしまったことにある。シルヴィア王国によって独占されていた最強の武力は今やその手を離れ、各地方の緊張はより高まってしまった。
 あれから五十年、グリードは異様な沈黙を保っているものの、各地の地方反乱は増える一方で、いつまた破られるかもしれない危うい平穏があるのみだという。
「――危うい平穏、ねえ」
 そこでふっと視線をそらすと、一機は懸命に作業をする先輩方を見回した。みんな一機と同年代かプラスマイナス三歳程度だろうか。声を張り上げて作業するグレタも三十はいってないと思う。
「まあ、そこら辺は来たばっかの私たちには当面関係ないですし、今気にすべきはもう一つの置き土産≠カゃないですかね」
「……FMNとかか」
 二人顔を見合わせる。今回彼らがたまたま救出された理由、親衛隊がこんなへんぴ(メガラにおいてはだが)なところに来ていたその目的もだいたい聞かされていた。
「なんか物騒な世界ですよねぇ、一機さんやってけますか?」
「あ? そう言うお前こそどうなんだよ、そんなケガして」
「はん、こんなのケガのうちに入りゃしませんよ。治ったら貴方が使えねえやって段ボール箱に詰められて「可愛がらないでください」と書かれて捨てられるほどの立派な騎士になってみせましょう」
「非情過ぎるだろそいつ! そんなん書いてあるの誰が拾うか! ていうか捨てられませんから!」
「何をほざきますかこのモヤシが。いっそ戻れるんなら戻ったらどうです?」
「……いや、それは」
 またしても、一機の脳裏に進路希望調査票が浮かぶ。何も書かれていない真っ白な紙――それは、あちらの世界での一機の未来そのものだった。
「――別にあっちに未練もないし、家族もいないし、帰ってもなあ。そう言うお前こそどうなんだよ。あっちに帰りたいとか思わないのか」
「ふん、私が家族と折り合い悪いの知ってるでしょ」
 吐き捨てるように言った。家族の話をされると決まって麻紀は機嫌が悪くなる。
「私も戻りたい理由もありませんしねえ。志望校も決めてなかったですし、まあ戻れないならこっちにいてもいいかなと。ほら、なんかヘマやって親衛隊から追い出される一機さんを世話してあげても構いませんが?」
「誰が追い出されるか。お前の世話なんかいらんっつーに……」
「ごおおおおおおらああああああっ! 貴様、こんなところでなにをさぼっているかぁ!」
「げっ!」
 地の底から響くような雄叫びと共に、グレタが目を吊りあがらせて向かってきた。反射的に一機は脱兎のごとく逃げ出したが、男女の差はあれど鍛え上げられた親衛隊員と半ニートで勝てるわけなく、あっさり捕らえられ逆さ吊りにされてしまう。
 もういや、という本日二十六回目の心の悲鳴を上げたことを知る者はいない。

 新入り(もどき)がそんな不遇の日々を味わおうが味わなかろうが、親衛隊の本来の目的地たるドルトネル峡谷への行進は続く。峡谷までの道は近くまで敷石の街道があって三日ほどでたどり着けるらしいが、一機たちのことがあってあまり時間をかけていられない。
 そして行進を止められないとしても、出来る特訓なんかいくらでもあるわけで。
「も、もう限界……勘弁して下さい」
「何を言うか、まだ一回もできていないではないか。ほら、さっさとやれ」
「だから、こんなクソ重い甲冑つけて腕立て伏せなんかできるか!」
 息絶え絶え、汗だくだくで張り上げたつもりの声は、一機が思ったより小さく化け物トカゲの背中で揺れる部屋にちょっと響いた程度だった。
運搬車の中にある兵員用の寝台車。なにしろ五メートル近くあるトカゲと十メートルある巨人の荷車との移動で人間だけ歩くというのは危なっかしい。勿論正規軍はほとんど歩きだが、親衛隊は特別待遇ということで全員用の寝台(ただし狭い)がもうけられていた。
そして、当然のことながら隊長と副隊長ともなれば個人用の部屋がある。一機の不摂生により汚れた胃&肺から生まれる悪臭漂う息を大量生産しているのはヘレナの個室だった。宿主らしい質素で装飾品もない部屋だが、そんなものに目を止める余裕は一機にはない。
「腕立てくらいがなんだ、戦になればそれを着て戦うのだぞ? それくらいでへばっていては話にならん。ほら、もう一度だ」
「あのすいません、昨日今日なったペーペーにそこまで求めるのは酷と思いますが」
「戦いはいつ始まるかわからないんだ、甘ったれたこと言ってると戦場で死ぬだけだぞ」
「だから戦場に出る前に死んでまうって言ってんだよおおおおおおおおおおおおぉっ!!」
 枯れかけた声で絶叫した。もう朝からこんなんばっかである。
 今一機が着けている鎧は一機の世界でのフルプレートアーマー、つまり全身鎧。当然一機専用鎧なんかこんな状況で作れるわけないから予備の体型が似ているものを借りたのだが、当然金属製(どんな金属かはわからないが)なので相当重い。こんなものを着て「室内で出来るのは――まあ最初は腕立て伏せくらいか」なんて言って千回やれと言い出すこのお方は鬼畜でしょうか。
「まったく、だいたいわかっていたつもりだが貴様の体力の無さは予想以上だな。これでは先が思いやられる」
「先があるのか否かが俺は気になるんですが」
「これくらいの特訓で死ぬわけなかろう。それだけ喋れれば十分体力は有り余っているな。ほら、一回くらいやってみせんか」
「すいませんせめてこの鎧脱がせてぇ! おもいー! あついー!」
 最後はもう駄々っ子になっていた。人間生命の危機に突入するとプライドすら失ってしまうものなのだ。
「あー、わかったわかった。とりあえずその鎧だけは脱いでいいぞ。仕方ないな……」
 子供をあやすように応じられた。ホッと一安心して鎧に手をかけた一機だったが、
「お前、鎧の脱ぎ方なんぞ知ってるのか?」
「――いや、さすがにそれはちょっと」
 なにせ着方もわからず手伝ってもらった身である。しかし脱ぐというのは着るとは違いなんか気恥ずかしい……否、やっぱどっちも恥ずかしいか。
「まったく世話のかかる奴だ。ほら、おとなしくしろ」
「あの、ちょっとやっぱり脱ぐのは自分でできますのでご勘弁を」
「できるわけないだろ。何を恥ずかしがることがある、いいからこっち来い」
「いえ、待ってください、お願いやめて」
 人の話を聞きゃしない。あぐらかいていた一機にぐいと寄り、息を感じる距離まで迫られる。
「…………」
 何か甘いような匂いを感じる。香水なんぞつけているわけないから、ヘレナ自身の匂いと気付くとただでさえ熱い頭が茹だりそうになる。
自分の体臭はどうかな、と思い至り、いい匂いなわけないと離れようとする。
「だから、逃げるなと言ってるだろう。じっとせんか」
「あのですね、別に逃げるわけではないのですがこれは青少年のナイーブハートに悪過ぎるのですやめていただけないとブレイクしちゃいそうでナウ」
「わけのわからんことを言ってるな。ほら、これでどうだ」
「だあああ、ひっつかないでくださいよぉ!」
 さらに密着されてしまい逆効果。かぐわしい香りにくらくらしそうに加え、むにっとした感触まで追加され本当に頭がおかしくなりそうになる。畜生鎧越しじゃなかったらもっと堪能できたのにとかあさっての感想まで抱く始末。
 対してヘレナはまるで普通。一機が一応男であるということをまるで意識していない。胸にちょっと触れようが髪が顔にかかろうが恥じらう様子ゼロ。女性だけの場所に長く居過ぎたせいかもしれんが、ここまで意に介されないと一機の男としてのプライドを傷つけられる。
「……むう」
「なんだ、むくれて。どうかしたか?」
「いえ、別に……」
 なんか意趣返ししないと気が済まないような気分になった。さてどうしようかなんて考えているうちに一機の鎧はどんどん脱がされていく。残るのはシャツと短パンだけだ。
 ――そういや、これってなんなんだろう?
 このシャツ及びズボンは、フルプレートアーマーと同じく親衛隊からの借り物だが、どう見ても男物。服飾に疎い一機にはよくわからないが、男子禁制の親衛隊に男物の服があるというのは変。一機は首をひねった。
「おい、何をボケッとしておる。鎧を脱いだことだし、せめて千回くらいやってもらわんとな」
「あのですね、このバテバテの状態でなお千回やれてどんだけ鬼畜……ん?」
 ふと、一機は脱いだ鎧に視線を止めた。胸鎧の首元、着ける時は気付かなかった後部に何か刻まれている。
「はて、なんだこりゃ?」
 気になって手に取ってみる。はたして刻まれていたのは文字だった。これまで一機が見たことのない不可思議な記号――強いて言えば英語の筆記体に似ている――で書かれた文字だが、その意味だけは理解できた。
「――ハンス・ゴールド?」
「……っ!」
 文字のまま読んだが、特に意味のある単語に思えなかった。何か、誰かの名前だろうかと思っているところ、ヘレナが息を呑む音が聞こえた。
「な、何故それを!?」
「え? なんでって、だって、ここにそう書いてあるし」
「あ、そ、そうか……」
 あからさますぎるくらい動揺する様子、そして書いてあるどう見ても男にしか思えない名前に一機は苦虫を噛み潰したような顔をした。
 ――まあ、なんとなく見当ついてたけどね。
 追求するのも面倒だったので、話をそらすことにした。
「ところでさ、前々から聞きたかったんだけど」
「な、なんだ!?」
「俺たちこの世界に来て普通に喋れてるんだけど、別にこの世界の言語日本語ってわけじゃないよな? それに、ここの文字も見たことないのに意味はわかるし」
「え? ああ、それか……」
 ヘレナは「なんだそんなことか」安堵した。鼻白んだ一機の様子には気付かす質問に答える。
「私にも理由はわからんがな、たしかにこのメガラに漂流してきたアマデミアンはみなこちらの言葉を話せたそうだぞ」
「みんな? 理由はわかんないけどみんな喋れたっての?」
「そうだ。これはグレタや母上の方が詳しいな。二人ともこの手の話が好きだからな……まあそれはいい。さ、訓練を再開するぞ」
「なぬ? まだやるの?」
 なんとなくこれでお開きのような雰囲気だった一機はあわてた。だからこちらはもう限界と言っているのに聞きゃしない。生命の危機を感じた一機は、どうにか逃げる方法を考えた。
――よし、いっそ仮病を使おう。なんかぶっ倒れれば根が正直なヘレナのこと、すぐ騙されてくれる。実際倒れそうなのは事実だし……うむ、いける。
なんとも恩知らずかつ根性無しな思考だが、背に腹は代えられぬと一機はさっそく実行した。
もふっ。
「…………」
「…………」
 二人の間を静寂が支配した。
 もっとも、今の二人に“間”など存在しないのだが。
「…………」
「…………」
 この状況を作り出した張本人たる一機は、しかし一番今の状況に戸惑っていた。
 ええと、何をしてるんだろう自分は?
 たしか、もう訓練に限界を感じ過労を装い倒れるつもりだった、うん。
 では、このさらに強く感じられる甘ったるい香りと真っ暗な視界、そして呼吸を困難にさせるこのふっくらとした感触はなんだろう?
「…………」
「……っ」
 一機はさらに考える。さっきからトクントクンという心臓の鼓動に似た響きが頭蓋から伝わってくる。一機自身の心音はバクンバクンバクンと激しく脈打っているのでこれは別物だろう。ではなんなのか考える。
 いや、本当は一機もとっくに現状を理解していたが、それを肯定するとえらいことになるので現実逃避を行っているだけだ。
 つまるところ、一機はヘレナのあまりに自己主張が強すぎる胸の谷間に顔面から突っ込んでいたのだ。
「…………」
 とりあえず一機は落ち着くことにした。
 あせるな、これは単なる事故だ。別にあの胸を触りたいとかもみもみしたいとかがぶっとなんて……考えていなかったといえば嘘になっちまったりするかもしれないといえばやぶさかではないかなあだが、とにかく意図しての行為ではない。今の状態でもし頭から倒れたらばふっていくかもなんて考えが頭をよぎったなんてことも断じてない気がする。だからこれは事故なんです不幸な出来事なんですそういうことにしてください。
 いや、ちょっと待て。さっきからヘレナは胸を押し付けようが顔がすごい近くまで接近しようがまるで無反応だった。もしかしてこういうことに慣れてるのかこちらを男と認識していないのかもしれない――それはそれで腹立つが。ならばすぐ顔を上げれば「まったくお前というやつは」と笑って許してくれる可能性が高い。ほら、さっきから何も言ってこないのがその証拠――なんて現実逃避的思考で恐る恐る(顔を埋めたまま)一機が顔を上げると、
「……〜〜〜っ」
 別に慣れても男扱いされてなかったわけでもなかった。
 ヘレナはあまり急なことに時間が停止していただけであり、いたって普通の女性だった。
 だって、顔を真っ赤にし髪を逆立てているのだから。
「……え〜と」
 一機は気付いた。いや、感じ取った。
 殺される。絶対に。
 ヘレナが慣れてるわけでも男と認識してないわけでもなかったのは嬉しいが、だがこのままでは確実に殺される。死の危機を乗り切る方法は、と一機は鉄伝で鍛え上げられた回避スキルを駆使して方法を三つ上げた。
 A.謝る
 B.逃げる
 C.ボケる
 どこが鉄伝で鍛えたスキルじゃいと言いたくなるラインナップだが、とにかくこれしか思い浮かばなかったんだからしょうがない。これから一番助かりそうなものを選択する。
 Bは無理。男女の肉体差なんてものは一機とヘレナにはない。五秒かからず捕まって八つ裂きがオチだろう。Cはもう冗談にもならない。ヘレナの性格からすればどんなコメディアンでもこの危機(クライシス)を乗り切るのは不可能。くびり殺されて終わりだ。
 ならば、Aしかない。とにかく土下座。とにかく謝罪。いっそ切腹の真似までしてあちらをかえって悪い気分にさせるというのはどうだろう。うん、それがいい。
「すみません、これ枕にしたら寝心地いいなと思いまして」
 二人の間を静寂が支配した。
 もっとも、二人には相変わらず“間”など存在しないのだが。
 というかちょっと待て、何故Cを選んだ俺の口!? 脳と口が完全に別物として動作しているとはどういうわけだ!? いかん、さらに柳眉を逆立てて怒ってらっしゃる。何かフォローする言葉をかけねば。
「できれば、これから寝るときはずっとこの枕使いたいなとげはあっ!!」
 フォローは最後まで形にならなかった。アゴに入った美しいくらい完璧なアッパーによって邪魔されたからである。ていうかフォローでも何でもない。もはや告白だ。
 この後、個室の壁を突き破って飛んだ一機の肉体は、「何をするかあああああぁぁぁっ!!!」と叫び声を上げたヘレナの追撃、及び駆けつけた親衛隊員総員の足蹴にされたが、最初のアッパーで気絶していた一機には関係ないことであった。

