『裏切り』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:江保場狂壱                

     あらすじ・作品紹介
ある地下室で二人の男たちが銀行強盗の相談をしていた。仕事は成功し、あとは金を分けるだけだったが……。

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 ある狭くて暗く、埃っぽく薄汚いコンクリートがむき出しになった地下室で男が二人話をしていた。もちろんこの場所にふさわしい不健康な話であった。彼らは日の当たった場所には歩けない人種であった。彼らは明日大手銀行を襲撃する話をしていたのだ。
「で、俺が金庫の金を鞄に詰める。そしてジョン、お前が客たちに盗んだショットガンを突きつける。それでいいな」
 目つきの鋭い黒いシャツを着た小柄の白人の男が説明した。ジョンと呼ばれた白いソフト帽に白いスーツを着た白人の男は苦虫を潰した顔になった。
「構わないが、マイク。もう少し人数を増やしたほうがいいんじゃないか?俺たち二人だけだとどうも不安だな」
「冗談じゃない。人数が増えればそれだけ分け前が減るんだぜ。それにあの銀行はすぐ隣の区域にある。所轄の警察は近くのところじゃなく、遠いほうからやってくる。そしてあそこは交通量も多い。車よりバイクのほうが効率がいい。それにあそこの警備員は新人だ。銀行強盗なんか一度も会ったことはないだろう。俺たち二人でも十分やっていけるさ」
「分け前はともかく、仕事を確実にやるには仕方が無いだろう。今からでも俺の知り合いに二・三人声をかけたいんだが」
「まてまて。この計画はお前さんと一緒にやることを前提にしているんだ。いまさら素人を仲間にするのは無理だ。この間も素人を仲間にしたら警官に撃たれて死んじまった。俺の知り合いは細かい仕事には不向きなんだ。頼む、俺たち二人で仕事をしてくれ」
 マイクに説得され、しぶしぶジョンは承諾した。
 翌日、マイクたちは閉店間際の銀行を襲った。サングラスをかけ、帽子を被っていた。そしておそろいの黒いトレンチコートを着ていた。ジョンはショットガンを振り回すと客や店員は驚き、警備員はおろおろしていた。
 マイクは女性店員に拳銃を突きつけ、金庫から札束を鞄に詰めさせた。支店長は早くやれと命令し、女性店員はおとなしく札束を鞄に詰めた。マイクの持つ拳銃はサタデーナイトスペシャルと呼ばれる安物の銃だ。メーカー品ではない粗悪な銃や密造銃を指す言葉だ。狙いにくいサイトに厚みのない銃身。握りにくそうなグリップと銃を扱うものなら一発でそれとわかる代物だ。女性店員はマイクの拳銃をしげしげと眺めたが平気で作業を続けている。非常事態なのに、女は度胸があるとマイクは思った。
「さあ金は詰め終わった。さっさと逃げるぞ!」
 マイクが叫ぶと、店内に非常ベルの音が鳴り響いた。支店長が押したのだ。ジョンは相棒から鞄を受け取ると、ショットガンを投げ捨て、すぐに店の横に置いてあったバイクにまたがり逃げた。マイクは店内に拳銃を発砲するとみんな頭を押さえて床にひれ伏した。そして逃げた。通りは人が多く、すぐに溶け込んだ。マイクは建物の横に荷物を置いてあり、着ている服を脱ぎ捨てた。そして帽子とサングラスを外した。黒いトレンチコートを脱ぎ捨て、鞄に入れた。そして遠くからパトカーのサイレンが鳴り響く中、マイクは悠々と群集に紛れ込んだ。警察は強盗の顔を知らないまま、その横を通り過ぎたのだった。

