『想像パズル 〜死体の傍には潰れたトマト〜』 ... ジャンル:ミステリ 未分類
作者:文矢                

     あらすじ・作品紹介
さて、作者としてはこのスペースで言うべきことはただひとつだけである。それは「この事件は論理的に解決でき、それは作中に示されているヒントだけで可能である」ということだ。さて、あなたはこの事件を解決できるだろうか?(随分と偉そうに聞こえるかもしれないが、ミステリにおいて作家はどんなに自信がなくても堂々と挑戦しなければならないのだ)

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登場人物紹介
【被害者】 山岡進三(41) 会社員
【発見者】 山岡かな子(41) 進三の妻、専業主婦
【容疑者】 松尾太郎(41) 進三の友人、会社員
      中本克己(36) バー『桃太郎』の店主
      西野朱里(21) 大学生。
      菊池隆夫(21) 大学生。
      朝野佳代(22) 大学生。

【外部者】 倉本高(26) 古本屋。語り手。
      立川正志(26) 刑事
      有辻興太(26) トマト学者

※犯人は【容疑者】の中にいることを作者は約束する

1.

「トマァト!」
 私の古本屋にそんな声が響いたのは午後一時過ぎだった。その時、私は食後のコーヒーを飲みながら、レジで客を待つという穏やかな時間を過ごしていた。穏やかな時間は、いつもその奇声によってぶち壊される。
 奇声の主は誰か私には分かっていた。私の友人、有辻興太だ。ついでに、「トマァト」というのは彼流の挨拶だ。
「正月だっていうのに、何でお前はそんなに暇なんだよ、ニートか」
 私はため息をつきながら言った。今日は一月五日。年明け気分がそろそろ冷めてくる時期だ。小学生の頃の私はいつもこの時期に冬休みの宿題の書初めをやっていた。必死の形相で。仕事初めにはまだ少し早いかもしれないが、私はやることもないので店を開いていた。
「ニートじゃないっつーの。トマト学者だよ。トマト学者」
「はいはい」
 私は適当にあしらう。
 トマト学者。この言葉はなんとも奇異に聞こえるかもしれない。このトマト学者というのが有辻の職業なのだ。もちろん、そんな職業がこの世に存在するわけなく、有辻が自分をトマト学者と自称しているだけなのだが。ついでに植物学者を彼がやっているわけでもない。ただトマトを愛しすぎて狂っているだけだ。
 彼のトマト狂いは小学六年生から始まった。夏休みが明けると、私の「ちょっとうるさい友達」が「狂った友達」に豹変していたのだ。トマトトマトと叫びまくり、給食にトマトが出ると狂喜する。そんな奴に変わっていたのだ。理由は知らない。その小学六年生から十四年経つ今まで、彼のトマト狂いは続いているのだ。好きな飲み物はトマトジュースだし、好きな料理はモッツァレアチーズとトマトのサラダ。外食に誘ってくる時は必ずイタリア料理店だし、レストランにトマト関係のものが無いとその日から一週間は不貞腐れている。マンションのベランダには何鉢もトマトの苗があり、トマトが襲い掛かってくるわけ分からない映画のビデオも持っている。トマトに関する本も一冊出している。彼は本当に、トマトを愛しているのだ。
 もちろん、そんなアホみたいなことだけをやっていたら生活できるわけはない。彼はアルバイトをしながら生活をしている。フリーターだ。
 私はここでようやく顔をあげた。有辻は私の店のレジの前の本棚を漁っている。
 有辻を眺めてみる。まず、説明するべきはその髪の毛だろう。アフロみたいにクルクルでボリュームのある頭。信じられないが、これは天然パーマらしい。次にその顔。目は死んでいるが、整った顔はしている。そして、その服装。この服装が全てをぶち壊しにする。真っ赤な上着に真っ赤なズボン、真っ赤な靴。彼曰くそれはトマトの色らしい。素晴らしいファッションセンスだ。