    ***

「ほら、一機さんあ〜ん」
「いやもう手動かせるから。あ〜んなんかやんなくていいからホント」
 三日後。揺れてる運搬車の中の一室で二人の男女が睦言を交わし……ているわけがない。一機と麻紀が昼食を間に挟んで向かい合っている。ちゃぶ台には黒パンと干し肉を戻したスープ、それとパンにつけるソースがあった。
本来食事は一旦《マンタ》を停止させ外で食べるものだが、今回はあと少しで目的地のドルトネル峡谷なので一気に行軍しようと待ったなしとなった。しかし他は交替で仲良い者同士食べているのに、この二人だけ寂しく食事しているのは、言うまでもないが全身包帯だらけで首からまたアマダスをぶら下げてる一機一人のせいである。
たび重なる痴漢行為(事故故意含め)にボッコボコされた一機、当然そんな奴と寝食を共にしようなんて女子は親衛隊にいない。だが三日前のリンチでボロボロになった一機は誰かの介助なしには動くこともままならなくなり、必然その役目は片腕が動かないが麻紀しか適任がいなかった。
というわけで激痛の代わりに地獄の特訓から抜け出せた一機だったが、
「たしかにもうだいぶ回復しましたね。特訓も再開ですよ嬉しいでしょ?」
「……それを思うと腕一本くらいまた折りたい気分になるね」
 親衛隊看護兵の的確な治療とアマダスの効用によりけがはずいぶん良くなり、麻紀の言うとおり「訓練は間をおいてはいかんからな。休んだ分もっと厳しくせねばいかん」なんて鼻息荒くしているヘレナを見ると一機は全く喜べない。というか死ぬよね、確実に死ぬよね俺と泣きそうになっている。
「まったく嫌気が刺す。風呂でも入って疲れ取りたいよ」
「この世界お風呂ってあるんですかね。ヨーロッパじゃお風呂無かったんでしょ百年ぐらい前まで」
「そりゃペストとか病原菌が流行ったからだよ。それ以前は入浴だってあったし、だいたいシャワーとか水浴びくらい……」
 そこまで言って、ふと一機は口ごもって赤くなった。
 数日前、あのヘレナとの出会い――その裸体は完全に一機の脳内にフルカラーで添付された。絶対に色あせるとはあり得ないだろう。
 なんてことを思い出してると「おい変態聞こえてんのか」なんて低い声で言われたのであわてて話を元に戻す。
「ま、まあとにかくヨーロッパの事情は特別だから、いくら中世っぽいとはいえそこまで一緒とは限るまい」
「ああ、そういえばヘレナさんがここら辺は火山帯だから時々近くで温泉が出るなんて言ってましたね」
「温泉て概念あるからには入浴はするのか……おいなんだその目は、別に入浴シーンなんか想像してねえよ!」
「語るに落ちるってこのことですね。実物見るの珍しいので記念に写メ撮っていいですか」
「撮るな! そんなもん!」
 二人仲良くわいわい楽しいランチ。しかしそこに漂う匂いはきつい発酵臭がした。
「――ところでさ、このソースすげえくさいな」
「スルメとかビーフジャーキーとか乾物好きな人が何ほざいてんですか。だっぷりつけて美味しそうに食べてるクセに」
 なんて言いながら麻紀も瓶の中に入ってる褐色のソースをパンに塗って食べている。中身はよくわからないが、たしかに熟成されたハムやジャーキーのような香りがして独特のクセと塩っけがなかなかの美味で一機は気に入った。
 二人が驚いたことに、この世界チーズやバターといった乳製品がない(一地方ではあるらしいが主要な食べ物ではないとのこと)代わりに、この『ガルム』なんて動物の内臓などを塩漬けし発酵させたソースを食べていた。パンに塗ったり調味料にしたりわりと広く使われているらしい。
「ガルムって、古代ローマにありませんでしたっけ?」
「ありゃ原料魚だよ。まあ魚も肉も似たようなもんだ、関係あるかもしれんがね」
 古代ローマ帝国でサバやイワシの類を塩漬けにした発酵調味料であるガルムの名は一機も知っていた。祖父が「再現してみっか」とかほざいて作ったのだが、「ただのしょっつるじゃねえか」と一機が感想を述べたらへこんでしまったことがある。
「ただの偶然か、あるいは誰かがメガラに製法をもたらしたのか……意外と俺たちの世界とこの世界の間は狭いのかもしれんな」
「そりゃまあ、ウインドウ越しですから狭いですね」
「いやだからさ、そっちはまだわからんて言ってるだ……お?」
 会話中急に部屋が揺れなくなった。《マンタ》が止まったらしい。何事かと思い二人が窓から外へ顔を出すと、
「……この景色……」
「間違いないですね。ここは……」
 二人の眼前にあったのは、始めて見るが見慣れた景色だった。
 MNが隠れるくらい高く育った木が生い茂った森から一変、草がほとんど生えていない荒地。そこから続く高く切り立った崖と崖に挟まれた細道――と言ってもMNが二、三機くらい並んで通れそうではあるが――は圧倒的な威圧感を二人に与える。中心に立つ燃えるような赤で彩られた火山と合わせ、人間のちっぽけな力では成し得ない自然の造形美がそこにあった。
「なんか、テレビで見たグランドキャニオンとか思い出しますね。スカイウェイは高かったですか?」
「いや行ってないよ、じいさん飛行機大嫌いだったからまともに群雲離れたことないし」
 そんな雄大な美をまるで理解してない二人だったが、内心動揺していた。
「――やっぱ、そっくりだよな」
「細かいディティールとかは覚えてませんが、だいたい合ってるんじゃないかと」
 一機たちの視界を埋め尽くす自然の芸術品(アート)は、やはりネット上に作られた0と1の工芸品(データ)と恐ろしく類似していた。
 ドルトネル峡谷――数日前二人が暴れ回ったフィールド。ここまで符合する点が多過ぎると、「ゲームの中に入っちゃった? そんなファンタジーやメェルヘンじゃあるまいし」なんて笑っていられない。
「へ……へへ、へへ……」
「一機さん、何笑ってるんですか気持ち悪い。ただでさえ気持ち悪い顔がマイナス二.七パーセント増しですよ」
「減ってる! ノーマルな顔の方がキモいの俺!? ていうか少ないな数字!」
 なんておちょくられるほど一機の高揚感は強かった。
 ツバを飲み込む。一機の全身にピリピリした寒気が生じていた。あのつまらない現実の世界(かずき)ではあり得なかった、楽園の世界(シリア)での快感。
「あら、意外と小さくてなで肩で余計なとこにだけ肉がついてるいい体してますね一機さん。ぴと」
「冷たっ! 寒気の原因お前かよっ! ていうか全然ほめてないよねそれ!」
 漂流者二人をさておいて、親衛隊は峡谷へ入る準備を行っていた。ただそのまま入るのではない。MNを起動させ、隊員たちは鎧を着ての完全装備で向かう。
 なにせこの峡谷は、五十年前のグリード侵攻からシルヴィアの遠征軍を退けてきた悪魔の谷なのだから。

