『天国レポート(掌編)』 ... ジャンル:お笑い ホラー
作者:TK                

     あらすじ・作品紹介
僕はある人からの依頼で、天国の事情をレポートに記しているのだが……。

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僕がこの世で暮らしだして、そろそろ丸々一年になるよ。ああ、ここの生活も悪かないよ。まだ彼女はできてないけどね。――いや、作る気が無いからだって。それに、この世で女なんかこしらえてどうするんだよ。僕はこの世に長期の「出張」で来ているだけなんだから。そう出張。つまりビジネス上の用事、いわゆる「商用」ってやつ。
それに僕は、女の子をそんな風に軽く扱うタイプの野郎じゃないよ。まあ、あんまりむきになって言うと、あれだけどさ、正直な話……。

――おっと、いけない。さっきから、この世、この世って連発してなかった? つまり、「この世」とは、「あの世」のことだから、勘違いしないで。ほら、雲の上にある、死んだ人が逝く世界。そう、M・ジャクソンとか、毛恩来――えーと、毛沢民だっけ?――もいる場所。まあ、彼らには一度も会ったことがないけどね、噂だけ……。

とにかく僕は、沢田さんに頼まれて、出張でここに来ているわけ。まあ、特に何をするってわけでもないけど、毎日の生活を日記タイプのレポートに書いて、引き出しに溜めておいたらいいんだってさ。それで、そっちの世界に戻ると、すんげえ額のカネと、幹部の地位がもらえるんだから、大したもんだろ。

僕の一日は、たいていこんな感じ。まず朝、ピンクの小鳥たち――こっちは、コケコッコーじゃないからね――が鳴くと、眼が醒めるだろ。そしたら歯を磨いて、スポーツセンターに行くわけ。あっ、その前に「ミュリー」って店でモーニングセットを注文することもあるよ。ところで、「ミュリー」って発音なんだけど、「リ」が「ル」に近いんだ。未だにうまくできなくてね。できるかい? でも、そんなに心配しなくても大丈夫。ここでは言葉はあってないようなものだからね。なあ、解かるだろ、僕の言っている意味。

スポーツセンターでは、頭の上に輪っかを載せたお姉さんたちと、プーカ――バトミントンみたいなやつ――を十セットくらいするんだ。それから、彼女たちが作ってくれたお弁当を食べる。あのスライスしたティッズ――ああ、これはトマトみたいな赤い野菜――を挟んだサンドウィッチは、なかなかのもんだよ。こっちに来る機会があったら、ぜひ試してみて。
ランチの後は、彼女たちとの他愛も無いおしゃべり。といっても、これが僕にとっては重要なんだ。だって僕は、この世界の様子を、事細かく最小なレポートにしてくれって、沢田さんに頼まれてるんだから。でも、そのことは彼女たちには内緒だよ、正直な話。
で、おしゃべりも終わると、シャワールームで汗を流すんだ。その時、さっきのお姉さんたちを想って、せっせとマスを掻くこともあるんだけどさ。――おっと、ここの部分は流石にレポートには書かないよ――なんたって、僕はこの世に「出張」で来てるんだからね。
さて、午後になると、もうこれといってすることは無くなる。だから、割礼させて。とにかく僕の仕事って楽勝だと思わない? 正直な話……。

ところでそっちのほうはどうだい? まだ、景気は最悪? まさか、トヨタとキャノンが合併したなんてことはないだろうね。僕はシャッターのついたクラウンなんか、絶対に認めないよ。だって、あれだろ。USBでパソコンと接続するのが大変じゃない。……ああ、判ってる。SDカードを使えって、言いたいんだろ。僕は馬鹿じゃないからね。
そらあ、大学の偏差値は、入学した日の気温よりも低かったし、僕は講義も出ないで、葉っぱ吸って、マスばっか掻いてたんだけどさ。――それでも僕は馬鹿じゃないよ。その証拠が沢田さんからもらった仕事のオファーさ。十九歳で、こんなでかい山を任された僕の気持ちが解かってもらえるかなあ。いや、別に自慢で言ってるわけじゃないんだって、正直な話……。

