『七色の声』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:ayahi                

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  第一章 平凡と非平凡
 
 みなさん、こんにちは。そしてはじめまして。ボクは平凡な少年です。頭はよくも悪くもない。スポーツも得意ではないが苦手ではない。イケメンではないがブサイクではない。ボクのステータスはなぜか全部中途半端だった。まぁどちらかというと平凡のほうが好きだなぁと思っているので困りはしていないんですが。この考えのままボクは高校三年生になってしまいました。そろそろ平凡にも飽きてきたボクがみなさんにお話するのは今の日本。今から三年前、二〇一〇年から始まった歴史ブームがまだ続いています。歴女と呼ばれる歴史好き、戦国武将好きの女性が二〇一〇年から二倍に激増していました。ボクの周りにもけっこういましたね。
 西暦二〇一二年、半世紀昔の名作映画ブームが到来していました。このブームのおかげでレンタルビデオ屋の利益が平均で二倍にまではね上がったようです。
 そして西暦二〇一三年、ある社会評論家が五年前に、五年以内来ると言われていたブームがやっと来てくれました。
 このブームは日本のみならず世界にも影響が出ていて、日本独特の文化として名が知れ渡りました。
 そのブームの名は「アニメブーム」!!

 アニメブームでアニメ観覧者は二倍に増えてそれと同時にオタクと呼ばれるアニメ命の人間が増えてきました。
 これの影響を受けたのは、ライトノベルの出版社です。ライトノベルが原作のアニメがこの時期の人気アニメの上位の半分を常にキープしていたのです。ボクもこれには驚かされました。
 ライトノベルの売り上げも三倍に伸びて世間に知れ渡りました。ライトノベルを出版している雷撃文庫は総計二億冊を突破したとか。ボクも雷撃文庫は大好きです。
 アニメブームが来ると人気が出てくる職業もあるでしょう。一つ目はアニメクリエイター。目指すものが二倍近く増えたとか。そしてもうひとつ、声優です。

 それぞれの声優学校の設備も前より充実したものになり、よりいい環境で勉強できるようになりました。これは政府がアニメは日本独特の文化なのだからもっと力をいれようということでこうなったらしいらしいです。もちろん声優を志す者もだんだん増えてきています。
 ボクも声優を目指す人間の一人なのですから。
 
 ボクは平凡とはなんだろうと考えてみる。たぶん人の感性の違いだと思うが誰がみてもボクは平凡だと思う。だってどちらかと言うと内気で人と話すのは苦手だ。だから他人から見たボクは平凡にしか見えないのかもしれない。
「おい、昨日の『二つのパラソル』見たか?」
「あぁもちろん! 梨里亜は萌えるよなぁ」
 ボクの目線の先にはアニメの話で盛り上がってる男の集団がいる。普通オタクというものは気持ち悪く人から敬遠されがちなのだが、ここではまったく違うんだ。五人組に近づく人たちの言動でなぜまったく違うのかがわかる。
「隆も見たの? あたしもみたっさ! 結衣から面白いから見ろって言われてさ」
 男の集団に女子まで加勢している。ここがアニメ研究部とかなら普通の光景だと思う。しかしここは普通の教室だ。クラスの半分以上がマンガやアニメが好きなのだ。二〇一三年現在、オタクは別に珍しくなく敬遠もされなくなりアニメは日本の文化と認められたのだ。アニメの本場、秋葉原に観光にくる外国人も急上昇したとか。これはオタクが望んでいた世界だろう。
 そもそもなぜアニメブームが来たかというと、半年前のアニメ『RAINBOW 虹の向こうへ』が空前の大ヒットを成し遂げて、世間でも知られるようになりしかもこのアニメの主人公の声を演じている、中 あやねの歌ったオープニングがオリコン一位をとって、話題になったのだ。
 伝説はこれだけじゃない。
 このアニメの次のクールには『star maker』がヒットしまたもや主人公を演じる、中 あやねが遠藤 愛、西村恵美とアニメキャラ定義で共に歌ったオープニングがまたまたオリコン一位に入ってさらに中 あやねの知名度が上がった。
 そうきっかけは人気若手声優、中 あやねだった。
「隆はどのキャラが嫁なんだ?」
「えーっと、ゆかりかな?」
「ゆかりはオレの嫁じゃ!」
 ボクは平凡と言っているがこの言葉はだんだんボクから遠ざかっていくことになる。
 だってこの物語の主人公はオタクの男女を静かに見つめているボクなのだから。

 高校三年生の秋、実に大変な時期だ。ボクも身をもって体験している。簡単にいうと進学か就職の二者択一をしなければならない。進学校ならそこまで頭を悩ませることはないが、学力が良くもなく悪くもない普通の学校、全国的に平均レベルの学校の生徒は頭を悩ませる時期だろう。進学の中でもたくさん分かれ道がある。
 大学にいって幅広く勉強するか、専門学校にいって夢へ突き進むか、短大に行くか、この三つに分かれる。
 ボクは今、教室で授業をうけています。
 ボクの席は三年一組の一番窓際の一番後ろの席、居眠りしててもバレない特等席(あえて警戒されてボクはろくに居眠りできなかった)、夏には窓から涼しい風が入ってくる特等席(窓から砂が入ってきて大変だったときもあった)です。
「あぁ、どうしようかなぁ」
 今はロングホームルームの時間で進路についての授業みたいだ。
 ボクは進路の授業はたいていまともにきかない。いつも窓からみえる車の数を数えてるか、眠気をなくすためにひたすらドラえもんの絵を書いている。進路なんて別にどうも思わない。ボクはただ平凡であればそれでいいんだ。

「徹、進路決めたか?」
 ボクが一二三個目のドラえもんを書いているときに前の席の人がボクに話しかけてきた。。
 自己紹介がまだだったね。
 僕の名前は坂口 徹、一応一八歳。身長は少し、ほんの少し! 小さくて、髪は生まれつきの茶色が混じった黒髪で、この髪のせいで中学生のときに髪を染めていると疑われたということもあったな。これといって特徴がない人間です。部活も今までやったことない。
 別に目立たないことを不満に思ってるわけでもなく、昔から「平凡」を好んでいるんです。
 みんなからはミスター平凡や影薄など面白いあだ名をつけられたこともある。このあだ名すら忘れ去られる時もあった。
 このチャラい男は親友の小山 英貴、二年生から仲良くなって現在に至る。
 小山という男はやる事言う事の九割がテキトーで、テストはテキトー、授業もテキトー、毎日がテキトーが彼のスローガンなのである。見習うところはまずないな。
「まだだけど。お前は決めたの?」
 大体返ってくるセリフは想像できる。テキトーって言葉が二回は出てくるだろう。
「テキトーに上京してテキトーに就職する」
 ほら、二回出てきた。二年もつるんでたらこういう事はわかってくるもんなんだよ。
「お前、絶対後悔するタイプだな」
 一応冷たい一言をぶつけておく。小山はそれを聞くと徹の予言は二回に一回しか当たんないからなと言って体を一八〇度回転させて前を向いた。二回に一回って結構当たってると思うんだけどなぁ。こんなテキトー男に構ってる暇はない。自分の心配をしなきゃね。
「とりあえず文系の大学に行っておくか」
 この言葉は口に出さなくてもいいんだけどなんとなく呟いた。
 ボクはこれといった夢がなかった。ただ平凡に生きればいいやと思って一八年間生きてきた。ボクはもうひとつ上の高校に行けたんだけど、大勢のクラスメイトがここに来るということでなんとなくここに来た。母がいうにはみんなの流れに乗って高校に行ったやつほど高校で失敗するらしい。でもボクは高校で失敗したとは思わない。
 結局大学進学ということに進路は決定した。もちろん平凡な大学に。

 夕焼けがとてもきれいな放課後、ボクがいつもどおり一般人よりひとまわり小さな影とともに帰り道を歩いていると、誰か後ろから走ってくる足音がした。
 ボクはまたあいつか、と思いながら戦闘の準備を始めた。どんどん足音は近づいてくる。そしてボクは振り返る準備をして、勢いよく振り返ると同時に腕で頭を守るようにかざした。
 しかし頭ではなく腹に誰かの拳がきれいに入った。それは恐ろしい痛みだった。腹に脂肪がないためほぼダメージが軽減されないのだ。
「相変わらず読みが甘いわね。そんなんじゃ立派な男になれないわよ」
 上から聞こえたのは女の可愛らしい声だった。ボクは女のほうに顔を向ける。
 女はショートカットの茶髪で第一印象はボーイッシュとしか浮かんでこない。女は得意気に上から目線でボクを見下ろす。
「昨日もみぞおちだったじゃん! ずっと弱点狙うってあり!?」
「同じときだってたまにはあるわよ」
 このボーイッシュな暴力女は僕の高校から仲良くなった数少ない女の友達の三橋 礼華だ。胸さえなければ男に見間違えてもおかしくはない。本人が男っぽい行動をわざととってるからかもしれないけど。
 ちなみにボクと礼華は何をしているかというと礼華がボクの背後から腹、頭、首、胸のどこかを攻撃して、その攻撃をボクが防いだらボクの勝ち、防げなかったら礼華の勝ちとなる。ボクが勝ったら礼華にジュースをおごってもらえるんだ。(今までの成績 ボクからみて二勝二六敗)
 簡単にいうなら礼華のストレス発散ゲームだ。(≒SMプレイ)
「じゃあ今度は次の金曜日ね。じゃあねー」
 そういって礼華は満足気で帰っていった。ここだけみれば礼華は可愛い女の子なのだが。こんなに表と裏がはっきりしてるのはボクの知ってるなかでは礼華ぐらいしかいない。まぁ身近な友達に裏の顔があるかもしれないんだけど。
 なんか面白いことおきてくれないかなぁ。実は小山が地球を救ってるヒーローだった! とかさ。
……あるわけないか。さっさと家に帰ろう。
 ボクは家に帰るとすぐに自分の部屋に入り、制服から私服に着替えてパソコンの電源を立ち上げた。そしてお気に入りに入っていたあるサイトを開いた。
 そのサイトの名は『アニメサーチャー』。
 見たいアニメをすぐに探せる便利なサイトだ。見たいアニメを五十音順に探して、動画サイトにつながるという仕組みなのだ。アニメ関連サイトの中では観覧数第一位で、人気声優ランキング、人気アニメランキングや人気キャラランキングがあってとても使われている。
 ボクはこのサイトを週五は見ている。いや毎日の週もある。
 そうボクは俗に言う「オタク」なのだ。
 ボクが今見ているのは『トラップ』というアニメだ。
 『トラップ』は今人気のアニメで先ほどの人気アニメランキングでは五位あたりをキープしてる。
 内容を簡単に説明すると現実世界とは違う異世界の少女、レイミーがとある理由で現実世界に来て、レイミーが偶然出会った現実世界の普通の女子中学生、田口裕美と異世界を救うという物語だ。
「やっぱいいよなー。中 あやねは。この男らしい声なのに女らしさが加わってるもん。あやねさんサイコー!」
 中 あやねとは『トラップ』の主人公、レイミーの声を演じている若手声優だ。
 若干二三歳で二二歳のときに声優アワード助演女優賞を最年少で獲得した。今年も三クールで主役四つ、脇役二つと今年の声優アワード主演女優賞は確実と言われている。今、日本の声優界で一番忙しい人だ。ちなみに彼女は現在、四クール連続で主役を演じていて次のクールも主役を演じると五クール連続となり日本新記録が樹立されるらしい。
「田口の声の遠藤さんもいいんだよね。子供らしさがある」
 ボクが言っている遠藤とは田口裕美の声を演じている遠藤 愛のことだ。中 あやねほどではないが人気はある。
 ボクはアニメのことになると人格がすごく変わるらしい(友達からの情報より)。二重人格と言っていいほどらしい。
 ボクが思うにこれは「オタク」の共通症状だと思う。
 ボクの部屋の本棚にはずっしりとライトノベルが敷き詰められている。その中に『トラップ』の一〜六巻も入っている。
 アニメを見続けて一時間後、
「そろそろ勉強するか」
 受験生でこのやる気の無さはなかなかのものと母親に言われたが別にボクは気にしない。ボクは小山ではないがテキトーに勉強して、軽く漫画を読んでから寝た。
 ボクはいつも明日のことなど特に考えもしない。考えたって無駄だと思うからだ。どうせ平凡な明日が来るだけなのに。
 でも今回の明日は違った。
 理由は簡単。だって明日がボクの人生のターニングポイントなんだから。

