『夜の図書館 (第一、二話)』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:白たんぽぽ                

     あらすじ・作品紹介
図書館には幽霊がいる、そんな噂を耳にした主人公は、その幽霊をめぐっていろんな人との出会いを経験する。そうして彼は、夜の図書館で、幽霊と……。

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第一話『司書室』

  この学校の図書館には、五年前に亡くなった女の子の霊がでるらしい。

 このことを聞いたのは、新聞部の山口からだった。彼は先輩たちがつくった新聞部のアーカイブから、偶然そのことが書かれた記事を発見したらしかった。迷惑な話にも、彼は、これはビッグニュースのネタになる! と直感したらしい。そこで、彼はその記事が本当かどうかということまで、三年の先輩に尋ねたらしいのだが、どうやら女の子が亡くなったというのは本当のようだった。しかも名前までその先輩は知っていた。坂口陽子。その子は、また司書の坂口さんの妹であるらしかった。
「くれぐれも坂口さんにそのことを聞いたりなんかしたら、ダメだかんな」
 その先輩はそう言って、また、
「この事を記事にしたくてもダメだからな、絶対。これ書いた先輩は発行と同時に一週間の謹慎をくらったし、さらに二ヶ月の部活動停止処分っておまけまで残していった」
 とも釘を刺していた。
 なるほど、どうやらその記事はその生徒が独断で書き、顧問の先生との相談なしに発行してしまったようだ。同じように独断で書いたりするな、ということなのだろう。
 山口はそう言われても、この事に対して興味を失うことはなく、いつもの取材(運動部のやつらとのインタビューとか)よりも、格段に意欲的に探ろうとしていた。本人いわく、入部以来の大チャンスとのことだ。そして、蛇の道は蛇に聞け、とのことで、まずはオカルト部の人からそのことについて教えてもらおうと思ったらしく、僕(帰宅部)に一緒にオカルト部の部室まで来てくれ、とお願いしに来た。

 僕は、「いやだよ」と答えた。
「だってオカルト部だよ、そんなとこ、嫌に決まってるじゃん、だいたい、聞きたいのは山口一人じゃんか、一人で行けよ」
 と無下に扱ったのだが、
「付き合いわりーなあ、オレとお前の仲じゃないか、なあ」
 と言って、山口は肩をくんできた。知り合ってたった二ヶ月なのに、もう僕と親友になったかのような口ぶりだ。まったく調子が良いなぁ、と毎度のことながら思う。
「ま、今日は行かないから、ほら、顧問の岡部は今日暇みたいだし、オレも新聞部に顔ださないといかんし、狙い目は明日だな、明日は職員会議みたいだしさ」
 岡部はガマガエルのような顔をしたオカルト部の顧問の化学教師だ。彼がオカルト部をつくったといって良いほど、やたらとそっちの方面に熱心らしく、からまれたら面倒臭い。この前の授業でも、唐突に錬金術のことを熱く語り出したりなんかしていて、思わず引いた。できれば近づきたくない相手だ。
「だから行かねーって」
「はいはい」
 僕の意見は軽く無視してくれやがりながら、山口はすたすたと部室へと歩いて行った。

 山口とは、二年に進級して知り合い、友達になった。新学期が始まって最初の席替えで、僕は山口の後ろの席となり、僕が本を読んでいたときに、山口から声をかけられたことがきっかけだった。
「それって、京極夏彦?」
「え、うん、魍魎の匣だね」
「ああ、あれは面白かったな〜、今どこらへん?」
「教祖を京極堂がとっちめてるところ」
「あそこ良いよな〜、京極堂が格好良くて、そうだ後巷説百物語は読んだ?」
「いや、まだだよ」
「あれも面しれーから、読んだ方が良いぜ」
 みたいな感じで、京極夏彦話で盛り上がって、気づいたら仲が良くなっていた。やんちゃな見た目に反して、山口は結構本を読んでいて、そこはさすが文章を書く新聞部員といった感じだった。読書量も僕なんかよりずいぶん多くて、なんで理系クラスにいるんだ、とちょっと不思議に思っている。
 しかし、オカルト部か、気が進まないなあ。他の部活に顔を出すのも気が引けるとこなのに、よりにもよってオカルト部だ。未知の領域過ぎる。偏見かもしれないけど、岡部みたいなやつと馬が合うようなやつらが集まっているんだと考えると、とんでもない部活のように思ってしまう。でも、みんなが美人だと言う女部長はどんな人なのだろうか。やっぱりミステリアスな魅力あふれる女性なのだろうか。

 僕はそんなことを考えながら、いつものように図書館へと足を運んでいた。ここの図書館は、附属中学校の校舎の中にあるのだが、地下に位置しているにもかかわらず、坂の上にあるという関係から、窓の外には、青空と町並みが展望できるという一風変わった図書館だった。そのため、昼は暖かな日差しが気持ちよく、夕方には夕日が美しいという素敵な空間なのだった。
 たいがい僕は、昼休みと放課後は図書館で本を読んで過ごしている。一回目のスクールバスの出発時刻が午後四時四十五分、二回目が六時三十分となっており、僕はこの頃ずっと二回目のスクールバスで家に帰るようにしている。別に部活をしているわけではないのだから早く帰っても良いのだけど、帰ってやることがあるわけでもないし、それにクラスを変えても本当なら今も勉強してなきゃいけないわけだし、そんなモヤモヤとした気持ちを家で過ごすくらいなら、図書館で過ごしたほうがまし、てな具合で図書館にいる。もちろん、本を読むだけでなく、宿題なんかが出てるときは勉強だってする。今日は何も出てないので、本だけのつもりだけど。
 僕は図書館の本が好きだった。一昔前に流行った本や、昔の名作文庫、洋書なんかがカオスに置いてあって、その間には実用書なんかもあって、本屋みたいに売ろうとした感じが一切ない、あの雑然としたところが好きなのだった。今は化学の歴史というカラーで写真の多い本をなんとなく読んでいる。こうやってなんとなく読む本ってすごく気持ちが落ち着くような気がするんだ。

