『ALICE IN BATLLEFILD ― 戦場のアリス ―』 ... ジャンル:時代・歴史 SF
作者:そう                

     あらすじ・作品紹介
 『戦争』への関心が並以上に薄い少女・竜胆 亜理守(リンドウ アリス)14歳。それ以外は至って普通な彼女だが、夏休みの登校日に突然見知らぬ土地へと招待されてしまう。そこには、アリスを含む四人の少女が集っていた。事態が進むにつれて、自分達が世界で起きたあらゆる戦争の歴史のみを時空移動していることに気が付く。衝突しながらも、彼女達は一丸となって数々の戦争に立ち向かってゆく……

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 第1話 リンドウ(悲しむ君が好き)


 8月15日。ポツダム宣言から広島に原子爆弾が投下され、戦争が終結したその日には子供達が夏休みにも関らず、学校へ登校させられる。人によってはサボる人だっていよう。かく言う私・竜胆 亜理守(りんどう ありす)もその一人。何が楽しくてこんな暑い中、学校へ行かなきゃならないのか。私には甚だ理解出来ない。原爆投下は過去のハナシ。私たちがすべきことは何一つない。でしょう? だから、今日は夢のように悠々自適に過ごす予定なのだ。
 そう決め込んで、私は寝転がり、自分の部屋の新品の畳の匂いを感じ取った。本当に夢に堕ちてしまいそうなくらい気持ちがいい。しかし、
「あれ……? 何か引っかかるな」
 その気持ちの良さを何かが邪魔する。
「何だろう」
 いっそのこと気持ち良く寝てしまいたい私は深く深く考えた。
「えーとぉ……――ピーン! 」
 すると、私の頭上で今電球が光った。気がする。
「しまったぁッ! 今日部活あるじゃん! どーしよー」
 正直、学校の行事には消極的な私。しかし、部活に関しては非常に積極的。その理由は後々言うとして――……
「うーん、うーん……」
 私は悩みに悩みぬいた。と、言うのも、学校をズル休みして部活だけするなんて虫のいい話はないからだ。と、そこへ――……
「ありすー! 今日登校日でしょー? 学校行かなくていいのぉ? 」
 タイミングが悪すぎる。お姉ちゃんが登校をせかし始めた。
「分かってるー! すぐ行くよー! 」
 さっきまでの葛藤はどこへやら、しぶしぶ私は中学校へ行く準備を始める。
 鏡台に立つと、栗色のオカッパベースの髪を顔の両脇で三つ編みにしている私が黄色の眼を眠たそうにして突っ立っている。
「いいよねー大学生はー」
 ふと振り向くと私の部屋で漫画をあさり、のんびりと過ごしているお姉ちゃんを見て私はうらやましく思えた。
「オトナの特権ってヤツよ。悔しかったら早くオトナになれ」
 お姉ちゃんは私の頭をなでるとおデコを人差し指でツンと押す。
「ぷぅー――」
 私は口をとんがらせ唸る。
「いじけるな、みっともない。ホレ、時間ないよ! 」
「はーい」
 私は薄暗くなって玄関に向かって歩き始めた。
「いってきまーす」
 ハリの無いあいさつで私は家を飛び出すと、家の表札の『竜胆』がすぅっと頭にへばり付いた。自分でも変な苗字だとは思うが、それだけに少し昔のことも思い出した。
 私は少し前に花言葉について夢中になって調べたことがある。
 きっかけは自分の苗字と名前について調べて来いという小学生の頃の無理難題の宿題だった。名前はともかく苗字に意味なんてあるのかな? と内心思ってはいたけど、まだ小学生だった私は先生の指示に従って色々調べ始めた。そして、偶然にも花の名前の苗字であった私は「花言葉」という魅力的な存在を見つけたのだ。
 私の苗字の竜胆(リンドウ)の花言葉は『悲しむ君が好き』や『正義』を意味するものだった。
 『正義』の意味は当時すでに理解できていたが、前者の『悲しむあなたが好き』……これが今でもイマイチ理解出来ない。
「苗字の意味かぁ……」
 ポツポツと歩きながら、久々に通る通学路の先を眺めた。
「アリス? どうしたの……? 」
 すると、突然後ろから私を指す声が……
「おー紗代ちゃん! お久ーッ」
「お久ーッじゃない! 昨日も会ったでしょ!? もう……」
 金沢 紗代(カナサワ サヨ)。蒼色を帯びた長い黒髪を持ち、琥珀色のクリっとしたどんぐり眼は小動物のように可愛らしい。ただ、その声は容姿に似つかわない張りのある声だ。
「あり? そうだっけ? 」
 私の夏休みボケはいまだ栓が抜けた状態みたいだ。
「アンタの場合、栓なんてとっくになくなってるんじゃない? 」
「うるさいなぁー失礼だなぁー」
 刺々しい言葉につい反応してしまった。
「そんなことより、アリスまた背伸びた……? 」
「ん?あぁーそうかも」
 実は私、クラスでも軒並みに背が高い。
「羨ましい……」
 反対に、紗代ちゃんは130cm代の小さな身の丈。
「まぁまぁ、そのウチ伸びるさ! 」 
「でも私クラスで一番小さいんだよぉ?アリス見てると落ち込むなー……」
 紗代ちゃんは引きつった顔を私に向けながら言った。
「ほらほら、そんなカオしない!背が低くいくらいで悩まないの!」
「他人事だと思ってぇ……ッ!! 」 
 なだめようとしたら逆にあおってしまった。
 紗代ちゃんは手に持ったカバンで私の腰をボンッと打ち、逃げる私を追いかけるかたちで一緒に通学路を進んで行った。

