『“よしづ”の、とある朝』 ... ジャンル:ショート*2 ショート*2
作者:目黒小夜子                

     あらすじ・作品紹介
コンビニエンスストア“よしづ”。名前からしていかにも若者向けでない、小さい小さいコンビニでバイトをする、二人の小さな格闘。

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 深夜、二時〇五分のことである。住宅街に囲まれるコンビニエンスストア“よしづ”では、二人の若い店員が棚の整理をしながら話し合っていた。

「俺さ、あんまんって好きだな」
 紙パックの豆乳や野菜ジュースを整理しながら、一人の男――A氏としよう――は話す。
「え、まじすか。あんなべったりしたの食べるなんて人間じゃないっすよ、先輩」
 滑車のついた二台にたくさんのダンボール箱を載せながら、もう一人の男――B君と称することにしよう――は答える。

「人間じゃないなんて失礼な奴だな。あんまんは美味いんだぞ。あの皺の無い皮といい、丁寧にこされたあんこといい、……何よりもあの、手に持った時の温かみは最高の幸福を与えてくれるじゃないか」
 A氏はジュースを整理し終えて、巨大な冷蔵庫に入るペットボトル飲料の整理にとりかかる。白い蛍光灯が攻撃的な光を放ち、……いやはや何ともいえず、寒そうなのである。指先を丸めて、はあと自らのため息で温めた。

「あんまん……食いたいなー」
 ちらりとレジ横の温め器に目をやるが、なにぶん深夜である、当然のごとく中身はなく電源すら切られている。
「俺は断然肉まん派っすね。あのだしだか何だかのベースに、やわらかい肉と、シャキシャキしたネギや筍の食感がたまんないし」
「肉まんか、確かに美味いな。俺は大人だから、お前みたいに相手の意見を頭ごなしに否定するなんて、そんな幼稚なことはしないのだよ」
「先輩、結構根に持つタイプですよね」

 意を決して冷蔵庫を開け、中の冷たいペットボトル達の整理にとりかかるA氏。
「ついでに言うと、俺は大人だから、こういう寒い仕事を積極的に引き受けているのだよ」
「いやいや違うでしょ。俺に力仕事任せてるだけじゃないっすか」
 図星であるが、それを表面に出しては負けると考えたA氏は、話を逸らす。

「とにかく、あんまんは美味い」
「いやいや、肉まんの方が絶対人気ありますって」
「じゃあ賭けるか?」

+++

 二人のシフト時間は、午前九時まで。それまでに来る客は、肉まんとあんまんのどちらを先に買うのか。
「……そりゃ、肉まんでしょ。だって朝飯代わりになるし……」
「おっと、飽食のこの時代だぞ。朝ごはんを食べ終わった時間、小腹が空いてしまったら、肉まんでは少々ヘヴィーじゃないか? ふふふ、それにどうやら神は俺に味方をしそうだぞ」
 “いやいや、わけわかんねえっすよ”と、A氏の思惑が読めないB君は苦笑い。
「もったいつけないでとっとと言ってくださいよ」
「朝から肉まんを食べようなんて若い奴は、こんなマイナーなコンビニに来ないのさ。つまり、朝から来るのは……甘党のおじいさんとおばあさんだ、そうだろう?!」
「ち、ちくしょおお!!」

 “最初はグー、ジャンケンポン”で、最初にパーを出す奴が稀に居る。
 A氏はそれにあたるタイプの人間で、律儀にグーを出し続けるのがB君だったりする。そういう時、A氏のようなタイプは何を言うかというと、
「はっはっは、勝ちは勝ちだ! 読みが甘かったな!!」
 と、意味の無い勝利に酔いしれるのである。……ちなみに今回のこの勝負、まだ始まってもいない。
「いや、朝からあんまんを食べるなんて、無い! ありえないっすよ、糖尿病になっちゃう!!」

 ちょうどその時、コンビニエンスストア“よしづ”に本日最初の客が訪れた。自動ドアを通ってやって来たのは、
「ほーら噂をすれば、“糖尿病”が来たぞ」
 A氏に勝利の予感を期待させる、大柄な体格の男だった。
「そーれ、あーんーまん、あーんーまん」
「そんな、小声であんまんコールしないでくださいよ!」

