『透き通った光に身を沈めて、(第一章分のみ)』 ... ジャンル:リアル・現代 恋愛小説
作者:梨音                

     あらすじ・作品紹介
 彼女との出会いは、本当の本当に偶然のものだった。

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1.


 八月の半ば、ぐだぐだした夏休みも終わりが近づいてきて、大抵の学生たちが宿題に追われているころ。
 ぼくもまた宿題が切羽詰ってきた学生の一人であり、だからこそ静かに勉強する場所を求めて、黒いリュックサックに数学の問題集を詰め込んで家を飛び出したのだった。ちょうどおやつの時間に、これ以上家でテキストを広げていたって埒が明かないことに気づいたのだ。
 奇麗に舗装された大通りの両側に植えてある街路樹では、蝉がひどく耳につく声で鳴いている。ぼくはその街路樹のわきの歩道を、特に行くあてもないまま自転車で飛ばしていた。
 スタバでも入ろうか。いやでも追い出されるかな。
 どこに行こうかと考えを巡らせながらペダルを思いっきりこぐ。久しぶりに乗った自転車で受ける風は、ぼくをひどく清々しい気持ちにさせてくれた。
 
 いろいろと選択肢を広げていると、ふとぼくの頭の中に新しい考えが浮かんできた。ぽおんと誰かが投げ込んだかのように本当に急にわいてきたそれは、ぼくの頭の中の狭い空間で必死に自己主張する。
 最近できた図書館。ここから近いし。
 ……結構名案じゃないか?
 ぼくはその考えを受け入れて、見知った大通りから右に大きくカーブした。確かこっちの道だったはずだ。

 曲がるとすぐに急な上り坂があった。
 なんだよこれは。
 基本運動の苦手なぼくは、すぐに自転車から降りるはめになってしまい。高一の男子としては恥ずかしいことなのだが、ぼくは自転車を押してなんとか坂を上りきった。太陽が、非常なまでにぼくの背中を照りつける。黒いTシャツが、リュックの下でぴったりと背中に張り付いているのを感じる。
 ぼくは再び自転車に跨って、点滅を始めた青信号を無理矢理渡りきった。

 道を間違えたんじゃないだろうか。
 そう不安に陥るところまでこいで、そろそろマジで怪しいぞ、もとの道に戻ろうかなんて思い始めたとき――実際のところ、太ももの限界が近づいてきていた――ようやくそれは見えてきた。
 窓がたくさんある、二階建ての建物。横には綺麗に整備された芝生の公園がある。鬱陶しいほどの太陽光に照らされたそこでは、二組の親子が楽しげにキャッチボールをしていた。
 ぼくは図書館の手前にある駐輪場――図書館の利用者が多いのか、たくさんの自転車が並んでいる――に自分の黒い自転車を止めて、とりあえず自動販売機でお茶を買った。からからになった喉を、茶色い液体が滑って落ちていく。はあ、とペットボトルから口を離して残りを確認してみると、もう半分も残っていなかった。ああ。ぼくは苦笑いして、ペットボトルをリュックに突っ込む。これだから、運動不足は嫌なんだ。

 駐輪場に止めてある自転車の数を思えば、図書館の利用者はあまり多くないようだった。公園の利用者は、そんなに多いんだろうか。それとも二階に人が多い?
 ざっと見たところどうやら一階に自習をできるようなテーブルとかは無いようだし、ぼくはとりあえず二階に行くことにした。ゆるく螺旋状になっている階段をゆっくりと上る。ちなみにぼくは、螺旋階段が苦手だ。頭がくらくらして足元が危なくなる。手すりにつかまってなかったら絶対に上れない、あんなもの。

 一階よりは二階のほうが人は多かった。当然大部分のスペースは本棚が占めているけど、公園のほうがよく見える窓際にはカウンターの様に机が取り付けられていて、椅子がずらりと並んでいる。四人で使う丸いテーブルもあったけど、ぼくはそのカウンター状の席の端っこの二つを陣取った。窓から外が見えるほうがいいに決まってる、というのはぼくの偏見だけど、緑というのはよく言うように目にいいのだ。勉強にあきたら何か本でも読もう、と心の中で呟いて、ぼくは自分が座った隣の椅子に置いたリュックの中から、筆箱と問題集を取り出した。
 
「あのう、すいません」
 後ろでそんな声がしたような気がして、ぼくははっと顔を上げた。思いっきり問題集の上に突っ伏して寝ていた。図書館に来てまで勉強ができないなんて、なんて奴なんだお前は。と声をかけられたことも忘れてひとしきり自分をなじっていると、ふと、さっきと同じ声がさっきよりも更に遠慮がちな声音で何か言っているのに気づいた。
「すいません、あのう……」
「あっはいっすいませんっ」
 大慌てで声のするほうを振り向いた。顔が熱い、耳まで熱い。きっと真っ赤になってるんだろうなと思うとますます恥ずかしくて、とてもじゃないけどまともに相手の顔を見られない。でもこれだけ失礼なことをして更に相手の顔も見ないなんて、そっちのほうがよっぽど恥ずかしい。一応まともな教育は受けているぼくはそう感じ、思い切って顔を上げた。
 その途端。
 顔が、もっともっと、ありえないくらいに熱くなった。

 振り返ったすぐそこにいたのは、白くて清楚で可憐な花――すずらん、そう、すずらんみたいな雰囲気を持った女の子だった。年はぼくと同じぐらい。淡い色のノースリーブに膝丈のスカート、背中の真ん中辺りまで伸びた黒い髪は、ふたつに結んである。彼女はぼくと目が合うと、手に持った本を抱えなおしながらうつむいて、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で「あの……」と言った。
「あの……。そこのリュック置いてる席、わたしがいつも使ってる席なんです。それで、あの、他の席で読もうとしたんですけど落ち着かなくて、だから、あの……」
「あ、椅子、椅子ですか、すいません。どうぞ」
 ぼくは急いで椅子からリュックを退ける。彼女は明らかにほっとした表情を浮かべると、
「ほんとごめんなさい。でもありがとうございます」
 さっきよりはいくらか大きい声でそう言って、ぼくの左隣に座った。そうして、もうぼくのことは気にせずに抱えていた分厚い本を読み始める。ちらっと見えたその題名は、「透き通った光に身を沈めて」だった。

 



2010/04/29(Thu)16:29:09 公開 / 梨音
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