 ジョンはアジトに戻ってきた。マイクはその一時間後に帰ってきた。テーブルの上には鞄から取り出された札束の山であった。札束はきちんとふたつの山に分かれていた。相棒が帰ってくる間に数えて分けたのだろう。
「よお、遅かったな」
「警察を撒くのに時間がかかった。お前さんはどうなんだ?」
「俺は公園にバイクを乗り捨てて、用意した別の鞄に札束を詰め替えた。そして歩いてここまで来たんだ。警察の連中はバイクで逃走していると思い込んでいる。電車やバスなど遠距離で逃げると思い込んでいるんだ。まさか、歩いて逃げるなんて夢にも思わないだろうな」
 彼らはそれらを計算して今日の仕事を成功させたのだ。テーブルの上にある札束は使い古された札束だ。しかし彼らにはおろしたての新札に見えた。それだけ目の前の金が彼らにとっては天の国にあるような秘宝に見えたのだ。
「綺麗な札束の山だ。これが俺たちのものなんだな」
 マイクの目がうっとりとしていた。彼らはあっさり計画がうまくいったので喜んでいた。すると相棒が拳銃をジョンに突きつけたのである。
「なんのつもりだ?」
「なんのつもりかだって?これが俺の答えだよ」
 部屋中に銃声が鳴り響いた。ジョンは撃たれた衝撃で吹き飛び、床へ転がった。男たちのアジトは銃声くらいでは騒がない。人の死体が転がっても騒がないところなのだ。ジョンの白いスーツはみるみる右肩から血で染まっていった。
「最初から裏切るつもりだったのか」
「最初から裏切るつもりだったよ。最初に選んだ相棒はまぬけでな。金持ちのボンボンのくせに親父に反発してこの世界に入った甘ちゃんだ。あいつのせいで俺は死に掛けたんだ。死んで当然だ」
「だから殺したのか。無法者の世界でも人を裏切る奴は信用されないぞ」
「断っておくが、俺が殺したんじゃない。警官に撃たれたのは本当だ。俺はただ助けなかっただけだ。足手まといを切り捨てただけだ。裏切りとはいえないだろう」
 マイクは笑っていた。しかしそれは猟師が獲物を追い詰め、最後の弾丸を撃つ瞬間を楽しみものではなく、生きるために仕方なく獲物の命を奪わねばならない人間が、無理に作り笑いしているように見えた。
「さて死んでもらおうか。この金であいつは暗くて汚い下水道みたいな世界からおさらばしてやるんだ。そして明るく綺麗な世界へ旅立つんだ」
「人を裏切って手に入れた金でか。警察もバカじゃない、いつかは追い詰められ、捕まるぞ」
「俺たちみたいなチンピラが大金を手に入れるにはこれしかないんだ。せめてもの情けだ、一撃で殺してやる」
 マイクは無表情になり躊躇無く引き金を引いた。
カチリと引き金を引く音だけが響くだけで、弾は発射されない。マイクはおかしいなと引き金を何度も引くが、現実は変わらなかった。するとそれを見たジョンは笑い出した。そしてすくっと立ち上がる。とても肩を撃たれた人間には見えなかった。マイクは目を丸くした。
「そいつはすでに弾を抜いてあるよ。ちなみにこいつはペイント弾だ。血の臭いも再現してある優れものさ」
「なんだって?」
「俺は最初からお前が裏切ることを知っていたよ。俺はお前が殺したと言う男の父親に頼まれたんだ。息子の仇を討ってくれとな。俺はその息子が最後に会ったのがお前だと知り、近づいたんだ。ちなみにあの銀行のオーナーは依頼人なんだ。あっさり仕事がうまくいったことを疑問に思わなかっただろう」
 マイクは蝋面のように真っ青になった。そういえば支店長は躊躇無く金を渡すと言い、女性店員は平然としていた。裏切るつもりが実は裏切られていたのだ。猟師が獲物を追い詰めたと思ったら、実は追い詰められていたのは自分だったのだ。部屋は氷のように冷たいのに、滝のように冷や汗をかいている。そして膝から床に座り込んでしまった。
「ははっ、はははっ!最初からお見通しだったのか、俺は道化者だったのか!!」
 マイクは笑いながら泣いていた。ジョンは彼を冷ややかに眺めている。ジョンは懐からタバコを取り出し、一服した。
「行けよ」
 マイクは一瞬ジョンが何を言っているのか理解できなかった。
「この金を持って逃げろと言うんだ」
 ジョンは信じられないことを言った。マイクは彼の気がどうかしたのかと思った。しかしジョンはまじめな顔でテーブルの上に載っている鞄をマイクに向けて投げた。
「お前の言うとおり俺たちチンピラが這い上がるには犯罪で金を手に入れるしかない。俺の依頼人の息子は金持ちのボンボンで苦労知らずだ。スリルを求めて火遊びをした結果が全身大火傷で死んじまった。自業自得と言える。それに依頼人はお前だけでなく、俺も始末するつもりだからな、床に伏せろ!」
 ジョンが一喝すると、マイクは慌てて床に伏せた。その瞬間銃声とドアが蜂の巣になる音が鳴り響いた。部屋は飛び散った木片と埃で視界が見えなくなった。
「札束には最新式の発信機がつけられていたんだ。依頼した俺も一緒に始末する腹積もりだったんだよ!!」
 ジョンは懐のホルスターからグロッグ17を取り出すと応戦した。木製のテーブルを盾にしてドアの向こうの敵に向けて撃った。マイクは這いずってジョンの元にやってきた。
「マイク!死にたくなければ一緒に撃て!ここで撃たなかったらお前は一生ヘタレのままだぞ!」
 ジョンは自分が持っていた予備のグロッグをマイクに手渡した。ピカピカの新品だ。マイクはグロッグを見つめていた。
「人を裏切れば大物になれるわけじゃない。大方お前は人に裏切られ続けたんだ。だから人を裏切ることで自分が勝利者の側に回るつもりだった。だが、人を裏切る人間は、必ず人に裏切られる。大事なのは自分を信じることだ!!」
 ジョンは銃を撃ちながらマイクを諭した。マイクは首にぶら下げたロケットに手に取り、中の写真を見た。
「アリサ、俺を守ってくれ!!」
 マイクは立ち上がり、拳銃を撃った。銃声が狭いコンクリートの部屋にこだました。耳が聞こえなくなり、無声の世界へ入った気分になった。
 相手が何人いるかはわからないが、帰ってくる銃弾の数はどんどん減っていった。ジョンはポケットから弾倉を取り出し、弾をつめる。マイクにも代えの弾をやった。やがて向こうから弾が飛んでこなくなった。ジョンは部屋の外を出ると、廊下には黒服の男たちが冷たい死体として転がっていた。辺りは鉄のさびた血の臭いで充満していたが、激しい銃撃戦と死体の山が築かれても、騒ぎ立てる人間はいなかった。
「やれやれ、やっと終わったな。マイク立てるか?」
「あっ、ああ。腰が抜けたよ」
 ジョンは腰を抜かしたマイクの手を引っ張った。しかし床に転がった黒服が息絶え絶えにジョンに向けて銃口を向けた。マイクはそれに気づき、ジョンの前に立ちふさがった。
 そして審判の下された鐘の音が鳴り響いた。
 黒服は鐘を突き終えると、天に召されたのか、死神に連れて行かれたのか、その生涯を終えた。そしてマイクの罪状を下す槌は彼に下界で過ごす時間を刻一刻と告げたのだ。
「バカ!どうして俺を庇った!!」
「どうして、かな?」
 マイクは泡交じりの血を吐いた。ジョンは彼の身体を支えているが、その温もりは秋から冬に移っていくように、徐々に冷たい大地へ吸い込まれていった。マイクの身体からは命の泉が湧き出て行く、ジョンにはその泉の源をせき止める術がなかった。
「ジョン……。頼みがあるんだ」
「なんだ?」
 マイクは弱弱しい手でポケットから手帳を取り出した。
「この、住所に、アリサって女がいるんだ……。俺の妹だ。目が悪くて手術費が目玉の飛び出るくらい高いんだ……」
 その言葉にジョンは理解した。おそらく彼女の手術費を稼ぐにはこの金がどうしても必要だったのだ。
「俺は、どうなっても、よかった……。でも、妹は、妹だけは幸せになって、ほし、かった……」
 そう言ってマイクは神に召された。ジョンはマイクを静かに床に寝かせた。そして部屋を出た。後に残るのは死体の散らばった地獄の一角だけであった。

