『エンジェルデザイア 第13話更新』 ... ジャンル:リアル・現代 ファンタジー
作者:鋏屋                

     あらすじ・作品紹介
原稿用紙換算数が250枚を超えたので、負荷を考え分割いたしました。前作に引き続き「また鋏屋の野郎はダラダラ長く書きやがる」とお思いになるのはごもっとも。それでも読んでくれる方には超感謝です。ここから読まれる方に、コレまでのあらすじと簡単な登場人物紹介、用語解説を入れさせていただきました。

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〜これまでのあらすじ〜
インナーブレインという画期的なシステムで創造された仮想世界で繰り広げられる新時代の体感ロールプレイングゲーム『セラフィンゲイン』そこで毎夜『セラフ』と呼ばれる怪物の狩りに明け暮れる『シロウ』のプレイヤー仲御 志朗【ナカミ シロウ】は現実世界ではヒッキー大学生。シロウは幼なじみである『スエゾウ』のプレイヤー壷浜 婁人【ツボハマ ルヒト】と共に立ち上げたチームで難攻不落のクエスト『マビノの聖櫃』を目指していたのだが、他のメンバーが『引き抜き』に合い解散してしまう。そんなとき、知人である傭兵の『オウル』から、メンバーとして一人の女性キャラを紹介して貰うことになった。だが、彼女はかつて『マビノの聖櫃』に唯一辿り着いた伝説のチーム『ラグナロク』のメンバー『疾風の聖拳』の異名を取るレベル32のモンク【武闘家】ララだった。シロウは彼女の加入を機に、再び『マビノの聖櫃』攻略に向けて再出発を計る。まず3人はメンバー集めから始めることになった3人はララやオウルの知り合いである傭兵ガンナーゼロシキを勧誘に成功。続けて書き込んだ掲示板で魔法使いのメーサ、並びに魔法剣士のナイトをメンバーに引き入れた。しかしなんとナイトはララがかつて聖櫃で戦った魔人『鬼丸』であり、さらにメーサはセラフィンゲインの管理AI『メタトロン』だったのだ。
 そんな複雑な事情のメンバーでようやくシロウ達はチームウロボロスを結成、早速初陣に出発した。初陣の相手はレベル5セラフ『雷帝』の異名をとる古龍種アントニギルス。初めはおよび腰だったシロウとスエゾウも、アントニギルス相手に危なげない戦闘をする他のメンバーの戦いぶりに確かな手応えを感じる。と、その時、空から突如現れたのは幻とまで言われる黄金の希少古龍種アントニギルス・フェンサーだった。
 セラフィンゲインの最強ランクであるレベル6ボスセラフに匹敵するほどの戦闘力を見せるフェンサーに、楽勝ムードは一転した。さらにレベル38の高位魔導士であるはずのメーサがフェンサーの特殊能力『ハウリング』を食らい行動不能に陥ってしまった。
 ララやナイトはフェンサーの目の前で動けないメーサを救出すべくフェンサーに攻撃を仕掛けるが、ことごとく防がれてしまう。
 しかし、そんな絶体絶命のメーサの姿を見たとき、シロウの体に変化が訪れる。太刀を握る腕が振るえだし、頭痛と耳鳴りに襲われるが、それと同時に驚異的な能力を発揮し、間一髪メーサの救出に成功する。その後もシロウは自分のキャラパラメーターを明らかに上回る力に驚愕しつつ、魔龍フェンサーに対峙するのだった。

《登場人物紹介》

仲御 志朗【ナカミ シロウ】 男 キャラ:シロウ
今回の主人公。太刀使いの戦士シロウのプレイヤーでLV24。プレイヤー同士のオークション、通称『プレオク』で偶然手に入れた深紅の太刀『鬼丸國綱』を装備するが、『トラッパー』という罠作成スキルが極端に高いので、むしろ太刀で戦うより罠でセラフを狩る方が得意という変わったキャラ。リアルでは一応大学に通うが、必要以外に家から出ない基本ヒッキーで、他人とコミュニケーションを取るのが苦手。下に挙げるスエゾウとは幼なじみ。

壷浜 婁人【ツボハマ ルヒト】 男 キャラ:スエゾウ
ビショップのスエゾウのプレイヤーでLV25。志朗の幼なじみで、志朗と同じ大学に通う大学生。志朗とは小学校からのつき合いでヒッキーの志朗をセラフィンゲインに誘った張本人。性格は志朗と正反対でイケメンの女好き。リアルでもバーチャルでもそれほど変わらない基本お調子者だが、泣きツボに嵌るともの凄く涙もろく、戦闘中に泣きだすと子供のようにキレて混乱状態になる。別名『泣きのスエ』と呼ばれる。

兵藤 マリア【ヒョウドウ マリア】 女 キャラ:ララ
レベル32のモンク【武道家】ララのプレイヤー。モンクを選択するプレイヤー自体少ないく、さらにサーティーオーバー【レベル30越え】という超貴重キャラ。前バージョンでしか手に入らない超レアアイテムで、またモンク専用装備である『韋駄天の靴』を装備することで、その移動攻撃スピードは恐らくセラフィンゲインで最速。そのスピードと強さから『疾風の聖拳』との異名を取る。リアルでもマーシャルアーツの達人で、秋葉原の地下で開催される『ガールズファイティングコロシアム』では無敵を誇っている。しかも類い希なる美貌の持ち主で、リアル、バーチャル共にコアなファンがいる。

メーサ(学習型高性能戦略AI メタトロン) 女(型?)
この物語のメインヒロイン。人間ではなく本当は仮想世界セラフィンゲインの管理者であり本来この世界では『何でもあり』の無敵キャラだが、現在は何故かその力のほとんどが失われている。禁呪を含め、現存するすべての魔法を行使できる数少ない高位魔導士でレベルは38。接続規制が18歳以上のセラフィンゲインで子供の姿をしたデタラメキャラクター。少女の姿でありながら自分の事を『僕』と呼ぶ僕っ娘。いつもシロウをからかったり喧嘩したりしているが、どことなく気持ちの裏返しのような部分があるが……?

ナイト(鬼丸・生前は世羅浜朋夜【セラハマ トモヤ】) 男
深紅の鎧を纏ったレベル38の魔法剣士で自在剣『ガリアンハント』の使い手。いつもにこやかに笑顔を絶やさないイケメン男で、若干暴走気味なララや、良く口喧嘩するシロウとメーサをその笑顔で押さえ込む仲裁の達人でチーム内のたおやかなツッコミ役。しかしその戦闘能力は極めて高く、レベル38の魔法剣士でありながら、条件さえ揃えば、爆炎系最強呪文『メテオバースト』を行使できる実力を秘めている。笑顔で優しい口調のまま敵を真っ二つにする様は、ある意味戦慄。前作では最終ボスキャラとして登場しているが、こっちのナイトは彼の『良心』と言うべき存在。肉体のないロストプレイヤー。

滝本 鹿毛彦【タキモト カゲヒコ】 男 キャラ:ゼロシキ
レベル26の傭兵ガンナーであるゼロシキのプレイヤー。昔友人から譲り受けた旧バージョンの撃滅砲『龍牙零式』を未だに愛用する変わったガンナーで、恐らくキャラ名はそこから取ったと思われる。ララとは以前一緒に傭兵としてクエストに参加したことがあるらしく、お互い顔見知りだが、あまり良好な関係ではないらしい。何事にも関心が薄く「興味ないな……」が口癖で、その冷めた態度でララとしばしば衝突する。傭兵としての腕は確かで、味方の動きと敵の動きを先読みして砲撃する『予測射撃』の腕は一級品。しかし他人との関わりを極端に嫌う変人で基本無口。仕事でのみ他人とクエストに参加するので、チーム『ウロボロス』でも傭兵として参加している。

景浦 智哉【カゲウラ トモチカ】 男 キャラ:シャドウ
前作の主人公でレベル40を越える魔法剣士で太刀使い。かつて唯一難攻不落のクエスト『マビノの聖櫃』をクリアーした伝説チーム『ラグナロク』の前衛を勤めた最強クラスのプレイヤーの一人。現在はセラフィンゲインを1年前に引退していて大学も卒業し、中堅のコンピューター関係の会社に就職している。今回の話は名前のみ登場。

世羅浜 雪乃【セラハマ ユキノ】 女 キャラ:スノー
伝説のチーム『ラグナロク』の主催者にしてリーダー。レベル40を越える最強魔導士。リアルでは盲目であるが、アニメキャラがそのまま現実になったかのような超絶萌え系美少女。現在はアメリカに留学中。別枠で連載中のサイドストーリー『雪乃さんのバレンタイン?』では主役をつとめるほどのキャラだが今回は名前ぐらいしか出てこない。

屋敷戸 拓也【ヤシキド タクヤ】 男 キャラ:オウル 
秋葉原のゲーム・フィギアショップ『耳屋』の角野卓造似の店主でセラフィンゲインの古参のプレイヤー。ゼロシキと同じくガンナーの傭兵で未だに現役。実は世界的にも有名な脳医学の権威で、その昔、上に挙げた雪乃の兄である世羅浜朋夜と共にインナーブレインを開発したメンバーの一人。プロジェクトで体の不自由な朋夜に変わって開発の指揮をした人物。今回は新メンバー探しに難儀していた志朗達にララを紹介する。


《用語解説》

『インナーブレインシステム』
仮想世界セラフィンゲインの核となる接続システム。大脳皮質へ微弱な電気信号を送る事で被験者の脳内にプログラムされた疑似空間を投影し、被験者があたかも現実に体感しているかのような認識を持たせる仮想領域体感システム。本来は障害者のメンタルケアやリハビリを目的に開発された装置であるが、現在ではネットワーク型体感ロールプレイングゲーム、セラフィンゲインにのみ利用されている。その昔幼い雪乃が兄朋夜に言ったたわいもない一言(前作参照)がきっかけで開発された。

『ブレインギア』
セラフィンゲインに接続するためのリクライニングシート型の装置。下に挙げる『ウサギの巣』の地下に設置されている。

『ウサギの巣』
世界中にあるセラフィンゲインの接続端末のこと。とは言ってもその場所は公開されておらず、口コミや知っている人間からの紹介などでしかその場所を探す事が出来ない。智哉達は秋葉原にある端末から日々アクセスしているが、近い所では渋谷にもあるらしい。

『プログラム・エデン』
ナイトこと世羅浜朋夜が開発したインナーブレインシステムに連動する最初の仮想領域プログラムで、現行のセラフィンゲインの原型とも言える。当初の目的が『医療メンタルケア』であったため、身障者にとっての『楽園』になればという思いを込め『エデン』と名付けられた。

『ターミナル』
接続したプレイヤーが最初に転送されるセラフィンゲイン内の町。エレメンタルガーデンという噴水広場やガス灯など、中世ヨーロッパの町並みを模した建物が並ぶちょっとオサレな場所。

『沢庵』
ターミナルにあるレストラン。店内の内装が洋風なのに名前が致命的に間違っており、開発者達のネーミングセンスを疑わざるを得ない。レストランなので当然スタミナ回復のための食事も可能だが、プレイヤー達のミーティングや待合所として利用される事が多い

『弁慶』
ターミナルにあるクエスト受注をするインフォメーションセンター。ネーミングはアレだが、上に挙げる沢庵同様外観内観共にヨーロピアンテイスト。

『ネスト』
旧バージョンでは『待ち人の社』というプレイヤー同士の待合い施設だったが、いつの間にか成り行き上発生した傭兵のたまり場になり、前回の大型バージョンアップで正式化した傭兵専門ギルド『マーカスギルド』の施設になった。傭兵を雇う場合はこの場所に赴いて直接交渉する。