 やがて進軍の準備が整った。先頭はグレタが率いるMN隊、補給物資を載せた《マンタ》と残る隊員は後方、指揮を執るヘレナはその間に入る。一機と麻紀はヘレナの指揮車(《マンタ》に乗ってるだけ)に同乗させてもらうことに。
 しかし、ヘレナがなかなか進軍命令を出さないでいた。
「……あの、ヘレナ?」
「うわっ! な、なんだ、何かいたか!?」
「いや別に何もいないけど……どうして進まないのさ、もう準備できてるんだろ?」
「馬鹿者! ここは別名『悪魔の谷』と呼ばれる魔境だぞ! そう易々と入ったらいいものではない! 十分注意して……!」
「あ、ヘレナさんの右肩に白い手が」
「ひいいぃっ!?」
なんとなく可愛い悲鳴を上げてヘレナがキョロキョロ見回すが無論そんなものはいない。一機にとって慣れ親しんだ麻紀のデマカセである。
ヘレナにこんな一面があったとは……萌え。なんて思わないこともない一機だったが、そんなこと言ってられない。何しろこれはヘレナのみならず、親衛隊みんなそうだからだ。
どいつもこいつもビクビクして落ち着かない。身体をカタカタ震わせていたりきゃーなんて悲鳴はさっきから絶え間なく聞こえてくる。なるほどこれは行進なんか不可能だ。
「まさか親衛隊がこんな怖がりの集まりだとは……グレタも青い顔してたからなあ」
「怖がりっていうより、信心深いと言うべきでは。聞いたじゃないですかここは悪魔の住処として恐れられているとか」
「にしても、これじゃ話にならんだろ。どうにかしないと……ん!?」
 二人が頭を悩ませていると、突然地の底から響くような声がした。
 ウオオオオオオオォォ……と、亡者の呻きのような声にただでさえ恐慌状態の親衛隊がパニックを起こす。
「もう駄目です隊長、撤退させてくださ……あれ、隊長は?」
「あーヘレナなら……そこの隅でうずくまって震えてるぞ」
 とうとう隊員数名が泣きついてきたが、今のヘレナに聞く余裕はない。本当に怖がりだなこの人と一機はため息をついた。
「というか貴方がた、こんなにビクついててどうするんですか。仮にも女王を守護する親衛隊でしょう?」
「いやだって、あたしまだ二ヶ月目だし……」
「あ、私は三ヶ月……」
「なんだ、お前らも新米かよ」
 新人のだからと迫害してきた連中も実はペーペーだったと知りいい気分になる。しかもこれだけ怯えてるところだから尚更だ。
 だが喜んでばかりいられない。このままではらちが明かないので、なんとか対処する必要がある。麻紀に耳打ちする。
「お前、この死者の声らしきものどう思う?」
「その質問に答える前に離れてくださいくせぇ」
「もうちょっとオブラートに包めや麻紀! だからこれやると話続かないから後でにしよう!」
「そうですね、ここら辺火山帯だそうですから、蒸気がどこかから噴出してそれがデコボコの壁や穴に共鳴して泣き声みたくなるのでは」
「ああ、自分で言っといてなんだがここまであっさり切り替わられるとムカつく……」
 歯がゆい気持ちは忘れることにして、まあ恐らくそんなところだろう。この峡谷は入りくんでゴツゴツした岩が露出しているので、その間を蒸気や風が通れば気味の悪い音に変換されても不思議ではない。が、そういう理屈をわからないシルヴィアの人間ならこの反応は当然だ。これがドルトネル峡谷が悪魔の住処と呼ばれた所以か。
 となれば、この恐怖を何かで払拭させる必要がある。一機は一計を企てた。
「何が悪魔だよ馬鹿馬鹿しい。そんなのあるわけないじゃないか」
「なに? お前、そんなこと言っていると今に呪いが降りかかるぞ!」
「あーもう俺かかってるかもね。だってほら、指が……」
 そこで一機は右手の甲を隊員の前に出し、左手で親指をつかむと、
 スッと横にスライドさせた。
「…………」
「…………」
「……ええと、なーんちゃっ」
 て、を発音する前に、辺りが絶叫で包まれた。そりゃもう地の底から響く声なんか打ち消すくらいの悲鳴が。
「う、うわぁっ!?」
 偶然にも隊員全員の視線が一機に向けられていたらしく、その場はもはや阿鼻叫喚の地獄と化した。ヘレナなどあわてて駆け寄る始末である。
「か、一機無事か!? 誰か止血、誰か止血を!」
「いや落ちついてヘレナさん! 指はありますから!」
「えっ!? だ、たってさっき指がとれ……!」
「……確かに指は取れましたが、私の故郷に代々伝わる悪魔払いの術を使ったらつながりました」
「なに!? そんなものあるのか!?」
 うわあこれ外国人には効くって聞いてたけどここまでとは予想外だなあとやった一機自身驚いていた。無論日本人には説明するまでもない単純な手品だが、親衛隊隊員(一人を除く)はすっかり信じ切っている。とりあえず一機の思惑通りだ。
「どう? その悪魔払いの術を使って呪いを解いてから進むというのは」
「そ、それで安全なのか?」
「いや俺プロじゃないから完全に大丈夫とは言えないけど、効き目はあると思うようぎゃあっ!」
 ずいと、ものすごい数の女性に迫られた。男としてはうわぁいと喜びたくなるが、どいつもこいつも鬼気迫る形相なので嬉しくもなんともない。おまけにMNまで来ているのだから一機はビクついた。顔近い顔近い。
 何する気なのかなあという片目半眼の視線を無視して、一機は皆に向かって声を張り上げた。
「ヘレナ、ちょっとやりながら教えるからこっち来て」
「う、うむわかった」
 よっとと運搬車に上り、ヘレナの後ろに立って腕を握る。隊員たちが歯がゆい思いをしているのが伝わっていい気分になる。しかし身長差があって辛いのが泣きそうになった。
「まずな、右手をスッと前に突き出してまとわりついてる悪魔を払う。左手はこう曲げて顔の横くらいかな。で、反対の手でも同様に払う。ここでちょっと一歩前へ。これは他の動きの時も一緒ね」
「こ、こうか?」
「そうそう。で、離れた悪魔をこう両手をはたいてかく乱させる。右から一回、左も一回。これを二回やる」
「なるほど、こうか」
 一斉にパンパン叩く音が響く。呪いを解く術はまだ終わらない。
「そうそう、で、腰とか足に残ってる奴らを両手で払う。こうスッと右から左へ二回くらい」
「ようし、わかった。これで……ん、どうした一機、どうして顔をうつむかせているのだ。肩まで震わせて」
「い、いやなんでもない。続けようか」
顔をひきつらせた一機だが、そんなことで終わらせる気はなかった。
「あともうちょっとだから。そして、天に両手をかざして祈りを捧げる。これも右左一回ずつね。それが終わったら最後に手を四回はたくことで悪魔去っていくから」
「ようし、これで任務を果たせるぞ! 世話になったな一機……ん、どうした。何故突っ伏して床をドンドン叩いている」
「っは、いえ別に――それよりも、これ一回やっただけじゃ効果ないんですよ」
「なに!?」
「そこいらで回りながら一時間くらいやらないと」
「むう……よし。皆の者、この『魔神』回収任務は絶対に成功させねばならぬのだ。悪魔などに怯んでいてはいられん、始めるぞ!」
 おーっ! という歓声と共にMNに乗っていない隊員たちは輪を作りながら一機に習った悪魔払いの術をやっていた。
 それを見た一機は、勢いよく寝室に入るとベッドに飛び込んだ。
 顔を枕に押しつけ、ぐげはははははははははと気味の悪い呻きを上げる。全身を震わせ、両手でベッドを叩き……まあつまり、大爆笑していた。
 そんな不気味な男を心底呆れ切った顔をしながら入ってきたのは、向日葵を揺らした同郷人(アマデミアン)であった。
「――キモい笑い方しないでくれませんかね」
「ぎゃは、ぎゃはは……無理、無理……」
「ていうか今皆さんがここを回り回りってるんですがね、見てみたらいかがです?」
 笑いながら首を横に振る。今の一機がそんな光景を見たら確実に笑い死にするだろう。
「ていうか私も笑おうかと思ったんですがね、あまりに馬鹿馬鹿しくて呆れる方が強くて笑えません。何が悪魔払いの術ですか、私盆踊りにそんな効用があるとは知りませんでしたよ」
「いんや、元々祭りとか踊りって祈ったり払ったりするもんだろ? だから間違ってなぶはははははははははっ!」
 そう。一機が手取り足取り恩ある親衛隊の方々に教えたのは先祖代々伝わる秘術でも仏様から授けられたありがたいお経でもなく、一機の故郷にある盆踊りの振りつけだった。小学生の頃習ったのをなんとなく覚えていたからそのまま使っただけである。悪魔とか幽霊とかどうにかできるかは知らない。
「別になんだっていーじゃん。本気で神とか悪魔とか信じてる連中に理屈熱弁してもわかってもらえないだろ? だったらそれを逆利用していい方向にすりゃぷっぷーっ!」
 またしても吹き出した。それもそのはず、外から回ってるはずの方々が「それそれそれよいっと」なんて掛け声を上げ始めたのだから。
「て、てめえなに合いの手教えてんだよ!」
「いやあ、「こうした方が効果ありますよ」って言ったらみんなさらに頑張ってくれまして」
 一機がほざいた大ボラを訂正するどころかより悪化させた麻紀。やはりこの二人はコンビなのであった。
「ま、やり方は失笑せざるを得ませんが、一応これで先には進めそうですね。例の『炎の魔神』とやらも回収できますよこれで」
「……炎の魔神、ねえ。FMNだか何だか知らないけど、そんな五十年前の骨とう品本気でどうにかなると思ってんのか」
 笑いを収めてため息をつく。馬鹿みたいな話だなあ、とは数日前の話でも思ったことだった。
『炎の魔神』。それが、シルヴィア親衛隊がこんなところまで来て回収したい置き土産≠eMN(ファーストメタルナイト)の名称であった。
 五十年前の『グリード侵攻』の際、シルヴィア王国にMNの製造技術をもたらしたのは、グリード皇国からの亡命者たちであった。開戦直後から流入してきた亡命者たちの助力があってこそ、シルヴィアはMNを製造でき、グリードに対抗できたと言える。
 しかし、彼らがもたらしたのは製造技術だけではない。何体ものMNも亡命の際強奪してきた。それがFMNである。
 グリードでも最初期に作られたといわれるそれらFMNは、他のMNとは圧倒的な性能差を持ち、大量のMNを一瞬で蹴散らす化け物とまで呼ばれたらしい。どうしてだかFMNのことに関してはシルヴィア国内でも極秘とされているので、詳細どころか正確な機体数も王族のヘレナですら知らないそうだ。
 ただ、そのFMNはそのすさまじい力とプロパガンダ的役割としてメガラ大陸に古代から伝わる伝承になぞらえ『魔神』の名が与えられた。そして休戦後、その多くは封印されメガラ大陸各所に散らばった。
 ところが、このドルトネル峡谷に封印されているFMN、『炎の魔神』は少し他と趣が違った。なんとこの機体は終戦直前にグリード側に奪い返されてしまったのだ。
 しかしながらその時ドルトネル峡谷周辺はシルヴィア軍が完全に包囲しており、グリード軍は峡谷の深くに潜むしかなかった。シルヴィア軍は何度となく奪還作戦を行ったが、例の呪いとやらで阻まれ、当時は他に重要な戦線も多かったので兵力もなかなか割けず、結局包囲したまま放っておかれる形となり、今に至るというわけだ。
「五十年近くそんなやばい兵器を放っておくというのもどうかと思ったが、あのビビりっぷりじゃしょうがないか」
「果たしてそれだけですかねえ。でも、五十年ほど捨て置いたものを今更取りに来た理由もアホみたいと思いません?」
「……予言? でもそれがないと俺ら助からなかったしねえ」
『炎の魔神』よりある意味もっとおかしな話であるその『予言』を思い出し二人苦笑した。すると、
 ドシンと、大きな地響きがした。
「お、おわっ?」
「きゃっ」
 驚いた一機と麻紀が個室から顔を出すと、ガンガンと耳障りな音を奏でるMNがいた。
「おいグレタ、乗ったままやるんじゃない!」
(ヘ、ヘレナ様。しかしMNから降りるわけにもいきませんし……!)
 MNに乗っていてわからなかったが、グレタ自身かなりビビっていたらしくやらずにはいられなかったのだろう。搭乗して待機していた他の隊員も我先にと踊り始めた。見ている分には滑稽極まりないがなにしろ相手が十メートルの鉄の塊では話が違う。みんなあわてて止めようとした途端、
(うわっ!?)
 何の前触れもなく、グレタの《エンジェル》が倒れた。否、地面に沈みこんだ。
「な、なんだぁ?」
 何が起こったかわからない一機と麻紀は、他の隊員たちと同様に《エンジェル》に駆け寄った。するとそこには、異様な光景があった。
「こいつは……」
 グレタの《エンジェル》の右足は地面に沈んでいた、というより落ちていた。
 地面にあったのは、大きな穴。
 MNをもスッポリ入れる大きく深い穴は、四角に出来ていて明らかに人工的に掘られたものであった。
 何よりその証拠として、穴の底にMN用の巨大な剣山がびっしり並べられていた。これがゆっくり踊っていて踏んだからまだいいが、もし普通に前進していたら完全に落下して串刺しになっていたことは間違いない。
「――なるほど。たかが悪魔の呪いなんかで五十年近く放っておかれるわけはないと思ってましたが、やっぱこういうことですか」
「その『魔神』とやらを守る、墓守がいるってことだな」
 墓守――かつてこの地に追いつめられたグリード軍の残党。シルヴィア軍のこの地に対する進軍を阻んだのは、信心深いシルヴィア兵の恐怖心などではなく、罠や奇襲など彼らの妨害工作だったに違いない。
 ふと、峡谷とそびえ立つ火山を見上げる。今の一機にはそれがMNの巨体であっても制することが叶わない、難攻不落の城砦に見えた。
「……おい相棒、攻略作戦考えてくれよ」
「《サジタリウス》もない身でほざいてんじゃねーっすよ無能者。人に頼ってないでせめて自分でサジを扱えるくらいになったらどうですか」
「いやだからもうできるって! お前こっちに来てから毒舌に拍車かかったな!」
 嘆く一機は放っておいて、こうしてシルヴィア王国騎士団親衛隊によるドルトネル峡谷攻略作戦が開始されたのであった。

