『LOVE MACHINGUNS』 ... ジャンル:リアル・現代 恋愛小説
作者:小林深月                

     あらすじ・作品紹介
ロボットに恋をした少年と、人間に恋をしたロボットの少女の物語。

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序章
ロボット三原則
壱:ロボットは人間の命令には必ず従わなければならない
弐:ロボットは人間に危害を加えてはならない
参:ロボットは自分の身は自分で守らなければならない
これは、世界ロボット工学の第一人者…もというちの親父が作ったロボット三原則だ。前世紀は自動販売機や一部の民間企業でしか見られなかったロボットは、おれ達の身近な所にどんどん進出し、今やおれ達人間の生活には欠かせない存在になっている。しかし、ロボットを人間と同じ様に扱うのにはやはり抵抗がある。どれだけ人間に似せても、向こうは所詮鉄の塊でしかない。おれ達の様に体温も無ければ、脈拍も鼓動も呼吸も無い。そんな彼らを統率するにはある程度の規律は必要になって来る。そして国際ロボットセンターとやらがうちの親父にロボット三原則を作らせた。それが、今世界に溢れているロボット達の行動原理になっている。ロボットはあくまで人間の手であり、足である。彼らは人間と同じ感情を持ってはならないし。ましてや人間に近づくなどもっての他なのだ。おれが朝目覚めると、すぐに家事専用ロボットが飛んで来ておれの制服を出して来る。それから朝飯のトーストを焼いて、アツアツの珈琲を入れてくれる。通学用の自転車を磨いたり、靴を洗って磨いたりなんてのもロボットの仕事だ。不思議と学校まで送り迎えしてくれるロボットはいない。まあそんな所までロボットのお世話になってたら、筋肉が麻痺して大変な事になるのは眼に見えてるけど。
「行ってらっしゃいませ、唯人様」
「うん、行ってきます」
誰が教えた訳でもないのに、うちの家政婦ロボは丁寧に玄関先まで出て見送ってくれる。おれが高校から帰る時間も把握しているらしく、おれが帰る頃にはやはり玄関先できちんと出迎えてくれる。きっちりしてるのは良いんだが、何となく気恥ずかしくもある。一応このロボットにも名前はついていえる。「ユウコ」というらしいが、うちの誰もその正式名称では呼ばない。髪の毛が黒いので、親父もおれも「クロ」と呼んでいる。はじめのうちこそ「そんな寝込みたいな名前は嫌です」と怒ったりもしたが、今ではすっかり慣れて何も言わなくなった。クロはエプロンの裾についた虫を手からビームを出してジュ、と焼き払った。小さい頃はおれも怖くてこれを見る度に泣いていたと思う。
「ク、クロ!エプロン燃えてるぞ!」
「あら、ビームの加減を間違えたようですね」
「は、早く!」
「ご安心を、すぐに鎮火いたします」
それだけ言うと、クロはミニ消化器を胸ポケットから出して火を消した。おれははぁ〜っと溜息をついて自転車のかごに頭をもたせかける。
「お父様からの伝言がありますが」
「ああ、何だい?」
「部品用のクラッチが切れてしまったので、帰りに買って来て欲しいそうです」
「分かった、じゃあ後でレシート渡すから、代金請求しといてくれよ」
「かしこまりました」
深々と腰を九十度に曲げて挨拶するロボットに手を振って、おれは朝靄の残る住宅街を自転車で駆け抜けた。おれの通う高校は山の頂上に有るから、こうして自転車で来る生徒が多い。運動になるからと言い訳していたが、実際は途中の売店にいる美人ロボットに会いたいだけだ。そんな所は前世紀も今も、変わらない学生の醍醐味、ってやつだろうか。途中の自動販売機でジュースを買い、一息つく。売店ロボは「うちで買わないの?」と言いたげな目線を投げかけて来たが、無視して缶のプルタブを開ける。毎朝こんな事をしていたら糖分過多になると思うが、おれは一応そこらへんも考えて麦茶を買うように心がけていた。
「おーい、唯人!」
後ろから、ギコギコと錆び付いたギアの音がした。小太りの同級生は、ダイエットと称して毎朝わざと錆びて動きの悪い自転車を使って二時間もかけて頂上まで来る。そんな暇が有ったらスポーツセンターにでも通えば良いだろうが、本人いわく、金をかけるのは嫌らしい。
「省吾、オマエまた太ったか?」
「失礼な、これでも毎朝山三つ越えて学校まで来てんだぞ、むしろ褒めて欲しいくらいだ」
「で、効果は出たのか?」
「ああ、昨日風呂場で測ったらな、ついに出たよ、俺、やっと七十キロ切ったんだ」
「そんなんじゃまだまだ甘いな、せめて後二十キロは落とさねえと…」
俺は売店の売り子を指差して言った。
「カナエちゃんには振り向いて貰えないぞ」
「そんなぁぁ…」
泣き顔の省吾を哀れに思ったのか、カナエちゃんはおれ達の方を向いてにこ、と微笑んだ。カナエちゃんも勿論ロボットだが、彼女は民間企業の造ったA-Iだ。だからメインコンピュータの容量から違うし、国家事業のロボット達に比べて外見も割とロボット臭い。
「お、唯人良いもん飲んでるじゃん、よーし、じゃあ俺もサイダー飲も」
「おいおい…サイダーなんて砂糖の塊だろ。本気でやせたいならまず食生活から!これは基本だぞ」
「べっ…別に良いだろ!疲れたし喉乾いたし、たまには…!」
「リバウンドの日も近いな」