 次の日の昼休み、ボクは小山とともに職員室に呼び出されていた。
 職員室に呼び出されるということは七〇%の確率で説教だろう。小山は年間五〇回は教師の説教を受けていらしい。
 問題児のブラックリストの上位に入っているという噂も耳にする。
「小山はともかくなぜボクが?」
「なんで俺は当然になっているんだ」
 誰でも当然だと思うぞ。ブラックリストの上位なんだから。さっさと話終わらせて昼飯を食べよう。
「失礼します」
 ボクたちは職員室にはいるとすぐに進路担当の教師の前にいった。
 この教師は化学を教えていて、怒りやすいことで校内では有名だ。鼓膜が破れそうになるくらい怒鳴る。生徒たちの間では鬼教師や鼓膜ブレイカーと呼ばれている。ちなみに密室でこの鼓膜ブレイクを喰らうと六割の確率で気絶するといういつ誰が検証したのか不明なデータが校内で流れている。他にも鬼教師を倒す方法が校内に流れて、その度に鬼教師に叩きのめされているそうだ。
「お前らなんで呼び出されたかわかるか?」
「全く呼び出されるようなことをした記憶はありません」
 小山もボクと同じことを言ったらしい。なんでこういうときシンクロしちゃうんだろうか。理由は親友だからとしかいえないけど。
「坂口はともかく小山はそういう記憶がない方がおかしいと思うんだが」
 おっしゃるとおりです。あなたは何も間違ってはいない。小山が記憶喪失にでもなってない限り記憶は必ずあるはずだ。
「改めて小山に聞く。なぜ呼び出されたかわかるか?」
「その場の流れっすか?」
 鬼教師は小山の答えにイラっとしているが怒りを通り越してなにも言う気にならなかった。なんか鼓膜ブレイクを喰らわずに済んだからラッキーなのかな? っていうか怒らせもしないって一つ大きな壁越してるぞ。でも本当になんでボクが呼ばれてるんだろう? 万引きとかした覚えはないし、追試って可能性もあるけどテストからもう二ヶ月経ってるし違うはず。まさかボクが芸能プロダクションにスカウトされてるとか!?
「お前らの今後の進路の志望動機に決まってんだろ! 俺は進路担当だぞ! 少しは考えやがれ!」
 あぁそれか。なんでボク、スカウトされたって思えたんだろう。自分の思考回路にびっくり。それにしても相変わらず声がでかいな。他の教師、耳ふさいじゃってるよ。これこそ多大な迷惑だろうが。鬼教師の隣の隣の席の先生はヘッドホンを耳に当てて大音量で音楽聴いてるよ。これが教師のあるべき姿か?
「坂口!お前なんて書いたか覚えてるか?」
 なんて書いたっけなぁ。確かこう書いたような。
「なんか平凡な大学に行っておこうと思っていたからって書きました」
「お前、それでよく提出できたな。その度胸だけは仕方ないから認めてやる」
 すごい良い志望動機だと思ったんだけどなぁ。なんで怒ってるのかさっぱりわからない。感性の違いがあまりに大きすぎるのかな?
「大学側がこんなこと書いてるやつ合格させようと思うか?」
「テストと面接さえできればあとはどうでもいいと思います!」
「死んじまえ!」
 死んじまえって言われたよ。侮辱罪だ。親にも死ねって言われたこと二〇回ぐらいしかないのに。いやそれ以上言われているかもしれないな。っていうかそれって普通数えるものなのか? でもこれだけは言わせてくれ。死ねと言うやつが死ね! byクライス(アニメ『天剣を授かる勇者』の主人公。ボクのお気に入り)
「坂口はまだ良いほうだ。小山!」
「なんすかー?」
 小山はなめた返事でまた鬼教師をイラっとさせた。こいつは歩くイライラの根源だな。ボク、ナイスネーミング!!ってなんでオレは自画自賛してるんだよ。すげぇうぜぇやつに思われるじゃん。
「お前のはなんなんだ!! 運で仕事を探す。金がたくさんもらえるなら何でもいいって!」
「そのまんまの意味なんだけど」
 鬼教師はバカじゃねぇか! 死んじまえ! と怒鳴り倒している。こいつは敬語というものが存在していることをまず知らないのだろう。ボクはすかさず耳を防御していた。防御するかしないかで生死を分けるのだ。でもこんな近くで鼓膜ブレイカーを喰らったことないからとても心配だった。なんで小山はこんなものが慣れてくるんだろうか。人間ってどんなことでも慣れるときは慣れるんだな。今日もひとつ役に立つことを学びました。あとは興奮状態に陥ってる鬼教師を落ち着かせるのに役に立つことを至急誰か教えてください! じゃなきゃボクが鼓膜ブレイカーの餌食に!
「そんなに怒ると血圧上がっちゃいますよ」
 この小山の一言で鬼教師の血管がプチッと切れて鼓膜ブレイカーが発動された。ボクのHPは150/160から3/160まで減っていた。
ポケモンバトルだったらすごいきずぐすりを使うか手持ちに戻すぐらいやばい体力だぞ! ピコーンピコーンっていう効果音がすでに鳴り出してるぞ! ちなみに小山はじこさいせいをつかって体力を回復したみたいだ。説教の常連になるとこの技が使えるらしい。(小山が言っていたため信憑性はゼロに等しい)
 案の定、説教は昼休みが終わるまで続いた。終わった頃にはボクにひどいめまいが襲っていた。まともにまっすぐ歩けないほどの重傷だ。もうあの鬼教師の声は凶器だな。警察も取り締まったほうがみんなのためになると思う。
「お前が変なこと言うからこんなことになるんだぞ。これ以上めまいがひどくなったらお前と鬼教師訴えるからな」
 ボクはめまいと戦いながら言う。小山はもうこの程度のめまいには慣れてるそうだ。
「お前だって半分ぐらいは悪い」
「あとの半分は?」
「あの鬼教師に決まってんだろ」
 何でお前は何にも悪くないってことになってるんだろうか。ボクは不思議でたまらない。
「マジで将来なにになろうかな」 
 ボクは初めて危機感というものを感じた。小山は一生縁のない言葉だろうな。
「マンガが好きなら漫画家にでもなっとけ。マンガとか好きなんだろ?」
 漫画家ねぇ。マンガは好きなんだけどな。ボクは絵が下手だからなぁ。小学生以下かもしれないほどの画力だし。マンガといったら週刊少年パンチ。週刊少年パンチといったらアニメ。アニメといったら声優。……声優!? ……声優。小山、今お前はアニメが好きなら声優にでもなっとけって言ったよな? 絶対言ったよな?
「声優だぁぁぁぁ!!」
 ボクは急に大声で自分のなりたいものを叫んだ。なぜか理由もなく叫びたかった。今までボクの頭に声優という言葉はまったくなかった。しかしこれがボクに似合う職業だとそのとき感じた。そのときがボクの人生のターニングポイントだと思った。周りの人間はボクも大声にビクッと体を震わせていた。小山も体を震わせる。とにかくボクは周りの目線を集めている。ベビーカーに乗った赤ちゃんはその声で泣き出しその母親から睨まれている。
「どうした急に!?」
「声優だぁぁぁぁぁ!!」
「『ぁ』が一個多くなってるぞ!」
「俺は日本一の声優になる!!」
 ボクはさらに叫んでその勢いを保ったまま走り出した。たぶん今、タイムを計ったら自己ベストが出そうな気がする。小山はどうなってんだ? と状況をのめていない様子。のめるほうがおかしい。小山は漫画家としか言ってないのに声優だぁぁぁぁぁ!! と叫ばれても困るに決まっている。
「まぁとうとうあいつも頭がおかしくなったってことでいいか。さてあれを立ち読みせねば」
 そういって小山はコンビニにスキップで入っていった。今日は新しいエロ本の発売日とか小山が言っていたような気がするようなしないような。

 小山と別れて三〇秒後、声優だぁぁぁぁぁ!! と叫んで周りに多大な迷惑をかけているボクにまたあいつが近づいてくる。ボクは構えもしない。というよりまったく礼華の存在に気づかなかった。
 あいつはいつもどおり攻撃を仕掛ける。
「隙だらけなのよー!」
 礼華は得意の後頭部を狙ったハイキックが繰り出される。
 しかしボクはいつもの慣れか反射的にしゃがんでキックを華麗に避けた。礼華も避けられてびっくりしているみたい。ボクは今までまともにこの必殺技のハイキックを避けたことはないからね。
「あっ、礼華。ボク声優になるわ。楽しみにしててね☆」
 そう言ってボクはまた走っていった。そろそろスタミナがなくなってきてとても辛かった。☆の意味は特に考えないでほしい。前までは小さい影しか作っていなかった夕焼けの太陽は今度は素敵な夢をみつけたボクを出迎えてくれている。
「あたしのキック喰らいすぎてとうとう壊れたか。ちょっとやりすぎたかな? あ、コンビニでアレ買わなきゃ」
 礼華は少し心配したがその心配もどこかに飛んでいき、近くのコンビニに入っていって小山がエロ本をじっくり眺めているのを発見してドン引きしていた。
 
 ボクは家に帰ると私服に着替えずすぐさまパソコンを立ち上げて『アニメサーチャー』ではなく声優養成学校の生徒募集の広告を見ていた。広告欄には「アニメの未来は君が握っている」とかっこよく書かれている。
「日本ナレーション学校 声優コースか。横浜ならここから遠くないしいいかも」
 アニメの聖地はもちろん秋葉原だが横浜も第二のアニメの聖地化してきている。そのため横浜に声優学校が多数存在している。他にも八王子も聖地化してきているとか。最終的には全国八都市を聖地化するらしい。まぁ近い未来になるかまだまだ先の話かはわからない。
「よし母さんに相談してみよう」
 ボクは勢いよく部屋から出て階段を降りた。途中で踏み外してけがをしたがまぁ気にしない。
「絶対ダメよ」
 声優学校に行きたいと言って母から返ってきた答えがこれだ。
「なんでさ?」 
「あんたこんな不安定な世の中で芸能界には入るってどういうことかわかってる?」
「そんなの承知だよ。なんとかバイトして学費まかなうから」
 ボクは真剣に母を説得する。こんなに説得するのは久しぶりである。なんせ今まで世の中の流れに身を任せていたから。
「なんで大学いかないのよ。大学行ったほうが将来のためにもなるんじゃない?」
「オレは声優のほうに可能性を感じたからだよ!!」
 ボクの押しの強さに母は驚いたようだ。ここまでボクが何かの物事に真剣になったのは生まれて初めてかもしれない。
「わ、わかったわ。じゃあ学校の先生に相談してみなさい」
「ありがとう母さん! ちょっと待って、学校の先生ってあいつに?」
 翌日の放課後、ボクは進路相談室で鬼教師(鼓膜ブレイカー)と密室で二人っきりになっていた。ここで怒鳴られたらボクの命はない。
しかし今日の鬼教師は機嫌がいいみたいだ。機嫌が悪いときはすごいオーラを感じるのだ。今日の鬼教師からはストレスと不快感しか感じられない。
「なんでオレからストレスと不快感しか感じないんだ?」
「なんでボクの心の声漏れてるの!?」
「お前の顔がそう言っている」
 こいつは顔相の達人なのか!? それとも超能力者!? やっぱりこいつが魔法の世界の使者だったのか! そしてどうかわたしたちの世界に平和を取り戻してくださいとお願いされるってわけだな!
「はい、妄想はそこまで。ったく、小山の影響がこいつに出てるとはな。とにかく本題に入ろう。お前、大学行かないってどういうことだ?」
 鬼教師の表情が真剣になる。ボクも真剣モードに切り替える。しかし鬼教師の威圧感は半端ない。もうこの威圧感で徐々に体力が削られてるんじゃないかという錯覚にまで陥ることもある。
「ボク声優養成学校に進学します」
「死んじまえ」
 まさかの死んじまえ!? なぜに!? まったく気にさわるようなこと言っていないと思うんだけど! やっぱりあの言葉を言っておかねば! 死ねっていうやつが死ね! byクライス(アニメ『天……以下省略)
「なんで死ななきゃいけないんですか?」
「もう今は願書とか書き終えてる時期だぞ。今頃進路変えるとはまたバカなことを」
 そうだ。今はもう一一月下旬、進路を変えるなんてありえない話だ。でもここでボクがくじけるとでも思ったか!! まだ本気の四割しかだしてないんだぞ! あと六割すべてをだすととんでもないことになるんだぞ! あとで泣いても知らないぞ。
「先生!! いや鬼教師!!」
「なぜあってるのに言い直した!?」
 しまった。ボクの本音がつい。素直すぎたのが仇になった。まぁ今はそんなことどうだっていい。今一番大事なことは攻撃の手を止めないことだ。攻撃こそ最大の防御だ!
「ボクは声優がボクの天職だと思うんです!!」
 よしなかなかいい説得の入りだ。今こそ残りの6割を出すとき! 頑張れ! ボク!
「そりゃただの自意識過剰だ」
 なんでこんな簡単につぶされたん!? いやこんなのでくじけると思うなよ!! あと3割ぐらいは残ってるはずだ!
「いまこそチャレンジするときなんですよ!!」
「じゃあもっと上の大学にチャレンジしろ」
「今は声優の時代なんです!!」
「もっと現実に目をむけろ。お前じゃ無理だ。オーラでわかる」
「逆に先生が声優を目指したらどうです?」
「悪い、日本語でしゃべってくれ。まったく意味がわからん」
「今度からはもう鬼教師って呼びませんから」
「それが当たり前だと思うんだが。もっと常識を知れ」
 だめだ、こいつなかなか折れてくれない! 四連続の攻撃はなかなか疲れるんだぞ! なんで十割出したのに説得できてないんだ!元々ボクの力がこの程度だったのか! いや、まだあきらめるな。こいつの弱点でも突いてみよう! と思ったけど弱点なんてありそうにもないし知らない。もう打つ手はないのか! どうする、どうすんのよボク!
「まぁどうせ坂口だからどうなってもいいか。声優学校の進学を許可する」
「……いったい何がきっかけで許可したんですか。しかもどうせ坂口だからってボクはもう見捨てられたの?」
「まぁ想像にまかせる。気にしたら負けだ」
 うれしいのか悲しいのかよくわからないがボクは一つ壁を越した。その前に鼓膜ブレイカーを喰らわなくてよかった。ボクは今、生きている。心臓もしっかり動いてる。生きてるってすばらしい。自殺を考えている者に告げる! 自殺なんて考えるものじゃないぞ! ……すいません、ちょっと調子に乗りすぎました。
 ボクは無事に声優学校への願書も書き終えて試験の勉強を始めた。日本ナレーション学校声優コースの入学試験はペーパーテストで一五〇点、面接で一〇〇点、自由作文で五〇点、合計三〇〇点で合否が決まる。
 ペーパーテストは一般常識が七五点、声優、アニメ業界の知識で七五点の構成になっている。
 ボクは一般常識は人並みにはあるので心配はない。声優アニメ知識も専門的な知識をしっかりと肉付けしていけばなんとかなるだろう。
 自由作文も割とボクは得意なほうなので平均点くらいはとれそうだ。
 問題は面接だ。
 この入学試験の合否を分ける鍵はこの面接試験らしい。
 ボクは人とコミュニケーションをとるのが下手だから面接なんて考えられない。この人見知りをまず克服せねば。
 そしてボクは仕方なくあの人の助けを借りることにした。