 学校へ着くと、夏休みにどこぞへ行ってきたとか、宿題全然やってないッ! とか他愛のない談笑が教室越しに聞こえてきた。私達も自分のクラスの教室に入り、久しぶりに会う友達とテンション高く話す。が、しかし……
 いつまで経っても担任の先生がこないので、ホームルームの始めの10分、20分も皆自由に教室で談笑していた。私はと言えば、数人の女子を集めて怪談話に華を咲かせている。
 私はすぅっと呼吸を整えて、場を溜めた。何人かはすでに涙目になっているのを確かめると、私は口を開いて言葉を発する。

「半年前のこと……――風呂に入っていると、すりガラス越しに脱衣所に黒い影が見えたの。『お母さん? 』と、私はそう思ったんだけど、それにしてはぬらりくらりしていて、気になってドアノブをひねると、そこには誰もいなかった。気のせいか……と思い、再び風呂につかると、私は鏡に観てはならないものを観てしまった。私の肩から漆黒の左腕がぶら下っていたの。そして、その腕の本体が次第に私の影から浮かび上がり、それは言うの……」
「こらーッ! いつまでザワザワ騒いでいるつもりだーッ! 」
「ぎゃぁぁあぁああッ!! 」
 突然、隣のクラスの先生が戸をガラッと開けて怒鳴り散すものだから、会談を聞いていた子達はおもいっきり悲鳴をあげてしまった。
「塩谷センセーッ 何するんですかッ! 大切なオチをッ !! 」
「え? えっと、スマン……――じゃないッ! ホームルームはどうしたッ 柳先生は !? 」
 生徒の反応が思っていたのと全然違ったせいか、塩谷先生は少しかしこまって言った。
「ま、まだ来てないです」  
「来てない……? おかしいな。職員朝礼の時にはいたのに……――まぁいい。クラス委員は全員の出欠を確認したら体育館に集合させておくように」
 と、塩谷先生が言い終えたその時、反対側の戸からガラッと音を立てて誰かが入ってきた。
「柳先生! 」
 そう呼ばれる男性が、教室の後方の戸をガラッと開けて現れた。

 柳 ミツオ(やなぎ みつお)