    ***

「開始されたのであった」とはいえ、その進みは牛歩と呼んでいい遅さであった。
 なにしろ広い峡谷、道もところどころ分かれ入りくんでいるので、下手に進むとはぐれる危険性が高い。おまけに敵側の罠が設置されているとあれば、そうそう気安く通るわけにはいかない。MNを先頭におっかなびっくり進むしかなかった。しかも、罠は引っ掛からなければいいというものでもない。
 ところが、ここでまたしても意外な奴が役に立った。
(ええと、こっち、ですか?)
「ああ、違う。もうちょっとこっちだな」
(ここ、ですね)
「そうだ、落ちついてしっかり支えてゆっくりと……」
「…………」
「……一機さん、今卑猥な想像しましたね?」
「んな!? そんな男子中学生じゃあるまいし誰がこんなんで想像するか! てかあの会話じゃどんなシチュかわかり辛いし!」
「それ、想像した人間の発言ですよ」
「ぬかったあああああああああああああああああぁぁぁ!!!」
 と、いつも通り一機と麻紀がボケとツッコミをかましている最中、ドスっと何かを突き立てる鈍い音がした。
 音の先には、何本もの槍を縄で繋いで一本の竿とし、先端にMNの装甲板を取りつけた……表現しようのない変なものが《エンジェル》の両手にあった。
(ヘレナ様、本当にこんなもので大丈夫ですかね?)
「筋は通っている。いちいち手さぐりするわけにはいくまい? とにかく、そのまま続けてくれ」
 グレタの半信半疑な声に答えるヘレナ。こちらもあまり信じきれていない様子なのが一機を少しさびしい感じにさせた。
 なにしろ今グレタ及び先行するMN三機が使っているのは、一機考案のトラップ発見器(笑)なのだから。
「ってなんだ(笑)って。(笑)じゃねえよ十分理にかなった代物だぜ」
「自分のモノローグにツッコミ入れないでくださいよ。槍で作った竿の先で突いて落とし穴探すってだけのものに理もへったくれもありますか」
 考案なんてカッコつけたが原理は一行で説明できるチャチな有様。しかし、これは厳密には一機が作ったものではなく、逸話がある。冷戦時代、東ベルリンから西ベルリンへの亡命を防ぐために設置された地雷原を、モップで突いて確認しながら切り抜けた男の話だ。言うのは簡単だがやるのは相当度胸いるだろうなあとテレビで見て感心したのを一機は覚えていた。
 それで、落とし穴程度ならこれで大丈夫だろうと提案したが、効果のほどは――
(きゃっ!)
 ボゴッと、グレタ機が可愛い声と共に前につんのめった。一応効果があったらしい。
 眼前にまた、MNをも落とせる巨大な穴が現れた。何本もの槍も同様。先ほどと同じMN用の罠、墓守の仕業であろう。
(……まあ、使えなくはないですね)
「どうも。まあこんなもん大したことじゃないですね」
「いや、助かったぞ。感謝する一機」
「そんな、例を言われるほどでは……痛っ!」
 ヘレナにほめられいい気分になったのもつかの間、右足に激痛が走った。
「…………」
「ちょっ、何その半眼! 踏みつけたのお前だろ麻紀!」
「さあ、何のことですかね?」
 そっぽを向いた麻紀はいつも通り無表情に見えるが、付き合いの長い一機にはわかった。この女、理由はわからないが明らかに怒っている。
 ケガの具合が悪いのだろうか、それとも……と考えが及んだ瞬間今度は体重を乗せた右ストレートを顔面にいただいた。うん、これは殴られても仕方ない。でもいてぇとKOされた一機は泣いた。
「――お前ら、何してるのだ?」
 夫婦漫才からドツキ漫才へと発展した二人を覚めた目で見るヘレナ。そんな変な雰囲気の三人は無視して、親衛隊は進んでいく。が、そのスピードはかなり遅かった。
 警戒して進まなければならないのは先ほど述べたとおり、落とし穴や上から岩などが落ちてくる罠の場合穴を埋めたり岩を撤去しなければ先へ行けないのでまた行進は止まる。引っかからなければいいというものではない、隊員たちを疲れと焦りと苛立ちが襲う。
 そこで、また前方が騒がしくなった。何度目かの落とし穴が見つかったようだ。
「くそっ、またか……工作兵!」
 MNに乗った隊員を呼ぶ。そのMNにはちょうどいいサイズのスコップ(ただし人間からするとでかい)が。なにせ穴が穴なので人間では埋めるのにかなり時間がかかるからこうしてMNでやるしかない。多分この落とし穴自体MNで作られたものと思うが。
「……ん?」
 ふと、一機は落とし穴に視線を向ける。
 四角形の穴、カモフラージュするための土、そして落ちた獲物を確実に仕留める赤錆びた剣山――
「――なあ、ヘレナ」
「ん!? どうかしたか!?」
「あ、すいませんなんでもないです」
「なら呼ぶんじゃない! まったく……!」
 声をかけただけで怒られた。ヘレナも相当ムカムカしている。一本気なヘレナの性格からすればこんなチマチマした嫌がらせのような真似は腹立たしいことこの上ないだろう。
「何をしておるか! お前も手伝ってこい!」
「は、はい!」
 一機はあわてて埋め立て作業をしている元へ走った。MNや物資を通れるようにするには穴を再び埋めるしかない。剣山を引っこ抜きそこらから土を掘り出し埋める、を延々と繰り返すのは結構きつい。一機も剣山を運んだり片付けたりと土木作業員のような仕事に従事するようになった。
「ぎぎぎぎぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……っ」
 が、そんな仕事普通のインドア系高校生だった一機にできるはずもなく。
「こらー! そこなにへばってるかー! 処刑されたいのかー!」
「いやちょっと待て! MN刺す用の剣山なんか人間一人で運べるわけないだろ!」
 まあ、少なく見積もって八メートル以上ある鉄の塊を一人で運べる奴はそうそういないだろうが。もはやビルか何かの建材と言った方が正しい。無論他は何人も一緒になって運んでいる。
「誰か手伝ってくださいよ! このままだと潰れて死ぬわ!」
「潰れろ! このまま運べなかったらサボった罪で処刑! になるといいなー!」
「ああもう直接的な表現になってしまったよ! もはや女の子のひそやかな願いになってる! 完全オープンだけど!」
(こらそこ、さっきからやかましい!)
 もはや定番となってしまった隊員たちからのイジメ(殺意含む)を受けていると、MNで作業を指揮していたグレタの怒声が響いた。
(ただでさえ予定と遅れているというのに、何をガヤガヤ遊んでいるのですか! 特に一機、新人だというのになんですかその気の抜けようは!)
「いやだから、こんなもの一人で運べるわきゃねーって……!」
(問答無用! 気合いを入れ直してやります、歯を食いしばりなさい!)
「え!? ちょい待ち、MNに乗ったままぶん殴ったりしたら即死……!」
 もう完全に気が立っていたらしい。さすがにみんな「え!?」と顔を上げたが、グレタの拳はそれより早かった。
 MNの文字通り鉄拳が、一機の顔というか全身に飛んできた。
「……!!!」
 とっさ。本当にとっさ。
 火事場の馬鹿力か数年間の鉄伝の経験が育んだ反射神経か、とにかくその瞬間一機は素晴らしい反応速度でその場にしゃがみこんだ。
 ターゲットを失った拳は速度を維持したまま岩肌に強烈な一撃を喰らわせた。
 ボゴッ! という結構大きな音がその場を駆け抜ける。
「…………」
 一機からすればここのところ慣れ親しんだ静寂が、今度は親衛隊全員を支配した。
ミシミシ、という嫌な音だけが唯一その場で聞こえる音となった。
「――ば、馬鹿者、MNで人を殴る奴がいるか!」
(いえ、その……つい)
 やっと正気に戻ったグレタも口ごもるしかない。当の一機は汗がドバッと出て激しく呼吸する。というか、まだ一機の頭上に拳が突き刺さったままだったりする。
「ついじゃない! まったくお前というやつは……ん?」
 その時、
 さっきから鳴っていたミシミシという不快な音がどんどん大きくなっていることに誰もが気付いた。
「…………」
 恐る恐る、皆が視線を岩肌に向けると――そこには予想通りの光景があった。
 鉄拳が命中したところから、亀裂が広がっていく。音が派手になるにつれ、亀裂は崖を登っていって、そして……
「た……退避、全員退避しろぉ!」
 ヘレナと絶叫と共に亀裂が頂上まで辿り着き、ベキボキバキィ! と轟音がして崖が崩落、大量の土砂がなだれ込んでくる。
そこかしこで悲鳴が上がり、蜘蛛の子散らすように親衛隊隊員は逃げ惑う。一機もあわてて駆けたが、《サジタリウス》とタメをはる鈍足では間に合うわけもなく思いっきり土砂をかぶる。
「ぶがぁ!!」
 その体は土石流の中でぐるぐる回り、気がついたら逆さのまま土の中で固定された。
 頭に血が上り息が出来ないが、腰から下の下半身は土から露出しているようで――っておい、まさかこれって。
「えいっ、しょっと!」
「ごばっ!!」
 何人もの土から引き抜かれた。土まみれで大根の気持ちを知った一機は口に入った土や小石とかにせき込む。
 それをニヤついた顔で見下ろすのは、もはや誰か言うまでもないかな。
「おお、リアル祟りじゃー」
「それ八つ墓村ね。こっちは犬神家」
「アレあのシーンだけ強調されてて意味わかんないけど、ちゃんと理由が」
「ネタバレになるからやめなさいそういう発言は」
 何に誰に対して気を使ってるのか。そんな二人は無視して騒ぎは発展していく。
「だいたいお前はすぐ激昂して落ち着きが無さ過ぎる! 冷静さを欠いては勝てる戦も勝てん、そんなことで親衛隊を名乗れるか!」
(な、んな……人のことが言えたクチですか! ビクビク怖がって震えていただけの方が!)
「うっ……!」
 そう言われると隊長も押し黙るしかない。色々言いたいことがあったらしく、副長はマシンガンのごとく言葉を投げつける。
(そもそも騎士ともあろう者がお化けにビビってちゃしょうがないでしょう! 子供の頃ならまだしも立派な大人なのに!)
「ぐっ……! や、やかましい! 怖いものは怖いんだからしょうがないだろうが! それにお前だって怖がってたのは一緒だろ!」
(はいー!? その発言だけは許しませんよ! 肝試しに一回行っただけで城中ランプ一日中点けっ放しで戦時並みの厳戒態勢にして部屋の片隅でガタガタ震えてたお嬢さんはどこのどなたでしたっけっ!?)
 なんかもう親衛隊隊長と副長というより幼なじみ同士の口ゲンカのレベルになってしまった。前からなんとなく感づいていたが、この二人はただの上司と部下ではなく個人的な関係が深いようだ。
「あ、あれはお前らが勝手にどこかへ行ってしまったからだろ! 夜中の間ずっと泣きながらさ迷ったんだぞ!」
(それは、女王陛下に連れられて嫌々行った貴方が、私のクシャミ一つに「きゃー!!」って泣きながら逃げてったからでしょうが! 私母上にあの後さんざん怒られたんですからね!)
 ケンカのレベルはさらに低下、もはや子供同然である。二人の意外な一面が知れて可愛く思えてきた一機だった。が、
「つあっちぃ!!」
 不埒な思いを抱いた罰が当たったのか、いきなり座り込んでた足と尻のあたりに強烈な熱が走った。
 ていうか何これ、と振り返った。すると、
「……?」
 崩れた崖のひび割れから、チロチロと水らしきものが流れてくる。何か白く濁っているような。試しに少し触れてみる。
「熱っ!」
 すぐ手を引っ込めた。間違いなく原因はこいつだ。
「一機さん、なんですかそれ?」
「――なんか、妙にあったかいんだけど、もしかしてこれって」
 その解答は、疑問を口にする前に与えられた。
 ひび割れから吹き出した大量の熱湯が、一機に襲いかかり飲み込んだ。
「ぐおっぷ!?」
 俺こんなんばっか、と嘆く暇もなく今度は水流にミキサーされる。流されて落ちたのは、ちょうど今埋めてる最中の落とし穴だった。
「ぶがっふ、ぶげふ……熱い熱い熱い、なんだこりゃ?」
 あわててはい上がると、落とし穴には大量の熱湯が注ぎこまれている。ってこれひょっとして、
「……温泉?」
(なんですって? そんな、温泉なんか簡単に出てくるものじゃないでしょう)
 グレタの発言ももっともなのだが、実際にあったかい水は亀裂からジャンジャン湧いて出てくる。しかも飲み込まれた時ちょっと飲んじゃった一機はそれがなんかしょっぱい味なのも知っている。ナトリウム泉か。
「たしかにこのあたりは温泉が多いことで有名だが……まさか温泉を掘り当てるとは思いもしなかった」
「掘り当てたというより殴り倒したといった方が適切かと思うがヘレナさん。副長なんという強運なんだ」
(要りませんよそんな強運……)
 呆れるグレタを無視して、湯はどんどん溜まっていく。
「…………」
 いつの間にか、誰も彼もが沈黙した。きっかけは何もないが、とにかく沈黙した。
 グダグダな進軍、キリのないトラップとそれに対処に埋め立てる疲労、苛立ち。誰もがいい加減限界だった。
 そこに現れた天然温泉。ちょうどいいことに溜める穴はある。ちょっと深いのなら埋める土も岩も道具もそこにはあった。
「…………」
 もう何度目かわからない沈黙。しかし、その沈黙はこれまでとは違っていた。