「なぜあなたは声優を目指そうと思ったんですか?」
「え、えーっとですねぇ、ボ、ボクは、せ、声優しかぼ、ぼ、ぼくはぁ、あ、あ、あぁー!! 無理!! 絶対無理!!」
 声優を目指すと決めてからの最初の休日、ボクはいつもならアニメ三昧なのだが試験まであと一ヶ月ぐらいということで礼華の家で面接の特訓をしていた。日本ナレーション学校の試験はセンター試験とほぼ同時期なのだ。だから両方の試験をどっちも受けることは不可能なのだ。ボクと礼華は家を行き来するほどの仲なのだが恋にはなかなか発展しない。まあどちらも好きではないんだから発展するわけがない。あえていうなら姉弟みたいな関係だろうか。身長差と立場の違いから兄妹はまずありえないだろう。
「そんなんでどうやってこれからやっていくのよ。この先の人生真っ暗になるわよ」
「礼華はいいよなぁ。大学から声かかってるんだから」
 礼華はサッカーを中高六年間やっていて才能が開花したらしく川崎第二東高校を全国に初出場させた救世主なのだ。礼華は大学にも評価されてスポーツ特待生としてサッカーの強豪の大学に行くことになった。
 ボクとはちがい未来が輝きすぎて見えないくらいすごいことになっている。少しぐらいその輝きを分けてくれないかな? 今のうちにサインもらっておこうかとボクが情けないことを考えるほど将来があるのだ。
「徹も私を見習いなさい!!」
「いったいどこを見習えと? そんな上から目線で素直じゃなくてツンデレのツンしかない可愛げのない男勝りの女のどこを見習えと?」
「一回天国見てみる?」
 礼華は両手でボクの細い首をしめる。ボクの顔はどんどん青ざめていく。特に頭のほうはかなり青く、グラデーションみたいになっている。ボクは必死にタップをする。しかしそのタップの力もだんだん弱まっていく。あぁ死んだばあちゃんが手を振ってる……
「れぃ……やめ……」
 徹は「礼華やめて」と言いたかったんだと礼華は察知したので首から手を離した。ボクの喉には変な違和感が残っていた。あわや呼吸困難だぞ。
「どうだった? 天国は」
 そんな笑顔で言われても。もう一回連れて行かれそうでとても怖い。
「死んだばあちゃんと再会した。今度は六〇年後にくるって天国の受付に伝えておいたよ」
できればもうちょっと長生きしていたいが。ちなみに天国に受付なんてなかったから。
「じゃあ私が電話で今度また近いうち連れて行くって予約しておくよ」
「とにかくごめんなさい。おれがすべてわるかった」
 天国につながる番号なんてあるのかよ。あるなら教えやがれ。天国にいたずら電話してみたい。……ボク今バカなこと言ったな。
「素直でよろしい」
 礼華と違ってボクは素直なんだよ。上から目線じゃないしな。
「それより声優の知識の方は大丈夫なの? 全然ダメならもう諦めることをお薦めする」
 ここまで来て諦めるという選択肢を選べるものか! ボクの辞書に諦めとチビという言葉は存在しない!
「ここまで来てまだチビだってことを認めないか。現実逃避ばっかしてたらダメだよ」
「なんでまたボクの心の声漏れてるの!?」
 こいつも超能力者だったのか!! ということは近い未来に地球を襲う軍団が攻め込んでくるのか!? そして礼華たちは宇宙人と戦いどんどん倒していくが、敵の罠にはまってしまい地球軍が負けそうになって窮地に追い込まれたときにボクの秘められたチカラで宇宙人を一掃して地球を救って後世に語り継がれるヒーローになるって設定だな!!
「あんたアニメ見すぎてどうしようもない状態まで来てるわよ。やっぱアニメって人をクズにするのね」
「クズいうな! アニメをなめるな! ボクをどう言おうが勝手だがアニメをクズというのは許さんぞ!!」
 ボクは必死でアニメの味方をする。ボクってオタクの鏡だな。
「じゃあチビとか豆とかって言われるほうがマシなんだね」
「ならアニメがクズと言われたほうがマシだ!」
 やっぱりボクの中のアニメ<身長の公式はくつがえらないようだ。ボクはまだまだオタクの鏡には程遠いや。
「じゃあその本貸してよ」
 ボクは入学試験の過去問集を礼華に渡した。
「なんでも答えてやる」
 礼華は第一問! といって適当に声優知識の過去問のページを開き、一番最初に目に付いた問題を読み上げる。
「声優、富谷浩次の身長は次のうちどれ? 一、一七〇cm 二、一七三cm 三、一七六cm」
「……心が痛い」
 なんで身長の問題が最初に目に付くんだよ! ボクにたいする挑発か! でも答えなきゃ。
「三番!」
「残念!」
 しかも外してしまった! まぁまぁ自信あったのに! ボクッテやっぱ情けない!
「正解は一七八cmでした。やっぱダメじゃん。このダメガネ!」
「おい! ルール無視すんな! しかもボク眼鏡かけてないし! 一七八cmなんて選択肢にねぇだろ!」
 オレは耳には自信がある。絶対に四、一七八cmなんて言ってない!
「だってこれ元々選択問題じゃないよ」
「じゃあなんで勝手に変えてるんだよ!」
「私にはそれなりの権利があるのよ」
 どこからそんな権利生まれたんだよ! ハァハァ、息がもたなくなって、きた、ハァハァ。礼華はさらに三択問題とか選択問題なんて一言も言った覚えはないと屁理屈を言っている。
「さて間違えたからもう一回天国行こっか♪」
「い、や、だ♪」
 この日、ボクは合計四回も首を絞められた。すでに一方的な暴力になっていた(≒SMプレイ)

