『ミストラン戦記(改) 第一章一節』 ... ジャンル:アクション ファンタジー
作者:浅田明守                

     あらすじ・作品紹介
他種族を排し、自分たちだけの世界を作ろうとする男。正義を倒し、悪を貫かんとする青年。かつての栄光を取り戻すべく剣を取る少女。いつか受けた恩を返すべく戦う男。それぞれの思惑が交差し、かつて無い戦乱の時代が訪れる……

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 歴史と言うものはその時の権力者の手によって都合よく捻じ曲げられていることが多々ある。何が正義で、何が悪なのか。誰が何を思い、どんな行動を起こしたのか。歴史書はその時に在ったことの一面を我々に教えてくれるが、その時の真実、出来事の裏側を教えてくれることはない。
 世界最大の面積を誇るミストラン大陸、その歴史に残る神明翔とミーシャ・レノルバの名前。最狂の極悪人と称された彼らが何を思って国の転覆を謀り、その結果何が起きたのか。誰の思惑でかつて存在した大陸最大の国家、リンカーシェ帝国が崩壊し、誰の働きによって現在の十五の小国からなるミストラン連盟が誕生したのか。その事実を知る者は誰もいない……
            ―――ミストラン史の考察 終章より抜粋


  第???章『―――』
 炎が爆ぜ、あちらこちらで崩壊の音が鳴り響く中、神明翔は静かに目を閉じて夢を見ていた。
 それはかつての日常。戦いの中で確かに在ったささやかな安らぎ。
 デーンがくだらない話でクルスを笑わせて、アインが微笑みながらそれを見ていて、そんなアインの隣で少し頬を染めながら幸せそうにしているリーンをミーシャがからかっていて、それとは別に、少し離れた場所でガンツが子供たち相手に説教をしていて、マリアが「ごはんですよー」とみんなを呼ぶ。
 そんなありふれた日常風景。もう二度とは戻ってこない、失われてしまった夢。
 目を開ける。そこにあったのは燃え盛る城と力尽きて倒れた仲間たち。そして、暴走して暴れまわる巨大な鉄の化け物と、その化け物相手にただ一人、満身創痍で立ち向かっている相棒の姿。
 なぜ俺はこんなところで倒れているんだ……?
 右手に力を入れる。が、まったく力が入らない。左足を動かそうとする。が、足の指の一本を震えさせることも出来ない。神明翔の身体はほとんど死んでいるに等しい状態にあった。度重なる戦闘の中で右手の骨は粉々に砕け、左足の筋は断裂し、今にも死んで可笑しくないほどの量の血を流した。
 それでもなお、翔は動く。相棒が戦っている中、自分だけが呑気に転がっていられるかとばかりに、文字通り最後の力を振り絞って立ち上がろうとする。
 そんな彼に気が付いた相棒の肩を借りて、ようやく翔は立ち上がる。立ち上がってどうしようもない化け物に立ち向かう。絶対に敵わないと知りつつも、なお戦う意志を持ち続ける。
「なぁ……どうするよ、あれ」
「どうするもこうするも……倒す、ことが出来たら苦労しないよなぁ」
「じゃあ逃げるかい? 幸いそれなら手がないわけでもないけど」
「聞かなくともわかっていることをいちいち聞くな。答えるのもめんどくせぇ」
 強大な化け物を前にしながらも二人はどこか間の抜けた会話をする。どちらも満身創痍で、立ち上がるのもやっとなはずなのに、その目に宿る光は自分たちの勝利を確信する類いのものだった。
「じゃあ、やっぱりあの切り札を使うとしますかね」
「その前に、どうにかあいつらをここから逃がす手立てはないか?」
「ふふんっ、あたいを誰だと思ってるんだい? このミーシェ姉さんに抜かりはないよ」
 そう言って翔を支えていたミーシャが後ろで倒れている仲間たちに銃口を向け、躊躇うことなく引き金を引いた。
 バスン! という音と共にミーシャの背後にあった空間がそこに倒れていた仲間ごと丸ごと消失する。
「これで、あいつらは地上に転送されたはずだ。たぶん、だけどな」
「また確実性のない言葉で」
「じゃあないだろ。実験する時間がなかったんだ。あれだってまだ調節中の試作弾なんだ。場合によっては『壁の中にいる』的なことになってるかもな」
「また随分レトロな……まぁ、今ここにいるよりかはずっと生存率は高いか」
 やはりどこか締まらない会話をしながら二人は化け物と対峙する。化け物の方は翔たちが見えていないようで、手の届く範囲にあるものを片っ端から無差別に破壊していく。