「いつも思っているんだけどさ、本当にいつもその服を着ているのか?」
 私は本のページをめくりながら質問した。
「いつもなわけ無いだろ。ずっと同じ服を着ていられるか」
「分かった、質問が悪かった。いつもそんな感じの服を着ているのか?」
「そうだよ。トマト学者として当然のことだ」
 私は本当に、こいつには呆れる。
 私が本を読み、有辻は店の中の本棚を適当に眺める。そんな時間が十分ぐらい続いた時、有辻が店の外を見て口を開いた。
「あれって立川じゃない?」
「立川? 立川ってあの立川正志?」
「ほら見ろよ。百聞は一トマトにってやつだよ」
 そんなことわざは無いぞとツッコむ気も無く、私は普通に店の外を見た。確かに、店の前の道の向こうに立川が立っていた。そして車の途切れ目を狙ってこっちへ渡ってくる。
 立川は、私と有辻の小中学校の同級生だった。高校からは学校が違ったが、それでも友達としての縁は続いている。そして、彼は今、刑事になっている。そんな彼がどうしてこんな所にいるのだろう、と眺める。暗い色のコートを着ているゴツイ体と顔が目立っている。そして立川は私の店に入ってきた。
「いらっしゃい」
「トマァト」
 私と有辻がそう言うと、立川は「おう」と返す。
「どうした?」
 有辻がそう問うと、立川はポリポリと頭を掻きながら言った。
「なあ有辻、倉本、トマトを潰す呪いとかって知っているか?」
 何じゃそりゃ。
「トマトを潰す呪い? うん、野菜とかを使った呪いは無くもないけど。それがどうしたんだ?」
 有辻が答える。少し学者っぽい口調だ。
「ああ、ちょっとここの近くで殺人事件が起こってな」
「殺人? まさか俺とか有辻が容疑者ってわけじゃないだろ?」
「ああ。もちろんだよ。容疑者はある事情によってもうほとんど絞られてる。聞きたいのはな、そういうのとは別の問題なんだよ。これだよこれ」
 立川はそう言うとポケットの中を漁り、写真の束を取り出した。写真の束には新品であろう輪ゴムが巻かれている。写真も最近現像したばかりに見えた。立川はその中から一枚の写真を取り出し、レジの台に置いた。
「これが何だか分かるか?」
 私と有辻はその写真を見た。それは何ともおかしな写真だった。血の気のない手が、トマトを潰している。手は右手で、トマトは下半分が潰れていて上の部分は無事だ。指が少し曲がっている。下はフローリングの床らしい。トマトの汁とその中の種がグロテスクといえばグロテスクだ。いや、これは死体の手なのか? それならそっちの方がグロテスクだ。
「このトマトは……「桃太郎」だな」
 有辻がそんなことを呟いた。
「「桃太郎」?」 
 立川が反応する。
「トマトの種類だよ。完熟トマトの代名詞といってもいいぐらい有名なトマトさ。季節は少しズレているけど、まあ最近はこの時期でもスーパーで売っているのかな。甘味があって中々いい。僕も育てたことがあるよ」
「そういう種類なんだな、分かった。ありがとう!」
 立川が写真を掴み、走り出そうとしたので有辻が慌てて止める。二人が動いたせいでレジ台が揺れ、コーヒーが少しこぼれた。
「ちょっと待てよ立川。少しぐらい何か教えてくれたっていいじゃん。ね?」
 有辻が立川の肩を掴みながら言う。私もそれに賛同する声を出す。このトマトが何だっていうんだ? やけに気になる。
 立川は立ち止まり、迷った素振りを見せる。そこを有辻がペラペラと喋って決断させようとする。私は本に栞を挟み、台の下に引き出しにしまう。一分ぐらい経つと、立川は決断したらしく、ため息をついて話し出した。
「分かったよ。でも、これウチの警部とかには言うなよ」
 口が軽いな、と私は思った。いいのかよ、刑事さん。だが、止める気にもならなかったので何も言わないでおいた。
「いいか、これはさっきも言った通りここの近所であった事件なんだけどな……」

2.

