『鬼』 ... ジャンル:ファンタジー 童話
作者:新屋 礼                

     あらすじ・作品紹介
 とある少年に退治された鬼たちの、いまわの際。 ショートショートの定義にギリギリ入らなかった読みきりです。  

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 赤は目を覚ました。
 酷く頭痛がして、胸が苦しい。うまく呼吸が出来ない。
「畜生、飲み過ぎたか」
 声を出すと肺に激痛が走った。酔いの感じではない。
「ここは……?」
 赤はがらんとした岩窟を見渡したが、それは見慣れない場所だった。赤は少し考え、そこが自分達の宝物庫で、宝をあらかた少年に持って行かれたから空っぽなのだ気付き、同時に自分が少年に斬り倒された事を思い出した。
「そうか、やられたのか……」
 赤は呟き、そして大事な事を思い出した。
「青。青。いるか」
 青というのは赤の相棒だった。鬼の最後の二人だった。青はどうやら近くにはいないらしかった。
「青!」
 赤は一際大きな声を上げた。刺されたような激痛が肺に走った。
 赤は立ち上がろうとして、体がうまく動かない事に気付いた。足が痺れている。視界が揺れている。腹部の辺りに激痛が走る。どうやら刀で腹を貫かれたようだ。見れば大量の赤い血が床に溢れていて、今もなお血が吹き出ていた。
 痺れる足を無理やり動かしたが、左足はどうやら動かない。辛うじて動く右足で立ち上がり、壁を伝いながら、赤はなんとか歩く事が出来た。
 青は階段の下で仰向けで倒れていた。
「青」
 赤は階段の上から声をかけたが、その声はあまりに弱弱しく、聞こえるはずもなかった。赤は半ば身体を引きずるように歩き、階段を下り、青の耳元に近付いて、もう一度声をかけた。
「青。起きてるか」
 赤はしばらく待ったが、返事は無かった。
「青! 起きろ!」
 赤は激しく声を荒げた。すると、青がぼんやりと目を開いた。
「……赤か」
「そうだ。赤だ。おめぇも小僧っ子にやられやがったんだな。情けねぇ。あんなに飲むからだ。おめぇもうふらふらだったじゃねぇか」
「は。そうだな。やられちまったな。まぁ酔っ払っちまってた俺らのせいだな。普段ならあんな小僧っ子には負けねぇ。…あいつらは、帰ったのか」
「ああ。帰ったさ。俺らの集めた宝、全部持って行きやがった。ひでぇもんだ」
「は。そうか。こいつは見事にやられたな」
「全くだ」
 赤は答えて、ふと青の顔を見ようとしたが、どうもさっきから辺りが暗い。たいまつが切れたのだろうか。それでも目を凝らし、青の顔を見てみると、
「おい。青。おめぇ酷くやられてるじゃないか」
 青は両目が潰されていて、腹部には刀が突き立てられてあった。右足首は切断されていた。床には大量の血が溢れ、血は半ば固まりかけていた。そして、青の一本だけのツノは、折られていた。赤は慄然した。
「青おめぇ、ツノが折られてるじゃねぇか。なっさけねぇったらありゃしねぇな」
 それを聞いた青は驚いて、触って確認しようとしたが、手はもう動かないようだった。
「はは。折れてやがるのか。ツノが。こいつはおもしれぇ。昔あれだけ折ろうとしたツノが、こんな時に折れやがるなんてな。皮肉なもんだ」
 赤は、昔に青がツノを折ろうとしていた事を覚えていた。こんなもののせいで俺たちは鬼なんだ、と青は叫びながら、泣いていた。
 赤は何も言わなかった。
「赤よ」
 さっきよりもかすれた声だ。
「赤よ。やっぱりやられちまったな」
「やっぱりたぁ、どういう事だ」
「前に言ったじゃねぇか。俺たちはいつか、人間に滅ぼされるってな。鬼は不死身だから、一代限りの生き物だ。交配して、進化していく、人間にいつかやられるだろうなって」
「あぁ。そんな話か。くだらねぇ。今回はたまたまだ。俺もお前もへべれけだったじゃねぇか。この傷が治ったら、思いっきり仕返ししてやろうじゃねぇか。鬼の怖さを見せ付けてやろうじゃねぇか」
 青は、しばらく答えなかった。呼吸が荒くなっている。声が出ないのかも知れない。
「おい。青。どうした」
「いや、なんでもねぇ。確かに飲みすぎちまったみたいだな。目の前が真っ暗で、体が動かねぇ」
「はん。だらしねぇなぁ。ちょっと邪魔は入ったが、夜はまだこれからだってのに」
「そうか。夜は、まだ、これからか」
 赤は、青の言葉がおかしくなって来ている気がした。
「赤、人間は死んだら生まれ変わると聞いた」