「さてと……これで俺たちもめでたく生き埋め決定な訳だが、さすがにこれで生きて帰る、なんて都合が良過ぎるよな」
「だろうね。なんたってここ、地下十階だし。確実にあたいも、あんたも、そしてあの化け物も、ペシャンコで即お陀仏だろうよ」
「なんてこったい。あぁ、ペシャンコとかめんどくさそ。ちなみに、何か言い残すことは?」
「そうさね……おっぱい成分が足りない」
「お前な……最後の最後までそれかよ」
 化け物が暴れ、この場所を支える柱の一本が破壊される。どこか遠くの部屋が潰れる音がする。それでもなお、二人は動じることなく気の抜けた会話を続ける。
「それじゃあ……お祈りは済んだか相棒」
「バーカ、あたいらが神様にお祈りなんかする訳ないだろ?」
「違いない。それじゃあ、悪人は悪人らしく」
 翔がミーシャが右手に持つ銃に手を添える。
「恨まず嘆かず悲しまず、さっさと舞台から退場するかねぇ」
 ミーシャは翔の手を覆うように、残った左手を銃に被せ、どことなくふざけた口調で構える。
「「咲き続けるが正義の華なら、我らが悪は咲いて散りゆく悪の華。咲けば散り行き滅びゆく、されど咲かねば何れは枯れて滅びる。同じ道を辿るなら、せめて咲かそう悪の華。咲いて散るのが美学なり!」」
 銃声が地下に響き、放たれた銃弾の力で空間が歪む。暴れまわる化け物によって散々ダメージを負わされ、それでも耐えてきた地下の耐久度がついに限界を突破する。
 轟音を鳴らして潰れて行く地下で、翔はニヤリと笑みをこぼした。その笑みの意味を知る者は、誰もいない……


   【第一章 解放軍】
 現存する最古の歴史書をひも解けば、かつてこのミストラン大陸には国という概念はなかったようだ。様々な種族の人間が共存する理想郷、それがかつてのミストランだったらしい。
 最初に出来た国がご存じの通り、パーソナルの国であるリンカーシェ帝国だ。それが始まりとなってミストラン大陸に『国』という概念が発生し、無数の国が発生した。
 そして、国の概念と同様にこの大陸で最初に『戦争』の概念を作りだしたのもやはりリンカーシェ帝国だ。それまで平和だった大陸に、なぜ帝国は戦争という概念を発生させたのか。今となってはその事実を知る者はいない。ある学者によれば他の種族とは違い、これと言った特殊な力を持たないパーソナルが何らかの猜疑心に侵された結果だそうだが、私はどうにもその説に賛同することが出来ない。
 少し話がそれてしまったので本題に戻ることにする。リンカーシェ帝国が戦争を始めたことによって大陸はその後300年の長きにわたって続く戦争時代に突入する。
 その戦争時代の末期。大陸に突如として現れたのが今回の私の研究テーマでもある、最狂の極悪人、神明翔とミーシャ・レノルバである。
 この二人の詳細については実のところほとんどわかっていない。歴史書に残されているのは中肉中背の男と、一見して幼女にしか見えない女の二人組であったという記述のみ。彼らがどこから、何のためにミストラン大陸に現れたのか、そしてなぜ一つの国家を転覆させようとしたのか。その事実を知る者は、実のところは誰もいないのである。
            ―――ミストラン史の考察 第一章より抜粋


   第一節 「旅人ふたり」
「な〜〜〜〜〜っんも、ないな」
「あぁ、ないな」
「腹減ったな」
「あぁ、だが食料はないぞ」
「疲れた、だるい、足痛い、てか喉渇いた」
「さっき水筒に入ってた水は最後の一滴までお前が飲みほしただろうが」
 ミストラン大陸の西方。海にほど近い、うっそうと茂る森の中、一組の男女の声が響き渡る。
 方や中肉中背、黒いぼさぼさ頭の男。背には二メートル近い棒のような何かを背負い、その上から灰色のマントを羽織っている。顔立ちは良くもなく悪くもなく、常にだるそうな顔をしている以外にこれと言った特徴がない。
 否、一つだけ特徴があるとすればその瞳。一見すると黒にしか思えないが、注意深く観察するとその色は黒ではなく、黒に限りなく近いほど濃い藍色であることが分かる。
 一方女の方は、背丈は男の肩までもなく、疲れてむくれたように頬を膨らませる顔立ちは背丈以上に幼い。体つきも出るところはペッたんこで引っ込むところは真っ平らで、一見しても二見しても幼女にしか見えない女だが実のところ歳は今年でさんじゅう―――

 パンっ!

