『幻影少女』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:水芭蕉猫                

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 いつの間にか、私の頭の中には少女がいた。
 いつの頃からはっきりしたことは解らないが、物心ついたころから私の頭の中には少女が住まっていた。
 それはもしかしたら、幼い私が作り上げた幻想なのかもしれないけれど、その頃から確かに少女は私の頭の中に存在した。
 つややかな黒い髪に、同じく黒の目。マシュマロ菓子のように白い肌と、ほんのりと色づいたような頬に、ぷっくらした唇。
 とてもかわいらしい少女だった。
 私は、その頭の中の少女といつも遊んでいた。無論、手に触れることは出来ないので、喋るにしても独り言となってしまうだろう。それでも、目に見える玩具や食べ物を頭の中の少女に分け与えると、私の幻想を受け取った少女はいつもはにかむように笑ってくれた。
 母は、あの時のそれを、幼い子どもによくあるごっこ遊びの延長線だと思っていたらしいのだが、その少女は消えることなく何時までも私の中に存在し続けた。
 私は、少女と共に居られれば、それで満足であった。
 しかし、世間がそれを許さなかった。
 私が大きくなるにつれ、周りの仲間は現実の世界に彼女を作り、妻を作り、そして家族を築き上げて行ったのだ。
 私は、勇気のない男だった。だから、周りのその変化に焦りを感じていた。
 現実に何かを築き上げなければならない。現実に、何かを残さなければならない。現実に、私が私であるという痕跡を。
 私は少女を頭の中から追い出した。
 頭の中で泣きすがる、幼い私が幻想した少女を檻の中に閉じ込めて、そして記憶の闇の奥へと仕舞い込んでしまったのだ。
 そして私は現実の世界に恋人を作ることに成功した。
 それは、つややかな黒髪と黒目を持ち、あの砂糖菓子のような白い肌と、桜色の唇の、あの頭の中の少女と同じパーツを持った、私と同い年の、美しい、現実の女性だった。触ればしっかりとした肉感を返し、物を与えれば肉体を介して受け取ってくれる。
 そのことに私は歓喜した。
 まるで頭の中の少女を現実へと呼び出すことに成功したのだと思えるほどに。
 しかし、私は彼女とは長くは続かなかった。
 彼女は頭の中のあの少女とは違い、我侭な女だった。私の思った通りの反応を返してはくれなかった。私が良いと思って渡したものを、嫌いだとつき返えし、気分ではないと言っては食事の予定をキャンセルされることもままにある。
 現実のブランド、他人からどう見えるかを重視し、次第に私はただの財産としか見られていないことに気がついた時、私たちは破局した。
 悲しさは無かった。
 ただ、頭の中に住んでいたあの少女の幻影を失ったことが、とても寂しかった。
 それから、何人か、私は少女の幻想を追いかけて、少女とどこかが似た現実の女と付き合ってみたが、どの女も頭の中の少女とは違うのだ。
どれもこれもしっかりとした肉感で、どんなに口では愛を語っても、私をその皮膚と弾力でもって拒絶する。そして私は悟った。
 現実は、決して誰とも混じりあう事が出来ないのだ。と。
そのとき、私の中の少女の檻が破れた。
久方ぶりに出会う頭の中の少女はあの頃のまま、私の元へとおずおずと現れた。私が閉じ込めて、忘れ去ろうとしたのに、まるで自分が悪いことをしているような、そんな表情に、私は申し訳なく思った。
ごめんね。
そう頭の中で語りかけると、少女は私を抱きしめた。
「私は、あなたを裏切らないわ」
 少女が私に囁いた。
 ああ、私も、やはり君しか居ないんだ。
私は、少女を頭の中で抱きしめる。
 はっきりとした感触の無いその幻想の抱擁は、まるで二人の意識が溶け合い混ざり合うようで、それがとても嬉しくて私は酷く泣けそうになった。

2009/10/31(Sat)22:43:17 公開 / 水芭蕉猫
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■作者からのメッセージ
祭りの気配に誘われて、便乗作品ですが、やっぱりショートはとても難しいです。
少年にしようかなとも思ったのですが、やっぱり少女ってことで。

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