『【読み切り掌編】自分が自分で自分も自分』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:プリウス                

     あらすじ・作品紹介
自分が自分と誰が決め。自分を自分と誰が知る。

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 はっはっはー。またも一歩が踏み出せない。そんな愚かで可愛い君に、僕からささやかな愛のメッセージ。その一歩、踏み出さないで大正解。一歩踏み出しゃ地獄の底へまっしぐら。大後悔。一寸先は真っ暗あばよ。そんな未来が見え見えさ。だから君は踏みとどまった。臆病風に吹かれてがくがくぶるる。よくやったよくやった。だから君は大正解。一歩も踏み出さないねんねちゃん。
「うるさいよ、俺の影。お前はどっか行っちまえ。俺のことはほっといてくれ。勇気が欲しい、勇気が欲しい」
 そんなつれないこと言わんでよ。僕と君との仲じゃんよ。何気にこれは広島弁? かんらからから。なんだかんだ言ったって、僕と君は一心同体。斬っても切れない間柄。だから僕にはお見通し。君の本心丸裸。全部丸見え素っ裸。本当のところはどうだった? 彼女のことはどうだった? 我に返ればたいしたことない、別に最初からどうとも思っちゃいないさ。
「うるさいよ、俺の影。お前はどっか行っちまえ。俺が何か悪さしたか。これは本気の愛なんだ。初めての気持ち、ろくでもない」
 そうそうそうそうその通り。なんだ良く分かってるじゃないか、安心したよ。そう君の気持ちはろくでもない。たんなる電気信号の迷い猫。ニューロン? シナプス? なんでもござれ。男が頭で恋するものか。ただの肉欲、情欲、性欲、ふしだらさん。本気の愛って何のことだい。どうせまた愛欲を愛と勘違いして、勘違いしたまま愛を語る思春期まっさかりのアホボケちゃん。
「うるさいよ、俺の影。お前はどっか行っちまえ。お前はほんとにろくでもない。何でもかんでも斜に構えて、愛想がない」
 全然全然んなこたない。僕ほど愛想のいい奴ぁない。君のためにこんなにも、一所懸命、懇切丁寧、真剣親身、愛ラブゆう。僕は誰よりも彼よりも世界で一番君が好き。好き好き大好き、R.D.レイン。君が誰にも傷つけられないよう、真綿できゅっとくるんであげる。ゆっくりじわじわ寝かせてあげる。僕ほど優しい君はいない。
「うるさいよ、俺の影。お前はどっか行っちまえ。どうしてそんなに俺をさいなむ。どうしてそんなに俺を虐める」
 うるうるしくしくえんえんえん。お次は泣いておねんねかい? 泣けば誰かが助けてくれる? アドラー先生おなりです。いっちょヒスでも起こしてみるかい? そしたら何も考えず、この場で君がナンバーワン。誰にも負けないナンバーワン。だって君って可哀そう。ヒスっちゃうくらい追い詰められて、ほんとにほんとに可哀そう。
「うるさいよ、俺の影。お前はどっか行っちまえ。俺の気持ちは俺のもんだ。たとえ相手が俺であれ、俺は絶対渡さない」
 やったねついに登場だ。ついに僕がお呼ばれかい。僕は君で君は僕。そういう感じでありゃせんか。深層心理の渦の底。ずぶずぶ沈むは君か僕。どっちがほんとでどっちがほんと? 鏡のようで鏡でない。マザーはファッカーにお怒りだ。眠れよ眠れ、ねんねちゃん。誰も彼もが影をかかえてぐらぐら揺れる、神に仏にユング様。這い寄る混沌ニャルラトホテプ。僕は君で、君は誰?
「うるさいよ、俺の影。お前は俺で俺はお前。お前は何にも分かってねえ。愛欲も情欲も。全部ひっくるめて俺の愛情。どんなに偉い先生方が、偉そうな言葉でカテゴリっても、俺の心は俺のもんだっつの」
 おおっとこいつは驚いた。ここに至りて反撃かい。臆病小虫のちんちくりんが。今さらになって勇敢気取り。分かるよ分かる、よく分かる。君は究極の内弁慶。自分にしか強く当たれないいくじなし。弱虫うじ虫便所虫。君は君で君らしく、君のままでいればいいんだよ。なんてったって君ってば、世界で一つのオンリーワン。かっこ笑い。かっこ悪い。情けないったりゃありゃしない。坊やはさっさとおねんねよ。
「うるさいよ、俺の影。お前は俺で俺はお前。お前は何にも分かってねえ。確かに俺には勇気がねえ。一歩を踏み出す力がねえ。だけど、それだけだ。それだけなんだ」
