『陽炎少女』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:模造の冠を被ったお犬さま                

     あらすじ・作品紹介
 少女のおはなしです。

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陽炎少女



 博士がいます。たいへん優秀な博士です。とくに生物学が得意です。
 博士が持っている三角フラスコにはタツノオトシゴが入っています。違いました、人間の胎児のようです。とても小さな人間が三角フラスコに入っていました。博士がいるのは理科室みたいな場所です。学校の理科室よりもごちゃごちゃしていて、もしあるのなら魔法使いの部屋のほうが近いかもしれません。博士は研究室と呼んでいました。机の上には馬の陰茎が解剖されて置いてありました。あとは、目玉の取り除かれたトカゲがホルマリン漬けの壜から取り出されていたり、いろいろです。そういえば、この部屋には助手もいました。女の助手で、名前はわかりません。年齢もわかりくい。博士はしゃべっています。ずっとしゃべっているので記述するタイミングを逃していました。しゃべっていることを抜き出します。「……は偶然の産物だ。確かに適量には及ばなかった。なんにせよ任意の組織が不足する。なぜ可能かという問いに答えるすべはない。私の無能を表明するため奇跡と仮に呼ぶことにしよう。この奇跡は実にさまざまな場所で散見される。小さいものは細胞レベルから大きなものは……」。と、本人にしかわからない内容をしゃべっていました。助手にもわかりません。わかりませんが、博士が大きな感動の裏で小さな挫折を味わっていることを感じ取りました。「博士? NaHoM@は成功です。順調に発育しています」。博士は助手の言葉を聞いていませんでした。
 五年後です。博士は髪の薄さを気にしはじめました。場所は研究室と同じ建物の中にある部屋で、病院の一室のようでした。博士はナホミの部屋と呼んでいました。博士はナホミに知っていることをどんどん教えました。あることを除いて、一般常識から博士が専門にしている生物学まですべてです。それはナホミが特別なものであることも含めています。ナホミは人間ではありませんでした。人間の遺伝子を使わずにできるだけ人間に近い生物を作ろうとした結果に生み出せれたのがナホミでした。説明していませんでしたが、ナホミは例のタツノオトシゴです。順調に発育しています。博士と会話することが多いので知能はかなり高いですが、身体能力や感情表現などはふつうでした。ふつうというのは、同じ年齢の人間の機能と同等であるということです。ナホミと助手が会話をすることは、必要とされるとき以外にはありませんでした。ナホミはこのふたり以外の人間に会ったことはありません。ナホミの存在を知っているのは博士と助手とその他、ちょっとです。倫理問題が立ちはだかると予想される以上、一定の成果を得られるまでは発表が控えられたのです。そんなわけで、ナホミは重要機密でした。
 さらに十年が経ちました。博士の頭は禿げ上がりました。ナホミは美しく育ちました。助手はあまり変わっていません。ナホミを開発する計画、NaHoM@は最終段階になりました。博士は毛のない頭をかきむしって悲嘆にくれていました。というのも、ナホミが最終試験をクリアするためには性行為を経験し、生殖可能であることを証明しなければならなかったからです。人間と姿形、機能までもそっくりなナホミを作り出したのは、人類の(とくに女の)生殖能力が著しく低下したためなのです。ナホミは試験のことを知りません。自分の使命のことは知っていましたが、その具体的な方法を博士から教えられなかったのです。なぜ博士はそのことを隠したのか、いくつか推論することはできます。もっとも考えられるのは、博士にとってナホミは娘のような存在だったから、というものです。博士に子供がいないことが、より強くそう思わせたことでしょう。ナホミは疑問に感じていましたが、博士が話したくないことを察して、ナホミのほうからもその話題を避けるようになりました。そんなことですから、ナホミの相手を一般人から募集してモニタリングする案を、博士は頑として拒みました。かといって、最終試験をしないわけにもいきません。
「よく聞け、ナホミ。これから最後の試験を行う。これに成功すれば、お前は世間に渡り、こんな狭い部屋に閉じこもらずに済むようになる」
「はい。ではお父さま、私はどうすればよいのでしょうか」
「服を脱ぐんだ。すべて。俺のペニスをナホミのワギナに入れる」
「はい。でもお父さま、最終試験だというのにとても簡単ですね」
「終わったら経過を待つ必要がある。一度で成功することは稀だ。時機を見て何度もするかもしれない」
「はい。お父さま、準備ができました」
「…………」
「お父さま、なぜそんな辛そうな顔をされるのですか」
 博士は歯を食いしばり、動くことができませんでした。ナホミはお父さまの頭を抱きました。お父さまは胸の中で泣きました。



2009/10/31(Sat)19:51:21 公開 / 模造の冠を被ったお犬さま
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■作者からのメッセージ
 「なぜ」という問いに応えるものの、それで相手が必要としているものを与えることができたのか。そんな思いに駆られるので、質問をされると身体がこわばってしまいます。本当に必要なものなど与えることはできないのだと、そう断定することができれば楽なのですが、私を頼って質問したのですからなんとか力になりたいものです。

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