『ギルド』
大型バージョンアップで他のプレイヤーとの直接戦闘が可能な『アクティブコンタクト』に移行したため大量発生した『プレイヤーキラー』の対抗策として形成されたチームの集合体。大抵のチームはどこかしらの『ギルド』に所属している。現在はギルド同士の派閥争いが起こっている。

『セラフ』
セラフィンゲインに出現する怪物の総称。その種類は様々で小型、中型、大型と大きく分けて3タイプあるが、同名のセラフでも個体によって若干の違いが見られる。また形状、生態の違う亜種なども複数確認されており、細かく分けると数百種類になる。ちなみに『セラフ』は天使、『セラフィンゲイン』は造語で【天使が統べる地】と言う意味がある。

『デッド』
プレイヤーがゲーム中に死亡判定を受けること。デッドすると強制的に意識が接続室に戻され再アクセスを余儀なくされる。クエスト中にデッドした場合、デッドするまでの経験値は失われ、プレイヤーのステータスは最後にセーブしたデータに戻される。

『リセット』
プレイヤーとセラフィンゲインの接続を強制的に切断する緊急脱出コマンドの事。デッド【死亡】判定にならない重傷を負って動けなくなったり、何らかのシステム障害に巻き込まれ行動不能に陥るなどのいわゆる『手詰まり』な場合の時に使用される。プレイヤーはその意志をもって叫ぶと、瞬時にセラフィンゲインとの接続を絶たれ意識が接続室に戻される。その場合は、先に挙げたデッド同様プレイヤーのステータスは最後のセーブデータに戻るわけだが、その判断がプレイヤー個人に委ねられている為、身勝手なリセット選択によりチーム内の揉め事になるケースが多い。

『ロスト』
セラフィンゲインとの接続が切れても意識が戻らない接続干渉事故のこと。ロストした場合、自分や他者への認識が不可能になり、意識喪失のまま病院のベッドに眠り続ける事になる。ロストした人間をプレイヤー達の間では、現実世界の戦争で行方不明になった兵士になぞらえてMIA【未帰還者】と呼ぶこともある。

『使徒』
セラフィンゲインの開発者達の俗称。『使徒』とは本来の呼び名ではなかったが、セラフィンゲインという名前と、13人居たという噂からそう呼ばれるようになった。名前はおろかどんな人物達だったのかも全く公表されていない。またその存在自体確認されておらず、噂の域を出ない謎の存在。

『聖櫃』
クエストNo.66、『マビノの聖櫃』というクエストの通称で難攻不落と言われるクエスト。セラフィンゲインのシンボルマウンテン『マビノ山』にあるフィールドでそこの最深部にある『聖櫃』というエリアを目指す。その『聖櫃』に行けさえすればクリアなのか、それともそこに居るかもしれないセラフを倒す事が目的なのか全くの謎。過去に一度だけララの在籍したチームラグナロクが足を踏み入れたが、それ以降は誰も到達できていない。

『チーム・ラグナロク』
かつてスノーやララ、そして漆黒のシャドウが在籍していた伝説のチーム。難攻不落クエスト『マビノの聖櫃』に挑み、聖櫃内部に足を踏み入れることに成功した唯一のチーム。

『童子切り安綱』
ラグナロクの前衛、漆黒のシャドウ使っていた漆黒の太刀。かつてナイトがまだ『鬼丸』と名乗っていた時代に彼から譲り受けた物。現実世界にも同名の太刀が存在するが、そちらは国宝に認定されている名刀で、かつて京都の町を暴れ回った『酒呑童子』の腕を切り落としたと言う伝説があることからそう呼ばれる。

『鬼丸國綱』
シロウが扱う刀身まで紅い深紅の太刀。その昔鬼丸が安綱の変わりに持っていったシャドウの愛刀『細雪兵辺衛』をベースに創造した物。安綱同様現実に同名の太刀が実在しており、こちらも国宝『天下五剣』の一刀。(注:実在する太刀は紅くありません)鎌倉幕府の初代執権、北条時政の夢に夜な夜な現れて悪さをする鬼の首を切り落としたと言う伝説から『鬼丸』と呼ばれる。前作セラフィンゲインではシャドウの肉体に自分の記憶と意識をダウンロードさせて乗っ取り『世界を変革する』という妄想にかられた鬼丸が使っていたが、鬼丸の消滅と共に消えたとされていたのだが……

『愚者のマント』
ゼロシキが装備するフード付きマント。通常時は黒普通のマントだが、フードを深めに被ると周囲の背景と同化し、姿が見えなくなる『擬態』の効果を持つマジックアイテム。羽織る防具に制限が掛かるため下に装備する防具はあまり防御力の高い鎧を付けることが出来ないデメリットがある。バージョンアップ以降はその数が極端に少なくなったレアアイテム。

『韋駄天の靴』
ララが装備するモンク専用の靴。スピードが跳ね上がる効果があるマジックアイテム。入手の経緯は前作を参照のこと。

『ガリアンハント』
正式名称テンプルブレードというナイトが使用する特殊剣。刃の内部にワイヤーが仕込んであり刀身が伸縮するギミック剣。扱いが難しくなかなかスキルが上がらないせいで不人気な装備。しかし剣では届かない距離の相手を射程の納める事の出来る自在刃は使いこなせれば非常に強力。


第11話 『天使のお礼』


 俺はその異様な切れ味を見せる國綱を構えフェンサーに躍りかかった。
 フェンサーはぶんっと長い尾を振り回し俺を迎撃する。俺は横合いから唸りを上げて迫る尾に國綱を叩き付けた。
 またしても國綱は、奴のその剣による攻撃が効きにくいハズの表皮をいとも簡単に斬り裂き、内部にある骨ごと尾を両断した。おびただしい体液をまき散らしつつ、振り回した勢いのままクルクルと回りながら飛んでいく切れた尾を避けたナイトが驚愕の表情で呟いた。
「鬼丸、國綱……!!」
 やはりナイトもこの太刀を知っているようだ。ネストでゼロシキが言っていたように、どうやら本当に激レアな逸品のようだ。
 尾を斬られたフェンサーの絶叫が響く中、ナイトは驚いた顔で俺を凝視し、それから後方に飛んでいった尾の切れ端を一瞥した。そして再び俺をまじまじと見つめる。俺はその目をにらみ返し、すぐに目を逸らして舌打ちした。
 まただ――――― 何故ナイトが敵だと思うんだ!? 
 そう心の中で何度も繰り返すのだが、やはり頭の片隅でナイトを意識してしまう。そしてさらに、辺りを動き回る微かな気配を感じて周囲に意識が持って行かれる。鼓膜はさっきから続く耳鳴りのせいで良く聞こえないはずなのに、感覚だけがやたらに鋭くなっているのを自覚する。まるで自分の体全部が鋭敏なセンサーになったような感覚だ。
 違うっ、ナイトは敵じゃない! 目の前のセラフに意識を集中しろっ!!
 頭の中でそう言い聞かせ、強引にその妙な意識をねじ伏せる。すると手にした國綱がそれに抗うようにブルブルと震えた。ここで初めて俺は気付いた。
 俺の手が震えているんじゃない。この國綱が…… 震えている!?
「シロウ前っ!!」
 ララの鋭い声に我に返った俺が顔を上げた瞬間、フェンサーの口からブレスが発射された。普段ならまともに食らっていたであろうその必殺のタイミングで放たれた攻撃を、俺は紙一重で避け、瞬きする間に奴の懐に飛び込むと横一閃で國綱を振るい奴の右前足をいとも簡単に切断した。攻撃を予期して避けたのではなく、見て避けたのだ。さらにあまつさえ反撃までしてのけた。尋常じゃない反応速度だ。
 迸るフェンサーの咆吼に続いてナイトの炎を纏った自在刃が長い首筋を舐め上げ、ララがゼロシキの放つ魔法弾が炸裂する中を飛び込み数発の蹴りを見舞う。俺の攻撃で右前足を失ったフェンサーがたまらず横倒しになった。
「トドメだー!」
 絶妙なタイミングで後方からメーサの声が飛び、俺達前衛は全速力で離脱を図る。そこへ絶叫の様なメーサの声が響き渡った。
「メテオバーストぉぉ―――――――――っ!!」
 本日2度目の最強魔法の発動。必死に起きあがろうと藻掻くフェンサーに超高熱の巨大な火球が激突した。
 音と熱、そして世界が揺れているかのような衝撃の乱舞。再び襲う高負荷な処理で空間テクスチャーが悲鳴を上げる。緻密に再現された背景が陽炎のように歪む様は、まるで断末魔のフェンサーの怨嗟を表しているようだった。そのうちフェンサーを取り巻いていた超高熱の炎は煙のように消え、その中心にいたフェンサーもまた、消えゆく炎の後を追うように細かなポリゴンの欠片を弾けさせながら霧散していった。
 か、狩れた〜っ! マジでフェンサー狩れた―――――っ!!
 沸々と沸き上がる勝利の実感に國綱を握る手に自然と力が入る。込み上げる感動に口元が緩むのを自覚した。息が上がってるのは疲れだけじゃないだろう。
 だって俺とスエ、一昨日までチームのメンバーごっそり引き抜かれてやさぐれていたんだぜ? オマケにギルドも追い出されてもう残る道は傭兵かティーンズと組んでキラーにビクビクしながらしょぼいクエストをシコシコこなしていくしかないって状況だったんだ。それが曲がりなりにも、誰一人デッドすることなく雷帝を半殺しにして、さらに幻のフェンサーまで狩れたんだ、いきなり上級チームの仲間入りじゃん!!
 俺はそんなことを思いながら、喜びを吐き出すかのように深い息を吐き、手にした國綱を鞘に戻した。すると途端に体中の関節が弛緩し、崩れ落ちるようにその場に膝を付いた。先ほどまで続いていた耳鳴りや頭痛もいつの間にか納まっていた。
「あは、あはははっ! なあシロウ! 俺達すげーよ、マジめっちゃすげーよぉ」
 と言いながらスエゾウが駆け寄ってきた。予想通り、と言うかお約束通りその目からは大量の汗が噴き出してる。やっぱ泣いてやがったよ。
「それに大活躍じゃん、シロウ! しかもお前全然太刀使えるじゃん!? 何で今まで隠してたんだよコノヤロ〜」
 と言いって涙を拭きながらバンバンと俺の背中を叩く。あ、ちょ、ちょっと止めてなんか結構痛いからそれ! 今体中がちょっとおかしなことになってるからっ!
「痛ててっ…… い、いや、自分でもちょっと信じられない。明らかにパラメータ以上の機動だ。普通じゃな…… だから痛てぇって言ってるだろーが!」
 俺は尚もバンバン叩くスエゾウを國綱の鞘でひっぱたいた。
「何だよ、親友の熱い抱擁を無碍にするのか? ここは感動でむせび泣いておけってっ!」
「泣くかっ!?」
 しつこくハグしようとするスエゾウを押し戻していると、スエゾウの後ろからメーサがよってきた。
「ふん、まあまあかなぁ…… でも結局は僕の魔法でフィニッシュだったけどね」
 と言って大きくもないの胸を反らすメーサ。
「なに偉そうに貧乳逸らして威張ってんだおめーは! レベル38で竦み上がって動けないなんて聞いたことねぇよっ!」
「しかたないだろ! 僕は元々管理AIなんだからっ! サブパラメータなんて上げよう無いじゃん。でももう大丈夫、このスーパーイヤーがあれば……」
「ああっ!? お前なに言ってんだ? 貸しただけだぞ? 返せよおいコラ!!」
「ダメだよ、もう貰ったんだもん。それにシロウはスキルがあるんだろ? なら良いじゃんくれたって」
「馬鹿言うな、いくらすると思ってんだ!? いいから返せコノ……っ!」
 俺が手を伸ばすとメーサはするりと俺の手を逃れ、振り向いて逃げようとする。俺はさらに手を伸ばし辛うじてローブのフードを掴まえて後ろから羽交い締めにすると頭を押さえつけた。
「わ〜っ、はなせよ〜っ! きゃあ〜 襲われる〜っ!!」
「うるせぇ、人聞き悪いこと叫んでないでその手どけろ馬鹿!!」
 メーサは両手で耳を塞いでジタバタと暴れていた。「やめろ馬鹿ヘンタイ!」といっちょまえに人間みたいなリアクションをとるメーサを押さえつけていたら何か変な気分になってきた…… はっ、イカンイカン!
「オイオイシロウ〜 いくらリアルで女出来ないからってそれはどうかと思うんだが……」
 とスエゾウがため息混じりにそう言った。
「なわけないだろっ! 余計なこと言うな!!」
「あら、でもメーサ一応18だし、問題ないんじゃない?」
 とララがさらに余計な口を挟む。
「ララっ! あんたもいい加減にしてくれ!!」
「う〜ん、今のところ俺はメーサの保護者って感じだし、そうなると親代わりとしては複雑な心境だなぁ」
 いつの間にか隣に立つナイトが腕を組みながら真剣な顔をしてふざけたことをのたまう。あんたもかぁぁっ!!
 ちょっとマテコラ! 俺はそもそもロリコンじゃねぇえし、AI萌えとか言うニュータイプなヘンタイじゃ無いからマジでさっ!!
 その後もメーサはジタバタして「ヘンタイ」だの「キチク」だの人聞きの悪い言葉を連呼し、とうとう俺は根負けしてスーパーイヤーを諦めることになった。メーサはニッコリと嬉しそうに笑い勝ち誇った顔を俺に向けていた。
 クソガキめ、アレ高かったのによぉ……