 まず、事件が発覚したのは今日、一月五日の午前十時らしい。被害者の名前は山岡進三、年齢は四十一歳。現場は山岡の自宅。発見者は山岡の妻、かな子。
 死体は台所に倒れていた。首の後ろにはナイフが刺さっていて、それが死因であるということは間違いない。(ここで立川は私達に写真を見せた。……死体の写真を。私は少し気分が悪くなった)被害者はどちらかというと小柄な体格で、体重も軽かった。女性でも首にナイフを刺せただろうということは結論がでている。身長は百六十センチぐらいだ。被害者はトランクス一枚で倒れていて、肌がはっきりと見える。白っぽい肌だ。腕は伸びている。死亡推定時刻は昨日、四日の午後らしい。
 そして、この事件の最も不思議な点は被害者の右手にあった。右手でトマトを潰しているのだ。これが何を示しているのか、まだ警察も分かっていない。流しの上にはまな板と包丁、いくつかのトマトがのっていたとのことだった。このトマトの種類は有辻のことばでやっと桃太郎だと分かったとのこと。
 台所の床は一見キレイだが、調べればすぐに血が拭かれていることが分かった。洗面所には血を拭いたと思われるタオルと犯人が使ったと思われるタオルが置かれていたとのこと。タオルは一応洗ってあったが、簡単な検査ですぐに血を拭いたものだと分かったらしい。また、これらが山岡の血であることは既に確認されている。指紋に関してはナイフからリビングの家具まで、いたる所の指紋が拭きとられていて、ヒントは何も無い。犯人の使ったと思われるゴム手袋も発見されたが、その手袋の下にさらに手袋をしていたらしく、これからも指紋は見つからない。
 かな子によると被害者はドアの鍵をよくかけ忘れるクセがあったということで、犯人の侵入経路は玄関からだろうと思われる。窓などについては開けられた形跡は無かった。
 現場に残されていたナイフはホームセンターからスーパーまで何処でも買えるような代物で、入手経路から犯人を特定するのは困難だと思われる。ゴム手袋も同様だ。ただ、かな子によるとナイフを買ってきた覚えも無いし、ゴム手袋も減って無かったとのことなので、これは犯人が持ってきたということは間違いない。また、山岡は家事や買い物関連はほとんどかな子に任せている為、山岡が買ってきたということも考えられない。タオルは山岡家の物が使われていた。
 これで現場の説明はほぼ終わりだ。ここからは容疑者の話となる。
 (立川はここで少し芝居がかった話し方に変わったが、私は変わらず私の文体で書く)この事件の変な所は容疑者が特定されていて、その容疑者の中に間違いなく犯人がいるという点だった。
 まず、T字路みたいなものを思い浮かべてほしい。そして、T字路の先の部分が被害者の家なのだ。となると、被害者宅への出入りはT字の横線部分からだけとなるが、この横線の左側は工事を行っていて、通ることはできない。この工事は結構大がかりな道路工事で、工事が終わる時間になっても道は通れない。そして、右側部分には交番があり、そこの警察官によると一月四日そこを通った者は一人もいないらしい。被害者宅の後ろには川があり、後ろから侵入することも無いだろう。つまり、犯人はT字路の内側にいた人物に限られるわけだ。
 その容疑者は五人だ。被害者宅の周りに住んでいる人と考えると少ないだろうと思うが、その時丁度町内会で正月旅行に行っており(「かな子はこれを抜け出して五日の朝帰って来たらしい。理由は夫が心配だから。まあ、「何」が心配だったのかは分からないがね。山岡はかなり女好きだったらしい」と立川がここで言った。また、一月四日はかな子に完全なアリバイがあるので容疑者にすら成りえない)他の人も正月で帰省したりしていたというわけで、そんな怪しいものではない。(立川は現場の写真、容疑者の写真とかをこっちに見せてきた。さすがにやばいんじゃないか? 機密漏洩ってやつだろ)
 まず、容疑者の一人目は山岡の友人である松尾太郎。年齢は山岡と同じく四十一歳だ。松尾には妻子がいるが、町内会の旅行に行っていて留守だった。松尾だけが家に残ったらしい。山岡の家をよく訪ねていたらしく、山岡の大の親友だったとのこと。身長は山岡より少しでかいぐらいで、かなり太っている。また、ハゲでもある。あまり良い外見とはいえない。仕事に関しては不動産屋の社員をやっているらしい。(ここで立川は「それにしても、四日だろ? 結構仕事始めている会社多いと思うのに山岡も松尾も休みだったんだよな。俺なんかほぼ年中無休だぜ」と文句を言った)
 二人目はバーの店主の中本克己。年齢は三十六歳。髪は七三分けで、髭を生やしていてダンディだ。体格は良い。山岡とは昔、喧嘩をしたことがあるらしい。原因は酔っぱらった山岡が店の看板を蹴り飛ばしたこと。ただ、本人はもうあいつのことなんてどうでもよくなってますよ、と喋っていたとのこと。
 三人目からは住宅街の中にあるアパートの住人らしい。また、このアパートは半ば近くの大学の寮みたいになっているらしく、今回残っていた三人は全て大学生だ。
 三人目は西野朱里。年齢は二十一歳で、茶色がかったショートカットの女性だ。器量はどちらかというと良い方である。学部は経済学部で、本人は山岡とは話したことすらないと主張している。身長は百六十五センチと、山岡より少しでかいくらいだ。頬が赤く、可愛らしさがある女性だ。
 四人目は菊池隆夫。年齢は二十一歳で、角刈りの男性。学部は西野と同じ経済学部で、彼女とは恋人の関係らしい。顔は普通だ。いや、本当に普通で喋り方とかも普通らしい。(「普通すぎて驚いたね。逆に目立つんじゃないかな、普通すぎで」とは立川の弁)この男も山岡とはすれ違ったら会釈するぐらいとのことだった。身長は百七十六センチ。
 五人目は朝野佳代。年齢は二十二歳で、黒いロングヘアーの女性だ。学部は上の二人とは違い、法学部で西野と同じく中々の器量だ。かなり冷めた感じのする女性らしく、受け答えもかなり淡々としたものだったらしい。山岡とは特に喋ったことはないとのこと。身長は百七十センチで山岡より十センチでかい。
 容疑者はこの三人だけだ。また、これら五人は一月四日外には出なかったと主張しており、何かを聞いたり見たりしたものと言ったものは一人もいなかったとのこと。
 被害者の評判は良いとは言えなかった。女好きで、浮気関係でかな子とよく喧嘩をしていたという。家事は本当にほとんどやらず、かな子は時々友人に「小さい王様よあれは」と漏らしていたとのこと。
 (ここで立川は「で、最後が重要なんだ」と言って、私と有辻の顔をニヤニヤしながら見た)
 中本克己のバーの名前は、『桃太郎』らしい。