「!? なんだミーシャ、いきなり発砲しやがって」
「いや……なんかどっかで禁句を言ったやつがな」
「訳のわからんこと言ってないでさっさと行くぞ」
「っかしいな……確かに年齢の話をしているやつがいたと思ったんだけどねぇ」
 ミーシャと呼ばれた女は、はてなと頭を傾げながら辺りをきょろきょろ。その右手に握られていたのは、彼女の容姿に似つかわしくない、銃口からうっすらと煙を吐き出している大型のリボルバータイプのゴツい拳銃。
「いいからその物騒なもんしまえよ」
 男に言われしぶしぶミーシャは手で弄んでいた銃をマントの下にしまう。それを横目で見ながら、男、神明翔は辺りの様子を注意深く探る。人の気配はない。ついでに集落の気配も。その事実に安堵ともうんざりとも判断付かない溜息を吐く。あぁ、いつになったら仕事場に到着するのか。
 戦場荒らし。一般世間から侮蔑をもって呼ばれる、数ある職種の中でも最悪に部類されるもの。それが二人の生業だった。
 彼らが戦の匂いを感じとって森に入ったのが三時間ほど前。それから今に至るまで、ずっと歩きっぱなし。疲れも溜まり、体力的にも精神的にも限界に近い。
「おい……本当にこっちであってんだろうな」
「なんだい、あたいの勘が信じられないってのかい?」
「お前の勘とやらを信じて俺は今までいったい何回死にかけたよ?」
「あ〜……通算で79回だね。今回が記念すべき80回目にならないことを祈っているといいよ」
「えばってんじゃねぇよ」
 翔は再び溜息を吐いてだるそうに頭を掻きながら耳を澄ます。
 何も聞こえない。人の声はおろか動物の泣き声すら聞こえてこない。このような深い森には大型のモンスターが生息しているのが常だが、大型モンスターどころか、そもそも生き物の気配がまったく感じられない。
 明らかにこの森はおかしい。何がとまでは判別付かないが、戦の臭いと一緒に酷くめんどくさそうな臭いがしてくる。
「本当の本当に大丈夫なんだろうな」
「なんだい、今日は随分と喰いついてくるねぇ」
「嫌な予感がするんだよ。これ、本当に戦の気配なのか……?」
「それに関してはあたいよりあんたの方がよっぽどわかってるはずだけどね。魂の声を感じとる力、だっけか? あたい的には眉つばもんだけどね、それがホントならあたいの鼻なんかよりずっと信用できるじゃないか」
「まぁ、そうなんだけどな……」
 眉をひそめながら翔は耳を澄ませる。
 翔が生来より持っている力。他の人間にはない、第六感。聴覚とはまた違う、空気振動を伴わない音を聴き取る力。その力が翔に死者の叫びを、生者の呪いを届ける。
『苦しい……だれか』
『化け物……どうして私が、なんで』
『痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い』
『止めて、おねがいだ、もうゆるして』
 無数の叫び。暴力に怯え、殺戮に怯え、迫りくる死に怯える声ならざる声。
「確かに声は聞こえてくるんだけどな……なんか、違うんだよ」
 近づけば近づくほど強まる違和感。
 いつもなら、戦場に残された魂の叫びはもっとドロドロしていて、もっと攻撃的で。でも今聞こえてくる声はそれとはまた違う。そこには攻撃性は感じられない。あるのはただ、圧倒的な怯え。
「確かに多くの人間が死んでるんだが……戦って言うより虐殺に近いんだよ」
「虐殺、ねぇ……確かに戦にしては火薬の臭いがしないけどさ。でもこんな辺鄙なところにある勢力にそこまでの力の差があるとは思えないし、わざわざ攻め入ってくる物好きがいるとは思えないけどねぇ」
 鼻をひくつかせながらミーシャが言う。硝煙の臭い、流血の臭い、家が焼け、人の肉が焦げる臭い。ミーシャの優れた嗅覚は遠く離れた地の戦を感じとっていた。
「まあどっちでもいいんじゃね? 虐殺現場だろうが戦場だろうが、あたいたちがやることに変わりはないんだし
「虐殺現場だったら稼ぎが少ない。それに現場に残ってる血気盛んな野郎どもと鉢合わせになったら面倒だろうが」
「そん時は殲滅で」
「俺はやだぜー、めんどくせぇ。お前一人でやれよ」