「――いいのですか? 親衛隊ともあろうものが、進軍先で温泉にのんびり浸かっているなどと」
「今更何を言うか。皆のあの羨望の眼差しを向けられ、止められるものがいるわけがなかろう」
 そういうヘレナとグレタも、服を脱いで肩まで湯に入って堪能しているのだから文句を言う筋合いはない。
 親衛隊隊員、さっきまでのぐたりとした働きぶりはどこへやらというスピードで簡易露天風呂を建造していた。まあ穴を埋めて岩を敷き詰めた程度だが、源泉を誘導し湯を溜め外へ排出されるよう流れを作ったその仕事ぶりは騎士より風呂屋の勢いだった。さすがに完成する頃にはずいぶん日も落ちたが、松明をそこらに立てて光源は確保している。
 そしてその風呂に今親衛隊総員百名余(一人除く)が疲れを癒していた。ある者は溶けてしまいそうなくらいゆったりと、ある者は広いスペースを利用して温水プールさながら泳いできゃっきゃきゃっきゃ嬌声を上げ楽しんでいた。
 全員疲れ果てていたのは一緒だし、何よりみんな騎士として粉骨砕身するには若すぎた。こんな息抜きの機会がないとやってられないのである。
「やれやれ、まさか別世界で温泉に入れるとは思いませんでしたよ。だけど、骨折してる身なのが辛いですね」
そう言いながら湯船の横で、右手で洗面器代わりの兜(他に手ごろなのがなかった)を使い左手の骨折部分にかからないようかけ湯をしている麻紀は愚痴った。骨折時は炎症などの理由から入浴はちょっとまずいからだ。湯をかけてタオルで拭くしかないのだが、温泉が目の前にある誘惑に耐えれる日本人はなかなかいない。おろした髪の間から未練たっぷりで睨みつける。
「なんだ、その身で一人で体など洗えるか。手伝ってやろう」
「え!? いや待ってくださいヘレナさん、一人でできますから! できないとしても貴方に介助してもらうのは勘弁して下さい!」
「なに? なんだそれは。どうして私だと嫌なんだ」
「貴方の裸を見たくないんですよ! これでもスレンダーだけど胸は意外とあると自負してきましたが、ヘレナさんの体見ると羨望どころか憎悪すら湧いてくる!」
わけのわからんことを、と思ったヘレナだったが、ふと湯船に入った隊員たち全てが「うんうん」と首肯していたことに気付く。
「こんなのただ煩わしいだけだが……」とは言わなかった。かつて何度も知人友人(女性)にそう発言した際、ほとんどが恨みと憎しみを込めた眼をヘレナに向けてきたのを覚えていたからだ。
「とにかく、けが人はおとなしく従っておれ。ほら、タオルを貸せ」
「だからやめてくださいって……ちょっ、そっちはちがっ、きゃ」
 ちょっと乱暴に麻紀の体を洗うヘレナの手が滑る。傍目からすると微笑ましい光景――ではない。
「ヘレナ様、その辺でやめていただかないと。あとは私がやりますので」
「うん? まだ全然洗い終わってないぞグレタ」
「いえ、それ以上続けられるとこれ以上進軍できなくなりますので」
「は?」
何のことだとヘレナが湯船に目を向けると、嫉妬に狂った隊員たちが血の涙を流しながら岩に腕を叩きつけて自分も手を折ろうか、いや足の方が色々してもらえそう、いっそ全身複雑骨折とかしたら――きゃーなんて今にもへし折ろうとしてるところであった。
「お、お前ら待たんか! そんな皆が骨折したら任務が果たせなくなる!」
 なんて和気あいあいとした裸の女性たちが織りなす楽園(パラダイス)が現世に降臨している頃、その楽園を誰よりも堪能するはずの一機はというと、
「……この扱いは、いくらなんでもひど過ぎるんじゃないですかね」
 などと目隠しされ縄でグルグル巻きに縛られた状態で嘆いた。
 まあ、女性ばかり桃源郷で唯一男だけなのだから、こういう扱いをされるのは仕方ないといえばないのだが。
 しかし即席露天風呂建造を必死になって手伝い(裸目的は当然あったものの)完成してさあ入るぞというところで後ろから取り押さえられ、そこらに捨てられたことを考えれば泣きたくなるのも道理であろう。
 ついでに言うと、耳は塞がれていない。きゃっきゃと笑う声がしてうらやましいやら色々想像して悶々とするやら。これをずっと耐えねばならないのだから一機にとって地獄であろう。
 ……否。一機はただ耐えているだけの男ではなかった。
「くっくっく……ド素人共が。ロクに身体検査もしないで」
 お前何のプロなんだよとツッコミを入れたくなる一人言を呟きつつ一機が後ろ手で取り出したのは、尖った石の破片。縛られる直前とっさに隠し持っていたのだ。そして地面に顔をこすりつけ目隠しから抜ける。すれて痛かったが、これで視界は確保した。
「いくらなんでもこの扱いはねえだろうが……俺何にもしてねえってのに。ならば、そちらの希望通りのぞいてやろうじゃねえか!」
 だからそういうことするから信用されないし縛られたんだよ、なんて諭してくれる人は誰もいないし、怒りと男(オス)の本能(だいたい二対八の割合)に支配された一機には聞こえない。破片で縄を切ろうとする。
「――割と難しいな。いっそ縛られたままのぞきに行くか。それだと後でしらばっくれることもできるし……あ、切れた。まあいいか」
 とりあえずのぞきさえできれば……なんて最初はそれだけだったが、いざ自由になるともっと欲が湧いてきた。今なら短距離金メダル狙えるぞというスピードで自分のテントへ戻り、使いどころがないので電源を切って置いておいた携帯を持ってきた。もう十世代ぐらいいっちゃったんじゃないかというかなり古い機種だが、さすがにメール、ワンセグ、そしてカメラ機能くらいは搭載している。
「麻紀にさえ感知されなければ、奴らに発見されたところで問題ない。シャッターが消音できないのはまずいが、あれだけ騒いでるなら聞こえないだろう。ノープログレム!」
『問題ない』はノープロブレム。そんな間違いを毛ほども気付かずぐへへへへと抜き足差し足する一機。恩も忘れて罰当たりもいいところである。
 そんな罰当たりな一機を、天の神も許すはずがなく、罰を与えた。
「……っだ!?」
 ビュッという衝撃と共に携帯を持っていた手に鋭い痛みが走ると、いつの間にか携帯が吹っ飛んでいた。どうも何かがぶつかったらしい。
「な、なんだ?」
 地面を見回すと、なんか正方形の黒い石コロみたいなのが落ちていた。
「これは……?」
 拾ってみると、ゴツゴツしてるが硬さはそれほど硬くはない。土はそれほどついておらず、黒っぽいがなにかツルツルした手触りで、一機が知っている一番近いもので例えると――
「――石ケン?」
 それが一番正しいように思えた。そういえば石ケンは隊員も使っていたのを見たことがある。あれよりも無骨で不純物が混ざってるようだが、それでも石ケンであることに変わりはない。石ケン自体は紀元前以前からあるものだし存在するのはおかしくない。しかし、何故石ケンが飛んできたのか?
「…………」
 空を見上げる。上にはちょうど温泉が流れる亀裂があった。そこから流れを作り、只今桃源郷と化している元落とし穴へと伝わる。そのもっと上は……当然、崖だ。
 ――まさか。
 一機の脳内に浮かんだ、ある一つの予測。ここへ訪れてから見てきた様々なものと絡めて、その推測は確信へと近くなる。
 元いた場所へと戻る。その一機の行動を監視する親衛隊隊員はいない。皆入浴中だからである。敵地のはずなのに気が抜けてるにも程があるだろうと言いたいくらい油断し過ぎだ。
 ……否。そうではない。ここまで進軍してきた隊員たちは、共通認識としてあることに気付いていた。しかし、あり得ないこととして誰もが言う気になれず、それがこの暴挙をさせた理由でもある。
 仕切りになってる岩に背中を預け、妙に速くなった鼓動を抑えて後ろのヘレナに話しかける。
「――なあ、ヘレナ?」
「うん? ああ悪いな縛ったりして。ちゃんと後で入れてやるから安心しろ」
「いや、それはいいんだけどさ。ちょっと変なの落ちてきたんだよ」
「変なの? なんだそれは」
「――石ケン、かな?」
「石ケンだと?」
 怪訝そうな声が返ってきた。一機はそのまま続ける。
「上からつーか、崖から落ちてきたつーか。そもそも不思議だったんだよね。いくらMNでも、パンチ一発で温泉なんか湧き出るもんかね。温泉の源泉ってもっと地下深くに埋まってるイメージだけど」
「ちょっと待ってください、出るかねって、実際出てきたんですよ?」
「だからさ、別にさっき温泉が出てきたって、今初めて湧き出てきたとは限らないでしょ?」
 岩の向こうで、誰かが「ハァ?」なんて声を上げた。一機は携帯を操作しつつ、自分の考えの最後を述べた。
「この石ケン、上から落ちてきたって言ったじゃん。風呂ないのに石ケンだけあるってのも変な話だろ? しかもこれ、あの亀裂の真上からだな確実に。てことは――」
「――つまり、元々上で掘り当てられた温泉が、たまたまあの一撃で崩れて流れ落ちてきたと?」
 確実ではないが、そういう推測も立てられると答えた。だが、ここで一つ新たな疑問が。
「誰かが元々掘っていたって――誰が?」
 そんな誰とも知らぬ疑問の声で、またしてもその場を静寂が一瞬支配すると、
 ザバーッと水から上がる音がし、その刹那一機は躍り出て携帯のカメラを向けた。
「総員配置に付け!」とヘレナが叫び、皆急いで湯から出て駆けてゆく。その隊員たちの凛々しい姿――ではなく、タオルを羽織る余裕すらないあられもない姿を一機は撮りまくっていた。
 ――はっはっは、火事場作戦大成功! 文明の利器に万歳を送りたいぜ!
 さっきの推理、別に嘘八百ではないが、今話したのはこうしたわけだ。
 自由の身になってのぞこうとしても、相手は戦いを生業とする兵士。しかもヘレナといい麻紀といいどうも勘がよさそうばかりなので困る。普通にのぞいても見つかって袋叩きだなあと悩んでいたところで石ケンが落ちてきて。それでピンと来たのだ。
 つまり、この近くに敵がいる可能性が非常に高いということ。上に露天風呂など作っているのだとすれば、相当近くに。
 この可能性を提示すれば、あわてて戦闘準備に入るだろう。こちらを気にする余裕などないし、あっても携帯なんぞ知るはずもないから撮られているなんてわかるはずもない。
 敵がいて襲撃される可能性があることを言いたかったのも本当。でもそんな危機的状況に陥っていることを察した自分に対する褒美としてこの写真を貰ったのだ。そう思うことにしよう。それがいい、うん。
 自己中心的(アンブレイカブル)もたいがいにせいとばかりの一機の論理。あわただしく着替えてMNを準備したり武器を手に取ったりと戦う用意をしている隊員の中で、一人我関せずとしゃがんで携帯で撮った写真を確認しつつガッツポーズする。能天気極まりない。
 しかし天はそんなスケベ小僧を放っておくほど寛容ではなかった。
 ザン、と一機に影が差す。
 振り返ってみると――そこには修羅がいた。
「…………」
「ま、麻紀……さん? あの、これは……」
 右目に巻かれた包帯、三角巾。それ以外は何もつけてない麻紀の姿を一機は美しいと思った。
 ただ、その髪の間からのぞいているたった一つの眼光が一機を鋭くとらえていなければ、の話だったか。
「えと、あの、その……これはなんというか、つい魔が差したというかええと、ご安心を貴方様の裸体は写していないのでてそんなんで許されるわきゃねーかあはは」
「……なんで私は撮らないんだよ」
「へ? 今何かおっしゃいましたかげぐばぁ!?」
 顔面を見事に足蹴され、倒れる間もなくキックの嵐。顔どころか全身の骨を砕くように念入りに踏みまわされ、たった一人なのにヘレナの時やられた隊員総出の集団リンチより重症となった。
 程なく一機はまたしても全身ボロボロで目覚めたが、カメラのメモリーは――言うまでもなかろう。