「不吉な事言うなあ!」
「ほら、早く行こうぜ」
「ちょっ…俺はまだ飲んでんだよ!」
「早くしねえと自転車ごと置いてくぞ!」
なかなか動きたがらない省吾を引っ張って、無理嫌リ自転車を漕がせた。三十分くらい漕ぎ続けると、やっと煉瓦作りの校舎と門柱が見えて来る。これが三世紀に渡ってこの地域の中心に君臨し続けた名門県立高校、南海高校だ。
おれと省吾は此処の一年生だ。しかし、省吾は相当努力して無理嫌リ偏差値を上げて入った所為か、かなりついて行くのに苦労している。名門はたいていそうだが、南海高校も決して偏差値は低くないからだ。
教室に入ると、おれはあっという間に同級生達に囲まれた。皆眼をきらきら輝かせて、救世主みたいにおれを見上げている。おれが気持ち悪い、と手で振り払うと、男子達は残念そうに口を尖らせた。
「なぁなぁ唯人、今日転校生が来るって本当か?」
「知らねえよ、おれも今初めて聞いたよ」
「なーんだ、唯人が知らねえなら嘘かもな」
「どういう事だよそれ」
「いや、今学校中で噂になってんだけどさ、今日此のクラスに…」
そいつはおれの耳元に口を近付けて、ゆっくり囁いた。
「ロボットの転校生が来るんだってよ!」
「…なんだよそれ」
「ロボットって言ってもまあ実験用のA-Iだろうけどさ、女の子だったら良いなぁ…」
「お前正気か?相手はただの鉄屑だぞ?」
「…んな事言ったってよお…唯人の親父さんはロボットの研究してんだろ?何で息子のオマエがそんなロボット嫌いなんだよ」
「知らねえよ。人の事にいちいち首突っ込むな」
おれはそれだけ言うと、さっさと席に座って頬杖をついた。暫くして先生が、ホームルーム開始のチャイムと共に入って来る。
「あー…皆静かに。既に知っている生徒もいると思うが、今日このクラスに…」
男子達がごく、と唾を飲み込むのが分かった。
「転校生がやって来る」
わぁっと、クラス中に歓声が上がる。女子はふーん、という感じで割と冷静だったが、男子はあちこちで小躍りしている奴までいた。
先生は一旦外に出ると、やがて一人の生徒を伴って入って来た。おれは頬杖をついていた右手を離し、思わず彼女に見とれる。
「はじめまして、初音アイです」
おおー、と男子が感嘆の声をあげた。おそらく誰かの音声をインプットして喋らせているのだろう、機械音声とは違ってすごく金がかかってる。いや、それよりもおれがびっくりしたのは、その外見だった。
おそらく医療用シリコン素材や人工筋肉を使っているんだろう、薄い肌色の皮膚は、夏服の袖から覗いていて、全く人間と変わりなかった。コンタクトレンズを嵌めた眼は光を反射してきらきら輝き、ぱっちりと開かれた二重まぶたは谷間も奇麗に描かれている。髪は淡い栗色で、肩に届くか届かないか位のラインできっちり切り揃えられている。整いすぎるくらい整った眉に、薄い唇といい、もはや人間と変わりなかった。それはロボットというより、芸術作品に近いとおれは思った。…前言撤回。あれは鉄屑なんかじゃねえ、ちゃんとヒューマニティを持った一人の女の子だ。人間と変わりない。
「あー、空席はあるか?」
先生が教室を見渡すと、一人の女子が手を挙げた。
「先生、碓氷君の隣が空いてます」
瞬間、クラス中の男子の視線がおれに突き刺さるのを感じる。おれは不覚にもどきまぎしながら、隣に座った転校生を見つめた。彼女は別にクラスの注目の視線を気にする事も無く、静かに座っている。それがまた可愛らしくて、男子は顔を真っ赤にしてざわざわとお喋りをした。
「あー、静かにしなさい!こら!」
先生は手を振ってお喋りを止めさせると、黒板にチョークでかりかりと短い文章を書いた。おれは何気なくそれを眼で追う。
「国連ロボット導入計画」
つまり、短く説明すると、今まで人間の代わりに働く存在でしかなかったロボットを、人間と同じ様に教育し、人間の集団生活に溶け込ませると言う前代未聞の計画らしい。そしてアイはその第一弾として、人間の集団生活の中でどういった行動をとれば良いのか、それを学ぶ為にうちの学校に来たと言う。
しかも、それを計画して国連と学会に提出したのは、うちの親父というおまけ付き。
おれは改めて隣のアイを見た。普通の女子高生にしか見えない彼女は、とてもそんな世界をひっくり返す様な一大事業を背負ったロボットには見えない。むしろだまていれば普通の人間だ。まあ時々ギアやクラッチのギギギという音がするが、それも慣れればなんともない。どうやら人工臓器も搭載されているらしく、人間と同じに五感を感じる事も出来るらしい。ここまで来るともはや何がしたいのかよく分からないけど。
アイはおれの視線に気がつくと、にこっと笑って言った。
「よろしくね、唯人くん」
その瞬間、おれは深くにも真っ赤になってしまい、急いで下を向いた。
そう、そして、これがおれの人類史上初の恋のはじまりになったのだった。

2010/01/10(Sun)16:47:23 公開 / 小林深月
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■作者からのメッセージ
がんばって欠きました。
拙い未熟な文章ですが、すこしでも楽しんで頂ければ…。

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