「安心しな。そん時になったらあたいはあんたを盾にして一人で逃げるから……っと、目的地が近いよ」
 戦場が近いのを感じとったのか、ミーシャがぴたりと足を止めて片手で翔を制する。翔もうっそうと茂る森の奥を見透かすように目を細めて、
「……見つけた。っても戦場って感じじゃねぇけどな。めんどくせぇ」
 翔の視線の先。そこには小さな集落があった。小さな家が五軒と大きな家が一軒、それと家畜小屋らしきものが一棟。その内、まともに言えとしての体裁を保っているのが一軒、半壊状態にあるのが二軒、残りは全壊、あるいは全焼している。その光景は明らかに"戦"のものではなかった。
 戦とは即ち、力の差こそあれ、戦う力を持つ者同士が争うこと。こんな、地からのない者を一方的に甚振るのは戦ではなくただの虐殺だ。
「どうする? ぶっちゃけあんな仕事場じゃあ大した戦利品は出てきそうにもないけど。ハイリスクノーリターンって可能性もあるよ」
「いや……もう少し近づいて様子を見る。このまま引き下がったんじゃそれこそ骨折り損だ」
「あいよ。ならあっちにちょうどいいポイントがあったよ。茂みに覆われてるし、小高くなってるから様子見にはもってこいだ」
 ミーシャが指した場所は、村が神殿としてこの村特有の神を祭っている場所だった。
 神が村を見守れるようにと、村全体を見渡せ、神の住処を直視するわけにはいかないと、村からは見難い場所にそれは建てられ、奇しくも今の翔たちにはもってこいの場所と言えた。
「これは……神殿、か? 中には誰もいないようだな。確かにここはちょうどおあつらえ向きだ」
 様子見をするのにちょうどよさそうなポイントを探しながら翔が言う。
「こんな建物があるとは思いもしなかったけどね。まあ結果オーライだ。もしかしたら喰いもんの一つや二つ、奉納してあるかもね」
 一方ミーシャは、村のことにはもはや感心なしとばかりに早々に奉納されているだろう食べ物を探し始める。
「おーい、ミーシャさーん。少しはこっちの手伝いをしたらどうだい?」
「腹が満たされ、かつ気が向いたら手伝うさね」
 端から期待していなかったのか、棒読み気味に手伝えと要請する翔に、ミーシャは笑いながら答える。もう慣れっこの会話なのだろう、翔は怒ることも落胆することもなく、小さくため息を吐きながら村の方へと視線を向けた。
 村の様子は凄惨の一言だった。遠目で見たときには細かいところはではわからなかったが、改めてみるとその悲惨さがよくわかる。
 焼け落ちた家が一軒、爆弾で吹き飛ばされたように全壊している家が一軒、巨大な斧で滅多打ちされ半壊状態にある家が一軒、銃器で穴だらけにされた家が一軒、家畜小屋は何をどうしたのか、化け物の胃袋にでも詰め込まれたかのようにドロドロに溶かされている。
 そして唯一家としての体裁を保っていると思っていた家はあちらこちらが赤い液体で汚され、おそらくは村の住民であっただろう若い男女の死体が趣味の悪いアクセサリーのように張り付けられていた。
 ミーシャのような常人離れした嗅覚を持ち合わせていない翔でもこの距離ならば戦場の凄惨な臭いを嗅ぎとることが出来る。血と、火薬と、人が焼け焦げる臭い。
「反吐が出るな」
 その光景を見て一言、翔はそう漏らす。
 翔たちは戦場荒らしとして数え切れないほど悲惨な場面を見てきた。男の皮を削ぎながらその恋人を無数の男たちが穢す、母親の目の前でその子供に火を付けて村中を走らせる、兄弟に剣を持たせてお互いに殺し合いをさせる。もっと惨く、醜い光景もあった。
 それでも、決して慣れることはない。
 戦場荒らしという最低最悪の行為をし、そんな自分を自ら『悪人』と名乗る翔であっても、それを見て笑うほど人間を捨ててはいなかった。
 悪には悪の美学がある。それすら忘れた者はもはや悪ですらなく、獣にすら劣る存在だ。
 それが翔の持論だった。
「まったく、ホント反吐が出るね」
 食べ物探しはあきらめたのか、いつの間にかミーシャが翔の隣に座って、翔と同じように眉を顰める。
 が、すぐに頭を切り替えて奪えそうなものはないか物色を始める。
「こりゃあ……まともな戦利品は出てきそうにないね。家畜やなんかはどうせ全部殺されてるだろうし、金品が残ってそうな感じじゃないねぇ」