「あ、里山くんだ」
 おーい、と呼ぶ声がしたので、そっちを向くとクラスの女の子がこっちに呼びかけていた。その女の子は、僕と同じように眼鏡をかけていて、小柄でおさげの髪型をした、ほんわか、かわいらしい女の子だった。でも、まだクラスみんなの名前を覚えきっていないため、名前を思い出すことができなかった。
「あ、こんにちは」
 と僕はぎこちなくあいさつする。名前が分からないので、名前を呼ぶことが出来なかった、申し訳ないことなのだけれど……。
「ん、本読んでるの?」
 彼女は、僕が手に持っている本に目を落としながらそう言った。
「あ、これ、そうだよ、なんとなくね」
 また、要領を得ない感じに答えてしまう。
「難しそうな本だね、なんだか里山くんっぽいね」
 ね、と小首をかしげながら、彼女は言った。その仕草がとても愛らしい感じがした。
「そうかなー、なんとなくだよ」
 本当になんとなく眺めているだけなんです、内容とか全然吟味してません、とちょっと赤面した顔のまま思う。いつもだったら、こんな風な本を読んでいると、変わった奴だ、と誰も近寄ってきたりしないのに、彼女は違った。
「ふーん、そっかあ」
 と言って、彼女も本を眺め出す。顔が近いのでさらにドギマギしてしまう。今は、化学元素記号とその元素の写真が載ったページが開かれている。ニッケル、シリコン、カーボンなどの個体の写真が載っており、純粋に元素のみが抽出されたそれは、とてもピカピカとしてきれいだった。ナトリウムなんて塩のイメージしかなかったが、単体の個体だとこんなにも金属色をしてきれいなのだと、初めて見たときはびっくりしたものだ。
「化学元素って、塊だと結構きれいなんだね」
 ちょっと、こっちに目を向けながら、彼女はにこやかに笑いながら言った。はにかんだ感じの笑顔がとてもかわいい。
「うん、塊だとそうだよね」
 もう、緊張してうまく受け答えが出来なかった。
 すごく胸がドキドキしてしまっていた。すぐ横には彼女のかわいい顔があり、少しでも動いたら顔と顔が接触しかねない距離だ。
 しばらく一緒に本を眺めていたが、
「あ、じゃ私部活あるから、またね」
 と言い、彼女は図書館奥の資料室へと消えていった。
 僕はその後ろ姿を見ながら、最後に見せた笑顔は本当にかわいかったな、と思った。そういえば、あそこはどこの部活だっただろうか。
 なんとなく、このまま本を読み続けるのが恥ずかしかったので、とりあえず本を閉じた。窓から心地の良い風と光が射している。夕方だから西日が少し強い感じだ。もう少したつと夕暮れ時だ。今日も夕日がきれいだろうな。窓のそばには、その光を気持ち良さそうに浴びている観葉植物が置いてある。司書の坂口さんから教えてもらったけど、あれはパキラという植物らしい。
 はー、幽霊か。よく図書館で過ごす自分としては、そういうのがいるって思いたくない。それに坂口先生には良くしてもらっているから、そういうことに首をつっこむのもなんだか嫌だ。
 僕は、図書委員で五限の授業が終了後にある掃除で図書館を掃除していた。そして、モップで床をふいたり、本棚をきれいに整頓したりしている。このことがきっかけとなって、放課後司書室に入れてもらって、コーヒーを飲ませてもらったり、お菓子を食べさせてもらったりしている。いろんな人がこの司書室を訪れるみたいで(悩みのある人、お茶を飲みにくる先生、ただのんびりしたい人など)、不思議とあったかな雰囲気が流れている。ここに来にくくなるようなことなら、できるだけ関わりたくないと思ってる。だって良いとこだもん。


 さて……、今日はどうする? 司書室行く? まだ幽霊のこと探ってるわけじゃないし、それについて坂口さんに聞くわけでもないし、いいよな。そんな風に自分を納得させながら、僕は司書室の扉の前まで来た。コンコン、とノックする。どうぞー、という声がしたので、僕は中に入る。
「こんにちは〜」
「こんにちは」
 坂口さんはニコニコしながらそう言った。坂口さんは本当に笑顔の似合う女性だ。その優しげな面持ちから、一緒にいるととても癒された気分となり、疲れていても疲れなんかどっかに行ったような気になる。まだ二十代らしくて、とても若々しく、あこがれている男子生徒も多いらしい。
 坂口さんは、新しくきた本が詰まったダンボールを開けて、その本を整理しているらしかった。
「ちょっと座っててね」
「あ、はい」
 僕は椅子に座って、のんびりと司書室を見回す。簡易の台所、食器の入った戸棚、図書室に出していない観葉植物。きれいに整頓された本棚の床には、まだラベル貼りが終わっていない本がぎっしり入ったダンボールの箱が四 、五個ほどある。坂口さんは、それらの本と注文書とを見比べていたりしている。
 まだ、その作業に時間がかかりそうなので、僕は本棚から火の鳥を取り出して、「火の鳥読みますねー」といって席まで持っていく。
 坂口さんは「はーい」と答えて、また注文書とのにらめっこに戻った。
 この司書室には、図書館に出されてない、ブラックジャックとか火の鳥とか三国志とかの漫画本が置いてある。どうしてここから出されてないかというと、返却率が悪かったり、扱い方が良くなくてすぐ本が傷んだりするからだという。新しく買いなおされた今の本を図書館に出すのは、はばかられるし、それに読みたいなら司書室に来れば良いじゃない、というのが坂口さんの考えらしかった。
 確かにこの学校の本の返却率は悪い。しょっちゅう前あった本がなくなったことに気づくことがあったり、ひどいのだと、カバーをはがして自分のものにする、というのを見たことがある。どうしてこう図書館やその本を大切にしてくれる人が少ないのだろうか、それが少し嫌だと思う。