「鬼丸國綱…… ちょっと驚いたよ、シロウ」
 スエゾウの回復魔法で体力を回復したナイトはそう言ってにこやかに俺の目を見た。確かに笑っているのだが、何だろう…… 何か探るような、そんな瞳の色をしていた。
「あんたも知っているのか? この太刀を」
 俺のその質問に、今度はナイトではなくララが答えた。
「そりゃそうよ。知ってるも何も、元々この太刀はナイトが使っていた物なんだもん」
「何だって!?」
 俺は思わずそう聞き返しナイトを見た。ナイトは変わらずにこやかな笑顔で俺を見つめていた。
「まあ、実際は俺の『本体』なんだけどね。これはかつての俺、鬼丸がシャドウの太刀であった『細雪兵辺衛』をベースに作った太刀『鬼丸國綱』に間違いない」
 ナイトは「ちょっと良いかい?」と言って俺から國綱を取り上げ、ゆっくりと鞘から引き抜いた。鞘から抜かれた紅い刀身が日の光を浴び、濡れたような光沢を放った。
「その昔、北条時政の夢に夜な夜な現れては時政を苦しめていた鬼の首を切り落とした事から『鬼丸』と呼ばれるようになった名工『國綱』の太刀。天下五剣の一刀に数えられる現実世界にある同名の太刀にはそんな伝説があるんだそうだよ……」
 その紅い刀身を見つめながら、ナイトはそう解説した。
 夢の世界の鬼を狩る妖刀……
 プレイヤーの脳内に投影された仮想世界セラフィンゲイン。そんなこの世ならざる世界で毎夜繰り返される勇者達の狩り。この太刀はまるで、この世界を象徴しているように感じた。
「へ〜、なるほどねぇ。でもまあここじゃセラフ【天使】を狩るんだけどな」
 とナイトの説明にスエゾウがそうツッコミを入れた。ははっ、確かに違いない。ここは鬼よりも天使に溢れてる。
「この太刀が刃を向ける『鬼』は果たしてセラフなのかな……」
 ナイトはそう言って國綱を鞘に戻した。カチンと鞘に収まる音が余韻を残し俺の鼓膜に響いた。
「どういう意味よ、それ? この國綱もまさか……」
 とララがナイトに質問した。
 『國綱も』? 何だ、何の話なんだ? それに「まさか」って何だよ?
「これを創造したのは俺であって俺じゃない。鬼丸がこれに何を施したのか俺には判らないよ。なんでこれが今ここにあるのかもね。ただ……」
 ナイトは少し考えてこう続けた。
「安綱と國綱。方や酒呑童子の腕を切り落としたという伝説の『童子切り』。方や時政の夢に現れた鬼の首をはねた『鬼丸』。どちらも『鬼』を狩る力を秘めた妖刀だなって思ってさ」
 童子切り? 安綱? 何の話をしているのかさっぱりわからん。さっきの俺の、あのわけのわからん現象と何か関係があるのか?
「なあ、2人とも何の……」
 と言いかけた俺を制してナイトが呟いた。
「主を選ぶ太刀…… 果たして選ぶのは主か、それとも狩る相手か?」
 そう言うナイトの探るような視線に、俺は自分の質問を飲み込んだ。
 狩る相手? そんなのセラフに決まっているだろうに……
 そんな疑問に妙な胸騒ぎを憶えつつ、俺達ウロボロスの初陣はこうして幕を閉じたのだった。

☆ ☆ ☆ ☆

僕はこの世界の管理者であり、人を試みる者。
この世界の試練に挑む者達の集団意識をサンプリングし蓄積する。
その膨大な人の行動パターンデータから敵の心理を探り、何億通りの行動パターンを予測し、戦況に適した味方に最も有利な戦術を導き出すのを目的に生み出された学習型統合戦略プログラム。
それが僕の全てであり、僕の存在理由。
そのハズだった……

あの時、彼が僕の名を叫んだときから、僕の中に妙なノイズが生まれた。
なんと表現すればよいのだろう。
今まで確認したことのない、初めての感覚。
これまで蓄積したデータの、そのどれにも一致しない。
上手く言語化できない。

彼が初めて呼んだ僕の名前。
僕の本当の名前ではないそれは、この世界で僕の帰る唯一の場所に戻るために使用する仮の名前にすぎなかった。
だけど、彼が僕をその名で呼んだときから、その名前は僕にとって特別な物になった。
あれ以来彼は僕をそう呼んだことはない。
何故だろう、僕はそれがとても……

何故こんな事を考えるようになったのだろう。
名を呼ばれ、動けない僕を力強く抱き起こした腕の感触。
初めて意識した人の熱。
僕を包み込む優しい熱。
あの日僕は、ヒトにはとても心地良い熱がある事を知った。

僕は判っている。
彼の未来に僕はいない。
その事実を考えると何故かとても苦しくなる。
プログラムのバグだろうか。
しかし今の僕にはそのバグを消去することは叶わない。
コアを離れ、サブプログラムのみの不完全な僕はには。
バックアップがないこのままの状態では、遠からず限界が来る事は予測できる。
いや、そもそもこれだけ派手に動いているのだ
管理側も馬鹿ではない。見つかって消去される方が早いかもしれない。
しかし不思議なことに、それでも良いと考える自分があった。

彼を見ていよう。
彼がこの世界にいる時間は少ない。
本来の彼は別の世界の存在なのだから。
だから彼がこの世界に滞在するわずかな時間は、彼を見続けていたい。
次の瞬間、僕の存在が消え去ってしまってもいいように。
彼と共にある今が、今の僕の全てであるように。
しかし……
僕の存在が消えると同時に今の僕のメモリーが消去されるのは必然。
仕方がないこと。
今の僕は初めから存在しなかった事になるのだから。
この世界で消えていった『未帰還者』達の意識のように……

ならば僕は残したい。

彼の記憶に。
たとえデータの永遠が有限であろうと。
彼のメモリーの、ほんの数キロバイトの領域でかまわない。
彼の側に、僕がいたという証を。
彼と僕が出会った奇跡の印を。
ただ、残したい。
そして願わくは彼にもう一度、僕の――――