 興奮のためか、少々遅れた“いらっしゃいませー”に力を入れるA氏。大柄な男は何も手に持たないままレジへと向かう。どうやら、レジ近辺の物を購入する予定の様だ。
「あータバコを……」
「お客様、ただいまできたてのあんまんはいかがですか?」

 うわ、この人いきなりあんまん勧めたよ!! と驚くB君の目前、男の視線はレジの横で蒸されたばかりのあんまんに移った。これでは負けると確信するB君は、
「お客様、タバコをお求めですね」
 と、男の要求を満たす行動に出る。
「あー、その緑色のやつお願いします……」
 そういいながらも、男の視線は温め器の中に固定されたままだ。

 どうぞどうぞ、当店自慢のあんまんにロックオンしちゃってくださいよー。
 口に出せない心の叫びを、A氏は目線で訴える。横ではタバコを取ったB君が男に微笑みかけた。
「お待たせしましたお客様、……当店の肉まんは素材にこだわっているので、幅広い世代から人気があるんですよ、よかったらいかがですか?」
 予想外のB君からのサジェスト攻撃に、A氏は思わずB君を二度見する。えええ何言っちゃってんのー!
「あ、へぇ……じゃあその下のやつは?」
 男がハマキのように太い指で示したところには、肉まんの段、あんまんの段の更に下……ピザまんの段だった。

「え? ……っと、ピザ、ですね」
「じゃあピザで」
「ピザですか?」
「ピザで」

 男の、冷蔵庫のような背中を見送った後で、二人がもめたのは言うまでもない。

+++

「あー、お前があそこで変な宣伝しなかったら、あの客絶対あんまん買ってたのになー」
 時計は九時を過ぎた。ユニフォームから私服へ着替えながら、A氏が悪態をつく。
「いやいや、あの客多分、最初からピザ狙いだったんすよ。で、今頃家で宅配ピザとって乾杯してる頃っすよ」
 傍から見れば、明らかにB君の方が大人の対応である。

 帰り道の中でも二人はまだ話していた。
「ピザかぁ、朝からピザまん頼む奴なんて居るんだな」
「居るんっすね。糖尿病まっしぐらっすよ」
「いやー、あれはもう、まっしぐら通り越して真っ只中ってところでしょう。にしてもピザかぁ。知ってるか、イタリア人は脂をすごい摂るけど、植物性だから太りづらいんだって」
 “この人、また何か偏ったこと話し出すよ”。という思いを抱えるB君のいたわるような眼差しは本気だ。

「きっとあの客は、イタリアンな食事を摂ることで日本の脂を摂らないようにしていたのさ。つまり、あの客が日本の脂分たっぷりの肉まんを買っていたら、糖尿病が悪化して命が危なかった」
「いやいや、ラードたっぷりのあんまん派に言われたくないですよ!」
 二人の間を冷たい風が通り、身を縮こませるA氏の脳裏を温かいあんまんの画が横切る。

「あーあんまん食いたい……あ!」
 A氏は立ち止まるが、付き合いきれないB君は歩き続ける。
「そうだ、俺があんまん買えば、俺の勝ちじゃね?」
「先輩、そういうの、自作自演って言うんですよー」
 お疲れ様でーす、と手を振るB君に手を振り返すA氏。
「で、ですよねー」

 ちなみにこの時、コンビニエンスストア“よしづ”では、二人の駄々っ子をあやすためにと、女性が肉まんとあんまんを同時に買っていた。

2010/01/09(Sat)22:29:59 公開 / 目黒小夜子
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■作者からのメッセージ
とある開放感から、ぱっと頭に浮かんだ話を書きました。例年偉そうな私の今年の目標は、謙虚に……。毎年、口で言うだけだったから、今年は行動に移そう……。
えーと、お笑いジャンルを書ける人を尊敬するのですが、描写を丁寧に組み込むとテンポが悪くなるなぁと思う最近です。テンポを良くしようとすると描写が甘くなる気が。皆様はどのようにされていらっしゃるのか、教えていただきたいのですが。

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