 火の鳥を十ページくらい読み進めたところで、坂口さんから声をかけられた。
「コーヒーで良い?」
「はい、コーヒーでお願いします」
 坂口さんのコーヒーは、コクがあっておいしいと評判で、それ目当てに遊びに来ている人が結構いて、かくいう僕もその一人だったりする。もちろん、それだけじゃないけど。
「砂糖とミルクはどうする?」
「なしでお願いします」
 僕は基本、コーヒーなどには何も入れないで飲むタイプだった。なんとなく、なにか入れてしまうと、元の味が損なわれてしまうような気がしてしまうからだ。
「じゃ、ちょっと待っててね」
 と坂口さんは言うと、台所の方へ歩いて行った。
 コポコポという心地の良い音とともに良い香りが漂う。
 コーヒーの入ったカップを僕の前に置いて、「どうぞ」と坂口さんが上品に言う。
「いただきます」
 と僕もそれに答える。
 ゴクゴクと少しだけ飲んで、ふーと息を吐く、体が温まってきて、なんだかほっとするような気持ちになる。
「コーヒー、おいしいです」
 と僕は心からの感想を述べた。
 砂糖とミルクがなくてもクセのないおいしい味だった。それはきっといれ方がうまいからなのだろうな、と思う。
「あら、ありがとう」
 と坂口さんは、ニコニコと本当にうれしそうにして、そう答えた。
「そうだ、そうだ、私が二の六にあげたパキ子ちゃん、元気にしてる?」
「はい、すくすく育っています」
 このパキ子ちゃんとは、坂口さんにニの六のクラス担任がお願いして、クラスに譲ってもらった観葉植物のパキラのことだ。図書委員ということで僕が面倒をみている。誤解されたくないので言っておくが、このパキ子ちゃんという名前は僕がつけたんじゃなくて、担任の川口先生がつけた名前だ。
「これから夏に入っていくから、もっとどんどん大きくなるわよ、本当にぐーんと大きくなるんだから」
 坂口さんが、机の上から自分の頭の上くらいまで手しぐさで大きさを表現した。
「図書館にあるぐらいですか?」
「さすがにそこまでいかないわよ、あれは結構長くからこの図書館にいるのよ。それにパキ子ちゃんはその子株なわけだし、そんな大きさまではまだまだかかるわよ」
「そうなのですか。うーん、確かにそんなに急に大きくなったら、今頃図書館はジャングルになってそうですもんね」
「うん、いっそのことジャングルみたいにしようかしら」
「えー、それはやりすぎですよ」
「本当ね」
 ふふふ、と坂口さんが笑う。
 ジャングルみたいな図書館、緑いっぱいの中で本を読むのはさぞ気持ちの良いことだろうけど、
「でも、そうなったら掃除大変になっちゃいますね」
「あら、里山くんは、結構リアリストなんだね。若いうちから細かいこと考えちゃダメよ、ハゲちゃうわよー」
 最後だけつぶやくようにして、坂口さんはそう言った。その言い方がなんだかおかしかった。
「苦労性にみえますか?」
「ちょっとだけね」
 坂口さんは、親指と人差し指を使って、そのちょっと、を示した。
「うーん、うーん、でもハゲは嫌だな」
 僕は頭をかかえてそう言う。
「先の話よー」
「それでも嫌ですってば」
 早くこの話題をそらさねば、ハゲキャラになってしまう、とか思いつつ、話を変えようとしたら、
「ねえ、里山くん」
 と先に言われてしまった。
 なんだろう、少し空気が変わったような気がする。
「里山くんは、幽霊って信じる?」
「え……」
 絶句した。どうしよう、なんて答えよう。まさか、坂口さんからこんな話が出てくるなんて思いもよらなかった。とにかく、妹さんの話題をこっちから振っちゃうのだけはダメだ。そしたら、なんて答えるべきだろう……、なんてあたふた考えていたら、
「あ、映画とか小説とか、妖怪とかのおばけが本当にいると思うかってことよ、そんなに深刻に考えないでね」
 とフォローを入れてくれた。
 さすがに慌てすぎていたようだ、どうも僕は突発的な出来事に弱い。
「あぁ、なるほど、急だったのでびっくりしてしまいました」
 本当はそのことを聞かれるるなんてまったく思ってもみなかったからだ。
「えっとですね、個人的には良い幽霊ならいたらいいな、なんて思いますし、悪い幽霊ならいなければいいな、て思います」
 かわいい幽霊とかなら見てみたいし。
「うんうん」
「僕は少し神様とかも信じてまして、その延長線上に幽霊もいるかな、なんて思ってます」
「神様ってどんな感じに?」
「僕、八百万の神様がいる、ていう考え方が好きなのですよ。人間がこんなにたくさんいたら、少数の神様じゃ、とてもみきれないじゃないですか。だから、たくさんの神様がいて、その神様一人一人に個性が合って、それぞれに守るものを守っているというか……」
 山の神様なら山の実りを司るから、機嫌がいいと、きれいな紅葉だとか、果樹の実りを良くしてくれたりするけど、逆に怒らせたら、山火事や土砂災害を起こすみたいな、感じ。海の神様なら、豊漁や時化に関係しているんじゃないかな、と漠然と思っている。さらに土地ごとに結構性格が異なっていたりして、いろんな気性の神様がいて、その土地独特の気風みたいなものを生じさせているように、思う。
 小さなものだと、絵の神様とか、本の神様、もしかしたら、パソコンの神様なんてものもいるのかもなー、なんて思っている。これらだと、なんというかプラスアルファ的な何かを司ってくれていたら、いいな、と思う。
「そうか、里山くんの宗教は神道ってことになるのかな?」
 よし、ちょっと話題をそらせた。このまま、あの話を続けていたら、なんだかやばいと思う。
 このまま、あの話題に触れられなければ、いいのだけど。
「ただそうだったら良いな、ていう程度の願望です。わからないものは、都合よく考えたいんです」
 何事も、盲信はいけないと思うんだ。
「そうね、わたしもけっこう都合よく考えているわ。だってわたしもいるって思うもの」
 坂口さんは、遠くを見るようにして、少しかなしげな声をして言った。
「えっと、それって何が、ですか?」
 何か嫌な予感がする。
「幽霊が、ね」
 やばい、話全然それてなかったよ。
「あのね……」
 そう坂口さんが言おうとしたとき、がやがやわいわいと図書室の方から声がしてきた。そして、その声はこの部屋の方に近づいてきて、ドアが開いた。
「坂口先生、文芸部の部活終わりましたので、鍵お返しします」
 三年生らしいかわいい女の子がそう言って、鍵を返しにやって来た。よかった、助かった。
「あらあら、もうそんな時間なのね、坂本さん、鍵ありがとう、気をつけて帰るのよ」
「はい、こちらこそありがとうございました」
 その女の子は、失礼しました、と言いながら小さくおじぎして、司書室から出て行った。そうか、もう六時二十分になるんだな……。
「里山くんもスクールバスの時間でしょ、大丈夫?」
「はい、ちょっと時間やばい気がします」
 つい話に夢中で気がつかなかった。スクールバスに乗り遅れたら、親を呼ばないといけなくなる、それはちょっと嫌だ。
 火の鳥を本棚に返し、コーヒーのコップを流し台でさっと洗って、鞄を持つ。急がないと。
「コーヒーごちそうさまでした」
「いえいえ、気をつけて帰ってね」
「はい、それではさようなら」
 急いでいるため、そっけなくそう言う。
「またね」
 坂口さんは笑顔で手を振りながら、そう言った。
 失礼しました、と言って司書室から出る。急いで坂の下のバス乗り場まで行かないと、後五分で発車してしまう。今日は座れそうにないな、などと考えながら、僕は下り坂をかけぬけていった。