 礼華との二人三脚の勉強で貴重な月日は流れていった。二週間で首を絞められた回数の合計、二五回。ボクはMの経験値一二五をもらった。次のレベル、ドM戦士までに必要な経験値はあと一三。正常にセーブされました。
 この日は試験一週間前、日本ナレーション学校 声優コースの学校説明会が午後からある。なぜ午後からかというと声優を目指すものはほとんどがオタクで深夜アニメをみるために寝る間も惜しんで起きているのがほとんどなので午前中にやっても意味がないだろうという配慮からだそうだ。でも昔みたいに深夜アニメを録画しながらリアルタイムでテレビの前に正座で座ってみる習慣は薄れてきている。やはり睡眠時間というものは知能に大きく響くと発表されたのが影響しているらしい。
 ボクは午後一時に川崎駅のホームにいた。
「なんでここにお前がいるのかオレは不思議でたまらない」
 ボクの隣には小山がいた。小山は横浜で友達とアルバイトと言っているが本当かどうかはわからない。
「経費削減のため自由席が多いこの列車を待ってるだけなんだが何かおかしいか?」
 ボクはズボンのポケットに入っている自由席の切符を見つめてまた小山に視線を戻す。
「偶然なのか、巧妙な手口なのか」
「だってオレ、今日声優学校の説明会なんてしらねぇぞ」
「嘘っぽい、実に嘘っぽい、どう考えても嘘っぽい」
 小山を怪しくないとは思えないままホームに列車が入ってきた。この列車は京浜東北線を走っていて川崎と横浜にも止まる。
「さてオレは席四つは取らなきゃな」
「一人一席が常識だ」
 列車に乗り込んで二五分、目的地の横浜に着いた。列車から降りるとホームに人がうじゃうじゃしていた。川崎の倍はいるんじゃないか? 自分の思いどおりに足が進まないんじゃないか? こりゃ子供が迷子になってもおかしくないな。あ、ボクは迷子にならないからね。まず『子』じゃないし。
「さて、日給一二〇〇〇円のバイト、テキトーに頑張りますか」
 小山とボクは駅から出ると大きく背伸びをした。あんなぎゅうぎゅうの人ごみに長時間いると体も悲鳴をあげる。
「日給高くないか? 何のバイトだよ」
「確か横浜港の近くでなんかの取引のお手伝いだ。どっかの倉庫とか言ってたっけな」
 ボクは今とんでもないことを聞いたような聞いてないような。その仕事ってもう危険な匂いがプンプンしてるよね? とうとう犯罪の片棒まで担ぐようになってしまうくらい落ちこぼれたか! 小山を正常な方向に戻してあげるのが友達としての役目だと思う。だからボクは励ましの言葉を贈る。
「頑張って生きろ。人生これからだ」
「なんでお前に励まされなきゃいけないんだ?」
 理由なんて聞かなくてもわかるだろ。お前が刑務所で半生を過ごさないことを祈る。
 ボクたちはじゃあがんばれやと小さいエールをおくりあって別々の方向に歩いていく。
 横浜という街はとても好きだ。都会ながら人情で満ち溢れている街だ。
 ボクは小学校一年生から四年生までこの街にいたのだ。母の母、祖母がここに住んでいて安定した仕事を見つけやすいことから祖母の家でお世話になっていた。祖母は昔から泣き虫なボクを守ってくれていた。そしてまともな恩返しもできないままボクが一〇歳のときに天国へと旅立った。祖母が死んだ日、徹はずっと泣き続けていた。前から泣くたびに強くなるとばあちゃんに誓って涙を流すことを我慢していた。その我慢していた涙が一気にその日に流れた。そして死んでから2週間後、ボクと母は川崎へと引越しした。
「やばい、涙が出てきちゃった。もう泣かずに強くなるってばあちゃんと約束したのに」
 ボクは涙がこぼれないように神経を集中させながら学校へと向かった。しかしもっと神経を集中させなければならないものがあった。
「駅の西口を出て、まっすぐ進んで三つ目の信号を左に曲がって次の信号を右に曲がれか。まったくわからん」
 ボクは地図がとても苦手だ。自慢じゃないが学校の地理のテストはいつも赤点スレスレだった。どれくらい苦手かというとドラキュラと日光の関係ぐらいだ。東と西の見分けがつかず今、自分はどっちを向いてるのかもわからなくなるレベルだ。
 ボクが必死に地図と格闘してるとふと若いオタクっぽい四人組がどこかに向かって歩いている景色が目に入った。
「あれについていくか」
 ボクは地図をバッグにしまい他人任せな行動をとろうと思った。これがボクの生き方だ。なにか文句でもある? これでこいつらが違う場所にいったらボクは笑いものだな。そうならないことをボクは祈る。
 運がよかったのかついていったら4階建てで『日本ナレーション学校 声優コース』と書かれた看板が目立つビルが目に入ってきた。普通に考えたら広い建物なのだが横浜の中では標準の広さだろう。
「あれがボクが勉強する場所か」
 ボクの背が低いためより大きく見えるビルを見上げているが首が痛くなってきたので目線を水平に戻した。
「坂口か?」
 目線を水平にした瞬間に後ろから誰かに呼ばれた気がした。まったく聞き覚えのない声だった。ボク以外にも坂口という人がいるのだろうか。試しに後ろを振り返ると金髪のちょっとチャラい男がニコニコしていた。
「お前坂口だろ? 昔から変わんねぁなぁ」
 こいつはボクに話しかけてたみたいだ。ボク、こいつの知り合いなのか?
「まだ思い出せないか、青野悟文だよ。小学校のときの!」
 ボクは記憶をたどっている。小学校のときか。青野なんていたっけ?
「ごめん、思い出せないです」
「覚えてないのかよ。しかも敬語って気持ち悪ッ」
「そりゃ初対面の人には敬語が常識でしょ」
「だから初対面じゃないって」
 悟文はしつこく粘る。どうしても思い出させたいようだ。一応徹もまだ記憶をたどっている。
「ボクはバカでしつこくてバカで空気読めなくてバカで短気でバカな悟文とかいうやつしか知らないなぁ」
「良かった。お前正真正銘、坂口 徹だ。一つの文章に『バカ』を4つも入れるのはお前しかいない」
 ボクはさっきから思い出していたのだ。ちょっとからかってみただけで見事にはまってくれた。相変わらずのバカだ。
 青野悟文、一言で表すと『バカ』。二言で表すと『大バカ』。小学校のときの親友(?)だ。昔からやんちゃでバカなことをやっては怒られてそれに懲りずにまたバカなことをするというバカのスパイラルがつくられていた。ボクは絶対に悟文はまともな人間にはなれないと予言していたが見事当たっているようだ。いかにもバカそうな髪型でいかにもバカそうなピアスをつけていて憎いことにボクよりひとまわり身長が大きい。まぁ昔から身長差があったんだけどね。
「お前もここ受けるのか?」
「当たり前だろ。オレからアニメをとったらハンサムな顔と美しいボディと東大レベルのIQしか残らねぇよ」
 頭のおかしさもグレードアップされてるよ。あとで良い精神科病院を紹介してあげなきゃ。あとお前がIQって言葉を知っていたというだけでボクは感動してるぞ。あとは自分のことをよく鏡で見てからそういう発言をするようにと教えれば完璧だ。
「お前も立派なオタクになりやがって」 
 ちなみにオタクになったきっかけは悟文の影響からなのである。9歳くらいのときに悟文からこのDVD面白いから絶対見とけ、地球が滅びても見ろって言われていやいや見てたが案外ハマッて現在のボクに至る。要するに悟文がもしアニメをボクに教えてなかったらボクはここにいないだろう。そういう意味では感謝しなきゃ。でもこいつに感謝はしたくないな。
「それでずっと気になってたんだけど」
「何だ? なんでオレがこんなにパーフェクトな人間なのか知りたいのか」
「悟文のうでに絡み付いている女の子はどなた?」
 女の子は話している途中からふと現れてボクが話し終えるまでずっと悟文のからだで遊んでいた。ずっと気になっていたのだがひとまずスルーしておいたのだがもう限界が来てしまった。
 女の子は悟文から離れるとボクの事をじろじろと観察している。女の子は瞳がきれいでちょっとやせ気味の可愛い系でツインテールの女の子だ。悟文の彼女だろうか? 今日は土曜日だしついてきたのか? 観察する目線は下から上へと上がってくる。
「こいつはみゆき。高校の友達。先に言っとく、彼女ではない。当然だが妹でもない」
 ボクが聞きたいこと全部先に言った。徹と同い年らしい。ツインテールの女の子、みゆきさんはまだボクを観察している。他人からみればただの変態にしか見えない光景がまだ続く。
「私、城田みゆき。悟文の友達」
 あっけない自己紹介をしてやっと観察をやめてくれた。そして一言。
「誰? この小さいの」
 ボクは『小さい』に全身が反応をして怒りメーターが50%上がった。あと30%あがると噴火するぞ。
 初対面からそれはないでしょ。いつもならオレはとっくにキレてるのだがここは我慢。あとで悟文にぶつけることにする。
 とにかくボクはみゆきさんに向かって愛想笑いをしておいた。
 やっぱり愛想笑いはどこでも使える。
「悟文の小学校のときの友達の坂口 徹です。小さい、ですがよろしく」
 ボクは皮肉を加えた自己紹介をした。これでこの女も少しは動揺するだろう。
「本当に小さいね。みゆきと大した変わんないくらい小さいじゃん。いつ見ても小さい。念のためもう一回言っておくけどやっぱり小さい」
「小さくて悪いな。こいつ小学校のときから小さくて。小さいまま成長してしまったってわけだ。久しぶりにこんなに小さいやつ見たよ」
 ここまで小さいってバカにされたのは初めてだ! お前ら二〇秒間で八回も『小さい』って言いやがって!
 ボクだっていろいろ身長を伸ばすために頑張ったんだぞ! 牛乳を一日六杯飲んでみたり、ずっと棒にぶら下がってみたりしたんだぞ! ボクはほとんど身長が伸びないようなことはしてないぞ! もう遺伝の関係だと思う! この怒りを悟文にぶつけなければ気が済まない!
「ボクだって努力したんだよ!」
 ボクは一歩大きく踏み出して主張する。悟文とみゆきはまったく驚く気配がない。
「お前、深夜アニメはリアルタイムで見るか?」
「リアルタイムに決まってるだろ! オタクの常識だ!」
 悟文とみゆきは原因見ーつけたと同時に思った。そりゃ成長ホルモン摂ってなきゃ背は伸びない(体質で個人差あり)。昔なら深夜アニメもリアルタイムでテレビの前で正座して見るのが当たり前だったのだが、今は睡眠というものが学力を伸ばすのに一番必要だと有名な学者が力説したため深夜まで起きている学生は少なくなってきているのだ。
 悟文はさっさと行くぞとボクとみゆきさんに行って再びボクたちは歩き出した。ボクがこれ以上怒ると厄介だからだと思ったからだろう。(実際、ボクが怒っても特に厄介ではないとのこと)
 あらためて悟文からあとで聞いた情報を元にみゆきさんのことを詳しく紹介しよう。
 名前は城田みゆき。身長は徹とほぼ変わらない△○☆cm(←徹の身長がバレるため非公開)ぐらいだ。
 高校に入ってすぐに悟文と仲良くなってカップルなんじゃないか? と噂されるほどの仲の良さだったようだ。ボクと礼華のような関係といったほうがわかりやすいだろうか。
 ちなみに悟文とみゆきさんが卒業した高校は横浜市立西高校といって横浜市内の高校では最低レベルでヤンキーが集まっている学校のようだ。
「それにしても小さいね」
「まだ言います?」
 もう小さいって聞き飽きてきた頃なんだよ。
「でもみゆき、小柄な男の子大好きだよ!」
 みゆきさんは今までで一番可愛らしい声でボクに顔を近づけて言った。
 ボクはもちろん顔を赤くしてみゆきさんから目をそらす。こんなこと言われたのは初めてでどうしていいかわからない。だからおどおどしている。みゆきさんはそんなボクを見て笑ってる。本音ではなさそうだ。
「みゆき。こいつはちょっとばかり性格は悪いがお前にはぴったりだぞ」
「じゃあみゆきの彼氏候補に入れてあげる!」
 みゆきさんは上から目線で馬鹿げたことを言った。ボクはひとまずありがとうといっておいた。
 そんなことをしているうちに学校の玄関にたどり着いた。
 ボクたちは受付を済まし中へと入っていく。そして声優学校説明会がはじまる。
 ボクは思いがけないところで旧友と新しい友達が出来た。そしてボクはまた一歩『平凡』から抜け出したようだ。

 説明会は声優学校のシステムや講師の話を長々と聞かされた。システムなんかパンフレット見れば充分わかるのだが念のための説明らしい。悟文は開始5分で眠りについてそのまま説明会が終了した。
「1時間も説明会なんてみゆきの常識じゃあり得なーい」
 たぶんそれはみゆさんきの常識にも問題があると思う。ボクは心のなかでそう思っていた。心の声が顔に出てなければいいが。
「徹とゆっくり話したいし、みゆきの家にでも行くか」
「よし、悟文の家にレッツゴー!」
 ボクはみゆきの自分勝手に驚きあきれている。さすがに悟文も困っているだろうと思いボクは悟文の顔色を伺った。
 しかし予想とは遥かに違う答えが返ってきた。
「しゃあない、オレの家に決定! 拍手、拍手!」
 だめだ、この二人とボクは住んでる世界がまるっきり違うみたいだ。田舎者と池袋人くらいの違いだ。まず会話にならない。相手が自分の話をまるっきり聞いてくれないからだ。
 これがカルチャーショックっていうやつか。なんか外国にホームステイしたって感じだ。貴重な体験ありがとう。ってなんでボクお礼言ったんだっけ?
「そういえば悟文って昔どういう子供だったの?」
 みゆきさんはいきなり話題転換してボクに聞いてきた。都会人ってみんなすぐに話題を変えるんだろうかとボクは軽く疑問に思っていた。
「そうだなぁ」
 悟文といったらバカとしか言いようがないからなぁ。バカをアホとでも言い換えるか。バカをグレードアップさせてみようか。悩むなぁ。
 っていうか悟文からはマイナスの要素しか浮かんでこないって悲しいな。
「一言であらわすとクズな人間」
「オレの拳が出る前に謝れ。全力で謝れ」
 なんかボク悪いこと言ったっけ? 真面目に答えたんだけどな。
「ごめんなさい」
 なんかわからないけどとりあえず謝っておきました。まぁ言って減るものじゃないんだけどな。
 みゆきさんはなるほど!と納得している。なにがなるほどなんだろうか。
「でも懐かしいな。あの深夜のリアル鬼ごっことか」
 あぁあったな。あれはすさまじかった。詳しくは後でお話します。
「でも徹は昔からすごいダメ人間だったからな。頼りないし、顔もいまだに童顔。昔と存在価値がまったくかわってないな」
 ブチッ
「ボクの拳が出る前に謝れ。全力で謝れ」
 20秒前に聞いたようなセリフをボクは悟文に言う。立場が逆転したのだ。
「オレ、そんな悪いこと言ったか?」
「お前、正気か?」
 なぜ自覚がないんだよ。こりゃ重傷だな。
「そのまんまお前に言い返してやるよ。お前こそ正気か?」
 ボクのどこが異常だって言うんだよ! 言って見やがれ!
「その頭じゃ!」
「なんで心の声がまた聞こえてるんだよ!」
 心の声が漏れてるまま社会にでたら相手の悪口を心の中で思えないじゃん! ボクって不幸な男!
 みゆきさんはまぁまぁと笑いながら今にも殴りあいそうなボクらの間に入る。
 もともとあんたが原因だぞ。
「まぁオレの家に行くってことで」
「ボク、7時に帰るからね」
 横浜から川崎に行く電車は7分に一本ペースであるから帰る方法には困らないがけどボクの家は門限が厳しいので8時に帰らなければいけないのだ。
 でも二人のことだ。帰してくれないかもしれない。ってそれはさすがにないか。そこらへんのけじめはあるか。
「OK! 今日は帰さないぜ!」
 ボクの読みが甘かったのかこいつがおかしいのかどっちなのだろう。
 たぶん後者だろう。もしかしたら本気で朝の7時に帰るとでも勘違いしているのではないかと思っている。
 でも着替えとか持ってきてないや。まぁなんとかなるか。
 悟文は昔から本気を冗談に、冗談を本気にとる男だった。やっぱり忘れられない、リアル鬼ごっこ事件(2003)。
 この事件みんなに詳しく話そうか? 時間もあるしいいよね? えっ? 尺の問題でダメ? それなら仕方ないか。また今度話すことにするよ。
 なんせこれからボクはすごい事実を知らされるそうだから。

