『聖夜2』 ... ジャンル:恋愛小説 ショート*2
作者:水芭蕉猫                

     あらすじ・作品紹介
去年書いた聖夜の続きというか、一年後です。すごく甘いクリスマスです。固めた蜂蜜にチョコレートコーティングして砂糖をまぶしたような甘さを目指して。※BL注意

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 ちらちらと静かに雪の降る夜のこと、恭介は一人でイルミネーションに光る街を歩いていた。
 去年と同じように、やはりこの時期は右も左もどこを見回しても男女のカップルばかりが目立つ。自分と同じ独り身と言えば商売熱心なサンタの格好をした居酒屋の店員と、コンビニのバイトに勤しむ貧乏学生くらいなものだ。あとの人は皆、自分の家族なり恋人なりと過ごすのだろう。
 甘い囁き声まで聞こえてきそうなカップルだらけの道の往来。皆それぞれ自分の連れに夢中なはずで、恭介のことなど気に留める人間などいるはずがない。なのに、何故か道を歩いているだけで道行く周囲のバカップルどもから「このクリスマスに独りで歩いているなんて寂しい奴だ」と言われているような気がしてならない。
 周囲からの視線をはばかるように道の片隅に寄ると、恭介は舌打ちした。
「くそっ、雪哉のやつっ」
 苦々しげに悪態をつく恭介の口調の中に、一種の寂しさのような色が滲んだ。
「今年も一緒に過ごそうなって約束したのに……雪哉のばか……」
 二つ年下の恋人の名前を呟いて、恭介がもう一度ため息をつけば口から白い湯気がもくもくと空へ登りかけては霧散した。
 談笑していた隣のカップルから楽しそうな笑い声が聞こえて、もう一度舌打ちする。
 掃いて捨てるほど居るヘテロカップルどもどころか柔らかな粉雪もキラキラ点灯する街路樹に巻きついた電灯さえも憎らしい。
「何やってんだろ俺……」
 ぽつんと呟いたついでに去年のことを思い出す。
 去年のクリスマスは色々あった。
 五年もの交際を経て、晴れて恋人である雪哉と養子縁組することになり、そこでいざ雪哉と両親を会せようという所になってから突然「会いたくない」と父親に突っぱねられたのだ。
 説得のため実家に帰ったら興奮した父親には殴られるし、顔中青あざを作ってアパートに帰れば雪哉は心配しすぎて不機嫌になるし。それでもまぁ、後から母親の説得のおかげでどうにか両親に会わせるのは成功したのだが……。
「今年こそは何の気兼ねもなく二人でラブラブできると思ったんだがなぁ……」
 はぁ、とため息をついてもう一度歩き出す。
 去年は不機嫌絶好調な雪哉と歩いた道のりだが、二人で歩くのと、こうして一人で歩くのとでは気分的に全然違う。確かにあの時の雪哉は物凄く機嫌が悪かったが、それでも一緒にケーキを買ってパーティの準備をして、自分の心はほっくりと暖かかったのに。
「会いたいなー……」
 不意に立ち止まって曇った空を仰ぎ見るが、小さくぽつりと呟いてみても答える人は隣に居ない。
「何で、こんなことになっちまったんだろ」
 頭の上に降り積もる雪をはらうこともせず、胸にしみる寂しさに、恭介はもう一度ため息をついた。