「あぁ、そうらしいな。まぁ、人間に生まれ変わると限ったわけじゃないらしいけどな。それがどうかしたのか」
「鬼は、死んだら」
「バカ野郎!」
 赤は青の言葉を遮った。嫌な予感がした。大きな声を出したので、肺が酷く痛んだ。
「ばか野郎、鬼は死なねぇ。鬼は不死身だ。だからこそ鬼だ。不死身の俺たちはいつまでも地上の支配者だ」
 青はそれを聞き、顔だけで笑った。
「そうだったな。鬼は死なねぇ。鬼は不死身だ。だからこそ鬼。だからこそ憎まれて…」
 赤はもう一度叱ろうとしたが、声にならなかった。
「じゃあ、次の、次の国に行ったら、この国は諦めるとして、次の国に行った時は…」
 青の声が途切れた。
「青。次の国で、なんだ」
 赤が問いかけると、青ははっと目を覚ましたように、話し始めた。
「次の国に行った時には、俺は音楽がやりてぇ。この国の祭りってやつを見に行った事があるんだ。でかい音で楽器を鳴らして、人間達が踊ってやがるんだ。そいつは楽しそうだった。だから俺もやってみてぇ。なんか楽器でも弾きながら楽しい歌でも歌ってよ、人間達に聴かせて、みんなに踊ってもらうんだ。きっと楽しいぜぇ。お前もいっしょにやろうや。音楽隊を作るのよ。色んなとこ回って、色んなところで俺たちのお祭りをするんだ。きっと楽しくなるぜ」
 赤は、何故だかふいに涙が流れた。
「はぁ?音楽隊?しょぼくれたお前にぴったりな事だな。しかもなんだ、人間どもに聞かせるってのは。人間が鬼の歌なんか聴くかよ。俺はまっぴらごめんだね。音楽隊ってのがまずありえねぇが、何より人間どもと和気あいあいってのがありえねぇ。どうしてもってならてめぇ一人でやりやがれ。馬鹿らしいったらありゃしねぇ」
 青は、大きく息を吸った。
「そうか…。そりゃ残念だ。俺はおめぇとやりたかったんだがなぁ…」
「は。そんなつまらねぇ話より、飲みなおそうじゃねぇか。夜はまだまだこれからだ。そうだろう?」
「そうだな…。夜は…、まだまだ、これから、だ。だけど、俺はもう無理みてぇだ。頭がぐるぐるするし、なんだか真っ暗だ。灯りがもうねぇのかな?まあ、いい、や。ともかく俺はもう飲めねぇよ。それに…」
 赤はしばらく待ったが、青の言葉が続かない。
「それに、どうしたんだ」
 青はまた、はっと目を覚まし、
「それに、ひどく、眠い」
 言い終わると青は、大きく息を吐いた。
「何言ってやがる。夜はまだまだこれからだ。キツいのを持ってきてやる。それで目を覚ませ。しゃきっとしろ」
 赤は酒を取りに行くために立ち上がろうとしたが、足が痺れて動かなかった。辺りがさっきより暗くなったようで、赤はもう何も見えなかった。
「ははは。青よ。俺もだいぶ飲みすぎてたようだぜ。足が動かねぇ」
赤はしばらく待ったが、青の返事はなかった。
「青。寝たのか」
 返事はなかった。
「寝たんだな。まったくしょうがねぇやつだ。夜はまだまだこれからだってのに。これから楽しく飲みなおそうってのに。おめぇと2人で、楽しく、いつものように、飲もうってのに。ほんと、馬鹿なヤツだ。おめぇはよ」
 赤の目から涙がぼろぼろとこぼれた。
「は。なんだ。目から水が。どうせなら酒が出て来い」
 かかか、と乾いた笑い声を出し、何故だか止まらない涙が流れるのを感じていた。赤は意識が朦朧としてきた。
「青。起きてるか」
 返ってこないと知っている青の声を少し待った。
「青。どうせ寝たふりをしてるんだろう。じゃあ聞こえてるな。さっきの話な、お前の、音楽隊の話だが…、人間どもと楽しくやろうって話だが…」
 赤はまた青の声を待った。
「その話、悪くねぇかもな。次の、次の国でおめぇと音楽隊、やろうじゃねぇか。人間どもと仲良くなって…、お祭り、しようじゃねぇか。俺とおめぇの音楽隊、楽しそうじゃねぇか…」
 赤は大きく息を吸うと、
「青よう、俺も眠く、なってきたみてぇだ。続きはまた、今度話すとしようぜ。へへ。楽しく、なりそうだ。じゃあ、また明日な。青」
 赤は大きく息を吐き、深い眠りについた。

2010/02/06(Sat)04:16:49 公開 / 新屋 礼
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■作者からのメッセージ
 読んで頂いてありがとうございます。
 誰に退治されたかとか言わないでくださいね。ルールに反してしまいますので。
 

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