第二話『オカルト部』

 その日からちょうど一週間くらい経った日の放課後に、また山口からオカルト部取材の誘いが来た。
「約束通り、オカルト部へ取材に行こうぜ」
 さも僕と行くのが当然かのように、山口は言った。
「んなこと、約束しとらんわい」
 行く予定だった日に声をかけられなかったから、忘れたのだろうと安心していたのに、困ったなあ、と僕は思った。
 そのため、迷惑顔を露骨に示しながら応じることにした。
「いやいや、ちゃんと取材の約束はとったし、部員の一人ともちゃんと話したし、おれもがんばったんだぜ」
 おいおい、がんばったからって何でも許されるって訳じゃないんだぜ、と心の中でつっこんでみた。
「じゃあ、ひとりで行けよ」
「一人じゃ嫌なんだよ、何かあったら、二人の方が良いじゃんか」
「おいおい、僕もそんときは怒られるんかい」
 なんて迷惑な話だよ。
「そうと決まったわけじゃないだろ、もしもだよ」
 そんなの心配ねーさ、といった具合に何の根拠もなく、山口は言う。
「もしも……ね」
 この人、普通に人をやっかい事に巻き込もうとしてますよー。まったく勝手だなあ、と思う。
「それに、オカルト部には美人の部長がいるってうわさだぜ、お前好きだろ、黒髪美人」
「な……て、それはお前の好みだろ」
「いやいや、里山くんの好みのことは、よーくわかってるから、おれはさ」
 と言って肩に手を置いてきた。困った、確かに黒髪の美人は好みではあるけど……、
「あぁ、あぁ、わかったよ、行くって、けど僕は横にいるだけだからな」
「大丈夫、取材は全部おれでやれるから」
 おれにまかせなさい、という顔をしている。まぁ、ヒマだし、他の部活を見学できる機会なんて、そうそうないから、面白そうではあるけど、それがオカルト部じゃな……、なんか洗脳されそう。