 数学教諭で、若くてとても面白い先生だが、昭和初期のような丸型フレーム眼鏡を身に着け、いつもボサボサの黒髪をボリボリかき回すどこか抜けた性格のようだ。しかし、今私の目の前にいる柳先生にはそんな余裕は全くないように見える。
「ど、どうされたんですか柳先生……そんな血相変えて」
 柳先生が余りに激しく呼吸をするため、その場にいる先生・生徒が皆心配そうなカオをした。
「す……すいません。僕が遅刻してしまいましたね」
「遅刻って……柳先生は先程、職員朝礼の時いらっしゃったじゃありませんか」
 追返する塩谷先生。
「いえ……ちょっと自宅に忘れ物をしてしまったものでね、急いでコレを取りに帰っていたんです」
 柳先生はそう言うと、アタッシュケースから布で包まれた『何か』を取り出し、机の上にドンと置いた。
「何です? ……ソレ」
 私は率先して、柳先生に尋ねる。
「うん、今見せてあげるよ」
 先生は布を取り除き、机に立てた。その瞬間……――

「うわッ!!! 」

 ほんのわずかに、教室は恐怖に包まれた。先生が立てた物はA4サイズの写真の数々。そこに映るのは、戦時中に撮られた惨く重苦しい物ばかりだ。
「どうしたんです? ……こんな貴重な写真を」
 すると、塩谷先生が口をはさむ。
「僕の父が戦場カメラマンでして。実家にはこの手の写真が数え切れないほど保管されています」
「で、でも何で今ここに持ってきたんですか? 」
 気分を悪くした生徒の内、私は先生にどんよりと尋ねた。
「何でって……今をおいて見せる機会はないよ。第二次世界大戦で起こった悲劇をこうして皆に伝えなきゃいけない。僕は心からそう思ってる」
「でも……戦争なんてイマイチ信じられないよ。実感も湧かない」
 ぐったりとした紗代ちゃんが机に伏して言う。
「うん。それは僕だって同じだ。戦争の経験なんてないし、したくもないさ」
 先生は得意げに答えた。

 その後……――

 私たちは他のクラス学年よりも少し遅れて体育館へ入場し、長い校長の演説から耳を背けつつ、私はある人の背中を見つめていた。
 その人・佐野 龍(さの りょう)先輩。3年、剣道部のエース兼主将。ハッキリ言って、私は先輩のことが好きだ。どのくらって、そりゃあ同じ部活に入ったほど。今朝、私が部活と登校日で葛藤した理由はここにある。しかし、ルックスの良い先輩だからこそ、ライバルは多い。いかにして、ライバルを出し抜くか……結構真剣に悩んでる。
 告白すれば……――? 先輩を見つめる私の頭にその言葉がとっさに浮かんだ。確かに出し抜くにはそれが一番手っ取り早い。けど……そんなことが出来れば苦労はしない。
 
 はぁ……――

 普段は出ることのない溜息が私の心情を物語った。すると――
「えー……では、これより戦時中の様子を再現したDVDを観てもらいます。観終わったら、各自クラスで感想用紙を配布するので、しっかり観ておくように」
 校長の演説が終ると、教頭がおこがましく念押しする。しかし、結果は見えている。生徒の9割はうつむいて寝るかお喋りを始めるかだ。先生も呆れている反面、その気持ちも分かっているに違いない。
 私はチラッとだけ、映像を観たが、去年までと大差はない。

 立ち上る巨大なキノコ雲――……

 逃げ惑う人々――……

 廃墟と化す広島・長崎の風景――……

 私には恐怖以外の概念でこの映像を観ることは出来ない。耐えられない。こんな醜悪の過去と残骸は今を生きる人間に何かプラスになるのだろうか。映像から目を背ける私にとってそうなるはずがない。
「早く終らないかな……――」
 私は終始そう思っていた。そして、集会が始まって二時間と半……――やっと終った。今、ランランと笑顔を作っていられるのは校長と教頭と柳先生くらいだろう。
「それでは、今を持ちまして夏季登校集会を終わりにさせていただきます。一年八組から順に教室へ戻って下さい」
 事務口調で教頭は段取り通りに指示をする。
「はーあぁ……やっと終ったよ。もう死んじゃいそう」
 私は、トボトボと歩く八組の生徒を眺めながら愚痴をこぼした。すると――
「うん。言えてる……校長先生の長話と教頭先生の言葉遣いがなおのこと うざったかった」
 隣に座る男子が眠そうに私の言葉に添付する。
「そーだね」
 もう疲れ果ててそれしか言葉が出なくなってしまった。
「俺、家帰ったらソッコーで寝れそう」
「私は部活あるけどねー……」
 そう。いい加減シャキッとしないと、放課後には部活があるんだから。