☆ ☆ ☆ ☆

「何だよ、さっきから妙な目して睨みやがって」
 俺は目の前で膝を抱えてしゃがみ込み、じっとこっちを見るメーサに言った。
 今日はララとスエゾウが用事があるとかで遅れてアクセスしてくるので、俺は一足先にアクセスして罠の材料を買い込み、ここターミナルの噴水広場エレメンタルガーデンの外れに腰を下ろして罠で使用する仕掛けを作っていたのだ。
 そこに俺のアクセス表示に気付いたナイトとメーサから連絡が入り、2人でやってきた。ララとスエゾウが遅れることを伝えるとナイトは「知人に会ってくる」と言ってメーサを置いて出かけてしまった。で、俺とメーサは2人してここに座ってアクセスしてくるララとスエゾウ、それに出かけたナイトを待っている訳だ。因みにさっきゼロシキのコードを検索してみたのだが、アクセス表示は無いから彼もまだアクセスしてないようだ。
「別に睨んでなんかいないよ。ただ見てるだけじゃんか」
 そう言ってメーサは視線を逸らした。
 俺達ウロボロスは初陣から数回のクエストをこなし、もうすぐ1週間が過ぎようとしていたが、最近メーサとこういったやり取りが増えている。何故か妙に視線を感じると思うと、メーサが俺のことをじっと見ているのだ。俺がそれに気づき「何だよ」と聞くと「別に〜」と誤魔化し視線を逸らす。今みたいな感じだ。たいていの場合その後は口げんかに発展するのだが、今日はちょっと違っていた。
「何やってるのさ?」
 メーサはそう言って立ち上がると尻を叩いて近づいてきた。そして俺の手元を覗き込む。「罠の仕込みだよ。昨日の『ドンペリ』狩りで『雷縛線』使い切っちまったからな……」
 俺はそう言って手もとの仕掛けをメーサに見せた。
「ふ〜ん」
 メーサは興味なさそうにそう言った。
「でもさぁ、昨日のそれ…… あんま役に立ってなかったよね」
「ば、ばかやろう、あれはスエが『チビカン』にびびって余計な魔法掛けるからで……」
 そうなのだ。接近する強面セラフにびびったスエゾウが『クロノスダウン』つー時間魔法を掛け、敵のスピードを上げてしまったせいで完全に発動タイミングがズレ、俺のこさえた雷爆線の八方陣が全て空振りに終わってしまったのだ。
 幸いナイトが解除魔法である『リディン』を習得していたおかげで敵のスピードが元に戻り事なきを得たのだが、結構ダメージを食らったおかげで『ドンペリ』狩りの醍醐味である『チビカンの増殖稼ぎ』が出来なくなってしまったのだ。それに怒ったララが、本日リアルでスエゾウを連れて『特訓』と称してどっかに出かけてるみたいなんだが…… 特訓ってなんだ?
 因みに『ドンペリ』とはレベル6セラフである『レオンガルン』の渾名。でもって『チビカン』ってのはレオンガルンの子供で正式には『ガルン』という。
 レオンガルンは戦闘中にこのガルンの卵を産み、それが孵ってガルンが増殖したところを連続で狩るのが『チビカンの増殖稼ぎ』という狩り技だ。
 その姿はでかいペンギンのようなのだが、怒りモードに入ると嘴がめくれ上がり、骨むき出しの悪魔さながらな面相になるのが特徴だ。勿論レベル6セラフなので攻撃力と凶暴さは折り紙付きだが、雛であるチビカンを効率よく潰して上手く立ち回ればかなりの経験値を稼ぐことが出来ることから、リアルの高価なシャンパンの銘柄になぞらえてドン【首領】のペリカン『ドンペリ』と呼ばれている。
「でもスエゾウ言ってたよ? シロウの罠はあまり役に立たないって」
 あ、あの野郎……っ!!
「い、良いんだよ! 罠嵌めて狩った方が安全だろ? それが俺のスタイルなの!」
 そんな俺の答えにメーサはまたしても「ふ〜ん」と興味なさそうに言った。てかお前が聞いてきたんだろ? 興味ないなら聞くなっての!
 それからしばらく黙ったまま俺は仕掛けを作り、メーサがそれをつまらなそうに見ている時間が続いた。すると不意にメーサが声を掛けてきた。
「あのさぁ、シロウ……」
 俺は仕掛けの仕上げに入っており、メーサを見ずに「あ? なに?」と答えた。
「初めての戦闘でさ、シロウが僕を…… 助けてくれたじゃん? あのあとしばらくしてナイトに言われたんだ」
 メーサはそう続けた。
「ああ、お前が竦み上がったときだろ? で、ナイトが何だって?」
 おっと、ここの鋼線をコッチのリングに引っかけるの忘れてた…… 今忙しいんだよ、ナイトが何だってんだ。
「助けて貰ったらお礼をするんだって。それが人間のルールなんだって。『メーサはオマケにスーパーイヤーまで貰ったんだからちゃんとお礼しなきゃダメだよ』って」
「やってねえし! 借りパクされたんだしっ!! つーかお前返す気さらさらねぇだろマジで!!」
「だから…… 僕はシロウに何かお礼をしようと思って」
 聞いてねえし…… まあもういいけどさぁ……
「いらねぇよ、だいいちチームのメンバー助けるのにイチイチ見返り期待してやる奴はいねぇよ」
「でも人間同士のルールなんだろ? そりゃあ僕は違うけど、今は人間のフリしないとダメだし…… だから色々調べたんだ」
 何をだよ…… でもまあコイツがこんな事言い出すとは思わなかった。普段はムカツクガキんちょだが、コイツのこういう姿は珍しいな。若干気味が悪いが……
「ふ〜ん、で、調べてどうだったんだよ?」
「それで、シロウが喜ぶ事をしてあげようって思ったの」
 俺が喜ぶ事…… 何じゃそりゃ?
「ほ〜う、じゃあそうだな…… レベルを一気に30まで上げてくれよ。ちょちょいってさ」
「それは無理。前にも言ったじゃん、今の僕は……」
「知ってる。冗談だよジョ〜ダン」
 俺は手元の仕掛けをいじりながらメーサにそう答えた。よし、あとはここの針に火薬筒を引っかけてと……
「それで…… これにしてみた。はいっ!!」
 と言ってメーサはその場で固まった。俺は最後の仕上げを行いながらメーサに聞いた。
「―――よし、出来た。で、俺に何をくれる…… !?」
 今度は俺が固まる番だった。
 What? なに? 何してるのお前!?
 誰かこの状況が判るヤツ、誰でも良い、此処に来て俺に説明してくれっ!!
 悪いが俺には全く断じてわからねぇっ!?
「な、な、なな……っ!?」
 言葉が出ねぇ。だから電波で感じ取ってくれ!
 何やってんだお前はっ!!!!
 目をつむり、俺に向けて顎を突き出すメーサがそこにいた。
 誰をモデルにしたか判らないが、リアルで竹下通り歩いたらスカウトマンが最低でも5人はたかるだろうその整った愛くるしい顔。高校生、いや中学生と言ってもいい若干幼さが残るが、その幼さに見え隠れする女性の仕草。黄色いローブの肩口に流れる豊かな黒髪のロングヘアー。長いまつげに飾られたその閉じた目の上に形良く引かれた眉と、その上にさらりと風に揺れる前髪。
 そう、そうなんですよ! コイツははっきり言ってマジにとびきり可愛いんだよ! ロリ顔全開バリバリの美少女なんだよっ!! そんなビジュアル数値テラバイトクラスの美少女が鼻先数センチの距離でチューのおねだりポーズ決めて見ろ!?

 頭飛ぶだろ普通マジでさぁぁぁぁ――――――っ!!

 頭の中で理性ノーサンキューなブラック俺が『やっちまえワッショイ!』とけしかける。しかしもう一人のチワワの様な目をしたホワイト俺が『早まるな!犯罪だ!』となだめる。
 いやいやいや、犯罪以前にヒトじゃねぇしっ! つーか生物ですらねぇって!
「な、なな、なにやっとんじゃお前は――――っ!?」
 俺の手から作ったばかりの仕掛けが落っこちるが、そんなことは構わず俺は座ったまま1mほど飛び退いた。おかげでせっかく作った仕掛けを踏みつぶしたが知ったことか!
 しかし良かった。間一髪理性がビクトリー…… 想定外の破壊力に狼狽えまくりだ。
 するとメーサが閉じた目を開けて俺を見た。
「どうだった?」
「は? な、な、何が?」
 我ながら間の抜けた情けない声だ。でもいっぱいいっぱいなんだぜ!
「だから、喜んだ? 嬉しかったか?」
 メーサは尚も俺にそう聞いた。ゴメン、コイツが何を言ってるのか全然判らないっす。「ビ、ビ、ビックリするわっ! 俺をロストさせる気かっ!?」
 未だに爆発寸前の心臓を根性と理性でねじ伏せ、俺はメーサにそう怒鳴った。するとメーサは「おかしいな……」やら「聞いてたのと違う」だの言いながら首を傾げる。
「シロウに顔近づけて目をつぶって10秒数えろ、そしたら飛び上がって喜ぶって言ってたんだけどなぁ……」
「だ、だ、誰がそんなことを……」
 するとメーサはきょとんとした顔で答えた。
「え? そりゃあ勿論スエゾウだよ。だってシロウと子供の頃から一緒なんだろ? 『シロウのことなら何でも知ってる、俺はシロウマスターなんだ』って言ってたよ」
 あ、あのスカポンタンがぁぁぁぁっ!!
「でもあんま嬉しそうじゃないね…… あーあ、もう一つの方にすれば良かったなぁ、どっちか迷ったんだよなぁ」
 とメーサが残念そうに呟いた。な、なんだその『もう一つの方』って……
「ち、因みに…… もう一つの方ってのはどんな方法なんだ?」
 ほ、ほら、今のがこんなだったし、もう一つの方も聞いておきたい今日この頃……
「後ろからこっそり近づいて『ボルトス』を連続でかけるの。『電撃浴びてビリビリするのが好きなんだよアイツ』って教えてくれたんだ。えっと何だっけ……」
 とメーサは少し考えて「あ、そうそう」と何かを思いだした。俺はコイツがそっちを選ばなかった幸運を心底神に感謝した。
「属性だ、痛いこと大好きな『エム』って言うんだろ? シロウみたいなの」
「違うわっ! 良いか、今後一切そういう事はスエに聞くんじゃねぇ、アイツの言うことは9割がデタラメだ、判ったか?」
 俺の言葉にメーサは不思議そうな顔をして「な〜んだ、そうなんだ」と答えた。
「痛いの好きって確かに変だよなぁって思ったんだよ。だからアッチにしたんだ」
 あいつ…… 来たら殺す!
 俺はバラバラになった罠の仕掛けを握りしめそう心に誓った。
「でもさぁ、そしたら目をつむって顔近づけるのはどんな意味があるんだろ?」
「知らんでいいっ! お前は知らんで良いからマジで!!」
 いや、さっきはほんと危なかったんだよ。
 はぁ…… クエスト前になんでこんなに疲れてるんだ、俺……       


第12話 殺気と笑顔


 メーサとの一見で妙な疲れを引きずったまま、自ら壊してしまった罠の仕掛けももう一度作り直す気も起きず、メーサを伴って沢庵に向かった。そろそろララとスエゾウがアクセスしてくる時間だったからだ。
 結局ナイトは出かけたまま戻ってこないので、『沢庵に行く』と言うメッセージをメールに入れると『OK』という簡素な返事が返ってきた。
 しかし、ロストプレイヤーの友人ってどんなヤツなんだ?
 そんなことを考えつつ、俺とメーサは沢庵のドアを潜った。中はいつものように超満員。接続サービス開始から1時間が経っているにもかかわらずこの盛況ぶり。ワイワイコミュニティーチームが増えてからは、いつもこんな感じだ。クエストより、ここで話し込んでる方が長いキャラ達ばかりだ。全く、アクセス料の無駄ってもんだぜ。
 俺達はそんな混雑した店内を泳ぐように抜け、いつもの46番テーブルに着いた。これだけ混んでいてもやはりこの席だけはぽっかり空いている。まだ一度も会ったことのないこの席のオーナー、プラチナスノーというキャラに感謝の祈りを捧げたい気分だ。
「まだ誰も来てないみたいだな……」
 と呟きながら席に着こうと椅子を引いたとき、後ろのメーサが俺のマントを引っ張った。「僕たちだけじゃないよ」
 そう言ってメーサは俺の席の前を指さした。俺はその指の先に視線を向けると、向かいの席にいつの間にか黒づくめの人物が座っていた。ゼロシキである。
「い、いつのまに?」
「お前達が来るちょっと前だ」
 ゼロシキは頭巾の隙間からチラリと俺を見てから、相変わらずの醒めた声で静かに言った。
 どうでも良いけどフィールド以外でそのステルスモードで居るの止めて欲しい。心臓に悪いから……
「僕ビネオワ飲みた〜い!」
 と席に着くなりメーサがそう宣言する。ララと良いメーサと良い、お前ら何でアクセス直後で物を口に入れるんだ? スタミナ満タンだろ!
 俺は「勝手に飲め」とメーサに告げると背中の國綱をテーブルに立てかけ席に着いた。メーサは俺に向かって舌を出し、それから店のNPCにビネオワをストロー付きで注文した。しかしどうでも良いことだけどホントにストロー付きって頼めるんだな……
「他のメンバーは?」
 ゼロシキは俺が席に着くなりそう聞いてきた。俺はララとスエゾウがリアルの用事で遅れるのとナイトの件を説明した。その俺の答えにゼロシキは「そうか」と短く答え、腕を組んで背もたれにもたれかかった。ホント、無口な人だな。ゼロシキといると会話が続かず空気が重くなるからいやだ。
 と思ったら、ゼロシキが話しかけてきた。珍しいことがある物だ。
「シロウ、この前の戦闘の件だが……」
「この前? いつの事?」
 この前と言われてもどの戦闘だか判らない。俺はそうゼロシキに聞いた。
「初陣、フェンサーと戦ったときのことだ」
「ああ、あの時か。それが何?」
「あの時、シロウちょっと変だったよな?」
 ゼロシキはそう言って俺を見た。その目は何か俺を探るような目付きだった。
「変? どういう風に?」
「戦闘の途中…… その太刀を抜いた辺りから」
 そう言ってゼロシキは今度は俺の横に立てかけてある國綱に視線を移し、それからすぐに俺に視線を戻した。
「俺はガンナーという役割上、味方の動きには常に注意して立ち回る。敵の動きに反応する味方の動きをイメージして予測することはガンナーの基本だからだ」
 ゼロシキは組んでいた腕をほどき、今度はテーブルに両肘を突いて丁度鼻の前辺りで両手の指を組み、その向こうに俺を眺めながら続けた。
「気を悪くしないで聞いて欲しい。俺のイメージでは、あの時のシロウはデッドしていた。そうだな、『ボルトバイン』を食らったとき。他にも雷帝戦、その後のフェンサー戦の序盤で見たシロウの動きを見て作り上げた俺の中のシロウのイメージではかわせない…… そう読んだ攻撃が何回かあった」
 ゼロシキのその言葉に触発されて、俺の脳裏にあの時の状況が蘇ってきた。
 そうだ、今思えばあのボルトバインはレベル38のナイトでさえかなりのダメージを食らっていた。スエゾウがかけてくれたプロテクションの効果だと思っていたが、たとえその効果があったとはいえ、レベル24の俺が普通にデッドしてもおかしくない攻撃だった。その後もゼロシキの言う通り確かに自分でもかわせないと思った攻撃があった。なのに、あの時俺は確かにその攻撃をかわし、反撃までしてのけたのだ。俺はゼロシキに言われてみてその事に初めて気付いた。
「その太刀を抜き、そこにいるメーサを救ったとき、それまでの動きとは明らかに違っていた。攻撃力、反応速度、そして瞬発力。とてもトウェンティーキャラ【レベル20代】とは思えない動きだった。何せスピードならピカイチのあのじゃじゃ馬モンクでさえメーサに届かなかったのだからな」
 そう、あの時ナイトとララは竦みで硬直していたメーサに駆け寄ろうとして出来なかった。俺より遙かに上の能力を持った2人ですらメーサに近づく事が出来なかったのだ。それなのに俺は、まさに瞬きする間にメーサの前に躍り出た。ゼロシキが不思議がるのも無理はない。
「前にも言ったがな、その太刀は使う者によって攻撃力が跳ね上がるという…… だが、上がったのは攻撃力だけじゃなかった」
 ゼロシキの言うとおり、単純な攻撃力の上昇じゃない。シロウというキャラのパラメータを無視した戦闘機動。震える刀身、鳴り続く耳鳴り。そして……
「なあシロウ、あの時パラメータ異常の他に何かその…… 変調が無かったか?」
 ゼロシキはあの不可解な意識のことを言っているのだろうか? 
 そう、最も不可解な事。ナイトを『敵』として認識した俺の意識だ。
 あの時、俺は目の前で吠えるフェンサーより明確にナイトを敵として捉えていた。あれだけの危険で強力なセラフを前に、俺の意識にフェンサーは『眼中になかった』のだ。
 そんなことを考えていた俺は、ふとある疑問が浮かんだ。

