『姉との思い出』 ... ジャンル:ショート*2 ショート*2
作者:目黒小夜子                

     あらすじ・作品紹介
私には、身近だけど遠くて、怖いけど優しい、大切な人が居ます。

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
 小さい頃、私の住む地域には、大きいスーパーマーケットが無かった。両親が居る日は車を出してもらえるものだから、大して意識もしていなかった。だけれども、あの日は両親が家を空けていて、幼い私は中学生の姉と一緒に買い物に出かけたのだ。

 思い出そうとしても思い出せないのが、何故姉は、居ても邪魔くさい私をわざわざ自転車の後ろに乗せて連れ出してくれたのか、ということだ。今となってはどうでも良い部分でもあるが。

 私にとって、姉は怖い存在だった。何でもかんでも許してくれる過保護な母と違い、姉は厳しく叱ってくれる人だったのだ。しかし、叱ると怒るの区別もつかぬ年頃だったのだ、私は。

 真っ黒い自転車には、これまた真っ黒い鈴と真っ黒いサドル、真っ黒いカゴがあった。私はサドルに跨る姉の背中にぴったりとくっついて、自転車に揺られていた。何を買ったのかなんて覚えていなくて、ただとっぷりと暮れて暗くなった屋外に怯えていたことが記憶に残っている。そして、居るか居ないかもわからないおばけよりも、目の前に広がる姉の背中に怯えていた記憶もある。

 今となっては、小さい妹を乗せて自転車で買い物に行くなんて、健気な女の子だという目で見られるのだけれど、当時は違った。とにかく、いつ怒りの火の粉が飛んでくるのかもわからなくて、怯えていた。背後で怯える妹に気がついたのかどうかは定かでない。ただ姉は、私にこう言った。

「ななちゃん、来年は二年生だね」
 小学二年生のことである。私は姉のシャツをしっかりと握って“うん”と答えた。何を言われるんだろう、ゲームをやりすぎるなとか、お金を無駄遣いするなとか、そういうことだろうか? 小学一年生に上がったばかりの時“もう小学一年生になったんだから”と言われたように、二年生になったら同じことを言われるのかもしれない。

 はらはらとする私の気持ちを助長するように、自転車がガタンと揺れる。
「二年生になったら、九九をやるんだよ。お姉ちゃんが教えてあげよっか」
 進行方向を見たままの姉がそう言うので、しぶしぶ“くくとやら”を聞く気になった私が教えてもらうことになった。

 数学嫌いな姉がどうしてそんなことをするのか、いまだにわからない。ただ、かけ算など見たことも聞いたこともない幼子に、姉は懇切丁寧に教えてくれた。一の段は、後ろの数がそのまま答えになるのだとか、そんなことは話していたかもしれない。また、音痴を承知で、音程の悪い九九の歌を歌ってくれたりもした。正直まったくわからなかったが、意味もわからず、歌詞を覚える気持ちで九九を覚えた私を、姉が褒めてくれた。

「すごいね、やったねななちゃん」
 そんな具合だ。帰ってお母さんに話したらもっと褒めてもらえるよ、と、私の頭を撫でながら言った。好き放題に甘えさせてくれる母親が大好きな私は、喜んで、疲れた母が帰宅するなりさっそく九九を披露したのだ。予想通り母は褒めてくれて、姉と二人ですごいと褒めてくれた。

 私は、姉が怖かった。いつも怒っていて、いたずらをした時に許そうとする母を遮り、許しちゃダメだと話してくるからだ。だが、姉は姉なりに小さい世間に揉まれて、私が苦労しないようにと指導してくれていたのだ。この子が潰れないようにと。そこには、本来は母親が見せる役割のひとつすら抱いていたような、そんな気がする。
 子どもに恨まれるのが嫌だった母に代わり、嫌われ役をかってまで、熱心に指導してくれたのだ。

 そんな私は、いつしか成長して、中学生になった。変わり者の性格が災いして、クラスの面々と馴染めずに居た私の話を聞いてくれたのは、姉だった。姉は実家を離れて働きながら、時々帰っては仕事の話を面白おかしく話してくれた。姉が居るだけで、食卓が明るくなる。それを感じているのは私だけでなく、特に母は大喜びして“今日お姉ちゃん来るよ”と話した。

