『退屈少女』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:木沢井                

     あらすじ・作品紹介
厄介な人の見本、とでも申しましょうか。

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 さてさて、季節は秋、頃合は夕方です。ここまでしか聞いてなかったらアナタ、どっかの紅葉とか銀杏とか綺麗な行楽地でも想像するんでしょうねぇ。いや、別にいいんですよ? ワタクシも紅葉好きですし、逆に嫌いだと仰る方を探すのも至難の業というものでしょう。
 ただ惜しむらくは、日付はばっちりど真ん中で天気は曇天、おまけにワタクシはきまじめな学生って身分なので、こうして教室の窓際にある、誰のかも知らない席に腰掛け、心ゆくまで読書なり展望なりに興じていた次第でしてね、
「ふぅん」
 で、突然やって来ましたアナタはどなた?
「人に訊くなら、まずは自分からでしょう?」
 おっと、こりゃあ一本とられました。いやいや失礼。あの、ワタクシこういう者です。名札なのでちゃんと返して下さいね。ワタクシ、ココロの隙間なんてお埋めできませんから。ついでに困ってる人もできる範囲でしか助けませんから。
「……ふぅん」
 はい、分かっていたけたようで。それじゃあ次はアナタの番ですよ。まずワタクシ、次はアナタ、そういう取り決めですからね。
「そこ」
 ……What? いやいや、これは失礼。源五郎丸なんて苗字もあるくらいですし、ましてや珍妙な名前が出回る昨今です、ソコさんがいても何らおかしな話ではありませんよね。ちなみに、漢字では何と?
「机のそこ。左上のとこ」
 左の隅? はて、そんな所に……ありましたね、名前。意外に普通ですね。
「その机、あたしのだもん」
 そうですね、こちらの机がアナタの物でしたら、こちらとそちらが一致するのは自明の理ですが、いやあの、そんな得意げな顔されても困るんですが、っていうか今、分かってて喋らせましたよね?
「おもしろかった」
 いい趣味してますよ。
「ありがとう」
 おっと、これはご丁寧にいたみいります。ついでにですが、いつまでもアナタの席に座っててすいません。すぐに立ち退きますので。
「待って」
 どこで? ……ああすいませんすいません、こういう切り返し方嫌いなんですね。謝ります、謝りますから無言で取り出しましたそのカッターナイフ、元の鞘もといポケットにしまって下さい。
「すいませんじゃなくて、すみません」
 いやもうほんと、初っ端からマイペースな人ですね、アナタ。はい、すいま、もといすみません。そもそも言い間違えていたワタクシが全面的に悪うございますので、そのカッターナイフの刃をカチカチやらないで下さいな。その音って好きじゃないんですよ。
「……ふぅん」
 わ、すんごいSだ。この人さっきこれ以上ないってぐらいのSな笑みを浮かべなさった。
「Sじゃない」
 Sじゃあない? まさかドSとでも仰るので? ああはいはい分かりました。差出がましいことを言ってしまったことは謝りますから、カチカチは全面的に中止・全廃の流れでお願いします。
「面白い」
 ……とりあえず、席は明け渡します。それではまた、明日にでもお会いしましょう。
「待って」
 どこで? おっと、これは失礼――
「ここで」
 しま、し……今、何と?
「こ・こ・で」
 ですよねぇ。やはりワタクシの耳は正常に機能しているようです。
「人の頭は、耳で聞いたことの七割くらいしか分かってない」
 ほほう、それは初耳……じゃなくてですね、先ほどの言葉、あれはどういう意味ですか?
「……それを、訊く?」
 はて、意図を尋ねることにどのような禁忌性が……ええはい、分かりました。この件に関してワタクシは見ざる聞かざる言わざるを徹底することを確約しますので、何とぞカッターナイフの刃をしまっていただければ幸いの極みです。はい。
「なら、いい」
 ……まさか、何の変哲もない放課後に生き死にの境目に立たされるとは思いませんでしたよ。
「あなたも、暇だから。違う?」
 いえいえご名答です。ワタクシ、今日はこちらで適当な時間まで読書などしていようと思っていました。ところでアナタ、ワタクシ『も』と仰いましたが、クラブなどは? ワタクシの推測が正しければ、ここへ来られたのも忘れ物があってのことでしょう?
「忘れ物はあるけど、クラブは別にいい。あたし、幽霊だから」
 ゆうれ……ははあ、アナタも幽霊部員でしたか、なるほど。ちなみに、どちらのクラブかお聞きしても?
「……教えない」
 ではワタクシも、そういうことにさせていただきましょう。その方が、お互い都合がよろしいようですし。
「……うん」
 まあ、座りましょう。こんな珍妙な言葉遣いのワタクシですが、体力は月並みな現代っ子なものでして、猫の手ならぬ人様の椅子も借りたいんですよ。
「変なの」
 否定できませんね。ところで、少しばかり話の腰を折りますが、ワタクシには読みかけの一冊とこれから読破予定の二冊があるのですが、そちらに没頭させてはもらえないでしょうか? その間、何冊かお貸ししますので。
「あたしは、読まない」
 おや、左様でしたか。ではワタクシは……あの、そのメモ帳とペンの用途についてお聞きしても?
「暇人観察」
 ……いえ、あの、ワタクシはこれから読書をするのであって、決して暇ではないのですが。それにですよ? そもそもの話として、ワタクシが読書している姿なんか見ていて面白いのですか?
「退屈してるから、何でもいい」
 はあ、つまるところ、『お腹が減っていれば何でも美味しい』と、そう仰りたいのですね。
「まさにそれ」
 念のためにお尋ねしておきますが、アナタにその案を断念し、ワタクシの本を読んでいるという選択肢はありませんか?
「微塵もない」
 はあ、そうですか。やはりというか、一応そういう類の返答は想定していましたよ。
「負け惜しみ」
 何とでも仰って下さいよ。……だからといって、拍子つけて歌うように言わないで下さい。何だか、とっても惨めな気分になりそうです。
「負け犬、負け犬」
 ……分かりましたよ。降参です。読書はまたの機会にさせていただきます。
「それでいい」
 それにしても、そんなに読書がお嫌いですかね?
「昔は結構読んでた。でも今は読まない」
 そうでしょうねぇ。先ほどの人の耳の話にしてもそうですが、アナタ色々と読んでおられたようですもの。差出がましいようですが、やはりああいった系統のものを? ……ああはいはい、分かりました。この話題にも言及しませんので、そのカチカチをやめて下さい。
「そのうち慣れる」
 そうしたら、二度とこんなことはできなくなりますよ。
「だから。限りある時間は、大事に」
 ワタクシを苦しめるのが……ああ、そうでしたね、アナタはそういう方でしたね。
「ドS」
 ですから、そんな得意げに……いえ、最早何も言いますまい。退屈しているアナタに、何を言っても柳に風ですね。
「そういうこと」

2009/11/01(Sun)23:59:13 公開 / 木沢井
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■作者からのメッセージ
はじめましてか、TPOに則った挨拶をば。三文物書きの木沢井です。

 祭りには人知れず、こっそりと紛れるのが私ですが、今回は腹を括って投稿させていただきました。
 明確なテーマと呼べるものはありませんが、随分前に思いついた一場面を元に一人称の短編を試みてみましたが、やはり何とも言い難い出来ですね。
 何はともあれ、ここまで読んでくださった方々もそうでない方々も、本当にありがとうございました。

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