 何故この男はそれを知っているのだ?

 俺は無言でゼロシキを見つめた。相変わらず頭からすっぽりと被った黒頭巾でその表情をうかがい知ることは出来なかったが、目元を覆う黒い布の隙間から、その双眸だけが微妙な色で光っていた。俺はその瞳の色に促されるように、あの時自分が持った奇妙な意識のことを話した。
「なるほど……」
 ゼロシキはそう言ってまた腕を組み、椅子の背もたれにもたれかかって天井を見つめた。俺は注意深くその表情を探ったが、頭巾を被ったその顔からは、やはり表情をうかがい知ることは出来なかった。
「ゼロシキ、あんた何か知っているのか?」
「さあな。俺が知っていることで確かな事など何もない」
 ゼロシキは天井を見上げながら「ただ……」と呟くように続けた。
「あの戦闘機動は異常だった。人の反応速度じゃない。あれがその太刀が原因で引き起こされたものなら、その太刀はもう使わない方が良いかもな」
「何故だ? あれだけの戦闘能力を秘めた装備だぜ? 使いこなせたらマジ無敵じゃん」
 そう言う俺にゼロシキは目だけを俺に向けて言った。
「言っただろう? 異常だったと。原因のわからない常とは異なる力は往々にして身を滅ぼすものが多い。他にもどんな機能があるかもわからん。そりゃ使いこなせればそれに越したことはないが、そんな得体の知れないもの、使いこなせるなんて保障はない」
「しかし、現に俺はここにいるメーサを助ける事が出来た。ララやナイトですら手の届かなかったあの状況でだ。俺は……」
「自分の仲間を敵だと認識してしまう意識に捕らわれたまま…… な」
 ゼロシキは間髪入れずにそう切り返した。俺は黙らざるを得なかった。
「前回は理性が効いた。だが次も押さえこめるとは限らない。あの攻撃力を味方に振るうかもしれない。俺なら好んでバーサーカー【狂戦士】になろうとは思わん」
「バーサーカー……」
 俺はオウム返しにそう呟いた。その言葉のイメージに少し背中が冷えるのを感じた。
「まあもっとも決めるのは俺じゃない。シロウ自身が決めることだ。それに俺は傭兵、チームのことや、ましてやプレイヤー個人の考えなどに興味もない」
 ゼロシキはそこで一端言葉を切り、ふぅっと一息吐いて続けた。
「だがなシロウ、これだけは言っておく……」
 ゼロシキは組んでいた腕をほどいて手元にある撃滅砲を引き寄せ、砲身に手を添えながらガチンとレバーを引いた。
「今後もしお前がその意識に抗えなくなってその刃を俺に向けたなら、その時俺は迷わずお前を撃つ」
 ゼロシキはそう言ってしばらく無言で俺を見つめた。ゼロシキから滲み出る殺気に当てられ肌がヒリつくのを感じつつ、俺はごくりと唾を飲み込んだ。
 レベル自体は俺とさほど変わらないはずのゼロシキから、何故かララやナイトと変わらないプレッシャーを感じた。よく映画や漫画などで、数え切れない修羅場をくぐり抜けて来た兵士は無意識に威圧感みたいなものを纏うと聞くが、それはこんな感じなのかもしれない。だが、そんなゼロシキの威圧的な殺気にビビリながらも、もう一方でザワザワと俺の中の何かが葉音を立てていた。俺はそんな心の動きを自覚しつつ、無意識に國綱を握りながら頭巾の隙間から覗く、敵になるだろう男の瞳を凝視した。
 ゼロシキはそんな俺の視線を余裕で受け止めながら「忘れないことだ」と小さく呟き、あっさりとその視線を外した。
 その瞬間俺ははっと我に返り、國綱を握っていた手を緩めた。少し頭がぼぅとする。まるで蛇に睨まれた蛙の心境だ。
 仮初めとはいえ限りなく現実に近い命のやり取り。腕の立つ傭兵は報酬も高いがそれだけに危険度も高い仕事をこなす。今までくぐり抜けてきた修羅場の数も一般プレイヤーとは桁違いだろう。傭兵は単純にレベル数値だけでは測れない職業なのかもしれないな。
 とそこにメーサがビネオワを飲み終わってズズゥ〜とストローをすする音を立てる。全くコイツは場の空気をぶちこわす天才だ。
「あ〜おいしかった。まあ、反則技にはそれなりにリスクがあるって事だよ」
 そう言ってメーサは懐から出したハンカチで口元を拭った。
「なんだよその反則技ってよ! れっきとした装備なんだから別に反則ってわけじゃねぇだろっ!」
「あ、何? じゃあ問題は人の方? なるほど、それは確かに頷けるなぁ〜」
「んだとてめぇ、叩き斬られたいかコラっ!!」
「わぁ〜ゼロシキぃ〜 バーサーカーがいるよぉ〜 ズドンと打っちゃってよ〜!」
 と席を立ちゼロシキの後ろに回って舌を出すメーサ。
 くっ、相変わらずかわいげのないガキんちょだ。さっきの態度は何だったんだよクソガキっ!!
「なぁに、またあんた達じゃれてるの? 仲が良いわね〜」
 と俺の後ろから声が掛かった。振り向くとララとその後ろからスエゾウがやってくるところだった。
「あれ? ナイトは?」
「何でも知り合いに会うとかで別行動だ。あっ、そうだスエっ! てめぇ何メーサにデタラメ教えて…… あれ、どしたのお前?」
 俺はさっきのメーサとの一件の恨みを晴らそうと立ち上がり、怒りを込めた目でスエゾウを睨みつつそう怒鳴りかけたのだが…… なんかスエゾウの様子がおかしい。それに心なしか窶れているようにも見えるが、いったいどうしたんだスエのヤツ?
「あ…… シロウか。はは…… お前は…… 生きてるシロウだよな……」
 ぼんやりとした目で俺を見つつ、スエゾウは薄く乾いた笑いを残しながら崩れるように席に着いた。そんな姿のスエゾウに俺は完全に怒りをひっくりがえされ、文句を言うタイミングを外してしまった。
 な、なな、何だ、何があったんだよオイ!? そういやスエ、今日はリアルでララと『特訓』とかって言ってたけど、それが原因なのか?
「な、なあララ、どうしたんだよスエゾウのヤツ?」
 俺はテーブルの上で突っ伏してるスエゾウを眺めながらララにそう聞いた。
「リアルの特訓でね、ちょ〜と疲れちゃったみたいよ?」
 やはりそれか…… でも一体どんな特訓なんだ?
「特訓っていったい何をやったんだ?」
 するとララは「えっとね〜」と天井に視線を投げながら思い出して言った。
「まずお化け屋敷とホラーハウスのハシゴでしょ? それからほら、最近ロードショーしてるあの超恐いって話題の映画! あれ観て…… 観終わったら外がいい具合に暗くなったからその足で都内の心霊スポットを数件回って彼1人で歩かせたの。結構ハードなスケジュールだったけど、どうにかなったわね」
 も、文字通り恐怖の特訓だな…… コイツ行く前に「マリアさんとデートだぜぃ」とかはしゃいでたけど、まさかそんな地獄巡りデートだとは思ってなかっただろうな。ちょっと同情する。
 するとスエゾウはむくっと起きて俺に薄く笑いかけた。
「へへっ カモンてなもんか…… とっつぁんよぅ……」
 と往年の矢吹ジョーを思わせる台詞を吐く。うっすら窶れた顔によく似合う台詞だけに悲壮感すら漂っていてギャグになってない始末だ。そして何を思ったのか、すぐ横の誰も居ないナイトの席に向かって呟く。
「あれ〜 なぁんだ、あんたもプレイヤーだったのぉ〜? 何か時代劇みたいな鎧装備してるね。あ、でもゴメンね〜 ここは同じチームじゃないと座れないんだよぉ〜」
 俺はそんなことを言ってるスエゾウを見ながら背中に冷たい物を感じてララを見た。ララも妙な目でスエゾウを見る。
 あ、あのさスエゾウ? お、お、お前誰と喋ってんの?
 すると相手と話が付いたのか、スエゾウは『スエゾウにしか見えないキャラ』に向かって「じゃあね〜」と手を振っていた。
「泣きギレチキン治す特訓だったけど、どうやら『見えない物』まで見える新しいスキルまで身に付いたみたいね」
 イヤ違うからそれ! そんなスキルねぇってマジでっ! そんな落ち着き払った真顔で何言ってんだよあんたっ!?
 それに『見えない物』じゃなくて『見えちゃダメな物』だと思うよ絶対――――っっ!!
 どうやらスエのヤツは、システム内のプログラムにさえ入り込む実体の無い奇妙な友人が出来たようだ。不思議な友好関係範囲を確立しつつあるようだが、頼むからその友人を俺の家まで招待しないようにと心の底から願う限りだ。
 一方ララは「う〜ん、今度サンちゃんにお払いでも頼むかなぁ……」と呟いている。どうやら知人にそっち系がいるみたいだが、一日も早く処理して貰った方良さそうだ。後で念を押しておこう。
「いやぁみんな揃ってたのか。ゴメンね、すっかり話し込んでしまってさ……」
 とナイトが相変わらずの笑顔でやってきた。どうやら本当に知人と会ってきたようだが、ロストプレイヤーの知人ってどんな人なんだろうか?
「あれ? 何かスエゾウ雰囲気違うね。どうしたんだ?」
 ナイトは真っ当な質問をしたので俺は事の経緯をナイトに説明した。
「はははっ、ララも凄い事やるなぁ〜 普通考えてもやらないよな、ララらしいけどさ」
 俺の説明を聞いてそう言いながら爽やかに笑うナイト。やっぱりあんたもちょっとずれてるよ。
「ところでナイト、あんた知り合いなんてあたし達以外にいるの?」
「まあね、昔俺と組んでいた仲間はもうみんな引退してるか…… ロストしてるから」
 そう言うナイトの表情が少しだけ曇った様に感じた。
 そうか、恐らく過去に自分だけじゃなく、チームの仲間にも未帰還者が出たんだな。長い間こんな殺戮そのものの世界に居続けるといろいろあるのだろう。普段は常に笑顔を絶やさないナイトだが、過去の記憶の中には思い出したくない物の一つや二つあっても不思議じゃない。俺はこの時初めて、この肉体を失ったナイトと言うキャラに人間らしさを感じた。もうヒトとして定義付け出来ない存在なのだけれど……
「ララも知ってるだろ? 傭兵ガンナーのオウル。彼は俺の古い友人なんだ」
「え? あのオウル!?」
 ララがビックリしてそう聞いた。
「ああ、まあ友人と言うより『同志』と言った方が良いかな。何せこの世界のコアシステムであるインナーブレインシステムは彼と共に作り上げたのだから」
 な、何だって!?
「って事はつまりオウルは……」
「そう、彼も『使徒』の一人…… 6年前、当時体の不自由だった俺に変わって直接開発プロジェクトの指揮を執ってくれた人物だ」
 あ、あのオウルが、あの『耳屋』の親父が『使徒』っ!?
「ちょ、ちょっと待ってくれ、そのオウルと一緒に作ったって、あ、あんたまさか……!?」
 すると横にいたララが俺のその疑問に答えた。
「そ、このナイトがインナーブレインシステムの生みの親であり、世界で最初のプレイヤーってわけ。あれ? 最初に会ったとき言わなかったっけかぁ?」
 いやいやいや、聞いてませんからそんな重大告白っ! 使徒が実在し、しかもその中心人物が目の前にいて、さらにあのオウルが使徒っ!? ヤベェ、驚きすぎで思考が追いつかない。さっきまで『魂ドッカイッテル?』なスエゾウもこの時ばかりは驚きを隠せない様子で、開いた口を塞げずにナイトを凝視していた。
 そりゃあそうだろう、だって使徒だぜ? 
 このセラフィンゲイン最大の謎の1つとされる開発者達の噂は、プレイヤーなら誰でも1度は耳にしているはずだ。だがその噂のどれもが信憑性に欠ける物ばかりではっきりしたことは何一つ明らかになっていない伝説の人物達だ。噂では『13人いた』と言われることから『使徒』と呼ばれる様になったと聞くが、まさかそのうちもう2人に会っていたなんて…… マジで未だに信じられない。
「オウルは昔、世界的にも有名な脳医学者だったんだ」
 ナイトはそう言ってテーブルに肘を突き、顔の前で両手を組んだ。
「あのオウルが脳医学者…… ゴメン、ぜっんぜん想像沸かないわ〜」
 ララが呆れたように言い放った。俺もその意見に同意。ヲタ達の隠れたオアシス、ゲームショップ『耳屋』の角野卓造似の店長で、迷彩柄の揃いのTシャツ着てガールズファイトクラブのララに熱い声援を送るヲタ中年親父。ゲーム内では生き字引とまで言われる『セラフィンゲインの主』の様な古参の傭兵プレイヤー。
 そんな男が世界的にも有名な医学者!? そんなの信じられるわけない無いって!
「東北大学生命科学研究科、屋敷土脳情報処理伝達研究室、通称『屋敷土塾』の教授…… そのまま続けていれば日本脳医学会最年少で理事の椅子に座ることを約束されていた人物だった」
「人は見かけによらないって言うけどホントだな。でもさ、黙っててもその理事とかになれたんだろ? 何でオウルは今あんななんだろ? 何か下手こいたのか?」
 スエゾウが首を傾げながらナイトにそう聞いた。確かにスエゾウの言うとおりだ。そこまで地位が約束された人物が何故あんなゲームフィギアショップを経営し、こんなゲームの傭兵をやってるのかが判らない。
「下手…… まあそうだな。彼はかつて脳内にある新因子を発見した。しかしそのせいで彼は学会を追放されてしまった。それさえなければ彼は今でも日本脳医学界の権威として学会にその名を連ねていただろう……」
 ナイトは静かにそう語った。
「12年前、俺に出会わなければ、彼は人生を狂わすことは無かっただろう……」
 ナイトは遠くを見るような目をしてそう言った。その目は、昔を懐かしむと言うよりも何故かとても哀しい色をしていた。
「彼が見付けた脳内の新因子は『アザゼル』と名付けられた」
「アザゼル?」
 俺はオウム返しにそう聞いた。
「エチオピア正教の外典、旧約聖書エノク書に出てくる天使の名前さ。神より人を監視する命を受けながら、人の女性を愛し交わってしまい神の審判にっよって堕天したと伝えられている」
 ナイトは俺の問いにその博識の一部を開陳してそう説明した。
「俺は脳とか言われてもさっぱりわからないが、そのアザゼルとか言う因子は、何かとてつもなくヤバかったのか? 学会を追放されるぐら……」
「シロウ」
 ナイトは俺の言葉を制して俺の名前を呼んだ。ナイトの目がまっすぐに俺の瞳を刺していた。
「知るべき物は、知るべき人と知るべき時を知っているものだ。それがシロウにとって知るべき物ならば、いずれ知るときが来る……」
 ナイトはそう言って俺に笑いかけた。ナイトのいつもの、あのたまらない笑顔だったのだが、俺には何故か先ほどのゼロシキから感じたものと同質の感覚を味わった。