 ジョンは金の詰まった鞄を持って、アリサのいる病院にやってきた。受付の黒人女性の女性看護師に聞いてみるとなんとアリサはすでに手術を終え、退院したと言う。
 アリサの手術費を出したのはある金持ちの若者だと言う。友人の見舞いに来ていたら偶然彼女に一目ぼれした若者はアリサの目の手術費を出した。手術は成功して彼女は若者と結婚し、この場にはいない。兄のことを尋ねてみたが、アリサは若者に考慮してか、兄のことは口に出さず、天涯孤独だと嘘をついたらしい。女性看護師は毎日見舞いに来たマイクの恩を忘れた恩知らずと罵っていたが、ジョンはそう思わなかった。
(マイクなら妹の幸せのために身を隠しただろうな)
 マイクはあの金であいつは幸せになると言った。あいつとはアリサのことだ。おそらく妹の手術が終われば余った金を彼女に渡し、自分は二度と会うつもりはないのだ。
 それにアリサもせっかくの千載一遇のチャンスを物にしたのだ。自分の幸せのために兄を裏切る結果になったが、マイクにしてみれば本望だったのかもしれない。
「そうそう、こいつは落し物だ。さっき玄関で拾ったんだ」
 ジョンは受付の女性看護師に鞄を渡した。中には銀行強盗で手に入れた現金が入っている。もちろんマネーロンダリングをして金の出所はわからなくしていた。
 ジョンはポケットからタバコを取り出すと、火をつけてタバコを吹かした。
「人は裏切り、裏切られる人生を繰り返す、か」
 それっきり、ジョンの行方は誰も知らない。
 
終わり

2011/01/25(Tue)17:51:19 公開 / 江保場狂壱
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■作者からのメッセージ
 シンプルに二転三転のどんでん返しな作品を書きました。ですがあまりにシンプルなので手直ししました。実を言うと間違って一度削除してしまい、改めて投稿しました。で、一月二十五日にラストのオチを変更しました。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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