    ***

「いててて……あー痛い。麻紀の奴いくらなんでもあそこまでやらんでも……いいよなきっと。まあチクられなかっただけよしとしなきゃ」
 深夜。見張りを除くほとんどの隊員が寝静まった中、松明の灯りも少なくなった即席露天風呂に一機一人が浸かっていた。
 結局麻紀は一機の悪行を誰にも言わなかった。いつの間にか縄がほどけてボコボコにされてたことについては完全黙秘を貫いたので誰にもバレていない。まあ戦闘準備中だったから端で死んでる男になんか構っていられなかったからというのが正直なところだが。
 そんなこんなで、一機が目を覚ましたのはもう夜。仕方なくこんな夜更けに入らざるを得なくなった。せっかくあるのにそのまま寝るってのはもったいないし。
「しっかし、あーいい湯だ。疲れ全部溶けていってるみたい……ブクブクブクブク」
 まあこの際満天の星空の下一人占め気分を楽しむことにした。巨大な赤い月が不気味といえば不気味だが、よく見ればなかなか風情があるように思える。思うことにした。思うことにしよう。
 とりあえず温泉は文句なし。湯加減もちょうどいいし広さも抜群、首まで浸かってバシャバシャ叩いて楽しんだ。
「にしても……さっきのあれ、何にも出なかったよなあ。この峡谷入って敵の攻撃は落とし穴と岩落としのトラップかはてまた鳴子ぐらいしかないし、はっきり言って拍子抜けだな」
 一機の言う「さっきのあれ」とは、無論入浴中に近くに敵がいるかもしれないといったことである。
 あの後(一機が気絶している間)親衛隊隊員たちはすぐさま着替えて鎧を装着し、武器を手に取りMNに搭乗した。さっきまで入浴していたと思えないほど素早い動きだったらしい(麻紀談)。
 が、そんな神速で戦闘配置についたにもかかわらず――何も、誰も来なかった。
崖の上に露天風呂を作るくらい、少なくとも石ケンがあるということは近くに誰かがいることは確実なはずが、誰も襲撃して来ず矢も剣も飛んでこなかった。ただ完全武装の親衛隊がその場で緊張しつつ待ちぼうけを喰らっただけの結果に。なんだか間抜けである。
「だけど、どうして何にも来ないんだか……夜襲に来る気配もないし。ここの墓守はどうした……いや、まさかな」
 一機の脳裏にまたあの『疑念』が浮かんだ。それはほぼ確信となっていた。それが事実なら……嬉しいというか幸運というか。しかし確証がないので口にはとても出せなかった。多分、他の連中も気付いているが同様なのであろう。
 だが、だとするとこの石ケンは……
「まあいいか。必要なことはあっちが考えるだろうし、俺の意見なんか聞いてくれるわきゃないしなあ」
「そう腐るな。最初から決めつけていては何も始まらんぞ」
「うっ、え!?」
 一人言を返され、びっくりして振り返る。
 果たしていたのはヘレナだった。しかもバスタオル一枚という刺激の強過ぎる姿で。いや、全裸見といてなんだけど。
「ちょっ、ヘレナさんなんで!? さっき入ってたのに!」
「ああ、どうも寝付けなくてな。嫌な汗をかいてしまったら入りなおそうと思ったんだ」
「なるほどね……って納得できるか! 俺が先入ってるんですけど!?」
 一機は湯の中でオタオタしているのに、ヘレナはバスタオルなどで隠しきれないその豊満な身体をそのままに平然とした様子。なんだ、女という生き物は布切れ一枚で羞恥心が消えるのか。だとしたら顔を真っ赤にしているであろう自分が馬鹿みたいではないか。
「わ、わーったよ! 俺はすぐ出るから、後はごゆっくり!」
「待て、お前体ちゃんと洗ったのか?」
「え? ま、まだだけど……」
「風呂に入って身体も洗わん馬鹿がどこにいる。ほら、洗ってやるから出ろ」
「はい? ちょっ、なっ!?」
 言葉の意味を理解できないまま強引に引きずり出される。あわててタオルで大事な部分を隠した。
「い、いえ結構です! ていうかこんなとこ隊員に見られたら今度こそ殺されるわ!」
「心配するな、もう夜中だぞ? それに、そんなことする奴はウチの隊にはいない」
 何言ってんださんざん殺そうとしただろ! と言いたい一機だったが、それ以上告げなくなってしまう。まあ彼女たちが本気なら自分なんかとっくに殺されていたろう。そう思っているうちに木製のイスに座らされた。
「さあもうおとなしくしろ。ほら、髪洗ってやる」
「……お手柔らかに」
 ここまできたら観念するしかない。タオルを腰に巻いて、決してヘレナの方を向かず目をギュッと閉じた。頭の中で雑念払おうと般若心境を唱えていたら、頭からバシャッとお湯をかけられる。
「あち、あちちっ!」
「こら、じっとせんか。頭洗ってやるから。石ケンは……ああ、これか」
 さすがにシルヴィアにシャンプーなんて便利なものはない。ヘレナが石ケンを泡立てている音が一機の耳に伝わってくる。
「よし。それじゃ、頭動かすんじゃないぞ」
「あいよ……うおっ?」
 むにっと、非常に柔らかく懐かしい感触のものが背中に押し付けられた。
 何事か、と確認する前に脳髄に電気信号が走り一機の体を硬直させた。
「ふむ……一機、どうだ、かゆい所とかあるか?」
「ソウデスネ、ゼンシンカイテクレルトアリガタイノデス」
「はあ? お前どうして声上ずらせているんだ?」
 ヘレナの声が近く聞こえる。本当に近く、息がかかるくらい。
 そしてこの感触。数日前にも味わった。あの時は顔でだったが。
 すなわち、この女は一機の背中に胸を押しつけている。
 ――って、何してんすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
 心の中で大絶叫する。肉体は硬直して動けないが、マインドにいる一機は悶絶打っていた。
 そりゃ俺ちょっと前かがみになってるかもだけど、そこまでひっつかなくてもいいというか、わざとか、わざとなのかぁ!! ああ、柔らかい感触が、ああ、ああああああああぁ!! と脳が見たこともない斬新な激しい踊りを乱舞する。
「うん? お前もうちょっと頭を上げんか。これではやり辛くて仕方ない。ほら、もっと」
「いいえ、このままでお願いします」
 理性はブレイクダンスを踊りながら崩壊寸前だというのに本能は煩悩フルスロットル。言った後で口勝手に動くなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! とわめいたところでどうしようもない。胸に加わり細くしなやかな指のなめらかさが頭蓋から伝わり頭と背骨が溶けそうになる。
「一機、さっきからどうしたんだ? 呼吸も荒いしどこか小刻みに震えている。顔を心なしか真っ赤に思えるし、のぼせでもしたか?」
「――なら、水を思いっきりかけてくれるとありがたいのですが」
「なんだ、元気ではないか。あいにくそんなものはない、湯で我慢しろ」
 ちょうど洗い終わったのか、湯を桶でザバッとかけられた。うむ、少しは正気に戻れた。
「どうだ、さっぱりしたろう?」
「ありがとうございます。では、お返しに頭を洗って差し上げましょうか?」
「おお、そうしてくれると助か――いや、やはりいらん。一人でできる」
「かしこまりました」
 丁寧に礼をしつつ、なんだか昂ってた興奮が一気に冷めていくのを一機は自覚していた。
 間違いない。こいつ俺のこと男扱いしてねえ。
 前回のは不意打ちだったし、それなりの恥じらいというものは当然持ち合わせているのだろうが、俺のことを男とはあまり感じてはいないらしい。バスタオル一枚という無防備過ぎる姿もその証だ。
 ――まあ、ヘレナは王女様だし、しかも騎士だからこんな枯れ木みたいな細くて頼りない男は相手にしないんだな。きっと体長二メートルくらいあってもっとムキムキしてヒゲとか胸毛とかモジャモジャしてて化け物ウサギとか生で骨ごとガブリとかできて……あれなんでだろう、無性に殺したくなってきた。
 自分で作った男と仲良くなるヘレナ思い浮かべ殺したくなるというアホなことをしていると、ヘレナが心配した様子で声をかけてきた。
「一機、本当にお前おかしいぞ? 大丈夫なのか?」
「――問題ないです」
「そうか……? まあいい、今度は背中を洗ってやろう。ほら、そっち向け」
「――ありがとうございます」
 もう血が上ることもない。身も心も完全に冷めきり背を向ける。
 そりゃ、男として自分が頼りないのはわかる。運動なんか全然やらんし体力もない。腕力に至っては弓道やっている麻紀にも劣るだろう。こんなモヤシシルヴィアでは虫けら以下かもしれない。しかし、いくらなんでもこうあからさまだと……と地面にのの字を書きながらネガティブスパイラルに陥っていると、背中にピタとタオルを付けられゴシゴシこすられる。
「どうだ、強くないか?」
「あーちょうどいいです。て言うか慣れてますね。普通王女様だったらお付きの従者が体なんか洗ってくれると思いましたが」
「はは、お前の国ではどうだか知らんが、私は王女である前に騎士だぞ? 大抵のことは一人でできんでどうする。……まあ、皆と風呂に入ると私が洗うとうるさいんだがな」
 なるほど、あの隊長様が好きで好きでしょうがない連中はその手で愛するお方の裸を間近でガン見したり肌の感触を味わったりしているのか……それ以前にこの人寝込みとか集団で襲われたりしないんだろうか? さすがにそこまでしないのがあるいは互いにけん制し合っているのか。恐らく後者だと一機は推測する。
「ほら、後ろ終わったからこっち向け」
「え!?」
「何を驚く。別にいつもの……いや、なんでもない」
 またしまったという顔をされた。なんだか嫌気が刺した一機は言われるまま前を向こううとしたが引っぱたかれてしまった。ううん理不尽。
 そんなわけで、タオルを借りて自分で体を洗っていると、ふと後ろにいるヘレナに話しかけた。
「そういえば……ヘレナって、妹いるんでしたよね。王女様の」
「うん? ああ、姉上がな。私と同い年だが」
「え、双子だったの?」
「そうだ。姉上は私と違って騎士にはならず、王女としての執務に尽くしている。とても聡明で次期女王としてはふさわしい方だ……まあ、少し気弱なところはあるがな」
 気弱、と聞いて一機は気弱で聡明な文系ヘレナを想像しようとした……が無理だった。このヘレナの弱気というか女らしい顔なんかまったく思い浮かばない。……体の方は百パー女だが。
「……一機、お前何か失礼なこと考えてないか?」
「いえ、何も」
 どうして俺のまわりの女はこう勘が鋭いんだろう、なんてことを考えていると湯をかけられた。
「ああ、ありがとうございました。じゃ、お礼に洗ってあげますね」
「うむ、頼むぞ」
「それでは前から洗いますのでタオルを取ってこちらへ向いてください。」
「わか……って何を言ってるんだお前は!」
「もうちょっと早く気付いてくれないかなぁ!」
 その間二十秒。一機からすると「いっそこのままやっちまったほうがいいんじゃないか」と悩み苦しんだ二十秒であった。