「おまけに血気盛んな連中もまだ村の中に残ってるみたいだ。ほら、あそこの家の窓。さっきからモヒカン頭がちらちらと見えてる」
「ほう……あれはエルエル族の人間ですな。大方帝国の軍勢に対抗しようと少しでも領土を広げようと画策したのでしょう」
「エルエル族?」
「はい。この森に住む種族の内最も好戦的で最も野蛮な種族です。体格的にはドワーフ族のそれに近いのですが、ドワーフ族のような粘りや忍耐力は持ち合わせておらず、腕力だけですべてを解決しようとする野蛮な連中です」
「そりゃ……敵にも味方にもしたくねぇ連中だな」
 エルエル族とやらのモヒカン頭を眺めながら翔が呟く。
 基本的に戦場というものは、数と兵器と兵士の練度で勝敗が決する。大規模な戦いであればある程、小手先の策略は意味をなさず、数が多く、質の良い兵器を使い、熟練の兵士が揃う軍勢が勝利する。
 しかし、逆に規模が小さければ小さいほど、戦場では策略が勝敗のカギを握るようになる。一万と五千の戦いならば、どうあがいても一万の軍勢が勝つが、百と五十の戦いならば、やりようによっては五十が勝利する。
 力だけに頼る連中と言うのはどこにでもいる。基本的にそういう連中は軍の結束を乱し、勝手気ままな行動に出た挙句に敗北を呼ぶと、大きな戦場では爪弾きにされる。
 一方でこのような小さな小競り合いでは、連中ほど厄介な相手はいない。欲望のまま行動するためか動きが読めず、また野生の勘か、罠や戦術にも引っ掛からない。自分たちの力に絶対の自信を持っているために、どれほど劣勢に立たされていても決して士気が落ちない。むしろ手負いになればなるほど凶暴性を増していく。
「こりゃ撤退した方がよさそうかね?」
「連中を襲えば多少の食糧やら金品を強奪出来そうだが……リスクとリターンが釣り合わないな」
「ああいう連中は放っておくのが一番ですよ。ところで……お二人はどうしてこんな辺鄙なところに?」
「あん? そりゃ戦の臭いを嗅ぎつけたから仕事をしに……って、お前誰だ?」
 そこでようやく翔は自分たち以外にもう一人、見知らぬ男が茂みに隠れていることに気が付いた。
 全身銀色のタイツのような格好をした男。顔は面長で目は糸のように細く、背中にギターを小さくして全体的に丸っこくしたような楽器を背負っている。背は高く、体は細く、針金と糸で作られた人形を連想させられる。
 あまりに自然な流れで会話に入ってきたためか、思わずスルーしそうになったが、針金男は全身からこれ以上ないほどに"怪しいオーラ"を垂れ流していた。
「おぉ、これは失敬。私は世界から世界へと旅するさすらいの語り部、人呼んでさすらいのジョニーと申します。以後よしなに」
 大袈裟に驚いたフリをしながら、カクカクと長い身体を折り曲げて、針金男は仰々しくお辞儀をする。
 お辞儀、自己紹介、そしてまたお辞儀。そしてなぜかクルリと一回転して両手を前でクロスさせながら前に突き出して決めポーズ。いちいち一挙一動が胡散臭く、意味がわからない。
 思わずしかめっ面をしながら、翔は飛び上がるようにジョニーと名乗る針金男から距離をとって、背中の"長い棒のような何か"に手をやる。
 そもそも、翔たちは戦場を仕事場にしている人間だ。危険極まりない戦場を仕事場とする者の常として、どれほど気の抜けた会話をしようとも、どれほど凄惨な光景を見ようとも、身の回りの警戒を怠るようなことはない。自分たちの命に直結することなので、仕事場の近くではネズミ一匹の動きすら逃さない程度には警戒している。
 そんな翔たちの警戒に引っ掛かることなく、当たり前のように近くにより、警戒心を抱かせることなく会話に参加してくるような人間を相手にして平常でいろという方が無茶な話だ。
 しかし、そんな翔を相手に、ジョニーはぶんぶんとこれまた大袈裟に手を振りながら両手を上に挙げ、敵意が無いことを示す。
「待って、まってーな。ほら、武器なんてないやん? そんな物騒なもんから手ぇ離してぇや」
「…………」