 勝手な私は、全てにうんざりしていた。

 自分の悪口を合言葉に意気投合するクラスメイトにも、そんな気持ちを言えない自分にも、自分の気持ちに気づいてくれないというだけで母にもうんざりした。つくづくゴミみたいな人間だが、とにかく。自分の子どもがクラスメイトに嫌われるわけはない、と信じきっている母に話せない事実を姉に話せたのには、経緯があった。

 仕事も恋も何もかもが順調で、クラスメイトと楽しく遊んでいた姉が羨ましかった。私の唯一の居場所である家庭でも、姉が居る日とそうでない日では家族の明るさも違った。姉が居る日は父も母も喜び、もちろん私も喜び、皆で歓迎していた。しかし心の中では、居心地の悪さを感じていた。
「お姉ちゃんは何もかも順調で良いね。私なんかクラスメイトとも上手くいかないのに」
 と、子どもっぽくすねる私に
「お姉だって、嫌な人は居るよ。でも、そういう人とは表面だけで付き合っているの」
 と答えてくれた。無理だろうけど、あんまり考えすぎるなとも言ってくれた。少しだけ、気が楽になった。それでも駄目で、結局学校に登校が出来なくなった私は、保健室という場所で新しく居場所を確保し、卒業までの歩みを進めた。

 卒業式は校長室で受ける可能性もあると教師は伝えた。それを聞いた母はショックだったが、“ななちゃんのことを思ったら”と、姉は校長室での卒業式に反対しないでいてくれた。そのことをありがたいと感じながらも、姉のような人間になれたら、良い人生を送れるようになるのではと感じていた。
 クラスメイトは、かわいそうになったのか、最後は私に優しく接してくれていて。いい気になった私は、最後の一ヶ月間を教室で過ごすことができた。

 卒業式は、皆と一緒に、体育館で受ける。そう決めたのは、ほかでもない私だった。母は世間体を気にしていた面もあり、ほっと胸を撫で下ろしたようだ。式当日、保護者の席には、父と母、そして姉が出席してくれていた。保健室登校児のくせに、一番後ろのクラスの、一番最後の出席番号だった私は、式のトリを勤めるはめになった。

 なんとか最後は卒業できた私が、家に帰ると、父がけらけらと笑う声が聞こえていた。次いで、姉の“うるさいなー”という声が聞こえる。私がリビングに入ると、“おかえりーお疲れー”という家族の温かい声が出迎えてくれた。一通り話して落ち着いたところで、父が冷やかすように話す。
「姉が泣いてたんだよ」
 もうお父さん、それ言わないで。と姉の声が被さってくる。明日は仕事だからと姉が帰ったあとで、父は続きを教えてくれた。
「ななは校長室で卒業式を受けるかもしれないのに、自分で決めて、皆と一緒に卒業したことが嬉しかったんだって」
 父は、式の終始をビデオカメラで収めていて、涙ぐむ姉を撮ろうとしたら怒られたらしい。そのことをおかしく笑いながら“姉はななの、第二の母だ”と言って、なるほどと感じた。歳が離れているせいか、姉は私にとって、母の部分を持つ人でもあった。

 それからしばらくして、現在。姉は美しく成長し、恋愛結婚をしたのち、お腹に赤ちゃんを身ごもった。本物の母親になるのである。きっと姉は、私と話したあの自転車の帰り道を忘れているだろう。きっとあの九九の思い出は、私だけのものとなっているだろう。しかし、もしも姉が、少しでも育児への不安を抱いた時、私は思い出話を話そうと思う。そして、必ず大丈夫だと伝えるだろう。

2010/05/18(Tue)10:49:26 公開 / 目黒小夜子
■この作品の著作権は目黒小夜子さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めましての人は初めまして。
しばらく作品をあげていなかったんでしょうか? すごく久しぶりの投稿かなと考えております。書けなかったので、珍しくなんとか書けたもので指導していただきたいと思います。私は自分の姉に対して、劣等感ばかりを感じる妹でした。それくらい、姉ちゃんがすげぇ人だからです。そんな思いをちょっとずつ込めてつくりました。母の日に間に合うかなと思ったら間に合わなかったし、そもそも母に向けた作品でもない話ですが。
気が乗ったら相手してあげてください。
5/18:中村さんのご指導を受けて、一部手直しいたしました。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。