 事の発端は前日の夜のこと。
「ごめん恭介。やっぱり明日、仕事が入っちまった」
 恭介よりも頭一つ分小さな背丈。短く切りそろえた黒髪に、整ってはいるが初対面だと冷たい印象を与えそうな顔がおずおずとこちらを見上げてくる。両手を合わせて申し訳なさそうにする雪哉に、恭介は素っ頓狂な声を上げた。
「はぁ!? だってクリスマス・イヴは仕事休めたってこの前言ったじゃん!」
「だからごめんって! ただでさえ年末で忙しいのに、急に人が辞めたんだ」
 心底げんなりした様子の雪哉に、恭介は心配そうに問いかける。
「じゃ、夜は? 一緒にツリー見に行くって約束は?」
「それも……ちょっと無理かも……」
「何だそれ!?」
「だから、悪かったって言ってるだろ……」
 恭介だって子供じゃない。
 年末はどこの会社も忙しいことくらい知っているし、恭介だって職場で突然人が辞めたら代わりに仕事に出なければならないだろう。だから、雪哉の言い分は痛いほど解る。解るけど……。
「でもさ、クリスマスは毎年一緒に居ようってずっと前から言ってたじゃん。しかも今年は結婚して最初のクリスマスなのに……」
 心の方が我慢できなくて、目の前のエサを取り上げられてしまった大型犬のように項垂れて未練たらしく口をとがらせると、先ほどまで申し訳なさそうな表情だった雪哉の眉間にしわが寄り、途端不機嫌そうな顔になった。
 これはもちろん本当に不機嫌なのではなくて雪哉が強く不安だったり困ったりしたときの表情だというのは、長年の付き合いからよく知っている。
「……俺も悪かったって思ってるよ。でもどうしても俺が出ないと今年中に間に合わないんだよ。クリスマスの代わりに正月は一緒に居れるから、それで我慢しろよ。ガキじゃあるまいしさ」
 雪哉の言ってることは正論だ。いつもなら軽く流せるはずなのだが、ものすごく楽しみにしていた分、違うと解っていても不機嫌そうな表情と一緒に言われるとムカっと来た。
「解ったよ。俺は一人寂しく家で待ってれば良いんだろ」
 思わずあてつけがましく言うと、雪哉の眉がぴくっと動いた。
「そういう言い方ないだろ? 俺だって好きで出るわけじゃないんだ。 でも仕方ないだろ仕事なんだから」
「別に何も言ってないだろ!? そうだよな。仕事だから仕方ないよな。良いよ別に俺は一人で!」
 ついつい大きな声が出てしまうと、一瞬怯んだように目を見張った雪哉の顔にじわじわと怒りが浮かんでくるのが見えた。やってしまったと恭介は思ったが、出てしまったものは引っ込まない。
「なんだよ。俺だって悪いと思ってるんだぞ!?」
「んなこた知ってるよ! だから勝手に仕事に行けば良いだろ!?」
 ぐいっと雪哉が前に出て、キツイ口調で自分よりもガタイの良い恭介を黒猫が威嚇するように睨んだ。しかし、恭介とて負けてられない。出てしまったものは引っ込まないし自分が悪いのは百も承知だ。だが、かといって謝るのは嫌だった。物凄く、それこそ雪哉よりも明日のクリスマスを何日も前から楽しみにしていた分、急に約束を反故にされた悔しさをぶつける先がほかに見当たらない。子供っぽい自分に苦々しさを覚えるが、それでも高ぶった気持ちがおさまらない。
「知ってるならそんなあてつけがましいこと言うなよ! 俺だって楽しみにしてたんだからな! ってか、仕事に嫉妬するとか、見苦しすぎるぞ!」
「嫉妬? 誰も嫉妬なんざしてねーよ! 大体前から思ってたけど、お前のその被害妄想なんとかしたらどうだ? そっちのほうが見苦しいわ!」
「んだとコラ!?」
「やんのかコラ!?」
 そこから先はもう、売り言葉に買い言葉。手が出なかっただけまだマシだが、しまいには会話すら無くなって、昨日から同じ部屋に居るにも関わらず携帯メールで喧嘩のようなことをしていたのだ。
『恭介のバーカ』
 今朝方、最後に雪哉から送られてきたメールを見てからため息をつく。
 結局、昨日のあれから雪哉とは一言も口を利いてない。朝も雪哉が出ていくまで自分は寝たフリをしていたので、顔を合わせてもいない。
 あんな奴知るか! と思っていたのもつかの間で、太陽が傾いてくるころには寂しくて寂しくて堪らなくなっていた。何度となく携帯を開いては『ごめん』と打ち込んでみるも送信するには至らない。別に意地を張っているわけではない。ただ、雪哉の顔をみて謝りたかった。
 そのうち一人で部屋に居るのが嫌になって、外に出てきた。そして意図したわけでもないのに、歩いているうちにいつの間にか二人で行く予定だった場所へと足が向いていた。
 最後のメールを再び眺めた後、携帯を閉じる。
 そして恭介はカップルや家族連れがひしめく中から夜空にそびえる巨大なクリスマスツリーを見上げた。商店街が毎年企画するクリスマスイベントの大目玉で、今日がそのメイン点灯式だった。
 本当ならば、二人で見に来るはずだったクリスマスツリー。