 それでもまだ警戒を緩めない翔に、今度は背負ったギターらしき楽器を降ろして演奏を始めるジョニー。さらにはそこから踊り始め、終いには逆立ちをしながら地面に置いた楽器を歯で弾くという曲芸じみたことまで始める。ちなみにその間のジョニーの表情はへらへら笑いで固定。
 さすがにそんな男相手にいつまでも警戒しているのがアホらしくなったのか、翔はぐったりとした様子で深く溜め息を吐いて元の位置に戻る。
「あ〜……なんかもぅ、めんどくせぇ。てか何者だよ、お前」
 翔が戻るのと同時にジョニーも演奏を終えて、再び楽器を背負うとひょこひょこと翔の横にやってくる。
「だからさすらいの語り部ですってば」
「なんだよそれ、何やってる人なわけ? てかお前こそなんでこんなとこにいるんだ? てかなんだよその口調は? てか何でいちいち行動が胡散臭いんだよ? てか何だよその格好、馬鹿にしてんのか?」
「いやいや、そんなに一度に聞かれても答えられませんってば。でもあえて答えるならばポリシーです」
 答えられないと言いながらも胸を張って答えるジョニー。
 その答えがどの問いに対する答えであるかはわからないが……どの問いに対する答えであってもイヤ過ぎるので翔はスルーすることにした。
「じゃあ最初だけ。語り部ってなんだ」
「文字通り、語る者です。私は多くの世界を見て回り、多くの物語を集めとるんです」
「集めてどうすんだ?」
「必要な人に必要な話を語っとります。例えば……あなた方が今知りたがっている話とか、ね」
 糸のような目が一瞬だけ鋭く光る。
 その鋭さに思わず翔は息を詰まらせる。
「俺たちが何を探しているか、知っていると?」
「まあその話は追々。私はお代は先払いでやらしてもらってますんで」
 抜け目ない。ここにきて翔はジョニーへの認識を三度改めた。
 まず最初に相手に警戒心を植え、その後にひょうきんな行動で一度張りつめた相手の警戒心を緩め、そして相手の興味を引く話を振りつつ、厭らしいタイミングで話を止めて自分の利益に繋げる。熟練の商人でも難しい技を目の前の男は難なくこなして見せた。
「…………何が欲しい? 金か、力か、情報か」
「あなた方のお名前をば。それと引き換えにこの村の詳しい情報を教えましょう」
「名前……?」
 ジョニーの要求してきたものに一瞬頭が真っ白になる。もしもそれが狙いならば大したものだが、目を見る限りでは本当に名前を知りたいだけに見える。
 果たして名を教えていいものかどうか、翔は少しだけ考えてしまう。名前を知られたところで向こうに何の利があるのか。こちらに何の損があるのか。
 しばらく考え、
「俺は神明翔。あっちは相方のミーシャだ」
 考えるのがめんどくさくなって素直に答える。
「なるほどなるほど、翔様にミーシャ様と仰るので」
 それに対していちいち大袈裟に頷きながらジョニーは背負ったギターを取り出し、突然歌い始める。
「ららら〜、辺境の森〜、辺境の神殿の前で〜、ジョニーは〜翔〜さまと〜ミーシャさまぁ〜にぃ〜であぁたぁ〜♪」
「……何やってんだ、お前」
「出会いの喜びの歌、第253編です。翔様もご一緒にどうです?」
「いや、いいから。歌とかいいから。さっさと情報を寄越せや」
「そうですか……残念です」
 苛立ちの頂点に達しようかという翔を前に、ジョニーは本当に残念そうにして楽器を再び背負う。
「では……この村はクルル族っちゅう遠見、つまりは未来予知の能力を持った種族が暮らしとった集落です。もっとも、遠見とは言ってもその力は大したもんやなくて、精々が明日の天気がわかるとか、その程度のもんです。特産品は特になし。強いて言えば農産らしいけど、この時期はろくなもんはないですね。んで、襲ったのがさっきも言った通り、エルエル族。野蛮で力だけが取り柄の連中ですわ。数は十二か十三。装備はマシンガンタイプが五丁にでっかい大斧が二振り、後は剣とか槍とかそういった普通の装備。爆弾もいくつかもっとったみたいですけど、村を襲うときに全部使い切ったみたいですわ。規模的にはそんな大したことはないんですが、厄介なのは連中が飼っとるイガイガっちゅうでっかいムカデの化けもんみたいなやつで、あれの唾液はあらゆるもんを溶かすって言われとるんです。ほら、あそこの家畜小屋が見えますやろ? あのドロドロに溶かされとるやつ。あれがイガイガの唾液の威力ですわ」