「いい、一人でやるから、お前は湯に浸かっていろ」
「了解です」
 泡を流した一機はそのまま湯船に戻る。風呂から出ればよかったのではないかと思ったが入った後ではもう遅い。ゴシゴシとヘレナが体を洗うのを聞いていると、湖で見た絶景(からだ)がオーバーラップして緊張のあまりカチコチになり出るに出られない。
「そ、そういや第一王女の双子の妹ってことは、王位継承権は第二位ってことだよな? それじゃ他に王位継承権持った人っているの?」
「うん? 正式に王位継承権を持っているのは姉上だけだ。私は騎士になったときに返上しているからな」
「え? 他に異母姉妹……あ、いや、女王制だから異父姉妹か。他に第三王女とかいないの?」
「おいおい、異父姉妹などいないぞ。仮に王位継承権を持った女王の直系が亡くなったら、緊急に王族から出すことになっている。まあ、シルヴィア五百年の歴史でそんなことは一度もなかったがな」
「ふうん、俺の世界の王なんか自分の親族残すために側室バンバン作ってたけどね」
「そんなハレンチな真似男系国家だからだろ? シルヴィアではあり得んよ」
「――てことは、ヘレナは妹とか弟とかいないんだ」
「ああ」
 一機の脳裏には、あの時借りた鎧に書かれた名前が浮かんでいた。
「ハンス・ゴールド……ねえ」
「何か言ったか一機?」
「あ、いえなんでも……ってわぁ!」
 いつの間にかヘレナはもう洗い終えており、湯船にちゃぷと入った。あわてて出ようとしたが自分のタオルがどこかへ行ってしまったため出られず、せめてもと少し離れ明後日の方を向く。
「そういえばさ、今どのくらいまで行ったのかなこの峡谷。あんまり遅いから進んでないとは思うけど」
「どれくらい? ……ああ。それが、よくわからないんだ」
「? わからない?」
「なにしろ、ここの詳細な地図などないのだからな」
 そういえば、ここは四十五年前グリード皇国が籠城して以降一度も他者の侵入を許さなかった要塞だったか。なら地図などあるわけがない。今までのような調子で手さぐりしながら行くのかと思うと嫌な気分になる。
「とにかく今日は罠を破る道具とこの温泉を見つけてくれたことは例を言うぞ。正直私もあの大量の罠はうんざりしていたからな……この湯でずいぶん癒された」
「いや、あのモップもどきはともかく風呂は俺の功績ってわけじゃ……」
「あ、それとあの悪魔払いの術。あれはずいぶん助けられたしな。感謝してるぞ」
 ぶふぉと吹き出しそうになりとっさに湯に頭をぶち込んだ。ヘレナがびっくりするのも構わず爆笑を泡へと変える。
「な、何してるんだお前?」
「ぶくぶくぶく……なんでもありません。お気になさらず」
 気にするなというのが無理な奇行だったが、ヘレナも臆したのかそれ以上聞いてくることはなかった。
「礼なんか結構ですよ。あんなの大したことじゃないし俺の世界じゃ常識的ですから」
「いや、それでも我々の世界では画期的だからな。アマデミアンは時に我々よりはるかに優れた知識をもたらすという――五十年前反乱を起こした者も、アマデミアンだと聞いているしな」
「え? 皇帝グリードとかいう奴のこと? あいつもアマデミアンだったの?」
「さあ、それはわからん。ただ、あれだけのアマデミアンをまとめ上げたことといい、MNという元はあれど強力な兵器を作れたことといい、その可能性はかなり高いと母上は申していたな」
 母上、というのはヘレナの母でつまり女王陛下のこと。これまで一機が教えられたメガラにおける歴史のことは全部その母上から聞いたことらしい。一国の女王なのにずいぶん詳しいねと言ったら、ため息の後に「母上は政(まつりごと)や武(いくさ)は疎いのだが、そういったことには関心が強いんだ」と気落ちした様子で語られた。
「とにかく、その男一人のせいでシルヴィアの歴史は大きく歪ませられたものだな……戦争末期には、グリード軍の城まで追いつめ火攻めまでしてそうだが」
「火攻め? だったら皇帝は死んだんじゃないの?」
「ところが逃げられたらしい。兵の話では皇帝本人も焼かれたのだが遺体は発見されなかった。それで今に至るというわけだ」
 なるほど――と納得しそうになる一機だったが、ふと奇妙な引っかかりを感じた。火攻め、焼かれた? 何故だろう、最近どこかで似たようなフレーズを聞いたような。
「その時倒せなかったから、シルヴィアは五十年続く内乱と、これを契機に始まった各地の反乱の日々となったということだ。兵も不足している。お前も早く一人前になれるよう、明日から鍛え直さねばならんな」
「ぶくぶくぶくぶくぶく……」
 また沈んだ。体も気持ちも。
 そうだった。それを忘れていた。あの地獄の日々が再開されるのだ。考えるだけで憂鬱になる。
「ははは、一人前になったらあのMNにも乗せてくれるんですか?」
「馬鹿を言うな、MNは動かすだけでも相当の鍛錬が必要なのだ。お前みたいな新米は動かすこともできんぞ」
 たしかにこの世界へ来た時乗ったMNを一機は指先一つすら動かせなかった。やはりそう簡単に動かせる代物ではないらしい。
「でも、麻紀は一発で動かせたけど。そりゃ気持ち悪くはなってたが」
「ああ、それは私も驚いた。素人があれだけ動かせるなんて信じられんよ」
「そういやあいつあれで弓道部だったっけ。精神統一くらいは慣れたものだったのかもしれないなあ」
 高校の放課後、弓道場で麻紀が弓を射っているのを見かけたことがある。いつもの学生服とは違う弓道の白筒袖と紺の袴に包まれた麻紀が、凛とした表情で矢を放ち、的へ当てていく。にやにやと小馬鹿にしたような顔しか見てこなかった身としては引き込まれそうな魅力が――って何を考えてる俺はと頭を抱えた。
「弓道? なんだ、弓をやるのか?」
「ああ。ケガが治ったら見せてもらったら? って、親衛隊に入るんだから弓やらないわけないよな」
「いや、腕が治ってもあの目では……」
「目? 麻紀の目がどうしたの?」
「え? ――あっ!」
 そこで「しまった」とばかりに口を塞いで視線をそらした。あまりにも怪しい様子に何か寒気を一機は感じた。
「……どういうこと? ケガは大したことないって、麻紀の奴言ってたぞ」
「そ、そうだ、大したことはない。あいつに問題なんかないから気にすることは……」
「そんなかえってそういうことにしたほうがいいのかななんて思うくらい明らかに目を泳がせといて、何もないわけないだろ」
 ぐいと顔を詰めよる。さっきまでの動揺と興奮はどこかへ消え、別の理由で心臓の動悸は激しくなった。
 最初は顔を背けていたヘレナも、真剣な一機を見て意を決したように口を開いた。
「……腕や、その他のケガは問題ない。ただ問題は、麻紀の右目なんだ」
 右目と聞いて、一機の脳裏に包帯で包まれた麻紀の顔が浮かぶ。いつもの半眼で見下す瞳が四分の一になっていた。あの目が、まさか……
「看護兵が言うには、目が傷ついてしまったそうでな」
「まさか、眼球が使い物にならなくなったのか?」
「いいや、目の中心にある――なんだったかな、水晶体とやらを覆っている透明の膜のようなもの」
「角膜?」
「それだ。その角膜とやらが、傷ついているようで……」
「……は、はは、はははははっ!」
 突然一機は哄笑し出した。肩の力が抜けおおいに脱力する。
「か、角膜? なんだ脅かしやがって。んなもん大したことないじゃん。角膜なんか移植しちゃえば……」
 そこで哄笑をピタリと止める。同時に温泉が冷めたんじゃないかと思うくらい急激な寒気が一機を襲う。
「――看護兵が言うにはだな。その角膜とやらが傷ついてしまったから、もう薬でも手術でもどうにもならんそうだ。あいつの、麻紀の右目は……」
 ヘレナは言葉を切り、青ざめた顔の一機に宣告する。
「二度と、光を取り戻さないそうだ」
 その宣告を理解するのに、脳は少しの時間を必要とした。
 否、認めるのを拒絶したのかもしれない。
 真っ白になった頭で、絶望的な結論を導き出す。
 ――角膜治療くらい簡単? たしかにそうだ。
角膜移植なんてありふれたものだ。完全に事実だ。
 でもそれって――どこの世界の話だ?
「なんで……だってあいつ、大したことないって、全然問題ないって……」
「麻紀が言ったんだ、黙っていてくれと」
 呆然とする一機に告げる。ヘレナのその言葉は、しかし一機にはいわれるまでもないことだった。
「あいつが言ったのか? 心配掛けたくないとか」
「あ、それが……」
 言いにくそうにしていたが、やがてぼそぼそと呟いた。
「「自分のせいだなんて変に落ち込まれたらうざったいですし、だいいち私らそんなかんけいじゃありませんしねぇ」――なんて言ってたぞ」
「へっ、やっぱそんなこと言ったか」
 あまりにもあまりな台詞だと思っていたヘレナは失笑した一機に驚きは? と目を白黒させてしまう。
 そんなヘレナを無視して天を仰ぐ。巨大な紅の月と輝く星の中、向日葵を揺らして嘲笑する女を幻視した。
「……あの馬鹿」

 温泉から出ると、一機は替えの服を着て湯船に背を向けてしばらく黙って座りこんでいた。
 やがてヘレナが湯から上がり、着替える音がすると、一機はゆっくりと声をかけた。
「……なあ、ヘレナ」
「な、なんだ一機」
「ここの……峡谷の地図ってさ、あるの?」
「ち、地図?」
 うっかり約束を破り喋ってしまったことを悔やんでいたヘレナは、不意の質問の意味がわからず戸惑ってしまう。
「地図は――ない。この峡谷はグリード軍残党が制圧してから一度も攻略されていないのだ。峡谷の入り口は何か所もあるから、中心が抜けた大まかな地図しかないな」
「でも、だいたいどれくらいまで進んだとかはわかるだろ? 進軍スピードとかで。中心までもう間もなくなのか?」
「中心? まさか、今までの速度からすると――まだまだ最初のはずだぞ」
「ふうん……」
「――一機」
「ん、うえっ?」
 そこでしばらく考え事をしていると、突然後ろから声をかけられた。着替え終えたヘレナだ。
「これ、お前にやろう」
「え? なにこれ、ネックレス?」
 ヘレナが首にかけてくれたのは、鎖のネックレスだった。少々錆びているが銀製らしい。
 しかし、中心に同じ銀製のアクセサリーが通されている。その形は、王冠に剣が刺さっていて――あれ、これはMNにも刻まれていたな。何かのエンブレムだろうか? 王冠の部分にはパチンコ玉程度の黄土色の石が埋め込まれていて……
「って、これ何さ」
「それはな、まあお守りのようなものだ。子供の頃、母上がくれた」
「は? 大事なものじゃん。もらう訳にゃいかないよ」
「いいんだ。お前はどこか危なっかしいからな。それにお守りというのは非力な人間こそ持つべきものだ」
「――なんか納得しそうな自分がいるのが嫌だ」
「ふふっ、とりあえず持っとけ。気休め程度だが、まあ損はないさ」
 それだけ言うと、腰を上げて自分の寝床がある寝台車へ戻っていった。
「……気付かれたと思ったけど、大丈夫かな」
 軽く一息つくと、一機も戻ることにした。

