『神の頭脳 ―サヴァン―』 ... ジャンル:サスペンス ミステリ
作者:そう                

     あらすじ・作品紹介
 ある日、悪魔と契約し『神の頭脳』を手に入れた普通の高校生・泉 鶯(イズミ ウグイス)は持ち前の正義感と行動力で次々と迷宮入りの事件を解決してゆく。そんな中、彼の人生を大きく狂わせる怪事件が次々と発生し……? 鶯の命を賭けたかつてないサスペンスがここから始まる!

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
 第一話 悪魔(アクマ)


「……Checkmate(チェックメイト)」

 閑静な大学で、断罪の如く目を光らせる人物が一人。
 その人物は、長い黒髪を首の後ろで束ね、金色の瞳を覗かせる眼鏡を掛けた青年だった。
「あなたが犯人です」
 へたり込んだ金髪の女性に、青年は近寄って更に言う。
「く……っ」
 女性は歯を食いしばり青年に睨みを利かせた。
「あなたのその優れた頭脳は、こんな悪意を満足させるためにあってはならない。僕の言いたいこと、解りますよね?」
 青年はニコリと女性に微笑み、彼女と同じ視線に座る。
「アンタ……一体何者なの?」
 青年の言葉に、女性は口の食いしばりを緩め聞く。
「何者も何も……南風高校3年・泉 鶯(イズミ ウグイス)、あなたに罪を償わせる使徒です。」
 そう名乗ると、再び立ち上がりその場を去ってしまった。
「イズミ……ウグイス」
 女性はその名を復唱する。

 なぜ、こんな空間、空気が出来てしまったか……それは遡ること約1週間前――


「はぁ……――」
 普段出ることのない深い溜息が鶯の口から出た。食堂の机であからさまに落ち込んでいる彼の姿がとくかく浮いている。
「そんなに落ち込まないでよ。これで終わりってわけじゃないんでしょ?」
 すると、鶯の前に一人の女子生徒が現れた。彼女は長い茶髪を下ろしツインテにしており、瞳は藍い。
「雫ちゃん」
 沈んだ顔で鶯は雫の顔を見上げた。
「ほらッ! しゃきっとしなさい! いつもの元気はどーしたのよ!」
 雫は鶯の眼鏡を取り上げ、顔を思いっきり近づけて言う。
「なッ!」
 突然の雫の行動に頬を染める鶯。

 なんだこの状況……と思う方もいるだろう。ここは堅城大学(センター試験会場)。今日はセンター試験当日であろうことか鶯は遅刻してしまったのだ。
「それで、なんで遅刻したの?」
 雫は声のトーンを若干落とし、鶯に聞く。
「いやそれが……」
 鶯はことの顛末を話した。

 ***

「なるほど……英単語カード捲りながらバス待ってたら乗り過ごしちゃったと」
「Y、Yes……」
 雫のまとめに異議なしの鶯。
「あんたどんだけマヌケなのよッ!」
「面目ない」
 鶯の浮かない顔はさらに沈んでしまった。
「で、どうするの? 鶯が今日受ける選択教科はもう終っちゃったわよ?」
「わかってるよ。これから一般試験に向けて勉強しないと。本当に高校3年は遊ぶ時間がないよ」
「遊びたい気持ちはよーくわかるんだけど。あと一息じゃん。頑張りなさいよ!」
 雫は鶯の肩をポンと叩くと、隣の席に座る。
「そういえば、雫試験どうだったんだ? ずいぶん浮かれてるけど」
「フフン! 自信大有りよ! 多分センター試験で合格するんじゃない?」
 そう聞くと、出来は相当良かったようだ。
「優等生め……俺達の受ける大学は私立だし一般で挽回は出来るだろうけど、正直不安だ」
 何とも鶯は典型的な受験生だ。こうして一日目のセンター試験は全て終わり、二人はそれぞれ帰路に着く。
 しかし、家に帰るのがこんなにも億劫になるのは今日に限って鶯だけだろう。何せ試験を一つも受けずに帰るのだから。
「はー……母さんに何て言おう」
 そう呟き、鶯はてくてくと確実に家へ近づいている。もう日は落ちて薄暗い。カラスが鳴き狂うゴミ置き場の側をそっと通り、後家まで数百メートルのところまで来たその時――

「よう」

 鶯は薄暗い道端から誰かに呼ばれた。
「だ、誰?」
 鶯は周りをキョロキョロと見渡せど、道には自分以外一人もいなかった。
 気のせいか……?
 そう思うも、やけにはっきりと聞こえた声は耳に焼き付いている。
「気のせいじゃねーよ。上だ、上」
 その言葉が発せられた瞬間に鶯はバッと首を声の主に向かって見上げた。そして、そこにいたのは――
「!」
 鶯は確かに驚きはしたが断別慌てる様子もなくソレを凝視した。
「お! 俺様を見てテンパらなかった人間はお前が始めてだな」
 あろうことか、声の主は鶯の真上で蝙蝠のような巨大な翼をはためかせホバリングしている。その容姿は薄暗くてもはっきりわかるほど白く、巨躯だ。そしてどう見ても人間には見えない。
「お前……何だ?」
 鶯は落ち着いた様子でそれに質問した。
「何だたァ随分な物言いだな。そうだな……“悪魔”つったらオメェ解るか?」
 ソレは自身を悪魔と名乗った。
「悪魔……? 契約の下、死んだ人間を蘇らせる力を持つされてる、あの悪魔か?」
 鶯は自分の知っている悪魔の知識を丁寧に述べる。
「ほお、案外博識だな。だが、まだ足りない。その蘇った肉体に宿るのは元いた人間のモノじゃねぇのよ」
「……悪魔によって造られた虚ろな魂、だろ?」
 悪魔の話に次第に乗ってくる鶯はその言葉を補足した。
 鶯がその言葉を口にした瞬間、悪魔は妖しい笑みをこぼす。そして――