3.

「ということで、俺は今から中本の所に行ってくる」
 操作機密をペラペラ喋った刑事はそう言って、立ち上がろうとした。(話している最中に私が椅子を持ってきて二人を座らせた)しかし、立ち上がれない。有辻が肩を押さえつけているからだ。
「ちょっと待てよ。それじゃあ不良品のトマトだよ」
「はい?」
「少し考えてみれば分かるでしょ。トマトの名前が「桃太郎」なんて、普通の人が知っているわけないじゃない。ましてや、家事をほとんどしないような奴に」
 有辻の単純な考えも中本は思い浮かばなかったらしく、蜂に刺されたような顔をしていた。私もそれぐらいは思い浮かんでいた。「桃太郎」という品種なんて、私は全くもって知らなかった。野菜の種類なんて全くもって知らない。果物ならともかく。イチゴとかならある程度は知っている。
「立川。二階とかでは血痕は見つからなかったのか? トマトの赤い血液」
 最後につけ足した言葉の意味はよく分からないが、質問自体はそうおかしなものではない。
「え? ああ、見つかってないよ別に」
「あ、そう……寝室とかは二階だよな?」
「ああ、そうだよ。夫婦ともに二階さ」
「へえ」
 立川は取り出した写真とかを輪ゴムでとめて、ポケットに放り込むとため息をつきながら言った。
「まあ、ということで犯人はまだ特定できてないんだよな。犯人の証拠は何も無いじゃん。だからさ、動機とかからコツコツとやっていくしかないんだよな」
 私もそれに同意しようとした時、有辻が突然わけのわからないことを言い出した。
「え? 犯人は分かるだろ」

4.