「――俺、ここで今日寝るんだけどなあ」
 寝台車に戻ってみると、この三日間と同様麻紀がベッドで包帯と三角巾を巻いたまま眠っていた。窓から入る月明かりになんとまあ穏やかな寝顔が写っていた。
 ケガも治り五体満足となった男が一緒に寝るというのに無防備過ぎるだろうこの女は。しかしそれは一機を信頼し(ナメ)ていることの証明であり、事実この男は二年近く寝食を共にして何もしてこなかった。
 ただ単に、ゲームをして寝て飯を食べてゲームをして寝て飯を食べて……それのみだったのだ。
「何が週末の悪魔だ……アホらしいことこの上ない」
 その『アホ』は麻紀なのか一機なのか、それも考えずぽつりと呟いた。
 そもそも、ネットもさせてくれない厳しい親が週末だろうが外で寝泊まりなんて許すだろうか。おまけにネカフェで出会った後見せてもらったものはごくごくノーマルな……つまり何のカスタマイズもされてない標準の機体だった。
 恐らく、あの時麻紀は鉄伝を買ったばかりの素人だったのだ。あのネカフェには鉄伝の解説書が多くある。それを読みながらプレイしようとしていたに違いない。そこでたまたま一機に会って――今に至ると。
 どうしてわざわざ一機の家でプレイしようなんて言い出したのか、そもそもこいつは鉄伝に興味が本当にあったのか……それすらわからない。一機は麻紀のことをほとんど知らない。この二年近く、麻紀のことを何一つ知ろうともしなかった。
 そんな女が、自分を救うため庇い、そして重傷を負った。
「…………」
 ふと、胸元からまたアマダスを取り出した。
 そしてもう一つ、記憶の中からみたび引き出す、進路希望調査票。

 ――『アマダス』は人の感情、主に強い思いに反応し力を生む。

「俺のせい、なのかねえ」
 何も書かれてない紙。それは要するに進路、未来に何の展望を抱いてなかったからだ。
 将来は保障されている。黙っていても、食うには困らないであろう未来が。
 でもそんなのつまらない。何か新しいものが、新しい世界が欲しい。全く違う退屈の無い世界へ行けた少女のように、一機は楽園へ自分を導いてくれる兎が現れるのを待ち続けていたのだ。だからあんな怪しいメールにも返信した。
 しかし、その自分の逃避に麻紀を道連れにしてしまった。
 仮に自分の「この場所から逃げ出したい、もっと別の世界に行きたい」という願いが『アマダス』に反応したなら、麻紀は単なる巻き添えを食った不運な女。
 もしあっちにいたままなら、角膜による失明なんてすぐ治せたろうし、そもそもケガなんてしなかったはずだ。こいつが勝手にやったこと、と言いきれるほど一機は図太くない。
「なにが捨てられるかも、だ。やばいのはお前の方じゃないかよ……」
 一機は親衛隊だろうが一応男、親衛隊がダメなら正規の騎士団に飛ばせばいいし、兵士が向かないなら他の仕事をと手を打ってくれるはずだ。
 だが、麻紀は女でしかも片目が見えない。弓のみならず兵士なら目がどれくらい大事か一機にもわかる。いくらヘレナが優しくてもモノになりそうにない人間を置いておくわけにはいかないし、一般兵にもなれまい。他の仕事とはいえ女手でアマデミアンなんて異邦人を受け入れてくれる所などどこにあるか。最悪――を想像して怖気が走った。
 明日も知れぬ身は自分の方。にもかかわらずこの女は二年連れ添った相棒に心配されまいとした。一機に気負ってほしくないとか、責任を感じないようになんてお優しい理由ではあるまい。そんな女神(ビーナス)のように慈悲深い女ではない、こいつは悪魔なのだ。
「無茶しやがって……別に俺らそんな仲でもあるまいし」
 恩や義理を感じる仲ではない。助ける理由も助けられる理由もない。
 単に、何の意味もなく出会った二人が何の意味もなく同じところにいたというだけのこと。じゃあどういう仲と聞かれれば……答えようがない。一機自身よくわかっていないのだから。
 そんな女が自分を助けてしまい、そしてそのせいである種危機に瀕している。なら、自分はどうすべきだろうか?
「んー…………」
 天を仰いで目を閉じ、しばらく考える。
 ヘレナに嘆願すれば温情はくれるだろうが、あちらも隊長という立場がある以上そんなわがままも言えない。こちらの事情に詳しくはないからこちらを追い出された後の麻紀がどうなるか保証できない。やはりこちらへ留めてもらうのがベストだが、理由もなしにそれは無理だろう。
「理由、ねえ……ん?」
 ふと眼を開け、麻紀の方を見てみると、視界に向日葵が二つ入った。
 トレードマークの三つ編みツインテールをほどいた麻紀は、寝るためにいつも付けているヘアゴムを外して枕元に置いていたのだ。すっかり色あせた、向日葵のアクセ付きの。
「こんなもんもいつまでつけてんだか……しかし、寝顔だけは可愛いもんだな」
 いつもの人を馬鹿にした笑みと半眼がない麻紀の寝顔は、この歳の少女そのものの美しさがある。痛々しい包帯を除いてはだが。
「……うし、決めた」
 また少し考え込んで、ゆっくりと腰を上げる。借りたシャツとズボンを脱ぎ出した。
「ええと、制服制服……あったあった」
 部屋の隅に木箱と共に保管されていた一機の制服を取り出す。破片が刺さったところは一応洗濯されたようだが、赤黒い染みは残ったまま。死にかけたことを思い出しゾクリとしたものの、贅沢は言えないとそれを着こむ。
「あとは……と、これだ」
 同じく置かれていた木箱から、あの日麻紀が買ってきたスナック菓子と清涼飲料水数本を取り出す。こちらへ飛ばされた時一緒についてきたものだが、保護された後どうしようか悩んでとりあえずそのままにされていた。
 その二つを寝床に備え付けのリュックにぶち込む。
「他は……剣持ってても使えないし、持たない方がいいか。いやでもなんか必要かなあ……」
 そして、親衛隊からもらった皮靴も脱ぎ、こちらへ来た際のシューズに履き替えると、数時間前にメモリを全消去された携帯を取り出す。
「もう四年くらいになるが……まあないよりマシか。電源は入ってるから問題ないと……お」
 気付くと、木箱の底に麻紀の携帯が転がっていた。きっとこちらでは使いようもないけど投げるのもなんだと置いておいたのだろう。せっかくだと一機は借りておくことにした。
「光源は多い方がいいもんな、後で怒られるかもしれんが、まあいい。どうせそん時はいろんな人からボコられてるの確実だしな――と」
 不意に、まだヘレナからもらったネックレスをかけたままなのを気付いた。外そうかとも思ったが、なんとなくやめておいた。
「とりあえず、必要なものはこれで十分かな。正直全然足りない気がするけど、贅沢言ってもしゃーないか。あとは……」
 制服の胸ポケットからペンとメモ帳を取り出すと、少し悩んで筆を入れ、はがして置き手紙として残す。
 リュックを背負い、身支度を整えるとドアに手をかけたところで止まった。少し逡巡すると、顔も向けず麻紀に話かける。眠っていることを承知で。
「麻紀――決めたよ」
 無論返事はない。しかしそれでも続ける。
「『魔神』を手に入れる。それもこの手で。俺一人手で」
 そう。それが一機が導きだした『方法』だった。
 麻紀が確実に安全が保障されているのが親衛隊で、麻紀にそこに留まらせる力が無いとすれば、一機自身がそれを手にすればいい。それも強大で、他とは一線を画す絶大な力を。
 だがそんなもの一朝一夕で手に入るものではない。訓練なんてしてもどうしようもないなら、そんな力を自分のものにすればいい。
 伝説で語られるFMN、その力が真実なら、親衛隊にとって多大な戦力になるだろう。そうすれば自分の権威もグット上がる、かもしれない。その結果麻紀を留まらせるという融通を効かせることも可能だろう、多分。
 ただし、それは一機一人の力で為し得なければならない。親衛隊の皆と一緒に行っては一機の力量を示したことにはならないし、『魔神』をこの手に収めることができないかもしれない。
 だから、こうして夜中寝静まったところを狙い抜け出し、一人で『魔神』を奪い返す。そして『魔神』を我が物とすれば、ヘレナやグレタ、親衛隊の皆が一機を認めざるをえまい。
「――なんてなるわけないよな。仮に持ち帰ったところで褒められるどころか勝手な真似しやがってってボコボコにされるのがオチだ」
 自嘲気味に笑う。一機だって完全な馬鹿じゃない。こんな計画が希望的観測に乗っ取りすぎたあまりにもいい加減で無茶な代物だということは理解していた。
 だとしたら、どうしてこんな無謀なことをする気になったのか? 自分でもそれはわからない。ただ、やろうと思っただけである。
「んー……ま、パートナーはパートナーを助けあうってことか。そう思っておこう。って、鉄伝じゃお前がサポートするだけで俺はお前のこと助けたことなかったよな、ハハハ」
 乾いた笑いにも返事はない。聞こえていたら麻紀はどう反応するだろう。推測するまでもないなと一機は口元をゆがめ、ドアを開ける。
「そんじゃ、行ってくるわ」
 それだけ言ってドアを閉める時、「――ヘタレが無茶するとロクなことないですよ」なんて聞こえた気がしたが、自分がさっき考えた麻紀の返しと一致し過ぎていたため、自分の声か幻聴が判別できなかったためそのまま閉じた。
「さて……」
 外へ出ると暗いのは相変わらずだが、月明かりとポツポツ灯る松明でそれほど視界は悪くない。周りの見張りは数も少なくどいつもこいつも眠そうでこちらを注視していない。いける、と判断しこそこそ進んでいく。
 目指すは温泉、が出たあの崖。崩れた崖はちょっと斜めになっており、ロッククライミングの要領で登ることは不可能ではない。一機経験ゼロだけど。
 単独でのFMN奪取。この無茶苦茶なことにしかし一機は考えなしで行動したわけではない。ある推測があったため、行う気になったのだ。その推測が正しければ、実現は難しくはない。可能性低いけど。
 とにかく進む。何故か不明だが、いやに気分が高くなって駆け出しそうになるのを懸命にこらえひそりひそりと進んでいく。やがて見張りの影が消えると、本当に駆けて行ってしまった。
 十年近く退屈に寝そべっていた身体は、兎を追うこともなく走り出していた。


後編に続く

2011/09/25(Sun)00:01:48 公開 / 紫静馬
■この作品の著作権は紫静馬さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どうも、初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。紫静馬と申します。
タイトルを読んで最初? とされた方もいらっしゃるかもしれません。
この作品は、かつてこちらで掲載させていただいていた同タイトル作品を大幅に設定変更して新たに書き直した作品でございます。内容から全て一新しておりますので、前作を読んだ方でも楽しめると思います。
拙い文章ですが、面白く読んでいただけると幸いです。

追記:すみません、長くなりすぎたので新規に作ります。ご手数おかけして申し訳ありません。

追記:少々修正しました

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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