 そこまでを一息で言いきって肩でぜいぜいと息を吐くジョニー。
 そんなに疲れるなら一息に言わなければいいのにというツッコミはこの際無視して、翔は先ほどの情報を整理し始める。
 敵の数は十三。多く見積もっても十五を超えることはないだろう。装備もイガイガとか言う蟲が厄介なだけでこれといって目立つものはない。マシンガンタイプが五丁、というのは少しばかり面倒だが、急襲して先に潰してしまえば問題はない。
 それだけの規模ならば食料もそれなりにあるだろう。銃も使っているようだから上手くすればミーシャの銃弾の補給も出来るかもしれない。刀剣にいいものがあれば頂いていってもいい。
 その程度の勢力ならば一掃するのはさほど難しくはない。あくまでも、ジョニーの言葉が本当であるならば、の話だが。
「ミーシャ……今の話、どう思う?」
「そうさね……確かにあの家はマシンガンでハチの巣にされたみたいだね。経口は……あたいの使っているものと同じだね。爆弾に関しても本当みたいだ。実際、爆破された家は一軒しかない。しなかった、ではなく出来なかったと捉える方が自然さね」
 村を見渡しながらミーシャが珍しく真面目な様子で答える。
「ついでにこっから見る限りじゃあそこの家の中に五人、半壊している家の影で人間をこま切れ肉にしているのが三人、焼け落ちた家の中を物色しているのが二人の合計十人。全部で十三人ってのが本当なら残りは辺りを偵察してるんだろうね」
 嗅覚と同じく、常人離れしたミーシャの目は細かなものの動き、影の動きの一つも見逃さず捉えていた。
 さすがのミーシャと言えども仕事場においては真面目にやるのかと、一瞬だけ翔はミーシャを見直し、
「ちっ、あいつら……男も女もなく皆殺しにしやがって。おっぱい成分が足りないじゃないか」
 その一秒後には見直したことを後悔した。
「なんっでぇーやねんっ」「お前は馬鹿か?」
 ジョニーの気の抜けたツッコミと翔の憐れむような視線を同時に受けて、ミーシャは嫌そうに眉を顰める。
「な、なんだよー。重要だろ、おっぱい成分。あるのとないのではやる気の度合いが違うって言うか」
「アァソウダナ、オマエガソレデナットクシテイルナラオレハナニモイワナイ」
 激しくやる気ゼロな棒読みで返す翔。ミーシャはそんな翔の態度が気に入らなかったのか、懐からリボルバーを取り出してぶんぶんと振り回している。
 さすがにこの場所、このタイミングでぶっ放すようなことはしない……と思いたい。が、ミーシャならあるいは……いや、でもさすがに……
 と、そんなことを翔が考えていると、いい感じにジョニーが会話に入り込んでくる。
「そもそもエルエル族は全体的に幼い容姿をしてますんで、おっぱい成分もなにもないと思いますが? ぶっちゃけて言うなら全員ないペタですわ」
「いや、胸は大きければ大きいほどいいってわけじゃないんだよ。なんてーか、こう……ないムネにもないムネなりの夢があるというか、むしろないからこその萌えがあるというか……な、翔?」
「黙れ変態オヤジ」
「うわっ、ひでぇ。旅路であれほどおっぱい成分の素晴らしさに付いて語ってやったって言うのに。いいかい、そもそもおっぱいって言うのはだねぇ……」
 にべもない翔に対してミーシャは旅の途中で幾度となく語ってきた「おっぱい持論」を展開させようとして、
「あー…………」
 常日頃言いたいことははっきりと言うミーシャにしては珍しく言葉を詰まらせる。
「なんだ、言いたいことがあるならいつものようにはっきり言ったらどうだ」
「いやさ……なんつーか―――」
 翔は首を傾げる。
 これほどまでにミーシャが何かを言いにくそうにしているところは初めて見た。
 基本的に歯に衣着せぬ性格で、あげくに見かけは幼女、中身はオヤジであるために、ミーシャはセクハラまがいの言葉から一般的には言いにくいだろうことまで平気で口にする。つい一週間ほど前も、好意で寝床を貸してくれた(若干頭が薄くなってはいるものの)気のいい一般宅の主人に対して、
「そこの禿ちらかってるオッサン。これやるから元気出せ」