 ボクは歩きながら話していてふと思ったことがあった。
「ねぇ、かおりはどうした? 道橋かおり、18歳」
 道橋かおり、悟文とは幼稚園のころからずっと一緒で、小学校に入ってからボクと仲良くなった女子だ。当時、唯一ボクが話せた貴重な女子だったのだ。道橋かおりを簡潔に説明するならば猫をかぶった美少女がちょういいだろう。
 彼女は当時黒髪でストレートでとても可愛かった。しかし性格に多大な問題があった。誰がどうみてもSだった。
 よくボクや悟文を蹴って喜んでた。もしかしたらかおりのせいでボクはMになったのかもしれない。
 まだただのSなら問題はない。
 彼女の恐ろしいところは喧嘩は強いのに力加減がまったくできないことだ。
 ボクが7歳のころ、ボクが間違ってかおりのアイスを食べてしまったときのこと。
 かおりは激怒してボクの膝あたりにローキックを放った。そしてボクは蹴られてから一時間、まったく立てなかった。
 彼女は少林寺も空手もやってないのになぜかキック力はすさまじいらしい。
 そんな凶暴女、かおりが今どうしているのかボクは一番気になっていた。
「あぁかおりちゃんね。確か今刑務所の中じゃなかった? ねぇ悟文?」
 はい? とボクは聞き返した。そりゃ誰でも今のセリフ聞いたらはい? って問い返すでしょ。
 刑務所にいる=犯罪者or働いている人。
 刑務所のバイトなんて聞いたことない。ということはかおりは犯罪者なのか? あのかおりが?
「あいつ3ヶ月前に麻薬所持の罪で逮捕されたらしいんだ。嘘だと思うだろ。オレも最初は信じられなかった。警察が言うには男から麻薬とは聞かされずにただの精神安定剤といわれてもらったそうだ。まぁ幸い使う前に捕まったから罪は軽くなったけどな」
 ……こいつの冗談だよな? でもこいつがこんなに真面目に喋るときはたいてい本当だ。これだけは昔から変わらない唯一確証を持てることだ。悟文はずっと黙り込んでいる。みゆきさんも同様に。
「本当……なんだな?」
 悟文はまだ口を開かない。数秒待ってると悟文の唇が少し動いた。
「ウソに決まってるだろ! バーカ!!!!」
「アハハハハハ! だまされてる〜!!」
 やっぱりウソですか。そんなことだろうと頭の中では思ってたがな。あぁ腹の底から何かが込み上がって来る。そうか、これがかの有名な『殺意』というものですか。どこかボクの近くに大きい石ないかなぁ。とにかく悟文を殴りたい。
 お二人さんはまだ腹を抱えて笑っている。
「かおりかぁ。このごろ会ってないし住所も知らないからわからん」
「あぁそう。ならいい」
 ボクはキレていることを二人にアピールするような口調で言った。謝罪の一言も無しかよ。まぁお前ってそういうやつだもんな。絶対謝らないもんな。ボクの給食費を盗んでも謝らなかったもんな。まぁこれ以上険悪な雰囲気を作ってもしょうがない。忘れてあげよう。
 悟文がいうにはこれから向かうのは実家ではなくて悟文の彼女の家だそうだ。
 悟文は現在、母親と喧嘩中らしい。こいつに原因があるとしか思えないな。そして行き場が無かったから彼女の家に避難しているようだ。こいつはとことん迷惑しかかけてないな。
「っていうかお前、彼女いたのか?」
「あぁそうだ。お前には無縁の言葉だろうな」
 こいつチクチクとけなしてくるな。よしこっちも反撃だ。
「その彼女、選ぶ相手を間違えたな。なんせ馬鹿でどうしようもない問題児の悟文のだからな」
 今のはかなり効いてくるだろう。さて悟文の反応はどうかな?
「みゆき、行く前になんかおやつでも買っていくか?」
「ここら辺にコンビニあったっけ?」
 やめろ! ボクを変な目で見るな! あいつらがしかとするから悪いんだ! 絶対あいつらわざとだろ! あいつら心の底から腐ってやがる!
「オレがいい女、紹介してやろうか?」
 悟文が親切そうにボクに尋ねてきた。こいつの紹介か。答えはもちろん、
「お前のせいでボクの人生を台無しにしたくないからいいわ」
 こんなやつに頼るならミジンコに頼ったほうがマシだ。……ミジンコはお前だろって言うの止めてもらえます? とても心が痛むので。
「そうか。お前はモテ男になる最後のチャンスを逃したぞ」
「ボクの人生がダメになる最大のピンチを切り抜けたの間違いじゃないの?」
 ボクはにこやかな笑顔で悟文を痛めつける。そんなボクたちの間にみゆきさんが入ってきた。
「そういえばおチビくんは彼女いない感じ? なんか想像できるなぁ。すごいモテなさそう」
 ボクの怒りメーターがさらに30%上がった。
 あと20%上がるとボクは爆発するであろう。
 あぁそうです。ボクは気弱で頼りないしつまんないからもてないんです!
 まぁ良く言うじゃないか。オタクはモテないって。でもボクの場合はボクがオタクだってことをほとんどのみんなは知らないから。知っているのは小山と礼華くらいだ。ボクは将来、結婚できずに孤独死するのだろうか。考えるだけでゾクゾクしてきた。
 こんな情けない自分に絶望していると黄色い壁が特徴の三階建のアパートが目に映った。
 けっこう最近に建てられたようだ。壁の傷などもほとんど目立たない。悟文のかわいそうな彼女は裕福なのかな?
「ここが悟文にはめられて彼女になった人の家?」
「お前、まだ言うか?」
 ボクは悟文の拳をきれいにかわしながらまだ言うよと答える。
 みゆきさんはとっくに2階に登って悟文の彼女の部屋の前でボクたちを待っていた。
 運動不足のボクには階段を上がるという行為はとてもつらいことでみゆきさんの場所に着くころには息切れをしていた。ボクってやっぱり情けないなぁ。
 しかしこのボクの息切れを止めるできごとがボクの目の前に起きた。
「み、道橋!?」
 ボクは悟文の彼女の部屋の表札を読んだ。確かに表札には道橋と書いてあった。
 ボクはひとまず悟文を見た。しかし悟文はみゆきさんとアイコンタクトをとって笑っていた。
 そして混乱しているボクの前のドアが開いた。
「久しぶり、徹」
 中から出てきた女性は笑顔でボクにそう言った。

 悟文とかおりは半年前から付き合っているらしい。
 そしてかおりは昔と変わらず黒髪のストレートでおとなしそうな外見だった。やっぱり可愛いかった。彼女を見るだけでなんか疲れがとれる。
「何年ぶりだろうね。小学校の時以来か」
「まぁ立ち話もなんだしあがってよ」
 かおりはボクたちを中へ誘導する。本当に口調もなにもかもそのままだなぁ。
「ちょいと狭い家だが辛抱してくれ」
「ここはアンタの家じゃない!」
 あっでた、昔から変わらないかおりの十八番のローキック。そして見ていて気持ちいいほど痛がっている悟文。この光景も昔と変わらないや。
 中に入るといかにも女性らしい家具とインテリアがあった。どれもこれもけっこうな値段するよね。やっぱり裕福なんだな。
「徹は昔と変わらないね。小さくてやっぱり可愛い♪」
 昔からなぜかボクはかおりに可愛がられていた。昔はかおりはボクの頬をつっついて遊ぶのが癖になっていた程だ。ボクもこれを嫌がらず受け入れていた。
「あぁ懐かしい。このつっつかれる感触、昔のまんま。あぁ、もっとつっついて」
 なんかボク、これだけを見ると変態の一歩手前だね。まぁ気にしないで。
 かおりがボクで遊んでいると残りの二人が冷蔵庫をあさりだした。
「徹は大学に行くの?」
「声優の専門学校に行こうと思ってる」
 かおりにはとっくにボクと悟文がオタクだということは昔から知っている。
「かおりは?」
「ちょっと迷ってるんだよね。公立の大学に行くか、私立の大学に行くか。たぶん東京に出て私立に行くと思う」
 やっぱりかおりは昔からかわいいし成績も良いから人生絶対上手くいくよね。ボクとは真逆だ。なにかボクに分けてくれないかな。
 でもかおりは性格さえなんとかすればパーフェクトなんだけどな。
 今もまだ意味もなくボクの頬をつっついてくるし。昔になんでつっつくのかかおりに聞いてみたけど『理由なんてどうでもいいじゃん』と真相を教えてくれなかった。
 しかもかおりがボクとイチャついていると思ってすごい形相でボクを睨みつけている悟文がとても気になる。
「おーい、かおり。冷蔵庫に酒がないんだけど。買ってくるか?」
 悟文は鬼のような形相を忘れさせるくらい笑顔で言った。
 っていうかお前酒とか言わなかった!?
「じゃあいっっぱい買ってきて」
 かおりは平然と悟文に注文する。
 なに?これいつもの光景なの?
「ビールまずいからいやだ。コーラがいい!」
 これは好き嫌いの問題じゃないと思うんだけど! ボクが言ってること合ってるよね!?
「みゆき、わがままはダメだぞ」
 どっちがわがままだよ! コーラにしようよ! コーラに!
「わかったよ」
 みゆきさん、そこは折れないで! ボクたち未成年でしょ!?
「でも徹は身長が低いから飲めないか」
「あぁ忘れてた!」
「残念だわ」
 あなたたち絶対おかしいからね! 酒と身長の関係性を詳しく教えてくれ!
「でも他にもいろいろ必要そうね。悟文、みゆきとスーパー行ってきて」
 ひとまず酒はなくなったようだ。悟文とみゆきさんが買い出しに行くらしい。……ちょっと待った。そうしたらボクはかおりと二人きり!?
「オレのかわりに徹行け」
「徹は私と話すからダメ!」
「はぁ?」
 悟文は常にかおりと一緒にいたいらしい。なんか切り離してみたいなぁ。
「悟文、早く行くよ!」
 ボクの思いが伝わったのかみゆきさんが悟文を強引に引っ張って外に出てくれた。
 ということはボクはかおりと二人っきり! あ、ボクはかおりと二人っきりになること望んでいたわけではないからね! 絶対違うからね! ……誰だ! 嘘つく奴ほどよくしゃべるって言ったの!
「徹?」
「は、はい!」
 ボクは案の定動揺してしまった。さっきまでは普通に喋れていたのに。やっぱり人と二人っきりになるのは苦手だなぁ。
「わ、わたし……好きだったんだ」
「え? 誰を? 悟文のこと?」
 この人は急に何を言い出すのだ。ボクに悟文が好きなことを話しても意味ないのに。
「わ、わたしの目の前にいる人!」
 かおりは顔に赤くしながらなぜか怒鳴った。
 ちょっと最後のほうが聞き取れなかった。
「ごめん、もう一回言って」
「徹、それ嫌がらせ?」
 え? ボクなにか悪いこと言った?
「わたしは小学生のとき徹が好きだったの!」
「!?」
 十年越しの告白ですか!? ボクこんなこと言われたの初めてだからどう答えてあげればいいかわからないよ!
「徹、その頃女子に人気あったんだよ」
 ボクがモテただって? そんな非科学的なことあるわけない!
「嘘だと思ってるでしょ? これは本当だから」
「あ、ありがとう。とってもうれしいよ」
 ボクは実際のところうれしいどころでは済まないくらい歓喜に満ち溢れていた。今なら頑張れば大空を飛べそうな気がする!  
「でも徹引っ越しちゃったじゃん。だから私の気持ち伝えられなくて」
「気持ちに気づいてあげられなくてごめんね。ボク鈍感だから」
 かおりはその鈍感さも含めて好きだったのと言ってくれた。そんなこと言われたらうれしさがまた倍増してきちゃうじゃん。
 かおりに言われてわかったのはひょっとしたらボクは『平凡』ではないのかもしれない。ただの思い込みだったのかもしれない。やはり幸せというものは灯台下暗し、身近に潜んでいるものなのだろう。
「このことって悟文も知ってるの?」
「あぁみゆきも知ってるぞ」
 前からではなく玄関のほうから声が聞こえた。ボクはすかさず振り返った。しかも天使のようなかおりの声ではなく悪魔のような悟文の声が! あいつこの会話聞いてたの!? 人に知られるとやっぱり恥ずかしい! ボクもすごい火照ってきた!
「今日は寒いから鍋にするか!」
 かおりの顔は赤くなく元通りになっていた。なんという切り替えの早さだろう。しかも寒いねとさっきまで汗を出すほど照れていた人が言ったとは思えない発言をしている。
 ボクだけに夏が訪れたようだった。

