『煙草』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:黒みつかけ子                

     あらすじ・作品紹介
 生理が来ないのだと男に告げたのは、昨日の夜だった。

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 生理が来ないのだと男に告げたのは、昨日の夜だった。
 男とはじめに出会ったのは、大学の飲み会だった。その時、終電が無くなったからといって私を含めた友人五人で私の家に泊った。その中に彼は居た。印象が薄く何を考えているのか分からなかった。
 それから、雨を避けたいと言ってアパートの部屋の扉を叩いた彼は、一日中雨が降っていたのに傘も持って居なかった。黒いシャツが水を吸って余計に濃い色になっていた。青白い顔をしていた。玄関で立ち尽くしたままの彼にタオルを手渡すと、頭をタオル思いきり拭いた。そして、シャツだけを脱いで部屋にあがると、濡れた手でストッキングを履いたままの私の足にさわった。
 あの時、どうして部屋へあがることを許したのか、そして体に触れさせることにためらいがなかったのかは分からない。仕事が終った後の金曜日の夜を独りで過ごすのが寂しかったからかもしれないし、付き合っていた相手と別れたばかりだからかもしれない。
 男は空き缶を灰皿かわりにしながら煙草をふかす。先が赤く燃えて白い煙が立ち昇る。指先を眺めていると、吸うか? と聞かれた。唇の間に葉巻を差しこまれて吸うと、肺の中に思いきり煙が入ってきてむせた。涙を浮かべて咳き込んでいると男は目を細めた。自分には合わないようだと告げると、確かにさまにならないと言った。煙草を男の指先に戻すと、定位置を取り戻したように見えた。
 それからというものの、男は私の家に住みつくようになった。実家暮しだったが、自分が定職につかないのでいさかいになり、家を出てきたのだと言った。夜に私が家に帰ると共に外へ出て行き、朝方まで居酒屋でアルバイトをしていた。そして、男が始発で帰って来てから少しして私は外へ出た。
 男には自分以外に相手にする女が居ることは簡単に推測できた。家に帰って来た時に甘い香水の匂いをさせている時もあったし、首筋に痣を咲かせていることもあった。私はそのことに関して何も追求しなかった。自分の立場をわきまえているつもりだった。そう言い聞かせていた。
 それでも毎日のようにこの部屋に帰って来た。朝方、眠っていると遠くの方で鍵を開ける音がして、少しすると布団にもぞもぞと温かいかたまりが潜り込んでくる。煙たいそのかたまりを両腕にかたく抱きしめると、「おう」と返事をしてすぐに寝息をたて始める。数時間して私は起き上がりスーツに着替えはじめる。
 煙草の煙に慣れはじめた頃、自分でも男に愛着がわきはじめているのが分かった。それを告げることが出来ずに毎日を過ごした。告げたならば全てが終ってしまう気がしたし、男が再びあの大雨の中へ帰って行ってしまうのが嫌だった。日々は変わらずに過ぎているのに何かが恐ろしかった。胸の内で不安は膨張していき、男が甘い匂いをさせて帰る時には、燃えるような嫉妬がわきあがった。
 そうして思わずついた嘘だった。それは男が来た日のように朝から大雨が降っていた。私達は部屋から一歩も出ることなく、日ながら家に居た。携帯が光り男は何事か打ち始めた。そうして立ち上がった男の背に向けて咄嗟に放った一言だった。
 その言葉が男を引きとめるとは思わなかった。しかし、この雨の日に外へ出て行かれたら二度と戻らないんじゃないだろうか。そう考えると居てもたっても居られなかった。男は座りなおして、私の方を向いた。血の気のひいた白い顔をしていた。すまない、と言われた後で私はいいんだ、と何度も呟いた。何がいいのか自分でもよくわからなかった。検査をしたのかと聞かれて頷くと、男は頭を搔いた。
 今は頭を整理して明日から考えようと言って私達は布団に入った。私は眠る事ができずに、雨の音を聴きながら、男の背中を見ていた。顔をつけるとあたたかく、汗の匂いがした。雨は一層強くなった。その日の晩、男は一度もこちらを向くことはなかった。
 目覚めると隣に誰もいなかった。その代わりに男の吸っていた銘柄の煙草が一箱枕元に取り残されていた。ねぼけた頭でその黒いケースをじっと見つめていると、下腹のあたりに鈍い痛みが走った。布団を剥ぐとまっさらなシーツの上にポツ、ポツとしみが出来ていた。
 男は帰ってくるのだろうか。カーテンの隙間から朝日が差してきてシーツに透明なしみを作る。急に、あの日の煙たさが恋しくなって箱を開けてみるものの、そこには何も入っていなかった。


2010/12/27(Mon)01:39:22 公開 / 黒みつかけ子
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 こーいうおんなの人いませんか。

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