 ― 教室にて ―

「では、この紙に10行ほどでDVDの感想を書くように。書けなかったら書けなかったで別に構わんぞー。時間来たら提出。以上」
 相変わらず柳先生はズボラだ。いや、誰もDVDを観てなかったことを見越して言っているのかも。
「んー……正直、寝ちゃってたわ。アリス書けてる? 」
 ペンであごを押さえるしぐさをしつつ、私に問う紗代ちゃん。
「まさか、私は他のコトに気をそらして、眠気を紛らわせてた」
「他のコト? 」
 紗代ちゃんは躊躇なく私に追問した。
「ぐ……なんでもない! 」
 いくら紗代ちゃんでも、先輩のことについて言うわけにはいかないよ。

 そして始まる部活の時間。
 いつもと変わらぬ時間ではあったが、むしろ私にとってはそれがいい。それは私の視線の先を見てもらえばすぐに解るだろう。汗にまみれる男子の中で、一際輝く存在はもはや憧れを通り越して愛おしいのだ。
「あーりーす! どうしたの? 火照ったカオして」
 すると、私の隣でジュースを左手にぶら下げた女の子が一人。佐々木 湖乃夏だ。クラスは違えど学年と部活は同じ彼女だが、更に私と共有しているモノがある。それは――
「あ、佐野先輩お疲れ様でーす!」
 元気良く佐野先輩にそのジュースを差し出す湖乃夏。それはつまり、彼女も佐野先輩が好きなのである。それは当然お互い知っている。
「おぉ、ありがと」
 何の気なく先輩はジュースのフタを空けると勢い良く飲み始めた。
「フフン」
 なぜか湖乃夏の鼻笑いが私に聞こえてムッとしたが、そこはこらえた。すると――
「あの、先輩ってカノジョいなんですか?」
 なんと、湖乃夏は佐野先輩に直球を投げた。
「彼女? んー残念ながらいないかなー。でもどーしてそんなことを? 」
 ここで言うのも難だが、先輩は結構天然だ。彼の彼女が出来ない理由として挙げられるのは、告白が回りくどかったりすると、告白を告白だと気付かない……というのがある。
「い、いえいえ! ただ何となくというか……」
 モジモジする湖乃夏を見ていると、なんだか無償に腹が立ってきた私は……
「でも意外ですねー先輩モテそうなのに!」
 とうとう、湖乃夏と先輩の話に割って入ってしまう。
「そ、そう?」
 当然の介入のせいか、少し先輩は驚いたようだ。
 休憩の合間に、暫く湖乃夏といがみ合い先輩と談笑してなんともまぁ、浮き沈みの激しい一日だった。
 そんなこんなで、登校日は終了した。部活も体と良く運び、これに関しては特に疲れはなかったのだが……
「ほら、ありす! ちゃんと布団で寝なさい! 」
 家に帰って、私がソファーで気持ちよく寝ていたところを無理矢理お姉ちゃんに起こされた。
「ふみゃ?」
 しかし、私の返事は寝ぼけそのもの。
「ほら! 起きる! 」
 段々言葉が荒くなってきた。
「今日はホントに疲れたんだよぉー放課後には部活もあったし……」