 鍋も食べ終わり、わいわい話していると帰るのにちょうどいい時間になっていた。
「じゃあボクはこれで」
「徹、帰さないって言ったはずだ」
 悟文! ボクの右足に巻きつくな! かおり! お前なら悟文を止められるはずだ!
「かおりの家だし、困るよね?」
「徹の手足縛っても帰さないよ」
 まさかの監禁予告!
「お前が財布をここに置いていくなら帰っていいぞ」
 まさかの窃盗予告!
「徹、なんとなく殴らせて!」
 まさかの傷害予告!
 ボクの今日のツッコミはやけにキレが増しているような気がした。ツッコミのレベルが七から八に上がったとかってナレーションをつけてほしいくらいだ。
 予告どおりボクは帰ることが出来なかった。帰ろうとはしたがボクの財布が人質にとられていたのであきらめて泊まることにした。
「徹はそっちの部屋で寝てね」
 かおりはほぼ物置部屋と化している部屋を指差した。狭すぎるため布団の半分はリビングに出てしまっているくらいだ。
 そしてかおりは颯爽と眠りについてしまった。よほど疲れているんだろうな。
 ボクは基本的に夜型の生活を送っていたからまったく眠くない。悟文と何かして眠くなるまで待とうかと思ったが悟文もかおりとは少し距離をおいて横になっていたため話しかけれなかった。しかしなぜ二人の間に距離がこんなにあるのだろうか。そもそも彼氏以外の男を何のためらいもなく泊めるものだろうか。その男は十年ぶりに会った旧友というだけなのに。かおりはボクのことを信用しているからこそこういうことができるのだろうか。しかしかおりは無防備すぎる。もしボクがかおりを襲ったらどうするのだ。ボクだって一応男だし、しかも昔好意を寄せられていた女性となるとなおさらドキドキしてしまう。でもそんなことしたらかおりに嫌われてしまう。それは嫌だ。
「おい、人の彼女に何しようとしている?」
「ひぃ!」
 ボクはかおりから離れた。あれ? ボクさっきまで布団にいた気がするんだけど。もしかして無意識のうちにかおりを襲おうとしていたのか!? やばい! さっき大声をあげてしまったからかおりは目を覚ましているかもしれない!
「……セーフ」
 奇跡的にかおりはまだ眠りについていた。これはかおりが相当疲れていたのかそれとも神様がくれたプレゼントなのかは定かではないがとにかく神様ありがとうございます!
「徹、襲っちゃダメだろ」
「な、なにを言っているのさ! ボクがそんなことするわけないではないではないか!」
「お前も動揺するとそうなるのか」
 ダメだ。この馬鹿相手ならごまかせると思ったのに。少し成長しやがった。
「でも徹、こいつを襲おうとしても無駄だ。返り討ちに喰らうぞ」
「どういうこと?」
 襲おうとしてたのがバレてからボコボコにされるってことか?
「オレもこの前ふざけてかおりの布団に足のほうから侵入したんだ」
 このド変態が! 世の中のゴミ以下の存在が何してるんだよ! いや基準にしたゴミたちがかわいそうだ。今すぐゴミたちに謝れ!
「寝ているはずなのだが華麗なキックがオレの顔を直撃したんだ。こいつ寝ているときでも自分の近くに危険を察知すると自然と攻撃してくるらしい。だからオレは寝るときこいつと距離をとっているんだ」
 ボクはなるほどと思った。さすが最強の美女。もっと悟文が正常な頭に戻るくらい痛めつけてくれ。まぁ正常に戻ることはほぼ皆無と言っていいのだが。
「さて徹、このことをこのお方に話すかどうか決めようじゃないか」
 うっ、絶対何か脅される! こいつはこういうときにだけ頭が働くから。どうか今も馬鹿であってくれ!
「まぁ面倒だからいいや」
 よっしゃ! 今も馬鹿だった!
 このあと悟文はすぐに寝てしまった。さっきのでこいつの思考回路は本当にどうなているのか徹底的に調べたいと思った。何かノーベル賞級の新発見があるかもしれないから。さてボクも心臓バクバクしてるけど寝よう。
 ……だめだ。やっぱりかおりが気になる。でもさっきかおりは起きなかったから次も大丈夫だろう。ボクは再びかおりに近づく。しっかりと悟文が寝てることを確認してからかおりにギリギリまで近づく。
「我慢できない! かおり、ごめんなさい!」
 ボクはかおりの唇を狙ったが後頭部から何者かに襲われてかおりから離された。
「い、いまのがかおりの睡眠キックか。いつもより強くないですか?」
 ボクはあきらめて自分の布団に戻った。考えてみるとなんであそこの位置からあんなキックを繰り出せられるのだろうか。角度でいうと一二〇度くらいだったはず。ダメだ、さっきの衝撃でまとも物事を考えられない。よし寝よう。
「ちゃんと勉強しろよ。まぁお前が一〇分以上集中して出来たときには世界は破滅してそうだけど」
 ボクは横浜駅で後頭部の痛みを気にしながら悟文に皮肉を加えながらもエールを送った。悟文は絶対一五分は続けてやるからなとなかなか低めのハードルのことを言っていた。ボクはいつものように笑い、じゃあと言って電車に乗った。
 改めて昨日を振り返ってみると本当にすごかったな。昔の友人、おそらく友人であろう人と会って、ともに初めて会ったのにきついことを言ってくる人と会って、昔のアイドル的存在の人とあってその人に告白されて。とにかく楽しかったな。もしみんなが試験に受かったらまたこうして笑いあえるんだよね。よし、絶対合格して『平凡』な人生を切り開いてやる!
 ボクが決意すると同時に電車は出発した。
「お前横浜港で何してたの?」
「お前なんで横浜で一泊したんだ?」
 休み明けの月曜日。ボクと小山の会話の一部である。
 小山は土曜日に川崎駅で会って小山はバイトがあると真実とは思えないことを言って横浜駅で去って行ったのだ。そして今日、何回もバイトについて聞いてるんだけどまともに対応してくれない。質問するたびにこういう風に質問で返されるのである。小山の質問はもう今日で六回は聞いた。
「だから昔の友達の家に泊まってたって言ってるじゃん」
 このセリフも本日五回目である。いい加減話してくれよ。やっぱり犯罪に手を染めてしまったか!? ここは小山を更生させるような言葉をかけてあげるのが最善だろう。
「頑張って生きろ。人生これからだ」
「なんでお前に励まされなきゃいけないんだ? 今の台詞、横浜でも言ったと思うんだが」
 なんでこいつの頭脳でそういうことを覚えていられるんだ? ドーピングか?
 ドスッ
 ボクの首からそんな鈍い音がした。そしてとても痛かった。小山も痛がっている。
「あんたたち大げさなのよ。まだ五割しか力出してないわよ」
 礼華はそんな本当だとは思えないことを言っている。こいつのチョップはなぜか中から痛むのだ。
「はい、問題。声優の石川 広史の出身地は?」
「宮城!」
 ボクは痛みに耐えながらズバッと答えた。こんな問題簡単すぎるね。答える価値もないさ。すいません、調子乗りすぎました。
「正解、あんた少しは成長したね」
「まぁね。まとめたノートを肌身離さずもっていたからね」
 本当に自分でも驚くくらい覚えたよ。ボクもやればできる、努力の天才なのだ! はい、また調子に乗りすぎました。
「こっちのほうは全然成長しないのに。運命って皮肉なものね」
「なんか日に日にけなし方が増してるよね」
 礼華はすばらしい褒め言葉をありがとうとさらりとボクの反撃を跳ね返した。
 キーンコーンカーンコーン
 七時間目のチャイムが鳴り響いた。ボクはこの授業が終わったあとまた礼華の家に行って入試勉強だ。礼華がボクのためにいろいろサポートしてくれているのだ。けっこう前にも言ったとおり礼華はすでにサッカーの特待生で大学入学が決まっている。だから今はサッカー以外することがないということでボクにつきあってくれている。これは本当に感謝するべきことなんだろう。ちなみに小山は何もしてくれていない。まあ期待もしていないのだが。
「ほら徹、さっさと帰るわよ!」
 礼華はボクの腕を半ば強引に引っ張って歩き出した。ちょっとこの光景を見られると恥ずかしいからできればやめてほしいんだけどな。というよりなぜボクは抵抗してないのになんか強制的に連行している形になっているのかも不思議なのだが。
「お、礼華。また夫婦でお帰りか?」
 目の前に現れたのはボクと同じクラスのよく礼華をからかっている霧澤くんだ。毎回、礼華に気があるようなアピールを何気なくしているが礼華はまったく気にしてないようだ。まぁめげずに頑張ってよ。ライバルは多そうだけど。
「何が夫婦よ。お嬢様とその召し使いにしか見えないでしょうが」
 礼華から見てボクはそんなものなのか!? どんどんボクの地位が下がっていっている!
「あぁそうなのか。それより放課後、暇?」
「暇じゃないわ。私はこいつのことで忙しいのよ」
「やっぱ夫婦か」
 礼華は違うっつーの! こんなチビ、人間でもないわ! とボクの存在までも否定する。なんかボクの心が痛んでくる気がするようなしないような。さっきまでまだ存在は認めていたのに。
「非常に残念だ。そういえばお前らこのごろずっと一緒に帰ってるよな?」
「まぁこのごろはね。結構前からたまに一緒に帰るくらいだから」
 あの一方的暴力ゲームを行うことをゲームと呼んでいいのかはわからないが。一応結構前から一緒に帰っている。それが何か問題あるのかな?
「お前らマジで恋人だと思われてるぞ。周りの目線見てみろよ。まぁ礼華は男子からも女子からも人気ナンバーワンだから目立ってんだよ」
 ボクは周りの人たちの様子を見てみた。するとボクたちを見てクスクス笑っている女子二人が見えた。おそらく二年生であろう。他にも男子がマジで三橋あの地味なやつと付き合ってるのかよ。あいつのどこがいいんだ? と言っている声が微かに聞こえる。さっきの女子二人はさすがにあの男は頼りなさそうだし無いわよね。あの人、男見る目ないんじゃない? と馬鹿にしている声も聞こえる。
「ちょ、ちょっとみんなひどいよ。これじゃ礼華がかわいそうじゃないか!」
 ボクの声に周りのみんなが反応した。このあとボクはどうすればいいんだ? そうだ、礼華はどういう反応しているのだろうか。ボクはそう思い、目線を移そうとしたが礼華は何もなかったような顔をしている。今のボクの行動に呆れてるの?
「あ、なんかあの人キレてるみたいだよ。こんなことでマジになるなんて馬鹿じゃないの。あの人って変わった人好きなんじゃない?」
 ボクは別に馬鹿にされていいが礼華が馬鹿にされるのは許せない。
 その礼華はボクの隣にいるはずなのだがなぜかいない。礼華はさっきの女子二人の所に向かっていた。そして女子の片方に向かって思いっきり平手打ちした。しかし叩かれる音が聞こえない。
「次、徹を馬鹿にしたら寸止めしないから。言いたいんだったら陰でコソコソと馬鹿なこと言ってなさい」
 そう言って礼華はボクのところに戻ってきた。さっきの女子はすぐにどこかへ行ってしまった。さっきの礼華は本気だった。昔、確かボクが引っ越してきて間もないときに同学年の人にいじめられたときにはすぐに礼華が駆けつけてボクを守ってくれていた。あのときの礼華とさっきの礼華は同じだった。ということは今もボクは昔と変わらず弱い人間ということを意味している。
「徹、こんな無駄なことで時間使いたくないから行くよ」
 ボクは礼華に急いでついていこうとしたが、少し立ち止まって霧澤くんにありがとうと言ってまた礼華についていった。学校から出て五分くらい何も会話できないでいた。やっぱり傷ついて話したくないのだろうか。これもボクが情けないせい。とことんダメな人間だな、声優になるって決めたとき人生を変えると言ったのに全然変えられそうにない。一生こんな人生なのかな。
「ねぇ、徹」
「な、なに?」
「うれしかった」
「何が?」
「徹が私のために怒ってくれたこと」
「あ、あれは本当に許せなかったから。それで嫌な思いしたならゴメン」
 礼華は顔を下に向けながら謝らなくていいよと言ってくれた。でもあんなことされたら誰でも恥ずかしいか。
「徹、私たちが初めて会ったときのこと覚えてる?」
「え? 急にどうしたの?」
「いいから質問に答えて」
 ボクは正直初めて会ったときのことをまったく覚えていない。言葉を悪くするとゲームみたいにゲームを始めたらただそこにいた感じだ。
「たぶん覚えてないでしょ。徹は自分の都合に悪いことはすぐ忘れるんだから」
 そんなに初めての出会いがボクに都合が悪かったのか? なんか思い出したくないな。
「初めて徹を見たのはここよ」
 ボクはここ、家の近くの公園で出会ったらしい。ここは大きいジャングルジムがあって通る度に子供が楽しそうに登っている光景を見る。そういえばボクも家にいてすることなかったらひとまずここに来てたっけ。ボクと礼華は公園の中に入って赤いベンチに座った。まだ夕焼けがきれいで日は落ちてないのに子供は一人も見当たらない。
「徹はこの公園で近所の上級生、確か二つくらい上の上級生にそのころ流行っていたデュエルスーパースターズのレアカードを取られそうになってジャングルジムの上で泣きながらどっか行って! って叫んでたんだよ」
 なんでそんなに鮮明に覚えているのでしょうか。デュエスパとか懐かしいね。今でも一応押し入れの中にあると思うんだけど。
「そこにたまたま私が通りかかって徹があまりにもかわいそうに見えたからその上級生を追っ払ったってわけ。これが私たちの出会い」
 本当ボクらしい出会い方ですね。考えてみると男と女の立場が逆じゃないですか。
「そのころは私が徹を守っていたのに、今は徹が私を守ってくれているんだね」
「とんでもない。結局ボクは礼華に助けられなきゃ生きていけない」
「徹、さっきだって徹が怒ってくれてなきゃあんなこと出来なかったんだよ。そんなに自分を責めないで」
 礼華がこの台詞を言ったあとしばらく沈黙が走っていた。
「徹、本当にさっきはかっこよかった」
「ありがとう。うれしいよ」
「あのさ、これからもさ」
 礼華はそこまで言って急に言葉を止めた。間は少しだったがボクには長く感じられた。
「これからもさ。さっきみたいに、私を守ってくれないかな。ずっと私のそばでさ」
 ……今、礼華は何について話してるんだろうか? まったく理解できないんだけど。まさか今ってかおりのときと同じ状況!?
「ねぇ答えて」
 礼華はうつむいている。やっぱりかおりのときと同じだ=これは告白だ!
「ちょ、ちょっと待って。急にそんなこと言われたら困るよ! 礼華はさ、もっとボクみたいじゃなくて頼れる人の恋人になったほうがいいと思うよ!」
 ボクの今の返答、おそらく最低であろう。自分でも後悔している。
「徹、なに言ってるの?」
「?」
 その台詞はさっきの礼華に対して言いたかったことなんだけど。今の完璧に告白だよね?
「守ってっていうのは友達としてだよ。私、言わなかったっけ? 私より身長低い男の人は恋愛対象にはならないって」
 さっきのドキドキを返せーーーー!!
 ボクはしばらく恥らいのため顔を上げれなかった。いっそのこと殺してくれ。
「よし、私が殺してあげる♪」
 なんでまた心の声が漏れているんだ!? それにそんな声でボクが萌えるとでも思ったの!?
「でも徹がもうちょっと身長高かったらわかんないかもよ」
 礼華はそう言って公園を出て行こうとした。これから礼華の家で勉強の予定だったような気がするけど。
「礼華!」
 ボクは礼華を呼び止めた。やっぱりさっきのお礼をしっかりとしなければならないと思ったからだ。
「何?」
 礼華は立ち止まってボクの方を向いた。あんな恥ずかしい台詞を言ったあとだからなのか、夕焼けがまぶしいせいなのかはわからなかったが礼華の顔はとても赤かった。
「本当に今日はありがとう」
「こちらこそありがとう」
「あとさぁ、礼華って本当にああいう女の子っぽい台詞似合わないよね」
 案の定、礼華はすぐにボクのところに走ってきてボクの首を腕で絞めてきた。
「次、そんな台詞言ったらもっと痛い目に遭わせるから。楽しみにしてなさい!」
 すでに女の子らしかった礼華が普段の礼華に戻っていた。いやボクがわざと戻したのだ。これ以上あのままだと本当に恋に落ちてしまっていたかもしれないから。
 
