『紅病少女』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:湖悠                

     あらすじ・作品紹介
闇に沈んだ少女の物語。※グロテスクな表現がありますので、苦手な方はお気を付けください。

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 紅病少女〜ベニヤマイショウジョ〜


 赤かった。
 私の居る部屋は、ただひたすらに赤かった。窓から望める黄昏の空が赤かった。私が昔した落書きが赤かった。窓のすぐ外で回転するパトカーのランプが赤かった。そう、その部屋はひたすらに赤かった。落書きだけではなく、何か赤い液体が、まるでペンキのように塗られている。いや、塗られているのではない。まるでこぼしてしまったかのように、そこら中に飛び散っている。その赤は、私に悲しみと、哀しみと、嘔吐感を与えた。
 赤いペンキの出どこは、まるで壊れたマネキンのようにバラバラになって横たわる――母さんだった。
 首がテーブルの上に乗せられ、両腕は畑に放られた大根のように床に散らばり、指は全部切り落とされてそこら中に落とされていた。しかし良く見ると小指だけなかった。折り曲げられた足はカーテンレールにひっかけられている。胴体はそこにはなかった。ただ、どう考えても豚肉ではない大きな肉の塊が冷蔵庫に無造作に置かれていた。冷蔵庫も、赤く染まっている。
 私はただただ、切り刻まれた母を眺めていた。何も言葉を発せなかったし、何も零すこともできなかった。だから、私は私自身を罵った。――この人でなし、と……。
 部屋の中には、通報を聞きつけた警察で溢れていた。私はつい先程、警察が来た音で目を覚ましたのだ。私は、散らばった母さんの血液の上で眠っていたらしい。それ以前の記憶は薄かった。
 ぼうっと突っ立っている私に警察の人は言った。
 ――早くこの家から出なさい。
 その顔は、私に対する同情で溢れていた。口調も、優しかった。
 確かにその部屋に居ると気分が悪かった。それに、悲しかった。
 母さんは優しかった。
 私に時々暴力をふるったりしたけど、でも、女手一つで私を育ててくれた。父さんが変死してからずっと、今日、高校に入学するまで、ずっと私を育ててくれた。
 勉強で100点を取れないとよく怒られた。でも、100点を取った時、観音さまみたいに優しかった。
 私が反抗すると、すぐ殴った。でも、言う事を聞いている間は、何でもしてくれた。
 母さんは厳しかった。でも、優しかった。
 父さんの事はよく覚えていない。思いだしたくない。汚されたのに、そんな父を思いだしたい娘はいないと思う。でも、私にはそもそも断片的な記憶しかない。
 
 断片的?
 
 断片的なのは今なのだろうか。もっと前は覚えていたような……もっと鮮明に頭にあったような……。
 警察に押されていく中で、私は洗面台に寄らせてもらった。一人になりたい、と言うと、警察の人は無言で私を一人にしてくれた。
 鏡を見た。
 目元は赤く腫れ、頬には涙が流れた筋が残っていた。
 良かった、と思った。私でも泣けたんだ。こんな私も、やっぱり泣いたんだ。

 
 おかしいな。


 父さんを殺した時は、涙一つ流さなかったのに。


 私を汚した父さんをばらばらに裂いた時は、何一つ感じなかったのに。

 その時、ふとある事に気付いた。断片的だと思われた、まるでばらされたパズルのピースのような記憶が、だんだんと完成されていった事に。
 私はポケットに手をつっこみ、そしてそこにあった物を触り、静かに笑った。
 ――そうか、私が持っていたのか。
 洗面台のドアをノックする音が聞こえる。そろそろ行かなければ。
 


 私は、父さんの小指が入ったごみ箱に、暖かく、血が滲んだ小指を投げ入れた――。

 


2009/10/31(Sat)20:20:16 公開 / 湖悠
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■作者からのメッセージ
 皆さんの作品を読んでたら、ダークな作品を書きたいなぁと思い、やってみたらまぁ(汗) “赤い部屋”と“ヤンデレ少女”をテーマにして思いのままに書いたらまぁ(汗) タイトルは、考えても考えてもいいのが出なかったので、造語にしました。ネタばれしてもいけませんしね。
 ショートショートって難しいですね。とてもじゃないけど便乗して上手くいくもんじゃないってことが分かりました;;
 

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