『夕暮れ』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:皆倉あずさ                

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 かしゃーん、と音を立てて、落としたコップは粉々に割れてしまった。軽い耳当たりで通り抜けていった。あまりに軽すぎて、水の中にふわふわ浮かんでいるような感じがした。かしゃーん。口で唱えると、拾い上げたガラスの破片が手のひらの中で橙色にきらきらと輝いた。
 大きな破片は手で拾い集めて、取りきれなかった小さい粒は掃除機を掛けて吸い取る。中には何も入っていなかった。大きな破片は厚手のビニール袋を2重にした中に入れて、ベランダのゴミ置き場に出しておいた。ゴミの日は明後日だった。かしゃーん、という音が何だか気に入ってしまって、何度か口ずさむ。ふふ。
 約束の時間まであと40分もあったけれど、気持だけは先へ先へと行って、もうすでに待ち合わせの場所についてしまっているようだった。身体はそれを追いかけているだけで良い。手早く身支度して、部屋を出た。
 綺麗な夕焼けだった。一日の終わりに向かっている冷たい空気の中を歩くと、靴音が鳴った。こつこつ、こつこつ、脇でショルダーバッグが揺れる。上野駅から山手線に乗り、日暮里で常磐線に乗り換え、北千住駅で降りた。辺りはもう薄暗くなってきていた。分かっていたことではあったけれど、待ち人はいない。私は隅っこのほうの壁に寄りかかって待つことにした。バッグから携帯電話を取り出そうとしたら、手がかじかんでいて地面に落としてしまった。それを見て、さっきコップを割ってしまったことを思い出した。かしゃーん、とまた呟くと、口元が自然とほころんだ。

 携帯電話を取り出しはしたものの、特に用はなかった。何となく手が淋しくて、適当なキイをかちかち押したり、開いたり閉じたり、そういうことをぼんやりと繰り返していた。時計だけを常に気にしていた。

 改札口で人の波が交差している。
 波音がぺちゃくちゃと転がりながら、思い思いの方向に流れていく。
 流れは時の水底をけずり、別れては合流し、それがまた別れて、…………

 先に勝手にどこかへ行ってしまっていた気持が、やっと戻ってきたように感じた。指の先が暖かくなった。時計を見ると、約束の時間まであと15秒をさしていた。目を上げると、波のまにまに流されそうになりながら、こちらに向けて振られている一本の腕が見えた。

2010/11/13(Sat)21:26:33 公開 / 皆倉あずさ
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■作者からのメッセージ
また短いのを書いてしまいました。というか短すぎますよね、これ。
作者補正込みですが、雰囲気がすごく好きな作品です。多分もうこんなの書けない……というわけで短編集にもならず。努力はします。

それと、夏に投稿した作品に後からコメント付けてくださった方に、お礼申し上げます。あれから長く空けてしまって、サイトのほうにも全く来れず、返レスできませんでした。申し訳ないです。これからはちょくちょく来れると思いますので。

では、今回も長編に疲れた時にどうぞ。

11月13日 微修正しました。

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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。