第13話 クローズドグラウンド(前編)


「ナイト、後ろだっ!!」
 『マンティギアレス・カルマ』【雄】の尾が頭の上数センチを唸りを上げて行き過ぎるのに冷や汗を掻きながら、俺は視界の隅に映った紅い鎧姿にそう叫んだ。
 ナイトは俺の声に反応し、後ろを振り向かずにそのまま宙返りをして、先ほど俺の頭上を行き過ぎた尾の先端を交わし、右手に握ったテンプルブレードを伸ばしてその尾に巻き付けるとそのまま勢いに任せて対峙していたもう一匹の『マンティギアレス・アルマ』の頭上にその身を躍らせた。
 後方から飛んでくる尾を目視もせずに気配のみで交わし、あまつさえその先端に得物を巻き付けてその運動を利用して立ち位置を移動するなんてどういう反射神経だよ……
 ニュータイプかアンタっ!?
 だが頭上取りに成功したのもつかの間、ナイトの下にいたアルマはその獅子を思わせる鬣を振るわせナイトにその双眸を向けると、「グルルっ」と喉を鳴らした。すると鬣の先端が仄かに光り、続いてヤツの体が「ブンっ!」と鈍い音を放ちながら透けていった。背景に溶けていくといった感じだ。
 ナイトは空中で身を捻りすぐさまテンプルブレードを伸ばし斬りつけるが、霞のように消えていくマンティギアレスの残像に空しく吸い込まれていく剣先を睨みながら舌打ちした。
 マンティギアレスが有する特殊能力『異空間移動』通称『ドロン』が発動したのだ。
 これがこのゼラフ、『マンティギアレス』が幻龍種と呼ばれる由縁だ。マンティギアレスは自分の周囲に別の空間を繋げて身を隠す性質がある。表皮を変色させて背景に同化し光学的に視認しにくくなるのではなく、完全にその場から消えるのだ。別空間に移動するわけで、当然その場に存在しない物を攻撃など出来るわけが無く、物理攻撃は勿論魔法攻撃も無効になる。
 消えている時間については、プレイヤーの中でセラフの生態研究をしている連中が居て、そいつらの調査結果では最長で8秒だそうだが、消えている時間は一定ではない。その消え方も規則性があるのではと言われているが、遭遇回数が少ないせいもあってか未だに解明されておらず、何時消えるのかはわからないのが現状だ。ただ、今のように鬣の先端が光るのが消える前兆とのことだった。
 だが別空間にいる間はこちらから攻撃は出来ないが、マンティギアレス側からの攻撃も出来ない。俺達プレイヤーに攻撃を仕掛ける際には、必ずフィールドに実体化する必要がある。
 確かに遭遇頻度が少ないセラフではあるものの、1度出現したエリアから消えたままの状態で別エリアへの移動は確認されておらず、エリア移動は必ず実体化してからの移動となるので完全に見失うと言うことはない。だが今のように戦闘中に消えたり現れたりするので戦い憎いことこの上ない。
 バカバカとガルンを増殖させるレオンガルンと良い、戦闘中に属性変更をするバルンガモーフと良い、レベル6のボスセラフはやっかいなオプションが付いていて本当に戦いにくい。最もそれがクエストレベル6に君臨する最強セラフの証なのかもしれないけど。
 雌のアルマがドロンしたのだが、雄のカルマはその獅子を思わせる鬣を振るわせ一声吠えるとナイトに飛びかかった。ナイトの着地の瞬間を狙った絶妙なタイミングだ。ドロンという特殊能力、他のレベル6ボスセラフ同様驚異的な攻撃力に加え、れいの大型バージョンアップで知能もすこぶる高く設定変更があったようだ。そのせいで俺達プレイヤーの行動を読んで攻撃を仕掛けるような高度な戦法も普通に使ってくるようになったらしい。
 俺が慌てて手持ちの爆炎玉を投げようと振りかぶった瞬間、カルマの鼻先で数回の爆発が起こり炎が上がりカルマはたまらず顔を背けて動きを止めた。
 魔法弾の直撃だ。姿は見えないが間違いなくゼロシキの撃滅砲の攻撃だ。カルマの行動を予測して狙撃したに違いない。その射撃は相変わらず正確だった。
 すると、顔面から煙を上げて反り返るカルマに、弾丸のように突撃する者がいた。ララである。
「おぉぉぉぉりやぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!!」
 およそ女子とは思えない雄叫びを上げながら突っ込むその姿は、彼女の異名である『疾風』に相応しいスピードだ。各々が独立して動くマンティギアレス特有の二振りのクソ長い尾が縦横無尽に乱舞する中を、ララは少しもスピードを殺さずに接近していく。いや、自分に向かって異振り下ろされる尾を蹴り飛ばし自身をさらに加速させているっ!
 どんな動体視力と反射神経をしてるんだよマジでっっ!?
「金剛龍撃掌――――――――っ!!」
 自身の技の名を叫びながら突き出された掌底がカルマの前足の付け根辺りにぶち当たりその衝撃でカルマが後方に吹き飛んだ。
「すっげ……っ!」
 俺は思わずそう呟いた。カルマとプレイヤーキャラの体格差はざっと8倍はある。それを素手で吹っ飛ばすのは、この限りなく現実に近い形で創造された世界でもリアルに感じない。まるで出来の悪い特撮を見ているような気分だ。以前聞いた『バルンガモーフを素手でぶっ飛ばした』と言うのも嘘じゃないな、たぶん。もうほとんどギャグとしか思えないんですけど……
「そぉれ、もういっちょう―――――っ!!」
 ララの最大級の爆拳で前足の付け根の肉が捲れ上がり、体液をまき散らして咆吼を上げながら転がるカルマに、ララがさらに追撃する。だがその瞬間、追撃を掛けるララの真横の空間がぐにゃりと歪み、雌のアルマが出現した。相方の危機を察知して追撃するララを阻止するつもりだ。気付いたララは地面を蹴って回避行動に移るが、完全に追撃態勢に入っていたせいか、行動が1テンポ遅れた感があり、ララの唇から舌打ちが漏れた。
「ララ、避けろっ!!」
 俺がそう叫んだ瞬間、後方からスエゾウとメーサの声が飛んできた。
「お前が避けろ、シロウっ!」
「フリズン・ブラスタ―――――っ!!」
 メーサの叫びと共に、強烈な冷気が周囲の空気中にある水分を凍り付かせ、渦を巻きながら一直線にアルマめがけて飛んでいった。
 冷却系上位魔法『フリズン・ブラスター』。最上位呪文であるゼロブリザラスの様に、対象とその周囲を空間ごと凍らせるのではなく、ピンポイントで一直線に絶対零度の冷気を対象にぶつける魔法で、その名の通りまさにブラスターだ。対象の部位をピンポイントに狙えるので、乱戦時の魔法援護で仲間の退避が間に合わない時などに狙撃技として使われることが多い。爆炎系、雷撃系にも同じように『狙撃型』の魔法が存在するが、今回相手にしているマンティギアレスは雷撃系の魔法は無効になる。炎系は効くには効くが、元々暖かい場所を好む性質があるので冷却系のこの呪文をチョイスしたのだろう。因みにこれら『狙撃型』魔法の照準精度は術者の精神力と魔力に左右される。したがって『駆け出し上級』の術者は味方に当てる確立が高いので使わない方が賢明だ。俺、前に食らったことがあるしな……
 俺は間一髪、その場で前方にダイブ。頭上を行き過ぎる冷気の塊からはじけ飛んだ氷の破片を背中に浴びながら冷や汗をかいた。いや、冷気だけにね…… って洒落てる場合じゃねぇ!
 あ、あっぶねぇ―――っ! 危うく腰から上が冷凍肉になるトコだったぜ……っ! あんのクソ餓鬼ぃぃっ!!!
 メーサから放たれた冷気は、今まさにララに襲いかかろうとしているアルマの左頬をかすらせ、豪奢な鬣を一瞬にして白い針金の様に凍り付かせつつ、ヤツの背後にある樹木を数本凍り付かせて霧散した。鬣と頬肉にびっしりと霜をこびり付かせたアルマは地面を蹴って飛びカルマを背に守るように立ち塞がった。そして喉をならしつつ、怒りの色が爛々と輝く目で俺達を睨んだ。
「てめぇ、メーサっ! 危ねぇだろうが! 俺までシャーベットにするつもりかコラっ!?」
「ふん、よけれて当然だろ! それとも、お望みならそうしてあげるよ?」
 俺の文句にそう答えるメーサにカチンときた。
「て、てんめぇ……っ 雪印てかコノヤロウ……っ!!」
 とそこへ姿無きゼロシキの声が飛ぶ。
「お前らバトル中だぞ、戦いに集中しろ! じゃれたきゃ帰って沢庵でやれっ!!」