 コンコン
「新聞部の山口です、取材に来ましたー」
「はーい」
 中から男子生徒の返事が聞こえてきた。
 扉を開けると、予想通りに、怪しげな紋様が描かれたポスターが壁に貼ってあったり、『宇宙人』だとか『UFO』だとか『超能力』だとかが目につく本ばっかり入った本棚が目に飛び込んできた。うわ、思っていた通りの典型的なオカルティックな部室だ。救いといえば、黒のカーテンがまだ閉められておらず、西日が射し込んできていることぐらいだ。
 部室には、先ほど返事をした男子生徒一人だけで、他には誰もいなかった。その人は眼鏡をかけていて、頭の良さそうな人特有のオーラみたいなものをまとっている感じだったが、優しげな笑みを浮かべていたので、なんとなく親しみの持てそうな人だった。
「どうぞ、おかけください」
「えーと、オカルト部の部長さんは、いないのですか?」
「あぁ、部長なら、今日は屋上で本でも読んでいると思いますよ、晴れてるし」
 ん、屋上? 屋上って確か鍵が閉まってて、立ち入り禁止じゃなかった……け。
「なんなら、僕がお答えしますよ。日を改めても部長がつかまるとも限りませんし、待ってても、多分そのまま帰るだろうし、会えなさそうですからね」
 オカルト部の部長は自由奔放な人らしい。
「あ、では自己紹介から、僕は新聞部の二年の山口で、こいつが里山です」
 よろしくお願いします、と二人で会釈する。
「オカルト部、副部長の三年山野辺です」
 よろしく、と山野辺さんも会釈した。
「副部長だったのですか」
「まぁ、三年は二人しかいなくて、必然的にね。後は二年が一人、一年が三人いるけど、まぁ、本来の部活日である水曜じゃないと、みんなで顔を合わせるようなこともないけどね」
 どうやら、オカルト部は週一水曜のみの活動らしく、今日のような曜日(火曜)でも、山野辺さんはここに活動しに来ているようだった。というか、なんで山口はそこまで調査してないんだろう。相変わらずのいい加減さが、またもや奴らしいといえば奴らしいのだが、これで山野辺さんがいなかったら、どうするつもりだったんだろうか。まぁ、水曜日だと岡部に遭遇する危険大なので、正解といえば正解なのだけれど……。
「全員で六人なんですか」
「まぁ、六人だけど、これが部活でいられるんだよな〜」
 はは、と山野辺さんは笑った。
「え、どうしてですか?」
「そりゃあ、岡部と部長の力さ」
 やっぱり岡部か。
 うちの学校だと、十人集まって顧問もいなければ部に昇格できず、愛好会のはずなのだが、岡部の力なら可能かもしれない、と妙に納得してしまう。風の噂だけれど、岡部が前の教頭に呪いをかけて病院送りにしたとかいう話がある。実際、不自然な形で教頭が替わったという話は本当らしくて、薄ら寒くなる噂だ。
「ふむふむ、では、後輩にかわいい子いますか?」
 山口が身を乗り出して聞く。さすが、そういう話題になると熱心だな、とちょっとあきれてしまうが、僕も興味がないわけではないので、聞き逃すまいとしてしまう。
「一年生に中々かわいい子がいるよ」
「だってよ、よかったじゃん里山」
 と言ってひじで軽くこづいてくる。そんなこと僕にふらんでくれよ。
 僕は、入部するつもりは、ないつもりなんだよ? 
「里山くん、うちの部に興味あるのかい?」
 山野辺さんがメガネをクイ、と上げて言った。新入部員になってくれるなら、ぜひとも入ってもらおうか、という風に気合を入れたようだ。
「いえ……、そんなに、ないです」
 下を向いて答える。この流れは良くない。
「こいつ帰宅部なんで、よかったらオカルト部勧誘してあげてください」
 おーい、何を言いやがってんだ、こいつは。
「ははは、うちはいつでも見学 OK だから、よかったらまた来てくれよ」
 山野辺さんはそう言って、肩をぽん、とたたいた。
「い、いえ、あの、えーと、はい」
 何ではい、と最後に言っちゃってんだ自分。
 にやにや山口がこっちを見ている。なんだかすごく楽しそうだぞ、このやろー。
「あぁ、そういえば、どんな記事を書くための取材なんだい」
「毎月発行している新聞の裏面の方に、おすすめの部活っていうコーナーがあるじゃないですか、今あれ用にいろいろ部活を回っているんですよ」
「なるほど……、うちの自慢とか教えたらいいのかい?」
「はい、お願いします」
 あれ、ちゃんとした取材もしてんだなぁ。
 しかし、説明のために新聞を持ってきていないところとか、山口らしいよな、と思う。行きあたりばったりな感じで。
「まずうちの良いところは、静かに自分の時間を……」
 最初は普通に良い感じのことを話していたはずだが、最後の方になると、なぜかコアな何語なのかわからないような摩訶不思議な話になっていった。次第に引きつってしまった顔は、もうすっかり引き笑いの顔になってしまった。そして、すっごく眠い。とりあえずわかったことは、この人の専門が UFO と宇宙人ということぐらいだ。
「あ、あの UFO の話はこれくらいで……」
「ん、これからが面白いところだよ、例えば UFO の内燃機関に関しては……」
 すっごく楽しそうな顔をして、まだまだ話題をひっぱろうとしている。もう空も赤みを帯びてきたというのに、このまま続くと深夜を軽く回りそうだ。
「いえ、もう、十分、です、ので」
 山口も言葉に力がない。相当今の話で体力が削られたらしい。
「じゃあ、残念だけど僕の話としては、このぐらいかな。他に何か聞きたいことある?」
「は、はい、あの、山野辺さん、て幽霊はいるって思いますか?」
 思わずびくっとして眠気がさめる。やっぱり聞くんだ……。
「幽霊かい? 幽霊ねー、うーん、個人的にはいないと思ってるし、専門じゃないから、なんとも言えないなー」
 山野辺さんは、あっけらかんとして言った。
「いないと思いますか」
「だってそうじゃないか、体がなきゃ、どこからエネルギーを得て活動するんだい。自然現象的にあまりに不可解だから、ちょっと信じられないって思うよ」
 論外だね、て調子で、山野辺さんは言った。
「自然現象的にですか」
 UFO なんかも自然現象的に不自然ですよ、とか言ったら猛烈に反論されるだろうことは、容易に予測がついたので、そこについて山口もつっこまなかった。
「うん、まぁ、幽霊だとか火の玉が単なるプラズマ現象だ、とかいうのも聞いたことあるし、まぁ、このことに関したら部長の方が専門だから、気になるようなら聞きにいくのも良いかもよ」
 オカルト部には、それぞれ専門があるらしい。結構奥深いものなのだなあ。
「部長さんですか?」
 美人さんに会える?といった響きで、山口は言った。
「まぁ、なんなら今日会いに行ってみる?」
「え……と、今からですか?」
 さっきの長話のせいで、時刻はもう六時を回っていた。
「うん、どうせ今日も屋上だよ、星が見える頃に帰るのがあの人の趣味みたいなもんだからね」
 どうするよ里山、と小声で山口が聞いてくる。
 今からって、今からだと、まずバスに間に合わないよ。
 大丈夫、オレバスじゃないし。
 いや、そうじゃなくて。
 帰りはチャリの荷台に乗せて駅まで行くからさ、心配すんな。
 行く気満々なんだね、わかったよ。
 僕は思わずため息を吐く。一応遅くなると母さんにメールだけしとこうと思う。母さん飯さめんのむちゃくちゃ嫌がるし。
「ぜひ、連れて行ってください」
 山口は頭を下げながら言った。
「了解、じゃ、ちょっと先に屋上の前まで行っててくれるかな。部室閉めなきゃいけないし、屋上は一号館の方だよ」
 山野辺さんは、荷物を片付けながらそう言った。
「わかりました、一号館の方ですね」
「あぁ、すぐ行くから待っててね」
 一応部室を出るとこまでは一緒に出て、僕たちは屋上へ、山野辺さんは職員室へと別れた。オカルト部の部長は、聞いてみると相当な変わり者みたいだし、なんだかちょっと気が引けるが、多分これは山口も一緒だと思うけど、噂の美人に会ってみたいという気持ちの方が強かった。しかし、オカルト部は、独特な部室と最悪な顧問、長すぎる先輩の話を除くと、そう悪いものではない気がした。といっても、そのマイナスはどうやっても、僕の中じゃプラスにならないけどね。