「犯人は分かる!?」
 有辻が突然わけの分からないことを言い出したから、私と立川は大声をあげてしまった。それを見た有辻は呆れたように
「そんなのトマトは赤くて美味しいってぐらいハッキリしているじゃない。何を言っているの?」
 私はトマトがそんなに美味しいとは思わないぞ。そう思いつつも、私は混乱していた。「有辻が分かった? そんな馬鹿な!」そう思う気持ちもあったが、ここで今まで有辻が解決したことのある事件を思い出した。どれも事件とは言えないような小さなものだったが、有辻は納得のできる答えを導き出してくれていた。だから、「有辻ならもしかしたら」という気持ちもある。
 私と立川の様子を見て有辻は呆れたようにその天然パーマをポリポリと掻き、口を開いた。
「だからさ、まず分かることがあるだろ? 話は単純なことからだよ。まず、トマトは偽物だっていうことからだ」
「トマトが偽物?」
「トマトは、山岡が残したメッセージではない。これは間違いないだろう?」
「え? 何を言っているんだ有辻」
 私は思わず言ってしまった。潰したトマトが山岡が残したものではない? 考える間も与えず、有辻は喋り始めた。
「いい? 台所の流しを思い浮かべろよ。で、刺されたわけだね。そしてメッセージを残そうと流しの上にあるトマトを見つけた。ならどうするの? 掴んだまま倒れる? 手を伸ばしたまま?」
 ここで有辻は一息つき、続きを喋り始めた。有辻にしては珍しく変な例えをあまり使わない。
「やるなら、トマトをはたき落とすだろ? そっちの方がてっとり早い。仮に掴んだとしても、首を刺されたのにトマトをずっと掴んだまま倒れられると思う? 無理だよそんなの。途中で力尽きてトマトを落とし、体で潰すような形になるに決まっている。それにトマトの上半分が全然グチャリとなってないのもおかしい。掴んでる跡もほとんどない。指がくいこんでてもいいと思うね。死の間際のメッセージなんだから。これはトマトが水水しくて最高だっていうのと同じくらい事実じゃん」
「ああ……」
 立川がため息をもらすような調子で言う。私も同じようにため息を漏らすように変な声を出していた。ああ、確かに有辻の言う通り、説明されてみればその通りだ。立川が何とか正気を取り戻し、有辻に話しかけた。
「ああ、ああ、そうだな。確かにおかしいな。じゃあ、犯人が山岡の手にトマトを持たせたっていうことか」
「うん、そうだね」
「で、犯人もトマトが「桃太郎」だと知らないよな。じゃあ、どういうことなんだ? 赤……西野の頬は赤かったな、犯人は西野に罪を着せたかったのか? ああ、うん、ああ……」
 立川は頭を抱えて考え出した。西野に罪を着せる? 私も考えてみるが答えはでない。
「そう、そこなんだ。メッセージを偽装するならさ、もっと犯人の名前をはっきり書けばいいじゃん。犯人が西野に罪を着せたいなら犯人は西野って。血文字で」
「いや、首に刺されたんだから血文字は無理だろ」
 有辻の例えに私が言う。しかし、論理そのものはおかしくない。むしろ正しい。犯人を偽装したいなら有辻の言う通り、もっとはっきり犯人を示させればいい。
「つまり、トマトはメッセージ――倉本、ダイイングメッセージって言うんだっけ?――でもないし、犯人が誰かに罪を着せようと置いたわけではない。これが一つ目の結論」
 拍手をしたい気分だった。論理自体は単純すぎて警察は気付かなかったのかよ、と言いたくなる。
 しかし、有辻は犯人は分かる、と言ったのだ。これだけじゃまだ犯人を指摘するまでは至らない。そう言おうとした時、有辻が私の心を読んだように話しだした。
「次だね。立川、タオルで血を拭いた跡があるって言ったよね?」
「あ、ああ……青いタオルが赤くなってたよ」
「それは、一見血がないと見えるぐらい拭いてあったってことだよね」
「まあ、一目じゃ分からないな」
「なら、それもおかしくないか? まず、犯人が犯行現場の血を拭くのはどういう場合か考えてみろよ」
「……まず、一つ目は犯行現場であることを隠す為だな。二つ目は……自分の痕跡。例えば足跡がスタンプみたいについたのをを消す為。三つ目は、自分の血が垂れてしまった時だな」