 正直に時分の疲労具合を伝える。
「部活って……アンタは剣道部のマネージャーでしょうが」
「マネージャーだって大変なんだよ――だッ」
 というか、疲労の99%は集会だろう。ただ聞いてただけだけど。
「ふーん。でもさ、アンタが剣道部のマネージャーになったのって好きな先輩が剣道部にいるかららしいわね」
 お姉ちゃんがそう言った途端、口がつり上がった。
「んなぁ! 」
 私は思わず赤面してしまう。
「あらら、図星? 可愛い――」
「ち、違うよ! 」
 とっさに私は口をはさみ頑なに否定した。
「何が違うのよ?」
 お姉ちゃんはなお私をいじくる。
「だからぁ、私が先輩のことを……そのぉ…うぅ」
 赤らんだ私の顔はますます赤くなった。
「あははっ」
「笑うなぁ! 」
 私は半泣きでお姉ちゃんに訴える。
「ごめんごめん、悪かった。もう言わない」
「もうッ!」
 意地悪もいいところだ。
「そー言えば、ありすまだシャワー浴びてないでしょ? 汗の臭いが……」
「うそッ ?! そんなに臭い? 」
 私はそう言うと、一目散に風呂場に向かった。
「おお、睡魔に打ち勝ったわね」
 ヘンなところに関心するお姉ちゃんをよそに、私は一つ思い出した。『風呂陰』という怪談。今朝、私が皆に聞かせていた話だ。
「あーもうッ! あんな話するんじゃなかった」
 自業自得だが、急に風呂場が怖くなる。
 しかし、そうも言ってられない。私は恐る恐る風呂場に入り、湯桶の蛇口を捻った。
「ふー……」
 夏だけに、お湯はすぐに出たが私の鳥肌は治まらなかった。すると……――
「きゃッ! 」
 急にシャワーが冷たくなって驚いてしまった。
「どうしたんだろ……故障かな? 」
 そう軽く考えていた私は、ふと、正面の鏡を覗く。すると――
「え? ……ウソ」
 手前の鏡に映るすりガラス越しの黒い影。それはフラフラと脱衣所を蠢いている。
「お、お姉ちゃん? 」
 私は恐怖をもみ消そうと、必死になった。そうだ、きっとお姉ちゃんがイタズラしてるに違いない。
 そう思って私はガラス戸を勢い良く開けた。しかし
「誰も、いない……」
 衝撃が走る。これは――『風呂陰』と全く同じだったのだから。私は恐怖のあまり、風呂を出ようとしたその時――
「イカ……ナイデ。ワ……タシヲヒトリニシナ……イデ……ヨ」
 途切れ途切れに私の耳下で何かがささやいた。
「嫌――ッ! 聞こえないッ! 何も聞こえないッ!!! 」
 ついに私はその場でふさぎ込み、自己催眠を始めてしまう。しかし――
「ナン……デワタシ……ヲキラウ……ノ? ネエ? ナ……ンデ? 」
 何かが憑き纏うように、私の左肩に手の感触を覚える。しかし、人の体温は感じない。すごく冷たい。
「イヤぁぁああッ !!! 」
 ついに出る叫び声。
 お姉ちゃんッ! 助けてッ! 助けてッ―― !!!