 ゴンゴン
「部長、部長、山野辺です、開けてください」
 応答なし。
「あれ、今日はいないのかな? 部長おー!!」
 山野辺さんが結構大きい声で呼びかけるが、やはり返事は返ってこなかった。
「困ったなー、うーん」
「なんか無理そうな感じですか?」
 山口は、ちょっと残念、といった感じで言った。
「うーん、そうだな、よし」
 山野辺さんは何かを思いついたらしく、うんうんうなずいている。
「部長〜、入部希望者の人を連れてきましたよー、部長から直接話を聞きたいそうですよー」
 そう言いながら扉を叩いている姿は、ちょっと楽しげな感じだった。完全に悪ノリしている感じだ。もっと真面目な人なのかと思っていたけど、こんな一面もあるんですかい。
「ちょっと山野辺さん、困りますって」
 また、いらん誤解が広がってしまうよ〜、と扉を叩く腕を止めようとする。
「まぁまぁ、見てなって」
 いや見てろ、てこれでオカルト部の部長がでてきたら、ますますまずいことになりますよ。
「うん、本当か?」
 と扉の向こうから女の人の声がした。そうして何やら扉まで駆け足で近づいているらしい音がした。そして扉が開いてしまった。
 そこには、黒い髪を長く伸ばした、凛とした美人が立っていた。和服なんかを着たら似合うだろうな、と思うような古風な美人だったが、目つきがするどく、ちょっと氷のような冷たい感じのする人だった。
「やあ、ようこそ我がオカルト部へ、で」
 その人は僕と山口の方を見回し、
「山野辺、この二人か」
 と言った。なんだか、その言い方は上司が部下に言うような響きを持っていた。まぁ、部長が副部長に対して聞いているのだから、あながちおかしいというわけども、ないんだけど。
「いえ、僕は新聞部のもので、入部希望者はこいつです」
 背中を小突いて僕を差し出す。山口め、こいつも悪ノリしやがって、にやにやしすぎだぞ。
「きみかー、なるほど」
 その人はじろじろ僕を見ている。値踏みでもされているようだ。早く誤解を解かなければ何やら大変なことになりそうだ。
「あの、僕は……」
「デ、君は、何を私に聞きたいんだ」
 みごとに僕の話は切られてしまった。聞きたいことっていってもな、どうしよう。
「……」
 うぅ、気まずい、どうしよう。
「部長、里山くんは、幽霊について興味があるらしいですよ」
 山野辺さんが助け舟を出してくれた。
「ふむ、里山くんというのか。よろしく、私は水谷だ」
 そう言って、手を差し出してくる。
 この人最初しか聞いてないみたいだよ。ていうか、この手を握ったら、もう引き返せないような気がする。
 右腕がふるふる震える、半分開きかけている手を前へと出すか、出すまいか、逡巡する。前へ手が行くほど手が震えてしまう。汗をびっしょりかき、ダラダラ汗が流れてきてしまう。
 山野辺さんの方をすがるように見るが、山野辺さんは笑いをこらえるような顔をして、僕から目をそらした。
 山口は大爆笑だ。
 そうこうしているうちに、がしっと水谷さんに右手をつかまれてしまった。
「よろしく、里山くん」
「は、はい、よろしく…お願いします」
 くっくっく、と山口が笑っている。山野辺さんも口を押さえて笑っている。山野辺さん……、今度も助けを出してくれると信じていたのに。
「部長、この二年生達は、部長に聞きたいことがあったから、来たんですよ」
「何、二年生か……、まぁ、三年生じゃないだけましか。君、今ならもれなくもう少しで副部長になれるぞ」
 やったじゃないか、という風にその黒髪美少女は言った。この人またもや、最初しか聞いていないよぅ。
「ふ、副部長ですか!?」
 そんなの絶対になりたくないですよ。と首を後ろに引きながら、僕は拒否の意思を示した。
「部長、だから彼らは聞きたいことがあって来たんですよ」
 と、山野辺さんは間に入って、そう言ってくれた。ここぞ、というところでは気配りしてくれるので、やっぱり基本はいい人なのだ、と思う。少しいじわるなところがあるのは、否めないけど。
「わかっとる、山野辺。私には、私のやり方があるんだよ」
 なんて迷惑なやり方だ、としみじみ思った。これで美人じゃなかったら、もう、この場から脱兎のごとく逃げ出していたことだろう。
「さて、何なのだ里山くん、聞きたいこととは」
 切れ長の目で、僕の目をじっと見つめながら、水谷さんは聞いてきた。思わず、ドキっとして目を伏せようとするが、なんだかそれすら許されないような威圧感を感じ、そのまま僕もその目をみつめたまま答える。
「は、はい……、あの、幽霊って先輩は信じてますか?」
「幽霊か、やっぱり君は面白いところに目をつけるな、これからが楽しみだよ」
 やっぱり、てなんですか……。
「しかし、もう私のことを先輩と呼んでくれるとは嬉しいな。我がオカルト部の後輩は数人しかおらんから、しばらく聞けてなかったからな、うれしいぞ」
「水谷さん、幽霊のこと、教えてください」
 勢い込んで、僕はそう言った。先輩って言葉さえも NG ワードなのですかい。
「うん、幽霊か、もちろん信じているとも。私は幽霊はいる、という立場でいろいろな心霊現象を探求しているからな、そういう君はどうなんだい?」
「ぼ、僕ですか?」
 いきなりそう聞かれるとは思わなかったので、慌ててしまう。
「あぁ、そうだとも」
「僕は、えーと、その、ちょっとわからないです」
 もう何と言えばいいんだ〜、ともう頭がショートしかけているのを感じた。
「うん、わからない、というのも一つの考えだな。わからないのだからこそ人は恐れるのだから。世の中はわからないことだらけだよ。だからこそ恐れや不安が生じる。私はね、そんな中にこそ、幽霊が存在しうる素地があると思うんだよ」
 そんな、ほとんど考えなしに口から出てしまった答えにも、水谷さんは丁寧に応えてくれた。
「わからないから、怖いですか」
 それはちょっとわかるような気がした。