 などと、仕事場で手に入れたカツラを渡しながら平気で言い放ったばかりだ。
 そのミーシャが言い澱む。その異常さに先ほどまでミーシャの言動をすべからく適当にあしらっていた翔が、無意識のうちに身を固くする。
「……その、な」
「あ、ああ……なんだ」
 思わず声が上擦る。ここにきて翔はようやく自分がこの状況に緊張していることに気が付く。
 あのミーシャが自分のおっぱい持論の展開を止めて切り出し、そのくせ言い澱むほどの話。背中に冷たい汗が流れるのを感じ、翔は思わず身震いをする。
 そして、
「…………そいつ、誰だ?」
「なんっで「いまさらかよ! 今気付いたんかよっ!!?」」
 例の気の抜けたツッコミに被さるように、翔の怒鳴り声が辺りに響き渡る。
「おまっ、どんなけ気が抜けてんだよ! 仕事場で第三者が接近してるのに今の今まで気づかなかったとか、馬鹿かお前はっ!?」
 ここがどこなのかも忘れて叫ぶ。そんな翔にミーシャは目を白黒させてどうにか翔をなだめようとするが、その言葉が翔に届くことはなく、
「だいったい! 三十路で幼女とか、なんだそれっ!? そんな小枝みたいなひょろっちょい足じゃ萌えねぇんだよ、興奮ゼロなんだよ! 俺は熟女のむっちりとした熟れた足が好みなんだよ!!」
 日頃の鬱憤でも爆発したのか、勢いに任せて個人的嗜好まで暴露し始める。
 ことの元凶であるにもかかわらず、どういう訳か蚊帳の外になってしまったジョニーは、暴走する翔を笑いながら眺め、もっとやれとばかりに軽快なテンポの音楽を奏で始める。
「だーっ! あたいが言うのもなんだけど、お前らTPOをわきまえろっ―――って、もう遅いか……」
 カオス極まりないこの状況にキレたミーシャが例によって愛銃を取り出して、ピタリと動きを止める。それと同時に翔も動きを止めて、辺り一帯で動くものは呑気に音楽を奏でるジョニー一人となった。
「で? どーするよ、この状況」
「……どーするもこーするも」
 背後に殺気を感じながら、ミーシャが苦々しく、翔は酷く複雑そうに小声で会話する。
 二人が感じとっていた殺気は三つ。翔の怒鳴り声を聞きつけてやってきた、辺りを偵察、警戒していた三人のエルエル族兵士のものだった。手に持つ武器は小さめのスーツケースのような形をしたマシンガン。銃口は常に翔たち三人の頭に、三方向から取り囲むようにして向けられていた。
 どれほど早く翔たちが動こうとも、背後を取られ、頭に照準を定められているこの状況をひっくり返すことは至難の業だ。
「大人しく投降するしかないだろうな……」
 それがわかっているのか、翔はしぶしぶといった感じで両手を上に挙げて投降の意を示したのだった。

2011/05/05(Thu)14:19:09 公開 / 浅田明守
■この作品の著作権は浅田明守さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 初めましてかこんにちは。テンプレ物書きこと浅田です。
 宣言通り、大改編いたしました。もはや別物です。基本設定が追加されたせいか、主人公への印象もガラリと変わってしまったかもです。
 今回の大改編について、これまでこの作品をお読みいただき、貴重なご意見を下さった方々へ、この場を借りて感謝と深いお詫びを申し上げます。
 私、浅田は未熟者ゆえに、このような大改編が度々あるやもしれませんが、なにとぞ辛抱強くお付き合いの方よろしくお願いいたします。
 なお、今回の大改編につきましては、皆様方の貴重なご意見を消したくないという私の一存で、ガラリと内容が変わってしまったにも関わらず、新規ではなく更新の形とし、タイトルに今回の更新限りで(改)の文字を入れさせていただきました。

2011.3.23 神夜さんによって重大なミスが発覚。ついでとばかりにご意見を参考に微修正も加えました。ありがとう神夜さん!
2011.4.10 二節を投稿。ついでに一節も若干修正。
2011.5. 5 大改編

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。