 こんなに叫んだのは産まれて初めてだろう。真の恐怖というものを私は覚えたのだ。だからこそ思う。あれは夢だったのかな? と。夢なら早く覚めて欲しい。こんなに心が恐怖で埋め尽くされたことはない。私を安心させてくれる場所へ……早く連れて行って! 
「ハッ! 」
 目が覚めた……のだろうか? 目の前の光景に現実味がないのだ。真っ赤な空、熱帯地のような気温、不快な臭いと瓦礫の山。もちろん私の部屋なんかじゃない。すると――
「目が覚めました? 」
 突然、見知らぬ少女が私に問うて来た。
「うわッ! あ、あなたは……? 」
 聞かれたはずなのに、私は聞き返してしまった。
「向日葵 朱里(ヒマワリ アカリ)と申します」
 朱色のストレートロングに金色の眼が輝く。着物の上に大きな外套(マント)を身に着け、少々時代錯誤な格好をしている。
 彼女は会釈し、丁寧に名乗った。
「私は竜胆 亜理守(リンドウ アリス)。ここは……どこなの? 」
「私にも分かりません。私達も気付いたらここに……」
 向日葵さんは少し暗くなって答えた。そして、彼女の言葉に気になることが。
「私達? 」
 と、私がつぶやいたその時――
「鋸草 雅花(イグサ マサカ)だ」
 野太い声が、私の耳下で大きく響く。
「きゃぁああぁッ!!! 」
「なッ……そんなに驚くことはないだろ! 」
 鋸草さんは色抜けして痛んだ天然パーマの茶髪と綺麗な蒼色をした眼を持っていた。服装もかなり荒々しい。
 ゆえに状況が状況。彼女の強い物言いで、私は飛び上がってしまった。
「す、すみません……」
 と、私が鋸草さんに反射的に謝ると、今度は――
「……翁草 美夏(オキナグサ ミカン)です」
「うひゃあッ!!! 」
 思わず変な声が出た。鋸草さんよりさらに耳下でつぶやかれたのだ。
「変なヒト……」
 非常に大人しそうな女の子だったが、口が辛い。
「わわわ悪かったわね……」
 翁草さんは、小さい背丈に二重で翡翠色の眼を持ち、ツヤのある長めの黒髪を両端で軽く纏めている。服装はややゴスロリチック。いやドレスだろうか。
「ずいぶん余裕だな。立ち上がって世界を見てみろ」
 すると、鋸草さんは私に準命令口調で言う。
 言いたい放題に言われて、私はムッとしながらふらついた足取りで、視界の限りを見渡した。
「え……ッ!? 」
 そこに広がるのは瓦礫山どころではない。何kmも先まで続く廃墟の世界……
 私は絶句した。世界の終わりにすら見えたこの景色……
「何よこれ……本当に、ここどこなの? 」
 私の恐怖が再燃する。
 見渡す限り瓦礫瓦礫瓦礫……――少なくともここは私の知る日本ではない。いや、日本ですらないのかもしれない。だとしても、これって一体……
「どこかの紛争地でしょうか? 」
 向日葵さんは私の側に寄り、私が言うであろう言葉を先に言う。
「分からないけど……すごく黒いものを感じるの」
 私は感じたままを口にした。すると――
「どーでもいいけど、オマエいつまで裸で突っ立ってるつもりだ」
 鋸草さんは思わぬ注意を私に促す。
「え? 」
 恐る恐る私は首を下に下ろすと――
「きゃあぁぁあッ! 」
 私は絶句してその場にしゃがみ込んでしまった。
「鈍すぎます……」
 気だるそうに翁草さんは言う。
「う……っるさいッ! 」
 真っ赤な顔になって私は必死に着るものを探した。
「あの、これで良かったら……」
 向日葵さんは身に着けていた大きな外套を私に渡す。
「え……いいんですか? 」
「えぇ、裸でいられたら少し話し辛いじゃありませんか」
 向日葵さんはストレートに私の羞恥を射抜く。
「お恥ずかしい……」
 私は真っ赤な顔をし、恐れ入ってその外套を身に着けた。すると、
「とにかく、ここでジッとしててもしょうがないな……ちょっと様子見てくるけど、お前らどうする? 」
 鋸草さんが率先して歩みだす。勇気のある人だなぁ。
「私も行きます。ここがどこなのか、確認しないと」
 すると、向日葵さんも立ち上がった。
「私たちは……どうする? 」
 私はチラっと翁草さんの顔を見る。それと同時に、積極的になれない自分がなんか情けなくなってきた。すると――
「アタシは行く」
 翁草さんもこの景色に興味津々なよう。
「えッ! マジ? 」
 そして、正直ここを動きたくない私。
「来たくないなら、別にいいぞ。ここで待ってろ。ただし、俺達が戻ってくる保障はないと思え」
「うえぇ! そんな無責任な! 」
「うるさいなぁ。そもそも俺達は無関係の他人だろ。どこに責任があるって言うんだ」
 半ば呆れたように鋸草さんは私につっかかる。
「それは……」
「フン」
 曖昧な私の反応を見て、鋸草さんはどんどん先に行ってしまう。
「あぁ、待って! 」
 それを追う向日葵さんと翁草さん。一方私は――
「……そっか。やっぱりここは私の知る日本じゃないんだ」
 そう。段々と私は悟って来た。もう一度立ち上がり、鋸草さん達が歩んだ方向を見ると、もうずいぶん遠くに行ってしまっていた。早く追わないと、こんな場所で一人ぼっちになっちゃう。そう思ったのに……
「あ、あれ? 」
 突然、足が震えて上手く動かなくなった。理由なら分かってる。
「そうだ。この景色……私知ってる」
 何kmも続く瓦礫の荒野。酷く濁った灰色の川。焼け跡が残るコンクリートの破片……
 信じられない。でも、構図から配置まで全て一緒なのだ。
「これは――」