「そうさ、幽霊を見たという人がいるとする、しかもその人が場所まで指定して、さらにそれにストーリー性まであったとしたら、人は、もちろんみんなではないかも知れないが、無意識下で得体の知れない恐ろしさを感じるものさ」
「無意識下で……」
 なんだか、不思議な見解だった。今まで僕はそんなことを考えもしなかったので、この人はやっぱり頭のいいひとなのだなー、と思った。
「一種の集団無意識ってやつさ、恐ろしさの無意識下の共有が幽霊を具体化づけている、と私は思う」
「じゃあ、その幽霊ってのは、無意識に働きかけるような話をした人の作り話っていうんですか」
 今まで沈黙していた山口が少し興奮気味にこう言った。
「もちろん、そういった側面もあるのだろうが……、では、そもそもなんで幽霊の目撃話にはいつの間にか具体性のある、ある種納得のいくストーリーになっていくんだろうか」
「それは……」
 山口は、何かを言おうとしたのだが、言葉に詰まってしまっていた。
 それに対して、水谷さんはすかさず、
「それは、死者の存在がそのように導いているのだと、私は思う」
 と続けた。
「導くですか?」
 僕も話の流れが気になってしまい、思わず尋ねる。
「そうだ、もちろん悪意のある噂はまるで関係ない話へと発展しているのだろうが、普通に幽霊を見たとか、会話したとかは、やはりその人のイメージをそのまま反映した内容なのだと思うよ」
「えっと、それはどういうことですか?」
 ちょっと難解だったため、僕はそう問い返したのだけれど、
「つまり、生者の戯れの話は、滑稽だが、死者の語りかけは、美しいということさ」
「……?」
 と、さらに難解な答えで返されてしまった。
「つまり、人間が死んだとしても、死者は生前のイメージや死に様によって、その人を知る者や、さらには話を聞いた人の無意識下に働きかけ、再び幽霊という形でこの世に現れることができるのではないかな」
「あの、なんとなく聞いていると、水谷さんは、幽霊はいない、と言っているようにも聞こえるのですが……」
 僕はようやく話が見えてきたので、さっそく疑問を口にした。なんというか、僕の中では幽霊というものは、そこに居続けるもの、というような認識だったため、水谷さんの言っていることは、幽霊などそもそもそこにはいないのだ、と言っているように感じられたのだ。
「確かに、そう聞こえても仕方がないな。今までの話だと、幽霊は生者の無意識下からアウトプットされたものにすぎないといっているだけだからな」
「やっぱり、幽霊はいないってことなんですか」
 山口がまた強い調子で言う。山口にとっては、幽霊がいない、と否定されるのは、我慢がならないようだった。確かに、幽霊の特集記事を書こうとしているくらいなので、それが否定されるのは、辛いことなのかもしれない。
「わたしはね、幽霊はいる、と思っているよ。けど、彼ら彼女らは、無意識に語りかけるしか、この世に影響を及ぼすことができないと思うんだよ。何せ、一度死んでいるのだから、それほど強い力を持てるはずがない。けれど、亡くなった人を想う心が強いほど、その人の無意識の中では、また会いたい、だとか、話したい、だとかの気持ちが募ってくる。そしてそれがあふれ出たとき、幽霊とつながることができるんじゃないか、と思うよ」
「幽霊とつながる、ですか」
 なんとなく、水谷さんの言いたいことが、僕にも分かってきたような気がした。 
「そう、そして、それが心霊現象となるのさ」
 なんだかちょっと、その考え方は良いな、と思った。死者に会いたいという気持ちが、死者との再開を可能にする。このことが本当ならば、坂口さんは妹さんと再会することもいつかできるだろうし、もう会えているのかもしれない。なんだか、そう思えるこの考え方に僕は強く惹かれるものを感じた。
「どうかな、私の幽霊に対する捉え方を少しはわかっていただけたかな」
 理路整然と、持論を言い終えた水谷さんは、幽玄としていて、なんだか格好良かった。
「はい、ありがとうございました」
 僕は、会釈しながらそう言った。
「ありがとうございました」
 少し納得していないところがあるみたいだが、山口もこう答えた。
「そうか、それは良かった。まぁ、今日話したことは、私の考え方のほんの一部だから、興味があったら部室に論文形式でまとめてあるから、ぜひとも見てくれ。幽霊を題材としたものなら『霊的存在を対象とした心理学的アプローチ』というのがお勧めだよ」
「論文!? ですか?」
 え、そこまでやってるんですか、とびっくりしてしまった。
「いやいや、論文とはいえ、日本語で書いたものだから、気軽に読めるものばかりさ」
「はぁ、読めそうでしたら、読んでみます……」
 まず、無理だと思うけど。だって、この人の気軽と、僕の気軽は間違いなくイコールじゃないんだもん。
「里山くん、次は部室で会えるのを楽しみにしているよ」
 そう言うと、水谷さんは、屋上の奥へと歩いて行った。
 そして手すりに肘をついて、空を見上げ始めた。
 もう空は暗く、星がまたたき始めている。
「さあさあ、今日はもう遅い。里山くんも山口くんも今日は帰ろう。そろそろ玄関が閉まる頃だ、ぐずぐずしてたら帰れなくなるよ」
 山野辺さんは、僕と山口の背中をポンとたたいて、下校を促した。
「部長、僕達はもう帰ります」
 山野辺さんは、屋上の出口の前で振り返ってそう言った。
「ああ、またな」
 と水谷さんはそれに、そっけなく返事した。
 山野辺さんは、ドアノブを回そうとしたところで、また振り返って「部長」と声をかけた。
「風邪をひかれぬよう、お気をつけて」
 山野辺さんは真剣なまなざしで水谷さんを見ながらそう言った。
 水谷さんは、空を見たまま、その声には反応しなかった。
 ただ、僕達が屋上から出て、ドアを閉めたところで、
「まったく、おせっかいなやつだ」
 という妙にうれしげな響きの呟きが聞こえた気がした。