沢田さんの団体のことは、聞いたことあるかい。黄泉教(こうせんきょう)っていう、本部が山梨にある宗教の団体なんだけど。すごく儲けてるらしいね。沢田さんもそう言ってたよ。彼みたいな本物のやり手は、そんなことでは嘘を付かないからね。それにいまのところは、インチキだとも正直に教えてくれた。黄泉教って、本当は「口銭教」なんだって。「口銭」って言葉の意味は、帰ってネットで調べてみたんだけど、つまり口利き料のことらしいね。沢田さんて、やっぱすんげえ切れるだろ。
口銭教を簡単に説明すると、信者の人に「天国へ逝けますよ」って嘘を付いて、カネをふんだくっている団体らしんだ。沢田さんのこと、とんでもない野郎だって思い始めてる? でも、勘違いしないで。確かにあの人は、いまは人を騙してるカタチになってるかもしれないけど、本当は信心深いし、すんげえできてる人なんだよ、正直な話。

彼は世界をもっと平和にして、地球ももっときれいにしたいと思っているらしんだ。僕もそう思うよ。世界中の人や動物に倖せになって欲しいからね。だから僕もちょっと政治には、うるさいほうなんだけどね。――でも、そのためには、やっぱりカネがかかるだろ。だから、がっぽり稼いで溜め込んでいるんだって。で、その資金で、そのうちとてつもないことを、やらかすらしいよ。それは、何だか絶対に教えてくれなかった。彼みたいな本物のやり手は、そんなこと絶対に他人に漏らしたりしないからね。まあ、とにかく、世界がひっくり返るくらいのことをするらしいから、期待してもいいと思うよ。

で、その世界的な極秘プロジェクトと、同時平衡感覚的に進めているのが、僕が抱えている「案件」。つまり、この世がどんなところなのかを見て来て、彼らに後で報告すること。これは沢田さんと、その親父さん――つまり黄泉教の教祖様――が嘘つきじゃないって証拠でもあるんだ。流石にプーカとかティッズのことまでは聞いてなかったけど、彼らの言ったとおり、本当に天国はあったんだからね。でも、彼らもここには来た事はないんだって。だから、信者たちを連れて行くのに、本当に適当な場所なのかを一年間住んでみさせて、僕に報告させようってわけ。それが今回の「出張」の目的。
それでもって僕は、せっせとレポートを書いているわけなんだ。ミュリーのモーニングはイカしてるけど、ランチに出てくるあの尻尾の二本あるサーモンは酷い。だから星一つ。こっちの女の子は、一見尻軽に見えるけど、実はそうでもない。だから恣意的な意見で申し訳ないけど、星は二個と半分。水事情は悪くない。ゲータレードみたいな黄色をしてるけど、ちゃんと飲めるし、下痢もしない。まあ、こういう調子で、その日したことと一緒に、この世の様子を書いてるわけ。どうだい? ミシュランとロンリー・プラネタリウムを併せたみたいじゃない?

でも、大学も行かないで、一年もこんなことしてて大丈夫かよって思うだろ? そこんところは、心配ご無用さ。沢田さんがバッチリやってくれているはずだからね。それと、両親にはユーフラテス大陸の横断旅行をするからって、ちゃんと話してあるし。海外旅行で言葉の問題はないかって? それもバッチリ。僕はこう見えても帰国子女だからね。英語はお手の物さ。現代じゃ、ティンブクトゥの人だって英語ができるらしいじゃない。いやいや、英語ができるからって、あの大学に入れたわけじゃないよ。さっきも言ったけど、答案用紙にちゃんと漢字で自分の名前が書ければ、それでオーケイな学校だからね。でも、僕は馬鹿じゃないよ、正直な話……。

じゃあ、どうやってこの世に来たのかって? ああ、そこなんだよ、一番すげえのは……。俺が葉っぱ吸って、偽物の天国をふらついてたときに、沢田さんが僕の部屋に訪ねてきたんだ。僕を見込んで、でかい仕事を一つ頼みたいってね。それで、さっきの立派な話を三時間くらい聞かせてもらったってわけ。最初は余りにもスケールが違うもんで、ずいぶんと面食らったよ。でも、だんだんと飲み込めてきたんだ。沢田さんはそういう話し方をする人なんだ。何て言うか、じわりじわりと脳ミソに沁みこんで来るような話し方……。
それで最後には、じゃあこの日にちゃんと来いよって、前金として結構な額を置いていったんだ。あの気前の良さは、誰も真似できないと思ったね、正直な話。