「そうか。じゃあ、考えてみよう。一つ目はまず、死体を置いているんだからありえない。二つ目は、足跡を消すだけなら床がキレイに見えるまで徹底して消す意味はない。これも無い。三つ目は首に後ろから刺して即死させたのだから、犯人が血をだす道理はない。だって争ってないんだからね。鼻血がでたと考えられるけど、どうもその確率は低そうに思う。血を拭いたのはおかしい。これが第二の結論」
「成程、おかしいな」
 有辻と立川がやり取りをして、最後に私が言う。おかしい。なら、どうして犯人はタオルで床を拭いたのだろうか?
「次。どうして山岡はトランクス一枚だったのか。今は冬だ。それなのにトランクス一枚は少し辛くないか? 暖房もついていなかったんでしょ? 犯人がわざわざ暖房を消してくれるとは思えないから、犯行当時もついていなかったと考えられるよね。仮についていたとしても、暖房をつけるくらいなら普通の人は服を着る。つまり、山岡の服装がおかしい。これが第三のトマトだ」
 三番目。私の頭は段々こんがらがってきた。何だ? ここまでの結論は何につながる?
「そして、家事をあまりしない山岡が野菜を切りだすのも少しおかしい。全部インスタントで済ませるような気がする。山岡の性格からすると。これで四つ目か」
「有辻、どういうことなんだ? お前はどんな結論を出そうとしているんだ?」
「落ち着けって倉本。いいか、今まで出した結論は四つだ。「トマトはメッセージではない」「タオルは血を拭く為ではない」「被害者がトランクス一枚なのはおかしい」「家事をあまりしない山岡が料理を作ろうとしたのはおかしい」これらの結論はある一つの方向に向かっていると思わない?」
 有辻は一息にそう言った。私と立川は考えたが、何も言えなかった。自分達に分かるとは思えないというところまでいっていた。それを見て有辻はため息をつくと、答えを出した。
「これらから導き出せるのは、山岡が殺されたのは、台所ではないということだ」
「え?」
「トマトが置かれたのは、殺されたのが台所であるという事を印象づける為。まあ、メッセージと思わせて混乱させようと思ったのもあるかもしれないけどね。血が拭かれた跡は、血をその場にこすりつける為。トランクス一枚は、考えればそのまま犯行現場が台所じゃないことを示しているよね。山岡の体重は軽いし、小柄だから運びやすい。ここまではオーケートマト?」
 最後にOK牧場みたいな感じで変なことを言った以外は、説得力のあるものだった。
「ああ、そうだな。確かに、そうだよ。鑑識はそんなことにも気付かなかったのか? いや、まだちゃんとした結果は出てないから仕方ないか。いや、ああ、うん……」
 立川は混乱していた。私はなんとかここまでをまとめられていた。しかし、ここまでの論理は犯人を指摘するものではない。
「有辻。お前は犯人を指摘するって言ったよな」
「ちょっと待ってよ。今説明するから」
 有辻は笑ったげっ歯類みたいな得意げな顔――あのアメリカ鼠の会社の悪戯リスコンビの顔に近いかな――をしながら背伸びをした。そして喋りだす。
「疲れてきたから手早めにいくよ。じゃあ、本当の犯行現場は何処だろうか? さてここで考えてもらいたい。家の外? 山岡の家の外から山岡の家の中に死体を放り込むなら、車か何かで湖にでも沈めた方が早い。犯人はその日、住宅街を出入りした者が一人もいないことを知らないんだからね。冬場にトランクス一枚になるとこと言ったら案外少ないのは分かるよね? で、出てくるのは風呂かベッドだ。ベッドはシーツに血の跡が無かったらしいからベッドは違う。となると、風呂だ」
「風呂、か……」
「正確には風呂の更衣室か風呂の浴室の中かどっちかと言うべきなんだけど、風呂の浴室の中ってのはいいよね。だって更衣室部分で殺したなら跡は残りやすい。でも、風呂の中だったら洗い流して拭けば跡は大体消せる。山岡がトランクスを履いていたのは犯人が履かせたということなんだろうね」
 有辻は一息おき、また話しだした。
「次に考えるべきは首の真後ろにナイフが刺さっていたということだ。どんなに静かに行動しても、風呂の中では音は響く。となると山岡は振り向くだろうから、真後ろからナイフを刺すことはできない。じゃあ、犯人はどうやって真後ろからナイフを刺したのだろうか? これが一つ目」