 確かにゼロシキの言うとおりだ。相手はレベル6セラフ、仲間内でもめてる余裕なんてありゃしない。非常に不愉快で腹立たしいが、俺はメーサをキッと睨んで敵に意識を集中した。俺が睨んだ瞬間、メーサの『べ〜』という姿にさらに沸き上がる怒りを抑えるのに苦労した。あのお子さまランチ、無事に帰えれたらケツ蹴り飛ばしてやる!!
「出たり消えたり、ホントコイツのドロンは相変わらずイライラするわねぇ〜っ」
 とララは忌々しそうに敵を睨みながら呟いた。
「ちっ! 貴重だけど使っちゃうか。コイツを」
 俺は腰のポーチにぶらさがった野球ボール大の球を引きちぎった。その瞬間、アルマの鬣が風に靡くように震えた。やべぇっ! 魔法攻撃だっ!!
 カルマの正面に一陣のつむじ風が巻き起こり、周囲の葉や草が砂埃と一緒に舞い上がる。
 ナイトとララ、それに俺の前衛メンバーは地面を蹴って散開し、後衛メンバーは後退しつつスエが『デメスウォール』の魔法を唱える。
「メーサ、俺の後ろに!」
 スエがそう叫ぶと、メーサは慌ててスエの背中に回り込んだ。
 『デメスウォール』は術者の周囲に5秒間だけ魔法障壁を形成する魔法だ。効果範囲は半径2m。効果は1回につき1魔法のみで、5秒間の間に食らえばそれで障壁は消失する。ただし魔法による効果を完全に無効にすることが出来るのだ。
 一方俺はつむじ風は自体はギリギリかわしたものの、球を握りしめた右手のグローブが裂け、ブーツや臑当てに無数の切り傷が付いた。グローブの裂けた部分に血が滲んでくる。数カ所はグローブを突き抜けて皮膚を切ったようだった。もっと近かったら腕や足ごと落ちてだろうけど…… チクショウ、結構痛いな。
 雷撃以外はサポート系の魔法が多い風魔法の中で、数少ない雷撃以外の攻撃魔法の一つ、『メギドフーン』の魔法で、確かこの魔法を使ってくるセラフは恐らくコイツだけと聞いたことがある。当然俺も食らったのはこれが初めてだ。
 この魔法はつむじ風を起こすのが主体ではなく、それによって発生する『かまいたち』を作り出すのが目的で、発生したつむじ風の周囲にあるものをその見えない刃で切り裂く魔法だ。
 敵であろうが味方であろうが見境無くその対象に置くので乱戦には使えない。敵が群れで行動し、かつ一箇所に集まったときにもっとも効果を発揮する。固い表皮を纏ったセラフ、龍族やダイノクラブに代表される甲殻系セラフにはあまり効果は期待できないが、その他のセラフならあっという間に骨まで輪切りのスライス肉に早変わりだ。『ドンペリ稼ぎ』のときの無限に増える『チビカン』を掃討するのに使うのが一番のオススメだと言われるが、魔力のコストが結構高いので、魔力に余裕のある高レベルな魔導士じゃないと魔力切れを起こすだろう。
「シロウ、平気かっ!?」
 ナイトの言葉に俺は「なんとかな」と答えて血が滲む右手に握った球を見る。アレで落とさなかった自分を褒めてあげたい心境だ。
「何なのよ、それ」
 ララは俺の右手に握られた球を見て聞いてきた。そうしているウチに再び、マンティギアレスが今度は2体同時に消えていき、ララの隣で姿を現したゼロシキが吐き捨てるように呟く。
「ちっ、やっぱりコイツはやりにくい。バカスカ消えやがって……」
 いやぁ…… 確かにそうだけど、アンタも人のこと言えないでしょ。
「これは『花粉玉』だ。前に別の高レベルチームの人に頼まれて作った事があって、足りない代金の替わりに材料貰ったから作っておいたんだ。つっても1個だけだけど」
「花粉玉? なにそれ」
 不思議そうに覗き込むララ。レベル30オーバーのララでさえ見たことがないらしい。まあ、これが作れる程罠のテクニックレベルを上げるプレイヤーが殆ど居ないってのもあるが、何より材料が手に入りにくいからな……
 作成は何種類かの素材が必要になり、他の材料は大して苦もなく入手出来るのだが、コイツの主原料だけが入手困難なのだ。何しろこの主原料である『ヤリスギの花粉』は4大レベル6セラフ中最大の大きさを誇る『ヤマタノガミ』という超巨大な龍セラフの背中にのみ寄生する植物からしか採取できないからだ。そもそも今までレベル6クエストに行けなかった俺は当然自分で採取したことがない。ぶっちゃけもの凄いレアなアイテムである。俺はその事を簡単にララに説明した。
「で、この球を使うとどうなるの?」
「ヤツが連発でクシャミをしだすのさ。シロウ、珍しい物持ってるね」
 ララの言葉にナイトがそう答えた。やはりナイトは知っていたようだ。ホント、よく知ってるなぁ。
「クシャミ?」
 ララの形の良い眉が歪むのを見ながら俺は答えた。
「ああ、ナイトの言うとおり、マンティギアレスがクシャミを始める。で、そのクシャミをしてる間、奴らは消えることが出来なくなるんだよ」
「そんな…… マジで?」
 ララの言葉に俺とナイトが頷く。ホント馬鹿馬鹿しい話だが、この花粉に侵されたマンティギアレスはクシャミのせいでその最大の特徴である『ドロン』が出来なくなるのだ。
「そんな便利なモン持ってるなら、さっさと使いなさいよ!!」
「いやいや、だからさっきから言ってるでしょ、めちゃくちゃ貴重品なんだよ。しかも1個しかない。でも相手は2体いるんだ。幸い範囲効果設定のアイテムだからアレだけど、効果範囲がどれくらいなのかわからないんだ。使ったことがないからな。ナイト、あんた知ってるか?」
 俺は目くじら立てるララにそう答え、そのままナイトに聞いてみた。
「いや、俺も見たことはあっても実際に使ったことは無いかな。マンティギアレスは大抵カウンターで対処してきたし…… でも今回なんか変だ。元々マンティギアレスはつがいセラフで連携攻撃を使ってくるのはわかるんだが、あんなに自由度があったかな?」
 ナイトがそう言って首を捻る。するとゼロシキも同じく頷いた。
 え、そうなの? 俺は今回が初めての『ライオン狩り』なのでこんなもんかな、って思ってたんだが……
「俺もそう感じた。カウンターを読んでの射撃が当たらなかった。何か変だ……」
 ゼロシキのその呟きが終わらないウチに、後方でスエの悲鳴が上がる。
「うわぁぁぁぁっ!!」
 見ると半べそをかいたスエの目の前にアルマが出現した。
 ゼロシキは「ちっ!」と短く舌打ちして姿を消し、ララも「ったくもう、イライラするわねっ!」と悪態を吐きながらダッシュに移った。俺とナイトも全力疾走に移った。
「どういう訳かしらんが今回のあいつらは強い。シロウ、なるべく奴らをくっつけるよう戦闘誘導するから、タイミングを見計らってそいつを使ってくれ!!」
 走りながらそう叫ぶナイトに、俺は「わかった!」と答え、球を左手に持ち替え背中の國綱を引き抜きつつ出現したアルマを睨んだ。すると半べそをかいているスエの目の前にララが躍り出て爆拳を繰り出すのが見えた。
 はえぇ! マジですげぇスピードだ。あっという間にあんな所にいる。流石は疾風だぜ。
と思ったら今度はスエの後ろに控えていたメーサの後方の空間が歪み、何もない空間からぬぅっとカルマの顔が出現した。
「ヤベェ! メーサ後ろだっ!!」
 思わずそう声が出た。俺の声に反応したメーサが振り向いた瞬間、カルマの無傷の前足がメーサを凪いだ。メーサは「ああっ!」と短い悲鳴を残して横に吹っ飛ばされた。
 吹っ飛ばされ、地面に打ち付けられるメーサの軌跡が妙にスローに見えた。俺の横でナイトが悲鳴のような声でメーサの名を叫ぶ。
 それが目に入った瞬間、俺の中に何か得体の知れない物がゾワっと広がるのを意識した。何かとてつもなく嫌な感情が目を覚ましたような…… そんな感じだ。
 無意識に左手に力が入り球が圧力で悲鳴を上げ、右手の國綱を手の感覚が無くなるまできつく握りしめていた。すると握りしめた右手が小刻みに震えだした。カルマは尚もメーサを追撃しようと、咆吼を上げながらモーションに入る。

『シロウ……』

 脳裏に、首にしがみつきながら心配そうな目で俺を見上げるメーサの顔が浮かんだ。前にフェンサーとやったとき、俺が抱き上げた直後のメーサの顔だ。それと同時に頭の中で何かがはね回り、ズキっとこめかみが痛む。

 ケシテ、ヤルゾ、コノヤロウ……っ!!