というわけで、数週間後に黄泉教の本部に行ってみるとね、隠し部屋みたいなのがあったんだ。それで、中に通されると、五世紀くらい昔に作られたんじゃないかと思うオーク材の円卓が、中央にあったんだよ。椅子も、これまたオークで、背もたれが異常に高くてね。あんなの、普通はヨーロッパの古城に住んでる貴族しか持ってないよ、絶対。
変だと思ったね。だって、黄泉教の建物って、瓦屋根には、金ぴかのシャチホコとかが載っていて、いかにもって感じでしょ。なのに、その部屋だけは様子が全く違うんだから。中世のヨーロッパ、そのものなんだよな、あそこは。しかも、円卓の上には蝋燭まで立てられていた――あんなクソ長いキャンドルなんて見たことがないね。きっと、特注品だと思うよ。ああ、忘れてた。そうそう、その円卓の中央にはマークが描かれていたんだ。剣と十字架、それに五角形の星を組み合わせたもの。すんげえ、イカしてるんだよね。僕がそっちに戻ったら、あれのTシャツ作ってもらえないかなあ。ああ、それともう一つ、壁にはなんか偉い人の肖像画が、たくさん掛けてあったよ。その中には、歴史の教科書で見たことある顔もあったよ。ペリー来航とか、二・二二事件の頃に活躍した人とかじゃないかと思うね。
想像がつくだろ、僕がどんなだったかって。そう、完全にビクついてたよ。すると、それをすぐに察してくれたんだろうね。これでもキメてクールになれよって、すんげえ上等なのをくれたんだ。やっぱ、沢田さんは大物だって思ったね。

それから、しばらくしてからなんだ。いや、ほんの少しの間かもしれないけど、そういう時間の感覚って、ほら、怪しいもんだろ――そうだね、もちろんあれのせいもあるよ。それは認める……。とにかく、上機嫌でラリッてる間に、僕の身体は彼らによって円卓の上に載せられたんだ。その場には、沢田さんと親父さんを含めて、だいたい、十五人くらいいたかな。
彼らの格好は相当へんてこりんだったよ。アメリカのほうで昔、黒人を磔にして焼く人たちがいたでしょ。あれと同じ。白いとんがり頭巾を被って、眼のところだけ穴を開けてるんだ。で、気付いたんだけど、あの眼の色からして外国人も何人かいたよ。それに、指に嵌めてる、サファイアだとか、ルビーだとかのでっかい宝石の指輪から恣意的に判断する限り、彼らは相当金持ちだね。社会的地位もある人たちなんだろうね。いや、もしかしたら、どこかの国の領事とかも混じっていたんじゃないかと思うんだ。つまり、何をやらかしても「ペルソナ・ノン・グランテ」だけで赦される大物たちさ。

彼らは、僕の知らない言葉で宣誓文みたいなものを唱和していた。右手を挙げてね。それから寄ってたかって、僕の身体を押さえつけた。なんか、胸騒ぎって言うの? そんなのを感じたんだけど、遅かったね。親父さんは呪文みたいなものを唱え始めていたんだ。それから、僕の胸の上で、沢田さんが、銀のナイフを振り上げたんだ。あれは確かに銀だったよ。そう、シルバー。一時、クロムハーツに嵌ってたときがあったから、すぐにシルバーだって判ったんだ。あと、元素レベルの話をさせてもらうと、SLね。だから、言っただろ。僕は馬鹿じゃないって、正直な話……。    
それからはご想像通り、沢田さんは、ナイフを僕の心臓に向かって、振り下ろしたんだ。
――ああ、やべえ、殺される! そう思ったんだけど、なんだ、ちゃんと五体満足でこの世に来てるってわけ。やっぱ、沢田さんはすげえだろ?

さて、今日はレポートに何て書こうかな。そろそろ、そっちの世界に戻る日が近づいてるから、ちゃんとしとかなきゃ。……あれだよ、夏休みの日記みたいなもの。結構、サボった日もあってね。まあ、ネットで調べりゃ、天気と気温くらいはすぐに判るんだけど。――そう、そう、この世のネット事情も書いとかなきゃ。ネットは「ハイリティ」って呼ぶんだよ。おっと、注意して! 「リ」は「ル」の発音に近いから……。

2009/11/10(Tue)11:49:09 公開 / TK
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■作者からのメッセージ
意識的な誤字・用法ミスがあるのですが、UP時に傍点が反映されませんでした。ああ、それと字下げもうまくいかない。
まあ、とにかく笑っていただけたら、光栄です、正直な話……。

それと、技術的な面での手厳しいご意見大歓迎です。上手く書けるようになりたいので、ビシバシお願いします。

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