 ボクは礼華と二人三脚で勉強して試験当日を迎えた。周りからは恋人同士と見られているのかはわからないがボクたちはさほど気にしてないし変わったこともなかったのでスルーしていた。
 ボクは試験を受けるために川崎駅のホームにいる。なぜか小山の隣に。
「だからなんで毎回お前がボクの隣にいるのさ!」
「そういう運命なんじゃないか?」
 ボクはもうこいつと話したくないと思った。
「今日も港でバイトか?」
「その通りだ。今日も粉がどうたらこうたらだったかな」
 こいつは罪を着せられて不幸な人生を送りそうだな。ということは小山と会うのもこれで最後かもしれない。よし、これがボクからの最後の贈る言葉だ。
「お前のことはあと三週間は忘れない」
「何言ってるかわからないが殴っていいか?」
 ボクが小山に殴られる寸前に電車がきてドアが開いたためなんとか痛い目に遭わずにすんだ。
「とーおーるー」
 とても目立つ声でボクの名前を叫んでたのはみゆきさんだった。けっこうよく通る声なんだね。隣にはやはり悟文がいた。朝から馬鹿そうな顔をしている。
「こいつらがあの昔の友達?」
 将来囚人になるであろう小山は一応機嫌は取り戻していた。正直さっさとどこかに行ってほしいな。ボクは男のほうだけねと答えた。
「この人だーれ?」
「ボクの今の親友、いや悪友、いや顔見知り」
「さっきのぶんも一緒に殴っていいか?」
 麻薬取締法違反じゃなくて傷害罪で逮捕される気か!? もう取り返しつかないところまで行ったか! ボクがそんなことを考えているうちに小山はじゃあと言ってどこかへ行ってしまった。みゆきさんは小山の立ち去った方向をずっと見ている。まさか惚れたの!?
「なんかあの人、悟文に雰囲気似てるよね」
「そうか?」
 そう言われれば似てるかもね。まさか兄弟とか!?
「どうでもいいや。早く行くぞ」
 悟文はボクたちを置いて歩き始めた。学校に近づくにつれ人の数は当然どんどん増えていった。ここら辺は東日本アニメーション学校がある他に、調理師や美容師の専門学校などが立ち並んでいる。近くには喫茶店やらコンビニやいろいろと揃っている。横浜ということもあって電器屋やデパートも近くに見える。
 ボクが周りをキョロキョロしているうちに学校に着いてしまった。
「あぁ緊張してきた。腹痛が……」
「殴れば直るんじゃない?」
 みゆきさん、そんな笑顔で言わないでください。そんな治療法は知らないです。
 学校に入るとロビーに試験会場はこちらですと書かれた看板が三、四個もあった。そんなにみんな迷わないと思いますけど。
「やばい、自分の名前の漢字ど忘れした」
 こいつは合格する気があるのか? 勉強ちゃんとしてきたのか?
 悟文がやっと自分の名前の漢字を思い出したところでボクたちは教室に着いた。受験する生徒を二つに分けているようだが五十音順に分けているためボクたちは同じ教室で受けることになっている。ボクとみゆきさんは名字の五十音が近いため隣同士であった。
「ねぇ徹」
「な、なんでしょう?」
 ご覧のとおりボクは未だにみゆきさんに慣れていないので応答に毎回困っているのだ。
「私の隣の人、すごい怖いんだけど」
 怖いってヤンキーみたいな人ってことかなと思いボクはみゆきさんの隣を覗いてみた。そこにはすごい目つきが悪くてボクより少しだけ背が高そうな青年がいた。確かに雰囲気は怖いな。
「はい、静かにして。今から試験についての説明を始めます」
 教室の入り口のほうからそんな声が聞こえたのでボクはとっさに姿勢を正した。
 そして軽い説明のあとすぐに試験は始まった。問題は二〇〇点満点で一問あたり約二点らしい。ボクが問題用紙を見たところ最初の問題は漢字の問題。五問で一つ
一点の配点だ。しかし『固い』の対義語や『耳鼻科』の読みなどなので間違える人はそうそういないと思う。さて悟文は答えられるのか? まぁ期待はできない。
他にも高校入試に出てくるような数学の問題や歴史は先土器から今の平成まですべての年号を順番に書けなど常識があれば難なく突破できる問題だ。
「はい、そこまで! 筆記用具を置いて!」
生徒が一斉に持っているペンを置いた。ボクはなかなか出来たほうだけど他の二人はどうなんだろう? みゆきさんは途中から寝ていたし。それほど余裕だったってことだと願いたい。
「徹、どうだったんだ?」
 悟文は陽気に話しかけてきた。お前はテストが出来ないことに慣れているから笑顔でいられるっていうことか? 
「悟文、あの『固い』の対義語って何て書いた?」
 それは正誤を確認しなくてもいいんじゃないかな? 別に漢字指定じゃなかったんだし。
「え、あれ『たいぎご』って読むのか」
 確認しておきたいことがある。君、何歳? 小学校は一応行っていたよね?
「馬鹿だなぁ。あれの答えは『固くない』だよーん」
 いったいどういう発想したらその答えにたどり着くの? 逆にたどり着かないほうがおかしいの?
「あの年号がなんとかっていう問題解けた?」
 おそらく悟文は珍回答を出してくるだろう。
「ひとまず平成、近未来、魔術と科学が交錯する世界って書いておいた」
 なんで今から数えた? あとなんで最後のやつだけかっこいいんだよ。 
「さてこんな無意味な答え合わせをしている暇なんて俺様にはないのだよ」
 本当にそれはお前に一番似合わない台詞だね。みゆきさんは優等生っぽーいって喜んでるからいいか。この方たちの不安が募るなか次のテスト、声優、アニメ基本知識のテストが始まった。一〇〇点満点で結構マニアックな問題は比較的少ない様子。
 アニメや声優の歴史の問題が中心となっている。たとえば第一次声優ブームの中心声優や吹き替えした映画、ドラマなどを問題として問われる。ボクはそういうことを普段から知識として身に着けているのと同時に昔のアニメのことは父がよく教えてくれたため色々と覚えている。ボクがアニメ好きになったきっかけは父なのです。
「あぁひとまず終わった!」
 悟文がおそらくテストの結果が終わったという意味で言っている。
「さて、昼はどうする?」
 ボクはここらへんの土地感がないので二人に任せるしかない。正直この二人に頼りたくないんだが。
「そういえばここの近くにうまいハンバーグの店があるって誰かから聞いたような」
「よし、私おいしいグラタンの店知ってるからそこに決定!」
「決定!」
 悟文、さっきハンバーグとか言ってなかった? なんで急に話が転換されたのかな? やっぱり二人のテンションにはついていけないな。
 ボクたちはグラタンの店に行くはずだったのだが結局ハンバーグの店に行って食事した。
 このあとはボクにとっては鬼畜の面接試験がある。質問されることは毎年決まっているようだ。その質問は「なぜ声優になりたいと思ったのですか?」である。一番聞かれそうなシンプルな質問である。だけどこれが一番難しい質問だと思う。
 この二人は大丈夫なのだろうか。まぁ今は自分の心配をするしかできないんだけど。
 そうこうしているうちに最初の面接の人が呼ばれた。というよりその最初の人が悟文だった。
「なんで俺の苗字、青野なんだよ!」
 ボクたちじゃなくてご先祖さまに文句を言いなさい。それが運命なのだよ。今のボク、けっこうかっこいいかも!
「じゃあ行ってくるわ」
「がんばって、悟文」
「good luck!」
 そう言って悟文は教室を出て行った。
「なんで悟文はなんでボクたちにgood luckっていったのかな?」
「馬鹿だからじゃない」
 悟文はみゆきさんにも馬鹿って思われてるのか。すごい落ちこぼれだね。もう逆に褒めたいぐらい落ちこぼれだね。
 そしてそこからけっこう長い沈黙が続いた。やっぱり二人の仲介の悟文がいなくなるとけっこう困るな。
「ねぇ悟文がいなくなって気まずいとかって思ってるでしょ」
 すごい図星! やっぱりそういうことが顔に出ちゃう性格なのかな? みゆきさんは暇すぎてボクの頬をつっついて遊んでいる。ちょっと周りから変な目線で見られているとボクは思ってしまうんですが。しかも面接前だというのに携帯いじれるほどの余裕。
「みゆきさんは面接とかって緊張しないほうなの?」
「その呼び方みゆきちゃんとかに変えてくれない? めっちゃキモイから」
「あぁごめん」
 みゆきさん、じゃないやみゆきちゃんはけっこう怖いなぁ。中身だけ女ヤンキーとかだったりして。
「えー、坂口徹、清水義基、城田みゆきはA教室の前に来てください」
 とうとうボクたちの番か。みゆきちゃんも落ち着いているように見えるけどおそらく緊張しているだろう。ここは男として緊張をほぐしてあげなきゃ。
「いやー、同じグループなんてボクたち、運命なのかも!」
「……」
 ボクは無言という苦痛に耐え切れなかった。みゆきちゃんはボクを置いて教室を出て行こうとした。しかとって一番つらいんだよ! みゆきさんはこういう馬鹿っぽい発言が好きそうだったから言ってあげただけなのに! 誰かボクを慰めて! 
「ちょっとおいてかないでー」
 ボクの少し先を歩いていたみゆきちゃんがやっと立ち止まってくれた。
「だってなんか一人で喋っていたから。君だって私が独り言しゃべっていたら無視するでしょ?」
 急に真面目キャラになった! これも緊張のせいか! ボクが混乱している間にA教室についた。教室の前にはパイプ椅子が三つおいてある。この面接試験は三人一組で受験番号順に行われる。だからボクとみゆきちゃんは同じになる可能性が高いに決まっている。ボクたちが座ってからすぐに清水という男が現れた。目つきがけっこう悪くてヤンキーみたいな人だった。ボク、こういう人は苦手なんだよ。髪は礼華くらいの長さでけっこう長い。そしてなんか威圧感を放っている。
「坂口さん、清水さん、城田さんは入ってください」
 ボクたちは教官に案内されて部屋の中に入った。そして用意されていた椅子に座った。
「面接官の佐崎です。右から自己紹介をお願いします」
 右からなのでボクから自己紹介だ。
「ボクは坂口徹と申します。川崎市立東高校を通学中で三月に卒業予定です」
 よし、きちんと言えた。前のボクから見ると考えられないことだ。次はみゆきちゃんの番だ。
「私は城田みゆきと言います。横浜市立東丘高校に通っています。バイト、いやアルバイトは週一でカラオケ店でやっています」
 なんかいらない情報言ってたな。あと絶対そういう丁寧な言葉使い慣れてないよね。あと悟文もみゆきちゃんもあの横浜の公立高校の中で最低ランクの東丘高校だったんだ!
「自分は清水義基と申します。名古屋第二商業高校の三年生です。よろしくお願いします」
 見た目とは反してしっかりしているね。
「自己紹介どうも。じゃあ質問してもいいかな?」
 来た、毎年決まっている質問。シンプルかつ難しい質問。
「なぜ声優になりたいと思ったのですか? 坂口さんからどうぞ」
「ボクは高校生なのですがずっと適当に過ごしてきて、今も後悔してます。でも過去には戻れないので今から何か見つけてやろうと思ってここを受験しにきました。この声優がボクの天職なんじゃないかと思っているんです。昔から親の影響でアニメが好きになって、その親にもまともに親孝行みたいなことをひとつもできていなくて、こんなボクでも社会に貢献できるっていうことを証明したいんです! これがボクの声優になりたい理由です!」
 ボクは言い切ったあとぐったりとしながら椅子に座った。おそろしいほど緊張した。もう他の人の言葉が聞こえない。みゆきちゃんは真実とは思えないことを話しているのが微かに聞こえてくる。あとから悟文になんでみゆきちゃんは声優目指してるの? と聞いてみたらみゆきちゃんが一目惚れした男のイケメン声優がいたかららしい。完璧にノリでここに願書出した感じがする。
「じゃあこれで面接試験を終わります。お疲れ様です」
 ボクたちは教室を出て廊下を歩いていた。まだ面接していない生徒とすれ違うのだが、やはりみんな緊張しているらしい。
「あぁ終わったー!」
「みゆきちゃん、まだここで叫んじゃダメだって」
 ボクたち二人は怒られないうちにその場から離れた。
「おぉ、お二人さん。面接どうだった?」
 教室にはいつもどおり陽気な悟文がいた。悟文は大丈夫だったのだろうか? 心配するだけ無駄なような気がする。
「おそらく最高の面接だったな」
 何もコメントできないや。まぁ悟文は放っておこう。さて、このあとの予定がまったくないから暇だな。どうしようか。
「さて、このあとどうする?」
「またドンチャン騒ぎでもする?」
 そうしたらまたボク帰れなくなっちゃうよ。この前も母さんにどれだけ怒られたか。ボクのことも少し考えてほしいな。
「今日はさすがに帰るよ」
「明日休みなんだからいいじゃん」
「いや、明日用事あるからさ」
 そう、ボクは明日用事がある。悟文が何の用事だよとボクに尋ねたと同時にボクの携帯にメールが届いた。
「あっ礼華からだ」
 ちなみに用事には礼華が関わっている=ロクなことじゃないのだ。
「礼華って誰?」
 みゆきちゃんがメールの中身を強引に見ようとしているのでボクは必死に避けている。
「どうしたの〜? そんなムキになっちゃって♪」
 普通メールは他人に見られたくないでしょ! とツッコミたかったがやめた。
「お前、彼女いたのか!?」
 なんで悟文は世界が終わるような顔をしているのさ! そんなにおかしいかな!?
「彼女じゃないよ。近所に住んでいる幼馴染だよ」
「じゃあいずれは付き合うっていうことだね♪」
 いちいち♪つけないで! 何か腹立つから!
「じゃあお前は彼氏がいるのか!?」
 悟文は会話に入ってこないで! お前が入ってくると話がややこしくなる!
「そいつどんなやつなんだ?」
「きっと徹のことだからナイスボディなお姉さまなんじゃなーい? 徹、そういうの好きそうだもん」
 ボクさっき幼馴染って言ったよね? まぁこの人たちは基本、人の話聞かないから別にいいけど。
「もしかして遊ばれてるんじゃないか?」
「今、流行の結婚詐欺師!?」
 結婚してないし。今、流行でもないし。遊ばれてないし。
「徹、そんな女とは今すぐ別れなさい! ってあれ?」
 ボクは二人にノックアウトされた。もう喋る気力がない。ブツブツとしか喋れない。自分の顔の色がどんどん抜けていくような感じがした。
「徹? 生きてる?」
「どうせボクは女にだまされて不幸な人生を送るんだ。どうせボクは女にだまされて……」
「徹が同じ言葉繰り返してるよ悟文!」
 やっと二人はからかいすぎました、ごめんなさいと謝ってくれた。
「それで徹の彼氏はどういうやつだ?」
 あなたからは悪意しか感じられないのですが。殴ってもよろしいでしょうか? 
「結局、帰っちゃうの?」
「いや、用事も延期されたから行くよ」
 さっきのメールは用事を伸ばしてほしいというメールだった。ということでボクたちはかおりの家へ向かった。歩いている間は悟文とみゆきちゃんの高校時代の話を聞いていた。悟文は高校の中ではマシだということを聞いてボクはさっきの悟文のように世界の終わりのような顔を思わずしてしまった。
「さて、着いたぞ」
 悟文はかおりの家の鍵穴に鍵を差し込むがなかなか開かない。
「悟文、まだ鍵開けれないの?」
「悪い、この不器用さは一生ものらしい」
 悟文は昔から不器用で針の穴に糸をすんなり通せた日には嵐が来るとみんなで言っていたほどだ。悟文が開ける前にかおりが中から開けてくれた。中にかおりがいるならインターホンを押せばいいじゃないか。
「悟文、そろそろ開けられるようになって」
「無理な注文だ」
 みゆきちゃんとボクは笑みを浮かべながら中へはいる。
「あ、徹もいたんだ……」
 かおりはボクを見てそんなことを言った。とっても気まずそうな表情をしていた。なんかボクがいると何か問題があるのかな? なんかボクを軽蔑しているような目線をしてきているような気がする。あ、まさか……
「なんかボクがいるとまずかった?」
「いや、そういうことじゃ…………ないの」
 君のその間がボクにダメージを与える。とても嫌な予感しかしない。
「かおり、どうしたの?」
 ボクたちの間にみゆきちゃんが入ってくる。ここはみゆきちゃんが話題転換してくれるのを期待するしかない。
「いや、ちょっとこの前徹が私の家に泊まったときのこと悟文から聞いてさ」
 この前のかおりの家に泊まったとき、かおりがボクのことが好きだったと告白されたとき。そして……
「やはりお前か!」
 ボクは悟文を睨みながら言った。
「悪い、言っちゃった」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 ばれちゃったよ! ばれちゃったよ! あのキス(寸前)ばれちゃったよ! っていうかなんで話しちゃうかな!? あのとき忘れてくれたんじゃないの!?
「あれー? 徹って意外と積極的? しかも人妻を?」
 みゆきちゃん、できれば黙ってて。しかも人妻はやめなさい。
「かおり、ごめん。ひ、ひいてるよね?」
 かおりの返答がとても怖い。もういっそここで殺してくれ!
「俺が殺してやろうか?」
 なんでお前がその台詞言うんだよ! 礼華ならまだしもこんな気持ち悪い悟文に言われたくない! あとなんで心の声が漏れてるのかな!? っていうか漏れてることを最初にツッコむべきだよね!? もうツッコミの優先順位がおかしくなってきた!
「ちょっと……徹の見る目変わっちゃったかも」
 気まずい関係の完成まですぐそこじゃん! せめてサクラダファミリアが完成するまで待ってよー! 
 ボクのそんな叫びも届かずボクは床に倒れ込んだ。すると倒れているボクにかおりが近づいてくる。
「徹、私が徹のこと嫌いになるわけないでしょ。徹は本当におもしろいね」
 ……まぁ嫌われてなくてよかった。あれはかおりの演技なのか。でもなんか恥ずかしい!
「かおり」
「何? どこか怪我した?」
「ボクを騙した罰として抱かせろ!」
 ボクは混乱してかおりに飛びつこうとした。でもボクはすぐに標的を変えた。
「まずはそこのクズ男からだ!」
 ボクはパンチを繰り出したが悟文はボクのパンチをあっさりかわしてボクはテーブルの柱に頭をぶつけた。
「俺はかおりのためを思って話しただけだ。彼女>友達に決まってるだろ。この非常識野郎が」
 くそ、さすがに反論できないや。腕を見ていると少し流血していた。ボクは損しかしてないな。
「徹、これは一生残るね。楽しみにしててね」
 かおりは笑いながらボクに絆創膏を渡す。そのあと冗談で一枚百円と言ってきた。
「でもあんなことで吐いちゃう悟文も悪いと思うよ」
「かおり、あれは日本語で拷問っていうんだぞ」
 悟文はおそらくその拷問を思い出して震えていたように見えた。どんなことされたんだろう。
「そう? ちょっと目の近くに寸止めのキックやっただけじゃん」
 あぁかおりの十八番の寸止めキックか。ボクも昔はしょっちゅうやられてたっけ。かおりは昔かキックのコントロールはとても正確で、悟文の話では誤差は五ミリにおさめるとか。
 だから狙われている人が少しでも動くとそのキックに当たってしまうということだ。例えると縛られて身動き一つ出来ない状態なのだ。
「お前、空手とかキックボクシング始めたらどうだ? 日本代表になれるかもしれないぞ」
「だから私、暴力は嫌いなの。だからやりたくない」
 理不尽すぎる! 
 ボクと悟文はおそらく同じことを心の中で思っていた。
「じゃあボクは帰るよ」
 今、ボクがここから帰れる確率はほぼゼロと見て良かったけど試しに言ってみた。
「もうそんな時間なの? じゃあ気をつけてー」
 え? あっさり帰してくれるの? 他のみんなもバイバーイって言っちゃってるし。仕方がないからボクはかおりの家をあとにした。外に出てもかおりの家からにぎやかな声が聞こえた。もう近所迷惑レベルじゃないだろうか。まぁ昔のボクなら静かの方が好んだけど今はにぎやかの方が好きかな。