 第2話 アヤメ(使者からの吉報)


「ちょっ、ちょっとまって!」
 私は震える身をムリヤリ動かし、3人の下へと走った。
「結局、着いてくるんだな」
 鋸草さんは呆れたように私に言う。
「はぁ……ッ!!! はぁ……ッ!!!」
 だが、今の私に戯言をする余裕はなかった。呼吸は激しく、拍動は乱れる。
「どうしたの? そんなに慌てて……」
 尋常ならざる私の状態に向日葵さんはそっと背を撫でてくれた。
「私……ここがどこだか解った……んです!」
「えッ!」
 私の一言に3人は一勢に目を向ける。
「ここがって、この廃墟のことか?」
 鋸草さんは息乱れる私に質問した。
「うん。ここは……――」
 言葉を発しようとした瞬間、空から大きなエンジン音が響く。

 ヴゥゥゥオォォッ!!!

 私達は空を見上げ驚愕した。
「な、何だこれ……!」
 鋸草さんは顔を上に向けたまま言う。
「……航空戦闘機? 」
 編成する空軍に向日葵さんは鋸草さんに続ける。そして、私は――
「皆伏せてッ!!!」
 全員の首を腕に抱え込み、無理矢理倒した。
「ぐえ!」
 途中、鋸草さんの首が絞まる感覚があったが、今は気にしなかった。
「いきなり何を……」
 ここに来て、ようやく翁草ちゃんが口を開く。
「お願い、暫く動かないで……!」
 私は必死に訴えた。だが、次の瞬間にそんな言葉など一切意味を持たない衝撃が全方位に広がった。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド――ッ!!!!!!