 はっはっはー。またも一歩が踏み出せない。そんな愚かで可愛い君に、僕からささやかな愛のメッセージ。踏み出さないでもいいじゃない。だって君は君だけのもの。傷つかなくてもいいじゃない。生き方は人それぞれなんだもの。楽したっていいじゃない。なんせ今は個性の時代。引きこもればいいじゃない。学校行かなくてもいいじゃない。恋人なんかいらないじゃん。勉強なんかしなくていいじゃん。だってなんとか生きていける。なんでか知らないけど生きていける。こんな時代に誰がした。誰かを責めてりゃいいじゃない。
「うるさいよ、俺の影。お前は俺で俺はお前。お前はほんとに分かってねえ。全く何にも分かってねえ。俺の気持ちが分かってねえ!」
 いやいやいやいやいやいや。僕には全部お見通し。君の言葉は支離滅裂。論理もくそもありゃしない。ニヒリズム? シニシズム? どっちも君を笑いもの。まさに君は地図の読めない男。ろくな思考もできない男。でも僕にはよく分かる。君の思考がよく分かる。だって僕は論理的。客観的で超冷静。
「うるさいよ、俺の影。お前は俺で俺はお前。俺もお前がよく分かる。なんせお前は俺自身。お前の思考は俺の思考。だけど大事なことを忘れてる。俺は俺の気持ちが分からない。なのにどうしてお前に分かる?」
 だってそんなの当たり前。僕は君の気持ちが分かる。君の楽しみ、哀しみ、怒り、喜び、全部分かる。何度も言うよ、何度でも。君の気持ちはお見通し。あの娘のことが好きなんだ。好きで好きでたまらない。恋焦がれて死んでしまう。でもやっぱ死にたくない。傷つきたくない。辛い思いなんかしたくない。だから忘れちゃおう。さっさと振り払おう。君の気持ちは全部嘘。股間で考えすぎなだけ。その程度の恋なんか、さっさと金で解決さ。
「うるさいよ、俺の影。お前は俺で俺はお前。まったくお前の言うとおり。俺は彼女が好きなんだ。股間だろうが脳だろうが、そんなのどこでも関係ねえ」
 おいおいおいおいおい、そいつぁちょっと乱暴よ? 君はまるで野生のサルだ。考えることをやめたら人間はサル、ばいスケボーキング。坂本美雨も完全同意。頼むぜ兄弟お願いだ。もちっと冷静になっちゃくれんか。たとえ恋が成就しようと、それがいったいなんだってんだ。下らないサルの戯れと同じじゃないか。君はサルになりたいか。
「ありがとうよ、俺の影。お前は俺で俺はお前。まったくお前の言うとおり。恋の成就云々は、全くたいしたこたあねえ。もっと大事なことに気付かされたぜ」
 頼むよ勘弁やめてくれ。揚げ足取りはよしてくれ。君はとても臆病で、がくがくぶるると震えてる。ね、それでいいじゃないか。な、それがいいじゃないか。いったいこの世で何処の誰が、君を傷つけていいなんて、そんな権利を持ってんだい? もっと自分を大事にしようよ、もっと自分に優しくしようよ、頑張らなくてもいいんだよ、頑張らなくてもいんだよ、頑張らなくてもいいんだよ。大事なことなので三回言いました。何回でも言うよ。大事なことだから。何よりも大事なことだから。
「ありがとうよ、俺の影。お前は俺で俺はお前。まったくお前の言うとおり。頑張らなくてもいいって、頑張ってもいいんだな。俺のやりたいようにしていいんだな」
 お願いだからよしてくれ。そんな前向きなセリフ、全く君に似合わない。もっと後ろ向きに生きようよ。ほんとの自分を探しに行こうよ。今ならまだ間に合うはず。ほらまだまだ時間はあるよ。自分の居場所を探そうよ。ここは君の居場所じゃない。自分らしく生きようよ。自分に嘘はつけないよ。嘘つけないよ。つけないよね。嘘はついちゃダメだよ。
「ありがとうよ、俺の影。お前は俺で俺はお前。まったくお前の言うとおり。今の自分に満足なんかしてねえ。ずっと答えを探してた。でもどこにも見つからなかった。内側を探しても全然分からなかった。だからこれからは外を探す。外側に目を向ける。俺は勇気が欲しかった。だから内側でそれを探し続けた。でも見つからなかった。そしたらお前が現れた。勇気を探して臆病を見つけた。臆病な俺と対話して、勇気以外の何かを見つけた。そんな気がする。俺は一歩を踏み出そう。怖くて怖くて仕方ねえ。それでも怖いのを我慢して踏み出そう。ひょっとしたらこれが勇気かも、なんて思わなくも無い。でも俺はこれを勇気と認めない。これは勇気のかけら。勇気だなんてとてもじゃないが言えないくらい、ほんとにちっぽけなカス。けれどこのカスを大事にしよう。大事に大事に温めよう。臆病な俺に出来ること。今出来ることはそれくらい」

2010/08/24(Tue)00:34:13 公開 / プリウス
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