 試験から五日後、今日は運命の合否発表だ。発表は公式ホームページ上で行われる。ちなみに今年の受験者数は一〇〇人程度らしく定員は六〇人なので倍率は約一・六倍だ。ボクは手ごたえで言うと大丈夫だと思うんだけど、あの二人がとても心配である。
「さて、そろそろ心の準備ができたし見よう!」
 パソコンの画面には日本ナレーション学校の公式ホームページの合否結果の上にカーソルがある。
「あとはここをクリックすれば……」
 しかしクリックできない。この状態がもう一五分続いている。
「ダメだ! ひとまずサイト徘徊してからだ!」
 ボクはとことんダメなやつだった。普通なら喜んでいるか悲しんでいるはずなのに。
 そんな現実逃避しているとボクの携帯の着信音が鳴った。どうやら悟文のようだ。
「もしもし?」
「お前、本当すごいな。ほんの少し見直した」
 いったい何のことを話しているのか? と思っていたが、ある程度何の話なのか察知できた。でも合格に対してはすごいとは言わないだろう。もしかしたら悟文だけ不合格だったとか? そうしたらあいつはこんな声は出ないだろうから合格したのか。
「お前、奨学金もらえるんだろ?」
「ふぇ?」
 そんなものもらう予定はなかったと思うけど。ボクは真相を確かめるべくあそこをやっとクリックした。
 そこには合格者一覧が載っていた。その下には成績最優秀者および奨学金制度対象者と書いてあった。そこには三つの受験番号が書いてあった。その中の一つがボクの受験番号と同じだった。
「なんかわからないけどやったー!」
 あとから調べたのだが、ここの学校は成績トップベスト3に深い意味はないが奨学金をあげるらしい。ちなみに返済はしなくてもいいらしい。
「俺たちもベスト3にはあと少し及ばなかったと思うが合格はしたぞ!」
 ボクは君たちはギリギリ合格だと思っているけど口にはしないでおくよ。でも本当に受かっていて良かった! しかもおまけまでついてくるなんてこれは礼華に感謝だね。
 このとき『平凡』なんて言葉はボクの中にはいなかった。




2010/11/29(Mon)21:38:17 公開 / ayahi
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■作者からのメッセージ
 はじめまして。ayahiです。これが初投稿になります。友達にこのサイトを紹介されて私も作品を出したい!と思いまして投稿しました。
 厳しい意見や指摘をしてもらえるとありがたいです。
 あと表現がどこか間違ってたら教えてください。
 よろしくおねがいします。

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