 空襲だ。もう、声など聞こえない。光など届かない。今私は無の境地にいる感覚を覚えた。
 そして、キィィィというノイズが爆撃の最中、全身が感じとった時には――

「爆撃が止んだ……」
 瓦礫に覆われた私は安堵の言葉を漏らす。
「うぅ……」
 腕元の3人はまだ、何が起きたのか解らないという顔をしていた。
 ガラガラという音と共に私達はふらつく足どりで再び空を見上げる。
「話を戻すね」
 私は悲しい現実を拓くために口を開いた。
「ここは……『東京』。時代は……太平洋戦争のド真ん中」
「……何?」
 鋸草さんは降りかかった瓦礫を除けて立ち上がり言う。
「私、見たことあるの……この景色。柳先生の持ってきた写真の内の一枚にこの情景が――」
「あ? 柳? 写真?」
 私が皆キョトンとしていることに気がついたのはそれから少し経ってから。
「それよりどうします? 行くあてもありませんし……最低、この爆撃から逃れられるトコロを探しませんと。竜胆ちゃんの今の話も詳しく聞きたいですし」
 向日葵さんはこれからのことについて、話を切り出す。
「でも……戦争中に安全なトコロなんてあるかしら」
 翁草ちゃんも向日葵さんの話に乗って答えた。
「とりあえず、移動はしようぜ。こんなところにいたら良い的だ」
 鋸草さんがそう言うと、皆思わずうなずいて、低姿勢で移動を始める。
「(本当にこれからどうなるのかな?)」
 そんなことを私は頭に浮かべながら向日葵さんの後について行った。
「考えたくないけど、竜胆の言ったことが正しければ俺達は時代を時空移動したことになる」
 鋸草さんは一番前を歩きながら言う。
「そうですね。まだ確証はないですけど、この状況を考えると……」
 向日葵さんも鋸草さんの意見に同意のよう。
 こうして、私達はそそくさと移動すること30分弱。どうにか戦闘機のノイズが聞こえないトコロまでやってきた。私の知っている限りでは、東京に安全なトコロなどありはなしないのだけれど、一瞬だけ安堵できる場所につくことが出来た。
「ふーっ、ここまでくれば暫くは大丈夫だろ」
 鋸草さんは酷く疲れた様子で溜息を吐いた。
「全くです。ヒドイ目に遭いました」
 翁草ちゃんはその小さな体を平らな地面の上で横になった。
 私達は今、小さな無人の母屋を借りている。ここならば強い風も日差しもある程度は防げる。
「しかし、とんでもないところに来てしまいましたね」
 力なく向日葵さんは言う。
「そうですね……」
 つられるかのように私まで暗くなった。と、言うのも先ほどの柳先生の写真の話をいつ切り出した物かと正直悩んでいるのだ。少なくとも私はこの上なく雰囲気を暗くしたくない。すると――
「一つ……いいですか?」
 なんと、今まで自分から話を切り出すことはなかった翁草ちゃんが口を開いた。
「ん?何?」
 私は何の気なく、お姉さん的対応を取った。
「皆さんの住んでいた時代の西暦を教えて欲しいです」
「?」
 何とも変わった質問だった。と、いうかあきらかに変だ。
「2009年だけど……」
 私は一番に答えた。そして、この発言が皆を混乱させることになるとは。
「え……ッ!!!」
 酷く驚いた様子の向日葵さん。
「ちょっと待てよッ! 俺は1977年だぞッ! もしかして俺達のいた時代までバラバラなのかよッ!」
 鋸草さんはもはや興奮状態だ。
「じゃあ二人も?」
 私は口の開けない残りの二人にも振る。
「わ、私は2039年……」
 次いで答えたのは向日葵さん。なんと、私より未来人が。けど今はそこに驚くのは控えた。
「わたしは1879年です」
 最後に翁草ちゃんが答える。そんな中、私はなぜ翁草ちゃんが皆に西暦を聞いたのかが解った。
「そっか、翁草ちゃんは太平洋戦争を知らないんだ……!」
 私は母屋の崩れた箇所からのぞく木漏れ日を受けて言った。
「んなこたァどーでもいい。これからどうすかだ。その気になれば俺は一人でも行くぞ」
 鋸草さんは、女の子とは思えない発言を繰り返す。
「今は一人でも多いほうがいいに決まってるじゃないですか! 元いた時代に帰りたくないんですか?」
 すると、向日葵さんが癇癪したのか、鋸草さんの詰め寄った。
「それは、四人集まって帰る方法が見つかればの話だろうが! 俺はとてもそうは思えねぇんだよ!」
 鋸草さんは足元の砂利を蹴飛ばし、向日葵さんを睨む。
「ちゃんと現実をみなさい! 今は何をすべきか皆で考えましょう」
 荒む言動に向日葵さんは必死に対応した。
 鋸草さんは、こんな混沌とした時代に来てイラ立ちが募っているのだろう。
「何かアテがあんのかよ?」
 やっと観念した様子の鋸草さん。正直私と翁草さんは空気になりかけていた。
「アテがあったらもうとっくに行動しています。でも、落ち着いて状況を把握してゆけばそれもゼロではありません」

2010/04/19(Mon)10:39:34 公開 / そう
■この作品の著作権はそうさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 『戦争』をテーマに、四人の少女を活躍させようというのが今作品のコンセプト。やるからには、とことん時代背景を考慮したリアルな作品にするつもりです。私自身も戦争について色々と勉強するチャンスのつもりで描かせて頂きます。
 作品の展開は、時代時代の戦争を時空移動する旅物語。アリス達四人の個性溢れるキャラクターが、戦争をどう受け止めて行くのか……私も描くのが楽しみでしかたありません! ではでは〜

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。