続く

2010/12/10(Fri)22:52:46 公開 / 白たんぽぽ
■この作品の著作権は白たんぽぽさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめまして、白たんぽぽと申します。
以前よりちょこちょこ書いていた作品を誰かにみてもらいたい、と思い投稿しました。
感想いただけるとうれしいです。
まだまだ、小説は初心者なため、おかしな点や見苦しい点も多いと思いますので、ご指摘もいただけると助かります。
この話は、もうちょっと続く予定ですので、きりが良いところまで書きましたら、また、投稿しようと思います。
どうか、楽しんで読んでいただけると幸です。
これからも、どうぞよろしくお願いします。

12/18
行間を詰めた表記に変更してみました。
文章表現の改善を行いました。
ちょっとだけ、落ち着いた感じの文章になってくれたと思いますが、どうでしょうか? 
また、どこか変なところがありましたら、ご指摘いただけると助かります。

12/24
二箇所ほど、字下げを行いました。
『中山くん』の表記をすべて『里山くん』に書き換えました。
この頃は、まだ名前をばっちし決めてなかったため、間違えて違う名前も書いていたようでした。申し訳ありません。今後からはすべて『里山』と間違えないで表記しようと思います。
また、名前で書き間違えてしまうようなことがあってしまうかもしれませんが、気づかれた方は、またご指摘していただけると助かります。そそっかしい自分ですが、どうぞ宜しくお願いします。

12/28
第二話『オカルト部』を更新しました。
ついついみなさまの反応がほしい、という誘惑に負けて、あまり寝かさないで投稿してしまいました。ちょっと、暴走気味な話のため、この話こそ寝かせるべきなのですが、うん、やっぱり誘惑には勝てなかったです。
いろいろと、むちゃくちゃ理論があるのですが、そこを含めて反応がいただけると嬉しいです。
次回の更新は、今後いろいろ忙しくなりますので、大幅に遅れる予定です。一応、その穴埋めのような形で、以前書いた作品を投稿したいなどと考えています。この作品ともども、よろしくしてくださると嬉しいです。

1/1
明けましておめでとうございます。
風景描写、人物描写、心情描写などについて、結構加筆を加えました。
先日指摘された誤字の訂正を行いました。
今年も宜しくいていただけることを切に願っております。宜しくお願いします。

1/3
加筆部分に誤字をみつけたので、取り急ぎ訂正を行いました。

12/3
復活しました!お久しぶりです!
今まで、書けないインフルエンザ(強毒株)に感染しており、生死の境目を彷徨っていたのですが、つい先日完治することができました……、ということにしておいてもらえると嬉しいのですが、ダメでしょうか。
なんとか、最近は文章を書いたり読んだりできる状況になってきました。次回作はまだまだ未定ですが、出来ればこの作品が終わってもすぐに書き始めたい、と思ってはいます。(書きたい気持ちだけは、あります!)
また今回、序盤の方も結構加筆を加えましたので、前より少しは読みやすい文章になっていると想います!(多分)
やっとこさ、終わりを見据えて書くことができ、第四話もほぼ書き終わることができました。
そのため、次回更新をこの一週間後ぐらいには、行いたいと思っています。
せめて、一年以内には完結したい!と思っていましたので、それまでどうぞしばしばお付き合いのほど、よろしくお願いします。

12/4
文章の大規模な改訂を行いました。
それにともない大分加筆も加えました。
具体的には、会話文の後に文字を続けるのをやめました。
他にも、状況描写についても加筆したつもりです。
好きな作家さんが結構そのような書き方(会話文後も文を続ける)をしていたため、それに憧れていたのですが、僕の文章力じゃ、ただ読みにくくなってしまう、と気づき、そのように改訂してみました。
また、その加筆において、甘木さんからいただいた感想の言葉からとった部分があるのですが(オカルト部部長の記述についてです)、もし何か問題がありましたら、言ってください!
良くなったかどうか、ご意見いただけると助かります。よろしくお願い致します。

二重投稿のような形のような形は、よろしくない、というご指摘を受けましたので、「続き部分だけをわけて新しく原稿ログに投稿」という対応をとらせていただくことにしました。
思慮の足りないことをしてしまい、申し訳ありませんでした。
すでに、対応いたしましたので、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

12/5
数字を漢数字に書き直しました。
「!」や「?」に直後の文が続く場合は、一マス開ける表記に書き直しました。
ご意見ありがとうございました〜。

12/10
人物描写の修正を行いました。
具体的には、田村さんの髪型を変更しました。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。