「お前、その魂欲しくないか?」

 突然、悪魔はそう切り出した。
「何?」
 鶯は当然警戒する。点滅する街灯が悪魔の表情を何度もチラつかせた。
「何があったかなんて微塵も興味ねぇが、お前……酷く疲れてるな」
「……何を言い出す――?」
 悪魔のねぎらいなど鶯にとって気色悪さ意外何でもないだろう。
「魂だよ。俺様の造る最高の頭脳を持つ魂をお前にくれてやると言ってるんだ」
 悪魔は鶯と一定の距離からその長い尾を鶯の額に近づけた。
「……つまるところ契約しろと?」
「いひひ……そうだ。そしてもちろん対価をいただく」
 またしても悪魔が不敵に笑いだす。
「対価?」
「あぁ。この魂に見合うだけのお前の持ってるもっとも大切なモノだ」
「僕の持っているもっとも大切なモノ……」
 ここにきて、鶯の脳裏にはそんな存在は一つも思い浮かばなかった。しかし悪魔は――
「俺様は知っている。お前が憧れ、将来を決めた未来に目指すその姿勢……」
「?」
 鶯には悪魔の言っている言葉の意味が解らず、ただ見上げるのみ。そして、

「人間・イズミ ウグイス……お前の対価は『未来』だ」

「未来……?」
 ここにきても全くその旨が解らない鶯。
「まぁ、そういう反応になるよな。未来ってのは、何も寿命を頂くわけじゃねぇ。お前の望む『将来』を変えさせてもらうってことだ」
「何?」
 鶯の眉間にシワがよる。
「ん〜あぁ……お前は今、将来に向けて目指しているモノがあるだろう?」
 悪魔は意味深に鶯に言い寄る。
「目指しているモノ……確かに無くは無いが、そんなちっぽけなモノと交換でいいのか?」
 鶯にとって将来は暗いモノであるという固定概念が支配していた。
「俺と契約しなけりゃ解ることでもあるが……まぁいいだろう。『泉 鶯、平成3年4月16日生まれ。3歳の時に父親を亡くし、以後15年間弁護士の母親の下、鶯ら兄妹は一人で育てられる……』ほぉー、これはこれは……」
 何かをなだめるように、悪魔は鶯の頭上の暗闇を飛び回った。
「お前……人の過去を読めるのか?」
 関心しているのか、憤怒に荒れているのか、何とも言えない表情を浮かべて鶯は悪魔に言い放つ。
「正確にはその人間の“一生涯”だ。お前が俺と契約を交わさない場合、どんな運命が待っているか……知りたいか?」
 そそのかすような発言で悪魔は鶯の心理を揺さぶる。
「俺の一生涯……?」
「いひひ……中々見所のある未来だよな」
 鶯には悪魔が明らかに誘惑に誘っていることは解っていたが、それでも一歩下がれない。
「一生涯を聞くのに対価はいるか?」
 悪魔の交渉に鶯は乗った。すると、悪魔は街灯が点滅する電信柱の頭に止まる。
「いや、俺は自発的に言うからいらねーよ。てめぇーはだた聞いてるだけ……いひひ」
 対価はいらないようだ。それだけ鶯の一生で遊ぶことを楽しみにしているのだろうか。
「……そうか」
 鶯がそう言った瞬間。悪魔はその軽い口を開いた。

 ***

 鶯が聞いていたのはわずか数十分。その間にどんな話がされていたのか……それはまた別の話。
「…………」
 衝撃的な内容に、何も言わず突っ立ている鶯は何を思っているのか。
「いひひひ……恐らくだが、この魂を得ることでお前は最高峰の頭脳を持つことになる」
 その後、悪魔はずっと笑い続けていた。
 それは鶯の心が揺れかかっていることにある。このまま、普通に大学に行って、普通に就職するという大多数の人間が臨む未来と悪魔が提供する魂で拓く未来……どちらが面白いのか。
「どうだ?悪い取引じゃねぇだろ?」
 更に詰め寄る悪魔。すると――
「あぁ、確かに悪くないな。くれてやるよ僕の未来」
 鶯は悪魔を改めて見上げ、手を差し出した。
「いひッいひひひひッ!!!」
 悪魔は不気味な笑い声を上げた瞬間、鶯の手に触れ、刹那に閃光が鶯の眉間を貫く。

 この日、一人の青年と悪魔が契約を結んだ―― 

2010/02/22(Mon)21:20:24 公開 / そう
■この作品の著作権はそうさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 ライヤーゲームを見ていて書きたくなった今回の小説。第一話以降はたくさんの登場人物が出るので、どういう展開になるのか、楽しみにしていただけると嬉しいです。
 基本的に探偵推理モノです。後半からは若干ベクトルがかわるかもしれませんが、よろしくお願いします。ではでは〜

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。