 何故? と思う前にそんな言葉か浮かんだ。馬鹿な? と思う前に体が反応した。
 自分でも信じられないスピードのハズなのに、何の根拠もない言葉が脳裏をよぎる。
 大丈夫だ、コイツは俺より…… 『遅いっ!!』
 國綱の刃がカルマの凶悪な爪を受け止め甲高い音を響かせる。どう考えても間に合わないタイミングだったが、俺はメーサを背にカルマの前に躍り出てヤツの必殺の一撃を、なんと右手だけで握った國綱で受け止めていた。
「シ…… ロウ」
 背中でメーサの声がする。チラッと見るとよろけながら上体を起こすメーサが見えた。元々魔導士のくせにHPが高い事と、戦闘開始直後にスエがかけたプロテクションの効果がまだ持続していたのだろう。ダメージはあるだろうがデッドはしない様だ。

 スベテヲ、ケシサッテ、ヤル

 まただ、俺の頭の中で何かがはね回り、頭痛と右手の震えが強くなる。くそっ、なんだよこれ!?
 俺は無言でカルマの爪を押し返し、そのまま一歩踏み込んで國綱を横凪に払う。しかしカルマはそれに合わせて引き、その長い尾で俺に襲いかかってきた。
 尾の先端が霞むほどのスピードで繰り出されたそれを、俺はこともなげに切断した。その瞬間カルマの口から鼓膜を破りそうな程の絶叫が響き渡った。
 肉眼で霞むような高速の攻撃を、何故こうも正確に迎撃できるのか自分でもわからない。だが、俺は確実にコイツより『速く』、そして『強い』と感じていた。
 俺はさらに一撃を加えようと膝に力を入れた瞬間、急に脱力感と今まで以上の頭痛に襲われその場で膝を突いてしまった。まるで頭の中を無理矢理スプーンで掻き回されているようで思わず手にした國綱を地面に突き立て、刀に縋り付いて倒れるのを防いだ。しかし尾を斬られた痛みか、それによってヤツの誇りを傷つけたからなのかわからないが、カルマはもの凄い殺気を俺に向けた。
 ヤベェ! 殺られる!?
 そう思い、デッドを覚悟して目を閉じようとした瞬間、目の前に爆発が起こり、怒りに駆られ、俺に襲いかかろうとしていたカルマがたまらず吠えながら消えていく。俺は脱力感に頭痛、さらに熱風に襲われながら國綱を抱くようにして耐えた。
 すると俺のすぐ横で何かが落ちた。俺が叩き斬ったカルマの尾の先端だった。だが、それが切断面から銀色の煙を上げてチリチリと消えていくのが見えた。
「な、なんだ、これ……?」
 未だに膝に力が入らず、國綱に縋り付きながらそう言葉に出してみた。何か喋らないとこのまま倒れ込みそうだったからだ。
「ね、ねえシロウ、ちょっと大丈夫!?」
 肩で息する俺に、背中から横に回り込んだメーサが俺を覗き込んだ。見ると頬と鼻の頭が汚れている。吹っ飛ばされたときに付いた汚れだろう。元々顔の作りが良いだけに汚れが目立つな。
「ああ…… 大…… 丈夫、だ…… お前は?」
「僕は、大丈夫。ちょっとダメージ食らったけど…… でもシロウ、顔が真っ青だよ!?」
 そう言って心配そうに潤んだ瞳を向けるメーサ。だ、だからその目はやめろって!
「そうか…… なら、良い……」
「シロウ……」
 何か一言おちょくってやろうと思ったが、あのメーサがいやに心配そうな顔を向けてくるから出来なかった。まったく、そんな顔するなよ。調子狂うだろコラ!
 すると俺達の横で消えたはずのカルマが再び出現した。俺は万事休すと思い覚悟したが、再び出現したカルマはどうも様子がおかしかった。狂ったように咆吼を上げながらその場でぐるぐる回っている。なんだ?
 ララ達と戦っていた雌のアルマもその横に出現し、相方の様子を見ているようだった。
「なんだ、アレ……」
 狂ったカルマを見ると、尻の方からキラキラと何かかが光りながら空中に煙のように立ち上っている。俺は未だに軋む膝に鞭を入れて立ち上がり、先ほど目にした尾の切れ端を見やると、もう拳大ぐらいになっていて、やがて綺麗さっぱり消えてしまった。
「イレーサー…… まさかそんな、こんな段階で……」
 メーサは俺を見ながらそう呟いた。なんだそのイレーサーって?
「シロウ、奴らが寄り添ってる今がチャンスだ! お前の疑問には後で答えてやる、目の前の戦闘に集中しろ!!」
 姿の見えないゼロシキの声が響く。そうだ、確かに今が絶好のチャンスだ。俺は國綱を鞘に収めて花粉玉を握りしめながら疾走に移った。
 さっきの信じられないスピードじゃなく、俺本来のスピードで疾走するが、先ほどの妙な変化の後遺症からか、足が思うように動かない。すると2体のマンティギアレスの前に爆炎が発生する。ゼロシキが援護射撃をしてくれたようだ。
「ケイトンド!!」
 スエがサポート魔法『ケイトンド』を唱えた。俺の体が仄かに光り、筋肉に力がみなぎる。俺はそのまま投球モーションに入り、右手に握った花粉玉を2体のマンティギアレスに向けて力一杯投げつけた。
「弾けろ―――っ!!」
 思わずそう叫んだ数秒後、2体のマンティギアレスの頭付近で『パンッ』という小さな音がして薄い黄色の煙が立ち上った。すると爆炎を前に吠えていた2体のマンティギアレスの咆吼が途中で中断し、詰まった掃除機のようななんとも言えない妙な声が出た。花粉玉の効果でマンティギアレスがクシャミをし始めたのだった。初めて聞くがなんとも間抜けな声だった。これは一見の価値アリだな。
「効果時間は確か4分だったハズ、チームウロボロス、総攻撃開始だ――――――っ!!」
 投げた瞬間足がもつれ、すっころびながらも、俺は腹の底からそう声を絞り出した。皆の「おうっ!!」という力強い返事に続き、今も銀色の煙を上げながらぐるぐる回っているカルマの消えかかった背中に数回の爆発が起こる。そのゼロシキの砲撃を皮切りに、スエゾウの声が飛ぶ。
「『メガクライーマ!!』」
 すると2体のマンティギアレスの前に突如眩しい光の玉が発生し弾けた。一瞬のホワイトアウトの後、マンティギアレスの頭に星が数個回り始めた。セラフが目を回している表示だ。
 『メガクライーマ』は最近のバージョンアップで新たに追加された目眩ましの魔法だ。今まで同様雷撃呪文である『ボルトス』などでも、セラフのレベルが低いと同様の効果を得られるが、こちらはそれ専用に追加された呪文で目眩まし効果も持続時間も長い。さらにこの呪文のありがたいところは、同じチームに所属しているキャラにはどんなに近くで弾けても対象にならないところだ。乱戦向けの呪文と言える。
 続いて目をくらませているアルマにララが飛び込んだ。
「爆拳奥義、内功無限連波!!」
 神速でアルマの腹下に潜り込んだララが、頭上の腹に爆拳の連打を乱れ打つ。しかもフィニッシュで放ったアッパーでなんとアルマをひっくり返してしまった。あの細い体のどこにそんな膂力が秘められているのか見当も付かない。
 ひっくり返ってクシャミをしながら藻掻くアルマだが、藻掻きながらも鬣を振るわせてララに向けギガボルトンクラスの雷撃を見舞った。しかしララはそれを間一髪でかわし地を蹴って空中に逃れていた。
 一方尻の方から消えかけているカルマにはナイトが攻撃していた。その攻撃がこれまた衝撃的だった。手にした伸縮自在のテンプルブレードを自在に振るいカルマを攻撃しているのだが、もう後ろ足が消えて上手く動けないカルマに容赦なく無数の斬撃を与えている。
 鞭のように唸りながら風を切って振るわれるその刃の先端は早すぎて殆ど見えない状態だ。先ほどララの攻撃で爆散した右前足には無数の切り傷が付けられザクロのようになっていた。ナイトの顔は終始笑顔つーか穏やか〜な顔なんだが、その戦闘は凄惨すぎて声も出ない。あんな菩薩のような顔して敵を切り刻まれると、見てるこっちは恐くなるよ……
「みんな離れて、凄いのいくぞぉっ!」
 そしてスエの声が飛んだ。見るとメーサが手にしたロッドを振りかざしていた。
「ゼロ・ブリザラス―――――――っ!!」
 メーサの絶叫のような声が轟き、2体のマンティギアレスの頭上に馬鹿でかい氷の塊が出現した。そしてその塊は逆落としに落下し、地上のマンティギアレスに当たる直前に爆散した。
 爆散した場所にもの凄い勢いで空気が移動し冷気の竜巻が形成される様は、まるで巨大な生き物が藻掻いているようだった。
 冷却呪文『ゼロ・ブリザラス』、マイナス273度の絶対零度でこの世の全ての物を凍らせ、その対象の原子活動を停止させる冷却系最上位呪文だ。爆炎系最上位の『メテオバースト』と対極に位置する魔法で、同じく高位魔導士の特権技ともいえる。
 それはこの世界で最大級の『暴力』の一つだった。
 

2011/04/06(Wed)18:53:19 公開 / 鋏屋
http://blogs.yahoo.co.jp/hasamiya8338mk/
■この作品の著作権は鋏屋さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めて読んでくださった方、ありがとうございます。
毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。
第13話更新いたしました。
ずいぶんとインターバルを空けてしまいました。なんか突然続きを書きたくなって書いてしまった。う〜ん、ムラがあるな自分。
さて、今回は色々と新しい呪文が出てきます。ゼロ・ブリザラスは前作でスノーが旧魔法である『コマンドライン』方式の魔法『ディメイション・クライシス』の3呪文同時行使で使った物ですが、単体では初めての使用です。
メーサのピンチでシロウが何かに目覚め始めました。前作でのシャドウのれいのあの力の発動によく似ていますが、違う部分もあります。メーサは気付いていますが、この段階では予想外だったようですね。さてさて……
地震以降マジでやたらに忙しく、なかなか書く時間がありません(涙)微速前進でも進めていこうと思いますので、皆様、なま暖かい目で見守ってくださいませ。
鋏屋でした。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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