 てっぺんには大きな星。周りにステッキ型のキャンディーや小さなプレゼントの箱などの装飾を施され、周囲に巻きつけられた電飾が点灯される瞬間を今か今かと待ちわびているようだった。
 空からは白い雪が途切れることなく舞い降りて、ライトアップされたそれがまるで花びらのようでとても綺麗。
 周囲を見れば、大勢の人が同じようにツリーに明かりがともされる瞬間を待ちわびるように見上げていた。
 その中で、恭介は小さく俯いた。
 周りにはこんなに人がいるのに自分は一人きりという事実が、何故か寂しかった。
「……やっぱり帰ろう……」
 踵をかえし、人混みの中をかき分けながら大通りへ出たその時だ。
 思いもよらぬ場所で顔を合わせた途端、お互いに「あ」という声が出た。
「……雪哉」
「恭介……」
 人混みの最後尾に、恭介が今もっとも会いたい人が立っていた。
 しかし、雪哉に会ったら絶対言おうと思っていた言葉がすんなり出ることは無く、お互いの間になんとなく気まずい空気がしばし漂った。
「えっと、なんでここに居るの? 仕事は? ってか、確か雪哉の会社って高丘町で、確か逆方向だっただろ」
 取り繕うように恭介が言うと、雪哉は少しだけ不機嫌そうに眉を潜め、それから首を竦めてぼそりと言った。
「仕事が思ったより早く片付いたんだよ。それから、会社は二年前、こっちに移転になったの前に言っただろ」
「そ、そうだっけ?」
「そうだよ」
 そこからまたもや沈黙。
 お互い、何を言って良いか解らない。しかし、お互いに離れる気も無いようで、恭介は雪哉の隣に立って再びツリーを見上げた。
「……今朝はごめん。バカとか書いて」
 最初に沈黙を破ったのは、雪哉の方だった。下を向いたまま、蚊の鳴くようなか細い声と言葉だったが、恭介が聞き逃すはずがない。
「や、俺も悪かったし」
 頭を掻きながら気まずそうに言うと、雪哉は大きく頷いた。
「そうだ。本当は全部恭介が悪い。仕事が入ったのは俺のせいじゃない」
 ズバリと断言されて思わず「あのなぁ」と言いかけたが、雪哉はさえぎるように「でも」と紡ぐ。
「でも、メールでバカって書いたのは謝る」
 恥ずかしげに首をマフラーの中に埋める雪哉の顔は、寒さとは別の赤さがあった。それがなんだか妙に可愛くて、恭介は雪哉の隣に寄り添うと、周囲から隠すように雪哉の手を握った。冷えた手同士が触れ合うと、すぐにそこからじんわりとした暖かさが広がるようだった。
「俺こそ、ごめん。雪哉のせいじゃないのは解ってるけど、悔しくて当たってた」
「うん。解ってる」
「ほんとにごめん」
 ようやく言えた言葉にこたえるように、手を握り返された。
 その時、周囲からわぁっと大きな歓声が上がった。
 ツリーに明かりが灯ったのだ。それと同時に、大きな花火が打ち上げられる。
 ぱぁん、ぱぁんと大きな大輪が冬の曇り空に広がって、一層大きな歓声が上がった時、雪哉は「きれいだな」とぼやくように言うと恭介の手をそろりと引っ張った。
「帰ろうか」
「うん、そうだな」
 手を握ったまま、喧噪を後にする。
 しばらく歩き、人のまばらになった道すがら、恭介は雪哉にだけ聞こえるように囁きかける。
「なぁ雪哉」
「何」
「ツリー、綺麗だったな」
 雪哉は答えない。俯き加減のまま、不機嫌な黒猫のように隣を黙って歩いている。
「なぁ雪哉」
「なんだよ」
「俺、お前のこと愛してるから」
 雪哉は答えない。けれど、恭介にはすぐに解った。
「今、顔が赤くなった?」
 笑いながら指摘すると、雪哉は怒ったようにそっぽを向いた。

2010/12/23(Thu)00:10:55 公開 / 水芭蕉猫
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■作者からのメッセージ
お久しぶりです。または初めまして。水芭蕉猫と申します。にゃーん。
今回の作品は去年同時期に書いたSS『聖夜』と同カップルの話です。興味のある方はそちらも見ていただければ嬉しいですが、単体でも大丈夫……だと思います。

BL作家風にいうと、前回の話が木原音瀬風味だとすると、今回の「聖夜2」は崎谷はるひ風味です。要するクドい程甘いものを目指して書きました。
そこらの男女カップルよりも甘くて甘くて、砂糖を吐くほど甘いBLクリスマスになってれば良いなと思います。

三人称の練習中なので、至らない部分が山ほどですorz しかしもし読んでいただけたならば幸いです。

そして二十四日が貴方にとって、幸せなクリスマスになりますように。

ありがとうございました。

……そして誰かが百合でクリスマスモノ書かないかなーと思いつつこれにて。

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