「さっきみたいに言ってくのか?」
「立川、さっさと終わらせたいからあまり口を挟まないで。次。リビングとかの指紋を犯人が拭いたのはおかしいよな。犯人が相手を殺す時に通るルートはどう考えても風呂場へ一直線なんだから。考えてみるとすぐに分かる。犯人が指紋を拭いたのは、二つの事実を示している。犯人が山岡の家に入ったことがあるのと、犯人が山岡の家に入ったのは機密事項だってことだ」
「となると、松尾は犯人から除外されるな」
「まあ、そうだね。だから口挟むなって。もう一つ、僕が引っかかっていたのは犯人の侵入経路だ。よく鍵を閉め忘れるといっても、そんな曖昧な可能性を求めて犯人は家の中に入ったんだろうか? 犯行が計画的っていうのは犯人がナイフを買っていたことから間違いない。なら、少しおかしい。ここから考えるのは、犯人は何らかの方法で家に入れる自信があったということでしょ。これが三番目」
「つまり、どういうことなんだ?」
「これらの三つから考えだされるのは、犯人は山岡の浮気相手だっていう結論だ」
「え?」
 さっきも「え?」と言ったような気がするが、私と立川の口からはその言葉しか出なかった。頭の程度が低いのかもしれない。
「一つ目の結論は山岡と犯人が気のおけない――これって信頼できるって意味だからな。知ってた?――関係だってことを示している。でも、友達に会って「よう! 一緒に風呂入ろうぜ!」なんて言うか? もし、お前らが僕にそう言ったら僕は逃げ出すぜ。となると、考えられるのは恋人ぐらいだろ。いや、恋人でも一緒に風呂に入るのはおかしいことだけど、一緒に風呂入ってもそんな事はありえない、って程でもない。となると妻は出かけていたのだから後は浮気相手しかいない。指紋を消していたのは浮気相手がいたというのを隠す為。かな子が留守の時に出入りしていたなら、指紋が残っているかもしれないからな。犯人が家に入れる自信があったのは言わずもがな」
「じゃあ、犯人は西野か朝野のどっちかということか!」
「慌てるなって。もしかしたら、男色かもしれない」
 立川の声に対して、有辻が言う。男色? 想像したくない。
「さて、とうとう犯人は誰かという結論だ。ここで考えてもらいたいのは、さっきも言ったけどナイフが真後ろから刺さっていたということ。これは犯人が音をたてなかったことを示しているっていうのはいいよな? 人間音がすると思わず振り向いてしまうものだ。となると、犯人は音をたてずナイフを取り出したことになる。じゃあ、どうやって?」
「桶とかだったら音はでるよな。最初っからナイフを持っていたらどうも気付きそうだし……」
「そう。となると、音の出ない隠し場所は何処だろうか? 僕が考えられたのは一つだけだった。髪の毛の中なんてどうかと」
「髪の毛?」
「そう、ナイフを紐か何かで髪の毛に隠しておくのは別に不可能じゃない。僕なんて髪の毛の中に鉛筆を入れられて一日気付かなかった。となると、犯人の髪の毛はナイフを隠せるほど長かったことになる。となると、犯人は……」
「朝野か! 朝野佳代か!」
「その通りだよ、倉本。簡単なトマトだろ?」
「意味不明なことを言わないでくれ」

5.

 あの日の古本屋の会話から三日後、事件の犯人が捕まった。犯人は有辻の言った通り、朝野佳代だった。私はかなり驚いた。しかし、もしかしたら犯人を知って一番驚いたのは有辻なんじゃないかと私は思っている。

2009/12/20(Sun)07:29:26 公開 / 文矢
■この作品の著作権は文矢さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
作品説明のところで、偉そうに能書きをたれましたが、あまり気が強くない作者です。
これは前に投稿したトマト学者シリーズの第二作です。
かなり短い中でも色々と詰め込んでありますが、上手くやれたかは微妙です。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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